2022年09月06日

児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる『名もなき村を越えて』リプレイ

 2022年8月29日の「FT新聞」に、齊藤(羽生)飛鳥さんによる、「無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜名もなき村を越えて〜」のリプレイが掲載されました。

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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.14
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このたび、九月中旬にPHP研究所から羽生飛鳥名義で『『吾妻鏡』に見るここがヘンだよ!鎌倉武士(仮)』を刊行することとなりました。
小説ではなく、著者初の歴史うんちく本です。タイトルでおわかりのとおり、鎌倉武士達を中心に、『吾妻鏡』に登場する面白人間達総勢50人を紹介した本です。
T&Tの世界に転生してきても、たくましく生き延びられるような愉快な人々が満載です!
……と、わたくしごとはここまでにして、今回も翠蓮とシックス・パックの冒険です。
前回の冒険をすんでのところでしくじった二人組ですが、今回の冒険はどうなることやら……。
ちなみに、今回のキャラクターで気に入ったのは、タクシー運転手のウカです。
眼帯タクシー運転手、そしてボスキャラの犬とは、一人でいくつ属性を背負っているんでしょうか。とても想像がはかどって、勝手に個性を膨らませてしまいました^^
ちょっと登場するだけのキャラクター達にも味があるのが、T&Tソロアドベンチャーの魅力の一つですね♪


※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『名もなき村を越えて』リプレイ
 『〈屈強なる〉翠蓮とシックス・パックの名もなき村を越えて』

著:齊藤飛鳥
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0.屈強なる開幕

あたしの名前は〈屈強なる〉翠蓮。
前回の冒険で金髪に染めた髪が元に戻って来たせいでプリンみたいな頭になっている、ロリ体形がチャーミングな18歳の人間の戦士ヨ。
旅の相棒は、アルコール漬け岩悪魔のシックス・パック。
いずれ〈トロールワールド〉の恋愛要素皆無の美女と野獣コンビとして知られる予定の冒険者ネ。
前回の冒険で盛大にしくじったあたしらは、イーグル大陸のゾルに漂着したけれど、そこから酒と涙と汗と涎なくして語れない冒険をして、しくじった冒険のリベンジとばかりに、目的地だったダークスモーク島にやって来たところヨ。
「おい、翠蓮。おめえ、時々あらぬ方向に向かって自己紹介してねえか?」
「気にするな、シックス・パック。単なるお約束ってやつネ」
あたしは、屋台の黒ビールを大ジョッキであおっているシックス・パックに返事をしてやった。
「しかし、前の冒険のリベンジだと勢いこんでダークスモーク島に来たものの、冷静に考えてみりゃ、今さら果たせなかった依頼をできるわけもねえ。新しい冒険を探さなくちゃな」
「今さら気がついたのカ、おまえは」
ここ最近、買い物できる場所に着くまでは、ランプのアルコールすら飲ませる節約冒険ライフだったから、シックス・パックの知性度があたしよりも怪しくなっていたようだ。
この飲んだくれ岩悪魔は、酒さえたっぷり飲ませていればそこそこ頭も切れるし腕も立つ奴なのだが、酒が切れるとたちまち役立たずを通り越して襲いかかってくる、厄介者でもあるネ。
でも、あたしらはお互いに利用し合う麗しい関係ってことで納得づくだから別にいいサ。
「何だ、翠蓮。その使い古した便所スリッパを見るような目は? 俺様より知性度が低いくせに、俺様の知性を疑っているのか?」
そう言ってから、シックス・パックは、ダークスモーク島をおおっていた青みがかった霧について、うんちくを語り出したネ。
「それはさておき、シックス・パック。今度の冒険はどうするヨ」
「せっかく俺様がそらで語ったコフラディウムの講義をさておくなよ! とは言え、早く冒険して一稼ぎしてたっぷり酒を飲みてえのは事実……」
「悩んでいる時間がもったいないから、波止場で情報収集するネ」
「賛成。何で早くそのことに気づかなかったんだろう?」
「おまえが今の今まで、波止場の屋台で黒ビールをあおっていたからヨ」
こうしてあたしらは、屋台の親父に別れを告げて情報収集を開始したネ。


1.屈強なる波止場

波止場には、ゾラグ男爵のガレー船が停泊し、転移門経由でジンド大陸と〈トロールワールド〉を行き来している命知らずの船員達がうろついていたヨ。
「ダークスモークに気に入られて煩わされたら厄介だが、この辺りで手に入る麻薬“ダークスモークの喜び”の価値は、危険を補って余りあるよな」
「だよな。“漆黒の鷲”子爵は、どうやってか大量に手に入れて売りさばいているから、笑いが止まらないってよ。羨ましい話だぜ」
波止場を行き交う通行人達の会話を耳にして情報収集していると、シックス・パックが鷹と百合の紋章が掲げられたガレー船に中指を立てていたネ。
こいつの反社会的奇行は、日常茶飯事。鼻くそを船体になすりつけていないだけマシだから、ここはスルーしてやるヨ。
波止場にはえらく似つかわしくない、ダルセン公爵の旗が上がっている要塞めいた建物を見つけたネ。
「こうして見ると、冒険のネタを持っていそうな連中がそろいまくった波止場サ」
「そうだな。で、どこへ行ってみる? 言っとくがまた“ダークスモークの喜び”に関わるのはごめんだぜ。あれに関わったおかげで、俺様達がえらい目にあったんだからよ」
「だったら、さっきおまえが中指立てていたガレー船に行ってみるカ?」
「ああいうお上品ぶった連中とは関わるのは、虫唾が走る!」
「そんなこと言って、本当は怖いだけカ?」
「違う! よし、いっちょ行ってやろうじゃねえか!」
こうして話がまとまったところで、あたしらはゾラグ男爵のガレー船へ向かったヨ。


2.屈強なる依頼人

ゾラグ男爵はモーベロス家のカイシールに仕えているお貴族様で、傍らにはカイシールの姪にあたるダイアラがいたネ。
深窓の令嬢な見た目に反して、強情っぱりで凄腕の剣士って評判らしいヨ。
だけど、ダークスモークのダンジョンに挑戦したら、魔術の罠にかかって囚われの身になってしまったとか。
「ダロウズ・エンドの魔女のアシュヴィラに助けてもらわなければ、今頃どうなっていたか……」
「嬢ちゃんもアシュヴィラに助けてもらったネ。あたしらもヨ」
思いがけず共通の知人の名前が出てきたので、一気に話が弾んだ。
「アシュヴィラにせっかくダンジョンから助けてもらったのに、佩いていた野太刀を失くすは、名もなき村の〈七つの呪い〉亭で祝杯を上げたら、ダンジョンの出入り口の記憶を失くすは、自分が情けない……」
「気にしないネ。酒を飲めば誰だってそうなるものヨ」
あたしはさっきから会話に参加せず、虫唾が走った顔のままゾラグ男爵を見ている飲んだくれ岩悪魔をちらりと見た。
「あの野太刀は、モーベロスの家紋、すなわち鷲と百合の紋章があしらわれている貴重なものです。あれを持ち帰らないと、ご先祖さまに申し訳が立たない……」
「わかった。あたしらが嬢ちゃんの野太刀を探しに行ってくるネ。シックス・パックもそれでいいナ?」
「おうともよ、相棒。で、男爵さんよ。あんた、いくら報酬をはずめるんだ?」
ここから、交渉開始。
男爵とダイアラは二週間、波止場で待ってくれているから、その間に野太刀を持ち帰れば、お礼に3000gpの報酬をくれると決まったヨ。
話がまとまると、あたしらは波止場に戻ってさっそく“タクシー”の運転手に交渉し始めた。
“タクシー”は牛車で、この島唯一の集落である名もなき村と波止場をつないでくれている。
運転手は、ウカと呼ばれる隻眼のいぶし銀で、やたらと存在感のあるナイスミドルだったヨ。
「タクシーに乗りたい? 嬢ちゃん達、料金は一人50gpだが払えるのか?」
「払えるネ。ここへ来るまでに散っていった仲間達の血と涙が染みついた財布に入った金貨を今こそ使う時が来たナ、シックス・パック」
「おう、そうだな。あいつらもこんなイケている“タクシー”に乗るために生涯かけて貯めた金を使われて幸せだろうよ」
「……一人20gpにまけてやるから、とっとと乗りやがれ、てめえら」
目頭を押さえて天を仰ぐウカに促され、あたしらはアドリブにしてはうまく値切ることができたことに満足しながら、座席でこっそりとグータッチしたネ。


3.屈強なる酒場

“タクシー”の移動は快適で、島で唯一の集落である、名もなき村に安全に到着できたヨ。
ウカに礼を言うと、「てめえらはせいぜい長生きしていきやがれ」と捨て台詞を吐いて去っていったサ。
「あいつ、何だかんだでいい奴だったな」
「きっと帰り道に小銭を拾うとか、いいことに出会えるネ」
あたしらはそう言いながら、村を一望したヨ。
前方には渦森という名の暗い森が広がっている。ダークスモークのダンジョンは、その森を抜けた先にあるようだ。
初めて来た村なのに、なんであたしらが知っているかと言うと、ウカの“タクシー”の中に置いていた「ご自由にお取り下さい」という村のパンフレットをもらってきたからネ。
「このパンフレットによると、『木造・石造りのクラシカルな建物が点在している閑静な村です。ダークスモークのダンジョンへ赴いた者の多くが帰って来ないか、戻ってきても狂気に陥ってしまっているからみすぼらしいし活気づいていない印象を受けるかもしれないけど、あくまでもうちは閑静な村です』だとよ」
「言葉を選びまくったパンフレットだネ。他にめぼしいこと書いてない?」
「『村に唯一の酒場〈七つの呪い〉亭は、アップルブランデーとピーチブランデー、蜂蜜酒が名物! 寡黙な男主人のプーカスさんが出迎えてくれますよ』とある。ほら、ここだ」
「パンフレット読み上げるふりをして、まんまと酒場に誘導しやがったヨ!」
あたしのツッコミも何のその、シックス・パックはスキップして〈七つの呪い〉亭へ入っていく。
「ひゃあ、アップルブランデーに、ピーチブランデー、そして蜂蜜酒! ここは甘ったるい酒がうまい店だにゃあ、はらほろひれはれ……。よーし、つぎはエールだあっ!」
わかってはいたけど、酒場のカウンターにフェードインした途端、シックス・パックは勝手に酒を飲み始めやがったネ。
果たして、プーカスがこの傍若無人飲んだくれアル中岩悪魔を目の当たりにした感想は? あたしは、気になって寡黙な酒場の主人ことプーカスを見てみたヨ。
……すごい。眉一つ動かさないし、冷静に空き瓶を数えて勘定をしているネ。
もう、寡黙とか冷静とかぶっきらぼうの領域を通り越して、無関心の領域ヨ。虚無すら感じるサ。
あたしは酒に夢中のシックス・パックの財布から5gpを抜き取ってから、自分の財布から出した5gpと一緒にプーカスに払ったヨ。
そして、一息ついてからエール酒を注文し、酒場の他の客の様子を観察したネ。
ダークスモーク島に来る連中なだけあって、みんな一癖も二癖もありそうな奴らばかりヨ。
“ダークスモークの喜び”を扱う商人もいるけど、こいつもあきらかにタダモノじゃない気配がプンプンしているネ。
あーぁ。絶対に“ダークスモークの喜び”には関わりたくないと思っていたのに、どっちにしろ関わる運命にあるみたいヨ。
覚悟を決めて、あたしは“ダークスモークの喜び”について訊ねてみることにしたネ。
「おぢさん、さっきから“ダークスモークの喜び”って言葉を何度も話しているけど、どんな喜びサ?」
エール酒片手に小首を傾げながら質問するロリ体形の美少女戦士に話しかけられ、返事をしない男はごく少数派ヨ。
「“ダークスモークの喜び”はカイワ草の別名なんだ。ただし、カイワ草は、緑色の苔のようで脂がかって見えるため、コレーラという接触毒によく似ているんだ」
商人の説明が終わったと思ったら、隣に座っていた商人その2まで説明してきた。
「カイワ草をいぶせばトリップでき、2時間の間、目につくものをランダムに《念動》の呪文を5レベルで使ったのと同じ効果を発揮できるんだ。わかりやすく言えば、6メートル以内で、君たちが持ち運べる重さの2倍までの無生物を、視線内のどこかへ瞬間移動できるんだ」
今度こそ説明が終わったと思ったら、商人その2の脇から、新手の商人その3が現れたヨ!
「知られている限り、ダークスモーク・ダンジョンにのみ自生しているが、迷宮探検家の乱獲に業を煮やした魔術師が、持ち帰る者から取り上げているそうだ」
ほー、さよカ。
これで説明終了かと思いきや、あたしの背後から新手の商人その4が耳元でこっそりとこうささやいたネ。
「タクシー屋のウカには気をつけろ。あいつはイヌなんだ」
思った以上に饒舌な商人達にお礼を言ってから、あたしは自分の席へ戻ろうとして、目つきの危険そうな魔術師が酒場の隅の席に座っていることに気がついたヨ。
あたしは、こいつにも話を訊いてみることにしたネ。
「あー、もしもし。そこの魔術師さん?」
あたしが声をかけても、狂った眼差しの魔術師はぶつぶつ呟きながら杯を傾けて、何やらぶつぶつ呟いていたヨ。
しかも、記憶を失った戦士が言葉を被せてくる。
どちらも言っていることがわけがわからないけど、世界の秘密の一端に触れたような気がしたネ。あたしは思わず持っていたエール酒をあおったヨ。
ふう、うまいネ。
こうして必要な情報を得られたところで、あたしはまだ酒を飲もうとするシックス・パックを引きずって酒場を後にしたヨ。


4.屈強なる集落

〈七つの呪い〉亭を出ると、お向かいにハイプリックス食料品店があったので、さっそくそちらへ赴いたネ。
パンフレットには「ハイプリックス食品店は、品揃え豊富! しっかり者の店主ハイプリックス・バゴットが経営しています」と書いてあったけど、扉を開けて見えたのは、いかにも吝嗇家って気配が溢れかえっている店主だったヨ。
さっきからこのパンフレット、言葉を選びまくっているサ。
冒険必需品が定価の5倍で売っていると知った時には、店の壁に「ぼったくり商店のぼったくり店主、昇天」という落書きと天使のわっかのついた棒人間を書きこんでやろうかと真剣に検討しかけたネ。
だけど、大金を支払えば呪いのアイテムにかかった呪いを《厄払い》の巻物で解呪してくれるし、干し肉で作られて、いざという時には食糧にもなる優れモノのビーフ・ジャーキンを取り扱っているので、思いとどまったヨ。
「ここではまだ買う物はないようだな」
シックス・パックがそう言ったのを合図に、あたしも食料品店を後にした。
次に行くことにしたのは、ティントン・ティリーの宝石店ネ。
理由は簡単。
食料品店に近いから。
宝石店の扉を開けると、ぽっちゃりとした店主のティントン・ティリーが見えたネ。
直後、あたしは目をハートにしたシックス・パックという信じられないものを目撃したヨ!
全力で店主を口説き始めるシックス・パックに、あたしは茫然とするしかなかったネ。
酒好き飲んだくれ岩悪魔が、人間の女性に興味を持つなんて……。
しかも、ぽっちゃり豊満陽気で小悪魔系の美女が好みだなんて……。
「おまえ、意外と女の趣味はまともだったのカ!」
「え、翠蓮? 何だよ、いきなり? あ、ティントン嬢。俺様が迷宮で見つかる最大の宝を楽しみにしていてくれ!」
シックス・パックは、今までに見たこともないくらい男前な表情で、ティントン・ティリーにウィンクする。
こんなうざい客にも笑顔を保てるとは、さすが店主ネ。
あたしは、意気揚々と店を後にする勘違い岩悪魔を追いかけ、彼女へ「うちのバカがすみませんねぇ」という顔で頭を下げてから店を出たヨ。


5.屈強なる“タクシー”

「麗しのティントン嬢に最大の宝を捧げるべく、ダークスモークの迷宮へいざゆかん!」
「おい。冒険の目的は、ダイアラ嬢ちゃんの落とし物を拾いに行くことヨ。ちゃんと覚えているネ?」
恋する男になったシックス・パックという世にも珍しい珍獣と連れ立って歩きながら、あたしらはウカの“タクシー”へ向かった。
「またおまえらか。どこへ行きたいんだ?」
「ちょっと待って。えーっと……」
確かダイアラは迷宮に閉じこめられ、アシュヴィラに助けてもらってやっと出られたと話していたネ。
すると、迷宮のわかりやすい場所にはいなかったことになるから……。
あたしの考えは、まとまった。
「ダークスモークのダンジョンの『知られざる別エリア』まで運んでほしいヨ」
「どこでその話を聴いた? こいつらはあのお方にとって脅威かもしれんな……」
「考え抜いた末の当てずっぽうの頼みネ。そこまで真剣に受け止めなくてもいいヨ」
何かきなくさくなりそうだったので、あたしは言いわけをしたけど、ウカは話もきかずにトレードマークの眼帯を外したネ。
そこにあったのは、つぶれた目ではなく、赤い宝石だったヨ!
「かっちょいー! マジで目に宝石が入っているぜ!」
「タクシー運転手にしてはやたら存在感あると思っていたら、やっぱりただ者じゃなかったネ!」
あたしらがはしゃいでいると、ウカが少し頬を赤らめてから、魔法の通信を始めたヨ。
「ええ。何と言うか……こう、骨があるというより、中身が濃いと言うか、こちらの予想をことごとくはずしてくると言うか、手に負えないと言うか……」
その通信が終わるか終わらないうちに、あたしらの前に突然人影が現れたネ!
「面白そうな連中だな。私の迷宮へご招待しよう……」
そう言い終えるか言い終えないうちに、人影は《あなたをどこかへ……》の呪文を唱えて、あたしらは……。


6.屈強なる第2層

……気がつくと、ダークスモークの迷宮の第2層にいたヨ。
「ここ、気味が悪いネ。鳥肌が立つヨ」
「妙だな。ここは物質界のはずなのに、奈落のようなニオイがするぜ」
「よくわからない時は、調べてみるに限るサ」
「それもそうだ」
あたしらは知性度を駆使して、今いる場所を調べてみたネ。
そこは、細長い通廊で左右に扉がついていたヨ。
「とりあえず、東の扉を開けてみるか」
シックス・パックが扉を開けると、時間が巻き戻るような感覚がしたネ。
そして、さほど広くない部屋に小さな祭壇が置かれていて、傍らには手首や足首、腰、額に謎めいた宝石を填められた裸の人物が鎮座していたネ。
それは、無事に迷宮から救出されたはずのダイアラだったヨ!
「ダイアラ嬢ちゃん、どうしてここに?」
「これはきっと、過去に迷宮にしかけられていた魔術の罠に囚われていた時のダイアラだ!」
シックス・パックが叫んだところで、ダイアラの周囲にあった様々な色の人影が、虹人間となって襲いかかってきたネ!
てなわけで、戦闘開始!
最初に襲いかかって来たのは、無駄に頑丈な緑色の虹人間。
次に襲いかかって来たのは、魅了をしかけてくる赤色の虹人間。
三番目に襲いかかって来たのは、器用度のSRにさえ成功すればノーダメージな青色の虹人間。
「なんて奴らだ……だんだんキャラが立って来やがったぜ!」
「これは、四番目のキャラも立ちまくりネ!」
あたしらにハードルを上げられた橙色の虹人間は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……わたしの攻撃、耐久度と幸運度を減らすだけなんで、キャラは薄いかと……」
「幸運度を減らす攻撃をしかけてくる奴のキャラのどこが薄いんだ!」
あたしとシックス・パックのツッコミと攻撃が決まって倒された時、橙色の虹人間は影だけで顔がないくせに、満足そうに微笑んでいるように見えたヨ。
すべての虹人間を倒し終えると、不思議なもので、いつのまにかダイアラの姿はどこにもなくなっていたネ。
「これは夢だったカ……?」
「そんなことより、祭壇の向こうに別の扉がある。行ってみようぜ、翠蓮」
シックス・パックが見つけた扉の前に、あたしらも駆けつけた。


7.屈強なる通廊

「せーの!」
「ドラー!」
あたしとシックス・パックが扉を蹴破ると、またもや通廊だったネ。
あたしらが出てきた扉のちょうど正面、南に扉が一つあったので、そこを開けてみることにしたヨ。
さっきの戦いで幸運度がけっこう減っていたので、知性度で扉を調べてみたら、運よく成功!
扉の向こうは、長方形の部屋だったネ。
中央には、4本腕の彫像と石造りの長椅子があって、植物が垂れ下がっているヨ。
そして、南には扉がある。
「いかにも何かありそうな彫像と長椅子だが、まずは南の扉を開けて先へ行ってみるか」
「賛成ネ」
今度の扉は素直だったので、あたしらが蹴破らなくてもすぐに開いた。
扉の先はL字型の通廊になっていて、折れ曲がる途中に不思議なシンボルがついた扉があったヨ。
その扉の前で何やら相談しているパーティーが見えたけれど、すぐに消えてしまったネ。
どうやら、今のは幻のようサ。
さらに進むと、綴れ織りで行き先が塞がれた上り階段が、階段を上らず直進した先にはまたL字型に折れ曲がった道があったネ。
「俺様、シンボルのついた扉なら行っていいが、階段や通路の先は絶対に行きたくねえ!」
「わかったヨ。では、シックス・パックの言うとおりにシンボルのついた扉を開けるネ」
シックス・パックは、自分の身が危険になることに関しては絶対に嘘をつかないと、これまで一緒に冒険してきてよく学習しているあたしは、いい子にシンボルのついた扉を開けてやった。
すると、えらく見覚えのあるタイタンが仁王立ちで扉の前で待ちかまえていたヨ!
「我はマニュマー、エフティラ次元界のタイタンなり。汝らは、我がタロットの試練を受けるか?」
「またおまえかよ! いいか、翠蓮。またトンチンカンな答えを言って冒険終了になっちまう前に、試練を放棄……」
「リベンジマッチのために来たカ、マニュマー! 試練、受けて立つネ!」
何かあたしの傍らでシックス・パックが「ノォォォー!」だか「ウオォォォー!」だか絶叫しているけど、関係なし!
今度こそ、タイタンの試練に合格してみせるサ!
「よかろう」
マニュマーは、あたしの前に巨大なタロットカードを渡した。それは見る見るうちにあたしにぴったりの手のひらサイズに変わったヨ。
カードを見ると、ピラミッドの絵が描かれていたネ。
「望むなら、一度のみ交換を許そう」
「大丈夫サ。ここはカードの巡り合わせに賭けるヨ!」
「おいぃぃー! 翠蓮、タロットカードにそんな絵柄はないぞ!? 本来の絵柄に交換しなくていいのかよ!」
シックス・パックの取り乱す声をバックに、あたしは試練を受けた。


8.屈強なる試練

たちまちカードから閃光がほとばしり、あたしはいいとして、試練に参加してないシックス・パックにまで光が覆って来たネ。
光が消え去ってから目を開けると、そこにはスタイル抜群のボディラインがくっきりとわかるように包帯を巻いた、マミーの美女が立っていたヨ!
「ハァイ、わたしはプリンセス・ルナ。あなたは?」
「〈屈強なる〉翠蓮。人間の戦士サ」
「すると、冒険者ね? だったら、魔力度かお金、お宝を捧げてくれたら、冒険の仲間になってあげなくてもなくてよ」
「ファビュラスな美女の恋人に誤解されそうなので、あんたみたいなセクシー美女を仲間にはできないネ」
「え? あなた、同性の恋人がいるの?」
そこで、あたしはかいつまんでジーナとのなれそめから現在に至るまでの関係をプリンセス・ルナに語ってやったサ。
「複数性愛主義なわたしだけど、同性の恋人はいなかったわ。まだまだわたしも青いってことね。いいわ、あなたと恋人に幸あれ!」
女子トークみたいなノリで会話した後、プリンセス・ルナは現れた時と同じように閃光と共に消え去っていったヨ。
「試練終了! 合格だ、翠蓮。褒美に多元宇宙の真理を一つ授けよう。『小ちゃい女の子と美女の組み合わせは眼福!』」
「おい、翠蓮! このタイタン、大声で自分の趣味を真理とか言い出してやべえ! とっととこの部屋を出ようぜ!」
自分でこの部屋以外入りたくないと言い張ったくせに、シックス・パックはあたしの手を引っぱって、元いた彫像と長椅子のある通廊に引き返していったヨ。


9.屈強なる長椅子

「あのタイタンと関わると、ろくなことにならねえな」
「何を言っているネ。今回はあたし、試練に勝ったヨ?」
「その代わり、知りたくもねえタイタンの趣味を知っちまって、こっちは気分悪い。おい、翠蓮。酒樽一個頼む。あそこの長椅子で休みながら飲んで、気分を直す」
「はいはい、わかったサ」
あたしらは、そこで長椅子に腰かける。
たちまち、ぶら下がっていた植物があたしらに巻きついてきたネ!
「よく見たらこの植物、吸血植物のストラングラー・ヴァインじゃねえか!」
「あの伝説の飲血者クル……クル何とかの呪いがあたしらに降りかかるってことカ!」
「やべえよ……血を吸われてヴァンパイアにクラスチェンジした日には、俺様の魅力度が上がってイケメン度が上がっちまう。そうなったら、ティントン・ティリー嬢以外の女のハートまでかっさらっちまうことに……」
「ヴァンパイアになったら夜型生活になって、朝方生活のジーナと環境の不一致でふられてしまうヨ……」
あたしらが呪いを覚悟していると、意外なことが起きたネ。
吸血されたけれど、耐久度が1減っただけで、体力度が2回復したヨ!
「どうやら、瀉血効果で健康になったみてえだな」
シックス・パックはそう言いながら何かに気づいたようで、長椅子に目を凝らす。
「『廃都コッロールより愛を込めて。瀉血王ピピン13世より』だとよ。ジョーク大好きなヴァンパイアの、いわばジョークアイテムだったようだな、この長椅子は」
「サプライズもいいところだったサ」
元気になったら、頭もさえてきたあたしらは、通廊でまだ調べていない唯一の物、彫像を調べることにしたネ。


10.屈強なる彫像

彫像は4本腕で、やけに精巧な造りをしていたヨ。
「どうやらダークスモークに挑んで、呪文で石にされた探検家のなれの果てのようだぜ」
「悪趣味なことをしていやがるネ」
あたしがダークスモークに呆れていると、シックス・パックがひきつった顔で彫像の影を指差したヨ。
「おい、あの影を見てみろ!」
言われた通り彫像の影を見てみると、どんどん影が実体化してシャドウ・デーモンへと変身していくヨ!
4本腕から繰り出される攻撃は、予測不能から仕掛けられてくるから厄介ネ!
しかも、シャドウ・デーモンは2戦闘ターンに1回で、耐久度が高いシックス・パックに絞め落としを仕掛けてくるヨ!
「シャドウ・デーモンって不死なるものだったか? だったら、この前ゲットした夢歩きの両手剣の攻撃力は2倍になるか?」
「わからないけど、とにかく戦い続けるネ、シックス・パック!」
あたしらががむしゃらに戦ううちに、ついにシャドウ・デーモンを倒せたヨ。
「ふう、ようやく倒せたぜ……」
「泥仕合になったネ……」
ヘナヘナと彫像の台座の下に腰を下ろしたところで、台座と床の溝に鷲と百合の紋章があしらわれている野太刀が収納されているのを見つけたヨ!
「これはまさにダイアラ嬢ちゃんから頼まれていた野太刀ネ!」
「すげえな。グランド・シャムシールじゃねえか。こいつを構えて『カルマロ』と叫んでいる間だけ妖気が発せられて、かけられている呪いのどれかを一つ、一時的に18レベルで《厄払い》できるって代物だ!」
「よくそこまで鑑定できるナ、シックス・パック!」
毎度のことながら、シックス・パックは底知れないヨ。
もしかしたら、この世界の最大の謎は、神々やら多元宇宙でもなく、シックス・パックかもしれないネ!
でも、そんな細かいことは気にしている暇はなし!
今回の冒険は無事に成功ヨ!
あたしらは急いで来た道を引き返し、波止場に停泊しているゾラグ男爵のガレー船で待っていたダイアラへ鷲と百合の紋章の野太刀を届けたネ!
「かたじけない! これでご先祖さまへの申し訳が立つわ」
「へっへっへっへ。では、約束の物を……」
「シックス・パック、手を揉みながら言ったら、あたしらの品位が落ちるネ。こういう時は、相手が言い出すまで言わないものヨ」
「面白いわね、あなた達。正直でいいわ。ゾラグ男爵、約束の物を彼女達へ」
「承知いたしました、ダイアラ様」
ゾラグ男爵は、3000gpの入った金貨の袋をあたしらにくれたネ。
「よっしゃ! さっそくティントン・ティリーの宝石店へ行くぜ!」
恋に狂った男と化したシックス・パックという、世にも血迷った生物は、自分の取り分の1500gpを手に走り去っていったヨ。
あたしはと言うと、名もなき村にあった書記マングの元を訪ねようかと検討中ネ。
ウカのタクシーに置いてあった村の案内パンフレットによると、そこでは手紙の代筆をしてくれて届けてくれるサービスをしているからヨ。
「今回の冒険は、ジーナに報告できるネ」
あたしは手紙の内容を考えながら、ウカのタクシー乗り場へのんびりと歩いて行ったサ。

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2022年6月に『蝶として死す 平家物語抄』の続編で初長編『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が遷都した福原の平清盛邸で続発した怪事件の謎解きに挑む。雪の山荘を舞台にした館ミステリ。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』 収録
 ソロアドベンチャー『無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜名もなき村を越えて〜』
 作:岡和田晃
 協力:吉里川べお
 発行 : グループSNE/書苑新社
 2022/7/1 - 3,300円
posted by AGS at 10:23| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月10日

児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる『魔術師の島が呼んでいる』リプレイ

 2022年7月31日の「FT新聞」で、新刊『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)が好調の齊藤(羽生)飛鳥さんによる、『トンネルズ&トロールズ』完全版小説リプレイ「屈強なる翠蓮とシックスパックの魔術師の島が呼んでいる」が掲載されています。書き下ろし!

T&T小説リプレイvol.13『魔術師の島が呼んでいる』 FT新聞 No.3476
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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.13
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お久しぶりです。
このたび、6月30日に新刊『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行しました。
初めて書いた大人向けの長編で、なおかつ続編と言った具合に初めて尽くしで、いまだに緊張感が抜けきれておりません^^;
さて、わたくし事はここまでにして、『魔術師の島が呼んでいる』は、久しぶりのシックス・パックとの冒険でしたので、楽しくてたまりませんでした。
非常に今さらながらのことに気づいたのですが、シックス・パックがいると、自作キャラクターとのやりとりがどんどん想像(妄想?)できて、プレイがはかどります^^
創造的インスピレーションを与えてくれる女神はミューズですが、男神はシックス・パックなのかもしれません^^


※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『魔術師の島が呼んでいる』リプレイ
『〈屈強なる〉翠蓮とシックス・パックの魔術師の島が呼んでいる』

著:齊藤飛鳥
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0:屈強なる導入

あたしの名前は、〈屈強なる〉翠蓮。
黒髪色白がチャームポイントの、18歳の人間の女戦士ネ。
「おい、翠蓮。"恐怖の街"名物の酒が売っているぜ! 飲みに行こう!」
あたしの隣で汚い声でやかましく騒ぐアル中岩悪魔は、シックス・パック。
別名、あたしのかけがえのない心の友で、旅の相棒とも言うヨ。
「シックス・パック。その前に新しい冒険の情報を探すのが大事ネ。酒はその後ヨ」
あたしらは今、"恐怖の街"ことフォロン島のガル市内の探索をあらかた終えて、どっしりと腰を据えて、これからどこへ行って何の目的で冒険するか、相談し合うところだったネ。
ところが、このアルコール漬け岩悪魔は、酒を優先し始めたヨ。
「だったら、"恐怖の街"で有名な〈黒竜亭〉で冒険の情報を探そうぜ! そうすりゃ、酒も飲めるし、一石二鳥だ!」
「おまけに、酒を飲みたいとうるさいてめえの口を黙らせられるから、一石三鳥ネ」
「つまり、賛成ってことだな? よし、さっそく〈黒竜亭〉に入ろう!」
こうして、あたしらは仲良く〈黒竜亭〉に入ったヨ。


1:屈強なる酒場

悪党どもの巣窟として知られるガルの中でも、〈黒竜亭〉はとびきりガラが悪いってことで有名ネ。ぶっちゃけ「悪名高い」と言った方が正解かもしれないヨ。
でも、あたしらもおせじにもガラがいい冒険者ではないから、いっこうに問題ないネ。
酒と冒険者どもの汗の匂いという、入り混じってはいけないものが入り混じった異臭が漂うこの酒場に入ると、市内散策中に知り合った盗賊長マイクと相棒の青年レイスがいたヨ。
二人は、精悍なエルフと同じテーブルについていたけど、あたしとシックス・パックに気がつくと、目配せをしてきたネ。
「ちょうどよかった、お二人さん。このエルフの兄ちゃんの相談に乗ってやってくれねえか。名前は、ラザンと言うんだ」
相談とは、すなわち冒険をしてほしいという依頼。
すかさず、シックス・パックが食いついたヨ。
「いいぜ。では、ラザン。お近づきのしるしに冷たいのを注文してもらうぜ」
「わかった。ウェイター、とりあえずエール酒を2、3本。枝豆かチーズを添えて頼む」
ラザンは、相当思いつめているらしい。
さもなければ、ただ酒が飲みたいだけの岩悪魔の口車に乗せられないネ。
シックス・パックが、あたしの分として注文されたエール酒を飲み干し、なおかつおかわりを注文している横で、あたしはラザンの話をきいた。
それによると、ラザンは恋人を"漆黒の鷲"子爵にさらわれ、身代金として彼女の体重分の純金と、"ダークスモークの喜び"と呼ばれる珍しい麻薬を要求されているとのことだった。
「子爵の奴、ご丁寧に、純金は〈恐怖島〉と呼ばれるバリートの火山島に、"ダークスモークの喜び"はガルから船で東に行ったダークスモークの島に、それぞれあると教えてきたんだ」
「子爵、採取場所を知っているなら、てめえで行けよと言いたくなるくらい、詳しく知っているネ」
「まったくだ。そのために僕の愛しい人をさらうなんて最低最悪だ」
「しかし、わからねえのは、どうして子爵はおまえの恋人に目をつけたかってことだ。おめえ、何か過去に子爵の逆鱗に触れることでもしたのか?」
シックス・パックは、酒が入れば入るほど好人物になるらしく、いかにも親身と言った感じでラザンに尋ねるネ。
「逆鱗に触れる……そうだな。僕のような平凡な男に対し、恋人は豊満な美女ということが、嫉妬という名の逆鱗に触れたのかもしれない……」
すると、小声でレイスがそっとあたしに耳打ちしてきた。
「ラザンの恋人は美女と言えば美女だが、体重はこの島の女性で一番あるんだ」
「あー……すごく察したヨ」
子爵が人質の体重分の純金を要求してきた時点で、気づいておくべきだったネ。
「問題は、2つの島が遠く隔てられていることなんだ。君達が引き受けてくれるなら、僕とマイクさんとレイスさんは〈恐怖島〉へ、君達にはダークスモークの島へ手分けして赴くことになる」
ラザンが話を進めたのを受け、レイスは気を取り直して、あたしとシックス・パックに言った。
「もし、引き受けてもらえるなら、信頼の証としてこの〈ジティアの目〉を託そう。これは《幻覚破り》の呪文をかけたように幻を見破る効果のある魔法のアイテムだ。きっと嬢ちゃん達の役に立つ」
「どうする、シックス・パック? この冒険、引き受けるカ?」
「ここまで相談に乗っちまったんだ。引き受けるしかねえだろう」
「そうこなくちゃネ!」
というわけで、あたしらの今回の冒険は人助けのために、人を破滅させるヤバい草探しに決まったのだったヨ。


2:屈強なる船出

ダークスモークの島へは、ガルの港から出向しているメインランド(ユニコーン大陸)行きの船で行くことができる。
それと言うのも、さまざまな島を経由していて、そのうちの一つにダークスモークの島があるからヨ。
「正規の船でたどり着けるのは、ありがてえ。問題は乗船料だ。翠蓮、おめえの手持ちはいくらある? ちなみに俺は何もねえ。オケラちゃんて奴だ」
「誓いどおり、報酬は山分けにしておいたのに、あたしが里帰りやジークリットちゃんに紹介されて単独の冒険をしていた間に素寒貧って、どんだけ浪費したヨ!」
「宵越しの金を持たねえのが岩悪魔の美意識なんだ。細かいことは気にするな」
「堅実に酒場経営して蓄財もしっかりしているおまえの兄ちゃんから、ニードロップを食らっちまえヨ!」
「兄貴は兄貴、俺は俺だ。で、乗船料はどうするんだ? 払えるのか? 払えねえのか?」
「飲んだくれに払う乗船料なんざ、ビタ一文ないサ」
と、友好的な話し合いの結果、あたしらは仲良く船員としてガル発いろいろな島経由メインランド行きの商船の船員として乗り込んだネ。
あたしはかわいくてお行儀がいいので、船内のレストランのウェイトレス。
シックス・パックは酒に汚いことを警戒されて、厨房や食料貯蔵庫からほど遠い甲板掃除担当になったヨ。適材適所とは、このことサ。
〈竜の息〉と呼ばれる風を受け、数日の間、船旅は順風満帆だけど、船酔いにやられて、耐久度が2下がったヨ。
それでも、あたしらが乗っている商船・3本マストのキャラック船〈シルヴァー・プリンセス〉号は、遠距離航海と積み荷や人員の運送に特化した作りとなっていて、まだまだ船酔いは軽い方らしいネ。
船長と航海士長ほか船員12人プラス臨時の船員のあたしとシックス・パック。それに13名のお客様が乗っているヨ。食糧の積載は2ヶ月分。超大型弩等の武装も備わり、長旅でも安心できそうな安全設計ネ。
ダークスモークの島までは、当分つきそうにないから、あたしは休憩時間を利用して船内の散策をすることにしたヨ。
まずは、船員たちと交流して情報入手ネ。
船員たちの間では、タロットが流行していたヨ。
「おう、翠蓮たん。よかったらただで占ってやるよ」
「ありがたいネ」
さっそくタロットカードを引く。
そこには、逆さ吊りにされた男が描かれていたヨ。
「変なカードの絵を引いてしまったネ。このカード、どういう意味ヨ?」
ざわつく船員たちにきくと、一等航海士のホジスンが意を決したようにあたしの肩に手を置いた。
「そのカードは吊るされた男。意味は逆境、忍従、試練……。縁起でもないな」
「そうなのカ? シックス・パックと一緒にいれば、どれも日常茶飯事ネ」
「どこぞの魔術師に聞いた話だが、なんでもどこぞの次元界には、吊るされた男という名の力を持つ美少女キラー(物理)の男がいたんだとか。ちょうど翠蓮たんみたいな美少女は、餌食にされそうだ。だから、縁起が悪いと言ったんだ」
「考えすぎじゃないのカ、それ?」
「とんでもない。それと、もう一つ。これまたどこぞの魔術師に聞いた話だが、なんでもエフティラという次元界では、門を守る巨人による定命ものを試す試練として、タロットや抽象ゲームが使われるらしいぞ」
船員たちは、そう言いながら腹を抱えて笑ったヨ。
大海原では、現れるはずもない突飛な怪物の話をすることが、何よりの気休めになるとの話だけど、娯楽がどんだけないネ、こいつら。


3:屈強なる船上

それから、7日が経過したヨ。
船は〈竜の爪〉の海域を進むが前方、北西の方角に、ガイヤニールの島が見えてきたネ。
すると、その周辺に停泊してきた衝角船が突っこんで来た!
なんてことヨ、海賊サ!
突進を回避しきれず、〈シルヴァー・プリンセス〉号が激しく揺れるネ!
「うわあ!」
いつも隙あらばあたしの尻を触ろうとしてきたウェイター長が、真っ逆さまに海へ落下していったヨ! よくやった、海賊!
「ぎゃあ!」
「ひええ!」
でも、船員2人を落下させたのは許せないネ!
「翠蓮、海賊たちが乗りこんできやがった! 戦闘だ!」
「心得たヨ!」
シックス・パックと一緒に、あたしは船に乗りこんできた海賊たちと戦闘を開始した。
海賊たちは半人半漁のトリトンだったネ。
その数、4体!
「トリトンは《炎の嵐》の呪文を使えば、あっという間に半数を吹き飛ばして戦闘不能にできるぞ!」
ホジスンが、操舵室に避難しながらアドバイスをくれる。ありがたいけど、おまえも戦えヨ。
「アドバイスありがたいけど、あたしらはそんな上等な魔法は使えないサ!」
「そのとおり! こうなったら、力押しあるのみだぜ!」
「承知ネ!」
あたしらが気炎を吐いたところで、海賊どもが笑い始めたヨ。
「笑止! 酒臭い岩悪魔と小娘ごときにやられる我らではないわ!」
「2人まとめて仲良くカザンの闘技場へ売り飛ばしてくれる!」
いちおう、話し終えるまで待ってやるのが礼儀なので、あたしはトリトンが今生最期となる言葉をきき終えてから、持っていた懐中時計のボタンを三度押してヴォーパル・ブレードに変え、トリトンその1を袈裟懸けに斬ってやったネ。
一撃では倒せなかったけれど、それでもMRを半分以上削ることができたので、そそくさと逃げて行ったヨ。
「いい武器を手に入れたじゃねえか、翠蓮! 俺も負けてられねえな!」
シックス・パックも、トリトンその2をヘビーグラディウスで真っ向唐竹割りしにかかる。
あいにく致命傷にはならなかったけれど、逃げて行ったからよしネ……て、あの野郎! 逃げて行くついでに、船員を1人海に引きずり込んでいきやがったヨ!
「こいつはやべえ! 早いところ倒しちまおう!」
「おうともサ!」
しかし、あたしらの奮戦むなしく、戦いが終わる頃には船員2人と乗組員2人が犠牲になってしまったヨ……。


4:屈強なる話し合い

戦いが終わり、船は静けさに包まれていたヨ。
そりゃそうサ。合計7人もの船員と乗組員が海賊どもによって海へ引きずりこまれたのだから……。
生きていても奴隷にされるだけとは言え、もしもまた会えたら助けたいヨ、ウェイター長以外。
「おかしい。充分な額の通行料を払っていたのに」
船長の独り言をよそに、船は目的地目指して進み続ける。
平穏無事な5日間が経過したところで、島が見えてきたネ。
島の名前は、ヴェラランド。「ブログル(オーガー)の女王」ヴェラが治める領域ヨ。
船長と一等航海士が何やら話し合っているところへ、船客の魔術師アシュヴィラが混じったネ。
なーんか、気になる雰囲気ヨ。
それはシックス・パックも同じだったネ。
「ゴチャゴチャ話さず、俺様も混ぜやがれッ!」
三人の話の輪にいきり立って飛びかかったヨ、この飲んだくれ岩悪魔!
「飛び入り参加はともかく、飛びかかり参加は相手に迷惑ネ!」
あたしがシックス・パックを羽交い絞めにして、そのままチョークスリーパーをかけてやろうか検討していると、アシュヴィラがほっとため息をついたヨ。
「船長に頼まれて《魔力感知》の呪文を広範囲にかけてみたのですが、このあたりの海域に未知の転移門が口を開けているようです。おそらくヴェラ女王の仕業でしょう」
「グェッ、そこから化け物がやって来やがるのか」
シックス・パックはそう言ってから、
「とんでもないサディストだから近づいたら駄目だ」
と首を振る。
いっちょまえに意見できるとは、さてはこいつ、隠れて一杯飲んできた後ネ。
「わかっています。だけど、転移門はどれも落とし穴程度の規模しかないから、門から発せられる魔力を押し留めればいい。運よくわたしはその力を押しとどめるのに役立つ豪華な魔法の杖を持っているから、机上の空論なんかじゃありません。でも……」
「『でも……』何か問題があるカ?」
アシュヴィラが顔を曇らせたので、あたしは心配になって尋ねる。
「杖の力を十全に引き出すには、乗員みんなの力を合わせる必要があるのです。杖が門の位置を指示し、そこから放出される魔力と出現する怪物の力を、一時的に抑制させ、その隙に船を通過させるには……」
「そんなことか。よし来た。何もやらねえよりはマシだ。いっちょやってみようじゃねえか!」
船長でもないのに、シックス・パックが決断を下す。
でも、他に方法がないので、船長もアシュヴィラの作戦に賛成したヨ。
「では、まいります。よろしいですか?」
「いいとも!」
「どんと来いネ!」
あたしとシックス・パックのみならず、船員も船客たちも、みんな必死になってアシュヴィラに協力したヨ。
おかげで、普段めったに使わないあたしとシックス・パックの魔力度と、アシュヴィラの杖が犠牲になったけど、どうにか転移門を突破できたネ。


5:屈強なる停泊

「くたびれたぜ……」
「あたしもサ……」
何とか転移門を突破できたけれど、船内は疲れ切った乗員乗客が死屍累々すれすれの有様で転がっていたヨ。
このまま航路を東にとって順調に進み続ければ、あたしらの目的地であるダークスモークの島に到着するはず。
でも……。
「ダークスモークの島の周りは珊瑚礁に囲まれているので、ぐるっと回っていかねばならない。だから、人間の都市ルブラで1日停泊して、船の簡単な補修と補給をしてからでいいかね?」
「マジかよ! あんなに頑張ったのに、すぐにダークスモークの島へ行けねえのかよ!」
船長の説明に、シックス・パックが抗議の声を上げたので、あたしはすかさず貯蔵庫から持って来た酒瓶をシックス・パックの口へ突っこんでやったネ。
「船長さんの判断に賛成ヨ。補修と補給は大切サ」
「ありがとう」
船長の感謝が、賛成したことに対してなのか、シックス・パックを黙らせたことなのかはわからなかったけど、細かいことは気にしない気にしない。
こうして、船はルブラに停泊することになった。
久しぶりに揺れない場所に立ちたいあたしと、ルブラの地酒を飲みたいシックス・パックは、ルブラに降りて時間をつぶすことにしたネ。
ルブラは、人口12000人の都市で、ここではこれまで倒したワンダリング・モンスターの死体を換金できるそうだけど、4人の海賊トリトンたちは半殺しにしたところを逃げられたから、換金できるモンスターがいなくて残念ヨ。
「おい、そこのおまえ! そう黒髪ツインテのおまえだよ!」
いきなりルブラの港の役人が、あたしに荒っぽい口調でつめ寄って来たネ。
「この街の法律では、金髪か無毛でなければならんと義務づけられている! この街を歩きたいなら、髪を金色に染めるか、丸刈りにして来い!」
「何だヨ、その謎ルール! 乙女の黒髪に対する冒涜ネ!」
あたしが役人につめ寄ると、シックス・パックがすかさず止めに入る。
「よさねえか、翠蓮。髪の色を変えるか髪を失くすかすれば、街を歩きたい放題なんだから、楽勝じゃねえか」
「どこがネ! 冒険から帰ったあたしが金髪や丸刈りになったせいで、恋人のジーナから『ごめんなさい。わたし、黒髪の子が好きなの』と捨てられたらどうしてくれるヨ!」
「大丈夫、ジーナはそんな小さい女じゃねえ!」
シックス・パックになだめられ、確かにそのとおりだとあたしは思い直したネ。
「わかった。では、船内に戻って髪染めを探して来るヨ」
あたしは船内に戻り、髪染めはないかホジスンにきいてみたところ、あるとのことだったので、無事に金髪の翠蓮になって再び街へ出たヨ。
シックス・パックはルブラの地酒を飲んで上機嫌だったけど、あたしはなれない金髪がゆううつで、それどころではなかったネ。
船に戻ると、舳先の女神像へと目が行く。
生命の女神ゴローともゴレーとも呼ばれる女神様の像ヨ。
「妙だな。舳先の女神像が三体に増えているぜ」
「増えてねえヨ。シックス・パックが酔っているだけネ」
そんなやりとりをしてから、あたしらは船内に戻った。


6:屈強なる海難

船はルブラを出港し、サンゴ礁を迂回してダークスモークの島の周囲を回っていく。
すると、嫌な感じに雲行きが怪しくなってきたヨ。
案の定、空が赤く染まって雨が降って来たネ! 
船員たちは阿吽の呼吸で帆を畳むけど、雨の勢いは強くなる一方サ。
そこでバケツを渡され、水を書き出すリレーにシックス・パックと一緒に参加することになったけど、シックス・パックの目がキラリと光ったネ。
「フッフッフッフ……。今こそ俺の〔船大工〕のタレントを発揮する機会が来たぜ!」
「マジか! いつになくおまえが頼もしく見えるネ!」
ここからシックス・パックは別人のように獅子奮迅の大活躍だったヨ。
おかげで、船員たちからもプトレクシア神もお褒めになると賞賛の言葉を浴びせてくれたネ。
「そのプト……何とか神って、どんな教義の神さまネ?」
「『自分のことは自分でやれ』って教義の神さまだ」
「つまり、自分の面倒を自分で見られる岩悪魔や人間が好きな神さまってことか。いいね。そういう神さまの方が信頼できるぜ」
バケツで水をかき出しながら、シックス・パックはかっこつけて言うヨ。
まだ嵐に見舞われているのに、余裕ネ。
でも、「もうだめだ!」と騒がれるよりはいいカ。
そんなことを思ったそばから、船が大きく揺れる。
あたしとシックス・パックは吹っ飛ばされて帆桁に叩きつけられたネ!
「いてえ!」
あたしらが仲良く痛みで甲板の上を転げまわっていると、アシュヴィラが嵐の海を指差したヨ。
嵐のせいでよく見えないけど、微かに軍艦のような輪郭が見えるネ。
「あれは、女海賊クリスタルの船! でもなぜ? クラッシング海を暴れまわった挙句、ダークスモークの島に攻め入って滅ぼされたはずなのに……」
「そうなると、答えは一つ。幽霊船ってことだな! おい、この船にバリスタが積んであったよな? あれを打ちこんで撃退しようぜ!」
「シックス・パック。名案だけど、射手さんが恐ろしさに震えて生まれたての子鹿のようにプルプル震えているから、打ちこむのは難しいネ!」
「だらしねえな! 俺様はバケツで水をかき出さねえとならねえから、翠蓮。おまえがやれ!」
「わかったネ! 昔のあたしなら、器用度が9しかなかったけれど、シックス・パックと単独で冒険していた間に2倍の18にまで増えているヨ。だから、余裕ネ!」
「おい! どうしてそうやってはずす前振りみたいな発言をするんだよ! 不吉だろうが!」
シックス・パックの声を聞き流し、あたしは幽霊船めがけてバリスタを打ちこんでやったヨ。きれいなクリティカルヒットだったサ。
幽霊船は、すぐにあたしらの乗っている船から離れていったネ。
「あれは夢だったのか?」
船長が、額から流れ出る汗を手の甲で拭いながら、幽霊船のあった方を見つめるヨ。
「夢なんかじゃありません。クリスタル船長はまたクラッシング海へ戻っていったんです」
アシュヴィラも、まだ青ざめた顔のまま答えてから、あたしの手にしっかりと両手剣が握られているのに気づいたネ。
「翠蓮、それ『夢歩きの両手剣』じゃありませんか」
「何、ソレ?」
「伝説のデンダイス・ソードです。敵が不死なるものの化身だった場合、攻撃力が3倍になる優れ物なのですよ。きっと自分たちと対等に戦ったと思ったクリスタル船長が、あなたへの敬意としてプレゼントしてくれたのでしょう」
いきなり握らされたので、呪いの武器かと思ったけど、すごくいい武器だったヨ!
「いいなぁ、翠蓮……」
シックス・パックが物欲しそうに剣を見ているネ。
しまいには、柄にもなく目をウルウルとして上目遣いをしてきて気味が悪かったので、あたしはこう言うしかなくなった。
「……あたしが装備するには重量点がありすぎるから、よかったらシックス・パックが装備するカ?」
「いいのか! ありがとうよ!」
シックス・パックが、さっそく「夢歩きの両手剣」を試しに素振りをしていると、荒れ狂う雨風をものともせず、船を丸ごと呑みこめるサイズの巨大な〈白海蛇〉が接近してきたヨ!
「何じゃ、あの巨大なモンスター!」
「こ、ここは話し合いを試みるに限るネ!」
到底勝てる見込みがないので、あたしらは〈白海蛇〉と話し合いを試みたヨ。
「あー、あー。テストテスト。本日は晴天なり」
「落ち着け、シックス・パック。今は土砂降りネ! ここは喉を叩きながら『我々ハ友好的ナ冒険者』と挨拶するヨ!」
あたしらが話しかけようとするよりも先に、アシュヴィラが〈白海蛇〉へ弁舌さわやかに語り出したかと思うと、まばゆい光が発せられ、次の瞬間にはアシュヴィラも〈白海蛇〉もどこにもいなくなっていたネ!
「あれは何だったんだ……?」
「わからないヨ……」
あたしとシックス・パックは、〈白海蛇〉の脅威から助かったことを喜ぶよりなにより、茫然とするしかなかったネ。


7:屈強なる島

いくつもの難局を切り抜けたのち、嵐は徐々に収まって少しずつ雲に切れ目が見え、陽の光が差しこんできたヨ。
北東にようやくあたしらの目的地であるダークスモークの島が見えてきたネ。
東にぐるりと回りこめば、島の唯一の集落、名もなき村へと行き着けるはず。
でも、眼前に、巨大な楕円が幾重にも連なり、渦巻きのように見える亜空感への入り口が開いているヨ!
「おい、翠蓮。あれ、俺様たちの暮らす〈トロールワールド〉と別世界のジンドを取り結ぶ、巨大な転移門じゃねえか?」
「うん。もう危ない予感しかしないネ……」
あたしが言い終えるか言い終えないうちに、雷のとどろくような音がしてきたヨ。
そして、門から青銅色の瞳をした身長6メートルのタイタンが姿を現したネ!
「我はマニュマー、エフティラ次元界のタイタンなり。よくぞ来た! ここから先へ行きたければ、汝らは試練を乗り越えねばならぬ」
うわ、こいつがタロットをしてもらった時の雑談に出てきた、次元界の門を守る巨人ネ!
面倒くさい奴が出てきちゃったヨ!
内心うんざりしていると、物怖じしないシックス・パックは、
「試練だかなんだか知らないが、そのエルフ次元界とやらに、美味い酒はあるのか?」
と、大真面目に質問する。
「汝らが我がニムトの試練に同意すれば、何も言うことはないぞ」
こんな酔っ払いの質問に答えちゃうのかヨ、タイタン!
「やっぱ隠してやがるんだな」
「おい、シックス・パック。何を得心しているネ。タイタンは一言も酒の話なんかしてないサ。会話のキャッチボール、ちゃんとしようナ?」
試練を受ければ美味い酒をもらえると超解釈をしやがったシックス・パックのおかげで、あたしらはタイタンの試練を受ける羽目になった。
タイタンが手を上げると、門から巨大なこん棒が表れ、それらは宙を飛び交い、1列め5本。2列め7本。3列め9本と上から順に3列を形成したネ。
「君たちと私で勝負をする。手番は交互に回ってくる。自分の番が来たら、同じ列の棍棒を好きなだけ取ってよいが、別の列のものは取れない。最後の1本を取ったら勝ち、というわけだ。先手は君たちだ。どの列から何本取る?」
よりにもよって、知性度低いあたしには不向きな試練だったヨ!
でも、ここは知恵を絞りまくるネ!
「5、7、9……どれも奇数だから……こっちも奇数を取ってみるカ。よし、決めたヨ。1列めの5本からは3本取る。2列めの7本からも3本。3列めの9本からは5本取るネ!」
「おいぃー! もっとよく考えてから答えろよ、翠蓮!」
シックス・パックが悲鳴を上げる。
「相棒の岩悪魔の言うとおりだ、人間よ。ルールも内容もろくに理解できていないではないか!」
シックス・パックのツッコミよりも、タイタンの逆鱗の方がヤバかったネ。
タイタンのツッコミハンドによって発生した暴風によって船は流され、あたしらは意識を失ったヨ。
気がつくと船は残骸と化していて、そのまま何週間もの漂流を余儀なくされたネ。
そして、はるか南、ゾル(イーグル大陸)に漂着したヨ。
「みんなツイているネ! ここ、前にあたし来たことがあるから知り合いがいるし、小銭も稼げるから、帰れるヨ!」
タイタンの試練を間違えて、みんなに多大な迷惑をかけた自覚が十二分にあったあたしは、責任をもってみんなをカーラ・カーンのおっさんのお宅、別名「ゾルのモンスター迷宮」へご案内したネ。
そこで、大活躍した船長やホジスン達がカーラ・カーンにスカウトされたのは、また別の話。
「結局、今回は冒険をミスっちまったな」
「こーゆー冒険もあるサ」
そういや、前にタロットカードで占ってもらった時、今回の冒険は「逆境」「忍従」「試練」だと占われたけど、ドンピシャの大当たりだったヨ。
今度から、少しは占いを信用するネ。
そんな教訓を得たあたしは、まだ金髪のままの髪を気にしつつ、シックス・パックと一緒にまたぶらぶらと新たな冒険を目指して旅を始めたのだったヨ。

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2022年6月に『蝶として死す 平家物語抄』の続編で初長編『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が遷都した福原の平清盛邸で続発した怪事件の謎解きに挑む。雪の山荘を舞台にした館ミステリ。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『GMウォーロック』Vol.5 収録
 ソロアドベンチャー『無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜魔術師の島が呼んでいる〜』
 作:岡和田晃
 協力:吉里川べお
 発行 : グループSNE/書苑新社
 2022/4/15 - 2,420円
posted by AGS at 13:24| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月13日

『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ「トロールストーン〜または伸ばしたブランデストック〜」

 本日2022年1月13日配信の「FT新聞」No.3277に、『トンネルズ&トロールズ』の小説リプレイ「トロールストーン〜または伸ばしたブランデストック〜」が掲載されています。主にT&T第5版時代の断片的な情報から、オリジナルのラルフ大陸の設定を作り、シナリオ化した作品です。

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『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ
トロールストーン〜または伸ばしたブランデストック〜

 岡和田晃
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●はじめに

 本シナリオは、『トンネルズ&トロールズ』(T&T)のリプレイ小説です。5版のルールブック(社会思想社、1987年)に収録されている「トロールストーンの洞窟」を中核に組み入れつつ、ルールブックの随所で仄めかされているラルフ大陸(ドラゴン大陸、ルールフとも)各地の情報やNPCの設定を自分なりに咀嚼し、各種T&Tソロアドベンチャーはむろんのこと、クラシックD&D、『ファイティング・ファンタジー』、ワーグナーの歌劇などの要素を取り入れ、オリジナルの「ラルフ大陸」を描き、歴史も自分で作り直してみたのでした。
 実際にプレイしたのは2002年5月12日。当時、私は大学3年生。「ウォーロック」Vol.26(1989年2月)掲載のラルフ大陸(ドラゴン大陸)の地図は見たことがあり、そのほかは『ハイパーT&Tワールドガイド ドラゴン大陸』(角川スニーカーG文庫、1995年)も愛読していましたが、それらをそのまま流用したわけではありません。
 T&T完全版が発売されてから、ドラゴン大陸の歴史的背景が、従来とは比較にならないほど、はっきりとわかるようになりました。そうしたものを知ってから見直すと、まるでパラレルワールドのような読み味になっており、これはこれで面白いかもしれません。後に私が発表する「無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中」シリーズ(『傭兵剣士』所収、グループSNE/書苑新社、2019年)の原型のように見えるところもあります。
 掲載にあたっては、最低限の誤字脱字を修正しました。用語はT&T第5版に合わせつつ、カッコでT&T完全版対応も行いました。

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●ラルフ大陸を覆う影

 偉大なる大魔術師や賢者ですら、この大陸の歴史を正確に知る者はいない。知識という名の麗しき女神は、その体を覆うヴェールを剥がれることを極度に忌み嫌っているからだ。歴史と時間は唸るように変転と流転を繰り返し、「事実」を憶測と伝説に塗り替えている。もつれた糸は、修復不能なまでに複雑に絡み合って、何が虚飾で何が真実なのは誰にもわからなくなってしまっている。
 しかしながら、「恐怖」という名の原初の体験だけは、鋭利なアフリカ投げナイフ(刃)が突き刺さってしまったくらいに深く、人びとの心に刻み込まれている。
 そう、この辺りを見舞った二つの大戦の惨禍は、いまだ悪夢となって彼らの心の奥底に根付き、その平穏を脅かし続けているのだ……。

●大魔術師戦争

 ラルフ大陸南部に、四人の強大な力をもった魔法使いが住んでいた。大陸南西部を手中におさめた「カザン帝国」の支配者である「偉大なる」カザン、時間と空間の理を知り尽くした「時の大帝」ダークスモーク、邪悪な死人占い師として名高い「黒の」モンゴー、それに、謎に包まれた魔術師「尽きることなき欲望の」グリッスルグリムであった。彼らはお互いに干渉し合わないという無言の協定を守ることで、どうにか力の均衡を保ってきた。だが、張り詰めた緊張の糸は、いつかは裂けてしまうものだ。

 口火を切ったのはモンゴーであった。彼は、自分が研究していた死人の軍団を操るためのアーティファクト「シャムタンティの指輪」の製造法が、ダークスモークに盗まれたのではないかという疑念に憑かれたのである。一方、時を同じくしてダークスモークの方も、自らの時を操るためのアーティファクト「ウェルサンティの無敵の砂時計」が、モンゴーに狙われているではないかという懸念を抱いた。
かくして、二人の魔法使いはそれまで研究に向けていた情熱を、自らの敵を打ち倒すために傾けるようになったのである。
 モンゴーは、外宇宙から大いなる悪魔「スグセルバ」を召還し、ダークスモークの住む城を襲わせた。一方、ダークスモークの方は、ドラゴンボーン山脈に巣食うドラゴンやバルログたちを従え、それを迎撃した。これが、大魔術師戦争の始まりである。
 偉大な大魔術師に疑惑の念を抱かせた張本人は、現在では皮肉と虚飾を司る神、フル・フールであったと言われている。しかし、未曾有の混乱の中でだれが真実を知りえようか。
 モンゴーとダークスモークの勢力は見事に拮抗していた。いつ果てることもない争いに、国土はひたすらに荒廃の一歩をたどっていった。だが幸いにして両者の力は拮抗していたために、来るべき破滅は先延ばしにされていた。その調和の天秤を大きく揺らした張本人が、「偉大なる」カザンである。
 カザンは、自分が「時」の秘密を知ることを切望していた。永劫なる時の前には、たとえ偉大なる魔術師といえども全くの無力である。自らの帝国に「時」の力が加われば、もはや恐いものはない。カザンはモンゴーに味方し、その見返りとして「ウェルサンティの無敵の砂時計」を手に入れようと考えた。そして、契約が結ばれた。
 カザンのトロール軍団が加わると、戦況は一変した。スグセルバは滅ぼされ、ダークスモーク自身は次元の外へかき消えた。こうして、大魔術師戦争は終わりを告げたのである。
 だが、勝ちを得たモンゴーも傷ついていた。彼は自らが神々の手によって、もしくは自らが製造したアーティファクトによって踊らされていた空虚な存在に過ぎないことを悟った。ダークスモークの城(現在は、「レミシン」という廃墟になっている)の最深部に隠されていた「ウェルサンティの無敵の砂時計」をカザンに渡して約束を果たすと、彼は自らの塔に結界を張りそこに蟄居してしまった。
 四人の大魔術師のうち、最後の一人であるグリッスルグリムは醜い争いには加わらず、終始中立を保ち続けていた。というのも、彼は争いに加わらないと約束することで、他の三人より莫大な量の黄金を受け取っていたからである。黄金の輝きこそが彼の求めるものであり、魔術師同士の勢力争いに加わり、平穏が乱されることなどは彼の望みではなかったのである。

●カザン・レンジャー戦争

 カザンは狂喜した。「時」の秘密を握ったからには、自らが「時」を支配し、「時」を超越することができる存在になったと確信したのである。しかし、カザンの野望はあえなく潰えた。愛妾レロトラーの叛乱によってである。
 エルフとオーク(ウルク)の混血である「ユーワーキー」(外見はエルフよりも美しく、内面はオークよりも醜い堕天使のような種族)のレロトラーは、カザンが得た時の秘密を知りたいと切望していた。そのため、カザンの配下にあった将軍カーラ・カーンを抱き込み、クーデターを起こしたのだ。
 愛妾に気を許し、「無限の砂時計」を発動させる魔法の言葉を教えてしまった愚帝カザンは、ろくな抵抗もできずに帰らぬ人となった。かくして、カザンの「帝国」は、その後レロトラーとカーラ・カーンのものとなった。レロトラーは女帝として即位し、カーラ・カーンを片腕に据えて、「今後は恐怖こそが、この地を覆う因果律となるであろう」と宣言した。
 レロトラーの恐怖政治はあまりにも過酷に過ぎるものだった。カザンが帝国の君主であった時代は自治を許されていた都市国家、「コースト」・「デルヘイヴン」・「カーマッド」・「ノーア」の諸侯たちは彼女の暴虐非道に耐えかね、連合して帝国に宣戦を布告した。これが、「カザン・レンジャー戦争」の起こりである。連合軍がゲリラ戦を多用したことにより、「レンジャー」の名が冠せられたのであった。
 けれども、レロトラーの部隊は強力に過ぎた。善戦を尽くしたものの、コースト連合は長い戦乱の間に疲弊し、帝国に休戦を申し出たのだった。連合軍の予想を超えた抵抗ぶりにさんざん煮え湯を飲まされていたレロトラーは、やや厳しめの条件を提示したものの、結局その提案を受領することにした。

●絶え間なく続く裏切り

 後に「死の女神」と畏敬をこめた二つ名で呼ばれるほど冷酷かつ残忍な女レロトラーが、なぜそう簡単に和睦を受け入れたのか? それには理由があった。彼女の二人の妹、ロレーヌとシルヴィアが、隙をついて彼女を裏切り、国を乗っ取ろうとしたからである。レロトラーが用いている軍事力の中核をなしていたのは、強力なトロール軍団だった。トロール軍団は、小トロール、グレート・トロール、岩トロールの三種からなり、その無類の攻撃力は、たちまち連合軍を絶望の底に叩き込んだ。
 レロトラーが粗暴なトロールたちを軍隊として統率できたのは、彼女が持つアーティファクト「トロールストーン」の魔力によるものが大きかった。彼女はトロールストーンを13の破片に分割し、それぞれ腹心の13人の部下に分け与えたのである。かくして、凶悪さ、残忍さにおいて無類の力を誇る、「カザン帝国のトロール軍団」が形成された。
 ロレーヌとシルヴィアは、カザン帝国の主力である「トロール軍団」を乗っ取れば、レロトラーに太刀打ちできると考えた。そのため、二人は八方手を尽くして、「レロトラーの13人の部下」に接近することにした。二人は密かに「黒の」モンゴーと接触を持った。近年のカザン帝国の暴虐ぶりに鼻持ちならないものを感じていたモンゴーは、さんざん迷った末に、ロレーヌとシルヴィアに力を貸すことにした。彼が与えたアーティファクト「モレーノの象牙羽根飾り」の魔力によって、「13人の腹心の部下」たちの魔法は解かれた。こうして、「カザン・レンジャー戦争」のさなかにも、着々と叛乱の準備は整えられていったのである。
 しかし、叛乱は未然に鎮圧された。内通者が出たためである。レロトラーはこの事実を知るやいなや、ただちに連合軍と講和を結んだ。そして、「ウェルサンティの無敵の砂時計」の力を解放し、「腹心の部下」とロレーヌ・シルヴィアの陰謀を撃退した。13人の部下が持っていた「トロールストーン」の力は「砂時計」の力によってあえなく逆流した。「象牙羽根飾り」も「砂時計」には効果がなかった。
その結果、「トロールストーン」の魔力が体内に蓄積されてしまったために、「腹心の部下」はそれぞれその身をトロールへと変えられ、カザンとコーストの間の丘陵地帯の洞窟に、「トロールストーン」と共に封印されてしまった。そして、洞窟の入り口には「強くもなければ、弱くもない者」たちによってのみ、「力か金貨の二通りの方法」で開けることの出来る魔法の扉が置かれたのだった。
 レロトラーは身内にも容赦なかった。ロレーヌは、「砂時計」による拷問を受け、永遠に死ぬことのかなわない幽鬼として洞窟の一つに封印されたのである。
 一方、シルヴィアはかろうじて難を逃れた。彼女は姉への復讐を胸に、カザンを後にした。彼女らの計画をレロトラーに知らせたのがモンゴー本人であったことは、知る術もなかった。

●蛇と蛇

 シルヴィアはレロトラーへの復讐を遂げるために、常に中立を保ち続けている「尽きることなき欲望の」グリッスルグリムに接触することにした。グリッスルグリムは、シルヴィアに会ってたいそう喜んだ。それは、彼女が覚えていた《黄金蛇作り》の魔法のためだった。この魔法によってのみ呼び出される「黄金蛇」は、噛み付いた者を何でも黄金に変えてしまうという不思議な魔力を持つ。「黄金蛇」の力に魅せられたグリッスルグリムは、シルヴィアの要望に従い、「無敵の砂時計」を破ることのできる武器「黒檀のブランデストック」を鋳造した。しかし、長年の安楽な生活のせいで警戒心が薄れていたグリッスルグリムは、シルヴィアが「ブランデストック」を手に入れるやいなや用済みとなり、あえなく殺されてしまった。シルヴィアの操る無数の「蛇」の力によって、彼自身がその塔を彩る黄金の一つに変えられてしまったのだ。カザンといい、グリッスルグリムといい、たとえ大魔術師といえども、不意を突かれれば実に無力である。
 「ブランデストック」とは、長い柄を持った武器で、片方の先端に小さい斧、もう片方に短いスパイクがついている。また、柄の中に長い剣が隠されていて、簡単に伸ばすことができる。グリッスルグリムは、この伸ばした状態のブランデストックに、「時」の呪縛を破ることの出来る魔法をかけたのであった。
 しかし、シルヴィアは実に用心深かった。たとえ武器を手に入れても、彼女は満足しなかった。直接干戈を交えるのはまだ早い。とりあえず、彼女はコーストの支配者であるヘルベルト・フォン・ブラバントに接近した。愛妾の一人になりすまし、ヘルベルトを操って、対カザン帝国への戦力を蓄えようとしたのであった。しかし、相次ぐ戦争で国土は疲弊しきっている。やはり、人間だけの軍隊では心もとない。彼女は側近の魔術師ダイヤモンドを使って、「13人の腹心の部下」が封じられている洞窟の封印を解かせ、トロールストーンの欠片を回収していくことにした。
 一方、モンゴーはモンゴーで新たな策を練っていた。彼は仲間の魔術師「マリオナルシス」をそそのかし、カザンの真東に、巨大な「オーバーキル城」を建てさせた。一方、自身は着々と力を蓄えた。転んでもただでは起きないシルヴィアの性格を知っていたモンゴーは、姉妹が同士討ちしている間に、漁夫の利を狙おうとしていたのである。マリオナルシスを利用することで、レロトラーの注意を引き付けようと企んだのだ。
 だが、そんなモンゴーの動きに気づかないほどレロトラーも愚かではなかった。彼女は破壊と死を崇める「赤いローブの僧侶団(通称、『赤い蛇』)」と協定を結び、モンゴーの塔の西に彼らの寺院を建てさせた。レロトラーは邪教として忌み嫌われている彼らの教義を認めるかわりに、モンゴーの動向を観察させることにしたのだった。

●迷宮探検家たち

 だが、巧妙に張り巡らされた魔法使いたちの陰謀にも、一つの穴があった。彼らは、迷宮探検家の存在を考慮に入れていなかったのである。ダイヤモンドが解放したトロールたちの洞窟は、いつのまにか迷宮探検家たちの知るところとなったのである。
 迷宮探検家。冒険によって生業を得るごろつきどもの総称である。彼らはあるときはその名の通り迷宮にもぐり、またあるときは隊商を護衛したり傭兵として戦争に参加したりもする。
 彼らにとって、「トロールの住む」洞窟についての噂は、まさしく格好のものだった。彼らはトロールの洞窟に潜っては出、潜っては出して、中の宝を掻きだしてゆくのである。ついには「トロールストーン」そのものを手に入れる者まで現れる始末。さらには、手に入れただけでなく「トロールストーン」を暴走させる者まで出てきてしまった。
 こうなると、さすがに手には負えなくなってくる。けれども、この事実をシルヴィアに知らせてしまっては、自らの不手際が責められてしまう。それでなくても陰謀を張り巡らすのに忙しいシルヴィアを煩わせるわけにはいかない。
 開き直ったダイヤモンドは、「とりあえず迷宮探検家たちの自由にさせておいて、トロールストーンを取り出させよう、そしてその後、彼らを抱きこんでコースト軍に編成させよう」という無謀な計画を考えるに至ったのだった。
 ダイヤモンド自身は強力すぎて、洞窟そのものは解放できても中の扉は開けられない。その問題も、彼らに任せればすべてが解決するのである。

●コーストにやってきたのは

 今まさに、コーストの街にやってきた一行がいた。田舎での冒険に飽き飽きして、そろそろ都会で一旗揚げようと考えてのことである。幸い、彼らには田舎で厩肥を掘り返していただけではなく、カザン・レンジャー戦争の古兵たちから武器の使い方を習ったり、それを活用したりする時間が十分にあった。そのため、彼らの身なりは卑しくとも、ヴェテランの迷宮探検家に劣らないだけの技量と経験は備えられていたのである。
 「必要以上に口を利かない」のがモットーの盗賊にして「名もなき森」のエルフの、フィル。常にトレーニングを欠かさず、坑道掘りに卓越した技術を示す「青の丘陵」出身のドワーフの戦士、ハーラキ。そして、暗殺を生業とし、常にチャクラムとスパイダー・ベノムを欠かさない魔術師であり、なおかつ「まどわしの森」出身のエルフであるマルケス。そして、小村出身の精悍な人間の戦士、ベック。
 これまでと同じように、彼らは行く先々で騒動の種となっていた。このコーストでも、公爵お付きの大商人ドリンをはめて零落させたり、盗賊町と呼ばれる通りで追い剥ぎを返り討ちにしたりとやりたい放題。そして彼らが行き着く先は、やはり例の、トロールの宝窟の探索であった。


●トロールストーンの洞窟へ

 下町の酒場で、洞窟に入ったことのある探検家、「西部の男」ハイグレイから辛抱強く情報を聞き出した迷宮探検家たちは、宝窟の奥に眠る謎の石を長く持っていると自らがトロールと化してしまうということを知る。そのうえ、洞窟はあらかた探索されてしまっているようだ。魔術師の塔の迷宮探索とか、カザンへの隊商の護衛とか、今まで聞きかじったさまざまな誘惑に心が動くが、伝え聞く宝の大きさに、彼らは宝窟行きを決心する。
 盗賊町でいまだ探索されていない宝窟の在りかを教えてもらい、一行は馬を駆って一路洞窟へと向かう。
「ストラック・グリー・グリム・ドゥリム・ウルー・ウルクスマグク・ニクス・ウトアー」
 切り立った崖にぽっかりと口を開けている洞窟の入り口をふさいである扉には、ジャイアント語でこう記されていた。フィルとマルケスが訳してみると、その大意は、「この扉は、力か金貨に従う。ほかはだめだ!」だった。
 力か金貨? そうだ、よく見てみれば、扉には目があり、口があり、手が生えている。もしや、「力に従う」とはこの腕とアームレスリングをしろ、ということか? 喜びいさんだハーラキが勝負する。結果は明白だった。ハーラキの圧倒的な膂力(体力度でのセービングロール7レベル成功)によって、扉はあっという間にねじふせられてしまった。余裕綽々で奥へと進む一行。すると突然、洞窟の奥から巨大な岩が転がってきた! 軽い傷を負いながらも、なんとかかんとか岩をかわしたパーティは、さらに奥に進むことにする。
 来た道のほかに、フォークのような三叉路が広がっている。奥に進んだ一探検家たちは、すぐさま袋小路に突き当たった。見上げると、天井には穴があいて、羽目板らしきものがおいてある。どうやらさきほどの大岩はここから落ちてきたもののようだ。
 引き返そうとした一行だったが、その時、天井の穴から何かが襲い掛かってきた! 巨大な吸血コウモリである! しかも四匹もいる!
 だが、さすがは手だれ、瞬く間にコウモリどもを退治した。彼らは再び三叉路に戻り、西の方へと進んでみる。そこは巨大なクレバス(割れ目)が広がっていた。危険なものを感じた一行はとりあえず戻って、今度は西に進んでみる。するとその先は大きな広間で、中にはどんよりと濁った水溜りがあった。またもや危険なものを感じた一行は、ハーラキがピックアックス(つるはし)で壁を崩して足場をつくり、その上を通ることで水溜りに触れるのを避けた。さらに奥へ進むと、その先は幾重にも折れ曲がった挙句にY字路になっていた。何の気なしに左に進むとまたもやY字路。その先を左に進むと、そこは広間で、多くの骨が散乱していた。ベックはその骨を大魔術師戦争時代のものだと見当づけたものの、危険なのでそれに触れるのは極力避けた。
 一行は二番目のY字路に戻って、そこを右に行ってみる。すると、そこには巨大なスフィンクスがいた。彼女の謎かけを難なく解き、さらに奥へ進むと今度は謎のプレートが。白い石か黒い石をはめればいいらしい。彼らは考えるが答えが出ない。とりあえず黒石をはめるがこれが大間違い。洞窟の天井が崩れ始める。しょうがないので彼らはその場を後にした。落石でちょっと怪我してしまったけれども。
 今度は一つ目のY字路を右に行ってみることにした。奥へ進むと、なにやら不気味な、コブラが喉を鳴らすような音が聞こえてきた。恐れをなした一行は、戻って反対の道を進んだ。するとどうだろう、そこには噂のトロールがいるではないか! そして、その周りには莫大な黄金の数々が!
 トロールが気づかないうちに、すかさず《これでもくらえ!》の魔法をかけよう、との意見もあったが、とりあえず、例の「トロールストーンによってトロールに変身」事件が気になっていた一行は、マルケスが偶然覚えていた魔法語(テレパシー。どんな生き物とも会話ができる)を使って、トロールに話しかけてみることにした。
 トロールは悲しげな顔をして事情を語った。すなわち、このリプレイ小説の「絶え間なく続く裏切り」の節に記されているようなことを話したのである。このトロールこそ、レロトラーの「13人の腹心の部下」の一人なのだ。そしてそのそばには、ロレーヌの霊も漂っているという。
 トロールは語る。「このくびきから解き放ってくれれば、この広間にある宝をすべて差し上げよう、むろんこの『トロールストーン』も」と。しかし、その呪いを解き放つためには高レベルの魔法使いによる《厄払い》をかけねばならないようだ。
 とりあえず彼らはコーストに戻り、噂に聞いた大魔術師「ダイヤモンド」のもとへ行き、事情を説明して魔法をかけてもらうことに決めた。
 話を聞いて、ダイヤモンドは驚いた。一行が発見した『トロールストーン』は、13ある石のうちでもっとも強力なものだったのだ。慌てふためいて彼は一行と共に洞窟へと向かった。

●巡らされた糸を揺らすのは誰か?

 しかしどうだろう、そこには案の定、赤いローブの僧侶たちが待ち伏せていた。そういえば、彼らもこの宝窟の魔力に惹き付けられていると聴いたことがあった。パーティがトンネルを後にしているすきに、トロールストーンを奪おうとしていたのである。
 探検家たちは慌てて僧侶たちを食い止めようとする。するとその時、僧侶たちの指揮官らしき姿が見えた。それはなんと、レロトラーの片腕である「カーラ・カーン」の姿だった。ダイヤモンドがカーラ・カーンを食い止めている間に、一行は赤いローブの僧侶たちに挑みかかる。
 怪しげな光が僧侶の杖に集まってくる。「死」のルーンが輝きを増してくる。
「危ない、《変身強制》の呪文が飛んでくるぞ! カエルになっちまう!」マルケスが叫ぶ。
 だが、時すでに遅し。マルケス自身は、すでに自分が唱える魔法の準備に追われて、阻止するだけのゆとりはない。その時だった。
 それまで黙っていたフィルがいきなり腰のマン=ゴーシュを抜き放ち、僧侶の杖を折りにかかったのだ! 不意を突かれた僧侶は対処しきれず、魔法は失敗してしまった。その隙を突いて、ハーラキとベックがバーサーク化し、僧侶たちに踊りかかる。さらに、ハーラキの持つピロムには、マルケスの《魔剣》(《凶刃》)の魔法がかけられ、通常の3倍の破壊力を有するに至った!
 狂乱化した戦士2人の猛攻をまともに受け、赤ローブの僧侶たちは10人全員が40メートルほども吹っ飛んで(40ダメージのオーバーキル)、あわれ息絶えた。
 しかし飛ばされながらも、僧侶の杖の1つから魔法が放たれた! 《まぬけ》の呪文で、標的はマルケス。結果、マルケスは知性度が3(獣並み)にまで下がってしまった。
 僧侶たちがやられたのを見て、さすがのカーラ・カーンも劣勢を悟った。捨て台詞も残さずに去っていく。とりあえず、彼らは勝利を収めたのだ。
 ダイヤモンドがことのあらましを告げる。今や、探検家たちはすべてを知ってしまった。そのうえで、彼は一行に選択を迫る。来るカザン軍とコースト軍との全面戦争において、コースト軍の一員として働く気はないか、と。シルヴィアが指し示すブランデストックに従えば、必ずや勝利と栄光が保証される。彼は、そう、一行に告げた。
 しばらく考えた末、探検家たちは答えを出した。ハーラキとマルケスは、日々の糧を選び、コースト軍に入隊することを承諾する。一方、フィルとベックは、今までの気楽な暮らしを捨てきれず、そのまま冒険家業を続けることを決意したのだった。
 こうして彼らは袂を分かち、自らの道を進むこととなった。けれども、どの道を行こうとも、今後、彼らの陰謀に巻き込まれていかずに生きていくことはかなわない。しかし、彼らには「トロールストーン」が示すような大きな力が残っている。巡らされた糸をゆすぶり、陰謀家をそこから追い落とすのは、探検家のみに許された特権なのだ。

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2021年12月31日

『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ「ベア・カルト幽閉記〜レベル1、浅層〜」

12月30日配信の「FT新聞」No.3263で、『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ「ベア・カルト幽閉記〜レベル1、浅層〜」が配信されました。多人数用シナリオ「ベア・カルトの地下墓地 レベル1」(拙訳、『ベア・ダンジョン』所収)のロング・リプレイとなります。


『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ「ベア・カルト幽閉記〜レベル1、浅層〜」 FT新聞 No.3263
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『トンネルズ&トロールズ』小説リプレイ
「ベア・カルト幽閉記〜レベル1、浅層〜」

 岡和田晃
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●はじめに

 本作は『トンネルズ&トロールズ』(T&T)の多人数用シナリオ「ベア・カルトの地下墓地 レベル1」のリプレイ小説です。同シナリオの核心に触れておりますので、未読の方・プレイ予定の方はご注意ください。うっかり読んでしまった方は、ぜひGMにチャレンジしてみてください。
 T&Tのルールについては、T&Tアドベンチャー・シリーズやT&T完全版の基本ルールブックをご参照いただけましたら幸いです。
 同作は原書が1981年に出版、日本語版は2019年に発売されました(『ベア・ダンジョン+ベア・カルトの地下墓地+運命の審判』所収、書苑新社)。僭越ながら、翻訳は私が担当しております。同作を私はたびたびGMし、その模様は中山将平さんのリプレイ・コミック「はじめてのベア・カルト」(「TtTマガジン」Vol.5、2017年)でも読むことができるのですが、今回ご紹介するリプレイ小説は、私が初めて「ベア・カルトの地下墓地」をプレイした時の記録になります(2003年2月22日)。若書きのため文章が拙く恐縮ですが、ご笑覧いただければ幸いです。40年前のシナリオを、18年前に運用した計算になりますが、その思い入れ深いシナリオを翻訳できるとは感慨もひとしおでした。
 「ベア・カルトの地下墓地」の作者は、"熊の"J・ピーターズ。ブラック・ユーモアに満ちた悪名高きデス・ダンジョン「ベア・ダンジョン」のデザイナーで、「ベア・カルトの地下墓地」はそれに続く第2作(ただし、シナリオとしては独立しており、単体でプレイできます)。
 原書ではレベル1しか出版されませんでしたが、レベル2は杉本=ヨハネさんと私が日本語版オリジナルとしてデザインを手掛けています(前掲『ベア・ダンジョン+ベア・カルトの地下墓地+運命の審判』所収)。話し合いながら分担執筆を進めたものなので、誰がどのパートを担当したのか想像してもらっても楽しいと思いますが、共通するのはレベル1、そしてT&Tへのリスペクトがベースにあることです!
 リプレイ小説としての採録にあたって訳語を現行の「ベア・カルトの地下墓地」にあわせて修正を加え、ルールまわりの表記はT&T完全版対応としました。運用にあたって、シナリオの一部を独自にアレンジしていることをお断りします。
 地下墓地のどのあたりになるのか、地点名も加えましたので、本をお持ちの方はあわせて参照していただけると、いっそう楽しめるでしょう。

●登場キャラクター

ジルベール・カミングス:(戦士2レベル、男、人間、体力度20、知性度9、幸運度6、器用度13、耐久度14、魅力度18)貧民街で育ったジゴロ。暇さえあれば異性を口説いている。
スピピ:(戦士1レベル、男、フェアリー、体力度6、知性度12、幸運度18、器用度17、耐久度3、魅力度12)フェアリーのオヤジ。かつてはジャイアントを手下にしていた。
ティッカー・タクホーツ:(魔術師1レベル、男、エルフ、体力度17、知性度18、幸運度11、器用度10、耐久度18、魅力度16)通称チクタク。堅実な性格の魔術師だが、獲物はアフリカ投げ刃。
"熊殺しの"ウィリー:(戦士2レベル、男、ホブ、体力度10、知性度6、幸運度14、器用度28、耐久度14、魅力度8)口下手なホブ。熊殺しと自称するが、実はアナグマしか仕留めたことがない。
ユディット:(魔術師3レベル、女、エルフ、能力値不詳)エルフなのに魅力度が10しかないが、その反面、世知に長け計算高い。

"死の女神"レロトラー:カザン帝国の女帝。ウルク(オーク)とエルフの「混血」らしい。
ジェローム・ダズ:ゴブリンどものリーダー。
アレクサンドラ:美しい女エルフにして7レベル魔術師。だが、興奮すると……。
ラムファード:囚われの商人。
ガラドリエル:囚われのエルフの王女。アレクサンドラとは対立する氏族の出身らしい。
"大いなる熊(オソ・グランデ)"アリ:〈熊神の教団〉のNo.2。策略が趣味。
"熊の中の熊(オソ・メドヴェージェ)"ビヨルニ:〈熊神の教団〉のNo.1。法外な賞金がかけられている。
〈偉大なる熊神(ベア・ゴッド)〉:〈熊神の教団〉の生けるご本尊。まさしく怪獣。

●不意打ち!

 "死の女神"レロトラーが恐怖政治を敷いているカザン帝国。首都カザンと、商業都市コーストとを繋ぐ道、〈グレート・ロード〉。
 古来よりカザンとコーストの間に広がり、カザン街道とも言われるこの道は、長年、カザン帝国における交通の動脈として機能していた。
 我らが迷宮探検家一行は、商隊の護衛として、その通商路を旅していたのだった。
 突然、彼らは不意打ちを受けた。この辺りに最近出没すると言われている狂信的なカルト、〈熊神の教団〉の仕業だ! とっさのことに臨戦態勢もままならず、狂信者どもの手によって、交易品は持ち去られ、迷宮探検家たちは生け捕りにされてしまった。
 〈熊神の教団〉は、その正式名称を〈偉大なる熊神の教団(ザ・カルト・オブ・ザ・グレート・ベア)〉という。団員は皆、洞窟熊(ケイブ・ベア)の熱烈な信奉者なのだ。彼らは非常に攻撃的な性格をしており、コーストの北にある森に覆われた丘陵を掃討し、商隊(キャラバン)を根こそぎ壊滅させてしまったのである。救助の者が駆けつけたとき、眼にしたのは辺り一面に広がる血痕だけだったらしい。ちなみに、教団の首領は"熊の中の熊(オソ・メドヴェージェ)"ビヨルニという名の男である。
 "死の女神"レロトラーは、度重なる〈熊神の教団〉の所行に業を煮やし、ビヨルニをはじめ、団員たちに法外な賞金をかけた。
 規定の報奨に加え、ビヨルニの首を持ち帰った者には、有名な「カザンの闘技場」を丸一日貸し切って見物できるという、最高の栄誉が与えられる。さらに、彼はレロトラーその人と、共に過ごすことさえできるのだ! それだけではない。「死の女神」は、副賞として金貨5000枚と、〈竜の口(ドラゴンズ・マウス)〉海岸にある別荘を与えてくれる。加えて、そのキャラクターは三つの特別な贈り物の中から一つを受け取ることもできる。

・使用者に全能力値の合計に等しい値のモンスターレート(モンスターの強さを一つの値で表現したもの、通称MR)を持つ熊に変身できる特殊能力を付与する指輪。
・あらゆる呪文が記された呪文書。
・14点までのダメージを吸収し、着用者に蓄えられたダメージを(まるで戦闘によって与えられたかのように)無生物(ドアや、壁、彫像など)へと転化させる魔法がかけられたプレート・アーマー。

 かような並はずれた報酬からも、〈熊神の教団〉がいかに危険な存在であるかが知れるだろう。

●恐怖の谷

 捕虜となった迷宮探検家たちは、目隠しをされ、見知らぬ谷へと連行された。そして、戦士は武器を奪われ、魔術師は呪文を使えないよう猿轡をされた。彼らはそのまま檻の中に放り込まれ、〈熊神の教団〉の団員たちは手近にあった機械らしきものを操作した。すると、何たることだろう! 檻そのものが突然動きだし、滑車と巻き上げ機の作用で、崖の下へ下へと降りていくではないか。
 檻が谷底に到着すると、檻の蓋が音もなく開いた。ほっと嘆息する一行。だが、そこはまさしく「恐怖の谷」だった。目の前に、全長10メートルを超える金色の熊が立っていたのだ。
 そう、この熊こそ、〈熊神の教団〉のご本尊〈偉大なる熊神(ベア・ゴッド)だったのである! 
 ベア・ゴッドのモンスターレートは、なんと5000だ!!!(蛇足を承知でいえば、モンスターレート5000のモンスターの攻撃力は、サイコロ501個+2500)
 神の熊の威光にたじろいだ一行は、お約束のごとく逃げ回る。〈熊神〉がまずターゲットにしたのは、女魔術師ユディットだった。《炎の嵐》の呪文で攻撃し、相手を刺激させてしまったためである。ウィリーが泣きながら石をぶつけて気をそらそうとするも、焼け石に水である。必死で逃げまどうユディット。だが、徐々に追い詰められてくる。絶体絶命の危機に、意を決した彼女は思いっきり息を吸い、次の瞬間、谷底を流れる雪解け水の小川に飛び込んだ。そうとは知らないウィリーは、ユディットが死んだものと勘違いしてパーティに呼びかけ、とにかく身を隠せそうなところに入り込むことを提案した。

●洞窟へ

 パーティは熊から逃れ、南の崖にぽっかり空いた洞窟へと身を潜めたのであるが、案の定、その先の道は三本に分かれていた。向かって西側の道を進んだ一行は、奥にエレメンタル(モンスターレート125)がうごめいているのを見て【部屋C】、すぐさま引き返した。
 今度は東を行くが、その先にはなんと狼が待ちかまえている【部屋B】。意を決した一行は、無駄な戦いを避けるために、南へ直進することに決めたのだった。
 そこにもやはり敵が! どこもかしこも敵だらけということか【部屋D】。相手は、迷宮探検家たちの好敵手、ゴブリンである。そのうちの一匹は、手に鎖のようなものを持っている。そして、その鎖は地面から飛び出た鉄の輪に結びつけられているようだ。そう、ゴブリンどもは迷宮探検家たちを挑発しておびき寄せ、鎖を引っ張ることで、洞窟の床に仕掛けられた罠を発動させようとしていたのだ。だが、所詮は浅知恵。程度はたかが知れている。たくらみを見抜いたパーティによって飛び道具の総攻撃を喰らい、瞬く間にゴブリンたちは蹂躙されてしまったのだった。
 だが、ゴブリンたちのリーダー、ジェローム・ダズはひと味違った。仲間たちが次々と射倒されているのを見て、形勢不利を悟り逃げ出したのである。向かう先は、ねぐらと反対方向、洞窟の北側の通路である。しかし、彼はあと一歩のところで詰めを誤った。慌てて逃げ出したために、仕掛けられていた罠を見落としてしまったのである。そのため、彼は哀れにも天井から落ちてきた巨大な石の下敷きとなってしまった。
 辺りに響き渡った落石の轟音を聴いて、探検家たちはいぶかしんだ。そして、ゴブリンどもをぶち倒し、ねぐらから武器をいくつか(マドゥ、ショートソード、チャクラム、手裏剣、アフリカ投げ刃)頂戴してくると、ただちに音をした方向へ向かった。目の前を塞いだ巨大な岩に不審なものを感じた彼らは、賢明に行動し、あちこちに仕掛けられていた罠を次々と解除していったのだった。

●美しき女エルフ

 落石の洞窟を抜けて奥へと進んでいくと、彼らは洞窟の中に一人の美しき女エルフが佇んでいるのを発見した【部屋F】。非常に美しく、雪のように白い髪と、真夏の陽光のような若々しさとを兼ね備えている。その瞳は明るく輝き、話す言葉は聴く者をとても楽しい気分にさせる。
 殺風景なダンジョンの奥深くに、こんな女性がいることに探検家たちは驚くが、歴戦のジゴロであるジルベールはひるまず、彼女をなんとか口説こうと試み、彼女(名前はアレクサンドラ)もまた〈熊神〉の生け贄にされそうになったところを辛うじて逃げ出したことを聴き出す。しかし、このような危険な洞窟で単身生き延びているとは、ただものではあるまい。案の定、彼女の口から漏れた、「身を守るために洞窟のあちこちに落石の罠をしかけた」との言葉に打ちのめされたジルベールに、さらなる追い打ちがかけられた。なんと、彼女は「興奮すると熊に変わってしまう」という特異体質だというのである! しかも、熊に変わらずとも、生身の彼女は、なんと7レベルの魔術師らしい! さすがのジルベールもたじろぐが、結局は愛が勝った。パーティはアレクサンドラを仲間に加え、さらに洞窟の奥を調べていくことにしたのだった。

●その頃ユディットは……。

 一方で、〈熊神〉から逃れて川に飛び込んだユディットは激流に呑まれた末、気付くと、洞窟らしき場所の一室に放り出されていた。ひどく腰が痛む。どうやら、川を流れていく途中で、水の中から放り出されてしまったようだ。ユディットが辺りを見回すと、なんということだろう……ここは檻の中で、隣に洞窟熊(ケイブ・ベア)が眠っているではないか!【檻Q】 しかし、彼女は怯えることもなく、《開け》の呪文で檻の扉を開き、外に脱出することができた。
 檻を抜け出したユディットは、ゴブリンの衛兵をうまくやりすごし、あれこれ通路を歩いていった。そこは、〈熊神の教団〉の団員たちの宿舎だった【部屋T】。ユディットは、眠っている団員たちの目を盗んで、ベッドの下に隠れ、うまく英気を養うことができた。そして、目覚めた団員たちが出勤していくと、その隙をぬって戸棚から〈熊神の教団〉の制服を取り出して着替え、まんまとカルトの一員になりすましたのだった。
 変装を終えたユディットは、次に、先ほど自分を脅かした洞窟熊に復讐を遂げようと、檻のところまで戻っていき、外から《これでもくらえ!》を連発して洞窟熊を半死半生の身にしたあげく、「仲間になるなら命だけはとらん」と言いくるめ、《操り人形》の魔法をかけて、自らの手下に仕立て上げた。
 洞窟熊の檻の隣には、囚人たちが入れられている牢屋があった【部屋P】。教団によって捕らえられ、身代金をせしめるために、辛うじて生かされている哀れな囚人たちである。熊には厳しいユディットだが、さすがに同胞に対する同情の面はぬぐえず、再び《開け》の魔法で牢の鍵を開け、無事、囚人たちを解放したのだった。
 囚人のうち、男の名はラムファードといった。女の名はガラドリエル。2人はひどく痩せており、今にも死んでしまいそうなほど衰弱している。ユディットは2人を〈熊神の教団〉の兵舎へと連れていき、備え付けられていたキッチンに置いてあった食べ物を分け与えたのだった。

●死の矢、酸の池

 ユディットはラムファードとガラドリエルから何か情報を聞き出そうかと粘ったが、彼らも街道で捕まって洞窟に連れてこられたとしか憶えておらず、話にならない。だが、熊一匹連れて歩くのでは何かと心細いので、囚人たちを連れてパーティを結成し、出口を探すことにする。
 兵舎とは反対の方向へと向かう通路を歩いていく。途中の十字路を直進すると、巨大なホールに出た【部屋K】。ホールの南側には、巨大な扉が据え付けられていたが、開きそうにない。仕方がないので北側に向かうと、通路が繋がっていた【部屋L】。奥へ進むと階段があり、先には真っ赤な色の池が見える【部屋M】。あまりの怪しさにたじろいだユディットは、先に進むのをためらい、ホールに戻った。
 ……と、先ほどは気が付かなかったが、ホールからちょっとした小道が延びている! 意を決して、ユディットらはその道を行くことにした。
 しかし、その道は文字通り「死の通路」だった。進んでいくうちに、壁の銃眼から矢が発射された【罠d】。ユディットらはなんとか回避したものの、それをまともに受けた洞窟熊は、叫び声を上げる間もなく即死してしまった。

●壁が迫ってくる!

 ユディット以外の面々はアレクサンドラを仲間に加え、洞窟を急いだ。話しているうちに、アレクサンドラが熊に変身してしまう原因が、彼女が手にしている奇妙な宝石の力によるものだということもわかってきた。
 しばらく進むと、探検家たちの目の前には地下水脈が広がり、通行を阻んだ。一人ずつ、意を決して川を飛び越えて行くが、器用度の低いチクタクが、途中で落ちてしまった! 必死で手を伸ばして拾い上げようとするものの、間に合わない。ジルベールは川に飛び込み、チクタクの救助に向かった。その様子を見て、残りの面々も覚悟し、2人の後を追った。アレクサンドラは《翼》の魔法で難を逃れ、危険を冒さずに一行の後に続くことができたのだったが……。
 探検家たちは川を下る途中、激流から放り出された。そして気が付くと、とある牢のような場所にいたのだった。そう、つい先ほどまで、ユディットが熊を嬲りものにしていた場所である。濁流のなかで武器を無くした者も何人かいたが、パーティの面々はとりあえず皆、無事だった。とりあえず鍵が開いていた檻を抜けて歩いていくと、一行は無事、ユディットたちと合流することができたのだった。
 大所帯となったパーティは、とりあえず先ほどの広いホールの辺りを探ってみることにした。罠が仕掛けられていた通路は使わず、別な通りに入って先を進んでいく。すると、奇妙な階段があった。周りには同じく、不思議な祭壇のようなものが見える。警戒した探検家たちは手をつけず、辺りを入念に探ってみた。するとどうだろう、隠し扉が見つかったのだ! パーティは意を決し、その中に足を踏み入れた。
 中には、再び長い階段があった。恐る恐るのぼっていくと、部屋が見えた。全員が入り終わると、低い声が響き渡ると同時に、壁が迫ってきた【部屋O】。
「そなたらは我が墓を冒涜した。さあ、死ぬがよい!」
 迷宮探検家たちは慌てて逃げ出した。
 数名が危うくトマトピューレになりかけたものの、辛うじて全員が、死の罠から逃れることができた。もうこんな危険な場所はこりごりだと、パーティは後戻りすることに決めた。ホールの前の十字路まで戻り、南の通路を進んでいく。
 その細い道の先には、部屋があった。「いっち、にの、さん!」で蹴破ると、そこはなんと〈熊神の教団〉のナンバー2、アリ・オソ・グランデの私室だった【部屋S】。豪華な調度品が部屋を彩っている。
アリの護衛二人はグレートソードをかまえ、とっさに防衛体制を取った。それを見たパーティは、もはや戦う他はないと判断し、一気に躍りかかった。
 アリは突撃を防ごうと、背後の壁にかけてあった巨大な熊の毛皮を放り投げた。するとどうだろう、毛皮はみるみるうちに、ポーラー・ベア(MR400)へと変化したではないか!

 以下、戦闘の模様を解説するが、T&Tのシステムでは、「戦闘時の行動は、敵味方とも同時」だとして処理されることをご注意されたい。

・第1戦闘ターン目
【パーティ側の行動】
ジルベールがバーサーク。ウィリーもバーサーク。
ラムファードとガラドリエルは乱戦に参加。
スピピはチャクラムを護衛の片方に投げつける。命中。
チクタクはジルベールの武器に《凶眼》をかける。
ユディットは、《これでもくらえ!》の3倍掛けでポーラー・ベアを狙う。
アレクサンドラは《これでもくらえ!》を3倍掛けでアリにぶつける。105ダメージを受け、アリは死亡。
【〈熊神の教団〉側の行動】
護衛2人はワーベアで、熊に変身し、猛攻を仕掛けてくる。探検家側に押し勝つ。

・第2戦闘ターン目
(パーティ側の行動)
ジルベールとウィリーはバーサーク中。
ラムファードとガラドリエルが攻撃に参加。
スピピはチャクラムをワーベアの1人に投げつける。外れ。
チクタクは《いだてん》をジルベールにかける。
アレクサンドラは《凶眼》をウィリーにかける。
ユディットは再び《これでもくらえ!》を3倍でポーラー・ベアに唱え、魔力不足で気絶。
【〈熊神の教団〉側の行動】
教団側の畳み掛けるように熾烈な攻撃。
ジルベール、ウィリー、ガラドリエルはそれぞれ28、28、29ダメージを受ける。
結果、ジルベール、ガラドリエルが死亡。

・第3戦闘ターン目
状況の不利を悟ったアレクサンドラは、熊(MR189)に変身。
熊は、依然バーサーク状態のウィリーとともに苦闘。
ラムファードとチクタクがサポートで攻撃に入るが、ラムファードが死亡。

・第4戦闘ターン目
教団側が、パーティに少し(2、3点)ダメージを与える。
だが、スピピの手裏剣が当たり、ワーベアの1人が死亡する。

・第5戦闘ターン目
パーティの苦闘により、ワーベアのもう1人が死亡。
残るは傷ついたポーラー・ベアだけ。
悪意ダメージは油断できないが、ひとまずパーティの勝利が確定。

●勝利の余韻

 8人パーティのうち3人までもが死亡してしまうほど、激しい戦闘だった。しかし、悲劇はそこで終わらなかった。なんと、バーサーク状態で暴れているウィリーを慰撫しようとして逆に斬りかかられ、避けきれなかったチクタクは真っ二つにされてしまったのだ。
 しかし、悲しいことばかりではない。部屋を探ると、なんと、1レベルから11レベルまでのすべての呪文が記された巻物と、〈熊神の教団〉の所行ならびに、メンバーの素性が記された本とが見つかったのだ。巻物は非常に貴重なものだし、本のほうはカザンに持ち帰ってレロトラーに渡せば、最低でも金貨10000枚を越える価値を持つことだろう。
 迷宮探検家たちはその後、血にまみれた部屋をさらに入念に探索し、"大いなる熊(オソ・グランデ)"アリがこっそり作っていた抜け穴を発見し、無事地上に戻ることができたのだった。
 前途に見えるのは苦難だらけだ。けれども、彼らの旅はまだまだ続く。
 生きていかねばならないからだ。

●ちょっとした裏話

 実は、今回パーティが探索したのは、洞窟全体のおよそ3分の2ほどでしかない。未踏破の部分には、謎のメカニカル・ベアなど、色々と面白いイベントが用意されていた。
 また、アリは必ずしも倒すべき敵ではなく、「熊の教団」のトップであるビヨルニをやっかんで、彼を暗殺するようパーティに依頼してくることもあるのだが、今回は戦う流れとなった。
 正直、アリと戦うことになったときパーティは全滅するかもしれないと思ったが、そうはならなかっただけでも、探検家は敢闘したと言ってよいだろう。NPC、特にアレクサンドラの使い方がうまかったからと思われる。
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2021年12月19日

児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる『ゾルのモンスター迷宮』リプレイ


 2021年11月28日の「FT新聞」No.3231で、 細谷正光賞受賞・「ミステリマガジン」「ミステリが読みたい!」で高順位、破竹の勢いの羽生(齊藤)飛鳥さんによる拙訳『ゾルのモンスター迷宮』(「GMウォーロック」2号)リプレイが配信されています!


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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.12
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『ゾルのモンスター迷宮』をプレイした時期は、ちょうど短編を書いている時期と一緒でした。
短編を書く&資料収集と書き写しもする→頭がデッドヒート! だめだ……脳みそが焼き切れて力が出ない……→そうだ、『ゾルのモンスター迷宮』でリフレッシュだ!→面白かった! 精神エネルギー充電120%! よし、今なら書けるぞ!→最初に戻る
……と、繰り返すうちに、けっこうな人数のキャラが生まれては消えていきました。
『ヴァンパイアの地下道』で死なせたキャラクター7人に次ぐ死亡者数でした。
執筆中支えてくれた彼らの存在を語らず、生還者の翠蓮のみをリプレイの主役として語ることに、さすがに罪悪感にかられたのと、今回はカーラ・カーンという冒険を俯瞰する存在がいたことから、今回は群像劇っぽい仕上がりにしてみました。
それから、短い話なのに、『ゾルのモンスター迷宮』には自由すぎて面白い展開が用意されていたので、それをリプレイに書かないのはもったいないと思ったのも理由です。
なお、登場するモンスターで、外見で一番好みなのは虎人間で、個性で一番好みなのは沼トロールです^^

※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『カーラ・カーンの秘密の手記』
〜リプレイ『ゾルのモンスター迷宮』〜

著:齊藤飛鳥
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×月×日
我が偉大なる死の女神レロトラー様の親衛隊となる逸材を手に入れるべく、この〈虹色迷宮〉を建設してどれくらいの月日が流れたことか。
我が女神を守る屈強なる戦士、あるいは盗賊が欲しいので、彼ら向けに設定して造ったのだが、踏破した者の数は十指に満たず。
いつからこんなに貧弱な冒険者が増えたんだ。



×月〇日
今日は、久しぶりに見込みのあるドワーフの男戦士を見かけ、声をかける。
名は、〈鈍重なる〉ドーニゲット。
耐久度、体力度、ともに高いが、知性度、速度が低いため、この二つ名をつけられたとか。
しかし、「モンスターぶっ殺して宝をゲットできるとか楽な仕事じゃねえか」と、何の疑いもなく私の申し出を引き受けてくれる単純さ……ゲフンゲフン……素朴な人柄は、親衛隊にふさわしい。
彼の旅立ちを見送った後、私は水晶を使って〈虹色迷宮〉内部を映し出し、ドーニゲットの動向を見守った。
#の扉、^の扉、*の扉と、三連続でクリーチャーと出会わないルートを進むとは、かなりの強運の持ち主。
冒険に必要なのは、夢と勇気と、そしてかなりの幸運だ。
これがなければ、親衛隊に入ってから危険な任務をまっとうすることができない。
ドーニゲットの運の強さに感心していると、彼は!!の扉を開けた。
いよいよ、彼の戦士としての力量を図る好機が来た。
!!の扉の向こうにいるのは、宝石呑みという名のクリーチャー。
ドワーフの男戦士の実力を見せるがいい!
「おらの両刃の斧を食らいな!」
ドーニゲットの斧の攻撃はしかし、宝石呑みのダイヤモンドに似た肌の表皮を傷つけることすらできなかった。
両刃ブロード・アックスを使っておきながら、8点のダメージしか攻撃できない戦士を、私は初めて見た。
「チャオ、戦士野郎」
宝石呑みは、陽気に笑いながら、ドーニゲットへ攻撃する。
両手持ちの武器を装備していて、盾を持っていないため、ドーニゲットの防御はキルテッド・ファブリック(完全鎧)に頼るのみ。
そのため、攻撃力9d6+44の宝石呑みの軽い平手打ちで、即死だった。

〜本日の教訓〜
声をかける戦士の装備もよく気をつけて見ておこう。



△月◇日
ライト・レザーとターゲット・シールドを装備した人間の男戦士を見かけたので、声をかける。
名は、〈強欲なる〉イーライ。
「金と宝が手に入るなら、親でも殺すのオーライだぜ!」
金に目がくらんでいる奴は、制御がたやすい。我が親衛隊の特攻隊長として必ずや逸材となってくれるだろう。
私は、期待を込めてイーライの旅立ちを見送り、いつものように水晶に迷宮内を映し出し、彼の動向を監視した。
イーライは、@の扉をくぐり、さっそくクリーチャーとの戦闘に入った。
しかし、戦っている間中「金、金、金!」「宝、宝、宝!」と言い続ける余裕を見せ、完勝。
これは、頼もしい。
イーライは、オリーブグリーンの壁のある非常に長い通廊に進んだ。
ここは分厚い石壁が飛び出してきて押しつぶす罠が仕掛けてある。
この罠を乗り越えられてこそ、親衛隊にふさわしい逸材。
さあ、イーライ。おまえの真価を今こそ発揮するがいい!
私は興奮のあまり、水晶をつかむ手の震えが止まらなかった。
水晶の向こうの光景から目をそらすことなど、よほどのことがない限り、不可能だった。
「ペグッ!」
飛び出してきた石壁に押しつぶされたイーライから、奇声が漏れ聞こえる。
石壁が元の場所に戻った後、イーライは膝から崩れ落ちた。
それきり、動かなくなった。
「Oh……」
私は、水晶の向こうの惨状に、両目を手で覆って天を仰ぐしかなかった。

〜本日の教訓〜
装備がよくても、幸運度が低ければそれまで。



△月〇日
ここ数日、冒険者の質の低下を考えずにはいられない。
ドーニゲットとイーライ以降三人の男戦士に〈虹色迷宮〉を冒険してもらったのだが、全員踏破できなかった。
イーライと同じように石壁につぶされるも、かろうじて助かった男戦士は、その後蛇にかまれて死亡。クリーチャーとの戦いでのダメージもあったのだろうが、こんなしょぼいタイミングで死なれるとは思わなかった。
二人目の男戦士は、沼トロールのメインディッシュになった。
そして、どうやら食べた人間の知性を取りこんだらしい。
沼トロールはこの〈虹色迷宮〉から脱走。
今までこんなことはなかっただけに、意外な展開だった。
こいつを親衛隊に勧誘しておけばよかったと、悔やまれてならない。
三人目の男戦士は、死の蛙を倒したところまではよかったが、虎人間に一撃で倒された。
いつからこんなに冒険者は弱くなったのか。
いいや。それより、あの沼トロールを勧誘しておけばよかった(大事なことなのであえて二回記す)。
まさか、あんな逸材が自分の迷宮にいたとは、完全なる盲点だった。食べた戦士の名前をもらって〈自由なる〉フランクスと名乗るあの沼トロールを「生け捕り厳守」で、この辺り一帯に指名手配しておこう。

〜本日の教訓〜
過去を振り返っても何も得られない時は前を見よう。



☆月★日
今日は、珍しく親衛隊の勧誘ではなく、人助けをした。
魅力度48で、全裸の褐色肌銀髪のエルフの美女がいたら、男なら誰だって救いの手を差しのべるものだ。
かのエルフの美女は戦士で、長らく〈怪奇の国〉にて遭難していたが、先日ついに脱出に成功。対価として、これまでの装備を失ってしまった上、唯一の戦利品である宝石も魔術師マックスに半分支払い、250gpしか持っていないまま、この地へ飛ばされてきたそうだ。
不憫に思い、〈虹色迷宮〉の冒険は勧めず、着る物と彼女の知り合いのいる〈青蛙亭〉までの路銀を恵んでやった。
すると、アダルティなお姉さま的外見の美女とは思えないほど、手放しで私へ感謝してくれた。
最近、親衛隊の勧誘のため男戦士とばかり会話していたので、心が潤った。
よく考えたら、女神レロトラー様にお仕えする親衛隊が、男だけである必然性はなし。
いざという時には、レロトラー様の御寝所や浴室にも入ってお守りできる女戦士も必要ではないか。
そういうわけで、我が女神レロトラー様。これ、浮気ではありませんからね。
ちゃんと貴女をお守りする親衛隊に繋がる人助けですからね。

〜本日の教訓〜
女戦士も勧誘の対象に加えること。


☆月◇日
先日我が迷宮から脱走した沼トロールを発見。
この沼トロール、食べた人間の戦士の知性を自らに取りこみ、並みのトロールよりも賢くなっていたので、ぜひとも親衛隊に勧誘したかったのだ。
ところが、逃げられてしまった。
どうも、また〈虹色迷宮〉で働かされると勘違いしたらしい。
来る日も来る日も迷宮内の一室で戦士を待つだけの日々と、薄給に嫌気がさしたのだろう。
そりゃあそうだ。外の世界で冒険者をしている方が、ずっと楽しい。
心躍る冒険。たのもしい旅の仲間達。ロマンティックな出逢い。これを一度知ってしまったら、迷宮内勤務は灰色の日々にしか見えまい。
しかし、あの沼トロールは惜しいことをした。

〜本日の教訓〜
迷宮のホワイト経営を心がけるべし。


☆月〇日
夜、何者かに迷宮の扉をたたかれ、応対する。
夜の来訪者の正体は、先日助けたエルフの美女の手紙を持った、黒髪色白ツインテの幼女だった。
手紙によると、あのエルフの美女は、たどり着いた〈青蛙亭〉にて『怪奇の国のアリス』という本を読んだら、夢の中で大冒険。
〈怪奇の国〉での不運を挽回したかのように、現在は金レースのあるドレスのポケットに子猫のスノー・ドロップを入れ、右手にはヘル・ブレード、左手には治癒の錫杖を持ち、しかも大粒のソナン・イエの翡翠まで手に入れたという。
このような幸運に巡り合えたのは私が恩を施してくれたおかげだと、彼女は手紙に綴っていた。
ところで、手紙にはこんな追伸が書き添えられていた。
「カーン様がお造りになった迷宮を冒険する戦士として、わたしの友人であり、かつては旅の相棒だった〈屈強なる〉翠蓮をご紹介します」
翠蓮は、18歳には見えない幼女な外見に似合わず、これまで数々の冒険を成し遂げてきた歴戦の戦士だという。
かの呪われし魔の都・コッロールへ冒険して、幽霊に取り憑かれただけで生還できたとは、まさに逸材。
情けは人のためならずとは、まさにこのことだ!
しかし、今日はもう遅いので、次の日から迷宮の冒険を始めてもらうことにした。

〜本日の教訓〜
情けは人の為ならず。巡り巡って己がため。



☆月△日
夕べ我が〈虹色迷宮〉を挑戦しに来た女戦士の翠蓮に、〈虹色迷宮〉の説明をして送り出し、定番の水晶玉による監視をする。
さっそくクリーチャーの扉を選ぶとは、大丈夫か。
武器と言ったら、銀の懐中時計くらいしか持っていなかったぞ、あの幼女。
早くも冒険終了かと思ったが、銀の懐中時計はヴォーパル・ブレードに変化した!
そして、一刀の下、クリーチャーを斬り捨てていった。
これは、幸先がいい。
続いて、罠が仕掛けてある長い通廊。
罠にかからず、無事に突き当たりの##の扉へ進む。
この部屋にいるクリーチャーは、巨大な緑の蠍だ。
こいつを相手にかなり苦戦しているようでは、正直不安だと思ったが、辛勝した。
蠍の死体から得たポーションを、何の迷いもためらいもなく使って回復に努める姿勢は、感傷的でなくていい。
彼女はしばらくさ迷ううちに、今度は}の印の扉を開ける。
恐ろしい金切り声を上げてくる鷹人間に、幼女の顔がこわばる。
さすがに怖かったか……と思ったら、
「てめえ、鷹人間のくせに『ワッシッシッシッ!』と笑っているんじゃねえヨ!」
と、冷静に指摘してきた。
顔がこわばって見えたのは、ツッコミを入れる前の「何こいつ」的な表情をこちらが読み取り間違えただけらしい。
鷹人間は、だいぶショックを受けたようだが、すぐに気を取り直して戦闘を開始した。
しかし、なかなか決着がつかず。
途中、トイレ休憩を入れて戻ってきたら、翠蓮が勝ち、スカイブレードと盾をゲットしてほくそ笑んでいるのが見えた。たくましい。
またしばらく、彼女の彷徨が続く。
やがて、天井がなくて空が見える通廊にたどり着いた。
ここの茂みには蛇を放ってある。
この前も、ここの蛇に噛まれて命を落とした戦士がいるから、思わず手に汗を握る。
「痛っ!」
手に汗握ったそばから、蛇に噛まれて3ダメージを食らっている。
だが、耐久度はまだあるので、廊下の反対の端の&*の扉に到達し、先に進んだ。
よかった。
それから、再び扉のある部屋に来た時は、印が「ヒヨコが並んでいるみたいでかわいいネ」と、女子特有の基準で&&&の扉を選択。
それから……おおっ!
ついに、〈虹色迷宮〉を踏破しそうだ!
こうしてはおれな(以下文章中絶)


☆月◎日
憤懣やるかたなしとは、まさにこのことだ。
一夜明けても、まだ怒りが収まらない。
昨日、〈虹色迷宮〉を実に数年ぶりに踏破した戦士が現れた。
親衛隊にふさわしい逸材をついに確保できる。
その喜びから、私は事前に約束していない報酬すら特別に与えた。
冒険点も、奮発して与えてやった。
なのに、親衛隊に加わらないかという私の誘いに対する返事は、「NO」だった。
腹が立ったので、調子のいいことを言って〈虹色迷宮〉に再挑戦させて新任の沼トロールの餌食にしてやろうかと思ったが、こちらに対する返事も「NO」
再挑戦しない理由が、恋人と冒険の相棒のもとへ早く帰りたいからとは、初めてのお使いをした子どもか!
嫌味をこめて、我が迷宮を冒険した感想を訊いてみたら、その答えが
「ここのクリーチャーどもがあんまりにもファニーフェイスばかりだったから、あたしの相棒の飲んだくれ岩悪魔がイケメンに思えてきたネ」
だった。
まったく、腹立たしい。
仕方ない。また新たなる戦士を勧誘するか……。

〜本日の教訓〜
教訓は何の役にもたたないので、以後ここに教訓の欄を設けるのをやめる。

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『GMウォーロック』Vol.2 収録
 ソロアドベンチャー『ゾルのモンスター迷宮』
  作:ケン・セント・アンドレ
  編・イラスト:デイヴィッド・A・ウラリー
  訳:岡和田晃
  校閲・協力:吉里川べお
 発行 : グループSNE/新紀元社
 2021/7/17 - 2,420円
posted by AGS at 20:18| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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