【レビュー】雑誌『内外教育』記事「『ごっこ遊び』で養う社会性」を読んで
小春香子 (協力:岡和田晃、齋藤路恵、高橋志行)
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先日、職場の同僚と共同で購入している教育系の雑誌、『内外教育』(2012.11.6)を読んでいたら、アナログゲームの教育利用に関する実践報告で、大変興味深いものがありましたので紹介します。
・「内外教育」(時事通信社)2012年11月6日号の内容紹介
http://www.jiji.com/service/senmon/educate/backnumber_doc/e121106.html
この「『ごっこ遊び』で養う社会性」(著:安藤ひかり氏)という記事は、第27回時事通信社「教育奨励賞」の努力賞を受賞した学校・教育機関の取り組みを紹介する記事で、ここでは熊本県荒尾第一幼稚園での教育実践が取り上げられています。
この幼稚園ではよく一般の幼稚園や保育園で行われている「ステージの上で園児が踊ったり演劇をしたりする」というお遊戯会を見直し、その代わりに「ごっこ遊び」の延長として、まるでライブ・アクション・ロール・プレイング(以下、LARP)のようなプログラムを行っているということです。記事によると、このプログラムは園職員が解決すべき課題のあるシチュエーションを絵本の物語風に提供し、子ども達は自分達で課題解決の方策を考え、役割分担をし、保護者や園職員が扮する悪役と自分の体を動かしてちゃんばらごっこ風に戦ったりなどするプログラムのようです。
このプログラムを導入し普段の生活の中でも「遊び」を重視していくことにより、園児たちが遊びの中から思考力や社会性を獲得し、自分たちで作ったルールをきちんと守っていく力が生まれてきていると報告にあります。
LARPは実際の古城などをかりきって中世ヨーロッパ風の衣装に着替え、実際に身体を動かしながら会話型RPGと遜色ないようなシナリオを体験していく、演劇とオリエンテーリングを合わせたものです。日本では住宅事情などから、LARPの本場である欧米よりも大規模なLARP開催が難しいのではないかとされてきました。
しかし、最近では日本でも「リアル脱出ゲーム」と呼ばれる、体験型エンタテイメントなどが各地で試みられるようになりました。これらは代替現実ゲーム(Alternative Reality Games)と呼ばれています(*)。
LARPのように演劇的な要素を必ずしも伴うわけではないのですが、中には物語的な体験を強めるために、参加者にロールプレイ的なふるまいを求めるタイプのARGも少なくないようです。また、ゲームの持つ教育効果に着目した企業の新人研修などでLARP的な即興演劇に近い演習が取り入れられているという報告も目にするようになりました。
この荒尾第一幼稚園の実践を見て、こうしたLARPの原点が幼児・小学校低学年児童に人気の「ごっこ遊び」にあるのだと、そして案外私たちはそのことを忘れてしまっているのではないかと思いました。企業の研修などはもちろん大学後期の学生や社会人が対象ですし、リアル脱出ゲームも大学生や社会人という年齢層をターゲットにしています。LARPとは少し違いますが、同じくごっこ遊びの延長に位置するだろう会話型RPGも、多くが中学生や高校生以上の年齢層をメインユーザーとして想定しているのだろうと感じられます。それ以前の年齢層、つまり小学生くらいの年齢で一度こうした「体を動かして物語を楽しむ」の遊びの経験が途切れてしまっているのではないでしょうか。
小学校くらいの年齢の児童が外遊びをしなくなった理由として、遊べる公園などが少なくなったこと、塾や習い事、部活動などで仲間が集まりにくくなり、また長く遊ぶ時間が取りにくくなったこと、電源系ゲームなど手軽に1人で出来る遊びが増えたことなどがよく挙げられています。一方で、子どもの体力の低下を気にして体育(スポーツ)の「塾」や家庭教師などが登場し、子どもの外遊びを支援する社会教育系NPOも数多く存在します。ゲーム性は薄いですが、なりきりの一環としては小学校低学年を対象とした職業シミュレーションテーマパーク、キッザニアなども盛況です。また、この記事にあるようにこうしたLARPには他者とのコミュニケーション能力や主体性、想像力を育む効果が期待できますから、小学校から中学校くらいの年齢の子どもたちの遊びの選択肢としてLARPは需要があるだろうと考えられます。大学生や社会人に現在リアル脱出ゲームなどのLARPに人気が出ているのは、年齢が高くなるにつれて情報量が増えて世界が広がって仲間を得やすくなったり、彼らを満足させるような充分な物語性やルールなどのシステム作りが出来上がっているサービスが様々な形で提供されていたりするからではないかと考えます。だとするならば、もっと幼稚園くらいの年齢から小学校、中学校くらいの年齢層を対象にしたLARPが存在しても良いのではないかと思いました。
ところで私は大学時代、社会教育や開発教育のゼミで「遊び」の教育効果を研究していました。その研究のための調査の中で、小学校低学年から中学年くらいの子どもを対象に大きな公園などで本格的に忍者ごっこをするぞ! という企画をしていたNPOに取材に行ったことがあります。
一方でこうしたLARPは開催やシナリオ作成の難易度が高いのも特徴の1つだと思います。参加対象者の年齢が上がってくると特にそれははっきりとあらわれてきます。前述の忍者ごっこなどの実践も、小学校高学年の児童の参加者はかなり少なくなっていました。電源系ゲームなど高いゲーム性や物語性を持つ遊びに普段接していると、子ども達の遊びへの要求水準はかなり高くなっています。SCRAPの開催しているリアル脱出ゲームはその要となるパズル部分の高い難易度やクオリティが人気を誇る要素の1つですし、キッザニアはさまざまなジャンルの協賛企業が自社のPRも兼ねてかなり本格的な設備を提供し、参加者の満足度を高めています。そうしたことを考えると、LARPを行おうと思ったときに一番高いハードルとなるのは、LARPの中核となるゲーム性や物語性を作る部分になるのではないでしょうか。子ども達、もしくは彼らの保護者や社会教育関係者があまりLARPを遊んだり運用したりする経験が少ないならば、この部分を満足いくまでに作り上げていくのはとても難しいでしょう。LARPなどに慣れている人が雛型を作ったり運用してみせたりすることではじめて子ども達がLARPを自分たちで楽しんでいく力がつくのではないかと思います。
このように大人だけではなく子どもを対象にしたLARPを提供していくことが出来れば、彼らが成長したときに現在の大学生や社会人向けのLARPの裾野がもっと広がっているのではないか。そんなことを考えさせられる記事でした。
(*)ARGの定義については『ARG情報局』内のこの記事が詳しい。http://arg.igda.jp/p/arg.html