2011年05月26日

ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』発売記念「都甲幸治×岸本佐知子」ミニトークライブ

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【レポート】ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』発売記念「都甲幸治×岸本佐知子」ミニトークライブ

 岡和田晃

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 去る2011年5月8日(日)、ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』発売を記念して、「都甲幸治さん×岸本佐知子さんミニトークライブ」(http://www.kinokuniya.co.jp/store/Shinjuku-South-Store/20110427095500.html)が東京都・紀伊國屋書店新宿南店で開催されました。

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』については、Analog Game Studiesで発売直後に取り上げましたので、以下の記事をご参照ください。

http://analoggamestudies.seesaa.net/article/187896045.html


 今回のトークライブの主役は、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の翻訳者の都甲幸治氏に、アンソロジー『変愛小説集』の翻訳等で知られる翻訳家の岸本佐知子氏でした。

 20年来の付き合いだという二人は、これまで何度か現代アメリカ文学をテーマにトークショーを重ねてきました。たとえば、フリーペーパー「WB」Vol.22に掲載された「無意識過剰な観察日記――リディア・デイヴィス『話の終わり』」をウェブ上で読むことが可能となっています(http://www.bungaku.net/wasebun/freepaper/vol022.html)。

偽アメリカ文学の誕生 [単行本] / 都甲 幸治 (著); 水声社 (刊)話の終わり [単行本] / リディア・デイヴィス (著); 岸本 佐知子 (翻訳); 作品社 (刊)

 東日本大震災によって二ヶ月あまり延期を余儀なくされたにもかかわらず、新宿高島屋内に設けられた特設会場では、40名あまりの聴衆が訪れ、盛況でした。Twitterでも多くの感想が投稿されました。

 それでは以下、トークショーの内容を簡単にレポートいたします。
 いずれ活字にまとめられる機会があるのではないかと思いますので、より詳しくはそちらをご覧ください。

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス) [単行本] / ジュノ ディアス (著); Junot Diaz (原著); 都甲 幸治, 久保 尚美 (翻訳); 新潮社 (刊)ハイウェイとゴミ溜め 新潮クレストブックス [単行本] / ジュノ ディアズ (著); Junot D´iaz (原著); 江口 研一 (翻訳); 新潮社 (刊)

 トークショーは終始なごやかな雰囲気で、文芸誌「新潮」に連載されている都甲幸治氏のエッセイ「生き延びるためのアメリカ文学」の裏話、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の翻訳をどうして手がけるようになったかという経緯、もと「GAP」の店員だというバスク人のスペイン語教師との逸話、岸本佐知子氏が『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の第2章「原始林」で語られる(オスカーの姉)ロラの語り口に感銘を受けた話、ディアスの前作『ハイウェイとゴミ溜め』で選ばれた言葉の性質等が話題に出ました。


 また、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、『アフターマス!』や『スカイレルムス・オブ・ジョルーン』など、会話型RPGが重要な要素となっているRPG作品ですが、トークショーでは、翻訳にあたって都甲幸治氏が『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を遊んだ体験等も話題にのぼりました(*1)。

 なお、岡和田晃は『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の監修と割注作成を担当したのですが、そのご縁もあって、トークショー内で時間をいただき、主人公オスカーがプレイした可能性の高い版と同じボックスアートの『ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版 スターター・セット』、ならびに会話型RPGのプレイする際に使用するマスター・スクリーンやメタル・フィギュア等を紹介し、RPGの要素を知っておくことが、いかにこの小説の享受を豊かなものにするのかをお話いたしました。

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』に登場するおびただしい固有名詞は、単にポストモダン小説的な意匠に終わるものではなく、それぞれ独自の文脈と読者をもった小宇宙となっています。そして、ジュノ・ディアスはそのことをよく心得ていました。反応を見るに、読解にあたって重要となるこの2点を、来場した多くの方にご理解いただけたようで幸いでした。ポップカルチャーは、往々にして人間の偏見や欲望を煽り立てるように機能しますが、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』というテクストは、勃興期のポップカルチャーの位相でトルヒーヨ神話を塗り替えることが、逆にトルヒーヨ神話を強化してしまうことにつながるような事態を、ぎりぎりで回避しようとしているのではないでしょうか。

 質疑応答時には、翻訳の苦労話、参考資料をひとつ挙げるのであれば『指輪物語』を読んでほしいということ。また、アメリカの学生サブカルチャーにおけるスクールカースト(ジョック‐ナード)が話題にのぼりました。

 最後に、会場にいらしていた翻訳家の柳下毅一郎氏(アンドリュー・グリーンバーグほか『ノドの書』の解説などで知られる)から、ラストに登場する(書き込みのある)グラフィック・ノベル『ウォッチメン』(アラン・ムーア)についての興味深い逸話が語られるなど嬉しい展開があったことも書き添えておきます。語り手がくるくると変わる、斬新な形式のトークショーでした。

ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版スターター・セット [大型本] / ジェームズ ワイアット, ジュレミイ クロフォード, マイク ミアルス, ビル スラヴィクシェク, ロドニー トンプソン (著); 桂 令夫, 岡田 伸, 北島 靖巳, 楯野 恒雪, 塚田 与志也, 柳田 真坂樹 (翻訳); ホビージャパン (刊)ノド書  ブック・オブ・ノド [単行本] / サム・チャップ, アンドリュー・グリーンバーグ (著); 福嶋 美絵子, 小川 涼 (翻訳); アトリエサード (刊)

 出版不況のさなか、特に翻訳書にとって厳しい時代だと言われて久しくなります。
 しかし『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、「朝日新聞」「日本経済新聞」「読売新聞」「北海道新聞」など各紙、「文學界」「新潮」「ミステリマガジン」「本の雑誌」といった各種文芸誌、さらには「テレビ・ブロス」や「エル・ジャポン」といった文芸がメインではない雑誌、「週刊ブックレビュー」といったテレビ番組等々において、数多くの書評や批評が掲載されています。ウェブ上でもウェブログ、Twitter、読書メーター等に多数の感想が寄せられています。文学の無力が叫ばれるなか、近年稀に見る幸運な作品なのは間違いないでしょう(*2)。増刷も決定したということで、この優れた作品がさらに多くの読者へ届くことを願ってやみません。



 さて、イベントから三週間近くが経過し、改めて感じることは、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』で語られる「フク」とはまさに、現在、日本が直面している苦境そのものではないかということです。そして、アナログゲームをやSFを介した想像力によって歴史的な現実を認識でき、現状を適切に語ることができるというのは、私たちにひとつの勇気を与えてくれるように思います。

 レビューを掲載した後、Analog Game Studiesの岡和田晃と高橋志行氏は、都甲幸治氏へのインタビューを敢行いたしました。しかしインタビューの真っ最中、東日本大震災に遭遇してしまったのです。使用していた喫茶店が危険な状態となり、残念ながらインタビューは中断されてしまいました(*3)。けれども、私たちは身をもって小説で語られる「フク」を体感し、日常を侵食し、想像力を断層させる現実、そして表象不可能な現実を、再認識させられた次第です。

 未曾有の災害を経た現在、フィクションに自らの実存を重ね合わせ、投企の機会とすることが困難になっているように思えます。私たちが築き上げた文化も、そこで表象される内面も、ほんのちっぽけなものにすぎなかった。しかしそれでも、失語を強いる状況において、少しでも希望を見出すことは可能ではないか。畢竟、文学の価値はそこにこそあり、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は「一つの指輪」の誘惑に耐えつつも、サウロンやモルゴスに蹂躙される世界を生き延びるための支えを――いわば「RPGリプレイ」という文学的形式をもって――私たちに提示してくれているのではないでしょうか。

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(*1)ちなみに、アナログゲームの総合情報誌「Role&Roll Vol.62」に掲載された、「WORLDWIDE DUNGEONS & DRAGONS GAME DAY 2009 プレイヤーズハンドブック2」のレポート記事には、都甲幸治氏のコメントが掲載されています)。
(*2)数多くの書評から特に優れた一点を挙げるとしたら、「新潮」2011年5月号に掲載された円城塔氏の書評をお薦めいたします。
(*3)近いうちに再開を予定したいと考えております。
posted by AGS at 20:03| レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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