2022年09月29日

SISD(スペース・インベストメント・ソリティア・ダイス)

 2022年9月22日の「FT新聞」No.3529に、「SISD(スペース・インベストメント・ソリティア・ダイス)」が掲載されています。小池鷹生さんデザイン、単体プレイ可能な宇宙版「ソリティア・ダイス」! ぜひ遊んでみてください。

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SISD(スペース・インベストメント・ソリティア・ダイス)

作:小池鷹生
監修:岡和田晃
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◯はじめに(岡和田晃)
 本稿は「FT新聞」No.3515にて配信された「シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析」(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/491671714.html)に記した発展案をもとに、小池鷹生氏が完成させたオリジナル・バリアントゲームで、単体でのプレイが可能です。
発送元となった「ソリティア・ダイス」を収めた『シド・サクソンのゲーム大全』(1969年、竹田原裕介訳、ニューゲームズオーダー、邦訳2017年)の版元の許諾をいただき、「FT新聞」にて公開します。同書の編集を手掛けられた沢田大樹氏に記して謝意を捧げます。
「ソリティア・ダイス」をプレイしたことのある方は、ぜひ試してみてください。未プレイの方は、本家の方も遊んでいただければ幸いです。

◯ルール(小池鷹生)
 本ゲームのゲームメカニクスは『シド・サクソンのゲーム大全』に収録されている「ソリティア・ダイス」(シド・サクソン作)を強く参考にしています。

 21XX年、人類は宇宙への進出を果たしつつある。しかし資源は足りていない。

 あなたは成長しつつある惑星間事業へと投資を行っていく宇宙資源マネージャーだ。採掘船はまだ少なく、得られる資源はばらつきが多い。あなたの持っている資源コンテナはたった1つ。そして投資対象を適切に見極めなければ、不採算部門となってしまったり供給過多による値崩れが発生したりする。20年であなたの宇宙開発はどこまで成長することができるだろうか?

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↓続きはこちら
https://ftbooks.xyz/ftnews/article/SISD.pdf
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2022年09月21日

シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析


 2022年9月8日配信の「FT新聞」No.3515にて、「シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析」」(小池鷹生作、岡和田晃監修)が掲載されています。『シド・サクソンのゲーム大全』収録作を論じたもの。東海大学のゲームデザイン論、学生レポートの優秀作です。

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シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析

作:小池鷹生
監修:岡和田晃
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◯はじめに(岡和田晃)

・この記事は何か?
 本記事は岡和田晃が東海大学文芸創作学科で2022年度春学期に開講したゲームデザイン論における中間レポートの優秀作です。
 通常、この講義ではRPGを中心としたストーリーゲームの視点から文学(史)を見直すというアプローチを採ることが多いのですが、今期は『シド・サクソンのゲーム大全』(1969年、竹田原裕介訳、ニューゲームズオーダー、邦訳2017年)や、ウォーシミュレーションゲーム「ドイッチュラント・ウンターゲルト」(高梨俊一デザイン、「タクテクス」7号、1983年)を実際にプレイしてゲームの構造や歴史的背景を分析するという課題に取り組むことで、デザインの幅を広げることを目指しました。
 そして本稿は、『シド・サクソンのゲーム大全』所収の「ソリティア・ダイス」を分析するものです。サクソンは『アクワイア』のデザイナーとして著名ですが、同時にゲーム研究者やコレクターとしても知られています。彼はダイス・ゲームの歴史を概観した後、「その歴史の長さにもかかわらず、ダイスを使用するゲームの開発がここまで少ないことは驚きである。しかもそのほとんどは技術や決断を行使する機会がほとんどない、純粋なギャンブル・ゲームなのだ」と嘆き、そのギャップを埋めるために「ソリティア・ダイス」をデザインしたといいます。
 実際、私が知るなかでも商業的に成功したダイス・ゲームはさほど多くなく、代表的なものとしては(シド・サクソン自身の『キャント・ストップ』やアレックス・ランドルフの『ウミガメの島』を除けば)、ダイスポーカーというべき『ヤッツィー』や、複雑なコンボを発生させていく『王への請願』(トム・レーマン)等が挙げられるでしょうが、私見では「ソリティア・ダイス」のプレイ感覚は、ちょうど両者の間くらいです。

・ルール
 具体的なルールについては『シド・サクソンのゲーム大全』を確認いただきたいのですが、かいつまんで説明しますと、6面体サイコロを5つ振り、その結果をダイス2個ずつによる「コンビネーション」2組と、「リジェクト」1つに振り分けることを繰り返していくというものです。ただし、「リジェクト」の数字は3種類までしか選択できません(なお、「リジェクト」が固定化された後でも、それら3つの数字を含まない出目を振ってしまった場合、「フリー・ライド」が発生します)。
ゲームはリジェクト数字3つのうち1つを8回出すまで続けられ、発生したコンビネーションの種類と回数によって、得点が決まります。得点は表によって決まり、そちらは『シド・サクソンのゲーム大全』をご参照ください。


◯本論(小池鷹生)

 前提として、分析対象には選択ルールの競争プレイを含まないものとする。また、ダイス 5 個を振り、2 つのコンビネーションを作る (さらにフリー・ライドでなければリジェクトを 1 つ決める) 一連の工程を「ラウンド」と呼ぶことにする。

 『ゲーム探検隊』(草場純・南雲夏彦・赤桐裕二・本間晴樹、ニューゲームズオーダー、新版2021年)を参考に区分するとしたら、「ソリティア・ダイス」は 1 人非有限非確定完全情報ゲームに分類され、どのようなダイスの出目であっても勝利条件 (500 点の獲得) を満たせるような戦略、すなわち必勝法はおそらく存在しない。ダイスを 5 個振った際に出る可能性がある組み合わせは重複を考えると 252 通りと有限であるが、3 つ以上チェックがついている場合にはフリー・ライドが 1/32 の確率で、それ以下のチェック数であればより高い確率で発生するために無限にラウンドが続く可能性があり、本ゲームは非有限ゲームに分類される。

 具体的な数字を用いて考察を行おう。このゲームはフリー・ライドが発生するラウンドを除けば最大で 23 回までダイスを振ることができる。フリー・ライドの発生確率とリジェクトするダイスの選択が限られる場合の事を考えると、概ね 20 回程度のラウンドで一つのゲームが構成されると言えるだろう。ここで例えば和が 2 となるようなコンビネーションを作るとする。これには出目 1 が 2 以上必要であり、5d6 でこのような組み合わせの出る確率は 19.6%、概ね 5 回に 1 回となることを考えればコンビネーション 2 を得点源として狙うのはリスキーな戦略であることがわかる。

 より大きい和の場合はどうだろうか?コンビネーション 3 を作ることができる確率は32.8%、コンビネーション 4 の場合は 49.1% となる。ただ、注意しなくてはならないのはこの計算ではリジェクトを考慮していないことである。例えば 2 がリジェクトされている場合、コンビネーション 3 を作るためには出目 1 に加えて 2 つ以上の出目 2 を出さねばならず、確率は 9.1% にまで低下する。ここで考えられる戦略の一つはリジェクトする数字を偏らせる、例えば 4、5、6 を選ぶことで特定のコンビネーションを作りやすくすることである。ただ、この戦略では想定外のコンビネーションを作らざるをえないリスクが高くなる。

 これと対立する戦略として、出やすい組み合わせを狙う事も考えられる。和が 6、7、8となるようなコンビネーションは様々な組み合わせで作ることができる一方で、得られる得点は少なく、かつ 11 個目以降のチェックが得点にならないという弱点がある。

 この 2 つの戦略のどちらが高い点数を得やすいかは簡単には判別できない。それぞれの戦略がルールによって適度に制限され、プレイを重ねなければどのレベルでリスクを許容すべきかを掴むことはできないからである。それに加え、ダイスの乱数性がプレイヤーがどのような選択をするかを複雑にさせる。

 本ゲームの面白い点として、どのコンビネーションに「投資」を行うのかの判断に伴う戦略性が挙げられる。あるコンビネーションはチェックが 5 つ溜まるまでは負債であり、それ以上のチェックをしなければ得点にすることができない。ここで作りやすいコンビネーションは得点が低く、逆に作りにくいコンビネーションは得点が高いことが単純な戦略を立てることを難しくしており、プレイヤーごとに戦略を考える楽しさを作り出している。先に説明したリジェクトやコンビネーションの選択以外にも、例えば序盤のどのタイミングで 3 つのリジェクトを決定するか、終盤で望まないコンビネーションの形成とゲームの終了のどちらを取るかなどといった判断が必要となり、それぞれにプレイヤーごとのやり方が構成されるだろう。

 さらに踏み込んで考えよう。このゲームを発展させることはできるだろうか? 例えばゲームの外観を変え、ストーリーを作ることが可能である。サイコロで出た目を資源、コンビネーションを事業、リジェクトを独占禁止法や税金と置けばソリティア・ダイスは投資ボードゲームになる。事業が成長しなければ初期投資を回収できず、赤字が生まれる。一定以上安定した事業では、さらなる投資を行っても利益は得られない。このようにルールにストーリーを適切に持たせれば、一つの世界観を作ることができる。

 ルール自体を変えることもできるが、これは決して易しい作業ではないと考えられる。このゲームには変更可能なパラメータ (各コンビネーションごとの得点、得点となるチェック数の上限と下限、リジェクトの制限、ゲーム終了の条件、勝利となる得点) が存在するが、今の状態で比較的よくまとまっているように見られ、変更を加えた際のゲームバランスへの影響はテストプレイを繰り返すかある程度複雑な数学的計算を行わなければ把握することは難しい。

 ソリティア・ダイスはサイコロと紙があればプレイでき、様々な戦略が考えられ、一回のプレイ時間はそこまで長くなく、適度にダイスの女神に翻弄されうるゲームである。二、三回遊べば把握できるシンプルなルールであることを考えると、非常によく練られているゲームであると言えるだろう。

◯補足(岡和田晃)

 ここで記した発展案を、小池氏は期末レポートとして取り組み、実際に完成させました。そちらについては機会がありましたらぜひご紹介したいと思います。また、それとは別に、講義内でプレイしたRPG『聖珠伝説パールシード』のハウスルール(オリジナルの追加データ)もデザインしました。こちらはオニオンワークスが2022年9月に刊行する30周年記念本『魔の謔れ』(http://tamasuna.jp/pearl/kinen2022.html)に掲載される予定です。
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2022年07月31日

『モンスター! モンスター!』と私

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『モンスター! モンスター!』と私

 岡和田晃
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●ファジーなシステム、T&T

 このところ、『トンネルズ&トロールズ』(T&T)におけるルール裁定がどうあるべきかが一部で話題になっています。発端は、熱心なT&Tファンである、けいねむさんの問題提起のようでした。ルールの適用やシナリオの運用については、GMはどこまで恣意的であるべきか、という話です。
 現在、RPGはシステム面でもユーザー面でも多様化し、あらゆるセッションに共通して当てはまる事例というのは成立しづらくなっています。ただ、T&Tは数あるRPGのなかでも最大級にバランスブレイキングなシステムであると同時に、GMサイドでもPLサイドでも、それをファジーにコントロールしやすいシステムであります。暴れ馬のようであり、優れたカスタムキットでもある。小さくまとまっているようでも、見方をかえればポテンシャルが非常に大きい。このあたりのセンスが絶妙なので、だから私は東海大学文芸創作学科で開講しているゲームデザイン論の教材として、よくT&Tを使っているわけです。
 文芸創作の学生といっても資質はまちまちではありますが、講座内で時間をかけてシナリオ素案から書いてもらってブラッシュアップを繰り返していけば、それまでのゲーム経験とあまり関係なく、多くの受講者は作品を完成まで持っていくことができます。ただ、私としては、あくまでも教育の一環としてゲームデザインに取り組んでもらっている以上、今ある自分を表現するだけではなく、自分の殻を破り、もう半歩先を目指してほしいと考えています。そうした題材として、T&Tはなかなかどうして、使い勝手がよいのです。
 実例を出せば、T&Tラヴクラフト・バリアントのシナリオ「ドルイドの末裔」(岡和田晃/豊田奏太、「ウォーロック・マガジン」Vol.5掲載)は、講義内で『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(中野善夫訳、国書刊行会、邦訳2018)に収めたスコティッシュ・ケルトの作家フィオナ・マクラウドの短編を読んでもらったうえで、「現代日本を舞台にしない」、という縛りで提出されたシナリオ群の優秀作なのです。
 まず、インナー・ヘブリディーズ諸島が舞台というのにはシビれました。謎めいた屋敷を探検する話なのですが、もとの原稿は序盤がサバイバル・ホラーやFPSのムービー・シーンのようだったので、そこをもっと導入らしくなるように私の方で書き換え、H・P・ラヴクラフト「レッド・フックの恐怖」、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、チャールズ・ディケンズ『荒涼館』、W・H・ホジスン『異次元を覗く家』といった古典的な小説の要素を加味して仕上げました。
 つまり、全体的に文章面と設定では私の方で徹底的にブラッシュアップを施し、データを練り直したものの、屋敷の構造は原型をできるだけ活かした形にしています。その後、ベテラン・ゲーマーの仲知喜さんにチェックしてもらい、さらなる推敲を施して完成に至りました。完成後は、「学生作品がベースなんて……」と色眼鏡で見ていた方にも、どうやら一目置いていただけたようです。
 ホラーをデザインするときには、予定調和と意外性のバランスが大事です。ホラーだとわかっているのに、何も怪異が起きないのではつまらない。出てくる怪異はいくらでもスケールが大きくてかまわないのですが、まるで手も足も出ない、どうにも対処できずにやられて終わるだけではゲームとしての双方向性をとる意味があまりない、というわけなのです。

●ほどよい距離感での〈共同ゲームデザイン〉

 T&Tはその設計上、「あらかじめ決められた筋書きの通りにならない」ということを、システムが保証しているとも言うことができます。だからこそRPGらしく予想外な展開が訪れ、ときには忘れられないほどに個性的かつ充実したセッションにもなりえます。
 にもかかわらず、T&Tが、最初にGMレスのソロアドベンチャーを発表したRPGであり、今もなおソロアドベンチャーが英語圏でも日本語でも精力的に書かれ続けている代表作というのは面白いことかと思います。
 これに対して、「FT新聞」読者にはおなじみの杉本=ヨハネさんが言うには、「「こうすればいい」がないからこそ、「私はこうルールを扱っているよ」の例示であるソロアドベンチャーが必要だったのかもしれませんね。各自が参考にできるが、従う必要があるわけではないという距離感で」ということで、我が意を得たりという思いです。
 プレイヤーとGMの間の齟齬はしばしば、「PLは結局のところGMに逆らえないのに、GMの不公平な裁定によってPLが必要以上の労力や負担を強いられたり、PLの創造性を結果としてGMに否定されたりする」という点に帰結します。GMは十人十色なのですが、ソロアドベンチャーでは、その多様なあり方を、読者がまずプレイヤーとして体感することになります。一見、理不尽のようでもそれを上回る何かがあれば納得できるわけですし、ときにはルールを改変したり強いキャラクターを持ち込んだりして、不条理を乗り越える方法を読者は自然に「学習」するわけです。
 多人数用シナリオでも、実は同じ。『ベア・ダンジョン』はその大胆不敵な変身ギミックや飛び抜けた数値設定で、『ベア・カルトの地下墓地』は〈熊神の教団〉をめぐるユニークな背景処理で、『アンクル・アグリーの地下迷宮』では大掛かりな罠の設定で、『魔術師の島』では同じ罠でもきめ細やかな仕掛けをもって、シナリオ・デザイナーとそれを運用するGM、そしてPLの間における「ファジーなコミュニケーション」を促進させる仕様なのではないかと言うことができます。
 いずれにせよ、T&Tはアナログゲームミュージアム理事の高橋志行さんが言う〈共同ゲームデザイン〉としてのRPGのあり方を、もっとも強く打ち出している作品のひとつなのかもしれません。

●『モンスター! モンスター!』キャンペーン

 7月22日に発売されたばかりの「GMウォーロック」Vol.6で私が担当した「T&T情報コーナー」では、T&Tのバリアント(単体プレイ可能な追加ルール)である『モンスター! モンスター!』がらみの状況について、多くの紙幅を割いて紹介しています。
 この『モンスター!モンスター!』は、プレイヤーが普段は悪役のモンスターを担当するというコンセプトのRPGなのですが、勧善懲悪をひっくり返した設定もさることながら、担当モンスターをトランプで決めるというユニークな設定が魅力です。
 繰り返します。プレイヤーがキャラクターとして成り代わるモンスターの種族は、まったくのランダムで決められるのです! そう、キャラクターメイキングの時に引かされるトランプの種類によって、キャラクターは、ゴブリンにもなればドラゴンにもなり、ヒドラになれば人間の屑にもなれてしまうのでした。
 なかなか残酷なルールです。トランプを引いた結果、オークやツァトゥヴァをプレイせざるをえなくなったプレイヤーに号泣されてしまったため(中学生のときの話ですが)、あえなくオークをケンタウロスに、ツァトゥヴァをグリフォンに差し替えを許可したのも、今となってはいい思い出です。
 キャラクターメイキングのほかにも、『モンスター! モンスター!』にはさまざまな魅力がありました。システム名の由来を語るケンのユニークな序文をはじめルールブックのあちこちに散りばめられたユーモアもさることながら、迷宮探検家ではないモンスターが、どうすれば冒険点を獲得できるのか、その基準が面白かったのです。
 モンスターは普通のキャラクターと同じように、戦闘で勝ったり、使命を達成させたりすることで冒険点を得ることができます。しかしながら、それだけではありません。モンスターとして村人を殺すよりも城からお姫さまをさらってきたほうが多くの冒険点がもらえます。あるいは、単に魔法を使うよりも、腹一杯に食べ物を喰らったほうが、はるかに高い冒険点を得ることができるのです!
 深く感動し、『モンスター! モンスター!』にすっかり入れあげた中学時代の私、なんと受験直前(中学三年の二月)までキャンペーンを続け、それまでキャンペーンを完遂することができずにいたのに、なんとか一段落させることに成功しました。
 それと引き換えか、絶対合格すると担任に太鼓判を押されていた第一志望の高校に、見事落っこちてしまったのでした。これがカタギの道を踏み外す、修羅の道の始まりだったのは言を俟たないでしょう。
 私がそこまでして『モンスター! モンスター!』に入れあげたのは、エキセントリックなシステムのためだけではありませんでした。『モンスター! モンスター!』で呈示された枠組みを使って、自分が抱え込んでいたファンタジーの理想をキャンペーンにぶち込もうと考えていたのでした。
 各種資料ルールブックとにらめっこし、フレーバーとして記されていた「カザン帝国」、「商業都市コースト」などの文句を頼りに創造を膨らませ、方眼紙に大陸全土の地図を描いたり、オリジナルの設定をつぎつぎと思いのままに書き連ねたりしていって――T&Tのルールブックには多数のモンスター名が列挙されているのだけれども、それらの生体と分布をデータ化するなどして――当時の自分としては最高レベルのキャンペーン・ワールドを組み上げたのでした。
 幸い、モンスター・キャラクターは成長時に上がる能力が格段に大きい。この利点と、先に述べた独自の冒険点獲得システムを生かすべく、私は冒険中に随時、すばらしい行動をとったキャラクターにボーナス冒険点を与えることにしました。そうするとどんどん冒険点が入り、モンスター・キャラクターはめざましい速度で成長していきます。
 そんなわけで、私が主催する『モンスター! モンスター!』は、単に怪獣大決戦的なシナリオではなく、『ホビットの冒険』なり、『ゲド戦記』なり『ファイティング・ファンタジー』なり、『ウィザードリィVI』なり、『幻想世界の住人たち』なり、図書館の奥から発掘してきた海外の絵本なりで味付けされた、極彩色で摩訶不思議なキャンペーンと相成ったのです。
 そのうえ、あえて悪玉をやらせることで、通常のRPGキャンペーンでは描くことのできない視点から、善悪二元論の問い直し、ゲームでは再現困難な〈時〉のあり方など、観念的なテーマをも自分なりに追求しようとしていました。このときの記録は、私家版のファンジンにまとめたことがあるのですが、その内容をかいつまんで紹介したいと思います。

【キャンペーン概説】

・第一回 「ウッズエッジ村襲撃」(ボス:魔女)
 ルールブック付属のシナリオをそのままプレイしたもの。

・第二回「クヌーキー村の惨劇」(ボス:竜殺しの勇者)
 前回のシナリオを参考に別の村をデザインしたもの。やっていることはたいして変わりません。

・第三回「グレートフォレストの血祭り」(ボス:エント)
 エントに代表される「善の」モンスターどもとの戦いを狙ったもの。

・第四回「海賊都市ガル」(ボス:大怪鳥)
 シティー・アドベンチャー。ヴァンパイアのPCの策謀と魔術によって、キメラのPCが荒くれ海賊どもの頭領となるなど、意外な展開が多々ありました。

・第五回「幽霊修道院の秘密」(ボス:シスター・マリア)
 モンスター・パーティでのダンジョン探検。

・第六回「カザンの闘技場ふたたび」(ボス:カーラ・カーン)
 同名ソロアドベンチャーを改良したシナリオ。非道なPCたちは、闘技場で飼われていたショゴスを計略で自滅させたうえ魔法で甦らせて操り、闘技場もろとも呑み込ませたのでした。

・第七回「精鋭 デルヘイヴン魔法騎士団」(ボス:デルヘイヴン魔法騎士団)
 ハンニバルばりの山越えと、攻城戦。

・第八回「グレートフォレスト」(ボス:大蜘蛛)
 『ホビットの冒険』での蜘蛛のとの戦いを参考したウィルダネス・アドベンチャー。

・第九回「王女とゴブリンの陰謀」(ボス:ゴブリンキング)
 ジョージ・マクドナルドの小説『お姫さまとゴブリンの物語』を参考に、ゴブリンの地下王国をデザインしてそこを征服せんとする冒険。

・第十回「妖精王国」
 トマス・カイトリー『フェアリーのおくりもの』(教養文庫)のエピソードを使った、ボス戦のないメルヘン風味の内容。

・第十一回「紺蒼海に眠る宝」(ボス:邪竜ナース)
・第十二回「紺蒼海の伝説」(ボス:バルログ)
 別のセッションで使った海洋冒険シナリオのアレンジで連作。ボスは『ロードス島戦記』と『指輪物語』から引っ張ってきていました。

・第十三回「聖なる王国 聖杯は何処へ」(ボス:ラルス)
 アーサー王伝説をシナリオに応用。このあたりになるともはやPCは大陸屈指の強さを誇るようになっており、あっというまに王国のヘゲモニーを握ってしまいます。ボスの「ラルス」は、以前に私がやっていた『ハイパーT&T』キャンペーンで参加していたPCを勝手にアンデッド(リッチ)化して再登場させたもの。ひどい!

・第十四回「英雄戦争」
『ハイパー・トンネルズ&トロールズ』(教養文庫)の大規模戦闘ルールを簡略化して、大陸規模の大戦争を(戦力比などをつくって)デザインしました。『ロマンシング・サガ3』を参考にしたので、通称「ロマンシングT&T」。

・第十五回「オーバーキル城ふたたび」
 ふたたび城攻め。『指輪物語』の第二部(『二つの塔』)に出てくる馬鍬砦のシーンを意識しました。

・第十六回「明かされた秘密」(ボス:混沌)
 涙、涙の最終回。黒幕だと思われていた魔女レロトラーと結託し、彼女が〈時〉を操ろうとして失敗したため呼び出されてしまった、「混沌」(モンスターレートは150万!)を、軍勢を率いて倒すシナリオ。このときの「混沌」の戦いは、2016年に出た『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』でも密かに言及されています。

・外伝一「ウッズエッジ村ふたたび」
 人数が揃わなかったときに、ルールブックの付属シナリオを、キャラクターを変えてもう一度やってみたもの。まったくと言っていいほど、展開が変わりました。

・外伝二「打倒 赤いローブの僧侶団」
 ソロアドベンチャー『傭兵剣士』を多人数シナリオにコンバートしてプレイしたもの。

・外伝三「トロールストーンの洞窟ふたたび」
 T&T第5版ルールブックの付属シナリオをモンスターでプレイしたもの。

 以上が私の昔のキャンペーンの概要です。こんな具合でよいとなれば、プレイのハードルを少なからず下げられたのではないかと思います(笑)。
 回を重ねるごとに、善悪反転というより、当たり前のようにモンスター・パーティで冒険をする形になってきましたが、最近、英語で発表されている『モンスター! モンスター!』用のソロアドベンチャーやシナリオにも、そういった内容のものが少なくないので、安心させられた心持です。何でしたら、「GMウォーロック」Vol.2に掲載されている「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ、拙訳)をモンスター・キャラクターで挑んでみてください。
 T&T完全版では『モンスター! モンスター!』が2019年に出版されましたが(グループSNE/書苑新社)、皆さんも、『モンスター! モンスター!』を改めてプレイされてはいかがでしょうか? 「Role&Roll」Vol.175には清松みゆきさんによる『モンスター! モンスター!』用ソロアドベンチャー「リバーボートの恐怖」が掲載されており、「ウォーロック・マガジン」8号には、たまねぎ須永さんの多人数シナリオ「野営地を血祭り」が掲載されてますよ。


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初出:「FT新聞」 No.3473(2022年7月28日号)
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2022年07月18日

『魔術師の島』と私

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『魔術師の島』と私

 岡和田晃
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 『トンネルズ&トロールズ完全版』、1年数ヶ月ぶりの新作『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』が発売になりました(グループSNE/新紀元社)。2021年2月に『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』が出て以来となります。
 とはいえ、『ウィルダネス・エンカウンターズ』(2021年12月)や『マップブックI シティ編』(2022年4月)といった、実質的にはT&T関連作といえるフライング・バッファロー社謹製の汎用サプリメントの日本語版も出ていますし、「GMウォーロック」2号には「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ)が掲載されたほか、雑誌でのサポートもなされているので、あまり間があいたという感じはしませんね。
 T&T5版日本語版のサポート期間が約4年、ハイパーT&T2版のサポート期間が(『ドラゴンズ'ヘヴン』の単行本が出てからカウントして)約3年半だったことに鑑みると、T&T完全版はすでに6年近くサポートが続いているので、相当なことだと思います。
 ご存知ない方のために紹介しますと、これは『ビギナーズバンドル』と『魔術師の島』の2冊を、シュリンクして合本形式で出版したもの(安田均監修)。分冊1は原書『ビギナーズバンドル』全訳にシナリオ補作(柘植めぐみ訳・著)、リプレイコミック(中山将平)。分冊2は社会思想社現代教養文庫から出ていた『魔術師の島』をT&T完全版対応にして復刻したもの(高山浩訳・著)、それに小説「ドラゴンの巣を越えて」(安田均訳)、小説「畏怖すべきタイタンのタロット」にコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」(拙訳)、『魔術師の島』にちなんだ日本オリジナルのソロアドベンチャー〈無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〉シリーズの最新二作を収めたものとなります(拙作、ちなみに『傭兵剣士』と接続して一大キャンペーン化可能)。
 この『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』に関しては、すでに「Role&Roll」Vol.213に書き下ろしの関連ソロアドベンチャー「カリスの仮図」(たまねぎ須永・著)が発表されていますが、近刊「GMウォーロック」6号以降でもサポートされていくようですので、楽しみは尽きませんね。
 先述の通り、今回私は『魔術師の島』新版に関わるという僥倖を得たのですが、個人的にも『魔術師の島』は思い入れが深い作品でした。それについて「読みたいですか?」とSNSで訊いたところ、思いのほか多くの方からリクエストをいただいたので、ここにまとめてみたいと思います。すでにSNSで発表したものをまとめ直したもので、サポート要素はありません。あらかじめご諒解をいただけましたら幸いです。

 『魔術師の島』は何度読んだかわからないほど読み込んだシナリオ集で、私は1レベル・2レベルともにGMいたしましたし、オリジナルのシナリオの参考にしたことも多々あります。旧「ウォーロック」誌41号に掲載された「ドラゴンの巣を越えて」は、インターネット黎明期にウェブで読めた「ウォーロック」総目次で存在を知り、上京して国会図書館カードが作れる年になると、すぐに読みにいったものです。
 何がそんなによかったのでしょう? 『魔術師の島』は、私が初めて買った、海外製のRPGシナリオをイラスト含めて完訳している作品でした。それまで、雑誌や文庫で短編のシナリオを読んだことがありましたが、海外作品をまるまる収めたものは初めて読んだのです。つまり「世界標準のRPGシナリオとは何か」という形を教えてくれた師匠みたいな作品だったのです。
 私は1981年生れで、第5版のルールブックが刊行されたときは6歳。第5版直撃世代からは、だいぶ年が下になります。実際、社会思想社現代教養文庫の『魔術師の島』(1990年邦訳初版)を最初に見つけたのは中学2年のとき(1995年)で、今から27年ほど前になります。
 私は北海道の中央部に位置する上富良野というところの出身でしたが、中学生の時には夏休みに旭川の夏期・冬季の講習へ通っていました(列車で片道1時間強)。だらけずペーシング(勉強のペース配分)をするためで、この習慣は今でもライター仕事に役立っています。この講習のクラスで、上富良野から来ているのは私ひとりでした。
 講習の内容は勉強になりましたが、クラスの生徒たちはすでにグループが形成されており、他の生徒とは話さなかった。打ち解けない閉鎖的な雰囲気で、教師たちのほうがオープンでした。しかも彼らは妙に感じが悪く、私が講習で課題の答えを間違えるとクスクス笑います。いじめというほどではなかったものの、負けるものかと敵愾心を燃やしていました。
 そんな折、もっともリラックスできたのが、帰宅前の旭川の書店めぐりをし、見つけた本を読むことでした。めぐりというほど数があるわけではないのですが、3条通り商店街にあった冨貴堂書店本店(現在は閉店)には感動させられました。ボックスのRPGが売っていましたし、地下には文庫シリーズがあり、そこで〈指輪物語〉や〈ラヴクラフト全集〉を買っていたというわけです。当時の冨貴堂書店は「電撃アドベンチャーズ」Vol.11で取材されており、「女性でも入りやすい店」と評されています。
 ところが小遣いがさほどあるわけもなく、文庫を買うのも吟味に吟味を重ねた末。おまけに当時(1995年頃)は、80年代からの翻訳ゲームブック・ブームが終焉しており、社会思想社現代教養文庫の店頭在庫もわずか。前年の来旭時に『傭兵剣士』(邦訳1988年)を買っていて、いよいよT&T5版のルールブックも入手。案の定、これに魅了されたわけです。
 先にハイパーT&Tは改訂版(スニーカーG文庫、1994年)のものを読んでいて、5版はそれよりシステム的には単純だったのですが、ルール的にどうこうというより、とにかく雰囲気が最高でした。ファンタジーとは幻想世界の雰囲気をどう演出するかであり、いかに土俗性を出すか、どのように残余を残すかが大事だと思うのですが、それが非常に上手かったと感動したわけです。独自のT&Tノートに自作データを書き綴ったのはむろんのこと、ひとえに自分で使うため、オリジナルのT&T下敷きやTシャツも作っていました。
 あと教養文庫で冨貴堂の店舗にあったのは、〈ファイティング・ファンタジー〉の『王子の対決』(1987年)や、『ウォーハンマーRPG』初版の友野詳さんによるリプレイ『破壊の剣』(1993年)など。『王子の対決』については、漫画家の中山哲学さんとオンライン・プレイを−−インターバルをはさみつつ−−約一年かけて行い、クライマックスで私が演じる戦士クローヴィスが敗死したのをご覧の方もいらっしゃると思います。『破壊の剣』は軽妙な掛け合いとシリアスなストーリーのギャップが面白い作品で、そのままシナリオとしてGMしたこともあります。まさか自分が「GAME JAPAN」誌で『ウォーハンマーRPG』2版のリプレイを書くことになるとは思いませんでした。
 それからというもの、他のT&Tシリーズもプレイしたかったので、あちこち古本屋を覗くようになります(社会思想社が在庫を断裁せず、注文すれば届くと知るのは、もう少し後のことです)。これが私の古本道(あるいは古本極道?)の始まりでした。
 まずは偶然、ボロボロの『恐怖の街』(邦訳1988年)を50円で入手。これにはコペルニクス的転回ともいうべきショックを受けました。ゲームブックといえばダンジョンが主。なのに本作はオープンフィールドの冒険なのです!
 『恐怖の街』はフォロン島にあるガルの街から始まり、街をうろついても、いきなり船に乗って旅に出てもいい。何をやっても構わない自由度の高さ、摩訶不思議なイベントの数々があります。出入り自由の世界に、これまで自分がゲームブックやコンピュータゲームに感じていた息苦しさが解消されました。「ああ、これだよ、これ」と思ったのです。『魔術師の島』所収の拙作ソロアドベチャー「魔術師の島が呼んでいる」がガルから始まるのは、こうした初期衝動を引き継いでいる面があるのかもしれません。
 『魔術師の島』を見つけたのは、旭川マルカツ(こちらもビルごと解体されるとのこと)で不定期に展開されていた古書市で、なんと二百円! マイクル・ウィーランによるカヴァーアートの神秘的な美しさが頭抜けていました。その他、1970年台後半から80年代のSF・ファンタジー文庫がかなりあり、言うならばここを「学校」として、私はSF・幻想文学の基礎知識を得たのです。
 マルカツで不定期に開催されていた古書市では、他にもマイクル・ウィーラン関係の絵を見た記憶があります。C・J・チェリイ〈色褪せた太陽〉です。チェリイはT&Tとも縁があり、サポート誌「ソーサラー・アプレンティス」初出の小説「最後の塔」を、私は「ナイトランド・クォータリー」Vol.27で訳しておりますが、これも奇縁ですね。
 帰りの電車で繙いた『魔術師の島』は衝撃でした。インナーアートが蠱惑的。そして、見たこともないようなジンド世界やハイラックス大陸が舞台だと説明が出てくる。短い説明が、かえって想像を駆り立てました。魔術師ダークスモークというダンジョンの主も、なんだか得体が知れなくて不気味。ちょうど魔術師ワードナが出てくる『ウィザードリィ』初代と同時期の作品なんですよ。
 当時、私は自前のRPGキャンペーンを開催していました。そのプレイグループの面々が別の人たちを抱き込み、グループは膨れ上がって同好会を学内で作ったほど。とはいえ、ちゃんとGMができる者は少なく、集まったはいいがコンピュータゲーム会やカラオケみたいになることもままあり、それが悩みの種でした。
 私としては、「ちゃんとしたファンタジーを作りたい」からRPGをやっていたからです。しかし、力不足で、なかなかうまくいかない。その時の一つの回答が『魔術師の島』にはハッキリ書かれていたのです。
 『魔術師の島』が優れているのは、ずばり「制約」の美学。曖昧模糊としたファンタジー世界を、それらしく演出するためには、どこをどう「制約」すればいいか。そのセンスが見事なのです。こうした「制約」のコツは、今回の新版に入ったコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」で明確に説明されています。このコラムは魔法のアイテムを創造するためのガイドですが、他にも広く応用が利くアプローチになっています。
 広大なジンド世界があると示しつつ、舞台はなかでのダークスモーク島と「制約」を加え、立ち寄れる街は、さらにその中の「名もなき村」だと「制約」を加える。村では自由に動けるものの、金目当てで暴れる行動には「制約」がかかり、街のなかある場所でかけられる不条理な呪いも、世界の危険さを伝えるためと考えれば納得がいきます。
 ダンジョンの罠や呪いそのものは、初見においてはあまりにも凶悪すぎるように思え、笑って読んで終わり実際に使わないものだと思ってましたが、さりとて罠や呪いほどパターン化しやすいものもありません。レパートリーを増やすため、自作のシナリオに少しずつ混ぜて使ってみると、さほど違和感がなく、むしろ知恵を駆使すれば攻略できるレベルだと判明しました。ちなみにディティリオが毒についてのコラムを書いていると知ったのは後のことでしたが(「タクテクス」で訳出されています)、それも腑に落ちます。
 NPCには殺意の高い者が少なからずいますが、それも私のNPCの運用スタイルにもよく見合いました。個性豊かなNPCを演じ分けるのはGMの醍醐味のひとつですが、あまりやすやすと打ち解けられる相手ばかりでも、ありがたみがないからです。個々のキャラクターに説明文がないにも関わらず印象に深く残るワンダリング・ローグ。使い勝手のよさもありますが、中級レベル帯のNPCを出すためのデータ集としても重宝しました。
 原著で第1層しかなく、日本オリジナル第2層を作ったというのにも驚かされました。それだけ聞くと駄作かと早合点しそうになりますが、いざ読んでみるとしっかりしている。しかも、第2層、3層と作りたくなる何かがある。クリエイティヴィティを掻き立てるものとは何なのかを、デザイナーははっきりとわかっているのです(このため、このたび書き下ろしたソロアドベンチャー「名もなき村を越えて」でも、第3層へ行くことができるようにしました)。
 こうして私の中で『魔術師の島』は特権的な作品となったのでした。その後、『RPGシティブックI』(邦訳1994年、新版2021年)や『ストームブリンガー』や『クトゥルフの呼び声(クトゥルフ神話TRPG)』絡みのラリー・ディティリオ作品を入手し、作者が同じだと気づいた時のエウレカ感たるや! 私が『魔術師の島』で感じた楽しさを、少しでも伝えられていれば幸いです。

(初出:「FT新聞」No.3459、2022年7月14日)
posted by AGS at 16:18| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月05日

すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』

 2021年7月29日配信の「FT新聞」No.3109に、『ミドルアース言語ガイド』(ICE/ホビージャパン)についての蔵出しコラムが掲載されています。『ハーンワールド』や、エルフ語、D&Dの翻訳についても触れています。

すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』 FT新聞 No.3109
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「すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』(ICE/ホビージャパン)」

 岡和田晃
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●はじめに

 「FT新聞」での拙連載「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」では、しばしば『ロールマスター』やその簡易版である『ハープ』の話題を出しましたが、とりわけ後者は日本での知名度がそう高いわけではありません。 
 そこで、『ハープ』の話題から始まり、『ハーンワールド』や『指輪物語ロールプレイング』といった設定重視のRPG(いわゆる第2世代RPG)の話題につなげたコラムを、資料としてお蔵出しします。
 執筆は2009年6月。もともとはTRPG文華祭の参加者用のファンジンに寄稿したものです。残念ながら現物は刊行されなかったため、最低限の註釈や修正を添えて、「FT新聞」で公開します。
 またもや若書きで恐縮ですが、熱量はあるので、そこを汲んでいただけましたら幸甚です。

●ハープ・ハーンは面白い!

 こんにちは、翻訳者/ライターの岡和田と申します。
 第2回のTRPG文華祭(2008年)では、ICE社の汎用システム『ハープ・ライト』を使用し、汎用ワールドセッティング『ハーンワールド』を舞台にしたシナリオにプレイヤー参加しました(以下、『ハープ・ハーン』と表記)。
 『ハープ・ハーン』、とても面白くプレイできました。ICE社と言えば精密RPG『ロールマスター』を抜きにしては語れませんが、痛打表をはじめとした『ロールマスター』のエッセンスと、13世紀イングランド(ちょうど、メル・ギブソン監督・主演の映画『ブレイブハート』の時代だと思って下さい)をモチーフとした『ハーンワールド』の奥深さがうまくブレンドされ、他にない味わいを見せておりました。
 『ハープ・ハーン』自体は「ICE JAPAN」のウェブサイトから無料ダウンロードできます。仲間がほしいので(笑)、ぜひダウンロードを!【注:現在リンク切れのため、『ハープ・ハーン』が紹介されていたICE社のサイトのリンクを貼っておきます。ダウンロードはできませんが、表紙が閲覧できて雰囲気はわかると思います】
https://web.archive.org/web/20101208033256/http://japan.ironcrown.com/
 なお、JGC2009でも『ハープ・ハーン』を初め、各種汎用システムを用いて『ハーンワールド』で遊ぶプロジェクトは進行しております。僭越ながら私は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の翻訳をし、リプレイも書いているためか、JGC2009では『d20ハーン』を担当させていただく予定です(6月末現在)。JGCの物販コーナーにて遊べますので、ぜひ、いらして下さいませ!【注:無事に開催され、盛況でした】

●RPGの面白さは設定にある!

 さて、『ハープ・ライト』と『ハーンワールド』の話が出ました。両者に共通するのは「手軽ながらも、奥深い設定を楽しむことができる」という点です。私は文芸関係の仕事もしている都合上、小説や映画、コミックなどといったジャンルに対して、RPGならではの面白さとは何であるのかを考える機会が多いのですが、やはりRPGは「設定の面白さ」につきる気がします。
 極論を言ってしまうと、キャラクターを愛でるだけであれば、コミックを読めば充分。壮大なヴィジュアルを楽しむのであれば、映画を観ればいい。
 映画やコミックで「背景」として済まされがちな世界を、そこに人間が生き、歴史のあるものとして提示できているところにRPGの面白さはあります。
 RPGのことをよく知らない人が好んで使う悪口に「RPGは流行り物の二次創作じゃないか」というものがあります。RPGはシミュレーションゲームの系譜に属するジャンルであり、シミュレーションゲームは現実に起きた状況(戦争など)を模倣するものですから、この悪口は一見、当を得ているように見えないこともありません。
 しかしながら、RPGの面白さは、うわついた「二次創作」の論理からではなく、きちんとした設定から引き出されるものだと私は考えています。なので、そうした悪口はRPGには当て嵌まりません。

●このサプリがお勧め!

 RPGと世界観との関係と言えば、今回ご紹介する『ミドルアース言語ガイド』というサプリメントは外せません。
 これはICE社から出ていた『指輪物語ロールプレイング』という、『ハープ・ライト』と同じく、簡易『ロールマスター』の趣きがあるシステムの関連書籍です(単体でも使用できます)。
 原著は今からちょうど20年前、1989年に出版され、日本語版はホビージャパンから1991年に出ました。
 『指輪物語ロールプレイング』は、基幹部分のシステムを『ロールマスター』に負いながらも、設定部分をトールキンの大河ファンタジー『指輪物語』を採用しているのですが、その主軸はフロドやアラゴルンの旅路を再現することではありません。もちろん、ガンダルフやレゴラスをPCとして「大いなる年」を再現することも可能ではあります。が、真に面白いのは「中つ国」そのものを体験する遊び方です。
 『指輪物語ロールプレイング』の主役は、舞台である「中つ国」そのものなのです。例えば、ランダムでキャラクターを作ったら、原作では1行しか言及されていない「ウォウズ族」に平気でなってしまったりします(笑)。
 舞台となる「中つ国」にしても、『指輪物語』本編で舞台になる「第3期」だけではなく、『シルマリルの物語』の時代である「第1期」の歴史がフォローされていたりするわけです。
 さらに面白いのは、『指輪物語ロールプレイング』には、トールキンの創造した世界の隙間を埋めるため、ICE社のデザイナーたちが、徹底したリサーチを経たうえで、独自の設定を作っているところです。
 『リーヴェンデル(裂け谷)』、『ローハンの乗り手』、『モルドールの門』、『粥村の冒険者』といったサプリメント(邦訳もなされています)を参照していけば、その目眩く設定の素晴らしさを体感することができますが、そうしたICE社の徹底したこだわりの到達点の一つが、この『ミドルアース言語ガイド』にはあります。

 トールキンは、架空世界を設計する際、まず、言語から創造したと言われています。これはトールキンが古代・中世の言語学の研究者であったためでしょう。トールキンは自分の創作法を、旧約聖書で神が世界を創造したことに倣い「準創造」と呼んでいますが、架空の世界を統御する理念的な屋台骨として「言語」が用いられるのは、私としては納得のいく話です。
 なぜならば、世界設定は真空から生まれるわけではないからです。必ず、現実の何かをモデルにしなければなりません。そして「言語」には、その世界で暮らす人々の考え方、生き様が否応なしに現れてきます。「言語」の考察なしには、リアリティのある世界を設計することは難しいわけです。
 トールキンは主に、北欧諸語を参考に架空言語を創造したと言われています。そして『ミドルアース言語ガイド』の中では、トールキンが作品で用いた架空言語のうち、エルフ語が徹底解説されているのです。
 『指輪物語』が映画化されてヒットしてからというもの、エルフ語の社会的認知は上がり、各種の教科書が発売されています。しかしながら、『ミドルアース言語ガイド』のレベルまで深く考察した書物はほとんどありません。エルフ語をシンダリン語、クェンヤ語と細かく分け、発音、文法、単語リストが細かく記載されています。それだけではなく、さながら和英辞典のように、日本語から逆引き可能なエルフ語一覧までが掲載されているのです!
 実際、エルフ語はドイツ語やデンマーク語をかじったことのある人ならばさほど苦労せず仕組みを理解できると思うので、気軽に参照して下さい。

●エルフ語に触れる機会は意外と多い!?

 『ミドルアース言語ガイド』を片手にエルフ語をかじってみて気がついたことがあります。それは、案外、RPG者にとって、エルフ語に触れる機会は多いんじゃないか、ということです。
 例えば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第4版のサプリメント『秘術の書』では、「シジル・カーヴァー」という「伝説の道」(上級クラスのようなもの)が登場します。
 「シジル・カーヴァー」とは宙空に魔法のルーンを刻む太古のエラドリンの技芸を学んだ者たちのことですが、彼らの技術は"Bereg-arnadh"と呼ばれます。
 さて、この"Bereg-arnadh"、英語でもドイツ語でもありません。
 実は、エルフ語−−それもシンダリン語−−が語源のひとつなのではないかと私は邪推しています。
 もちろん、そのまま単語がぴったり合致するわけではありませんが、シンダリン語では「強大な」を意味する"Beleg"、「王」を意味する"arna"という言葉があり、意味や響きからして無関係であるとは思えないのです。
 そもそも『D&D』は第4版になって、いわゆる「ハイ・エルフ」を「エラドリン」に、「ワイルド・エルフ」を「エルフ」に、といった具合に割り当てることで従来の「エルフ」を細分化したきらいがあるため、エラドリンはトールキンの創造したエルフ像にたいへん色合いが近くなっています。
 もちろん、『D&D』は『D&D』で、独自の宇宙観や世界設定を深化させてきたわけであり、エラドリンにしろ、トールキン・エルフの姿を完全に踏襲しているわけではありません。
 しかしながら、まったく無関係とも言い切れない部分があると思います。
 何より、トールキンが蒔いた種が現在も続いているとわかると嬉しいではありませんか!
 こうした、このうえない知的な愉楽を提供してくれる『ミドルアース言語ガイド』ですが、2009年6月末現在、日本語版は絶版で手に入りません。英語版も入手困難であるはずです。
 『指輪物語ロールプレイング』入門書では、翻訳者の佐藤康弘さんの『ミドルアース・ハンドブック』(ホビージャパン、1990年)が、安価で入手できることが多いのでお勧めしておきます。
 『ミドルアース言語ガイド』と、日本人研究者による伊藤盡『「指輪物語」エルフ語を読む』(青春出版社、2004年)を読み比べてみるのも面白いでしょう。
posted by AGS at 04:18| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする