2025年06月28日

子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(2)

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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(2)

 岡和田晃
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 そもそも、なぜ『甲竜戦記ヴィルガストRPG』を選んだのでしょうか?
 第一の理由は、私(岡和田)が『ヴィルガスト』直撃世代だったにもかかわらず、まだプレイしたことのないシステムだったからです。純然たる好奇心でルールブックを入手してみたかったのでした。
 第二の理由は、明らかに低年齢層(小学校高学年〜中学生くらい)を意識した体裁で、子どもと遊ぶのに適しているのではないかと思ったため。そのことが親たる私の背中を押してくれたのです。

 それまで子ども向けの『ラビットホール・ドロップス』や『ラビットホール・ドロップスG』、システムがシンプルな『ファイティング・ファンタジー』や『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第二版』というRPGは子どもと遊んできました。どれも1回遊んで終わりではなく、複数回プレイしてきたものでして、今後もプレイする予定はあります(それは今後触れられればと)。
 しかし、いざ『ヴィルガストRPG』のルールブックを買ってみて、改めて思ったのです。
 「これ、プレイする前に、どの程度まで原作を押えればよいのだろう?」と。 
 私個人について言えば、だいぶ忘れている部分も多いとはいえ、リアルタイムで触れてきた強み、強烈なインプレッションがアドバンテージになります。一方、予備知識がまったくない子どもの場合には……?

 原作付きのRPGの多くは、ユーザーの間口を広げるため、「原作を知らなくても遊べるが、知っていたほうがいっそう楽しめる(知っていたほうが望ましい)」というスタンスをとっています。ゲームマスターはむろんのこと、プレイヤーもそう。そもそも、原作に関心がなければ、原作付きのRPGを手に取らないものの、個々の読者の知識には濃淡がある、という現実を反映しているのでしょう。
 同じケイブンシャの『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』(1992年)は、行為判定はじゃんけんを使うシンプルなシステムで、登場人物や敵役の設定が細かに解説され、原作のTV番組を見ていなかった私でも、35話までのストーリーが紹介されているので、内容は理解できました。ただし、『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』は、基本的にはジュウレンジャーのメンバーの誰かを演じ、シナリオは原作をなぞったものにすることが推奨されています。
 同時期に出ていた『フォーチュン・クエスト・コンパニオン』(角川書店、1991年)はオリジナルなシナリオですが、そもそも著者のジェローム・ブリリアントIII世というのが原作小説に登場するゲーム好きなマンチキン・ドラゴン。独りよがりのゲームはつまらないと、原作で盗賊のトラップに喝破され、その反省から初心者でも楽しめるカードRPGを考案したという触れ込みでした。なので、わかりやすさを重視し、演じるのは基本的にカード化されているキャラクターとなります(後のバージョンでは、オリジナルのキャラクターも作成できるようになりますが)。
 対して『甲竜戦記ヴィルガストRPG』は、特に原作をなぞったり、原作のキャラクターを演じたりするのではなく、原作キャラクターがNPCとして登場したりするわけではありません。原作付きのRPGとはいっても、『ストームブリンガー』のように原作のキャラクターが超強力なNPCとして出張ってくるわけでもないのです(モンスターや装備については、原作に準拠していますが)。

 まがりなりにも私はRPGで食べてきた身。特にゲームマスターをつとめる場合は、自分の紡ぎ出す物語が公式ストーリーとの間に大きな齟齬を生んでしまわないために、可能な限り関連資料を押さえるようにしてきました。そこで、ひとまずコミック版の第1巻を買い直しました。当時、「デラックスボンボン」で読んだことがあったので懐かしさを感じ、すみだひろゆき氏の画力に改めて唸らされました。
 娘にも渡して読んでもらいましたが、喜んで読み耽っていたものの、もともと「漫画に夢中!」という感じの子でもないためか、読み終えてもルールブックのように二度、三度と読み返すことはなく……。RPGの根本衝動に、「自分が触れた漫画みたいなお話を、ゲームで体験してみたい!」というものがあるとよく言われますが、今回のケースでは該当しなかったのですね。
 どちらかといえば『ゴブリンスレイヤーTRPG』のように、原作はゲームの大枠を提供するのみで、あとはユーザー主体でファンタジー世界の冒険を作っていく。それが不思議と、原作のスタイルに近づいていく……というスタンスに近いものでした。こうしたスタンスが具体的にどのようなものかを説明するのは紙幅がかかってしまいますので、ご興味のある方は、以前私が4Gamer.comに書いた『ゴブリンスレイヤーTRPG』の先行リプレイをご覧ください。

 思い返せば『ヴィルガスト』じたい、ガシャポンのなかにキャラクター1体か、モンスターとアイテムのセットが入っているというもので、それを自分なりに組み合わせて遊ぶというものになっていました。『ヴィルガストRPG』もそうしたスタイルを踏襲しているんですよね。
 重要なデータはHPしかありません。これは当時のおまけシール(『ドキドキ学園』のギガロン、カードダスのHP等)を踏襲したものとなっています。一方で、装備はバラエティに富んでおり、モンスターのカタログはとても充実しています。
 このあたりの「基本はシンプルだが、バリエーション豊かで、組み立てブロックのように遊べる」ところが、子どもにとって『ヴィルガストRPG』が魅力あるものに映った理由ではないかと分析しています。

 ■書誌情報
 ケイブンシャの大百科別冊
 『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
 ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
 出版社:勁文社
 1992年5月15日・絶版

 原作者・蝸牛くも氏のGMでお届けする「ゴブリンスレイヤーTRPG」先行リプレイ。マフィア梶田ら,歴戦の冒険者達がダンジョンに挑む(4Gamer編集部:touge ライター:岡和田 晃 カメラマン:佐々木秀二)、「4Gamer.net」(2018年12月)
 https://www.4gamer.net/games/436/G043667/20181224002/

初出:「FT新聞」No.4537(2025年6月25日)
posted by AGS at 06:35| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年06月25日

子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(1)

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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(1)

 岡和田晃
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 私の娘は現在8歳で、4月から小学3年生になりました。思い返せば、保育園に入るか入らないかの3歳の頃から、子どもと接する際はコミュニケーションの一環として、アナログゲームを取り入れてきました。
 最初はごく簡単で、ほぼ自動的に進むが「お母さんカード」の登場がほっこりと楽しい、カードゲームの『バルーン』から始めて、さまざまなボードゲームとカードゲームを愉しんできました。一人っ子なので、ママやいとこを交えてプレイすることもありますが、基本的にはパパ(私)と娘の2人で遊びます。
 ただしアナログゲームの多くは、3人以上でプレイすることが想定されており、2人だと若干盛り上がりに欠ける。そこで娘が集めているお人形さんたちをプレイヤーに見立てて、4人以上で遊ぶこともしばしばです。もっとも、お人形さんたちも大半は私が動かすので、大忙しではありますが(笑)。ただ、子どもとのコミュニケーション以外にも、システムを研究する役に立ちます。
 ゲームを用いた子どもとの関わり方には様々なやり方がありますが、対戦型のゲームの場合、特に年齢が低いうちは子どもに自己肯定感を育ててもらうため、私はわざと子どもを勝たせるようにしていました。
 −−と申しますか、私が勝ちそうになったら、子どもの方が私からカードを奪って自分が上がったりすることも日常茶飯事(笑)。友だち同士で遊ぶときはそのようなズルはしないので、相手が親だから、ということでしょうか。
 対戦型ゲームは、当たり前の話ですが、最後には勝ち負けが決まってしまいます。しかも、慣れている大人がプレイすると、とかく小さい子どもを相手なら簡単に勝ち筋が見えてしまいます。なので、圧倒してしまわないように、盛り上げて、最後は勝ってもらわねばなりません。このあたりは八百長というより、エンターテインメントとしての盛り上がりをどう演出していくか、ということになりましょうか。
 しかし、協力型のゲームの場合、こうした「配慮」はほとんど必要がないのです。物語を紡ぎ上げること、相手に勝つのではなく一緒に楽しむことが目的になるのですから。

 さて、私は4月から家族で海外にて暮らしているのですが、私と娘が一緒に過ごす時間は日本にいるときよりも飛躍的に増えました。そうしたなか、娘はRPGにいっそう強い興味を示し、私が促さなくても自分からルールブックをめくるようになっています。そんななかでもお気に入りが、日本から持参した『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(ケイブンシャ、1990年)です。もう10回以上(!)、キャンペーンゲームを遊んできましたし、暇さえあればルールブックを眺めていて、ゲームマスターの私よりも娘の方が、固有名詞やデータには詳しくなっている始末です。
 『甲竜伝説ヴィルガスト』(1990〜1993年)とは、もともとガシャポンから始まり、背景を解説するケイブンシャの大百科との連動、「コミックボンボン」での連載コミック等、マルチに展開された作品です。特定の原作から派生しているのではなく、一種のシェアードワールドとして展開される形になっているのが大きな特徴でしょうか。
 私は1981年生まれで、親に同行して買い物に出かけた先で『ヴィルガスト』のガシャポンを買ってもらう機会はありましたし、幼馴染の家で『大百科』に触れて、世界観に親しんでいました。導入こそ異世界往復ファンタジーのマナーを踏襲していますが、内容は本格ファンタジーRPGそのもの。私にとっては『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『トンネルズ&トロールズ』をはじめとする海外RPGに触れる前に接した作品の一つでした。世界観はD&D的なアーキタイプをふまえていますが、同時代の『聖珠伝説パールシード』ほか国産RPGとも共通する雰囲気をたたえています。
 もっとも、『パールシード』は基本的にはボックス1箱で完結した内容ですが(復刻後に有志によるサポートブックが出されていますが、ひとまず措くとします)、『甲竜伝説ヴィルガスト』は膨大な関連作品が出ており、今からそれをフォローし直すのは至難の業。しかも、ガシャポンはシリーズ2の途中で打ち切られており、そういった意味では未完の作品です(漫画版は完結していますが)。
 それこそSNSで子どもとプレイするRPGは『甲竜伝説ヴィルガストRPG』がいいと実際に遊んでみる前に答えたら、もともとは児童を対象に発売されたとはいえ、「今日の初心者向きではない」というお叱りや反対の声を、少なからずいただいてしまいそうであります。
 けれども、子どもが気に入ったのは、自分が生まれるよりも四半世紀以上前に発売された、本作なのでありました。
 こうした意外な(?)現実に、今後のRPGを占うといったら大げさですが、何かしら私たちが学ぶべきことがあるのではないかと思いまして、覚え書きを兼ねて、思うところを文章化していければというのが、今回からの新連載の趣旨であります。これまでの私の連載は1回4000〜8000字程度の長いものが多かったのですが、本コラムはもう少しささやかに、2000字程度を1回としていければと思います。よろしくお付き合いください。


■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版

初出:「FT新聞」No.4523(2025年6月12日)
posted by AGS at 20:02| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年02月15日

『モンスター!モンスター!』のあゆみ 補遺

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『モンスター!モンスター!』のあゆみ 補遺

 岡和田晃
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 2024年2月8日に配信の「FT新聞」No.4033に掲載された「『モンスター!モンスター!』のあゆみ」につき、さすがに4000字を超えてしまうことから、別途切り分けていた情報を補遺として述べたいと思います。

 まず、『モンスター!モンスター!』には、なんと、第ゼロ版(Edition Zero)が存在します。これはM!M!の初版と同じ1976年に発表されたプレイテスト・エディションが、第2.7版のクラウンドファンディングに伴い復刻されたもの。個別にDrive Thru RPGでも購入することができます。
 タイプ打ちの原稿が再現されていたり、ケンのアイデア・メモ書きがそのまま挟まれていたり、なかなか興味深い内容です。
 序文もM!M!初版とは違います。曰く、ケンはアリゾナ州フェニックスではじめてRPGをデザインした人物であること。それはD&DではなくT&Tであって、T&Tはもともと「トンネルズ&トログロダイズ」(トログロダイド=穴居人)という名前だったが、初版刊行前のテストプレイでそれを話したらメンバーに笑われ、ロブ・カーヴァーから「トンネルズ&トロールズ」というワーキング・タイトルを提案されたということ)が書かれています。
 T&TではモンスターはMR表記ですが、それを人間と同じく能力値表記にして10倍、20倍も成長するようにしたら面白いだろうということ。『キングコング』や『ゴジラ』が銀幕のスターであるなら、きっと本作も気に入ってもらえるだろうというもの。
 なかなか興味深い設計思想で、M!M!の出発点がわかりますね。

 M!M!のゲーム・エンジンを使ったサードパーティとしては、サラ・ニュートン『豹の女帝のねぐら』(ミッドジャマー・プレス、2023年)も話題です。
 単なる設定の裏返しではないクリーチャー視点から、剣と魔法の世界やエドガー・ライズ・バローズ(『ターザン』『火星シリーズ』)風のエキゾティシズムを再構築したもので、世界設定はズィムララ(ジムララZimrala)へのオマージュも含まれる模様。
 これはハードカバー400ページにも及ぶ設定の分厚さもさることながら、アートワークの美麗さにも目を惹かれますが、実はこれは生成AI(Midjourney)を駆使して書かれたもの。単に出力されたものを集めたのではなく、綿密なディレクションやポスト・プロダクションが施されており、実に壮麗です。

 ちなみに昨今のゲーム研究の領域では、フェミニズムやポストコロニアリズム研究の視点から、RPG産業における白人男性の圧倒的な優位が批判的に取り上げられることが少なくありません。ただ、「図書新聞」2021年7月号での伏見健二さんによる『怪奇の国のアリス』書評で指摘されているように、T&Tは初期からコアメンバーに女性(リズ・ダンフォースら)が参画しており、独特なジェンダー感が保持されています。サラの仕事も、その流れに棹さすものだと言えそうです。

 私は最近文芸評論家として、生成AIと文学に関するインタビューを受けました。共同通信・安藤涼子記者による配信記事として、「「受賞作にAI」波紋 芥川賞の九段理江さん発言 新たなツール、共存模索」と題し、「神奈川新聞」2024年2月6日号をはじめ、「福井新聞」2月3日号、「埼玉新聞」2月4日号ほか、各地の新聞に掲載されています。
 記事には直接の言及という形では反映されてはおりませんが、生成AIの利用は文学よりもイラストレーションの方が一歩先んじている部分もあり、その文脈で『豹の女帝のねぐら』を紹介に使わせてもらいました。
 M!M!は古典的なRPGではありますが、最新の技術的関心ともリンクしているのです。

 その他、M!M!については、関連のソロアドベンチャーやGMアドベンチャーも出ていますが、そちらの紹介はまたの機会にとっておきましょう。

 ところで、これまで私は『モンスター! モンスター!』と表記を採ることが多かったのですが、前回からはFT書房式に合わせて『モンスター!モンスター!』と、エクスクラメーション・マークの後に全角を開けずに表記することにしてみました。
 略称のM!M!のエクスクラメーション・マークは前回は全角にしてみましたが、今回からは半角としています。第2.X版以降の動きについては、まだ日本語版が出ていない段階ですので、多少の表記揺れがあるかもしれませんが、どうぞご海容ください。
 その他、今後のM!M!の展開につき、ご意見があればお寄せいただけると幸いに存じます。

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初出:「FT新聞」 No.4034(2024年2月9日号)
posted by AGS at 09:00| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年02月09日

『モンスター!モンスター!』のあゆみ


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『モンスター!モンスター!』のあゆみ

 岡和田晃
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 FT書房から『モンスター!モンスター!TRPG』の日本語版展開権を取得したという発表がありました。「FT新聞」No.4030での告知とほぼ同時にSNSでも発表がなされ、読者の方々の期待と興奮が手に取るように伝わってきました。
 M!M!が多様性を軸にしたTRPGだという杉本=ヨハネ氏の総括には、私も深く同意するところであります。さまざまな異文化が混交する状況に、現実を生きる私たちも投げ込まれてしまっているわけであって、そのなかで、他の文化を尊重し、ときには必要な距離を取りつつ、生きていく姿勢が求められています。
 「多様性」を単にキャッチフレーズ的に消費するのではなく、実際にどうなのか、自然体でリアルに掘り下げようとしたのがM!M!ではないでしょうか。
 もちろん、モンスター種族をプレイできるTRPGは、他にも少なからず存在します。ただ、M!M!の大きな強みは、それをTRPG黎明期から続けてきたことによるでしょう。
 日本においても、M!M!は何度も紹介されてきました。独自のヴァリアントとしてスタンドアローンでプレイできるタイトルで、『トンネルズ&トロールズ』の派生作品であるにしても、版権的には別の流れに属しています。読者の理解に資するため、本稿ではヴァージョンの違いを改めて整理したいと思います。
 すでにSNSで発表したものを、杉本=ヨハネ氏の賛同を得てリファインし、3倍に情報量を増やして「FT新聞」で紹介するものです。

 『モンスター!モンスター!』は初版が1976年と、とても古く、一説では自覚的に「RPG」という名を冠して売り出された最初の作品とも言われます(この経緯は「TtTマガジン」Vol.2の拙稿を参照)。なお、『Bunnies&Barrows』とともに、「GM」という言葉を最初に使った作品とも呼ばれているとか(吉里川べお氏情報)。
 このことがあまり取り沙汰されないのは……人間やエルフ・ドワーフら「善の種族」の迷宮探検家と、「悪の種族」であるモンスターらの立場を入れ替えた「逆転の発想」によるのが目立つためでしょう。
 よく比較されるのが『ウィザードリィ』で、初代の「狂王の試練場」(1981年)のボスであった悪の魔術師ワードナが、1987年の「ワードナの逆襲」では主人公になったというものです。こちらも、多彩な寓意やパロディに彩られ、「善」、「中立」、「悪」といった属性(アラインメント、性格とも)あり方を問い直すストーリーになっていましたね。
 これまで日本語で紹介されたM!M!は、以下の3種類があります。
 
1:『モンスター!モンスター!』初版は、現在でもPDFで普通に購入することができますが、こちらの日本語訳に、日本オリジナルのクリーチャー・カタログを添え、T&Tサポート誌「ソーサラーズ・アプレンティス」掲載の僧侶と侍祭に関した追加ルールを訳載してまとめ直したのが、社会思想社現代教養文庫の『モンスター!モンスター!』(1989)です。

2:日本オリジナルの『ハイパーT&T』は、T&Tの歴史のなかでは第6版に相当するものですが、社会思想社版『モンスター!モンスター!』所収のモンスター・カタログを、ハイパーT&T向けに大きく作り直し、さらには杖魔法・薬草調合・魔法のアイテム等の追加ルールを添えたのが、角川スニーカー・G文庫の『モンスター!モンスター!!』(1995)。翻訳パートを含まない、完全日本オリジナルの作品です。

3:教養文庫版から判型やイラストを刷新し、T&T完全版に対応、僧侶魔法のかわりにソロアドベンチャー「世界で最もタフなダンジョン」、多人数用シナリオ「トロールを捕まえろ」、翻訳「トロール神の恐るべき20体」や各種族の独自の呪文を加えた呪文書を加えて三分冊で発表したのが、書苑新社の『モンスター!モンスター!』(2019)。
 
 これらはいずれも、安田均氏を中心とするグループSNEが翻訳や執筆をしているもの。安田氏の監修のもと、1が清松みゆき、2が北沢慶、3が笠井道子・柘植めぐみ・こあらだまり・笠竜海ら各氏が主に関わった仕事です。
 3に関連した作品としては、清松みゆき「リバーボートの恐怖」(ソロアドベンチャー、「Role&Roll」Vol.175、2019年)、たまねぎ須永「野営地を血祭り」(多人数用シナリオ、「ウォーロック・マガジン」8号、2020年)、水波流「ウッズエッジのひなげし」(ソロアドベンチャー、「ウォーロック・マガジン」9号付録、2021年)等があります。

 今回FT書房から出ると告知された『モンスター!モンスター!TRPG』は、原書では2.7版に相当するものです。M!M!の初版はメタゲーミング社で出ていました。このときディベロップメントをしたのが、『ガープス』で有名な(アメリカの)スティーブ・ジャクソン。1979年にはフライング・バッファロー社から再販されています。
 現在はデザイナーのケン・セント・アンドレと、近年のT&T系列の編集を担うスティーブ・クロンプトンが権利を保有しています。第2版が出たのは、なんと2020年なのです。経緯としては、フライング・バッファロー社の創業者リック・ルーミスが亡くなった2019年から、同社の売却を考えてきたようで、『トンネルズ&トロールズ』の権利も移行し、その過程でケンのもとにあったM!M!の版権があらためて意識された模様。第2.5版を経て、2023年には第2.7版が発表、英語圏では3.0版を目指してリファインが続けられているといいます。
 ちなみにT&Tそのものの版権は、2021年にはアメリカのウェッブド・スフィア社、2023年には英国のリベリオン・アンプラグド社に移っており、T&Tの新展開にも期待が高まっている状態です。そちらの日本語版版権はグループSNEが引き続き保有しています。
 
 T&TとM!M!はきわめて互換性の高い作品ですが、《これでもくらえ!》にあたる呪文が変わっていたり、新ルールのChaos Factorが追加されていたり、モンスター・レートならぬマンカインド・レートとしてのMRが設定されていたり、細かな違いは少なからずあります。ですが、いちばん大きな差異は、タイトルそのもの。看板をT&Tブランドで進めるか、M!M!ブランドでやっていくか、そこにもっとも大きな違いがあるでしょう。
 
 背景設定に関しては、M!M!の最新第2.7版においては、ケンやクロンプトンが読者のアイデアを広範に取り入れ、古代エジプトの神話やクトゥルフ神話をも呑み込んだ新ワールドZimralaの展開と連動し、設定が徐々にすり合わされつつあります。なぜに古代エジプトか? というと、それは汎用本『神々の都』(未訳、2018年)の設定がひとつのコアになっているようです。
 Zimralaは、かつて私は自分の原稿において「ツィムララ」とドイツ語風に表記していましたが、現在では動画サイトにアップされれていたケンの発音を確認し、「ズィムララ」と書くことにしています。人によっては「ジムララ」と表記することもあるようです。
 これは2022年に刊行された『ケン・セント・アンドレのズィムララのモンスターラリー』から始まった新ワールド。ケンやクロンプトンをはじめ、T&T関係のライターも総力を結集していますし、それまでの読者もライターとして、多数参画しています(日本からは、たまねぎ須永氏や私が寄稿)。
 ちなみに、ケンらのレーベルには、トロールファーザー・プレス、トロールゴッドファーザー・プレス、ズィムララ・プレスほか、色々な名前があります。気分で変えているのか、はたまた深い意図があるのかはわかりません。

 また、この流れとは別、姉妹編に『ラヴクラフト・ヴァリアント』(バリアントとも)があります。こちらは、『クトゥルフ神話TRPG』(初版1981)より早い1980年に「ソーサラーズ・アプレンティス」に載ったものです。翻訳は安田均/こあらだまり訳で、「TtTマガジン」Vol.4に掲載されました(2017)。日本オリジナルのシナリオには、「魔女の復讐」(川人忠明作、同号)、「怪人の島」(安田均/柘植めぐみ作、「ウォーロック・マガジン」創刊号、2018年)等があります。
 『ラヴクラフト・ヴァリアント』の版権はもともと著者のグレン・ラーマンが持っていましたが、トム・プーがそちらを購入し、M!M!のサードパーティのひとつとして2023年に新装復刊しています。こちらでプーは、ゼニス・シティというノワール・セッティングを展開中。『シュブ=ニグラスは二度ベルを鳴らす』(未訳、2023年)は大傑作で、近年のM!M!関連作における、最良の成果のひとつと言えるでしょう。
 一方、ケンやクロンプトンもまた、M!M!をベースに『ラヴクラフト・ヴァリアント』の世界をも展開しています。私と豊田奏太氏のシナリオ「ドルイドの末裔」(「ウォーロック・マガジン」Vol.5の英訳、2019/2023年)がトロールゴッドファーザー・プレスから出ていますが、それはこの流れですね。クトゥルフ系への関心は、心なしかズィムララに還流している気もします。プーとケンは互いの立場から協力して、M!M!や『ラヴクラフト・ヴァリアント』を盛り上げているイメージですね。
 
 まったくの余談ですが、FT書房が計画している「モンスター!モンスター!マガジン」というのは、私がM!M!のキャンペーンをやっていたとき(「FT新聞」No.3473を参照、 https://analoggamestudies.seesaa.net/article/490232386.html )、発行していたファンジンと、奇しくも同名で、不思議なご縁を感じました。

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初出:「FT新聞」No.4033(2024年2月8日号)
posted by AGS at 06:37| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年12月27日

ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブック vol.2

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―― ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブック ――
vol.2

 (これくら!)
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――ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブックvol.2――

 こんにちは。ウォーハンマーRPGファンサイト「鋼の旅団」を運営している「これくら!」です。
 前回「ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブックvol.1」で、ウォーハンマーRPG(以下WFRP)で作ったキャラクターがその世界の住人として知っているはずの常識を初心者PL向けにまとめてみました。
 この記事は、セッション中に起こるプレイヤー(PL)の知識とキャラクター(PC)の知識のギャップを少しでも軽減したいとの思いで書きました。
 例えば、初心者PLのPCが酒場でケンカに巻き込まれた時、「戦闘だ!」と剣を抜くとGMは「あー、ごめんごめん、この世界では酒場のケンカで武器を抜くのはご法度で、みんなそれを分かった上で揉め事を楽しんでいる側面もあるから、それをやってしまうと場をしらけさせてしまうよ」とプレイを止めて説明するのですが、初心者PLに対して後出しジャンケンみたいな気がして申し訳なく思っていました。
 かと言ってセッション前に世界観を長々と説明するのも時間が足りませんので、サマリーみたいな感覚で使える物が欲しいと常々、思っていた矢先にFT新聞の記事執筆のチャンスが来たので、ここぞとばかりに乗っかった次第です。
 前回のvol.1がWFRP世界のPCなら誰もが知り得る知識・常識で、今回のvol.2はPCのクラス(大まかな職業分類)なら知り得る知識・常識をまとめてみました。
 ここからは、サプリメント調でいきましょう。

◆WFRPのクラスとは
 WFRP最大の特徴は、豊富なキャリアで、これはPCがヒーローではなく一般人であるためだ。
 「剣闘士」「魔術師」「司祭」など、ファンタジーRPGでは一般的なものから、死に場所を求める「スレイヤー」、混沌を駆逐する「魔狩人」のようなWFRPを代表するような派手なキャリア、通常のシステムならモブ扱いの「村人」や「物乞い」まで、その数は全部で256種類もある。
 そのキャリアは1Lv〜4Lvの段階に分かれている。上級職や熟練度によって名前も変わり、基本軸は64種類となる。
 その64種類の基本キャリアを更に8種類に分類したものが”クラス”で「学士」「戦士」のように系統立てられる。
 つまり、1つのクラスには8種類のキャリアが存在し、クラスは下記の8種類となっている。

・学士
・都市民
・廷臣
・農村民
・野外民
・河川民
・無頼
・戦士

◆クラスごとの常識・知識

【学士】―医者、弁護士、魔術師 など
 大学やしかるべき機関で専門知識を学ぶ者は読み書きすらできない一般人よりもワンランク上の職業に就くことができ、都市や町での生活において食い詰めるようなことはあまり無い。
 キャリアLv1の見習いたちはそんなエリート思考から、一般人を見下しがちだ。
 彼らと一般人の大きな違いは、自分の専門知識はもちろんのこと、専門外のことでも教会や大学の図書館に行きそれなりの時間さえかければ、少なからず役立つ情報を得られることを知っているだろう。
 また、手紙を書いて遠方の人物とやり取りができたり、メモを残すことで多くの情報を忘れずに保存できる。
 つまり、読み書きこそが彼らにとって最大の武器であるともいえる。
 「読み書き」は、現実世界の我々にとって当たり前だが、WFRPの世界においては特殊能力のようなもので、ルールの中で《異能》と呼ばれ、《読み書き》のように表現される。

【都市民】―商人、都市住民、警備兵 など
 都市部で生活している中産階級で野暮ったい田舎暮らしとは違う洗練された都市での生活をステータスとしている。
 物乞いやネズミ捕りのような見下されがちな職業でも都市だからこそ仕事があり、本人たちにそのつもりは無くても街のライフバランス的な役割から、彼らの生活は成り立つ。
 人口の多い都市を形成するには、一般人としての「都市住民」から「物乞い」「扇動家」など多彩なキャリア群が必要不可欠で、エンパイアらしさに華を添えている。
 都市民に共通する特徴といえば、前回の「ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブックvol.1」で紹介したような常識・知識をどのクラスよりも実践していることだろう。
 例えば、「物乞い」ならそれは表向きの仕事で、裏社会では情報屋として盗賊ギルドに所属しているが、そんなことは公にできないだろう。
 また、「扇動家」なら特定の利権を有する大貴族へのデマや風刺を人々に吹聴しているが、その活動資金の出所は、昔この大貴族に負けた没落貴族の隠し資金であったり……。

【廷臣】―貴族、顧問、召使い など
 支配階級もしくはそれに近い場所で働くことで、たとえ出自の卑しい召使いでも、農村の村人より暮らしは豊かで社会的地位も高い。
 たとえ貴族といえども、より身分の高い者へ逆らうことは社会的な死を意味しており、上下関係には細心の注意を払いながら生活する必要がある。
 また、自分より身分の高い貴族が手を差し出したなら、その指輪にキッスして逆らう意志がないことを示さなければならない。
 生活の中で家柄、家系、紋章などに触れる機会が多いため、他人の身分を瞬時に識別し、自分の立ち居振る舞いを決めることは呼吸をすることより容易い。

【農村民】―村人、狩人、似非魔術師 など
 村や荘園に住み、そこの農場で働く農村民の大半は学も無く身分の低い者ばかりだ。
 しかしそれは、都市を中心とした社会から見た視線であり、孤立した田舎のコミュニティ内でそのような中央での身分の高低はまったく意味をなさない。
 代々続く村の権力者や働き者が尊敬を集め、狭い人間関係で失敗した者は村八分となり、人の嫌がる仕事や痩せた土地しか当てがわれない。
 それでもよそ者よりは”まし”で、よそ者の代名詞「領地代官」は、その地域を支配する領主(貴族)の一声で村の権力者として赴任してきて、働き者でも村の役に立つ訳でもないくせに村長よりも声高に村のやり方に口を挟み、あげく村人からの徴収をちょろまかして私腹を肥やすからだ。
 狭い集落の濃密な人間関係の中で村人同士が支え合って集団生活をしている中において”よそ者”は自分のことしか眼中にない。
 そのような忌諱すべきよそ者は信用ならないため、村人たちは旅行者や冒険者たちのような者には冷ややかな態度をとるのだ。
 農村民は自然豊かな村の周辺で生活するため、草木の名前、虫や動物の生態などに詳しいだろう。
 また、年寄りとの関わりが多いため昔から伝わる伝承などを耳にする機会も多いはずだ。

【野外民】―魔狩人、街道巡視員、鞭打苦行者 など
 WFRP世界の住人の大半は、自分の生まれた町や村から遠く離れることはないが、野外民は街道を中心に旅をすることで生活している。
 そういう意味で変わり者が多いのも否めない。
 途中、立ち寄る町や村で一儲けしようとする者たちは愛想が良く社交的だ。
 一方、自身の信念に基づいて野外民となっている者は無愛想で無口な者が多い。
 生活の大部分を旅に費やしているので、方向感覚や野宿には慣れているし、いざという時のために自身の身を守る術も会得している。
 また、農村民のように草木の名前、虫や動物の生態などにも詳しいだろう。

【河川民】―船乗り、港湾労働者、密輸商人 など
 エンパイアの大都市はライク河という巨大な河川で繋がれており、この河川が大陸内部の交易の大動脈となっている。
 このライク河の本流、支流、または運河に沿って河川民は生活しており、川船を運行する者から岸で荷の積み下ろしをする者、漁師など河川を生活の要とする者たちが河川民である。
 エンパイアの歴史の中で河川民に関わりが深い物として「ストリガニー」という民族がいて、彼らは太古の昔に存在した死霊術師の国の末裔であり、国を追われた流浪の民である。
 ヴァンパイアの噂も絶えないので近づかない方が無難であるため、忌み嫌われており、住む場所がないので、舟の上で水上生活をしている者もいる。
 河川民の仕事は肉体労働であるため、頑丈な身体を資本としている者が多い。
 魚の名前や特性に詳しく、風や湿気で天候を予測できる者もいるだろう。

【無頼】―盗賊、墓荒らし、魔女 など
 エンパイアは法治国家だが、法に縛られず己の信念のみを是として生きる者もいる。
 こう言えば聞こえはいいが、大多数の善良な市民にとって無頼たちはヤクザ者以外の何者でもない。
 持ち前の腕力を背景に言い掛かりに近い”己の常識”を振りかざし自身の要求を満たす輩や、良く回る口先で善良な市民を騙す輩、持ち前の容姿で異性を手籠めにとる輩など、健全に働く市民から金を巻き上げる方法には様々なパターンがある。
 ごく稀に反体制派として正義の名の下に革命の狼煙を上げ、人民を従える無頼もいるが、大抵は何者かに利用され、拙い思想に傾倒した儚き存在である。
 概ね活躍の場は裏社会で、入り組んだスラムの路地で警備兵を撒くことは朝飯前で、どの物乞いが情報屋かを知っているだろう。
 怪しげな物品を手に入れたい際にも、どこに行けば手に入るのかは、無頼なら知っている可能性は高い。

【戦士】―兵士、スレイヤー、戦闘司祭 など
 持ち前の屈強さと腕力を仕事にしている。
 戦いのプロであり、戦場や闘技場、酒場のケンカ、商人の揉め事などおよそ物理的な争いのある場面には必ずその姿がある。
 ゴロツキと区別のつかない者から、ちゃんと剣術や武術を体得して法の下で一定の規律を以て、腕力を暴走させない者まで様々である。
 彼らの強さに信頼はおけるが、仕事から離れた酒場での彼らの態度はゴロツキと大差ない。
 生まれつき体躯に恵まれた者もいれば、訓練によって強さを身に付けたものまで様々だが、こと接近戦闘における抜け目なさはどのクラスも戦士には敵わないだろう。

◆最後に
 最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
 ウォーハンマーRPGビギナーズハンドブックvol.1・vol.2共に、これくら! の思うエンパイアの常識を、PCやそのクラス目線で書き綴ったもので、大前提としてこれを使う場合はGMの許可の下で「ハウスルール」となります。
 初心者PLがこれを読んでインプットしたPL知識を「自分のPCならこれは知ってるよな」と取捨選択しながら活かしていただければと思っています。
 例えば、PCの生まれや育った環境によっては一部の常識が欠けていることも考えられますし、その逆も然りです。
 また、この内容が全てではありませんし、足りない部分も多いかと思います。
 GMの数だけWFRP世界は存在します! 付け足してもいいし、柔軟な思考で自身が良いと思うところだけ切り取って使ってもらってもかまいません。
 それでは皆さん、良きTRPGライフを!!

初出:「FT新聞」No.3978(2023年12月15日)
posted by AGS at 20:25| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする