2022年07月18日

『魔術師の島』と私

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『魔術師の島』と私

 岡和田晃
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 『トンネルズ&トロールズ完全版』、1年数ヶ月ぶりの新作『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』が発売になりました(グループSNE/新紀元社)。2021年2月に『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』が出て以来となります。
 とはいえ、『ウィルダネス・エンカウンターズ』(2021年12月)や『マップブックI シティ編』(2022年4月)といった、実質的にはT&T関連作といえるフライング・バッファロー社謹製の汎用サプリメントの日本語版も出ていますし、「GMウォーロック」2号には「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ)が掲載されたほか、雑誌でのサポートもなされているので、あまり間があいたという感じはしませんね。
 T&T5版日本語版のサポート期間が約4年、ハイパーT&T2版のサポート期間が(『ドラゴンズ'ヘヴン』の単行本が出てからカウントして)約3年半だったことに鑑みると、T&T完全版はすでに6年近くサポートが続いているので、相当なことだと思います。
 ご存知ない方のために紹介しますと、これは『ビギナーズバンドル』と『魔術師の島』の2冊を、シュリンクして合本形式で出版したもの(安田均監修)。分冊1は原書『ビギナーズバンドル』全訳にシナリオ補作(柘植めぐみ訳・著)、リプレイコミック(中山将平)。分冊2は社会思想社現代教養文庫から出ていた『魔術師の島』をT&T完全版対応にして復刻したもの(高山浩訳・著)、それに小説「ドラゴンの巣を越えて」(安田均訳)、小説「畏怖すべきタイタンのタロット」にコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」(拙訳)、『魔術師の島』にちなんだ日本オリジナルのソロアドベンチャー〈無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〉シリーズの最新二作を収めたものとなります(拙作、ちなみに『傭兵剣士』と接続して一大キャンペーン化可能)。
 この『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』に関しては、すでに「Role&Roll」Vol.213に書き下ろしの関連ソロアドベンチャー「カリスの仮図」(たまねぎ須永・著)が発表されていますが、近刊「GMウォーロック」6号以降でもサポートされていくようですので、楽しみは尽きませんね。
 先述の通り、今回私は『魔術師の島』新版に関わるという僥倖を得たのですが、個人的にも『魔術師の島』は思い入れが深い作品でした。それについて「読みたいですか?」とSNSで訊いたところ、思いのほか多くの方からリクエストをいただいたので、ここにまとめてみたいと思います。すでにSNSで発表したものをまとめ直したもので、サポート要素はありません。あらかじめご諒解をいただけましたら幸いです。

 『魔術師の島』は何度読んだかわからないほど読み込んだシナリオ集で、私は1レベル・2レベルともにGMいたしましたし、オリジナルのシナリオの参考にしたことも多々あります。旧「ウォーロック」誌41号に掲載された「ドラゴンの巣を越えて」は、インターネット黎明期にウェブで読めた「ウォーロック」総目次で存在を知り、上京して国会図書館カードが作れる年になると、すぐに読みにいったものです。
 何がそんなによかったのでしょう? 『魔術師の島』は、私が初めて買った、海外製のRPGシナリオをイラスト含めて完訳している作品でした。それまで、雑誌や文庫で短編のシナリオを読んだことがありましたが、海外作品をまるまる収めたものは初めて読んだのです。つまり「世界標準のRPGシナリオとは何か」という形を教えてくれた師匠みたいな作品だったのです。
 私は1981年生れで、第5版のルールブックが刊行されたときは6歳。第5版直撃世代からは、だいぶ年が下になります。実際、社会思想社現代教養文庫の『魔術師の島』(1990年邦訳初版)を最初に見つけたのは中学2年のとき(1995年)で、今から27年ほど前になります。
 私は北海道の中央部に位置する上富良野というところの出身でしたが、中学生の時には夏休みに旭川の夏期・冬季の講習へ通っていました(列車で片道1時間強)。だらけずペーシング(勉強のペース配分)をするためで、この習慣は今でもライター仕事に役立っています。この講習のクラスで、上富良野から来ているのは私ひとりでした。
 講習の内容は勉強になりましたが、クラスの生徒たちはすでにグループが形成されており、他の生徒とは話さなかった。打ち解けない閉鎖的な雰囲気で、教師たちのほうがオープンでした。しかも彼らは妙に感じが悪く、私が講習で課題の答えを間違えるとクスクス笑います。いじめというほどではなかったものの、負けるものかと敵愾心を燃やしていました。
 そんな折、もっともリラックスできたのが、帰宅前の旭川の書店めぐりをし、見つけた本を読むことでした。めぐりというほど数があるわけではないのですが、3条通り商店街にあった冨貴堂書店本店(現在は閉店)には感動させられました。ボックスのRPGが売っていましたし、地下には文庫シリーズがあり、そこで〈指輪物語〉や〈ラヴクラフト全集〉を買っていたというわけです。当時の冨貴堂書店は「電撃アドベンチャーズ」Vol.11で取材されており、「女性でも入りやすい店」と評されています。
 ところが小遣いがさほどあるわけもなく、文庫を買うのも吟味に吟味を重ねた末。おまけに当時(1995年頃)は、80年代からの翻訳ゲームブック・ブームが終焉しており、社会思想社現代教養文庫の店頭在庫もわずか。前年の来旭時に『傭兵剣士』(邦訳1988年)を買っていて、いよいよT&T5版のルールブックも入手。案の定、これに魅了されたわけです。
 先にハイパーT&Tは改訂版(スニーカーG文庫、1994年)のものを読んでいて、5版はそれよりシステム的には単純だったのですが、ルール的にどうこうというより、とにかく雰囲気が最高でした。ファンタジーとは幻想世界の雰囲気をどう演出するかであり、いかに土俗性を出すか、どのように残余を残すかが大事だと思うのですが、それが非常に上手かったと感動したわけです。独自のT&Tノートに自作データを書き綴ったのはむろんのこと、ひとえに自分で使うため、オリジナルのT&T下敷きやTシャツも作っていました。
 あと教養文庫で冨貴堂の店舗にあったのは、〈ファイティング・ファンタジー〉の『王子の対決』(1987年)や、『ウォーハンマーRPG』初版の友野詳さんによるリプレイ『破壊の剣』(1993年)など。『王子の対決』については、漫画家の中山哲学さんとオンライン・プレイを−−インターバルをはさみつつ−−約一年かけて行い、クライマックスで私が演じる戦士クローヴィスが敗死したのをご覧の方もいらっしゃると思います。『破壊の剣』は軽妙な掛け合いとシリアスなストーリーのギャップが面白い作品で、そのままシナリオとしてGMしたこともあります。まさか自分が「GAME JAPAN」誌で『ウォーハンマーRPG』2版のリプレイを書くことになるとは思いませんでした。
 それからというもの、他のT&Tシリーズもプレイしたかったので、あちこち古本屋を覗くようになります(社会思想社が在庫を断裁せず、注文すれば届くと知るのは、もう少し後のことです)。これが私の古本道(あるいは古本極道?)の始まりでした。
 まずは偶然、ボロボロの『恐怖の街』(邦訳1988年)を50円で入手。これにはコペルニクス的転回ともいうべきショックを受けました。ゲームブックといえばダンジョンが主。なのに本作はオープンフィールドの冒険なのです!
 『恐怖の街』はフォロン島にあるガルの街から始まり、街をうろついても、いきなり船に乗って旅に出てもいい。何をやっても構わない自由度の高さ、摩訶不思議なイベントの数々があります。出入り自由の世界に、これまで自分がゲームブックやコンピュータゲームに感じていた息苦しさが解消されました。「ああ、これだよ、これ」と思ったのです。『魔術師の島』所収の拙作ソロアドベチャー「魔術師の島が呼んでいる」がガルから始まるのは、こうした初期衝動を引き継いでいる面があるのかもしれません。
 『魔術師の島』を見つけたのは、旭川マルカツ(こちらもビルごと解体されるとのこと)で不定期に展開されていた古書市で、なんと二百円! マイクル・ウィーランによるカヴァーアートの神秘的な美しさが頭抜けていました。その他、1970年台後半から80年代のSF・ファンタジー文庫がかなりあり、言うならばここを「学校」として、私はSF・幻想文学の基礎知識を得たのです。
 マルカツで不定期に開催されていた古書市では、他にもマイクル・ウィーラン関係の絵を見た記憶があります。C・J・チェリイ〈色褪せた太陽〉です。チェリイはT&Tとも縁があり、サポート誌「ソーサラー・アプレンティス」初出の小説「最後の塔」を、私は「ナイトランド・クォータリー」Vol.27で訳しておりますが、これも奇縁ですね。
 帰りの電車で繙いた『魔術師の島』は衝撃でした。インナーアートが蠱惑的。そして、見たこともないようなジンド世界やハイラックス大陸が舞台だと説明が出てくる。短い説明が、かえって想像を駆り立てました。魔術師ダークスモークというダンジョンの主も、なんだか得体が知れなくて不気味。ちょうど魔術師ワードナが出てくる『ウィザードリィ』初代と同時期の作品なんですよ。
 当時、私は自前のRPGキャンペーンを開催していました。そのプレイグループの面々が別の人たちを抱き込み、グループは膨れ上がって同好会を学内で作ったほど。とはいえ、ちゃんとGMができる者は少なく、集まったはいいがコンピュータゲーム会やカラオケみたいになることもままあり、それが悩みの種でした。
 私としては、「ちゃんとしたファンタジーを作りたい」からRPGをやっていたからです。しかし、力不足で、なかなかうまくいかない。その時の一つの回答が『魔術師の島』にはハッキリ書かれていたのです。
 『魔術師の島』が優れているのは、ずばり「制約」の美学。曖昧模糊としたファンタジー世界を、それらしく演出するためには、どこをどう「制約」すればいいか。そのセンスが見事なのです。こうした「制約」のコツは、今回の新版に入ったコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」で明確に説明されています。このコラムは魔法のアイテムを創造するためのガイドですが、他にも広く応用が利くアプローチになっています。
 広大なジンド世界があると示しつつ、舞台はなかでのダークスモーク島と「制約」を加え、立ち寄れる街は、さらにその中の「名もなき村」だと「制約」を加える。村では自由に動けるものの、金目当てで暴れる行動には「制約」がかかり、街のなかある場所でかけられる不条理な呪いも、世界の危険さを伝えるためと考えれば納得がいきます。
 ダンジョンの罠や呪いそのものは、初見においてはあまりにも凶悪すぎるように思え、笑って読んで終わり実際に使わないものだと思ってましたが、さりとて罠や呪いほどパターン化しやすいものもありません。レパートリーを増やすため、自作のシナリオに少しずつ混ぜて使ってみると、さほど違和感がなく、むしろ知恵を駆使すれば攻略できるレベルだと判明しました。ちなみにディティリオが毒についてのコラムを書いていると知ったのは後のことでしたが(「タクテクス」で訳出されています)、それも腑に落ちます。
 NPCには殺意の高い者が少なからずいますが、それも私のNPCの運用スタイルにもよく見合いました。個性豊かなNPCを演じ分けるのはGMの醍醐味のひとつですが、あまりやすやすと打ち解けられる相手ばかりでも、ありがたみがないからです。個々のキャラクターに説明文がないにも関わらず印象に深く残るワンダリング・ローグ。使い勝手のよさもありますが、中級レベル帯のNPCを出すためのデータ集としても重宝しました。
 原著で第1層しかなく、日本オリジナル第2層を作ったというのにも驚かされました。それだけ聞くと駄作かと早合点しそうになりますが、いざ読んでみるとしっかりしている。しかも、第2層、3層と作りたくなる何かがある。クリエイティヴィティを掻き立てるものとは何なのかを、デザイナーははっきりとわかっているのです(このため、このたび書き下ろしたソロアドベンチャー「名もなき村を越えて」でも、第3層へ行くことができるようにしました)。
 こうして私の中で『魔術師の島』は特権的な作品となったのでした。その後、『RPGシティブックI』(邦訳1994年、新版2021年)や『ストームブリンガー』や『クトゥルフの呼び声(クトゥルフ神話TRPG)』絡みのラリー・ディティリオ作品を入手し、作者が同じだと気づいた時のエウレカ感たるや! 私が『魔術師の島』で感じた楽しさを、少しでも伝えられていれば幸いです。

(初出:「FT新聞」No.3459、2022年7月14日)
posted by AGS at 16:18| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする