2022年07月31日

『モンスター! モンスター!』と私

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『モンスター! モンスター!』と私

 岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

●ファジーなシステム、T&T

 このところ、『トンネルズ&トロールズ』(T&T)におけるルール裁定がどうあるべきかが一部で話題になっています。発端は、熱心なT&Tファンである、けいねむさんの問題提起のようでした。ルールの適用やシナリオの運用については、GMはどこまで恣意的であるべきか、という話です。
 現在、RPGはシステム面でもユーザー面でも多様化し、あらゆるセッションに共通して当てはまる事例というのは成立しづらくなっています。ただ、T&Tは数あるRPGのなかでも最大級にバランスブレイキングなシステムであると同時に、GMサイドでもPLサイドでも、それをファジーにコントロールしやすいシステムであります。暴れ馬のようであり、優れたカスタムキットでもある。小さくまとまっているようでも、見方をかえればポテンシャルが非常に大きい。このあたりのセンスが絶妙なので、だから私は東海大学文芸創作学科で開講しているゲームデザイン論の教材として、よくT&Tを使っているわけです。
 文芸創作の学生といっても資質はまちまちではありますが、講座内で時間をかけてシナリオ素案から書いてもらってブラッシュアップを繰り返していけば、それまでのゲーム経験とあまり関係なく、多くの受講者は作品を完成まで持っていくことができます。ただ、私としては、あくまでも教育の一環としてゲームデザインに取り組んでもらっている以上、今ある自分を表現するだけではなく、自分の殻を破り、もう半歩先を目指してほしいと考えています。そうした題材として、T&Tはなかなかどうして、使い勝手がよいのです。
 実例を出せば、T&Tラヴクラフト・バリアントのシナリオ「ドルイドの末裔」(岡和田晃/豊田奏太、「ウォーロック・マガジン」Vol.5掲載)は、講義内で『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(中野善夫訳、国書刊行会、邦訳2018)に収めたスコティッシュ・ケルトの作家フィオナ・マクラウドの短編を読んでもらったうえで、「現代日本を舞台にしない」、という縛りで提出されたシナリオ群の優秀作なのです。
 まず、インナー・ヘブリディーズ諸島が舞台というのにはシビれました。謎めいた屋敷を探検する話なのですが、もとの原稿は序盤がサバイバル・ホラーやFPSのムービー・シーンのようだったので、そこをもっと導入らしくなるように私の方で書き換え、H・P・ラヴクラフト「レッド・フックの恐怖」、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、チャールズ・ディケンズ『荒涼館』、W・H・ホジスン『異次元を覗く家』といった古典的な小説の要素を加味して仕上げました。
 つまり、全体的に文章面と設定では私の方で徹底的にブラッシュアップを施し、データを練り直したものの、屋敷の構造は原型をできるだけ活かした形にしています。その後、ベテラン・ゲーマーの仲知喜さんにチェックしてもらい、さらなる推敲を施して完成に至りました。完成後は、「学生作品がベースなんて……」と色眼鏡で見ていた方にも、どうやら一目置いていただけたようです。
 ホラーをデザインするときには、予定調和と意外性のバランスが大事です。ホラーだとわかっているのに、何も怪異が起きないのではつまらない。出てくる怪異はいくらでもスケールが大きくてかまわないのですが、まるで手も足も出ない、どうにも対処できずにやられて終わるだけではゲームとしての双方向性をとる意味があまりない、というわけなのです。

●ほどよい距離感での〈共同ゲームデザイン〉

 T&Tはその設計上、「あらかじめ決められた筋書きの通りにならない」ということを、システムが保証しているとも言うことができます。だからこそRPGらしく予想外な展開が訪れ、ときには忘れられないほどに個性的かつ充実したセッションにもなりえます。
 にもかかわらず、T&Tが、最初にGMレスのソロアドベンチャーを発表したRPGであり、今もなおソロアドベンチャーが英語圏でも日本語でも精力的に書かれ続けている代表作というのは面白いことかと思います。
 これに対して、「FT新聞」読者にはおなじみの杉本=ヨハネさんが言うには、「「こうすればいい」がないからこそ、「私はこうルールを扱っているよ」の例示であるソロアドベンチャーが必要だったのかもしれませんね。各自が参考にできるが、従う必要があるわけではないという距離感で」ということで、我が意を得たりという思いです。
 プレイヤーとGMの間の齟齬はしばしば、「PLは結局のところGMに逆らえないのに、GMの不公平な裁定によってPLが必要以上の労力や負担を強いられたり、PLの創造性を結果としてGMに否定されたりする」という点に帰結します。GMは十人十色なのですが、ソロアドベンチャーでは、その多様なあり方を、読者がまずプレイヤーとして体感することになります。一見、理不尽のようでもそれを上回る何かがあれば納得できるわけですし、ときにはルールを改変したり強いキャラクターを持ち込んだりして、不条理を乗り越える方法を読者は自然に「学習」するわけです。
 多人数用シナリオでも、実は同じ。『ベア・ダンジョン』はその大胆不敵な変身ギミックや飛び抜けた数値設定で、『ベア・カルトの地下墓地』は〈熊神の教団〉をめぐるユニークな背景処理で、『アンクル・アグリーの地下迷宮』では大掛かりな罠の設定で、『魔術師の島』では同じ罠でもきめ細やかな仕掛けをもって、シナリオ・デザイナーとそれを運用するGM、そしてPLの間における「ファジーなコミュニケーション」を促進させる仕様なのではないかと言うことができます。
 いずれにせよ、T&Tはアナログゲームミュージアム理事の高橋志行さんが言う〈共同ゲームデザイン〉としてのRPGのあり方を、もっとも強く打ち出している作品のひとつなのかもしれません。

●『モンスター! モンスター!』キャンペーン

 7月22日に発売されたばかりの「GMウォーロック」Vol.6で私が担当した「T&T情報コーナー」では、T&Tのバリアント(単体プレイ可能な追加ルール)である『モンスター! モンスター!』がらみの状況について、多くの紙幅を割いて紹介しています。
 この『モンスター!モンスター!』は、プレイヤーが普段は悪役のモンスターを担当するというコンセプトのRPGなのですが、勧善懲悪をひっくり返した設定もさることながら、担当モンスターをトランプで決めるというユニークな設定が魅力です。
 繰り返します。プレイヤーがキャラクターとして成り代わるモンスターの種族は、まったくのランダムで決められるのです! そう、キャラクターメイキングの時に引かされるトランプの種類によって、キャラクターは、ゴブリンにもなればドラゴンにもなり、ヒドラになれば人間の屑にもなれてしまうのでした。
 なかなか残酷なルールです。トランプを引いた結果、オークやツァトゥヴァをプレイせざるをえなくなったプレイヤーに号泣されてしまったため(中学生のときの話ですが)、あえなくオークをケンタウロスに、ツァトゥヴァをグリフォンに差し替えを許可したのも、今となってはいい思い出です。
 キャラクターメイキングのほかにも、『モンスター! モンスター!』にはさまざまな魅力がありました。システム名の由来を語るケンのユニークな序文をはじめルールブックのあちこちに散りばめられたユーモアもさることながら、迷宮探検家ではないモンスターが、どうすれば冒険点を獲得できるのか、その基準が面白かったのです。
 モンスターは普通のキャラクターと同じように、戦闘で勝ったり、使命を達成させたりすることで冒険点を得ることができます。しかしながら、それだけではありません。モンスターとして村人を殺すよりも城からお姫さまをさらってきたほうが多くの冒険点がもらえます。あるいは、単に魔法を使うよりも、腹一杯に食べ物を喰らったほうが、はるかに高い冒険点を得ることができるのです!
 深く感動し、『モンスター! モンスター!』にすっかり入れあげた中学時代の私、なんと受験直前(中学三年の二月)までキャンペーンを続け、それまでキャンペーンを完遂することができずにいたのに、なんとか一段落させることに成功しました。
 それと引き換えか、絶対合格すると担任に太鼓判を押されていた第一志望の高校に、見事落っこちてしまったのでした。これがカタギの道を踏み外す、修羅の道の始まりだったのは言を俟たないでしょう。
 私がそこまでして『モンスター! モンスター!』に入れあげたのは、エキセントリックなシステムのためだけではありませんでした。『モンスター! モンスター!』で呈示された枠組みを使って、自分が抱え込んでいたファンタジーの理想をキャンペーンにぶち込もうと考えていたのでした。
 各種資料ルールブックとにらめっこし、フレーバーとして記されていた「カザン帝国」、「商業都市コースト」などの文句を頼りに創造を膨らませ、方眼紙に大陸全土の地図を描いたり、オリジナルの設定をつぎつぎと思いのままに書き連ねたりしていって――T&Tのルールブックには多数のモンスター名が列挙されているのだけれども、それらの生体と分布をデータ化するなどして――当時の自分としては最高レベルのキャンペーン・ワールドを組み上げたのでした。
 幸い、モンスター・キャラクターは成長時に上がる能力が格段に大きい。この利点と、先に述べた独自の冒険点獲得システムを生かすべく、私は冒険中に随時、すばらしい行動をとったキャラクターにボーナス冒険点を与えることにしました。そうするとどんどん冒険点が入り、モンスター・キャラクターはめざましい速度で成長していきます。
 そんなわけで、私が主催する『モンスター! モンスター!』は、単に怪獣大決戦的なシナリオではなく、『ホビットの冒険』なり、『ゲド戦記』なり『ファイティング・ファンタジー』なり、『ウィザードリィVI』なり、『幻想世界の住人たち』なり、図書館の奥から発掘してきた海外の絵本なりで味付けされた、極彩色で摩訶不思議なキャンペーンと相成ったのです。
 そのうえ、あえて悪玉をやらせることで、通常のRPGキャンペーンでは描くことのできない視点から、善悪二元論の問い直し、ゲームでは再現困難な〈時〉のあり方など、観念的なテーマをも自分なりに追求しようとしていました。このときの記録は、私家版のファンジンにまとめたことがあるのですが、その内容をかいつまんで紹介したいと思います。

【キャンペーン概説】

・第一回 「ウッズエッジ村襲撃」(ボス:魔女)
 ルールブック付属のシナリオをそのままプレイしたもの。

・第二回「クヌーキー村の惨劇」(ボス:竜殺しの勇者)
 前回のシナリオを参考に別の村をデザインしたもの。やっていることはたいして変わりません。

・第三回「グレートフォレストの血祭り」(ボス:エント)
 エントに代表される「善の」モンスターどもとの戦いを狙ったもの。

・第四回「海賊都市ガル」(ボス:大怪鳥)
 シティー・アドベンチャー。ヴァンパイアのPCの策謀と魔術によって、キメラのPCが荒くれ海賊どもの頭領となるなど、意外な展開が多々ありました。

・第五回「幽霊修道院の秘密」(ボス:シスター・マリア)
 モンスター・パーティでのダンジョン探検。

・第六回「カザンの闘技場ふたたび」(ボス:カーラ・カーン)
 同名ソロアドベンチャーを改良したシナリオ。非道なPCたちは、闘技場で飼われていたショゴスを計略で自滅させたうえ魔法で甦らせて操り、闘技場もろとも呑み込ませたのでした。

・第七回「精鋭 デルヘイヴン魔法騎士団」(ボス:デルヘイヴン魔法騎士団)
 ハンニバルばりの山越えと、攻城戦。

・第八回「グレートフォレスト」(ボス:大蜘蛛)
 『ホビットの冒険』での蜘蛛のとの戦いを参考したウィルダネス・アドベンチャー。

・第九回「王女とゴブリンの陰謀」(ボス:ゴブリンキング)
 ジョージ・マクドナルドの小説『お姫さまとゴブリンの物語』を参考に、ゴブリンの地下王国をデザインしてそこを征服せんとする冒険。

・第十回「妖精王国」
 トマス・カイトリー『フェアリーのおくりもの』(教養文庫)のエピソードを使った、ボス戦のないメルヘン風味の内容。

・第十一回「紺蒼海に眠る宝」(ボス:邪竜ナース)
・第十二回「紺蒼海の伝説」(ボス:バルログ)
 別のセッションで使った海洋冒険シナリオのアレンジで連作。ボスは『ロードス島戦記』と『指輪物語』から引っ張ってきていました。

・第十三回「聖なる王国 聖杯は何処へ」(ボス:ラルス)
 アーサー王伝説をシナリオに応用。このあたりになるともはやPCは大陸屈指の強さを誇るようになっており、あっというまに王国のヘゲモニーを握ってしまいます。ボスの「ラルス」は、以前に私がやっていた『ハイパーT&T』キャンペーンで参加していたPCを勝手にアンデッド(リッチ)化して再登場させたもの。ひどい!

・第十四回「英雄戦争」
『ハイパー・トンネルズ&トロールズ』(教養文庫)の大規模戦闘ルールを簡略化して、大陸規模の大戦争を(戦力比などをつくって)デザインしました。『ロマンシング・サガ3』を参考にしたので、通称「ロマンシングT&T」。

・第十五回「オーバーキル城ふたたび」
 ふたたび城攻め。『指輪物語』の第二部(『二つの塔』)に出てくる馬鍬砦のシーンを意識しました。

・第十六回「明かされた秘密」(ボス:混沌)
 涙、涙の最終回。黒幕だと思われていた魔女レロトラーと結託し、彼女が〈時〉を操ろうとして失敗したため呼び出されてしまった、「混沌」(モンスターレートは150万!)を、軍勢を率いて倒すシナリオ。このときの「混沌」の戦いは、2016年に出た『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』でも密かに言及されています。

・外伝一「ウッズエッジ村ふたたび」
 人数が揃わなかったときに、ルールブックの付属シナリオを、キャラクターを変えてもう一度やってみたもの。まったくと言っていいほど、展開が変わりました。

・外伝二「打倒 赤いローブの僧侶団」
 ソロアドベンチャー『傭兵剣士』を多人数シナリオにコンバートしてプレイしたもの。

・外伝三「トロールストーンの洞窟ふたたび」
 T&T第5版ルールブックの付属シナリオをモンスターでプレイしたもの。

 以上が私の昔のキャンペーンの概要です。こんな具合でよいとなれば、プレイのハードルを少なからず下げられたのではないかと思います(笑)。
 回を重ねるごとに、善悪反転というより、当たり前のようにモンスター・パーティで冒険をする形になってきましたが、最近、英語で発表されている『モンスター! モンスター!』用のソロアドベンチャーやシナリオにも、そういった内容のものが少なくないので、安心させられた心持です。何でしたら、「GMウォーロック」Vol.2に掲載されている「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ、拙訳)をモンスター・キャラクターで挑んでみてください。
 T&T完全版では『モンスター! モンスター!』が2019年に出版されましたが(グループSNE/書苑新社)、皆さんも、『モンスター! モンスター!』を改めてプレイされてはいかがでしょうか? 「Role&Roll」Vol.175には清松みゆきさんによる『モンスター! モンスター!』用ソロアドベンチャー「リバーボートの恐怖」が掲載されており、「ウォーロック・マガジン」8号には、たまねぎ須永さんの多人数シナリオ「野営地を血祭り」が掲載されてますよ。


●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

初出:「FT新聞」 No.3473(2022年7月28日号)
posted by AGS at 19:41| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする