2021年05月14日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8

 2021年5月11日配信の「FT新聞」No.3030に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8」が掲載されました。魔法と奇跡の違いは? ハイパーT&T初版、『ウォーハンマーRPG』2版と4版、獣の魔術師とウルリックの司祭の違いは、さらには賢者の石とワープストーンの話題まで!

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8

 岡和田晃
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 混沌の神のなかでも、マラルについては、すでに歴史の表面からは忘れ去られ、記録からは抹消の憂き目に遭っていると言われている。
 この街でのマラルの信者たちは、何かを必死になって探している。
 憧憬を込めて「愚者の石」と、彼らは"それ" を呼んでいた。
 しかし、わたしは"それ"が、単なる石ころでないことを知っている。
 −−無気味な緑色の光を放つ、歪みの石ことワープストーン。
 混沌の要素の権限。鼠人間スケイブンたちのオモチャ。
 鼠たちが自在に用いる独自のテクノロジーは、ワープストーンを原動力としているのだ。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●クラーク曰く……。

 充分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない−−これはアーサー・C・クラークの名言で、その構成原理にまで遡れば、SFとファンタジーを隔てる境界が曖昧になると同時に、体系だてられた信仰と魔術の境界線が曖昧になる、ということを意味しました。
 ファンタジーRPGの多くは、それでも信仰と魔法を隔てようとします。信仰は日常に即して民衆の精神を陶冶するものである反面、魔術は理論化された特殊な異能である。もっとざっくり言ってしまえば、信仰系(僧侶)呪文は防御や回復を担い、秘術系(魔術師)呪文は攻撃や場の撹乱を受け持つ、というわけですね。

●D&D第4版でのキャラクターの役割

 以前の連載でも少し触れたことがありますが、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第4版では、これは「役割」の明確化として処理していました。
 クレリックは「指揮役」としてパーティを見渡し、必要な回復やバフ(キャラクターの能力強化)を受け持ち、ウィザードは「制御役」として、スリープの呪文で雑魚を無力化して戦場をコントロールする、といった具合に、です。単にオフェンスとディフェンスの違いだけではなく、戦場という「場」を味方中心に見るのか、敵中心に見るのか、といった違いが意識されていました。
 これに、前衛で敵の進行を食い止めるタンクすなわち「防衛役」としてのファイター、そして、強烈なダメージ・ディーラーとしての「撃破役」であるローグが加わり、4人でパーティというチームが形成されるわけです
 
●T&Tでのキャラクターの役割
 
 他方で『トンネルズ&トロールズ』では、キャラクターの役割が、原則として戦士、魔術師、盗賊の3タイプと、極限にまで単純化されています。
 戦士は魔法がまったく使えず、もっぱら戦いを受け持つ。戦士の防具は防御点が2倍として扱い、魔術師は攻撃も回復も自由自在。そして盗賊は戦士と魔術師のどっちもつかず、といったデザインになっているのです。
 T&Tは第5版では魔法戦士、完全版でも達人、市民、専門家といったクラスが追加されてはいますが、根っこの部分は変わりません。
 例えば魔法戦士は盗賊の上位互換ですし、専門家は各能力値により適切な役割を与えよう……という話にすぎませんから。

●ハイパーT&T初版でのキャラクターの役割

 日本オリジナルのハイパーT&Tの初版(社会思想社現代教養文庫、1991年)では、T&T第5版のキャラクター・タイプを「クラス」と読み替え、「下位クラス」とし、それらは4レベルで上位クラスへと転職します。
 これは従来のT&Tのファン層とは異なるタイプの上級者、すなわち『ルーンクエスト』や『Dragon Quest』(SPI/TSRの、『クロちゃんのRPG千夜一夜』なんかで「ファミコンじゃないよ」と言われたやつです)のような緻密なシミュレーション志向のRPGを取り込もうとして、意図してなされたデザインでした(清松みゆき「ハイパーT&Tの目差すもの」、「RPGマガジン」1991年2月号)。
 これは、当時T&Tの訳者でハイパーT&Tのデザイナーであった清松みゆき氏が、同じく自身の手掛けたRPGシステムである『ソード・ワールドRPG』(初版)と、かち合わないようなデザイン・システムを目指したものでした。
 余談ですが、『Dragon Quest』は、ヘックスを使った緻密な戦闘がウリのシステムで、「ショート・シナリオで8時間かかる」と畏怖される作品でもありますが、RPG史における影響力は大きく、とりわけスクールとして体系化された呪文への考え方は、『ロードス島戦記』にも影響を与えたそうです(「テーブルゲームファンフェスタ2019」での、水野良氏への聞き取りに基づく)。

●第2版での規格化

 それでは『ウォーハンマーRPG』はどうなのでしょう? 
 『ウォーハンマーRPG』第2版はとても整理のよいシステムで、それこそ『クトゥルフ神話TRPG(クトゥルフの呼び声)』とD&Dを折衷させたかのような遊びやすさがあります。
 秘術魔法体系と信仰魔法体系は、根幹の部分は同じルールで処理されます。魔法の固有に定められた発動値を1d10ロールして上回れば成功、そのための修正をあの手この手でゲットとしていく……。というものです。
 もちろん、概ね秘術魔法体系は攻撃呪文が多く、信仰魔法体系は回復呪文が多い……という違いはあります。ただ、獣の魔法体系を用いる琥珀の学府の魔術師と、狼の毛皮に身を包んだウルリックの司祭とでは、一見して似通って見えます。
 当人たちは、互いが互いに似ているとは認めないでしょう。実際、『ウォーハンマーRPG』における呪文や奇跡は、呪文名だけ変えて中身は同じ……という例はほとんどなく、武器を用いた戦闘のオルタナティヴとして呪文や奇跡が設定されているため、「摩訶不思議だが強力で、一発逆転を狙える」ブレイクスルーとして設定されているのは明白です。

●第4版での魔法

 これが第4版ではどうなるのでしょう? 第4版では、秘術魔法体系と信仰魔法体系では、発動までの手順には−−一見微妙ながらも−−実際にサイコロを振ってみたら実感できる、はっきりとした差異が盛り込まれ、ゲーム的な判定と数値処理の手順を経ているだけなのに、さりげなく「それらしさ」が生まれるような配慮が設けられました。
 事前に"魔力の風"すなわちエーテルを感知し、GM次第でボーナスが得られるかもしれませんが、基本、〈言語:魔法語〉でのテストを行います。この成功レベルが、呪文固有の発動値を上回っていれば成功です。
 言葉が大事なので、猿ぐつわをされているなど、喋れない状態では呪文は使えません。
 変わったところでは、具材を用意しておけば、誤発動の際の被害を軽減することができるのです。
 "魔力の風"と積極的に交信すれば、通常は使用できないような強力な発動値の呪文を使うことも夢ではありませんが、誤発動のリスクも高まります。
 
●第4版での奇跡

 対して信仰に基づく奇跡を発動するには、《祝福》と《奇跡》の異能を用います。これを発動するには〈祈念〉技能でのテストが必要となり、場合によっては祈祷、儀式、詠唱、歌などが必要となります。選択ルールでは、自信のない詠唱だったらペナルティを加えてよいとすら、ルールブックには書かれています!
 この時、教団の戒律を破っていたら、「原罪点」が与えられます。祈念テストの1の位が、「原罪点」以下であれば、神々の天罰が与えられます。そして「原罪点」を減らすには、とにかく悔い改め、天罰を甘んじて受けるしかありません!

●実際に呪文を比べてみる:獣の魔法体系

 それでは『ウォーハンマーRPG』第4版のルールブックをめくって、魔法の現物を確かめてみましょう

○獣の魔法体系;The Lore of Beasts
琥珀色の風たるガウルは冷たい原始的な荒々しさをもたらし、獣や、知性を持つクリーチャーに恐れを抱かせる。
具材:琥珀色の風を集中させるために動物の柔毛や皮、骨、毛皮を用い、腱で包み血のルーンで塗りつける。爪を加工細工し、内臓を乾燥させ、羽根を気まぐれに染めることもよくあるが、糞尿やその他の排泄物が用いられるのを見るのも稀というわけではない。

 ……とありますから、なかなか本格的ですね。そして、載っているのは、以下の8つの呪文です。

・ウィザンの野生形態;Wyssan's Wildform
ガウルの野生の力を呼び出し自分に吹き込み、その野性の歓喜に耽る。

・運命の群れ;Flock of Doom
烏や類似の地元の鳥の群れを呼び出して敵を攻撃させる。

・狩人の隠れ身;Hunter's Hide
自身をガウルのゆらめく外套で覆う。

・琥珀の爪;Amber Talons
君の爪が伸びて透き通った琥珀の禍々しく鋭い爪となる。

・琥珀の槍;The Amber Spear
君は純粋なガウルの大きな槍を一直線に投げる。

・野獣会話;Beast Tongue
君は野生のクリーチャーと意思疎通を行なうことができる。

・野獣の主;Beast Master
ガウルが君を覆うと、君の吐息は蒸気を発し、君の眼はピカピカと琥珀色に輝く。

・獣変身;Beast Form
君は自分の全身の骨や肉にガウルを吹き込み、己の身体をクリーチャーの身体へと変形させる。

 いかがですか? 単に数値的な効果を無機質に出すのではなく、術者が魔力の風(ガウル)を介して変化し、その影響を魔法として行使しているのがわかります。

●実際に呪文を比べてみる:ウルリックの奇跡
 
 続いて、ウルリックの奇跡を見てみましょう。

○ウルリックの奇跡;Miracles of Ulric

・ウィンター・ウルフの毛皮;Pelt of the Winter Wolf
君の轟く祈りはウルリックの関心を引く。目標は凍傷に持ち堪えることができる。

・ウルリックの憤怒;Ulric's Fury
君が憤怒の祈りを詠唱すると、ウルリックの獰猛さが波及し、目標は狂乱する。

・狼の遠吠え;Howl of the Wolf
君がウルリックの助けを求めて遠吠えすると、白狼の姿をした小さな「神の従者」が派遣される。

・霜冷え;Hoarfrost's Chill
目が鋼のように青く輝き、取り巻く空気が不自然に冷えていく。

・冬の凍て傷;Winter's Bite
ウルリックの "稲妻の斧" を生み出し、それで攻撃することができる。

・雪の王の裁き;The Snow King's Judgement
弱き者や臆病者、嘘つきが、軽減できない1d10点の「耐久値」を失う。

 単に獣ではなく、ウルリックが信仰されている北方のミドンランドの風土に根ざした効果があることがおわかりでしょうか。
 信仰はしばしば地域に密着しますから、それが反映されているのかもしれません。
 ミドンランドについては、第2版のサプリメント『ミドンヘイムの灰燼』(ホビージャパン、2008年)で詳しく解説されています。
これは私が単独で全訳しましたので、機会があればぜひお読みいただきたいのですが、中心となる「白狼の都市」ミドンヘイムは、日本語版第2版の公式サイトでフルカラーマップが見られます。アーカイブはこちら(https://web.archive.org/web/20171101002250/http://hobbyjapan.co.jp/wh/dlfiles/middenheim-online-map_hj.jpg)。一見の価値があるので、ぜひご覧ください。

●錬金術と賢者の石

 私たちはふだん、日常で「科学」という言葉をカジュアルに使いますが、これらの「科学」はたいていの場合、「自然科学」のことを指すようです。ところが自然科学の原典までさかのぼってみると、自然に存在する客観的な真実を証明する「自然科学」と、人間が自然を見据えることで自然の様態をあぶり出す「自然哲学」の境目が曖昧になる、ということに気づくかもしれません。
 そのもっともわかりやすい事例が、錬金術でしょう。近世ヨーロッパにおける錬金術とは、最新の「科学」と「哲学」が融合したものでありました。そこでは、人間たちが織りなす物語(寓話)という形で、世界の真理が語られます。
 ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『化学の結婚』がその代表作ですね。
 錬金術といえば、無から至高の元素である「金」を生み出すための秘技だと言われますが、単に貴金属だから「金」に価値があるのではありません。
 「金」に価値があるのは、観念と物質を融合させたそれは真理の具現化、まさしく、その象徴にほかならないです。
 マルグリット・ユルスナールの『黒の過程』(岩崎力訳、白水社、2008年)や、佐藤亜紀の『鏡の影』(新潮社、1993年、現在は講談社文庫等)は優れた錬金術小説でもありますので、ぜひ触れてみていただきたいのですが……。
 『ウォーハンマーRPG』における「賢者の石」とは何でしょうか? 実は、それにものすごく似ているものが存在するのです。
 そう、混沌の精髄たるワープストーンが、それです。次回はワープストーンについて語りたいのですが、それと切っても切り離せない、忌まわしき鼠人間スケイブンについてもお話せざるをえないでしょう。

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2021年04月27日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.7

 本日2021年4月27日配信の「FT新聞」No.3016に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.7が掲載されました。T&Tにおける僧侶をヒントに、『ウォーハンマーRPG』における神々を総覧しつつ、版上げでいなくなった神、データのない神の取り扱いについてなどにも触れています。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.7

 岡和田晃
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 魔狩人フレイザーに連れられて、ユングフロイト家ゆかりの建物を、あれこれ見て回る。
 傍目には親娘か、年の離れた兄妹にしか見えないだろう。
 わたしが改めて魔力の風との交信を試みるたびに、フレイザーは顔をしかめる。わたしの方は、まるで気にしないでエーテルの痕跡をたどり、「真のダハール」がどこから来たのか、見極めたいと思った。
 魔狩人に絡むチンピラはいない。ミュータントは別だが、フレイザーは銃弾で、たちまち彼らの額に風穴を開ける、
 やがて、わたしは少しずつわかってきた。この混沌の妖術師(ケイオス・ソーサラー)は、いまは忘れられた混沌の神々を崇めているのだ。ナーグルでも、コーンでも、スラーネッシュでも、ティーンチでもない、神。それらに反旗を翻したマラルを崇めているのだ。
 ――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●土俗的な息吹を伝えるもの

 オールドスクールRPGは、しばしばゲームだからといって、再現する世界を無機質な数字の塊として表現するような振る舞いを、基本、退けます。
 ただ、そうであっても、世界の何がゲームとして表現でき、何が表現できないのかを、割り切って区別しているのとも違うわけです。
 近代の原理では割り切れない、土俗的なダイナミズム。魔術にも共通する要素ですが、より日常に即した形で、宗教はその息吹を伝えてくれるものです。

●T&Tの宗教ルール

 宗教について考えるには、あらかじめ宗教に関する設定がないなかで、本格的に宗教を導入した事例について考察するのが手っ取り早いでしょう。
 そう、『トンネルズ&トロールズ』の僧侶魔法についての追加ルールです。
 これは「Mirable Dictu!」というタイトルで、1983年の「ソーサラーズ・アプレンティス」17号に掲載されました。
 カール・エドワード・ワグナーのダークファンタジー小説「ミセリゴルド(Misericorde)」が載った号で、また裏表紙には、2020年に日本語版が出たばかりの『RPGシティブックII』(書苑新社)の広告が載っていた……。
 そんな頃の話ですが、いまは〈RPGシティブック〉シリーズも、あるいは「ナイトランド・クォータリー」のような雑誌も元気ですから、まったく古いという感じは受けませんね、
 邦訳は「『T&T』世界での僧侶」として、「ウォーロック」Vol.21(1988年)に載りました(清松みゆき訳)。社会思想社版『モンスター! モンスター!』(社会思想社現代教養文庫、1989年)にも収められていますので、ご存知の方も多いでしょう。
 この記事はオールドスクール・ファンタジーRPGが、史実の宗教をデザインに取り入れようとする際にしばしば採られてきた考え方の筋道を、はっきりと伝えるものになっているのです。

●時代によって神は変わる

 設定の根っこにあるのは、神々の力は信者の力に比例すること。そして、ある宗教での神が、別の宗教では悪魔とされることが挙げられます。
 トゥアハ・デ・ダナーンの神々はフェアリーとなり、バアルやモレクは悪魔となりました。ドルイドが信仰していた“角を持つもの”はサタンと同一視されました。つまり、時代の趨勢によって、あるいは民族や宗派によって、神々の顔は様々に変貌していくのです。
 実際、訳者の清松みゆき氏による、3柱のオリジナルの神々が、『ハイパー・トンネルズ&トロールズ』のルールブック(社会思想社現代教養文庫、1991年)に掲載されました。これらは意図的に、神々のある種の面を誇張してみせたアクが強いものとなっており――私も自作のソロアドベンチャー「無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中」(『傭兵剣士』所収、書苑新社、2019年)で登場させたことがありますが――むしろ反面教師として提示されたように思います。
 1994年版の『ハイパーT&T』改訂版からは、出てくるのはよりスタンダード志向のハイ・ファンタジーな神々に変わり、『ドラゴン大陸』(角川スニーカーG文庫、1995年)では、勝利神スークと鋼鉄神ベルクボーン、破壊神オーボーと混沌神ンヌープが別々に設定され、さりげなく神々の複数の相(かたち)が提示されていたものです。 

●エンパイアの主要な神々

 それでは、『ウォーハンマーRPG』ではどういった神々がいるのでしょう? まさしく、こういう区別は『ウォーハンマーRPG』の独壇場、といってよいかもしれません。
 第4版のルールブックに載っているエンパイアの主要な神々は……。

・ヴェレナ(学識、正義、知恵の神):信者は写字生、法律家、学者など。
・ウルリック(戦い、冬、狼の神):信者は主に戦士。またミドンランドの領邦では広く信仰されている。
・シグマー(エンパイアの主神):エンパイアの守護神で、とりわけライクランドの領邦で広く信仰されている。もとはエンパイア皇帝が神となったもの。
・シャリア(慈悲と治癒の神):信者は主に貧民、医師、病人、虐待を受けた女性など。
・タール(自然、春の神):信者は遊牧民、森の住民、その他農民。タラベックランドの領邦で広く信仰されている。
・マナン(海、外洋の神):信者は船乗り、漁師、商人など。荒ヶ原[ウェイストランド]で信仰されている。
・ミュルミディア(軍略の神):信者は軍人など。ティリア、エスタリアで広く信仰されている。
・モール(死と夢の神):信者は葬儀屋やアンデッド・ハンターなど。オストマルクで広く信仰されている。
・ラナルド(ペテン、盗賊、幸運、貧困の神):信者は無頼、博徒、貧民。
・リア(多産、生命、夏の神):信者は農家、薬草師、助産師等。

 これらが基本的な神々で、プレイヤー・キャラクターが信仰するのは、だいたいはこれらです。ルールブックやシナリオ集、小説なんかでも頻繁に言及されるのは、このあたりです。

●ライクランドの地域神

 これらに加え、ライクランドの神々としては、以下のような地域神もいます。これらになると、ぐっと登場頻度は落ちてしまいますが、なかなかユニークです。

・カチャ(心和ませる美人の神):信者は売春婦、愛人稼業に従事する者など。
・クリオ(歴史の神):信者は学者。
・ディラト(女性の神):もちろん信者は女性。
・ベーゲナウアー(ベーゲン川の神):信者は船頭、商人、ベーゲンハーフェンの街の人々。
・ボルヒバッハ(修辞法の神):信者は扇動家、政治学者、法律家
・ライク爺様(ライク河の神):信者は、はしけの船頭、商人、漁師など。

 なるほど地域密着型、あるいは生活密着型の神々といった塩梅ですね。ボルヒバッハやクリオあたりはNPCが信仰しているとして登場させてもおかしくないですし、ベーゲナウアーやライク爺様は「内なる敵」キャンペーンをプレイする際に、彩りを添えてくれますね。
 カチャやディラトのような女性を守る神が出てくるのは、それこそ自然に男性中心主義的な価値観を相対化することにつながると思います。

●ドワーフ、エルフ、ハーフリングの神々

 信仰はデミヒューマンたちも持っています。彼らは人間とは異なる神々を信仰することが多いのです。ゲームによっては、エルフは信仰とは無縁だったりもしますが、『ウォーハンマーRPG』はこの点、徹底していますね。

【ドワーフの神】
・バラヤ(醸造、炉端、癒しの神):信者は職人、学者、医者。
・グリムリル(戦士、勇気の神):信者は兵士、スレイヤー。
・グルングニ(採掘、金工、石工の神):信者は職人、坑夫。

 これらはドワーフの神でもメジャーで、特にグリムリルあたりは、ブライアン・キングの〈ウォーハンマー〉小説『トロール殺し(Trollslayer)』(未訳、1999年)あたりでも出てきたと記憶します。このシリーズ、めちゃくちゃ戦闘シーンが多いので、「さすが〈ウォーハンマー〉だ!」と叫びたくなるような内容です。

【エルフの神】
[カダイ]
・アシュリアン(すべての創造物、天国、不死鳥の神):信者は支配者、判事、法律家。
・イシャ(多産、生命の神):信者は農村地帯のエルフ、とりわけウッドエルフ。
・クルノス(動物、狩りの神):信者は狩人、木こり、動物とともに働くエルフ。
・ホエス(知恵、知識、教育の神):信者は学者、魔術師、完璧主義者。

 エルフはハイ・エルフとウッド・エルフに大別されますが、前者はアシュリアンやホエス、後者はイシャやクルノスを信仰することが多いようです。
 また、[カダイ]というグループのほかにも、[キタライ]というグループのエルフの神々や、どちらにも属さないモライ=ヘグという神もいます。これらはエルフの面倒をほとんどみないため、信仰を集めることはほとんどありません。
 ちなみにエルフの聖職者はいますが、祝福や奇跡を使うのではなく、魔術師たちと同じ8大魔法大系の呪文を使用します。

【ハーフリングの神】
・エスメラルダ(健康、家、もてなしの神):多くのハーフリングが信者。
・クウィンズベリー(知識、祖先、伝統の神):学者が信者。
・ヒャシンス(出産、多産、性交の神):助産婦、妊婦、道楽者が信者。
・ヨシアス(農業、家畜の神):農民、牧畜民、庭師。

 多くのハーフリングはエスメラルダを崇めていますが、人間のように神殿を立てたりはしません。神々を鎮める必要が生じたら、長老に委ねられます。

●データのない神を信仰することはできるのか?

 もちろん、それ以外の神々を信仰するのも、できないではありません。
 私は『ウォーハンマーRPG』の第2版で、鮫の神ストロムフェルズの司祭をプレイしたことがあります。GMの許可を得て、基本のデータはマナンに準じました。
 ストロムフェルズ教団は攻撃的で、マナン教団をライバル視しており、またエンパイアでは禁教となっているのですが、あえてそれをロールプレイしたということですね。
 人間社会の通常信じられている倫理とは別種の信念をもっていて、かつ混沌信者でもないキャラクターを演じるのは、なかなか難しいことでした。
 結果、私は何かにつけて鮫に生贄を捧げたがるダメな司祭をプレイする羽目になってしまいましたが、ダイスのいたずらで、「神の天罰」というファンブル表を振ってしまい、鮫が暴走して股間を食いちぎられるという悲惨な目に逢いました(実話)。

●版上げによって、いなくなった神々

 このように、『ウォーハンマーRPG』には、実にバラエティ豊かな神々が設定されていますが、版によって、神々の種類や内実は、微妙に異なってきています。
 例えば、『ウォーハンマーRPG』初版には、魔狩人の神ソルカンというのが出てきまして、キム・ニューマンの小説〈ドラッケンフェルズ〉シリーズ内でも言及されているのに、私の知る限り、2版のルールブックにも4版のルールブックにも登場しません。
 また、混沌の神々のなかにも、マラルという裏切り者がいました。混沌の神々と反目していて、滅ぼそうとする神ですが、2版や4版のルールブックで言及されたのは見たことがありません。
 もちろん、公式で「これらの神々はなかったことになりました」とアナウンスされているわけではないのですが、せっかくですので、これらをアレンジしてシナリオに登場させても面白いでしょう。
 ……そう、神々には沢山の相(かたち)があるのですから!

●RPGの基本はユダヤ教?

 『「T&T」世界の僧侶』では、「ファンタジー・ロールプレイの宗教はユダヤ教に基づいたものになりがち」なので、呪文リストには聖書に基づいたものを入れた、とあります。《蛇作り》の呪文と同様の効果を持つ〈モーゼズ・スタッフ〉などですね。
 ユダヤ教が基本、というと若干ハテナと思わないでもないのですが、要するに『旧約聖書』に出てくる奇跡は呪文に応用させやすい、ということでしょうね。それこそ、チャールトン・ヘストン主演の映画『十戒』(1957年)での有名な、海が割れるシーンをイメージすれば早いかもしれません。
 また、クラシックD&Dの僧侶は、回復呪文をひっくり返して相手を傷つける呪文とするような「逆呪文」を使うことができるのですが、T&Tの僧侶呪文リストにも、逆呪文はしばしば記載されています。逆呪文は、治癒と呪いを並用できる僧侶には、まさにピッタリです。その例としては、「サウロがダマスコへの途上で視力を失った逸話」を元に〈目に光/目に鱗〉の呪文で表現されています。
 つまり、『旧約聖書』、『新約聖書』に出てくる奇跡はRPGと相性がよい、ということでしょう。
 これは、ケルト的な多神教の世界でありながら、一神教的な不寛容さも残存しているオールド・ワールドを考えるうえで、貴重な示唆を与えてくれます。あなたの使おうとする奇跡は、何が元ネタになっているのかと、考えてみるのも面白いですね。

●僧侶魔法、奇跡の体系化ということ

 もっとも、『「T&T」世界の僧侶』は、記事としては、それほど親切なものではありません。僧侶呪文が多数追加されてはいるものの、追加キャラクター・タイプである僧侶や侍祭が仕える教団や神々に関しては、読者であるゲームマスターが個々にデザインするものとなっているからです。あくまでも、半組みのキット方式なのですね。
 『ハイパーT&T』の僧侶呪文は、T&Tの僧侶呪文から、曖昧な呪文をバッサリとカットし、ユーモアを増量しつつ体系化させて成り立っています。これはこれで、一つの回答としては正解でしょう。
 宗派によって、使えない呪文や特殊な呪文などが設定されているのですが、他方の『ウォーハンマーRPG』は、個々の宗派によって、異なる奇跡の大系が、すでに容易されています。
 次回は、魔術と奇跡を対比させながら、その意味するところを考えてみたいと思います。

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2021年04月21日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.6


 2021年4月13日の「FT新聞」No.3002にて、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」のVol.6が配信されました。今回は、オールド・ワールドの宗教と信仰について、中世史、『指輪物語』、D&D、『メタモスの魔城』、T&T、『ハーンマスター』等と比較しつつ考察しています。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.6

 岡和田晃
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 ピンと来た。魔力の風を察知するのと、必ずしも一致しない、直感。
 わたしを身の危険から、いつも守ってきてくれた、生きるのに必要な原初の感覚だ。
 「真のダハール」に染まった魔術師が呼び出そうとしている脅威が何か、この魔狩人はよくわかっていない。
 なるほど、彼は魔女については、一定の知識があるようだ。似非魔術や俗魔術に何ができるのかも、これまで拷問にかけて火炙りにしてきた数々の魔女からの「耳学問」として、一定の知識はあるようだ。
 しかし、魔女の魔術と殺人の神カインの信者が起こす奇跡の違いを問われても、フレイザーは答えられないだろう。シグマーには狂信に近い敬慕の念をもっているようだが、そういった手合いに限り、他の神々にはほとんど無関心だからだ……むろん、そのことを認めるとは思えないが。
 ここにチャンスがある(ラナルズ・グリン)。
 混沌による汚染の拡大を食い止めて、かつ、わたしも吊るされずに済む道が。
 ――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

 前回は『ウォーハンマーRPG』における混沌と、その裏返しの「エーテル」について説明しました。しかし、オールド・ワールドにおいて、混沌の神々は、決してマイナーではありませんが、あくまでも日陰の存在であり、よりキャラクターたちの生活へ密接に結びついた神々が設定されているのです。
 そこで今回は、オールド・ワールドにおける神々と宗教について概観していきたい……ところなのですが、こと宗教の位置づけというのは『ウォーハンマーRPG』が、もっとも微に入り細に入り、こだわっている部分としても過言ではありません。

●生活と密接に結びついた宗教

 オールド・ワールドを扱った小説を読んでも、「こんちくしょう」に「シグマーズ・ブラッディ・ハンマー!」とルビが振られるなど、すなわち慣用句となるほどに、宗教が生活に密接に関わっているということが窺い知れます。
 いざ、ルールブックをめくってみたら、膨大な数の宗教が設定されています。それは初版の時からの伝統です。それでも物足りない方は、ぜひ『ウォーハンマーRPG』第2版の『救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション』(ホビージャパン、2009年)をご参照ください。
 教会が絶大な権力を行使していた中近世ヨーロッパがモデルにされており、かつ、一神教ではない多神教なので、ともすれば中世の異端信仰を総ざらいしたよりも、多くの神々が設定されていると言えるのかもしれません。

●「死」に関した神のあれこれも

 初めてオールド・ワールドの設定に触れた時、私は死を司る神モールが、単なる悪役ではなく、エンパイアの社会に自然に溶け込んでいることに、とても驚いたものです。
 しかし、『ウォーハンマーRPG』は死と隣り合わせの世界。死は対峙すべき敵ではなく、付き合い方を見極めなければならない、隣人なのです。
 いま、コロナ・ウイルス禍は、スペイン風邪や黒死病など、歴史上、世を席捲した疫病に擬えられています。一説によれば、中世ヨーロッパの人口の3分の2は黒死病で命を落としたと言われています。
 そして、オールド・ワールドにも、当然、黒死病はあるのです。それだけではなく、病気のカタログに一節が割かれているほど、多数の病気が存在します。
 それでは、病気をもたらす混沌の神ナーグルと、死の神モールはどう違うのでしょうか?
 実はまったく違うのです。ナーグルは腐敗を撒き散らし、混沌の力を広げるためには、手段を選びません。
 けれども、モール神は不自然な死を振りまくことに加担せず、結果として生じた死者を、正しく冥界へ送り届けることを旨とします。
 ゆえに、モールの信者は、混沌の信者はもとより、いたずらに死を弄ぶ死霊術師やアンデッドを、激しく憎んでいます。
 あるいはモールの兄弟神に、暗殺者と殺人者の神カインがいます。
 当然、オールド・ワールドではカインの信仰は禁じられているのですが、それではカインはナーグルのような混沌の神々の一柱なのかと問われたら、違うと言わざるをえません。
 確かに、カインを奉ずるあまりに気が狂った無差別殺人鬼ならば、より多くの死をもたらすため、流血の混沌神コーンと手を結ぶこともありえるかもしれませんが、カインの司祭は必ずしもいい顔をしないでしょう。
 請け負った殺しの仕事を確実にするためカインの力を借りようとする、誇り高い職人肌の暗殺者が、混沌の信者と混同されることをよしとしない例を考えてみれば、わかりやすいのではないかと思います。
 『ウォーハンマーRPG』の8大魔法学府の設定は、ハイエルフが介入しているだけあって、よく整理されているものですが、逆に宗教は史実の宗教がそうであるように、あるいはそれ以上に、見通しが付きづらいものとなっています。
 そこで、RPGの根幹の部分にまで立ち返り、他のファンタジーRPGとも比較しつつ、この問題を様々な角度から考えてみましょう。

●古典ファンタジー小説に回復呪文は出てこない!?

 多くのファンタジーRPGでは、神々や宗教が設定されています。古代から中世にかけて、神々や宗教の社会的な影響力は、現代とは比べものにならないほど大きなものでした。
 こうした世相を反映してか、商品化された最初のRPGである『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では、僧侶(クレリック)という職業が設定されています。
 剣ではなくメイスを振るい、回復呪文で味方を治療し、あるいはアンデッドを退散させる、というのがその役割です。
 ところが、こうした回復系の僧侶呪文は、おそらくゲーム的な必要性によって生み出された部分が大きいのではないかと思われます(ただし、死者を蘇生するとなるとまた別で、ホラー小説を中心に多数の実例がありますが)。
 というのも、D&Dは多数のファンタジー小説から影響を受けたのにもかかわらず、D&D以前のファンタジー小説に、回復呪文が使われる場面は滅多にないのです。
 いや、あるにはあるんですよ。例えば『指輪物語』に、アラゴルンがファラミアを「王の手は癒しの手」と薬草で治療する有名な場面が出てきますが、これは史実でのエドワード証聖王が、ハンセン氏病に苦しむ患者を背負って治療したという逸話に由来するものと思われます。
 ただ、これはどちらかというと、『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』(AD&D)から登場するパラディン(聖騎士)に近いのかもしれません。
 こうした聖人の逸話は回復呪文の重要な発想源と思われます。史実の僧侶や聖人伝については、「Role&Roll」Vol.155に掲載されている「戦鎚傭兵団の中世“非”幻想事典」第40回をご参照いただければと思います。

●遠隔型攻撃ユニットとしての魔法使い

 背景設定とは別に、ルール面から考えると、ウォーゲームからRPGが生まれた際、剣や斧で直接攻撃をする近接型のユニットとしての戦士に、「マジックミサイル」や「ファイアーボール」で遠くの敵を一掃する遠隔型ユニットとしての魔法使いを対置してみれば、しっくり対比できるのではないでしょうか。
 1974年に発売されたオリジナルのD&D(OD&D)では、ファイティング・マン、マジック・ユーザー、そしてクレリックの3種類でした。
 なんと盗賊(シーフあるいはローグ)はいなかったのです(ただ、クラス扱いのエルフ、ドワーフ、ハーフリングについては、この時から設定されていましたが)。
 遠隔攻撃は魔法だけではなく、弓矢もあります。つまり、物理攻撃を主軸とした、遠隔ダメージ・ディーラーで、クラシックD&Dでは盗賊、AD&Dではレンジャー(野伏)が該当しますね。
 ただ、それは、あくまでも魔法使い(マジック・ユーザー)の後から設定されたものなのです。

●『デンドロギガス メタモスの魔城』のクラス(職業)観

 『デンドロギガス メタモスの魔城』(2015年〜)という、D&Dに強い影響を受けた食玩シリーズ『ネクロスの要塞』(1987〜89年)の精神を受けた新しいオマケシール・シリーズがあります。
 この『メタモスの魔城』のデザインにあたり、クリエイターのあだちひろし氏は、「R・P・G」(国際通信社)の2号に掲載された芝村裕吏氏の『トンネルズ&トロールズ』(T&T)やD&Dの分析を紹介し、それを『メタモスの魔城』のキャラクター設定に活かしています。
 そこで、あだち氏が行なった要約を以下に紹介してみましょう。

 <戦士>というのはその体力を生かした守備の専門家である。<魔法使い>は攻撃魔法を生かした攻撃の専門家である。
 …というのですね。これはアメリカン・フットボールのフロントラインとクオーターバックの関係からのイメージのようです。意外でしたが、役割分担としては合っている気がします。
 <盗賊>は宝箱・罠などを解く専門家。<僧侶>は回復魔法の専門家。…これはすんなり理解できます。(「変妖亭」2016.8.12より)

 『ネクロスの要塞』も『メタモスの魔城』も、オールドスクール・ファンタジーテイストに溢れたシリーズで――「FT新聞」の読者には、『メタモスの魔城』はまだ未チェックの方も多いようなので、この機会に触れていただきたいのですが――こと、低年齢層から参加できるオマケシールをデザインする場合においても、D&DやT&Tでなされたようなクラス(職業)の原理の問題を念頭に置く必要がある、ということをあだち氏の要約は示唆しています。

●T&Tには僧侶がいない?!

 しかし、ご承知の方も多いでしょうが、T&Tには僧侶という役割がありません。T&T完全版においてさえも、僧侶というキャラクター・タイプは特に設けられていないのです。
 もちろん、データは魔術師で社会的な位置づけは僧侶、というキャラクターをデザインするのは自由です。
 デザイナーのケン・セント・アンドレが宗教や神が嫌いだからとも言われますが……こと、システム面から考えれば、魔術師に回復呪文を使えるようにさせたり、毒を中和させたり、呪いを解いたりするという能力を与えれば、ゲームとしての僧侶はそれで事足りてしまう、というわけだからとも言えるでしょう。
 先に確認したところでは、魔術師は遠隔ダメージ・ディーラーというわけですが、別にそうしたタイプの僧侶だけではなく、近接攻撃型の僧侶がいてもいいわけです。
 事実、D&D第4版のクレリックは、敵を近接攻撃で殴ったら味方が回復するというパワーを駆使する役割なのです。
 それにリアリティがあるかどうかはともかく、ゲームとして見れば(味方の回復に追われて、プレイが受動的になるということがないという意味で)デザイン・センスに優れており、英語圏にはD&D第4版をリスペクトするゲームデザイナーが多い、というのも頷ける話です。

●「負傷を治す」という行為はリアリティ・ラインに関わる

 あるいは、傷を回復するという奇跡は、相手を炎で傷つける呪文等に比べて、ゲームのリアリティ・ラインに大きな影響を与えやすい、という側面があります。
 現実世界で怪我をして入院したら、治るまでに何週間もかかってしまいます。破傷風といった感染症等の脅威もあるでしょう。
 なのに、満身創痍になったキャラクターが呪文一声で一瞬にして全快すると、世界における「生」や「死」の位置づけまでが軽く見られがち、とも言うことができるでしょう。いかにもコンピュータゲーム的になってしまう、と言えるかもしれません。
 「リアル中世シミュレーター」との異名をとる『ハーンマスター』(第3版は2007年、サンセットゲームズから日本語版が出ています)のように精緻さがウリのRPGなどは、傷からの治療プロセスや破傷風の判定が、できるだけ自然になるようルール化されています(単にデータを増やしているのではないのがミソ)。
 クラシックD&DのようにシンプルなルールのRPGでも、クレリックは1レベルの間は何ら呪文が使えず、戦闘では多くの場合「ちょっと弱めの戦士」として前線に立たざるをえないことになります。

●『ウォーハンマーRPG』における治癒

 そして『ウォーハンマーRPG』も、いたずらに奇跡を用いて傷を治すよりは、まずは、〈治療〉技能や、癒やしのドラフトなどのアイテムを用いて「自然に」治癒を行う方が自然、といったタイプのゲームなのです。
 『ウォーハンマーRPG』第4版では、司祭や戦闘司祭のキャリアは、いちばん下の段階のキャリア・パス(入信者や修練者)の段階から、《祝福》という、神の意思のちょっとした具現化による恩恵を得ることができるようになりました。
 ただ、『ウォーハンマーRPG』の第2版では、入信者の段階では、第4版での《祝福》に相当する《初歩魔術:信仰》も習得することができません。
 秘術魔法大系の習得を選んだキャラクターよりも、呪文(《奇跡》)が使えるようになるには――最短で1キャリアを満了するまで――余計に時間がかかってしまい、それまでの間は〈負傷治療〉技能やアイテム、所属教団へのコネクションを使い倒すのが基本でした。
 世界観のリアリティ・ラインをいたずらに崩さないため、そしてゲーム的には(とりわけ初期において)僧侶系の魔法が必ずしも必須ではないというところから、こういう発想は生まれているように思います。
 実際のところ、『ウォーハンマーRPG スターターセット』に収録されている6体のサンプル・キャラクターに、シグマーを信仰する魔狩人はいても、そのものずばり、《奇跡》や《祝福》を駆使する入信者や司祭はいないのです。
 次回も、『ウォーハンマーRPG』における宗教と信仰の問題を、引き続き考えていければと思います。


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2021年03月30日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5

 本日2021年3月30日の「FT新聞」No.2988で、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5」が配信されました。今回は「混沌」と、その裏返しだと示唆されている「エーテル」について解説しています。概説と踏み込んだ分析を両立させようと足掻いています。以下に採録いたします。


『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5 No.2988
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5

岡和田晃
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 2世紀ほど前、"敬虔なる"マグナスの治世から、ここユーベルスライクの街は、幾度も包囲にさらされてきたという。
 近隣の黒色山脈から攻め寄せてきたグリーンスキン勢に。あるいは、混沌に脳まで冒されたビーストマンたちに。
  "敬虔なるマグナス"が魔法を公認したおかげで、かえってわたしのような魔女は活動がしづらくなったと思っていた。そう、これまでは。
 魔狩人の攻撃対象が分散されなくなり、"非公認"の魔女や似非魔術師たちへの弾圧が、いっそう厳しくなってしまい、それが今でも続いているのは間違いないからだ。
 ……そんなわたしがいま、魔狩人と並んで、ユーベルスライクの裏路地を歩いている。コーンとティーンチの同舟、と毒づきたくなるものの、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"の気を惹きたくなかったので、もちろん言葉にはしなかった。
 フレイザーは舌打ちをしながら、肩を震わせて歩いている。不快感を隠せないようだ。
 それでも彼は、ユングフロイト家が、「真のダハール」に手を染めた悪魔術師をかくまっていると確信しているようで、毒をもって毒を制すと、わたしを「利用」すると決めたらしい。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

 前回は『ウォーハンマーRPG』でもっともプレイされたであろう、〈内なる敵〉キャンペーンの第1部『ベーゲンハーフェンを蔽う影』の話をしました。同作の後半では"紫の手"教団という混沌の教団(カルト)との戦いにスポットが当たります。
 「混沌」。それは『ウォーハンマーRPG』における「究極」の敵役ですが、では具体的に、いったいどういう存在なのでしょう?

●『トンネルズ&トロールズ』でデザインしてみた「混沌」

 こと、「混沌」とはわけのわからない存在だと言われますし、実際そうなのです。そのわけのわからなさを、かつて私はそのままの形でゲーム化したことがあります。
 『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』(冒険企画局、2016)にも収録されていますが、私はティーンの頃に『モンスター! モンスター!』のキャンペーンをやっていました。
 ウッズエッジ村を襲撃する付属シナリオから始め、オリジナルの「ドラゴン大陸」を設定し、コースト、ノーア、カーマッド、ガル島など名前のある街は、だいたい襲撃されて廃墟と化してしまいました。
 終盤には「英雄戦争」が起き、真の黒幕が、人間よりも悪しき、不定形の存在「混沌」であると思い知るのです。
 『トンネルズ&トロールズ』では、モンスターの攻撃力とヒット・ポイントに相当する耐久度は、MR(モンスター・レート)というただ1つの数値で表現することができますが、その「混沌」のMRはなんと300万! オーク1体のMRが15だとすると、その20万倍のパワーを秘めている、ということになるわけですね。
 
●『ウォーハンマーRPG』第4版に登場する「混沌」
 
 こんな若気の至り(?)とも言うべき私のオリジナル設定はさておき、『ウォーハンマーRPG』での「混沌」については、より詳細な設定が設けられています。
 根本にあるのは、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"とも呼ばれる、4大混沌神です。疫病の神ナーグル、流血の神コーン、苦痛と快楽の神スラーネッシュ、魔法と裏切りや嘘の主人であるティーンチの4柱です。
 彼らは別に仲がよいわけではありません。私も翻訳に参加したボードゲーム『ケイオス・イン・ジ・オールドワールド』(ホビージャパン、2010年)は、混沌の4大神の勢力争いがテーマでした。
 これら"禍つ神々"は独自の魔法体系を有し、各々のディーモン・プリンスをはじめとしたディーモン軍団を率いています(余談ですが、『ウォーハンマー』においては、DemonではなくDaemonと表記するため、「ディーモン」と書きます)。
 混沌の子供たちことビーストマン各種(ゴール、アンゴール、ミノタウロス、ビュレイシャーマン)、ミュータント(変異種)、混沌教徒、ケイオス・ウォリアー、さらにはレッサー・デモン2種(ブラッドレター・オヴ・コーン[コーン神の流血悪魔]やデモネット・オヴ・スラーネッシュ[スラーネッシュ神の蠱惑悪魔])といったディーモンのデータは、『ウォーハンマーRPG』第4版のルールブックにも掲載されている通りです。
 これだけではなく、第4版では「内なる敵」という選択ルールがあり、混沌教徒やミュータントたちを、ルールブックに掲載されているライクランドの標準的な人物のデータを下敷きにデザインしてかまわないとされています。
 初版には『レルム・オブ・ケイオス』、第2版には『堕落の書:トゥーム・オヴ・コラプション』(ホビージャパン、2008年)という混沌を扱う専門のサプリメントが存在し、d1000(!)を使って混沌変異を決める表が圧巻でした。第4版でも、いずれ目玉製品として、混沌を扱う専門の資料集が出版されるのではないかと思います。

●バラエティに富んだ混沌変異

 キャラクターが混沌の影響に冒されるのには、色々なパターンがあります。
 例えば、(混沌の精髄そのものである)ワープストーンという魔法の鉱石のようなものに触れてしまった場合、あるいは混沌に汚染された土地を通ってしまった場合、ディーモンの武器を使ってしまった場合、"禍つ神々"の誘惑に屈してしまった場合など……。
 シチュエーションに応じ、GMは【意志力】や【頑健力】テスト(判定)を行わせ、失敗の程度に応じて、混沌変異の表を振り、「身体の周りに蝿が黒雲のようにたかっている」だとか、「制御不能なまでに放屁を続けている」だとかの変異が加わるわけです。
 目立たない変異であれば人間社会に溶け込むことも不可能ではありませんが、強烈な憑依だと相手に恐怖を与えるようになってしまいます。

●「堕落ポイント」の導入

 さて、GMにとっては喜ばしいこと(?)に、『ウォーハンマーRPG』第4版においては、「堕落ポイント」というルールが追加され、キャラクターが混沌に汚染されていくプロセスに、より緊張感が生まれるようになりました。
 『ウォーハンマーRPG』第4版には、「幸運ポイント」というルールがあります。これは、1点消費するごとに、失敗したテストを再ロールさせる等の効果を得ることができます。
 再ロールでも失敗してしまった場合、さらに1点の「幸運ポイント」を消費すれば、三度目の正直で成功することに望みを託すことができるわけです。しかし、それは混沌の力を借りることにほかならず、堕落ポイントを獲得するための対象となります。
 その他、混沌の露出に触れたり目撃したりした場合も、もちろん堕落ポイントは増えます。【頑健力】ボーナス(【頑健力】の10の位)および【意志力】ボーナス(【意志力】の10の位)を上回る「堕落ポイント」を得た場合、混沌の影響で心身が崩壊していく可能性があります。
 抵抗に失敗した場合、肉体か精神のどちらかが変異していきます。肉体的な堕落には、「舌が回転する」、精神的な堕落には「拷問を幻視してしまう」などがあり、肉体的な堕落の合計が【頑健力】ボーナスを超えるか、精神的な堕落が【意志力】ボーナスを超えてしまった場合、そのキャラクターは混沌の配下となってしまうわけです。

●「堕落ポイント」の意義

 「堕落ポイント」について考察しておられる野村平さんの言葉を借りれば、この「堕落ポイント」が、いかにも「ドラマチックだけどTRPGだと発生しづらい」けれども「ウォーハンマーらしいシーン」を再現するのに適しています。
 混沌の誘惑に抗いきれず、葛藤の末に短期的な不利益(テストの失敗)を取るか、長期的な不利益(混沌変異を受け入れる)を取るかの決断を迫られる、というわけです。
 そして、『ウォーハンマーRPG』の世界では、混沌の影響を完全に振り切ることはできません。
 世界はやがて、混沌に征服されて滅びてしまうことが明白である。にもかかわらず、背水の陣で戦い抜くこと。
 こうした美学を再現できれば、『ウォーハンマーRPG』らしいゲームセッションを執り行うことができるでしょう。

●エーテルと混沌

 なぜ、混沌の影響を振り払うことができないのか。それは混沌が、世界の本質そのものだからです。
 ファンタジーRPGには、地・水・火・風の4大元素がしばしば登場します。これは、ナーグル・スラーネッシュ・コーン・ティーンチの4大混沌神をそのまま連想させます。
 それに加えて、第5元素である「エーテル」が設定されています。エーテルは、ヨーロッパの自然哲学ではお馴染みの概念で、かいつまんで説明すると、4大元素で説明できないものをエーテルと呼んでいたわけです。
 『ウォーハンマーRPG』では、すべての魔力の源は、物質界の彼方にあるエーテル界に存在するとされ、そこはディーモン(悪魔)や精霊の生まれ故郷であるとも言われるわけです。
 エルフたちは、このエーテル界は、エンパイアのはるか北方に位置すると語ります。世界を蔽う布地にかぎ先が出来ていて、そこから生(き)の魔法がなだれ込んできて、魔術師たちは、それを第2の視覚、通称"眼"をもって感知し、その力をコントロールするわけですね。
 しかし、実は『ウォーハンマーRPG』第2版の『魔術の書:レルム・オヴ・ソーサリー』(ホビージャパン、2008年)では、このエーテル界は"混沌の領域(レルム・オヴ・ケイオス)"そのものであることが示唆されています。
 つまり、魔法の淵源は「混沌」そのもの……かもしれないのです。このジレンマは、『ウォーハンマーRPG』におけるメタテーマであり、公式の規定とは別に、各々のGMごとに「真相」を設定してかまわないものともなっています。

●マグナスとテクリス

 帝国暦2304年から69年まで、エンパイアの皇帝だった"敬虔帝"マグナスは、『ウォーハンマーRPG』第4版の基本ルールブックにおいては、約1,000年ぶりに、すべてのシグマー大領邦を代表する皇帝として選出されました。
 同時に、彼はまた正式に発足したエンパイア領邦軍や帝国海軍、アルトドルフの魔法学府を含む、多くの新たな組織の設立を監督した皇帝としても知られています。
 喧々諤々の議論を巻き起こしながらも、マグナスはエンパイアにおいて、魔法を合法化した初の皇帝となったわけです。
 それにはどういう経緯があったのかと言いますと、"敬虔帝"マグナスは、エンパイアを破滅の危機に陥れた混沌大戦(グレート・ウォー・アゲインスト・ケイオス)の折に、ウルサーンの島(現在のブリテン島にあたる地)に住むハイエルフのテクリスの助力を得ました。
 テクリスは混沌の勢力に立ち向かうため、エーテル界からの力を、うまくコントロールするすべを人間たちに教えたのです。
 反対する各種の教団や魔狩人たちを、テクリスはマグナスの力を借りつつ綱紀粛正し、半ば強引に反対勢力を納得させました。
 そして、エルフの大魔道士たちと、人間の弟子たちが協力し、混沌の魔物(フィーンド)たちを混沌の領域(レルム・オブ・ケイオス)へと追い返すことに成功したのです。
 魔術師たちは、エンパイアの救い主だとみなされるようになりました。

●8色ある魔力の風

 エーテルを、大きく分けて8種類の「魔力の風」に分類しました。テクリスが言うには、人間はそのうちの1種類しか操ることができません。
 魔力の風は、それぞれ独自の魔法体系を構築しています。アルトドルフの魔法大学校では、風毎に専門の学府が存在し、日夜研究が進められています。それを列挙すると、以下のようになります。

 ・ハイシュ(hysh):白い風(光の魔法体系、光の学府)
 ・アズィル(azyr):青い風(天空の魔法体系、天空の学府)
 ・シャモン(Chamon):黄金の風(金属の魔法体系、黄金の学府)
 ・グューラン(Ghyran):緑色の風(生命の魔法体系、翡翠の学府)
 ・ガウル(Ghur):茶色の風(獣の魔法体系、琥珀の学府)
 ・アキュシー(Aqshy):赤い風(焔の魔法体系、輝きの学府)
 ・ウルグ(Ulgu):灰色の風(影の魔法体系、灰色の学府)
 ・シャイシュ(Shyish):紫色の風(死の魔法体系、紫水晶の学府)

 例えば「焔の魔法体系」には、敵を灼熱の炎で攻撃するような魔法があります。影の魔法体系では、隠密に役立つ魔法がある、という具合なのです。
 これらの魔力の風を強引に複数操ろうとすると、それは色が入り混じった「黒の風」になってしまいます。「黒の風」が表すのは、暗黒の魔法体系です。逆にテクリスは、8つの魔力の風をすべて操ることができました。これを「至高魔術」というわけです。
 エンパイアにおける公認された魔法体系は上記の8色のみで、それ以外の魔法は、魔女が使う俗魔術、似非魔術師が使う似非魔術、混沌の魔術があります。暗黒の魔術も、悪魔術と死霊術に細分化されます。
 そもそも魔力の風は混沌と紙一重、あるいは混沌そのものかもしれないのに、発露の形がこのように多様であること。こうした作り込みこそが、オールド・ワールドの魅力なのです。
 魔力の風に興味のある方は、私の2版リプレイ「魔力の風を追う者たち」をお読みになってみてください。「GAME JAPAN」2008年3〜5月号、および『ウォーハンマーRPG』第2版の公式サイトで読むことができます。後者はすでにリンク切れですが、Wayback machineにはログが残っています(https://web.archive.org/web/20170627215810/http://www.hobbyjapan.co.jp/wh/)。


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2021年03月17日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.4


 2021年3月16日の「FT新聞」No.2974で、連載「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」第4回が配信されています。キャンペーンシナリオ「内なる敵」の第1巻『ベーゲンハーフェンを蔽う影』の初版・第4版について。「パワープレイ」と「ストーリープレイ」をめぐる考察も。


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 記事で触れた「内なる敵」シリーズ(初版)を写真でお見せすると、このような具合です。以降も連載で触れていくかも……。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.4

岡和田晃
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 「大人」たちはとかく、子どもと女を軽んじる。
 子どもならば「大人」の難しい話は理解できないだろうと、路地裏で、酒場の片隅で、あるいは橋の上で、おおっぴらにすべきではない話題を聞かせてくれる。
 すでに働くような年齢だとしても、12〜3歳の少女など、無教養な石ころと同じというわけだ。
 フレイザーから聞かされた話は、わたしが小耳に挟んだことのある噂話と矛盾しない。
 このところ、ユーベルスライクを統治するユングフロイト家は、カール・フランツ皇帝率いるアルトドルフとうまく行っていない。
 言うまでもなく、シグマー神の狂信者であるフレイザーもまた、ユングフロイト家を背後では、混沌の信者が糸を引いていると信じ込んでいる者の一人だった。
 ――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

 『ウォーハンマーRPG』は単発セッションでも楽しい作品で、第4版も原著では『ライクランドが舞台の単発シナリオ集(One Shot in Reikland)』というサプリメントも発売されていますが、プレイヤー・キャラクターのキャリア成長による醍醐味を堪能できるのは、やはりキャンペーン(連続)シナリオでしょう。今回は初版と第4版で展開されている「内なる敵」キャンペーンの第1巻について解説し、RPGにおける「パワープレイ」と「ストーリープレイ」の意義についても語っていきます。

●「内なる敵」キャンペーン

 「内なる敵」としての人間こそが、『ウォーハンマーRPG』でもっとも頻繁に出くわす敵である……そんなことを、前回には書きました。
 この「内なる敵」について、もっとも正面から向き合ったキャンペーンが、初版の「内なる敵(Enemy Within)」キャンペーンではないでしょうか。第1部『ベーゲンハーフェンを蔽う影(Shadows Over Bogenhafen *最後のoはウムラウト付き)』(1991年)は、すでに第4版にコンバートされています。第2部『ライクの死(Death On the Reik)』も発売の予告が出ています。
 『ベーゲンハーフェンを蔽う影』については、社会思想社現代教養文庫にて、『エンパイアの興亡』と『死の街ベーゲンハーフェン』と二分冊される形で邦訳がなされており(1992〜93年)、お読みになった方も多くおられるものと存じます。

●初版の『エンパイアの興亡』と『死の街ベーゲンハーフェン』

 キャンペーン・シナリオ『ベーゲンハーフェンを蔽う影』で特筆すべきは、設定の細かさ。中近世のヨーロッパ社会史や、それを背景にした創作に関心のある方は、絶対に押さえておくべき逸品ではないかと思います。
 前半部にあたる『エンパイアの興亡』では、エンパイアの歴史・政治・宗教・地勢・軍備が緻密に解説されています。同じイギリス発のRPG『混沌の渦』を思わせる薬草ガイドなんてものもありました。
 首都アルトドルフに行く交通手段を見つけようとするシナリオ「人ちがい」から始まり、行く先々で陰謀や騒動に巻き込まれながら、アルトドルフ南西にあるベーゲンハーフェンへ赴きます。
 旅が中心となるウィルダネス・アドベンチャー(荒野の冒険)ですが、アルトドルフ、ヴァイスブルック、ベーゲンハーフェンと街から街へ移動する際の地図は、ちゃんとヘックス(六角)マップになっており、望むならばいくらでもリアルな旅が演出できる仕掛けになっていました。もちろん、後半の『死の街ベーゲンハーフェン』の主な舞台となるベーゲンハーフェンの街は、地上だけではなく、下水道のマップが用意されている凝りようです。
 『ウォーハンマーRPG』は、とかく地味でプレイヤーの達成感が薄いと、意地の悪い人たちから嫌味を言われることがありますけれども、それは誤解です。『死の街ベーゲンハーフェン』は壮大なシナリオで、冒険者たちが打つ手を間違えれば、街全体が滅びてしまいかねません。
 十二分にやりがいのある作品だと、太鼓判を押しておきましょう。ベーゲンハーフェンは人気があり、2版の『シグマーの継承者』でも、「ベーゲンハーフェンの災難」という、続編(後日譚?)めいたシナリオが発表されているくらいです。

●第4版の『影の内なる敵(Enemy in Shadows)』

 第4版では、このキャンペーン・シナリオは『影の内なる敵(Enemy in Shadows)』、『影の内なる敵コンパニオン(Enemy in Shadows Companion)』に二分冊されており、前者はシナリオ、後者はデータの追補が主な内容となっていますが、単なるベタ復刻ではありません。まったく新しい作品だとみなしてもかまわない、とすら言いたくなります。
 「内なる敵」は『ウォーハンマーRPG』で最も広く遊ばれたキャンペーン・シナリオの一つですから、新規プレイヤーが触れやすいようヴィジュアル・イメージを完全に刷新しながらも、ベテラン・プレイヤーのみにユーザーを絞った懐古趣味の産物に終わらない仕掛けが随所に見受けられます。つまり、ビギナーとベテランの出逢う場として設計されているわけです。
 前半の舞台となる〈馬車と馬〉亭など、お馴染みの場所はそのままに、アルトドルフの地図は手描きの絵画のような仕上がりとなっており、ウィルダネスの地図も雰囲気を活かしながらグリッド(四角)マップに整理されています。
 細かいルールは選択ルールとしてゲームマスターの裁量で選べるようになっているのですが、そのルールに目を通すだけで、シナリオの背景や世界観の理解が深まります。選択ルールは、「なぜそのような選択肢があるのか」を解説することで、一種のプレイ・ガイドになっているからですね。

●「パワープレイ」という求道

 『ウォーハンマーRPG』第2版は、「追加ルールを導入すればするほど、キャラクターが弱くなる」と、いう笑い話がプレイヤー間では囁かれました。
 これは、とりわけ『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』初版・2版から『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第3版系列までの(A)D&Dに代表されるRPGが、「サプリメント(追加設定資料集)を購入することで、キャラクターのとりうる選択肢が広がり、それだけ強力なキャラクターを作ることができる」というのが一つのウリであることをふまえた、一種の諧謔ですね。
 もちろん、D&Dの公式ルールが、ひたすらキャラクターを強化させる行為を推奨していたわけではありません。むしろ、「パワーだけを追い求める」行為を暗にたしなめ、キャラクターの多様な個性を広げるためのヒントにしてほしい」という意味のコメントを、盛んに発信していました。
 けれども、もっとも熱心にサプリメントを購入する層は、まずもって「パワー」を求める層だったというのも一つの現実ではありました。キャラクターのクラスや種族、技能や特技・信仰の組み合わせによって、もっとも最適解となる「強い」キャラクターを構築することを目指すわけです。
 もちろん、卓において他のプレイヤーをさしおいて自分のキャラクターのみを活躍させようとするような行為は問題外だと断ったうえで……スタイルとしての「パワープレイ」は、卓の合意がとれていれば一概に間違っているわけではありません。
 「パワー」を求める層は、すべての関連製品を買い、ルールを隅々まで読み込む層であり、またゲームマスター(D&Dではダンジョンマスター)の恣意的な裁定よりも、できるだけ客観的に公正な裁定が望めるというメリットもあったからです。
 何より、ルールの運用をきわめた高レベル帯のセッションでしか見えない風景があるのも事実です。強力なコンボをさらに上回るコンボの応酬によって、予想を超えた複雑なゲーム展開を見せることは珍しくなく、それは他の経験では替えが利かない、RPGの一つの醍醐味と言うべきものでしょう。「パワープレイヤー」と名乗ることは、自分がある種の求道者である、ということを、他人に示す意味合いもありました。
 それに実際のところ、パワープレイのコンボは、トレーディングカードゲーム(TCG)やオンラインRPG(MMORPG)へと輸入され、それがまた逆輸入……という往還関係により、相互に影響を与えあってきたという側面もあります。

●「パワープレイ」対「リアル・ストーリープレイ」の思い出

 私は「パワープレイヤー」を名乗ったことこそありませんが、それでも自前のD&Dのキャンペーンでは、ルールが提供する複雑さを「複雑だからこそ、面白い」ものとして紹介できるような運用を心がけていました。
 以前、「Lead&Read」(新紀元社)のVol.1、Vol.3、Vol.5(2008〜09年)に掲載されたD&D第3.5版の私の筆になるリプレイでは、そうした複雑さを世界観(エベロン世界というマジカルパンクな世界)に落とし込んで伝えるべく、あれこれ心を砕いた次第です。つまり、パワープレイ的な発想を「ストーリープレイ」に融合させる、という試みだったわけですね。
 ストーリープレイというのは、「オフィシャルD&Dマガジン」の常連ライターだった藤川俊一氏が提唱した「リアル・ストーリープレイ」の影響を受けています。氏はAD&Dを日本に普及させた功労者の一人ですが、土日のすべてを費やしてAD&Dのグレイホーク世界、あるいは自作のウォーレンメルド世界でのプレイを深めていました。
 しかし、藤川氏はある時から、いたずらに追加データを導入するのではなく――あくまでも私の理解では、能う限りメタ視点を廃し、キャラクター視点での「没入」を徹底するという――リアル・ストーリープレイというスタイルを提唱するようになりました。一九九〇年代後半のAD&Dファンコミュニティでは、パワープレイかリアル・ストーリープレイか、という議論が交わされたのをよく記憶しています。パワープレイヤーはAD&Dのオンリーイベントで、壇上に山のようにサプリメントを積み上げて「関連資料全解禁」のプレイをしており、圧倒されたものです。
 私が言うストーリープレイは、藤川氏のように徹底したものではありません。むしろ、私がこの議論を面白いと思ったのは、RPGにおいてパワープレイを論じると、理論的には対概念としてストーリープレイが浮上してくるという事例を確認できたことでした。
 藤川氏の言うリアル・ストーリープレイとイコールではありませんでしたが、AD&Dは十字軍、ケルト、ヴァイキング等ヒストリカルな背景のサプリメントが大量に出ていて、決してパワーだけではない世界観重視のスタイルがあったわけで、声は大きくないにしろストーリープレイヤーも少なからずいました。
 これがTCGの場合、ストーリープレイを前提としたプレイは、不可能ではないにしても、なかなか難しいと思われます(『指輪物語CCG』のように、ストーリーの表現を重視したTCGも少なからず存在してきましたが、その性質上、どうしても「勝ち負け」を重視せざるをえないからです。
 RPGの場合、目に見える「勝ち負け」は、そのままゲーム・セッションの出来不出来には結びつきません。極端な話、全滅しても、それで満足のいくストーリーが構築できたら、総合的には勝利した、とも言えるのですから。TCGはRPGほどに、重要なのは「プロセス」の堪能だと言い切ってはいないのです(もっとも、このことはRPGはTCGよりも優れている、もしくはその逆だということを意味しません)。

●D&D第4版の配慮

 多くのRPGではパワープレイに特化することは戒められています。ルールに習熟していない初心者がふるい落とされてしまいかねないからです。
 ところが、遊びこめば遊びこむほど、プレイヤーはひたすら「パワー」を求めがちとなる……このジレンマは、RPGを(とりわけ商業的かつ持続的に)展開していくうえでの悩みの種となっていました。
 D&Dも第4版からは、パワープレイな志向を取り入れつつも――D&D第4版は、それまでのRPGの中でも、飛び抜けてTCGやMMORPGと似たタイプのルールがあちこちに見受けられたシステムです――サプリメントの追加を「とりうるキャラクター・ビルドや戦術の広がり」であり、ただパワーを増やすわけではないという方向に舵をとってきました。
 もちろん、私も翻訳に参加したサプリメント『秘術の書』(ホビージャパン、2009年)で追加されたクラス「バード」(吟遊詩人)のように、d20(20面体サイコロ)を振り直させる特殊能力をたくさん有するような、相対的にバランスブレイキング(褒め言葉です、念の為)なオプションは存在しました。
 けれども、D&D第4版はアップデートでバランスが何度も見直され、その後も『エッセンシャルズ』という(既存のルールを整理した、互換性を持ちながら実質的な第4.5版ともいえる)仕切り直しが行われることで、初心者がふるい落とされないような配慮が常になされてきたのも事実です。
 こうした見直しには当然ながら、賛否両論が起きました。ただ、その是非は措くとして、D&D第4版は当初からチームプレイが前提とされており、「防御役」「撃破役」「指揮役」「制御役」と、さながらサッカーやアメフトの役割分担のように、キャラクターが配置されることを前提としたシステムでした。ゲームデザイナー層に、D&D第4版が高く評価されるという話も頷けます。それぞれに得手不得手があるため、必然的にバランスが保たれるというわけですからね。

●ストーリープレイへの再帰

 D&D第5版は、いったんクラシックD&Dに先祖返りしたと評されることが多い作品なのですが、それは思い切ってパワープレイとは別方向に舵を切ったからです。
 D&Dは第4版で抜本的なシステム変更を行なったため、新規プレイヤーを獲得した反面、第3.5 版までの(特に)パワープレイ志向なプレイヤーは、基幹ルールを同じくしD&D第3.75版とも言われる『パスファインダーRPG』へと流れていきました。
 『パスファインダーRPG』も、それ自体はパワープレイ的というよりは、背景世界ゴラリオンをじっくり堪能するようなスタイルが推奨されているのではありますが、それでも、多少の調整を加えれば、D&D第3版系列のサプリメントがそのまま活用できるため、パワープレイにも向いています。
 ゆえに、RPGのマーケットにおいては、『パスファインダーRPG』が、(シェアNo.1がデフォルトであった)D&D第4版を凌駕する光景さえ、珍しくありませんでした。
 そういった流れを承けて登場したD&D第5版においては、あまりルールを読み込んでいないプレイヤーがなんとなくキャラクターをデザインしても、それなりにベテラン・プレイヤーと肩を並べて活躍できるような設計思想が、意図して採られています。
 さらに、キャラクターの背景を演出するシステムや、「インスピレーション」というロールプレイ推奨ルールも加えられ、『魂を喰らう墓』、『バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス』ほか長大なキャンペーン・シナリオが、続々と出版されるようになりました。第4版までもキャンペーンはたくさん出ていましたが、「まずはキャンペーンで遊んでね」とでも言いたげな出版ラインナップになっているのです。
 D&Dは第3.5版の頃から、D&Dゲームデイという世界各地で共通したシナリオを遊ぶ、という試みがなされていました。加えて、D&D第4版からは、D&Dエンカウンターズという、各ゲームショップを拠点に、長大なキャンペーン・シナリオを毎週、少しずつ遊んでいくスタイルが採られるようになりました。
 私もD&Dエンカウンターズの模様を取材したことがありますが、キャラクターを強化するにしても、それはあくまでもパーティ全体の強化に溶け込ませる形でなされ、あくまでも抽象的な戦闘ゲームではなく、各遭遇がキャンペーン内に上手く落とし込まれる……そんな設計思想がよく伝わってきました。
 つまり、D&Dは第4版から第5版にかけて、パワープレイよりもストーリープレイ方面へ、少しずつスタイルを移行させてきたと言えるのかもしれません。もともとRPGはストーリーを遊ぶ表現スタイルとして広がったところがありますから、単なる回帰ではなく「再帰」と言うべきなのかもしれません。
 そして、こうした「再帰的なストーリー志向」は、ダークファンタジーを基軸にした雰囲気こそ異なれども、『ウォーハンマーRPG』第4版も有している特徴です。

●『ウォーハンマーRPG』第2版の曖昧さ

 以前も書きましたが、『ウォーハンマー第2版』をデザインしたグリーン・ローニン社は、もとはD&D第3版系列のサードパーティでした。そのため、『ウォーハンマーRPG』第2版のルールは、陰に陽にD&D第3版が意識されるようになっています。
 D&D第3版や第3.5版では、ゲーム世界で起こるすべての事象は、余すところなくゲームルールで説明できるようなデザイン思想が打ち出されていました。しかし、『ウォーハンマーRPG』はそうではありません。そのあたりが、『ウォーハンマーRPG』では、あえてゆるくデザインされていたというわけです。
 例えばグリッドマップで戦闘を行う際、D&D第3版では斜めに移動する場合、通常の移動力消費が1だとしたら、1.5を消費するものとして処理されていました。ですが、『ウォーハンマーRPG』第2版では、明確な記述がありません。そのため、GMは、斜め移動の際の移動力の消費を1とするか、1.5とするのかをあらかじめ選択する必要があります。
 要するにリアリティを重視するのであれば、D&D第3版のように1.5にすればよく、面倒だと思うのであれば、斜め移動も1として処理してしまえばいい、というわけなのです。ちなみに、D&Dも第4版からは、斜め移動の際の移動力の消費は1になりました。

●運命づけが示唆するもの

 サプリメントを導入するにしても、『ウォーハンマーRPG』第2版での宗教を解説する『救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション』を導入すると、確かに信仰系の呪文(「奇跡」)の選択肢も増えるのですが、教団独自の戒律などの「縛り」も増えます。きわめつけは、「運命づけ」の異能です。この異能を取得すると、「運命予言者」というモールの司祭に、キャラクターの死に様を予言されます。その予言通りに死亡すると、新たにキャラクターを作り直す際にボーナスが入る、というわけです。
 強くなるといえば強くなるのかもしれませんが、なんと迂遠なのでしょう(笑)。そして、この「運命付け」の異能は、『ウォーハンマーRPG』第4版では、基本ルールブックからデフォルトで収録されています。
 おそらく、「『ウォーハンマーRPG』は、サプリメントを導入すればするほど、キャラクターが弱くなる」というのは間違いです。無限に追加データを渉猟してキャラクターを強化しても、『ウォーハンマーRPG』は協力型ゲームであり、原則としてプレイヤー・キャラクター同士が始終やり合うわけではありません。
 ゲームマスターはゲーム内における絶対的な権力をもっており、いかに強力なキャラクターを用意しても、「きみは死んだ」の一言で、そのキャラクターを殺してしまうことができます。それならば、プレイヤーは何のためにサプリメントを購入するのでしょうか? 
 マゾヒスティックなゲーム経験のため?――そういう人もいるでしょうが、それだけならば、こんなに長い間、支持されるわけがありません。
 一つの答えとしては、参加する世界をより深く理解するため、世界の解像度を上げていくため。これに尽きるのではないかと思います。


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