2021年06月09日

児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる「怪奇の国のアリス」小説リプレイ

 2021年6月3日の「FT新聞」に、新刊『蝶として死す』が絶好調の児童文学・ミステリ作家の齊藤(羽生)飛鳥さんによる『怪奇の国のアリス』(T&T完全版)の小説リプレイが掲載されております。
 これまでは、Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイトに掲載されたものを「FT新聞」に採録していく形をとっていましたが、今回は「FT新聞」が初出で、Analog Game Studiesに採録していくという形をとっております。許諾をいただいた「FT新聞」の水波流編集長、および齊藤(羽生)飛鳥さんに感謝します。


●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.6
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

『不思議の国のアリス』をベースにしたソロアドベンチャーとは、すなわち、自分もアリスのように不思議な冒険をできるということ!
なんて素敵なんでしょう!
ということで、『怪奇の国のアリス』はすぐにでもプレイしたかったのですが、ちょうど拙作『蝶として死す 平家物語抄』(4月刊行/東京創元社)の校正の時期等と重なってしまい、涙を飲んで一心地つくまで冒険を我慢しました。
そして、迎えた大型連休。
思いきりプレイしました。
そして、エルシー、アリスン、アトリの三人のキャラクターを見送ってから、おなじみの女戦士・翠蓮で挑み、ようやく生還できました。
合計四人のキャラクターで冒険したのに、すべて違う物語となっていて、しかも、まだ他のルートがあるようなので、『怪奇の国のアリス』の手厚さと奥深さにはただただ驚くばかりです!
おかげさまで、大型連休が本当の意味でゴールデンなウィークとなりました^^


※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『怪奇の国の屈強なる翠蓮』
〜『怪奇の国のアリス』リプレイ〜

著:齊藤飛鳥
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

0:屈強なる入眠

ふぁ〜あ……。
あたしの名前は〈屈強なる〉翠蓮。
黒髪色白ロリ体型が卑怯なまでにキュートな18歳の女戦士ネ。
このたび、相棒のシックスパックと別行動して、久しぶりに里帰りをしたから、えらく疲れたヨ。
何せ、ついでに世界各地にある兄ちゃんの5人の花嫁達の実家への里帰りにまで付き合わされたものだから、ちょっとした英雄叙事詩も真っ青の大冒険だったサ……。
こうして、シックスパックの兄のクォーツが経営している〈青蛙亭〉にまで、無事に戻って来られてよかったヨ。
小汚くてみすぼらしい部屋でも、今は豪邸にいる気分ネ。
花嫁達の実家から実家に移動する間に、モンスターとの戦闘が数え切れないほどあって、何度おととし死んだ愛犬の黒旋風の幻を見かけたことカ……。
さあ、久しぶりにぐっすり眠……て、ランプの下に本が置いてあるネ。
何なに『怪奇の国のアリス』……?
何だか、面白そうヨ!
「それでは、憑かせていただいているお礼に、私めが朗読して差し上げましょう」
「宇宙一いらねえお節介はやめて、とっとと地獄へ行きやがれ」
前の冒険で行ったコッロールにて取り憑いてきたゴーストに優しく遠慮してから、あたしは『怪奇の国のアリス』を読み始めたネ。


1:屈強なる覚醒

目が覚めたら、大きな樫の木にもたれて川の岸辺にいるのは、百歩譲っていいとするヨ。
でも、白いエプロンドレスでボーダーの靴下姿になっているのはどういうことネ?
しかも、川には猫くらいの大きさのウサギが泳いでいるし、ちっともわけがわからないヨ!
あたしは、腹立ち紛れにウサギ目がけて小石を投げる。
狙いがはずれるとは、おかしいネ。
もしや、あたしの能力値が変わっているのかも。
「当たりです。レベル3の戦士であるはずのあなたのレベルが1になっているし、職業も盗賊に変わっています」
「いたのカ、ゴースト」
「あと1回、あなたの行動を邪魔したら昇天する約束ですから、まだいますよ。ちなみに、あなたの今の詳しい能力値は、こちらです」
ゴーストは、手のひらに今のあたしの能力値を書いてくれたヨ。
体力度13。耐久度11。器用度11。速度13。幸運度13。知性度11。魔力度14。魅力度14。
ふむふむ、知性度に関しては、今までよりも上がっているネ。
「そして、所持金は10gp。武器はポケットナイフで、装備はクロースです」
「ポケットナイフとクロース!? そんな薄い装備だけじゃ、すぐに死にそうネ! 」
「その時は、私めが先輩ゴーストとして、エスコートするので、ご安心を」
「宇宙一いらねえお節介第二弾を早くも提供しようとするなヨ」
あたしがゴーストへやんわりとお断りしたところで、ウサギがやって来たヨ。
「なんてことをするんですか、お嬢さん! 」
「ウサギがしゃべったネ! 」
驚くあたしに、ウサギはまるきり無頓着で、マイペースにポケットから銀の時計を出して時間を見ると、遅刻するとか言ってウサギ穴へ走っていったヨ。
フリルの服を着たしゃべれるウサギなんて、最高にかわいいネ!
「ウサギ紳士さん、ちょっとあたしと話していこうヨ」
「すみませんが、私は女だし、遅刻しそうなんです! さよなら! 」
「そう言わず待つネ、ウサギ淑女さん! 」
あたしは、急いで四つん這いになってウサギ穴中に入ると、ウサギを追いかける。
穴の中はすぐに二手に分かれていて、左のトンネルには鍵のかかった木の扉、右にはただのトンネルがあったヨ。
「魔法の《開け》を使えば、扉を開けることができますよ」
「寝る前まで戦士だったのに、いきなり魔法なんてよくわからないから、無難に右を進むヨ」
ゴーストのアドバイスを聞きつつ、あたしは右のトンネルを進んでいった。


2:屈強なる庭園

右のトンネルを抜けると、シャクナゲのお花畑がきれいな庭園に出たネ。
そこには、桃の木と野リンゴの木と、淀んだ水をたたえた願いの井戸もあったヨ。
そして、ウサギがいたネ。
「おーい、ウサギ淑女さん! お話ししようヨ」
「またお嬢さんですか? 」
ウサギは、かわいい顔を心底うんざりさせて、自分はウルクの女王と正午に会う約束に遅刻しそうだと説明。
それが終わると、すみやかにアザレアの合間にあいた小さな穴へ走っていってしまったヨ。
「ウサギ淑女さ〜ん」
呼びかけたけど、返事は無し。
追いかけるしかないけど、この穴はあたしには小さすぎるネ。
願いの井戸とかいう、思わせぶりな名前の井戸があるから、幸運を祈ってコインを3枚入れるヨ。
「はい。では、お約束どおり、あなたの邪魔をさせていただきますよ」
ゴーストの囁きが聞こえたのと、井戸へのコイン投げを失敗したのは同時だったネ。
ここ最近ずっとおなじみだった左肩の湿った重みがなくなったのはよかったけど、コインも3枚なくなってしまったヨ……。
何か腹が立ったから、野リンゴを八つ当たりでかじってやるネ!
おぉ、うまい具合に体が小さくなったヨ!
これなら、ウサギの通った穴に入れるネ!
あたしは、思いきって穴を飛び降りる。
ゆっくりとしたペースで落ちていくと、何やら面白い物が置かれた棚が前を通過したヨ。
冒険者のさがで、あたしは迷わずお宝を手に入れようと手をのばす。
おもちゃのスリング、ゲット!!
……と、喜んだのも束の間。
あたしは、砂丘の端に着地という名の落下をしたヨ……。


3:屈強なる砂丘

ここは痛みを紛らわすためにも、ウサギの姿を砂丘に探し求めるネ。
あ、いたヨ!
「お〜い、ウサギ淑女さ〜ん」
あたしが呼びかけたところで、ウサギは立ち止まる。
少なくとも、最初はそう思ったネ。
でも、実際は、足を取られて砂地に潜む怪物に引きずりこまれていただけだったヨ!
「こいつは、バンダースナッチ! 危険な相手だから、逃げて! 」
「かわいいウサギを見捨てて誰が逃げるヨ! 」
ちょうど、あたしにはさっき手に入れたばかりのおもちゃのスリングがあるネ。
あたしは、バンダースナッチに、おもちゃのスリングについていた魔法の小石をぶつけた。
やった!
一撃で倒せたヨ!
あたしは、ウサギに駆け寄った。
でも、ウサギはすでに致命傷を負わされていたネ!
「逝かないと……」
「台詞の漢字が違っているヨ! 大丈夫、すぐに医者を探せば助かるネ! 」
「助からない傷なのは、わかってます……。私の懐中時計を持って行って。ブレードを呼び出せます。3回ボタンを押すように……」
「最期の言葉が取説でいいのカ、あなたの一生!? 」
「女王に伝えて……私は待ち合わせの時間に間に合わないと……」
「約束するけど、最期の言葉が伝言板じみたのでもいいネ!? 」
……ウサギは、それきり息を引き取ったヨ。
あたしの手に残ったのは、ウサギが愛用していた懐中時計だった。
出会いも突然なら、別れも突然なんて、まさに怪奇の国ネ。
くやしいから、怪奇の国らしくなく、しんみりとお墓を作ってやるサ!
あたしは、ウサギの墓を掘り始めた。
ん?
やたらと何度も影が落ちてくるヨ。
空に何かいるネ?
見上げてみると、そこにはジャブジャブバードがいたヨ!
しかも、露骨にウサギの遺体を狙ってきたサ!
あたしは、すぐにおもちゃのスリングでジャブジャブバードへ魔法の小石をぶつけた。
ジャブジャブバードは、一撃で倒れたネ。
あたしは、ウサギの墓を掘り終えると、コースト式の埋葬法でお弔いを始めたヨ。
副葬品に、ウサギ愛用の懐中時計……と思ったけど、彼女はあたしに『持って行って』と言っていたから、一緒に埋めたら悪いネ。
ここは、あたしの持っているお金から6gp分のコインを、冥土の川の渡り賃として副葬品にしよう。
あたしは、ウサギとコイン6枚を一緒に埋めて、この悲しみの砂丘を後にしたヨ。


4:屈強なるオアシス

砂丘を歩き続けるうちに、あたしはオアシスにたどり着いた。
久しぶりの水を、あたしがたっぷり飲んでいると、背後に嫌な気配を感じたネ!
ここは、本業のレベル3の戦士らしく、振り返って攻撃するヨ!
あたしは、おもちゃのスリングで魔法の小石を放った。
でも、背後にいた黒檀の魔術師は、パチンと手をたたいただけで、あたしのおもちゃのスリングをバラバラの破片にしてしまったネ!
何つー奴サ!
こんなことなら、ポケットナイフをかまえておけばよかったネ!
あたしがうろたえている間、魔術師のおっさんは、あたしに手を借りたいことがあるだの、開けゴマだの言って、近くの崖面に小さな裂け目を出現させたヨ。
そして、自分には小さすぎるから、あたしに中へ入ってランプを持って来いと命令し始めた。
断れば、次にバラバラにされるのは、あたし自身。
そんな気がして、あたしはしぶしぶ引き受けた。
裂け目の中は洞窟になっていて、あたしは魔術師のおっさんに言われたとおり、ランプを見つけてきたネ。
でも、裂け目が小さくなっていて、あたしは出られなくなってしまったヨ!
「ランプを渡したら、そなたを脱出させてやろう! 」
いちいち偉そうで頭にくるおっさんネ。
だけど、今は言うことをきくしかないヨ。
あたしは、魔術師のおっさんにランプを渡した。
すると、おっさんは高笑いと共に裂け目を閉じて、あたしを閉じこめやがったネ!
性格ねじ曲がったおっさんめ!
鼻毛がはえすぎて息がつまってくたばりやがれヨ! 
もっとおっさんの悪口を言いたいけど、このままいつまでも怒っているだけでは、外へ出られない。
あたしは、魔術師のおっさんへの怒りを力に変えて、洞窟の奥深くにある、瓦礫に覆われたトンネルを片づけ、脱出作業に取りかかったヨ。
この手の体力勝負なら、得意ネ。
あたしは、見事に瓦礫を片づけると、トンネルを慎重に進んでいった。


5:屈強なる森
トンネルを抜けると、そこは緑にあふれた森だったヨ。
何だか、まっすぐ行ったところで、煙の臭いがするので、山火事かも知れない。
様子を見に行くネ。
山火事だとわかったら、さっさと来た道を走って逃げよう。
臭いからして、煙はこっちから来ているヨ。
あたしが歩いて行った先には、火はどこにも見当たらず、水煙管を咥えた恰幅のいい大柄のレプラコーンか木の枝に腰かけていたネ。
そして、無遠慮にあたしへ煙を吹きかけてきたヨ!
「てめえの母ちゃんは、煙草の吸い方もろくに教えなかったのカ」
水煙管をたたき壊してやる前にあたしが淑女的に呼びかけると、レプラコーンはきつい眼差しを向けてきたネ。
どうやら、彼の母親はジャブジャブバードにさらわれて餌にされるという、非業の死を遂げたため、母親の話題はきついらしい。
「俺は、それを忘れるために煙草を吸っているんだ」
レプラコーンは偉そうに言ってから、水煙管から煙が出ないことに気がつき、罌粟を欲しがりだす。
「おまえが吸っていたのは、煙草じゃなくて、ヤバいクスリじゃないのサ! 」
あたしのもっともな指摘も耳に入らない様子で、レプラコーンは枝から飛び降り、地面に罌粟がはえていないか探し始める。
どう考えても、このままだとこいつはヤク中に成り下がるヨ。
あたしは、レプラコーンの話し相手になることにした。
レプラコーンの人生は、予想通りにひどいものだったネ。
父親失踪で苦労していたとどめに、母親が惨殺されたから、彼の中でヤバいクスリへ手を出すハードルが低くなったのだろう。
でも、今は細かいことはさておき、レプラコーンが母親を失った悲しみを乗り越えさせてヤバいクスリとバイバイさせるのが大事ヨ。
「母ちゃんを失った悲しみを忘れるために罌粟を吸っているみたいだけどサ。罌粟を吸っていたら、かえって母ちゃんを思い出してしんどくなるヨ」
「言われてみれば……。よし、今日から罌粟を水煙管で吸うのはやめた! これは、ほんのお礼だ」
レプラコーンは、銅の卵をくれた。
何に使うのか、さっぱりわからないけど、もらえる物はもらっておくのが冒険者の流儀ネ。
「何かあんたにもっと感謝の念を示したいな。何かしてほしいことはあるかい? 」
「だったら、ウルクの女王とは、どこに行けば会えるから教えてもらえたら助かるヨ」
すると、レプラコーンはハート型の蔓をたどっていけば会えると教えてくれたネ。
あたしは、教わったとおりにハートの蔓をたどって歩き出した。


6:屈強なる迷路

ハートの蔓をたどっていくうちに、丘の斜面にある迷路のような生け垣に足を踏み入れたヨ。
むせ返るような花の匂いで、花粉症になりそうネ。
魔力度がどんどん下がるのを感じるヨ。
早いところ、この迷路から出るに限るサ。
あたしは、入り口から三叉路に分かれている道に目を向ける。
わからない時は、直進あるのみヨ。
あたしが直進すると、そこには薔薇庭園の鉄柵があった。
中では3匹のスライシー・トーヴが白薔薇を赤薔薇にペイントする作業をしている真っ最中だったネ。
それを横目に右手に曲がると、道はしばらくしていきなり左手に折れたヨ。
道なりに進んでいくと、キノコの半かけらを拾ったネ。隣の苔で書かれた文字には『私をかじって』とあるから、何かに役立ちそうサ。
やがて、道は行き止まりになってしまったヨ。
そこには、巣とツリーハウスがあったネ。
あたしは、まず巣の中を調べてみることにした。
巣の中には、金貨50枚相当はするエキゾチックな卵があったヨ!
これはいいネ!
さっきレプラコーンからもらった銅の卵と取り替えて、卵をゲットするヨ!
母鳥が帰ってくる気配がしたので、あたしは卵と銅の卵を取り替えると、素早く物陰に隠れた。
母鳥は、何も気づかず卵を温め始める。
すると、卵が割れる音がして、割れた卵の合間から色とりどりの煙が漂いだしたネ!
出てきたのは、願い事を何でも叶えてくれるジニーだった。
たまげる母鳥には悪いけど、これはチャンス!
あたしは、ジニーに駆け寄った。
願いを叶えてくれるというジニーに、あたしはこう願った。
「ウサギ淑女さんを生き返らせてほしいネ! 」
ジニーは目を閉じ、精神を集中して、足元の地面に入ったヨ。
一瞬の後、あたしの足元の地面が振動してきたネ!
びっくりして飛びのくと、穴から血まみれで腐った体のウサギがはい出してきたヨ!
「ごごごごご主人さまああああ……バンダースナッチから助けようとして下さりぃぃぃ、永遠の感謝を捧げますぅぅぅぅぅ……」
「キャラ変わってるゥゥーッ! 」
あたしのショックをよそに、ズタボロなウサギの中からジニーの声が聞こえてきたヨ。
「こいつはゾンビ・ラビット。汝の腹心の友になってくれるに相違ない」
「完璧な蘇生ができないならできないと正直に言っても、あたしは怒らなかったヨ? 何で無茶な蘇生をしたネ!? 」
ジニーに一言言ってから、あたしはゾンビ・ラビットについてくるよう命令して、再び歩き出したネ。
……目の前で死なれたことと言い、ゾンビとして蘇ってきたことと言い、今日はウサギ好きの心をえぐる一日サ。
また薔薇庭園の前に戻ると、あたしらは来た道を戻り始めた。
それから、右の通廊に行くと、ネズミが子ども達にびっくりするほど退屈な歴史の講義をしているところに出くわしたヨ。
こんなに退屈だと、かえってどこまで退屈か気になるネ。
「ごごごごごご主人様がきくならぁぁぁぁぁ……私も聞きますぅぅぅぅぅ」
あたしとゾンビ・ラビットは、眠気と戦いながら、歴史の講義を聴いたネ。
そのおかげか、+3の[歴史]タレントを獲得したヨ。
「源頼義、義家、義親、為義、義朝、頼朝、頼家、実朝……よし、これで河内源氏の流れが頭に入ったから、歴史力アップしたネ! 」
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。いったい、どこの国の歴史ですかぁぁぁぁぁ」
「細かいことは気にしないヨ。では、前進サ! 」
あたしは、ゾンビ・ラビットと連れ立って歩き出した。


7:屈強なるツリーハウス

あたしらは、元来た道を引き返し、巣の近くにあったツリーハウスにやって来た。
ゾンビ・ラビットの衝撃で、ツリーハウスを調べるのをすっかり忘れていたので、今度こそ調べてやるサ!
気合いを入れてツリーハウスによじ登ると、太った男が牡蠣の貝殻でできたベッドに横たわって苦しんでいるネ。
「何を苦しんでいるヨ? 」
「牡蠣を7000個食ったら、このざまよ……。おかげで太りすぎて扉から外へ出られないんだ! 」
酒を飲みすぎるどこぞのアル中岩悪魔と言い、さっき出会ったヤク中レプラコーンと言い、あたしの出会う男どもは、自制心ってヤツを生まれてすぐにどこかへ落としてきたようネ。
「ごごごごご主人様、困っているみたいだからぁぁぁぁぁ、助けてあげましょうよぉぉぉぉぉ」
「助けると言っても、どうやるネ……あ、そうだ! 」
あたしは、前に拾ったキノコの半かけらを思い出したヨ。
怪奇の国の食べ物は、巨大化する効果があったりするから、もしかしたらキノコの半かけらを食べさせたら小さくなるかも!
あたしは、さっそく男にキノコの半かけらをあげたネ。
効果はすぐに出て、男はあっという間に小さくなったヨ。
「おかげで家から出られるようになったよ。こいつは俺からのお礼だ! 」
そう言って、男がくれたのはノミだったネ。
武器としては使えないけど、あたしは冒険者。
もらえる物は遠慮なくもらっておくヨ。
こうして、あたしらはツリーハウスを後にして、ウルクの女王を探しに再び歩き出したネ。


8:屈強なる果樹園

やがて、おいしそうな果実が実った果樹園の前にたどり着いた。
果樹園には、かつらをかぶったスズメバチという、強烈すぎる見た目のクリーチャーがいたけど、腹ぺこな今は関係なし!
あたしは、果実を食べに果樹園に入ったヨ。
「ごごごごご主人様、スズメバチが襲いかかってきましたぁぁぁぁぁ! 」
「だったら、戦うまでネ! 」
あたしは、ポケットナイフを取り出し、スズメバチと戦い始めた。
そして、気がついたヨ。
ゾンビ・ラビットが一緒だと、1ラウンド目に勝つたびに体力度が1上がるネ!
思いがけず、強くなれる理由を知ったヨ!
ゾンビ・ラビットを連れて進めーッ!
おかげで、あたしは、泥だらけの走馬灯に酔いながら、からくもスズメバチを倒すことができたネ。
「ごごごごご主人様、スズメバチがこんな物を落としていきましたぁぁぁぁぁ」
ゾンビ・ラビットがそう言って拾ってきたのは、スズメバチのかつらだったヨ。
「それ、男にとってパンツよりも気まずい落とし物サ! 」
あたしの指摘に、ゾンビ・ラビットは首をかしげるばかりだった。
う〜ん……何とも微妙な戦利品を手に入れてしまったネ……。


9:屈強なる移動式商店

微妙な戦利品を手に入れたあたしらは、またもスライシー・トーブ達が白薔薇に赤いペイントをしている薔薇庭園の前に迷いこんだ。
何だか、同じ所をぐるぐる回っているネ。
今度は、左手の道に行ってみるヨ。
すると、しばらくして、移動式商店が見えてきた。
「ごごごごご主人さま、お買い物していきましょうよぉぉぉぉぉ」
「それ、名案ネ」
あたしらは、こうして移動式商店に入った。
すると、店長はナイトキャップをかぶったかわいいヒツジさんだったヨ!
しかも、便利なアイテムが色々と売られているのが嬉しいネ!
「あ。でも、あたし、お金は残り1gpしか持ってなかったから買い物できないヨ! 」
何せ、所持金10gpのうち、井戸で3gp、ウサギ淑女の副葬品として6gp使ったせいネ。
「大丈夫ですよ、お客さん。所持品を半額で下取りいたしますから、そのお金で買い物して行って下さいな」
「気に入ったヨ、その提案! 」
あたしは、所持品をカウンターに出した。
ノミとスズメバチのかつらは2つ合わせて1gpと見事なまでに二束三文だったけど、エキゾチックな卵は25gpで買い取ってもらえたネ。
これに、今持っている所持金をたすと、合計27gp。
買えるのは……一つしかないヨ。しかも、使い道が微妙にわからない代物だ。
買うべきカ。買わないべきカ。
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。まだ決まらないんですかぁぁぁぁぁ? 」
「ちょっと時間かかりそうだから、そこで休んで待っていてネ」
ゾンビ・ラビットは、あたしに言われたとおり、店内の片隅へ休みに行った。
あたしは、それからさんざん迷った結果、換金するだけにしたヨ。
「ゾンビ・ラビット、用が済んだから出発ネ」
しかし、返事はなかったヨ。
ゾンビ・ラビットは、休んでいた場所から、忽然と姿を消していたネ!
突然の出会いと別れは、怪奇の国だからではなく、白ウサギのライフワークな気がしてきたヨ。
あたしは、ちょっぴり悟りながら、移動式商店を後にした。


10:屈強なる薔薇園

移動式商店を左に曲がって進んでいくと、屋敷にたどり着いたネ。
屋敷の玄関には、かつらをかぶった魚顔をした使者がいたヨ。
ハチと言い、この世界のクリーチャー達はかつら愛好家が多いネ。
魚顔をした使者達は、女王から公爵夫人へのクローケーの招待状を届けに来たと言っているところだった。
あたしが公爵夫人と嘘の名乗りを上げてもいいけど、「こんなにロリかわいい公爵夫人がいるか」とすぐに見抜かれそうだから、ここは正直に女王がどこにいるか尋ねるのが無難ヨ。
「おまえたち、女王陛下はどこにいらっしゃるか、知っているネ? 」
魚顔の使者は、薔薇園でクローケーをすると教えてくれただけでなく、薔薇園までの行き方まで教えてくれたヨ。
何だか移動式商店の店長と言い、使者達と言い、ようやっとまともな住民に出会えた気がするネ。
今まで出会った住民は、本当にひどかった。特にあの魔術師のおっさん。水虫になって死んで欲しいサ。
あたしは、使者達に教えてもらったお礼を言うと、薔薇園目指して歩き出す。
しばらくして、三叉路になっている道に出たヨ。
すると、あのヤク中になりかけていたレプラコーンがやって来た。
何種類もの毛皮を合わせて作った服と杖というコーデになっているのは、罌粟を吸いすぎた後遺症カ?
レプラコーンは、罌粟をやめて女王の出納係に職場復帰したと言い、それもこれもあたしのおかげだと感謝してきた。何だ、こいつ。ちゃんとわかっているネ。
それから、あたしに薔薇園までの道のりと、《幸運に勝るものなし》の呪文をかけてくれたヨ。
出納係であることと言い、魔法を使えることと言い、意外とこいつは優秀カッ!?
レプラコーンが去った後、あたしはまた分かれ道に出た。
確か魚顔の使者は、左に行ったら右に行くよう行っていたネ。
そこで、右の道に進むと、右手に錠のかかった柵があって、あの白薔薇に赤いペンキを塗っていたスライシー・トーヴ達がいたヨ。
ここから薔薇園に入れるので、スライシー・トーヴに呼びかけたけど、怒鳴って断るだけネ。
これじゃ、いつまで経っても、らちが明かないヨ。
そう言えば、今のあたしは盗賊で魔法が使えたネ。
あたしは、薔薇園の扉に〈開け〉の呪文を使った。
本来戦士のあたしが魔法を使うなんて、うまくいくのか正直かなり心配だったけど、扉がひとりでに開いたヨ!
これは、面白いネ!
あたしは、意気揚々と薔薇園に入ったヨ。
すると、スライシー・トーヴ達が怒ってあたしを追い出しにかかってきたネ。
ここは、あたしの故郷に古くから伝わる伝統の危機回避法を使うサ。
「まあまあ。少ないけれども、これでも受け取ってヨ」
あたしは、スライシー・トーヴ達に賄賂として20gpを握らせたネ。
「なあ、ぶっちゃけ言って俺は何も見てない」
「奇遇だな。俺もだ」
「さあ、休憩がてら紅茶でも飲みに行こうぜ」
話がわかるスライシー・トーヴ達は、そう言って薔薇園から出て行ったヨ。
あたしは、薔薇を見物しながら、女王がやって来るのを待ったネ。
う〜ん、薔薇のいい香りヨ!


11:屈強なるクローケー

薔薇園で待つこと数分後、ウサギ淑女の最期の伝言を伝える相手、ようするにウルクの女王が、お付きの者達を率いてやって来たネ。
その手には打球杖が握られている。
女王は、あたしに気づくと詰問してきたヨ。
「そなたは、クローケーに招かれているのか? 」
「招かれてないけど、バンダースナッチに襲われて亡くなった白ウサギさんからの伝言を届けに来たネ。『地獄で待つ』とのことヨ」
……あれ? 何か若干ウサギ淑女の伝言を間違えた気がしたけど、約束の時間に来られなくなったと女王に伝わったからよしとするヨ。
「白ウサギめ、命を落としていて幸運だったわ。さもなくば、首を斬ってやったところよ」
「あと、クローケーは面白そうだからやってみたいネ」
女王が怒りにまかせ、白ウサギじゃなくて、あたしの首をはねたげに見てきたので、あたしは急いで話題を変えたヨ。
これは正解だったようで、女王は表情をやわらげたネ。
「わらわは、平民の誰も、わらわと一緒にクローケーをやらせるつもりはないわ。まずは自分の価値を証しだてねばならぬ」
なに、この女王。面倒くさいヨ。
「兵士たちよ、わらわの娘を連れて参れ! 」
女王はそう言って、兵士に棺桶を持ってこさせたネ!
なに、この急展開!?
とりあえず、あたしは棺の蓋を開ける。
中にはウルクの女の子が横たわっていたヨ。
あたしは、女の子の脈を確認した。
「柳翠蓮、死亡確認!! 」
「勝手に我が姫を殺すでない、愚か者めが! ただ、眠っているだけじゃ」
「あー、宗教的な解釈の違いネ。あたしは、よその宗教には寛容だから安心するヨ、狂信女王様」
「誤解したまま偉そうな口をきくでない! ある魔女が、ハンサムな王子が彼女の唇にキスをするまで眠る魔法を我が姫にかけたのじゃ。だが、あいにくハンサムな王子など、わらわの求婚を拒むたびに殺していったため、この国には一人もおらぬのだ! 」
何かさらりと大量殺戮を告白したネ、ウルクの女王。
「で、この国には残りカスしかいないってことカ。理解したヨ、残りカスの女王様」
「理解したのはよいが、何やら腹立たしい物言いをするのう。とにかく、平民よ。わらわとクローケーをしたいならば、我が姫を目覚めさせてみよ」
「承知したネ」
女王は、無理難題をあたしにふっかけてやった顔をしている。
でも、あたしには、活路が見えていたので、失敗したら首をちょん切られる恐怖なんて、これっぽっちもなかったヨ。
「ハンサムな王子がいないなら、ハンサムなロリがキスをすればいいネ! 」
あたしは、兄ちゃんの花嫁達が兄ちゃんへしていたやり方で棺に横たわる姫にキスをしたヨ。
効果抜群、姫はすぐに目を覚ましたネ!
「大成功ヨ! 」
「見事! しかし、言い忘れていたが、そうすると眠りの呪文が我が姫からそなたへ移るのじゃ」
「大事な情報を伝え忘れているんじゃないネ、この鬼畜婆……」
女王に悪態をついているそばから、あたしの意識はスーッと遠のいていったヨ……。


あたしは、青蛙亭で目を覚ました……。
「おきなさい。おきなさい わたしの かわいい すいれんや。おはよう すいれん。もう 朝ですよ」
ちがった。
まだ夢の中だったネ。
誰サ、この優しそうなおばさんは?
さっさと目を覚ますに限るヨ……。


「チェックアウトは朝の9時だぞ! 弟の相棒だからと言って、無銭飲食娘は甘やかさねえからなッ! 」
ドアをたたく汚いだみ声が聞こえてくる。
よかった。
ここは間違いなく青蛙亭ネ!
あたしは、今度こそ間違いなく目を覚ました。
まだやかましいクォーツの声を無視して、あたしは荷作りしながら、背負い袋の中身を確認する。
そこには、レベル3の戦士の装備にしてはしょぼすぎるポケットナイフと布の服が入っていた。
そして、レベル3の戦士には上等すぎるほど立派な銀の懐中時計も入っていたヨ!
「夢だけど、夢じゃなかったネ! 」
あたしは、ウサギ淑女の形見を背負い袋にしまい直すと、袋を背負った。
左肩に憑いていたゴーストが成仏したおかげで、かんたんに背負えたヨ。
さあ、酔いどれ岩悪魔の小汚い面と、ファビュラスなジーナのきれいな笑顔を見に帰るとするネ!


(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
  (T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
 著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
 訳:岡和田晃
 発行 : グループSNE/書苑新社
 2021/2/26 - ¥1,980
posted by AGS at 17:34| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月27日

D&D小説リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」

 2021年5月25日配信の「FT新聞」No.3044にて、D&D小説リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」が掲載されました。クラシックD&Dの26〜36レベルを扱う黒箱を使ったシナリオのリプレイで、大艦隊を率いて、神々と丁々発止のやり取りをするとてつもないスケールの冒険です。


D&D小説リプレイ『巡らされた糸、混沌の渦中へ』 FT新聞 No.3044
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」

 岡和田晃

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

「おれたちは無限の虚無の中を彷徨するように、さ迷ってゆくのではないか? 寂寞とした虚空がおれたちに息を吹き付けてくるのでないか? (…) 神を埋葬する墓掘り人たちのざわめきがまだ何もきこえてこないか? 神の腐る臭いがまだしてこないか?−−神だって腐るのだ! 神は死んだ! 神は死んだままだ! それも、おれたちが神を殺したんだ!」
 −−フリードリヒ・ニーチェ『悦ばしき知識』(信太正三訳)

●はじめに

 本作は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)のリプレイ小説です。2021年4月22日配信の「FT新聞」No.3011で配信された「悪魔の住む河を覆う呪詛」は、コンパニオンレベル(15〜25レベル)のリプレイでしたが、今回はマスタールールセット(通称黒箱、26〜36レベル用)を用いたマスターレベルのリプレイです。
 マスタールールセットでは「ウェポンマスタリー」という新ルールが導入され、アンデッドビホルダーやナイトシェイドといった信じられないほど強力なモンスターが出現し、攻城戦や艦隊戦が積極的に扱われ、プレイヤー・キャラクターは定命者(モータル)の領域を越え、神(イモータル)になるための試練へ各々乗り出すことになります。
 本作は、M1モジュール「巡らされた糸」(邦訳1989年、原題Into the Maelstrom)を使用しており、内容の核心に触れています。
 「巡らされた糸」は、ブルース&ビアトリス・ハードがデザインしたモジュールで、マスター・レベルらしい、次元をまたいだ壮大な冒険が描かれています。AD&D等の高レベルキャンペーンシナリオでは、しばしば多元宇宙を股にかけた展開になりますが、艦隊を率いながら神々と丁々発止……というのはなかなかありません。
 なお、本作は2005年に行われたゲームセッションで、執筆も同年です。岡和田が肉体労働をしながら作家修行をしていた頃に書いたもの、すなわちプロデビュー前の習作なのですが、「悪魔の住む河を覆う呪詛」が好評につき、お蔵出しをいたしました。前作をお読みいただいた方々に感謝を捧げつつ、今作をもご笑覧をいただけましたら幸いです。
 
■登場人物

レイラ…ナイト30レベル。ニュートラル。トゥルー教徒の語り部で、魔剣〈オルトニットの滅びの剣〉を自在に振るう。
ハルドール…クレリック35レベル。ニュートラル。オーディンを信仰し、ルーンの力を引き出せる。〈ヴェルサンディの無敵の砂時計〉を探している。
ジョガーダ…マジックユーザー25レベル。ローフル。魔術師の塔で気ままに研究に勤しんでいる、元ファイター。プレイヤーによれば、外見は岡田真澄似らしい。
タイホン…32歳。シーフ31レベル。ケイオティック。マーチャント呪文や、〈ウィッシュ〉の巻物を有する。〈諸王の冠〉を探している。プレイヤーによれば、外見はジョニー・デップ似らしい。
ネロス…マジックユーザー17レベル。ケイオティック。「悪魔の住む河を覆う呪詛」から引き続いての登場。

ノルウォルド国王エリコール・ザ・ワイズ…ファイター18レベル。ジアティス帝国皇帝の三男にしてノルウォルド王国の統治者。血気盛んな男。
ケドハーのノーラン男爵…ファイター15レベル。ケドハー自治領の領主。小心な男。〈毒の霧〉とともにノルウォルドへ宣戦布告を行ってきた。
マリエラ…ノーマルマン(0レベル)。アルファティア帝国の皇女。物腰は洗練され美しい金髪と鼻筋とを持つが、いかんせん高慢。
「楽園の島」の住民…謎の木の実「ゾゾンガ」の虜になった人たち。特殊な技術を用いて自在に虚空を飛び回る。
ケナサ…ガルガンチュアクラウドジャイアントの麗しき乙女。
レオサス王…雲の王国の宮殿に居住している謎の哲人。
コーリス…ローフルのイモータル。思考の領域に属する。平和と繁栄の守護者。外見は銀髪の柔和な老人。
ヴァーニャ…ニュートラルのイモータル。時間の領域に属する。角突きヘルメットを被った肉感的な美女の姿をしている。歴史、栄光、英雄的な行為にのみ関心を持つ。
アルファクス…ケイオティックのイモータル。かつてはアルファティア帝国の皇帝だったこともあるが、故あって祖国を追放された。死(エントロピー)の領域に所属し、破壊と暴虐の限りを尽くしている。外見は醜悪なローアリングデーモン。
ハルツァンスラム…ノーラン男爵の義理の弟。アルファティア帝国皇帝の隠し子と言われていたが、本当は……?

■ストーリー

●〈毒の霧〉の脅威

 ミスタラ世界の北方に位置する新興国家ノルウォルド、エリコール王の宮殿にて。王も同席するノルウォルド評議会の議会上は、類を見ない紛糾した情勢を迎えていた。国王と評議員たちによって、「最後通牒」を巡る激しいやりとりが行われていたからである。
「陛下、もはや猶予なりません、ケドハーのノーラン男爵が最後通牒を出して参りました。彼の悪魔のような霧で、陛下の臣民はゆっくりと滅びつつあり、今や王国は混乱の極みにあります。奴の要求を受け入れて忠誠を誓わねば、われらは破滅しましょう!」
「笑止! 我らは、かかる恥知らずにして邪悪な脅迫には決して屈するわけにはいかぬ! ノーラン男爵は他の力の操り人形にすぎぬ。必ずや化けの皮を剥がし、背後でほくそ笑んでいる痴れ者を突き止めてくれようぞ!」
「されど陛下、我らはアルファティアの、悪くすればジアティスの軍勢と衝突するかもしれませぬ。戦争になれば、今残っている我らの土地も完全に荒れ果てましょうぞ」
「構わぬ! 毒の霧が戦争よりましなわけではなし、奴隷としての降伏など最悪ではないか。ノルウォルドは卑しいハゲタカどもの餌食ではない。我らの地を蹂躙せんと企む者に対しては、前進して見下げた裏切りの代価を支払わさねばならぬのだ。我が忠実なるロードたちよ、直ちに陸海の舞台を招集せよ。我らが誇りと名誉をもって運命に立ち向かうのだ! ケドハーへ艦隊を進め、あさましき下っ端貴族めに此度の愚行の代償を思い知らせるのだ。目にもの見せてくれようぞ!」
 高らかにそう叫んだ国王の右腕には鮮血に塗れたバスタードソードが握られており、足下にはケドハーからの伝令吏が倒れていた。既に息絶え事切れている。
 国王が評議員たちの反対を押し切ってまで軍勢を送り出そうとしているケドハーという土地は、ノルウォルド王国の首都アルファの北東に位置する自治領である。ノルウォルドはもともと未開の地であったのを領土拡大への意欲が強いジアティス帝国が入植し、国家としての体裁を整えた場所であったのだが、荒野を田畑へと変えていくにあたり、多数の強者の協力を必要とした。そこでエリコール王は野心ある若き冒険家を、その経歴は問わず、大陸各地から招聘し、本人たちの自嘲するところによれば開拓のための「屯田兵」として徴用した。
 厳しい自然環境のもと、不心得者は自然に淘汰され、或いは国を去り、志を持った者だけが残った。彼ら歴戦の勇士たちは、冬になると襲来するフロストジャイアントの一団を退け、邪悪な魔女三姉妹の陰謀を潜り抜け、時には農民に混じって畑仕事に勤しみ、隣国からの間諜を人知れず成敗するなどして、ノルウォルドの地を文明化させるための基盤を作ってきたのだったが、そのなかでも特に強い功績を示した者は、国王より感謝の意を込めて「コートロード(名誉貴族)」の称号を与えられ、封土の一部を自治領として下賜された。国王の相談役としてノルウォルド宮廷に特別の地位を与えられた者もあった。そのような貴族の一人が、ノーラン男爵だったのである。
 だが、従順な羊を装いつつも、ノーランは虎視眈々とノルウォルドの地を手に入れようと画策していたらしい。突然、悪しき力と手を結び、〈毒の霧〉の力を持ってして、自らの意に従わなければ、ノルウォルドの地を蹂躙し、草木一本残らない不毛の場所へと変えてしまう、と宣告したのだ。
 〈毒の霧〉とは、ノルウォルド北方の海ノーズジーを覆い始めた、魔力を持つ霧のことを指す。その毒性は、マジックユーザー呪文5レベル〈クラウドキル〉に相当し、大抵の生き物は、トロール並の生命力を持つものでなければ、たちまち殲滅させられてしまう。
 本来ならばこのような驚異はすぐさま取り除くべし、と、評議会の連中も直ちに国王の姿勢に賛同して然るべきであるのだが、ノルウォルド周辺の政治的情勢が慎重派連を躊躇させた。
 まず、目の上の瘤とも言うべき南方の「征服国家」ジアティス帝国。影響力を行使できるというので、正嫡の子であるノルウォルド王国に対し積極的な援助を行ってきたものの、ある時を境に扱いが変わった。先に、同じくジアティスの支配下にあったカラメイコス大公国が独立を宣言し、本国ジアティスとの幾度もの政治的駆け引きの末、自由を勝ち取ったのだ。そのため、否応なしにこの国からノルウォルドへと向けられる眼が数段厳しいものとなってしまった。もっとも、近年ではジアティス帝国の周辺諸国への「征服」活動が停滞気味である、ということも、その原因の一つである、と言えようが。
 次に、東方の魔法帝国アルファティアである。ミスタラ最古の国家として名高いこの国は、何かにつけて新興国ノルウォルドの内政に干渉し、少しでもジアティス寄りの勢力を殺ぐとともに、鉱山資源が豊富だということが明らかとなったノルウォルドの大地を自らの手中に収めるべく、虎視眈々と隙を窺っているのだった。
 当然ながら、ケドハーのノーラン男爵は、かような状況を自らに有利なものとして利用しているということを隠そうとしない。そして愚かにも、「ノルウォルド全土の正当な統治権」をそっくりそのまま要求してきているのだ。
 だが、部隊の招集を命じられたロードたちも、背後に幾重にも張り巡らされた陰謀の糸が存在するということは百も承知である。国王の決意を覆すのは難しいと知りながら、ロードの一人にして王の相談役を勤めることもある魔術師ジョガーダは、決然と異議を唱えた。−−所詮ノーランは取るに足らない小物に過ぎず、適正な法廷手続きを取らずしてノーランを殲滅してしまえば、国家と法の威信に傷が付くばかりか、ジアティス・アルファティアといった周辺諸国が国政に干渉するための恰好の口実を与えてしまう−−と、淀みなき口調で、理路整然として語りかけた。
 しかし、国王の決意は固かった。というのも、斥候によって〈毒の霧〉の尋常ならざる被害状況を聞き及んでいたからである−−迫り来る脅威はノルウォルドの国に前代未聞の被害をもたらすだろう。だからこそ、全力をもって、〈毒の霧〉を除かねばならない。蔭に潜む謀略を畏れて被害が広がるに任せていてはそれこそ、周囲の野心家どもに、「ノルウォルド取るに足らず」、との印象を与えてしまうだけだ−−王はそう、断固とした口調で反論する。そのうえで、王は自ら先陣を切って原因の調査・解決に当たるつもりだという。
 その決意のほどを観ては、さすがのジョガーダも折れざるをえず、代わりに譲歩案を出すことにした。
「陛下は大事な身。首都アルファに留まり、ジアティスやアルファティアから国を守っていただきたい。代わりに我らが、不心得者を征伐し、〈毒の霧〉を取り除いてお見せいたしましょう。何なりとご命令下さい。使い潰していただいて結構でございます」
「おお、協力してくれるのか、わが兄弟よ、腹心の同胞(はらから)よ!」

●イモータリティの追及者たち

 こうして、海の向こうのケドハーを制圧するための大艦隊の編成が決定し、優秀なロードたちが艦隊の指揮官として任じられた。皆、歴戦の勇士達であり、エリコール王やジョガーダと、辛酸を分かち合い生死をともにした仲である。
 砂漠の国イラルアム首長国連邦出身にして一神教「トゥルー教」の信徒である、レイラ。苦難のあるところ、ショールを巻いて颯爽と現れる巨躯の女戦士(30レベルナイト)。物語の才に長け、自らの希有な体験談を衆人に語っては喝采を博しているのだという。特定の国に仕える道を選ばず、英雄的な探索を果たすことで「神(イモータル)」に近付く、「エピックヒーロー」というイモータリティを追求しており、それに纏わる重要な使命を帯びて旅を続けていたのだが、かつて頭に強い打撃を受けたせいで過去の記憶を失ってしまったという。その間に手にしたと思われる、呪われし魔剣〈オルトニットの滅びの剣〉を浄化させることが、彼女の当面の目的となってしまっている。
 クレリックのハルドール。ヴァイキングの国ノーザンリーチ出身。その極限まで高められたクレリックとしての能力は大陸有数のものであり(35レベル)、余人の生殺与奪を一堂に担うことができる存在である。歴史的な偉業を残すことで時間を超越し「神(イモータル)」へと近付く、「ダイナスト」のイモータリティを探究中。オーディン神を信仰し、その恩恵として独自のルーンをアイテムに刻むことが出来る。ルーンに篭められた魔力は比類なく強力なうえ、誰もがそこから特別な力を引き出すことができる。また、「時間」の領域に属するアーティファクト、〈ヴェルサンディの無敵の砂時計〉を探索しているらしい。
 放浪の盗賊王(グランドファーザー)、タイホン(31レベルシーフ)。若き盗賊たちを多数率いながら荒野を旅し、邪なる存在を見つけては得意のライトクロスボウの早撃ちで蜂の巣にする。古代彫刻のような美しい相貌は並み入る婦人達を虜にし、故郷は金権共和国ダロキンで極めたという「マーチャント呪文」なる特別な魔法の力を用いれば、どのような者を相手にしても有利な立場から交渉を進めることができるという、無類の外交家でもある。輪廻転生を繰り返すことで「神(イモータル)」への道を追求する、「ポリマス」のイモータリティを探究中。また、プライムプレーン(物質界)に存在する最強の呪文、あらゆる願いを実現させる力を持つ〈ウィッシュ〉のスクロールを所持している。が、それに飽き足らず、さらに強力なアイテムであるアーティファクト〈諸王の冠〉を探している。
 そして、国王の相談役、ジョガーダ(25レベルマジックユーザー)。極めるべき呪文に追われいまだイモータリティの探求に手を染めてはいないものの、魔法至上主義公国グラントリで幻術を極めた腕前は本物だ。もとはファイターを目指していたらしく、驚くほど強健な肉体を具えてもいる。だが、身のまわりに構わない性格のためか、国王より与えられた封土は穏やかに運営されており、本人は建てられた魔術師の塔で気ままに研究に勤しんでいる、という。一説によれば、才知あふるる若い後進(1レベル)の養育にかまけているらしい。とかく、マジックユーザーにしては「まっとうな」性格であるともっぱらの評判だ。
 最後に、大艦隊と国王との連絡役として、ネロスという老獪なマジックユーザー(17レベル)が割り当てられた。かつて、サーベル・リバーなる河に宿る邪悪な魔術師「シーア」に操られていたが、その際、タイホンに助けられ心を入れ替え、ノルウォルド宮廷に献身的に仕えるようになったという経歴から、いまだロードの称号こそ与えられていないが、実務的にも戦闘能力的にも、彼の実力が並のロードを遙かに越えたものであるということは、誰も疑わない。
 彼らに与えられた大艦隊は、概観すると以下の編成から成っている。ちなみにBRというのは艦隊の交戦力を表す値で、平均的な船は80前後の能力を持っている。

(1)海洋派遣戦闘部隊(指揮官・レイラ)
艦隊人員:1570(内、海兵350。2レベルファイター、20%はロングボウ装備)
艦隊構成:ラージガレー4(飛び道具、衝角),スモールガレー5(衝角),ラージセイル シップ10
BR102
(2)王室突撃部隊(指揮官・タイホン 副官・ネロス)
艦隊人員:3495(内、海兵875。2レベルファイター、20%はロングボウ装備。また、兵員輸送船には、2レベルエルフが200。全員がロングボウ装備で呪文使用可。バンディッド メイルを着ている)
艦隊構成:ウォーガレー1(飛び道具、衝角),ラージガレー6(飛び道具、衝角),スモールガレー15(飛び道具、衝角) 兵員輸送船:2(飛び道具、エルフ)
BR180
(3)ノルウォルド侵攻部隊(指揮官・ハルドール)
艦隊人員:2250(全員が漕ぎ手水兵、3レベルのバーバリアンファイター。レザーアーマーとシールドを装備)
艦隊構成:ロングシップ30
BR106
(4)艦隊支援部隊(指揮官・ジョガーダ)
艦隊人員:1350(全員が漕ぎ手兼水兵、1レベルのファイター。レザーアーマーとシールドを装備)
艦隊構成:スモールガレー15(飛び道具、衝角),スモールセイルシップ30(飛び道具)
BR105

 以上、総計9000名近い乗組員を有する一大艦隊である。
 だが、艦隊を出港させる前に、レイラは宮廷内に既に潜んでいる脅威に気が付いた。それはすなわち、王の手によって切り捨てられた斥候の死体のことである。幾度も死線を潜り抜けてきた経験により、レイラはこの死体に不気味なものを感じた。タイホンも同様のようだ。そこでその疑念を裏付けるため、手持ちの〈アンデッドコントロールポーション〉を服用してみたところ、どうやらこの死体がアンデッド、それもとても強力なものとして甦るのではないかということを察知した。そしてその疑念は、深海にも比せられるクレリックとしての知識と数多の経験を有するハルドールの言葉によって、裏付けを得た。
 しかしだからといって、この死体をどう片づければよいのだろうか。ハルドールは迷わず「アンデッド」である斥候の死体をターンさせようとするが、こともあろうに何かえもしれぬ強大な力に阻まれ、うまく退散させることができない。見かねたジョガーダが投げかけた〈ロアー(知識)〉の呪文にしても、価値ある知識を得ることができなかったという点では、結果は変わらない。おまけに荼毘に付せば大丈夫だろうと火をつけたら、その火が消えなくなってしまった。
 1週間野外に放置したままのシチューのような味がした〈アンデッドコントロールポーション〉のお味に顔を顰めるレイラを後目に、タイホンは、
「〈ディメンジョンドア(次元の扉)〉で海に捨ててきては」
 などと無責任な発言を行う始末。だが、運悪くそれがエリコール王の耳に入ったがため、
「そなたらで運んでいき、旅の途中で処分してくれ」
 と、言い放たれ、「廃棄物」の秘密処理は不可能となってしまったのだった。

●恐るべきモンスターたち

 巨大な氷山の間の波の頂で、北の夏ならではの低い太陽の光が輝いている。船団が進んでいく横では、時たまアザラシの群れが氷上で日光浴をしており、凍り付く緑色の海に飛び込んでいる。身の引き締まるような寒風が巨大な氷山に降り積もった雪を吹き飛ばしている。氷の山々が威厳たっぷりに大艦隊の上にそそり立っている。
 突然、雷のような雄叫びとともに、巨大な白いトカゲのような生き物が3匹、氷の後ろから上昇してきた。艦隊の兵士たちの間に、畏敬と恐怖の念が広がっていく。危険を察知したジョガーダが先んじて退避命令を出すよりも速く、艦隊の大半が敗走を始めた。レイラの指揮する船は3分の2が恐れをなして逃げ去ってしまい、ジョガーダとタイホンに至っては8体しか船が残らない、という始末である。
 それもそのはず、目の前の生き物はいずれも、古代の(エンシェント)ヒュージホワイトドラゴンだったからである。ドラゴンたちは逃げまどうちっぽけな人々を嘲笑うかのようにゆっくりと上空を旋回しながら、こともあろうに人間の言葉で叫んだ。
「この強大な艦隊は直ちに母港へと帰還し、神々の怒りが静まるまで待たなければならぬ。武力は汝らの悩める土地を救うことなく、さらに悪しき運命へと陥れるのみである。いやしくも支配者たちに民を思う心があれば、最後通牒に従わねばならぬ。されば正義が最後には下されよう」
 しかし、このような脅しに乗るようなロード連ではない。
 おまけに、艦隊の乗組員のうち、これは良い機会だと、気の乗らない旅から逃げようとする連中が持ち出してきた撤退計画も、
「そなたたちの心遣いには感謝するものであるが、しかしながら、我々には為すべきことがある。それは、我らが国王陛下と愛する祖国を守るため、〈毒の霧〉の脅威を取り除くことだ」
 とのジョガーダからのお達しによって、穏やかに否定される。
 そして、同じく既にジョガーダによって〈フライ〉の呪文を〈パーマネンス(永久化)〉されていたため、直ちに一行は飛び上がり迎撃体制に入った。 
 まずはレイラが〈オルトニットの滅びの剣〉とソードシールドとの二刀流で合計6回斬りつけて、たちまち1体を膾斬りにする。
 だが、返す刀で吹き出されたドラゴンのブレスをまともに受け、レイラは全身を高熱で灼かれ、悶え苦しみ、絶命した(抵抗のセーヴィングスローに成功してもなお、受けたダメージ98点)。実はこれこそが魔剣の呪いである。〈オルトニットの滅びの剣〉を手にした者は、バスタードソード+5・対ジャイアント+10に加え、〈ホールドモンスター〉と〈ドッジエニイミサイル〉とをそれぞれ1日に1回使うことの出来るという強力な力と引き替えに、総ての打撃と〈ドラゴンブレス〉に対し、常人の倍の損害を被ってしまうのだ。
 黒焦げになって墜落してくるレイラの遺体。すぐさまハルドールが〈レイズデッドフリー〉の準備に向かう。その隙を突いて、影に隠れ(〈ハイドインシャドー〉をし)ていたタイホンが背後からの一撃(〈バックスタッブ〉)を仕掛けるが、これはドラゴンを倒すまでには至らない。影から姿を現したタイホンは、ハルドールがレイラを甦らせたのと入れ替わるかのように、コーン状に広がる〈ドラゴンブレス〉をまともに浴び、死亡した。ジョガーダも〈ファイアーボール〉などの堅実な呪文で応戦するが、攻撃をかいくぐってきた別のドラゴンの、爪・爪・噛みつき・蹴り・翼・尻尾の6回打撃を受け、喰い殺されてしまった。
 だが、優秀に立ち回ったのがハルドールである。得意の〈レイズデッドフリー〉で死者を甦らせてすぐさま戦場に送り込み、余力がある時は〈キュアオール〉で傷ついた仲間の傷を癒し、手が空けば強力な〈バリアー(巨大な回転するハンマーを出現させる)〉の呪文を用いて応戦する。クレリックのサポートと優秀なドラゴンスレイヤー・レイラの尽力のおかげで、数分後には、古代のドラゴンロード3体はいずれも死体となって、ノーズゼーの水面に浮かぶこととなってしまった。それらはロードたちの手柄を示すものとして、または魔法の触媒や武器防具を作成するための特別の素材として、さらには非常用の食糧として、スモールガレー5隻とラージガレー3隻の船を用いて牽引していくことになった。
 けれども、ドラゴンの脅威が去ったからと言って、旅が平穏無事になったというわけではまるでない。さらに一週間旅を進め、今度は船内に騒動が巻き起こった。ロードたちの脳裏に、怖気づいた船員が反乱を企てたのか、との思いがよぎる。だが真相は違っていた。処分場所を探すまで船に乗っけていた伝令吏の死体が急激に変貌を始めたのだ。その姿は半透明に透き通り、虹色に輝いたかと思うと、霧のごとく拡散して巨大化し、ガルガンチュアサイズ(通常の生き物の8倍の大きさのこと)のパープルワームを思わせる姿に収束を始めた。それと同時に体色がどす黒く変わっていき、邪悪な気が集まり始めた。プライムプレーン(物質界)でその姿を見ることは極めて稀な太古の邪悪、〈ナイトシェイド〉。その一つの姿である、ナイトクロウラーが顕現しつつあるのだ。〈ナイトシェイド〉が出現するとともに、周囲の食糧・水が全て腐食してしまった。
 これはまずい、とジョガーダがナイトクロウラーへと火力最高の〈ファイアーボール〉を投げつけるが、相手はまるで傷ついた様子がない。ナイトクロウラーは高度に魔法的な存在であるため、低いレベルの魔法は効果を持ちえない、というのがその原因のようだ。ちなみに、ターンが効かなかったのは、あまりにも強力なアンデッドゆえ、ターンの力を跳ね返すことができたかららしい。仕方がなくジョガーダは〈ディレイドブラストファイアーボール〉に呪文を切り替える。
 そのようなナイトクロウラーが放つ魔力の迸りを受け、不意を突かれたレイラは数インチの大きさにまで縮小させられ、治療のため駆け寄ったハルドールは〈フィンガーオブデス〉を投げかけられた。だが、さすがにイモータリティ探求に挑戦するだけの実力を備えたロードたち。半端な魔法の効果など受けるはずはなく、やすやすと抵抗する。そして、ハルドールのサポートにより通常の状態に戻され、ジョガーダの〈ヘイスト〉によって強化されたレイラの12回攻撃によって、最高位のアンデッドは永久の滅びを迎えることとなったのである。
 むしろ苦労したのは、戦闘の後である。すべての食糧が腐り果ててしまったので、頼りになるのは狩猟や漁による自給自足と、ハルドールの〈クリエイトフードアンドウォーター〉の呪文だけである。だが、いかに高次の存在であるとしても、この魔法を使うことができるほどの実力を有したクレリックが1人しかいないのでは、いかに食糧を節約しようとも限界が見えてくる。ロードたちは、急いで艦隊を進軍させた。

●アルファクスの手先

 さらに1週間ほど旅し、ようやく〈毒の霧〉の目前まで辿り着いた。王より聞かされた斥候の話によると、〈毒の霧〉には台風の「眼」のような箇所が存在し、そこから出入りすることができるのだという。だが見たところ、それらしい抜け穴は見当たらない。ロードたちは懸命に〈毒の霧〉を避けながら、周囲を運行し、「眼」がどこにあるのかを探し始めた。
 静かな夜である。この静けさを乱すのは船首が風を切る規則的な音だけだ。艦隊の示すランタンが、夜霧のなかで瞬いている。見張りが交代しようとしたとき、右舷に船団が確認された。帆は満開になっており、大艦隊を避けるように迂回しながら全速力で進んでいく。不審に思ったジョガーダはただちに明かりを点けて手旗信号を送り、船団名と所属とを明らかにするよう通告を出した。だが、船団は相手にしない。もしやこの船は「眼」へと進んでいっているのでは。そう、ロードたちは考え、大艦隊を散開させ、船団を包囲するよう指令を出した。
 船団の先回りをし、相手の進路を塞ぐことに成功したのは、高性能の船を備えたハルドールの艦隊だった。しかしなんということか、船団は彼我の圧倒的な戦力差にもかかわらず、艦隊に向かって、射撃を仕掛けると同時に、衝角(ラム)による突撃を行ってきたではないか。船団の構成は以下の通りであるが、

☆もぐりの船団
艦隊人員:350(内、海兵250。50%がロングボウを装備した2レベルファイター。チェインメイルとシールドを見に付けている。)
艦隊構成:スモールセイリングシップ・10(飛び道具)
BR111

 この程度の軍勢で、人員だけで9000を越える規模の大艦隊に突撃をかけるとは、無謀にもほどがあろう。だが、敵の目的は一点突破によって退路を確保することにあるようで、ハルドールの艦隊と向き合った敵の船団は死にもの狂いで抵抗を行ったためか、予想以上に手強かった。このままでは逃げられてしまう。そう、ロードたちは考え、「眼」の情報を得るためにも本気で応戦することにした。
 ハルドールは船団の進路を完全に断ち切り、ジョガーダは〈メテオスウォーム〉の呪文を唱えて敵の真ん中に流星や隕石を叩き込む。するとどうだろう、敵船団の後方に位置していた艦隊が5隻、反対方向に離脱を始めたではないか。どうやら、敵の内部で造反が起こったようである。後方の艦隊は白旗を揚げ、タイホンの船団の方向へと向かっていく。
 すぐさまタイホンとジョガーダは離脱した艦隊に近づき、接舷して乗船を試みた。ただちに水兵を乗り込ませ、乗員の身柄の拘束にかかる。船倉より現れたのは、薄絹を纏った育ちのようさそうな、見目麗しき女性だった。彼女は掠れた声で−−助けてください、男爵に身柄を拘束されていたのです、と呟いた。
 長年の経験から女性の素性を怪しんだロードたちは、タイホンのマーチャント呪文による性格看破、〈ESP〉、特殊技能の〈言いくるめ看破〉で女性の素性を取り調べるが、嘘偽りはないようだった。彼女はマリエラと名乗り、アルファティアで暮らしていたがノーラン男爵に拉致されてきたのだ、と釈明した。
 一方、ハルドールは善戦し、残りの船団の戦意を喪失させることに成功した。司令官として、身長7フィートを越える偉丈夫が連行されてきた。エリコール王に見せられた手配書の似顔絵とそっくりだ。ノーラン男爵に違いない。彼は、本国を追放されてきた流浪の貴族であると名乗ったが、マリエラの顔を見ると途端に本性を表し、騒ぎ始めた。
「やめろ、下賎の輩が、マリエラや私のような高貴の者に手をかけるな。私とマリエラは運命の糸で結ばれており、そしてマリエラを、ア、ア、アルファクス様への生贄に捧げれば、私自身にも『神(イモータル)』への道が拓かれるはずだったのだ…」
 聞き捨てならない台詞である。アルファクスとはケイオティックの「神(イモータル)」であり、邪悪な存在だ。おそらく、男爵はアルファクスの信徒だったのであろう。
 さらなる情報を引き出すべく、ロードたちは尋問を始める。だが、さして痛めつけもしないうちに、べらべらと情報を吐き出し始めた。
「私は、私は悪くない。弟に嵌められたんだ。腹違いの弟ハルツァンスラムが、ファーエンドの神殿でマリエラを生贄に捧げれば、アルファクスの加護があると言ったんだ……」
 乾いた笑いを浮かべるロードたち。だが、重要なことは、きちんと聞き出そうとする。
「教えろ。アルファクスが復活するとどうなるんだ?」
「決まっていよう、素晴らしい世界が訪れるのだ。混沌と破壊が巻き起こり、怨嗟の声が地上全体に満ちるのだ!」
 ノーランはまさに恍惚境に達している。だが、相手をしている方は話しているうちにあきれ果て、次には怒りが心頭に達してくる。話す内容が次第に戯言へと変わっていく男爵からはもう何も得られない、と、怒りを感じるだけ無駄だと諦めの境地に達したのか、ジョガーダとタイホンは水兵に命令し、男爵にはただちに地下牢へと連行願うこととなった。
 一方のマリエラは、慣れない環境の連続のためか、緊張が続いているようで、
「すぐにわたくしをアルファティアヘ送り返して」
 と、ヒステリックに怒鳴り散らす始末。
 ジョガーダとタイホンが、これからこの船は王命でケドハーへと向かわねばならないと伝えても、
「わたくしの身柄は王命よりも大事なのです」
 そう言って取り合わない。
 それもそのはず、よく見ると、彼女の身につけているブローチには、アルファティア王家の紋章が記されている。よりにもよって、彼女はアルファティア帝国の皇女なのだ。これは大変なことになった。下手を打てばアルファティアを敵に回すという最悪のシナリオが、現実のものとなってしまう。
 だが、あれこれと思い悩んでいる猶予はなかった。今度は、船首の前に、黒いシルエットの男が実体化して現れたのだ。影の顔はフードに隠れている。
 低い声で影は呟く。
「汝らは我が伝令吏に挑んだな。今や国々の運命は更に危険な状態に陥った。汝らの中には特別な乗客が1名おるが、かの者について他言してはならぬ。そは汝らの一族の者全ての破滅を招くであろう。今や、汝らの差し迫りし運命を防ぐために、我が出来ることは残されていない。海が唸り、空が紫に染まりし時、嵐の大槌に気を付けよ」
 伝令吏とはノーランのことか、それともマリエラか。いや、〈ナイトシェイド〉、それともエンシェントヒュージホワイトドラゴンのことかもしれない。しかし、最後の言葉が終わるとすぐにこの影は消え、2人の海兵が船尾の警報を鳴らし始めた。
「嵐だ! 嵐が近づいている!」
 突然、天候が悪化したようだ。とても自然のものとは思えない規模の嵐が巻き起こり、海面には巨大な渦が生まれている。老練した船乗りも、
「こんな渦は見たことねえ」 呆然と呟く。
 だんだんと艦隊の速力は落ち、完全に停止したかと思うと後戻りし始める。船員は船中を走り回り、漕ぎ手たちの太鼓も調子を高めていく。
 空は紫色に変わり、後方で恐ろしい雷鳴が轟いた。恐怖の念とともにロードたちは、大きく裂けた渦巻きに船団が引き寄せられていたことに気がついた。乗員たちは全ての帆を上げ、全力で漕いでいる。だが、とうとう船団は、ゆっくりとではあるが、巨大な渦巻きから離れることに成功した。
 ところが突然、渦巻きが広がり、船団の後を追ってくるではないか!
 もしやこれは、計画を察知されたアルファクスの仕業か? そのような考えが頭をよぎった時、レイラの心に何者かが囁いた。角のついた豪壮な兜を被った金髪の肉感的な美女が、目の前に立っている。
「だいじょうぶ、この嵐は私が起こしたの。安心して。渦の中心に飛び込むのよ」
 女はそっと語りかけ、姿を消す。
 レイラは、自分が見たものを皆に伝える。
 それを耳にしたハルドールは、渦に飛び込むべきかどうか、〈コミューン(託宣)〉の呪文を使ってオーディン神に尋ねたが、得られた答えは、
「自分の信じる道を行け」
 のみ。
「どうして神様っつうのは、どいつもこいつも、曖昧な答えばかりするんだ」
 ジョガーダが冒涜的に呟く。 
 だが、ハルドールの方は、決断の瞬間に神に頼るような輩はヴァルハラに入る資格なぞない、とでも考えたのか、神託を何度も咀嚼し、取るべき行動について考えを巡らせている。
 一方の皇女は、
「嫌よ。こんな渦に入るなんて!」
 と、騒ぎ立てる。だが、レイラは冷静だった。
「ほら、とりあえず小さくなってな」
 ソードシールドに具わるタレント(魔法的な効力を生み出す特殊な力)を使って、マリエラを縮小させ、ポーションの空き瓶に閉じ込める。
 既に何隻かの船は、巨大な渦巻きの周りを回り始めている。一瞬のうちに全艦隊が、深緑色の渦に捕まってしまった。大混乱が起こる。痺れるような響きの鳴動と、深部より押し寄せてくる、凍てつく暗闇にもかかわらず、大渦巻きの底にある光景が少しずつ現れてきた。開けた空間…夜…星々…おそらく、その先は虚無を遥かに越え、伝説の空洞の世界(ハロウ・ワールド)にでも繋がっているのだろう。だが、この恐怖の瞬間、死せる定めの生き物(モータル)たちの心は千々と砕け、狂気の光景を拒絶し押し出した。
 意を決したロードたちは、次々と渦巻きのなかへと飛び込んだ。意識の暗闇が、一行を襲った。
 だが、レイラは不思議と落ち着いていた。兜を被ったあの女性−−ヴァーニャと名乗った−−が、必ず自分たちを守ってくれると信じていたから。
 意識を取り戻すと、大渦巻きの無慈悲なうねりは嵐の音に変わっている。しかしながら艦隊は、激しい氷の嵐でなおもくるくると回っている。激しい雪と氷に妨げられ、隠れ場所を探すほかは何もできない状態が続いた。嵐によって、船団の帆は全て破れてしまった。

●楽園の島へ

 やがて光は消え、海の狂気も去った。船団の上にも下にも、ぞっとするような静かな虚空が広がっているだけである。いまや船の大艦隊は、虚空のなかを漂っている。
 艦隊の乗組員は皆、無事だった。ヴァーニャの加護があったのだ、とレイラは喜んだ。そういえば、渦のなかで夢を見た気がする。ヴァーニャが微笑んで、
「我が英雄よ、あなたはよくやりました! 相応しい報酬を受け取るのです。ニュートラルと時間の領域に仕える『神(イモータル)』ヴァーニャの名にかけて、あなたにロッドオヴヴィクトリィ(指揮官としての能力を飛躍的に高めるロッド)を授けましょう」
 と語りかけてきた。その証拠に、レイラの腰には黄金色に輝く細身のロッドが差し込まれている。
 暗闇のなかで、それぞれ異なる色をした星ぼしが瞬き、かつての世界で見たことのある満月と、同じくらいの輝きを有している。空気は冷たく、破れた帆の名残りをはためかせて、奇妙な風が吹いている。
 漂流する艦隊の行く手に、静止して浮いている巨大な円形の平面が見えてきた。奇妙なことに、輝く光の玉がこの平面を包み込んでいる。これは数マイルの海に囲まれ、密生した森林に覆われた島らしい。平面の外周部では、波が、透明な砂浜に打ち寄せているように見える。
 華やかなローブや腰布を身体に纏った原住民らしき人たちが、満面の笑みを浮かべて艦隊に手を振っている。そのうちで筋骨逞しい男達は、半透明のきらきら光る羽を付けたカヌーのような乗り物で虚空を飛んでいる。より直接的な手段、翼を身体に括りつけて、まるでジアティス帝国に伝わる、機械による人力飛行を夢見たイカロスという男のように虚空を舞う者すら、いる。
 艦隊はとりあえず、島を取り巻く形で不時着を果たした。だが話してみたところどうやら、ここの人たちはプライムプレーン(物質界)の言葉が通用しないようで、必死で身振り手振りなどを用い窮状を説明するしかない。
 その間、波に揉まれ疲弊した乗組員の面々は、まるで害意のない住民の挙措に緊張を解かれたのか、歓声を上げて上陸し、勧められるままに島の至るところになっている島の言葉で「ゾゾンガ」と名付けられた木の実を、憑かれたようにむさぼり喰い始めた。するとどうだろう、食べた者は皆、たちまちのうちに無気力状態に陥り、ただひたすら「ゾゾンガ」を食べて安寧に耽るほかは、この世の生に何の関心も持たない状態になってしまったのだった。結果的に、艦隊の乗組員のうち、最低でも63%以上もの人々が、「ゾゾンガ」の虜になってしまった。
 否応なしに、ロードたちは「ゾゾンガ」に不信感を抱いた。だが、脱落者が続出するのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。副官のネロスが中心となって救出部隊を編成し、無力化した連中を半ば強制的に船隊に復帰させるが、後遺症の残る者が多く、戦力を立て直すにはかなりの時間が必要になりそうだ。
 見れば、一連の騒動の張本人ノーラン男爵も、いつの間にか船室を抜け出し、「ゾゾンガ」が提供する享楽にその身を委ねている。
 一刻も早くこの場所を抜け出さねば。だが、どうやって?
 幸いなことに、「ゾゾンガ」のもたらす多幸感は住民たち自身にも及んでいるようで、こちらが無力化されたからといって、襲われたり生贄として捧げられたりする心配はないようだ。害意がないのであれば話は早い。ネロスとタイホンはそれとなく住人から、空を飛んだりカヌーを走らせたりしている人々が使っている羽根が、いったいどこから採れるのかを尋ねてみる。
 要領を得ない「楽園の島」の住人たちの話を綜合して考えるに、島のジャングルの樹々に纏わりつけられている小型プレイナースパイダーが生み出す蜘蛛の糸を寄りなして創る、ということらしい。言われたとおりにジャングルを探し回ると、拍子抜けするくらいにあっけなく、戦意喪失していない者らが乗り込んでいる船に装着するのに充分なほどの量、蜘蛛の糸を手に入れることができたのだった。
 また、島を探索している際に、草の生えていない丘の中腹に、人形をした巨大な像がいくつも建てられているのに気が付いた。像は武装しており、そこに刻み込まれていたのは、明らかにアルファティアの紋章だった。もしかしてここの島に住む人々は、遥か昔にアルファティアから何らかの手段で渡ってきた人々の末裔なのかもしれない。出発時よりも大幅に規模が減少した艦隊で島を離れながらロードたちはそのようなことを考えていた。
 再出発が始まった。今度は、「ゾゾンガの島」で手に入れた羽根のおかげで漂流することなく、うまく船体のバランスを取り、虚空を快適に進行していくことができた。

●レオサス王の宮廷にて

 それから色々なことがあった。
 呼吸可能限界圏を超えそうになったり、浮遊する小惑星帯(アステロイド)にぶつかって、ただでさえ少なくなった艦隊にかなりの損害を与えられたり、虚空の先に拡がっていた大渦巻き(またもや!)を目の前にして、いささかうんざりさせられたため引き返したり、昼寝をしているうちに乗っていた雲がちぎれて家に帰れなくなったガルガンチュアクラウドジャイアントのケナサという少女を家に送り届けたら、空腹のあまり狂乱状態になった彼女の親兄弟たちから襲撃をかけられ(「忘れてた! 腹が減っていると、ウチの家族は、全く手がつけられないのよ!」)、慌てて逃げ出したものの、巨大なフォークを投げつけられてまたもや何ダースもの船員が犠牲となったりした。
 そんな紆余曲折を経ているうちに辿り着いたのが、高さ・幅ともに数百マイルはある巨大な銀色の雲であった。その頂上には、大きな輝く塔が建っている。ガルガンチュアクラウドジャイアントの団体に追いかけられたばかりのロードたちは、何か怪しげな怪物が巣喰っているのではないかと警戒し、門のあたりで躊躇していたが、そのうちに塔の基部に据え付けられていた真鍮の扉が開き、白く長いローブを身につけた男が現れた。彼はロードたちを暫く観察すると、一方の手を挙げて言った。
「気高き旅人たちよ、我が王国へようこそ。私はレオサス王、ここの王国のあるじだ。貴殿らは幾日もこの星間諸王国を航海し、多くの場所を眼にしてきた。貴殿らの目的地へと風が吹き、正しき道標を記すまでの間、この家で、充分な休養をとって頂きたい」
 それからレオサス王はロードたちを塔のなかへと案内した。塔のなかに、遙か遠い時代の出来事を記したと思われるタペストリが何枚も掛けられており、それを眺めながら王は、ロードたちに、今は虚空となってしまった国々の歴史を語り始めた。
「かつて、大帝国がこの星間諸王国を支配していた。いまも連綿と続いている歴史ある帝国で、名をアルファティアという。帝国の臣民は魔法の力を発展させ、プライムプレーン(物質界)とこの地とを結ぶポータル(門)を幾つも創りあげた。しかしながら、彼らは自らを破滅させてしまった。アルファクスに煽動されたからだ。アルファクスはかつて、その帝国の玉座に座るほどの実力者だった。しかしながら、彼は君主としてはあまりにも陰険で嫉妬深く、なにより横暴だった。やがて民はアルファクスの暴政に反旗を翻し、結束して彼を政権から引きずり下ろし、国外へと追放した。だが、いかに情勢が悪化しようとアルファクスは屈しなかった。世俗の力を得ることがかなわなくなったのであれば、『個』の力を最大限に高めよう、と考えたのだ。
 こうしてアルファクスは『エントロピー』、つまり『死』の領域のイモータリティの探究を初め、長い時間がかかったものの、その試みは近年ようやく成功を収めた。そして、『神(イモータル)』となった彼の願いは、アルファティアを初め、この世界に死と破滅と怨嗟の声をもたらし、負の力を取り入れることで、さらに強力な存在へと変わっていくことなのだ。そして現在、貴殿らがかかわずらっている一連の騒動の張本人は、このアルファクスなのだ」
 レオサス王が明かした衝撃の事実に、ロードたちは動揺を隠しきれない。タイホンやジョガーダが次々に質問を浴びせかける。
「どうしてそんなことを知っている?」
「あなたは一体、何者なのですか?」
 矢継ぎ早に飛び交う質問の嵐を、レオサス王は微笑して片手で制止する。
「私は、平和と繁栄の守護者にしてローフルに属する『神(イモータル)』、偉大なるコーリスに仕える者。コーリス、そしてニュートラルの『神(イモータル)』である女神ヴァーニャは、協力してアルファクスの力が増大するのを防いできた。だが、それももう、長くは保たない。神々のプレーンに巣喰う邪悪な存在が、こぞってアルファクスに力を貸そうとしているからだ。プライムプレーンにも、忘れ去られた存在であるアルファクスを、ふたたび崇拝し始める者すら現れた。貴殿らに力を貸すことで、アルファクスの侵攻を押し留めるのは、大いなるコーリスの意志でもあるのだ」
 ここでレオサス王は言葉を切った。「プライムプレーン(物質界)でアルファクスを崇拝する者」というのが、「楽園の島」で「ゾゾンガ」のもたらす快楽に耽ったままになっているノーラン男爵の他に誰を指すのか、ロード連には見当もつかなかった。
 しかし、レオサス王の情報によって、今や自分たちが、まるでチェスの駒のように、「神(イモータル)」たちの勢力争いの構図に巻き込まれてしまったということが明らかにされた。ロードたちは烈火の如く怒り狂った。
「我らは『神(イモータル)』の掌の上で弄ばれていただけだったのか!」
 と、ジョガーダが天を仰いで嘆息すれば、タイホンは、
「この屈辱を晴らすためにも、俺は絶対、『神(イモータル)』になってやる!」
 恨みを込め、拳を振り上げて力説する。
 だが、復讐を誓ったのも束の間、突然、宮殿の光が立ち消え、辺りには漆黒の闇が差し込んだ。闇のなかから不定形の醜悪な怪物が現れ、身長およそ12フィートの姿まで脹れ上がり、コウモリのような翼と頭の先から、それぞれ1フィートもの長さをもつ角が生え、ローアリングデーモンの姿を取った。デーモンは「禁断の言葉」を口に出そうとしたが、立ちすくんでいるロードたちに代わって、レオサス王がデーモンへと飛びかかっていった。二人の間に閃光が迸り、そして一瞬の後に両者は消え失せていた。
 だが、これしきのことで怯むアルファクスではなかった。レオサス王の果敢なる自己犠牲によって、かなりの被害を被りつつも、アルファクスは「禁断の言葉」の残り香をもって、ロードたちに呪いをかけたのだ。抵抗することもかなわず、ロードたちは「神(イモータル)」の激しい呪いによって、あらゆる特殊な攻撃に対し、著しく弱体化(総てのセーヴィングスローにマイナス5のペナルティ)させられてしまったのだった。
 レオサス王の宮殿を抜け、ロードたちはさらに虚空の星間諸王国の探索を続けた。その結果、一度は迂回した大渦巻きを通る以外に、この星間諸王国を抜け出す方法はないのではないか、ということがだんだんとわかってきた。だが、そのためには、渦巻きへと飛び込む前に、虚空に浮かんでいる、延々と広がる大海原を抜けていかなければならない。
 そして、油のように滑らかな海面の上を進んでいく艦隊の周りに、奇妙な渦が巻き起こり、気泡が立ちのぼりはじめているのに、ロードたちは気が付いた。最初は僅かだった気泡の数は、船が進むに連れて数え切れない。それとともに、微かな歌声が聞こえてきた……。
「耳を塞ぐんだ!」
 誰かが叫んだ。積年の経験(経験点2800000ポイント相当)で培った、神速の反射神経によるものだろう。けれどもそのおかげで、抵抗もできぬまま、沸き上がってきた無数のシーハグ(海婆)によって海中に引きずり込まれ、為す術もなくむさぼり喰われずに済んだのだった。
 返歌としてジョガーダは、シーハグどもに〈パワーワードキル〉を投げかける。次の瞬間、数え切れぬほど存在したシーハグは、一匹残らず死に絶えた。
 もはや、ロードたちの行く手を阻む者はいない。アルファクスの偵察隊として渦の向こうからやってきたレッサーローアリングデーモンを引っ捕らえ、〈ディレイドブラストファイアーボール〉の宝石を渡され、正しく答えないと爆発するぞと脅しつけたり、〈ホールディングバッグ〉のなかに入っていた〈ESPメダル〉を用いてデーモンの真意を看破したりして、ロードたちはアルファクスの本体が、渦の先にあるウォーターエレメンタルプレーンのさらに先に位置する火山の内部の洞窟で、「息子」に「儀式」を施している最中だ、という情報を搾り取ることに成功した。そして、用済みとなったレッサーローアリングデーモンは哀れ斬り殺されてしまったのだった。

●アンデッドの大艦隊

 渦の先にあるウォーターエレメンタルプレーンは、ヴァーニャが大艦隊の乗組員皆に、〈ウォーターブリージング〉をかけてくれたことで乗り切ることができた。そして、エレメンタルの導くままに先を抜けると、もとの大海原に辿り着いた。
 久方ぶりのプライムプレーン(物質界)だ。振り替えると、〈毒の霧〉が背後にある。ロードたちは無事、台風の「眼」を抜けることに成功したのだ! そして、ここがおそらく、ノーラン男爵の言っていた「ファーエンド」なのだろう。
 だが、アルファクスの火山へ向けて進軍していく艦隊の背後から、〈毒の霧〉を越えて進軍してくる大船団が存在した。見張りの水兵の報告によれば、船団の乗組員は、全員がアンデッドだということである。そして船にはそれぞれ、巨大な弩弓が積み込まれており、発射の時を、今や遅しと待ちかまえている。アルファクスの最後の懐刀、「死の弩弓戦艦隊」がその威容を露わにしたのだ!


★死の弩弓戦艦隊
艦隊人員:12000(全員がアンデッド。各船にはスケルトン50、ゾンビ20、グール15、ワイト7、レイス5、スペクター3、指揮官はリッチ)
艦隊構成:アイアンクラッド(魔法のラージガレー)150(重飛び道具、衝角)
BR214

 とてつもなく強力なアンデッドの艦隊を前に、身震いを禁じ得ないロード連。しかし、アルファクスの「儀式」を中断させるためには、刻一刻を争う事態に陥っている。そこで、タイホンは戦火を交える前に、ある決断を行った。
 それは、かねてより秘蔵してきた秘宝中の秘宝、〈ウィッシュ〉のスクロールを使用する、ということである。人間の世界では最高の知性を有する最高位の魔法使いしか使うことのできない呪文が封じ込められたこのスクロールは、ちょっとした王国に匹敵するほどの価値を持つ。しかし、タイホンは躊躇わずに巻物に書かれた秘術文字の解読と詠唱を始めた。そして、慣れないマジックユーザー呪文のスクロールを唱えることになんとか成功しつつも(失敗する確率が10%だけ存在した)、タイホンが慎重に表現した「願い」は、無事、叶えられた。
 〈ウィッシュ〉のもたらした強大な魔力によって、ロードたちの大艦隊は無事、〈ウォーターブリージング〉の状態を保持したまま海中を進み、火山の灼熱のマグマより護られたうえで、アルファクスの本拠地である巨大な海底洞窟のなかにまで、入り込むことができたのである。(地図)
 しかし、艦隊を洞窟のなかに投入させるわけにはいかない。ロードたち5人は艦隊を洞窟の脇に係留させ、自分たちだけの手で、アルファクスとの決着を付けようと決意した。
 隊列(マーチングオーダー)を整え、シーフのタイホンが先頭になって進んでいく。
 石造りの階段らしきものを降りていくと、長方形の部屋に出た。なかには巨大な穴が開いていて、なかは時空間が捻じ曲げられて無数のアンデッドが詰め込まれているようだ。640体のゾンビ、128体のグール、6体のレイス、1体のスペクターという顔ぶれだったが、ハルドールのターンアンデッドによって、全てが塵と化した。
 次にロードたちは、北側の階段を越えて周辺を調査する。その結果、北側の通路から通ずる北と西に続く分岐路はそれぞれ、洞窟内部に建造された「港」へと繋がっていることが判明した。「港」では、アンデッドたちが船を建設していた。おそらくは「死の弩弓戦艦隊」で用いる予備のアイアンクラッドを製造しているのであろう。
 無用な戦いを避けるため、ロードたちは西の分岐道からさらに先を調べようとする。そこで〈ヒアノイズ〉をしたタイホンは、その独特の呼吸音から、その先はちょっとした水溜り(プール)となっており、ドラゴンタートルが優雅に泳いでいるということを知ってしまった。進路をこの先にとるのであれば、ドラゴンタートルとの一戦は避けられまい。アルファクスと対峙する前に無駄な消耗を避けたい一行は、ひとまずアンデッドの穴があった部屋に戻り、南下政策を取ることにした。
 南へ降りていくと、洞窟は次第に天然のものに近くなっていった。やがて視界が開け、大きなホール状の空間に繋がっているということがわかった。先頭を歩いていたタイホンは、ここでもまた状況を調査するため、そっとホールの内部に足を踏み入れた。
 するとどうだろう、カチッ、という乾いた音が響き渡るとほぼ同時に、ホールの西側より、燃えさかる火炎が迸った。〈ドラゴンブレス〉である。足元に張り巡らされたスイッチは、西側のシャッターを解放し、その先にある〈ドラゴンブレス〉用の通用口を通して、ドラゴンタートルの〈ドラゴンブレス〉を送り込むことができるような仕組みになっていたのだ。ブレスを頭から浴びせかけられたタイホンは、当然、黒焦げである。すぐさま退避してハルドールの〈レイズデッドフリー〉でタイホンを復活させたが、ロードたちは慎重を期して、〈パーマネンス(永久化)〉させている〈フライ〉の魔力を用いて飛び回り、〈ドラゴンブレス〉から身をかわすように動き回ることにした。
 ホールの中央には、「エントロピー」へと通じるヴォーテックス(プレーン間の亀裂)が広がっており、落ち込んでしまえば存在そのものの消滅は免れない。ホールのなか僅かに存在する足場のほとんどには、スプリングの罠が仕掛けられており、着地したロードたちを次の瞬間にはヴォーテックス(プレーン間の亀裂)のなかへと跳ね飛ばそうとする。ヴォーテックス(プレーン間の亀裂)内部からは蒸気が噴出しており、それに触れたロードたちは抵抗の余地なく弱体化させられてしまった(1レベルドレイン)。
 しかし足場のなかには、ドラゴンタートルへと通ずるものとは別のシャッターを引き上げるスイッチが存在しており、それを見つけ出したロードたちは無事、隠された回廊へと進出することができた。

●エントロピーとの対峙

 隠された回廊は、濃い霧が立ち込める「死の通路」と呼ばれる呪文が発動しない特殊な魔法空間であり、時折顔を出す不安定な足場を除いては、留まる場所がない恐怖のルートである。そして足場を踏み外し転落したものには、もれなく「エントロピー」へのヴォーテックス(プレーン間の亀裂)が待っている。
 だが、いかに「死の通路」の魔力が強大であっても、それが効力を発揮するのはその場でかけられた魔法に関してであり、たとえばマジックアイテムのような、あらかじめ魔力を有しているものには「死の通路」は力を持ち得なかった。そして、ロードたちには、あらかじめ〈フライ〉が〈パーマネンス(永久化)〉されていたのだった。ロード連は宙を舞い、難なく「死の通路」を通り抜け、その先にある人間の手の形をしたテレポーターへと飛び込んだ。
 テレポーターは触れたものを一時的にアストラル体へと変えた状態で別の場所へと転送する仕組みのものだったが、移動を終え、再度実体化したロードたちが見たものは、長大な部屋の奥に掛けられた高さ10フィートもの砂時計であり、白い砂が流れ落ちては黒に変わっている。ハルドールは気が付いた。これこそが、捜し求めていたアーティファクト〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉である、ということを。
 部屋の両側面には大きな窓があり、3000フィート下の海を見下ろしている。部屋の中央には老人が立っており、微笑みかけてくる。
「ようこそ、死すべき定めの人間(モータル)たちよ! 汝らはついに、壮大なる旅の終わりに辿り付いた。我が目的によく尽くした。今こそ、その報酬を受ける時だ! さあ、エントロピーとケイオスのために、働く機会を与えよう!」
 老人の外見は、レオサス王より教えられた通りコーリスその人だったが、ケイオスへの勧誘をロードたちが撥ね付けると、その姿は変化していき、かつてレオサス王と刺し違えたローアリングデーモンアルファクスその人が、正体を表した。
「『善』と『悪』とは表裏一体ということですか。そして、『法』と『混沌』もまた然り」
 悟った様子で、ジョガーダが呟く。そして、返礼のように、アルファクスの背後より、ガルガンチュアアンデッドビホルダー(アンデッド化した目玉の暴君)とビホルダー5体が姿を現した。ガルガンチュアアンデッドビホルダーの中心の瞳には、微かに人間的な情感が垣間見えた。ロードたちは見破った。これが、ノーラン男爵の弟ハルツァンスラムなのだ。アルファクスに尽くし、その結果、望みを叶えられ、アルファクスに仕えるに相応しい姿に、生まれ変わることができたのだ。
「行け! 我が息子たちよ! 敵を殲滅するのだ!」
 アルファクスの号令とともに、最後の戦闘が始まった。
 レイラはジョガーダの〈ヘイスト〉と、ハルドールの〈ストライキング(追加打撃)〉の支援とを受けて、真っ先にガルガンチュアアンデッドビホルダーへと突撃していき、眼突起から照射される呪文などものともせずに、本体に直接切りかかっていく(1ラウンドに12回。ダメージは130〜150点ほど)。
 その間、タイホンは〈ハイドインシャドー〉で陰に隠れ、小型のビホルダーを各個撃破しようと近寄っていくが、〈バックスタッブ(背後からの一撃)〉をビホルダーに仕掛けるも留めを刺すには至らず、〈ハイドインシャドー〉が解けて姿が現れた隙を付く形で、ビホルダーが体当たりをしかけて自爆し(正体がブラストボアというビホルダーの変種。ちなみにビホルダーのなかにはもう1体、スポラクルという近接戦闘に特化したビホルダーがいた)、続けざまに別のビホルダーが〈フレッシュトゥストーン〉と〈デススペル〉を投射してきた。〈フレッシュトゥストーン〉はなんとか抵抗できたものの、〈デススペル〉に見事に失敗してしまったタイホンは、先ほどのドラゴンタートルによる惨劇から10ターンも空けないうちに、またもや帰らぬ人となってしまった。また、ジョガーダにも〈ディスインテグレイト〉や〈デススペル〉をお見舞いするものの、こちらは抵抗されてしまう。
 一方のジョガーダとネロスは通常サイズのビホルダーに〈ファイアーボール〉を仕掛けて、敵の戦力を少しでも殺いでおこうと躍起になっている。そして、レイラの〈ヘイスト〉が解けると、交互にかけ直したりした。
 ガルガンチュアアンデッドビホルダーは、ネロスに〈デススペル〉や〈エナジードレイン1レベル〉に〈エナジードレイン2レベル〉、ジョガーダに〈パラライズ〉、レイラに〈コンティニュアルダークネス〉、〈チャームパーソン〉をかけるが、肝心の〈デススペル〉は効力を発揮せず、辛うじて〈コンティニュアルダークネス〉が効力を発揮したのみ。
 しかし、ハルドールの〈キュアオール〉によってレイラの盲目状態はすぐに治癒された。また、ロードたちが頑強に呪文への抵抗を続けるので、〈バリアー(巨大な回転するハンマーを出現させる)〉で微力ながらガルガンチュアアンデッドビホルダーへの打撃に加勢するだけの余力を持つこともできた。だが、そんなクレリックには容赦なく〈エナジードレイン〉の嵐が見舞い、結果的にハルドールは4レベルもの経験をドレインされてしまった。
 その間、アルファクスは戦闘用に特別のトゥハンデッドソードとウィップを招来させ、ガルガンチュアアンデッドビホルダーに命令して〈テレキネシス〉で、〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉を揺れ動かしたのだったが、(何が発動するのかはランダムで決まるので)自分に〈スロー〉がかかった他は、思うように効果を発揮させることができなかった。
 やがて、レイラによる立て続けの切り刻みを受けて、ガルガンチュアアンデッドビホルダー(本来のヒットポイントは720だったが、人間から変身して長くないので480しかヒットポイントがなかった)は、轟音を立ててその巨体を地面に横たえた。アルファクスは、「禁断の言葉」を呟きながら〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉を掴んで、プライムプレーン(物質界)より姿を消した。
 こうして、ロードたちの勇躍によって、アルファクスの野望は潰えた。「神(イモータル)」が力を取り戻すためには、いましばらく−おそらくは数百年−の月日が必要だろう。
 崩壊してゆく宮殿を、〈パーマネンス(永久化)〉された〈フライ〉で抜け出して、ロードたちは、待ち受ける大艦隊のもとへと帰還した。死の弩弓戦艦隊はアルファクスの逃亡とともに瓦解し、ドラゴンタートルは大艦隊が総力を結集した結果、相応の被害を出しつつも打ち倒されていた。
 ロードたちは喝采をもって迎えられ、〈毒の霧〉の脅威が去った後の、晴れ渡る大空を仰ぎながら、ノルウォルドヘの帰路を急いだ。
 だが、話は一応の決着を見せても、肝心の問題は山積したままだ。
 虚空に浮かぶ「楽園の島」に取り残されたノーラン男爵と、縮小させられビンのなかに入れられたアルファティアの王女マリエラがその後どのような扱いを受けたのか。そして、これ以上ない辛酸を嘗めさせられたアルファクスがいかなる復讐を企み、どう実行に移したのか。レイラの持つ〈オルトニットの滅びの魔剣〉に纏わる悲劇と陰謀は、一体、何であったのか。
 それらはまた、別の話であり、機会に恵まれれば、語られることもあるだろう。

■シナリオ・マスタリングについての裏話

 M1モジュールの「巡らされた糸」クラシックD&Dのマスタールールセット(通称黒箱)の日本語版発売と同時に邦訳がなった作品。おそらくは、ユーザーにマスタールールセットにおけるプレイスタイルの規範を示すこと、つまり、ルールセット拡張によるゲーム世界の広がりを指し示すためと、ウォーシミュレーションゲームにおけるビッグゲーム(ナポレオン戦争を扱った『戦争と平和』のように、ユニット数が2000以上あって1プレイに20時間かかるなどといった大規模な作戦を楽しむゲーム)的なノリの両方を追求したものなのでしょう(実際、ネットを探すと死の弩弓戦艦隊との海戦にまるまる1日かけたことがある、などという記述が見つかる)。
 もちろん、もとのままだとかなりマスタリングが難しいので、多分にアレンジを加えました。
 具体的には、ノーラン男爵とノルウォルドとの関係が曖昧にしか書かれていなかったところを増補し、ストーリーに見合うように遭遇を(どちらかといえば非道い具合に)色々と書き換えていったのです。
 演出面を強化するため、意味のない遭遇個所をD&D世界的に意義のありそうなものに修正し、PCの目的を聞いてさらにそれらを調整する、という作業も行ないました。例えば、今回は時間の都合上省略せざるを得なかったが、星間諸王国と「ファーエンド」との間にはベルター・デルター・ガンマーという諸王国が存在し、骨肉相食む争いを繰り広げていたのですが、それらの王を「ドラゴンルーラー」というドラゴン族の王へと返還し、彼らを和合させるためのアーティファクトとして、タイホンが希求していた〈諸王の冠〉(from『ソーサリー』)を登場させよう、などと目論んだりしていたのです。

【初出:早稲田大学TRPGサークル乾坤堂プレイリポート】
posted by AGS at 06:53| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月22日

D&D小説リプレイ「悪魔の住む河を蔽う呪詛」


 本日2021年4月22日配信の「FT新聞」No.3011に、D&D小説リプレイ「悪魔の住む河を蔽う呪詛」を掲載いただきました。
 クラシックD&Dコンパニオン・レベル用モジュールの高レベルリプレイを、お蔵出ししてお届けします。保管庫でも読めます(配信時発生した文字化も訂正済)。

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)リプレイ「悪魔の住む河を蔽う呪詛」

岡和田晃

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●


●はじめに

 本作は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)のルールシステムを用いてプレイしたRPGセッションを、主にダンジョンマスター(DM)の視点から小説風に再構成したものです。
 クラシックD&Dとは、日本で最初に翻訳されたD&Dの版(新和より、1985年〜)。クラシックD&Dは1〜36レベルまでキャラクターレベルを上昇させることができ、その都度ゲームスケールも広がっていくのですが、もっとも頻繁にプレイされるのは、レベル4〜14を扱う『エキスパートルールセット』(通称青箱)の範囲内(とりわけ「ネームレベル」と呼ばれる9レベルまで)です。
 ところが、今回プレイした「悪魔の住む河」は、それよりもさらに上級レベルのキャラクターを扱う『コンパニオンルールセット』(15〜25レベル対応ルール)の対応モジュール(CM3)です(日本語版は1989年に発売されました)。
 一国の趨勢を担うほど強力に成長したキャラクターたちが、本格的なダンジョン探検に乗り出したら……というコンセプトでデザインされた凶悪無比なアドベンチャー、パワープレイの妙味をご堪能ください。
 デザイナーはダグラス・ナイルズとブルース・ネスミス。ダグラス・ナイルズは〈ムーンシェイ・サーガ〉シリーズ(荒俣宏訳、富士見ドラゴンノベルズ)等のD&D小説や、D&D系ゲームブック『奪われた竜の卵』(鷹井澄子訳、富士見ドラゴンブック)で、日本でも人気を集めました。2019年にも『ドラゴンの教科書』が邦訳されたばかりです(原書房)。
 実際のプレイは2003年頃に行われ、当時岡和田は大学生。ゲームデザインとライター修行を兼ねて、できるだけ詳しいプレイリポートをつけるようにしていた時期のこと。本格的な商業デビュー前の作品を、非営利でお蔵出しした原稿であるがゆえ、お見苦しいところもあるかもしれませんが、実セッションを経ているがゆえの展開にはなっており、是非そこのところをご堪能ください。
 細部はDMである私がアレンジを加えておりますが、内容は「悪魔の住む河」の核心に触れているため、同作をプレイ予定の方は、終了後にお読みいただけましたら幸いです。複雑な立体構造ダンジョンをお楽しみください。
 なお、キャラクターの初期アイテムを決めるため、ゲームアクセサリー(AC4)『マーベラスマジック』を使用しています。

●登場人物

「輝ける」ファラミア:21レベルパラディン(*)。
ヨーシオンス:22レベルのドルイド(*)。
ジャック:20レベルのマジックユーザー。
レー・ザ・ブロークンハート:23レベルのシーフ。
ハインツ伯爵:ノルウォルド王エリコールの片腕。
カッター:依頼人の少年。
シーア:謎の予言者。
ネロス:17レベルのマジックユーザー。
将軍:魔法帝国アルファティアの将軍で、ノルウォルドの地に呪いをかけた。
(*は『コンパニオンルールセット』で追加されたキャラクタークラス) 

●リプレイ本編

 D&Dのオフィシャルワールド、ミスタラ世界の北方に位置するノルウォルド王国。近年入植されたばかりのこの未開の地では、南方の一大帝国ジアティスと、東方の魔法帝国アルファティアが、領土をめぐって日々熾烈な戦いを繰り広げていた。アルファティア側の譲歩により、国の主権は形だけでもジアティス皇帝の三男エリコールのものとなってはいたが、いまだジアティスとアルファティアとの確執は根強い。加えて、北方の地ならではの過酷な自然環境や、時折王国を襲い来る邪悪の尖兵どもが、王国を平和に統治することをさらに難しくしている。

 エリコール王の片腕と称されるハインツ伯爵もまた、尽きてやまない種々の問題に心を痛める一人であった。王国を突如襲撃してきたフロスト・ジャイアントの一団を無事撃破したまではよかったものの、今度は農民たちの間に奇妙な噂が広がり、租税の収入が滞っているのである。やむなく彼は、日々懇意にしていた国内でも有数のつわものどもを呼び寄せ、彼らの意見に耳を傾けることにした。
 間もなく、堂々たる威厳を全身にみなぎらせ、冒険者たち、いや、もはやそんな領域を超越してしまった者たちが入城してきた。先頭を行くのは21レベルパラディン(HP97)、「輝ける」ファラミア。その後には、22レベルの放浪のドルイド(HP67)、ヨーシオンス。また、国内に塔を構えるほどの実力者、20レベルマジックユーザー(HP46)のジャック、そして、ノルウォルドの盗賊ギルドのギルドマスター、レー・ザ・ブロークンハート、シーフ23レベル(HP64)も続いてやってきた。

 彼らが謁見の間に集結し、伯爵から問題事の相談をうけていると、突然、門番の制止を押し切って、一人の12歳くらいの少年が部屋に飛び込んできた。少年はカッターと名乗り、伯爵様の助けを願うため、わざわざここまでやってきたのだと説明する。今年に入ってから、彼の村では、なぜか急に畑の作物が腐っていってしまったり、家畜が死んでしまったり、たとえ生き残っていたとしても凶暴になって飼い主に襲いかかってくるようなありさまで、とても税を納めるような余裕がないのだという。「でも問題なのはそれだけではありません」カッターは悲壮な面持ちで続ける。「村の近くにモンスターが出没するようになったのです。特に新月の間は、モンスターは日中にも現れ、村の人は皆おびえながら暮らしています。今では、隣の家の人が変死したり、突如村人が意地悪くなったり、凶暴になったりすることすらあるのです。このままでは破滅です。伯爵様、どうか、どうか、僕たちをお助けください」

 伯爵は当惑する。それもそのはず、国内は、いたるところで混乱した情況を呈しており、一つの村に割くだけの人的、経済的な余裕はないのである。
 と、突然、室内が暗くなり、冷たい風が吹き始めた。空中に突如、部屋を覆わんばかりの巨大な頭蓋骨が出現したのだ。その眼窩は闇に包まれており、鼻や口、耳からは水が流れ落ち始めている。水は床に触れるとたちまち血と化した。そして、おもむろに頭蓋骨は語り始めた……。

「人々の血は穢れ、探索の間にも土地は腐り続ける。
 大地は蝕まれ、文明は滅びゆくのである。
 むなしく探しまわっても、救いは常にお前の手の内にある。
 この邪悪を止められる者はいない。呪いの源を見出さぬ限りは。」

 そう告げると、骸骨は忽然と消え失せてしまった。
 ただならぬ雰囲気が謁見の間を包んだ。どうやら事は予想外に大きいようだ。
 少年は言った。「村の近くを流れる河に、シーアという名の予言者が住んでいます。彼はかつて村人たちにこう言いました。『水が血となり予言が為されるとき、私を探せ』と。」
 沈黙。しばらく後に伯爵は振り返り、一行に向かって重々しく言葉を吐いた。
 「少年の村へ行ってくれ。頼む。」

***

 村は伯爵の領地のいちばん外れに位置していた。馬で行けば3、4日かかる。1日目の昼、目の前に4匹のグリズリー・ベアが姿を現した。しかし、5ヒットダイス(1ヒットダイスはPCの1レベルに相当する)のモンスターなど彼らの敵ではない。瞬殺。
 2日目の昼、今度一行の目の前に現れたのは、通常の8倍はあろうかという巨大なトロール(ガルガンチュアトロール、ヒットダイス51)であった。緑色をした狂気の瞳をらんらんと輝かせ、やる気十分である。先頭のファラミアはそれなりに苦戦したものの、しょせん敵は1体。ヨーシオンスの「キュア・オール」の魔法や、一度に7本もの矢が飛ぶジャックの「マジック・ミサイル」などの後方支援によって、無事ガルガンチュアはその巨体を大地に横たえる羽目となった。ジャックはあえなくつぶされかけたが。
 その晩、ファラミアを除いた3人は奇妙な夢を見た。驚くほど醜い三人の老婆が20フィートはある巨大な黒ウサギに乗って現れ、けたたましい笑い声を上げたかと思うと、ストーム・ジャイアント、ヒュージ(超巨大)ゴールドドラゴン、そして通常の8倍の大きさのガルガンチュア・ビホルダーが現れ、哀れ一行はトマトピューレにされてしまったのである。相次ぐ不吉な予兆におののく一行。

 次の日、ようやく村が見えてきた。しかし、家々の煙突からは煙も出ておらず、通りにも人の姿は全く見えない。怪しむ一行。とりあえず、ジャックが「ウィザード・アイ」の呪文を用いて村を探索することに。魔法の目が見たものは、物陰に隠れ、手にダガーを構えた村人たちの姿だった。
 両親の安否を心配するカッターをなだめようと、今度はレーが、「ハイド・イン・シャドー(影潜み)」を使用して、村に入る。だが、しばらく歩いているとレーは、物陰から突然現れた村人たちにのしかかられ、組み伏せられそうになる。彼女の技は失敗していたのだ! 村人を必死でふりほどくと、レーはあわてて逃亡を図る。
 この様子じゃあ、村への潜入は諦めたほうがよさそうだ、とふんだ一行は、今度は少年が言ったシーアの島へ行くことに決めた。
 シーアの島は、村の傍らを流れている河、サーベル・リバーの中ほどにある、さしわたし100フィートほどの小さな島である。島の周りには黒っぽい水が渦を巻いており、接近は容易ではなさそうだ。が、一行はウォーターウォーキングリングの使いまわしという、実にD&D的な手法で河を渡りきってしまった。

 だが、島の中には枯れ果てた木や草のほかには何も見えない。しかし、一行が島を探索しているうちに、カッターの姿が見えなくなった。と、突然少年の悲鳴が聞こえた。あわてて声のしたほうに近寄っていくレー、すると、足元が急になくなり、穴の中へと落ち込んでしまった。
 穴の中は豪華な調度の部屋だった。そして部屋の奥のソファーには、絹で全身を覆った女性が横たわっていた。ベールで隠されているので、残念ながら顔は見えない。彼女は優しく、レーに傍らのテーブルにおいてある豪奢な食事をとるように言う。だが、長年の経験の甲斐あって、レーにはそれが、幻影でカモフラージュされただけの腐った食べ物であることがわかった。
 その頃には、残りの一行も部屋に到着していた。観念した女はフードを上げた。そこに現れたのは、ヘビの頭髪を有した非常に醜い女の顔であった。だが、さすがは歴戦のつわもの、誰一人として石化することもなく、無事1ラウンドでメデューサを肉塊へと変える。

 ほっと一息ついたのも束の間、シーアが友好的とはいえない人物だとふんだ一行は、警戒しながらも、歩を進める。先頭のレーが10フィート棒を取り出し、床をコツコツ叩きながら進んでいったおかげで、途中の橋が幻影だということにも無事気がつき、ジャックがあやうく飛び移ることに失敗して、下の泥沼に蠢いているマッドマンの餌食になりかけたことを除いては、何事もなく次の部屋に進むことができた。10フィート棒の先に鏡を取り付けたり、Xレイビジョン・リングやインビジビリティ・リングを併用したり、相手の手の届かないところから矢を射続けるというセコイ手法で、次の部屋で待ち受けていたガルガンチュアガーゴイル&グレムリンのいやらしいコンビも比較的楽に退治することができた。

 問題は次の部屋だった。Xレイ・リングで部屋をうかがうと、石像が散乱しているのが見えた。これはメデューサかコカトリスか、それともバジリスクか。とりあえず、ふたたびレーが透明になって、部屋に潜入した。
 どうやら奥にいるのはバジリスクらしい。だが、透明化したレーには当然気づかない。安心して部屋の奥の方へと行こうとすると……。突如、石像の一つから謎の怪光線が発射された! レーは対:死の光線のセービングスローを行うことに。20面体で4以上の数値を出せば成功だ。だが、出た目はなんと3! あわれレーは、「ディスインテグレイト(粉砕)」の一撃を喰らって文字通り塵と化してしまったのだ! 塵になってしまったら、たとえヨーシオンスが持っている「レイズ・デッド・フリー」の呪文を使ったとしても甦ることはかなわない!

 絶望感にとらわれる一行。しかもご丁寧に、レーの所持品が入っていたホールディングバッグ(こちらは塵にならずにすんだ)は、見えない何かによって部屋の中央にあった穴へと蹴り落とされる。
 だが、落ち込んでばかりもいられない。とりあえず一行は、バジリスクをおびき寄せて撃退し、次に現れたファイア・エレメンタルやインビジブル・ストーカー(こいつがレーのマジックアイテムを落とした犯人)を次々と打ち倒していく。しかし、彫像が恐ろしく、なかなか部屋のなかに踏み込むことができない。

 と、彫像が消えたかと思うと、目の前に年老いたローブの男が現れた。なんと彫像は、「スタチュー」の魔法で姿を変えた魔法使いだったのだ! 業を煮やした魔法使いは、一行の前に「テレポート」して現れ、敵を一網打尽にしようとしたのである。「パワーワード・スタン」の詠唱が辺りに響き渡る。しかし、間一髪のところでかけた、ジャックの「リムーブ・カース」の呪文が功を奏した。魔法使いの瞳から狂気の色が消えたのである。
 「わしは何をしていたんじゃ」魔法使いは放心した呈で告げた。彼が言うには、自分は17レベルのマジックユーザー、ネロスであり、旅の途中で、彼はサーベル・リバーの水を飲んだ。それから意識がなくなって、気がつくとここにこうしていたのだという。意識をなくしている間に起こった出来事はぼんやりとは記憶に残っていたものの、とても自分が行ったというような実在感はない。無意識のうちに抵抗しようとはしたものの、それも結局無駄であった。彼を操っていた大いなる存在には、一切の魔法は効果がなかったのである。
 彼の処置に戸惑う一行。しかし、ファラミアはなんと、レーの代わりに、ネロスを仲間に入れようと提案する。当然ながら反発もあった。たとえ操られていたのだとしても、罪なきものを手にかけたという罪悪は免れるものではない。そんな奴を仲間にいれていいのか? と。けれどもファラミアは言う。「ネロスが我々の仲間を手にかけたからこそ、彼は我々とともに行動しなければならない。彼の罪を購うためには、そうするより他にないのだ。きっと、神もそうおっしゃるはずだ」 
 かくしてネロスはパーティの一員として迎えられることになったのである。

 部屋の中央の穴は、螺旋階段となっていた。一行は先に進むと共に、レーのマジックアイテムを回収しようと、下の回路に降りていく。だが、そこにはマン・スコーピオンと、その配下のジャイアント・スコーピオンが待ち構えていた。素早く引き返す。そうして、今度はヨーシオンスが「コンジュア・エレメンタル」で呼び出したファイア・エレメンタルを突っ込ませ、弱ったところを突撃して、無事マン・スコーピオンを撃退する。マン・スコーピオンの死体から、レーの持っていたホールディング・バックを回収することもできた。部屋の様子を見てわかったのだが、どうやらマン・スコーピオンの敗退は、エレメンタルの強さというよりも、レーの奇妙なマジック・アイテムをうまく活用できなかったためらしい。たとえば、彼女が持っていた「スター」というアイテム。これはオルターネイト・ワールドゲイトを開くための魔法のアイテムである。これを使えば、TSR社(D&Dの発売元)の西部劇ロールプレイングゲーム『BOOTS HILL(R)』の世界から、シェリフ(保安官)を呼び出すことができる。しかし、彼は戦わず、腰に挿していた拳銃をくるくる廻し、ポーズを決めた後、ウィンクをして、そのままもとの世界に帰ってしまうのだ。他にも、「ファンファーレ」という名前の扇(ファン)。この扇はクラブ+2として使えるものの、殴るたびに、あたりにけたたましい騒音が鳴り響き、周囲の生き物の怒りを買ってしまうという困ったアイテムである。こうした奇矯なアイテムを自在に使いこなせるのは、やはり専門家であるレーだけなのだろう。しかし、彼女はもういない。

 とりあえず一段落ついた一行は、ヨーシオンスの「スピーク・ウィズ・ザ・デッド」の呪文によってレーと会話をし、彼女のマジックアイテムを譲り受けることに成功する。そして、いざ次の部屋へ進もうと扉を開けると、その部屋で待っていたのは、巨大な、そう、超大型の、黒い羽根がテラテラと光る、ドラゴンであった……。
 一行はすぐさまもとの部屋にもどり、扉に「ホールド・ポータル」をかける。そしてとりあえず、十分な魔法を使えるようになるために休息することにする。

 その間もドラゴンが「ベントリロキズム(腹話術)」の魔法で、執拗にファラミアの気を引こうとするものの、さすがに通用しない。休息を終え、ジャックによって、「ヘースト」の魔法を「パーマネンス(永久化)」された一行は、ヨーシオンスの「トゥルーサイト」の呪文でドラゴンの弱点を調べると、すぐさま総攻撃をかけ、わずか2ラウンドでヒュージ・ブラックドラゴンを屠ってしまう。そんなこんなで、無事シーアの島のいちばん奥の部屋にたどり着いた。

 その部屋は六角形で、壁は黒いタペストリーに覆われていた。タペストリーには灰色の糸で、さまざまな戦争の光景が織り込まれていた。部屋の中央には赤く輝く炭が入れられたケトル(容器)が置かれていた。その横の空中に、苔むした一冊の本が浮いていた。さらにその後方には、黒いローブを着た一人の老人が、あぐらを組んだままやはり宙に浮いていた。顔はフードに隠されていてはっきりとはうかがうことができない。
 彼は自分がシーアだと名乗った。ヨーシオンスがここに来た理由を告げると、シーアはおもむろに頷いて、朗々と、歌うように語り始めた。
 「昔この地に極めて勇敢な、一人のアルファティアの将軍がいた。しかし、彼の部隊に対する本国からの補給はまことに僅かなものだった。そしてとうとう、彼の部隊は、この河の岸で蛮族どもに襲われ、全滅してしまったのである。彼は怒りと裏切りに全身を震わせ、愛用の魔法のサーベルを振り上ると、呪いの言葉を吐いた。『100年が七の七回巡る間、この地は荒廃し、未開のままであるがいい!』 言葉が響き渡ると同時に、突如雷が光り、サーベルを二つに引き裂いた。将軍とサーベルは河に落ち、二度と発見されることはなかった。だが、蛮族のシャーマンの一人がサーベルの柄を河岸で発見し、来るべき呪いの到来に備えて慎重に保管した。

 長い間呪いのことは忘れられていた。誰もこの地の開発などをたくらんでいなかったからである。だがしかし、最近になって、この地は開拓されるようになった。そのために、呪いも発動しはじめたのである。それが、おまえたちが見てきたような忌まわしき事態の原因となったのだ。
 私は、長い時間を研究に費やして、ようやく、サーベルの柄のありかを見出した。それは、フレイムズマウス山のタワー・オブ・テラーの中にある。それを持ってくれば、私がこの河の呪いを解いてやろう。私は研究のためについていってやることはできぬが、この地を救うためには、この探索に成功するしかないのだ。」

***

 フレイムズマウス山は従来は死火山だと思われてきた山であるが、近年になって急に活動が盛んになってきた。駆け出しの頃を思い出し、山を登っていく一行。と、600フィートほど先に洞窟の入り口が見えてきた。そのとき、突然、夕闇の中から、突然煙のようなものが巻き上がると、人の形を取り始めた。三人の老婆となったのである。今や一行は全てを思い出した。老婆は彼らがノルウォルドにやってきたばかりのときに打ち倒した、ゴネリル・リーガン・コーディリアの三姉妹であったのだ。彼女たちは耳障りな笑い声と不吉な予言を残して、消え去ってしまう。危険を感じた一行は、洞窟をさけ、ジャックの「マス・インビジビリティ(集団透明化)」の呪文によって透明となって、一路山頂のカルデラを目指すことに。

 ようやく山頂が見えてきた。と思ったのも束の間、何か巨大な、赤い飛行物体が近づいてくるではないか。ヒュージ・レッドドラゴン、インセンディアロス(アーマークラス−5、ヒットダイス22、ヒットポイント108、1ラウンドに6回攻撃、さらに急降下攻撃などのオプションあり)である! 姿が見えないから安心、と一行はそのまま登山を続ける。しかし、明らかにレッドドラゴンはこちらをめざして飛んでくるようだ。しかも、そのスピードは異常なほど速い。長年の経験から危険を感じた一行は、ただちに散開し、迎撃体勢に入った。「しまった! インバルネラビリティ(不死身)ポーションをとっておくんだった!」 ファラミアが叫ぶが、もう遅い。
 大型のドラゴンは賢い。自在に呪文を唱えられる。そう、侵入者に気づいたのも、彼女があらかじめ「ディテクトインビジブル」、「ヘースト」、「ESP(思考を読む)」の魔法をかけていたからである。けれども、彼女は自分の力を過信していた。自分に「インビジビリティ」をかけるのを怠っていたのである。おまけに、大いなる神のきまぐれによって、彼女は「ファンタズマルフォース(幻影)」を使って、自分の隣にもう一匹の巨大なドラゴンを出現させることさえ忘れていたのだ。
 それに比べて、冒険者たちは文字通り必死だった。ドラゴンのブレスを喰らえば一撃でパーティが半壊してしまう可能性すらある。かくして、彼らの全力を尽くした総攻撃を喰らい、なんとインセンディアロスはわずか1ラウンドで撃墜されてしまった。

 だが、安心したのはほんの束の間だった。母竜の断末魔の叫びを聞いて、さらに、5体のスモール・レッドドラゴン(ヒットポイント45)がこちらに向かってきたのだ! 死の予感が一行をかけめぐるが、とりあえずやるだけのことはやろうと、ファラミアはレーの形見であるショートボウ+5で攻撃し、ヨーシオンスは「レジスト・ファイアー」を唱え、ジャックとネロスは「スタチュー」の魔法を使い、石像に変身。そうして変身したまま攻撃魔法を放ち、遠距離からドラゴンどもを壊滅させようとする。「マジック・ミサイル」や「アイス・ストーム」、「ディスインテグレイト」などを延々と放ち続ける2体の石像。
 しかし、彼らの迎撃も思うようにはいかず、1体しか倒せない。残る4体のドラゴンどもは1体が石像に、残り3体がファラミアとヨーシオンスに向かってきた。ドラゴンの最初の攻撃はもちろん、ドラゴンのヒットポイントと同じだけのダメージを与えるドラゴン・ブレスである。そんなわけでファラミアとヨーシオンスは3回の対:ドラゴンブレスでセービングスローを行う羽目に。結果、ファラミアは死亡。ヨーシオンスは「レジスト・ファイアー」のおかげで生きてはいるものの、もはや虫の息である。スタチューどもが必死にもう1体を撃破しているうちに、ヨーシオンスはかろうじて先制を取り、自分に「キュア・オール」をかけるのに成功した。

 兄弟を殺され怒り狂ったスモール・ドラゴンは、攻撃の矛先を、魔法を飛ばしてくる生意気な石像の方へ向けた。ドラゴンのツメや牙を受け、ネロスは石像であるにもかかわらずヒットポイントが一桁まで落ち込み、殺されそうになる。けれども、必死で、ヨーシオンスはドラゴンの攻撃をかいくぐって、ファラミアに「レイズ・デッド・フリー」をかけることに成功する。
 ネロスをおとりにして目の前のドラゴンのうち1体を屠ったジャック。それを見て、もう1体はたじろぐが、あえて攻撃を続ける。そのうちに、生き返ったファラミアは、ドラゴンに愛用のインテリジェント・トゥーハンデッドソード+3ウィズ・ライティング「クロスファイア」を叩き込む。ヨーシオンスが何度か死にそうになったものの、この後何ラウンドかかかって、ようやく一行は勝利を収めることができた。

 ドラゴンどもは火口のカルデラを巣にしていたようだ。山のような財宝。120000枚の銀貨、75000枚の金貨、15000枚のプラチナ貨、金貨200000枚の価値はあろうかという装飾品、それに金貨70000枚の価値はあろうかという宝石、12本のポーションやスクロールなどなど……。だが、この程度の宝には見慣れている一行はさして気を惹かれた様子はなく、逆にカルデラの底に、さらなる縦穴が続いていたのを発見した。宝物のなかにまぎれていたクライミングロープを使い、降りていく一行。すると、そのおよそ1000フィート下はマグマだまりとなっており、天井から300フィート以内のところに、3つの張り出しのあるトンネルが見えた。
 そのうちのトンネルの一つに降り立った一行は、とりあえず奥へと進んでいこうとするが、そこに待ち受けていたのは、通常の8倍はあろうかというガルガンチュア・ファイアー・エレメンタル(ヒットダイス64、ヒットポイント252)であった! とっさに身構える一行だが、ジャックは落ち着いて、ネロスにしたのと同じように、エレメンタルにも「リムーブ・カース」をかける。だが、何も変化した様子はない。どうやら1回では足りないようだ。ジャックはもう1度、「リムーブ・カース」を唱える。かくしてエレメンタルは無事自分のプレーンに帰ることができた。

 その奥の通路を行く一行。そのとき、偶然「ディテクトインビジブル」をかけていたネロスは、その部屋に透明化されたゴルゴン(石化ブレスを吐く巨大な雄牛)が3体待ち構えているのに気がついた! しかも、そのうちの1体は、今まさにブレスを吐こうとしている! 慌ててネロスは逃げ帰り、代わりに入ったヨーシオンスが、ドルイド最強魔法「クリーピング・ドゥーム」をかけると、現れた1000匹の虫に押しつぶされ、ゴルゴンどもはたちまちミンチになっていった。
 その奥は二手に分かれていた。カッターが上がいいと言うので、一行はそれに従い、長い階段を上っていった。すると、そこで彼らが見たものは、たくさんの彫像に囲まれた部屋だった。壁にはシーアが告げたような、悲惨な歴史が連作で描かれている。部屋の奥には、祭壇と、そこに掲げられたサーベルの柄が見える! しかし、警戒を重ねた一行は、なかなか動こうとしない。ジャックが「テレキネシス」の魔法でサーベルの柄を取り寄せるが、それをネロスが鑑定すると、どうやら偽物らしいということが判明した。
 意を決した一行は、エレメンタルを呼び出して、1つずつ像を調べてさせていくことに決めた。結果は正解。いちばん奥の彫像の持っていたサーベルが本物だったのだ。

 これでクエストは完了だ! 意気揚々と帰路につく一行。しかし、悲劇はそれからだった。一足先に「テレポート」の呪文で地上に向かったネロスは、100面体を振って100を出してしまう。そう、こともあろうに瞬間移動に失敗してしまったのである! 結果は「低すぎ」。よく知っている場所へテレポートするときにこの結果になるのは100回に1回の確率である。思わぬ貧乏くじを引いてしまった彼は、「ドーン」という大きな音を立て、フレイムズマウス山の岩の中に埋もれてあわれ圧死してしまう。

 そうとは知らない一行は、前方を塞ぐヘリオン(炎の哲学者)を無事回避し、来た道を通って、無事地上に出ることができた。だが、ネロスの姿はどこにも見えない。散々骨折ってさがしたあげく、ネロスがテレポートに失敗したと結論づけた一行は、「アニメイト・デッド」の呪文によってドラゴンゾンビを作り出し、岩を掘らせて、ようやくネロスの死体を発見する。そして、その土まみれの死体は「レイズ・デッド・フリー」によって、すぐさま活動を始めるのであった……。

***

 ようやくサーベルの柄を手に入れ、シーアの島への帰還を果たした一行。しかし、シーアは何も言わず、ただ手を差し出すだけである。いぶかしんだ一行がそれを拒否すると、シーアは机に戻り、再び本を読み始める。仕方がないので、柄を渡すと、シーアはカッターを近くに呼んだ。
 そうして彼は言った。「コルスの息子エルバスよ、腕を前に伸ばすがよい」 ゆっくりとカッターが右手を伸ばすと、シーアは続けた。
 「長く失われていた、ソードの柄を握るよい。ソードの力を得るのだ」
 カッターはしっかりと柄を握り締めた。その途端、シーアは未知の言語で勝利の雄叫びをあげた。柄はまぶしい光に包まれ、同時にカッターの体は溶けて縮んでいき、何かの姿に変化した。
 すべてが終わったとき、その場に立っているのは、完全なサーベルを手にしたシーアだけだった。サーベルの刃は、青い魔法的な光に包まれている。シーアはサーベルを握り締めて言った。

 「おまえたちは皆死ぬがよい。今や再び我が手にサーベルがそろい、呪いは成就した。この地は永遠に荒れ果てたまま残るのだ。我が手にサーベルあるかぎり誰にも邪魔はできぬ」

 そう、シーアはアルファティアの将軍が放った呪いが具現化した存在だった。カッターはまたの名をエルバスといい、自分の真の正体を知らぬまま、川辺で義父コルスに拾われ、養子となったのである。


***

 かくして最後の戦いが始まった。シーアはサーベルを手に、ひたすら斬りかかってくる。そしてその背後のタペストリーからは、次々とサーベルクローや、ビホルダーや、ガルガンチュアヘルハウンドや、ドロウ・エルフが姿を現し、攻撃を仕掛けてくる。
 ジャックとネロスはモンスターを退治し、その発生源であるタペストリーを破壊するのに精一杯。おまけに、シーアはスペル・イミュニティを持っており、あらゆる魔法が通用しないようだ。戦闘は長引き、いっこうにらちがあかない。
 ファラミアは、シーアの手からサーベルを落とし、部屋の端へと蹴り飛ばすが、シーアはテレキネシスを用いてすぐさまそれを回収してしまう。ネロスも「インビジブル・ストーカー」を使って、サーベルを回収しようとするがうまくいかない。このような状態が何度となく繰り返される。
 息の根を止めては「レイズ・デッド・フリー」で甦るファラミアに業を煮やしたシーアは、今度は攻撃目標を変え、魔法の使い手から倒そうと、ヨーシオンスに攻撃を始める。サーベルに斬られ、一撃で44ダメージを食らったヨーシオンスは、残りヒットポイント2の瀕死状態に陥ってしまった。ヨーシオンスが死ねば、もはや回復は不可能になってしまう。
 そのときだった。ヨーシオンスを斬ったサーベルの刃を通じて、彼の心に、カッター少年が語りかけてきた。「僕を取り戻して、それでシーアに攻撃するんだ!」

 ヨーシオンスは大声をあげてファラミアにそのことを伝える。ファラミアはうなずいて、ふたたびシーアの手からサーベルを落とすと、それを拾って、一刀のもとにシーアを斬った! サーベルの刃が体に食い込むと、かれは断末魔の叫びをあげる。彼の体はドロドロと溶けていった。だが、その、かつてシーアだったものの上に、ゆっくりと黒い霧が立ち込めて、シーアの顔となった。
 「お前たちはまだ救われたわけではない。お前たちはここで私を倒したが、私はすぐに戻ってきて、お前たちを含むすべての者に、私の怒りの大きさを教えてやろう」
 そう告げると、霧は雲散霧消した。同時に、島全体が崩れ始める。慌てて、一行は外に出ようとする。ファラミアとヨーシオンスとネロスは、ヨーシオンスの「トランスポート・スルー・プラント」の魔法で、無事外に出ることができた。しかし、その魔法では、3人までしか運ぶことができないので、ジャックは自分で「テレポート」の魔法を使って外に出ることにする。
 ジャックはテレポートが成功したかどうかを確かめるために、100面体ダイスを振った。結果は97! 「高すぎ」である。ちなみにこうなる確率は100回に3回。落下したときに彼は臀部をしたたかに打ったものの(ダメージ7D6)、無事一命を取り留めた。 崩壊していく島を眺める一行。だが黒い霧はいっこうに晴れる気配がない。

 ファラミアの手に握られたサーベルが、おもむろに話し始める。
 「僕を助けて下さって、どうもありがとうございました。でも、すべてが終わったわけではありません。シーアは死にましたが、呪いの力はいまだ残ったままなのですから。呪いを解くためには、私の刃を、河の源(ハート・オブ・ザ・リバー)に突き立てなくてはなりません。そうしなければ、呪いを永遠に封じ込めることはできないのです」
 一行はため息をついた。まだ続きがあるのか。とりあえず休んでからだ。あと一息だ。ゆっくり休んで英気を養い、それから、ハート・オブ・ザ・リバーに向かおう。
 ファラミアはサーベルを地面に起き、日ごろ愛用しているソード「クロスファイア」を手にとった。旅立つ前に磨いておかねば。と、誤って指を切ってしまった。まがりなりにも21レベルのパラディンであるファラミアは、めったにこんなミスはしない。少し間を置いて、ファラミアは自分を傷つけた剣に話しかけた。

 「わかったぞ。お前、やきもちをやいているんだろう」

【初出:早稲田大学TRPGサークル乾坤堂プレイリポート】

posted by AGS at 11:28| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

『混沌の渦』小説風プレイリポート:"This Bullshit God Made”

 今回Analog Game Studiesが公開するのは、漫画家/イラストレーターの山寧さまによる、『混沌の渦』の小説風プレイリポートとなります。

 本プレイリポートを楽しむために、特別な予備知識は不要ですが、『混沌の渦』については軽く解説をしておきます。
 『混沌の渦』とは、かつて社会思想社から刊行された、中世後期からのヨーロッパ(主に16世紀イギリス、テューダー朝イングランド)を舞台にしたヒストリカル・ロールプレイングゲームのルール・システムのことを指します。
 シンプルなルールに独特の世界観が相まって密かに人気を集めていた作品です。実在の世界を舞台にするのですが、「混沌の渦」と呼ばれる不可思議な力を操作することにより魔法の使用が可能となります。いわゆる「呪文リスト」を用いるのではなく、あくまでユーザーの創意工夫によって発生する効果を考えるルールが印象的でした。

 日本でも英語圏でも長らく絶版が続いていたタイトルでしたが、近年Arion Gamesから復刊されました。かつては基本ルールブックのみで完結した作品でしたが、現在は順調にシナリオやサプリメントが刊行されています(いずれも未訳)。筆者は「乞食」を扱ったサプリメント『Beggar's Companion』がイチオシです。

 この小説風プレイリポートでは、『混沌の渦』のルールを用いながらも、舞台を19世紀に移し、また基本ルールにはないオリジナルの職業「墓守」をプレイヤーの一人が選択しています。佐脇洋平さまによる日本語版の後書きにもあるとおり、『混沌の渦』は、ユーザーによる積極的なカスタマイズが推奨されたタイトルだったのです。ただ『混沌の渦』らしさは残されており、「混沌の渦」を操作することは現実を操作することにも繋がるという世界観の根幹が、今回のシナリオには活かされています。

 なお、山寧さまはAnalog Game Studies上の掲載にあたり、オリジナル・イラストを描き下ろしてくださいました。

 さあ、暗黒のロンドンでの惨めな話を、しばしご堪能あれ。

(岡和田晃)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

bullshit.jpg

『混沌の渦』小説風プレイリポート:"This Bullshit God Made”


■ゲームマスター&レポート執筆
 山寧

■プレイヤー・キャラクター
 クロード・ブルックス--------自由労働者
 ダニエル・ポプキンス------墓守
 ヴィダ・バーミン ---------見習い司祭

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

≪STORY≫

 産業革命以後、仇敵フランスをも統治下に置き、欧州最大の、すなわち世界最強の国家となった大英帝国。その首都である大ロンドンは1850年現在すでに人口五百万人を抱え、まさに文字通りの混沌の大渦巻といった様相を呈していた。その中でも、貧民窟と工場とが無秩序に入り乱れたスラム地域には人口の実に80%以上が集中し、人々は様々な都市問題と社会病理を日常としながら、流入していた当時抱いていた『可能性溢れる未来』への希望を唯一の拠所としつつ、脱出する勇気すら持てぬままに、労働貧民としての明日なき日々を這い進んでいた。

 そんな無間地獄的な環境の中、三人のPCはそれぞれに各人の方法で生存していた。そう、クロードは富める者どもの明るい暮らしを支える工場労働者として、ダニエルは虫けらどもに幻想の救いを与え賜う教会の見習いとして、そしてヴィダは、人々に平等に降り注ぐ死の恩寵から糧を得る墓堀人として。


 −I− 


 クロードの同僚が苛酷な労働のため命を落とした。仕事のために出席できなかった労働者達は、自分達の流儀で仲間を弔うことにし、夜、酒を持って墓地に集まった。6フィート下に眠る友を思いながら、彼らは粗悪な酒を酌み交わす。そこでクロードは、独り輪の外にいたベンジャミンという労働者と語らう。ともに妻を亡くし、同じ位の年の息子を持つ彼らにとっては、自身の人生は子供達のもの。それを確認しあう二人であった。

 そんな労働者達の様子を尻目に、この墓地で働くヴィダは、同僚のグレン・ベントンと自分達の稼業について語らっていた。彼ら墓堀人と教会はウマの合う仕事仲間。今日もダニエルの勤める教会と組んで、貧民の死体一ケで美味しい商売をした、という具合。クズどもが倒れ、彼らは酒を呑む。至って順調な日々である。

 だが、同じく葬儀で一日を終えたダニエルには、そのような感慨はなかった。それより頭を悩ますのは、ここのところ毎晩のように師であるオグデン・グラズナー神父が外出すること。神父に引き取られて教会で暮らしているダニエルには、彼の行動が気になって仕方ない。


 数日後、クロードの工場で一騒動起こる。クロードが肩を並べて労働する同僚であり、年上の親友であるエドワード・ベイリーが、工場監督コールマンと大乱闘をやらかしたのだ。墓地での弔いの宴で、正義感溢れるベイリーは、死んだ仲間は工場に殺されたのだと語っていた。そのことに対する蓄積された怒りが、監督の無遠慮な言葉で爆発したらしい。監督の商売道具である棍棒で血まみれにされた栄養不良の労働者は、食堂の隅に放り出される。だが、昼休みにクロードが様子を見に行くと、すでにその姿はいずこかへと消えていた。落ち込むクロードに、ベンジャミンは自分の夢、息子のアダムを学校に入れ、この環境から脱出させるという夢が実現しそうだとポツポツと語り、気を紛らせる。


 同日。ダニエルは神父から小遣いをもらい、何処かへ遊びに行くように言われていた。不慣れな盛り場でウロウロしているうちに墓堀人達と会い、酒場へと連れて行かれる。途中、引ったくりにやられて泣いていた子供に金を与えたりしつつ、墓掘り行きつけの店へ。すると、なにやら店内は緊張感に包まれていた。聞けば、ふらりと現れた血まみれの労働者が客にサイコロ勝負を挑み、勝ち続けているとか。早速ヴィダ達が挑戦するも、あえなく敗退。ダニエルも戦い、その結果彼は要求されるままに賭けた大金−−神父にもらった全てを失った。続いて彼は金の十字架−−教会から授かった聖なる物品−−を賭けることを申し出たが、男はその輝きをめにするや落涙、呻きながら十字架を奪って酒場を飛び出して行く。追いかけると、彼はテムズ河に架かる橋の上に立ち、水面を呆けたように見詰めている。ダニエルは気を取り直すよう諭した。否、そうしようとしたのだが、大して熱心でもない聖職者見習いの言葉には何の説得力もない。一声叫びを上げると、工場労働者エドワード・ベイリーは河に身を投げた。

 目の前で人が死を選んだためなのか、大事な十字架を失ったためなのか、ともかくダニエルはいささかショックを受けた。墓掘りと別れて街を彷徨っているうちに、彼はフランス系の男、ポールに『エジプトのファラオのダンス』と題された怪しげなショーに誘われる。金を払って芝居小屋に入ると、舞台では半裸の踊り子達が色鮮やかな香の煙の中で身をくねらせていた。その光景に魅了されたダニエルに、ポン引きポールは「次のステップ」を提案する。彼は踊り子の一人、外国人のマリアを指名し、ポール・クライスト氏に料金を支払った。

 暫の後、ダニエルは再び通りに出た。脱力感に襲われ、ボンヤリしながら歩く彼は、三人組の少年達に財布をひったくられる。それは先に墓掘り達が金を与えていた子供達。ダニエルは悪童の一人を追いかける。だが、遂に追いついたという瞬間、少年は馬車にはねられた。叩きつけられ、ボロクズのようになって即死。泥にまみれた汚らしい死。居合わせた人々はそれを呆然と見詰め、御者はショックに硬直。だが、馬車の中の客はカーテンの向こうから顔を出しもせず、馬車を出すように命じる。怒ったダニエルが馬車の扉を引き開けると、そこにはグラズナー神父、そして娼婦マリアがいた。二人はダニエルを認識し、ダニエルは師の外出の目的を知る。死体は忘れられ、見苦しい言い争いが始まった。そのうちに警官達が飛び出した浮浪児に全責任があると宣言し、手早く死体を処理すると、人々はすっかり興味を失った。
 翌朝ダニエルが起床すると、すでに新しい神父、ロバート・プラモンドンが来ており、ダニエルをこき使う。結局グラズナーは罪の意識に耐えかねてロンドンを離れたのだという。


 死んだのはベンジャミンの子、アダムだった。息子が盗人だったこと、そしてゴミのように始末されたこと。その二つの事実がベンジャミンの精神を破壊した。仕事中、放心状態に陥っていた彼はクロードの眼前で紡績機械に腕を巻き込まれてしまう。血しぶきが飛び散り、オゾンの臭気が立ち込める修羅場で、仲間達は必死に救出作業を行った。意識を失ったベンジャミンの傍らでは、彼の一部分が手順通り見事に紡がれていた。

 その数日後、病室に彼を見舞った帰り、クロードは街角の古道具屋で素晴らしい義手を見掛ける。それは、片腕を失ったベンジャミンのために何かしてやれることはないかと考えていた労働者仲間達にとっては、丁度良い贈り物だった。工場での相談で、その義手を皆で購入し、ベンジャミンに贈るという話がまとまる。
 翌日、店に入ったクロードは、ナサニエルと名乗る若い店主と対面する。彼の言った義手の価格は、仲間達で金を出し合えば何とか手の届く金額だった。ナサニエルが言うには、このクラスの義手は持ち主に合わせて製作されているので、古道具としてはあまり価値がないのだという。「何しろ、ぴったり合わないと役に立ちませんので。ですから、もし貴方の御友人にお試しになって駄目なようでしたら、返品してくださって結構ですよ−−」


 −II−


 一日の仕事を終えると墓掘りヴィダは近所の酒場へ向かった。得意先の神父が交代してからそろそろ一ヶ月になろうとしているが、これまでのところ特に問題は起こっていない。本人の弁によれば新しい神父は前任者より遥かに良識派であるそうだが、実際のところはどうだろうか。何しろオグデン・グラズナーは、見たところは穏やかで常識的な−−そう、新任の神父よりもずっと常識的に見える−−良い神父だったのだから……。

 酒場に労働者の一団が入ってくる。彼らは仲間の一人の全快祝いに久々の酒宴を催そうとしていた。早速主賓である見事な義手をした男を中心に、楽しげな輪ができ上がる。だが、当の主賓はどうも妙な感じだった。皆が祝ってくれているというのに、いささか冷笑的な雰囲気を漂わせているのだ。そのうちにある程度場が落ち着くと、男は労働者仲間達を相手に語り始める。彼の語る内容は、どうやら彼らの職場の環境に対する攻撃のようだった。

 酒場に教会の見習いが入ってくる。彼はバーテンに用件を告げる。ブランデーとワインを何本か、教会に買っていくのだという。と、それを聞いて、先ほどから演説をぶっていた男が笑い声を上げる。「蝿教会の蛆虫神父様は少々きこしめしていらっしゃるって訳か! ハハ!」

 それを機に男は教会攻撃を展開し始める。曰く、現在の英国国教会の堕落ぶりには目に余るものがあり、元々があの欺瞞に満ちた薄汚い紙束を脆弱な柱として成り立っているものに、さらに二千年にも渡って積み重ねられてきた嘘と悪徳の数々は、もはやあの悪臭ふんぷんたる豚小屋を崩壊寸前にまで追い込んでいるのだとか何とか。教会とのコンビで商売をしている墓掘り人としては、少々ちょっかいを出したくなる内容であった。ヴィダはその労働者、ベンジャミンと舌戦を展開する。と、そこに話の発端となった男が登場する。

 酒場に蛆虫神父が入ってくる。教会のワインのストックを空にし、手に最後の一本を持って戸口に現われたその男は、酒場にいる誰よりも酒臭い息を吐きながらダニエルに文句を言う。ダニエルがベンジャミンの教会攻撃のただ中にあって酒場を出るに出られないでいる間に、プラモンドンはしびれを切らしたという訳だ。彼は手に持った瓶を空にし、そのまま床に仰向けに倒れると、白豚よろしく嵐のようないびきをかき始めた。

 彼の攻撃を補強する絶好の材料を前にして、ベンジャミンの舌はますます滑らかに、言葉はより痛烈に、語りはよりエネルギッシュになる。工場、教会、搾取する者達、そして英国政府を標的として、彼は饒舌に攻撃的演説を続ける。そんな、以前とは明らかに変わってしまったベンジャミンの語り口調に驚きながらも、そのカリズマティックなムードに労働者仲間達は徐々に魅きつけられていく。だがその中で唯一、クロードだけは何処か納得のいかないものを感じていたのだった。


 酒場から神父を引きずって帰ったダニエルは、彼の巨体を何とか寝台に横たえる。そのうちにホプキンスは寝言を言い始めた。そしてこの破廉恥漢は、マリアの名を唱えながらニヤニヤと卑しく笑う。それが聖母ではなく、あの娼婦の名であることは明らかであった。だが、かつて彼が取り仕切ったベンジャミンの子アダムの葬儀の際に、すでに信仰を失っていたサタニストのダニエルにとっては、それは大して意外なことではなかった。


 続くわずかな期間に、事態は急激に展開した。ベンジャミンが奇蹟を成したという噂が流れ、工場労働者達の一部には次第に彼への崇拝の感情が発生する。暴力的な待遇改善要求行動を求める動きが進行し、クロードはベンジャミンらに度々グループに加わるように言われるが、彼は納得しない。しかし、ベンジャミンは何故かそんな彼を無理には誘おうとしなかった。

 食堂で食事をしているクロードの所に、ベンジャミンに心酔している粗野で無知な労働者ルーカス・スタフォードがやってくる。彼は熱心にベンジャミンのグループに加わるように勧めるが、彼自身もそうしなければならない理由を理解してはいないようだった。どうしても納得しないクロードにルーカスはいらいらし始めるが、そのうちに近くで騒ぎが起こる。食堂ではさかんにベンジャミンと彼に関する幾つかの噂が話題にされていたのだが、彼を認めるか否かを原因として激しい喧嘩が起こったのだ。その内にベンジャミンを否定していた男が徹底的に打ちのめされ、重症を負う。食堂内に不穏当な空気が漂う中、静かに食事をしていたベンジャミンがゆっくりと立ち上がり、怪我人に手を、義手を差し伸べる。すると彼の義手が光を放ち、男の傷は癒されていった。

 ホール内が静寂に包まれる中、ベンジャミンは最後の演説を行う。その言葉は労働者達を一つにまとめ、暴動へと促す引き金となった。彼らは津波のように工場内へと突入し、工場長や現場監督を呑み込む。吊し上げ、打ち壊し、蹂躙しながら、彼らは外の世界に溢れ出す。周辺の工場労働者を巻き込みながら、群集は貧民街をねり歩いた。


 教会に向かって地響きのような群衆の足音が近付いてくる。今日も宿酔いのプラモンドン神父はその音に怯え、ダニエルに様子を見てくるように命じた。ダニエルが外に出ると、教会は怒りに燃える暴徒の群れに取り囲まれていた。暴徒達は口々に教会の罪を叫び、手に手に武器や松明を振り上げてダニエルに迫る。彼は教会内に逃げ込もうとしたが、扉には内側から閂がかけられていた。プラモンドンが閉め切ったのだ。中から暴徒達を説得しろと命じる神父の声に絶望し、ダニエルはサタンの名を唱えて助けを求める。その言葉を聞くと暴徒は鎮まった…。だが、彼らはすぐに「蛆虫教会より始末の悪い」サタニストを高く吊るすことを決定した。

 クロードは離れた位置からその様子を見ていた。そこにベンジャミンが現われる。彼はもはや人々を率いてはいない。彼はきっかけを作っただけ。人々が心の底に蓄えていた憎悪と不満に火を放っただけなのだ。そう話すベンジャミンは、クロードにも心を解放することを促す。だが、この冴えない労働者はその点について決して譲ろうとはしなかった。そうこうする内、教会からは惨殺されたプラモンドンの首とともに、十字架に架けられたイエスの像が運び出される。二人の見る前で人々はそれを粉々に打ち砕いた。「おやおや、彼らはもはや信仰までも失ったようだな……。だが、なぜだろう……俺は……少し、疲れたみたいだ……」

 そういうベンジャミンの義手を、クロードは突然もぎ取った。教会に放火した群集は、新たな目標を求め、彼等の方へと押し寄せつつあった。


 その後、クロードはヴィダと出会い、ともに事態を打開するべく動くことになる。クロードが義手を外した時、ベンジャミンの口調は確かに元に戻り、親友クロードに逃げるよう言った。彼自身は群集に飲み込まれてしまったのだが、ともかく鍵はあの奇妙な義手にある。今やそれはベンジャミンの元を離れ、クロードの手中にあった。二人は、古道具商ナサニエルの店へと向かった。

 街中ではすでに暴動の噂が広まり、人々は屋内に立て籠もっていた。通りには人影はほとんどなく、何処か遠く離れた所からは、暴動によると思われる騒音や、暴徒達の歓声がかすかに聞こえてくる。この死んだような大ロンドンの街を二人は彷徨い、遂にナサニエルの店に、否、かつてそれがあった場所へと辿り着いた。あの店は、すでに引き払われていたのである。近所の者の話では、ナサニエルは一月と少し前にここに店を構え、ほんの僅かな期間で店を閉めてしまったのだという。

 その後、二人はテムズ河方面へ。見ると、群集がロンドン橋で警官隊と交戦しているところだった。その内に群集は行く手を塞ぐ者どもを打ち破り、何処かへと消えていく。二人は戦闘の場となった橋に赴く。そこには少数の警官達の死体と、おびただしい数の労働者の死体が転がっていた。そしてその中には、サーベルで幾度も刺し貫かれたベンジャミンの死体もあった。彼の顔は苦痛に歪んではいない。そこにはただ、困惑したような表情が浮かんでいた。

 彼の死体の見守る前で、クロードは義手をテムズ河へと投げ込む。悪臭を放つどす黒い流れの中で、小さな工芸品はすぐにその姿を消した。


 −III−


 浜辺では、波に打ち寄せられた死者達が彼方までの海岸線を黒く縁取っていた。あの後、暴徒達は船を奪い、新天地を求めて船出したものの、領海から出ることもできずに撃沈されたのである。彼らから冥界への路銀をもむしり取ろうとする盗人や、好奇心を刺激された大勢の弥次馬達が、ここには集まっていた。そんな愛すべき人々に混じって、父と子は手を取り合い、とぼとぼと砂丘に足跡を刻んでいた。彼らは夢に現われたベンジャミンの導きに従って、この海岸にやって来たのである。夢の中でベンジャミンはクロードにこう言った。「奴らに一発お見舞いしてやってくれ」と。


 クロードは見覚えのある男に会った。男は何か棒のようなものを、布にくるんで大事そうに抱えていた。男は言う。「なかなか楽しめたのではないですか?」

 クロードは男に理由を問う。すべての理由を。男は話し始めた。

「まあ、言ってみれば簡単な実験のようなものです。詳しくお話するつもりはありませんがね。我々が用意したのは最初のほんのきっかけだけで、後はすべて貴方達の意思でなされたことですが、まったくもって予想された通りの展開でしたよ。人間とその行動に関する我々のある仮説が実証されたのです。完全なる成功、と言えるでしょうね。結局のところ、すべては事前に分かっていたのです。一度『操作』がなされれば、もはやそこに貴方達の言う所謂自由意志の介入する余地はないのです。可能性も未来も、すべては幻想ですよ」

 そう言う男に対して、クロードは自分の夢を語る。彼の夢、すなわち彼の描く未来とは、この薄汚れた大ロンドンを離れ、自然の中で息子とともに牧場をやっていくことであった。その未来は彼と息子のものであり、ほかの誰のものでもない。そして、その未来を自らの手で作り出すことは彼らが自由であることの証なのである。

 それを聞くと男は親子に背を向け、砂丘の向こうへと歩み去っていく。振り返りもせず。男は冷笑的な口調で語る。「残念なことですがね、その牧場は失敗するんですよ。火事が起こるんです。2年目に、そう、落雷でね。……その後のことを語るのはよしましょう。まあ、慈悲というものですか。ともかく、楽しみにすることですな。これから何が起こるかを……」

 父は子の肩を抱きながら、無言で消えていく男の後ろ姿を見送る。そして日が暮れ、辺りに人影もまばらになると、彼らもまたこの地を去っていった。


 −EPILOGUE−


 彼は振り返らなかった。もしそうすれば、彼の顔に浮かんだ表情をあの男に見られてしまうからだ。実験に生じた小さな傷。ただ一つの、そして必要充分の反証。それがあの男だった。彼は卑しい人間に嘘をついた。それは彼にとっては、まったく耐えがたい屈辱であった。


F I N

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

≪GAME MASTER≫

 今回は、なんだろう。まあ、好きなんです。こういう話が。

 今回のシナリオはまず題名が決定し、そこから惨めな世界の惨めな人間を描く話、という線で膨らませていったのだが、システム選びは難航した。結局『混沌の渦』になり、内容にも『渦』の要素を加えたのだが、最終的には割とまとまったと思う。まあ多分この路線で何回かやるのではないかと。

 マスタリングについては、第一部にあまりに時間を取り過ぎたおかげで、第二部の展開を相当削る羽目になったのがいささか心残りではある(全編やろうとしたら後4時間くらいはかかったかも)のだが、第一部の超スローペースでドゥーミィな感じで全編通したら流石にイヤになるからな。まあ、緩急がついたというコトで。ちなみに第一部で先の見えないイラだちを感じさせたのは意図的な演出です。ちょっとやり過ぎてマスター側もマイってしまいましたが…。で、結局全編が終了したのは9時を大きく回った頃だったのだけれども、何か僕は最近長時間のセッションで燃え尽きる感じが好きなのかもしれないです。ハイ。

 ロールプレイについてだが、全編一人称の語りってのは、まあ、好きではあるんだけれども、とにかくもう疲労が激し過ぎる。他の部分をキチンとやる余裕が無くなってしまうのが、どうにもキビシイ感じだ。やはり三人称との使い分けをしっかりしよう。

 しかし今回は本当にゲームらしくないゲームであった。何しろルール的な判定をする場面はほとんど(2回くらいだけか?)なかったのだから、もうほとんどシステムレスである。どうも極端になってしまうんだよな。僕がもっとゲームっぽくやろうとすると、それはもう大昔のD&Dの王道的な、ちまちました感じになってしまうのだ。なんだろう。

 今回の元ネタは、『Kill the Christian (DECIDE)』、『Grim Luxuria (CATHEDRAL)』、『Enter the Worms (CATHEDRAL)』以上3曲の歌詞(特に最後のはセッション中も祈祷の文句として活用)、サルトルの幾つかの作品、英国産業革命時代の見世物や大衆風俗についての本(タイトル忘れた)、『反キリスト者』、『ヒーザーン』、『ディファレンス・エンジン』、あとは聖書関係の色々と、もちろん『鐘鳴』も。(山寧)

[セッション日:1995/10/08]

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

山寧(やまね)
 1974年生まれ。元ゲーマー。エロ絵描き。介護業界人。
「エロ絵描き」にも元が付きつつある現状を憂いている。
 宇野常寛さん主催の評論誌『PLANETS』で細々と仕事中。
PLANETS SPECIAL 2011 夏休みの終わりに [単行本(ソフトカバー)] / 宇野常寛, 小熊英二, 小林よしのり, 中沢新一, 中森明夫, 濱野智史, 速水健朗, 宮台真司 (著); 宇野常寛 (編集); 第二次惑星開発委員会 (刊)PLANETS vol.7 [単行本(ソフトカバー)] / 宇野 常寛, 荻上 チキ, 濱野 智史, 福嶋 亮大, 中沢 新一 (著); 宇野 常寛 (編集); 第二次惑星開発委員会 (刊)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
This Bullshit God Made by 山寧(YAMANE) is licensed under a Creative Commons 表示 - 改変禁止 2.1 日本 License.
posted by AGS at 11:00| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険


―――――――――――――――――――――――――

【Analog Game Studies1周年企画】

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)、岡和田晃

―――――――――――――――――――――――――

 遅くなりまして申し訳ございません。予告していたAnalog Game Studies1周年企画をお贈りいたします。

 昨年の今頃は、門倉直人さまの「グンドの物語」をAGS上で再掲させていただきましたが、今回はフーゴ・ハルさまとのコラボレーションです!



 皆さまはAnalog Game Studiesに掲載された「ゲームブックとの邂逅」をお読みになりましたか?

 「ゲームブックとの邂逅」では、親子二代に渡るゲームブック体験が綴られました。従来は一過性のブームに終わったとみなされることもあったゲームブックは、熱心なファンによって読み継がれ、新たな世代の読者を獲得しつつあります。

 そこでAnalog Game Studiesでは、日本のアナログゲーム・シーンにおける重要なパイオニアであり、現在もゲームブック作家やボードゲーム・デザイナーとして活躍なさっている、HUGO HALLさまとコラボレートした特別企画をお届けいたします。

 題して「ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険」。
 古き時代を振り返ることで新たな表現のあり方を考えるとともに、創作と批評のよりよい可能性を模索する企画になればと考えます。

 第1部として、ゲームブックの歴史を示す貴重な記事を再掲し、第2部では、新たな試み「ブックゲーム」を紹介いたします。

 さあ、読み進めたまえ。

 (岡和田晃)

―――――――――――――――――――――――――

■第1部:【再掲】「アルバイトニュース」のゲームブック記事

 まず紹介するのは、「アルバイトニュース」誌(現「An」、学生援護会)のゲームブック特集に1週間だけ掲載された幻の記事、「こんなに楽しいゲーム・ブックの世界」の再掲です。フーゴ・ハルさまの許可をいただき、Analog Game Studiesのウェブログ上で公開させていただきます。
 1986年当時、ゲームブックはどのように受け止められていたのでしょうか。当時の事情を知ることでゲームブックの面白さを再確認するために、本稿をご活用いただけましたら幸いです。

(岡和田晃)

―――――――――――――――――――――――――

こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)(初出:「アルバイトニュース」1986年4月14日号、学生援護会)

―――――――――――――――――――――――――

(編注:「○」は見出しサイズを表します。「○」が多いほど大きな文字になっております)


○○○○○こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

○○○ひとりで出来る探検隊、ゲーム・ブックの傾向と対策

 ここ数年よく目につくようになったゲーム・ブック。一見するとフツーの小説本と変わらないよーなシロモノが、本屋さんで飛ぶように売れているという。ゲーム・ブックのどこがそんなに面白いのか!? じっくり探ってみよう。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p2_200.png
[トップ絵]ホンノキュビズム


○○迷うことの快楽

 近頃、道に迷う機会が少なくなったと思う。少し前まではこうじゃなかった。雑誌の中でもちょっと気をゆるめれば迷うことができた。しかし最近の道の丁寧な表示はそう簡単に私たちを迷わせてはくれない。まったくわかりやすくなったものだと思う。だが、私達には迷う快楽への憧憬があるはずだ。それは小学校の頃通学路に交差する沢山のわき道に魅惑されたあの感情でもある。わき道は夕方になると影を帯びて不可思議な魅力を倍増した。この道には怪人や魑魅魍魎がひそんでいると言って誰かが探検隊を編成すれば、翌日はたしかに怪人があらわれた!という報告が全校を震撼させたものだった。血湧き肉踊る、あのわき道。そこでは誰でも川口浩探検隊だった。やがて義務教育が終わり神秘のわき道も消え失せる。しかしわき道から消え失せたのはこちらのほうだったのかもしれない。

 ノスタルジーとしてではなく、いいものは取り返してやりたい。そして久しぶりにわき道でゆっくり迷ってみたい。そんな意見に賛成ならばゲーム・ブックをやってみるべきだ。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p3_200.png
 
 このゲーム・ブック作品はあなたの好みに併せて読めるようになっています。つまり全体がひとつの大きなゲーム・ブックになっているのです。文中に選択肢がでてきたらその中から一つを選び指示に従ってください。別に指示どうり読まず、自由に飛ばし読みしてもかまいません。それではAからスタート。


○○○○A 最近密かに大流行 一人遊びの決定版 ゲームブックとは何か

 本屋に行くと「……ゲーム・ブック」と称す本の一群が目につくようになりました。このテの本では読者が主人公となって本の世界へ冒険に旅立ち、ストーリーは読者の選択によって変更ができるように仕組まれています。ある時は怪人と戦い、ある時は友と語りあう。最後に財宝を手に入れることができるであろうか。そうして読み終わり本を閉じるもその余韻は覚めやらず、また次の冒険の旅へと本を渡り歩いていくことになるに違いありません。ゲーム・ブックとは、ゲームと本がひとつになった今までの本になかった楽しみ方のできる、一人あそびの決定版です。なんていうところがこのテの本の売り口上でしょうか。確かに小中学生のみなさんは目の色変えてやっておりますし、密かにオトーサンがやってみても楽しいものは楽しい。しかし小中学生オトーサンにはそのとおりでも、アルバイトニュースを愛読するお兄さんお姉さんにはちと、浮いて見えるのではないか? そこで今回は青少年のためのゲーム・ブックの概要とその遊び方の紹介であります。

 さてゲーム・ブックは2年前の年末こつ然と姿を現わし、この1年間で約140冊を数えるにいたりました。ところが発展途上、玉石混交、状況混乱、どれをどう選べばいいのか分からない状態です。

 ゲーム・ブックがどういうものかよく知らないならBへ。

 それなりに知っているならCへ。


○○○○B 読者自身が主人公になって、自分だけの『物語』が味わえるのである

 ゲーム・ブックは早い話がYES-NOクイズ(よく雑誌についていて、あなたはどのタイプ? なんて質問とYES-N0の矢印にしたがって進んでいくと、おっとりタイプとか、ぽっちゃりタイプとか書いてあってむっとするやつ)を複雑かつ大長編に仕上げたようなものです。本のなかに複数のストーリー展開が用意してあって、それを読者が随所で選択できる仕掛けになっています。主人公になりきった読者が冒険に旅立ち、やがて二叉路にさしかかると、「二つの道のどちらかに行くか? 右なら×ページへ、左なら××ページにその先の展開が用意してあるからお好きな方を」という感じ。こうなると、普通の小説と違って最初から順を追っては読めません。それに先のストーリーが分からないように内容が意識的にバラバラにしてあるわけです。

 ストーリー展開が、本だけではなく読者の好みによって変わっていく。同じ本であり永人によって全く違ったストーリーを楽しめる。天下の大発明だ。とはいっても、そう複雑多岐なストーリー展開をしているわけでなく(大変な量になってしまうし、うんざりものでついていけなくなる)ほとんどの物語が、財宝を手に入れろ、悪を倒せのパターンです。まあ、今までになかった新鮮で奇妙な読書を楽しめるのは間違いありません。

 しかしこんなゲームの説明だけでは食べもののガイドブックみたいで、どうもむなしい。やはり実際にやってみるのが一番です。そんなわけで、ちょっとしたゲームを用意してみました。

 やってみるなら、Cへ。

 その気がないのなら、退屈な日常へ。


○○ゲーム・ブックの特徴

●本だからもちろん一人であそべてしまう。又、ストーリーが一本でないから数段楽しめる(かもしれない)。

●乱丁本である。たとえば下図(編注:J・H・ブレナン『暗黒城の魔術師』)の78と79の文章を小さいでしょうが無理して読むと繋がっていない。78なら文の最後にある63に続きの文章があるということになります。63の文章をどうしても読みたい場合はこの本を買ってください。

●挿絵がかならずある。何故か必ずはいっています。たいがいはペン画ですが、左図の本(編注:『暗黒城の魔術師』)のように鉛筆画や、マンガなどもあります。だからどうだといった意味はありません。

●やたらに指示が多い。左図の一ページだけでも選択せよ、サイコロを振れと注文が多い。サイコロ代わりに本にサイコロの目を印刷してしまっているものも多い。左図(編注:『暗黒城の魔術師』)だと本の左右上隅にある6、3がそれで、こういった数字が全ページに降ってあり、ぱらぱらめくって止ったページの数を使います。


フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p4_200.png

C ミニミニ・アドベンチャー・ゲーム劇場「KIOSKの謎」

 やってみるなら1へ行ってさあスタート。そういう気がないのならDへとぶ。

【1】
 北へ向かう一本道を歩いていくと、前方に浮浪者のような老人が倒れている。

 介抱するなら、13へ。
 無視して先を急ぐなら、9へ。


【2】
 やがて二叉路になった。今きた道を含めて三方向に道がのびている。

 東へのびる道を行くなら、6へ。
 西へのびる道を行くなら、23へ。
 南へのびる道を行くなら、5へ。


【3】
 広場にでた。西と北に道がある。はずれの方で紙芝居屋に子供がむらがっている。

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。
 珍しいから紙芝居をみるなら、24へ。


【4】
 いわくありげな薄暗い肉屋の前にでた。のぞきこむと、奥から気味の悪い男がでてきて、「合い言葉は?」と聞いてくる。

 「下さいな」と答えるなら16。
 「天上天下唯我独尊」と答えるなら、21へ。
 「知りません」と正直に答えるなら、26へ。


【5】
 老人の死体が転がっていて地面にスタートと書かれてある場所にきた。つまり、振り出しである。

 死体を揺さぶってみるなら、31。
 引き返すなら、2へ。


【6】
 また二叉路である。今きた道をいれ三方向に道がある。

 東の方の道を行くなら、4へ。
 北の方の道を行くなら、11へ。
 西の方の道を行くなら、2へ。


【7】
 「国鉄甘木駅」と看板がある駅らしい所についた。しかし改札口はシャッターで閉ざされており貼り紙がしてあるのだった。

 貼り紙を読むなら、15へ。
 引き返すなら、14へ。


【8】
 「ほほう、難問をよく解いたねえ。おりこうにはごほうびだ」
 紙芝居屋のおじさんはそういってミルクせんべいをくれるのだった。
 「今日はこれでおしまいだよ」

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。


【9】
 老人には優しくするものである。1に戻って選び直す。


【10】
 魚肉ソーセージを与えると犬はよろこんでふはふは食べ、前足で口をぬぐり終えると「ここ行けワンワン」とマンホールに吠えるのだった。
 マンホールの蓋を開けて17へ。

【11】
 三つの道の交差点。

 西の道を行くなら、14へ。
 南の曲り道を行くなら、22。
 東の曲り道を行くなら、6へ。


【12】
 三つの道の交差点。黒いマスクをかけた男が背を向けてこれ見よがしに立っている。

 男に声をかけてみるなら、28。
 北の道を行くなら、27へ。
 南の道を行くなら、23へ。
 東の道を行くなら、22へ。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p5_200.png


【13】
 老人は紙を押しつけ「わしはもうだめだ。宝はここにある。あとはたのむ。がくっ」と、ことわるまでもなく死んでしまった。紙には「KIOSK」とだけ書かれてある。2へ。


【14】
 三つの道の交差点。

 北の道を行くなら、7へ。
 南の道を行くなら、22へ。
 東の道を行くなら、11へ。


【15】
 「定休日」。7へ戻る。


【16】
 肉屋のおやじがにやりとした。「ここんとこ、取締りがきつくてね」奥の棚をごそごそしていたが「ほーれ、こんな上物めったに手に入るもんじゃねえんだ」と目の前に魚肉ソーセージをぶらさげてみせるのだった。「ところでミルクせんべいは持ってるんだろうな?」

 持っていたら、19へ。
 持っていなければ、6へもどる。


【17】
 薄暗い下水道が北の方にまっすぐにのびている。しばらく行くと、二又に分かれた。
 北に行くなら、20へ。
 西に行くなら、18へ。


【18】
 行きどまりに骸骨化した死体がある。壁に「食料も底をついた。もうだめだ。KIOSKはいずこ−−昭和9年吉日、山田太郎」とある。

 ぞっとして17へ引きかえす。


【19】
 「よしよし」ソーセージを受け取って、6へ引きかえす。


【20】
 なにか臭い匂いがするぞ。梯子があって上に登れそうだ。

 25へ。


【21】
「お前、サツのまわし者だな? 帰ってくれ!」

 6へもどる。


【22】
 四つ角。中央のマンホールの上に犬が座っている。

 肉の類いを持っているなら10。
 東の曲り道を行くなら、11。
 西の道を行くなら、12へ。
 南の道を行くなら、3へ。
 北の道を行くなら、14へ。


【23】
 道はカーブして北から南を向くようになり、やがて小高い丘にでた。危なげな物見櫓がある。

 のぼってみるなら、29へ。
 北に行くなら、13へ。
 南に行くなら、2へ。


【24】
 クイズの時間らしく、紙芝居には数字が書かれているのだった。
 「この問題が解けるかね」
 11−3+1−9+8=?

 答えの数のセクションへ。


【25】
 出た所は公衆便所のマンホールであった。外にでると、どうやら駅の構内らしい。トイレをでると二又だ。

 西に行くなら、30へ。
 東に行くなら、32へ。


【26】
 「うちは会員制なんだ」と追い出されてしまった。

 6へ引き返す。


【27】
 行きどまり。つきあたりの壁に「皆様のKIOSKは駅の中」と訳のわからない広告看板がかかっている。12へもどれ。


【28】
 声をかけると男は「いいもんがあるんですがねえ、イッヒッヒ」と卑屈に笑いながら、「犬を東、それから南、ついでに東へ折れた所に家がありやすからそこで“くださいな"と言うんですぜ」別に従うこともないが覚えとこう。

 12へもどる。


【29】
 下の道には仔犬、紙芝居、駅などが見える。

 おりて、23へもどる。


【30】
 シャッターの降りている改札口に出た、ひきかえせ。25へ。


【31】
 がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがく。気が済んだら2へひきかえせ。


【32】
 プラットホームの上にでた。中央にさびれた売店があり、KIOSKの看板。やったぞ、宝はこの中だ。33へ。

フーゴ・ハル_こんなに楽しい_p6_400.png

【33】
 KIOSKの売店の中には一冊の雑誌があった。雑誌には『アルバイトニュース』とかいてある。ええと……ゲーム・ブック特集だって? ちょっと読んでみよう。Aにもどる。

○○○○D 失敗しないゲーム・ブックの選び方

●すでにゲームは本選びから始まっている。

○○第1チェック 上面を調べる

 ゲーム・ブックには必ずロールプレイング、シミュレーション、アドベンチャー、などの名称がついているものです。しかし目くそ鼻くそを笑うのたぐいで決定的な違いがあるわけじゃない。ロール・プレイングとついていたらサイコロを使い(偶然性を加えるために使うのです)ゲームのやり方がやや複雑です、しかしストーリーが複雑とは限りません。

 ゲーム的にはこれだけ知っていれば充分。世間的にはロールプレイングの方が本格的といわれているようです。ちょいとむずかしそうな奴にトライしたい方はどうぞ。


○○第2チェック ぱらぱらめくってみる

 めくってみて、END、完、終などの単語がやた目立つものは、本筋から外れた選択をするとすぐに終わり・やり直しになっていて、内容的にうすっぺらで、まだるっこしいだけ。またさし絵がチャチだったりしたらその内容も、ま、おして知るべしでしょうね。


○○第3チェック 冒頭を少し読んでみる

 例えば、遊び方の解説で「シューティングダイスに2ポイント、プラスした結果がLESS4ならドロップする」なんてことがでてきたら、これはつまり「サイコロを振って出た目に2足した数が4以下だったらダメ」ってことにすぎないのだけれど、こんな表現をしたら箔がつくとでも思ってるのか、この手のしちめんどうな言いまわしを、誇らしげに使ってる本がある。内容に自信がない証拠と思って間違いなさそうですね。


○○第4チェック ゲーム少年隊に注目する

 ときに、書店のゲーム・ブックのコーナーにたむろし、かたっぱしから「コレダメ、インチキ、ツマラナイヤ」と大声で品定めし、やがてさっさと消えてしまう少年の一団を見かけることがあります。彼らの意見は、連日のゲーム・ブックできたえてますから、なかなかシビア。本の巻末についている解説文(ゲームに解説文なんているんでしょうかね)などよりはるかに実践的でためになります。目撃する機会があったら聞き耳立てて、できればおうかがいをたててみるといい。


○○最終手段 困った時の神頼み

 それでも決められない場合は、神頼みです。平積みの本の上に10円玉を乗せ、「コックリさんコックリさん、一等おもしろい本を教えてください」ととなえながら、指の動くにまかせます。ぴたっと止まった本があればそれでよし。だめな場合は次のチャンスに期待します。

―――――――――――――――――――――――――

■再掲にあたって

 諸事情により、再掲にあたっては一部をカットさせていただいたことをお断りいたします。

 また、本稿は初出時、奥谷春雨名義で発表がなされたことを書き添えておきます。

 加えまして、本稿末尾においては、既存のゲーム・ブックには物足りない読者へ向けて、「ゲーム・ブック的要素を持つ本」として、下記の3作品が紹介されましたことをお知らせいたします(カッコ内の説明文は、キャプションとして添えられたものの引用です)。

 ・L・ニーヴン&S・バーンズ『ドリーム・パーク』
 (ゲームブック的娯楽設備をテーマにしたSF)

 ・コルターサル『石蹴り遊び』
 (選択肢を使ったラテンアメリカ産の実験小説)

 ・ミシェル・ビュトール『時間割』

 なお現在、『時間割』は、河出文庫で復刊されております。『ドリーム・パーク』と『石蹴り遊び』は入手が難しくなっていますが、図書館や古書店等でアクセスしてみていただけましたら幸いです。(岡和田晃)
時間割 (河出文庫) [文庫] / ミシェル・ビュトール (著); 清水 徹 (翻訳); 河出書房新社 (刊)
―――――――――――――――――――――――――

フーゴ・ハル(HUGO HALL)

 国籍は本人にも不明。ゲームブック制作に初期から従事、成り行きで様々な名前を用い、挿し絵、ゲームデザイン、執筆をこなす。主な作品としては『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(編集スタッフとして日本シャーロック・ホームズ大賞受賞)、『アドベンチャーゲームブック・グーニーズ』、『魔城の迷宮』(すべて二見書房)など。また『グレイルクエストシリーズ』、『ドラキュラ城の血闘』(共に創土社)などで挿し絵を担当している。会話型RPG『迷宮キングダム』にもしばしば挿絵で参加。「Role&Roll」Vol.79(アークライト/新紀元社)より、懸賞付きパズルエッセイ「ドナドナ鍋」を連載中。

―――――――――――――――――――――――――

■第2部:【コラム】古くて新しい「ブックゲーム」の冒険

 続いて、岡和田晃によるフーゴ・ハルさまのゲームブック作品について論じたコラムをご紹介いたします。

―――――――――――――――――――――――――

「ブックゲーム」の冒険――フーゴ・ハル論序説

 岡和田晃

―――――――――――――――――――――――――

 かつてゲームブックは、1980年代を代表する新文化の一つとして広く認識されてきた。
 再録記事「こんなに楽しいゲームブックの世界」のように、アルバイト情報誌においてゲームブックに関する記事が掲載されたことからみても、当時はゲームブックという形式が社会に大きなインパクトを与えていたことがわかるだろう。

 ゲームブックには、今まであまりゲームに馴染んでこなかった方々へゲーム的な思考法の醍醐味を知ってもらえるという、「本」の形式を活かした独特の強みがあり、あるいは「本」という形式と「ゲーム」の持つ双方向性をハイブリッドすることで、まったく新たな表現が生まれるという楽しみもある。

 そもそもモダニズムを経由した20世紀文学は、さまざまな方法的な実験を為してきている。「こんなに楽しいゲームブックの世界」でフーゴ・ハルが取り上げた『時間割』は、「ヌーヴォー・ロマン」と呼ばれる革新的な文学作品群の代表作として知られている。また『石蹴り遊び』など、ラテンアメリカ文学の興隆は、「ヌーヴォー・ロマン」を始めとした実験文学の影響を強く受けたものであるといえよう。
 特に、モダニズムによって屋台骨が形づくられたミステリの分野では、殺人事件の現場に遺された手がかりを読者が実際に手にして捜査が可能なデニス・ホイートリーの『マイアミ沖殺人事件』に見られるように、ゲームブック的な方法論の可能性が模索されてきた。「こんなに楽しいゲームブックの世界」が発表されたまさにその年、日本推理作家協会の編纂になる『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』所収の「推理小説・一九八五」(二上洋一)内において、ゲームブックが評論の対象となっている。この場を借りて紹介してみたい。


 さて、1985年のミステリー界の状況である。
 推理小説のジャンルが拡がったことは、既にここ数年いわれ続けてきたことである。また、推理小説がブームの形で定着し、出版点数の増加と、大衆小説誌の柱として認められることになってからも久しい。この状況は、この年も続いた。
 しかし、読者の側には、気になる変化が生まれ始めた。
 まず、アドヴェンチャー・ゲームブックである。
 年少読者をターゲットにしたものは、冒険活劇や、ファンタジー風の物語が多く、問題にはならないかも知れないが、謎解きゲームブックの「シャーロックホームズ10の怪事件」となると、そう簡単なものではない。
 ロンドンの地図やら、住所録があり、実際に事件の現場に立ち合い、真相を推理していく過程は、ストーリー作りに読者も参加しているという満足感を味わわせてくれるものである。
 ついで、パソコン、ファミコンのアドヴェンチャー・ゲームである。「ポートピア連続殺人事件」などは、思考錯誤(原文ママ)をくり返しながら、意外な犯人に辿りつくという、ミステリーの本道に近い作品である。
 アドヴェンチャー・ゲームは、今のところ少年達の間の流行にとどまっているが、ファミコンのハードが六百万台を越えたといわれる現在、推理小説の市場に乱入してくる可能性が皆無とはいえない。
 質のよいアドヴェンチャー・ゲームが出ることによって、推理小説もまた、良質のものが生み出されれば、それに過ぎることはないのだが、変質を強いられたりすると、問題は小さくないと思われる。1986年の重大な課題であろう。

(『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』(日本推理作家協会編、講談社、一九八六年、四〇二〜四〇三頁))

 お気づきの方もいるだろうが、本文で評価されている『シャーロック・ホームズ10の怪事件』は、フーゴ・ハル氏が編集スタッフとして大きく関わった作品だ。ドイツ・ゲーム大賞(Spiel des Jahres)およびオリジンズ・アワードを受賞したボックス入りの原作ゲームを書籍形式とし、日本シャーロック・ホームズ大賞を受賞したことで知られる本作は、ロンドンの地図・新聞・住所録などの情報を駆使して読者がホームズその人と知恵比べが可能なギミック、ヴィクトリア朝イングランドの文化風俗を雰囲気たっぷりに再現したこともあり、ミステリの伝統においては『マイアミ沖殺人事件』の系統に属する作品と見ることができる。

 2011年現在、ミステリ作家がプロットを手がけたり、あるいは読者に推理を行なわせたりするゲームは、もはや珍しいものではなくなった。その意味で、ゲームは確実に推理小説を変質させているともいえるかもしれない。ゲームブック的な双方向性の原理がミステリに与える影響はますます大きくなり、1980年代よりもミステリと「ゲーム」の関わりは深まっている。しかしながら、80年代に書かれたミステリ・ゲームブックの傑作群――山口雅也の『13人目の探偵士』、岡嶋二人の『ツァラトゥストラの翼』など――のように、「本」という形式のうえでミステリとゲームを高いレベルで融合させた作品は、2012年1月現在、ほとんど見ないのもまた現実である。

 門倉直人は、「アナログゲームは、その統合感覚的で曖昧模糊とした(現状のデジタルとは全く異質な)強みをもっています。その人の心における非言語な影響力は計り知れません。とっても深いメディアです。」と述べたが(http://analoggamestudies.seesaa.net/article/171968188.html)、紙の本よりもデジタル・メディアでのゲームが低コストで制作できてしまうとも言われる現状において、ゲームブックのあり方を考えるためには、「本」であることの「曖昧模糊とした」意味が、改めて重要性を帯びてくるだろう。

 ゲームブック界のパイオニアであるフーゴ・ハルは、この「本であること」の意義について、最も深い実践的考察を重ねてきたゲームデザイナーの一人だ。
 ゲームブックを語るうえで「本であるべきか、それともゲームであるべきか」という問いかけは、時として「卵が先か、鶏が先か」という虚しい問いにもつながりかねない危険なものである。
 しかしながら、World Wide Webが私たちの生活の隅々にまで浸透し、電子書籍の可能性が積極的に模索されるようになった昨今、ゲームブックの根幹である「本であること」の意義を、改めて考え直す好機でもあるのではないか。

 それゆえ、いまいちどフーゴ・ハルの作品に向き合う必要がある。むろん思いつく限りでも、フーゴ・ハルはさまざまな顔を有した書き手だ。日本のアナログゲーム界を、その草創期から支え続けてきたこの「巨人」の活躍は、とても一言で語れるようなものではない。しかしながら、ゲームブックを語るうえで、フーゴ・ハルの固有名を外せないのもまた事実である。あらゆるゲームブック作家のなかで、おそらくフーゴ・ハルこそが、最も「本」であることにこだわったデザインを続けてきたからだ。

 フーゴ・ハル。ダダイズムの芸術家フーゴ・バルに由来する名を持つ、「国籍不詳」の謎の作家。ハリー・リンド、奥谷春雨・奥谷晴彦・奥谷道草などの多様な名義を駆使し、日々「暗躍」を続けている。
 現在、フーゴ・ハルを知る者の多くは、J・H・ブレナンの人気ゲームブックシリーズ『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)シリーズを彩ったゴシック風の挿絵を通して彼の作品と出会ったのではないかと思う。その『グレイル・クエスト』シリーズや『ドラキュラ城の血闘』などのゲームブック作品は、近年創土社から復刊されている。フーゴ・ハルによる、美麗な表紙画も大きな魅力だ。
暗黒城の魔術師―グレイルクエスト〈01〉 (Adventure Game Novel) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 真崎 義博, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラゴンの洞窟―グレイルクエスト〈02〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); フーゴ ハル (監修); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅 (翻訳); 創土社 (刊)魔界の地下迷宮―グレイルクエスト〈03〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 日向 禅, フーゴハル (翻訳); 創土社 (刊)七つの奇怪群島―グレイルクエスト〈04〉 (Adventure Game Novel グレイルクエスト 4) [単行本] / J.ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅, フーゴ ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラキュラ城の血闘 (ADVENTURE GAME NOVEL) [単行本] / ハービー・ブレナン (著); 高橋 聡, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)

 その他ゲームブック関連では、編集スタッフとして関わった『シャーロック・ホームズ10の怪事件』、『シャーロック・ホームズ 呪われた館』、『シャーロック・ホームズ 死者からの館』などのホームズ・シリーズ(二見書房)、映画とは一味違ったオリジナル・ストーリーでありながら、ゲームブックのあらゆる技巧を駆使し、巻末にはボードゲームまでつけてしまったという『グーニーズ』(二見書房)が知られているが、なんといっても奇書『魔城の迷宮』(二見文庫)は忘れがたい。
 パズル作家としては奥谷晴彦名義を用い、「テレビ・ブロス」誌(九州版、東京ニュース通信社)や「お絵かきパズルランド」誌(白夜書房)での連載、『マジカル3Dパズル――奇想天外150問』(奥谷道草名義、二見文庫)といった作品群を残している。また、パズルという領域にはとらわれないユニークな文業として、「R・P・G」誌(国際通信社)で連載していた、パラグラフ・ジャンプ式の小説ともいうべき「フーゴ・ハルの虚しい口」が印象深い。『迷宮キングダム』のサプリメント「迷宮クロニクル」Vol.7(イエローサブマリン)では(『魔城の迷宮』の後日譚にあたる)小説「ルドスの末裔」といった仕事をなしている。最近では、「Role&Roll」誌(アークライト/新紀元社)で連載中のパズル・エッセイ「ドナドナ鍋」が好評を集めているが、その設問の奇抜さは一見の価値ありだ。
 ボードゲーム作家としてはホビーベース・イエローサブマリンのレーベル「Yellow Hall Collection」にて『hydra』『たぶらか』『POTATOでチョ!』『ALL THE KING'S MEN』『バロンポテトの晩餐会』といった作品を発表。近年では、建築士と『大聖堂』を、金融ウーマンと『シャーク』をといったように、その道の専門家と関係したボードゲームをプレイする「等身大のゲーム」というコラムを「GAME LINK」誌(アークライト)で連載している。
 また、いわば「プロの散歩者」として各種コラムを寄稿。近年は「散歩の達人」誌(交通新聞社)に「グルメの迷宮」を連載している。

 このようにフーゴ・ハルの活動を概観してみたが(*)、やはり近年のフーゴ・ハルの仕事のうち、ゲームブック作家としての個性が最も意欲的な形で表出されているのは『モービィ・リップからの脱出』、『虹河の大冒険』の2冊(ともに新紀元社)に尽きるだろう。これらは、会話型RPG(TRPG)『迷宮キングダム』の世界観をベースにしているため、『迷宮キングダム』の入門用としても活用することが可能だ。しかし単にRPGをゲームブックに落としたものとは異なり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は新たな試みが多数、盛り込まれている。つまり「ゲームブック」ならぬ「ブックゲーム」として、通常のゲームブックよりも「本」であることに、より重きを置いたつくりになっているのだ。
 これらの作品は、それぞれ独立したアドベンチャーとして楽しむことができるものの、ある程度共通した設計思想、ひとつのシリーズとしてみてもかまわないような仕組みを持っている。そこで、『モービィ・リップからの脱出』や、刊行されたばかりの『虹河の大冒険』の特徴を詳しく見ていきたい。
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)


▼『モービィ・リップからの脱出』『虹河の大冒険』の特徴


●1:表紙から冒険は始まっている!

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』の表紙には……。


 ・どんな冒険が待ち受けているのか慎重に調べてみる→25ページの一四へ
 ・とりあえず大冒険しちゃった事にして済ませておく→254ページの二三〇へ


 という選択肢が示されている(引用は『虹河の大冒険』より)。思わぬ不意打ちに、読者はあっと驚くことだろうが、何よりも素晴しいのは、この本が間違いなく「ゲームブック」であると、表紙の段階から全力で主張していることだ。表紙の段階からすでに「ゲーム」になっていることは、「本を手にとって開く」というプロセスに、一種の魔力を付与している。仕掛け絵本のようなワクワク感も備わっている。また、主人公が「君であって君ではない」ギミックも秀逸。


●2:「本」とゲームシステムが一体化

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、サイコロやキャラクターシートを使用しない。ゲームシステムやツールと「本」そのものが一体化しているからだ。これまでのゲームブックの多くは、シートやサイコロを使って数値管理や判定を行なうものが大半だった。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、アイテムが手に入ったり仲間が増えたりすることによるステータスの変動は、該当のページに折り目を付けることで処理を行なう。
 もちろんゲームブックらしく戦闘も用意されているが、基本的に読者がある数字を思い浮かべ、それによって戦闘結果が変動するようになっているので、サイコロは使用せずに済む。さらに言えば、この戦闘法ならではの「コツ」も用意されている!
 肝心のヒット・ポイント管理は、該当する数値の箇所にしおりを差し挟むことで処理をするので参照も簡単、煩雑さはまったくない。何よりこのシステムには、仕掛け絵本とゲームが融合したような面白さがある。そのうえで、通勤電車などの移動中に『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』をプレイすることも可能なのだ! 筆者はこれまで、ゲームブックを遊ぶ際には机に方眼紙とパラグラフ経過をメモする紙とサイコロを用意し、「遊ぶぞ!」と念を入れてからプレイしていたが、これならより気軽にゲームブックに親しむことができる。
 

●3:パラグラフとマップの融合

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、パラグラフ数では『モービィ・リップからの脱出』が270、『虹河の大冒険』が230パラグラフとなっている。ゲームブックの代表的シリーズである『ファイティング・ファンタジー』シリーズが平均400パラグラフで構成されているところからみると、やや物足りなく思われる向きもあるかもしれない。しかしながら、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は縦長の新書サイズ(256ページ)という様式を活かし、紙面を上下に分割することで、パラグラフ数から考えると信じられないほどの奥行きをもたらすことに成功している。

 『モービィ・リップからの脱出』では白鯨の体内から脱出する過程が、『虹河の大冒険』では小鬼たちを襲った脅威の原因を探るため虹河を遡って源流へと向かう過程が、それぞれマップとして提示されている。ゲームブックにおけるダンジョン探索や野外探検は、読者が方眼紙などを片手にマッピングを行なうことが前提とされている作品が大半だ。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、本文上部に舞台のマップが迷路を描いた絵本のような形で提示され、それを辿ることで冒険を進めていくことで、マッピングの手間が省かれている。かといってただの迷路絵本のように地図を辿って終わりというわけではなく、イベントの発生する箇所が指定され、そこから特定のパラグラフへジャンプすることで、マップとパラグラフ選択がうまくドッキングされているのだ。さらに、迷路がページ単位で細分化されているのを利用して、時折前のページのマップに戻ろうとすると、別ページに戻されてしまい、道筋が変化するという仕掛けまでもが施されている。

 『モービィ・リップからの脱出』では、迷路が白鯨の体内であるため、身体の各部位に関係したイベントが設定されている。さらには、途中でワープゾーンを駆使したマップがすら用意されている。『虹河の大冒険』では、7色よりなる「虹河」が舞台となっているため、オレンジ・黄色・緑……。と、河の色が移り変わるごとに、雰囲気の異なる7種類の世界を冒険することが可能だ。こうした工夫によってマッピングの手間が省かれるとともに、迷路絵本とパラグラフ・ジャンプが合体した新感覚の読書体験を得ることができる。『虹色の大冒険』にいたっては、より手軽に冒険ができるようにと「休憩セクション」が設けられている。これも、単なるセーヴ・ポイントではわけではなく、きちんと物語世界に関係した仕掛けが施されている。


●4:洗練された贅沢なユーモア

 「ピップ、ピップ、ピップ!」という呼びかけでお馴染みの『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)をお読みの方なら、そのモンティ・パイソン流ともいうべき、英国風ユーモアのセンスに脱帽したことだろう。このアイリッシュ・モルトのようなユーモアは、グレイル・クエストの作者であるJ・H・ブレナンのみならず、挿絵と翻訳作業にたずさわったフーゴ・ハルも多分に持ち合わせているものであり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』でも顕在だ。監修と解説を担当した河嶋陶一朗曰く「脱力系ギャグ」。だが、ボケのセンスは一級品で、読み手をやるせない気分へ誘ったり、煙に巻いたりするのはまだまだ序の口。ユーモアの中に、こっそり冒険のヒントを入れ込んだりもするのだから油断できない。

 まだフーゴ・ハルのユーモアへ触れたことがない方へ、私が好きなユーモアを一つ挙げるとしたら、やはり『モービィ・リップからの脱出』のパラグラフ「一」になるだろうか。なんとなく『不思議の国のアリス』の冒頭部を思わせるこの「超展開」、ゲームブックならではの「振り回されている感」が堪能できるのだ。単にユーモアが羅列されているのではなく、このユーモアは世界観やゲーム・システムとの関わりを持つことで、「本」のページを繰る喜びをいっそう増幅させてくれる仕掛けになっている。かつて刊行されたゲームブックの中には、「読み物」としての意識が低い作品も少なくなかったが、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、何よりもまず「読み物」としてのサービス性精神に溢れた書物となっているのだ。


●5:間テクスト性

 文芸批評の概念に「間テクスト性」というものがある。もともと批評家のジュリア・クリステヴァが提唱したこの概念には、さまざまな解釈が寄せられてきた。だが、ごく簡単に私見を述べれば「あるテクスト、すなわち『本』は、それ自体が単独で存在しているわけではない」というのがその要諦であろう。
 しかるべき文脈の内に置かれてはじめて、テクストは存在することを許される。あらゆるテクストは、何かしら別のテクストの影響下にあり、濃密な関連性を有している。その関連性を解きほぐし、読書の快楽を増幅させるために用いられるのが「間テクスト性」という用語だったのではないかと思うのだ。
 たとえば『アルテウスの復讐』『ミノス王の宮廷』『冒険者の帰還』の「ギリシア神話アドベンチャーゲーム三部作」は、ホメロスの『オデュッセイア』などの叙事詩や悲劇と密接な連関性を持ち、とりわけ『冒険者の帰還』においては、『オデュッセイア』の読み替えともいうべき、驚くべき離れ業を見せていた。これらの作品で描かれていた事象が、神話や叙事詩といかなる関係を有していたのかを踏み込んで考えるためには、「間テクスト性」にまつわる言説が役に立つだろう。

 そもそも背景世界として採用された『迷宮キングダム』自体が、映画やゲームなどのパロディやオマージュが豊富に盛り込まれた作品ということもあり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』にも、いかなる「間テクスト性」があるのかと、読者の分析欲を誘発させるような小ネタがたっぷりと盛り込まれている。
 膨大な量になるので『虹河の大冒険』に限ってみれば……。

 ・〈バナナフィッシュ号〉→サリンジャーの短編小説「バナナフィッシュにうってつけの日々」より。
 ・デパート・デ・ニトロ王→『タクシードライバー』などで知られるアメリカの俳優ロバート・デ・ニーロより。
 ・「荷馬車に乗った」ガイラと「冬の海辺で岩投げる」サンダ→映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』より。
 ・青い河一帯に暮らすスキアポデス人→プリニウスの『博物誌』に登場する一本足人より。
 ・「人生は歩きまわる影法師、あわれな役者よ!」→シェイクスピアの戯曲『マクベス』第5幕5場の台詞より。


 ……などなど、盛りだくさんだ。よかったらどれだけのネタがあるか、探してみてほしい。
 もちろん、これらは単なるもじりであって、あまり鹿爪らしく分析するほど御大層なものではないかもしれない。しかし、仮にもじりに終わるものだとしても、単なるもじりのレベルに留まらない可能性は、常に残されているのではなかろうか。『モービィ・リップからの脱出』というタイトルは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』が下敷きになっている。『白鯨』は、近代文学最大の謎の一つとして、時代とともにさまざまな解釈を読む者に与えてきた。冒険の舞台たる白鯨からの脱出ルートはいくつか残されているが、そのことの意味を、少し考えてみてはいかがだろうか。『モービィ・リップからの脱出』のラスト付近で、読者はエイブルハム船長の秘密に直面した読者は、タイトルに絡められた「ひっかけ」の悲哀を感じとることだろう。
 また、『虹河の大冒険』のクライマックスでは、読者は狂気の画家「ヒューゴ・ヘル」と対峙することになる。「ヒューゴ・ヘル」は、パブロ・ピカソの『ゲルニカ』のモチーフにしたと思しき地獄絵『ヘルニカ』を、おぞましいやり方で描き上げていた。憎悪に満ちた『ヘルニカ』を退けるため、読者は通常の読書にあたっては、まず行なうことのない大掛かりな操作を「本」そのものに加えねばならないのだ……。その後、『ヘルニカ』が本来どのような絵画であったのかを知った時、読者は「サクーシャ神」の意図を知り、にっこりと微笑むことになるだろう。

 ところで、ここでいったん、フーゴ・ハルの代表作『魔城の迷宮』へ目を向けてみよう。
 『魔城の迷宮』は、14世紀アラブの商人ハーマン・オクトーネの旅行記『東方の神秘』に記されていたという、タクラマカン砂漠に聳え立つ壮大な都市「ルドス」の姿を――数百枚ものペン画を費やし――見事「本という形のゲーム」という様式にて現前させたものだった。
 なぜ、このような様式が必要だったのか。「信濃毎日新聞」1989年4月12日号に、『魔城の迷宮』についての書評が掲載されている。評者の近藤功司は『魔城の迷宮』を文芸的なストーリー・ゲームとしてとらえ、「魅力的なストーリーを用意し、それを表現・演出するためにゲームを使ったもの」と論じている。つまり近藤功司は「ブックゲーム」の狙いを、鋭く見抜いていたのだ。
 20世紀イタリアの作家イタロ・カルヴィーノに、マルコ・ポーロがフビライ・ハンに架空の都市について話して聞かせる『見えない都市』という小説作品がある。文芸的なストーリーゲームとしては、『魔城の迷宮』は、『見えない都市』のヴィジュアル化ともいうべき作品になるだろうが、それに留まらない魅力と遊び心を兼ね備えている。『魔城の迷宮』の舞台である架空都市「ルドス」は、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』に登場する遊びの分類(ルドゥース、努力や技倆によって目標へ到達する遊び)に由来しているが、これほど迷宮を彷徨う愉悦を端的に表した言葉もないだろう。カルヴィーノの達成を下敷きにしつつ、ゲームならではの眩惑的スタイルをもって「架空の都市」を描出すること。それが『魔城の迷宮』という「テクストの冒険」なのかもしれない。
 そして『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』もまた――『魔城の迷宮』の系譜に連なる――めくるめく書物(テクスト)の迷宮へ誘う「間テクスト性」に満ちた作品であるのは間違いない。冒険を楽しんだ後は、作中に出てきた別の本を紐解き、さらなる「テクストの冒険」に乗り出すというのはいかがだろう?
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)

●終わりに

 以上、最新型のゲームブックとして『モービィ・リップからの脱出』および『虹河の大冒険』の特色、すなわち「ブックゲーム」の新しさを簡単ながら紹介してきた。
 アナログゲームは、デジタルゲームのように目に見えるインターフェースの進歩が見られないため、どのように進歩しているのかが見えづらい。ルドロジー(ゲーム学)的な考え方では、まず、パズルとゲームを区分するが、フーゴ・ハルの試みを「ゲーム」という双方向性を基軸とした観点で考えれば、彼が行なってきた試行錯誤は、「本」と読者の新鮮で幸福な関係を模索するものだったといえるのではないか。
 ぜひ、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』に触れ、ゲームブックのニューウェーヴを体感していただきたい。それとともに「本」と「ゲーム」のよりよい関係について、いまいちど、考えを巡らせていただけたら幸甚だ。

 近年、ショーン・タンの『アライバル』や、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』などの“文字のない絵本”が注目を集めている。これらの“文字のない絵本”はもまた、フーゴ・ハルのいう「ブックゲーム」、すなわち古くて新しい「ゲームブック」の範疇に含まれるだろう。フーゴ・ハルには『羊とともに眠る本』(ブライアン・ログウッド名義、二見書房)という共同制作作品もあるのだが、日本におけるアナログゲームの黎明期から「ゲームブックとは何か」を一貫して実践的に考えぬいてきたフーゴ・ハルは、常に「ゲームブック」の原理を見つめ、その数歩先を幻視していたのではなかろうか。
 ミステリ作家の泡坂妻夫は記述内容と「本」そのものが同時に入れ子構造を為している『しあわせの書』、袋とじを閉じたままで読むと短編として読め、袋とじを開くと長篇が現前する『生者と死者』など、超絶技巧を駆使して「読書行為」そのものを思考実験とした。実際、国産ミステリの文脈においてフーゴ・ハルの仕事は、泡坂妻夫作品の流れで読み直すことも可能であろう。
 今後もAnalog Game Studiesでは、フーゴ・ハルの仕事を紹介していきながら、ゲームと文学のよりよい関係について、考えを深めていきたいと考えている。ご期待いただきたい。「本」があり、それを読む者がいる限り、ゲームブック作家・フーゴ・ハルの冒険は終わらないのだ。
 最後に、フーゴ・ハル氏から今回の特集にあたって、コメントをいただいたのでご紹介し、締めの言葉に替えさせていただこう。

 ささやかな実験読書的な快楽を忍ばせた自作ゲームブックの数々が、何らかの意義を持ち得るとすれば、それは、作者に帰因する以上に、フーゴ・ハルを再発見したAGSの諸氏、および我が国のゲーム文化の熟成に負う所が大きい。
 時代と、時代の招いた思慮深い遊び手たちに感謝する次第である。――HUGO HALL

―――――――――――――――――――――――――

(*)むろんフーゴ・ハル氏の仕事の幅は、この範囲に留まらない。詳しくは氏のホームページの「プロフィール」を参照。その驚くべき経歴の一端を知ることができる。

※『マイアミ沖殺人事件』をご教示いただいたミステリ作家・評論家・翻訳家の小森健太朗さま、そして「推理小説・一九八五」についてご教示いただいた渡邊利道さま(第7回日本SF評論賞優秀賞)に、この場を借りて感謝します。

※2011/01/16 一部修正、および再修正(読者からのご指摘をいただきました、感謝します)。

posted by AGS at 02:56| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。