2022年09月06日

児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる『名もなき村を越えて』リプレイ

 2022年8月29日の「FT新聞」に、齊藤(羽生)飛鳥さんによる、「無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜名もなき村を越えて〜」のリプレイが掲載されました。

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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.14
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このたび、九月中旬にPHP研究所から羽生飛鳥名義で『『吾妻鏡』に見るここがヘンだよ!鎌倉武士(仮)』を刊行することとなりました。
小説ではなく、著者初の歴史うんちく本です。タイトルでおわかりのとおり、鎌倉武士達を中心に、『吾妻鏡』に登場する面白人間達総勢50人を紹介した本です。
T&Tの世界に転生してきても、たくましく生き延びられるような愉快な人々が満載です!
……と、わたくしごとはここまでにして、今回も翠蓮とシックス・パックの冒険です。
前回の冒険をすんでのところでしくじった二人組ですが、今回の冒険はどうなることやら……。
ちなみに、今回のキャラクターで気に入ったのは、タクシー運転手のウカです。
眼帯タクシー運転手、そしてボスキャラの犬とは、一人でいくつ属性を背負っているんでしょうか。とても想像がはかどって、勝手に個性を膨らませてしまいました^^
ちょっと登場するだけのキャラクター達にも味があるのが、T&Tソロアドベンチャーの魅力の一つですね♪


※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『名もなき村を越えて』リプレイ
 『〈屈強なる〉翠蓮とシックス・パックの名もなき村を越えて』

著:齊藤飛鳥
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0.屈強なる開幕

あたしの名前は〈屈強なる〉翠蓮。
前回の冒険で金髪に染めた髪が元に戻って来たせいでプリンみたいな頭になっている、ロリ体形がチャーミングな18歳の人間の戦士ヨ。
旅の相棒は、アルコール漬け岩悪魔のシックス・パック。
いずれ〈トロールワールド〉の恋愛要素皆無の美女と野獣コンビとして知られる予定の冒険者ネ。
前回の冒険で盛大にしくじったあたしらは、イーグル大陸のゾルに漂着したけれど、そこから酒と涙と汗と涎なくして語れない冒険をして、しくじった冒険のリベンジとばかりに、目的地だったダークスモーク島にやって来たところヨ。
「おい、翠蓮。おめえ、時々あらぬ方向に向かって自己紹介してねえか?」
「気にするな、シックス・パック。単なるお約束ってやつネ」
あたしは、屋台の黒ビールを大ジョッキであおっているシックス・パックに返事をしてやった。
「しかし、前の冒険のリベンジだと勢いこんでダークスモーク島に来たものの、冷静に考えてみりゃ、今さら果たせなかった依頼をできるわけもねえ。新しい冒険を探さなくちゃな」
「今さら気がついたのカ、おまえは」
ここ最近、買い物できる場所に着くまでは、ランプのアルコールすら飲ませる節約冒険ライフだったから、シックス・パックの知性度があたしよりも怪しくなっていたようだ。
この飲んだくれ岩悪魔は、酒さえたっぷり飲ませていればそこそこ頭も切れるし腕も立つ奴なのだが、酒が切れるとたちまち役立たずを通り越して襲いかかってくる、厄介者でもあるネ。
でも、あたしらはお互いに利用し合う麗しい関係ってことで納得づくだから別にいいサ。
「何だ、翠蓮。その使い古した便所スリッパを見るような目は? 俺様より知性度が低いくせに、俺様の知性を疑っているのか?」
そう言ってから、シックス・パックは、ダークスモーク島をおおっていた青みがかった霧について、うんちくを語り出したネ。
「それはさておき、シックス・パック。今度の冒険はどうするヨ」
「せっかく俺様がそらで語ったコフラディウムの講義をさておくなよ! とは言え、早く冒険して一稼ぎしてたっぷり酒を飲みてえのは事実……」
「悩んでいる時間がもったいないから、波止場で情報収集するネ」
「賛成。何で早くそのことに気づかなかったんだろう?」
「おまえが今の今まで、波止場の屋台で黒ビールをあおっていたからヨ」
こうしてあたしらは、屋台の親父に別れを告げて情報収集を開始したネ。


1.屈強なる波止場

波止場には、ゾラグ男爵のガレー船が停泊し、転移門経由でジンド大陸と〈トロールワールド〉を行き来している命知らずの船員達がうろついていたヨ。
「ダークスモークに気に入られて煩わされたら厄介だが、この辺りで手に入る麻薬“ダークスモークの喜び”の価値は、危険を補って余りあるよな」
「だよな。“漆黒の鷲”子爵は、どうやってか大量に手に入れて売りさばいているから、笑いが止まらないってよ。羨ましい話だぜ」
波止場を行き交う通行人達の会話を耳にして情報収集していると、シックス・パックが鷹と百合の紋章が掲げられたガレー船に中指を立てていたネ。
こいつの反社会的奇行は、日常茶飯事。鼻くそを船体になすりつけていないだけマシだから、ここはスルーしてやるヨ。
波止場にはえらく似つかわしくない、ダルセン公爵の旗が上がっている要塞めいた建物を見つけたネ。
「こうして見ると、冒険のネタを持っていそうな連中がそろいまくった波止場サ」
「そうだな。で、どこへ行ってみる? 言っとくがまた“ダークスモークの喜び”に関わるのはごめんだぜ。あれに関わったおかげで、俺様達がえらい目にあったんだからよ」
「だったら、さっきおまえが中指立てていたガレー船に行ってみるカ?」
「ああいうお上品ぶった連中とは関わるのは、虫唾が走る!」
「そんなこと言って、本当は怖いだけカ?」
「違う! よし、いっちょ行ってやろうじゃねえか!」
こうして話がまとまったところで、あたしらはゾラグ男爵のガレー船へ向かったヨ。


2.屈強なる依頼人

ゾラグ男爵はモーベロス家のカイシールに仕えているお貴族様で、傍らにはカイシールの姪にあたるダイアラがいたネ。
深窓の令嬢な見た目に反して、強情っぱりで凄腕の剣士って評判らしいヨ。
だけど、ダークスモークのダンジョンに挑戦したら、魔術の罠にかかって囚われの身になってしまったとか。
「ダロウズ・エンドの魔女のアシュヴィラに助けてもらわなければ、今頃どうなっていたか……」
「嬢ちゃんもアシュヴィラに助けてもらったネ。あたしらもヨ」
思いがけず共通の知人の名前が出てきたので、一気に話が弾んだ。
「アシュヴィラにせっかくダンジョンから助けてもらったのに、佩いていた野太刀を失くすは、名もなき村の〈七つの呪い〉亭で祝杯を上げたら、ダンジョンの出入り口の記憶を失くすは、自分が情けない……」
「気にしないネ。酒を飲めば誰だってそうなるものヨ」
あたしはさっきから会話に参加せず、虫唾が走った顔のままゾラグ男爵を見ている飲んだくれ岩悪魔をちらりと見た。
「あの野太刀は、モーベロスの家紋、すなわち鷲と百合の紋章があしらわれている貴重なものです。あれを持ち帰らないと、ご先祖さまに申し訳が立たない……」
「わかった。あたしらが嬢ちゃんの野太刀を探しに行ってくるネ。シックス・パックもそれでいいナ?」
「おうともよ、相棒。で、男爵さんよ。あんた、いくら報酬をはずめるんだ?」
ここから、交渉開始。
男爵とダイアラは二週間、波止場で待ってくれているから、その間に野太刀を持ち帰れば、お礼に3000gpの報酬をくれると決まったヨ。
話がまとまると、あたしらは波止場に戻ってさっそく“タクシー”の運転手に交渉し始めた。
“タクシー”は牛車で、この島唯一の集落である名もなき村と波止場をつないでくれている。
運転手は、ウカと呼ばれる隻眼のいぶし銀で、やたらと存在感のあるナイスミドルだったヨ。
「タクシーに乗りたい? 嬢ちゃん達、料金は一人50gpだが払えるのか?」
「払えるネ。ここへ来るまでに散っていった仲間達の血と涙が染みついた財布に入った金貨を今こそ使う時が来たナ、シックス・パック」
「おう、そうだな。あいつらもこんなイケている“タクシー”に乗るために生涯かけて貯めた金を使われて幸せだろうよ」
「……一人20gpにまけてやるから、とっとと乗りやがれ、てめえら」
目頭を押さえて天を仰ぐウカに促され、あたしらはアドリブにしてはうまく値切ることができたことに満足しながら、座席でこっそりとグータッチしたネ。


3.屈強なる酒場

“タクシー”の移動は快適で、島で唯一の集落である、名もなき村に安全に到着できたヨ。
ウカに礼を言うと、「てめえらはせいぜい長生きしていきやがれ」と捨て台詞を吐いて去っていったサ。
「あいつ、何だかんだでいい奴だったな」
「きっと帰り道に小銭を拾うとか、いいことに出会えるネ」
あたしらはそう言いながら、村を一望したヨ。
前方には渦森という名の暗い森が広がっている。ダークスモークのダンジョンは、その森を抜けた先にあるようだ。
初めて来た村なのに、なんであたしらが知っているかと言うと、ウカの“タクシー”の中に置いていた「ご自由にお取り下さい」という村のパンフレットをもらってきたからネ。
「このパンフレットによると、『木造・石造りのクラシカルな建物が点在している閑静な村です。ダークスモークのダンジョンへ赴いた者の多くが帰って来ないか、戻ってきても狂気に陥ってしまっているからみすぼらしいし活気づいていない印象を受けるかもしれないけど、あくまでもうちは閑静な村です』だとよ」
「言葉を選びまくったパンフレットだネ。他にめぼしいこと書いてない?」
「『村に唯一の酒場〈七つの呪い〉亭は、アップルブランデーとピーチブランデー、蜂蜜酒が名物! 寡黙な男主人のプーカスさんが出迎えてくれますよ』とある。ほら、ここだ」
「パンフレット読み上げるふりをして、まんまと酒場に誘導しやがったヨ!」
あたしのツッコミも何のその、シックス・パックはスキップして〈七つの呪い〉亭へ入っていく。
「ひゃあ、アップルブランデーに、ピーチブランデー、そして蜂蜜酒! ここは甘ったるい酒がうまい店だにゃあ、はらほろひれはれ……。よーし、つぎはエールだあっ!」
わかってはいたけど、酒場のカウンターにフェードインした途端、シックス・パックは勝手に酒を飲み始めやがったネ。
果たして、プーカスがこの傍若無人飲んだくれアル中岩悪魔を目の当たりにした感想は? あたしは、気になって寡黙な酒場の主人ことプーカスを見てみたヨ。
……すごい。眉一つ動かさないし、冷静に空き瓶を数えて勘定をしているネ。
もう、寡黙とか冷静とかぶっきらぼうの領域を通り越して、無関心の領域ヨ。虚無すら感じるサ。
あたしは酒に夢中のシックス・パックの財布から5gpを抜き取ってから、自分の財布から出した5gpと一緒にプーカスに払ったヨ。
そして、一息ついてからエール酒を注文し、酒場の他の客の様子を観察したネ。
ダークスモーク島に来る連中なだけあって、みんな一癖も二癖もありそうな奴らばかりヨ。
“ダークスモークの喜び”を扱う商人もいるけど、こいつもあきらかにタダモノじゃない気配がプンプンしているネ。
あーぁ。絶対に“ダークスモークの喜び”には関わりたくないと思っていたのに、どっちにしろ関わる運命にあるみたいヨ。
覚悟を決めて、あたしは“ダークスモークの喜び”について訊ねてみることにしたネ。
「おぢさん、さっきから“ダークスモークの喜び”って言葉を何度も話しているけど、どんな喜びサ?」
エール酒片手に小首を傾げながら質問するロリ体形の美少女戦士に話しかけられ、返事をしない男はごく少数派ヨ。
「“ダークスモークの喜び”はカイワ草の別名なんだ。ただし、カイワ草は、緑色の苔のようで脂がかって見えるため、コレーラという接触毒によく似ているんだ」
商人の説明が終わったと思ったら、隣に座っていた商人その2まで説明してきた。
「カイワ草をいぶせばトリップでき、2時間の間、目につくものをランダムに《念動》の呪文を5レベルで使ったのと同じ効果を発揮できるんだ。わかりやすく言えば、6メートル以内で、君たちが持ち運べる重さの2倍までの無生物を、視線内のどこかへ瞬間移動できるんだ」
今度こそ説明が終わったと思ったら、商人その2の脇から、新手の商人その3が現れたヨ!
「知られている限り、ダークスモーク・ダンジョンにのみ自生しているが、迷宮探検家の乱獲に業を煮やした魔術師が、持ち帰る者から取り上げているそうだ」
ほー、さよカ。
これで説明終了かと思いきや、あたしの背後から新手の商人その4が耳元でこっそりとこうささやいたネ。
「タクシー屋のウカには気をつけろ。あいつはイヌなんだ」
思った以上に饒舌な商人達にお礼を言ってから、あたしは自分の席へ戻ろうとして、目つきの危険そうな魔術師が酒場の隅の席に座っていることに気がついたヨ。
あたしは、こいつにも話を訊いてみることにしたネ。
「あー、もしもし。そこの魔術師さん?」
あたしが声をかけても、狂った眼差しの魔術師はぶつぶつ呟きながら杯を傾けて、何やらぶつぶつ呟いていたヨ。
しかも、記憶を失った戦士が言葉を被せてくる。
どちらも言っていることがわけがわからないけど、世界の秘密の一端に触れたような気がしたネ。あたしは思わず持っていたエール酒をあおったヨ。
ふう、うまいネ。
こうして必要な情報を得られたところで、あたしはまだ酒を飲もうとするシックス・パックを引きずって酒場を後にしたヨ。


4.屈強なる集落

〈七つの呪い〉亭を出ると、お向かいにハイプリックス食料品店があったので、さっそくそちらへ赴いたネ。
パンフレットには「ハイプリックス食品店は、品揃え豊富! しっかり者の店主ハイプリックス・バゴットが経営しています」と書いてあったけど、扉を開けて見えたのは、いかにも吝嗇家って気配が溢れかえっている店主だったヨ。
さっきからこのパンフレット、言葉を選びまくっているサ。
冒険必需品が定価の5倍で売っていると知った時には、店の壁に「ぼったくり商店のぼったくり店主、昇天」という落書きと天使のわっかのついた棒人間を書きこんでやろうかと真剣に検討しかけたネ。
だけど、大金を支払えば呪いのアイテムにかかった呪いを《厄払い》の巻物で解呪してくれるし、干し肉で作られて、いざという時には食糧にもなる優れモノのビーフ・ジャーキンを取り扱っているので、思いとどまったヨ。
「ここではまだ買う物はないようだな」
シックス・パックがそう言ったのを合図に、あたしも食料品店を後にした。
次に行くことにしたのは、ティントン・ティリーの宝石店ネ。
理由は簡単。
食料品店に近いから。
宝石店の扉を開けると、ぽっちゃりとした店主のティントン・ティリーが見えたネ。
直後、あたしは目をハートにしたシックス・パックという信じられないものを目撃したヨ!
全力で店主を口説き始めるシックス・パックに、あたしは茫然とするしかなかったネ。
酒好き飲んだくれ岩悪魔が、人間の女性に興味を持つなんて……。
しかも、ぽっちゃり豊満陽気で小悪魔系の美女が好みだなんて……。
「おまえ、意外と女の趣味はまともだったのカ!」
「え、翠蓮? 何だよ、いきなり? あ、ティントン嬢。俺様が迷宮で見つかる最大の宝を楽しみにしていてくれ!」
シックス・パックは、今までに見たこともないくらい男前な表情で、ティントン・ティリーにウィンクする。
こんなうざい客にも笑顔を保てるとは、さすが店主ネ。
あたしは、意気揚々と店を後にする勘違い岩悪魔を追いかけ、彼女へ「うちのバカがすみませんねぇ」という顔で頭を下げてから店を出たヨ。


5.屈強なる“タクシー”

「麗しのティントン嬢に最大の宝を捧げるべく、ダークスモークの迷宮へいざゆかん!」
「おい。冒険の目的は、ダイアラ嬢ちゃんの落とし物を拾いに行くことヨ。ちゃんと覚えているネ?」
恋する男になったシックス・パックという世にも珍しい珍獣と連れ立って歩きながら、あたしらはウカの“タクシー”へ向かった。
「またおまえらか。どこへ行きたいんだ?」
「ちょっと待って。えーっと……」
確かダイアラは迷宮に閉じこめられ、アシュヴィラに助けてもらってやっと出られたと話していたネ。
すると、迷宮のわかりやすい場所にはいなかったことになるから……。
あたしの考えは、まとまった。
「ダークスモークのダンジョンの『知られざる別エリア』まで運んでほしいヨ」
「どこでその話を聴いた? こいつらはあのお方にとって脅威かもしれんな……」
「考え抜いた末の当てずっぽうの頼みネ。そこまで真剣に受け止めなくてもいいヨ」
何かきなくさくなりそうだったので、あたしは言いわけをしたけど、ウカは話もきかずにトレードマークの眼帯を外したネ。
そこにあったのは、つぶれた目ではなく、赤い宝石だったヨ!
「かっちょいー! マジで目に宝石が入っているぜ!」
「タクシー運転手にしてはやたら存在感あると思っていたら、やっぱりただ者じゃなかったネ!」
あたしらがはしゃいでいると、ウカが少し頬を赤らめてから、魔法の通信を始めたヨ。
「ええ。何と言うか……こう、骨があるというより、中身が濃いと言うか、こちらの予想をことごとくはずしてくると言うか、手に負えないと言うか……」
その通信が終わるか終わらないうちに、あたしらの前に突然人影が現れたネ!
「面白そうな連中だな。私の迷宮へご招待しよう……」
そう言い終えるか言い終えないうちに、人影は《あなたをどこかへ……》の呪文を唱えて、あたしらは……。


6.屈強なる第2層

……気がつくと、ダークスモークの迷宮の第2層にいたヨ。
「ここ、気味が悪いネ。鳥肌が立つヨ」
「妙だな。ここは物質界のはずなのに、奈落のようなニオイがするぜ」
「よくわからない時は、調べてみるに限るサ」
「それもそうだ」
あたしらは知性度を駆使して、今いる場所を調べてみたネ。
そこは、細長い通廊で左右に扉がついていたヨ。
「とりあえず、東の扉を開けてみるか」
シックス・パックが扉を開けると、時間が巻き戻るような感覚がしたネ。
そして、さほど広くない部屋に小さな祭壇が置かれていて、傍らには手首や足首、腰、額に謎めいた宝石を填められた裸の人物が鎮座していたネ。
それは、無事に迷宮から救出されたはずのダイアラだったヨ!
「ダイアラ嬢ちゃん、どうしてここに?」
「これはきっと、過去に迷宮にしかけられていた魔術の罠に囚われていた時のダイアラだ!」
シックス・パックが叫んだところで、ダイアラの周囲にあった様々な色の人影が、虹人間となって襲いかかってきたネ!
てなわけで、戦闘開始!
最初に襲いかかって来たのは、無駄に頑丈な緑色の虹人間。
次に襲いかかって来たのは、魅了をしかけてくる赤色の虹人間。
三番目に襲いかかって来たのは、器用度のSRにさえ成功すればノーダメージな青色の虹人間。
「なんて奴らだ……だんだんキャラが立って来やがったぜ!」
「これは、四番目のキャラも立ちまくりネ!」
あたしらにハードルを上げられた橙色の虹人間は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……わたしの攻撃、耐久度と幸運度を減らすだけなんで、キャラは薄いかと……」
「幸運度を減らす攻撃をしかけてくる奴のキャラのどこが薄いんだ!」
あたしとシックス・パックのツッコミと攻撃が決まって倒された時、橙色の虹人間は影だけで顔がないくせに、満足そうに微笑んでいるように見えたヨ。
すべての虹人間を倒し終えると、不思議なもので、いつのまにかダイアラの姿はどこにもなくなっていたネ。
「これは夢だったカ……?」
「そんなことより、祭壇の向こうに別の扉がある。行ってみようぜ、翠蓮」
シックス・パックが見つけた扉の前に、あたしらも駆けつけた。


7.屈強なる通廊

「せーの!」
「ドラー!」
あたしとシックス・パックが扉を蹴破ると、またもや通廊だったネ。
あたしらが出てきた扉のちょうど正面、南に扉が一つあったので、そこを開けてみることにしたヨ。
さっきの戦いで幸運度がけっこう減っていたので、知性度で扉を調べてみたら、運よく成功!
扉の向こうは、長方形の部屋だったネ。
中央には、4本腕の彫像と石造りの長椅子があって、植物が垂れ下がっているヨ。
そして、南には扉がある。
「いかにも何かありそうな彫像と長椅子だが、まずは南の扉を開けて先へ行ってみるか」
「賛成ネ」
今度の扉は素直だったので、あたしらが蹴破らなくてもすぐに開いた。
扉の先はL字型の通廊になっていて、折れ曲がる途中に不思議なシンボルがついた扉があったヨ。
その扉の前で何やら相談しているパーティーが見えたけれど、すぐに消えてしまったネ。
どうやら、今のは幻のようサ。
さらに進むと、綴れ織りで行き先が塞がれた上り階段が、階段を上らず直進した先にはまたL字型に折れ曲がった道があったネ。
「俺様、シンボルのついた扉なら行っていいが、階段や通路の先は絶対に行きたくねえ!」
「わかったヨ。では、シックス・パックの言うとおりにシンボルのついた扉を開けるネ」
シックス・パックは、自分の身が危険になることに関しては絶対に嘘をつかないと、これまで一緒に冒険してきてよく学習しているあたしは、いい子にシンボルのついた扉を開けてやった。
すると、えらく見覚えのあるタイタンが仁王立ちで扉の前で待ちかまえていたヨ!
「我はマニュマー、エフティラ次元界のタイタンなり。汝らは、我がタロットの試練を受けるか?」
「またおまえかよ! いいか、翠蓮。またトンチンカンな答えを言って冒険終了になっちまう前に、試練を放棄……」
「リベンジマッチのために来たカ、マニュマー! 試練、受けて立つネ!」
何かあたしの傍らでシックス・パックが「ノォォォー!」だか「ウオォォォー!」だか絶叫しているけど、関係なし!
今度こそ、タイタンの試練に合格してみせるサ!
「よかろう」
マニュマーは、あたしの前に巨大なタロットカードを渡した。それは見る見るうちにあたしにぴったりの手のひらサイズに変わったヨ。
カードを見ると、ピラミッドの絵が描かれていたネ。
「望むなら、一度のみ交換を許そう」
「大丈夫サ。ここはカードの巡り合わせに賭けるヨ!」
「おいぃぃー! 翠蓮、タロットカードにそんな絵柄はないぞ!? 本来の絵柄に交換しなくていいのかよ!」
シックス・パックの取り乱す声をバックに、あたしは試練を受けた。


8.屈強なる試練

たちまちカードから閃光がほとばしり、あたしはいいとして、試練に参加してないシックス・パックにまで光が覆って来たネ。
光が消え去ってから目を開けると、そこにはスタイル抜群のボディラインがくっきりとわかるように包帯を巻いた、マミーの美女が立っていたヨ!
「ハァイ、わたしはプリンセス・ルナ。あなたは?」
「〈屈強なる〉翠蓮。人間の戦士サ」
「すると、冒険者ね? だったら、魔力度かお金、お宝を捧げてくれたら、冒険の仲間になってあげなくてもなくてよ」
「ファビュラスな美女の恋人に誤解されそうなので、あんたみたいなセクシー美女を仲間にはできないネ」
「え? あなた、同性の恋人がいるの?」
そこで、あたしはかいつまんでジーナとのなれそめから現在に至るまでの関係をプリンセス・ルナに語ってやったサ。
「複数性愛主義なわたしだけど、同性の恋人はいなかったわ。まだまだわたしも青いってことね。いいわ、あなたと恋人に幸あれ!」
女子トークみたいなノリで会話した後、プリンセス・ルナは現れた時と同じように閃光と共に消え去っていったヨ。
「試練終了! 合格だ、翠蓮。褒美に多元宇宙の真理を一つ授けよう。『小ちゃい女の子と美女の組み合わせは眼福!』」
「おい、翠蓮! このタイタン、大声で自分の趣味を真理とか言い出してやべえ! とっととこの部屋を出ようぜ!」
自分でこの部屋以外入りたくないと言い張ったくせに、シックス・パックはあたしの手を引っぱって、元いた彫像と長椅子のある通廊に引き返していったヨ。


9.屈強なる長椅子

「あのタイタンと関わると、ろくなことにならねえな」
「何を言っているネ。今回はあたし、試練に勝ったヨ?」
「その代わり、知りたくもねえタイタンの趣味を知っちまって、こっちは気分悪い。おい、翠蓮。酒樽一個頼む。あそこの長椅子で休みながら飲んで、気分を直す」
「はいはい、わかったサ」
あたしらは、そこで長椅子に腰かける。
たちまち、ぶら下がっていた植物があたしらに巻きついてきたネ!
「よく見たらこの植物、吸血植物のストラングラー・ヴァインじゃねえか!」
「あの伝説の飲血者クル……クル何とかの呪いがあたしらに降りかかるってことカ!」
「やべえよ……血を吸われてヴァンパイアにクラスチェンジした日には、俺様の魅力度が上がってイケメン度が上がっちまう。そうなったら、ティントン・ティリー嬢以外の女のハートまでかっさらっちまうことに……」
「ヴァンパイアになったら夜型生活になって、朝方生活のジーナと環境の不一致でふられてしまうヨ……」
あたしらが呪いを覚悟していると、意外なことが起きたネ。
吸血されたけれど、耐久度が1減っただけで、体力度が2回復したヨ!
「どうやら、瀉血効果で健康になったみてえだな」
シックス・パックはそう言いながら何かに気づいたようで、長椅子に目を凝らす。
「『廃都コッロールより愛を込めて。瀉血王ピピン13世より』だとよ。ジョーク大好きなヴァンパイアの、いわばジョークアイテムだったようだな、この長椅子は」
「サプライズもいいところだったサ」
元気になったら、頭もさえてきたあたしらは、通廊でまだ調べていない唯一の物、彫像を調べることにしたネ。


10.屈強なる彫像

彫像は4本腕で、やけに精巧な造りをしていたヨ。
「どうやらダークスモークに挑んで、呪文で石にされた探検家のなれの果てのようだぜ」
「悪趣味なことをしていやがるネ」
あたしがダークスモークに呆れていると、シックス・パックがひきつった顔で彫像の影を指差したヨ。
「おい、あの影を見てみろ!」
言われた通り彫像の影を見てみると、どんどん影が実体化してシャドウ・デーモンへと変身していくヨ!
4本腕から繰り出される攻撃は、予測不能から仕掛けられてくるから厄介ネ!
しかも、シャドウ・デーモンは2戦闘ターンに1回で、耐久度が高いシックス・パックに絞め落としを仕掛けてくるヨ!
「シャドウ・デーモンって不死なるものだったか? だったら、この前ゲットした夢歩きの両手剣の攻撃力は2倍になるか?」
「わからないけど、とにかく戦い続けるネ、シックス・パック!」
あたしらががむしゃらに戦ううちに、ついにシャドウ・デーモンを倒せたヨ。
「ふう、ようやく倒せたぜ……」
「泥仕合になったネ……」
ヘナヘナと彫像の台座の下に腰を下ろしたところで、台座と床の溝に鷲と百合の紋章があしらわれている野太刀が収納されているのを見つけたヨ!
「これはまさにダイアラ嬢ちゃんから頼まれていた野太刀ネ!」
「すげえな。グランド・シャムシールじゃねえか。こいつを構えて『カルマロ』と叫んでいる間だけ妖気が発せられて、かけられている呪いのどれかを一つ、一時的に18レベルで《厄払い》できるって代物だ!」
「よくそこまで鑑定できるナ、シックス・パック!」
毎度のことながら、シックス・パックは底知れないヨ。
もしかしたら、この世界の最大の謎は、神々やら多元宇宙でもなく、シックス・パックかもしれないネ!
でも、そんな細かいことは気にしている暇はなし!
今回の冒険は無事に成功ヨ!
あたしらは急いで来た道を引き返し、波止場に停泊しているゾラグ男爵のガレー船で待っていたダイアラへ鷲と百合の紋章の野太刀を届けたネ!
「かたじけない! これでご先祖さまへの申し訳が立つわ」
「へっへっへっへ。では、約束の物を……」
「シックス・パック、手を揉みながら言ったら、あたしらの品位が落ちるネ。こういう時は、相手が言い出すまで言わないものヨ」
「面白いわね、あなた達。正直でいいわ。ゾラグ男爵、約束の物を彼女達へ」
「承知いたしました、ダイアラ様」
ゾラグ男爵は、3000gpの入った金貨の袋をあたしらにくれたネ。
「よっしゃ! さっそくティントン・ティリーの宝石店へ行くぜ!」
恋に狂った男と化したシックス・パックという、世にも血迷った生物は、自分の取り分の1500gpを手に走り去っていったヨ。
あたしはと言うと、名もなき村にあった書記マングの元を訪ねようかと検討中ネ。
ウカのタクシーに置いてあった村の案内パンフレットによると、そこでは手紙の代筆をしてくれて届けてくれるサービスをしているからヨ。
「今回の冒険は、ジーナに報告できるネ」
あたしは手紙の内容を考えながら、ウカのタクシー乗り場へのんびりと歩いて行ったサ。

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2022年6月に『蝶として死す 平家物語抄』の続編で初長編『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が遷都した福原の平清盛邸で続発した怪事件の謎解きに挑む。雪の山荘を舞台にした館ミステリ。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』 収録
 ソロアドベンチャー『無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜名もなき村を越えて〜』
 作:岡和田晃
 協力:吉里川べお
 発行 : グループSNE/書苑新社
 2022/7/1 - 3,300円
posted by AGS at 10:23| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.9


 2022年8月25日の「FT新聞」No.3501に、『ダンジョンズ& ドラゴンズ 』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.9が掲載されました。ファイナルストライクのぶつけ合い、ブラック・ドラゴンやナグパとの死闘から始まります!

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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.9

 岡和田晃

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●はじめに

 本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料ほか各種の情報を参照し、都度、シナリオの下敷きにしています。例えばテレリィ・フィンゴルフィンとは『シルマリルの物語』より。
 前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/490980912.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第9話「薄明」(後編)の内容となります。

●登場人物紹介

タモト/『ジルチェフの欺きの斧』を持つドワーフ、6レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、6レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、6レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、5レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、7レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、6レベル。
プロスペル/ケルヴィンの貴族の息子。戦士、6レベル。

ゴリーデル/カラーリー・エルフの長。
テレリィ・フィンゴルフィン/ロスト・ドリームの島のエルフ。
ハービンガー/ロスト・ドリームの島のエルフ。
シャドウ・エルフたち/エルフの国アルフハイムの地下「星の都(シティ・オブ・スターズ)」に住まう存在。
「ルルンの」ヨランダ/対ブラック・イーグル男爵のレジスタンス。ヨブとは古い仲。
ルートヴィヒ・フォン・ヘンドリックス男爵/邪悪きわまりない貴族。通称「ブラック・イーグル」。
カルディア/リフリアンに住むエルフ。魔法の絨毯を使って人を運搬してくれる。
アンデラ/リアの姉。
占い師アルヤ/謎めいた美貌の占い師。正体は……。
インジフ/リアの祖父。元「盗賊の王国」スレッショールド支部のギルドマスター。
マレク/リアの兄。
ステファン・カラメイコス3世/カラメイコス大公国の統治者。
「盗賊王」フレームフリッカー/ギルド「盗賊の王国」のギルドマスター。
アントン・ラデュ/ギルド「ヴェールド・ソサイエティー」のギルドマスター。
シャーレーン大司教/スレッショールドの街の統治者。
ゴルサー/謎の魔法使い。
ミコラス/リアの父。

●決戦

 シャドウ・エルフたちの言うことがどうしても信用しきれなかったパーティは、結局、その申し出を断ることにした。
 怒り狂ったシャドウ・エルフたちは、手にしていた「ウィザードリィワンド」を二つに折った。
 ワンドに込められていた信じられないほど強大な力がほとばしり、閃光とともに辺りを包み込む。
 恐るべき、「ファイナルストライク」(最後の一撃)の魔力である!
 ――間一髪、テレリィがパーティの間に割り込む。
 テレリィもまた、手に持っていたワンドの封印を解いた。
 二つの強大な「ファイナルストライク」はぶつかり合い、辺りにはすさまじい振動が響き渡った。
 気がつくと、テレリィとハービンガーの姿はかき消え、疲弊した二人のシャドウ・エルフだけが残っていた。
 彼らは捨て台詞とともに、「ディメンジョン・ドアー」(次元の扉)を通って去っていった。
 だが、入れ替わりに、巨大な、腐敗したブラック・ドラゴンと、魔術師風のローブを着たハゲタカ頭の老人めいた邪悪なクリーチャー「ナグパ」が現れたのだ。

●絶望

 すぐさま激戦が始まった。
 しかし、ここでパーティはシャドウ・エルフに気を取られていたためか、重大な過ちを犯してしまった。
 ドラゴンの体力を削ることを怠ったのである。
 そのため、最前線のヨブは、ドラゴンの酸のブレスをまともに受け、一瞬のうちに溶け去り、奈落(アビス)への帰らぬ旅路に就くことになってしまった。
 絶望が一行を包み込む。
 さらには、タモトまでがドラゴンのブレスを受け、倒れてしまう。
 おまけに、ナグパはグレイに狙いを定め、「コラプション」の魔法で、彼の持っているポーションや呪文書のほぼ全てを腐らせてしまった。
 これは全滅か!?
 死の淵を彷徨いながらも、必死の連係で、辛うじてドラゴンを葬ったはいいものの、ナグパにとどめを刺そうとした瞬間、そいつは死に際に呪文を放ち、もう一体、巨大なブラック・ドラゴンを呼びだしたのだ!

●顛末

 第二のドラゴンは、ナグパが「ファンタズマル・フォース」の呪文によって作った幻覚であった。
 パーティはただちに見破って、幻覚をかき消してゆく。
 そして、崩れゆく神殿から、指輪の「ワード・オブ・リコール」の魔力を使って逃げ出したのだった。
 ジーンの懸命な看護の甲斐あってか、タモトは戦闘後に無事息を吹き返したものの、ヨブを運ぶのはもはや不可能だった。
 一行は悲嘆に暮れながら彼の遺品を集め、帰路についた。
 エルフの村に戻ったパーティは、顛末を報告した。
 ゴリーデルは食い入るように聞き入り、話が終わると心からパーティを歓待した。
 しかし、ヨブは戻ってこない……。
 あれだけ死体の損傷がひどければ、「生命の樹」の力も及ばないだろう。
 そもそも、「生命の樹」の力を使えば、またもやバリムーアのような存在を呼び出してしまうことにも繋がりかねない。
 そのような危険は冒せない。

●「ルルンの」ヨランダからの知らせ
 一行がこれからの行く先についてあれこれ考えていると、近くの樹の幹に一本の太矢が刺さった。
 伝達の太矢(クォーレル)である。
 伝言は、「ルルンの」ヨランダからのものであった。
 大事が起こったので、すぐにスレッショールドまで来てほしい、というのだ。
 スレッショールドには、リアの故郷がある。
 ちょうど、リアも一度実家に戻ろうかと考えていた矢先だったということもあり、行くあてのなかったパーティは、とりあえずスレッショールドへと向かうことにした。
 そうして湿原(ムーア)を越え、河を渡って、エルフの街リフリアンにたどり着いた。
 ここを越えれば、スレッショールドはもう目と鼻の先だ。

●リフリアンでの噂

 だが、彼らはここで、とんでもない噂を耳にした。
 そう、ブラック・イーグル男爵がカラメイコス大公国の首都スペキュラルムに攻め込んだというのである。
 スペキュラルムの防衛軍や、グリフォン聖騎士団の活躍もあって、何とか持ちこたえているらしいが、王都陥落も時間の問題だろう。
 また、スペキュラルムやその近くの街からは多数の難民が発生して、ケルヴィン周辺の街や村々になだれこんでいるということである。
 驚いた一行は、すぐさま、リフリアンに住むエルフ、カルディアに法外な金を払って魔法の空飛ぶ絨毯をチャーターし、スレッショールドへと急行した。

●スレッショールド

 スレッショールドはブラック・ピーク山脈のふもとにある街だ。
 山の向こうには、遠くダロキン共和国やイラルアム首長国連邦が見える。
 見下ろすと、一列に連なった難民たちの姿がうかがえた。
 ヨランダとの待ち合わせ場所は、リアの家族が経営している宿屋ということになっていた。
 スリの猛攻や窓からぶちまけられる尿瓶の中身をなんとかかわしつつ、ようやく目的の場所、すなわち「鉤と十字亭」に到着した。
 迎えに現れたのは、リアの姉、アンデラだった。
 彼女が宿に戻って呼びに行くと、しばらく経って、ヨランダが現れた。
 続いて精悍な老人、そしてローブ姿の小柄な女性が降りてきた。
 二人はリアの祖父インジフと、「占い師」アルヤだと自己紹介した。
 一行とインジフとは初対面だが、アルヤの方はそうではなかった。
 というのも、彼らは以前王都にて、アルヤに将来を予言されたことがあったからである。
 とりあえず、三人にことの経過を報告する。
 彼らはうなずき、パーティの労をねぎらうと、ふたたび何ごとかを相談するため、宿の2階へと引き上げていった。
 ヨブの形見として、一行からトゥルース・リングとノーマルソード+2を受け取ったヨランダの瞳は、心なしか涙でうるんでいたが……。

●宿の騒動

 その晩、パーティが宿の1階にある酒場で久々に羽を伸ばしていると、青白く太った男が因縁をつけてきた。
 男はリアの兄、マレクだった。
 彼らはなんとか面倒を避けようとしたがうまくいかない。
 結局、プロスペルとマレクがレスリング勝負を行い、勝った方に事の理があるということにされてしまった。
 結果、なんとかプロスペルが勝利した。
 騒いでいると、宿の二階からインジフが降りてきた。パーティを呼びに来たのである。
 マレクは泣きじゃくりながら、インジフに告げ口をしたが、女々しいことを抜かすなと一喝されるに終わった。
 マレクは、紋切り型の捨てぜりふを残し、その場を去っていった。

●占い師アルヤの正体

 インジフに連れられて宿の奥の相談室に入った一行は、そこで驚くべき事実を知った。
 待っていたのは、二人の美女だった。
 片方はヨランダだが、もう片方は?
 背格好から見るに、先ほどの占い師アルヤらしいが。
 彼女は微笑み、自分はフレームフリッカーだと名乗った。
 ――「盗賊王」フレームフリッカー!
 十代半ばで盗賊稼業を始め、十年足らずで瞬く間に、ギルドの「盗賊の王国」をまとめあげた伝説の人物である。
 それが、どうしてまたここに?

●巡らされた糸

 ヨランダが代わって説明する。
 スペキュラルムにいたころ、彼女は突然、ステファン・カラメイコス公爵の招聘を受けた。
 王都内で、対「ブラック・イーグル」男爵領のレジスタンスを組織していたおかげで、白羽の矢が立ったのだ。
 そこで公とともに姿を見せたのが、「盗賊の王国」のギルドマスターである「盗賊王」フレームフリッカーだった。
 背後には、「盗賊の王国」とは反目し合っている盗賊ギルド「ヴェールド・ソサイエティー」のギルドマスター、アントン・ラデュがいた。
 ステファン公は話し始めた。
 スペキュラルムの街は危機に瀕している。
 ブラック・イーグルこと、ルートヴィヒ・フォン・ヘンドリクス男爵が反乱を起こそうとしているのだ。
 まさしく緊急事態である。
 そのため、彼らは日頃の利害関係は当分棚上げして一致団結し、ブラック・イーグルに立ち向かう体勢を取ったのだった。
 公爵によれば、ブラック・イーグルがクーデターを起こそうとしたきっかけの一つに、手下であるゴルサーという魔法使いがブラック・ピーク山脈にて発見した禁断の武器があるとのことだ。
 そこでステファン公は、自分とアントン・ラデュが首都を守っている間に、フレームフリッカーとヨランダをスレッショールドへ向かわせることにしたのだった。
 シャーレーン公爵と話して難民の受け入れ許可を得なければならず、一方でゴルサーの陰謀を打ち砕くための協力が必要になってきたからだ。
 そのようなわけで、スレッショールドに到着したヨランダとフレームフリッカーは、かつて「盗賊の王国」スレッショールド支部のギルドマスターだったインジフに会い、協力を要請していたというわけだ。
 そのとき、突然扉が勢い良く開き、リアの父、ミコラスが駆け込んできた。
 会議中だ、とインジフが一喝する。
 が、ミコラスは耳を貸さずに、絶叫した。
「大変だ! マレクが殺された!!」

posted by AGS at 09:43| 【連載】カラメイコス放浪記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする