2023年07月27日

『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注


 2023年7月27日配信の「FT新聞」No.3837に、「『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注」が掲載されました。私の初の単著をめぐる裏話です。当該書、未読の方はぜひお手にとっていただければと存じます。

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『アゲインスト・ジェノサイド』へのささやかな自注
 岡和田晃

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 2009年に『アゲインスト・ジェノサイド』という本を出しました(新紀元社)。27歳のときのこと。
 単著としては、私の初めての本になります。
 思い切って告白すると、これを書いていたときは、無謀にも「これ一冊で革命を起こそう」と企てていました。
 その密かな気概が伝わったのか、ありがたくも今でも読者の方から感想をいただくことがあります。
 取り立ててゲーマーでもない方が読んでくれることも多く、自信と勇気をもらっています。

 ご存知ない方に向けて、この本の性質を説明しますと……。
 『アゲインスト・ジェノサイド』は、現代の民間軍事会社の傭兵を(基本的には)プレイするガンアクションRPG『ガンドッグゼロ』を、実際に仲間(当時の私のプレイグループであったTeam Expeditious Retreatsというゲーム集団)でプレイしたもの。
 その様子を録音して、小説のようにまとめ直したものです。
 幕間に相当する箇所は、実際に小説として書いています。
 いわゆる戯曲形式のリプレイ。英語ではreplay-novelと言われるものですね。

 もととなるシナリオを、ゲームマスター(作家・司会進行役)たる私が製作するわけですが、いざゲーム・セッションの現場では、プレイグループの動きによって展開は大きく変わります。
 その双方向的なプロセスとダイナミズムを、できるだけ明示的に伝えることを心がけました。
 RPGとは何かというレベルから解説しつつ、どこまで表現の高みに到達できるのか。
 そのことを本気で追究したつもりで、「革命を起こそう」とした、というのは、そういう意味です。
 
 私は2004年に大学を出てから数年間、就職せずに日雇いの肉体労働等をしながら、食うや食わずで物書きとしての修行をしていました。
 2007年にようやく月刊ゲーム専門書籍「Role&Roll」のライター募集に合格、本名でのプロ・ライター活動を始めたのです。その経験が、すべての根幹です。
 いまでも同媒体に、「戦鎚傭兵団の中世"非"幻想事典」、『エクリプス・フェイズ』のサポート連載といった複数の連載をもっています。
 
 『アゲインスト・ジェノサイド』の頃、私は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(第3.5、第4版)や『ウォーハンマーRPG』(第2版)など、英語圏のRPGを日本に翻訳紹介しつつ、その世界観を下敷きにしたリプレイ小説を商業媒体で書いてきました。
 大事にしたのは、できるだけオリジナルの雰囲気をつかみ、創作へとフィードバックすること。
 自分が感動したことを、少しでも伝えたいという思いによります。

 しかし、英語圏のRPGについて書くと、版権の都合も手伝って、なかなか単行本にできないもの。
 そうした兼ね合いもあり、日本産のRPG『ガンドッグゼロ』に関して書いたこの本が、私の最初の単著になりました。
 ジョン・ル・カレの冒険小説『寒い国から帰ってきたスパイ』のような雰囲気を作るべく、腐心しました。
 『d20モダン』、『Afghanistan:d20』、『Twilight 2000』、『Mercenaries, Spies, Private Eyes』など、この分野の名作RPGもすでに存在していて、それらを裏切りたくないという気持ちもがあったのは言うまでもありません。
 その甲斐あってか、刊行当初は、良い意味で"ハリウッド映画のよう"という反響が多く、我が意を得たりという思いでおりました。

 『アゲインスト・ジェノサイド』は全3部からなり、冒頭は「Lead&Read」Vol.4(新紀元社、2009)に掲載され、残りは書き下ろし。
 目次は以下となります。

【CONTENTS】
Queen-Bee's Boot Camp…003
(クインビー教官の特別講義)
※「Lead&Read」Vol.4に掲載されたものに加筆修正
Character Introduction1…013
MISSION:Eugenie Onegin…035
(エフゲニー・オネーギン)
※「Lead&Read」Vol.4に掲載されたものに加筆修正
Charcter Introduction2…140
MISSION:The Vally of Fear…147
(恐怖の谷)
Character Introduction3…186
MISSION:The Knight in Panther's Skin…193
(豹皮の騎士)
APPENDIX:Black Borrosus…241
(付録:ブラック・ボロサス)※執筆:狩岡源/アークライト
あとがき…252
※特記したもの以外は、すべて書き下ろし

 表紙に採られたのは、ロシア・ヴォルゴグラードにある「母なる祖国の像」で、作中でも言及されます。
 『ガンドッグゼロ』は前身の『ガンドッグ』や、現行版の『ガンドッグ・リヴァイズド』とルールじたいは大きく変わらないので、前の版や最新の版をご存知の方にも、楽しんでいただけると思います。
 私自身、各種の公式イベントで、『ガンドッグゼロ』や『ガンドッグ・リヴァイズド』の公式ゲームマスターを担当してきました。

 手前味噌ではありますが、「小説にしかできないことがあるように、ゲームにしかできないことは何か?」と本気で考え、編集方法を工夫し、提示したつもりです。
 これほど創作者の手の内を赤裸々に示した実作も、そうはないだろうと、自分では勝手に思っています。
 もとが複雑なメカニズムを難なく操る海千山千のプレイヤーが集まったゲーム・セッションなので、二重スパイのプレイヤー・キャラクターや、途中での脱落(と、それを利用した意外な新キャラクター登場)といった、アクロバティックで現場的な技術も駆使しています。
 それを、セッションそのままに書き込まなければ表現できない"何が"があった、といえばわかる方にはわかるでしょう。
 プレイヤーのなかには、後に大ヒット・カードゲーム『ラブレター』で世界的なデザイナーとなったカナイセイジ氏や、JAXAで宇宙工学を研究していたKH氏、日本語教師になったTW氏などもいます。

 リプレイとしても、ただプレイログをそのまま放出したのではなく、1話につき10時間ほどの時間をかけて収録し、それらを吟味し、エッセンスを蒸留させて再構成しています。
 私たちは決してゲームが上手いわけではありませんが、将棋の名人戦のような緊張感があったことは確かで、それを伝えたかったのです。

 他方、プーシキン原作・チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』、ストルガツキー兄弟やコナン・ドイルの小説、あるいは中世グルジア叙事詩に関係したメタテクスト的な仕掛けも入れ込んでいるのですが、気づいた方も大勢いらっしゃいました。
 本作はチェチェン・グルジア戦争(紛争)をモチーフとしています。
 シナリオ製作当時は日本語の資料がほとんどなく、大きな図書館で新聞を総ざらいして状況を確認しました。
 できるだけ裏を取るように心がけたものの、フィクションとしての異化効果を狙っているので、現実そのままではありません。むしろ、ネーミングほか細部の情報は、意図的に現実のものと変えています。
 『エフゲニー・オネーギン』からの場面の引用も、原作そのままの構成ではないのです。

 監視社会化へのメッセージもあって、その問題意識は市民講座でもお話したことがあります。詳しくは参加者の東條慎生さんのレポート(https://closetothewall.hatenablog.com/entry/20090706/p1)をご覧ください、

 現在、ロシアによるウクライナへの侵略戦争が泥沼化していますが、私ははっきりと虐殺に反対しています。
 その意味で、『アゲインスト・ジェノサイド』で提示したスタンスは変わりません。
 加えて言えば、あらゆる戦争はそれ以前の状況と連続して起こるもの。この状況とは政治情勢のみならず、人々の精神史をも含むものです。
 本書は友人でもあった作家の故・伊藤計劃氏による『虐殺器官』から決定的な影響を受けており、初出書籍は病床にあった氏にも届けたほどなのですが、計劃氏からいただいた世界の痛みを掴み取る感覚が、『アゲインスト・ジェノサイド』の背後には横たわっています。
 世界の複雑さを複雑のまま、双方向的なもののうちに捉えようとする姿勢こそが大事だと考えるわけです。

 この仕事をしていた間に、私は軍事史関係のノンフィクションを大量に読みました。
 そのなかで1冊お薦めをあげるとしたら、ヴォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』でしょうか。
 イスラエルの情報機関モサドに所属していた凄腕のスパイ、ヴォルフガング・ロッツが、「来るべき世代の秘密諜報部員」志望の人たちに向けて記した手引書。
 冒頭に記された「スパイとしての適性検査」が、インパクト大で、あなたがスパイになれるかどうかが、すぐにわかってしまいます。
 その他、尾行や変装のトレーニング方法、活動資金の使い方、果ては逮捕された時の身の振り方などが、ほろ苦いユーモアをもって語られます。
 ありがちなビジネス書より、よくできた処世訓とて通用します。
 「秘密情報に頼らずとも、公開情報の98%を整理することで真相には近づける」。
 これはインテリジェンス(諜報)の基本なのですが、それを念頭においてこの本を読んでみれば得られるものもあるでしょう。
 スパイ独特の思考法や状況判断、仁義の切り方なども、本音で読者に明かしているところが好ましく、それ以上にスパイとは、何も特殊な役割ではないとわかるわけです。
 要するに、スパイも現地の新聞や公文書といった「公開情報」をベースに調査を行い、その意味で、外交官などは典型的な「スパイ」。
 状況を読むというのは、ありがちなネット上の陰謀論や差別言説への耽溺とはまるで別物なのです。

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アゲインスト・ジェノサイド ガンドッグゼロ リプレイ
 著者:岡和田晃
 監修:狩岡源/アークライト
 定価:本体1,200円(税別)
 新書 256ページ
 ISBN 978-4-7753-0714-4
 発売:新紀元社
 発行年月日:2009年6月1日
 
※版元では在庫切れですが、かなりの部数が刷られたため、古書での入手は容易。
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2023年07月13日

『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!

 2023年6月29日配信の「FT新聞」No.3809に、「『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!」が掲載されています。「暮しとボードゲーム」の「TRPGの現在(いま)」で話した内容を含め、『モンセギュール1244』の新しさ、歴史にifはないことについて詳述。講談社選書メチエのTwitterでもご紹介いただいた『モンセギュール1244』をご堪能ください。

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『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!

 岡和田晃
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●『モンセギュール1244』発売!

 今月(2023年6月)20日、中世の異端カタリ派を扱うモダン・ナラティヴ(ナラティブ)RPG『モンセギュール1244』がめでたく発売となりました(ニューゲームズオーダー)。これは「TRPGの現在(いま)」のみならず、歴史と物語の関係のみならず、マーダーミステリーや推理ボードゲームをも含んだストーリーテリングゲームの流れからしても画期的な作品です。
 すでに4Gamer.netにプレスリリースを含めた紹介記事が載りましたし、公式サイトには識者による推薦コメントや、ボックスセットよりカタリ派の歴史的背景を扱うコラムが抜粋掲載されているので、ご覧になった読者の方もおられることと存じますが、本稿ではその特徴を改めて論じていきたいと思います。

●ナラティヴ・スタイルRPGの古典

 『モンセギュール1244』は原著が2009年に発売された作品で、これまで英語・イタリア語等に翻訳されています。実際に身体を使って物語に「没入」する北欧のライブアクション・ロールプレイング(LARP)の流れに連なるインディーズ作品となっており、同年発表の『フィアスコ』(ハロウ・ヒル、邦訳2012年)に並ぶ、ナラティヴ・スタイルのRPGの古典となっています。
 しばしばユーザーの過度な負担を強いるように思われがちですが、ボードゲーム的なGMレスのメカニクスを採用しており、ユーザー間のインタラクションによって話を転がすことと、適度に収拾をつけることの両立に成功しているのです。
 『フィアスコ』では、あるシーンを演出する人と、そのシーンに決着をつける人がそれぞれ別。従来型のRPGでは1人のGMが一手に背負い込む役割を、プレイヤー間に分担させているのです。厳密にはGMレスというよりは、「全員がプレイヤーであり、全員がGMでもある」ということになりますでしょうか。
 『モンセギュール1244』の場合、各プレイヤーは順番に、シーンを設定して状況を語るGM的な役割を交替させていきます。描写に際しては、ランダムで引かれるシーン・カードがヒントになります。このシーン・カードを使って、ここぞというときにはナレーション権を奪取してしまうことも可能なのです。ただし、他のキャラクターを殺害することは、殺害される側の同意がなければ行えないというユニークなルールもあります。

●ディアナ・ジョーンズ賞と2009年頃の状況

 『モンセギュール1244』は、ディアナ・ジョーンズ賞という、ゲームの革新性を評価する賞にノミネートされています。
 他の候補作は『ウォーハンマー』の世界で邪悪な混沌の神々を演じる、豪華コンポーネントのボードゲーム『ケイオス・イン・ジ・オールドワールド』(邦訳はホビージャパン、2010年)に、コミュニティ型データベースサイト「BoardGameGeek」等。当時の混沌とした空気が、伝わってくるような並びですね。
 ちなみに前年の2008年には『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の第4版(ホビージャパン、邦訳2008年)が発売され、『ウォーハンマーRPG』の第3版(未訳)が出ています。前者は、グリッドマップを用いたタクティカル・コンバットの精緻化が特徴的で、後者は豪華なコンポーネントでカードを駆使する、ボードゲーム的なデザインが特徴でした。
 つまり歴史と伝統あるゲームが、戦略性とプレイアビリティを増すことでユーザーを拡大させる反面――ゲームズ・ワークショップの『タリスマン』を代表作とする――従来のRPGボードゲームとの境界線が解体され、むしろゲームマスターの演出に依存していた部分がメカニクスやコンポーネントに落とし込まれるようにもなってきたというわけです。
 反面、最新版ではなく旧版のデザイン思想をより手軽にプレイしたいという声も根強く、ビッグゲームの旧版のシステムをそのまま流用したり、あるいはナラティヴ(語り)の介入する要素をより拡大させようとしたりするオールドスクール・リヴァイヴァルの流れが生まれ、やがてそれはオールドスクール・ルネッサンス(OSR)という一大潮流へと発展を遂げます。

●三派鼎立

 「昭和」初期、批評家の平野謙は、当時の文学状況を従来型の私小説とプロレタリア文学、新感覚派等のモダニズム文学の「三派鼎立」として整理しました。
 これに倣えば、2023年、英語圏では、「ビッグゲーム・OSR・ナラティヴ」の三派が鼎立している現状になっています。それがわかりやすく可視化された最初の契機が2009年前後にあったのではないかと思うのです。
 もちろん、三派鼎立は互いに排斥し合っているわけではありません。相互に影響を与え合っているというのが正確でしょう。
 2009年はポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』(新紀元社、増刷改訂版2022年)の原書が出た年でもあります。『エクリプス・フェイズ』は未来の太陽系を舞台に、精神がデジタル化され、義体を交換可能になった未来を描く斬新なデザインのRPGで、『パラノイア』や『シャドウラン』の系譜に連なるSF-RPGの重厚さを備えながらも、随所にインディーズ的な実験精神を随所に取り入れた作品となっています。
 それでいてルール・メカニクスは『クトゥルフ神話TRPG』流のシンプルなパーセンテージ・ロールですからオールドスクール的でもあります。

●遊びやすいRPG

 『モンセギュール1244』は遊びやすいRPGです。作成済みのキャラクターから担当者を選ぶだけで準備はOKですし、特に序盤はメロドラマのノリで好き勝手プレイしても大丈夫です。
 ビッグゲームのようにキャンペーン・スタイルが前提ではなく、さりとてマーダーミステリーのように1回遊んで終わりでもありませんが、基本ルールに慣れたら、キャラクターを増やしイベントを多様化できる拡張ルールを導入することで、だいたい3〜5回ほどのプレイ回数が想定されているように見受けられます。長すぎず短すぎず、ほどよい回数で、ゲームをしゃぶり尽くすことができるのです。
 必要な情報はすべてカード化されており、ルールブックの記述も噛んで含めるように、丁寧な書き方がされています。

●ヒストリカルRPGは敷居が高い?

 ただ、『モンセギュール1244』は、これまであまり日本語で紹介されてこなかったタイプの作品であることから、若干ハードルの高さを感じる方もいるようです。大きな要因としては、ヒストリカルな題材を扱うRPGが「歴史的背景を扱うためか前提となる勉強が沢山必要になる」と、日本ではしばしば敬遠されてきた事情が挙げられるでしょうか。『混沌の渦』(社会思想社、邦訳1988年)や『クトゥルフ・ダークエイジ』(新紀元社、邦訳2005年)といった傑作が、もっとプレイされてよいと思います(『クトゥルフ・ダークエイジ』は増刷しましたが)。
 他方で、現在のユーロゲームにしても、歴史的背景に取材したボードゲームは多数あるものの、味付けの域を越えてテーマの根幹に絡んでくるものとなると、意外と限られてくるのが現状です。
 ただ、昨今では西洋史を扱った各種コミックが人気を集め、なかには非常に綿密な考証が行われているものも少なくありません。歴史を題材にしたナラティヴ・スタイルのRPGにしても、第二次世界大戦の『青灰のスカウト』(ハロウ・ヒル、2019年)のような傑作も、すでに翻訳されているのです。
 『モンセギュール1244』に話を戻すと、この作品はリアリティとプレイアビリティの間でのバランスを取るべく、キャラクターは12人があらかじめ用意され、歴史的背景はすべて読み上げ文として準備されています。
 キャラクター同士には大枠としての関係性が決められていますが、それはガイドラインにすぎません。それは実際のプレイでいくらでも上書きをしていってかまわないのです。ヒントとなるのが、各キャラクターに投げかけられた「3つの質問」です。各プレイヤーは、少なくとも主要キャラクター1人・支援キャラクター1人を演じ、「質問」をヒントに、キャラクターの詳細を少しずつ肉付けしていくことになります。

●「間違い探し」に留まらないこと

 一般論となって恐縮ですが、歴史への関心は、あったほうがいいに決まっています。専門家による調査・研究の成果を、より広範な形で社会に還元することの必要性が増している現状、研究者としても歴史を扱うフィクションに対して単に「間違い探し」を行って事足りるのではなく、既存の学知へ適切なアプローチをするための導線、さらには自律した表現としての評価軸を再整理していくことが求められるようになっています。
 他方でクリエイター側としては、既存の歴史を恣意的な類型に落とし込むだけでは不十分で、それこそ「ファンタジーでやった方がいい」という話になってしまいかねません。中世人の常識は現代人のそれとは大きくかけ離れているのは現実ですが、ある部分において、中世人は私たちがそう思い込んでいるよりも現代的であることも珍しいことではないのですから……。
 幸い、『モンセギュール1244』では背景情報はすべてカードにまとめられており、それを読み上げるだけで、特に専門知識がなくてもプレイできてしまいます。
 逆に、登場するモチーフを専門知で掘り下げていくことも可能になります。西洋中世史・中世文学の研究者を集めたテストプレイでは、「カタリ派の葬礼がどうだったか」が話題で盛り上がりました。

●歴史にifはない

 歴史にifはない――これが『モンセギュール1244』の基本的なスタンスです。
 モンセギュール砦は何があろうと陥落し、人々は信仰に殉じて火刑に処されるか、生き延びるために棄教するか、さもなければ夜闇に乗じて逃げ延びるかのいずれかを選ばねばなりません。最低1人は火刑に処され、逃げ延びられるキャラクターにも制限があります。この大枠は動かせないのです。
 どうしてこういう発想になるのでしょうか? ある歴史的な事項を掘り下げれば掘り下げるほど、当時のリアルな状況に関する理解は深まり、「ありえたもう一つの歴史」をでっち上げることは難しくなっていくのが通例だからです。

 しかし、『モンセギュール1244』は同時に、歴史の細部を想像で補っていくゲームでもあります。この際に重要なのは、ただ野放図に振る舞うのではなく、「調査ではっきりしていること」と、「そうでないこと」を受け手の側がある程度明確に切り分けていくことでしょう。
 1244年に異端カタリ派がアルビジョワ十字軍に投降し、200人を超える信者が改宗を拒んで火刑に処せられたのかは、記録に残っているのでわかっています。『モンセギュール1244』の主要人物のうち、モンセギュール領主レーモン、砦の防衛指揮官ピエール・ロジェ、レーモンの娘エスクラルモンドらは既存の史料にも登場する実在の人物でもあります。
 とはいえ、書き残されたものだけが、歴史ではありません。どうしてかくも多くの信者が進んで死を選んだのか、そこに至るドラマに正解はなく、推し量っていくしかないのです。まとめると、大枠としての出来事は揺るがないが、そこに対峙した人々の生き様や内面は自由に辿り直せる。『モンセギュール1244』は、そのような「感性の歴史学のゲーム化」にほかなりません。

●カタリ派とは何か?

 現在、カタリ派の信仰は滅ぼされ、歴史の荒波に呑まれて消え去ったことになっています。その教義を正確に辿り直すことは困難です。
 もともとカタリ派とは自称ではなく、外から貼られたレッテルでした。アリウス派等の他の「異端」と混同されることも珍しいものではありませんでした。カタリ派の核にあるのは、この世は穢れているという強烈な現世の否定で、この観点から新プラトン主義等、グノーシス主義の流れを汲んだ思想的系譜に位置づけられます。
 強烈な情念は原始キリスト教、厳しい不殺の近いはジャイナ教、輪廻転生の思想は仏教をも彷彿させるものとなっています。さりとて複雑な神学体系が組み立てられているわけではなく――トマス・アクィナスが『神学大全』を書き始めるのは、『モンセギュール1244』の時代の少し後からです――どちらかといえば民衆信仰に近い。
 にもかかわらず、明るく温かく、ともすれば享楽的とも言われる南仏の風土で普及を見せたのが面白いところです。
 厳格な戒律に縛られるのは完徳者と呼ばれる出家信者だけで、一般の信者は、死ぬ直前で救慰礼と呼ばれる儀式を受ければ、死後の安寧が約束されるのです。「この世はすべて悪だから」と、犯罪者だろうが「売春婦」だろうが受け入れる土壌がカタリ派にはありました。
 逆を言えば、当時のローマ・カトリックが、いかに民衆の現状とかけ離れていたか、という話にもなりましょう――もちろん、13世紀のカトリックと、16世紀の宗教改革以降のカトリックや、多様性についても認めるようになってきた21世紀のカトリックは異なるものだ、という前提ですが、プレイにあたってはどこまでの表現がOKか、事前に卓の合意を獲ることを推奨しておきます。

●日本語版の特徴

 『モンセギュール1244』をボックス版で出す、と決定したのは版元のニューゲームズオーダー、とりわけ編集の沢田大樹さんの英断によります。
 豪華BOX入りのコンポーネントは驚くばかりですが、ボックスを買えばPDF版の電子書籍ルールブックに、ユドナリウム(オンラインセッションツール)用のルームデータも付いてきます。
 ルールブックは長らく親しまれてきた初版をベースに訳しておりますが、2023年に出たばかりの第2版との差分も紹介し、どちらの環境でもプレイできるような配慮がなされています。
 どうぞ、お楽しみください!
 日本語版に一定の評価が与えられれば、『モンセギュール1244』の影響を公言しているフォロワー作品の紹介も夢ではなくなりますから……。

※なお、本記事は内容の一部に、2023年6月16日「暮しとボードゲーム」が主宰する配信番組「TRPGの現在(いま)」(川上拓さん、沢田大樹さんと一緒に出演)でお話したことを盛り込んであります。

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Montsegur 1244(モンセギュール1244)
 Frederik J. Jensen (フレデリック・J・イェンセン) 著 / 岡和田 晃 訳

 モダン・ナラティブRPG
 3〜6人用〔ゲームマスター不要〕/ ゲーム時間3〜5時間 / 15歳以上向
 2023年6月20日発売

・ボックス版 税込3300円(本体3000円)※電子書籍版同梱
 https://booth.pm/ja/items/4828050


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2023年07月08日

ファンタジーRPGと時間論


 2023年6月9日配信の「FT新聞」No.3789に、「ファンタジーRPGと時間論」が掲載されました。これは「FT新聞」No.3781の「『ブルーフォレスト物語』の背景世界」の補足記事も兼ねています。

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ファンタジーRPGと時間論

 岡和田晃
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 『ケン・セント・アンドレによるズィムララのモンスターラリー(Ken St Andre’s Monsterary Zimrala)』の印刷版が私のもとにも届きました。これは『モンスター! モンスター!』の第2版をベースにした汎用ワールドガイド&モンスター集です。
 改めて印刷版で読んでいくと、ズィムララには月が7つあると書かれていました。
 おお、月が7つ! 真っ先に思い出されるのは『ルナル・サーガ』です。こちらは汎用システム(『ガープス』)用の背景世界なのですが、別に『モンスター! モンスター!』でプレイできないわけではありません。ただ、『ルナル・サーガ』での七つの月が、どことなく繊細で寓意的な陰影をたたえる設定なのに対し、ズィムララの月はもっと突拍子もない感じ――としか形容しようのないもの――になっています。
 『ズィムララ』はそもそも地球とは全く別の星のようですし、『ルナル・サーガ』にしても、別に宇宙物理学的な観点から7つの月を考察したりはしません。太陽系の惑星をベースにRPGをプレイしたいなら、『エクリプス・フェイズ』をお勧めしたいのですが、実は『ウォーハンマーRPG』にしても月は2つあります。こうした月が2つ以上あるRPGを見ると、私はどうしても名著『T&Tがよくわかる本』に書かれた教訓が脳裏をよぎってしまいます。

「月の数とか、カレンダーとかあまり妙にいじくらないほうがいい。月は一つで十分だし、一年三六五日のカレンダーでかまわない」

 だだーん! これはオリジナル・ワールドを作ろうとするゲームマスターへの指針を解説する章に出てくる文言です。耳が痛い人も多いのではないでしょうか――もちろん、これは初心者用のアドバイスなので、腕に覚えがあるGMは月や暦をいじっていただいていいと思いますし、これまで言及した作品はいずれも、月の数を増やすことによって世界観に奥行きが与えられているのは確かです。「妙にいじくらないほうがいい」というのは、思わぬところに落とし穴がありがちだから、ということなのです。
 何にせよファンタジーなのですから、必ずしも科学的に月の位置付けを決める必要はない、とイメージ優先で割り切った解決策を取るのも一つの方法ですし、付言すればそもそも、我々は地動説をベースに教育を受けますが、天動説のような考え方が無くなったわけではありません。占星術のなかには天動説をベースにした考え方を採用したものもありますし、デューラーの版画『メランコリア』に見受けられるような、“土星は憂鬱質”というアレゴリーは、天動説に基づいており、エンブレムという形でアレゴリー化され、あちこちでお約束として残存しています。このあたり、より詳しく知りたい方はエンブレムを哲学的に考察したベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』をお読みください。

 それでは暦はどうなのでしょうか? 「FT新聞」No.3781の「『ブルーフォレスト物語』の背景世界」で、私は『ブルーフォレスト物語』の背景世界シュリーウェバにおける時間について、次のように書きました。

「この世界は1日が180日で、6ヶ月で1年が終わります。1日の長さは我々の知る時間と同じ長さなのですが、およそ2倍の速度で時間が流れるというイメージでしょう。(……)
 平均寿命は男性50歳ほど、女性60歳ほどとなります。ちなみに岡和田は41歳なので、シュリーウェバの冒険者ならば大ベテランで、かつ孫がいてもおかしくないということになります。」

 できるだけ短い言葉で要約しようとしたあまり、見方によっては混乱を招きかねないものになってしまっていたようです。いまいちど整理しましょう。シュリーウェバでは、我々の世界における半年が1年。つまり時間が2倍流れる。そして現実世界を生きる岡和田が41歳ならば、シュリーウェバでは約2倍、82〜83歳に相当するのではないか、という話にもなりかねません。
 実はルールブックには、シュリーウェバの冒険者は30歳くらいでよく死ぬという話もあります。そこで計算をわかりやすくするため、現代日本人の平均寿命を仮に82歳とし、シュリーウェバの冒険者・非冒険者を交えた平均寿命を41歳だと仮定すると、なんとシュリーウェバでは現代社会の4倍の速度で時間が流れる、ということになってしまいます!

 ――ただ、実のところ、私は先の記事を書いた際、岡和田が41歳と書いたのは、あくまでも“シュリーウェバ時間のなか”で41歳と意味したつもりで、シュリーウェバ人の立場に成り代わって考え、現実社会のことを想定してはいませんでした。
 というのも、時間というのは客観的に遍在するかに見えて、実のところ主観的なくびきであるからです。生物学者ユクスキュルは『動物から見た世界』で「環世界」という概念を提示しました。世界に生きる動物たちは、各々の主観的な世界をそれぞれ生きているのだという考え方のことを意味します。
 ウスバカゲロウは数時間から数日で死にます。では、ウスバカゲロウはそれほど儚い存在なのでしょうか。当のウスバカゲロウがそう認識しているとはあまり思えません。彼らにとっての1日は、私たちが体感する一生涯の時間よりも、ともすれば長いのかもしれないのです。つまり、世界には各々の主観に基づいて構成される時間軸がそれぞれ存在するだけで、超越的な観測者は存在しないというわけです。

 こうした「主観」としての時間という考え方は、実のところベルクソンやフッサールの現象学、あるいはハイデガーの存在論とも密接に関わってくる現代思想の屋台骨ですが――そちらに深入りする前にシュリーウェバに話を戻せば、浦島太郎やリップ・ヴァン・ウィンクルのように現代人がシュリーウェバに行くと4倍の速度で老化する、という話にはなりません(ただ、参加者の同意が得られれば、そうしたシナリオを遊ぶのも面白いだろうとは思いますが)。
 シュリーウェバ人として生きることは、シュリーウェバにおける因果律を受け入れる、という話であり、それは1年が180日の世界を私たちが365日を生きるのと同じように過ごす、ということになるでしょう。体感的には、現実よりも“長い”ことすらありえます。
 時間線が主観的に紐づくという考え方を採用したSFに、アルフレッド・ベスターの「モハメッドを殺した男たち」となる傑作があります。あるいは浜辺の砂の城をすみかとし、満潮で城が崩されるまでのほんの数時間の生命しかない妖精の生涯を扱うジェフリー・フォード「イーリン・オク一代記」も読み応えがあり、ファンタジーRPGにおける時間論を考えるにあたって、大いに参考になるでしょう。

posted by AGS at 21:31| ブルーフォレスト物語小特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ブルーフォレスト物語』の背景世界


 2023年6月1日の「FT新聞」No.3781に、「『ブルーフォレスト物語』の背景世界」が掲載されています。これで世界観の概要を理解・復習し、来るべき作品に備えましょう。

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『ブルーフォレスト物語』の背景世界

 岡和田晃
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 「FT新聞」No.3739の「『ブルーフォレスト物語』小特集の開始にあたって」に関しては、Twitterを中心に予想以上の大きな反響をいただきました。実際に遊んでいた方にはもちろん歓迎いただきましたが、他方で、一世を風靡した作品としてリスペクトは抱いているものの、自分では実際にプレイしたことがない、という意見も目につきました。
 そこで、まずは世界観をイメージしていただけるような情報共有が必要と考えました。
 本文のイラストレーションを担当している佐々野悟氏曰く、「ブルーフォレスト物語が出た頃は、インドの武具や鎧の資料が少なくて、東南アジア系のものと西洋、日本がごっちゃになってます。服装は遊牧民とかモンゴル系のデザインかな」との由。逆を言えば、これらのイメージを折衷させていけば、『ブルーフォレスト物語』らしさから、そう離れることはないようです。
 『ブルーフォレスト物語』は第2版にあたるデザイナーズ・エディションが「ゲーマーズ・フィールド」誌で長くサポートされました。かなり踏み込んだ設定も解説されていたのですが、まずは、基本的な世界観を理解しなければどうにもなりません。
 そこで今回は、『ブルーフォレスト物語』の背景世界につき、リバイバル・エディションのルールブックを参考に、世界観の要点をお伝えしたいと思います。

●シュリーウェバと降魔
 『ブルーフォレスト物語』の舞台シュリーウェバは、「エルスフィア」と呼ばれる世界の一地方です。伏見健二さんのもう一つの代表作であるスチームパンクRPG『ギア・アンティーク』(ツクダホビー、1991年)や、南米風の世界観を軸に空戦が楽しめる『ドラゴンシェルRPG』(グランペール、2006年)もまた、「エルスフィア」の別の地方を扱うもので、世界観は共通しているのです。システム毎に、ある世界の別の地方を扱うというのは面白い発想ですね。
 エルスフィアには2つの月があります。「神の月」と「悪魔の月」です。「悪魔の月」は「降魔(こうま)」の顕現だと言われており、この「降魔」はあらゆる破壊的なものの母体にほかなりません。『ギア・アンティーク』でも「降魔」は世界観のキーワードになっています。

●時間
 この世界は1日が180日で、6ヶ月で1年が終わります。1日の長さは我々の知る時間と同じ長さなのですが、およそ2倍の速度で時間が流れるというイメージでしょう。シュリーウェバ地方は熱帯に属し、1年を通じて暖かな気候ですが、地域によって微妙な落差はありますし、4月には激しい嵐がよく起きます。
 主な冒険の舞台となる半島部は森林が多く、稲作の技術も進んでいます。
 平均寿命は男性50歳ほど、女性60歳ほどとなります。ちなみに岡和田は41歳なので、シュリーウェバの冒険者ならば大ベテランで、かつ孫がいてもおかしくないということになります。

●文明レベル
 エンジンのような内燃機関はありません。エネルギーについての知識も無きに等しいですが、テコや歯車、バネ、基礎的な冶金の技術は備わっています。医療はいわゆる漢方医学に近い発想のものであるようです。
 しかし、亜神(後述)がもたらした失われた技術も随所に残っています。

●亜神
 シュリーウェバを統治する亜神は森王ナウマニカ。植物や農業を庇護する母性的な女神です。つまり「王」とありますが、厳密には女王です。ナウマニカのほかにも亜神の王はいて、「12神王」と呼ばれます。亜神といってもピンキリですし、プレイヤー・キャラクターでも成長を経れば、亜神となるのも夢ではありません。
 亜神は、八百万の神というよりは指導者に近く、民間信仰の対象となる存在はより曖昧でアニミズム的な神性。このあたり、神仏習合めいたイメージでもそう遠くはないでしょう。

●種族
 シュリーウェバには人間族のほか、ゴブリン族や龍族もよく住んでいます。比較的珍しい存在としては妖精族もいますし、輪をかけて稀少な存在に魔族や神族も設定されています。
 ゴブリン族は犬ゴブリン、ゴブリン、角ゴブリンの3つの階級に分かれます。粗野な種族とみなされることも多いのですが、どこか憎めないところもあります。
 龍族は哲学的なナーガ族と、戦闘民族のトカゲ族に分かれます。
 妖精族は180年ほどの寿命がある長命で知性的な種族。小妖精、翼人族、楽人といった種族の総称です。
 魔族は妖精族でありながら、体内に降魔を宿した存在のことです。
 神族は亜神と人間との間に生まれた子どものことを主に指します。
 ちなみにサプリメント『ブルーフォレスト戦乱』ではさらなる種族が追加されます。降魔の影響を受けていない女性のみよりなるゴブリン種の亜種ゴブリナも、『ブルーフォレスト戦乱』で追加された種族です。原文でのフラットな記述に対し、なぜかロリコン的な受容をされることがありますが、性的指向とジェンダー・アイデンティティを混同する言説が横行する2023年現在の状況に鑑み、そのような演出を強調する際には、不快に覚える人がないよう卓の合意を取るようにすることを私は推奨します。


●歴史
 かつて「降魔戦争」と呼ばれる大規模な戦争が起きました。これによって12神王は深刻な分裂を余儀なくされます。このとき、かつての秩序を取り戻そうと尽力したのが森王ナウマニカなのです。
 しかし、人間たちに期待をかけたナウマニカも、彼らが「継承戦争」と呼ばれる戦乱を起こしたことで人間に絶望して支配を放棄してしまい、その隙をついて、魔族が押し寄せてきました。「百年戦争」の始まりです。どうにか魔族を退けても、亜神が戻ることはなく、それゆえ人間たちの私利私欲は止むことがありませんでした。
 かような混乱に秩序をもたらしたのが、ラグ神帝国。帝国は他の国々へ侵攻を行い、「十王戦争」と呼ばれる大規模な戦争を起こしてしまいます。これが10万人以上の兵士たちがぶつかりあったという「十王戦争」。その傷痕はいまだに癒えず、ラグ神帝国も野望を捨てたわけではないようです。

●伏見健二さんの現在は?
 以上の設定を押さえつつ、各シナリオで解説される、個別の小設定あるいはマップに即した地方ごとの情報を呑み込んでおけば、プレイ自体はそう難しくはないでしょう。
 ところで、伏見健二さんの近況が気になる方もいらっしゃるようです。現在、伏見さんは福祉関係の仕事をされていますが、これはゲームデザイナーや小説家と同じく、伏見さんがもともと抱いていたお仕事でもあったとか。そちらはコロナ禍で大変だったようですが、新年度に入ってミニチュアゲームを楽しめるほどには落ち着かれた様子。
 ゲームや文学関係の最近のお仕事では、ポストヒューマンSF-RPG『エクリプス・フェイズ』のシェアード・ワールド小説「プロティノス=ラヴ」が『再着装(リスリーヴ)の記憶』(アトリエサード、2021年)に収録。「図書新聞」2021年4月17日号(コンビニで有償ダウンロードできます)に、T&Tアドベンチャー・シリーズ9『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』の書評が掲載。また「ナイトランド・クォータリー」Vol.28にコラム「『ストームブリンガー』が斬り拓いたもの」を寄稿(2022年)。
 エテルシアワークショップでは新感覚の剣戟RPG『N-Injury』を開発中。こちらは「ファスト・トライアル」版がイベントで配布されたばかりです。エテルシアワークショップの新作「三枚のお札RPG」(あわじひめじ)について、4Gamer.netに書いた拙稿の一番下で、ちらりと言及しております(https:/
posted by AGS at 21:29| ブルーフォレスト物語小特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ブルーフォレスト物語』小特集の開始にあたって

 2023年4月20日の「FT新聞」No.3739に、「『ブルーフォレスト物語』小特集の開始にあたって」が掲載されています。配信後、さっそく特集に絡めたスペシャルな作品追加が決まりましたが、今後の展開は皆さんの反響が占います。お便り、Tweet、よろしくお願いいたします。

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『ブルーフォレスト物語』小特集の開始にあたって

 岡和田晃
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 2023年4月からの「FT新聞」リニューアルに伴う新企画!
 不定期ではありますが、伏見健二『ブルーフォレスト物語』の小特集を進めたいと思っております。
 オールドファンにとっては懐かしく、若いファンにとっては新鮮――というのがこの手の企画の常套句で、それは特に間違いでもないと思うのですが、『ブルーフォレスト物語』は、むしろ“誰にとっても新鮮”な作品であるのが、大きな特徴と思います。
 時代の方が追いついてきた。
 そう思わせるほど斬新なコンセプトの作品で、リアルタイムで圧倒的な衝撃を与えながら、実際、今に至るまで海外を含め類似作のない、独特の存在感を放っています。
 ――その心は?
 舞台となる「シュリーウェバ」世界、が1つの答えです。
 D&DやT&Tのような中世西洋風のファンタジーがメインであった時代、そこで培われた大枠を遊びやすさとして遺しながら、東南アジアやインドの雰囲気が、しっかり入り混ぜられています。
 よく言われたのが、「異世界ファンタジーでありながら、おにぎりを食べて違和感のない世界」。
 あるいは、デザイナーの言葉を借りれば、以下のようになるでしょうか。

「ヒンドゥー文学、仏教文学、中国や東南アジアの山岳・草原民族に関する資料、そして小さい頃から馴染んでいた聖書の古代中央アジアに関する描写など、そして一度だけ訪れたタイの、悲しげなアユタヤ王朝の記憶が、この世界のイメージとなっています」

 『ブルーフォレスト物語』の初版は、1990年にツクダホビーから発売されました。当時、伏見さんは美大生。学生でありながら、ルールブック本文のみならずボックス・セットの隅々までをデザインする、トータル・デザインの先駆けでもあったのです。
 イラストレイターには、各種TCG等のイラストでも知られる相沢美良さんと佐々野悟さんが参加しておいでで、世界観を雄弁に伝えていました。

 もともと伏見健二さんは、マイクル・ムアコックの〈エルリック・サーガ〉を原作としたRPG『ストームブリンガー』のサポート記事を「タクテクス」に寄稿するところから、ゲームデザイナーとしてのプロ活動を始めた方です。

 ※「FT新聞」では、No.2904「ヴェルヴェット・サークルの夢の果てに」で『ストームブリンガー』について解説してあるので、どうぞご参照ください(https://akiraokawada.hatenablog.com/entry/2021/01/07/071630)。

 ゆえに『ブルーフォレスト物語』は、『ストームブリンガー』が採用していた――現在は『クトゥルフ神話TRPG』ですっかりお馴染みとなった――ベーシック・ロールプレイング・システムという汎用ルールでも採用されたd100パーセンテージ・ロールを軸にしつつ、多彩なクラスや戦術、魔法、さらには「寿命」や「悟り」のルールを導入しています。
 亜神という存在が重要な役割を果たしており、この点、ケン・セント・アンドレらT&Tや『ストームブリンガー』のデザイナーも愛読していたロジャー・ゼラズニイのSF小説『光の王』に近いでしょうか。

 『ブルーフォレスト物語』は、“ユーザーのクリエイティヴィティを重視すること”が大事なコンセプトとなっています。基本セットさえあれば、どこまでも世界観を広げていけるような、ちょっとしたアイデアや配慮が、随所に込められているというわけです。
 今回、「FT新聞」でお目にかけたいのは、ちょうど伏見さんが『ブルーフォレスト物語』をデザインした年齢くらいの若者が、RPGに込められたメッセージを受け止め、実際にシナリオにまで昇華させた作品群です。もちろん、私や水波編集長がしっかり監修し、品質は担保しておりますし、伏見さんご当人の許諾も得ています。
(編集部註:5月以降の日曜ゲームブック枠で順次配信予定です)

 『ブルーフォレスト物語』のユニークさを受け入れたのは、世界観にこだわる自作派、とりわけ女性ユーザーでした。1990年頃、ゲーム・コミュニティが圧倒的に男性優位だった時代において、きめ細やかな世界観や人間関係の襞を自然に描くことのできるシステム設計は、新たなユーザー層を開拓したわけですが……現在、私が大学で開講しているゲームデザイン講座の受講生からしても、女性の方が多いくらいです。
 こうした状況において、『ブルーフォレスト物語』は何ら異色作でも回顧作ではなく、まったくもって“スタンダード”な思想で設計された作品になっているのです。

 とはいえ『ブルーフォレスト物語』は絶版になって久しく、残念ながら、彼女たちは『ブルーフォレスト物語』を知らないままに来てしまいましたが、それゆえに新鮮な出会いともなり、このシステムが彼女たちの創造性を引き出していくのを、私は教室で間近で観察してきました。
 おそらく、「FT新聞」の読者の方々にも、これまで『ブルーフォレスト物語』に触れる機会がなかった方もいらっしゃるのではないかと思います。
 そこで簡単に、既存のシリーズ展開を紹介いたしましょう。

 ツクダホビー版の『ブルーフォレスト物語』はシリーズ化され、キャンペーンシナリオやソロアドベンチャーを含んだ続編が発売されました。1996年にはゲーム・フィールドから第2版に相当する『デザイナーズ・エディション』が発売。例えるならば、ツクダホビー版がD&Dなら、『デザイナーズ・エディション』はAD&D。必殺技の種類が増強するなど、多くの変更点があります。
 2008年には、グランペール――実験作を少部数、しかしながら商業ベースで刊行する――グランペール・プロジェクトからツクダホビー版が「リバイバル・エディション」として復刻。こちらにはPDFファイル形式のルールブックの内容をまるごと収めたCD-ROMが付属するなど、電子書籍としてのRPG出版の先駆けにもなっていました。
 2010年頃からグランペールで刊行されていたムック本「ブルーフォレスト通信」では、亜神のキャラクターを1 on 1でプレイする第3版の開発が模索され、「ブルーフォレスト通信3」では、プレイアブル版が発表されおり、単体でも遊べます。

 現在、『ブルーフォレスト物語』については、角川書店や中央公論社から出ていた伏見さん自身によるノベライズ(「南北朝争乱編」、「蒼き森・失楽園」)、あるいは3DO後期の看板タイトルでプレステーションにも移植されたデジタルゲーム版(『風の封印』)の方がアクセスしやすいかもしれません。それらはTRPG版なしでも楽しめ、世界観を知るにもたいへん有効です。細江ひろみさんが書いた富士見ドラゴンブックの『ブルーフォレスト物語がよくわかる本』も、入門にはピッタリで、学生にも紹介しました。
 『ブルーフォレスト物語』は1993年の時点でルールセットが5万セット、小説においては8万部が売れたと記録されています。とりわけ90年代の国産RPGは『ブルーフォレスト物語』抜きに語ることはできない、それくらいのインパクトがあるヒット作で、メインのシステムとして活用していたプレイグループも珍しいものではありませんでした。
 今でもSNS等で声をかければ、きっと手を挙げてくださるGMがいらっしゃることでしょう。
 しかし、それでも、ルールブックの入手が難しいからなあと、記事を読むのに躊躇してしまう方もいらっしゃるかもしれません。
 ご安心ください。今後、「FT新聞」での『ブルーフォレスト物語』紹介の際には、ルールブックがない方でも記事を楽しめるよう、相応の配慮や工夫を行うつもりです。

 ――シュリーウェバの風が呼んでいます。青い森へようこそ!

posted by AGS at 21:28| ブルーフォレスト物語小特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする