2022年08月24日

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.8

 2022年8月11日配信の「FT新聞 No.3487」に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.8が掲載されています。見どころは、詩を使って世界の成り立ちを説明するところでしょうか。マスタールールセットの設定を踏襲しています。戦闘も激しい!

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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.8

 岡和田晃

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●はじめに

 本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料ほか各種の情報を参照しています。
 前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/489882767.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第9話「薄明」(前編)の内容となります。

●登場人物紹介

タモト/『ジルチェフの欺きの斧』を持つドワーフ、6レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、6レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、6レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、5レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、7レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、6レベル。
プロスペル/ケルヴィンの貴族の息子。戦士、6レベル。

バーグル・ジ・インファマス/悪の魔術師。
ゴリーデル/カラーリー・エルフの長。
バリムーア/リッチ。
ステスシル/バンシー。もとカラーリー・エルフ。
ハラフ、ペトラ、ジルチェフ/カラメイコスの建国神話にちなんだ伝説の人物。
テレリィ・フィンゴルフィン/ロスト・ドリームの島のエルフ。
ハービンガー/ロスト・ドリームの島のエルフ。
ロキ/「エントロピー」を司るイモータル。

●グレイの死

 「悪名高き」魔術師、バーグル・ジ・インファマスを撃破することに成功した一行。しかし、「クラウドキル」(死の雲)が晴れていくと――エルフたちの死体に混じり――グレイまでもが倒れていた。
 すでに事切れている。
 その顔は赤黒く、表情には苦悶の跡が生々しい。
 そして隣には、彼の使い魔だった黒猫も倒れている。また一人犠牲者が……。皆、途方に暮れる。
 ただ一つの慰めは、バーグルが持っていた、多量のポーションとマジックアイテム、それに数々の魔法が記されたスペル・ブック(呪文書)だけだった。
 なかでもやっかいだったのは、バーグルが身につけていた「セキュリティー・ポーチ」(警報機能付き財布)だった。自我を持っており、パーティの神経を逆撫でするようなことばかり告げるのである。

●エルフの提案

 ゴリーデルが申し出た。「生命の樹」の力を使えば、彼を生き返らせることができるかもしれない、と。
 エルフたちにも多数の犠牲者が出たという事実を考え、戸惑うパーティ。
 しかし、ゴリーデルは恩人に対する当然の報いだ、と言い張って主張を曲げなかった。
 ようやく、バーグルがかくも執拗に狙い続けるロスト・ドリームの湖の秘密に関心が向くようになったというのだ。
 ロスト・ドリームの島が湖に沈んだときに受けた呪いのために、カラーリー・エルフでは、島に近づくと気が狂ってしまう。
 だが、バーグルがあれほどまでに執着していたからには、きっと何かがあるはずだ。
 その謎に触れることのできる機会は、今しかない。
 グレイを蘇らさなければ……。
 パーティは、エルフの申し出を受けることにした。

●「生命の樹」の奇蹟

 ゴリーデルの案内によって、一行は「生命の樹」のある広場に到着した。
 天まで届くかと思われるその威厳たるや、とても言葉で言い尽くせないほど。
 けれども彼らは、むしろ不思議な親しみを感じた。
 皮肉屋のヨブでさえ、ただ黙って樹を見上げている。
 多少の陰りを見せてはいたが、樹は日の光を浴びて燦然と輝いていた。
 エルフの族長は説明する――「生命の樹」は、死者への「想い」を媒介するにすぎない、と。
 すなわち、死者を甦らせる根本的な力は、それを願う人々の内部に根付いている。
 「樹」は、その力を増幅するのだ。
 エルフの導きに従い、一行はグレイへの思慕を高めていった。
 すると、「生命の樹」からまばゆいばかりの光が発せられ、グレイのもとへと集まってきた。
 光は一度途絶えかけたが、なんとか拡散を免れた。
 そして――グレイは息を吹き返した。

●バリムーアの襲撃

 狂喜する冒険者たち。
 しかし、それも束の間、辺りに暗雲が立ちこめてきた。何やら強大で邪悪な力が近づいてきているのである。
 とっさに戦闘態勢を整える一行。
 ――ローブ姿の男がそこにいた。
 フードから垣間見える相貌は、生ける者のそれではない。
 蛆のわいた骸骨そのものである。
 そう、冒険を志す者ならば必ずどこかで耳にする、「死王」リッチの姿があったのだ。
 彼らは直感的に彼こそが、「生命の樹」を狙う邪悪な存在、バリムーアだと気づいたのである。
 リッチはすさまじく強力だった。
 パーティは初めて、全滅への恐怖というものを痛感した。
 とりわけヨブは、バリムーアの放つライトニング・ボルトの直撃(注:ダメージ20d6、セービングスロー成功でダメージ半減)をまともに受け、半死半生の重体である。
 だが、一行も伊達に経験を積んできたわけではなかった。
 恐るべき猛攻を見せ、バリムーアをたじろがせたのである。
 なかでも、彼はタモトの斧に並々ならぬ畏れを感じていたようだった。
 予定していたはずのヴァンパイアの援軍もなかなか現れず、100ポイントを超えるダメージを被ったバリムーアは、かろうじて「マジック・ドアー」の呪文で退散したのであった。

●哀しみのあとで

 次から次へと現れる、思わぬ敵の数々との戦いですっかり疲弊したパーティ。
 生命の樹への危険は回避されたが、ぐずぐずしてはいられない。
 カギは、ロスト・ドリームの島にこそある。
 その日はとりあえず、バーグルとバリムーアによって殺されたエルフたちを荼毘に付すこととなった。
 悲しみに暮れるエルフたち。
 葬式のあとの集会で、ゴリーデルは今度こそ、正式に彼らに島の探索を依頼することにした。
 今度は、誰も反対する者はいない。
 詩人ドワーフのタモトと「語り部」技能を持つプロスペルは、共に手をとり、哀しみの歌を歌う。
 シャーヴィリーはそれに合わせて得意の踊りを披露するが、転んでしまい、大失敗。
 しかし、そんなことも気にならないほど、彼らの悲哀は深かった。
 一行は「エルフの友」と認められ、永遠の友情の絆が誓われた。
 なかでも弓使いのリアには、特製のエルブン・ボウ+3が贈呈された。
 一方、甦ったばかりのグレイはその隙を見計らって、なんとエルフたちの倉庫に忍び込もうとする!
 いたずら好きの性根は、奈落(アビス)より帰還しても直っていないようだ。
 が、さすがにそうは問屋が降ろさない。
 エルフたちに乞われて、タモトがその場を見張っていたのである。

●湖への旅路

 翌日となった。
 エルフたちに見送られ、湖を目指す一行。
 途中、シャルガグと名乗る奇妙な森の小人や、ジェリアンという騒々しい鳥人間をやりすごし、歩を進めていった。
 時はすでに、フラーモント(4月)の下旬になっていた。
 いつしか、周囲には霧が立ちこめている。
 しかし、そのなかから、かすかに、湖らしきものが見えてくる。
 指輪をはめ、一呼吸置くと、パーティはおそるおそる近づいていった。
 湖との距離が狭まるにつれ、霧は濃さを増していく。けれども、湖の縁にまでたどり着くと、不思議なことに、その周りだけ霧が晴れていた。
 そして、一行は、自身に奇妙な変化が起きているのに気がついた。
 なんと、ヨブとグレイ、そしてタモトとプロスペルの性格(アラインメント)が変わってしまったのだ。
 「ケイオティック」(混沌)のヨブとグレイは「ローフル」(秩序)に、反対に「ローフル」のタモトとプロスペルは「ケイオティック」になってしまった。
 ニュートラル(中立)のリアとシャーヴィリーはいつも通り、変わった様子はない。
 不思議なことに、ケイオティックの権化のような破戒僧ジーンにも、変化の兆しは見られない。
 いつもと正反対なまでに様子が異なってしまった一行は、さすがに戸惑いを隠せない。
 特にタモトとプロスペルは、日頃胸に溜めていたやりきれない思いが一気に解き放たれてしまい、まったく手がつけられないほどだった。
 だが、タモトはアラインメントが変わると、手にしている斧が、いつもよりしっくりくるように思えてならなかった。
 ともあれ、目的は果たさねばならない。
 一行は湖に足を踏み入れた。

●ロスト・ドリームの湖

 彼らは湖を底に向けて歩いていった。
 水はとても澄んでいて気持ちいいが、生息している生き物も多くてうんざりさせられる。
 電気ウナギやサメの猛攻をくぐり抜け、マン・オー・ウォー(80本の触手を持つ大クラゲ)をやりすごし、さんざんあたりをさまよった。
 数時間経って、ようやく、神殿らしきものが見えてきた。
 朽ちた門に手をかけ、ゆっくりと中に足を踏み入れる一行。
 神殿そのものは、かなり古い作りになっている。
 あちこちを探索し、スペクターを退治したり、ちょっとしたマジックアイテムを発見したりする一行。
 そして、いよいよ神殿の中央部の柱が林立する部分に足を踏み入れると、突如、魔法の罠が発動し、パーティの半数が麻痺してしまった。
 呼応するかのように、前面に据えられていたオリハルコンと青銅の像が動き始めた。
 青銅の像はグレイの呪文「ウェブ」によってすぐさま無力化されたが、問題なのはオリハルコンの方である。
 なんと、像は2ラウンドに1回、「ライトニング・ボルト」を放つことができるのだ。
 しかも、麻痺したキャラクターたちに対しては、背後からシャドウが4体襲いかかってきた。
 またもや危機であるが、彼らは大ダメージを受けつつも、辛くも勝利をおさめることができた。
 忌々しげに、ばらばらになったオリハルコンの像を眺める一行だったが、軍資金とするため、回収するのを忘れない。
 リアには像の形が、以前ヴォーテックスにて出会った、「ザ・ウゥープス・マン」と名乗った謎の男とどこか似ているように思えてならなかった。

●第一のタペストリ

 ジーンの持つ「ヒーリング・スタッフ」でなんとか傷を治し、さらに奥へと進んでいくパーティ。
 そこにはタペストリが掛けてあった。何やら詩文のようなものと、それに則した絵が描かれている。

 新王は深い思いに沈んでいた。
 清らの花の話をはじめて耳にし、その予言に
 心をひそかに打たれ、激しい愛を覚えた夜の夢と
 聞きおよんだ物語がこよなく偲ばれてきた。
 胸にしみる声は今なお耳にやきつき、
 旅の人が宴を辞したのはつい今しがたのよう。
 ときおりさす月光が風にがたつく窓辺を照らし、
 青年の胸を灼熱の炎が燃えさかるようだった。

 不思議な時代が過ぎ去り、まるで淡く消えゆく夢のようだった。

 「ペトラよ」と王が言った。
 「愛する者の心の切なる願いとは何であろうか。
 教えておくれ、その者に手を貸そうではないか。
 力はわれらのもの。そなたが天上にまた幸福をもたらすとき、
 すばらしき時代がやってこよう」

 「時がたがいに睦み合うならば、
 未来が現在と、また過去と結ばれ、
 春が秋に近づき、夏が冬と交わり、
 青春が戯れる真面目さで老年に肩を寄せれば、
 わがいとしの殿方、そのときこそ苦痛の泉は枯れ、
 すべての感覚を満たす望みは叶えられましょう」

 王妃はそう答えると、麗しい王に抱擁された。

 「よくぞ話しておくれた。
 ついに至上の言葉がまことそなたの口から発せられた。
 それは、心ある人の口元に浮かんではいたが、
 そなたの口をついてはじめて、清らに力強く響きわたった。
 急ぎ馬車を曳け、われ自らおもむいて、
 まずは一年の四季を、それから人間の四季を迎えるとしよう」

 「王」がハラフを指し、「ペトラ」が伝説にあるハラフの妻、女王ペトラであることはわかったものの、謎を解くカギにはなりそうにない。
 やむをえず歩を進め、二つ目の神殿に入る。

●ステスシルの悲劇

 二番目の神殿も、基本的な構造は最初と同じだった。
 またもやタペストリがある。
 そしてその前には、エルフの形をとった幽体が立って、すすり泣きをあげていた。
 不死の魂、ハウント(ホーント)である。なかでも、これは「バンシー」という種類のハウントらしい。
 「ローフル」なグレイが近づくと、バンシーの周りのエクトプラズムに阻まれ、結果、彼は10歳老化してしまった!
 だが、リスクは大きかったものの、なんとか話を聞くことができた。
 このバンシー(名前はステスシル)は、かつてはこの神殿に住んでいたカラーリー・エルフだった。
 神殿は、この地を統べる「力」を統御するための施設で、ステスシルはその守護者だったのである。
 しかしある時、「力」が暴走し、調和は破れた。
 こうして島は湖の底に沈み、エルフたちはアンデッドとなってこの地に縛り付けられたのだった。
 ここまで語るとバンシーは、これ以上生きていることほど苦しいことはない、自分を哀れに思うのならば殺してくれ、と嘆願した。
 「ローフルの」ヨブはそれを聞き入れ、ひと思いにステスシルを斬った。
 残されたタペストリにはこう書かれていた。

 ●第二のタペストリ

 疲れ果てた時の、疲れた心よ。
 善・悪の網をきっぱり切って、来い、
 おまえの魂は、いつまでも若い、
 霧はいつも輝いていて、薄明は灰色だ、
 中傷の火に焼かれながら、
 希望はなく、愛も失われていくけれど。
 来い、心よ、丘が丘に連なるところへ、
 そこには、虚ろな森と、丘をなす森の、
 神秘的な兄弟たちがいる、
 そこでは変わっていく月がその意志を遂げ、
 神は佇んで寂しい口笛を吹き、
「時」と「この世」はいつも飛び去り、
 愛よりも灰色の薄明が優しく、
 希望よりも朝の露が親しいところなのだ。

●最後の神殿

 3つ目の神殿は、他の二つよりもずいぶんと規模が大きかったが、基本的な構造は同じであった。
 巣喰っていたベルヤー(水中に住むヴァンパイア)を退治して奥に進むと、左右対称の四つの部屋があった。中央には台座が据えてある。
 いったん離れ、神殿の中央を進んで行くと、男女二人のエルフが立っていた。
 男はテレリィ・フィンゴルフィン、女の方はハービンガーと名乗った。
 男は手にワンドを、女の方はロッドを持っている。
 背後には、虹色の空間が口を開けていた。
 彼らこそが、この場所で一行を待ち受けていたカラーリー・エルフだった。
 二人はうなずくと、タモトの持つ斧の秘密と、この神殿のいわれを語りはじめた。

●『武器』の秘密

 ハラフ王が最後の戦いを終え、天上に召されたとき、彼が手にしていた『剣』は、この神殿に納められることとなった。
 『剣』のほかにも、彼の仲間たちが持っていた武器はそれぞれ、その最も信頼できる部下の手によって、ここに運ばれた。
 武器はそれぞれ、このカラメイコスの地を統べる、ある種の「力」を象徴していた。
 ハラフは、その「力」が拡散し、悪しきものの手に渡ることを恐れて、武器をこの地に集め、安定を保つことにしたのである。
 武器は全部で4つ。『槍』と『斧』と『メイス』、そして『剣』である。
 『槍』に属する第一の「力」とは「物質」である。それは破壊に耐え、不変と安定を象徴する。ローフルの性格とファイターのクラスに属し、「時間」と敵対し、「思考」に秩序を与える。また、それは「大地」から力を得る。
 『斧』に属する第二の「力」とは「エネルギー」である。それは数多くの力と活動の源である。ケイオティックの性格とデミヒューマンに属し、「時間」による荒廃に対抗して、「物質」を最も高い領域に押し上げようとする。それはまた、「炎」から力を得る。
 『メイス』に属する第三の「力」とは「時間」である。それは万物に変化をもたらし、大局的な安定を保つ。あらゆるところに存在し、過去の流れを再循環させる。ニュートラルの性格とクレリックに属し、変化に対応した「物質」と敵対する。そして、「エネルギー」の減少をもたらし、「思考」に歴史の教えを授ける。「時間」は「水」から力を得る。
 『剣』に属する第四の「力」とは「思考」である。すべての存在を分類し、他のあらゆる領域をその道具とする「思考」こそが、神(イモータル)の本質である。「思考」は具現にして哲学、そして理解を象徴する。あらゆるアラインメントとシーフのクラスに属し、「エネルギー」の混沌とした過剰さに敵対し、「時間」の効果を操作して、「物質」に、力と秩序と形を与えようとする。
 そう、タモトの持つ「ジルチェフの欺きの斧」こそが、この「エネルギー」に属する伝説のアーティファクトだったのである。
 しかし、他の武器はどこにあるのだろう?

●「エントロピー」

 一行の疑問に、テレリィは力無く首を振った。「エントロピー」の力によって、すべては失われてしまったのだ。
 「エントロピー」は、別名「死」と呼ばれ、その目的はあらゆるエレメントとは無関係に、この多元宇宙そのものを完全に破壊することにある。
 「エントロピー」は多元宇宙という名の織物のほころびであり、腐敗・風化・消失を象徴する。これは万物に停止をもたらし、忘却を引き起こす。
 そのうえ、「エントロピー」そのものは他の力がなくては存在できず、忘却をもたらす前に、まず征服の対象を求める。
 「エントロピー」は「物質」を破壊し、「エネルギー」を停止させ、「時間」を停滞させ、新たな「思考」を止めようとする。
 「エントロピー」を司っているのは、「ロキ」という名のイモータル(神)であった。「ロキ」は、神殿を守っていたエルフたちを、巧みな言葉でたぶらかして、神殿内に「エントロピー」の力を持ち込んだ。
 征服のための媒体を得た「エントロピー」はすぐさま膨張を重ね、「武器」の力は信じられないほど大きなものとなった。エルフたちは有頂天となり、本来の職務を忘れて、「力」を用いて気ままに振る舞った。
 そのため、彼らは神の罰を受けたのである。神殿は沈み、武器はいずこかへ拡散した。
 後に残ったのは、ロキの高らかな笑い声だけだった……。
 ――そこまで語り終えると、テレリィは一息ついた。大きく息を吸って、続ける。
 武器はしばらくの間はそのなりを潜めていた。しかし、最近になってその力の暴走が顕著になってきた。
 もはや一刻の猶予もない。武器を集め、しかるべきところにて「安定」させる必要があるのだ。
 彼らの説明によれば、一つ目のタペストリの詩句は「安定」を歌っており、二つ目のそれは「エントロピー(薄明)」の浸食を象徴しているとのことだった。

●シャドウ・エルフ

 そのときだった。
 彼らの背後の虹色の空間から、髪や肌の色が異なるほか、まったく瓜二つのエルフが現れ、絶叫した。
「騙されてはならない、こいつらの言うことはすべてまやかしだ!」
 エルフの亜種、シャドウ・エルフである。
 彼らは、エルフの国アルフハイムの地下に「星の都(シティ・オブ・スターズ)」という国を建設して住まい、地上での覇権を虎視眈々と狙っているらしい。
 アルフハイムのエルフたちの側は彼らのことを快く思ってはおらず、双方はことあるごとに敵対しているのである。
 男は告げた。
「奴らに武器を渡せば、それこそ世界の破滅が訪れる。我らと一緒に来て「星の都」を地上に建設するための力を貸すのだ。それこそが、最善の道である!」
 戸惑う一行。シャドウ・エルフたちは言葉巧みに語りかける。
 女のほうは、「星の都」がシャドウ・エルフのみならず、あらゆる生き物にとってどれだけすばらしい楽園であるのかを嬉々として歌い始める。

※途中引用された詩は、ノヴァーリス『青い花』(青山隆夫訳、岩波文庫)と、イェイツ『ケルトの薄明』(井村君江訳、ちくま文庫)の掲載作を下敷きに、シナリオに合わせて変更・改訳を加えたものです。


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2022年08月10日

児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる『魔術師の島が呼んでいる』リプレイ

 2022年7月31日の「FT新聞」で、新刊『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)が好調の齊藤(羽生)飛鳥さんによる、『トンネルズ&トロールズ』完全版小説リプレイ「屈強なる翠蓮とシックスパックの魔術師の島が呼んでいる」が掲載されています。書き下ろし!

T&T小説リプレイvol.13『魔術師の島が呼んでいる』 FT新聞 No.3476
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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.13
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お久しぶりです。
このたび、6月30日に新刊『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行しました。
初めて書いた大人向けの長編で、なおかつ続編と言った具合に初めて尽くしで、いまだに緊張感が抜けきれておりません^^;
さて、わたくし事はここまでにして、『魔術師の島が呼んでいる』は、久しぶりのシックス・パックとの冒険でしたので、楽しくてたまりませんでした。
非常に今さらながらのことに気づいたのですが、シックス・パックがいると、自作キャラクターとのやりとりがどんどん想像(妄想?)できて、プレイがはかどります^^
創造的インスピレーションを与えてくれる女神はミューズですが、男神はシックス・パックなのかもしれません^^


※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『魔術師の島が呼んでいる』リプレイ
『〈屈強なる〉翠蓮とシックス・パックの魔術師の島が呼んでいる』

著:齊藤飛鳥
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0:屈強なる導入

あたしの名前は、〈屈強なる〉翠蓮。
黒髪色白がチャームポイントの、18歳の人間の女戦士ネ。
「おい、翠蓮。"恐怖の街"名物の酒が売っているぜ! 飲みに行こう!」
あたしの隣で汚い声でやかましく騒ぐアル中岩悪魔は、シックス・パック。
別名、あたしのかけがえのない心の友で、旅の相棒とも言うヨ。
「シックス・パック。その前に新しい冒険の情報を探すのが大事ネ。酒はその後ヨ」
あたしらは今、"恐怖の街"ことフォロン島のガル市内の探索をあらかた終えて、どっしりと腰を据えて、これからどこへ行って何の目的で冒険するか、相談し合うところだったネ。
ところが、このアルコール漬け岩悪魔は、酒を優先し始めたヨ。
「だったら、"恐怖の街"で有名な〈黒竜亭〉で冒険の情報を探そうぜ! そうすりゃ、酒も飲めるし、一石二鳥だ!」
「おまけに、酒を飲みたいとうるさいてめえの口を黙らせられるから、一石三鳥ネ」
「つまり、賛成ってことだな? よし、さっそく〈黒竜亭〉に入ろう!」
こうして、あたしらは仲良く〈黒竜亭〉に入ったヨ。


1:屈強なる酒場

悪党どもの巣窟として知られるガルの中でも、〈黒竜亭〉はとびきりガラが悪いってことで有名ネ。ぶっちゃけ「悪名高い」と言った方が正解かもしれないヨ。
でも、あたしらもおせじにもガラがいい冒険者ではないから、いっこうに問題ないネ。
酒と冒険者どもの汗の匂いという、入り混じってはいけないものが入り混じった異臭が漂うこの酒場に入ると、市内散策中に知り合った盗賊長マイクと相棒の青年レイスがいたヨ。
二人は、精悍なエルフと同じテーブルについていたけど、あたしとシックス・パックに気がつくと、目配せをしてきたネ。
「ちょうどよかった、お二人さん。このエルフの兄ちゃんの相談に乗ってやってくれねえか。名前は、ラザンと言うんだ」
相談とは、すなわち冒険をしてほしいという依頼。
すかさず、シックス・パックが食いついたヨ。
「いいぜ。では、ラザン。お近づきのしるしに冷たいのを注文してもらうぜ」
「わかった。ウェイター、とりあえずエール酒を2、3本。枝豆かチーズを添えて頼む」
ラザンは、相当思いつめているらしい。
さもなければ、ただ酒が飲みたいだけの岩悪魔の口車に乗せられないネ。
シックス・パックが、あたしの分として注文されたエール酒を飲み干し、なおかつおかわりを注文している横で、あたしはラザンの話をきいた。
それによると、ラザンは恋人を"漆黒の鷲"子爵にさらわれ、身代金として彼女の体重分の純金と、"ダークスモークの喜び"と呼ばれる珍しい麻薬を要求されているとのことだった。
「子爵の奴、ご丁寧に、純金は〈恐怖島〉と呼ばれるバリートの火山島に、"ダークスモークの喜び"はガルから船で東に行ったダークスモークの島に、それぞれあると教えてきたんだ」
「子爵、採取場所を知っているなら、てめえで行けよと言いたくなるくらい、詳しく知っているネ」
「まったくだ。そのために僕の愛しい人をさらうなんて最低最悪だ」
「しかし、わからねえのは、どうして子爵はおまえの恋人に目をつけたかってことだ。おめえ、何か過去に子爵の逆鱗に触れることでもしたのか?」
シックス・パックは、酒が入れば入るほど好人物になるらしく、いかにも親身と言った感じでラザンに尋ねるネ。
「逆鱗に触れる……そうだな。僕のような平凡な男に対し、恋人は豊満な美女ということが、嫉妬という名の逆鱗に触れたのかもしれない……」
すると、小声でレイスがそっとあたしに耳打ちしてきた。
「ラザンの恋人は美女と言えば美女だが、体重はこの島の女性で一番あるんだ」
「あー……すごく察したヨ」
子爵が人質の体重分の純金を要求してきた時点で、気づいておくべきだったネ。
「問題は、2つの島が遠く隔てられていることなんだ。君達が引き受けてくれるなら、僕とマイクさんとレイスさんは〈恐怖島〉へ、君達にはダークスモークの島へ手分けして赴くことになる」
ラザンが話を進めたのを受け、レイスは気を取り直して、あたしとシックス・パックに言った。
「もし、引き受けてもらえるなら、信頼の証としてこの〈ジティアの目〉を託そう。これは《幻覚破り》の呪文をかけたように幻を見破る効果のある魔法のアイテムだ。きっと嬢ちゃん達の役に立つ」
「どうする、シックス・パック? この冒険、引き受けるカ?」
「ここまで相談に乗っちまったんだ。引き受けるしかねえだろう」
「そうこなくちゃネ!」
というわけで、あたしらの今回の冒険は人助けのために、人を破滅させるヤバい草探しに決まったのだったヨ。


2:屈強なる船出

ダークスモークの島へは、ガルの港から出向しているメインランド(ユニコーン大陸)行きの船で行くことができる。
それと言うのも、さまざまな島を経由していて、そのうちの一つにダークスモークの島があるからヨ。
「正規の船でたどり着けるのは、ありがてえ。問題は乗船料だ。翠蓮、おめえの手持ちはいくらある? ちなみに俺は何もねえ。オケラちゃんて奴だ」
「誓いどおり、報酬は山分けにしておいたのに、あたしが里帰りやジークリットちゃんに紹介されて単独の冒険をしていた間に素寒貧って、どんだけ浪費したヨ!」
「宵越しの金を持たねえのが岩悪魔の美意識なんだ。細かいことは気にするな」
「堅実に酒場経営して蓄財もしっかりしているおまえの兄ちゃんから、ニードロップを食らっちまえヨ!」
「兄貴は兄貴、俺は俺だ。で、乗船料はどうするんだ? 払えるのか? 払えねえのか?」
「飲んだくれに払う乗船料なんざ、ビタ一文ないサ」
と、友好的な話し合いの結果、あたしらは仲良く船員としてガル発いろいろな島経由メインランド行きの商船の船員として乗り込んだネ。
あたしはかわいくてお行儀がいいので、船内のレストランのウェイトレス。
シックス・パックは酒に汚いことを警戒されて、厨房や食料貯蔵庫からほど遠い甲板掃除担当になったヨ。適材適所とは、このことサ。
〈竜の息〉と呼ばれる風を受け、数日の間、船旅は順風満帆だけど、船酔いにやられて、耐久度が2下がったヨ。
それでも、あたしらが乗っている商船・3本マストのキャラック船〈シルヴァー・プリンセス〉号は、遠距離航海と積み荷や人員の運送に特化した作りとなっていて、まだまだ船酔いは軽い方らしいネ。
船長と航海士長ほか船員12人プラス臨時の船員のあたしとシックス・パック。それに13名のお客様が乗っているヨ。食糧の積載は2ヶ月分。超大型弩等の武装も備わり、長旅でも安心できそうな安全設計ネ。
ダークスモークの島までは、当分つきそうにないから、あたしは休憩時間を利用して船内の散策をすることにしたヨ。
まずは、船員たちと交流して情報入手ネ。
船員たちの間では、タロットが流行していたヨ。
「おう、翠蓮たん。よかったらただで占ってやるよ」
「ありがたいネ」
さっそくタロットカードを引く。
そこには、逆さ吊りにされた男が描かれていたヨ。
「変なカードの絵を引いてしまったネ。このカード、どういう意味ヨ?」
ざわつく船員たちにきくと、一等航海士のホジスンが意を決したようにあたしの肩に手を置いた。
「そのカードは吊るされた男。意味は逆境、忍従、試練……。縁起でもないな」
「そうなのカ? シックス・パックと一緒にいれば、どれも日常茶飯事ネ」
「どこぞの魔術師に聞いた話だが、なんでもどこぞの次元界には、吊るされた男という名の力を持つ美少女キラー(物理)の男がいたんだとか。ちょうど翠蓮たんみたいな美少女は、餌食にされそうだ。だから、縁起が悪いと言ったんだ」
「考えすぎじゃないのカ、それ?」
「とんでもない。それと、もう一つ。これまたどこぞの魔術師に聞いた話だが、なんでもエフティラという次元界では、門を守る巨人による定命ものを試す試練として、タロットや抽象ゲームが使われるらしいぞ」
船員たちは、そう言いながら腹を抱えて笑ったヨ。
大海原では、現れるはずもない突飛な怪物の話をすることが、何よりの気休めになるとの話だけど、娯楽がどんだけないネ、こいつら。


3:屈強なる船上

それから、7日が経過したヨ。
船は〈竜の爪〉の海域を進むが前方、北西の方角に、ガイヤニールの島が見えてきたネ。
すると、その周辺に停泊してきた衝角船が突っこんで来た!
なんてことヨ、海賊サ!
突進を回避しきれず、〈シルヴァー・プリンセス〉号が激しく揺れるネ!
「うわあ!」
いつも隙あらばあたしの尻を触ろうとしてきたウェイター長が、真っ逆さまに海へ落下していったヨ! よくやった、海賊!
「ぎゃあ!」
「ひええ!」
でも、船員2人を落下させたのは許せないネ!
「翠蓮、海賊たちが乗りこんできやがった! 戦闘だ!」
「心得たヨ!」
シックス・パックと一緒に、あたしは船に乗りこんできた海賊たちと戦闘を開始した。
海賊たちは半人半漁のトリトンだったネ。
その数、4体!
「トリトンは《炎の嵐》の呪文を使えば、あっという間に半数を吹き飛ばして戦闘不能にできるぞ!」
ホジスンが、操舵室に避難しながらアドバイスをくれる。ありがたいけど、おまえも戦えヨ。
「アドバイスありがたいけど、あたしらはそんな上等な魔法は使えないサ!」
「そのとおり! こうなったら、力押しあるのみだぜ!」
「承知ネ!」
あたしらが気炎を吐いたところで、海賊どもが笑い始めたヨ。
「笑止! 酒臭い岩悪魔と小娘ごときにやられる我らではないわ!」
「2人まとめて仲良くカザンの闘技場へ売り飛ばしてくれる!」
いちおう、話し終えるまで待ってやるのが礼儀なので、あたしはトリトンが今生最期となる言葉をきき終えてから、持っていた懐中時計のボタンを三度押してヴォーパル・ブレードに変え、トリトンその1を袈裟懸けに斬ってやったネ。
一撃では倒せなかったけれど、それでもMRを半分以上削ることができたので、そそくさと逃げて行ったヨ。
「いい武器を手に入れたじゃねえか、翠蓮! 俺も負けてられねえな!」
シックス・パックも、トリトンその2をヘビーグラディウスで真っ向唐竹割りしにかかる。
あいにく致命傷にはならなかったけれど、逃げて行ったからよしネ……て、あの野郎! 逃げて行くついでに、船員を1人海に引きずり込んでいきやがったヨ!
「こいつはやべえ! 早いところ倒しちまおう!」
「おうともサ!」
しかし、あたしらの奮戦むなしく、戦いが終わる頃には船員2人と乗組員2人が犠牲になってしまったヨ……。


4:屈強なる話し合い

戦いが終わり、船は静けさに包まれていたヨ。
そりゃそうサ。合計7人もの船員と乗組員が海賊どもによって海へ引きずりこまれたのだから……。
生きていても奴隷にされるだけとは言え、もしもまた会えたら助けたいヨ、ウェイター長以外。
「おかしい。充分な額の通行料を払っていたのに」
船長の独り言をよそに、船は目的地目指して進み続ける。
平穏無事な5日間が経過したところで、島が見えてきたネ。
島の名前は、ヴェラランド。「ブログル(オーガー)の女王」ヴェラが治める領域ヨ。
船長と一等航海士が何やら話し合っているところへ、船客の魔術師アシュヴィラが混じったネ。
なーんか、気になる雰囲気ヨ。
それはシックス・パックも同じだったネ。
「ゴチャゴチャ話さず、俺様も混ぜやがれッ!」
三人の話の輪にいきり立って飛びかかったヨ、この飲んだくれ岩悪魔!
「飛び入り参加はともかく、飛びかかり参加は相手に迷惑ネ!」
あたしがシックス・パックを羽交い絞めにして、そのままチョークスリーパーをかけてやろうか検討していると、アシュヴィラがほっとため息をついたヨ。
「船長に頼まれて《魔力感知》の呪文を広範囲にかけてみたのですが、このあたりの海域に未知の転移門が口を開けているようです。おそらくヴェラ女王の仕業でしょう」
「グェッ、そこから化け物がやって来やがるのか」
シックス・パックはそう言ってから、
「とんでもないサディストだから近づいたら駄目だ」
と首を振る。
いっちょまえに意見できるとは、さてはこいつ、隠れて一杯飲んできた後ネ。
「わかっています。だけど、転移門はどれも落とし穴程度の規模しかないから、門から発せられる魔力を押し留めればいい。運よくわたしはその力を押しとどめるのに役立つ豪華な魔法の杖を持っているから、机上の空論なんかじゃありません。でも……」
「『でも……』何か問題があるカ?」
アシュヴィラが顔を曇らせたので、あたしは心配になって尋ねる。
「杖の力を十全に引き出すには、乗員みんなの力を合わせる必要があるのです。杖が門の位置を指示し、そこから放出される魔力と出現する怪物の力を、一時的に抑制させ、その隙に船を通過させるには……」
「そんなことか。よし来た。何もやらねえよりはマシだ。いっちょやってみようじゃねえか!」
船長でもないのに、シックス・パックが決断を下す。
でも、他に方法がないので、船長もアシュヴィラの作戦に賛成したヨ。
「では、まいります。よろしいですか?」
「いいとも!」
「どんと来いネ!」
あたしとシックス・パックのみならず、船員も船客たちも、みんな必死になってアシュヴィラに協力したヨ。
おかげで、普段めったに使わないあたしとシックス・パックの魔力度と、アシュヴィラの杖が犠牲になったけど、どうにか転移門を突破できたネ。


5:屈強なる停泊

「くたびれたぜ……」
「あたしもサ……」
何とか転移門を突破できたけれど、船内は疲れ切った乗員乗客が死屍累々すれすれの有様で転がっていたヨ。
このまま航路を東にとって順調に進み続ければ、あたしらの目的地であるダークスモークの島に到着するはず。
でも……。
「ダークスモークの島の周りは珊瑚礁に囲まれているので、ぐるっと回っていかねばならない。だから、人間の都市ルブラで1日停泊して、船の簡単な補修と補給をしてからでいいかね?」
「マジかよ! あんなに頑張ったのに、すぐにダークスモークの島へ行けねえのかよ!」
船長の説明に、シックス・パックが抗議の声を上げたので、あたしはすかさず貯蔵庫から持って来た酒瓶をシックス・パックの口へ突っこんでやったネ。
「船長さんの判断に賛成ヨ。補修と補給は大切サ」
「ありがとう」
船長の感謝が、賛成したことに対してなのか、シックス・パックを黙らせたことなのかはわからなかったけど、細かいことは気にしない気にしない。
こうして、船はルブラに停泊することになった。
久しぶりに揺れない場所に立ちたいあたしと、ルブラの地酒を飲みたいシックス・パックは、ルブラに降りて時間をつぶすことにしたネ。
ルブラは、人口12000人の都市で、ここではこれまで倒したワンダリング・モンスターの死体を換金できるそうだけど、4人の海賊トリトンたちは半殺しにしたところを逃げられたから、換金できるモンスターがいなくて残念ヨ。
「おい、そこのおまえ! そう黒髪ツインテのおまえだよ!」
いきなりルブラの港の役人が、あたしに荒っぽい口調でつめ寄って来たネ。
「この街の法律では、金髪か無毛でなければならんと義務づけられている! この街を歩きたいなら、髪を金色に染めるか、丸刈りにして来い!」
「何だヨ、その謎ルール! 乙女の黒髪に対する冒涜ネ!」
あたしが役人につめ寄ると、シックス・パックがすかさず止めに入る。
「よさねえか、翠蓮。髪の色を変えるか髪を失くすかすれば、街を歩きたい放題なんだから、楽勝じゃねえか」
「どこがネ! 冒険から帰ったあたしが金髪や丸刈りになったせいで、恋人のジーナから『ごめんなさい。わたし、黒髪の子が好きなの』と捨てられたらどうしてくれるヨ!」
「大丈夫、ジーナはそんな小さい女じゃねえ!」
シックス・パックになだめられ、確かにそのとおりだとあたしは思い直したネ。
「わかった。では、船内に戻って髪染めを探して来るヨ」
あたしは船内に戻り、髪染めはないかホジスンにきいてみたところ、あるとのことだったので、無事に金髪の翠蓮になって再び街へ出たヨ。
シックス・パックはルブラの地酒を飲んで上機嫌だったけど、あたしはなれない金髪がゆううつで、それどころではなかったネ。
船に戻ると、舳先の女神像へと目が行く。
生命の女神ゴローともゴレーとも呼ばれる女神様の像ヨ。
「妙だな。舳先の女神像が三体に増えているぜ」
「増えてねえヨ。シックス・パックが酔っているだけネ」
そんなやりとりをしてから、あたしらは船内に戻った。


6:屈強なる海難

船はルブラを出港し、サンゴ礁を迂回してダークスモークの島の周囲を回っていく。
すると、嫌な感じに雲行きが怪しくなってきたヨ。
案の定、空が赤く染まって雨が降って来たネ! 
船員たちは阿吽の呼吸で帆を畳むけど、雨の勢いは強くなる一方サ。
そこでバケツを渡され、水を書き出すリレーにシックス・パックと一緒に参加することになったけど、シックス・パックの目がキラリと光ったネ。
「フッフッフッフ……。今こそ俺の〔船大工〕のタレントを発揮する機会が来たぜ!」
「マジか! いつになくおまえが頼もしく見えるネ!」
ここからシックス・パックは別人のように獅子奮迅の大活躍だったヨ。
おかげで、船員たちからもプトレクシア神もお褒めになると賞賛の言葉を浴びせてくれたネ。
「そのプト……何とか神って、どんな教義の神さまネ?」
「『自分のことは自分でやれ』って教義の神さまだ」
「つまり、自分の面倒を自分で見られる岩悪魔や人間が好きな神さまってことか。いいね。そういう神さまの方が信頼できるぜ」
バケツで水をかき出しながら、シックス・パックはかっこつけて言うヨ。
まだ嵐に見舞われているのに、余裕ネ。
でも、「もうだめだ!」と騒がれるよりはいいカ。
そんなことを思ったそばから、船が大きく揺れる。
あたしとシックス・パックは吹っ飛ばされて帆桁に叩きつけられたネ!
「いてえ!」
あたしらが仲良く痛みで甲板の上を転げまわっていると、アシュヴィラが嵐の海を指差したヨ。
嵐のせいでよく見えないけど、微かに軍艦のような輪郭が見えるネ。
「あれは、女海賊クリスタルの船! でもなぜ? クラッシング海を暴れまわった挙句、ダークスモークの島に攻め入って滅ぼされたはずなのに……」
「そうなると、答えは一つ。幽霊船ってことだな! おい、この船にバリスタが積んであったよな? あれを打ちこんで撃退しようぜ!」
「シックス・パック。名案だけど、射手さんが恐ろしさに震えて生まれたての子鹿のようにプルプル震えているから、打ちこむのは難しいネ!」
「だらしねえな! 俺様はバケツで水をかき出さねえとならねえから、翠蓮。おまえがやれ!」
「わかったネ! 昔のあたしなら、器用度が9しかなかったけれど、シックス・パックと単独で冒険していた間に2倍の18にまで増えているヨ。だから、余裕ネ!」
「おい! どうしてそうやってはずす前振りみたいな発言をするんだよ! 不吉だろうが!」
シックス・パックの声を聞き流し、あたしは幽霊船めがけてバリスタを打ちこんでやったヨ。きれいなクリティカルヒットだったサ。
幽霊船は、すぐにあたしらの乗っている船から離れていったネ。
「あれは夢だったのか?」
船長が、額から流れ出る汗を手の甲で拭いながら、幽霊船のあった方を見つめるヨ。
「夢なんかじゃありません。クリスタル船長はまたクラッシング海へ戻っていったんです」
アシュヴィラも、まだ青ざめた顔のまま答えてから、あたしの手にしっかりと両手剣が握られているのに気づいたネ。
「翠蓮、それ『夢歩きの両手剣』じゃありませんか」
「何、ソレ?」
「伝説のデンダイス・ソードです。敵が不死なるものの化身だった場合、攻撃力が3倍になる優れ物なのですよ。きっと自分たちと対等に戦ったと思ったクリスタル船長が、あなたへの敬意としてプレゼントしてくれたのでしょう」
いきなり握らされたので、呪いの武器かと思ったけど、すごくいい武器だったヨ!
「いいなぁ、翠蓮……」
シックス・パックが物欲しそうに剣を見ているネ。
しまいには、柄にもなく目をウルウルとして上目遣いをしてきて気味が悪かったので、あたしはこう言うしかなくなった。
「……あたしが装備するには重量点がありすぎるから、よかったらシックス・パックが装備するカ?」
「いいのか! ありがとうよ!」
シックス・パックが、さっそく「夢歩きの両手剣」を試しに素振りをしていると、荒れ狂う雨風をものともせず、船を丸ごと呑みこめるサイズの巨大な〈白海蛇〉が接近してきたヨ!
「何じゃ、あの巨大なモンスター!」
「こ、ここは話し合いを試みるに限るネ!」
到底勝てる見込みがないので、あたしらは〈白海蛇〉と話し合いを試みたヨ。
「あー、あー。テストテスト。本日は晴天なり」
「落ち着け、シックス・パック。今は土砂降りネ! ここは喉を叩きながら『我々ハ友好的ナ冒険者』と挨拶するヨ!」
あたしらが話しかけようとするよりも先に、アシュヴィラが〈白海蛇〉へ弁舌さわやかに語り出したかと思うと、まばゆい光が発せられ、次の瞬間にはアシュヴィラも〈白海蛇〉もどこにもいなくなっていたネ!
「あれは何だったんだ……?」
「わからないヨ……」
あたしとシックス・パックは、〈白海蛇〉の脅威から助かったことを喜ぶよりなにより、茫然とするしかなかったネ。


7:屈強なる島

いくつもの難局を切り抜けたのち、嵐は徐々に収まって少しずつ雲に切れ目が見え、陽の光が差しこんできたヨ。
北東にようやくあたしらの目的地であるダークスモークの島が見えてきたネ。
東にぐるりと回りこめば、島の唯一の集落、名もなき村へと行き着けるはず。
でも、眼前に、巨大な楕円が幾重にも連なり、渦巻きのように見える亜空感への入り口が開いているヨ!
「おい、翠蓮。あれ、俺様たちの暮らす〈トロールワールド〉と別世界のジンドを取り結ぶ、巨大な転移門じゃねえか?」
「うん。もう危ない予感しかしないネ……」
あたしが言い終えるか言い終えないうちに、雷のとどろくような音がしてきたヨ。
そして、門から青銅色の瞳をした身長6メートルのタイタンが姿を現したネ!
「我はマニュマー、エフティラ次元界のタイタンなり。よくぞ来た! ここから先へ行きたければ、汝らは試練を乗り越えねばならぬ」
うわ、こいつがタロットをしてもらった時の雑談に出てきた、次元界の門を守る巨人ネ!
面倒くさい奴が出てきちゃったヨ!
内心うんざりしていると、物怖じしないシックス・パックは、
「試練だかなんだか知らないが、そのエルフ次元界とやらに、美味い酒はあるのか?」
と、大真面目に質問する。
「汝らが我がニムトの試練に同意すれば、何も言うことはないぞ」
こんな酔っ払いの質問に答えちゃうのかヨ、タイタン!
「やっぱ隠してやがるんだな」
「おい、シックス・パック。何を得心しているネ。タイタンは一言も酒の話なんかしてないサ。会話のキャッチボール、ちゃんとしようナ?」
試練を受ければ美味い酒をもらえると超解釈をしやがったシックス・パックのおかげで、あたしらはタイタンの試練を受ける羽目になった。
タイタンが手を上げると、門から巨大なこん棒が表れ、それらは宙を飛び交い、1列め5本。2列め7本。3列め9本と上から順に3列を形成したネ。
「君たちと私で勝負をする。手番は交互に回ってくる。自分の番が来たら、同じ列の棍棒を好きなだけ取ってよいが、別の列のものは取れない。最後の1本を取ったら勝ち、というわけだ。先手は君たちだ。どの列から何本取る?」
よりにもよって、知性度低いあたしには不向きな試練だったヨ!
でも、ここは知恵を絞りまくるネ!
「5、7、9……どれも奇数だから……こっちも奇数を取ってみるカ。よし、決めたヨ。1列めの5本からは3本取る。2列めの7本からも3本。3列めの9本からは5本取るネ!」
「おいぃー! もっとよく考えてから答えろよ、翠蓮!」
シックス・パックが悲鳴を上げる。
「相棒の岩悪魔の言うとおりだ、人間よ。ルールも内容もろくに理解できていないではないか!」
シックス・パックのツッコミよりも、タイタンの逆鱗の方がヤバかったネ。
タイタンのツッコミハンドによって発生した暴風によって船は流され、あたしらは意識を失ったヨ。
気がつくと船は残骸と化していて、そのまま何週間もの漂流を余儀なくされたネ。
そして、はるか南、ゾル(イーグル大陸)に漂着したヨ。
「みんなツイているネ! ここ、前にあたし来たことがあるから知り合いがいるし、小銭も稼げるから、帰れるヨ!」
タイタンの試練を間違えて、みんなに多大な迷惑をかけた自覚が十二分にあったあたしは、責任をもってみんなをカーラ・カーンのおっさんのお宅、別名「ゾルのモンスター迷宮」へご案内したネ。
そこで、大活躍した船長やホジスン達がカーラ・カーンにスカウトされたのは、また別の話。
「結局、今回は冒険をミスっちまったな」
「こーゆー冒険もあるサ」
そういや、前にタロットカードで占ってもらった時、今回の冒険は「逆境」「忍従」「試練」だと占われたけど、ドンピシャの大当たりだったヨ。
今度から、少しは占いを信用するネ。
そんな教訓を得たあたしは、まだ金髪のままの髪を気にしつつ、シックス・パックと一緒にまたぶらぶらと新たな冒険を目指して旅を始めたのだったヨ。

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2022年6月に『蝶として死す 平家物語抄』の続編で初長編『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が遷都した福原の平清盛邸で続発した怪事件の謎解きに挑む。雪の山荘を舞台にした館ミステリ。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
『GMウォーロック』Vol.5 収録
 ソロアドベンチャー『無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〜魔術師の島が呼んでいる〜』
 作:岡和田晃
 協力:吉里川べお
 発行 : グループSNE/書苑新社
 2022/4/15 - 2,420円
posted by AGS at 13:24| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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