本日2021年3月30日の「FT新聞」No.2988で、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5」が配信されました。今回は「混沌」と、その裏返しだと示唆されている「エーテル」について解説しています。概説と踏み込んだ分析を両立させようと足掻いています。以下に採録いたします。
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5 No.2988
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.5
岡和田晃
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2世紀ほど前、"敬虔なる"マグナスの治世から、ここユーベルスライクの街は、幾度も包囲にさらされてきたという。
近隣の黒色山脈から攻め寄せてきたグリーンスキン勢に。あるいは、混沌に脳まで冒されたビーストマンたちに。
"敬虔なるマグナス"が魔法を公認したおかげで、かえってわたしのような魔女は活動がしづらくなったと思っていた。そう、これまでは。
魔狩人の攻撃対象が分散されなくなり、"非公認"の魔女や似非魔術師たちへの弾圧が、いっそう厳しくなってしまい、それが今でも続いているのは間違いないからだ。
……そんなわたしがいま、魔狩人と並んで、ユーベルスライクの裏路地を歩いている。コーンとティーンチの同舟、と毒づきたくなるものの、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"の気を惹きたくなかったので、もちろん言葉にはしなかった。
フレイザーは舌打ちをしながら、肩を震わせて歩いている。不快感を隠せないようだ。
それでも彼は、ユングフロイト家が、「真のダハール」に手を染めた悪魔術師をかくまっていると確信しているようで、毒をもって毒を制すと、わたしを「利用」すると決めたらしい。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
前回は『ウォーハンマーRPG』でもっともプレイされたであろう、〈内なる敵〉キャンペーンの第1部『ベーゲンハーフェンを蔽う影』の話をしました。同作の後半では"紫の手"教団という混沌の教団(カルト)との戦いにスポットが当たります。
「混沌」。それは『ウォーハンマーRPG』における「究極」の敵役ですが、では具体的に、いったいどういう存在なのでしょう?
●『トンネルズ&トロールズ』でデザインしてみた「混沌」
こと、「混沌」とはわけのわからない存在だと言われますし、実際そうなのです。そのわけのわからなさを、かつて私はそのままの形でゲーム化したことがあります。
『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』(冒険企画局、2016)にも収録されていますが、私はティーンの頃に『モンスター! モンスター!』のキャンペーンをやっていました。
ウッズエッジ村を襲撃する付属シナリオから始め、オリジナルの「ドラゴン大陸」を設定し、コースト、ノーア、カーマッド、ガル島など名前のある街は、だいたい襲撃されて廃墟と化してしまいました。
終盤には「英雄戦争」が起き、真の黒幕が、人間よりも悪しき、不定形の存在「混沌」であると思い知るのです。
『トンネルズ&トロールズ』では、モンスターの攻撃力とヒット・ポイントに相当する耐久度は、MR(モンスター・レート)というただ1つの数値で表現することができますが、その「混沌」のMRはなんと300万! オーク1体のMRが15だとすると、その20万倍のパワーを秘めている、ということになるわけですね。
●『ウォーハンマーRPG』第4版に登場する「混沌」
こんな若気の至り(?)とも言うべき私のオリジナル設定はさておき、『ウォーハンマーRPG』での「混沌」については、より詳細な設定が設けられています。
根本にあるのは、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"とも呼ばれる、4大混沌神です。疫病の神ナーグル、流血の神コーン、苦痛と快楽の神スラーネッシュ、魔法と裏切りや嘘の主人であるティーンチの4柱です。
彼らは別に仲がよいわけではありません。私も翻訳に参加したボードゲーム『ケイオス・イン・ジ・オールドワールド』(ホビージャパン、2010年)は、混沌の4大神の勢力争いがテーマでした。
これら"禍つ神々"は独自の魔法体系を有し、各々のディーモン・プリンスをはじめとしたディーモン軍団を率いています(余談ですが、『ウォーハンマー』においては、DemonではなくDaemonと表記するため、「ディーモン」と書きます)。
混沌の子供たちことビーストマン各種(ゴール、アンゴール、ミノタウロス、ビュレイシャーマン)、ミュータント(変異種)、混沌教徒、ケイオス・ウォリアー、さらにはレッサー・デモン2種(ブラッドレター・オヴ・コーン[コーン神の流血悪魔]やデモネット・オヴ・スラーネッシュ[スラーネッシュ神の蠱惑悪魔])といったディーモンのデータは、『ウォーハンマーRPG』第4版のルールブックにも掲載されている通りです。
これだけではなく、第4版では「内なる敵」という選択ルールがあり、混沌教徒やミュータントたちを、ルールブックに掲載されているライクランドの標準的な人物のデータを下敷きにデザインしてかまわないとされています。
初版には『レルム・オブ・ケイオス』、第2版には『堕落の書:トゥーム・オヴ・コラプション』(ホビージャパン、2008年)という混沌を扱う専門のサプリメントが存在し、d1000(!)を使って混沌変異を決める表が圧巻でした。第4版でも、いずれ目玉製品として、混沌を扱う専門の資料集が出版されるのではないかと思います。
●バラエティに富んだ混沌変異
キャラクターが混沌の影響に冒されるのには、色々なパターンがあります。
例えば、(混沌の精髄そのものである)ワープストーンという魔法の鉱石のようなものに触れてしまった場合、あるいは混沌に汚染された土地を通ってしまった場合、ディーモンの武器を使ってしまった場合、"禍つ神々"の誘惑に屈してしまった場合など……。
シチュエーションに応じ、GMは【意志力】や【頑健力】テスト(判定)を行わせ、失敗の程度に応じて、混沌変異の表を振り、「身体の周りに蝿が黒雲のようにたかっている」だとか、「制御不能なまでに放屁を続けている」だとかの変異が加わるわけです。
目立たない変異であれば人間社会に溶け込むことも不可能ではありませんが、強烈な憑依だと相手に恐怖を与えるようになってしまいます。
●「堕落ポイント」の導入
さて、GMにとっては喜ばしいこと(?)に、『ウォーハンマーRPG』第4版においては、「堕落ポイント」というルールが追加され、キャラクターが混沌に汚染されていくプロセスに、より緊張感が生まれるようになりました。
『ウォーハンマーRPG』第4版には、「幸運ポイント」というルールがあります。これは、1点消費するごとに、失敗したテストを再ロールさせる等の効果を得ることができます。
再ロールでも失敗してしまった場合、さらに1点の「幸運ポイント」を消費すれば、三度目の正直で成功することに望みを託すことができるわけです。しかし、それは混沌の力を借りることにほかならず、堕落ポイントを獲得するための対象となります。
その他、混沌の露出に触れたり目撃したりした場合も、もちろん堕落ポイントは増えます。【頑健力】ボーナス(【頑健力】の10の位)および【意志力】ボーナス(【意志力】の10の位)を上回る「堕落ポイント」を得た場合、混沌の影響で心身が崩壊していく可能性があります。
抵抗に失敗した場合、肉体か精神のどちらかが変異していきます。肉体的な堕落には、「舌が回転する」、精神的な堕落には「拷問を幻視してしまう」などがあり、肉体的な堕落の合計が【頑健力】ボーナスを超えるか、精神的な堕落が【意志力】ボーナスを超えてしまった場合、そのキャラクターは混沌の配下となってしまうわけです。
●「堕落ポイント」の意義
「堕落ポイント」について考察しておられる野村平さんの言葉を借りれば、この「堕落ポイント」が、いかにも「ドラマチックだけどTRPGだと発生しづらい」けれども「ウォーハンマーらしいシーン」を再現するのに適しています。
混沌の誘惑に抗いきれず、葛藤の末に短期的な不利益(テストの失敗)を取るか、長期的な不利益(混沌変異を受け入れる)を取るかの決断を迫られる、というわけです。
そして、『ウォーハンマーRPG』の世界では、混沌の影響を完全に振り切ることはできません。
世界はやがて、混沌に征服されて滅びてしまうことが明白である。にもかかわらず、背水の陣で戦い抜くこと。
こうした美学を再現できれば、『ウォーハンマーRPG』らしいゲームセッションを執り行うことができるでしょう。
●エーテルと混沌
なぜ、混沌の影響を振り払うことができないのか。それは混沌が、世界の本質そのものだからです。
ファンタジーRPGには、地・水・火・風の4大元素がしばしば登場します。これは、ナーグル・スラーネッシュ・コーン・ティーンチの4大混沌神をそのまま連想させます。
それに加えて、第5元素である「エーテル」が設定されています。エーテルは、ヨーロッパの自然哲学ではお馴染みの概念で、かいつまんで説明すると、4大元素で説明できないものをエーテルと呼んでいたわけです。
『ウォーハンマーRPG』では、すべての魔力の源は、物質界の彼方にあるエーテル界に存在するとされ、そこはディーモン(悪魔)や精霊の生まれ故郷であるとも言われるわけです。
エルフたちは、このエーテル界は、エンパイアのはるか北方に位置すると語ります。世界を蔽う布地にかぎ先が出来ていて、そこから生(き)の魔法がなだれ込んできて、魔術師たちは、それを第2の視覚、通称"眼"をもって感知し、その力をコントロールするわけですね。
しかし、実は『ウォーハンマーRPG』第2版の『魔術の書:レルム・オヴ・ソーサリー』(ホビージャパン、2008年)では、このエーテル界は"混沌の領域(レルム・オヴ・ケイオス)"そのものであることが示唆されています。
つまり、魔法の淵源は「混沌」そのもの……かもしれないのです。このジレンマは、『ウォーハンマーRPG』におけるメタテーマであり、公式の規定とは別に、各々のGMごとに「真相」を設定してかまわないものともなっています。
●マグナスとテクリス
帝国暦2304年から69年まで、エンパイアの皇帝だった"敬虔帝"マグナスは、『ウォーハンマーRPG』第4版の基本ルールブックにおいては、約1,000年ぶりに、すべてのシグマー大領邦を代表する皇帝として選出されました。
同時に、彼はまた正式に発足したエンパイア領邦軍や帝国海軍、アルトドルフの魔法学府を含む、多くの新たな組織の設立を監督した皇帝としても知られています。
喧々諤々の議論を巻き起こしながらも、マグナスはエンパイアにおいて、魔法を合法化した初の皇帝となったわけです。
それにはどういう経緯があったのかと言いますと、"敬虔帝"マグナスは、エンパイアを破滅の危機に陥れた混沌大戦(グレート・ウォー・アゲインスト・ケイオス)の折に、ウルサーンの島(現在のブリテン島にあたる地)に住むハイエルフのテクリスの助力を得ました。
テクリスは混沌の勢力に立ち向かうため、エーテル界からの力を、うまくコントロールするすべを人間たちに教えたのです。
反対する各種の教団や魔狩人たちを、テクリスはマグナスの力を借りつつ綱紀粛正し、半ば強引に反対勢力を納得させました。
そして、エルフの大魔道士たちと、人間の弟子たちが協力し、混沌の魔物(フィーンド)たちを混沌の領域(レルム・オブ・ケイオス)へと追い返すことに成功したのです。
魔術師たちは、エンパイアの救い主だとみなされるようになりました。
●8色ある魔力の風
エーテルを、大きく分けて8種類の「魔力の風」に分類しました。テクリスが言うには、人間はそのうちの1種類しか操ることができません。
魔力の風は、それぞれ独自の魔法体系を構築しています。アルトドルフの魔法大学校では、風毎に専門の学府が存在し、日夜研究が進められています。それを列挙すると、以下のようになります。
・ハイシュ(hysh):白い風(光の魔法体系、光の学府)
・アズィル(azyr):青い風(天空の魔法体系、天空の学府)
・シャモン(Chamon):黄金の風(金属の魔法体系、黄金の学府)
・グューラン(Ghyran):緑色の風(生命の魔法体系、翡翠の学府)
・ガウル(Ghur):茶色の風(獣の魔法体系、琥珀の学府)
・アキュシー(Aqshy):赤い風(焔の魔法体系、輝きの学府)
・ウルグ(Ulgu):灰色の風(影の魔法体系、灰色の学府)
・シャイシュ(Shyish):紫色の風(死の魔法体系、紫水晶の学府)
例えば「焔の魔法体系」には、敵を灼熱の炎で攻撃するような魔法があります。影の魔法体系では、隠密に役立つ魔法がある、という具合なのです。
これらの魔力の風を強引に複数操ろうとすると、それは色が入り混じった「黒の風」になってしまいます。「黒の風」が表すのは、暗黒の魔法体系です。逆にテクリスは、8つの魔力の風をすべて操ることができました。これを「至高魔術」というわけです。
エンパイアにおける公認された魔法体系は上記の8色のみで、それ以外の魔法は、魔女が使う俗魔術、似非魔術師が使う似非魔術、混沌の魔術があります。暗黒の魔術も、悪魔術と死霊術に細分化されます。
そもそも魔力の風は混沌と紙一重、あるいは混沌そのものかもしれないのに、発露の形がこのように多様であること。こうした作り込みこそが、オールド・ワールドの魅力なのです。
魔力の風に興味のある方は、私の2版リプレイ「魔力の風を追う者たち」をお読みになってみてください。「GAME JAPAN」2008年3〜5月号、および『ウォーハンマーRPG』第2版の公式サイトで読むことができます。後者はすでにリンク切れですが、Wayback machineにはログが残っています(https://web.archive.org/web/20170627215810/http://www.hobbyjapan.co.jp/wh/)。