2022年10月6日配信の「FT新聞」No.3543に、「『ウォーハンマー RPG』を愉しもう!」Vol.24が掲載されました。今回は英語版の新作『ザルツェンムント』や、待望の日本語版新作サプリメント『ライクランドの記念碑』について紹介しています!
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.24
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
苦悶の表情を浮かべた霊は、問わず語りに、故郷グリュンブルク南部にいた頃、ホルガー・ラウク市長の立像に悪戯した経験を話し出す。
「石を投げつけ、ゴミを投げつけ、時にはもっと“ステキな”ものまでをもぶつけてきた。
ケバケバしく飾られていた像は見る影もない情けない。
悪臭紛々とし、金目のものは引き剥がされている。よほど腹に据えかねていたのだろう。
ただ、やりすぎると市長の霊が戻ってくると及び腰な連中がいたのも確かで、実際のところ像の影はおかしくないのを見て、それで……」
わたしは困惑した。幽霊が幽霊怪談を語り始めたのか? それとも、市長の幽霊との対決、ということなのか?
――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●お待たせしました
少し間が空いてしまいました。当初から本連載は隔週ペースというハイペースで書きたいことをあれこれ綴って参りましたが、文字数からすると“異常”な頻度を少しセーヴしつつ……他の連載や企画と並行する形で、『ウォーハンマーRPG』についてもじっくり語っていければと考えますので、どうぞ長い目で見てやってください(『ユーベルスライク冒険集』についても語り足りないですし)。
●新作サプリメント、これが面白い
英語版の新しめのサプリメントで岡和田のお気に入りは、『ザルツェンムント:塩と河の都(Salzenmund: City of Salt and River)』です。
ザルツェンムントとは、エンパイア北部の両方ノードランドの首都で、名目上の君主はテオドリック・ガウサー選帝侯ですが、勅許自由都市として、アルトドルフのように権謀術数が蠢くというよりは、「半分ノース人」と揶揄されるような、のびのびして大らかな気風で知られています。そのぶん好戦的な面もあるようです。
私は都市設定サプリメントが好きで、第2版のときはミドンランドの首都ミドンヘイムの都市サプリメントも兼ねた『ミドンヘイムの灰燼』の企画を持ち込んで自分で訳したほどなのですけど、まさかミドンヘイムよりもさらに北にあるザルツェンムントが単独のサプリメントになるとは、夢にも思いませんでした。まさしく情熱が奇跡を呼んだ1冊です。
●日本語版の新作『ライクランドの記念碑』
で、日本語版はどうなのか、という話しですが、これまためでたく、『ウォーハンマーRPG』第4版の日本語版公式サイトでアナウンスされていた新作サプリメント『ライクランドの記念碑』が出版されました!
PDFオンリーで700円、15頁構成と、取り回しのいい小著ですが、中身はぎっしり詰まって濃厚です。何より、「このサプリメントは『ウォーハンマーRPG』じゃないと出せない」感が素晴らしい!
こちらは編集の伏見義行さんが翻訳を手掛け、私と待兼音二郎さんが監修に入っています。
しかしいったい、なぜ「記念碑」? 原著のタイトルは「Monuments of the Reikland」ですから、忠実な訳になっています。それでは商品紹介を見てみましょう。
『ウォーハンマーRPG ライクランドの記念碑』には、五つの注目すべき記念碑、彫像、塔が記されており、プレイ中のキャンペーンに登場させたり、新たな物語を始めるきっかけづくりとしたりするのに最適だ。
各記念碑の外観の詳細な描写だけではなく、その記念碑に秘められた危険な秘密や陰謀などが、新たな冒険の幕開けとなるだろう。
――うーん、わかったような、わからないような? 「五つの注目すべき記念碑、彫像、塔」って何なのでしょう? 『ウォーハンマーRPG』ファンの「鋼の旅団」さんは、これは「シグマー像とホエスの白い塔とストーンヘンジ」とおっしゃっています。
『ウォーハンマーRPG』をご存知ない方には馴染みが薄そうな言葉を解説すると、シグマー像とは、エンパイア建国の英雄にして今は神となった者の像ということ。ホエスの白い塔とは、ウルサーン諸島にあるハイ・エルフの塔のことで、あらゆる知識が集積され、至高魔術(ハイ・マジック)の研究がなされている場所。「ホエス」とは、『ウォーハンマーRPG』第4版のルールブックでは、エルフの神々に分類されています。
どれもオールド・ワールドでは有名な固有名を冠するもので、そう思いたくなります。
●5つの記念碑とはどんなもの?
ただ、『ウォーハンマーRPG』は、私たちの予想の遥か先を行ってくれておりました。『ライクランドの記念碑』で解説されるのは、次の5つ。
・ホルガー・ラウク市長の立像
凶作なのに小麦粉の供給を操作して私服を肥やした市長が、自画自賛のために造った彫像。市民から嫌われているので、頭部は取れて代わりに腐ったカブが置かれている。
・アウエルスヴァルトの戦いの戦没者追悼碑
ゴブリンやオークの軍勢から人々を護るため、決死隊を組んでドワーフが大砲(キャノン)の弾込めをする時間を稼いだマルタ・フォン・ヴァレンシュタイン女男爵らの108名に及ぶ戦没者の追悼碑。
・フォン・プロツカナルの時計塔
分や秒まで刻まれるばかりか、メリーゴーランドまで付いている精巧な機械仕掛けの時計塔で、製作者の技師ゲルト・フォン・プロツカナルはこれがため狂気に陥った。
・マッケンシュタインの鷹の像
オーベルヴァルト群とマッケン男爵領との境界を示す鷹の像で、幸運の印とみなされており、旅人は嘴部分に触れると前途を見通すことが可能となる。
・パラノスの柱
翡翠の学府の主席魔道士(パトリアーク)であるガーヴァン・パラノスにちなんだ脊柱で、高さは67フィート(約20メートル)を越え、隅々までが植物で覆われている。
興趣を損ねない程度に記念碑群の概要を伝えると、こんな具合になります。実に細かいものながら、固有名を入れ替えれば他の地方――さらには他のファンタジーRPGでも――使えそうな、そんな設定ばかりなのです。
こうした普遍性があるにもかかわらず、こんなサプリメントが発売されるのは『ウォーハンマーRPG』くらいだろうと思わずにはいられないところが、実によく“わかっている”のです。
各々の記念碑には、あっと驚く秘密や仕掛けが隠されており、これが謎と危険に満ちた世界オールド・ワールドの深奥に、それぞれの切り口から踏み込んでいるのが読ませます。もちろん、NPC等の関連する追加データも収められており、初心者GMでもこの記念碑を扱うシナリオをデザインしたくなるのは請け合いですし、手慣れたGMならば個々の設定だけで、そのままセッションが出来てしまうことでしょう。
加えて、個々の記念碑にまつわる設定の拡張案も、アドベンチャー・フックとして記されているといった具合で、ぬかりがありません。
●『ライクランドの記念碑』を活用しよう
もともと、『ウォーハンマーRPG』第4版「古代の遺跡と恐るべき廃墟」の節があり、太古のちからが眠る闇石の輪、〈大魔法使い〉コンスタント・ドラッケンフェルズの塔、危険な山頂に現れるヘルスパイア、息を飲むような絶景ロウレィ群礁、歌う太古の支石墓(ドルメン)、といった曰くありげな場所が紹介されており、読者はそれらを参考にシナリオを作成することができました。
ただ、『ライクランドの記念碑』は、公式サイトから無料ダウンロードできる『ライクランドに冒険あり!』とはまたテイストが異なります。思うに、記念碑というブツにこだわったところがオールド・ワールドらしさなのではないかと。
つまり、今回の冒頭で紹介した『ザルツェンムント』のように街まるごとをデザインするのではなく、だからといってあまり抽象的にもなりすぎず、どの都市にでも応用できて具体的にイメージしやすいのが記念碑本、ということなのでしょう。
「この記念碑の秘密はこういうのかな?」と予想したくなるユーザー心理を、絶妙なバランスで突いているのです。
「ホルガー・ラウク市長の銅像」について言えば、汚職の疑いが濃厚な政治家が自身の銅像の建立を企てる……これは現代日本においても、ついこの間ニュースになったばかりの話でして、同種の事例は日本のみならず世界各地で起こっていることなのですね。
そういう意味では、本書はいつの時代にどこの場所で起きてもおかしくない事件を題材にしているわけですが――世界観的には矛盾がないものの――あっと驚くどんでん返しを仕掛けることで、既視感を満足度に変えるための工夫がなされているのです。
是非『ライクランドの記念碑』をはじめ、『ウォーハンマーRPG』第4版の各種サプリメントを入手し、フル活用なさってみてください。
翻訳・紹介している側も、皆さんの応援こそが力の源であるのです。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG ライクランドの記念碑』
オールド・ワールドの五つの注目すべきモニュメント
発売日:2022年10月
価格:700円(+税) *PDF版ダウンロード販売のみ
https://conos.jp/product/whrpg-5elements/
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
2022年10月19日
2022年06月29日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.23
2022年6月16日配信の「FT新聞」No.3431に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.23が掲載されています。複数プロットの話題の続き。ケイパー・コメディとゲームブック、シナリオ「オペラ座の夜」にも触れております。バロック悲哀劇に関してはベンヤミンがソース。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.23
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
ぐるぐると渦を巻いてきた死者たちの感情は、懸命に何かを訴えかけている。
無実の罪で焼き殺された人々の霊だ……。
いや、こちらはチーズを食べただけで身体が爆発してしまった人も……。
やり場のない感情に共鳴し、胃の調子がおかしくなってきた。
呪いは、なぜ呪われるのかを問わない者にはほとんど効かない。そのように教えられたことを、思い出した。
霊の感情を解きほぐすことはできない。ただ、チーズと爆発に因果関係があると思えなかった不条理さについては、感情ではなく論理で受け止めるべきものだ。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●RPGにおける二重の視点
「複数プロット」をテーマに据えた本連載の前回は、思いのほか広い層の方々から反響を頂戴しました。
普通に楽しく遊ぶうえではあまり意識されることはありませんが、RPGは明らかに、既存の物語構造を解体し、再構築するという側面があるからでしょう。
だからこそ私も、文芸評論の仕事をしながら、不惑に至るまでRPGを続けてこられたのですが、RPGにおいては、ゲームへ「没入」し体験するという視点と、物語構造を超越的かつ俯瞰的に捉えるという視点が、自然に同居します。
こうした経験を解きほぐして説明するのは意外に難しく、かつゲーム中はフォーマルな書き言葉ではなく話し言葉で進行するので(あるいは、書き言葉で記されたシナリオを話し言葉に「翻訳」しつつ進めるため)、既存の理論にまるごとすっぽり収めるような形での論述は難しいわけですが……。にもかかわらず実際にプレイすると、このことは身体レベルですんなりと飲み込めてくるはずです。
ごく単純な、ダンジョンへ潜ってオークを退治するだけの仕事でも、いかなるプレイヤーが参加し、どのようなキャラクターがどう行動するかで、展開は千変万化します。とすると、「複数プロット」のシナリオについては、まさしく天文学的な進行パターンが予測されうるわけです。しかも、たいていのセッションは1 on 1形式ではなく、4〜6人のプレイヤー・キャラクターが参加するもの。
となれば、余計に起こりうるセッションはカオスに近づいてきます−−「混沌」はレルム・オヴ・ケイオスから訪れるだけではなく、すぐそこに潜んでいるということなのかもしれません(笑)。
●ケイパー・コメディ
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、1960〜70年代のケイパー・コメディを一つのモデルと意識して組み立てられているのだと断られています。ケイパー・コメディとは、犯罪者視点で事件を描いたコメディで、名作とされる映画が多数あります。
私が一点オススメするとしたら、サム・ペキンパー監督の『ゲッタウェイ』(1972年)でしょうか。ジム・トンプソンのノワールを原作とする、銀行強盗夫婦の逃避行を描いた作品で、アクションが見事なのはむろんのこと、一癖も二癖もある奴らしか出てこない残酷な世界の描き方が、実にオールド・ワールド的です。
ちなみに1960〜70年代縛りを外せば、コーエン兄弟の映画なんかもケイパー・コメディに入れてかまわないと思うのですけど、これについてはナラティヴ・RPGの代表作の一つといってよいだろう『フィアスコ』(ハロウ・ヒル、2018年)が、そのドタバタぶりを遺憾なく表現しておりますね。
●例としての『ルパン三世』
が、おそらく日本人ゲーマーにとって、いちばんわかりやすいケイパー・コメディの例は『ルパン三世』なのではないかと思われます。
飄々としてすばしっこいルパン、ガンマニアのええかっこしいである次元、義理堅い斬鉄剣使いの五右衛門、憎めないファム・ファタルの峰不二子、そして、どこまでもルパンを追いかけてくる銭形警部。
個性の塊のような悪人たちが織りなす珍道中の数々は、『ルパン三世』ゲームブックの第一巻『さらば愛しきハリウッド』(吉岡平著、塩田信之編、双葉社、2021年)が復刻されて話題を呼びました。この作品など、ルパンと次元が砂漠を放浪するところから始まり、途中で合流する五右衛門や不二子らにも独自の目的があります。
ゲームブックなので当然、展開は分岐していきますが、同書の巻末で塩田さんが解説しているように、分岐先は無限に枝分かれして細分化されていくのではなく、合流パラグラフというものが設定されています。
要するに、この合流パラグラフが、「複数プロット」のシナリオにおけるタイムラインに相当するものなのでしょう。
●『さらば愛しきハリウッド』と「バディもの」
『さらば愛しきハリウッド』では、砂漠を超えると映画撮影の場面、それが終わるとさらに別の場所へと、展開は目まぐるしく変わっていきます。数値は最小限のものしか使わないため、読者が注意を集中するのは、やはり展開の分岐でしょう。
ところがゲームブックにおいては、基本は『ファイティング・ファンタジー』のように、「君」の二人称をベースに進んでいくため、視点人物を多極化させることはかなり難しい。
私の場合は、T&Tソロアドベンチャーとして、無敵の万太郎と岩悪魔シックス・パックの凸凹コンビが織りなすソロアドベンチャーを8作書いているのですが、基本は万太郎視点を取りながらも、冒頭はまるまる岩悪魔視点による「別の物語」を提示し、ある場面ではツッコミ役、別の場面はでボケ役、別のところでは解説役など、シックス・パックの視点を自然に書き込むことで、複数的な視座が生まれるように気を配っています。
最近では「バディもの」とも言われる、ホームズ役とワトスン役のコンビで進める物語形式は、ゲームブックにはよく見合っており、まだそこまで多くの作例がない鉱脈だと思います。
『さらば愛しきハリウッド』では、ルパンと次元の「バディもの」として進んでいく部分があり、シリーズ第1作とは思えないほど、うまく処理されています。ただ、合流パラグラフを頻繁に設けるなどして、うまく手綱を締めてやらないと、ゲームブックで複数プロットはやりづらい部分がないでもありません。
●「大人の事情」も意識せよ
「ホワイト・ドワーフ」誌でサポートされていたRPGのうち、『ウォーハンマーRPG』は−−管見の限り−−まるでゲームブック形式の公式ソロアドベンチャーが書かれていないRPGなのです。
英語版の発売元であるゲームズ・ワークショップ社としては、ゲームブックのラインは『ファイティング・ファンタジー』、ミニチュアゲームのラインは『ウォーハンマー』という「棲み分け」を意識していたのかもしれません。
あるいは、特に日本においては、1980年代のゲームブック・ブームが一段落してから、"次の弾"として『ウォーハンマーRPG』の展開が始まった部分があります。
「ウォーロック」の最終63号(1992年)の編集後記には、最近の号では紙幅のほとんどを費して『ウォーハンマーRPG』にサポートを集中させた旨が書かれていました。
つまり、ブームの対象が変遷をしているのにすぎない、とも言えると思います。そうした視点を保持しておきながら、なおかつ「複数プロットのゲームブックは可能か?」「可能だとしたら、どのような形に新規性があるか?」ということを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。
●ゲームブックから考える
推理ゲームブック『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(二見書房、1985年)は、いま「GMウォーロック」誌等でフィーチャーされているボードの謎解きゲームの先駆とみなすことができます。このゲームブックは複数でプレイしたほうがずっと面白いのですが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』のように、各シナリオで7本ものプロットが同時進行ということはありません。
模範プレイヤーとして提示されるホームズは数手で敵の真相を暴くという、ほとんどチート級の頭脳を誇りますが、多くのプレイヤーは真相について、「ああでもない、こうでもない」と起こっている状況を合理的に説明する(ものと思われる)プロットを複数パターン考えるものです。
仮説はすべて当たっているとは限らず、あるいは全部が間違いなのかもしれません。ただ、事件の真相がマーダーミステリーのタイムラインに当たるものだとたら、謎解きを介してあれこれ真相とは別の物語を想定する行為は、本筋としての真相以外の複数プロットを生み出すことに近いのかもしれません。
RPGのシナリオ・デザイン作法の記事や本は多々ありますが、複数プロットのシナリオに絞った指南書は−−当のシナリオ内での解説を除けば−−ありません。
逆に言うと、このスタイルには可能性があります。『ウォーハンマーRPG』を介して、複数プロットの面白さを体感してみてください。
●「オペラ座の夜」
前回予告した『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の第3話「オペラ座の夜」についても、簡単に紹介しましょう。ネタバレはしませんが、何一つ予備知識を入れたくないという方はご注意いただければと存じます。
本作はまず、オペラの概観のヴィジュアルと、舞台の具体的な地図が壮観で、そこにナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツや、ウォーハンマー小説でお馴染み天才劇作家のデトレフ・ジールックまで出てくる豪華な作りの作品です。
批評家のフランセス・イエイツはシェイクスピアのグローブ座を「世界劇場」と呼びましたが、以降の時代にオペラが上演されてきた劇場もまた、さながら自律した別世界そのものでした。
あるいは、ガストン・ルルーの怪奇小説『オペラ座の怪人』は、ジャック・ヨーヴィルのウォーハンマー小説にも取り入れられています。華やかな舞台とみすぼらしい怪人という「陽」と「陰」の対比が印象的だからでしょう。
いずれにせよ、自然とドラマティックな展開やメタ構造への仕込みが行いやすいため、オペラや劇場は、しばしばシナリオの舞台とされてきました。
実際、私自身、ガンアクションRPG『ガンドッグゼロ』のリプレイ『アゲインスト・ジェノサイド』(新紀元社、2009年)を書いたときには、プーシキン原作・チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』を取り入れています。
わかりやすさを重視し、幕ごとの切れ目を実際のオペラとは変えているのですが、とはいえシナリオ執筆にあたっては、2008年の二期会公演、コンヴィチュニー演出の『エフゲニー・オネーギン』を鑑賞し、その雰囲気を取り入れられるように工夫しました。
ちなみに、私が編集長をしている「ナイトランド・クォータリー」Vol.29(6月29日頃発売予定、アトリエサード)では、二期会会員のバス・バリトン歌手、畠山茂さんによるコンヴィチュニー演出『サロメ』に出演した経験についてエッセイを書いていただきました。こちらも参考になると思います。
●「オペラ座の夜」をより愉しむために
「オペラ座の夜」で上演されるのは、あくまでもオールド・ワールドでの劇であり、我々の世界のオペラ、それそのものではありません。オールド・ワールドは主に、三十年戦争期の神聖ローマ帝国(ドイツ)をモチーフとしていますが、文化芸術の一部は、ヴィクトリア朝イングランドあたりを模倣しているところがあります。
ただ、近代文学の特徴たる単線的で明確な時間軸・筋の通った物語・内面を有した登場人物をしっかり揃えた作品は、17世紀フランスの古典劇ですでにありました。
他方、17世紀のドイツ・バロック悲哀劇は、現代から見るとしばしば支離滅裂で残虐。それをそのまま提示すると、リアルなはずなのにかえってリアルでなくなってしまう、ということに繋がりかねません。
逆に言うと、シナリオのタイムラインをしっかり押さえつつ、理解の枠組みを超えない範囲で支離滅裂で残虐にすれば、自然とそれらしくなるわけです。そのためには、回り道のようで、しっかり資料を読んでいただくのがよいでしょう。
本シナリオをプレイするにあたっては、GMはぜひ、ウォーハンマー小説『ドラッケンフェルズ』(ジャック・ヨーヴィル、待兼音二郎他訳、ホビージャパンHJ文庫G、2007年)は読んでいただきたい(あるいは、再読いただきたい)。欲を言えば、プレイヤーの方にも、読んでいただきたいと思います。盛り上がり方が段違いだからです。
『クトゥルフの呼び声』(『クトゥルフ神話TRPG』)の名作キャンペーン『黄昏の天使』(1988年)には、プレイにあたって事前に『遠野物語』を読むのが推奨されるシナリオが含まれますが、それと同じこと。いきなり言われると面食らうかもしれませんが、これが、プレイしてみると自明なのです。
マストではありませんが、ぜひ『ドラッケンフェルズ』にチャレンジいただきたい。そうすれば、「オペラ座の夜」は何倍も面白くなるでしょう。そうそう、「オペラ座の夜」というタイトルは、著名な「ボヘミアン・ラプソディ」を収めたクイーンのアルバム『オペラ座の夜』(1975年)を意識していますね……。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.23
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
ぐるぐると渦を巻いてきた死者たちの感情は、懸命に何かを訴えかけている。
無実の罪で焼き殺された人々の霊だ……。
いや、こちらはチーズを食べただけで身体が爆発してしまった人も……。
やり場のない感情に共鳴し、胃の調子がおかしくなってきた。
呪いは、なぜ呪われるのかを問わない者にはほとんど効かない。そのように教えられたことを、思い出した。
霊の感情を解きほぐすことはできない。ただ、チーズと爆発に因果関係があると思えなかった不条理さについては、感情ではなく論理で受け止めるべきものだ。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●RPGにおける二重の視点
「複数プロット」をテーマに据えた本連載の前回は、思いのほか広い層の方々から反響を頂戴しました。
普通に楽しく遊ぶうえではあまり意識されることはありませんが、RPGは明らかに、既存の物語構造を解体し、再構築するという側面があるからでしょう。
だからこそ私も、文芸評論の仕事をしながら、不惑に至るまでRPGを続けてこられたのですが、RPGにおいては、ゲームへ「没入」し体験するという視点と、物語構造を超越的かつ俯瞰的に捉えるという視点が、自然に同居します。
こうした経験を解きほぐして説明するのは意外に難しく、かつゲーム中はフォーマルな書き言葉ではなく話し言葉で進行するので(あるいは、書き言葉で記されたシナリオを話し言葉に「翻訳」しつつ進めるため)、既存の理論にまるごとすっぽり収めるような形での論述は難しいわけですが……。にもかかわらず実際にプレイすると、このことは身体レベルですんなりと飲み込めてくるはずです。
ごく単純な、ダンジョンへ潜ってオークを退治するだけの仕事でも、いかなるプレイヤーが参加し、どのようなキャラクターがどう行動するかで、展開は千変万化します。とすると、「複数プロット」のシナリオについては、まさしく天文学的な進行パターンが予測されうるわけです。しかも、たいていのセッションは1 on 1形式ではなく、4〜6人のプレイヤー・キャラクターが参加するもの。
となれば、余計に起こりうるセッションはカオスに近づいてきます−−「混沌」はレルム・オヴ・ケイオスから訪れるだけではなく、すぐそこに潜んでいるということなのかもしれません(笑)。
●ケイパー・コメディ
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、1960〜70年代のケイパー・コメディを一つのモデルと意識して組み立てられているのだと断られています。ケイパー・コメディとは、犯罪者視点で事件を描いたコメディで、名作とされる映画が多数あります。
私が一点オススメするとしたら、サム・ペキンパー監督の『ゲッタウェイ』(1972年)でしょうか。ジム・トンプソンのノワールを原作とする、銀行強盗夫婦の逃避行を描いた作品で、アクションが見事なのはむろんのこと、一癖も二癖もある奴らしか出てこない残酷な世界の描き方が、実にオールド・ワールド的です。
ちなみに1960〜70年代縛りを外せば、コーエン兄弟の映画なんかもケイパー・コメディに入れてかまわないと思うのですけど、これについてはナラティヴ・RPGの代表作の一つといってよいだろう『フィアスコ』(ハロウ・ヒル、2018年)が、そのドタバタぶりを遺憾なく表現しておりますね。
●例としての『ルパン三世』
が、おそらく日本人ゲーマーにとって、いちばんわかりやすいケイパー・コメディの例は『ルパン三世』なのではないかと思われます。
飄々としてすばしっこいルパン、ガンマニアのええかっこしいである次元、義理堅い斬鉄剣使いの五右衛門、憎めないファム・ファタルの峰不二子、そして、どこまでもルパンを追いかけてくる銭形警部。
個性の塊のような悪人たちが織りなす珍道中の数々は、『ルパン三世』ゲームブックの第一巻『さらば愛しきハリウッド』(吉岡平著、塩田信之編、双葉社、2021年)が復刻されて話題を呼びました。この作品など、ルパンと次元が砂漠を放浪するところから始まり、途中で合流する五右衛門や不二子らにも独自の目的があります。
ゲームブックなので当然、展開は分岐していきますが、同書の巻末で塩田さんが解説しているように、分岐先は無限に枝分かれして細分化されていくのではなく、合流パラグラフというものが設定されています。
要するに、この合流パラグラフが、「複数プロット」のシナリオにおけるタイムラインに相当するものなのでしょう。
●『さらば愛しきハリウッド』と「バディもの」
『さらば愛しきハリウッド』では、砂漠を超えると映画撮影の場面、それが終わるとさらに別の場所へと、展開は目まぐるしく変わっていきます。数値は最小限のものしか使わないため、読者が注意を集中するのは、やはり展開の分岐でしょう。
ところがゲームブックにおいては、基本は『ファイティング・ファンタジー』のように、「君」の二人称をベースに進んでいくため、視点人物を多極化させることはかなり難しい。
私の場合は、T&Tソロアドベンチャーとして、無敵の万太郎と岩悪魔シックス・パックの凸凹コンビが織りなすソロアドベンチャーを8作書いているのですが、基本は万太郎視点を取りながらも、冒頭はまるまる岩悪魔視点による「別の物語」を提示し、ある場面ではツッコミ役、別の場面はでボケ役、別のところでは解説役など、シックス・パックの視点を自然に書き込むことで、複数的な視座が生まれるように気を配っています。
最近では「バディもの」とも言われる、ホームズ役とワトスン役のコンビで進める物語形式は、ゲームブックにはよく見合っており、まだそこまで多くの作例がない鉱脈だと思います。
『さらば愛しきハリウッド』では、ルパンと次元の「バディもの」として進んでいく部分があり、シリーズ第1作とは思えないほど、うまく処理されています。ただ、合流パラグラフを頻繁に設けるなどして、うまく手綱を締めてやらないと、ゲームブックで複数プロットはやりづらい部分がないでもありません。
●「大人の事情」も意識せよ
「ホワイト・ドワーフ」誌でサポートされていたRPGのうち、『ウォーハンマーRPG』は−−管見の限り−−まるでゲームブック形式の公式ソロアドベンチャーが書かれていないRPGなのです。
英語版の発売元であるゲームズ・ワークショップ社としては、ゲームブックのラインは『ファイティング・ファンタジー』、ミニチュアゲームのラインは『ウォーハンマー』という「棲み分け」を意識していたのかもしれません。
あるいは、特に日本においては、1980年代のゲームブック・ブームが一段落してから、"次の弾"として『ウォーハンマーRPG』の展開が始まった部分があります。
「ウォーロック」の最終63号(1992年)の編集後記には、最近の号では紙幅のほとんどを費して『ウォーハンマーRPG』にサポートを集中させた旨が書かれていました。
つまり、ブームの対象が変遷をしているのにすぎない、とも言えると思います。そうした視点を保持しておきながら、なおかつ「複数プロットのゲームブックは可能か?」「可能だとしたら、どのような形に新規性があるか?」ということを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。
●ゲームブックから考える
推理ゲームブック『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(二見書房、1985年)は、いま「GMウォーロック」誌等でフィーチャーされているボードの謎解きゲームの先駆とみなすことができます。このゲームブックは複数でプレイしたほうがずっと面白いのですが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』のように、各シナリオで7本ものプロットが同時進行ということはありません。
模範プレイヤーとして提示されるホームズは数手で敵の真相を暴くという、ほとんどチート級の頭脳を誇りますが、多くのプレイヤーは真相について、「ああでもない、こうでもない」と起こっている状況を合理的に説明する(ものと思われる)プロットを複数パターン考えるものです。
仮説はすべて当たっているとは限らず、あるいは全部が間違いなのかもしれません。ただ、事件の真相がマーダーミステリーのタイムラインに当たるものだとたら、謎解きを介してあれこれ真相とは別の物語を想定する行為は、本筋としての真相以外の複数プロットを生み出すことに近いのかもしれません。
RPGのシナリオ・デザイン作法の記事や本は多々ありますが、複数プロットのシナリオに絞った指南書は−−当のシナリオ内での解説を除けば−−ありません。
逆に言うと、このスタイルには可能性があります。『ウォーハンマーRPG』を介して、複数プロットの面白さを体感してみてください。
●「オペラ座の夜」
前回予告した『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の第3話「オペラ座の夜」についても、簡単に紹介しましょう。ネタバレはしませんが、何一つ予備知識を入れたくないという方はご注意いただければと存じます。
本作はまず、オペラの概観のヴィジュアルと、舞台の具体的な地図が壮観で、そこにナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツや、ウォーハンマー小説でお馴染み天才劇作家のデトレフ・ジールックまで出てくる豪華な作りの作品です。
批評家のフランセス・イエイツはシェイクスピアのグローブ座を「世界劇場」と呼びましたが、以降の時代にオペラが上演されてきた劇場もまた、さながら自律した別世界そのものでした。
あるいは、ガストン・ルルーの怪奇小説『オペラ座の怪人』は、ジャック・ヨーヴィルのウォーハンマー小説にも取り入れられています。華やかな舞台とみすぼらしい怪人という「陽」と「陰」の対比が印象的だからでしょう。
いずれにせよ、自然とドラマティックな展開やメタ構造への仕込みが行いやすいため、オペラや劇場は、しばしばシナリオの舞台とされてきました。
実際、私自身、ガンアクションRPG『ガンドッグゼロ』のリプレイ『アゲインスト・ジェノサイド』(新紀元社、2009年)を書いたときには、プーシキン原作・チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』を取り入れています。
わかりやすさを重視し、幕ごとの切れ目を実際のオペラとは変えているのですが、とはいえシナリオ執筆にあたっては、2008年の二期会公演、コンヴィチュニー演出の『エフゲニー・オネーギン』を鑑賞し、その雰囲気を取り入れられるように工夫しました。
ちなみに、私が編集長をしている「ナイトランド・クォータリー」Vol.29(6月29日頃発売予定、アトリエサード)では、二期会会員のバス・バリトン歌手、畠山茂さんによるコンヴィチュニー演出『サロメ』に出演した経験についてエッセイを書いていただきました。こちらも参考になると思います。
●「オペラ座の夜」をより愉しむために
「オペラ座の夜」で上演されるのは、あくまでもオールド・ワールドでの劇であり、我々の世界のオペラ、それそのものではありません。オールド・ワールドは主に、三十年戦争期の神聖ローマ帝国(ドイツ)をモチーフとしていますが、文化芸術の一部は、ヴィクトリア朝イングランドあたりを模倣しているところがあります。
ただ、近代文学の特徴たる単線的で明確な時間軸・筋の通った物語・内面を有した登場人物をしっかり揃えた作品は、17世紀フランスの古典劇ですでにありました。
他方、17世紀のドイツ・バロック悲哀劇は、現代から見るとしばしば支離滅裂で残虐。それをそのまま提示すると、リアルなはずなのにかえってリアルでなくなってしまう、ということに繋がりかねません。
逆に言うと、シナリオのタイムラインをしっかり押さえつつ、理解の枠組みを超えない範囲で支離滅裂で残虐にすれば、自然とそれらしくなるわけです。そのためには、回り道のようで、しっかり資料を読んでいただくのがよいでしょう。
本シナリオをプレイするにあたっては、GMはぜひ、ウォーハンマー小説『ドラッケンフェルズ』(ジャック・ヨーヴィル、待兼音二郎他訳、ホビージャパンHJ文庫G、2007年)は読んでいただきたい(あるいは、再読いただきたい)。欲を言えば、プレイヤーの方にも、読んでいただきたいと思います。盛り上がり方が段違いだからです。
『クトゥルフの呼び声』(『クトゥルフ神話TRPG』)の名作キャンペーン『黄昏の天使』(1988年)には、プレイにあたって事前に『遠野物語』を読むのが推奨されるシナリオが含まれますが、それと同じこと。いきなり言われると面食らうかもしれませんが、これが、プレイしてみると自明なのです。
マストではありませんが、ぜひ『ドラッケンフェルズ』にチャレンジいただきたい。そうすれば、「オペラ座の夜」は何倍も面白くなるでしょう。そうそう、「オペラ座の夜」というタイトルは、著名な「ボヘミアン・ラプソディ」を収めたクイーンのアルバム『オペラ座の夜』(1975年)を意識していますね……。
2022年05月19日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.22
2022年5月19日配信の「FT新聞」No.3403に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.22が掲載されました。今回はマーダーミステリーとの比較から、複数プロットのシナリオとタイムラインのあり方を考察しています。好評の新作『眠れぬ夜と息つけぬ昼』についても言及。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.22
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
チーズ店は不自然なほど奇妙に静まり返っている。
そして、"風"が乱れている。
−−あれは、黒のダハール。
第二の目がはっきりと捉えた。霊魂が集まり、何かを訴えている。
悔しさ、悲しさ、形にならない無名の感情……。
それらが入り混じり、わたしたちに何かを伝えようとしているのだ。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●タイムラインの重要性
複数プロットのシナリオの話の続きとなります。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』に収められたシナリオ群は、すべてが複数プロットの形式をとっています。冒険の舞台となる街や建物に、それぞれ異なる事情や思惑を抱えた人たちが居心地悪く同居しているわけで、そうした関係性を軸に起きる事件を1つのプロットだと考えれば、7つほどのプロットが用意されているということになります。
もちろん、実際にプレイするにあたって、すべてのプロットがどのようなものかをプレイヤーの立場から完璧に解き明かすのは困難……ほとんど不可能でありましょう。
−−とはいえ、登場する連中がどのような思惑で動いているのかをある程度は推測できなければ、怒涛のごとく巻き起こる事件の数々に翻弄されるだけに終わってしまいます(それもまた一興ですが)。
本連載の前回の反響として、「鋼の旅団」さんからは、「複数プロットのシナリオを回すには、GMの事前準備が不可欠」というご意見をいただきました。
まったくもってその通りです。具体的な準備としましては、「建築関係の人が使うような工程表めいた表をエクセルで自作しています」ということですが、このやり方は、シナリオを一読してもなかなか頭に入らないという方にはうってつけでしょう。
手を動かすことで、シナリオの構造が自然に把握できるとともに、「このNPC、いまどこにいたっけ」という事態に陥らずに済むというわけですから。
加えてこのご意見は、複数プロットのシナリオにおけるタイムラインの重要性ということを、さりげなく指摘してくださっている点が重要です。
●複数プロットとマーダーミステリー
タイムラインという言葉は、最近はアナログゲームにおいては、マーダーミステリーがらみでよく聞くようになりました。
マーダーミステリーとは、いわば「参加する推理小説」。複数のプレイヤーが正体や真の目的を秘匿しつつ、実際に推理することで他人の行動の動機を当てることが目されるタイプのデザインになっています。
が、すべての行動が単一のプロットに還元されることは稀であり、多くの場合は、ある大目的(殺人事件)に関連して様々な思惑が複合的に交錯していく形を取ります。
こうしたデザイン形式により、推理小説がまま陥りがちな、「探偵役と犯人についての記述は厚いものの、それ以外の描写は薄っぺらい」という状態を回避することができます。
それゆえ、どこかで聞いたような大枠であっても、驚くほど多角的な物語を生むことが可能になりうるのでしょう。
●マーダーミステリーの不得手とするもの
ただ余談ですが、マーダーミステリーは推理小説の古典がしばしば微に入り細を穿つように描写してきた、物理トリックの扱いが弱いように思われます。
最近、ある優れたマーダーミステリーをプレイする機会がありました。綾辻行人〈館シリーズ〉ばりの館の地図が提供され、期待は高まったのですが、重要キャラクターにまつわる設定の作り込みは充実していたものの、館そのもののトリックは小さくまとまってしまっており、そこが難点といえば難点でした。
それこそ島田荘司の小説のような大掛かりなトリックに限らず、ミステリの王道である複雑な密室トリックも(ゲームとしての再現が難しいため)どちらかといえばマーダーミステリーは不得手のように思われます。
これはマーダーミステリーと推理小説のどちらが優れている、という話ではなく、それぞれの表現形式の特性を把握したうえで、なおかつ、そちらを乗り越えるようなデザインを模索すべきということなのだろうと思います。
●RPGとマーダーミステリー
タイムラインについての話に戻りましょう。『眠れぬ夜と息つけぬ昼』でも、起こる出来事にはきちんとタイムラインが明示されています。
構造だけを取れば、複雑プロットのシナリオは『ウォーハンマーRPG』に限らず、それこそ『T&T』や『混沌の渦』など、他のシステムでも充分に再現可能で、『クトゥルフの呼び声』(クトゥルフ神話TRPG)でも、それに近い内容のものも見たことがあります。
こうしたRPGにおけるタイムラインのあり方は、マーダーミステリーにおけるタイムラインと重なる部分もありますが、異なる要素も散見されます。
マーダーミステリーのタイムラインは、物語の基盤となる事件(殺人事件など)が「すでに起こったもの」として示されていることが多く、そのタイムラインの隙間を−−調査と推理によって−−埋めていく作業がメインとなります。
PCが関わるタイムラインも、与えられたキャラクターの設定書に書き込まれているのが基本です(設定が進行とともに開示されてゆくケースもありますが)。
対してRPGの場合、設定は所与のものだけではなく、キャンペーンのなかで自ら獲得し、作り上げていくものの比重の方が大きいように設計されています。
各々のキャラクターがてんでバラバラに別々のプロットに絡むよりは、相談をしながら、ある程度の方向性をもってプロットに関与していくことの方が多くなります。
それはRPGにおいては協力型のシステム・デザインが大半だからでしょう。
近年は正体隠匿型のデザインも目立つようになってきており、マーダーミステリーとの差異は少しずつ解消されていく部分もあろうかと思います。
ただ、正体を隠匿しているPCが多いなかでキャンペーンを持続させるのは、GMにとってかなりの熟練を要することは疑いありません。
●オールド・ワールドが舞台ということ
さて、『ウォーハンマーRPG』で複数プロットの冒険を行う場合、まずもって、オールド・ワールドでの冒険だということが重要になってきます。
嶮難なるオールド・ワールドは、中世後期から近世ヨーロッパがモデルになっているため、現実っぽく、泥臭くてパンクな価値観が共有されています。
闇雲に裏切ることが推奨されているという意味ではありません。
RPGのシナリオにまま見受けられる、シナリオの最後にはボスとの戦いを設定して半ば強制的にドラマを演出する……といった構造を、必ずしもそのまま踏襲する必要はないというわけですね。
キャラクターにとり納得がいくのであれば、別にボスを放置して逃げ帰り、それで物語を閉じてしまってもよいわけです。
取ってつけたような「イイ話」へ無理やり落とし込むよりは、キャラクターの生き様そのものを、ルールが強制するのではなく後押しするような設計、『ウォーハンマーRPG』は、それがやりやすい設計になっているというわけなのです。
●タイムラインを整理する
そこでタイムラインの問題です。
GMはこれをある程度、しっかり把握していくことが重要です。
「鋼の旅団」さんのように工程表を自作するのもよいでしょうし、そこまで手間をかけられないという場合は、マーカーペンを使って、どれがどのプロットに関係しているのかを、視覚的に見分けられるようにしておくのもよいかもしれません。
複数プロットのなかには、本筋に近い重要なものもあれば、PCたちが絡むべくもないような間柄のNPCたちが織りなすプロットも散見されます。
それを逆手に取り、プロット間の重要度にランク付けをしておくのも有用でしょう。要するに、把握しやすいのが一番だということですね。
●巻き戻しはNG
また、実際のセッションにおいては、PCたちはとかく好き勝手に動きたがります。
PCたちの行動に合わせてGMがシナリオを柔軟に変化させていた結果、場合によっては辻褄が合わなくなってしまったり、あるいは間違った運用をしていたことに後から気づいたりする……というケースもあるでしょう。
ただ、その場合、よほど致命的なものではない限り、GMは闇雲にタイムラインを巻き戻して提示するべきではありません。
どうにも収拾が付かなかったプロットは、そのまま放置するというのも一つの手です。
というのも、PCはあくまでもPCたちの視点でしか状況を把握しておりません。
そのようなPC側から見えている景色に一貫性を与えることはGMのつとめであります。GMしか知らない部分の処理に汲々するよりは、PCたちが主体となって行動することに、意味を与えることが大事なのです。
複数プロットというオールド・ワールドと相性がよい方式を選んでいる時点で、セッションにおいてプレイヤーが感じる「その世界で生きている」という想いは充分に充たされます。
そのうえで、PCたちを自由に泳がせながら、各プロットの枠から逸脱しすぎないよう、自然にコントロールすることが大事になってくるわけです。
プレイヤーからするとそれは、自分たちのコミットメントに意味を与えてほしい、ということになるでしょう。
−−もう一度言います。
プレイヤーの行動に意味を与えよ。
裏設定がこんがらがったら捨て置き、その労力で表面化した矛盾を削り取れ。
そうすれば、自然とオールド・ワールドらしさは出てくる。
−−以上を念頭に起きつつ、的確に「プレイヤーを楽しませること」を目指してください。
●決闘裁判
それでは本連載の前回で予告した、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の解説をやっていきましょう。ここに書いたことくらいで崩壊するようなものでこそありませんが、気になる方はご注意ください。
第2話は、「裁判の長い一日」。これはロープと滑車を駆使したユニークな移動方法で入ることになる街、ケンペルバートが舞台となっており、裁判所の詳細な地図も添えられています。
『ウォーハンマーRPG』は、2版の『ウォーハンマー・コンパニオン』の頃から裁判のルールが追加されており、4版でも法廷闘争や冤罪に題材をとったシナリオも存在します。
ただし、「裁判の長い一日」は、裁判は裁判でも、なんと決闘裁判を扱う内容になっています。原告や被告のやとった代理戦士に決闘をしてもらい、その勝敗にすべてを委ねるといったタイプの裁判です。
ゆえに裁判所だけではなく、このシナリオ集には闘技場のマップも添えられているというわけです。
初版の頃からPCが就けるキャリアに代理戦士が用意されていたことに鑑みると、いわば当然でありましょう。そこに、「"三枚羽根"亭での眠れない夜」から継続したプロットや、まるで新規のプロットが入り乱れるというわけです。
決闘裁判についてより詳しく知りたい方は、「Role&Roll」で連載中の「戦鎚傭兵団の中世"非"幻想事典」もご覧ください。連載第35回(「Role&Roll」Vol.145所収)、第66回(「Role&Roll」Vol.207所収)で、この制度を多角的に捉えようとしています。
次回は第3話「オペラ座の夜」や、それ以降のさらなるシナリオについて紹介していきます。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.22
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
チーズ店は不自然なほど奇妙に静まり返っている。
そして、"風"が乱れている。
−−あれは、黒のダハール。
第二の目がはっきりと捉えた。霊魂が集まり、何かを訴えている。
悔しさ、悲しさ、形にならない無名の感情……。
それらが入り混じり、わたしたちに何かを伝えようとしているのだ。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●タイムラインの重要性
複数プロットのシナリオの話の続きとなります。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』に収められたシナリオ群は、すべてが複数プロットの形式をとっています。冒険の舞台となる街や建物に、それぞれ異なる事情や思惑を抱えた人たちが居心地悪く同居しているわけで、そうした関係性を軸に起きる事件を1つのプロットだと考えれば、7つほどのプロットが用意されているということになります。
もちろん、実際にプレイするにあたって、すべてのプロットがどのようなものかをプレイヤーの立場から完璧に解き明かすのは困難……ほとんど不可能でありましょう。
−−とはいえ、登場する連中がどのような思惑で動いているのかをある程度は推測できなければ、怒涛のごとく巻き起こる事件の数々に翻弄されるだけに終わってしまいます(それもまた一興ですが)。
本連載の前回の反響として、「鋼の旅団」さんからは、「複数プロットのシナリオを回すには、GMの事前準備が不可欠」というご意見をいただきました。
まったくもってその通りです。具体的な準備としましては、「建築関係の人が使うような工程表めいた表をエクセルで自作しています」ということですが、このやり方は、シナリオを一読してもなかなか頭に入らないという方にはうってつけでしょう。
手を動かすことで、シナリオの構造が自然に把握できるとともに、「このNPC、いまどこにいたっけ」という事態に陥らずに済むというわけですから。
加えてこのご意見は、複数プロットのシナリオにおけるタイムラインの重要性ということを、さりげなく指摘してくださっている点が重要です。
●複数プロットとマーダーミステリー
タイムラインという言葉は、最近はアナログゲームにおいては、マーダーミステリーがらみでよく聞くようになりました。
マーダーミステリーとは、いわば「参加する推理小説」。複数のプレイヤーが正体や真の目的を秘匿しつつ、実際に推理することで他人の行動の動機を当てることが目されるタイプのデザインになっています。
が、すべての行動が単一のプロットに還元されることは稀であり、多くの場合は、ある大目的(殺人事件)に関連して様々な思惑が複合的に交錯していく形を取ります。
こうしたデザイン形式により、推理小説がまま陥りがちな、「探偵役と犯人についての記述は厚いものの、それ以外の描写は薄っぺらい」という状態を回避することができます。
それゆえ、どこかで聞いたような大枠であっても、驚くほど多角的な物語を生むことが可能になりうるのでしょう。
●マーダーミステリーの不得手とするもの
ただ余談ですが、マーダーミステリーは推理小説の古典がしばしば微に入り細を穿つように描写してきた、物理トリックの扱いが弱いように思われます。
最近、ある優れたマーダーミステリーをプレイする機会がありました。綾辻行人〈館シリーズ〉ばりの館の地図が提供され、期待は高まったのですが、重要キャラクターにまつわる設定の作り込みは充実していたものの、館そのもののトリックは小さくまとまってしまっており、そこが難点といえば難点でした。
それこそ島田荘司の小説のような大掛かりなトリックに限らず、ミステリの王道である複雑な密室トリックも(ゲームとしての再現が難しいため)どちらかといえばマーダーミステリーは不得手のように思われます。
これはマーダーミステリーと推理小説のどちらが優れている、という話ではなく、それぞれの表現形式の特性を把握したうえで、なおかつ、そちらを乗り越えるようなデザインを模索すべきということなのだろうと思います。
●RPGとマーダーミステリー
タイムラインについての話に戻りましょう。『眠れぬ夜と息つけぬ昼』でも、起こる出来事にはきちんとタイムラインが明示されています。
構造だけを取れば、複雑プロットのシナリオは『ウォーハンマーRPG』に限らず、それこそ『T&T』や『混沌の渦』など、他のシステムでも充分に再現可能で、『クトゥルフの呼び声』(クトゥルフ神話TRPG)でも、それに近い内容のものも見たことがあります。
こうしたRPGにおけるタイムラインのあり方は、マーダーミステリーにおけるタイムラインと重なる部分もありますが、異なる要素も散見されます。
マーダーミステリーのタイムラインは、物語の基盤となる事件(殺人事件など)が「すでに起こったもの」として示されていることが多く、そのタイムラインの隙間を−−調査と推理によって−−埋めていく作業がメインとなります。
PCが関わるタイムラインも、与えられたキャラクターの設定書に書き込まれているのが基本です(設定が進行とともに開示されてゆくケースもありますが)。
対してRPGの場合、設定は所与のものだけではなく、キャンペーンのなかで自ら獲得し、作り上げていくものの比重の方が大きいように設計されています。
各々のキャラクターがてんでバラバラに別々のプロットに絡むよりは、相談をしながら、ある程度の方向性をもってプロットに関与していくことの方が多くなります。
それはRPGにおいては協力型のシステム・デザインが大半だからでしょう。
近年は正体隠匿型のデザインも目立つようになってきており、マーダーミステリーとの差異は少しずつ解消されていく部分もあろうかと思います。
ただ、正体を隠匿しているPCが多いなかでキャンペーンを持続させるのは、GMにとってかなりの熟練を要することは疑いありません。
●オールド・ワールドが舞台ということ
さて、『ウォーハンマーRPG』で複数プロットの冒険を行う場合、まずもって、オールド・ワールドでの冒険だということが重要になってきます。
嶮難なるオールド・ワールドは、中世後期から近世ヨーロッパがモデルになっているため、現実っぽく、泥臭くてパンクな価値観が共有されています。
闇雲に裏切ることが推奨されているという意味ではありません。
RPGのシナリオにまま見受けられる、シナリオの最後にはボスとの戦いを設定して半ば強制的にドラマを演出する……といった構造を、必ずしもそのまま踏襲する必要はないというわけですね。
キャラクターにとり納得がいくのであれば、別にボスを放置して逃げ帰り、それで物語を閉じてしまってもよいわけです。
取ってつけたような「イイ話」へ無理やり落とし込むよりは、キャラクターの生き様そのものを、ルールが強制するのではなく後押しするような設計、『ウォーハンマーRPG』は、それがやりやすい設計になっているというわけなのです。
●タイムラインを整理する
そこでタイムラインの問題です。
GMはこれをある程度、しっかり把握していくことが重要です。
「鋼の旅団」さんのように工程表を自作するのもよいでしょうし、そこまで手間をかけられないという場合は、マーカーペンを使って、どれがどのプロットに関係しているのかを、視覚的に見分けられるようにしておくのもよいかもしれません。
複数プロットのなかには、本筋に近い重要なものもあれば、PCたちが絡むべくもないような間柄のNPCたちが織りなすプロットも散見されます。
それを逆手に取り、プロット間の重要度にランク付けをしておくのも有用でしょう。要するに、把握しやすいのが一番だということですね。
●巻き戻しはNG
また、実際のセッションにおいては、PCたちはとかく好き勝手に動きたがります。
PCたちの行動に合わせてGMがシナリオを柔軟に変化させていた結果、場合によっては辻褄が合わなくなってしまったり、あるいは間違った運用をしていたことに後から気づいたりする……というケースもあるでしょう。
ただ、その場合、よほど致命的なものではない限り、GMは闇雲にタイムラインを巻き戻して提示するべきではありません。
どうにも収拾が付かなかったプロットは、そのまま放置するというのも一つの手です。
というのも、PCはあくまでもPCたちの視点でしか状況を把握しておりません。
そのようなPC側から見えている景色に一貫性を与えることはGMのつとめであります。GMしか知らない部分の処理に汲々するよりは、PCたちが主体となって行動することに、意味を与えることが大事なのです。
複数プロットというオールド・ワールドと相性がよい方式を選んでいる時点で、セッションにおいてプレイヤーが感じる「その世界で生きている」という想いは充分に充たされます。
そのうえで、PCたちを自由に泳がせながら、各プロットの枠から逸脱しすぎないよう、自然にコントロールすることが大事になってくるわけです。
プレイヤーからするとそれは、自分たちのコミットメントに意味を与えてほしい、ということになるでしょう。
−−もう一度言います。
プレイヤーの行動に意味を与えよ。
裏設定がこんがらがったら捨て置き、その労力で表面化した矛盾を削り取れ。
そうすれば、自然とオールド・ワールドらしさは出てくる。
−−以上を念頭に起きつつ、的確に「プレイヤーを楽しませること」を目指してください。
●決闘裁判
それでは本連載の前回で予告した、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の解説をやっていきましょう。ここに書いたことくらいで崩壊するようなものでこそありませんが、気になる方はご注意ください。
第2話は、「裁判の長い一日」。これはロープと滑車を駆使したユニークな移動方法で入ることになる街、ケンペルバートが舞台となっており、裁判所の詳細な地図も添えられています。
『ウォーハンマーRPG』は、2版の『ウォーハンマー・コンパニオン』の頃から裁判のルールが追加されており、4版でも法廷闘争や冤罪に題材をとったシナリオも存在します。
ただし、「裁判の長い一日」は、裁判は裁判でも、なんと決闘裁判を扱う内容になっています。原告や被告のやとった代理戦士に決闘をしてもらい、その勝敗にすべてを委ねるといったタイプの裁判です。
ゆえに裁判所だけではなく、このシナリオ集には闘技場のマップも添えられているというわけです。
初版の頃からPCが就けるキャリアに代理戦士が用意されていたことに鑑みると、いわば当然でありましょう。そこに、「"三枚羽根"亭での眠れない夜」から継続したプロットや、まるで新規のプロットが入り乱れるというわけです。
決闘裁判についてより詳しく知りたい方は、「Role&Roll」で連載中の「戦鎚傭兵団の中世"非"幻想事典」もご覧ください。連載第35回(「Role&Roll」Vol.145所収)、第66回(「Role&Roll」Vol.207所収)で、この制度を多角的に捉えようとしています。
次回は第3話「オペラ座の夜」や、それ以降のさらなるシナリオについて紹介していきます。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
2022年04月21日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.21
2022年4月21日配信の「FT新聞」No.3375に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.21が掲載されています。新作『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の巻頭シナリオ「“三枚羽根”亭の眠れない夜」や、本日発売「墓穴掘るならご勝手に」が採用している複数プロットのシナリオについて。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.21
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
いざ方向を決めると、魔狩人の目の色が変わった。
シグマーの加護というよりは、動物的な直感としかいえない気がする。
近くに、混沌がいる。
私には「魔力の風」が変化するのが見えた。どす黒い「風」だけではない。
無実の罪で殺された霊魂のようなものが、彼の回りを取り巻いているのだ。
けれども、魔狩人は悪びれる様子もなく、そのような「尊い犠牲」はやむをえないとでも言うかのように、髪をかきあげ、舌なめずりをした。
こいつは、自らの正義を確信している。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●「複数の思惑のぶつかり合い?」
2022年3月末に発売された『ウォーハンマーRPG』のシナリオ集、3冊。
そのうち『ライクランド綺譚』の概要は、本連載の前回で解説しました。
引き続いて『眠れぬ夜と息つけぬ昼』を紹介していきたいと思います。
前回もお話しましたが、このシナリオ集に収録されている作品は、すべてが複数プロットの作品となっています。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の序文では、ベテラン・デザイナーのグレアム(グリーム)・デイビス曰く、
「舞台においては古代ローマ時代から喜劇に必要不可欠であった複数の思惑のぶつかり合い、それによって生まれる狂騒をロールプレイで表現したいと思った」とあります。
古代ローマの喜劇というとセネカやプラントゥス、テレンティウスの名前を思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれませんが……日本の落語なんかでもしばしば見受けられる、「複数の思惑のぶつかり合い」や「すれ違い」から生まれるおかしみが大きなテーマになっていると言えるでしょう。
単なる群像劇というわけではありません。小説における群像劇が、しばしば作者の考えをたくさんのキャラクターへ断片的に分散させているのに比べ、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、一つのシナリオに7本のプロットが存在したとして、それらのなかには交差する内容のものも一部含まれますが、基本的には個々のプロットは独立しており、相互に関わりはありません。
ゆえに、こう言い換えてもかまわないでしょう。そもそも7本のプロットがあるのであれば、シナリオに登場するNPCたちの思惑は、少なくとも7通りが考えられるということです。そして、それらのシナリオは結局のところ、互いに交わらないことがしばしばです。
そうした複数の思惑のぶつかり合いは、必然的に狂騒状態を招きます。
このドタバタが、スラップスティックな面白さを生むというのはもとより、先読みが利いてしまう類型的なシナリオとはまったく異なったストーリー体験をもたらします。
そう、複数プロットのシナリオは、どうしようもなく"リアル"なのです。
4月には、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』にも通じる複数プロット・アドベンチャー「墓穴掘るならご勝手に」もコノスから発売になったばかりです。
●個別の小冒険が拡散されていく構造
そうは言っても、複数プロットのシナリオにおける基本的な考え方に慣れていないプレイヤーは、ある事件の手がかりが、別の事件にどのように関わってくるのか。ともすれば、それが見えずに苦しむことになります。
そのため、基本的な考え方を押さえておくのは重要です。
例えば、シティ・アドベンチャーでは、しばしば陰謀劇が扱われます。
相互にまったく関係のないかに見える事件が、背後の黒幕によって操作されていた……などという話も、まるで珍しいものではないのです。
ところがマルチプロットのシナリオでも陰謀劇は扱われますが、事件Aと事件Bが、そのまま単線的に結びつく、ということはほとんどありません。
「事件Aの解決に乗り込んでいるさなか、事件Bが起きた。相互に舞台は同じだけれども、最後まで何の繋がりもなかった」ということもままあります。
このことがかえって、世界はPCたちだけで動いているとわけではないと、広がりやリアリズムをもたらしているかのように思うのです。
個々のプロットは、それぞれ別個に説明されたうえで、どのタイミングで関わってくるのかが時系列で整理されていますが、あるプロットの解決に関わるなか、別のプロットが発動するので、必然的に各々のプロットは個別の小冒険として処理せざるをえなくなります。
こうした個別の小冒険が有機的な繋がりを持つものの、それが単一のストーリーに収斂されるのではなく、逆に拡散される構造になっているのが複数プロット方式の面白いところです。
●『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定
あまりに抽象的すぎるとイメージが沸かないかもしれません。
そのためか、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定は、巻頭に収められている古典的なシナリオ「"三枚羽根"亭での眠れない夜」をベースにしています。
裏表紙の解説の現物は、こんな具合になっています。
アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯と、オットー・フォン・ダメンブラッツ男爵との酷烈な面罵合戦についてお話しよう。古今東西のいかなる物語にも似ていない、驚天動地の壮大きわまる劇(ドラマ)で、邪悪な魔女、冒涜的なディーモン、信用ならない暗殺者、悪辣極まりない殺人と、みどころ満載。むろん極めつけに耳目を集めるのは、ナルンの女候と一緒に過ごす、オペラの夕べ。エンパイアが誇る名優中の名優、デトレフ・ジールックが、舞台で我々を愉しませてくれる! 天井桟敷を唸らせる会心の作だ。さあさ寄ってらっしゃい、開幕だ……。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼:ウォーハンマーRPG シナリオ集』には、『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ゲームデザイナーであるグレアム・デイビスの手になる5本の卓越したシナリオが収められている。これらの血湧き肉躍るアドベンチャーは個別にプレイすることも、組み合わせて5部構成の叙事詩的なキャンペーンとすることも可能である。そこでは、2つの貴族家門の諍いがライクランドをまたにかけた衝突にまで発展し、我らが大胆不敵な英雄たちが巻き込まれる。さらにこの『眠れぬ夜と息つけぬ昼』では、プレイヤーが選べるまったく新しい種族であるノームと、海千山千の冒険者さえも夢中にさせるバラエティに富んだ酒場でのゲーム(パブ・ゲーム)各種も紹介されている。
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」は、『ウォーハンマーRPG』初版(『さまよえる魂』所収、柘植恵訳)、第2版(『略奪品の貯蔵庫』所収、鶴田慶之訳)でも、それぞれ邦訳されましたので、ご存知の方も多いかもしれません。
これは一度プレイしたら忘れられない作品で、実はファンタジーRPGならば他のシナリオにコンバートさせることも可能。
実際、私が最初に「"三枚羽根"亭の眠れない夜」を初めて遊んだのは、『ウォーハンマーRPG』ではありませんでした。
ヒストリカルRPG『混沌の渦』のシナリオにコンバートしたものを、レフリー(=ゲームマスター)としてプレイしたのです。
運命点のルールはなかったので若干シビアで、プレイヤーからは「三十分ごとに人が死んでいく」(注:やや誇張気味ですが)、「複雑に絡み合ったと思われるプロットが、実は互いにさっぱり関係なかった」なとどいう感想をいただいたものでした(注:実際には関係あります)。
●中心キャラクター、マリア=ウルリケ女伯
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」のプロットのもっとも基礎となるものは、アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯です。
彼女はオールド・ワールドの有名人、ナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツの姪。
彼女らはオットー・フォン・ダメンブラッツ男爵に深く恨まれています。男爵は自分の父親が、彼女らに殺されたと信じており、裁判沙汰になっているのです。
しかも、この裁判といっても、昔ながらの決闘裁判。戦いで勝った方に正当性があるというもの。
わざわざ代理戦士を連れて歩いており、その代理戦士が複数プロットの序盤から出ずっぱりで、否が応でもPCたちは関わらざるをえなくなります。
初版のシナリオにおいては、このマリア=ウルリケ女伯は、所持品に「多すぎて、書ききれない」と書かれていることからもわかるとおり、わかりやすい典型的な貴族として表象されていました。
実際、私がGMしたときも、貴族ならではの鼻持ちならない感じや、逆に世間知らずで細かいことを気にしない様子を強調してプレイしていました。
第4版では、マリア=ウルリケ女伯や、エマニュエル女侯には、それぞれ美麗なイラストが添えられ、一気に親しみが湧く仕掛けがもたらされているとともに、若干マイルドになった印象があります。
そのぶん、時系列で起こるイベントは4版がもっとも情報量が強化されており、追加ルール「パブ・ゲーム」をさっそく活かすことのできるようなイベントが強化されています。
単にキャラクターをコテコテなものとして扱うよりは、より外堀を埋める形で、存在感を増すような仕掛けになっていると申しましょうか。
●パブ・ゲームが充実
「パブ・ゲーム」とは、実際に中世や近世で遊ばれていたようなゲームが、オールド・ワールドではどう遊ばれていたのかをまとめて紹介するもの。
中世フランスに実際に存在したダイス遊び「アザール」をモデルとした「アル・ザフル」から、おなじみアーム・レスリングやダーツ、さらにはドミノといった馴染み深いもの、スキットル(蒸留酒を入れる携帯用容器)を倒す「仕立て屋に突っ込む獣(ビースト・アマング・ザ・テイラーズ)」から、「セレヴィス」や「緋色の皇后(スカーレット・エンプレス)」と呼ばれるカード・ゲームまで、15種類のゲームが紹介されているのです。
感心したのは、オールド・ワールドにおけるカード・デッキがきちんと別立てで紹介されていること。
実は、とりわけ英語圏において、トランプやタロット・カードの歴史は一代潮流をなしており、充実した先行研究があります。ここをリアルにするというのは、架空世界に説得力を与えるうえで、たいへん有効なのですね。
こうした「パブ・ゲーム」のほか、舞台となる宿屋の設定や登場人物、さらには続くシナリオにおける裁判所やオペラ座の様子が大変生き生きと描かれているのが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の特徴ですが……そちらは次回、じっくり確認してみるといたしましょう。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『墓穴掘るならご勝手に』(ウォーハンマーRPG 複数プロット・アドベンチャー)
発売日:2022年4月
価格:700円(+税) *PDFデータ版のみ
https://conos.jp/product/wh-its-your-funeral/
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.21
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
いざ方向を決めると、魔狩人の目の色が変わった。
シグマーの加護というよりは、動物的な直感としかいえない気がする。
近くに、混沌がいる。
私には「魔力の風」が変化するのが見えた。どす黒い「風」だけではない。
無実の罪で殺された霊魂のようなものが、彼の回りを取り巻いているのだ。
けれども、魔狩人は悪びれる様子もなく、そのような「尊い犠牲」はやむをえないとでも言うかのように、髪をかきあげ、舌なめずりをした。
こいつは、自らの正義を確信している。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●「複数の思惑のぶつかり合い?」
2022年3月末に発売された『ウォーハンマーRPG』のシナリオ集、3冊。
そのうち『ライクランド綺譚』の概要は、本連載の前回で解説しました。
引き続いて『眠れぬ夜と息つけぬ昼』を紹介していきたいと思います。
前回もお話しましたが、このシナリオ集に収録されている作品は、すべてが複数プロットの作品となっています。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の序文では、ベテラン・デザイナーのグレアム(グリーム)・デイビス曰く、
「舞台においては古代ローマ時代から喜劇に必要不可欠であった複数の思惑のぶつかり合い、それによって生まれる狂騒をロールプレイで表現したいと思った」とあります。
古代ローマの喜劇というとセネカやプラントゥス、テレンティウスの名前を思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれませんが……日本の落語なんかでもしばしば見受けられる、「複数の思惑のぶつかり合い」や「すれ違い」から生まれるおかしみが大きなテーマになっていると言えるでしょう。
単なる群像劇というわけではありません。小説における群像劇が、しばしば作者の考えをたくさんのキャラクターへ断片的に分散させているのに比べ、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、一つのシナリオに7本のプロットが存在したとして、それらのなかには交差する内容のものも一部含まれますが、基本的には個々のプロットは独立しており、相互に関わりはありません。
ゆえに、こう言い換えてもかまわないでしょう。そもそも7本のプロットがあるのであれば、シナリオに登場するNPCたちの思惑は、少なくとも7通りが考えられるということです。そして、それらのシナリオは結局のところ、互いに交わらないことがしばしばです。
そうした複数の思惑のぶつかり合いは、必然的に狂騒状態を招きます。
このドタバタが、スラップスティックな面白さを生むというのはもとより、先読みが利いてしまう類型的なシナリオとはまったく異なったストーリー体験をもたらします。
そう、複数プロットのシナリオは、どうしようもなく"リアル"なのです。
4月には、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』にも通じる複数プロット・アドベンチャー「墓穴掘るならご勝手に」もコノスから発売になったばかりです。
●個別の小冒険が拡散されていく構造
そうは言っても、複数プロットのシナリオにおける基本的な考え方に慣れていないプレイヤーは、ある事件の手がかりが、別の事件にどのように関わってくるのか。ともすれば、それが見えずに苦しむことになります。
そのため、基本的な考え方を押さえておくのは重要です。
例えば、シティ・アドベンチャーでは、しばしば陰謀劇が扱われます。
相互にまったく関係のないかに見える事件が、背後の黒幕によって操作されていた……などという話も、まるで珍しいものではないのです。
ところがマルチプロットのシナリオでも陰謀劇は扱われますが、事件Aと事件Bが、そのまま単線的に結びつく、ということはほとんどありません。
「事件Aの解決に乗り込んでいるさなか、事件Bが起きた。相互に舞台は同じだけれども、最後まで何の繋がりもなかった」ということもままあります。
このことがかえって、世界はPCたちだけで動いているとわけではないと、広がりやリアリズムをもたらしているかのように思うのです。
個々のプロットは、それぞれ別個に説明されたうえで、どのタイミングで関わってくるのかが時系列で整理されていますが、あるプロットの解決に関わるなか、別のプロットが発動するので、必然的に各々のプロットは個別の小冒険として処理せざるをえなくなります。
こうした個別の小冒険が有機的な繋がりを持つものの、それが単一のストーリーに収斂されるのではなく、逆に拡散される構造になっているのが複数プロット方式の面白いところです。
●『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定
あまりに抽象的すぎるとイメージが沸かないかもしれません。
そのためか、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定は、巻頭に収められている古典的なシナリオ「"三枚羽根"亭での眠れない夜」をベースにしています。
裏表紙の解説の現物は、こんな具合になっています。
アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯と、オットー・フォン・ダメンブラッツ男爵との酷烈な面罵合戦についてお話しよう。古今東西のいかなる物語にも似ていない、驚天動地の壮大きわまる劇(ドラマ)で、邪悪な魔女、冒涜的なディーモン、信用ならない暗殺者、悪辣極まりない殺人と、みどころ満載。むろん極めつけに耳目を集めるのは、ナルンの女候と一緒に過ごす、オペラの夕べ。エンパイアが誇る名優中の名優、デトレフ・ジールックが、舞台で我々を愉しませてくれる! 天井桟敷を唸らせる会心の作だ。さあさ寄ってらっしゃい、開幕だ……。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼:ウォーハンマーRPG シナリオ集』には、『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ゲームデザイナーであるグレアム・デイビスの手になる5本の卓越したシナリオが収められている。これらの血湧き肉躍るアドベンチャーは個別にプレイすることも、組み合わせて5部構成の叙事詩的なキャンペーンとすることも可能である。そこでは、2つの貴族家門の諍いがライクランドをまたにかけた衝突にまで発展し、我らが大胆不敵な英雄たちが巻き込まれる。さらにこの『眠れぬ夜と息つけぬ昼』では、プレイヤーが選べるまったく新しい種族であるノームと、海千山千の冒険者さえも夢中にさせるバラエティに富んだ酒場でのゲーム(パブ・ゲーム)各種も紹介されている。
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」は、『ウォーハンマーRPG』初版(『さまよえる魂』所収、柘植恵訳)、第2版(『略奪品の貯蔵庫』所収、鶴田慶之訳)でも、それぞれ邦訳されましたので、ご存知の方も多いかもしれません。
これは一度プレイしたら忘れられない作品で、実はファンタジーRPGならば他のシナリオにコンバートさせることも可能。
実際、私が最初に「"三枚羽根"亭の眠れない夜」を初めて遊んだのは、『ウォーハンマーRPG』ではありませんでした。
ヒストリカルRPG『混沌の渦』のシナリオにコンバートしたものを、レフリー(=ゲームマスター)としてプレイしたのです。
運命点のルールはなかったので若干シビアで、プレイヤーからは「三十分ごとに人が死んでいく」(注:やや誇張気味ですが)、「複雑に絡み合ったと思われるプロットが、実は互いにさっぱり関係なかった」なとどいう感想をいただいたものでした(注:実際には関係あります)。
●中心キャラクター、マリア=ウルリケ女伯
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」のプロットのもっとも基礎となるものは、アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯です。
彼女はオールド・ワールドの有名人、ナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツの姪。
彼女らはオットー・フォン・ダメンブラッツ男爵に深く恨まれています。男爵は自分の父親が、彼女らに殺されたと信じており、裁判沙汰になっているのです。
しかも、この裁判といっても、昔ながらの決闘裁判。戦いで勝った方に正当性があるというもの。
わざわざ代理戦士を連れて歩いており、その代理戦士が複数プロットの序盤から出ずっぱりで、否が応でもPCたちは関わらざるをえなくなります。
初版のシナリオにおいては、このマリア=ウルリケ女伯は、所持品に「多すぎて、書ききれない」と書かれていることからもわかるとおり、わかりやすい典型的な貴族として表象されていました。
実際、私がGMしたときも、貴族ならではの鼻持ちならない感じや、逆に世間知らずで細かいことを気にしない様子を強調してプレイしていました。
第4版では、マリア=ウルリケ女伯や、エマニュエル女侯には、それぞれ美麗なイラストが添えられ、一気に親しみが湧く仕掛けがもたらされているとともに、若干マイルドになった印象があります。
そのぶん、時系列で起こるイベントは4版がもっとも情報量が強化されており、追加ルール「パブ・ゲーム」をさっそく活かすことのできるようなイベントが強化されています。
単にキャラクターをコテコテなものとして扱うよりは、より外堀を埋める形で、存在感を増すような仕掛けになっていると申しましょうか。
●パブ・ゲームが充実
「パブ・ゲーム」とは、実際に中世や近世で遊ばれていたようなゲームが、オールド・ワールドではどう遊ばれていたのかをまとめて紹介するもの。
中世フランスに実際に存在したダイス遊び「アザール」をモデルとした「アル・ザフル」から、おなじみアーム・レスリングやダーツ、さらにはドミノといった馴染み深いもの、スキットル(蒸留酒を入れる携帯用容器)を倒す「仕立て屋に突っ込む獣(ビースト・アマング・ザ・テイラーズ)」から、「セレヴィス」や「緋色の皇后(スカーレット・エンプレス)」と呼ばれるカード・ゲームまで、15種類のゲームが紹介されているのです。
感心したのは、オールド・ワールドにおけるカード・デッキがきちんと別立てで紹介されていること。
実は、とりわけ英語圏において、トランプやタロット・カードの歴史は一代潮流をなしており、充実した先行研究があります。ここをリアルにするというのは、架空世界に説得力を与えるうえで、たいへん有効なのですね。
こうした「パブ・ゲーム」のほか、舞台となる宿屋の設定や登場人物、さらには続くシナリオにおける裁判所やオペラ座の様子が大変生き生きと描かれているのが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の特徴ですが……そちらは次回、じっくり確認してみるといたしましょう。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『墓穴掘るならご勝手に』(ウォーハンマーRPG 複数プロット・アドベンチャー)
発売日:2022年4月
価格:700円(+税) *PDFデータ版のみ
https://conos.jp/product/wh-its-your-funeral/
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
2022年03月30日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.20
2022年3月24日配信の「FT新聞」No.3347に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.20が掲載されました。話題の公式シナリオ集3冊刊行、中でも『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』の概要、ユーザーの方々から私に寄せられた声を紹介しています。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.20
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
−−ここはチーズ店に潜入するのが良さそうだ。
そう決めたのは、魔狩人の嗅覚に由来する。
「味がよいことで評判のチーズ店だそうだが、混沌の臭いがするんだ」
と、フレイザーは鼻をひくつかせる。
まさに動物的な勘というほかなく、わたしは呆れた。
けれども、すぐに考え直した。魔狩人の経験に信頼を置くのも悪くなさそうだ。
彼らははた迷惑だけれども、常に前線で混沌と戦っているのは事実だから……。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●えっ、3冊もシナリオが出版!?
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
−−ええと、にわかには信じられないかもしれませんね。
大事なことなので、もう一度言います。
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
かつて本連載で、RPGのシナリオというものは、ゲームマスターしか買わないものとみなされがちで、それゆえに商品としては苦戦しがちだということを書きました。
けれども、シナリオが充実しなければ、そのRPGの普及は難しいものがあります。
卵が先か、ニワトリが先か。
こうしたダブル・バインドに、送り手側であるプロのクリエイターはもとより、受け手側であるユーザーも、しばしば泣かされてきたのが現状です。
RPGの王道はDIY精神でシナリオを自作していくことなのですが、さりとて無から有を生み出すことはできません。
そこには素材やお手本が必要です。
優れたシナリオは、ユーザーがその世界設定で思いつく数歩先の風景を見せてくれ、「このシナリオを実際に回して(運用して)、どのような展開が起きるかを体験してみたい」という希望を惹起するものです。
読むだけでも愉しいのですが、実際に回してみたくなる。それがRPGシナリオの1つの理想なのではないでしょうか。
そして、今回発売される3冊は、いずれも「読んで面白く、回して2度愉しい」条件を満たした作品になっていると、太鼓判を押しておきます。
●各シナリオ集の概要
3月に発売されるのは、以下の3冊となります
・『眠れぬ夜と息つけぬ昼 ウォーハンマーRPG キャンペーン・シナリオ』(待兼音二郎・見田航介・阿利浜秀明・岡和田晃・田井陽平訳)
・『ユーベルスライク冒険集 ウォーハンマーRPG』(白石瑞穂・傭兵ペンギン・吉川悠訳、岡和田晃・待兼音二郎翻訳協力)
・『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』(岡和田晃・田井陽平・見田航介・阿利浜秀明・待兼音二郎訳)
このうち、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、本連載の前回でも言及した、初版時代から『ウォーハンマーRPG』に関わる名匠グレアム・デイビスの手になる作品集(シナリオ5本)で、タイムテーブルやマルチプロットが駆使された複雑で、オペラ座などスケールの大きな冒険を楽しめます。
新しい種族であるノームに、酒場でのゲームについての追加ルールもあり。著名な『ウォーハンマー・ノベル』でおなじみのあの人も、出てくるかもしれません。全96ページ。
『ユーベルスライク冒険集』は『ウォーハンマーRPG スターターセット』で紹介されていた街ユーベルスライクとその近郊を舞台にしたシナリオ6本を集成したもの。
うち5本は英語では独立にPDF販売されていたもので、好評のため、新しいシナリオ1本を加え、単行本として印刷されたもの。キャンペーンや既存の設定に、どううまく噛ませるかという調整案もついています。全128ページ。
これらは両方とも、印刷版と電子書籍版の双方の刊行が予定されています。
印刷版は3月28日頃に刊行される手筈で、ホビージャパンの公式サイトやAmazon.co.jpなどの通販サイト、アナログゲーム専門店での予約も、すでに開始されています。
形態としては書籍ですが、流通は玩具流通なので、書店ではなくゲームショップにアクセスすることを忘れないでくださいね。
●『ライクランド綺譚』詳細
対して3冊目の『ライクランド綺譚』は電子書籍(PDF形式)のみが刊行され、すでにコノスからダウンロード購入することができます。
基本、今回出る3冊に収められたシナリオは、内容面ではいずれも甲乙つけ難く、どの作品からプレイしていただいてもかまわないのですが……。
−−いきなり3冊出て面食らったという人は、『ライクランド綺譚』から入っていただくのがいいかなと私は思います。
まず、値段が廉価。シナリオ5本で1200円+税ですから、なんと1本264円ポッキリ。
次に、分量も全36ページと、さほど負担になるほどではありません。シナリオの長さとしても、1回のセッションで終わる短めの話が収められています。
本作は、同じPDFサプリメントとしてすでに刊行されている『ライクランドの建築』ともリンクする内容で、収録されたロケーションがシナリオとして肉付けが施されています。
『ライクランド綺譚』単体でも十分にプレイは可能ですが、『ライクランドの建築』があれば、いっそう興趣が増すことでしょう。
●収録シナリオの舞台
それでは、核心に触れない程度に、『ライクランド綺譚』の収録作を見ていきましょう。収録タイトルの次にあるのは、『ライクランドの建築』で言及された箇所のことを指しております。
・「溺れるなら共に」;ハーツクライン閘門と、閘門管理人住宅を使用;ヴァイスブルック運河を航行するパーティが奇怪な現象に遭遇し、その謎を解く羽目になる。
・「包囲されし宿」;〈飛びかかるペガサス〉亭の地図を使用;魔狩人とその弁舌に熱狂する者らが、混沌がいるのだとパーティの泊まっている宿屋を包囲する。
・「ヴァーレン神殿包囲戦」;ヴァーレン神殿の地図を使用;ビーストマンの襲撃を受けた村。ビーストマンのリーダーと村の要人には思わぬ関係があるらしい。
・「執着は身を滅ぼす」;ヘルベート・ハルツァートの"ひと味違う"チーズ店;謎のチーズを食べてしまった者らが、次々と奇怪な現象に見舞われる。背後には思わぬ輩が!
・「狼の皮を被った羊」;リンブルク農場;農場に長く留まり続け、もてなしを要求するお客をなんとかしてほしいと、冒険者たちが依頼されるが……。
各シナリオは6〜7ページほどの分量で無駄なく書かれており、シナリオ自作にあたっても、書式の参考になるでしょう。
必要なデータはNPCや敵のものを含め、すべて完備されていますので、コンパクトながらも、そのまま問題なくプレイできるようになっていますから安心です。
●どういうシチュエーション?
テストプレイの際には、『ウォーハンマーRPG スターターセット』収録のサンプル・キャラクターでプレイしましたが、バランス面も含め、快適にプレイすることができました。
『スターターセット』所収のシナリオ「巡回奇譚」は、あくまでもキャンペーンゲームなので、単発のシナリオをプレイしてみたい場合、そちらではなく、『ライクランド綺譚』収録のものを利用するのも一興でしょう。
コンベンションにはちょうどよい分量ですし、PDFなので、オンライン対応もばっちりです。
1本は2〜3時間ほどでプレイできるため、時間に余裕のある集まりならば、2本連続のゲーム・セッションというのも可能です。
ただ、頭からプレイしていく必要はないので、シチュエーションが気に入ったものを運用してみるといいでしょう。
河川民がプレイヤー側にいるならば、「溺れるなら共に」。
コテコテの魔狩人を出したいのであれば、「包囲されし宿」。
ビーストマンをめぐる葛藤を演出したいのなら、「ヴァーレン神殿包囲戦」。
食べ物をめぐるドタバタ悲喜劇を体感してもらいたいなら、「執着は身を滅ぼす」。
農場での居候と丁々発止のロールプレイをさせたいのなら、「狼の皮を被った羊」。
シナリオの傾向としては、ただ単に力押しをしても駄目で、知恵を駆使して状況を切り抜けることが求められます。
●ユーザーの声
前回でも触れましたが、このあたりのプレイ感覚は、『クトゥルフ神話TRPG』にも通じるところがあるでしょう。
実際に購入されたユーザーからも、そのような声をいただいております。
私のもとへ直に届いた感想を、いくつか紹介いたしましょう。
・丹澤悠一さん
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』ざっと目を通す。これいいな。WFRPはキャンペーンやってるけど、コンベンションで回せるような単発シナリオは書いたことないので参考になる! 単発で遊んで盛り上がったらそのままキャンペーンにしちゃうのもアリよね。
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』読んで改めて思うのは、WFRPってホラーやミステリー風のシナリオがめっちゃ遊びやすいシステムなんだなぁ。特に単発セッションでは、無理にバトルのバランス取るより、CoCライクなシナリオ作るほうが向いているのかもしれないと思った。
・鋼の旅団さん
シナリオ→スターター→キャンペーンシナリオ→他、多数のシナリオという完璧な順序!
当然、これから期待を寄せるサプリはたくさんあるけれど、まずユーザーが遊ばないと、そもそも始まらないですからね。
できるだけたくさんセッションをする中で少しでも初心者を巻き込むことが、狂信者の使命だな。
・唐島米津さん
「墓穴掘るならご勝手に」いい訳だなぁ(*´ω`*)
(私家訳で「これがお前の葬式よ!」ってしてた)
(なおレイクランド奇譚収録の「執着は身を滅ぼす」の私家訳タイトルは「激ヤバ☆チーズ」でした。センスないなぁ(><))
岡和田的には「激ヤバ☆チーズ」は大ヒットです!(笑)
ちなみに、ここで唐島さんが言われた『墓穴掘るならご勝手に』とは、『ウォーハンマーRPG』日本語版公式サイトでPDFオンリーの刊行が予告されたシナリオのことを指します。
シナリオ構造としては、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』と同じグレアム・デイビスの手になるマルチプロット、タイムテーブルが導入された作品となります。
『ライクランドの記念碑』は、設定+シナリオソース集で、いずれも着想がぶっ飛んでいて、読んで損はありません。これらは編集の伏見義行さんが訳し、私と待兼音二郎さんが、監修で入りました。詳しい内容は、刊行後にまた紹介していければと考えています。
『ウォーハンマーRPG』には、勢いがあります!
この春は、まずもって『ライクランド綺譚』で、オールド・ワールドの息吹に、ぜひ触れてみてください。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.20
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
−−ここはチーズ店に潜入するのが良さそうだ。
そう決めたのは、魔狩人の嗅覚に由来する。
「味がよいことで評判のチーズ店だそうだが、混沌の臭いがするんだ」
と、フレイザーは鼻をひくつかせる。
まさに動物的な勘というほかなく、わたしは呆れた。
けれども、すぐに考え直した。魔狩人の経験に信頼を置くのも悪くなさそうだ。
彼らははた迷惑だけれども、常に前線で混沌と戦っているのは事実だから……。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●えっ、3冊もシナリオが出版!?
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
−−ええと、にわかには信じられないかもしれませんね。
大事なことなので、もう一度言います。
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
かつて本連載で、RPGのシナリオというものは、ゲームマスターしか買わないものとみなされがちで、それゆえに商品としては苦戦しがちだということを書きました。
けれども、シナリオが充実しなければ、そのRPGの普及は難しいものがあります。
卵が先か、ニワトリが先か。
こうしたダブル・バインドに、送り手側であるプロのクリエイターはもとより、受け手側であるユーザーも、しばしば泣かされてきたのが現状です。
RPGの王道はDIY精神でシナリオを自作していくことなのですが、さりとて無から有を生み出すことはできません。
そこには素材やお手本が必要です。
優れたシナリオは、ユーザーがその世界設定で思いつく数歩先の風景を見せてくれ、「このシナリオを実際に回して(運用して)、どのような展開が起きるかを体験してみたい」という希望を惹起するものです。
読むだけでも愉しいのですが、実際に回してみたくなる。それがRPGシナリオの1つの理想なのではないでしょうか。
そして、今回発売される3冊は、いずれも「読んで面白く、回して2度愉しい」条件を満たした作品になっていると、太鼓判を押しておきます。
●各シナリオ集の概要
3月に発売されるのは、以下の3冊となります
・『眠れぬ夜と息つけぬ昼 ウォーハンマーRPG キャンペーン・シナリオ』(待兼音二郎・見田航介・阿利浜秀明・岡和田晃・田井陽平訳)
・『ユーベルスライク冒険集 ウォーハンマーRPG』(白石瑞穂・傭兵ペンギン・吉川悠訳、岡和田晃・待兼音二郎翻訳協力)
・『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』(岡和田晃・田井陽平・見田航介・阿利浜秀明・待兼音二郎訳)
このうち、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、本連載の前回でも言及した、初版時代から『ウォーハンマーRPG』に関わる名匠グレアム・デイビスの手になる作品集(シナリオ5本)で、タイムテーブルやマルチプロットが駆使された複雑で、オペラ座などスケールの大きな冒険を楽しめます。
新しい種族であるノームに、酒場でのゲームについての追加ルールもあり。著名な『ウォーハンマー・ノベル』でおなじみのあの人も、出てくるかもしれません。全96ページ。
『ユーベルスライク冒険集』は『ウォーハンマーRPG スターターセット』で紹介されていた街ユーベルスライクとその近郊を舞台にしたシナリオ6本を集成したもの。
うち5本は英語では独立にPDF販売されていたもので、好評のため、新しいシナリオ1本を加え、単行本として印刷されたもの。キャンペーンや既存の設定に、どううまく噛ませるかという調整案もついています。全128ページ。
これらは両方とも、印刷版と電子書籍版の双方の刊行が予定されています。
印刷版は3月28日頃に刊行される手筈で、ホビージャパンの公式サイトやAmazon.co.jpなどの通販サイト、アナログゲーム専門店での予約も、すでに開始されています。
形態としては書籍ですが、流通は玩具流通なので、書店ではなくゲームショップにアクセスすることを忘れないでくださいね。
●『ライクランド綺譚』詳細
対して3冊目の『ライクランド綺譚』は電子書籍(PDF形式)のみが刊行され、すでにコノスからダウンロード購入することができます。
基本、今回出る3冊に収められたシナリオは、内容面ではいずれも甲乙つけ難く、どの作品からプレイしていただいてもかまわないのですが……。
−−いきなり3冊出て面食らったという人は、『ライクランド綺譚』から入っていただくのがいいかなと私は思います。
まず、値段が廉価。シナリオ5本で1200円+税ですから、なんと1本264円ポッキリ。
次に、分量も全36ページと、さほど負担になるほどではありません。シナリオの長さとしても、1回のセッションで終わる短めの話が収められています。
本作は、同じPDFサプリメントとしてすでに刊行されている『ライクランドの建築』ともリンクする内容で、収録されたロケーションがシナリオとして肉付けが施されています。
『ライクランド綺譚』単体でも十分にプレイは可能ですが、『ライクランドの建築』があれば、いっそう興趣が増すことでしょう。
●収録シナリオの舞台
それでは、核心に触れない程度に、『ライクランド綺譚』の収録作を見ていきましょう。収録タイトルの次にあるのは、『ライクランドの建築』で言及された箇所のことを指しております。
・「溺れるなら共に」;ハーツクライン閘門と、閘門管理人住宅を使用;ヴァイスブルック運河を航行するパーティが奇怪な現象に遭遇し、その謎を解く羽目になる。
・「包囲されし宿」;〈飛びかかるペガサス〉亭の地図を使用;魔狩人とその弁舌に熱狂する者らが、混沌がいるのだとパーティの泊まっている宿屋を包囲する。
・「ヴァーレン神殿包囲戦」;ヴァーレン神殿の地図を使用;ビーストマンの襲撃を受けた村。ビーストマンのリーダーと村の要人には思わぬ関係があるらしい。
・「執着は身を滅ぼす」;ヘルベート・ハルツァートの"ひと味違う"チーズ店;謎のチーズを食べてしまった者らが、次々と奇怪な現象に見舞われる。背後には思わぬ輩が!
・「狼の皮を被った羊」;リンブルク農場;農場に長く留まり続け、もてなしを要求するお客をなんとかしてほしいと、冒険者たちが依頼されるが……。
各シナリオは6〜7ページほどの分量で無駄なく書かれており、シナリオ自作にあたっても、書式の参考になるでしょう。
必要なデータはNPCや敵のものを含め、すべて完備されていますので、コンパクトながらも、そのまま問題なくプレイできるようになっていますから安心です。
●どういうシチュエーション?
テストプレイの際には、『ウォーハンマーRPG スターターセット』収録のサンプル・キャラクターでプレイしましたが、バランス面も含め、快適にプレイすることができました。
『スターターセット』所収のシナリオ「巡回奇譚」は、あくまでもキャンペーンゲームなので、単発のシナリオをプレイしてみたい場合、そちらではなく、『ライクランド綺譚』収録のものを利用するのも一興でしょう。
コンベンションにはちょうどよい分量ですし、PDFなので、オンライン対応もばっちりです。
1本は2〜3時間ほどでプレイできるため、時間に余裕のある集まりならば、2本連続のゲーム・セッションというのも可能です。
ただ、頭からプレイしていく必要はないので、シチュエーションが気に入ったものを運用してみるといいでしょう。
河川民がプレイヤー側にいるならば、「溺れるなら共に」。
コテコテの魔狩人を出したいのであれば、「包囲されし宿」。
ビーストマンをめぐる葛藤を演出したいのなら、「ヴァーレン神殿包囲戦」。
食べ物をめぐるドタバタ悲喜劇を体感してもらいたいなら、「執着は身を滅ぼす」。
農場での居候と丁々発止のロールプレイをさせたいのなら、「狼の皮を被った羊」。
シナリオの傾向としては、ただ単に力押しをしても駄目で、知恵を駆使して状況を切り抜けることが求められます。
●ユーザーの声
前回でも触れましたが、このあたりのプレイ感覚は、『クトゥルフ神話TRPG』にも通じるところがあるでしょう。
実際に購入されたユーザーからも、そのような声をいただいております。
私のもとへ直に届いた感想を、いくつか紹介いたしましょう。
・丹澤悠一さん
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』ざっと目を通す。これいいな。WFRPはキャンペーンやってるけど、コンベンションで回せるような単発シナリオは書いたことないので参考になる! 単発で遊んで盛り上がったらそのままキャンペーンにしちゃうのもアリよね。
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』読んで改めて思うのは、WFRPってホラーやミステリー風のシナリオがめっちゃ遊びやすいシステムなんだなぁ。特に単発セッションでは、無理にバトルのバランス取るより、CoCライクなシナリオ作るほうが向いているのかもしれないと思った。
・鋼の旅団さん
シナリオ→スターター→キャンペーンシナリオ→他、多数のシナリオという完璧な順序!
当然、これから期待を寄せるサプリはたくさんあるけれど、まずユーザーが遊ばないと、そもそも始まらないですからね。
できるだけたくさんセッションをする中で少しでも初心者を巻き込むことが、狂信者の使命だな。
・唐島米津さん
「墓穴掘るならご勝手に」いい訳だなぁ(*´ω`*)
(私家訳で「これがお前の葬式よ!」ってしてた)
(なおレイクランド奇譚収録の「執着は身を滅ぼす」の私家訳タイトルは「激ヤバ☆チーズ」でした。センスないなぁ(><))
岡和田的には「激ヤバ☆チーズ」は大ヒットです!(笑)
ちなみに、ここで唐島さんが言われた『墓穴掘るならご勝手に』とは、『ウォーハンマーRPG』日本語版公式サイトでPDFオンリーの刊行が予告されたシナリオのことを指します。
シナリオ構造としては、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』と同じグレアム・デイビスの手になるマルチプロット、タイムテーブルが導入された作品となります。
『ライクランドの記念碑』は、設定+シナリオソース集で、いずれも着想がぶっ飛んでいて、読んで損はありません。これらは編集の伏見義行さんが訳し、私と待兼音二郎さんが、監修で入りました。詳しい内容は、刊行後にまた紹介していければと考えています。
『ウォーハンマーRPG』には、勢いがあります!
この春は、まずもって『ライクランド綺譚』で、オールド・ワールドの息吹に、ぜひ触れてみてください。
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/