2021年08月05日

すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』

 2021年7月29日配信の「FT新聞」No.3109に、『ミドルアース言語ガイド』(ICE/ホビージャパン)についての蔵出しコラムが掲載されています。『ハーンワールド』や、エルフ語、D&Dの翻訳についても触れています。

すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』 FT新聞 No.3109
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「すべての架空世界の原点がここに−−『ミドルアース言語ガイド』(ICE/ホビージャパン)」

 岡和田晃
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●はじめに

 「FT新聞」での拙連載「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」では、しばしば『ロールマスター』やその簡易版である『ハープ』の話題を出しましたが、とりわけ後者は日本での知名度がそう高いわけではありません。 
 そこで、『ハープ』の話題から始まり、『ハーンワールド』や『指輪物語ロールプレイング』といった設定重視のRPG(いわゆる第2世代RPG)の話題につなげたコラムを、資料としてお蔵出しします。
 執筆は2009年6月。もともとはTRPG文華祭の参加者用のファンジンに寄稿したものです。残念ながら現物は刊行されなかったため、最低限の註釈や修正を添えて、「FT新聞」で公開します。
 またもや若書きで恐縮ですが、熱量はあるので、そこを汲んでいただけましたら幸甚です。

●ハープ・ハーンは面白い!

 こんにちは、翻訳者/ライターの岡和田と申します。
 第2回のTRPG文華祭(2008年)では、ICE社の汎用システム『ハープ・ライト』を使用し、汎用ワールドセッティング『ハーンワールド』を舞台にしたシナリオにプレイヤー参加しました(以下、『ハープ・ハーン』と表記)。
 『ハープ・ハーン』、とても面白くプレイできました。ICE社と言えば精密RPG『ロールマスター』を抜きにしては語れませんが、痛打表をはじめとした『ロールマスター』のエッセンスと、13世紀イングランド(ちょうど、メル・ギブソン監督・主演の映画『ブレイブハート』の時代だと思って下さい)をモチーフとした『ハーンワールド』の奥深さがうまくブレンドされ、他にない味わいを見せておりました。
 『ハープ・ハーン』自体は「ICE JAPAN」のウェブサイトから無料ダウンロードできます。仲間がほしいので(笑)、ぜひダウンロードを!【注:現在リンク切れのため、『ハープ・ハーン』が紹介されていたICE社のサイトのリンクを貼っておきます。ダウンロードはできませんが、表紙が閲覧できて雰囲気はわかると思います】
https://web.archive.org/web/20101208033256/http://japan.ironcrown.com/
 なお、JGC2009でも『ハープ・ハーン』を初め、各種汎用システムを用いて『ハーンワールド』で遊ぶプロジェクトは進行しております。僭越ながら私は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の翻訳をし、リプレイも書いているためか、JGC2009では『d20ハーン』を担当させていただく予定です(6月末現在)。JGCの物販コーナーにて遊べますので、ぜひ、いらして下さいませ!【注:無事に開催され、盛況でした】

●RPGの面白さは設定にある!

 さて、『ハープ・ライト』と『ハーンワールド』の話が出ました。両者に共通するのは「手軽ながらも、奥深い設定を楽しむことができる」という点です。私は文芸関係の仕事もしている都合上、小説や映画、コミックなどといったジャンルに対して、RPGならではの面白さとは何であるのかを考える機会が多いのですが、やはりRPGは「設定の面白さ」につきる気がします。
 極論を言ってしまうと、キャラクターを愛でるだけであれば、コミックを読めば充分。壮大なヴィジュアルを楽しむのであれば、映画を観ればいい。
 映画やコミックで「背景」として済まされがちな世界を、そこに人間が生き、歴史のあるものとして提示できているところにRPGの面白さはあります。
 RPGのことをよく知らない人が好んで使う悪口に「RPGは流行り物の二次創作じゃないか」というものがあります。RPGはシミュレーションゲームの系譜に属するジャンルであり、シミュレーションゲームは現実に起きた状況(戦争など)を模倣するものですから、この悪口は一見、当を得ているように見えないこともありません。
 しかしながら、RPGの面白さは、うわついた「二次創作」の論理からではなく、きちんとした設定から引き出されるものだと私は考えています。なので、そうした悪口はRPGには当て嵌まりません。

●このサプリがお勧め!

 RPGと世界観との関係と言えば、今回ご紹介する『ミドルアース言語ガイド』というサプリメントは外せません。
 これはICE社から出ていた『指輪物語ロールプレイング』という、『ハープ・ライト』と同じく、簡易『ロールマスター』の趣きがあるシステムの関連書籍です(単体でも使用できます)。
 原著は今からちょうど20年前、1989年に出版され、日本語版はホビージャパンから1991年に出ました。
 『指輪物語ロールプレイング』は、基幹部分のシステムを『ロールマスター』に負いながらも、設定部分をトールキンの大河ファンタジー『指輪物語』を採用しているのですが、その主軸はフロドやアラゴルンの旅路を再現することではありません。もちろん、ガンダルフやレゴラスをPCとして「大いなる年」を再現することも可能ではあります。が、真に面白いのは「中つ国」そのものを体験する遊び方です。
 『指輪物語ロールプレイング』の主役は、舞台である「中つ国」そのものなのです。例えば、ランダムでキャラクターを作ったら、原作では1行しか言及されていない「ウォウズ族」に平気でなってしまったりします(笑)。
 舞台となる「中つ国」にしても、『指輪物語』本編で舞台になる「第3期」だけではなく、『シルマリルの物語』の時代である「第1期」の歴史がフォローされていたりするわけです。
 さらに面白いのは、『指輪物語ロールプレイング』には、トールキンの創造した世界の隙間を埋めるため、ICE社のデザイナーたちが、徹底したリサーチを経たうえで、独自の設定を作っているところです。
 『リーヴェンデル(裂け谷)』、『ローハンの乗り手』、『モルドールの門』、『粥村の冒険者』といったサプリメント(邦訳もなされています)を参照していけば、その目眩く設定の素晴らしさを体感することができますが、そうしたICE社の徹底したこだわりの到達点の一つが、この『ミドルアース言語ガイド』にはあります。

 トールキンは、架空世界を設計する際、まず、言語から創造したと言われています。これはトールキンが古代・中世の言語学の研究者であったためでしょう。トールキンは自分の創作法を、旧約聖書で神が世界を創造したことに倣い「準創造」と呼んでいますが、架空の世界を統御する理念的な屋台骨として「言語」が用いられるのは、私としては納得のいく話です。
 なぜならば、世界設定は真空から生まれるわけではないからです。必ず、現実の何かをモデルにしなければなりません。そして「言語」には、その世界で暮らす人々の考え方、生き様が否応なしに現れてきます。「言語」の考察なしには、リアリティのある世界を設計することは難しいわけです。
 トールキンは主に、北欧諸語を参考に架空言語を創造したと言われています。そして『ミドルアース言語ガイド』の中では、トールキンが作品で用いた架空言語のうち、エルフ語が徹底解説されているのです。
 『指輪物語』が映画化されてヒットしてからというもの、エルフ語の社会的認知は上がり、各種の教科書が発売されています。しかしながら、『ミドルアース言語ガイド』のレベルまで深く考察した書物はほとんどありません。エルフ語をシンダリン語、クェンヤ語と細かく分け、発音、文法、単語リストが細かく記載されています。それだけではなく、さながら和英辞典のように、日本語から逆引き可能なエルフ語一覧までが掲載されているのです!
 実際、エルフ語はドイツ語やデンマーク語をかじったことのある人ならばさほど苦労せず仕組みを理解できると思うので、気軽に参照して下さい。

●エルフ語に触れる機会は意外と多い!?

 『ミドルアース言語ガイド』を片手にエルフ語をかじってみて気がついたことがあります。それは、案外、RPG者にとって、エルフ語に触れる機会は多いんじゃないか、ということです。
 例えば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第4版のサプリメント『秘術の書』では、「シジル・カーヴァー」という「伝説の道」(上級クラスのようなもの)が登場します。
 「シジル・カーヴァー」とは宙空に魔法のルーンを刻む太古のエラドリンの技芸を学んだ者たちのことですが、彼らの技術は"Bereg-arnadh"と呼ばれます。
 さて、この"Bereg-arnadh"、英語でもドイツ語でもありません。
 実は、エルフ語−−それもシンダリン語−−が語源のひとつなのではないかと私は邪推しています。
 もちろん、そのまま単語がぴったり合致するわけではありませんが、シンダリン語では「強大な」を意味する"Beleg"、「王」を意味する"arna"という言葉があり、意味や響きからして無関係であるとは思えないのです。
 そもそも『D&D』は第4版になって、いわゆる「ハイ・エルフ」を「エラドリン」に、「ワイルド・エルフ」を「エルフ」に、といった具合に割り当てることで従来の「エルフ」を細分化したきらいがあるため、エラドリンはトールキンの創造したエルフ像にたいへん色合いが近くなっています。
 もちろん、『D&D』は『D&D』で、独自の宇宙観や世界設定を深化させてきたわけであり、エラドリンにしろ、トールキン・エルフの姿を完全に踏襲しているわけではありません。
 しかしながら、まったく無関係とも言い切れない部分があると思います。
 何より、トールキンが蒔いた種が現在も続いているとわかると嬉しいではありませんか!
 こうした、このうえない知的な愉楽を提供してくれる『ミドルアース言語ガイド』ですが、2009年6月末現在、日本語版は絶版で手に入りません。英語版も入手困難であるはずです。
 『指輪物語ロールプレイング』入門書では、翻訳者の佐藤康弘さんの『ミドルアース・ハンドブック』(ホビージャパン、1990年)が、安価で入手できることが多いのでお勧めしておきます。
 『ミドルアース言語ガイド』と、日本人研究者による伊藤盡『「指輪物語」エルフ語を読む』(青春出版社、2004年)を読み比べてみるのも面白いでしょう。


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posted by AGS at 04:18| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする