2022年09月21日

シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析


 2022年9月8日配信の「FT新聞」No.3515にて、「シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析」」(小池鷹生作、岡和田晃監修)が掲載されています。『シド・サクソンのゲーム大全』収録作を論じたもの。東海大学のゲームデザイン論、学生レポートの優秀作です。

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シド・サクソン「ソリティア・ダイス」の構造分析

作:小池鷹生
監修:岡和田晃
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◯はじめに(岡和田晃)

・この記事は何か?
 本記事は岡和田晃が東海大学文芸創作学科で2022年度春学期に開講したゲームデザイン論における中間レポートの優秀作です。
 通常、この講義ではRPGを中心としたストーリーゲームの視点から文学(史)を見直すというアプローチを採ることが多いのですが、今期は『シド・サクソンのゲーム大全』(1969年、竹田原裕介訳、ニューゲームズオーダー、邦訳2017年)や、ウォーシミュレーションゲーム「ドイッチュラント・ウンターゲルト」(高梨俊一デザイン、「タクテクス」7号、1983年)を実際にプレイしてゲームの構造や歴史的背景を分析するという課題に取り組むことで、デザインの幅を広げることを目指しました。
 そして本稿は、『シド・サクソンのゲーム大全』所収の「ソリティア・ダイス」を分析するものです。サクソンは『アクワイア』のデザイナーとして著名ですが、同時にゲーム研究者やコレクターとしても知られています。彼はダイス・ゲームの歴史を概観した後、「その歴史の長さにもかかわらず、ダイスを使用するゲームの開発がここまで少ないことは驚きである。しかもそのほとんどは技術や決断を行使する機会がほとんどない、純粋なギャンブル・ゲームなのだ」と嘆き、そのギャップを埋めるために「ソリティア・ダイス」をデザインしたといいます。
 実際、私が知るなかでも商業的に成功したダイス・ゲームはさほど多くなく、代表的なものとしては(シド・サクソン自身の『キャント・ストップ』やアレックス・ランドルフの『ウミガメの島』を除けば)、ダイスポーカーというべき『ヤッツィー』や、複雑なコンボを発生させていく『王への請願』(トム・レーマン)等が挙げられるでしょうが、私見では「ソリティア・ダイス」のプレイ感覚は、ちょうど両者の間くらいです。

・ルール
 具体的なルールについては『シド・サクソンのゲーム大全』を確認いただきたいのですが、かいつまんで説明しますと、6面体サイコロを5つ振り、その結果をダイス2個ずつによる「コンビネーション」2組と、「リジェクト」1つに振り分けることを繰り返していくというものです。ただし、「リジェクト」の数字は3種類までしか選択できません(なお、「リジェクト」が固定化された後でも、それら3つの数字を含まない出目を振ってしまった場合、「フリー・ライド」が発生します)。
ゲームはリジェクト数字3つのうち1つを8回出すまで続けられ、発生したコンビネーションの種類と回数によって、得点が決まります。得点は表によって決まり、そちらは『シド・サクソンのゲーム大全』をご参照ください。


◯本論(小池鷹生)

 前提として、分析対象には選択ルールの競争プレイを含まないものとする。また、ダイス 5 個を振り、2 つのコンビネーションを作る (さらにフリー・ライドでなければリジェクトを 1 つ決める) 一連の工程を「ラウンド」と呼ぶことにする。

 『ゲーム探検隊』(草場純・南雲夏彦・赤桐裕二・本間晴樹、ニューゲームズオーダー、新版2021年)を参考に区分するとしたら、「ソリティア・ダイス」は 1 人非有限非確定完全情報ゲームに分類され、どのようなダイスの出目であっても勝利条件 (500 点の獲得) を満たせるような戦略、すなわち必勝法はおそらく存在しない。ダイスを 5 個振った際に出る可能性がある組み合わせは重複を考えると 252 通りと有限であるが、3 つ以上チェックがついている場合にはフリー・ライドが 1/32 の確率で、それ以下のチェック数であればより高い確率で発生するために無限にラウンドが続く可能性があり、本ゲームは非有限ゲームに分類される。

 具体的な数字を用いて考察を行おう。このゲームはフリー・ライドが発生するラウンドを除けば最大で 23 回までダイスを振ることができる。フリー・ライドの発生確率とリジェクトするダイスの選択が限られる場合の事を考えると、概ね 20 回程度のラウンドで一つのゲームが構成されると言えるだろう。ここで例えば和が 2 となるようなコンビネーションを作るとする。これには出目 1 が 2 以上必要であり、5d6 でこのような組み合わせの出る確率は 19.6%、概ね 5 回に 1 回となることを考えればコンビネーション 2 を得点源として狙うのはリスキーな戦略であることがわかる。

 より大きい和の場合はどうだろうか?コンビネーション 3 を作ることができる確率は32.8%、コンビネーション 4 の場合は 49.1% となる。ただ、注意しなくてはならないのはこの計算ではリジェクトを考慮していないことである。例えば 2 がリジェクトされている場合、コンビネーション 3 を作るためには出目 1 に加えて 2 つ以上の出目 2 を出さねばならず、確率は 9.1% にまで低下する。ここで考えられる戦略の一つはリジェクトする数字を偏らせる、例えば 4、5、6 を選ぶことで特定のコンビネーションを作りやすくすることである。ただ、この戦略では想定外のコンビネーションを作らざるをえないリスクが高くなる。

 これと対立する戦略として、出やすい組み合わせを狙う事も考えられる。和が 6、7、8となるようなコンビネーションは様々な組み合わせで作ることができる一方で、得られる得点は少なく、かつ 11 個目以降のチェックが得点にならないという弱点がある。

 この 2 つの戦略のどちらが高い点数を得やすいかは簡単には判別できない。それぞれの戦略がルールによって適度に制限され、プレイを重ねなければどのレベルでリスクを許容すべきかを掴むことはできないからである。それに加え、ダイスの乱数性がプレイヤーがどのような選択をするかを複雑にさせる。

 本ゲームの面白い点として、どのコンビネーションに「投資」を行うのかの判断に伴う戦略性が挙げられる。あるコンビネーションはチェックが 5 つ溜まるまでは負債であり、それ以上のチェックをしなければ得点にすることができない。ここで作りやすいコンビネーションは得点が低く、逆に作りにくいコンビネーションは得点が高いことが単純な戦略を立てることを難しくしており、プレイヤーごとに戦略を考える楽しさを作り出している。先に説明したリジェクトやコンビネーションの選択以外にも、例えば序盤のどのタイミングで 3 つのリジェクトを決定するか、終盤で望まないコンビネーションの形成とゲームの終了のどちらを取るかなどといった判断が必要となり、それぞれにプレイヤーごとのやり方が構成されるだろう。

 さらに踏み込んで考えよう。このゲームを発展させることはできるだろうか? 例えばゲームの外観を変え、ストーリーを作ることが可能である。サイコロで出た目を資源、コンビネーションを事業、リジェクトを独占禁止法や税金と置けばソリティア・ダイスは投資ボードゲームになる。事業が成長しなければ初期投資を回収できず、赤字が生まれる。一定以上安定した事業では、さらなる投資を行っても利益は得られない。このようにルールにストーリーを適切に持たせれば、一つの世界観を作ることができる。

 ルール自体を変えることもできるが、これは決して易しい作業ではないと考えられる。このゲームには変更可能なパラメータ (各コンビネーションごとの得点、得点となるチェック数の上限と下限、リジェクトの制限、ゲーム終了の条件、勝利となる得点) が存在するが、今の状態で比較的よくまとまっているように見られ、変更を加えた際のゲームバランスへの影響はテストプレイを繰り返すかある程度複雑な数学的計算を行わなければ把握することは難しい。

 ソリティア・ダイスはサイコロと紙があればプレイでき、様々な戦略が考えられ、一回のプレイ時間はそこまで長くなく、適度にダイスの女神に翻弄されうるゲームである。二、三回遊べば把握できるシンプルなルールであることを考えると、非常によく練られているゲームであると言えるだろう。

◯補足(岡和田晃)

 ここで記した発展案を、小池氏は期末レポートとして取り組み、実際に完成させました。そちらについては機会がありましたらぜひご紹介したいと思います。また、それとは別に、講義内でプレイしたRPG『聖珠伝説パールシード』のハウスルール(オリジナルの追加データ)もデザインしました。こちらはオニオンワークスが2022年9月に刊行する30周年記念本『魔の謔れ』(http://tamasuna.jp/pearl/kinen2022.html)に掲載される予定です。
posted by AGS at 14:10| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする