そこで今回は、商業媒体において発表された、心理学における認知行動療法を援用しつつ会話型RPG(テーブルトークRPG、TRPG)を運営するためのコラムを、執筆者の許可をいただき、Analog Game Studies上で再掲させていただきます。
今回の記事を書かれたのは、伏見健二さま。
東洋風の世界観、「悟り」といった独創的な目標設定でRPGの新時代を切り開いた『ブルーフォレスト物語』、スチームパンクをベースに広義の社会参加・人間讃歌をシステム内に組み込んだ『ギア・アンティーク』、南米風の世界観のもと、ダイナミックな空戦システムと人と人ならざるものの往還を表現した『ドラゴンシェルRPG』など、作家性豊かなゲーム・デザインで知られる、日本を代表するゲーム・デザイナーの一人です。
あるいは『サイレンの哀歌が聞こえる』などの平明ながらも情感豊かな小説の書き手として認識されることも多いでしょう。
近年は、介護の現場で培った問題意識や方法論のゲーム・デザイン/運用への応用を模索されています。
Analog Game Studiesは伏見健二さまの問題意識に共鳴し、アナログゲームを、そしてアナログゲームを語る言葉をさらに豊かなものとするため、微力を尽くさせていただきたいと考えています。
なお、本文の冒頭にもありますが、本コラムで紹介するものは治療行為ではありません。会話型RPGを通じた介護、支援、コミュニケーションのレベルのアプローチです。治療に関しては専門医や臨床心理士の判断を仰いでください。介護や支援、コミュニケーションについての基本的な知識やスキルの習得は専門書や専門機関をあたっていただければと思います。本稿の方法論を実際に適用する際にも、本文中のチェックリストを活用し、専門家と相談の上でプレイングを行なってください。
会話型RPGが遊ばれる現場において、精神疾患を有していたり障害を有していたりする方の状況が正しく理解されず、いわゆる「困ったちゃんプレイヤー」として排斥されてしまう事例がままあります。これらの問題や対応について、容易な解決を見ることは難しいでしょうが、認知行動療法の予備知識があれば、そのプレイヤーを理解し、受容し、ゲームの仲間として楽しいひとときを共有するための何らかの糸口、思考のヒントを得られるかもしれません。少なくとも、従前よりも状況をより的確に理解することができるようになるのではないでしょうか。
本コラムをきっかけに、まずは、皆さまも考えてみてください。そして、得られた結論を一足飛びに実践へと移すのではなく、下段解説部でも紹介している伏見健二さまの「バイステックのRPG」(「つぎはぎだより3」所収、つぎはぎ本舗、2011、同コラムは体験版からもアクセス可能)もお読みください。
そして可能であれば、うつ病、精神疾患、障害、認知行動療法等の専門書へアクセスし、知見を広げる契機としていただけましたら幸いです。
なお、活動趣旨にも記載がありますが、本テーマ連載ならびにAnalog Game Studiesへのご意見につきましては、analoggamestudies1★gmail.com(★→@)にて承っております。すべてにお返事ができるとは限りませんが、ご意見をお持ちの方はお寄せいただけましたら幸いです。(岡和田晃、下段の解説部を含む、11/04/28一部補足修正)
※本稿をお読みの方は、お手数ですが、あらかじめ「CBT的アプローチのセッション運営(第1・5回)」に記された「危険性の確認」をご確認ください。(2011/05/23追記)
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【テーマ連載】CBT的アプローチのセッション運営(第1回)
(初出:「ブルーフォレスト通信1」、グランペール、2010)
伏見健二
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■最初に知っておいていただきたいこと
鬱、妄想などの精神疾患症状が起きている場合、また精神障害者、知的障害者、なんらかの行動障害が発生している場合において、それをサポートして解決するのは純粋に医学的アプローチに基づくものでなければなりません。
それらの障害や疾病の理解については、このゲームルールブック(編注:会話型RPG『ブルーフォレスト物語』およびサポート誌『ブルーフォレスト通信』)ではまったく情報量は不足していますし、また、執筆者自身、医師や臨床心理士ではありません。この章が治療行為を推奨するものではなく、またその効果を保障するものではないことをお断りしておきます。
多くの場合、これらの治療は、カウンセリングによってのみ行われるものではありません。専門医による投薬や支援が必要となります。これは治療レベルではなく、介護、支援、コミュニケーションのレベルのアプローチである、ということを強調した上で、文章を進めさせていただきます。うつ病、精神疾患の知識や、認知行動療法について、より詳しくお知りになりたい方は専門書をあたってください。
■認知行動療法
認知行動療法(CBT)は、主としてうつ病の行動支援のカウンセリング手法として発展してきました。その特徴と原理は、自己の客観視による不利な自動思考(NATS)の抑制、そして行動経験による克服と適応です。
なんらかの事象に出会ったときに、精神的傷害を受けている者は、自己に不利な思考や感情に囚われます。これは認知の歪み、すなわち「そう理解しなくても良いのに、間違った認識をして、自己の苦しみを増してしまう」ことです。どの瞬間に、どのような自動思考が発生するのかを知ることによって、クライアントと治療者はそれを正しい認知へ、あるいは回避的な認知へと導いてゆくことができます。
それが「思い込み」である場合、その思い込みが間違っていることを確認するためには、行動療法が有効になります。実際にやってみると、考えていたとは違っていた……この経験は、自動思考を塗り変える力となるでしょう。
それが「思い込み」ではなく不利な事実である場合はどうでしょうか。行動療法は成果とはならず、その不利を強調する結果になりかねません。その場合は認知療法が有効となります。不利益のなかになにかの利益を発見する認知を得ることによって、不利は有利に、有益な結果へなることを期待できます。見え方、感じ方は補整が利くことなのです。
成功経験による行動への自信、狭隘で偏向的な認知から、合理的な認知への克服。これがCBTの成果となります。
回復への原理は革命的なものではありませんが、それを容易に入手できないからこそ、うつ病やパニック障害からクライアントは抜け出せないでいます。これまでは治療者の個人差の高かった、分析と支援へのカウンセリング援助技術を、普遍的で手順的なスキルとして共有できるように体系化させたものがCBTなのです。
■TRPGとCBT
TRPGをCBTの視点で導入することは、次のような状況において有益です。
1:児童への行動療法的な教育の手段として。
2:思春期の心理変化において、認知力を高めさせ、行動障害を起こさないための予防的な認知力トレーニングとして。
3:成人において、健常で健康的な精神状態を維持するための心理トレーニングとして。
4:うつに悩まされているクライアントの、休息と自己実現の手段として。
5:なんらかの精神障害、知的障害、行動障害に合わせた、娯楽やソーシャルスキルトレーニングの手段として。
援助者はいずれの場合においても、TRPGをアセスメントツールとして、またCBTツールとして利用することができるでしょう。
注意すべきことは、この干渉はネガティブにも働きうる、ということです。治療的にTRPGを用いる場合、以下の条件をチェックリストとして使用してみてください。
・治療が必要なクライアントであれば、その支援が既に受けられていること。すなわち、精神疾患などがあれば、それが専門医による治療や向精神薬の投与などによってコントロールされており、コミュニケーションや遊びの場を持つことが勧められていることを確認すること。
・一緒にゲームを参加する者が、治療や教育の目的を理解していること。参加者数が、GMのコントロール可能な人員を超えていないこと。とくに配慮が必要なクライアントの場合は、1対1でのプレイを推奨。
・GMがゲーム外のコミュニケーションにおいてクライアントから充分な信頼を得られていること。さもなければ、ゲームの場に、クライアントが充分に信頼する人物がGMへの協力者として存在すること。
・プレイのストレスが大きくならないように配慮すること。時間で区切り、規則正しい休息をとること。また、プレイの中断や終了のときに、クライアントが充分にセッション内容を理解して咀嚼し、刺激を低減できるためのクールダウンの時間をとること。援護が必要なクライアントの場合、帰り道の安全が保障されていること。
では、前述したクライアントタイプごとに、それぞれの注意点を、以下、記述してみます。
■児童とのTRPG
児童がTRPGから獲得するのは、体験そのものです。児童は行動と結果の反復のトレーニングの途上にあり、それを急速に学習してゆきます。
TRPGによる代理的な体験は、そのような児童の豊かさをはぐくむ上で大きな効果を与えます。例えば絵本の読み聞かせのような、相手の反応を見ながら、物語の語り口を変えたり、テーマの強調の方向性を変えたりといった働きかけをすることができます。
多くの場合、児童は達成経験に飢えています。自分の行動がなにかに影響し、そして変化が生じる、ということそのものに強い印象を受けるものであり、またそれが良き成果を挙げれば、強い満足を得ます。
しかし、児童教育の視点においては、必ずしも成功経験のみを与えることは、良い結果を生み出さない可能性がある、と想定しておくべきだと考えます。成功経験がもたらす過度な興奮や、過度な自信は、児童の現実に対するヴィジョンを歪めてしまう危険性があるのです。成功への期待は多くの場合は豊かな経験と積極性へつながりますが、度を過ぎるなら鈍感と貪欲を作り出してしまいます。
逆に、失敗すること、そして失敗を挽回する、という経験を与えることも重要です。精神的に健康な児童に対してのゲーム体験は、このような「失敗経験」こそを与えるように、慎重で巧妙なストーリー展開を用意するべきです。しかし失敗は大きなストレスとなり、ゲームを「投げ出す」危険性がありますから、薬を糖衣で包むように、成功と報酬を準備する必要があります。この視点においては、「喜び」は「苦しみ」を覆い隠すための調味料として活用すべきものであり、それそのものが目的ではありません。
■知的障害者の娯楽として
行動を阻害する障害の多くは、脳機能によるものです。
脳内の伝達系、神経刺激のコントロールに異変があると理解できます。
知的障害においては、後天的に知的刺激が減少している状況における環境的な精神遅滞、先天的な生理的原因によって脳機能が制限を受けている単純性精神遅滞、また疾病によって脳や各器官が損傷を受けることによる知的障害の発生があります。
軽度の知的障害者や、知的低下を伴わないアスペルガー症候群、自閉症スペクトラムのプレイヤーに対しては、ゲームセッションはほとんど問題なく運営することができます。しかし、そのプレイヤーの行動は突飛であったり、こだわりが強く出たりすることがあります。そのような反応を想定内とし、GMは受容的にセッション運営をする必要があります。
知的障害者の行動訓練療法の視点において、TRPGのもたらす仮想体験が有効である可能性もあります。しかし知的障害者のソーシャルスキルトレーニングにおいては、実際に体を動かして反復的に行動することがより重要であり、学習の効果を過大に期待するべきではありません。またTRPGにおいてさまざまな背反への選択を求めることは、このカテゴリーのユーザーにとって有効でも有益でもないかもしれません。
しかし、テーブルトークRPGがもたらす娯楽の要素はこのようなプレイヤーにとても意味のあるものとなります。仲間、危険の克服、感謝といったドラマは、快いイメージを伴い、幸福感のある時間をつくります。
気をつけるべきところは、暴力的なモチーフをコントロールすることが困難である場合であるため、それを避けるべきだということです。障害のもたらす混乱、低抑制のなかで、暴力モチーフを安易に用いることは良いことではありません。また、このようなクライアントは暴力や性的欲求の発露から離れるように、という行動訓練を受けている場合も多く、それらの教育効果を損ねる娯楽を提供することは望ましくない場合もあります。
知的障害者とのゲーム体験は、あくまでソーシャルスキルトレーニングだ、という視点を持つと良いでしょう。
自由にPCが行動を選択できるTRPGとは違い、「理想的な行動パターンを体得する」ために行う反復性の高いトレーニングゲームであるとイメージすると良いでしょう。
■精神障害者の娯楽として
精神疾患にもさまざまなタイプがありますが、一例を挙げれば、統合失調症の代表的な症例は関係妄想に伴う被害妄想であり、それが生み出す精神的苦痛です。ドーパミンの過剰が、いわば神経の「つながりっぱなし」の状態を作り出してしまいます。
社会参加している多くの統合失調症患者、ないし、その傾向を持っている者は、そのような自分の妄想的な思考をコントロールする技術を得ています。妄想に対して「そんなことはない」と客観視によって解消したり、妄想が存在しても別の意識で「気にしないで」行動したり、あるいは達成体験や他人からの愛情や感謝によって、被害妄想がもたらす苦痛を打ち消すための工夫、ストレスコーピング技法を持っています。
TRPGのセッションがもたらす「関連の解き明かしや解決」の物語は、このようなクライアントの心象風景にごく近いものだと考えられます。TRPGは空想の世界で問題を解決するストーリーシステムであり、また、それを経験することによって、箱庭療法的に、関係妄想の整理と昇華を手助けする効果を期待できます。
関係妄想においては、他者からの攻撃の危険性や、憎まれているという不安が大きなテーマとなります。攻撃への不安に対しては、ゲーム内体験によって自分が行動的で強力な存在であり、困難に対処できる発展性を持っている、という擬似体験と確認とが有効と考えられます。また憎まれているという不安に対しては、そうではない物語空間を経験する……すなわち、病に苦しんで挫折を繰り返す自分ではなく、行動と成功を得て、感謝される自分を経験することにより、ネガティブな体験に対抗できる自信を獲得することができるでしょう。
■TRPGセラピストになる
現実問題、TRPGがセラピーにおいて非常に効果的であった、という症例は多く存在していると考えています。いわゆる「上手い」GMは、そしてプレイヤーも、このようなテクニックを駆使して、参加者に有益なセッションを作り上げてきたのです。
もしも貴方がTRPGに飽きが来たとしたら、次はこのような視点で、遊びの中で人に干渉し、人を手助けできるツールとしてのTRPGの分析と利用を考えてみてもらいたいと思います。そしてTRPGは、人間を理解するためのツールとして非常に面白い、無限のポテンシャルを持っている分野である、と感じていただければと思います。
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伏見健二(ふしみ・けんじ)
1968年東京生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。作家、ゲームデザイナー、介護福祉士。
日本の主要なアナログゲームクリエイターのひとり。21歳の時に代表作であるテーブルトークRPG『ブルーフォレスト物語』(ツクダホビー)を発表。小説家としても多数の作品を発表する。冒険企画局に所属の後、テーブルトークRPGの専門集団(有)F.E.A.R.の設立、小規模出版によって多様なゲームシーンを発掘紹介する(株)グランペールの設立と相次いでゲーム企業の設立に携わる。またインターネット黎明期に千人の会員を持ったWEB上ゲームサークルG99の主催者でもあった(現在は解散)。
介護を本業とする現在も、福祉資格取得の講師やスキルアップセミナーの講師を行いながら、ゲームデザインや出版やイベントに携わり、ことに小規模出版の支援や障害者支援に力を入れて幅広い活動を行っている。

CBT的アプローチのセッション運営(第1回) by 伏見健二(Kenji Fushimi) is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 Unported License.
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本コラムで、会話型RPGと福祉分野の関わりに関心を持たれた方は、つぎはぎ本舗さまの「つぎはぎだより3」に掲載されたコラム「バイステックのRPG」をも、併せてご覧いただけましたら幸いです(体験版からも読むことができます)。
・「つぎはぎだより3」
http://home.dlsite.com/work/=/product_id/RJ075968.html
【追記】11年05月01日付けで、本コラムへの対論「私がTRPGをセラピーに使わない理由」(早瀬以蔵)がAnalog Game Studiesに掲載されました。併せてご覧いただけましたら幸いです。
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なお、伏見健二さまの代表作『ブルーフォレスト物語』は、小説版・3DOやプレイステーション版の発売など、さまざまなメディアで展開がなされましたが、原典にあたる最初の版がリバイバル・エディションとして復刊されています。『ブルーフォレスト物語』をご存知の方もそうではない方も、この機会にお手にとっていただけましたら幸いです。



本コラムの初出誌である『ブルーフォレスト物語』のワンコインサポート誌「ブルーフォレスト通信1」も、オンライン書店やゲーム・ショップ等で、好評発売中です。
「ブルーフォレスト物語 the 3rd Edition その道のりとコンセプト」、「相沢美良イラスト講座」、「新しいスタイルのTRPGシナリオを」、「『ブルーフォレスト物語 リバイバルエディション』用書き下ろしシナリオ「雄花と雌花」「きみは虎の子」」など、盛りだくさんの内容になっております。
