2022年02月01日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19


 2022年1月27日配信の「FT新聞」No.3291に、『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19が掲載されています。環境の変容、シナリオをどこまで深く記述すべきか、『クトゥルフの呼び声』と比較しつつ考察。複数プロットのシナリオ、オンライン・ツールまで話は進みます。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19

 岡和田晃
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 くだんのチーズ店の主は、店じまいをしたあと、エプレヒノンプラッツ(勘定広場)からほど近くにある〈爆発する豚〉亭で一杯やるのが日課らしい。
 小売人や商店主、あるいは市が目当ての農民が集まり、社交というか格好の情報収集の場にもなっている。
 中産階級の根城と呼ぶに相応しい。
 いったん酒場に寄って探りを入れるか、それとも、閉まっているはずのチーズ店に、そのまま潜入したほうがよいのだろうか?
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●ある「若気の至り」の告白

 RPGを遊ぶためにはシナリオが必要です。
 コンピュータに準えるのであれば、ルールブックやサプリメントはハードウェア、シナリオがソフトウェアに相当する、というのがわかりやすい話でしょう。
 かつてRPGにおいてシナリオを自作するというのは当たり前の話でした。今でも、シナリオを自作するのは最高の喜びの一つだと言えます。
 自分で読むだけであれば、また気心の知れた仲間と内輪で楽しむだけであれば、どんなシナリオであろうとも問題ないとすらいえます。
 私自身、今でこそきっちりと三幕構成を意識したシナリオを、広い層の読者が想定される商業媒体では書きますが、とりわけ十代の頃は決まったプロットに落とし込むのが苦手で、ほとんど完全アドリブに近いセッションをしていたものでした。
 何が苦手だったかというと、自分の頭のなかにある、茫漠としながらもダイナミックなイメージが、形に落とし込むと消え去ってしまいかねないと危惧したんですよね。
 私の場合、自分がGMしたセッションをプレイヤーがリプレイに起こしてくれることがままあったのですが、「あの時のセッション、完全にアドリブだったんでしょ?」と見抜かれたのは一度や二度ではありません。正確に言えば、完全アドリブではなく、キーワード・レベルではメモを作ってあったんですが……。

●下から二番目に酷いセッション

 今回はそのなかでも、私がやらかしてしまった、下から二番目に酷いセッションをご紹介しましょう。
 『クトゥルフの呼び声』(『クトゥルフ神話TRPG』、以下CoC)。ホビージャパンから出ていたブックタイプの5版が、まだギリギリ手に入った1996年のこと。北海道の片田舎の書店で、清水の舞台から飛び降りる思いで版元に注文、入手できたのはいいものの、単体ではどうやってプレイしたらよいかわからず、途方に暮れたものでした。
 CoC第5版のルールブックには4本のシナリオが収録されていました。最初のシナリオは「屋根裏部屋の怪物」。老人が若かりし頃の過ちを告白するというシチュエーションや、学生がオカルト・サークルで怪しげな儀式を行うという状況設定にピンと来ず、実際にプレイしたのはいいものの、ほとんどキーパー(GM)のひとり語りのような内容になってしまいました。プレイヤーたちが1920年代アメリカの雰囲気を知らず、どう動いてよいものか想像できなかったようなのですね。
 当時、私は中学三年生。『ラヴクラフト全集2』(「クトゥルフの呼び声」が入っていた巻)は読んでいましたが、これをどうやってシナリオ化すべきか、想像もつかなかったというのが正直なところです。むろん、プレイヤーは誰もラヴクラフトもクトゥルフ神話も知りません。ルールブックに収録されているクリーチャーは、探索者(PC)に比してあまりにも強大で、迂闊に登場させられないように思われました。
 仕方がないので、第2回目のセッションは、小説「クトゥルフの呼び声」をそのまま再現することにしました。とはいっても、シナリオノートには、「南太平洋」、「ルルイエ」としか書かれていません。あとは完全アドリブ。乗っている船が遭難して気づいたら南太平洋に漂流して、そこでクトゥルフ御大に出逢うというだけの内容。今思えば、キーパーの私が1d100のSANチェック(正式表記はSANロール)をプレイヤーに振らせたい、というのがミエミエでした。
 このセッションは(ゲーム外で)思わぬ展開を見せます。1d100のSANの喪失を振った直後、中学校で立ち上げたTRPG同好会の面々で、図書館をジャックしてプレイしていたのが運の尽き。図書館に来た別の生徒に、「岡和田君が図書館で黒魔術をやってます!」と通報されてしまったのです……。

●無料のシナリオがいくらでもある時代

 私は受け持ちの大学でゲームデザインを教えており、実際に講義内でRPGのセッションを行い、その成果をソロアドベンチャーや多人数シナリオとしてブラッシュアップしていき、期末レポートとしての完成を目指す、ということをやってもらっています。優秀作は、「FT新聞」でもしばしば掲載いただいているのでご存知の方も多いでしょう。
 昨今のCoCブームも相まって、ネットではいくらでも、無料でCoCのシナリオが転がっています。必ずしも優れた作品ばかりが揃っているわけではありませんが、CoCが採用している基本的なベーシック・ロールプレイングのルール(技能値ベースのd100下方ロール)を呑み込んでしまえば、無料で遊び続けることもできてしまうわけです。
 現役の学生と接していると、つくづく思うのですが、こうした新しい層のゲーマーは、過去に想定されてきたような層とは異なる部分が少なからずあります。
 例えば、今期のゲームデザイン論(や幻想文学論)の受講生は、8割が女性で、全員がCoCのことを知っており、キーパー歴五年という人もいました。私が学生の頃には、考えられなかった状況です。けれども、そうした新しいタイプのゲーマーが、必ずしも他のシステムや、ケイオシアム社が作ってきたオフィシャルのCoCのシナリオを知っているかといえば、そうではない、という現実があります。
 優れた小説を書くためには先達の名作に数多く触れるのが大事なのと同じで、優れたRPGシナリオを書くためにはRPGシナリオをたくさん読み、運用していくのが近道です。そこでは、手近な無料のシナリオだけでは見えてこない世界を提示することが、飽きられないためにも必要不可欠になってきます。
 出版されている公式シナリオは、単にソフトを提供するだけではなく、一定の水準を超えた品質、何よりありうべき世界観の像を提示するという意味で、重要なのです。

●CoCと『ウォーハンマーRPG』のシナリオ構造

 CoCの話を長々と続けてしまったので、『ウォーハンマーRPG』の話に軸足を移しましょう。CoCのシナリオと『ウォーハンマーRPG』のシナリオには共通点が多く、とりわけ、シティ・アドベンチャーとホラーという特徴を活かせば、そのまま『ウォーハンマーRPG』にコンバート可能なCoCのシナリオすら珍しくありません。
 ただ、CoCにおいては、SAN値が減って、やがて0にまで下がると永久的な狂気に陥ってしまうのに比べ、『ウォーハンマーRPG』においては、堕落ポイントが溜まっていくと、混沌へ徐々に変異していき、人ならざる存在へと変化していきます。
 同じd100下方ロールが軸なのに、この違いは意外と重要で、つまりCoCにおいては、人間性への期待が基本にあり、それが失われていくことへの葛藤がドラマを構成しています。
 反面、『ウォーハンマーRPG』においては、始めから人間性は期待されておらず、堕落を積み重ね狂気を上乗せしていけば、人間を超えた上位の存在(ケイオス・チャンピオンなど)になることすら不可能ではなくなっているのです。
 シティ・アドベンチャーについても、CoC(特に、基本となる舞台である1920年代アメリカ)の場合には、奇怪な事件の背後には、必ずといってよいほど人智の及ばぬ宇宙的な邪悪が関与しており、放っておくと、その邪悪な存在によって、日常の平穏は壊滅させられてしまいます。つまり、出発点が日常にあり、それを非日常の侵食から食い止めることが主眼にあるわけです。
 対して『ウォーハンマーRPG』においては、奇怪な事件が起きても、冒険者は必ずしもそれを解決せずともかまいません。極端な話、真相解明よりも、危険に満ちた世界で生き延びること、そのものの方に重きを置かれることすら珍しくないのです(もちろん、解明できれば、それは経験点という形でフィードバックされますが)。言い換えれば、出発点からしてすでに非日常となってしまっていると申しましょうか。

●複数プロットのアドベンチャー

 このような特徴があるゆえに、『ウォーハンマーRPG』においては、他のRPGでは危険すぎて、なかなか試みられてこなかった、ある特殊なスタイルのシナリオが商業出版されています。
 それは、複数プロットのシナリオです。小説や演劇、あるいは映画においては、視点人物を複数置いてそれらの思惑が複雑に絡み合う、そんなタイプの作品がしばしば発表されてきました。
 章ごとに語り手が変わり、個別の事件がそれぞれに扱われるが、物語が進むうちに、パズルのピースが嵌まるがごとく、それらがより大きな構造のなかに収斂されていく……そんな小説を、読んだことのある方も少なくないでしょう。
 最近ではRPGにおいても、それこそ『汝は人狼なりや?』のような正体隠匿型ゲームの要素を盛り込んだ作品が少なからず出ていますし(『パラノイア』シリーズ等)、マーダーミステリーでは、こうした発想が当たり前になってきています。
 ただ、『ウォーハンマーRPG』においては、プレイヤーたちには個別の動機や目的、あるいは秘密があっても、パーティを組んで協力して冒険をこなしていくのが基本のスタイルになっています。そうした基本から逸脱せず、複数プロットをシナリオへ落とし込むことはできるのでしょうか?
 −−できます。『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ライター、グレアム・デイビス(デイヴィス)が、初版から存在する、ある有名シナリオ(アドベンチャー)において、複数プロットに挑戦しています。なんと、一つのシナリオにおいて七本のプロットが同時進行する、とんでもない話なのです。それらのプロットが、限られた時間軸のなか、ほぼ同一の舞台に詰め込まれるので、引き起こされる事件はドタバタの極み、プレイヤーの介入の仕方も実に様々、展開はさらに千変万化していきます。
 ネタバレを防ぐためにタイトルは伏せますが、このシナリオは初版の時点から存在し、二冊のシナリオ集に収められ、改訂のうえ第二版のシナリオ集にも収められました。第三版においても、一部設定を踏襲した別のシナリオが書かれるほどの人気で、第四版においても、ブラッシュアップのうえでシナリオ集に収録。個別の単発シナリオとしても、キャンペーン・シナリオとしてもプレイできるように工夫されています。
 あまりにもユニークなので、私自身、『混沌の渦』(佐脇洋平・清松みゆき訳、現代教養文庫、邦訳一九八八年)にコンバートして、このシナリオをGMしたこともあるくらいです。
 さらに、グレアム・デイビスは、複数プロットのシナリオについて世界最大規模のRPGコンベンションGENCONで講演を行い、聴衆の反応をもとに『ウォーハンマーRPG』第4版用の単発のシナリオに仕上げています。
 こちらもまた、七本のプロットが同時進行する作品です。初版からの有名シナリオが一晩の事件を扱うのに比べ、新しく書かれたこちらは、昼から夕方にかけての事件を扱っています。

●A4用紙1枚でシナリオはOK!?

 もっとも、隅々まで作り込んだシナリオの方がいつも優れているわけではなく、往々にしてプレイヤーの自由度を束縛し、アドリブのきかない小さくまとまったセッションをもたらしてしまうこともままあります。
 原作:山本弘・作画:こいでたく『RPGなんてこわくない!』(ホビージャパン、1992年)では、大艦巨砲主義の「究極のRPG」に比べ、A4用紙1枚程度のメモでGMをするやり方が紹介されていました。ただ、事前に準備するシナリオ記述を軽くするということは、それだけGMの側が、世界観を読み込んでおく必要を意味します。単に読み込むのではなく、実際の運用経験が、2桁回数から3桁回数はほしいところです。
 私の場合も、自分が仕事で関わってきたタイトル−−T&T、『エクリプス・フェイズ』、『ウォーハンマーRPG』等は、それなりに世界観に通暁しているため、A4用紙1枚程度のメモでも、ほとんど問題なくGMすることが可能ですが、そうなるまでには、少なからず試行錯誤が必要でした。

●オンライン・セッション支援ツール

 オンライン・セッションでは画像素材を用意するのがオフよりも大事な場合が少なくありません。その反面、システム特有のダイスロールの仕方などは、ダイスボットに落とし込まれ、オフラインよりも素早く処理ができる場合もあるので、オンライン・オフライン、それぞれの特性に見合う形で省力化のコツを把握するのが大事になってきています。
 オンライン・セッションのツールは、ユドナリウムやココフォリアといったものが有名で、ユドナリウムは立体でのグリッド戦闘が行いやすいのが売りですが、ココフォリアには『ウォーハンマーRPG』第4版用のダイスボットが搭載されています。
 それらを覚えるのが面倒ならば、Zoomを使って、ダイスも手振り、画像素材もほとんど使わない形でセッションを進めてもかまわないでしょう。掲示板スタイルのテキスト・セッションも面白いです。プレイ期間が長期に及びがちな反面、プレイヤーは1日数分から参加できるという意味でハードルは低いです。
 新しいオンライン・セッション・ツールとしては、買い切りで高機能なFoundry VTTが注目されており、こちらは有志が「オンセ工房」として日本語化しています(https://foundryvtt.wiki/ja/home)。関連するMODを追加していくことで、機能を拡張していくのがウリということで、CoCはむろんのこと、英語では『ウォーハンマーRPG』第4版の公式MODが販売されています。