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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(5)
岡和田晃
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他のメディアとRPGを分かつもっとも大きな点の一つに、「プレイヤーが能動的かつ主体的に参加しなければならない」というポイントが挙げられます。もちろん、読書や映画鑑賞なども、能動的かつ主体的でありうるのですが、それは概ね解釈や感情移入のレベルにおいてのこと。RPGにおいては、よりコミットメントのあり方が具体的かつ明確でなければなりません。
子どもに限らず、不慣れな方とRPGをするとき、ここがもっとも大きな躓きの点になるかと思います。デジタルゲームの多くは、豪華なBGMやグラフィックが用意されていたり、あるいはチュートリアルが充実したりしていて、それと意識することなく、世界観に没入することができます。アナログゲームでも、ボードゲームやカードゲームの多くは処理が自動化されており、参加型の体験といっても「何をやるのか」はわかりやすい。どういう世界観なのかは、コンポーネントにしっかりと明記されています。
RPGに発想が近い、ナラティヴ系のカードゲームを見てみましょう。『キャット&チョコレート』は、イベントカードに明記されたアクシデントを、手持ちのアイテムカードをヒントにしつつ、なんとかこじつけて回避するという内容の作品で、アイテムカードを何枚使うかはランダムなのが面白い作品です。8歳の娘ともよく遊んでいますが、この作品は「日常編」、「幽霊屋敷編」など、コンセプトに応じたバリエーションが存在します。「日常編」には小学生にはピンと来ないシチュエーションが多かったからか、「怖い」と言いながら、むしろ「幽霊屋敷編」の方を好んで遊んでいました。
『ワンス・アポン・ア・タイム』ではどうでしょうか。美麗なイラストが添えられたカードを出していき、メルヘンのような話を紡いでいくゲームで、これはウラジーミル・プロップがまとめた魔法物語の構造分析を、そのまま落とし込んだような作品です。とにかくカード種類が豊富でヴィジュアル的なイメージから話を作り上げていくことができるので、こちらもすんなりとお話に入り込むことができます。
――それでは『甲竜伝説ヴィルガストRPG』の場合は?
こうした「自動化のための仕掛け」はありません。初出時の1992年は、ちょうどこの年の9月に『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』が発売され、中世風ファンタジーの世界観は共通言語としてすっかり浸透していました。ところが、娘の通っている小学校は、海外であるため全校生徒が30人ほどしかいないことを措いても、『ドラゴンクエスト』を知っている子どもすら数名しかおりません。
娘はいま、『ドラゴンクエストIII』のiOS版にすっかり夢中になっていて、これは娘が初めて、親が主導で進めるのではなく自分がメインで動かしてクリアできたコンピュータRPGなのですが、その話をしようとすると、同級生よりも先生たちの方が話は通じやすいのです。いまの小学校でもっとも遊ばれているゲームはダントツで『Minecraft』なのですね。
娘はむしろ、『甲竜伝説ヴィルガストRPG』で遊んだようなシチュエーションが、『ドラゴンクエストIII』にも出てくることを後から発見して喜んでいるのです。ですから、プレイヤーの背景知識によって、「参加」が後押しされるという動機が持てないのです。TRPGの方が先、という意味では、一周回って黎明期のゲーマーたちと同種の体験をしていると言うことができるかもしれません。
最初はキャラクターメイキングを行い、武器や防具のリストを眺めるだけで楽しめていました。そのことが、ゲームの「引き」になっていたのです。何度もルールブックを眺めていると、では実際にシナリオを遊んでみたくなるのが人の常。
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』には砂漠のピラミッドを舞台にした立体ダンジョン・シナリオが1本、「村を守れ」「脱出!」というシチュエーションと地図にモンスターを添えた遭遇集のような簡易シナリオ(あるいはシナリオソースか?)が2本、収められています。娘はなんと、駄目だと言われているのに、こっそりとプレイ前に内容を読んでしまいました(!)。だからといって、興を削がれるわけではありません。「シナリオの内容を知っていること」を、世界観に馴染むための推進力へ変えていたのです。
これは危険なのではと思われる向きもあるでしょう。実際、SNSでは、事前にシナリオを読んできてしまうプレイヤーについての問題が何度も「炎上」しています。けれども、これは複数のプレイヤーを交えて、知っているプレイヤーが事前に内容を「ネタバレ」したり、自分だけが活躍しようと独りよがりなプレイをしたりしてしまうから問題なのです。1 on 1で遊び、とにかく世界観に親しむという段階では、大きな制約にはならないのです。
このあたりは、伏見健二さんと相沢美良さんの児童向けRPG『ラビットホール・ドロップス』や、『ブルーシンガーRPG』が参考になるかと思います。これらのゲームでは、シナリオアートと呼ばれるヴィジュアルマップがすでに用意されていて、マップには「ネタバレ」になるようなことも描き込まれているわけですが、デザイン上、そのことが問題にならないよう、思い切った割り切りが行なわれているのです。
子どもは同じ話を繰り返し聞きたがりますし、自分でも語りたがります。そこでは、「ネタバレ」したかといってインパクトを失うようなことはないのです。こうした反復の構造が強みであるのは、瀬田貞二『幼い子の文学』でも、るる語られていました。
むしろ問題になるのは集中力の維持、プレイ時間です。経験上、1時間以上のゲームセッションを小さい子どもと行うのは困難で、30分でも厳しいところ。1時間以上にRPGに堪えられるのは、小学校高学年以上のことが多いように思います。
私が子どもと『甲竜伝説ヴィルガストRPG』を遊ぶ際は、1回のセッションは30分ほどで終わるものとしていました。うち20分は、事前と事後のアイテム選定と成長作業です。うちの娘はこれが大好きで、自分が「参加している」「遊んでいる」という主体的な感覚を確認できるからのようですが、いざ実際のセッションは10分ほどで終わります。戦闘以外の行為判定は、基本的にすべて成功とし、2〜3種類のモンスターとの戦闘を交えて終わる、というもの。
最近では、イベント等で「1回の遭遇と前後のシチュエーションに特化してRPGを体験してもらう」10分卓というのが出現しています。自分でもプレイヤーで遊んだことがありました。正直、これでRPGの醍醐味を味わい尽くせるかというと、そんなことはありえないわけですが、それでも、集中が途切れる前にゲームを切り上げられるという点では学ぶべき点がありました。子どもはわずか10分程度のプレイ時間でも、他の遊びやテレビ、お人形なんかに、すぐに気を取られてしまいます。そのときは落ち着いて、またセッションに戻れるようにする。戻れなければその日は取りやめて、また後日再トライする――くらいの気持ちでないと保ちません。
私が子どもとプレイする際は、プリプレイとアフタープレイを子どもに委ね、かつキャンペーン・ゲーム形式にして連続したシナリオを遊んでヒキを作り、没入のための仕掛けを作ろうと腐心しています。
RPGを遊んでいて、「このセッションは何から何まで本当に楽しかった! すっかり夢中になってしまった」と掛け値無しに思えることはめったにありません。むしろ、「なんとかお話を崩壊させずに落とし所へ持って行けた。よくよく振り返ってみれば、そう悪くなかったかも」くらいのプレイ感であることがほとんどです(特に小学校・中学校の頃は)。「そう悪くなかったかも」と思え、心のどこかに引っかかりをおぼえるくらいのほうが、かえって温かみがあって長続きをする……。かような不思議なジレンマがRPGにはあるのです。娘にも、大人になってから、「あのときのゲームはそう悪くなかったな」と、あたたかく回想してもらえるようなセッションこそを目指しています。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
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初出:「FT新聞」 No.4663(2025年10月29日)
2025年11月12日
2025年10月29日
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(4)
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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(4)
岡和田晃
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『甲竜伝説ヴィルガストRPG』をファンブック的に読むのではなく、実際のプレイに用いるなら、まず躓くであろうポイントとして、キャラクター作成がうまく出来ない、ということを前回は取り上げました。
デザイナー・サイドの「こうしてほしい」というイメージは理解できるのです。けれども、数字が合わない。正確に解釈したら、思ったより弱くなってしまう。そんなときは、どう運用すればよいでしょう?
コアなゲーマーが集まるサークルなんかでは、不興を買ってしまう最たる要素の1つでしょう。けれども、大人しい子どもと1 on 1で遊ぶような場合は、「ルールの正確な解釈よりも、そのプレイヤーにとって満足のいく経験を提供する」ことが大事になります。
そもそもルールブックが複数の解釈が引き出せるものなら、「絶対に正しい」はありえない。あるとしたら、「プレイヤーを満足させること」が正しいわけで、その「正しさ」を他のゲーマーにとっての「正しさ」と比較する必要なんてないわけです。
そこで運用にあたっては、「最低ライン」を設けることにしました。つまり、数値計算がどうあれ、最低限のHPラインを想定し、そこより下回らない、という形で処理をしたのです。魔術師なら15、といった具合に。
選択の意味がなくなる? そうかもしれませんが、「選択の結果、どれを選んでも弱くなる」というジレンマから出られない方が問題ですので、このように処理をしました。
とりわけ、女性の魔術師の基本体力21、実際に計算すると7というのはブレも甚だしいので、中間を採ったという感じです。魔法はガンガン撃つことが想定されていると思うので、おそらくHP21の方に近いんでしょうね。
というのも、『ヴィルガストRPG』は判定にダイスを使わず、戦闘時にはHPの消費数をベット(賭け)し合って、勝利した方が武器に設定されたアクションポイント(AP)に応じたダメージを相手に与え、さらにHPを削ることができる、というルールになっています。この点、読者のポール・ブリッツさんから、さらに質問をいただきました。
(ポール・ブリッツさん)
お便り取り上げてくださってありがとうございます。
キャラ作成もそうですが、HPベット方式の戦闘も悩んでいるところで、友人と模擬戦をやったとき、相手の全力の攻撃(ベット上限乗せ)を、こちらが全力で受けた(ベット0)とき、その一撃だけで勝負が決まってしまった(そこから先はどのような戦術を行っても防御した側が負ける)、となってしまい、これはどうなのか、と。ルールの読み間違いかもしれませんが……。
自分はこのHPベット方式というもののアイデア自体は、日本の時代小説なんかによくある「詰め将棋のように偶然性が働かない実力のみの斬り合い」のルールとしては最高のひとつだと思うのですが、「読みと配分」のバランスがいまひとつというかふたつみっつくらいに未消化ではないかとしか思えません。
そこもどうやってGMしていらしたのかをぜひお聞きしたいのです。
――というお便りでした。ベットで最適解が決まってしまう、というのはよくわかる話で、そういうパターンに陥ってしまうことも、セッション内ではよくあります。『ヴィルガストRPG』は 1 on 1ではなく多人数のプレイヤーを想定しているRPGなので、敵の種別や特殊攻撃持ちの敵をバラけさせるなどすれば、最適解への固定化、というパターンを付き崩せると思います。
ベット自体はよいアイデアで、後に別のシステムでも採用されています。たとえば『ヒーローウォーズ』がそうですね。こちらは、グローランサ世界を扱うナラティヴ系のはしりとも言うべき作品で、キャラクターメイキングを100Word(日本語では200字)の作文で行うというユニークなルールになっていましたが、基幹となるルールを単純化することで、「語り」を疎外しないことが目論まれているのでしょう。
『ヴィルガストRPG』には汎用行為判定にあたるルールがありません。そこは自動成功で進めてしまって、プレイヤーたちに「成功体験」を与えてもよい、という話なのだと解釈しています。ナラティヴRPGのようにプレイしてしまう、ということです。子どもはとにかく、ふだんは大人たちがこしらえた不条理さに囲まれて窮屈な思いをしていますから、ゲーム世界で自由に羽根を広げられるだけで面白いようなのです。
子どもは最適解を発見したら、ひたすらそのパターンを繰り返そうとします。それはそれでOK、飽きるまでそれに付き合おうじゃないか――そんなスタンスで、私はセッションを遂行するにようにしています。うちの子どもの場合、負けるのが嫌で、本来は同時に宣言すべきベットについて、相手の数値を聞いてから自分の数値を宣言する(つまり絶対に勝つ)なんてことも、平気で行ってくれたりします(笑)。これは1 on 1の親子プレイだからの光景かもしれません。だからこそ、それを受け止めて話を進めるようにしています。
かつて、プレイヤーの努力にもかかわらず、自動的にストーリーを進めてしまう独りよがりなGMのことを「吟遊詩人GM」と揶揄する向きがありました。しかし、子どもとうまく遊ぶうえでは、プレイヤー側のどんな「チート」も演出のうえだと受け止めて、うまく乗せて話を進めてあげる――そんな言葉本来の意味での「吟遊詩人GM」であることが、しばしば求められるというのが現実なのです。
というのは、子どもはしばしば、セッションそのものに集中できないのです。途中でTVを見始めたり、ゴロンと転がって別の本を読もうとしたりするのは日常茶飯事。自分自身のことを思い出しても、小学校・中学校時代にGMしたときは、途中から同級生がアニソンや流行歌を歌い始めるのに夢中になったり、いきなり立って鬼ごっこを始めたり、「ゲームに集中しない」のは普通でした。
これはボードゲーム(特にユーロゲーム)やデジタルゲームのように、プレイヤーが自動的に乗っかることのできるシステムが確立されているゲームではあまり起きない事態です。「まず、ゲームをさせる」こと。RPGはプレイヤーの主体的・能動的なコミットを求められる要素が、他のジャンルよりも飛躍的に大きく求められるのですから、とにかく「遊ばせる」のを優先することが大事になってくるのです。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
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初出:「FT新聞」No.4593(2025年8月20日)
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(4)
岡和田晃
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『甲竜伝説ヴィルガストRPG』をファンブック的に読むのではなく、実際のプレイに用いるなら、まず躓くであろうポイントとして、キャラクター作成がうまく出来ない、ということを前回は取り上げました。
デザイナー・サイドの「こうしてほしい」というイメージは理解できるのです。けれども、数字が合わない。正確に解釈したら、思ったより弱くなってしまう。そんなときは、どう運用すればよいでしょう?
コアなゲーマーが集まるサークルなんかでは、不興を買ってしまう最たる要素の1つでしょう。けれども、大人しい子どもと1 on 1で遊ぶような場合は、「ルールの正確な解釈よりも、そのプレイヤーにとって満足のいく経験を提供する」ことが大事になります。
そもそもルールブックが複数の解釈が引き出せるものなら、「絶対に正しい」はありえない。あるとしたら、「プレイヤーを満足させること」が正しいわけで、その「正しさ」を他のゲーマーにとっての「正しさ」と比較する必要なんてないわけです。
そこで運用にあたっては、「最低ライン」を設けることにしました。つまり、数値計算がどうあれ、最低限のHPラインを想定し、そこより下回らない、という形で処理をしたのです。魔術師なら15、といった具合に。
選択の意味がなくなる? そうかもしれませんが、「選択の結果、どれを選んでも弱くなる」というジレンマから出られない方が問題ですので、このように処理をしました。
とりわけ、女性の魔術師の基本体力21、実際に計算すると7というのはブレも甚だしいので、中間を採ったという感じです。魔法はガンガン撃つことが想定されていると思うので、おそらくHP21の方に近いんでしょうね。
というのも、『ヴィルガストRPG』は判定にダイスを使わず、戦闘時にはHPの消費数をベット(賭け)し合って、勝利した方が武器に設定されたアクションポイント(AP)に応じたダメージを相手に与え、さらにHPを削ることができる、というルールになっています。この点、読者のポール・ブリッツさんから、さらに質問をいただきました。
(ポール・ブリッツさん)
お便り取り上げてくださってありがとうございます。
キャラ作成もそうですが、HPベット方式の戦闘も悩んでいるところで、友人と模擬戦をやったとき、相手の全力の攻撃(ベット上限乗せ)を、こちらが全力で受けた(ベット0)とき、その一撃だけで勝負が決まってしまった(そこから先はどのような戦術を行っても防御した側が負ける)、となってしまい、これはどうなのか、と。ルールの読み間違いかもしれませんが……。
自分はこのHPベット方式というもののアイデア自体は、日本の時代小説なんかによくある「詰め将棋のように偶然性が働かない実力のみの斬り合い」のルールとしては最高のひとつだと思うのですが、「読みと配分」のバランスがいまひとつというかふたつみっつくらいに未消化ではないかとしか思えません。
そこもどうやってGMしていらしたのかをぜひお聞きしたいのです。
――というお便りでした。ベットで最適解が決まってしまう、というのはよくわかる話で、そういうパターンに陥ってしまうことも、セッション内ではよくあります。『ヴィルガストRPG』は 1 on 1ではなく多人数のプレイヤーを想定しているRPGなので、敵の種別や特殊攻撃持ちの敵をバラけさせるなどすれば、最適解への固定化、というパターンを付き崩せると思います。
ベット自体はよいアイデアで、後に別のシステムでも採用されています。たとえば『ヒーローウォーズ』がそうですね。こちらは、グローランサ世界を扱うナラティヴ系のはしりとも言うべき作品で、キャラクターメイキングを100Word(日本語では200字)の作文で行うというユニークなルールになっていましたが、基幹となるルールを単純化することで、「語り」を疎外しないことが目論まれているのでしょう。
『ヴィルガストRPG』には汎用行為判定にあたるルールがありません。そこは自動成功で進めてしまって、プレイヤーたちに「成功体験」を与えてもよい、という話なのだと解釈しています。ナラティヴRPGのようにプレイしてしまう、ということです。子どもはとにかく、ふだんは大人たちがこしらえた不条理さに囲まれて窮屈な思いをしていますから、ゲーム世界で自由に羽根を広げられるだけで面白いようなのです。
子どもは最適解を発見したら、ひたすらそのパターンを繰り返そうとします。それはそれでOK、飽きるまでそれに付き合おうじゃないか――そんなスタンスで、私はセッションを遂行するにようにしています。うちの子どもの場合、負けるのが嫌で、本来は同時に宣言すべきベットについて、相手の数値を聞いてから自分の数値を宣言する(つまり絶対に勝つ)なんてことも、平気で行ってくれたりします(笑)。これは1 on 1の親子プレイだからの光景かもしれません。だからこそ、それを受け止めて話を進めるようにしています。
かつて、プレイヤーの努力にもかかわらず、自動的にストーリーを進めてしまう独りよがりなGMのことを「吟遊詩人GM」と揶揄する向きがありました。しかし、子どもとうまく遊ぶうえでは、プレイヤー側のどんな「チート」も演出のうえだと受け止めて、うまく乗せて話を進めてあげる――そんな言葉本来の意味での「吟遊詩人GM」であることが、しばしば求められるというのが現実なのです。
というのは、子どもはしばしば、セッションそのものに集中できないのです。途中でTVを見始めたり、ゴロンと転がって別の本を読もうとしたりするのは日常茶飯事。自分自身のことを思い出しても、小学校・中学校時代にGMしたときは、途中から同級生がアニソンや流行歌を歌い始めるのに夢中になったり、いきなり立って鬼ごっこを始めたり、「ゲームに集中しない」のは普通でした。
これはボードゲーム(特にユーロゲーム)やデジタルゲームのように、プレイヤーが自動的に乗っかることのできるシステムが確立されているゲームではあまり起きない事態です。「まず、ゲームをさせる」こと。RPGはプレイヤーの主体的・能動的なコミットを求められる要素が、他のジャンルよりも飛躍的に大きく求められるのですから、とにかく「遊ばせる」のを優先することが大事になってくるのです。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
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初出:「FT新聞」No.4593(2025年8月20日)
2025年08月19日
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(3)
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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(3)
岡和田晃
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『甲竜伝説ヴィルガストRPG』に限った話でもないのですが、オールドスクールなRPGをプレイしていると、しばしば直面するのが、「ルール面での不備や、言葉足らずな記述をどのように補っていけばいいか」という問題です。
「FT新聞」No.4525においても、本連載第1回への反響として、ポール・ブリッツさんから、「『ヴィルガストRPG』、ルール通りにキャラクターを作成してプレイしようとすると完全にルールが破綻しているとしか思えないのですが、どうやってバランスを取ってプレイしているのですか?! 自分も再トライしたいのでぜひ、そのコツなりハウスルールなりをお教えください。真剣にいってます。」
とのおたよりをいただきました。
そうなのです。子どもと遊ぶときも最初にキャラクターメイキングを行うわけですが、その段階で、この作品には、ルール面の根幹部分に疑問符がつくところがあるんです。
本作はクラス制で、戦士、勇者、狩人、盗賊、魔術師の5つの職業に、異次元界からの旅人、ねこまた、ワーウルフといった種族が用意されています。
僧侶や司祭に相当するクラスがありませんね。また異次元界からの旅人は異世界往復ファンタジーならではの現実世界からやってきた人間という設定で、戦士のヴァリアントのような感じですので、基本は5つの職業のどれかから選択する、という形になります。
選んだ職業には、戦士だと「同じ消費体力で2体のモンスターを連続攻撃できる」、「攻撃に成功したとき、一回の戦闘で、一度だけダメージを倍にできる」などといった「特殊能力」があり、これを1つ選ばねばなりません。これは特に引っかかるところはありませんよね。
「特殊能力」はキャラクターの長所ですが、「くせ」という短所も1つ選ぶ必要があります。勇者だと「モンスター・味方問わず、血を見ると戦意喪失(1ターン休み)」、「影が薄い」などから、1つ選ぶ必要があります。前者を選ぶと、通常のファンタジーRPGの冒険だと、ひたすら戦意喪失して使い物にならなさそうですが、子どもと遊ぶときは流血がらみの演出が避けられていると考えれば、まあ納得もいきましょう。
厄介なのは、「基本体力」と「基本HP」、2つのデータが与えられていること。
これが何度読んでも、よくわからないんです! ポール・ブリッツさんのご指摘も、おそらくはこの箇所のことでしょう。
私は小中学生の頃は、ほぼゲームマスター専業に近い形でRPGをプレイしていました。当然、ピアニストが初見で演奏するように、ルールブックを卒読し、プレイヤーと一緒にキャラメイクをしながらルールを習得する、ということも多々やってきました。
不特定多数を相手にするイベントGMであれば顰蹙ものですが、友人同士での気楽なプレイならば、それも充分「アリ」でしょう。『ヴィルガストRPG』も、それくらいのノリが想定されていると思うのですが……。そうしていると、まず躓くのがこの点なのです。
あらかじめフォローをしておくと、これは『ヴィルガストRPG』がディヴェロップメント不足だと非難したいわけではありません。同作は四六判ながら160ページもの厚さがあって、データブックとして充実しており、読み物としてケイブンシャの大百科シリーズならではの満足感があります。子どもが、暇さえあればルールブックを眺めたくなる気持も、よくわかるんですね。まずはそこを優先した作りになっているのではないでしょうか。
それに対し、現代のゲームデザインは、データブックとしての厚みを求めるよりも、デザインとしての洗練、誰がプレイしても同じ満足感を与えられるようなシステム的な矛盾を解消したうえで、スリムなダウンサイジングを追究していく方向性を目指すものとなっています。それこそ、基本ルールブックがB5判48pとソロプレイや少人数プレイでのバランス確保に特化した『ローグライクハーフ』なんかが好例だろうと思います。
『ヴィルガストRPG』 で、キャラクターの数値管理は基本的にHPがらみしか存在しません。装備は固有のアクションポイント(AP)やディフェンスポイント(DP)こそ設定されてはいるものの、基本的にはHPがベース。
それだけなら簡単で、基本HPに、職業ごとに推奨されている装備を組み合わせた合計のHPを足せばいいというわけです。
戦士の基本HPは3。装備は男性向けと女性向けに分かれており、ひとまず男性向けを選ぶと、鉄のかぶと(加算HP4)、鉄のよろい(加算HP4)、戦士のこて(加算HP2)、鉄の腰アーマー(加算HP2)、戦士の足アーマー(加算HP2)になります。
あとは盾と武器も選べますが、これは別枠であるため、ひとまず省略。
HPを合計すると、3+4+4+2+2+2で合計17。これは基本体力の「17」と一致します。どうも、「基本体力」というのは、アーキタイプがわりに、あらかじめ計算値を出してくれているもののようです。
アーキタイプとは、1からキャラメイクをする代わりに、完成されたサンプルキャラクターのデータを提供し、そこから選ぶだけでゲームができるようにするというものですね。最近のRPGでは珍しくありませんが、『ヴィルガストRPG』が出た1992年時点では、さほどメジャーなものではなかったのです。
ただ、これまで書いたこととは別の解釈もできなくはありません。
基本体力に基本HPと装備の合計加算HPを加えていく――というもの。そうすると、初期のHPは34ということになります。これなら強そう! ただし、モンスターデータを見ると、このくらいHPがあると、中ボス級になってしまいます。原作ではお馴染み、ルードクレック(紫)という魔法を使える強力な幽霊のHPが35ですから。
また、本作にはリプレイが付属しており、そこには……。
>ムロボ:オレは基本HPが5で、装備の合計が19だ。だから体力は24だな。
という台詞があり、これを運用の参考にするとしたら、基本HPに基本体力をさらに足す、という解釈は、どうもやりすぎであるようです。
ただ、ここで悩ましいのが、基本体力と装備の傾向に、大きな落差があることです。以下、それをリストアップしてみます。
戦士:基本体力17、男性用装備と基本HPの合計17、女性用装備と基本HPの合計16
勇者:基本体力15、男性用装備と基本HPの合計10、女性用装備と基本HPの合計12
狩人:基本体力15、男性用装備と基本HPの合計13、女性用装備と基本HPの合計11
盗賊:基本体力19、男性用装備と基本HPの合計14、女性用装備と基本HPの合計12
魔術師:基本体力21、男性用装備と基本HPの合計12、女性用装備と基本HPの合計7
――特に盗賊と魔術師の落差が激しいですね。このゲームはHPを消費してベットし(賭ける形で相手と比べ)、勝ったらダメージが入るというシステムなので、女性魔術師の合計HP7というのは、かなり絶望的な数値です。
さて読者の皆さんに質問です。皆さんがGMだったら、どのように運用を行いますか? 公式へのお伺いは立てず(現実的にも不可能です)、必要とあれば、ルールを曲げてもかまいません。
ただしセッションは、小学3年生の引っ込み思案な女の子との1 on 1での短時間のプレイングを想定するものとします。お子様がいらっしゃらない方は、友人や親戚の子どもや、学童保育でのボランティアなんかで遊ぶシーンを想定してみてください。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
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初出:「FT新聞」No.4565(2025年7月23日)
2025年06月28日
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(2)
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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(2)
岡和田晃
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そもそも、なぜ『甲竜戦記ヴィルガストRPG』を選んだのでしょうか?
第一の理由は、私(岡和田)が『ヴィルガスト』直撃世代だったにもかかわらず、まだプレイしたことのないシステムだったからです。純然たる好奇心でルールブックを入手してみたかったのでした。
第二の理由は、明らかに低年齢層(小学校高学年〜中学生くらい)を意識した体裁で、子どもと遊ぶのに適しているのではないかと思ったため。そのことが親たる私の背中を押してくれたのです。
それまで子ども向けの『ラビットホール・ドロップス』や『ラビットホール・ドロップスG』、システムがシンプルな『ファイティング・ファンタジー』や『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第二版』というRPGは子どもと遊んできました。どれも1回遊んで終わりではなく、複数回プレイしてきたものでして、今後もプレイする予定はあります(それは今後触れられればと)。
しかし、いざ『ヴィルガストRPG』のルールブックを買ってみて、改めて思ったのです。
「これ、プレイする前に、どの程度まで原作を押えればよいのだろう?」と。
私個人について言えば、だいぶ忘れている部分も多いとはいえ、リアルタイムで触れてきた強み、強烈なインプレッションがアドバンテージになります。一方、予備知識がまったくない子どもの場合には……?
原作付きのRPGの多くは、ユーザーの間口を広げるため、「原作を知らなくても遊べるが、知っていたほうがいっそう楽しめる(知っていたほうが望ましい)」というスタンスをとっています。ゲームマスターはむろんのこと、プレイヤーもそう。そもそも、原作に関心がなければ、原作付きのRPGを手に取らないものの、個々の読者の知識には濃淡がある、という現実を反映しているのでしょう。
同じケイブンシャの『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』(1992年)は、行為判定はじゃんけんを使うシンプルなシステムで、登場人物や敵役の設定が細かに解説され、原作のTV番組を見ていなかった私でも、35話までのストーリーが紹介されているので、内容は理解できました。ただし、『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』は、基本的にはジュウレンジャーのメンバーの誰かを演じ、シナリオは原作をなぞったものにすることが推奨されています。
同時期に出ていた『フォーチュン・クエスト・コンパニオン』(角川書店、1991年)はオリジナルなシナリオですが、そもそも著者のジェローム・ブリリアントIII世というのが原作小説に登場するゲーム好きなマンチキン・ドラゴン。独りよがりのゲームはつまらないと、原作で盗賊のトラップに喝破され、その反省から初心者でも楽しめるカードRPGを考案したという触れ込みでした。なので、わかりやすさを重視し、演じるのは基本的にカード化されているキャラクターとなります(後のバージョンでは、オリジナルのキャラクターも作成できるようになりますが)。
対して『甲竜戦記ヴィルガストRPG』は、特に原作をなぞったり、原作のキャラクターを演じたりするのではなく、原作キャラクターがNPCとして登場したりするわけではありません。原作付きのRPGとはいっても、『ストームブリンガー』のように原作のキャラクターが超強力なNPCとして出張ってくるわけでもないのです(モンスターや装備については、原作に準拠していますが)。
まがりなりにも私はRPGで食べてきた身。特にゲームマスターをつとめる場合は、自分の紡ぎ出す物語が公式ストーリーとの間に大きな齟齬を生んでしまわないために、可能な限り関連資料を押さえるようにしてきました。そこで、ひとまずコミック版の第1巻を買い直しました。当時、「デラックスボンボン」で読んだことがあったので懐かしさを感じ、すみだひろゆき氏の画力に改めて唸らされました。
娘にも渡して読んでもらいましたが、喜んで読み耽っていたものの、もともと「漫画に夢中!」という感じの子でもないためか、読み終えてもルールブックのように二度、三度と読み返すことはなく……。RPGの根本衝動に、「自分が触れた漫画みたいなお話を、ゲームで体験してみたい!」というものがあるとよく言われますが、今回のケースでは該当しなかったのですね。
どちらかといえば『ゴブリンスレイヤーTRPG』のように、原作はゲームの大枠を提供するのみで、あとはユーザー主体でファンタジー世界の冒険を作っていく。それが不思議と、原作のスタイルに近づいていく……というスタンスに近いものでした。こうしたスタンスが具体的にどのようなものかを説明するのは紙幅がかかってしまいますので、ご興味のある方は、以前私が4Gamer.comに書いた『ゴブリンスレイヤーTRPG』の先行リプレイをご覧ください。
思い返せば『ヴィルガスト』じたい、ガシャポンのなかにキャラクター1体か、モンスターとアイテムのセットが入っているというもので、それを自分なりに組み合わせて遊ぶというものになっていました。『ヴィルガストRPG』もそうしたスタイルを踏襲しているんですよね。
重要なデータはHPしかありません。これは当時のおまけシール(『ドキドキ学園』のギガロン、カードダスのHP等)を踏襲したものとなっています。一方で、装備はバラエティに富んでおり、モンスターのカタログはとても充実しています。
このあたりの「基本はシンプルだが、バリエーション豊かで、組み立てブロックのように遊べる」ところが、子どもにとって『ヴィルガストRPG』が魅力あるものに映った理由ではないかと分析しています。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
原作者・蝸牛くも氏のGMでお届けする「ゴブリンスレイヤーTRPG」先行リプレイ。マフィア梶田ら,歴戦の冒険者達がダンジョンに挑む(4Gamer編集部:touge ライター:岡和田 晃 カメラマン:佐々木秀二)、「4Gamer.net」(2018年12月)
https://www.4gamer.net/games/436/G043667/20181224002/
初出:「FT新聞」No.4537(2025年6月25日)
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(2)
岡和田晃
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そもそも、なぜ『甲竜戦記ヴィルガストRPG』を選んだのでしょうか?
第一の理由は、私(岡和田)が『ヴィルガスト』直撃世代だったにもかかわらず、まだプレイしたことのないシステムだったからです。純然たる好奇心でルールブックを入手してみたかったのでした。
第二の理由は、明らかに低年齢層(小学校高学年〜中学生くらい)を意識した体裁で、子どもと遊ぶのに適しているのではないかと思ったため。そのことが親たる私の背中を押してくれたのです。
それまで子ども向けの『ラビットホール・ドロップス』や『ラビットホール・ドロップスG』、システムがシンプルな『ファイティング・ファンタジー』や『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第二版』というRPGは子どもと遊んできました。どれも1回遊んで終わりではなく、複数回プレイしてきたものでして、今後もプレイする予定はあります(それは今後触れられればと)。
しかし、いざ『ヴィルガストRPG』のルールブックを買ってみて、改めて思ったのです。
「これ、プレイする前に、どの程度まで原作を押えればよいのだろう?」と。
私個人について言えば、だいぶ忘れている部分も多いとはいえ、リアルタイムで触れてきた強み、強烈なインプレッションがアドバンテージになります。一方、予備知識がまったくない子どもの場合には……?
原作付きのRPGの多くは、ユーザーの間口を広げるため、「原作を知らなくても遊べるが、知っていたほうがいっそう楽しめる(知っていたほうが望ましい)」というスタンスをとっています。ゲームマスターはむろんのこと、プレイヤーもそう。そもそも、原作に関心がなければ、原作付きのRPGを手に取らないものの、個々の読者の知識には濃淡がある、という現実を反映しているのでしょう。
同じケイブンシャの『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』(1992年)は、行為判定はじゃんけんを使うシンプルなシステムで、登場人物や敵役の設定が細かに解説され、原作のTV番組を見ていなかった私でも、35話までのストーリーが紹介されているので、内容は理解できました。ただし、『恐竜戦隊ジュウレンジャーRPG大百科』は、基本的にはジュウレンジャーのメンバーの誰かを演じ、シナリオは原作をなぞったものにすることが推奨されています。
同時期に出ていた『フォーチュン・クエスト・コンパニオン』(角川書店、1991年)はオリジナルなシナリオですが、そもそも著者のジェローム・ブリリアントIII世というのが原作小説に登場するゲーム好きなマンチキン・ドラゴン。独りよがりのゲームはつまらないと、原作で盗賊のトラップに喝破され、その反省から初心者でも楽しめるカードRPGを考案したという触れ込みでした。なので、わかりやすさを重視し、演じるのは基本的にカード化されているキャラクターとなります(後のバージョンでは、オリジナルのキャラクターも作成できるようになりますが)。
対して『甲竜戦記ヴィルガストRPG』は、特に原作をなぞったり、原作のキャラクターを演じたりするのではなく、原作キャラクターがNPCとして登場したりするわけではありません。原作付きのRPGとはいっても、『ストームブリンガー』のように原作のキャラクターが超強力なNPCとして出張ってくるわけでもないのです(モンスターや装備については、原作に準拠していますが)。
まがりなりにも私はRPGで食べてきた身。特にゲームマスターをつとめる場合は、自分の紡ぎ出す物語が公式ストーリーとの間に大きな齟齬を生んでしまわないために、可能な限り関連資料を押さえるようにしてきました。そこで、ひとまずコミック版の第1巻を買い直しました。当時、「デラックスボンボン」で読んだことがあったので懐かしさを感じ、すみだひろゆき氏の画力に改めて唸らされました。
娘にも渡して読んでもらいましたが、喜んで読み耽っていたものの、もともと「漫画に夢中!」という感じの子でもないためか、読み終えてもルールブックのように二度、三度と読み返すことはなく……。RPGの根本衝動に、「自分が触れた漫画みたいなお話を、ゲームで体験してみたい!」というものがあるとよく言われますが、今回のケースでは該当しなかったのですね。
どちらかといえば『ゴブリンスレイヤーTRPG』のように、原作はゲームの大枠を提供するのみで、あとはユーザー主体でファンタジー世界の冒険を作っていく。それが不思議と、原作のスタイルに近づいていく……というスタンスに近いものでした。こうしたスタンスが具体的にどのようなものかを説明するのは紙幅がかかってしまいますので、ご興味のある方は、以前私が4Gamer.comに書いた『ゴブリンスレイヤーTRPG』の先行リプレイをご覧ください。
思い返せば『ヴィルガスト』じたい、ガシャポンのなかにキャラクター1体か、モンスターとアイテムのセットが入っているというもので、それを自分なりに組み合わせて遊ぶというものになっていました。『ヴィルガストRPG』もそうしたスタイルを踏襲しているんですよね。
重要なデータはHPしかありません。これは当時のおまけシール(『ドキドキ学園』のギガロン、カードダスのHP等)を踏襲したものとなっています。一方で、装備はバラエティに富んでおり、モンスターのカタログはとても充実しています。
このあたりの「基本はシンプルだが、バリエーション豊かで、組み立てブロックのように遊べる」ところが、子どもにとって『ヴィルガストRPG』が魅力あるものに映った理由ではないかと分析しています。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
原作者・蝸牛くも氏のGMでお届けする「ゴブリンスレイヤーTRPG」先行リプレイ。マフィア梶田ら,歴戦の冒険者達がダンジョンに挑む(4Gamer編集部:touge ライター:岡和田 晃 カメラマン:佐々木秀二)、「4Gamer.net」(2018年12月)
https://www.4gamer.net/games/436/G043667/20181224002/
初出:「FT新聞」No.4537(2025年6月25日)
2025年06月25日
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(1)
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子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(1)
岡和田晃
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私の娘は現在8歳で、4月から小学3年生になりました。思い返せば、保育園に入るか入らないかの3歳の頃から、子どもと接する際はコミュニケーションの一環として、アナログゲームを取り入れてきました。
最初はごく簡単で、ほぼ自動的に進むが「お母さんカード」の登場がほっこりと楽しい、カードゲームの『バルーン』から始めて、さまざまなボードゲームとカードゲームを愉しんできました。一人っ子なので、ママやいとこを交えてプレイすることもありますが、基本的にはパパ(私)と娘の2人で遊びます。
ただしアナログゲームの多くは、3人以上でプレイすることが想定されており、2人だと若干盛り上がりに欠ける。そこで娘が集めているお人形さんたちをプレイヤーに見立てて、4人以上で遊ぶこともしばしばです。もっとも、お人形さんたちも大半は私が動かすので、大忙しではありますが(笑)。ただ、子どもとのコミュニケーション以外にも、システムを研究する役に立ちます。
ゲームを用いた子どもとの関わり方には様々なやり方がありますが、対戦型のゲームの場合、特に年齢が低いうちは子どもに自己肯定感を育ててもらうため、私はわざと子どもを勝たせるようにしていました。
−−と申しますか、私が勝ちそうになったら、子どもの方が私からカードを奪って自分が上がったりすることも日常茶飯事(笑)。友だち同士で遊ぶときはそのようなズルはしないので、相手が親だから、ということでしょうか。
対戦型ゲームは、当たり前の話ですが、最後には勝ち負けが決まってしまいます。しかも、慣れている大人がプレイすると、とかく小さい子どもを相手なら簡単に勝ち筋が見えてしまいます。なので、圧倒してしまわないように、盛り上げて、最後は勝ってもらわねばなりません。このあたりは八百長というより、エンターテインメントとしての盛り上がりをどう演出していくか、ということになりましょうか。
しかし、協力型のゲームの場合、こうした「配慮」はほとんど必要がないのです。物語を紡ぎ上げること、相手に勝つのではなく一緒に楽しむことが目的になるのですから。
さて、私は4月から家族で海外にて暮らしているのですが、私と娘が一緒に過ごす時間は日本にいるときよりも飛躍的に増えました。そうしたなか、娘はRPGにいっそう強い興味を示し、私が促さなくても自分からルールブックをめくるようになっています。そんななかでもお気に入りが、日本から持参した『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(ケイブンシャ、1990年)です。もう10回以上(!)、キャンペーンゲームを遊んできましたし、暇さえあればルールブックを眺めていて、ゲームマスターの私よりも娘の方が、固有名詞やデータには詳しくなっている始末です。
『甲竜伝説ヴィルガスト』(1990〜1993年)とは、もともとガシャポンから始まり、背景を解説するケイブンシャの大百科との連動、「コミックボンボン」での連載コミック等、マルチに展開された作品です。特定の原作から派生しているのではなく、一種のシェアードワールドとして展開される形になっているのが大きな特徴でしょうか。
私は1981年生まれで、親に同行して買い物に出かけた先で『ヴィルガスト』のガシャポンを買ってもらう機会はありましたし、幼馴染の家で『大百科』に触れて、世界観に親しんでいました。導入こそ異世界往復ファンタジーのマナーを踏襲していますが、内容は本格ファンタジーRPGそのもの。私にとっては『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『トンネルズ&トロールズ』をはじめとする海外RPGに触れる前に接した作品の一つでした。世界観はD&D的なアーキタイプをふまえていますが、同時代の『聖珠伝説パールシード』ほか国産RPGとも共通する雰囲気をたたえています。
もっとも、『パールシード』は基本的にはボックス1箱で完結した内容ですが(復刻後に有志によるサポートブックが出されていますが、ひとまず措くとします)、『甲竜伝説ヴィルガスト』は膨大な関連作品が出ており、今からそれをフォローし直すのは至難の業。しかも、ガシャポンはシリーズ2の途中で打ち切られており、そういった意味では未完の作品です(漫画版は完結していますが)。
それこそSNSで子どもとプレイするRPGは『甲竜伝説ヴィルガストRPG』がいいと実際に遊んでみる前に答えたら、もともとは児童を対象に発売されたとはいえ、「今日の初心者向きではない」というお叱りや反対の声を、少なからずいただいてしまいそうであります。
けれども、子どもが気に入ったのは、自分が生まれるよりも四半世紀以上前に発売された、本作なのでありました。
こうした意外な(?)現実に、今後のRPGを占うといったら大げさですが、何かしら私たちが学ぶべきことがあるのではないかと思いまして、覚え書きを兼ねて、思うところを文章化していければというのが、今回からの新連載の趣旨であります。これまでの私の連載は1回4000〜8000字程度の長いものが多かったのですが、本コラムはもう少しささやかに、2000字程度を1回としていければと思います。よろしくお付き合いください。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
初出:「FT新聞」No.4523(2025年6月12日)
子どもと遊ぶ『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(1)
岡和田晃
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私の娘は現在8歳で、4月から小学3年生になりました。思い返せば、保育園に入るか入らないかの3歳の頃から、子どもと接する際はコミュニケーションの一環として、アナログゲームを取り入れてきました。
最初はごく簡単で、ほぼ自動的に進むが「お母さんカード」の登場がほっこりと楽しい、カードゲームの『バルーン』から始めて、さまざまなボードゲームとカードゲームを愉しんできました。一人っ子なので、ママやいとこを交えてプレイすることもありますが、基本的にはパパ(私)と娘の2人で遊びます。
ただしアナログゲームの多くは、3人以上でプレイすることが想定されており、2人だと若干盛り上がりに欠ける。そこで娘が集めているお人形さんたちをプレイヤーに見立てて、4人以上で遊ぶこともしばしばです。もっとも、お人形さんたちも大半は私が動かすので、大忙しではありますが(笑)。ただ、子どもとのコミュニケーション以外にも、システムを研究する役に立ちます。
ゲームを用いた子どもとの関わり方には様々なやり方がありますが、対戦型のゲームの場合、特に年齢が低いうちは子どもに自己肯定感を育ててもらうため、私はわざと子どもを勝たせるようにしていました。
−−と申しますか、私が勝ちそうになったら、子どもの方が私からカードを奪って自分が上がったりすることも日常茶飯事(笑)。友だち同士で遊ぶときはそのようなズルはしないので、相手が親だから、ということでしょうか。
対戦型ゲームは、当たり前の話ですが、最後には勝ち負けが決まってしまいます。しかも、慣れている大人がプレイすると、とかく小さい子どもを相手なら簡単に勝ち筋が見えてしまいます。なので、圧倒してしまわないように、盛り上げて、最後は勝ってもらわねばなりません。このあたりは八百長というより、エンターテインメントとしての盛り上がりをどう演出していくか、ということになりましょうか。
しかし、協力型のゲームの場合、こうした「配慮」はほとんど必要がないのです。物語を紡ぎ上げること、相手に勝つのではなく一緒に楽しむことが目的になるのですから。
さて、私は4月から家族で海外にて暮らしているのですが、私と娘が一緒に過ごす時間は日本にいるときよりも飛躍的に増えました。そうしたなか、娘はRPGにいっそう強い興味を示し、私が促さなくても自分からルールブックをめくるようになっています。そんななかでもお気に入りが、日本から持参した『甲竜伝説ヴィルガストRPG』(ケイブンシャ、1990年)です。もう10回以上(!)、キャンペーンゲームを遊んできましたし、暇さえあればルールブックを眺めていて、ゲームマスターの私よりも娘の方が、固有名詞やデータには詳しくなっている始末です。
『甲竜伝説ヴィルガスト』(1990〜1993年)とは、もともとガシャポンから始まり、背景を解説するケイブンシャの大百科との連動、「コミックボンボン」での連載コミック等、マルチに展開された作品です。特定の原作から派生しているのではなく、一種のシェアードワールドとして展開される形になっているのが大きな特徴でしょうか。
私は1981年生まれで、親に同行して買い物に出かけた先で『ヴィルガスト』のガシャポンを買ってもらう機会はありましたし、幼馴染の家で『大百科』に触れて、世界観に親しんでいました。導入こそ異世界往復ファンタジーのマナーを踏襲していますが、内容は本格ファンタジーRPGそのもの。私にとっては『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『トンネルズ&トロールズ』をはじめとする海外RPGに触れる前に接した作品の一つでした。世界観はD&D的なアーキタイプをふまえていますが、同時代の『聖珠伝説パールシード』ほか国産RPGとも共通する雰囲気をたたえています。
もっとも、『パールシード』は基本的にはボックス1箱で完結した内容ですが(復刻後に有志によるサポートブックが出されていますが、ひとまず措くとします)、『甲竜伝説ヴィルガスト』は膨大な関連作品が出ており、今からそれをフォローし直すのは至難の業。しかも、ガシャポンはシリーズ2の途中で打ち切られており、そういった意味では未完の作品です(漫画版は完結していますが)。
それこそSNSで子どもとプレイするRPGは『甲竜伝説ヴィルガストRPG』がいいと実際に遊んでみる前に答えたら、もともとは児童を対象に発売されたとはいえ、「今日の初心者向きではない」というお叱りや反対の声を、少なからずいただいてしまいそうであります。
けれども、子どもが気に入ったのは、自分が生まれるよりも四半世紀以上前に発売された、本作なのでありました。
こうした意外な(?)現実に、今後のRPGを占うといったら大げさですが、何かしら私たちが学ぶべきことがあるのではないかと思いまして、覚え書きを兼ねて、思うところを文章化していければというのが、今回からの新連載の趣旨であります。これまでの私の連載は1回4000〜8000字程度の長いものが多かったのですが、本コラムはもう少しささやかに、2000字程度を1回としていければと思います。よろしくお付き合いください。
■書誌情報
ケイブンシャの大百科別冊
『甲竜伝説ヴィルガストRPG』
ゲームデザイン:佐藤俊之(怪兵隊)
出版社:勁文社
1992年5月15日・絶版
初出:「FT新聞」No.4523(2025年6月12日)


