2021年05月14日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8

 2021年5月11日配信の「FT新聞」No.3030に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8」が掲載されました。魔法と奇跡の違いは? ハイパーT&T初版、『ウォーハンマーRPG』2版と4版、獣の魔術師とウルリックの司祭の違いは、さらには賢者の石とワープストーンの話題まで!

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.8

 岡和田晃
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 混沌の神のなかでも、マラルについては、すでに歴史の表面からは忘れ去られ、記録からは抹消の憂き目に遭っていると言われている。
 この街でのマラルの信者たちは、何かを必死になって探している。
 憧憬を込めて「愚者の石」と、彼らは"それ" を呼んでいた。
 しかし、わたしは"それ"が、単なる石ころでないことを知っている。
 −−無気味な緑色の光を放つ、歪みの石ことワープストーン。
 混沌の要素の権限。鼠人間スケイブンたちのオモチャ。
 鼠たちが自在に用いる独自のテクノロジーは、ワープストーンを原動力としているのだ。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●クラーク曰く……。

 充分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない−−これはアーサー・C・クラークの名言で、その構成原理にまで遡れば、SFとファンタジーを隔てる境界が曖昧になると同時に、体系だてられた信仰と魔術の境界線が曖昧になる、ということを意味しました。
 ファンタジーRPGの多くは、それでも信仰と魔法を隔てようとします。信仰は日常に即して民衆の精神を陶冶するものである反面、魔術は理論化された特殊な異能である。もっとざっくり言ってしまえば、信仰系(僧侶)呪文は防御や回復を担い、秘術系(魔術師)呪文は攻撃や場の撹乱を受け持つ、というわけですね。

●D&D第4版でのキャラクターの役割

 以前の連載でも少し触れたことがありますが、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第4版では、これは「役割」の明確化として処理していました。
 クレリックは「指揮役」としてパーティを見渡し、必要な回復やバフ(キャラクターの能力強化)を受け持ち、ウィザードは「制御役」として、スリープの呪文で雑魚を無力化して戦場をコントロールする、といった具合に、です。単にオフェンスとディフェンスの違いだけではなく、戦場という「場」を味方中心に見るのか、敵中心に見るのか、といった違いが意識されていました。
 これに、前衛で敵の進行を食い止めるタンクすなわち「防衛役」としてのファイター、そして、強烈なダメージ・ディーラーとしての「撃破役」であるローグが加わり、4人でパーティというチームが形成されるわけです
 
●T&Tでのキャラクターの役割
 
 他方で『トンネルズ&トロールズ』では、キャラクターの役割が、原則として戦士、魔術師、盗賊の3タイプと、極限にまで単純化されています。
 戦士は魔法がまったく使えず、もっぱら戦いを受け持つ。戦士の防具は防御点が2倍として扱い、魔術師は攻撃も回復も自由自在。そして盗賊は戦士と魔術師のどっちもつかず、といったデザインになっているのです。
 T&Tは第5版では魔法戦士、完全版でも達人、市民、専門家といったクラスが追加されてはいますが、根っこの部分は変わりません。
 例えば魔法戦士は盗賊の上位互換ですし、専門家は各能力値により適切な役割を与えよう……という話にすぎませんから。

●ハイパーT&T初版でのキャラクターの役割

 日本オリジナルのハイパーT&Tの初版(社会思想社現代教養文庫、1991年)では、T&T第5版のキャラクター・タイプを「クラス」と読み替え、「下位クラス」とし、それらは4レベルで上位クラスへと転職します。
 これは従来のT&Tのファン層とは異なるタイプの上級者、すなわち『ルーンクエスト』や『Dragon Quest』(SPI/TSRの、『クロちゃんのRPG千夜一夜』なんかで「ファミコンじゃないよ」と言われたやつです)のような緻密なシミュレーション志向のRPGを取り込もうとして、意図してなされたデザインでした(清松みゆき「ハイパーT&Tの目差すもの」、「RPGマガジン」1991年2月号)。
 これは、当時T&Tの訳者でハイパーT&Tのデザイナーであった清松みゆき氏が、同じく自身の手掛けたRPGシステムである『ソード・ワールドRPG』(初版)と、かち合わないようなデザイン・システムを目指したものでした。
 余談ですが、『Dragon Quest』は、ヘックスを使った緻密な戦闘がウリのシステムで、「ショート・シナリオで8時間かかる」と畏怖される作品でもありますが、RPG史における影響力は大きく、とりわけスクールとして体系化された呪文への考え方は、『ロードス島戦記』にも影響を与えたそうです(「テーブルゲームファンフェスタ2019」での、水野良氏への聞き取りに基づく)。

●第2版での規格化

 それでは『ウォーハンマーRPG』はどうなのでしょう? 
 『ウォーハンマーRPG』第2版はとても整理のよいシステムで、それこそ『クトゥルフ神話TRPG(クトゥルフの呼び声)』とD&Dを折衷させたかのような遊びやすさがあります。
 秘術魔法体系と信仰魔法体系は、根幹の部分は同じルールで処理されます。魔法の固有に定められた発動値を1d10ロールして上回れば成功、そのための修正をあの手この手でゲットとしていく……。というものです。
 もちろん、概ね秘術魔法体系は攻撃呪文が多く、信仰魔法体系は回復呪文が多い……という違いはあります。ただ、獣の魔法体系を用いる琥珀の学府の魔術師と、狼の毛皮に身を包んだウルリックの司祭とでは、一見して似通って見えます。
 当人たちは、互いが互いに似ているとは認めないでしょう。実際、『ウォーハンマーRPG』における呪文や奇跡は、呪文名だけ変えて中身は同じ……という例はほとんどなく、武器を用いた戦闘のオルタナティヴとして呪文や奇跡が設定されているため、「摩訶不思議だが強力で、一発逆転を狙える」ブレイクスルーとして設定されているのは明白です。

●第4版での魔法

 これが第4版ではどうなるのでしょう? 第4版では、秘術魔法体系と信仰魔法体系では、発動までの手順には−−一見微妙ながらも−−実際にサイコロを振ってみたら実感できる、はっきりとした差異が盛り込まれ、ゲーム的な判定と数値処理の手順を経ているだけなのに、さりげなく「それらしさ」が生まれるような配慮が設けられました。
 事前に"魔力の風"すなわちエーテルを感知し、GM次第でボーナスが得られるかもしれませんが、基本、〈言語:魔法語〉でのテストを行います。この成功レベルが、呪文固有の発動値を上回っていれば成功です。
 言葉が大事なので、猿ぐつわをされているなど、喋れない状態では呪文は使えません。
 変わったところでは、具材を用意しておけば、誤発動の際の被害を軽減することができるのです。
 "魔力の風"と積極的に交信すれば、通常は使用できないような強力な発動値の呪文を使うことも夢ではありませんが、誤発動のリスクも高まります。
 
●第4版での奇跡

 対して信仰に基づく奇跡を発動するには、《祝福》と《奇跡》の異能を用います。これを発動するには〈祈念〉技能でのテストが必要となり、場合によっては祈祷、儀式、詠唱、歌などが必要となります。選択ルールでは、自信のない詠唱だったらペナルティを加えてよいとすら、ルールブックには書かれています!
 この時、教団の戒律を破っていたら、「原罪点」が与えられます。祈念テストの1の位が、「原罪点」以下であれば、神々の天罰が与えられます。そして「原罪点」を減らすには、とにかく悔い改め、天罰を甘んじて受けるしかありません!

●実際に呪文を比べてみる:獣の魔法体系

 それでは『ウォーハンマーRPG』第4版のルールブックをめくって、魔法の現物を確かめてみましょう

○獣の魔法体系;The Lore of Beasts
琥珀色の風たるガウルは冷たい原始的な荒々しさをもたらし、獣や、知性を持つクリーチャーに恐れを抱かせる。
具材:琥珀色の風を集中させるために動物の柔毛や皮、骨、毛皮を用い、腱で包み血のルーンで塗りつける。爪を加工細工し、内臓を乾燥させ、羽根を気まぐれに染めることもよくあるが、糞尿やその他の排泄物が用いられるのを見るのも稀というわけではない。

 ……とありますから、なかなか本格的ですね。そして、載っているのは、以下の8つの呪文です。

・ウィザンの野生形態;Wyssan's Wildform
ガウルの野生の力を呼び出し自分に吹き込み、その野性の歓喜に耽る。

・運命の群れ;Flock of Doom
烏や類似の地元の鳥の群れを呼び出して敵を攻撃させる。

・狩人の隠れ身;Hunter's Hide
自身をガウルのゆらめく外套で覆う。

・琥珀の爪;Amber Talons
君の爪が伸びて透き通った琥珀の禍々しく鋭い爪となる。

・琥珀の槍;The Amber Spear
君は純粋なガウルの大きな槍を一直線に投げる。

・野獣会話;Beast Tongue
君は野生のクリーチャーと意思疎通を行なうことができる。

・野獣の主;Beast Master
ガウルが君を覆うと、君の吐息は蒸気を発し、君の眼はピカピカと琥珀色に輝く。

・獣変身;Beast Form
君は自分の全身の骨や肉にガウルを吹き込み、己の身体をクリーチャーの身体へと変形させる。

 いかがですか? 単に数値的な効果を無機質に出すのではなく、術者が魔力の風(ガウル)を介して変化し、その影響を魔法として行使しているのがわかります。

●実際に呪文を比べてみる:ウルリックの奇跡
 
 続いて、ウルリックの奇跡を見てみましょう。

○ウルリックの奇跡;Miracles of Ulric

・ウィンター・ウルフの毛皮;Pelt of the Winter Wolf
君の轟く祈りはウルリックの関心を引く。目標は凍傷に持ち堪えることができる。

・ウルリックの憤怒;Ulric's Fury
君が憤怒の祈りを詠唱すると、ウルリックの獰猛さが波及し、目標は狂乱する。

・狼の遠吠え;Howl of the Wolf
君がウルリックの助けを求めて遠吠えすると、白狼の姿をした小さな「神の従者」が派遣される。

・霜冷え;Hoarfrost's Chill
目が鋼のように青く輝き、取り巻く空気が不自然に冷えていく。

・冬の凍て傷;Winter's Bite
ウルリックの "稲妻の斧" を生み出し、それで攻撃することができる。

・雪の王の裁き;The Snow King's Judgement
弱き者や臆病者、嘘つきが、軽減できない1d10点の「耐久値」を失う。

 単に獣ではなく、ウルリックが信仰されている北方のミドンランドの風土に根ざした効果があることがおわかりでしょうか。
 信仰はしばしば地域に密着しますから、それが反映されているのかもしれません。
 ミドンランドについては、第2版のサプリメント『ミドンヘイムの灰燼』(ホビージャパン、2008年)で詳しく解説されています。
これは私が単独で全訳しましたので、機会があればぜひお読みいただきたいのですが、中心となる「白狼の都市」ミドンヘイムは、日本語版第2版の公式サイトでフルカラーマップが見られます。アーカイブはこちら(https://web.archive.org/web/20171101002250/http://hobbyjapan.co.jp/wh/dlfiles/middenheim-online-map_hj.jpg)。一見の価値があるので、ぜひご覧ください。

●錬金術と賢者の石

 私たちはふだん、日常で「科学」という言葉をカジュアルに使いますが、これらの「科学」はたいていの場合、「自然科学」のことを指すようです。ところが自然科学の原典までさかのぼってみると、自然に存在する客観的な真実を証明する「自然科学」と、人間が自然を見据えることで自然の様態をあぶり出す「自然哲学」の境目が曖昧になる、ということに気づくかもしれません。
 そのもっともわかりやすい事例が、錬金術でしょう。近世ヨーロッパにおける錬金術とは、最新の「科学」と「哲学」が融合したものでありました。そこでは、人間たちが織りなす物語(寓話)という形で、世界の真理が語られます。
 ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『化学の結婚』がその代表作ですね。
 錬金術といえば、無から至高の元素である「金」を生み出すための秘技だと言われますが、単に貴金属だから「金」に価値があるのではありません。
 「金」に価値があるのは、観念と物質を融合させたそれは真理の具現化、まさしく、その象徴にほかならないです。
 マルグリット・ユルスナールの『黒の過程』(岩崎力訳、白水社、2008年)や、佐藤亜紀の『鏡の影』(新潮社、1993年、現在は講談社文庫等)は優れた錬金術小説でもありますので、ぜひ触れてみていただきたいのですが……。
 『ウォーハンマーRPG』における「賢者の石」とは何でしょうか? 実は、それにものすごく似ているものが存在するのです。
 そう、混沌の精髄たるワープストーンが、それです。次回はワープストーンについて語りたいのですが、それと切っても切り離せない、忌まわしき鼠人間スケイブンについてもお話せざるをえないでしょう。