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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.12
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料ほか各種の情報を参照し、都度、シナリオの下敷きにしています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/494816801.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第11話「腐爛」の後半となります。今回からは、クラシックD&Dの隠れた重要概念である「エントロピー」も言及されます。訳語を充てるならば「衰退」ですが、音訳だとSF的なマルチプレーンの概念ともリンクするものとわかりますね。
●登場人物紹介
タモト/『ジルチェフの欺きの斧』を持つドワーフ、6レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、7レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、6レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、6レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、7レベル。
プロスペル/ケルヴィンの貴族の息子。ファイター、7レベル。
ヨブ/死亡していたはずが、アベンジャーとなっていた戦士。
「ルルンの」ヨランダ/対ブラック・イーグル男爵のレジスタンス。
ジョン・セルター/グリフォン聖騎士団員だが、行方不明。
アリーナ・ハララン/グリフォン騎士団員。スレッショールドの街を治めるシャーレーン大司教の姪。
イリアナ・ペンハリゴン/ペンハリゴン家の領土と爵位を要求した女性。
バーグル・ジ・インファマス/魔術師で、盗賊ギルド「アイアン・リング」の首領。やられてなお罠を仕掛け……。
ロキ/『エントロピー(死)』の領域に属する「イモータル(神)」。
●泥沼の戦況
かつての恋人を目の前にして、ヨランダが剣を振るう手は鈍る。
その隙を突くかのように、イリアナが、メイスの魔力で彼女の前へとワープし、ヨブと二人で挟み撃ちにしてくる。
が、頬を涙で濡らしながらも、さすがはヨランダ。
抜群の観察力で、ヨブの顔色が、ゾンビのように生気が失せているのに気がついた。
目の前にいるのはヨブではない、と自らに言い聞かせ、果敢に反撃を挑む。
残る面々も、ただひたすらに反撃を仕掛け、戦局はまさしく泥沼と相成った。
イリアナはリアの起死回生の射撃をまともに喉に受け、そのまま息絶えた。
ヨブも、ヨランダとジーン、そしてシャーヴィリーの三人を相手にして、長くはもたなかった。
ヨランダの剣の一閃が、ヨブに三度目の死を与えた。残るは、首領格のアベンジャー、ただ一人である。
●対決
アベンジャーは、最後に自分だけが残されたことに気づくと、乾いた笑い声を上げ、兜を外した。
その下から現れた素顔は、なんと、あの聖騎士ジョン・セルターの姿だった。
かつては緑竜ヴァーディリスと単身相まみえたほどの男が、なぜやすやすと悪(イーヴィル)の軍門に下ったのか……。
ヨブの時にも増して、一行は疑問と絶望感が入り交じる、やりきれない感情に包まれた。
すると、彼は今まで使っていた剣を投げ捨て、代わりに『槍』を手に取り、高らかに吼えた。
タモトの斧やイリアナのメイスと並ぶ、『オルトニットの滅びの槍』である。
――緊張が走る。
『斧』を手にしたタモトが『槍』を持つ騎士に挑戦すべく、ゆっくりと進み出た。
●哀れな仔山羊
一方、バーグルが残した空飛ぶ宝石は、ゆらゆらとパーティのもとにまで近づいてきた。
不吉なものを感じた一行は、グレイの「ウェブ」で宝石を絡めとった。
そのうえで、シャーヴィリーが持つ「トリック・アニマル・パック」から呼び出した山羊に、宝石を調べに行かせた。
おっかなびっくり山羊が近づいていったその瞬間、轟音とともに宝石が爆発した。
――マジックユーザーの7レベル呪文、「ディレイド・ブラスト・ファイアーボール」(遅発する火の球)である。
戦場に、哀れな骸がまた一つ増えたのだった……。
●『オルトニットの滅びの槍』の秘密
騎士とドワーフ。真っ向から対峙しているのは奇妙な取り合わせだ。
二人が構える槍と斧が、戦場に降りしきる雨を受け、鈍色に輝いている。
そして、血の臭い。
勝負は一瞬で決まる。誰もがそう思った。
両者は、間を取りながら、お互いを懐かしむように語り合っている。
ジョン・セルターは、グリフォン聖騎士団員からアベンジャーに身を落とした経緯を語った。
返す刀で、タモトは彼の過ちを、自らの力に溺れ滅んでいった過去の騎士たちになぞらえて諭そうとした。
ジョン・セルターがグリフォン聖騎士団を追われたのは、緑竜ヴァーディリスに一騎打ちを挑んだものの、形勢不利だと悟るや、命惜しさに逃げ出したからだ……という話がお定まりだった。
しかし、セルター自身の弁によれば、それは「槍自身が戦うことを拒否した」からにほかならない。
それを聞いてタモトは、ロスト・ドリームの湖の底に記されていた、槍の性質を思い出した。
――『槍』に属する、第一の「力」とは、「物質」である。それは破壊に耐え、不変と安定を象徴する。ローフルの性格とファイターのクラスに属し、「時間」 と敵対し、「思考」に秩序を与える。また、それは「大地」から力を得る――
では、なぜ『槍』が戦うことを拒否したのだろうか?
それは、『槍』の力が、「エントロピー(死)」によって、歪められてしまっていたからである。
結果、『槍』が属している「物質」の概念が変容し、その力がケイオティック(混沌)なものとなってしまっていた。
パラディン(聖騎士)であるセルターが、『槍』の真の力を引き出せなかった理由は、まさしくここにこそあった。
『槍』は緑竜にはまるで役に立たず、ドラゴンのブレスから身を守るどころか、その威力を何倍にも増幅し、彼に跳ね返した。
絶望したセルターは『槍』、ひいては全てが信じられなくなった。
彼は、はじめて自らの力を疑った。
そうして、幾重も懐疑を重ねたあげく、『槍』の真の力を引き出すためには、パラディンであってはいけないという認識に至った。
『槍』の潜在力を生かし切るには、混沌に身を委ね、アベンジャーの道を究めねばならないと悟ったのである。
ローフルの道もケイオティックの道も、方向性こそ違えども、大局的に見れば同じ――セルターは、そう認識しつつ、さらにその先をも見据えていた。
自分がアベンジャーの道を究め、イモータル(神)にも匹敵する力を得れば、そのとき初めて、「エントロピー(死)」を作り出したイモータルである「ロキ」の力を打ち破ることができる。
『槍』の力をねじ曲げた「エントロピー(死)」さえ破壊すれば、歪んだものの全てが正しき道へと回帰する。
そして、自分ももとのパラディンに戻ることができる。
――セルターは、そこまで考えていたのだ。
●疑問
けれども、タモトはセルターの話を聞いても釈然としなかった。
何かが足りないのだ。
我々は皆イモータル(神)の操り人形にすぎない、という主張も、ローフルもケイオティックも根は同じという考え方も、アベンジャーとして起こした罪は、後になってゆっくりと償えばいいという楽観主義も、まあ理解できなくはない。
しかし、タモトにはセルターが、どうも楽な道に逃げてしまったようにしか見えなかった。
なぜかはわからない。だが、彼の主張には賛同できないのだ。
戦う理由としては、それだけで十分だろう。
●破砕
アベンジャーが『槍』を構えて、すさまじいスピードで突撃をかけてきた。
タモトは、真っ正面からそれを受け止め、力を逆用しつつアベンジャーを馬から叩き落とそうとした。
が、槍の一撃は思いのほか強く、ドワーフの小さな身体では耐えられそうになかった。
衝撃のあまり、タモトは反撃する機会を待たずに気絶してしまった。
そのとき、『斧』から、まばゆいばかりの光がほとばしり、巨大な透明の楯となって、タモトを包み込んだ。「フォースフィールド」である。
「エネルギー」の領域に属する、『ジルチェフの欺きの斧』の秘められた力が発動したのだ。
『槍』は、「フォースフィールド」を破りきれず、真っ二つに折れてはじけ飛んだ。
●結末
『槍』が破壊された時点で、勝負は決まったようなものだった。アベンジャーは、自らの選んだ道が間違っていたことを、心の底から思い知らされた。
彼は天に向かって高らかと慟哭した。
そして、よろよろと放り投げた大剣の側にまで歩み寄った。
彼が何をしようとしているのかを察したシャーヴィリーが止めに入ろうとするが……ヨランダが無言で制止した。
かくして、ジョン・セルターは自刎し、その苦悩に満ちた生涯の幕を下ろしたのだった。
●その後
指揮官がいなければ、所詮モンスターどもは烏合の衆。
たちまち、「グリフォン聖騎士団」の猛攻を受け、散り散りになって敗走していった。
アリーナ・ハラランが一行のもとを訪れ、ねぎらいの言葉をかけた。
彼女は、ことの顛末を聴いてさめざめと涙し、哀れな騎士の魂が救われることを切に祈った。
一方、ジーンは戦場にめぼしいものがないか探し回っていた。「スピーク・ウィズ・ザ・デッド」の呪文でイリアナ・ペンハリゴンの霊を呼び出し、有用な情報を得ようとすらしていた。
失敗して、さんざん罵詈雑言を浴びせられたりもしたが、そんなことでジーンはめげない。
そう、今や彼の左手には、『ペトラの嘆きのメイス』が握られているのだから……。