2021年12月17日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.18
2021年12月16日配信の「FT新聞」No.3249で、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.18が配信されました。前回の記した『ウォーハンマー』シリーズの歴史の補遺と、1983年に出た最初のルールブックをRPGクリエイター目線で紹介していきます。
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.18
岡和田晃
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だんだん日が落ちてくる。
昼に市場を席捲していたあぶれ者たちと、少しずつ夜に活躍するごろつきたちが入れ替わっていくのがわかる。
ユーベルスライクの街は、ひとつの生き物のようだ。
人混みに紛れて、どこかに見てはならない存在が紛れ込んでいるのではないか。
そうした懸念をいだきながらも、いや、この手の嗅覚は魔狩人の方が優れているのだからと、なんとか自分に言い聞かせる。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●あなたはミニチュア派? RPG派?
本連載の前回でまとめた『ウォーハンマー』シリーズの歴史は、おかげさまでかなりの好評をいただきました。しかし、あくまでも英語資料を下敷きにした粗雑なスケッチにすぎず、語り落としてしまった事柄が少なからずあったのも事実です。
例えばゲームズワークショップ・ジャパンの前にシタデル・ミニチュアを輸入販売していたベンダーには新和やORG、FM企画等があり、配信時にはそこまでのサポートができていませんでしたが、「DFCニュース」に同梱されていたというORGのフライヤーや「ウォーロック」誌のバックナンバーを繰れば、確かにそのことが確認できます。
また『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』と『ウォーハンマーRPG』の分化も、いささか図式的だったかもしれません。私は2007年、『ウォーハンマーRPG』第2版の公式GMとして、ゲームズワークショップ・ジャパンとコラボし、ミニチュアゲーマーに向けてRPGをレクチャーするというイベントを行いましたが、その時はミニチュアとRPGの両刀遣いのユーザーが、そこまで多い印象はなかったものの、それから15年近くが経過してみれば……ミニチュアやRPGの両方をプレイするユーザーは、もはや珍しくなくなったように思います。
●『ウォーハンマー入門/趣味人への道』の衝撃
シタデル・ミニチュアを輸入するのみならず、『ウォーハンマー・ファンタジー・バトルが本格的に日本語展開されるようになった1997年頃は、ちょうど「RPG冬の時代」に差し掛かった頃、あるいは真っ只中でした。
衝撃的だったのは、ゲームズワークショップ・ジャパンの創業者・籾山庸爾氏の『ウォーハンマー入門/趣味人への道』でした。今でいう"萌え"への追随が浸透しつつあった世相とは正反対の、いわばメタル魂という反骨精神がみなぎっていたからです。
ケレン味たっぷりの翻訳、京極夏彦風の指抜き手袋の決めポーズなど、これでもかと楽しさを見せつける写真。そもそも自分たちのことを「趣味人」だとうそぶくネーミングがダサかっこいい。自分は人から違うという選民思想を、それは「趣味」にすぎない、だからこそ本気でやるんだというメッセージによって中和しているという言説戦略が採られています。
それはちょうど、TCGブームやコンピュータゲームの次世代機の攻勢について行けなくなりつつあった人たちを、いわばオールドスクールという別方向へステップアップさせる(決して後退ではないものとして)いざないであるかのように見えました。
クラシックD&Dの展開がふたたびストップし、翻訳RPGの完全新作は『アースドーン』(柘植めぐみ/グループSNE)ほか、ごく少数に留まり、時代の流れが"なんか違う"ものを感じていた層に、『ウォーハンマー入門/趣味人への道』は届いたのではないかと思われます。めっきり出なくなったボックス・タイプの海外RPGやメタルフィギュアこそが、RPGの王道だと思っていた層です。
●『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』初版を読んでみた
前項については、さまざまな資料から傍証できたり、逆に「いや、それは違う」という反証としての証言を持ち出すこともできたりするでしょう。ただ、今回は形を変えて、ミニチュアとRPGのよりよい関係について考えてみたいと思います。
前回記事の資料として、『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』の貴重な初版(1983年)ルールブックを入手しました。これが実に興味深い内容だったのです。オールドワールドの生活感を演出のキモとする後の『ウォーハンマーRPG』を連想させる内容は意外と少なく、それでいて『ウォーハンマー 大規模戦闘(マスコンバット)ファンタジーRPG』と書かれているのです。装画はジョン・ブランシュ。
ゲームブックの名作〈ソーサリー〉シリーズのイラストレーターだけあって、さながら"早すぎた『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー』ともいうべき雰囲気の作品になっているからです。ちなみにブランシュは、ミニチュアの原型となるイメージ・イラストも多数描いており、FFシリーズのゲームブックで『地獄の館』や『恐怖の幻影』の装画を描いたイアン・ミラーとの共著での画集『Ratspike』(1989年)を出しています。ミラーはマーヴィン・ピークの『ゴーメンガースト』のイラストや、M・ジョン・ハリスンの『ヴィリコニウム』シリーズのグラフィック・ノベル化も手掛けていることでも知られます。
当時のクリエイターにとって、立体感のある造形ができることが重要です。日本においては、『ネクロスの要塞』や『メタモスの魔城』に関わられたあだちひろしさんが、ブランシュのような仕事を受け持っていたと言えるのかもしれません。余談ですが、あだちひろしさんの一つの出発点に、アバロンヒル社の『魔法の島の闘い』があると教えていただき、感動したものです。
このあたりは、出たばかりの「ナイトランド・クォータリー」Vol.27に掲載されている、10頁ぶち抜きのあだちひろしストーリーインタビューを参照してください。
ルールはCD&Dの影響を強く感じさせるものですが、あくまでも独立したエキスパンションとしての大規模戦闘、すなわち小規模のスカーミッシュやダンジョン探検を表現するものとなっています。
現在の視点では『ウォーハンマーRPG』初版に通じるルールも散見。あるいは『混沌の渦』に『ドラゴン・ウォーリアーズ』といった同時期に親しい版元から出たルール群との照応を感じさせるものも。
ただ、ジッグラトでの戦闘やダンジョン内での戦闘のモデルケースが提示されています。そういう意味ではウォーゲームの伝統に則る作りとなっており、さらに言えば、それこそH・G・ウェルズが名著『リトル・ウォーズ』で描いたようなシミュレーション・ゲームに近いのかもしれません。あるいはもっと言うと、ヨーロッパに根付いている、玩具の兵隊ゲームのノリでしょうか。
全体のルール構成はタイプライターで打ったものをそのまま使っており、当時のゲーム出版が、しばしば記録的大ヒットを出しながらも、一方でアマチュア精神の延長線上で作品が生まれてきたという構造的矛盾に取り巻かれていたことがわかります。
●『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』初版のRPG
そして、全体の3分の1が、RPGとしてプレイするためのルールになっています。能力値に相当するステータスは個人についてのものと戦闘に関するものと技能に大別され、技能はたくさん選んで取得していくというものよりは、出自に付随するかのように、ランダムに決まる職業技能のような雰囲気があり、このあたりはAD&Dみたいな印象を与えます。
キャラクターは人間、エルフ、ドワーフの三タイプに分かれ、人間の場合は1d100をロールして50以下であれば自由人。逆に90以上であれば騎士や貴族になれてしまいます。このあたりは、『ウォーハンマーRPG』らしいままならなさがありますね。
属性(アラインメント)もしっかり設定されており、D&Dを輸入販売していた版元が、オリジナルなD&Dを作ってみた、とでも言いたげな内容です。
にもかかわらず、中近世ドイツをモチーフにしたオールド・ワールドのような背景設定は、まだ十分に詰められてはいなかったようで、付属シナリオ「赤覚川峡谷(The Redwake River Valley)」はタイトルにあるようなロケーションの一帯が地図化されており、さながらD&D第4版のネンティア谷です。読みながら、出てくる「赤覚川峡谷」をオールド・ワールドのどこかに設定して、『ウォーハンマーRPG』第4版のプレイをしてみたくなりました。
オールド・ワールドではない(と思われる)、トロール丘(Troll Hills)を目の前にしたロケーション。冒険の中核となる魔術師の塔は、その外観がイラスト化、各階の詳細なフロアプランが綴られ、『ウォーハンマーRPG』4版や他のファンタジーRPGシステムに、十分応用可能であるように思われます。実際、サードパーティから出たAD&Dのシナリオに、似たシチュエーションのものがあったことを思い出しました。
●オールド・ワールドはどこから?
階を上がって進んでいく魔術師の塔だけではなく、地下を掘り下げていく別タイプの迷宮の地図も用意されており、実際にプレイしたユーザーも少なくなかったであろうと思われます。ミニチュアをアーミーのように多数コレクションせずともプレイできるので、こちらの方が需要は大きかったのではないかとすら思わせられます。
いや、逆に、せっかくミニチュアを集めたのに、ルール的なサポートが十分ではないと満足できなかったプレイヤー向けに、しっかりミニチュアを使うシステムとしてデザインされたのかもしれません。
『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』の第2版(1984年)のルールブックには、数体のキャラクターやモンスターを活躍させるのではなく、数十体から百体ほどのミニチュアたちを扱うためにデザインされた、とはっきり明記がなされていました。
また、モデルにしているファンタジー文学の文脈も、J・R・R・トールキン(『指輪物語』)、マイクル・ムアコック(『エルリック・サーガ』)、ロバート・E・ハワード(『コナン』シリーズ)だとはっきり示していました。
『コナン』のハイボリアは広大であり、大規模戦闘にはうってつけ。実際『指輪物語』には大規模戦闘の場面が具体的に描かれ、情景を想像しやすくなっています。そして、いわばこれらのファンタジーに、「ノン」を突きつけてきたアンチ・ヒロイック・ファンタジーが『エルリック・サーガ』だとすると、白面のエルリックの抱えた反骨精神こそが、『ウォーハンマー』のパンク精神の原型には根ざしていたのかもしれません。
そこから、どこかで見たようなファンタジー世界ではない、歴史性に裏付けられた−−ファンタジーでありながら−−願望充足に流れるものとは真逆なタイプのオールド・ワールドが少しずつ生起してきたのかもしれません。