【ニュース】伊藤計劃『ハーモニー』がフィリップ・K・ディック記念賞特別賞受賞!
岡和田晃
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日本時間で昨日4月23日、惜しくも2009年に夭折した伊藤計劃氏の長編SF小説『ハーモニー』の英訳版(アリグザンダー・O・スミス訳、Harmony by Project Itoh、HAIKASORU)が、アメリカの著名なSF賞であるフィリップ・K・ディック記念賞のSpecial Citation Award(次点、審査委員特別賞)を受賞しました。
同賞は前年にアメリカ国内にてペーパーバックで発売されたSF小説を対象とした賞で、これまで、サイバーパンク運動の代表的作家のひとりであるルーディ・ラッカーの『ソフトウェア』、スチームパンクというジャンルの重要な立役者であるJ・P・ブレイロックの『ホムンクルス』等がリストに名を連ねています。また、Special Citaition Awardは、かつて氏も愛読したというR・A・マカヴォイ『黒龍とお茶を』が受賞しました。
これまで、日本のSF小説が海外、とりわけ英語圏の著名な賞を受賞したケースはありませんでした。それゆえ『ハーモニー』の受賞は、ギブスンやスターリングから始まるアメリカのサイバーパンク運動の極東における正統の「返歌」として、また、表層としての「クール・ジャパン」に留まらず、日本発のフィクションがその内実において広く価値を認められたという意味において、注目に値する事件でしょう。
Analog Game Studiesは、アナログゲームとそれ以外の社会的領域をつなぐことを大きな目標として掲げていますが、戦略論的なシミュレーションと哲学的なシミュレーションを綜合させた稀有な実例として(*1)、伊藤計劃氏の『虐殺器官』をひとつの達成だと認識しています。そして『ハーモニー』は、「生府」が支配する徹底した管理社会/監視社会の実態が描かれますが、ここでのポストヒューマニズム的なユートピア/ディストピアのヴィジョンは、Analog Game Studiesが強力プッシュしているポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』の世界観にも相通じる部分があるでしょう(*2)。何よりも伊藤計劃氏は、そして『ハーモニー』は、21世紀型の「実存」のあり方について思考を重ねた作家/作品であり、それゆえ、機械化された私たちがいかなる「生」を余儀なくされているかをこのうえなく鮮烈に描いているため、ジャンルの内部から出発しつつ、ジャンルのくびきを破砕する優れた文学=スペキュレイティヴ・フィクションたりえていると言うことができます(*3)。
そして伊藤計劃氏自身、『D&Dがよくわかる本』あるいは『クロちゃんのRPG千夜一夜』(黒田幸弘)を最初の創作の指南の書とし(*4)、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『ギア・アンティーク』などの会話型RPG、『バルバロッサ』などのボードゲームにも深く親しんだ人でした。その作品にも、ゲーム的な方法論が大きな影響を及ぼしており、ゲームとそれ以外の社会的要素のあり方を問い直すためには、必読です(*5)。
伊藤計劃氏の作品が今後も読み継がれ、国境を越え、ジャンルを越えた氏の作品により、一人でも多くの方の文化的環境が、さらに豊かなものになることを祈念いたします。(岡和田晃)
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![Harmony [ペーパーバック] / Project Itoh (著); VIZ Media LLC (刊) Harmony [ペーパーバック] / Project Itoh (著); VIZ Media LLC (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51AETm%2BhTNL._SL160_.jpg)
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【脚注】
(*1)この点の考察は「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」(「SFマガジン」2010年5月号、早川書房)を参照。
(*2)管理社会とポストヒューマニズム、そして『エクリプス・フェイズ』については、近日Analog Game Studies上で新規エントリとして考察される予定です。
(*3)「二一世紀の実存」(「小松左京マガジン」37号、イオ、2010)
(*4)『伊藤計劃記録 第弐位相』(早川書房、2011)を参照。
(*5)この点の考察は「ミステリとSF あるいはリセットの利かないゲーム」(「ジャーロ」38号、光文社)を参照。