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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.21
岡和田晃
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いざ方向を決めると、魔狩人の目の色が変わった。
シグマーの加護というよりは、動物的な直感としかいえない気がする。
近くに、混沌がいる。
私には「魔力の風」が変化するのが見えた。どす黒い「風」だけではない。
無実の罪で殺された霊魂のようなものが、彼の回りを取り巻いているのだ。
けれども、魔狩人は悪びれる様子もなく、そのような「尊い犠牲」はやむをえないとでも言うかのように、髪をかきあげ、舌なめずりをした。
こいつは、自らの正義を確信している。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●「複数の思惑のぶつかり合い?」
2022年3月末に発売された『ウォーハンマーRPG』のシナリオ集、3冊。
そのうち『ライクランド綺譚』の概要は、本連載の前回で解説しました。
引き続いて『眠れぬ夜と息つけぬ昼』を紹介していきたいと思います。
前回もお話しましたが、このシナリオ集に収録されている作品は、すべてが複数プロットの作品となっています。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の序文では、ベテラン・デザイナーのグレアム(グリーム)・デイビス曰く、
「舞台においては古代ローマ時代から喜劇に必要不可欠であった複数の思惑のぶつかり合い、それによって生まれる狂騒をロールプレイで表現したいと思った」とあります。
古代ローマの喜劇というとセネカやプラントゥス、テレンティウスの名前を思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれませんが……日本の落語なんかでもしばしば見受けられる、「複数の思惑のぶつかり合い」や「すれ違い」から生まれるおかしみが大きなテーマになっていると言えるでしょう。
単なる群像劇というわけではありません。小説における群像劇が、しばしば作者の考えをたくさんのキャラクターへ断片的に分散させているのに比べ、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、一つのシナリオに7本のプロットが存在したとして、それらのなかには交差する内容のものも一部含まれますが、基本的には個々のプロットは独立しており、相互に関わりはありません。
ゆえに、こう言い換えてもかまわないでしょう。そもそも7本のプロットがあるのであれば、シナリオに登場するNPCたちの思惑は、少なくとも7通りが考えられるということです。そして、それらのシナリオは結局のところ、互いに交わらないことがしばしばです。
そうした複数の思惑のぶつかり合いは、必然的に狂騒状態を招きます。
このドタバタが、スラップスティックな面白さを生むというのはもとより、先読みが利いてしまう類型的なシナリオとはまったく異なったストーリー体験をもたらします。
そう、複数プロットのシナリオは、どうしようもなく"リアル"なのです。
4月には、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』にも通じる複数プロット・アドベンチャー「墓穴掘るならご勝手に」もコノスから発売になったばかりです。
●個別の小冒険が拡散されていく構造
そうは言っても、複数プロットのシナリオにおける基本的な考え方に慣れていないプレイヤーは、ある事件の手がかりが、別の事件にどのように関わってくるのか。ともすれば、それが見えずに苦しむことになります。
そのため、基本的な考え方を押さえておくのは重要です。
例えば、シティ・アドベンチャーでは、しばしば陰謀劇が扱われます。
相互にまったく関係のないかに見える事件が、背後の黒幕によって操作されていた……などという話も、まるで珍しいものではないのです。
ところがマルチプロットのシナリオでも陰謀劇は扱われますが、事件Aと事件Bが、そのまま単線的に結びつく、ということはほとんどありません。
「事件Aの解決に乗り込んでいるさなか、事件Bが起きた。相互に舞台は同じだけれども、最後まで何の繋がりもなかった」ということもままあります。
このことがかえって、世界はPCたちだけで動いているとわけではないと、広がりやリアリズムをもたらしているかのように思うのです。
個々のプロットは、それぞれ別個に説明されたうえで、どのタイミングで関わってくるのかが時系列で整理されていますが、あるプロットの解決に関わるなか、別のプロットが発動するので、必然的に各々のプロットは個別の小冒険として処理せざるをえなくなります。
こうした個別の小冒険が有機的な繋がりを持つものの、それが単一のストーリーに収斂されるのではなく、逆に拡散される構造になっているのが複数プロット方式の面白いところです。
●『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定
あまりに抽象的すぎるとイメージが沸かないかもしれません。
そのためか、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定は、巻頭に収められている古典的なシナリオ「"三枚羽根"亭での眠れない夜」をベースにしています。
裏表紙の解説の現物は、こんな具合になっています。
アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯と、オットー・フォン・ダメンブラッツ男爵との酷烈な面罵合戦についてお話しよう。古今東西のいかなる物語にも似ていない、驚天動地の壮大きわまる劇(ドラマ)で、邪悪な魔女、冒涜的なディーモン、信用ならない暗殺者、悪辣極まりない殺人と、みどころ満載。むろん極めつけに耳目を集めるのは、ナルンの女候と一緒に過ごす、オペラの夕べ。エンパイアが誇る名優中の名優、デトレフ・ジールックが、舞台で我々を愉しませてくれる! 天井桟敷を唸らせる会心の作だ。さあさ寄ってらっしゃい、開幕だ……。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼:ウォーハンマーRPG シナリオ集』には、『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ゲームデザイナーであるグレアム・デイビスの手になる5本の卓越したシナリオが収められている。これらの血湧き肉躍るアドベンチャーは個別にプレイすることも、組み合わせて5部構成の叙事詩的なキャンペーンとすることも可能である。そこでは、2つの貴族家門の諍いがライクランドをまたにかけた衝突にまで発展し、我らが大胆不敵な英雄たちが巻き込まれる。さらにこの『眠れぬ夜と息つけぬ昼』では、プレイヤーが選べるまったく新しい種族であるノームと、海千山千の冒険者さえも夢中にさせるバラエティに富んだ酒場でのゲーム(パブ・ゲーム)各種も紹介されている。
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」は、『ウォーハンマーRPG』初版(『さまよえる魂』所収、柘植恵訳)、第2版(『略奪品の貯蔵庫』所収、鶴田慶之訳)でも、それぞれ邦訳されましたので、ご存知の方も多いかもしれません。
これは一度プレイしたら忘れられない作品で、実はファンタジーRPGならば他のシナリオにコンバートさせることも可能。
実際、私が最初に「"三枚羽根"亭の眠れない夜」を初めて遊んだのは、『ウォーハンマーRPG』ではありませんでした。
ヒストリカルRPG『混沌の渦』のシナリオにコンバートしたものを、レフリー(=ゲームマスター)としてプレイしたのです。
運命点のルールはなかったので若干シビアで、プレイヤーからは「三十分ごとに人が死んでいく」(注:やや誇張気味ですが)、「複雑に絡み合ったと思われるプロットが、実は互いにさっぱり関係なかった」なとどいう感想をいただいたものでした(注:実際には関係あります)。
●中心キャラクター、マリア=ウルリケ女伯
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」のプロットのもっとも基礎となるものは、アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯です。
彼女はオールド・ワールドの有名人、ナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツの姪。
彼女らはオットー・フォン・ダメンブラッツ男爵に深く恨まれています。男爵は自分の父親が、彼女らに殺されたと信じており、裁判沙汰になっているのです。
しかも、この裁判といっても、昔ながらの決闘裁判。戦いで勝った方に正当性があるというもの。
わざわざ代理戦士を連れて歩いており、その代理戦士が複数プロットの序盤から出ずっぱりで、否が応でもPCたちは関わらざるをえなくなります。
初版のシナリオにおいては、このマリア=ウルリケ女伯は、所持品に「多すぎて、書ききれない」と書かれていることからもわかるとおり、わかりやすい典型的な貴族として表象されていました。
実際、私がGMしたときも、貴族ならではの鼻持ちならない感じや、逆に世間知らずで細かいことを気にしない様子を強調してプレイしていました。
第4版では、マリア=ウルリケ女伯や、エマニュエル女侯には、それぞれ美麗なイラストが添えられ、一気に親しみが湧く仕掛けがもたらされているとともに、若干マイルドになった印象があります。
そのぶん、時系列で起こるイベントは4版がもっとも情報量が強化されており、追加ルール「パブ・ゲーム」をさっそく活かすことのできるようなイベントが強化されています。
単にキャラクターをコテコテなものとして扱うよりは、より外堀を埋める形で、存在感を増すような仕掛けになっていると申しましょうか。
●パブ・ゲームが充実
「パブ・ゲーム」とは、実際に中世や近世で遊ばれていたようなゲームが、オールド・ワールドではどう遊ばれていたのかをまとめて紹介するもの。
中世フランスに実際に存在したダイス遊び「アザール」をモデルとした「アル・ザフル」から、おなじみアーム・レスリングやダーツ、さらにはドミノといった馴染み深いもの、スキットル(蒸留酒を入れる携帯用容器)を倒す「仕立て屋に突っ込む獣(ビースト・アマング・ザ・テイラーズ)」から、「セレヴィス」や「緋色の皇后(スカーレット・エンプレス)」と呼ばれるカード・ゲームまで、15種類のゲームが紹介されているのです。
感心したのは、オールド・ワールドにおけるカード・デッキがきちんと別立てで紹介されていること。
実は、とりわけ英語圏において、トランプやタロット・カードの歴史は一代潮流をなしており、充実した先行研究があります。ここをリアルにするというのは、架空世界に説得力を与えるうえで、たいへん有効なのですね。
こうした「パブ・ゲーム」のほか、舞台となる宿屋の設定や登場人物、さらには続くシナリオにおける裁判所やオペラ座の様子が大変生き生きと描かれているのが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の特徴ですが……そちらは次回、じっくり確認してみるといたしましょう。
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『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『墓穴掘るならご勝手に』(ウォーハンマーRPG 複数プロット・アドベンチャー)
発売日:2022年4月
価格:700円(+税) *PDFデータ版のみ
https://conos.jp/product/wh-its-your-funeral/
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/