2021年05月27日

D&D小説リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」

 2021年5月25日配信の「FT新聞」No.3044にて、D&D小説リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」が掲載されました。クラシックD&Dの26〜36レベルを扱う黒箱を使ったシナリオのリプレイで、大艦隊を率いて、神々と丁々発止のやり取りをするとてつもないスケールの冒険です。


D&D小説リプレイ『巡らされた糸、混沌の渦中へ』 FT新聞 No.3044
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)リプレイ「巡らされた糸、混沌の渦中へ」

 岡和田晃

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「おれたちは無限の虚無の中を彷徨するように、さ迷ってゆくのではないか? 寂寞とした虚空がおれたちに息を吹き付けてくるのでないか? (…) 神を埋葬する墓掘り人たちのざわめきがまだ何もきこえてこないか? 神の腐る臭いがまだしてこないか?−−神だって腐るのだ! 神は死んだ! 神は死んだままだ! それも、おれたちが神を殺したんだ!」
 −−フリードリヒ・ニーチェ『悦ばしき知識』(信太正三訳)

●はじめに

 本作は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(クラシック)のリプレイ小説です。2021年4月22日配信の「FT新聞」No.3011で配信された「悪魔の住む河を覆う呪詛」は、コンパニオンレベル(15〜25レベル)のリプレイでしたが、今回はマスタールールセット(通称黒箱、26〜36レベル用)を用いたマスターレベルのリプレイです。
 マスタールールセットでは「ウェポンマスタリー」という新ルールが導入され、アンデッドビホルダーやナイトシェイドといった信じられないほど強力なモンスターが出現し、攻城戦や艦隊戦が積極的に扱われ、プレイヤー・キャラクターは定命者(モータル)の領域を越え、神(イモータル)になるための試練へ各々乗り出すことになります。
 本作は、M1モジュール「巡らされた糸」(邦訳1989年、原題Into the Maelstrom)を使用しており、内容の核心に触れています。
 「巡らされた糸」は、ブルース&ビアトリス・ハードがデザインしたモジュールで、マスター・レベルらしい、次元をまたいだ壮大な冒険が描かれています。AD&D等の高レベルキャンペーンシナリオでは、しばしば多元宇宙を股にかけた展開になりますが、艦隊を率いながら神々と丁々発止……というのはなかなかありません。
 なお、本作は2005年に行われたゲームセッションで、執筆も同年です。岡和田が肉体労働をしながら作家修行をしていた頃に書いたもの、すなわちプロデビュー前の習作なのですが、「悪魔の住む河を覆う呪詛」が好評につき、お蔵出しをいたしました。前作をお読みいただいた方々に感謝を捧げつつ、今作をもご笑覧をいただけましたら幸いです。
 
■登場人物

レイラ…ナイト30レベル。ニュートラル。トゥルー教徒の語り部で、魔剣〈オルトニットの滅びの剣〉を自在に振るう。
ハルドール…クレリック35レベル。ニュートラル。オーディンを信仰し、ルーンの力を引き出せる。〈ヴェルサンディの無敵の砂時計〉を探している。
ジョガーダ…マジックユーザー25レベル。ローフル。魔術師の塔で気ままに研究に勤しんでいる、元ファイター。プレイヤーによれば、外見は岡田真澄似らしい。
タイホン…32歳。シーフ31レベル。ケイオティック。マーチャント呪文や、〈ウィッシュ〉の巻物を有する。〈諸王の冠〉を探している。プレイヤーによれば、外見はジョニー・デップ似らしい。
ネロス…マジックユーザー17レベル。ケイオティック。「悪魔の住む河を覆う呪詛」から引き続いての登場。

ノルウォルド国王エリコール・ザ・ワイズ…ファイター18レベル。ジアティス帝国皇帝の三男にしてノルウォルド王国の統治者。血気盛んな男。
ケドハーのノーラン男爵…ファイター15レベル。ケドハー自治領の領主。小心な男。〈毒の霧〉とともにノルウォルドへ宣戦布告を行ってきた。
マリエラ…ノーマルマン(0レベル)。アルファティア帝国の皇女。物腰は洗練され美しい金髪と鼻筋とを持つが、いかんせん高慢。
「楽園の島」の住民…謎の木の実「ゾゾンガ」の虜になった人たち。特殊な技術を用いて自在に虚空を飛び回る。
ケナサ…ガルガンチュアクラウドジャイアントの麗しき乙女。
レオサス王…雲の王国の宮殿に居住している謎の哲人。
コーリス…ローフルのイモータル。思考の領域に属する。平和と繁栄の守護者。外見は銀髪の柔和な老人。
ヴァーニャ…ニュートラルのイモータル。時間の領域に属する。角突きヘルメットを被った肉感的な美女の姿をしている。歴史、栄光、英雄的な行為にのみ関心を持つ。
アルファクス…ケイオティックのイモータル。かつてはアルファティア帝国の皇帝だったこともあるが、故あって祖国を追放された。死(エントロピー)の領域に所属し、破壊と暴虐の限りを尽くしている。外見は醜悪なローアリングデーモン。
ハルツァンスラム…ノーラン男爵の義理の弟。アルファティア帝国皇帝の隠し子と言われていたが、本当は……?

■ストーリー

●〈毒の霧〉の脅威

 ミスタラ世界の北方に位置する新興国家ノルウォルド、エリコール王の宮殿にて。王も同席するノルウォルド評議会の議会上は、類を見ない紛糾した情勢を迎えていた。国王と評議員たちによって、「最後通牒」を巡る激しいやりとりが行われていたからである。
「陛下、もはや猶予なりません、ケドハーのノーラン男爵が最後通牒を出して参りました。彼の悪魔のような霧で、陛下の臣民はゆっくりと滅びつつあり、今や王国は混乱の極みにあります。奴の要求を受け入れて忠誠を誓わねば、われらは破滅しましょう!」
「笑止! 我らは、かかる恥知らずにして邪悪な脅迫には決して屈するわけにはいかぬ! ノーラン男爵は他の力の操り人形にすぎぬ。必ずや化けの皮を剥がし、背後でほくそ笑んでいる痴れ者を突き止めてくれようぞ!」
「されど陛下、我らはアルファティアの、悪くすればジアティスの軍勢と衝突するかもしれませぬ。戦争になれば、今残っている我らの土地も完全に荒れ果てましょうぞ」
「構わぬ! 毒の霧が戦争よりましなわけではなし、奴隷としての降伏など最悪ではないか。ノルウォルドは卑しいハゲタカどもの餌食ではない。我らの地を蹂躙せんと企む者に対しては、前進して見下げた裏切りの代価を支払わさねばならぬのだ。我が忠実なるロードたちよ、直ちに陸海の舞台を招集せよ。我らが誇りと名誉をもって運命に立ち向かうのだ! ケドハーへ艦隊を進め、あさましき下っ端貴族めに此度の愚行の代償を思い知らせるのだ。目にもの見せてくれようぞ!」
 高らかにそう叫んだ国王の右腕には鮮血に塗れたバスタードソードが握られており、足下にはケドハーからの伝令吏が倒れていた。既に息絶え事切れている。
 国王が評議員たちの反対を押し切ってまで軍勢を送り出そうとしているケドハーという土地は、ノルウォルド王国の首都アルファの北東に位置する自治領である。ノルウォルドはもともと未開の地であったのを領土拡大への意欲が強いジアティス帝国が入植し、国家としての体裁を整えた場所であったのだが、荒野を田畑へと変えていくにあたり、多数の強者の協力を必要とした。そこでエリコール王は野心ある若き冒険家を、その経歴は問わず、大陸各地から招聘し、本人たちの自嘲するところによれば開拓のための「屯田兵」として徴用した。
 厳しい自然環境のもと、不心得者は自然に淘汰され、或いは国を去り、志を持った者だけが残った。彼ら歴戦の勇士たちは、冬になると襲来するフロストジャイアントの一団を退け、邪悪な魔女三姉妹の陰謀を潜り抜け、時には農民に混じって畑仕事に勤しみ、隣国からの間諜を人知れず成敗するなどして、ノルウォルドの地を文明化させるための基盤を作ってきたのだったが、そのなかでも特に強い功績を示した者は、国王より感謝の意を込めて「コートロード(名誉貴族)」の称号を与えられ、封土の一部を自治領として下賜された。国王の相談役としてノルウォルド宮廷に特別の地位を与えられた者もあった。そのような貴族の一人が、ノーラン男爵だったのである。
 だが、従順な羊を装いつつも、ノーランは虎視眈々とノルウォルドの地を手に入れようと画策していたらしい。突然、悪しき力と手を結び、〈毒の霧〉の力を持ってして、自らの意に従わなければ、ノルウォルドの地を蹂躙し、草木一本残らない不毛の場所へと変えてしまう、と宣告したのだ。
 〈毒の霧〉とは、ノルウォルド北方の海ノーズジーを覆い始めた、魔力を持つ霧のことを指す。その毒性は、マジックユーザー呪文5レベル〈クラウドキル〉に相当し、大抵の生き物は、トロール並の生命力を持つものでなければ、たちまち殲滅させられてしまう。
 本来ならばこのような驚異はすぐさま取り除くべし、と、評議会の連中も直ちに国王の姿勢に賛同して然るべきであるのだが、ノルウォルド周辺の政治的情勢が慎重派連を躊躇させた。
 まず、目の上の瘤とも言うべき南方の「征服国家」ジアティス帝国。影響力を行使できるというので、正嫡の子であるノルウォルド王国に対し積極的な援助を行ってきたものの、ある時を境に扱いが変わった。先に、同じくジアティスの支配下にあったカラメイコス大公国が独立を宣言し、本国ジアティスとの幾度もの政治的駆け引きの末、自由を勝ち取ったのだ。そのため、否応なしにこの国からノルウォルドへと向けられる眼が数段厳しいものとなってしまった。もっとも、近年ではジアティス帝国の周辺諸国への「征服」活動が停滞気味である、ということも、その原因の一つである、と言えようが。
 次に、東方の魔法帝国アルファティアである。ミスタラ最古の国家として名高いこの国は、何かにつけて新興国ノルウォルドの内政に干渉し、少しでもジアティス寄りの勢力を殺ぐとともに、鉱山資源が豊富だということが明らかとなったノルウォルドの大地を自らの手中に収めるべく、虎視眈々と隙を窺っているのだった。
 当然ながら、ケドハーのノーラン男爵は、かような状況を自らに有利なものとして利用しているということを隠そうとしない。そして愚かにも、「ノルウォルド全土の正当な統治権」をそっくりそのまま要求してきているのだ。
 だが、部隊の招集を命じられたロードたちも、背後に幾重にも張り巡らされた陰謀の糸が存在するということは百も承知である。国王の決意を覆すのは難しいと知りながら、ロードの一人にして王の相談役を勤めることもある魔術師ジョガーダは、決然と異議を唱えた。−−所詮ノーランは取るに足らない小物に過ぎず、適正な法廷手続きを取らずしてノーランを殲滅してしまえば、国家と法の威信に傷が付くばかりか、ジアティス・アルファティアといった周辺諸国が国政に干渉するための恰好の口実を与えてしまう−−と、淀みなき口調で、理路整然として語りかけた。
 しかし、国王の決意は固かった。というのも、斥候によって〈毒の霧〉の尋常ならざる被害状況を聞き及んでいたからである−−迫り来る脅威はノルウォルドの国に前代未聞の被害をもたらすだろう。だからこそ、全力をもって、〈毒の霧〉を除かねばならない。蔭に潜む謀略を畏れて被害が広がるに任せていてはそれこそ、周囲の野心家どもに、「ノルウォルド取るに足らず」、との印象を与えてしまうだけだ−−王はそう、断固とした口調で反論する。そのうえで、王は自ら先陣を切って原因の調査・解決に当たるつもりだという。
 その決意のほどを観ては、さすがのジョガーダも折れざるをえず、代わりに譲歩案を出すことにした。
「陛下は大事な身。首都アルファに留まり、ジアティスやアルファティアから国を守っていただきたい。代わりに我らが、不心得者を征伐し、〈毒の霧〉を取り除いてお見せいたしましょう。何なりとご命令下さい。使い潰していただいて結構でございます」
「おお、協力してくれるのか、わが兄弟よ、腹心の同胞(はらから)よ!」

●イモータリティの追及者たち

 こうして、海の向こうのケドハーを制圧するための大艦隊の編成が決定し、優秀なロードたちが艦隊の指揮官として任じられた。皆、歴戦の勇士達であり、エリコール王やジョガーダと、辛酸を分かち合い生死をともにした仲である。
 砂漠の国イラルアム首長国連邦出身にして一神教「トゥルー教」の信徒である、レイラ。苦難のあるところ、ショールを巻いて颯爽と現れる巨躯の女戦士(30レベルナイト)。物語の才に長け、自らの希有な体験談を衆人に語っては喝采を博しているのだという。特定の国に仕える道を選ばず、英雄的な探索を果たすことで「神(イモータル)」に近付く、「エピックヒーロー」というイモータリティを追求しており、それに纏わる重要な使命を帯びて旅を続けていたのだが、かつて頭に強い打撃を受けたせいで過去の記憶を失ってしまったという。その間に手にしたと思われる、呪われし魔剣〈オルトニットの滅びの剣〉を浄化させることが、彼女の当面の目的となってしまっている。
 クレリックのハルドール。ヴァイキングの国ノーザンリーチ出身。その極限まで高められたクレリックとしての能力は大陸有数のものであり(35レベル)、余人の生殺与奪を一堂に担うことができる存在である。歴史的な偉業を残すことで時間を超越し「神(イモータル)」へと近付く、「ダイナスト」のイモータリティを探究中。オーディン神を信仰し、その恩恵として独自のルーンをアイテムに刻むことが出来る。ルーンに篭められた魔力は比類なく強力なうえ、誰もがそこから特別な力を引き出すことができる。また、「時間」の領域に属するアーティファクト、〈ヴェルサンディの無敵の砂時計〉を探索しているらしい。
 放浪の盗賊王(グランドファーザー)、タイホン(31レベルシーフ)。若き盗賊たちを多数率いながら荒野を旅し、邪なる存在を見つけては得意のライトクロスボウの早撃ちで蜂の巣にする。古代彫刻のような美しい相貌は並み入る婦人達を虜にし、故郷は金権共和国ダロキンで極めたという「マーチャント呪文」なる特別な魔法の力を用いれば、どのような者を相手にしても有利な立場から交渉を進めることができるという、無類の外交家でもある。輪廻転生を繰り返すことで「神(イモータル)」への道を追求する、「ポリマス」のイモータリティを探究中。また、プライムプレーン(物質界)に存在する最強の呪文、あらゆる願いを実現させる力を持つ〈ウィッシュ〉のスクロールを所持している。が、それに飽き足らず、さらに強力なアイテムであるアーティファクト〈諸王の冠〉を探している。
 そして、国王の相談役、ジョガーダ(25レベルマジックユーザー)。極めるべき呪文に追われいまだイモータリティの探求に手を染めてはいないものの、魔法至上主義公国グラントリで幻術を極めた腕前は本物だ。もとはファイターを目指していたらしく、驚くほど強健な肉体を具えてもいる。だが、身のまわりに構わない性格のためか、国王より与えられた封土は穏やかに運営されており、本人は建てられた魔術師の塔で気ままに研究に勤しんでいる、という。一説によれば、才知あふるる若い後進(1レベル)の養育にかまけているらしい。とかく、マジックユーザーにしては「まっとうな」性格であるともっぱらの評判だ。
 最後に、大艦隊と国王との連絡役として、ネロスという老獪なマジックユーザー(17レベル)が割り当てられた。かつて、サーベル・リバーなる河に宿る邪悪な魔術師「シーア」に操られていたが、その際、タイホンに助けられ心を入れ替え、ノルウォルド宮廷に献身的に仕えるようになったという経歴から、いまだロードの称号こそ与えられていないが、実務的にも戦闘能力的にも、彼の実力が並のロードを遙かに越えたものであるということは、誰も疑わない。
 彼らに与えられた大艦隊は、概観すると以下の編成から成っている。ちなみにBRというのは艦隊の交戦力を表す値で、平均的な船は80前後の能力を持っている。

(1)海洋派遣戦闘部隊(指揮官・レイラ)
艦隊人員:1570(内、海兵350。2レベルファイター、20%はロングボウ装備)
艦隊構成:ラージガレー4(飛び道具、衝角),スモールガレー5(衝角),ラージセイル シップ10
BR102
(2)王室突撃部隊(指揮官・タイホン 副官・ネロス)
艦隊人員:3495(内、海兵875。2レベルファイター、20%はロングボウ装備。また、兵員輸送船には、2レベルエルフが200。全員がロングボウ装備で呪文使用可。バンディッド メイルを着ている)
艦隊構成:ウォーガレー1(飛び道具、衝角),ラージガレー6(飛び道具、衝角),スモールガレー15(飛び道具、衝角) 兵員輸送船:2(飛び道具、エルフ)
BR180
(3)ノルウォルド侵攻部隊(指揮官・ハルドール)
艦隊人員:2250(全員が漕ぎ手水兵、3レベルのバーバリアンファイター。レザーアーマーとシールドを装備)
艦隊構成:ロングシップ30
BR106
(4)艦隊支援部隊(指揮官・ジョガーダ)
艦隊人員:1350(全員が漕ぎ手兼水兵、1レベルのファイター。レザーアーマーとシールドを装備)
艦隊構成:スモールガレー15(飛び道具、衝角),スモールセイルシップ30(飛び道具)
BR105

 以上、総計9000名近い乗組員を有する一大艦隊である。
 だが、艦隊を出港させる前に、レイラは宮廷内に既に潜んでいる脅威に気が付いた。それはすなわち、王の手によって切り捨てられた斥候の死体のことである。幾度も死線を潜り抜けてきた経験により、レイラはこの死体に不気味なものを感じた。タイホンも同様のようだ。そこでその疑念を裏付けるため、手持ちの〈アンデッドコントロールポーション〉を服用してみたところ、どうやらこの死体がアンデッド、それもとても強力なものとして甦るのではないかということを察知した。そしてその疑念は、深海にも比せられるクレリックとしての知識と数多の経験を有するハルドールの言葉によって、裏付けを得た。
 しかしだからといって、この死体をどう片づければよいのだろうか。ハルドールは迷わず「アンデッド」である斥候の死体をターンさせようとするが、こともあろうに何かえもしれぬ強大な力に阻まれ、うまく退散させることができない。見かねたジョガーダが投げかけた〈ロアー(知識)〉の呪文にしても、価値ある知識を得ることができなかったという点では、結果は変わらない。おまけに荼毘に付せば大丈夫だろうと火をつけたら、その火が消えなくなってしまった。
 1週間野外に放置したままのシチューのような味がした〈アンデッドコントロールポーション〉のお味に顔を顰めるレイラを後目に、タイホンは、
「〈ディメンジョンドア(次元の扉)〉で海に捨ててきては」
 などと無責任な発言を行う始末。だが、運悪くそれがエリコール王の耳に入ったがため、
「そなたらで運んでいき、旅の途中で処分してくれ」
 と、言い放たれ、「廃棄物」の秘密処理は不可能となってしまったのだった。

●恐るべきモンスターたち

 巨大な氷山の間の波の頂で、北の夏ならではの低い太陽の光が輝いている。船団が進んでいく横では、時たまアザラシの群れが氷上で日光浴をしており、凍り付く緑色の海に飛び込んでいる。身の引き締まるような寒風が巨大な氷山に降り積もった雪を吹き飛ばしている。氷の山々が威厳たっぷりに大艦隊の上にそそり立っている。
 突然、雷のような雄叫びとともに、巨大な白いトカゲのような生き物が3匹、氷の後ろから上昇してきた。艦隊の兵士たちの間に、畏敬と恐怖の念が広がっていく。危険を察知したジョガーダが先んじて退避命令を出すよりも速く、艦隊の大半が敗走を始めた。レイラの指揮する船は3分の2が恐れをなして逃げ去ってしまい、ジョガーダとタイホンに至っては8体しか船が残らない、という始末である。
 それもそのはず、目の前の生き物はいずれも、古代の(エンシェント)ヒュージホワイトドラゴンだったからである。ドラゴンたちは逃げまどうちっぽけな人々を嘲笑うかのようにゆっくりと上空を旋回しながら、こともあろうに人間の言葉で叫んだ。
「この強大な艦隊は直ちに母港へと帰還し、神々の怒りが静まるまで待たなければならぬ。武力は汝らの悩める土地を救うことなく、さらに悪しき運命へと陥れるのみである。いやしくも支配者たちに民を思う心があれば、最後通牒に従わねばならぬ。されば正義が最後には下されよう」
 しかし、このような脅しに乗るようなロード連ではない。
 おまけに、艦隊の乗組員のうち、これは良い機会だと、気の乗らない旅から逃げようとする連中が持ち出してきた撤退計画も、
「そなたたちの心遣いには感謝するものであるが、しかしながら、我々には為すべきことがある。それは、我らが国王陛下と愛する祖国を守るため、〈毒の霧〉の脅威を取り除くことだ」
 とのジョガーダからのお達しによって、穏やかに否定される。
 そして、同じく既にジョガーダによって〈フライ〉の呪文を〈パーマネンス(永久化)〉されていたため、直ちに一行は飛び上がり迎撃体制に入った。 
 まずはレイラが〈オルトニットの滅びの剣〉とソードシールドとの二刀流で合計6回斬りつけて、たちまち1体を膾斬りにする。
 だが、返す刀で吹き出されたドラゴンのブレスをまともに受け、レイラは全身を高熱で灼かれ、悶え苦しみ、絶命した(抵抗のセーヴィングスローに成功してもなお、受けたダメージ98点)。実はこれこそが魔剣の呪いである。〈オルトニットの滅びの剣〉を手にした者は、バスタードソード+5・対ジャイアント+10に加え、〈ホールドモンスター〉と〈ドッジエニイミサイル〉とをそれぞれ1日に1回使うことの出来るという強力な力と引き替えに、総ての打撃と〈ドラゴンブレス〉に対し、常人の倍の損害を被ってしまうのだ。
 黒焦げになって墜落してくるレイラの遺体。すぐさまハルドールが〈レイズデッドフリー〉の準備に向かう。その隙を突いて、影に隠れ(〈ハイドインシャドー〉をし)ていたタイホンが背後からの一撃(〈バックスタッブ〉)を仕掛けるが、これはドラゴンを倒すまでには至らない。影から姿を現したタイホンは、ハルドールがレイラを甦らせたのと入れ替わるかのように、コーン状に広がる〈ドラゴンブレス〉をまともに浴び、死亡した。ジョガーダも〈ファイアーボール〉などの堅実な呪文で応戦するが、攻撃をかいくぐってきた別のドラゴンの、爪・爪・噛みつき・蹴り・翼・尻尾の6回打撃を受け、喰い殺されてしまった。
 だが、優秀に立ち回ったのがハルドールである。得意の〈レイズデッドフリー〉で死者を甦らせてすぐさま戦場に送り込み、余力がある時は〈キュアオール〉で傷ついた仲間の傷を癒し、手が空けば強力な〈バリアー(巨大な回転するハンマーを出現させる)〉の呪文を用いて応戦する。クレリックのサポートと優秀なドラゴンスレイヤー・レイラの尽力のおかげで、数分後には、古代のドラゴンロード3体はいずれも死体となって、ノーズゼーの水面に浮かぶこととなってしまった。それらはロードたちの手柄を示すものとして、または魔法の触媒や武器防具を作成するための特別の素材として、さらには非常用の食糧として、スモールガレー5隻とラージガレー3隻の船を用いて牽引していくことになった。
 けれども、ドラゴンの脅威が去ったからと言って、旅が平穏無事になったというわけではまるでない。さらに一週間旅を進め、今度は船内に騒動が巻き起こった。ロードたちの脳裏に、怖気づいた船員が反乱を企てたのか、との思いがよぎる。だが真相は違っていた。処分場所を探すまで船に乗っけていた伝令吏の死体が急激に変貌を始めたのだ。その姿は半透明に透き通り、虹色に輝いたかと思うと、霧のごとく拡散して巨大化し、ガルガンチュアサイズ(通常の生き物の8倍の大きさのこと)のパープルワームを思わせる姿に収束を始めた。それと同時に体色がどす黒く変わっていき、邪悪な気が集まり始めた。プライムプレーン(物質界)でその姿を見ることは極めて稀な太古の邪悪、〈ナイトシェイド〉。その一つの姿である、ナイトクロウラーが顕現しつつあるのだ。〈ナイトシェイド〉が出現するとともに、周囲の食糧・水が全て腐食してしまった。
 これはまずい、とジョガーダがナイトクロウラーへと火力最高の〈ファイアーボール〉を投げつけるが、相手はまるで傷ついた様子がない。ナイトクロウラーは高度に魔法的な存在であるため、低いレベルの魔法は効果を持ちえない、というのがその原因のようだ。ちなみに、ターンが効かなかったのは、あまりにも強力なアンデッドゆえ、ターンの力を跳ね返すことができたかららしい。仕方がなくジョガーダは〈ディレイドブラストファイアーボール〉に呪文を切り替える。
 そのようなナイトクロウラーが放つ魔力の迸りを受け、不意を突かれたレイラは数インチの大きさにまで縮小させられ、治療のため駆け寄ったハルドールは〈フィンガーオブデス〉を投げかけられた。だが、さすがにイモータリティ探求に挑戦するだけの実力を備えたロードたち。半端な魔法の効果など受けるはずはなく、やすやすと抵抗する。そして、ハルドールのサポートにより通常の状態に戻され、ジョガーダの〈ヘイスト〉によって強化されたレイラの12回攻撃によって、最高位のアンデッドは永久の滅びを迎えることとなったのである。
 むしろ苦労したのは、戦闘の後である。すべての食糧が腐り果ててしまったので、頼りになるのは狩猟や漁による自給自足と、ハルドールの〈クリエイトフードアンドウォーター〉の呪文だけである。だが、いかに高次の存在であるとしても、この魔法を使うことができるほどの実力を有したクレリックが1人しかいないのでは、いかに食糧を節約しようとも限界が見えてくる。ロードたちは、急いで艦隊を進軍させた。

●アルファクスの手先

 さらに1週間ほど旅し、ようやく〈毒の霧〉の目前まで辿り着いた。王より聞かされた斥候の話によると、〈毒の霧〉には台風の「眼」のような箇所が存在し、そこから出入りすることができるのだという。だが見たところ、それらしい抜け穴は見当たらない。ロードたちは懸命に〈毒の霧〉を避けながら、周囲を運行し、「眼」がどこにあるのかを探し始めた。
 静かな夜である。この静けさを乱すのは船首が風を切る規則的な音だけだ。艦隊の示すランタンが、夜霧のなかで瞬いている。見張りが交代しようとしたとき、右舷に船団が確認された。帆は満開になっており、大艦隊を避けるように迂回しながら全速力で進んでいく。不審に思ったジョガーダはただちに明かりを点けて手旗信号を送り、船団名と所属とを明らかにするよう通告を出した。だが、船団は相手にしない。もしやこの船は「眼」へと進んでいっているのでは。そう、ロードたちは考え、大艦隊を散開させ、船団を包囲するよう指令を出した。
 船団の先回りをし、相手の進路を塞ぐことに成功したのは、高性能の船を備えたハルドールの艦隊だった。しかしなんということか、船団は彼我の圧倒的な戦力差にもかかわらず、艦隊に向かって、射撃を仕掛けると同時に、衝角(ラム)による突撃を行ってきたではないか。船団の構成は以下の通りであるが、

☆もぐりの船団
艦隊人員:350(内、海兵250。50%がロングボウを装備した2レベルファイター。チェインメイルとシールドを見に付けている。)
艦隊構成:スモールセイリングシップ・10(飛び道具)
BR111

 この程度の軍勢で、人員だけで9000を越える規模の大艦隊に突撃をかけるとは、無謀にもほどがあろう。だが、敵の目的は一点突破によって退路を確保することにあるようで、ハルドールの艦隊と向き合った敵の船団は死にもの狂いで抵抗を行ったためか、予想以上に手強かった。このままでは逃げられてしまう。そう、ロードたちは考え、「眼」の情報を得るためにも本気で応戦することにした。
 ハルドールは船団の進路を完全に断ち切り、ジョガーダは〈メテオスウォーム〉の呪文を唱えて敵の真ん中に流星や隕石を叩き込む。するとどうだろう、敵船団の後方に位置していた艦隊が5隻、反対方向に離脱を始めたではないか。どうやら、敵の内部で造反が起こったようである。後方の艦隊は白旗を揚げ、タイホンの船団の方向へと向かっていく。
 すぐさまタイホンとジョガーダは離脱した艦隊に近づき、接舷して乗船を試みた。ただちに水兵を乗り込ませ、乗員の身柄の拘束にかかる。船倉より現れたのは、薄絹を纏った育ちのようさそうな、見目麗しき女性だった。彼女は掠れた声で−−助けてください、男爵に身柄を拘束されていたのです、と呟いた。
 長年の経験から女性の素性を怪しんだロードたちは、タイホンのマーチャント呪文による性格看破、〈ESP〉、特殊技能の〈言いくるめ看破〉で女性の素性を取り調べるが、嘘偽りはないようだった。彼女はマリエラと名乗り、アルファティアで暮らしていたがノーラン男爵に拉致されてきたのだ、と釈明した。
 一方、ハルドールは善戦し、残りの船団の戦意を喪失させることに成功した。司令官として、身長7フィートを越える偉丈夫が連行されてきた。エリコール王に見せられた手配書の似顔絵とそっくりだ。ノーラン男爵に違いない。彼は、本国を追放されてきた流浪の貴族であると名乗ったが、マリエラの顔を見ると途端に本性を表し、騒ぎ始めた。
「やめろ、下賎の輩が、マリエラや私のような高貴の者に手をかけるな。私とマリエラは運命の糸で結ばれており、そしてマリエラを、ア、ア、アルファクス様への生贄に捧げれば、私自身にも『神(イモータル)』への道が拓かれるはずだったのだ…」
 聞き捨てならない台詞である。アルファクスとはケイオティックの「神(イモータル)」であり、邪悪な存在だ。おそらく、男爵はアルファクスの信徒だったのであろう。
 さらなる情報を引き出すべく、ロードたちは尋問を始める。だが、さして痛めつけもしないうちに、べらべらと情報を吐き出し始めた。
「私は、私は悪くない。弟に嵌められたんだ。腹違いの弟ハルツァンスラムが、ファーエンドの神殿でマリエラを生贄に捧げれば、アルファクスの加護があると言ったんだ……」
 乾いた笑いを浮かべるロードたち。だが、重要なことは、きちんと聞き出そうとする。
「教えろ。アルファクスが復活するとどうなるんだ?」
「決まっていよう、素晴らしい世界が訪れるのだ。混沌と破壊が巻き起こり、怨嗟の声が地上全体に満ちるのだ!」
 ノーランはまさに恍惚境に達している。だが、相手をしている方は話しているうちにあきれ果て、次には怒りが心頭に達してくる。話す内容が次第に戯言へと変わっていく男爵からはもう何も得られない、と、怒りを感じるだけ無駄だと諦めの境地に達したのか、ジョガーダとタイホンは水兵に命令し、男爵にはただちに地下牢へと連行願うこととなった。
 一方のマリエラは、慣れない環境の連続のためか、緊張が続いているようで、
「すぐにわたくしをアルファティアヘ送り返して」
 と、ヒステリックに怒鳴り散らす始末。
 ジョガーダとタイホンが、これからこの船は王命でケドハーへと向かわねばならないと伝えても、
「わたくしの身柄は王命よりも大事なのです」
 そう言って取り合わない。
 それもそのはず、よく見ると、彼女の身につけているブローチには、アルファティア王家の紋章が記されている。よりにもよって、彼女はアルファティア帝国の皇女なのだ。これは大変なことになった。下手を打てばアルファティアを敵に回すという最悪のシナリオが、現実のものとなってしまう。
 だが、あれこれと思い悩んでいる猶予はなかった。今度は、船首の前に、黒いシルエットの男が実体化して現れたのだ。影の顔はフードに隠れている。
 低い声で影は呟く。
「汝らは我が伝令吏に挑んだな。今や国々の運命は更に危険な状態に陥った。汝らの中には特別な乗客が1名おるが、かの者について他言してはならぬ。そは汝らの一族の者全ての破滅を招くであろう。今や、汝らの差し迫りし運命を防ぐために、我が出来ることは残されていない。海が唸り、空が紫に染まりし時、嵐の大槌に気を付けよ」
 伝令吏とはノーランのことか、それともマリエラか。いや、〈ナイトシェイド〉、それともエンシェントヒュージホワイトドラゴンのことかもしれない。しかし、最後の言葉が終わるとすぐにこの影は消え、2人の海兵が船尾の警報を鳴らし始めた。
「嵐だ! 嵐が近づいている!」
 突然、天候が悪化したようだ。とても自然のものとは思えない規模の嵐が巻き起こり、海面には巨大な渦が生まれている。老練した船乗りも、
「こんな渦は見たことねえ」 呆然と呟く。
 だんだんと艦隊の速力は落ち、完全に停止したかと思うと後戻りし始める。船員は船中を走り回り、漕ぎ手たちの太鼓も調子を高めていく。
 空は紫色に変わり、後方で恐ろしい雷鳴が轟いた。恐怖の念とともにロードたちは、大きく裂けた渦巻きに船団が引き寄せられていたことに気がついた。乗員たちは全ての帆を上げ、全力で漕いでいる。だが、とうとう船団は、ゆっくりとではあるが、巨大な渦巻きから離れることに成功した。
 ところが突然、渦巻きが広がり、船団の後を追ってくるではないか!
 もしやこれは、計画を察知されたアルファクスの仕業か? そのような考えが頭をよぎった時、レイラの心に何者かが囁いた。角のついた豪壮な兜を被った金髪の肉感的な美女が、目の前に立っている。
「だいじょうぶ、この嵐は私が起こしたの。安心して。渦の中心に飛び込むのよ」
 女はそっと語りかけ、姿を消す。
 レイラは、自分が見たものを皆に伝える。
 それを耳にしたハルドールは、渦に飛び込むべきかどうか、〈コミューン(託宣)〉の呪文を使ってオーディン神に尋ねたが、得られた答えは、
「自分の信じる道を行け」
 のみ。
「どうして神様っつうのは、どいつもこいつも、曖昧な答えばかりするんだ」
 ジョガーダが冒涜的に呟く。 
 だが、ハルドールの方は、決断の瞬間に神に頼るような輩はヴァルハラに入る資格なぞない、とでも考えたのか、神託を何度も咀嚼し、取るべき行動について考えを巡らせている。
 一方の皇女は、
「嫌よ。こんな渦に入るなんて!」
 と、騒ぎ立てる。だが、レイラは冷静だった。
「ほら、とりあえず小さくなってな」
 ソードシールドに具わるタレント(魔法的な効力を生み出す特殊な力)を使って、マリエラを縮小させ、ポーションの空き瓶に閉じ込める。
 既に何隻かの船は、巨大な渦巻きの周りを回り始めている。一瞬のうちに全艦隊が、深緑色の渦に捕まってしまった。大混乱が起こる。痺れるような響きの鳴動と、深部より押し寄せてくる、凍てつく暗闇にもかかわらず、大渦巻きの底にある光景が少しずつ現れてきた。開けた空間…夜…星々…おそらく、その先は虚無を遥かに越え、伝説の空洞の世界(ハロウ・ワールド)にでも繋がっているのだろう。だが、この恐怖の瞬間、死せる定めの生き物(モータル)たちの心は千々と砕け、狂気の光景を拒絶し押し出した。
 意を決したロードたちは、次々と渦巻きのなかへと飛び込んだ。意識の暗闇が、一行を襲った。
 だが、レイラは不思議と落ち着いていた。兜を被ったあの女性−−ヴァーニャと名乗った−−が、必ず自分たちを守ってくれると信じていたから。
 意識を取り戻すと、大渦巻きの無慈悲なうねりは嵐の音に変わっている。しかしながら艦隊は、激しい氷の嵐でなおもくるくると回っている。激しい雪と氷に妨げられ、隠れ場所を探すほかは何もできない状態が続いた。嵐によって、船団の帆は全て破れてしまった。

●楽園の島へ

 やがて光は消え、海の狂気も去った。船団の上にも下にも、ぞっとするような静かな虚空が広がっているだけである。いまや船の大艦隊は、虚空のなかを漂っている。
 艦隊の乗組員は皆、無事だった。ヴァーニャの加護があったのだ、とレイラは喜んだ。そういえば、渦のなかで夢を見た気がする。ヴァーニャが微笑んで、
「我が英雄よ、あなたはよくやりました! 相応しい報酬を受け取るのです。ニュートラルと時間の領域に仕える『神(イモータル)』ヴァーニャの名にかけて、あなたにロッドオヴヴィクトリィ(指揮官としての能力を飛躍的に高めるロッド)を授けましょう」
 と語りかけてきた。その証拠に、レイラの腰には黄金色に輝く細身のロッドが差し込まれている。
 暗闇のなかで、それぞれ異なる色をした星ぼしが瞬き、かつての世界で見たことのある満月と、同じくらいの輝きを有している。空気は冷たく、破れた帆の名残りをはためかせて、奇妙な風が吹いている。
 漂流する艦隊の行く手に、静止して浮いている巨大な円形の平面が見えてきた。奇妙なことに、輝く光の玉がこの平面を包み込んでいる。これは数マイルの海に囲まれ、密生した森林に覆われた島らしい。平面の外周部では、波が、透明な砂浜に打ち寄せているように見える。
 華やかなローブや腰布を身体に纏った原住民らしき人たちが、満面の笑みを浮かべて艦隊に手を振っている。そのうちで筋骨逞しい男達は、半透明のきらきら光る羽を付けたカヌーのような乗り物で虚空を飛んでいる。より直接的な手段、翼を身体に括りつけて、まるでジアティス帝国に伝わる、機械による人力飛行を夢見たイカロスという男のように虚空を舞う者すら、いる。
 艦隊はとりあえず、島を取り巻く形で不時着を果たした。だが話してみたところどうやら、ここの人たちはプライムプレーン(物質界)の言葉が通用しないようで、必死で身振り手振りなどを用い窮状を説明するしかない。
 その間、波に揉まれ疲弊した乗組員の面々は、まるで害意のない住民の挙措に緊張を解かれたのか、歓声を上げて上陸し、勧められるままに島の至るところになっている島の言葉で「ゾゾンガ」と名付けられた木の実を、憑かれたようにむさぼり喰い始めた。するとどうだろう、食べた者は皆、たちまちのうちに無気力状態に陥り、ただひたすら「ゾゾンガ」を食べて安寧に耽るほかは、この世の生に何の関心も持たない状態になってしまったのだった。結果的に、艦隊の乗組員のうち、最低でも63%以上もの人々が、「ゾゾンガ」の虜になってしまった。
 否応なしに、ロードたちは「ゾゾンガ」に不信感を抱いた。だが、脱落者が続出するのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。副官のネロスが中心となって救出部隊を編成し、無力化した連中を半ば強制的に船隊に復帰させるが、後遺症の残る者が多く、戦力を立て直すにはかなりの時間が必要になりそうだ。
 見れば、一連の騒動の張本人ノーラン男爵も、いつの間にか船室を抜け出し、「ゾゾンガ」が提供する享楽にその身を委ねている。
 一刻も早くこの場所を抜け出さねば。だが、どうやって?
 幸いなことに、「ゾゾンガ」のもたらす多幸感は住民たち自身にも及んでいるようで、こちらが無力化されたからといって、襲われたり生贄として捧げられたりする心配はないようだ。害意がないのであれば話は早い。ネロスとタイホンはそれとなく住人から、空を飛んだりカヌーを走らせたりしている人々が使っている羽根が、いったいどこから採れるのかを尋ねてみる。
 要領を得ない「楽園の島」の住人たちの話を綜合して考えるに、島のジャングルの樹々に纏わりつけられている小型プレイナースパイダーが生み出す蜘蛛の糸を寄りなして創る、ということらしい。言われたとおりにジャングルを探し回ると、拍子抜けするくらいにあっけなく、戦意喪失していない者らが乗り込んでいる船に装着するのに充分なほどの量、蜘蛛の糸を手に入れることができたのだった。
 また、島を探索している際に、草の生えていない丘の中腹に、人形をした巨大な像がいくつも建てられているのに気が付いた。像は武装しており、そこに刻み込まれていたのは、明らかにアルファティアの紋章だった。もしかしてここの島に住む人々は、遥か昔にアルファティアから何らかの手段で渡ってきた人々の末裔なのかもしれない。出発時よりも大幅に規模が減少した艦隊で島を離れながらロードたちはそのようなことを考えていた。
 再出発が始まった。今度は、「ゾゾンガの島」で手に入れた羽根のおかげで漂流することなく、うまく船体のバランスを取り、虚空を快適に進行していくことができた。

●レオサス王の宮廷にて

 それから色々なことがあった。
 呼吸可能限界圏を超えそうになったり、浮遊する小惑星帯(アステロイド)にぶつかって、ただでさえ少なくなった艦隊にかなりの損害を与えられたり、虚空の先に拡がっていた大渦巻き(またもや!)を目の前にして、いささかうんざりさせられたため引き返したり、昼寝をしているうちに乗っていた雲がちぎれて家に帰れなくなったガルガンチュアクラウドジャイアントのケナサという少女を家に送り届けたら、空腹のあまり狂乱状態になった彼女の親兄弟たちから襲撃をかけられ(「忘れてた! 腹が減っていると、ウチの家族は、全く手がつけられないのよ!」)、慌てて逃げ出したものの、巨大なフォークを投げつけられてまたもや何ダースもの船員が犠牲となったりした。
 そんな紆余曲折を経ているうちに辿り着いたのが、高さ・幅ともに数百マイルはある巨大な銀色の雲であった。その頂上には、大きな輝く塔が建っている。ガルガンチュアクラウドジャイアントの団体に追いかけられたばかりのロードたちは、何か怪しげな怪物が巣喰っているのではないかと警戒し、門のあたりで躊躇していたが、そのうちに塔の基部に据え付けられていた真鍮の扉が開き、白く長いローブを身につけた男が現れた。彼はロードたちを暫く観察すると、一方の手を挙げて言った。
「気高き旅人たちよ、我が王国へようこそ。私はレオサス王、ここの王国のあるじだ。貴殿らは幾日もこの星間諸王国を航海し、多くの場所を眼にしてきた。貴殿らの目的地へと風が吹き、正しき道標を記すまでの間、この家で、充分な休養をとって頂きたい」
 それからレオサス王はロードたちを塔のなかへと案内した。塔のなかに、遙か遠い時代の出来事を記したと思われるタペストリが何枚も掛けられており、それを眺めながら王は、ロードたちに、今は虚空となってしまった国々の歴史を語り始めた。
「かつて、大帝国がこの星間諸王国を支配していた。いまも連綿と続いている歴史ある帝国で、名をアルファティアという。帝国の臣民は魔法の力を発展させ、プライムプレーン(物質界)とこの地とを結ぶポータル(門)を幾つも創りあげた。しかしながら、彼らは自らを破滅させてしまった。アルファクスに煽動されたからだ。アルファクスはかつて、その帝国の玉座に座るほどの実力者だった。しかしながら、彼は君主としてはあまりにも陰険で嫉妬深く、なにより横暴だった。やがて民はアルファクスの暴政に反旗を翻し、結束して彼を政権から引きずり下ろし、国外へと追放した。だが、いかに情勢が悪化しようとアルファクスは屈しなかった。世俗の力を得ることがかなわなくなったのであれば、『個』の力を最大限に高めよう、と考えたのだ。
 こうしてアルファクスは『エントロピー』、つまり『死』の領域のイモータリティの探究を初め、長い時間がかかったものの、その試みは近年ようやく成功を収めた。そして、『神(イモータル)』となった彼の願いは、アルファティアを初め、この世界に死と破滅と怨嗟の声をもたらし、負の力を取り入れることで、さらに強力な存在へと変わっていくことなのだ。そして現在、貴殿らがかかわずらっている一連の騒動の張本人は、このアルファクスなのだ」
 レオサス王が明かした衝撃の事実に、ロードたちは動揺を隠しきれない。タイホンやジョガーダが次々に質問を浴びせかける。
「どうしてそんなことを知っている?」
「あなたは一体、何者なのですか?」
 矢継ぎ早に飛び交う質問の嵐を、レオサス王は微笑して片手で制止する。
「私は、平和と繁栄の守護者にしてローフルに属する『神(イモータル)』、偉大なるコーリスに仕える者。コーリス、そしてニュートラルの『神(イモータル)』である女神ヴァーニャは、協力してアルファクスの力が増大するのを防いできた。だが、それももう、長くは保たない。神々のプレーンに巣喰う邪悪な存在が、こぞってアルファクスに力を貸そうとしているからだ。プライムプレーンにも、忘れ去られた存在であるアルファクスを、ふたたび崇拝し始める者すら現れた。貴殿らに力を貸すことで、アルファクスの侵攻を押し留めるのは、大いなるコーリスの意志でもあるのだ」
 ここでレオサス王は言葉を切った。「プライムプレーン(物質界)でアルファクスを崇拝する者」というのが、「楽園の島」で「ゾゾンガ」のもたらす快楽に耽ったままになっているノーラン男爵の他に誰を指すのか、ロード連には見当もつかなかった。
 しかし、レオサス王の情報によって、今や自分たちが、まるでチェスの駒のように、「神(イモータル)」たちの勢力争いの構図に巻き込まれてしまったということが明らかにされた。ロードたちは烈火の如く怒り狂った。
「我らは『神(イモータル)』の掌の上で弄ばれていただけだったのか!」
 と、ジョガーダが天を仰いで嘆息すれば、タイホンは、
「この屈辱を晴らすためにも、俺は絶対、『神(イモータル)』になってやる!」
 恨みを込め、拳を振り上げて力説する。
 だが、復讐を誓ったのも束の間、突然、宮殿の光が立ち消え、辺りには漆黒の闇が差し込んだ。闇のなかから不定形の醜悪な怪物が現れ、身長およそ12フィートの姿まで脹れ上がり、コウモリのような翼と頭の先から、それぞれ1フィートもの長さをもつ角が生え、ローアリングデーモンの姿を取った。デーモンは「禁断の言葉」を口に出そうとしたが、立ちすくんでいるロードたちに代わって、レオサス王がデーモンへと飛びかかっていった。二人の間に閃光が迸り、そして一瞬の後に両者は消え失せていた。
 だが、これしきのことで怯むアルファクスではなかった。レオサス王の果敢なる自己犠牲によって、かなりの被害を被りつつも、アルファクスは「禁断の言葉」の残り香をもって、ロードたちに呪いをかけたのだ。抵抗することもかなわず、ロードたちは「神(イモータル)」の激しい呪いによって、あらゆる特殊な攻撃に対し、著しく弱体化(総てのセーヴィングスローにマイナス5のペナルティ)させられてしまったのだった。
 レオサス王の宮殿を抜け、ロードたちはさらに虚空の星間諸王国の探索を続けた。その結果、一度は迂回した大渦巻きを通る以外に、この星間諸王国を抜け出す方法はないのではないか、ということがだんだんとわかってきた。だが、そのためには、渦巻きへと飛び込む前に、虚空に浮かんでいる、延々と広がる大海原を抜けていかなければならない。
 そして、油のように滑らかな海面の上を進んでいく艦隊の周りに、奇妙な渦が巻き起こり、気泡が立ちのぼりはじめているのに、ロードたちは気が付いた。最初は僅かだった気泡の数は、船が進むに連れて数え切れない。それとともに、微かな歌声が聞こえてきた……。
「耳を塞ぐんだ!」
 誰かが叫んだ。積年の経験(経験点2800000ポイント相当)で培った、神速の反射神経によるものだろう。けれどもそのおかげで、抵抗もできぬまま、沸き上がってきた無数のシーハグ(海婆)によって海中に引きずり込まれ、為す術もなくむさぼり喰われずに済んだのだった。
 返歌としてジョガーダは、シーハグどもに〈パワーワードキル〉を投げかける。次の瞬間、数え切れぬほど存在したシーハグは、一匹残らず死に絶えた。
 もはや、ロードたちの行く手を阻む者はいない。アルファクスの偵察隊として渦の向こうからやってきたレッサーローアリングデーモンを引っ捕らえ、〈ディレイドブラストファイアーボール〉の宝石を渡され、正しく答えないと爆発するぞと脅しつけたり、〈ホールディングバッグ〉のなかに入っていた〈ESPメダル〉を用いてデーモンの真意を看破したりして、ロードたちはアルファクスの本体が、渦の先にあるウォーターエレメンタルプレーンのさらに先に位置する火山の内部の洞窟で、「息子」に「儀式」を施している最中だ、という情報を搾り取ることに成功した。そして、用済みとなったレッサーローアリングデーモンは哀れ斬り殺されてしまったのだった。

●アンデッドの大艦隊

 渦の先にあるウォーターエレメンタルプレーンは、ヴァーニャが大艦隊の乗組員皆に、〈ウォーターブリージング〉をかけてくれたことで乗り切ることができた。そして、エレメンタルの導くままに先を抜けると、もとの大海原に辿り着いた。
 久方ぶりのプライムプレーン(物質界)だ。振り替えると、〈毒の霧〉が背後にある。ロードたちは無事、台風の「眼」を抜けることに成功したのだ! そして、ここがおそらく、ノーラン男爵の言っていた「ファーエンド」なのだろう。
 だが、アルファクスの火山へ向けて進軍していく艦隊の背後から、〈毒の霧〉を越えて進軍してくる大船団が存在した。見張りの水兵の報告によれば、船団の乗組員は、全員がアンデッドだということである。そして船にはそれぞれ、巨大な弩弓が積み込まれており、発射の時を、今や遅しと待ちかまえている。アルファクスの最後の懐刀、「死の弩弓戦艦隊」がその威容を露わにしたのだ!


★死の弩弓戦艦隊
艦隊人員:12000(全員がアンデッド。各船にはスケルトン50、ゾンビ20、グール15、ワイト7、レイス5、スペクター3、指揮官はリッチ)
艦隊構成:アイアンクラッド(魔法のラージガレー)150(重飛び道具、衝角)
BR214

 とてつもなく強力なアンデッドの艦隊を前に、身震いを禁じ得ないロード連。しかし、アルファクスの「儀式」を中断させるためには、刻一刻を争う事態に陥っている。そこで、タイホンは戦火を交える前に、ある決断を行った。
 それは、かねてより秘蔵してきた秘宝中の秘宝、〈ウィッシュ〉のスクロールを使用する、ということである。人間の世界では最高の知性を有する最高位の魔法使いしか使うことのできない呪文が封じ込められたこのスクロールは、ちょっとした王国に匹敵するほどの価値を持つ。しかし、タイホンは躊躇わずに巻物に書かれた秘術文字の解読と詠唱を始めた。そして、慣れないマジックユーザー呪文のスクロールを唱えることになんとか成功しつつも(失敗する確率が10%だけ存在した)、タイホンが慎重に表現した「願い」は、無事、叶えられた。
 〈ウィッシュ〉のもたらした強大な魔力によって、ロードたちの大艦隊は無事、〈ウォーターブリージング〉の状態を保持したまま海中を進み、火山の灼熱のマグマより護られたうえで、アルファクスの本拠地である巨大な海底洞窟のなかにまで、入り込むことができたのである。(地図)
 しかし、艦隊を洞窟のなかに投入させるわけにはいかない。ロードたち5人は艦隊を洞窟の脇に係留させ、自分たちだけの手で、アルファクスとの決着を付けようと決意した。
 隊列(マーチングオーダー)を整え、シーフのタイホンが先頭になって進んでいく。
 石造りの階段らしきものを降りていくと、長方形の部屋に出た。なかには巨大な穴が開いていて、なかは時空間が捻じ曲げられて無数のアンデッドが詰め込まれているようだ。640体のゾンビ、128体のグール、6体のレイス、1体のスペクターという顔ぶれだったが、ハルドールのターンアンデッドによって、全てが塵と化した。
 次にロードたちは、北側の階段を越えて周辺を調査する。その結果、北側の通路から通ずる北と西に続く分岐路はそれぞれ、洞窟内部に建造された「港」へと繋がっていることが判明した。「港」では、アンデッドたちが船を建設していた。おそらくは「死の弩弓戦艦隊」で用いる予備のアイアンクラッドを製造しているのであろう。
 無用な戦いを避けるため、ロードたちは西の分岐道からさらに先を調べようとする。そこで〈ヒアノイズ〉をしたタイホンは、その独特の呼吸音から、その先はちょっとした水溜り(プール)となっており、ドラゴンタートルが優雅に泳いでいるということを知ってしまった。進路をこの先にとるのであれば、ドラゴンタートルとの一戦は避けられまい。アルファクスと対峙する前に無駄な消耗を避けたい一行は、ひとまずアンデッドの穴があった部屋に戻り、南下政策を取ることにした。
 南へ降りていくと、洞窟は次第に天然のものに近くなっていった。やがて視界が開け、大きなホール状の空間に繋がっているということがわかった。先頭を歩いていたタイホンは、ここでもまた状況を調査するため、そっとホールの内部に足を踏み入れた。
 するとどうだろう、カチッ、という乾いた音が響き渡るとほぼ同時に、ホールの西側より、燃えさかる火炎が迸った。〈ドラゴンブレス〉である。足元に張り巡らされたスイッチは、西側のシャッターを解放し、その先にある〈ドラゴンブレス〉用の通用口を通して、ドラゴンタートルの〈ドラゴンブレス〉を送り込むことができるような仕組みになっていたのだ。ブレスを頭から浴びせかけられたタイホンは、当然、黒焦げである。すぐさま退避してハルドールの〈レイズデッドフリー〉でタイホンを復活させたが、ロードたちは慎重を期して、〈パーマネンス(永久化)〉させている〈フライ〉の魔力を用いて飛び回り、〈ドラゴンブレス〉から身をかわすように動き回ることにした。
 ホールの中央には、「エントロピー」へと通じるヴォーテックス(プレーン間の亀裂)が広がっており、落ち込んでしまえば存在そのものの消滅は免れない。ホールのなか僅かに存在する足場のほとんどには、スプリングの罠が仕掛けられており、着地したロードたちを次の瞬間にはヴォーテックス(プレーン間の亀裂)のなかへと跳ね飛ばそうとする。ヴォーテックス(プレーン間の亀裂)内部からは蒸気が噴出しており、それに触れたロードたちは抵抗の余地なく弱体化させられてしまった(1レベルドレイン)。
 しかし足場のなかには、ドラゴンタートルへと通ずるものとは別のシャッターを引き上げるスイッチが存在しており、それを見つけ出したロードたちは無事、隠された回廊へと進出することができた。

●エントロピーとの対峙

 隠された回廊は、濃い霧が立ち込める「死の通路」と呼ばれる呪文が発動しない特殊な魔法空間であり、時折顔を出す不安定な足場を除いては、留まる場所がない恐怖のルートである。そして足場を踏み外し転落したものには、もれなく「エントロピー」へのヴォーテックス(プレーン間の亀裂)が待っている。
 だが、いかに「死の通路」の魔力が強大であっても、それが効力を発揮するのはその場でかけられた魔法に関してであり、たとえばマジックアイテムのような、あらかじめ魔力を有しているものには「死の通路」は力を持ち得なかった。そして、ロードたちには、あらかじめ〈フライ〉が〈パーマネンス(永久化)〉されていたのだった。ロード連は宙を舞い、難なく「死の通路」を通り抜け、その先にある人間の手の形をしたテレポーターへと飛び込んだ。
 テレポーターは触れたものを一時的にアストラル体へと変えた状態で別の場所へと転送する仕組みのものだったが、移動を終え、再度実体化したロードたちが見たものは、長大な部屋の奥に掛けられた高さ10フィートもの砂時計であり、白い砂が流れ落ちては黒に変わっている。ハルドールは気が付いた。これこそが、捜し求めていたアーティファクト〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉である、ということを。
 部屋の両側面には大きな窓があり、3000フィート下の海を見下ろしている。部屋の中央には老人が立っており、微笑みかけてくる。
「ようこそ、死すべき定めの人間(モータル)たちよ! 汝らはついに、壮大なる旅の終わりに辿り付いた。我が目的によく尽くした。今こそ、その報酬を受ける時だ! さあ、エントロピーとケイオスのために、働く機会を与えよう!」
 老人の外見は、レオサス王より教えられた通りコーリスその人だったが、ケイオスへの勧誘をロードたちが撥ね付けると、その姿は変化していき、かつてレオサス王と刺し違えたローアリングデーモンアルファクスその人が、正体を表した。
「『善』と『悪』とは表裏一体ということですか。そして、『法』と『混沌』もまた然り」
 悟った様子で、ジョガーダが呟く。そして、返礼のように、アルファクスの背後より、ガルガンチュアアンデッドビホルダー(アンデッド化した目玉の暴君)とビホルダー5体が姿を現した。ガルガンチュアアンデッドビホルダーの中心の瞳には、微かに人間的な情感が垣間見えた。ロードたちは見破った。これが、ノーラン男爵の弟ハルツァンスラムなのだ。アルファクスに尽くし、その結果、望みを叶えられ、アルファクスに仕えるに相応しい姿に、生まれ変わることができたのだ。
「行け! 我が息子たちよ! 敵を殲滅するのだ!」
 アルファクスの号令とともに、最後の戦闘が始まった。
 レイラはジョガーダの〈ヘイスト〉と、ハルドールの〈ストライキング(追加打撃)〉の支援とを受けて、真っ先にガルガンチュアアンデッドビホルダーへと突撃していき、眼突起から照射される呪文などものともせずに、本体に直接切りかかっていく(1ラウンドに12回。ダメージは130〜150点ほど)。
 その間、タイホンは〈ハイドインシャドー〉で陰に隠れ、小型のビホルダーを各個撃破しようと近寄っていくが、〈バックスタッブ(背後からの一撃)〉をビホルダーに仕掛けるも留めを刺すには至らず、〈ハイドインシャドー〉が解けて姿が現れた隙を付く形で、ビホルダーが体当たりをしかけて自爆し(正体がブラストボアというビホルダーの変種。ちなみにビホルダーのなかにはもう1体、スポラクルという近接戦闘に特化したビホルダーがいた)、続けざまに別のビホルダーが〈フレッシュトゥストーン〉と〈デススペル〉を投射してきた。〈フレッシュトゥストーン〉はなんとか抵抗できたものの、〈デススペル〉に見事に失敗してしまったタイホンは、先ほどのドラゴンタートルによる惨劇から10ターンも空けないうちに、またもや帰らぬ人となってしまった。また、ジョガーダにも〈ディスインテグレイト〉や〈デススペル〉をお見舞いするものの、こちらは抵抗されてしまう。
 一方のジョガーダとネロスは通常サイズのビホルダーに〈ファイアーボール〉を仕掛けて、敵の戦力を少しでも殺いでおこうと躍起になっている。そして、レイラの〈ヘイスト〉が解けると、交互にかけ直したりした。
 ガルガンチュアアンデッドビホルダーは、ネロスに〈デススペル〉や〈エナジードレイン1レベル〉に〈エナジードレイン2レベル〉、ジョガーダに〈パラライズ〉、レイラに〈コンティニュアルダークネス〉、〈チャームパーソン〉をかけるが、肝心の〈デススペル〉は効力を発揮せず、辛うじて〈コンティニュアルダークネス〉が効力を発揮したのみ。
 しかし、ハルドールの〈キュアオール〉によってレイラの盲目状態はすぐに治癒された。また、ロードたちが頑強に呪文への抵抗を続けるので、〈バリアー(巨大な回転するハンマーを出現させる)〉で微力ながらガルガンチュアアンデッドビホルダーへの打撃に加勢するだけの余力を持つこともできた。だが、そんなクレリックには容赦なく〈エナジードレイン〉の嵐が見舞い、結果的にハルドールは4レベルもの経験をドレインされてしまった。
 その間、アルファクスは戦闘用に特別のトゥハンデッドソードとウィップを招来させ、ガルガンチュアアンデッドビホルダーに命令して〈テレキネシス〉で、〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉を揺れ動かしたのだったが、(何が発動するのかはランダムで決まるので)自分に〈スロー〉がかかった他は、思うように効果を発揮させることができなかった。
 やがて、レイラによる立て続けの切り刻みを受けて、ガルガンチュアアンデッドビホルダー(本来のヒットポイントは720だったが、人間から変身して長くないので480しかヒットポイントがなかった)は、轟音を立ててその巨体を地面に横たえた。アルファクスは、「禁断の言葉」を呟きながら〈ヴェルザンディの無敵の砂時計〉を掴んで、プライムプレーン(物質界)より姿を消した。
 こうして、ロードたちの勇躍によって、アルファクスの野望は潰えた。「神(イモータル)」が力を取り戻すためには、いましばらく−おそらくは数百年−の月日が必要だろう。
 崩壊してゆく宮殿を、〈パーマネンス(永久化)〉された〈フライ〉で抜け出して、ロードたちは、待ち受ける大艦隊のもとへと帰還した。死の弩弓戦艦隊はアルファクスの逃亡とともに瓦解し、ドラゴンタートルは大艦隊が総力を結集した結果、相応の被害を出しつつも打ち倒されていた。
 ロードたちは喝采をもって迎えられ、〈毒の霧〉の脅威が去った後の、晴れ渡る大空を仰ぎながら、ノルウォルドヘの帰路を急いだ。
 だが、話は一応の決着を見せても、肝心の問題は山積したままだ。
 虚空に浮かぶ「楽園の島」に取り残されたノーラン男爵と、縮小させられビンのなかに入れられたアルファティアの王女マリエラがその後どのような扱いを受けたのか。そして、これ以上ない辛酸を嘗めさせられたアルファクスがいかなる復讐を企み、どう実行に移したのか。レイラの持つ〈オルトニットの滅びの魔剣〉に纏わる悲劇と陰謀は、一体、何であったのか。
 それらはまた、別の話であり、機会に恵まれれば、語られることもあるだろう。

■シナリオ・マスタリングについての裏話

 M1モジュールの「巡らされた糸」クラシックD&Dのマスタールールセット(通称黒箱)の日本語版発売と同時に邦訳がなった作品。おそらくは、ユーザーにマスタールールセットにおけるプレイスタイルの規範を示すこと、つまり、ルールセット拡張によるゲーム世界の広がりを指し示すためと、ウォーシミュレーションゲームにおけるビッグゲーム(ナポレオン戦争を扱った『戦争と平和』のように、ユニット数が2000以上あって1プレイに20時間かかるなどといった大規模な作戦を楽しむゲーム)的なノリの両方を追求したものなのでしょう(実際、ネットを探すと死の弩弓戦艦隊との海戦にまるまる1日かけたことがある、などという記述が見つかる)。
 もちろん、もとのままだとかなりマスタリングが難しいので、多分にアレンジを加えました。
 具体的には、ノーラン男爵とノルウォルドとの関係が曖昧にしか書かれていなかったところを増補し、ストーリーに見合うように遭遇を(どちらかといえば非道い具合に)色々と書き換えていったのです。
 演出面を強化するため、意味のない遭遇個所をD&D世界的に意義のありそうなものに修正し、PCの目的を聞いてさらにそれらを調整する、という作業も行ないました。例えば、今回は時間の都合上省略せざるを得なかったが、星間諸王国と「ファーエンド」との間にはベルター・デルター・ガンマーという諸王国が存在し、骨肉相食む争いを繰り広げていたのですが、それらの王を「ドラゴンルーラー」というドラゴン族の王へと返還し、彼らを和合させるためのアーティファクトとして、タイホンが希求していた〈諸王の冠〉(from『ソーサリー』)を登場させよう、などと目論んだりしていたのです。

【初出:早稲田大学TRPGサークル乾坤堂プレイリポート】
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