2011年03月04日

ルナー帝国とは 〜ルナー帝国と『秘身譚』、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事〜

【テーマ連載】『秘身譚』とルナー帝国(第2回)
ルナー帝国とは
〜ルナー帝国と『秘身譚』、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事〜

 掛川雅明

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【目次】

1、秘身譚とルナー帝国?
2、幻想世界グローランサについて
3、「グローランサというシステム」について
4、「グローランサというシステム」がルールを超えた経緯
5、そしてルナー帝国

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1、『秘身譚』とルナー帝国?

 どうも、AGS さんより「ルナー帝国コラムを」ということでご依頼を頂きました まりおん です。

 グローランサ系RPG(『ルーンクエスト』、『Hero Quest』、『Rune Wars』)の廃人的ファン(こういう人を海外では Gloranthaphile と言う)として一部界隈のみで知られている者です。どうぞお見知りおきを。


 「『秘身譚』が、ルナー帝国のイメージソースとして使えるのではないか?」というツイッター上でのやりとりが編集者さんのお目にとまってこんな記事を書かせていただくことになりまして、ツイッターの力を実感する今日このごろです。(世の中何が起こるかよくわかりません(笑)) そのあたりの経緯は編集者さんのコラム(「『秘身譚』とルナー帝国 第1回」)をご覧くださいませ。

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

 私の『秘身譚』に関する感想はこちら。

・『秘身譚』感想−−あるいはルナー帝国への想い - まりおんのらんだむと〜く
http://d.hatena.ne.jp/mallion/20101215/p1



2、幻想世界グローランサについて

 グローランサというのは米国のゲームデザイナー、グレッグ・スタフォード氏が創造したファンタジー世界です。通常はこういうものはファンタジー小説などとして発表されるのが普通です。しかし、グレッグ氏はこの世界を使って『White Bear & Red Moon』(WB&RM)【*1】というボードゲームを作ったのが一風変わっていました。氏自身が語るところによると、小説の3要素(キャラクターと設定と筋書き)のうち、筋書きを無くした(プレイする人が筋書きをつくるようにした)「Do It Yourself Novel」を作るという意図だったそうです。【*2】

【*1】後に改稿されて「Dragon Pass」(ドラゴン・パス)として発売。日本でもルーンクエストに先立ちホビージャパン社から翻訳出版された。

【*2】『GREG STAFFORD TALK SHOW』,「TRPGがもっとやりたい!!」,アトリエサード刊(2003年)より。なお、この桂令夫氏との対談は、「ケイオシアム社が設立された理由が持ち込みが断られ続けてタロットカードで占った結果だった」とか「クトゥルフの呼び声の誕生のきっかけが、サンディ・ピーターセンのルーンクエストのモンスター集サプリメントの持ち込みだった」とか興味深い事実満載の記事ですので、興味がある方はぜひご一読を。
ASIN:4883750469
TRPGがもっとやりたい / アトリエサード


 『WB&RM』が1975年に発刊されたその月、ちょうど前年出版された『D&D』の1版を手にとったグレッグ・スタフォードは、本人の弁によれば

「そして私は当時のアメリカ人の大多数と同じ感想を抱いた。
『俺ならもっとうまくやれる』」 [会場爆笑]


 ……という理由で(笑)スティーブ・ペリン氏とともにグローランサを背景とした『ルーンクエスト』というRPGを発刊しました(1978)。『ルーンクエスト』は、D&Dのカウンターパートとして当時の米国TRPG界に大きな影響を与えました。特に緻密な背景世界と膨大な設定で遊ぶ「第二世代RPG」は、この『ルーンクエスト』や『トラベラー』(1977)が最高峰であるとされています。


 『ルーンクエスト』は当時まだ学生だった日本のゲームデザイナー諸氏(水野良氏や清松みゆき氏など)にもよく遊ばれ、日本におけるゲームデザインの最初期に大きな影響を与えています【*3】。また翻訳されたルーンクエスト(RQ)は、本格的な海外TRPGとして、D&Dとともによく遊ばれ、デジタルゲームでも一定の影響をみることができます。【*4】

【*3】水野良&清松みゆき の『ソード・ワールド』の背景世界フォーセリアや、友野詳の『GURPS ルナル』などにその影響が指摘される。ちなみに水野良氏はオーランス派、清松みゆき氏はイェルマリオ派だったそうな。水野良氏はグレッグ氏が来日したときにも一緒にご飯を食べていたりしていました。

【*4】『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏氏が、影響を受けたTRPGでよく挙げるのが『T&T』と『ルーンクエスト』です。氏は現在は新版のBRPのルールを導入して遊んでいるそうな。噂レベルではもっといろいろあります。



3、「グローランサというシステム」について

 グローランサはルーンクエストの背景世界として有名ですが、ルーンクエストとはいかなる特徴をもつシステムなのでしょうか。
ルーンクエストは、いわゆる「第二世代TRPG」の代表格として挙げられる存在です。第二世代TRPGとは、

第二世代RPGの定義:「戦闘ルールよりも、むしろキャラクターの生活世界に関する事象を中心にルールで記述し、“その世界の住人”として生きることを楽しむことを主題とした、ストーリー指向・キャンペーン指向のRPGのこと」【*5】


です。第二世代TRPGの特徴は、「システムによって世界を表現しようという欲求」だと言えるでしょう。システムの中には、もちろんルールもありますし、世界を説明した背景設定も含みます。これ総体を「データ」と言ってもいいでしょう。データによって世界を表現しようという欲求の発露が第二世代TRPGであるといえます。

【*5】『多摩豊の「RPG世代論」を正しく把握する』, gginc(http://d.hatena.ne.jp/gginc/20070820/1187666679)。


 その上で「ルーンクエスト・グローランサ」というシステムの特徴は、

・世界を表現するためのデータ処理が〈技能〉処理と能力値/副能力値処理に集約されている。そのため世界への干渉を簡単に記述できる。

・《魔術》により、〈技能〉処理・能力値/副能力値処理が大きく干渉を受けるため、《魔術》処理が世界観の中心に位置づけられる。

・その《魔術》を獲得するシステムが「カルト」システムとして世界観にからめて構築され、さらにカルトがキャラクター・アーキタイプとして機能する。

・「カルト」の上位存在として「神殿」または「神群」というものがあり、これが文化圏を特徴づけるとされることで、文化・習慣を意識させる。

・文化・習慣・歴史は、「背景世界情報」という「データ」で記述される。(ルールの埒外だが、システムに組み込まれている)


 ということにまとめられるかと思います。

 「カルト」は、「神話」「世界の中のカルト」「カルトの生態」「カルト内の位階」「精霊呪文(エブリデイマジック)」「神性呪文(必殺技)」「友好カルト」(神殿/神群の中の関係)といったフォーマットを基準に解説され、これを「カルト・ライトアップ」といいます。(必要最小限にまとめたものを「ショート・カルトライトアップ」、4〜5ページにわたるものを「ロング・カルトライトアップ」と区別したりしますが、構造は同じです)


 たとえば、ヴォーリアという女神さまがおります。


 ヴォーリアは大神オーランスと大地母神アーナールダとの間の娘で、大暗黒が終わり「時」が始まる前に生まれました。「長い冬」が終わったときに生まれた女神なので、「春の女神」とされています(神話)。ヴォーリアはアーナールダの寺院でともに信仰されています(世界の中のカルト)。ヴォーリアの信者は成人前の少年少女たちが中心です(カルトの生態)。カルトの入信者は少年少女たちなので、信仰には加われません。女祭は他のカルトに入ったことのない大人の処女であることが条件です(カルト内の位階)。精霊魔術はなし。神性魔術は《ヴォーリア礼拝》、《開花》、《活力付与》、《小動物との会話》です。友好カルトは大地神殿の女神たちです。

《開花》 1ポイント
接触、残照、複合不可、再使用可
花を作り出すことができる。何かの表面に触れて1魔力ポイントを消費することにより、触れた場所に一輪の可愛い花か一枝の葉が開く。そこが小さな植物の生長に適した場所ならば、根付いて成長する。(タイルの床や他人の耳の裏側のように)生長に適さない場所だったときは、花や短い枝つきの葉が現れるだけで、その場所に根付くことはない。魔力ポイントが尽きるか接続時間をすぎるまで、女祭の歩くそばからつぎつぎと花を咲かせることもできる。


 い、意味がないっ! 

 人間の頭に花を咲かせられたからといってそれが戦闘や問題解決に何の意味があるというのか!


 ……だが、われわれはそういった戦闘とはまったく関係がないものも含めて、世界は成り立っていることを実感できるのです。【*6】

【*6】実際には、ヴォーリアたんの女祭には、保母さんカルトとして子どもたちとお遊戯したり、攫われ役になるという大事な役目があります。


 サプリメント「ジェナーテラ」には、これらの「システム」の「ルール」から演繹して世界を考察する、ファンからも絶賛されている世界解説がありますので、一部引用してみましょう。

 多くの人間にとって、グローランサは単純かつ簡素な世界である。地球の言葉を使えば、人類の大半はいまだ新石器あるいは青銅器文明の段階にある(すなわち、一部で始まったばかりの農業、原始的な道具類、単純な政府が特徴)。しかし、地域によっては魔術や過去の時代の遺産のおかげで、中世のレベルか、あるいはそれ以上の段階のレベルに達しているところもある。

(中略)

 グローランサにおいては、誰もが宗教と魔術の存在を認識している。これは生存にとって基礎的な要素であると考えられている。神々は誰もが認めるように実存し、世界に対して強大な影響力をふるっている。

 ここでは魔術が世界を支配しているため、日常生活が多くの意味で地球とは異なっている。カルトや宗教を中心に人々の生活がある。魔術は生活の安定や安楽を手に入れる手段であると同時に、いさかいと恐怖の源でもある。

 怪我や病気は地球の場合ほど深刻ではない。というのも、肉体的な傷や病気であれば、友人や家族、あるいは土地の誰かに治してもらえるからである。このことは、高い治療費を払って、わざわざ専門家のところに出向かねばならない地球の場合とは対照的である。

 魔術で傷が簡単に治るということは、裏返せば、暴力が紛争解決の手段として日常的に用いられている、ということも意味している。

 病気はケガよりもはるかに危険が大きい。これは病の神マリアなどの有害な存在のためである。病気の治療はふつう地域レベルで行われ、費用も安いが、幼児や児童の多くは、治療者のところに連れて行かれる前に死んでしまう。

 狩猟や農業も魔術の恩恵を受けている。土地が肥沃になるように呪文がかけられ、それによって収穫が増える。狩猟の場合も、武器が強力になるような呪文によって、狩人の放つ矢の威力が増す。このようにして、より大規模の社会を支えることができる。しかし、魔術戦争と災害の時代が続いているという事実は、天然資源の豊かな地域が少ないということをも意味している。

(中略)

 グローランサにおける人間の死亡率は、一般的に地球の古代または中世のそれに近い。ただし、死亡率は子どもや老人に特に高く見られるわけではなく、あらゆる年齢層で平均している。グローランサの幼児は、地球の中世における幼児よりも成人まで生き残る確率が高い。しかし、そうして生き残った者は、成人が果たすべき危険な仕事を引き受けなけくてはならない。老いるまで生き残るのはさほど難しくはないが、それは彼が巨大な権力を得たか、あるいは若い頃に巧みに責任を回避したことを物語っている。

 要するにグローランサの魔術は、片方の手で与えたものを、もう片方の手で奪い取っている、と言い表すことができるのである。【*7】


【*7】サプリメント「ジェナーテラ」付属『グローランサ・ブック』、「編集者による序論」、ビル・ダン、1988年 より抜粋。



4、「グローランサというシステム」がルールシステムを超えた経緯

 さて、ルーンクエストはグローランサに様々な世界観を取り入れました。上記のような世界観――血と青銅と泥にまみれた、神々の実在するハイ・ファンタジー ――は、「ルーンクエストをシステムとして持ったことでグローランサが獲得した特質だ」といえるかもしれません。

 しかしながら、ルーンクエストが「地に足をつけた」世界の範囲を切り取って描写するシステムであった一方、グローランサの世界観には「英雄による物語」という一面がありました。それはグローランサ最初のゲーム化である「WB&RM」で、ヒーローユニットが数千人からなる連隊とひとりで渡り合えるということからも分かります。しかしルーンクエストが表現する範囲の「世界」では、グローランサのその側面を表現することは困難でした。【*8】【*9】

【*8】ファンサイドのルールバリアントとして「スーパー・ルーンクエスト」(100%を超えた技能を扱う)という形での試みはあったが、必ずしもうまくいったとは言いがたい面があった(超インフレで)。スーパー・ルーンクエストのリプレイがこちらにある。
http://www.river.sannet.ne.jp/rojin/rq_replay_top.html

【*9】もちろん、超人的な能力を発揮することだけが英雄の条件ではないので、ルーンクエストの範囲でも英雄を演じることは可能ではあります。


 Avalon Hill 社からルーンクエスト3版のサプリメント出版が長らく無くなり(しかしルーンクエスト出版の版権はAH社に押さえられていたため、ケイオシアム社として独自の展開もできなかった)、ファンの間では、グローランサの神話上の出来事に喩えて「大暗黒」と呼ばれる期間が始まります(およそ90年代全般に相当)。この間、ファンの間ではファンジンが頻繁に出版され、コンベンションでのグレッグ氏を交えた質疑応答などで、グローランサの設定は深みを加えていきます。グレッグ・スタフォード氏もルーンクエスト時代末期にかかれた資料集『King of Sartar』【*10】を嚆矢として、「Unfinished Work」というTRPGシステムに依拠しない部分のグローランサの設定を深めていきました。【*11】


【*10】グレッグ・スタフォード著。英雄戦争の数百年後(?)の時代、かつての歴史の知識が失われてしまった時代に、とある学者が英雄アーグラス王にまつわる文書をまとめて英雄戦争がいかなるものであったのかを考察した、という設定の架空の歴史書/研究書。この本自体の真贋を含めて様々な議論が噴出した。グローランサの神話・歴史の底本としても重要な位置づけを受ける。日本では『グローランサ年代記』と題されホビージャパン社から出版(1994)。ASIN:4894250411
幻想神話大系 グローランサ年代記

【*11】ルナー帝国についての考察を進めた3部作をはじめ、システムによらずテーマごとに神話や歴史の文書を集積した本。Unfinished と題されているだけあって、書きかけになったまま放置された部分もあったりする(笑)。上記の「King of Sartar」を含める場合もある。10冊程度出版されている。



 そして2000年5月15日、グレッグ氏は新しいシステムをグローランサの器として採用しました。それが「ヒーローウォーズ」であり、その改訂版が現在も展開が続いている「HeroQuest」シリーズになります。


 ヒーローウォーズ/HeroQuestにおいて、採用されたシステムの特徴をまとめると以下のようになります。

・技能の定義をせず「自然言語」としての意味づけに抽象化することで、ゲーム的に扱える範囲を拡大する。

・ゲームスケールを拡大し、判定を英雄レベルまで可能にする

・ヒーロークエストのルール化(神話の再演、共同体のサポート、ヒーローサイクル)

・英雄を支える「共同体」のルール化と、共同体との縁故、支援効果のルール化


 技能を抽象化したルールを採用したために、戦闘の再現性や戦闘の面白さという点ではルーンクエストに遠く及ばず、『ルーンクエスト』ユーザーからは一部から失望の声が挙がったりしましたが、特に「共同体を代表して探索を行い、共同体に変化を持ち帰るものが英雄である」という英雄の定義をヒーロークエストと縁故という形でシステム的にまとめた【*12】ことなど、グローランサ系システムとして、この方向への進化は必然であったと言えるでしょう。

 ルーンクエストが「英雄戦争のゲットー【*13】を活写する」ことに特化していたものを、『ヒーローウォーズ』/『HeroQuest』 は「英雄戦争【*14】を実装する」ことを目指しているといえると思います。

【*12】グローランサにおける英雄についての考察についてはこちら。「ヒーロークエスト考」 http://www31.atwiki.jp/mallion/pages/49.html

【*13】『ゲットー(ghetto)は、ヨーロッパ諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区である。第二次世界大戦時、東欧諸国に侵攻したナチス・ドイツがユダヤ人絶滅を策して設けた強制収容所もこう呼ばれる。 アメリカ合衆国などの大都市におけるマイノリティの密集居住地をさすこともある。』(Wikipedia より)。ここでは後者の意味を転用した比喩。ルーンクエストの展開が、英雄戦争の主戦場とは関係の薄いプラックス地方などのみを舞台にしていることを差してこう言われることがあった。

【*14】グレッグ・スタフォードの発言によれば、英雄戦争は通常の「英雄による戦争」という枠を超えて、世界のリアリティを変革する神話的な大戦であるとのこと。英雄戦争の歴史を記した先般の『King of Sartar』でも、英雄戦争時代後半においては世界のリアリティが変質し、神話的な争いが展開されることが示唆されている。


 そしてルーンクエストは、Avalon Hill社(Monarch Avalon 社のゲーム部門)の解散と出版権の売却に伴う版権の混乱が整理された後、Mongoose Publishing 社に出版社を変えて発売されましたが(第1版2006年、第2版2010年)、こちらはグローランサにおける「過去」、第二期を扱うことで『Hero Quest』と差別化されました。こちらも『HeroQuest』からのフィードバックを取り入れることで世界設定の強化をはかっていますが、第二期は「帝国の時代」と言われ、二大帝国(陸の「ワームの友邦帝国」と海の「中部海洋帝国」)による帝国主義的な時代であり、プレイヤーキャラクターたちもその尖兵として、またはそれに抗う民族の一員として、力を獲得し、個人的な栄達を目指していくものになっています。


5、ルナー帝国について

 ……ということで、かなり遠回りしてグローランサとシステムの変遷について述べてまいりましたが、 「『秘身譚』がイメージソースとなる」というルナー帝国とはどのような国家なのでしょうか?

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

 簡単なまとめはこちらにあります。


●「Introduction to Lunar Empire」(PDF文書) http://www.glorantha.to/~tome/lib/LuanrEmpire.pdf


 ルナー帝国は、もともとルーンクエスト第2版、また日本語翻訳された第3版が主に展開されたプラックス地方においては「侵略者」として設定されており、一般的にプレイヤーキャラクターとして選択される「冒険者」である、オーランス信仰/嵐の神殿/蛮族ベルト文化圏とは敵対関係にあります。
 帝国の特徴としては、「圧倒的な軍事力」、「先進的な文明」、「退廃的な習俗」……などがあげられ、「蛮族=ケルト人やゲルマン人」、「文明国=ローマ帝国」という見立てがルーンクエスト第2版の初期より発生しました。実際、帝国の著名人の名前にはローマ風のものが多く、軍の装備などもローマ風に描かれていました。


 しかしルーンクエスト大暗黒時代にあたる1990年代に書かれた『Unfinished Work』のルナー帝国三部作【*15】において、グレッグ・スタフォードのルナー帝国に関する「認識の変更」が行われました。それを簡単にまとめると、「諸文明(諸世界観)の集合体としての帝国」ということになるかと思います。


【*15】「Gloriouse ReAscent of Yelm」、「Fortunate Sucession」、「Entekosiad」の三部作。1巻目で古代の神話について掘り下げ、2巻目で歴史時代を、3巻目で辺境の異文化を考察した。これにより、帝国が全く異なる多文明からなる集合体であることが明らかになった。



 すなわち、ルナー帝国は、

・古代世界の帝国である(人口800万程度)【*16】 ※ローマ帝国は5000万〜6000万

・神が実在する世界における「神権政治」(女神の息子である皇帝が支配する)

・都市文明的

・多文化圏からなる


 という特徴があり、ルナー帝国が「ペルシア的である」というのは、支配者階級が「サトラップ」というペルシア風の称号を持っていることだけではなく、中央集権が完全になされてはいないこと、皇帝を神と崇める国家であること、異文明を多数抱合する国家である【*17】こと、などを含めての、全体としてのイメージであると思われます。

 『秘身譚』の舞台であるローマ帝国東方のシリアは、ローマ帝国とはいいながらもヘレニズム文化が色濃く残っている地方であり、また異教を中心に扱っている(ローマ帝国にありながら、シリアでも異教の“太陽の唯一神”エラガバルを崇める地方の王家が物語の中心に位置づけられる)ことからも、従来の「ローマ帝国」のイメージを越えて、ルナー帝国のイメージソースとして最適ではないかと思います。

【*16】『……事実、グローランサにはいかなる種類の効果的な官僚組織も存在しない。このため、農業をはじめ、全国規模の税の徴収、軍備の組織といった、社会にとって決定的に重要な活動を効率的に行うことができない。グローランサの最も進んだ社会においてすら、徴兵制度といった近代的手段があるという話をきいたことがない。』(サプリメント「ジェナーテラ」付属『グローランサ・ブック』、「編集者による序論」、ビル・ダン)

【*17】たとえば二元論のゾロアスター的な教義を中心にする地方、精霊信仰を中心とする地方、神秘主義的な超越を信仰する地方、石器時代の信仰を維持している地方など。それぞれの民族が征服したり征服されたりの歴史をかかえている。


 また、ゲーム的なギミックとしては、『Hero Quest』で採用された「閥」(Association)という仕組みがあります。「閥」とは、ある目的達成を目的に形成された、支配者階級からカルト・私兵・ギルド・職人・商人・学者・農民などまでを含む共同体です。ルナー帝国内部ではこういった「閥」が地方の都市を中心に形成されており、帝国を9つにわける君主領の支配者たちもこういった「閥」に組み込まれています。
ゲーム的な未来にあたる英雄戦争においては、帝国の諸民族の対立に対する重しでもあった皇帝が消滅し、この「閥」による対立が噴出することになります。『King of Sartar』において、辺境の小国であるサーター王国にルナー帝国が敗退していく様子が描かれていますが、実は帝国自体が内乱に陥っていたためであったようです。


 この「閥」による対立、といったものも、『秘身譚』における各諸勢力の争いという形でイメージソースとして利用できるのではないかと思います。


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掛川雅明(かけがわ・ただあき)
 1972年長野生まれ。高校時代に会話型RPGと出会い、大学時代にグローランサと出会い、以後耽溺。主に海外ファンジンの翻訳出版、ホームページやブログでの情報発信を行ってきた。第二世代TRPGマニア。ペンネームは「まりおん」。
 2011年より、同人ではなく公式出版としてグローランサ翻訳出版を起案し、プロジェクトを進めている。

 【ブログ】まりおんのらんだむと〜く
 http://d.hatena.ne.jp/mallion/

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
ルナー帝国とは――ルナー帝国と秘身譚、あるいはグローランサ系TRPGについて語るの事 by 掛川 雅明 is licensed under a Creative Commons 表示 3.0 Unported License.
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2011年01月11日

『秘身譚』とルナー帝国(第1回)

 Analog Game Studiesは、アナログゲームとそれ以外の社会的要素を取り結ぶことを大きな目標として掲げています。

 この問題意識に則り、現在「マガジンイーノ」(講談社)で連載中のコミック作品『秘身譚(ウィタ・アルカーナ)』(伊藤真美)と、この作品と共通したモチーフを採用した幻想世界である「グローランサ」とを題材として、「『秘身譚』とルナー帝国」という主題でテーマ連載を行なうこととなりました。
 「グローランサ」とは各種の神話素を混交させた独自の色調を有していますが、そのなかでも多民族・多宗教の巨大帝国として君臨するルナー帝国の退廃的な魅力は数ある創作世界の中でも異彩を放ち、洋の東西を問わず熱心なファンを有しています。

 第1回目は、『秘身譚』の担当編集者K・Nさま(ご本人の希望により、イニシャル表記とさせていただきます)が『秘身譚』と「ルナー帝国」に共通するモチーフについて記事を書いて下さいました。

 ところで「グローランサ」については、Wikipedia日本語版の記述が充実しています。ご存知ない方は、まずはリンク先の解説をご覧下さい。(岡和田晃)

・グローランサ(Wikipedia日本語版)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B5


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【テーマ連載】『秘身譚』とルナー帝国(第1回)
 『秘身譚』担当編集K・N

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 つい先日、ツイッターの一角で、ある漫画作品が、(会話型RPG「ルーンクエスト」の背景世界である)幻想世界グローランサに登場するルナー帝国を想起させる、という話題がのぼりました。その作品の名は、伊藤真美氏によって描かれている『秘身譚』です。この小文では、この『秘身譚』と「グローランサ」(ルーンクエスト)について触れていきます。

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

『秘身譚』は、紀元3世紀の古代ローマ帝国を舞台に繰り広げられる、歴史と神話が入り混じった冒険活劇です。物語は、ローマ皇帝カラカラの暗殺で幕を開け、シリア属州都アンティオキアを舞台に、月の満ち欠けにより半陰陽に変化する少年・エラと、彼の庇護者である軍士官、グナエウス・D・ポリオを中心にして、ローマ帝国の帝位を巡る争いが話の軸となり、展開していきます。太陽神「エラガバル」を奉じ、帝位奪還を狙う前帝の外戚の一族や、ポリオが率いる秘密結社「夜の辻」の幹部の面々、野心的な女性医師など、彼らを取り巻く人々も、『秘身譚』では生き生きと描かれています。


 作品内でも見られるように、広大な版図を持つローマ帝国の領域内では、(ギリシア化された)ローマ古来の神々や、ギリシアの密儀宗教、オリエント諸都市の神々、ガリア(ケルト)やゲルマンの自然神、原始キリスト教、ミトラ教など、様々な神々や宗教が同時並列的に信仰されていました。作中にも、アンティオキア市の守護神である、幸運の女神テュケー(ローマ名:フォルトゥーナ)、死と月の女神ヘカテー、シリアの太陽神エラガバルなど、幾柱かの神々の名前が登場し、物語の中で重要な役割を果たします(因みにキリスト教も、新興宗教としてほんの少しだけ触れられています)。ローマ人はこれらの宗教を受容しながらも、思考と理性を重んじるギリシア哲学もよく学び、文化や慣習が異なる多様な地域を支配する必要から、万人に共通して適用するルール=「法」を最重要視して、その体系の整備に努め、帝国内の安定に努めました。

 一方で、自らが誇る「文明」を許容しない国家や文明に対しては、非常に冷酷に対応し、大規模な破壊や残忍な処刑や虐殺を全く厭いませんでした。領域内に組み込んだ地域では、ローマ風の都市計画を推し進めて道や建物を建設し、ラテン語を支配階層への教育で広めて、生活環境や思考方法での「ローマ人」化を一方的に推し進めました。そして何よりもローマ本国の皇帝への忠誠を、現地の神々や信仰よりも上位に置くように強く求めました。ユダヤ民族やゲルマン民族は、この政策にたびたび反発してローマに戦いを挑み、大規模な反乱や戦争を何度も引き起こしてきました。


「中世以前の技術・文明段階の世界で」「自文化の受容を強制し」「古来の信仰や習慣を守ろうとする民族を抑圧する」「様々な神々が住まう地における巨大帝国」……。グローランサ世界におけるルナー帝国が、『秘身譚』の舞台である古代ローマ帝国と重なるのは、当然のことだと思われます。ですが奇妙なことに、グローランサの創造者であるグレッグ・スタフォードは、「ルナー帝国のモチーフはササン朝ペルシアである」と述べているのです。しかしササン朝ペルシアはローマ帝国と時代こそ重なりますが、ペルシア民族主義を打ち出して独自の文化を優遇した王朝でした。ところで、ササン朝ペルシアが創成した場所であるイラン高原中部もまた、アレキサンダーの東征の範囲に含まれており、したがってササン朝もヘレニズム文化の影響を免れ得なかったと考えるほうが自然でしょう。では何故、我々は古代ローマ帝国のイメージをルナー帝国の中に見るのでしょうか? 私が考えるに、『秘身譚』の舞台である「ローマ帝国東方」に、その答えはある様に思われます。

 ローマ帝国における東方とは、小アジアやシリア、パレスティナ、アラビア、エジプト、メソポタミア等にある属州や皇帝直轄領で構成され、現代では「中近東」とされる地域にあたります。ここで重要なのは、これらの場所がアレキサンダー大王が征服してギリシア文化と融合して初めて「西洋」に組み込まれたのであり、それまではアッシリアやヒッタイト、新旧バビロニア、アケメネス朝ペルシアなどの、古代オリエントの諸帝国が何千年もの間、興亡を繰り広げた場所だったということです。

 専門家ではない我々一般の人々が「ローマ」という言葉から想像するのは、多分に古典古代や現在のイタリアから得られる“西洋的”なイメージでしょう。確かに古代ローマは、建築や法体系、言語などで、現代西洋文明の重要な基層を成す文明でしょう。ですが、東方においては、ローマの支配下にあっても、(ヘレニズム化されてギリシア文化を融合した形での)古代オリエントの影響が、非常に強く残っていました。中でも支配者の頂点たる王や皇帝を、地上に存在する神そのものとして崇拝する習慣は根強く、東方においては、ローマ皇帝の偶像をたて、神として崇めたという記録は数多く残っています。

 中央集権支配を容易にするこの思想は、ローマ中央政府にも受け入れられ、ディオクレティアヌス以降及び東ローマ帝国においては、支配原理として採用されることになります。因みにローマなどのイタリア諸都市や西方の属州では、皇帝を地上に居る神として崇拝する習慣は、そこまで強く根付かなかったようです。

 また、ササン朝ペルシアの王朝創成の場所であるイラン高原中部も、アレキサンダーの東征の範囲に含まれ、ヘレニズム文化の影響を免れ得なかったと考えることが自然でしょう。そもそも前王朝のパルティアは、ギリシア文化を積極的に受け入れており、「ペルシア文化の独自性」はどのようなものかは、不明な点は多いと思われます。

 上記のことを考え合わせると、ルナー帝国は、「オリエント化されたローマ」のイメージと、「ヘレニズム化されたオリエント」のイメージを併せ持った、文字通り「幻想の帝国」である、と言うことができるのではないでしょうか。我々の感覚とグレッグの発言に相違があるのでは無く、ひとつの曖昧なイメージを、別々の側面から見ているともいえるでしょう。

 『秘身譚』は、ローマ帝国を舞台としていますが、東方における「古代オリエント」の部分が、強く描かれている作品です。伊藤氏が描く、緻密且つ濃密な古代世界を、今後とも是非ご堪能ください。

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『秘身譚』担当編集K・N

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『秘身譚』とルナー帝国 by K・N is licensed under a Creative Commons 表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本 License.

秘身譚(1) (KCデラックス) [コミック] / 伊藤 真美 (著); 講談社 (刊)

【オビの紹介文】
「紀元217年、皇帝カラカラの暗殺を機に、世界最強の帝国ローマは大きく揺らぎ始める。帝位を簒奪した新帝マクリヌスは、東方の要アンティオキアで地位を安定させるべく、街を闇から牛耳る軍士官、Cn・D・ポリオを逮捕せんと画策するが!? 爛熟と退廃そして神秘と幻想に満ちた古代地中海世界を、美麗なビジュアルで描く、歴史ロマン幻想譚、堂々の開幕!!」

【Wikipedia日本語版より】
主人公の少年(または両性具有)のエラと、エラの保護者であり、街を闇から牛耳るローマ軍団士官グナエウス・ドミティウス・ポリオは、次第に皇帝の座を巡る陰謀に巻き込まれていく。

【参考】
「秘身譚とコンシューマーゲームのコラボ」4gamer.netの記事
http://www.4gamer.net/games/096/G009649/20091221006/


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 本コラムをきっかけとして「大規模な破壊や残忍な処刑や虐殺を」厭わなかった軍国主義帝国ローマをもっと知りたくなった方向けの参考書二冊をご紹介いたします。

○『戦略の形成』(上)
戦略の形成〈上〉―支配者、国家、戦争 [単行本] / ウィリアムソン マーレー, アルヴィン バーンスタイン, マクレガー ノックス (著); 石津 朋之, 永末 聡, 歴史と戦争研究会 (翻訳); 中央公論新社 (刊)
 同書の第二章で、古代ローマ共和制を地中海世界全体の覇者にのしあげた社会的メカニズムとしての「軍国主義体制」が解説されています。

○『図説 古代ローマの戦い』
図説 古代ローマの戦い [単行本] / エイドリアン ゴールズワーシー (著); ジョン キーガン (監修); Adrian Goldsworthy, John Keegan (原著); 遠藤 利国 (翻訳); 東洋書林 (刊)
 良くも悪くも古代ローマの象徴である軍事システムについて、その誕生から滅亡までの千年近い歴史をまとめて解説しています。(蔵原大)

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 今回のテーマ連載では『秘身譚』とルナー帝国の歴史的な背景の関わりが指摘されていますが、一方で『秘身譚』は二〇世紀文学の傑作、アントナン・アルトーの『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』とも背景設定を共有した文学的な裏付けを持つ作品でもあり、ジェンダー論、あるいはある種のオリエンタリズムの観点からも魅力ある読解可能性を有した優れた作品です。
 単行本は一巻が発売されたばかりですが、その鮮烈な表現は読者に衝撃を与えました。コミックという表現を通し、既存の方法では成し得なかった新たな文学性へ突き抜ける予感をもたらす逸品だと言えるでしょう。
 どうぞ、「己が宮殿の厠の中で己が護衛の兵士らによって殺された墓場なき死者、ヘリオガバルスの屍をめぐって、血と排泄物がおびただしく流れたと同様に、彼の出生のときにもその揺籃をめぐっておびただしい精液が流れたのであった」というアルトーの文(多田智満子訳)を念頭に置き、『秘身譚』の頁を繰ってみて下さい。絢爛たる性と血の饗宴が、トリマルキオの晩餐のごとく、あなたを待ち受けています。

ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (アントナン・アルトー著作集) [単行本] / アントナン アルトー (著); Antonin Artaud (原著); 多田 智満子 (翻訳); 白水社 (刊)

 さて、「グローランサ」を背景世界として採用した『ルーンクエスト』や『ヒーローウォーズ』などの会話型RPGは、その誕生時からSFやファンタジー文学等の物語ジャンルと密接な影響関係を有してきました。世界最初の会話型RPGにして、現在でも世界最大のプレイ人口を誇る『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D)が、J・R・R・トールキンの『指輪物語』やロバート・E・ハワードの「コナン」シリーズ、ひいてはマイクル・ムアコックの「永遠の戦士エルリック」シリーズといったファンタジー小説群に多大な影響を受けていたことは広く知られる通りです。
 またモチーフのみならず物語構造の観点から見ても、『幻影都市のトポロジー』のアラン・ロブ=グリエ、『宿命の交わる城』のイタロ・カルヴィーノに『334』のトマス・M・ディッシュ、あるいは『帝都最後の恋』のミロラド・パヴィチといった20世紀文学の優れた書き手の方法に、RPGにも通じる相互干渉性(インタラクティヴィティ)を見出すことは容易でしょう。
 さらには『トンネルズ&トロールズ』の一人用アドベンチャー『恐怖の街』やスティーヴ・ジャクソン&イアン・リビングストンの手になる『火吹山の魔法使い』といった「ゲームブック」はいまだ人気を博していますし、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』シリーズの一つ『アドバンスド・ダンジョンズ&ドラゴンズ』の背景世界を活用した小説『ドラゴンランス』シリーズのように、RPGから生まれ、広い読者に感銘を与えた小説群は数多く存在します。
 近年においては、ドミニカ出身の作家ジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(邦訳は新潮社から近刊予定)のように、ドミニカの独裁者ラファエル・トルヒーヨの治世に象徴される――自然主義の方法における表象を拒否した――圧倒的な政治的現実のうねりを描くにあたって、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』をはじめとしたRPGの方法が効果的に活用され、高い評価を受けた小説作品すら現れました(2008年ピューリッツァー賞受賞)。

 かようにモダニズムを引き継いだ新たな形式の物語表現とRPGには切っても切り離せない影響関係が存在しています。そしてRPGには、物語世界の持つ特性や手触りのようなものを活かしつつ、コンセプトをダイレクトに反映した独自の因果律を有した世界観を構築していくことが可能なところに、重要な特性が根ざしています。イメージや幻想性――詩心(うたごころ)と言い換えてもよいかもしれません――を掬い上げながら、その中で人間が生きて動いて、ドラマを乗せていくことのできるような背景世界の存在。RPGと物語表現の交点を考えるにあたり、この部分を軽視することはできません。
 それゆえRPGの背景世界である「グローランサ」と物語表現としての『秘身譚』が交わる地点を考えることは、RPGの可能性を広げることにもなるでしょう。

 なお批評の現場にいると、(相互干渉性を前提とした)背景世界の充実に代表されるRPGの構築性については、まだまだ批評の言語が追いついていないという思いを日々強くします。ゲイリー・ガイギャックスは(背景世界を的確に踏まえた)RPGのシナリオが文学として評価される日の到来を夢想しました(『実践ゲームマスターの達人』)が、物語表現の未来を考えるためには、ガイギャックスの憧憬についてきちんと向き合う必要があると私は確信しております。そのための第一歩として、『秘身譚』は優れた思考の種を与えてくれるでしょう。

 最後になりましたが、ルナー帝国の設定については、グレッグ・スタフォードの手になる『グローランサ年代記』にも詳しい記述が存在します。入手が難しいかもしれませんが、図書館に入っていることが多い作品ですので「グローランサ」にご興味をお持ちの方はぜひお読み下さい。
 会話型RPG『ヒーローウォーズ』も、ルナー帝国の解説は充実しています。こちらはまだ比較的入手が容易なはずです。(岡和田晃)

幻想神話大系 グローランサ年代記

ヒーローウォーズ―英雄戦争 (TRPG series) [単行本] / ロビン・ロウズ, グレ...