2023年07月27日

『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注


 2023年7月27日配信の「FT新聞」No.3837に、「『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注」が掲載されました。私の初の単著をめぐる裏話です。当該書、未読の方はぜひお手にとっていただければと存じます。

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『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注
 岡和田晃

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 2009年に『アゲインスト・ジェノサイド』という本を出しました(新紀元社)。27歳のときのこと。
 単著としては、私の初めての本になります。
 思い切って告白すると、これを書いていたときは、無謀にも「これ一冊で革命を起こそう」と企てていました。
 その密かな気概が伝わったのか、ありがたくも今でも読者の方から感想をいただくことがあります。
 取り立ててゲーマーでもない方が読んでくれることも多く、自信と勇気をもらっています。

 ご存知ない方に向けて、この本の性質を説明しますと……。
 『アゲインスト・ジェノサイド』は、現代の民間軍事会社の傭兵を(基本的には)プレイするガンアクションRPG『ガンドッグゼロ』を、実際に仲間(当時の私のプレイグループであったTeam Expeditious Retreatsというゲーム集団)でプレイしたもの。
 その様子を録音して、小説のようにまとめ直したものです。
 幕間に相当する箇所は、実際に小説として書いています。
 いわゆる戯曲形式のリプレイ。英語ではreplay-novelと言われるものですね。

 もととなるシナリオを、ゲームマスター(作家・司会進行役)たる私が製作するわけですが、いざゲーム・セッションの現場では、プレイグループの動きによって展開は大きく変わります。
 その双方向的なプロセスとダイナミズムを、できるだけ明示的に伝えることを心がけました。
 RPGとは何かというレベルから解説しつつ、どこまで表現の高みに到達できるのか。
 そのことを本気で追究したつもりで、「革命を起こそう」とした、というのは、そういう意味です。
 
 私は2004年に大学を出てから数年間、就職せずに日雇いの肉体労働等をしながら、食うや食わずで物書きとしての修行をしていました。
 2007年にようやく月刊ゲーム専門書籍「Role&Roll」のライター募集に合格、本名でのプロ・ライター活動を始めたのです。その経験が、すべての根幹です。
 いまでも同媒体に、「戦鎚傭兵団の中世"非"幻想事典」、『エクリプス・フェイズ』のサポート連載といった複数の連載をもっています。
 
 『アゲインスト・ジェノサイド』の頃、私は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(第3.5、第4版)や『ウォーハンマーRPG』(第2版)など、英語圏のRPGを日本に翻訳紹介しつつ、その世界観を下敷きにしたリプレイ小説を商業媒体で書いてきました。
 大事にしたのは、できるだけオリジナルの雰囲気をつかみ、創作へとフィードバックすること。
 自分が感動したことを、少しでも伝えたいという思いによります。

 しかし、英語圏のRPGについて書くと、版権の都合も手伝って、なかなか単行本にできないもの。
 そうした兼ね合いもあり、日本産のRPG『ガンドッグゼロ』に関して書いたこの本が、私の最初の単著になりました。
 ジョン・ル・カレの冒険小説『寒い国から帰ってきたスパイ』のような雰囲気を作るべく、腐心しました。
 『d20モダン』、『Afghanistan:d20』、『Twilight 2000』、『Mercenaries, Spies, Private Eyes』など、この分野の名作RPGもすでに存在していて、それらを裏切りたくないという気持ちもがあったのは言うまでもありません。
 その甲斐あってか、刊行当初は、良い意味で"ハリウッド映画のよう"という反響が多く、我が意を得たりという思いでおりました。

 『アゲインスト・ジェノサイド』は全3部からなり、冒頭は「Lead&Read」Vol.4(新紀元社、2009)に掲載され、残りは書き下ろし。
 目次は以下となります。

【CONTENTS】
Queen-Bee's Boot Camp…003
(クインビー教官の特別講義)
※「Lead&Read」Vol.4に掲載されたものに加筆修正
Character Introduction1…013
MISSION:Eugenie Onegin…035
(エフゲニー・オネーギン)
※「Lead&Read」Vol.4に掲載されたものに加筆修正
Charcter Introduction2…140
MISSION:The Vally of Fear…147
(恐怖の谷)
Character Introduction3…186
MISSION:The Knight in Panther's Skin…193
(豹皮の騎士)
APPENDIX:Black Borrosus…241
(付録:ブラック・ボロサス)※執筆:狩岡源/アークライト
あとがき…252
※特記したもの以外は、すべて書き下ろし

 表紙に採られたのは、ロシア・ヴォルゴグラードにある「母なる祖国の像」で、作中でも言及されます。
 『ガンドッグゼロ』は前身の『ガンドッグ』や、現行版の『ガンドッグ・リヴァイズド』とルールじたいは大きく変わらないので、前の版や最新の版をご存知の方にも、楽しんでいただけると思います。
 私自身、各種の公式イベントで、『ガンドッグゼロ』や『ガンドッグ・リヴァイズド』の公式ゲームマスターを担当してきました。

 手前味噌ではありますが、「小説にしかできないことがあるように、ゲームにしかできないことは何か?」と本気で考え、編集方法を工夫し、提示したつもりです。
 これほど創作者の手の内を赤裸々に示した実作も、そうはないだろうと、自分では勝手に思っています。
 もとが複雑なメカニズムを難なく操る海千山千のプレイヤーが集まったゲーム・セッションなので、二重スパイのプレイヤー・キャラクターや、途中での脱落(と、それを利用した意外な新キャラクター登場)といった、アクロバティックで現場的な技術も駆使しています。
 それを、セッションそのままに書き込まなければ表現できない"何が"があった、といえばわかる方にはわかるでしょう。
 プレイヤーのなかには、後に大ヒット・カードゲーム『ラブレター』で世界的なデザイナーとなったカナイセイジ氏や、JAXAで宇宙工学を研究していたKH氏、日本語教師になったTW氏などもいます。

 リプレイとしても、ただプレイログをそのまま放出したのではなく、1話につき10時間ほどの時間をかけて収録し、それらを吟味し、エッセンスを蒸留させて再構成しています。
 私たちは決してゲームが上手いわけではありませんが、将棋の名人戦のような緊張感があったことは確かで、それを伝えたかったのです。

 他方、プーシキン原作・チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』、ストルガツキー兄弟やコナン・ドイルの小説、あるいは中世グルジア叙事詩に関係したメタテクスト的な仕掛けも入れ込んでいるのですが、気づいた方も大勢いらっしゃいました。
 本作はチェチェン・グルジア戦争(紛争)をモチーフとしています。
 シナリオ製作当時は日本語の資料がほとんどなく、大きな図書館で新聞を総ざらいして状況を確認しました。
 できるだけ裏を取るように心がけたものの、フィクションとしての異化効果を狙っているので、現実そのままではありません。むしろ、ネーミングほか細部の情報は、意図的に現実のものと変えています。
 『エフゲニー・オネーギン』からの場面の引用も、原作そのままの構成ではないのです。

 監視社会化へのメッセージもあって、その問題意識は市民講座でもお話したことがあります。詳しくは参加者の東條慎生さんのレポート(https://closetothewall.hatenablog.com/entry/20090706/p1)をご覧ください、

 現在、ロシアによるウクライナへの侵略戦争が泥沼化していますが、私ははっきりと虐殺に反対しています。
 その意味で、『アゲインスト・ジェノサイド』で提示したスタンスは変わりません。
 加えて言えば、あらゆる戦争はそれ以前の状況と連続して起こるもの。この状況とは政治情勢のみならず、人々の精神史をも含むものです。
 本書は友人でもあった作家の故・伊藤計劃氏による『虐殺器官』から決定的な影響を受けており、初出書籍は病床にあった氏にも届けたほどなのですが、計劃氏からいただいた世界の痛みを掴み取る感覚が、『アゲインスト・ジェノサイド』の背後には横たわっています。
 世界の複雑さを複雑のまま、双方向的なもののうちに捉えようとする姿勢こそが大事だと考えるわけです。

 この仕事をしていた間に、私は軍事史関係のノンフィクションを大量に読みました。
 そのなかで1冊お薦めをあげるとしたら、ヴォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』でしょうか。
 イスラエルの情報機関モサドに所属していた凄腕のスパイ、ヴォルフガング・ロッツが、「来るべき世代の秘密諜報部員」志望の人たちに向けて記した手引書。
 冒頭に記された「スパイとしての適性検査」が、インパクト大で、あなたがスパイになれるかどうかが、すぐにわかってしまいます。
 その他、尾行や変装のトレーニング方法、活動資金の使い方、果ては逮捕された時の身の振り方などが、ほろ苦いユーモアをもって語られます。
 ありがちなビジネス書より、よくできた処世訓とて通用します。
 「秘密情報に頼らずとも、公開情報の98%を整理することで真相には近づける」。
 これはインテリジェンス(諜報)の基本なのですが、それを念頭においてこの本を読んでみれば得られるものもあるでしょう。
 スパイ独特の思考法や状況判断、仁義の切り方なども、本音で読者に明かしているところが好ましく、それ以上にスパイとは、何も特殊な役割ではないとわかるわけです。
 要するに、スパイも現地の新聞や公文書といった「公開情報」をベースに調査を行い、その意味で、外交官などは典型的な「スパイ」。
 状況を読むというのは、ありがちなネット上の陰謀論や差別言説への耽溺とはまるで別物なのです。

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アゲインスト・ジェノサイド ガンドッグゼロ リプレイ
 著者:岡和田晃
 監修:狩岡源/アークライト
 定価:本体1,200円(税別)
 新書 256ページ
 ISBN 978-4-7753-0714-4
 発売:新紀元社
 発行年月日:2009年6月1日
 
※版元では在庫切れですが、かなりの部数が刷られたため、古書での入手は容易。
posted by AGS at 21:36| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする