2021年6月13日配信の「FT新聞」No.3063に、作家の齊藤(羽生)飛鳥さんによる「怪奇の国!」(『怪奇の国のアリス』所収)のリプレイ小説が掲載されました。1977年の古典シナリオを「徹夜本」として楽しんでいただいた、そのプロセスが追体験できます。
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児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.7
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徹夜本という表現があります。
徹夜せずにはいられないほど面白い本という意味です。
私は子どもの頃から早く眠る習慣があり、今も12時くらいには寝るように心がけています。
そのため、人生で一度も徹夜したことがありません。
東日本大震災で帰宅難民となり、都庁舎に泊まらせてもらった時でさえ、パイプ椅子の上で眠り、縦と横が同じ厚さの巨大なマグロの刺身を夢見るくらい、しっかりと熟睡していたほどです。
しかし、『怪奇の国!』では二日にわたり深夜1時すぎまでプレイしてしまいました。
私には、徹夜に等しいです。
ですから、『怪奇の国!』は、私の中では徹夜本認定です!
先に冒険した『怪奇の国のアリス』よりもページ数が少ないので、軽い冒険かと思っていたら、これが意外にも大冒険となってしまったからです。
あともう少しでクリアできる……と、常に思わせる絶妙な匙加減の展開のため、ついついのめりこんでしまったのが原因です。
絶妙と言えば、『怪奇の国!』のキャラクター達も絶妙かつ秀逸でした。
個人的には、ガンファイターがお気に入りです。まさか剣と魔法の世界で彼のようなキャラに出会えるとは思わなかったので、インパクト大賞一等賞でした^^
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
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『幸運のジークリットの幸薄き冒険』
〜『怪奇の国!』リプレイ〜
著:齊藤飛鳥
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0:幸運なる幕開け
私の名は、ジークリット。
エルフの女性。303歳。銀髪金眼褐色肌の160cm/体重55kg。
装備は、おなじみの冒険者の基本セット。
いっそ全裸の方がいかがわしくないと思えるデザインだけど防御力に優れたレザーアーマーの魔法の胴着。
速度2倍にしてくれる魔法のブーツ。
武器は、魅力度48の美貌……じゃなくて、魔法の剣(6d6+5)の女戦士だ。
前の冒険で知り合った、ザンダーという魔法使いの新しいガールフレンドと海賊達に勘違いされたのをいいことに、優雅な船旅を続けていた私は、「壮麗なる」マクシミリアンのマッドハウス、通称〈怪奇の国〉の噂を聞き、冒険者魂をくすぐられて下船。
今まさに、その御影石の館にたどり着いたところだ。
「入館料は、持ち帰る宝が何であれ、その10%または魔法のアイテム一つでかまわんよ……イーヒッヒッヒッ! 」
「壮麗なる」マクシミリアンこと、マクシミリアン・ザ・マグニフィセントは、私の脚を凝視しながら入館の説明をする。
脚フェチか、こいつ!
そんな異世界の知識が脳内に流入してきたけれど、怪奇の国は〈幸薄き〉ジークリットから〈幸運の〉ジークリットになった最初の冒険にふさわしい。
私は、太腿を凝視するマクシミリアンの粘っこい視線を感じながら、怪奇の国に入った。
1:幸運なる入り口
私が部屋に入った途端、巨大な岩が入り口のドアをふさぐ。
外から見て、館の出入り口らしいものは、このドアだけだったのに!
いきなりのアクシデント、やっぱり私は〈幸薄き〉ジークリットだと思いたくなる!
……と、嘆いていたら、どこからともなく声が聞こえてきた。私の脳内に唐突に流れこんでくる異世界の知識によれば、館内放送というものだろう。
私の目の前にあるアイテムをどれか一つ持って行ってもいいと言っている。
だったら、盾を持ってないから、盾にしようかしら。
私が盾を手に取ると、瞬く間に塵になってしまった!
盾だけじゃない。他のアイテムも何もかも塵になって消えてしまった!
ひとえに、風の前の塵に同じ……と、異世界から流入してきた知識を振り切り、私は気を取り直して西の廊下へ向かった。
2:幸運なる実験室
西の廊下をひたすら進むうちにろくにできずは途切れ、突き当たりの部屋に入ってみた。
またも、背後で扉が閉まる。心臓に悪い。
部屋は、絵に描いたような実験室で、ブンゼンバーナーにかけられたビーカーが目についた。
中に液体が入っているけれど、うかつに飲んでまたガレー船の奴隷送りにされたら困るので、部屋の北の通廊から外へ出た。
3:幸運なるレプラコーン
通廊に出ると、身長30cmほどのレプラコーンが、自分と同じサイズの鉛筆を一本抱えている。
道をふさいで、自分が鉛筆で書いた線をまたがらないと私が前進できないようにしている。
ハッキリ言って関わりたくない。
そこで、私はレプラコーンを無視して、北の扉を抜けてすることにした。
4:幸運なる通廊
北の扉を抜けると、東西に延びる通廊に出た。南の壁には、扉がある。
こういう時は、行きやすそうな方へ行ってみよう。
私は西へ歩き出した。
しばらくして、通廊の曲がり角に出くわす。
東へ行くと来た道を戻るだけだから、ここは前進あるのみ!
私は北へ向かった。
こうして歩いていると思い出すわ。モンゴーの塔の地下迷宮を冒険した日のことを。
シックスパックという岩悪魔を相棒に、様々な危険をくぐり抜けてきたっけ。
あいつ、今頃何をしているのかしら……と、思い出に浸るうちに、南北へ続く廊下に出た。
さっきから部屋にも人にも全然出くわさない。
それが幸運なのか不運なのかはわからないけど、永遠にさ迷い続けるのではないかという一抹の不安がわいてくる。
東の壁の扉には「立ち入り禁止」と書かれている。
ご親切にも警告してくれているから、行くのはなしにしよう。
さっきから、私は北へ進んでいる。
ここは、迷子にならないように、また北へ進もう。
私は北へ行った。
今度こそ、どこか、または誰かに出くわせると思ったら、出会えたのはT字路さんでした。
……て、また道なの!?
もう考えるのが面倒くさくなってきたわ。
西へ行ってみよう。
……て、今度は通廊の端!?
もういい加減どこかにたどり着きたい!
東へ進んだら、ただ元来た道を戻るだけで、またもさ迷える冒険者になるのは目に見えている。
こうなったら、北側の壁の扉を開けよう!
私は、ドアノブを回した。
5:幸運なるボート
部屋に入ると、そこは一面霧が広がっていた。
何でかしら、霧の中を歩くうちに、意識が遠のいていく……。
……気づくと、私は水に浮くボートに乗っている。
霧が深いから、このボートが浮いているところが、運河なのか地下水路なのかもわからない。
わからないのは、それだけではない。
どうして、私の手には紐が握らされているの?
あからさまに罠くさいから、引っ張らないでおこう。
それより、紐をよく観察だ。
え!? 紐はボートの底にある排水用コルクに繋げられている!?
危ない危ない!危うく抜いて沈没するところだった!
『かいけつゾロリ』に出てきた「おふねのせん」を自分が体験する日が来るとは、思いもしなかったわ!
脳内に流れこんできた異世界からの知識を引用しながら、私は慌てて紐から手を離す。
やがて霧が晴れ、ボートの中にある壷に奇妙な液体がためられているのに気づいた。
ボート……飲み物……うっ、奴隷船送りとなったトラウマが……。
でも、味は見ておこう。
ペロリ。これは、霊薬!?
私の体力度と耐久度が永久的に5も上がった!
何だかいい気分になってきたから、ボートを漕ぐわよ!
へぇ、東と南に扉があるのね。
では、東の扉にこぎ着けてみよう。
私は東岸にボートを着岸させると、扉の前に立つ。
扉には、「動物に餌をやらないこと」と書かれていた。
そうそう。世話係以外が餌をやると、厄介なことになるのよね。
奴隷船で、船長のペットだった毒蜘蛛のベティちゃんの世話係をやっていたから、よくわかる。
私は扉の中に入った。
そこは、猿小屋だった。
20匹ほどいる猿達が、イタズラを仕掛けてくるは、物欲しげに食糧を見つめてくる。
だめだめ。君達のご飯は世話係さんからもらいなさい!
私は、南の扉を通って、この場を離れた。
6:幸運なるサイケデリック部屋
猿小屋の隣は、サイケデリックで霊妙不可思議なシンボルや物品が無数にある、それはもうこの上なくうさんくさい部屋だった。
ここで、幸運度で1レベルのSR発生!
〈幸薄き〉ジークリットから、〈幸運の〉ジークリットになって初めての幸運度SR!
はい、挑戦!
はい、失敗!
器用度が4、知性度が3下がった!
それなのに、また幸運度でSR!
はい、挑戦!
はい、成功!
……よかった、どうにか助かった。
やっぱり、私は〈幸運の〉ジークリットになっていたわね。
さもなければ、ここで冒険終了だったわ。
さっさとこんな部屋から離れよう……。
ふぅん、この部屋には、北と南と東に扉があるのね。
ここは、何となくで南に行くとしよう。
……で、扉を開けたら、同じように三ヶ所に扉がついた小部屋?
こうなったら、また南の扉を開けてみよう。
7:幸運なるファンハウス
扉を開けて入った先は、マックスのファンハウスだった!
何、ここ!?
あぁ……いるだけて器用度が4減っていくゥゥ……。
早いところ、こんな部屋から出て行かなくちゃ!
出口となる扉は三つ、そのうちの南の扉を目指して、私はマックスのファンハウスを後にした。
8:幸運なる自動販売機
隣の部屋に入ると、武器の自動販売機があった。
面白そうだから、使ってみよう!
無料のダガーがあるから、これに決めた!
あ、ポチッとな。
スイッチを押す時の定番台詞を決めながらスイッチを押すと、ホイルに包まれたチョコレート・ダガーが出てきた!
しかも、ネスレ製!
私、明治派なのよ!
仕方ない。今度はちゃんとお金を入れ……て、嘘でしょう?
バトル・アックスを買うために20gpを入れたのに、商品が出て来ない!
この自動販売機を使えたのは、最初の1回だけだったということ!?
ただより高い物はないとは、このことね……。
仕方なく、私は自動販売機の部屋を後にした。
せめてもの救いは、ネスレ製のチョコレート・ダガーも案外イケたことだけだった。ごちそうさま。
9:幸運なる円形闘技場
東の通廊から出ると、左右に延びる通廊にいて、北の壁には扉があった。
ちょっと開けて入ってみよう。
うっ……目がくらんだ……しかも、数秒後には暗くなるなんて、もしやこれが噂の眼前暗黒感?
自分の問いに答えを返す暇なく、次の瞬間私は大きな円形闘技場めいた部屋にいることに気づいた。
私の周りには奇妙です服装の人が100人座っているし、私の背後には600人もの人達が座っている。
これ、今、どういう状況?
「はーい、お嬢さん。あなたは、ステージの上にある箱の中の物と、カーテンの後ろにある物とどちらが欲しいですか? 」
こっちがわけがわからなくてキョトンとしているのに、何の説明なしに強引に話を推し進めてこようとするのは怖い!
どんな裏があるか、わかったもんじゃない!
ここは外に駆け出すに限るわ!
私は1ダースもの人達をなぎ倒し、当たるも幸い、ちぎっては投げちぎっては投げちぎって鼻毛ちぎっては投げ……ん? 今、変な言葉が混ざった……?
とにかく、やっとの思いで出口にたどり着いた。
途端に、目の前が暗くなり、私は扉の外にいた。
つまり、元いた左右に延びる通廊の北の扉の前に戻って来たということ。
今度は、東へ行ってみようかしら。
東に行くと、小さな部屋に出た。
南の壁には扉。西の壁沿いには通廊。東の壁沿いにはアーチ型の道がある。アーチの上には「近寄るな」と警告文が書かれている。
ここは、扉を通ってみようかしらね。
私は扉を開き、そして盛大に後悔するのだった……。
10:幸運なるガンファイター
「抜け」
扉を開いてホールみたいな場所に入るなり、ガンファイターが私に銃口を突きつけながら言ってきた。
初対面で、いきなり何なの!?
「虫けらめ、銃を抜きやがれ。さもなきゃ、てめぇはチキン野郎だ……」
あきらかに関わり合いになりたくないタイプだ。
あぁ、扉を開けなければよかったわ……。
「虫けらでも、チキン野郎でもかまいませーん。抜けと言われても、私、銃を持ってないんですけどー? 」
関わり合いになりたくないので、私はできるだけ相手を刺激しないようにする。
「ん? それもそうだな」
よかった。
これで、あきらめてもら……。
「だったら、俺の銃を貸そう。コルトシングルアクションアーミー、別名イクォライザーだ」
……えなかった!
しかも、さも親切ぶって銃を貸そうとしてきているし!
「どちらが早撃ちで殺られても恨みっこなしだぜ」
「それ、あなたが一方的に決めたことで、私が従う理由はないと思うんですけどー? 」
「理由はあるぜ」
ガンファイターは、しぶく笑って見せた。
「俺は銃を持っていて、おまえさんは剣しか持ってねえ」
あ……これ、断ったら即座に蜂の巣にする気満々の目だわ。
「理解したわ……」
私は、しぶしぶ銃を受け取ると、ガンファイターと早撃ちの決闘をすることにした。
器用度は、何だかんだで15に減っているんで、大丈夫かしら?
えぇい、こうなったらヤケよ!
おぉ、まさかの成功!
「いい勝負だった……ぜ……」
ガンファイターが倒れると、彼も銃も消えてしまった。
そして、彼が押しつけるように貸した銃は、500gp相当の金塊に変わった!
これは嬉しい予想外!
やっぱり私は〈幸運な〉ジークリットなのね!
私は、部屋を出て元いた場所に引き返した。
11:幸運なる長虫
今度はアーチ型の道を通ってみよう。
えっ、いきなり幸運度3レベルのSR!?
だ、大丈夫よ、私!
もう〈幸薄き〉ではなくて〈幸運な〉ジークリットなんだから、大丈夫!
はい、挑戦!
はい、ぎりぎり成功!
紙一重とは、まさにこのことだわ。
安心したところで、私のすぐ横を長虫(ワーム)が通りすぎていった。
あともう少し右に立っていたら、飛びかかってきた長虫に呑みこまれていたかも……。
背筋に悪寒が走ったけれど、おびえている場合じゃない!
また長虫が襲いかかってきたから、戦闘開始!
……それが長い戦いの始まりだった。
魔法の剣の攻撃力が高いのはいいとして、器用度は毎回きわどい結果で、何度も紙一重で長虫をかわす羽目になった。
もうこっちがいい加減疲れてきたところで、ありがたいことに長虫が力尽きてくれた。
しかも、長虫の中から、10000gp相当のダイヤモンドが出てきた!
しかも、耐久度が+10になる魔力を秘めている!
これは嬉しい!
私は、意気揚々と部屋を出た。
12:幸運なる信号待ち
また元の場所に戻った私は、まだ行ってない通廊に向かう。
今度こそ、ここ以外の場所へ行きたい。
そう思ったのに、出たのは前にも来たことのある扉の前だった。
開けようとしても、開かない。
仕方なく私は西の通廊に行くことにした。
やっぱり、着いた先は武器の自動販売機のある部屋だ。
使わないから、西の通廊へ行こう。
もうこうなったら、次も西へ進もう。
曲がり角になったから、方向を変えて北へ行く。
すると、「立ち入り禁止」と書かれた扉がある、見覚えのある場所に出た。
立ち入り禁止の場所に入ったらどんな目に遭うかわかったものではないから、北へ。
そして、T字路に出たら、東へ……て、ようやく今まで来たことのない場所に出られた!
3つの明かりが上下に並んでいて、真ん中の黄色い光だけが今は光っている。
何なのかしら、これ?
私がその場に立ち止まって光をながめていると、地響きがしてきた。
何? 何なの、この地響き?
私が戸惑ううちに、真ん中の黄色い明かりが消えて、代わりに一番上の赤い明かりがつく。
直後、私の目の前からほんの1メートル先の壁が破れ、中から大量の巨大クリーチャー達が現れた!
彼らは、私の前を左から右へ横切り、ひたすら突き進んでいく!
地響きの正体がわかったのはいいけど、途惑いは増す一方だ!
私が呆然と立ちすくむうちに、一分が経過。
明かりが一番下の緑色に変わる。
とたんに、これまで駆け回っていたクリーチャー達がピタリといい子に停止する。
今のうちに、東へ進もう。
私は、また彼らが動き出す前に、駆け足で進んだ。
13:幸運なるイーゼルの部屋
駆け足でクリーチャー達の群れを抜けても、私はしばらく通廊を走り続けた。
すると、突如私の背後に壁がスライドしてきた!
これで、二度と元来た道には戻れなくなってしまった。
まさか、閉じこめられてないわよね?
私は、自分が今いる場所を観察する。
壁がスライドしてきたことで、私は東、南、北に扉のある小部屋に閉じこめられている形となっていた。
ここは、自分が今どう移動しているかわかりやすいように、東の扉を開けてみよう。
扉を開けた途端、1レベルの器用度のSRが発生!
大丈夫? 大丈夫かな、私?
はい、挑戦!
はい、成功……て、怖っ! 深さ6メートルの落とし穴に危うく落ちるところだったわ!
見たところ、出口がたくさんある。
東に進んできてろくなことがなかったから、今度は北の扉へ行ってみよう。
扉を開けると、絵画用の刷毛がひとりでにイーゼルのところで絵を描いていた。
透明なクリーチャー?
これだけでも怪しいけど、何の断りもなく私の肖像画を描いているのは、さらに怪しい!
ここはかかわり合いにならないうちに、西の扉から出……られない!
何か、あの刷毛を持っている透明クリーチャーの害意を感じてきた。
ここは、やられる前にやるべし!
私が刷毛を攻撃する決意を固めたところで、2レベルの幸運度のSR発生!
はい、挑戦!
おう、失敗!
たちまち、刷毛は空中に剣の絵を描く。剣は私に襲いかかってくる!
「あっしの名は、アニメイテッド・ブラシ。自分の描いた絵を操る能力を持つ。何たる才能! 何たる奇才! 思うに、あっしはこれでデ〇ズニーで働くのを諦めたんだ……。才能が高すぎるのも考えものだ」
刷毛は、一人で悦に入って語る。
まさか、刷毛そのものがクリーチャーだったとは予想外だったわ!
でも、こっちには魔法の剣がある!
「アブ・アイワークスの足元にも及ばない刷毛ごときが、一人前の口をきいているんじゃないわよ! 」
「何を! 」
どうしたわけか、刷毛ことアニメイテッド・ブラシとは異世界の知識が通じ合った。
「ディズニーの最高傑作は『わんわん物語』! 」
「いいや、『アナと雪の女王』だ! 」
けれど、心まで通じ合うことはなかった。
「ディズニーのベストキャラは、『美女と野獣』のコグスワース! 」
「『リトルマーメイド』のヴァネッサだろ! 」
こんな感じで口論もしつつ、戦いを続けた結果、私はアニメイテッド・ブラシの描いた剣も、アニメイテッド・ブラシとイーゼルも撃破した。
さてと、さっさとこんな所から出ますかね。
西の扉はさっき開かなかったから、南の扉を開けてみよう。
14:幸運なるクリーチャー
南の扉を開けた途端、器用度で1レベルのSR発生!
地味に多くない、器用度のSR?
それはともかく、はい挑戦!
はい、成功……て、また落とし穴に落ちるところだった!
危ない危ない……。
またこの落とし穴の部屋に来てしまったわけか。
こうなったら、次は東の扉を開けてみよう。
扉を開けると、そこには小さなドーム状の頭を持ち、1本だけ触手がはえている、形容しがたいクリーチャーがいた。
何か触手の先に持っていると思ったら、宝石を持っている!
でも、宝石を手に入れるために、何も仕掛けてきてないクリーチャーを襲うのは、ただの強盗くさいからやめよう。
そうして、私とクリーチャーの気まずい二人きりの沈黙が始まった。
いっそ何か言うか、仕掛けてこいよと言いたくなるくらい、クリーチャーはノーリアクション!
もう我慢できない!
何でもいいから話しかけよう。
ここは、見習い魔術師時代に読んだ冒険者ジョーク集で読んだ小ネタを使おう。
「ねえ。あなたの持っている宝石がほしいんだけど、ちょうだい! 」
このジョークを使うと、クリーチャーは「誰がくれてやるか! 」「冗談じゃねえ! 」と何らかのリアクションを見せてくれる。
私にとって決して安全なリアクションではないかもしれないけど、この無に等しい時間を終わらせられるなら、何だっていい。
「宝石ほしいの? だったら、早く言ってよ。はい、どうぞ」
めちゃめちゃ流暢にしゃべってきた!
しかも、触手で宝石を手渡ししてくれた。よく見たら、宝石は1000gpの値打ちものだわ!
それをあっさりとくれるとは、なんて寛大なの!
正直、このリアクションは予想外だったけど、気詰まりな時間から解放された上に、宝石を手に入れられたから、結果オーライだ。
これも〈幸薄き〉から〈幸運の〉ジークリットになった効果かしら!
私は部屋を出るため、西と東と南の扉の中から、選ぶことにした。
ここは、南の扉を選びますかね!
私は、南の扉を開けた。
15:幸運なる天国と地獄
扉を開けると、そこは南の壁に面してテーブルが設置されている部屋だった。
テーブルの上には、2本のボトルが置いてある。
ボトルには「やれ」「やるな」と、命令形のラベルがそれぞれ貼られていた。
何か男らしくてキュンと来た!
そんな薄い根拠で、私は「やれ」のラベルが貼られたボトルの中身を飲み干した。
おいしい!
これ、ヒーリング・ポーションだわ!
おかげで、私の耐久度が全回復する。
きっと、これ以上いいことなんてなさそうだから、いい気分のうちに部屋を出ましょっと!
私は部屋の北側の左手のドアを開けた。
そこには、数多くの黒くて円形で平べったい物体が飛び回っている部屋だった。
あからさまに、危なそう!
その予感は的中し、ダイヤモンドが黒い物体にやられて半分になってしまった!
こんな所に長くはいられない!
私は、南にある左手の扉を開けた。
16:幸運なる大目玉
左手の扉を開けると、床から1.5メートルの高さで浮いている大きな目と目があった。
今まで、この〈怪奇の国〉で色々と変なのに出くわしてきたけど、まさかこんなわけのわからないのと遭遇するとは思わなかったわ……。
この場合、こいつに対してどう対処するのが正解なの?
宝石をくれたクリーチャーみたいに友好的ならいいけど、巨大な目玉なんて私の脳内に流入してきた異世界の知識によれば、西洋妖怪の親玉、すなわちラスボスだ!
だったら、やられる前にやるべし!
私は、巨大な目に斬りかかった。
すると、巨大な目の力でテレポートさせられてしまった!
テレポート中の謎の異空間で、私は2d6でダイスを振れば、12種類別ある行き先のどこかへ出られることを知った。
よーし!
賽は投げるもの!
はい、挑戦!
はい、今回初めてのゾロ目!
それも、6のゾロ目だわ!
合計12となるから、行き先はどこかしら……。
行き先をチェックする暇もなく、私はいきなり外へ投げ出された。
久しぶりの大地、久しぶりの青空。
そして、久しぶりの脚フェチ親父…じゃなくて、マクシミリアン・ザ・マグニフィセント!
「〈怪奇の国〉をご堪能したようで、何より何より。それでは、約束の入館料を払ってもらうぞ」
「入館料……」
私は、これまで自分が手に入れた物を思い出した。
ネスレ製のチョコレートダガー→おいしくいただいた
500gp相当の金塊
耐久度が+10になる効果を持つ10000gp相当のダイヤモンド→黒い物体にやられて半分になったから、5000gp相当の値打ちに半減
クリーチャーからもらった宝石→1000gp相当
……冒険したわりに、ゲットできたアイテムが少ない!
でも、とりあえず入館料は支払えるだけの金額はあるわね。
合計金額6500gpだから、その10%は650gpか入館料か。
「お釣り、出ます? 」
「もちろんだ」
私は、1000gpの宝石をマクシミリアンに渡す。
マクシミリアンは、350gpのお釣りと領収書、それに「冒険済み」という赤いスタンプが押された入館チケットをくれた。意外と芸が細かいな!
「この冒険済みのスタンプは、毎回デザインが違うんだぞ。イーッヒッヒッヒ! 」
「それは、気になるわね……」
「どうだ? また〈怪奇の国〉に挑戦してみたくないかね? 」
「する! してみる! やってみます! 」
こうして、私は再び〈怪奇の国〉に挑戦することになった。
17:幸運なる〈怪奇の国〉
「……そんなやりとりをしたのが、何ヶ月前のことかしら。そして、あなたと勝負するのは、これで何度目になるのかしらね。こんなことになるなら、〈怪奇の国〉に再挑戦するんじゃなかった。知性度が下がった後で重要な決断をするもんじゃなかったうわぁ〜ん! 」
私は、すっかりおなじみになったガンファイターに向かって泣きわめく。
「何を訳の分からねえ泣き言をわめいているんだ? いいから、拳銃を抜きな」
「わかった」
私は、熟練してしまった手つきで引き金を引く。
ガンファイターは倒れ、拳銃は黄金の塊になる。
このやりとり、本当に何度目なの?
そして、私はいつになったら、この〈怪奇の国〉を出られるの?
まさか、死ぬまでここから出られない……?
自分で考えたくせに、あまりの恐ろしさに思わず身震いする。
〈怪奇の国〉難民になるなんて、私はやっぱり〈幸運の〉ジークリットじゃなくて〈幸薄き〉ジークリットなのかしら?
それとも、こんなに長く〈怪奇の国〉をさ迷い続けられるのは、〈幸薄き〉ジークリットではなくて〈幸運の〉ジークリットだからなのかしら?
アイデンティティクライシスに苦しみながら、私は今日も〈怪奇の国〉をさ迷う。
明るい未来という名の出口を求めて……。
(完)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。
出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
(T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
訳:岡和田晃
発行 : グループSNE/書苑新社
2021/2/26 - ¥1,980