2024年02月09日
『モンスター!モンスター!』のあゆみ
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『モンスター!モンスター!』のあゆみ
岡和田晃
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FT書房から『モンスター!モンスター!TRPG』の日本語版展開権を取得したという発表がありました。「FT新聞」No.4030での告知とほぼ同時にSNSでも発表がなされ、読者の方々の期待と興奮が手に取るように伝わってきました。
M!M!が多様性を軸にしたTRPGだという杉本=ヨハネ氏の総括には、私も深く同意するところであります。さまざまな異文化が混交する状況に、現実を生きる私たちも投げ込まれてしまっているわけであって、そのなかで、他の文化を尊重し、ときには必要な距離を取りつつ、生きていく姿勢が求められています。
「多様性」を単にキャッチフレーズ的に消費するのではなく、実際にどうなのか、自然体でリアルに掘り下げようとしたのがM!M!ではないでしょうか。
もちろん、モンスター種族をプレイできるTRPGは、他にも少なからず存在します。ただ、M!M!の大きな強みは、それをTRPG黎明期から続けてきたことによるでしょう。
日本においても、M!M!は何度も紹介されてきました。独自のヴァリアントとしてスタンドアローンでプレイできるタイトルで、『トンネルズ&トロールズ』の派生作品であるにしても、版権的には別の流れに属しています。読者の理解に資するため、本稿ではヴァージョンの違いを改めて整理したいと思います。
すでにSNSで発表したものを、杉本=ヨハネ氏の賛同を得てリファインし、3倍に情報量を増やして「FT新聞」で紹介するものです。
『モンスター!モンスター!』は初版が1976年と、とても古く、一説では自覚的に「RPG」という名を冠して売り出された最初の作品とも言われます(この経緯は「TtTマガジン」Vol.2の拙稿を参照)。なお、『Bunnies&Barrows』とともに、「GM」という言葉を最初に使った作品とも呼ばれているとか(吉里川べお氏情報)。
このことがあまり取り沙汰されないのは……人間やエルフ・ドワーフら「善の種族」の迷宮探検家と、「悪の種族」であるモンスターらの立場を入れ替えた「逆転の発想」によるのが目立つためでしょう。
よく比較されるのが『ウィザードリィ』で、初代の「狂王の試練場」(1981年)のボスであった悪の魔術師ワードナが、1987年の「ワードナの逆襲」では主人公になったというものです。こちらも、多彩な寓意やパロディに彩られ、「善」、「中立」、「悪」といった属性(アラインメント、性格とも)あり方を問い直すストーリーになっていましたね。
これまで日本語で紹介されたM!M!は、以下の3種類があります。
1:『モンスター!モンスター!』初版は、現在でもPDFで普通に購入することができますが、こちらの日本語訳に、日本オリジナルのクリーチャー・カタログを添え、T&Tサポート誌「ソーサラーズ・アプレンティス」掲載の僧侶と侍祭に関した追加ルールを訳載してまとめ直したのが、社会思想社現代教養文庫の『モンスター!モンスター!』(1989)です。
2:日本オリジナルの『ハイパーT&T』は、T&Tの歴史のなかでは第6版に相当するものですが、社会思想社版『モンスター!モンスター!』所収のモンスター・カタログを、ハイパーT&T向けに大きく作り直し、さらには杖魔法・薬草調合・魔法のアイテム等の追加ルールを添えたのが、角川スニーカー・G文庫の『モンスター!モンスター!!』(1995)。翻訳パートを含まない、完全日本オリジナルの作品です。
3:教養文庫版から判型やイラストを刷新し、T&T完全版に対応、僧侶魔法のかわりにソロアドベンチャー「世界で最もタフなダンジョン」、多人数用シナリオ「トロールを捕まえろ」、翻訳「トロール神の恐るべき20体」や各種族の独自の呪文を加えた呪文書を加えて三分冊で発表したのが、書苑新社の『モンスター!モンスター!』(2019)。
これらはいずれも、安田均氏を中心とするグループSNEが翻訳や執筆をしているもの。安田氏の監修のもと、1が清松みゆき、2が北沢慶、3が笠井道子・柘植めぐみ・こあらだまり・笠竜海ら各氏が主に関わった仕事です。
3に関連した作品としては、清松みゆき「リバーボートの恐怖」(ソロアドベンチャー、「Role&Roll」Vol.175、2019年)、たまねぎ須永「野営地を血祭り」(多人数用シナリオ、「ウォーロック・マガジン」8号、2020年)、水波流「ウッズエッジのひなげし」(ソロアドベンチャー、「ウォーロック・マガジン」9号付録、2021年)等があります。
今回FT書房から出ると告知された『モンスター!モンスター!TRPG』は、原書では2.7版に相当するものです。M!M!の初版はメタゲーミング社で出ていました。このときディベロップメントをしたのが、『ガープス』で有名な(アメリカの)スティーブ・ジャクソン。1979年にはフライング・バッファロー社から再販されています。
現在はデザイナーのケン・セント・アンドレと、近年のT&T系列の編集を担うスティーブ・クロンプトンが権利を保有しています。第2版が出たのは、なんと2020年なのです。経緯としては、フライング・バッファロー社の創業者リック・ルーミスが亡くなった2019年から、同社の売却を考えてきたようで、『トンネルズ&トロールズ』の権利も移行し、その過程でケンのもとにあったM!M!の版権があらためて意識された模様。第2.5版を経て、2023年には第2.7版が発表、英語圏では3.0版を目指してリファインが続けられているといいます。
ちなみにT&Tそのものの版権は、2021年にはアメリカのウェッブド・スフィア社、2023年には英国のリベリオン・アンプラグド社に移っており、T&Tの新展開にも期待が高まっている状態です。そちらの日本語版版権はグループSNEが引き続き保有しています。
T&TとM!M!はきわめて互換性の高い作品ですが、《これでもくらえ!》にあたる呪文が変わっていたり、新ルールのChaos Factorが追加されていたり、モンスター・レートならぬマンカインド・レートとしてのMRが設定されていたり、細かな違いは少なからずあります。ですが、いちばん大きな差異は、タイトルそのもの。看板をT&Tブランドで進めるか、M!M!ブランドでやっていくか、そこにもっとも大きな違いがあるでしょう。
背景設定に関しては、M!M!の最新第2.7版においては、ケンやクロンプトンが読者のアイデアを広範に取り入れ、古代エジプトの神話やクトゥルフ神話をも呑み込んだ新ワールドZimralaの展開と連動し、設定が徐々にすり合わされつつあります。なぜに古代エジプトか? というと、それは汎用本『神々の都』(未訳、2018年)の設定がひとつのコアになっているようです。
Zimralaは、かつて私は自分の原稿において「ツィムララ」とドイツ語風に表記していましたが、現在では動画サイトにアップされれていたケンの発音を確認し、「ズィムララ」と書くことにしています。人によっては「ジムララ」と表記することもあるようです。
これは2022年に刊行された『ケン・セント・アンドレのズィムララのモンスターラリー』から始まった新ワールド。ケンやクロンプトンをはじめ、T&T関係のライターも総力を結集していますし、それまでの読者もライターとして、多数参画しています(日本からは、たまねぎ須永氏や私が寄稿)。
ちなみに、ケンらのレーベルには、トロールファーザー・プレス、トロールゴッドファーザー・プレス、ズィムララ・プレスほか、色々な名前があります。気分で変えているのか、はたまた深い意図があるのかはわかりません。
また、この流れとは別、姉妹編に『ラヴクラフト・ヴァリアント』(バリアントとも)があります。こちらは、『クトゥルフ神話TRPG』(初版1981)より早い1980年に「ソーサラーズ・アプレンティス」に載ったものです。翻訳は安田均/こあらだまり訳で、「TtTマガジン」Vol.4に掲載されました(2017)。日本オリジナルのシナリオには、「魔女の復讐」(川人忠明作、同号)、「怪人の島」(安田均/柘植めぐみ作、「ウォーロック・マガジン」創刊号、2018年)等があります。
『ラヴクラフト・ヴァリアント』の版権はもともと著者のグレン・ラーマンが持っていましたが、トム・プーがそちらを購入し、M!M!のサードパーティのひとつとして2023年に新装復刊しています。こちらでプーは、ゼニス・シティというノワール・セッティングを展開中。『シュブ=ニグラスは二度ベルを鳴らす』(未訳、2023年)は大傑作で、近年のM!M!関連作における、最良の成果のひとつと言えるでしょう。
一方、ケンやクロンプトンもまた、M!M!をベースに『ラヴクラフト・ヴァリアント』の世界をも展開しています。私と豊田奏太氏のシナリオ「ドルイドの末裔」(「ウォーロック・マガジン」Vol.5の英訳、2019/2023年)がトロールゴッドファーザー・プレスから出ていますが、それはこの流れですね。クトゥルフ系への関心は、心なしかズィムララに還流している気もします。プーとケンは互いの立場から協力して、M!M!や『ラヴクラフト・ヴァリアント』を盛り上げているイメージですね。
まったくの余談ですが、FT書房が計画している「モンスター!モンスター!マガジン」というのは、私がM!M!のキャンペーンをやっていたとき(「FT新聞」No.3473を参照、 https://analoggamestudies.seesaa.net/article/490232386.html )、発行していたファンジンと、奇しくも同名で、不思議なご縁を感じました。
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初出:「FT新聞」No.4033(2024年2月8日号)