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『モンスター! モンスター!』と私
岡和田晃
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●ファジーなシステム、T&T
このところ、『トンネルズ&トロールズ』(T&T)におけるルール裁定がどうあるべきかが一部で話題になっています。発端は、熱心なT&Tファンである、けいねむさんの問題提起のようでした。ルールの適用やシナリオの運用については、GMはどこまで恣意的であるべきか、という話です。
現在、RPGはシステム面でもユーザー面でも多様化し、あらゆるセッションに共通して当てはまる事例というのは成立しづらくなっています。ただ、T&Tは数あるRPGのなかでも最大級にバランスブレイキングなシステムであると同時に、GMサイドでもPLサイドでも、それをファジーにコントロールしやすいシステムであります。暴れ馬のようであり、優れたカスタムキットでもある。小さくまとまっているようでも、見方をかえればポテンシャルが非常に大きい。このあたりのセンスが絶妙なので、だから私は東海大学文芸創作学科で開講しているゲームデザイン論の教材として、よくT&Tを使っているわけです。
文芸創作の学生といっても資質はまちまちではありますが、講座内で時間をかけてシナリオ素案から書いてもらってブラッシュアップを繰り返していけば、それまでのゲーム経験とあまり関係なく、多くの受講者は作品を完成まで持っていくことができます。ただ、私としては、あくまでも教育の一環としてゲームデザインに取り組んでもらっている以上、今ある自分を表現するだけではなく、自分の殻を破り、もう半歩先を目指してほしいと考えています。そうした題材として、T&Tはなかなかどうして、使い勝手がよいのです。
実例を出せば、T&Tラヴクラフト・バリアントのシナリオ「ドルイドの末裔」(岡和田晃/豊田奏太、「ウォーロック・マガジン」Vol.5掲載)は、講義内で『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(中野善夫訳、国書刊行会、邦訳2018)に収めたスコティッシュ・ケルトの作家フィオナ・マクラウドの短編を読んでもらったうえで、「現代日本を舞台にしない」、という縛りで提出されたシナリオ群の優秀作なのです。
まず、インナー・ヘブリディーズ諸島が舞台というのにはシビれました。謎めいた屋敷を探検する話なのですが、もとの原稿は序盤がサバイバル・ホラーやFPSのムービー・シーンのようだったので、そこをもっと導入らしくなるように私の方で書き換え、H・P・ラヴクラフト「レッド・フックの恐怖」、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、チャールズ・ディケンズ『荒涼館』、W・H・ホジスン『異次元を覗く家』といった古典的な小説の要素を加味して仕上げました。
つまり、全体的に文章面と設定では私の方で徹底的にブラッシュアップを施し、データを練り直したものの、屋敷の構造は原型をできるだけ活かした形にしています。その後、ベテラン・ゲーマーの仲知喜さんにチェックしてもらい、さらなる推敲を施して完成に至りました。完成後は、「学生作品がベースなんて……」と色眼鏡で見ていた方にも、どうやら一目置いていただけたようです。
ホラーをデザインするときには、予定調和と意外性のバランスが大事です。ホラーだとわかっているのに、何も怪異が起きないのではつまらない。出てくる怪異はいくらでもスケールが大きくてかまわないのですが、まるで手も足も出ない、どうにも対処できずにやられて終わるだけではゲームとしての双方向性をとる意味があまりない、というわけなのです。
●ほどよい距離感での〈共同ゲームデザイン〉
T&Tはその設計上、「あらかじめ決められた筋書きの通りにならない」ということを、システムが保証しているとも言うことができます。だからこそRPGらしく予想外な展開が訪れ、ときには忘れられないほどに個性的かつ充実したセッションにもなりえます。
にもかかわらず、T&Tが、最初にGMレスのソロアドベンチャーを発表したRPGであり、今もなおソロアドベンチャーが英語圏でも日本語でも精力的に書かれ続けている代表作というのは面白いことかと思います。
これに対して、「FT新聞」読者にはおなじみの杉本=ヨハネさんが言うには、「「こうすればいい」がないからこそ、「私はこうルールを扱っているよ」の例示であるソロアドベンチャーが必要だったのかもしれませんね。各自が参考にできるが、従う必要があるわけではないという距離感で」ということで、我が意を得たりという思いです。
プレイヤーとGMの間の齟齬はしばしば、「PLは結局のところGMに逆らえないのに、GMの不公平な裁定によってPLが必要以上の労力や負担を強いられたり、PLの創造性を結果としてGMに否定されたりする」という点に帰結します。GMは十人十色なのですが、ソロアドベンチャーでは、その多様なあり方を、読者がまずプレイヤーとして体感することになります。一見、理不尽のようでもそれを上回る何かがあれば納得できるわけですし、ときにはルールを改変したり強いキャラクターを持ち込んだりして、不条理を乗り越える方法を読者は自然に「学習」するわけです。
多人数用シナリオでも、実は同じ。『ベア・ダンジョン』はその大胆不敵な変身ギミックや飛び抜けた数値設定で、『ベア・カルトの地下墓地』は〈熊神の教団〉をめぐるユニークな背景処理で、『アンクル・アグリーの地下迷宮』では大掛かりな罠の設定で、『魔術師の島』では同じ罠でもきめ細やかな仕掛けをもって、シナリオ・デザイナーとそれを運用するGM、そしてPLの間における「ファジーなコミュニケーション」を促進させる仕様なのではないかと言うことができます。
いずれにせよ、T&Tはアナログゲームミュージアム理事の高橋志行さんが言う〈共同ゲームデザイン〉としてのRPGのあり方を、もっとも強く打ち出している作品のひとつなのかもしれません。
●『モンスター! モンスター!』キャンペーン
7月22日に発売されたばかりの「GMウォーロック」Vol.6で私が担当した「T&T情報コーナー」では、T&Tのバリアント(単体プレイ可能な追加ルール)である『モンスター! モンスター!』がらみの状況について、多くの紙幅を割いて紹介しています。
この『モンスター!モンスター!』は、プレイヤーが普段は悪役のモンスターを担当するというコンセプトのRPGなのですが、勧善懲悪をひっくり返した設定もさることながら、担当モンスターをトランプで決めるというユニークな設定が魅力です。
繰り返します。プレイヤーがキャラクターとして成り代わるモンスターの種族は、まったくのランダムで決められるのです! そう、キャラクターメイキングの時に引かされるトランプの種類によって、キャラクターは、ゴブリンにもなればドラゴンにもなり、ヒドラになれば人間の屑にもなれてしまうのでした。
なかなか残酷なルールです。トランプを引いた結果、オークやツァトゥヴァをプレイせざるをえなくなったプレイヤーに号泣されてしまったため(中学生のときの話ですが)、あえなくオークをケンタウロスに、ツァトゥヴァをグリフォンに差し替えを許可したのも、今となってはいい思い出です。
キャラクターメイキングのほかにも、『モンスター! モンスター!』にはさまざまな魅力がありました。システム名の由来を語るケンのユニークな序文をはじめルールブックのあちこちに散りばめられたユーモアもさることながら、迷宮探検家ではないモンスターが、どうすれば冒険点を獲得できるのか、その基準が面白かったのです。
モンスターは普通のキャラクターと同じように、戦闘で勝ったり、使命を達成させたりすることで冒険点を得ることができます。しかしながら、それだけではありません。モンスターとして村人を殺すよりも城からお姫さまをさらってきたほうが多くの冒険点がもらえます。あるいは、単に魔法を使うよりも、腹一杯に食べ物を喰らったほうが、はるかに高い冒険点を得ることができるのです!
深く感動し、『モンスター! モンスター!』にすっかり入れあげた中学時代の私、なんと受験直前(中学三年の二月)までキャンペーンを続け、それまでキャンペーンを完遂することができずにいたのに、なんとか一段落させることに成功しました。
それと引き換えか、絶対合格すると担任に太鼓判を押されていた第一志望の高校に、見事落っこちてしまったのでした。これがカタギの道を踏み外す、修羅の道の始まりだったのは言を俟たないでしょう。
私がそこまでして『モンスター! モンスター!』に入れあげたのは、エキセントリックなシステムのためだけではありませんでした。『モンスター! モンスター!』で呈示された枠組みを使って、自分が抱え込んでいたファンタジーの理想をキャンペーンにぶち込もうと考えていたのでした。
各種資料ルールブックとにらめっこし、フレーバーとして記されていた「カザン帝国」、「商業都市コースト」などの文句を頼りに創造を膨らませ、方眼紙に大陸全土の地図を描いたり、オリジナルの設定をつぎつぎと思いのままに書き連ねたりしていって――T&Tのルールブックには多数のモンスター名が列挙されているのだけれども、それらの生体と分布をデータ化するなどして――当時の自分としては最高レベルのキャンペーン・ワールドを組み上げたのでした。
幸い、モンスター・キャラクターは成長時に上がる能力が格段に大きい。この利点と、先に述べた独自の冒険点獲得システムを生かすべく、私は冒険中に随時、すばらしい行動をとったキャラクターにボーナス冒険点を与えることにしました。そうするとどんどん冒険点が入り、モンスター・キャラクターはめざましい速度で成長していきます。
そんなわけで、私が主催する『モンスター! モンスター!』は、単に怪獣大決戦的なシナリオではなく、『ホビットの冒険』なり、『ゲド戦記』なり『ファイティング・ファンタジー』なり、『ウィザードリィVI』なり、『幻想世界の住人たち』なり、図書館の奥から発掘してきた海外の絵本なりで味付けされた、極彩色で摩訶不思議なキャンペーンと相成ったのです。
そのうえ、あえて悪玉をやらせることで、通常のRPGキャンペーンでは描くことのできない視点から、善悪二元論の問い直し、ゲームでは再現困難な〈時〉のあり方など、観念的なテーマをも自分なりに追求しようとしていました。このときの記録は、私家版のファンジンにまとめたことがあるのですが、その内容をかいつまんで紹介したいと思います。
【キャンペーン概説】
・第一回 「ウッズエッジ村襲撃」(ボス:魔女)
ルールブック付属のシナリオをそのままプレイしたもの。
・第二回「クヌーキー村の惨劇」(ボス:竜殺しの勇者)
前回のシナリオを参考に別の村をデザインしたもの。やっていることはたいして変わりません。
・第三回「グレートフォレストの血祭り」(ボス:エント)
エントに代表される「善の」モンスターどもとの戦いを狙ったもの。
・第四回「海賊都市ガル」(ボス:大怪鳥)
シティー・アドベンチャー。ヴァンパイアのPCの策謀と魔術によって、キメラのPCが荒くれ海賊どもの頭領となるなど、意外な展開が多々ありました。
・第五回「幽霊修道院の秘密」(ボス:シスター・マリア)
モンスター・パーティでのダンジョン探検。
・第六回「カザンの闘技場ふたたび」(ボス:カーラ・カーン)
同名ソロアドベンチャーを改良したシナリオ。非道なPCたちは、闘技場で飼われていたショゴスを計略で自滅させたうえ魔法で甦らせて操り、闘技場もろとも呑み込ませたのでした。
・第七回「精鋭 デルヘイヴン魔法騎士団」(ボス:デルヘイヴン魔法騎士団)
ハンニバルばりの山越えと、攻城戦。
・第八回「グレートフォレスト」(ボス:大蜘蛛)
『ホビットの冒険』での蜘蛛のとの戦いを参考したウィルダネス・アドベンチャー。
・第九回「王女とゴブリンの陰謀」(ボス:ゴブリンキング)
ジョージ・マクドナルドの小説『お姫さまとゴブリンの物語』を参考に、ゴブリンの地下王国をデザインしてそこを征服せんとする冒険。
・第十回「妖精王国」
トマス・カイトリー『フェアリーのおくりもの』(教養文庫)のエピソードを使った、ボス戦のないメルヘン風味の内容。
・第十一回「紺蒼海に眠る宝」(ボス:邪竜ナース)
・第十二回「紺蒼海の伝説」(ボス:バルログ)
別のセッションで使った海洋冒険シナリオのアレンジで連作。ボスは『ロードス島戦記』と『指輪物語』から引っ張ってきていました。
・第十三回「聖なる王国 聖杯は何処へ」(ボス:ラルス)
アーサー王伝説をシナリオに応用。このあたりになるともはやPCは大陸屈指の強さを誇るようになっており、あっというまに王国のヘゲモニーを握ってしまいます。ボスの「ラルス」は、以前に私がやっていた『ハイパーT&T』キャンペーンで参加していたPCを勝手にアンデッド(リッチ)化して再登場させたもの。ひどい!
・第十四回「英雄戦争」
『ハイパー・トンネルズ&トロールズ』(教養文庫)の大規模戦闘ルールを簡略化して、大陸規模の大戦争を(戦力比などをつくって)デザインしました。『ロマンシング・サガ3』を参考にしたので、通称「ロマンシングT&T」。
・第十五回「オーバーキル城ふたたび」
ふたたび城攻め。『指輪物語』の第二部(『二つの塔』)に出てくる馬鍬砦のシーンを意識しました。
・第十六回「明かされた秘密」(ボス:混沌)
涙、涙の最終回。黒幕だと思われていた魔女レロトラーと結託し、彼女が〈時〉を操ろうとして失敗したため呼び出されてしまった、「混沌」(モンスターレートは150万!)を、軍勢を率いて倒すシナリオ。このときの「混沌」の戦いは、2016年に出た『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』でも密かに言及されています。
・外伝一「ウッズエッジ村ふたたび」
人数が揃わなかったときに、ルールブックの付属シナリオを、キャラクターを変えてもう一度やってみたもの。まったくと言っていいほど、展開が変わりました。
・外伝二「打倒 赤いローブの僧侶団」
ソロアドベンチャー『傭兵剣士』を多人数シナリオにコンバートしてプレイしたもの。
・外伝三「トロールストーンの洞窟ふたたび」
T&T第5版ルールブックの付属シナリオをモンスターでプレイしたもの。
以上が私の昔のキャンペーンの概要です。こんな具合でよいとなれば、プレイのハードルを少なからず下げられたのではないかと思います(笑)。
回を重ねるごとに、善悪反転というより、当たり前のようにモンスター・パーティで冒険をする形になってきましたが、最近、英語で発表されている『モンスター! モンスター!』用のソロアドベンチャーやシナリオにも、そういった内容のものが少なくないので、安心させられた心持です。何でしたら、「GMウォーロック」Vol.2に掲載されている「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ、拙訳)をモンスター・キャラクターで挑んでみてください。
T&T完全版では『モンスター! モンスター!』が2019年に出版されましたが(グループSNE/書苑新社)、皆さんも、『モンスター! モンスター!』を改めてプレイされてはいかがでしょうか? 「Role&Roll」Vol.175には清松みゆきさんによる『モンスター! モンスター!』用ソロアドベンチャー「リバーボートの恐怖」が掲載されており、「ウォーロック・マガジン」8号には、たまねぎ須永さんの多人数シナリオ「野営地を血祭り」が掲載されてますよ。
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初出:「FT新聞」 No.3473(2022年7月28日号)
2022年07月31日
2022年07月18日
『魔術師の島』と私
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『魔術師の島』と私
岡和田晃
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『トンネルズ&トロールズ完全版』、1年数ヶ月ぶりの新作『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』が発売になりました(グループSNE/新紀元社)。2021年2月に『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』が出て以来となります。
とはいえ、『ウィルダネス・エンカウンターズ』(2021年12月)や『マップブックI シティ編』(2022年4月)といった、実質的にはT&T関連作といえるフライング・バッファロー社謹製の汎用サプリメントの日本語版も出ていますし、「GMウォーロック」2号には「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ)が掲載されたほか、雑誌でのサポートもなされているので、あまり間があいたという感じはしませんね。
T&T5版日本語版のサポート期間が約4年、ハイパーT&T2版のサポート期間が(『ドラゴンズ'ヘヴン』の単行本が出てからカウントして)約3年半だったことに鑑みると、T&T完全版はすでに6年近くサポートが続いているので、相当なことだと思います。
ご存知ない方のために紹介しますと、これは『ビギナーズバンドル』と『魔術師の島』の2冊を、シュリンクして合本形式で出版したもの(安田均監修)。分冊1は原書『ビギナーズバンドル』全訳にシナリオ補作(柘植めぐみ訳・著)、リプレイコミック(中山将平)。分冊2は社会思想社現代教養文庫から出ていた『魔術師の島』をT&T完全版対応にして復刻したもの(高山浩訳・著)、それに小説「ドラゴンの巣を越えて」(安田均訳)、小説「畏怖すべきタイタンのタロット」にコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」(拙訳)、『魔術師の島』にちなんだ日本オリジナルのソロアドベンチャー〈無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〉シリーズの最新二作を収めたものとなります(拙作、ちなみに『傭兵剣士』と接続して一大キャンペーン化可能)。
この『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』に関しては、すでに「Role&Roll」Vol.213に書き下ろしの関連ソロアドベンチャー「カリスの仮図」(たまねぎ須永・著)が発表されていますが、近刊「GMウォーロック」6号以降でもサポートされていくようですので、楽しみは尽きませんね。
先述の通り、今回私は『魔術師の島』新版に関わるという僥倖を得たのですが、個人的にも『魔術師の島』は思い入れが深い作品でした。それについて「読みたいですか?」とSNSで訊いたところ、思いのほか多くの方からリクエストをいただいたので、ここにまとめてみたいと思います。すでにSNSで発表したものをまとめ直したもので、サポート要素はありません。あらかじめご諒解をいただけましたら幸いです。
『魔術師の島』は何度読んだかわからないほど読み込んだシナリオ集で、私は1レベル・2レベルともにGMいたしましたし、オリジナルのシナリオの参考にしたことも多々あります。旧「ウォーロック」誌41号に掲載された「ドラゴンの巣を越えて」は、インターネット黎明期にウェブで読めた「ウォーロック」総目次で存在を知り、上京して国会図書館カードが作れる年になると、すぐに読みにいったものです。
何がそんなによかったのでしょう? 『魔術師の島』は、私が初めて買った、海外製のRPGシナリオをイラスト含めて完訳している作品でした。それまで、雑誌や文庫で短編のシナリオを読んだことがありましたが、海外作品をまるまる収めたものは初めて読んだのです。つまり「世界標準のRPGシナリオとは何か」という形を教えてくれた師匠みたいな作品だったのです。
私は1981年生れで、第5版のルールブックが刊行されたときは6歳。第5版直撃世代からは、だいぶ年が下になります。実際、社会思想社現代教養文庫の『魔術師の島』(1990年邦訳初版)を最初に見つけたのは中学2年のとき(1995年)で、今から27年ほど前になります。
私は北海道の中央部に位置する上富良野というところの出身でしたが、中学生の時には夏休みに旭川の夏期・冬季の講習へ通っていました(列車で片道1時間強)。だらけずペーシング(勉強のペース配分)をするためで、この習慣は今でもライター仕事に役立っています。この講習のクラスで、上富良野から来ているのは私ひとりでした。
講習の内容は勉強になりましたが、クラスの生徒たちはすでにグループが形成されており、他の生徒とは話さなかった。打ち解けない閉鎖的な雰囲気で、教師たちのほうがオープンでした。しかも彼らは妙に感じが悪く、私が講習で課題の答えを間違えるとクスクス笑います。いじめというほどではなかったものの、負けるものかと敵愾心を燃やしていました。
そんな折、もっともリラックスできたのが、帰宅前の旭川の書店めぐりをし、見つけた本を読むことでした。めぐりというほど数があるわけではないのですが、3条通り商店街にあった冨貴堂書店本店(現在は閉店)には感動させられました。ボックスのRPGが売っていましたし、地下には文庫シリーズがあり、そこで〈指輪物語〉や〈ラヴクラフト全集〉を買っていたというわけです。当時の冨貴堂書店は「電撃アドベンチャーズ」Vol.11で取材されており、「女性でも入りやすい店」と評されています。
ところが小遣いがさほどあるわけもなく、文庫を買うのも吟味に吟味を重ねた末。おまけに当時(1995年頃)は、80年代からの翻訳ゲームブック・ブームが終焉しており、社会思想社現代教養文庫の店頭在庫もわずか。前年の来旭時に『傭兵剣士』(邦訳1988年)を買っていて、いよいよT&T5版のルールブックも入手。案の定、これに魅了されたわけです。
先にハイパーT&Tは改訂版(スニーカーG文庫、1994年)のものを読んでいて、5版はそれよりシステム的には単純だったのですが、ルール的にどうこうというより、とにかく雰囲気が最高でした。ファンタジーとは幻想世界の雰囲気をどう演出するかであり、いかに土俗性を出すか、どのように残余を残すかが大事だと思うのですが、それが非常に上手かったと感動したわけです。独自のT&Tノートに自作データを書き綴ったのはむろんのこと、ひとえに自分で使うため、オリジナルのT&T下敷きやTシャツも作っていました。
あと教養文庫で冨貴堂の店舗にあったのは、〈ファイティング・ファンタジー〉の『王子の対決』(1987年)や、『ウォーハンマーRPG』初版の友野詳さんによるリプレイ『破壊の剣』(1993年)など。『王子の対決』については、漫画家の中山哲学さんとオンライン・プレイを−−インターバルをはさみつつ−−約一年かけて行い、クライマックスで私が演じる戦士クローヴィスが敗死したのをご覧の方もいらっしゃると思います。『破壊の剣』は軽妙な掛け合いとシリアスなストーリーのギャップが面白い作品で、そのままシナリオとしてGMしたこともあります。まさか自分が「GAME JAPAN」誌で『ウォーハンマーRPG』2版のリプレイを書くことになるとは思いませんでした。
それからというもの、他のT&Tシリーズもプレイしたかったので、あちこち古本屋を覗くようになります(社会思想社が在庫を断裁せず、注文すれば届くと知るのは、もう少し後のことです)。これが私の古本道(あるいは古本極道?)の始まりでした。
まずは偶然、ボロボロの『恐怖の街』(邦訳1988年)を50円で入手。これにはコペルニクス的転回ともいうべきショックを受けました。ゲームブックといえばダンジョンが主。なのに本作はオープンフィールドの冒険なのです!
『恐怖の街』はフォロン島にあるガルの街から始まり、街をうろついても、いきなり船に乗って旅に出てもいい。何をやっても構わない自由度の高さ、摩訶不思議なイベントの数々があります。出入り自由の世界に、これまで自分がゲームブックやコンピュータゲームに感じていた息苦しさが解消されました。「ああ、これだよ、これ」と思ったのです。『魔術師の島』所収の拙作ソロアドベチャー「魔術師の島が呼んでいる」がガルから始まるのは、こうした初期衝動を引き継いでいる面があるのかもしれません。
『魔術師の島』を見つけたのは、旭川マルカツ(こちらもビルごと解体されるとのこと)で不定期に展開されていた古書市で、なんと二百円! マイクル・ウィーランによるカヴァーアートの神秘的な美しさが頭抜けていました。その他、1970年台後半から80年代のSF・ファンタジー文庫がかなりあり、言うならばここを「学校」として、私はSF・幻想文学の基礎知識を得たのです。
マルカツで不定期に開催されていた古書市では、他にもマイクル・ウィーラン関係の絵を見た記憶があります。C・J・チェリイ〈色褪せた太陽〉です。チェリイはT&Tとも縁があり、サポート誌「ソーサラー・アプレンティス」初出の小説「最後の塔」を、私は「ナイトランド・クォータリー」Vol.27で訳しておりますが、これも奇縁ですね。
帰りの電車で繙いた『魔術師の島』は衝撃でした。インナーアートが蠱惑的。そして、見たこともないようなジンド世界やハイラックス大陸が舞台だと説明が出てくる。短い説明が、かえって想像を駆り立てました。魔術師ダークスモークというダンジョンの主も、なんだか得体が知れなくて不気味。ちょうど魔術師ワードナが出てくる『ウィザードリィ』初代と同時期の作品なんですよ。
当時、私は自前のRPGキャンペーンを開催していました。そのプレイグループの面々が別の人たちを抱き込み、グループは膨れ上がって同好会を学内で作ったほど。とはいえ、ちゃんとGMができる者は少なく、集まったはいいがコンピュータゲーム会やカラオケみたいになることもままあり、それが悩みの種でした。
私としては、「ちゃんとしたファンタジーを作りたい」からRPGをやっていたからです。しかし、力不足で、なかなかうまくいかない。その時の一つの回答が『魔術師の島』にはハッキリ書かれていたのです。
『魔術師の島』が優れているのは、ずばり「制約」の美学。曖昧模糊としたファンタジー世界を、それらしく演出するためには、どこをどう「制約」すればいいか。そのセンスが見事なのです。こうした「制約」のコツは、今回の新版に入ったコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」で明確に説明されています。このコラムは魔法のアイテムを創造するためのガイドですが、他にも広く応用が利くアプローチになっています。
広大なジンド世界があると示しつつ、舞台はなかでのダークスモーク島と「制約」を加え、立ち寄れる街は、さらにその中の「名もなき村」だと「制約」を加える。村では自由に動けるものの、金目当てで暴れる行動には「制約」がかかり、街のなかある場所でかけられる不条理な呪いも、世界の危険さを伝えるためと考えれば納得がいきます。
ダンジョンの罠や呪いそのものは、初見においてはあまりにも凶悪すぎるように思え、笑って読んで終わり実際に使わないものだと思ってましたが、さりとて罠や呪いほどパターン化しやすいものもありません。レパートリーを増やすため、自作のシナリオに少しずつ混ぜて使ってみると、さほど違和感がなく、むしろ知恵を駆使すれば攻略できるレベルだと判明しました。ちなみにディティリオが毒についてのコラムを書いていると知ったのは後のことでしたが(「タクテクス」で訳出されています)、それも腑に落ちます。
NPCには殺意の高い者が少なからずいますが、それも私のNPCの運用スタイルにもよく見合いました。個性豊かなNPCを演じ分けるのはGMの醍醐味のひとつですが、あまりやすやすと打ち解けられる相手ばかりでも、ありがたみがないからです。個々のキャラクターに説明文がないにも関わらず印象に深く残るワンダリング・ローグ。使い勝手のよさもありますが、中級レベル帯のNPCを出すためのデータ集としても重宝しました。
原著で第1層しかなく、日本オリジナル第2層を作ったというのにも驚かされました。それだけ聞くと駄作かと早合点しそうになりますが、いざ読んでみるとしっかりしている。しかも、第2層、3層と作りたくなる何かがある。クリエイティヴィティを掻き立てるものとは何なのかを、デザイナーははっきりとわかっているのです(このため、このたび書き下ろしたソロアドベンチャー「名もなき村を越えて」でも、第3層へ行くことができるようにしました)。
こうして私の中で『魔術師の島』は特権的な作品となったのでした。その後、『RPGシティブックI』(邦訳1994年、新版2021年)や『ストームブリンガー』や『クトゥルフの呼び声(クトゥルフ神話TRPG)』絡みのラリー・ディティリオ作品を入手し、作者が同じだと気づいた時のエウレカ感たるや! 私が『魔術師の島』で感じた楽しさを、少しでも伝えられていれば幸いです。
(初出:「FT新聞」No.3459、2022年7月14日)
『魔術師の島』と私
岡和田晃
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『トンネルズ&トロールズ完全版』、1年数ヶ月ぶりの新作『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』が発売になりました(グループSNE/新紀元社)。2021年2月に『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』が出て以来となります。
とはいえ、『ウィルダネス・エンカウンターズ』(2021年12月)や『マップブックI シティ編』(2022年4月)といった、実質的にはT&T関連作といえるフライング・バッファロー社謹製の汎用サプリメントの日本語版も出ていますし、「GMウォーロック」2号には「ゾルのモンスター迷宮」(ケン・セント・アンドレ)が掲載されたほか、雑誌でのサポートもなされているので、あまり間があいたという感じはしませんね。
T&T5版日本語版のサポート期間が約4年、ハイパーT&T2版のサポート期間が(『ドラゴンズ'ヘヴン』の単行本が出てからカウントして)約3年半だったことに鑑みると、T&T完全版はすでに6年近くサポートが続いているので、相当なことだと思います。
ご存知ない方のために紹介しますと、これは『ビギナーズバンドル』と『魔術師の島』の2冊を、シュリンクして合本形式で出版したもの(安田均監修)。分冊1は原書『ビギナーズバンドル』全訳にシナリオ補作(柘植めぐみ訳・著)、リプレイコミック(中山将平)。分冊2は社会思想社現代教養文庫から出ていた『魔術師の島』をT&T完全版対応にして復刻したもの(高山浩訳・著)、それに小説「ドラゴンの巣を越えて」(安田均訳)、小説「畏怖すべきタイタンのタロット」にコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」(拙訳)、『魔術師の島』にちなんだ日本オリジナルのソロアドベンチャー〈無敵の万太郎とシックス・パックの珍道中〉シリーズの最新二作を収めたものとなります(拙作、ちなみに『傭兵剣士』と接続して一大キャンペーン化可能)。
この『T&Tビギナーズバンドル 魔術師の島』に関しては、すでに「Role&Roll」Vol.213に書き下ろしの関連ソロアドベンチャー「カリスの仮図」(たまねぎ須永・著)が発表されていますが、近刊「GMウォーロック」6号以降でもサポートされていくようですので、楽しみは尽きませんね。
先述の通り、今回私は『魔術師の島』新版に関わるという僥倖を得たのですが、個人的にも『魔術師の島』は思い入れが深い作品でした。それについて「読みたいですか?」とSNSで訊いたところ、思いのほか多くの方からリクエストをいただいたので、ここにまとめてみたいと思います。すでにSNSで発表したものをまとめ直したもので、サポート要素はありません。あらかじめご諒解をいただけましたら幸いです。
『魔術師の島』は何度読んだかわからないほど読み込んだシナリオ集で、私は1レベル・2レベルともにGMいたしましたし、オリジナルのシナリオの参考にしたことも多々あります。旧「ウォーロック」誌41号に掲載された「ドラゴンの巣を越えて」は、インターネット黎明期にウェブで読めた「ウォーロック」総目次で存在を知り、上京して国会図書館カードが作れる年になると、すぐに読みにいったものです。
何がそんなによかったのでしょう? 『魔術師の島』は、私が初めて買った、海外製のRPGシナリオをイラスト含めて完訳している作品でした。それまで、雑誌や文庫で短編のシナリオを読んだことがありましたが、海外作品をまるまる収めたものは初めて読んだのです。つまり「世界標準のRPGシナリオとは何か」という形を教えてくれた師匠みたいな作品だったのです。
私は1981年生れで、第5版のルールブックが刊行されたときは6歳。第5版直撃世代からは、だいぶ年が下になります。実際、社会思想社現代教養文庫の『魔術師の島』(1990年邦訳初版)を最初に見つけたのは中学2年のとき(1995年)で、今から27年ほど前になります。
私は北海道の中央部に位置する上富良野というところの出身でしたが、中学生の時には夏休みに旭川の夏期・冬季の講習へ通っていました(列車で片道1時間強)。だらけずペーシング(勉強のペース配分)をするためで、この習慣は今でもライター仕事に役立っています。この講習のクラスで、上富良野から来ているのは私ひとりでした。
講習の内容は勉強になりましたが、クラスの生徒たちはすでにグループが形成されており、他の生徒とは話さなかった。打ち解けない閉鎖的な雰囲気で、教師たちのほうがオープンでした。しかも彼らは妙に感じが悪く、私が講習で課題の答えを間違えるとクスクス笑います。いじめというほどではなかったものの、負けるものかと敵愾心を燃やしていました。
そんな折、もっともリラックスできたのが、帰宅前の旭川の書店めぐりをし、見つけた本を読むことでした。めぐりというほど数があるわけではないのですが、3条通り商店街にあった冨貴堂書店本店(現在は閉店)には感動させられました。ボックスのRPGが売っていましたし、地下には文庫シリーズがあり、そこで〈指輪物語〉や〈ラヴクラフト全集〉を買っていたというわけです。当時の冨貴堂書店は「電撃アドベンチャーズ」Vol.11で取材されており、「女性でも入りやすい店」と評されています。
ところが小遣いがさほどあるわけもなく、文庫を買うのも吟味に吟味を重ねた末。おまけに当時(1995年頃)は、80年代からの翻訳ゲームブック・ブームが終焉しており、社会思想社現代教養文庫の店頭在庫もわずか。前年の来旭時に『傭兵剣士』(邦訳1988年)を買っていて、いよいよT&T5版のルールブックも入手。案の定、これに魅了されたわけです。
先にハイパーT&Tは改訂版(スニーカーG文庫、1994年)のものを読んでいて、5版はそれよりシステム的には単純だったのですが、ルール的にどうこうというより、とにかく雰囲気が最高でした。ファンタジーとは幻想世界の雰囲気をどう演出するかであり、いかに土俗性を出すか、どのように残余を残すかが大事だと思うのですが、それが非常に上手かったと感動したわけです。独自のT&Tノートに自作データを書き綴ったのはむろんのこと、ひとえに自分で使うため、オリジナルのT&T下敷きやTシャツも作っていました。
あと教養文庫で冨貴堂の店舗にあったのは、〈ファイティング・ファンタジー〉の『王子の対決』(1987年)や、『ウォーハンマーRPG』初版の友野詳さんによるリプレイ『破壊の剣』(1993年)など。『王子の対決』については、漫画家の中山哲学さんとオンライン・プレイを−−インターバルをはさみつつ−−約一年かけて行い、クライマックスで私が演じる戦士クローヴィスが敗死したのをご覧の方もいらっしゃると思います。『破壊の剣』は軽妙な掛け合いとシリアスなストーリーのギャップが面白い作品で、そのままシナリオとしてGMしたこともあります。まさか自分が「GAME JAPAN」誌で『ウォーハンマーRPG』2版のリプレイを書くことになるとは思いませんでした。
それからというもの、他のT&Tシリーズもプレイしたかったので、あちこち古本屋を覗くようになります(社会思想社が在庫を断裁せず、注文すれば届くと知るのは、もう少し後のことです)。これが私の古本道(あるいは古本極道?)の始まりでした。
まずは偶然、ボロボロの『恐怖の街』(邦訳1988年)を50円で入手。これにはコペルニクス的転回ともいうべきショックを受けました。ゲームブックといえばダンジョンが主。なのに本作はオープンフィールドの冒険なのです!
『恐怖の街』はフォロン島にあるガルの街から始まり、街をうろついても、いきなり船に乗って旅に出てもいい。何をやっても構わない自由度の高さ、摩訶不思議なイベントの数々があります。出入り自由の世界に、これまで自分がゲームブックやコンピュータゲームに感じていた息苦しさが解消されました。「ああ、これだよ、これ」と思ったのです。『魔術師の島』所収の拙作ソロアドベチャー「魔術師の島が呼んでいる」がガルから始まるのは、こうした初期衝動を引き継いでいる面があるのかもしれません。
『魔術師の島』を見つけたのは、旭川マルカツ(こちらもビルごと解体されるとのこと)で不定期に展開されていた古書市で、なんと二百円! マイクル・ウィーランによるカヴァーアートの神秘的な美しさが頭抜けていました。その他、1970年台後半から80年代のSF・ファンタジー文庫がかなりあり、言うならばここを「学校」として、私はSF・幻想文学の基礎知識を得たのです。
マルカツで不定期に開催されていた古書市では、他にもマイクル・ウィーラン関係の絵を見た記憶があります。C・J・チェリイ〈色褪せた太陽〉です。チェリイはT&Tとも縁があり、サポート誌「ソーサラー・アプレンティス」初出の小説「最後の塔」を、私は「ナイトランド・クォータリー」Vol.27で訳しておりますが、これも奇縁ですね。
帰りの電車で繙いた『魔術師の島』は衝撃でした。インナーアートが蠱惑的。そして、見たこともないようなジンド世界やハイラックス大陸が舞台だと説明が出てくる。短い説明が、かえって想像を駆り立てました。魔術師ダークスモークというダンジョンの主も、なんだか得体が知れなくて不気味。ちょうど魔術師ワードナが出てくる『ウィザードリィ』初代と同時期の作品なんですよ。
当時、私は自前のRPGキャンペーンを開催していました。そのプレイグループの面々が別の人たちを抱き込み、グループは膨れ上がって同好会を学内で作ったほど。とはいえ、ちゃんとGMができる者は少なく、集まったはいいがコンピュータゲーム会やカラオケみたいになることもままあり、それが悩みの種でした。
私としては、「ちゃんとしたファンタジーを作りたい」からRPGをやっていたからです。しかし、力不足で、なかなかうまくいかない。その時の一つの回答が『魔術師の島』にはハッキリ書かれていたのです。
『魔術師の島』が優れているのは、ずばり「制約」の美学。曖昧模糊としたファンタジー世界を、それらしく演出するためには、どこをどう「制約」すればいいか。そのセンスが見事なのです。こうした「制約」のコツは、今回の新版に入ったコラム「魔術師ダークスモークかく語りき」で明確に説明されています。このコラムは魔法のアイテムを創造するためのガイドですが、他にも広く応用が利くアプローチになっています。
広大なジンド世界があると示しつつ、舞台はなかでのダークスモーク島と「制約」を加え、立ち寄れる街は、さらにその中の「名もなき村」だと「制約」を加える。村では自由に動けるものの、金目当てで暴れる行動には「制約」がかかり、街のなかある場所でかけられる不条理な呪いも、世界の危険さを伝えるためと考えれば納得がいきます。
ダンジョンの罠や呪いそのものは、初見においてはあまりにも凶悪すぎるように思え、笑って読んで終わり実際に使わないものだと思ってましたが、さりとて罠や呪いほどパターン化しやすいものもありません。レパートリーを増やすため、自作のシナリオに少しずつ混ぜて使ってみると、さほど違和感がなく、むしろ知恵を駆使すれば攻略できるレベルだと判明しました。ちなみにディティリオが毒についてのコラムを書いていると知ったのは後のことでしたが(「タクテクス」で訳出されています)、それも腑に落ちます。
NPCには殺意の高い者が少なからずいますが、それも私のNPCの運用スタイルにもよく見合いました。個性豊かなNPCを演じ分けるのはGMの醍醐味のひとつですが、あまりやすやすと打ち解けられる相手ばかりでも、ありがたみがないからです。個々のキャラクターに説明文がないにも関わらず印象に深く残るワンダリング・ローグ。使い勝手のよさもありますが、中級レベル帯のNPCを出すためのデータ集としても重宝しました。
原著で第1層しかなく、日本オリジナル第2層を作ったというのにも驚かされました。それだけ聞くと駄作かと早合点しそうになりますが、いざ読んでみるとしっかりしている。しかも、第2層、3層と作りたくなる何かがある。クリエイティヴィティを掻き立てるものとは何なのかを、デザイナーははっきりとわかっているのです(このため、このたび書き下ろしたソロアドベンチャー「名もなき村を越えて」でも、第3層へ行くことができるようにしました)。
こうして私の中で『魔術師の島』は特権的な作品となったのでした。その後、『RPGシティブックI』(邦訳1994年、新版2021年)や『ストームブリンガー』や『クトゥルフの呼び声(クトゥルフ神話TRPG)』絡みのラリー・ディティリオ作品を入手し、作者が同じだと気づいた時のエウレカ感たるや! 私が『魔術師の島』で感じた楽しさを、少しでも伝えられていれば幸いです。
(初出:「FT新聞」No.3459、2022年7月14日)
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.7
2022年6月30日配信の「FT新聞」No.3345に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.7が掲載されています。いよいよパーティはロストドリームの島へわたり、カラーリー・エルフたちと対峙します。そこにライカンスロープ勢が襲いかかり……。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.7
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料ほか各種の情報を参照しています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/489220627.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第8話「泡沫」の内容となります。いよいよパーティは、ロスト・ドリームの島へと赴きます。
●登場人物紹介
タモト/詩人ドワーフ、5レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、5レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、5レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、4レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、6レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、5レベル。
プロスペル/ペンハリゴンに派遣中の騎士、5レベル。
イリアナ・ペンハリゴン/アルテリスの異母姉。ペンハリゴン家の領土と爵位を要求していた。
ヴァーディリス/ヒュージ・グリーン・ドラゴン。
アルテリス・ペンハリゴン/ペンハリゴンの女男爵。
バーリン/以前一行に同行していたドワーフ。
ゴリーデル/カラーリー・エルフの長。
ジターカ/ハラフ王の第一の部下。
シングル・アイ/隻眼のカラーリー・エルフ。
バーグル・ジ・インファマス/ブラック・イーグル男爵の片腕たる魔術師。
●プロスペルの決断
イリアナ・ペンハリゴン、そしてオーガン将軍による「死の収穫」の野望は打ち砕かれた。
だが、緑竜ヴァーディリスの襲撃によってペンハリゴンが被った被害は、まことに甚大なものであった。
荒廃した街の復興という激務の合間をぬって、女領主アルテリスは、プロスペルを呼び寄せ、今後の身の振り方を尋ねた。
彼の名誉は回復されたものの、事件の背後にブラック・イーグル男爵や「アイアン・リング」、それに緑竜ヴァーディリスまでが関わっていたとわかった今では、彼がこれまで以上の危険にさらされるのは間違いないからだ。
プロスペルは多少煩悶したものの、ケルヴィンには帰らない、と答えた。故郷に波乱の種を持ち込むわけにはいかない。
それよりも、彼は現在の仲間と行動を共にし、自らの手で運命を切り開いていくことを選んだのだ。
●疫病神
仲間の待つ「真鍮製の王女様」亭へと戻ったプロスペル。
だが、彼の口から、「同行したい」という申し出を聞いたヨブは、激しく怒る。プロスペルを足手まといとしか思ってないのだ。
返事代わりに、頭からエールを浴びせかける。
周囲に、険悪な雰囲気が漂った。
が、シャーヴィリーのとりなしなどもあって、とりあえず彼を一行に加える、ということで話はまとまった。
しかし、ヨブはいまだに不服なようで、
「何日でこいつが旅に音を上げるか、賭けをしようぜ」
と、グレイに誘いかける始末である。
旅支度もまとまり、いざ一行は当初の目的を果たすために、ロスト・ドリームの島へと出発した。
ペンハリゴンの門を出ようとしたときに、ぼろをまとった浮浪者らしき一団が、彼らの前に立ちふさがった。
ドラゴンの被害を受けて、住居や職や家族を失った住民たちらしい。
彼らはパーティを「疫病神」と罵り、腐った野菜や果物、犬の死体などを投げつけてきた。
しかし、ヨブが一喝すると、彼らは恐れをなして、すごすごと道を譲ったのだった。
●ハイリーチ川の渡し守
さて、ここからどの道をたどるべきか。
ペンハリゴン沿いを流れるハイリーチ川まで赴くと、漁師の小屋らしきものが見えた。
一行は、なかに住んでいた老人に船を出してくれと交渉するが、なかなか話がまとまらない。
漁の時期でもないのに、船を出すのを渋っているようだ。
相場の何倍もの金を積んで、ようやく船を出すことを承諾させる。
だが、老人と話しているうちに、彼がかれこれ一週間ほど前に、船で一人のドワーフを運んだことが明らかになった。
老人はその件に関しては何か嫌な思い出があるらしいが、あえて口に出すことはしなかった。
無事に川を渡りきると、老人は、湿原には十分気をつけるようにと忠告し、帰っていった。
パーティは地図を確認し、ロスト・ドリームの島の近くにあるヘイヴンという遺跡を目指して歩を進めた。
●湿原での戦い
この辺り一帯に広がる湿原(ムーア)は大変歩きづらい。
馬を連れているパーティではなおさらである。
ぬかるみに足を取られながらも、懸命に一行は先を急いだ。その時である。グレイの使い魔である黒猫ルーが叫んだ。
何かが近づいてくるというのだ。
やってきたのは、4体の狼であった。
遠距離攻撃を使い、接敵するまでに何体かは退治したが、それでも2体がこちらに向かってくる。
1匹は、黒牛かとみまがうほどの体躯を有する漆黒のヘル・ハウンド。
それとは対照的に、もう1匹は純白の毛皮に身を包んだアイス・ウルフであった。
かつてアイス・ウルフのブレスで命を落としたことのあるヨブにとっては嫌な相手である。
が、多少苦戦したものの、なんとか2体とも撃破することに成功した。
しかし、こんな開けた場所でなぜヘル・ハウンドが。疑問に思わずにはいられない。
そのうえ、その後もジャイアント・ビーの一群に襲撃されるなど、騒動の種は尽きそうにない。
●ジターカの塚
翌日。再び一行は湿原をさまよう。
と、そのなかの丘のような部分で、奇妙な塚のようなものが見つかった。
塚には、おそらくハラフ王の時代にまでさかのぼるほど昔に使われていた言葉で、「とこしえに思惟を続けし者ここに」と書かれている。
リアとグレイが塚を深く調べると、かすかに人名らしきものが彫られていた。
それによれば、ここには、ジターカという人物が葬られているらしい。
ジーンの知識によれば、ジターカとは、伝説に謳われるハラフ王の部下であった傭兵隊長の名前だという。
ちょうど、タモトの『斧」の前の持ち主であった「ソールジェイニー」が、ハラフ王の仲間、「狩人ジルチェフ」の部下だったように、英雄には忠実な手下が必要不可欠なのだ。
彼らが古代の伝承に思いを馳せていると、塚がスライドし、その下に石の階段らしきものが現れた。好奇心に負けて、パーティは隊列を整え、中を探検してみることにした。
●廃墟の奥へ
階段を下りると、そこはこじんまりとした石室だった。
行き止まりかと思われたが、タモトが近づくと、突然うなるような音を立てて、壁が横に動き始めた。
これは何かあるに違いない。
パーティは気を引き締めて、奥へと足を踏み入れる。
と、突如先頭のリアが麻痺してしまった。
罠に引っかかってしまったのだ。
そして、戦闘体勢を整える間もなく、部屋の奥から、らんらんと目を光らせた亡霊どもが襲いかかってきた。レイスである。
リアをかばいながら、必死で一行は戦いを続ける。その甲斐あって、なんとか死霊は黄泉へと帰った。
しかしながら、自慢の『斧』でレイスをぶったぎっていたはずのタモトが、レイスによって精気を抜かれ(=レベルドレインされ)てしまった。
気を取り直して、奥へと進む一行。
そこは前の部屋より広めの石室で、その中央には、薄汚れたローブを纏った男が腰掛けていた。
男はうつむき、何か深い問題について考えて込んでいるようだ。
その周りには、悪意に満ちた表情をした、人魂のようなものが4体ほど飛び回っている。
パーティが近づいていくと、人魂は彼らを格好の獲物だと見定め、攻撃を仕掛けてきた。
だが、彼らとて、もはや駆け出しではない。なんなく人魂を葬ることができた。
すると、思いの淵に沈んでいたローブの男が、かすかに顔を上げた。
人魂(マリス)と化していた邪悪な想念が断ち切られたがゆえに、男の精神がある程度解放されたようなのだった。
●ジターカの話
タモトが持つ斧を通して、男は語り始めた。それによると、男はやはりジターカ、ハラフ王の第一の部下であった。
ハラフ王が獣人の王と最後の決戦に望んで相打ちになったときに、彼はハラフの持っていた武器を受け継いだのである。
その後ハラフは、伝承の通り天へと昇った。
地上に残ったジターカは、ハラフ王によってもたらされた均衡(平和)のバランスが崩れないように、王が戻ってくるまで見守り続けるという役目を負った。
しかし、いつしか、その「力の均衡」は破れようとしていた。
「力」そのものが膨張を続け、お互いを浸食しようとしているのである。
そして、それを食い止めようにも、彼が受け継いだ武器は何者かよって奪い去られていた。
このことが決定打となった。
取り返そうにも、ジターカは長い間観察者であることに甘んじ、行動する力を失ってしまっていたのだ。
かくして彼はこの世界を形成する要素の膨張、そしてその先に位置する破滅について、絶えず考え続け、思考そのもののなかに沈潜するようになってしまったのだった。
また、彼は、タモトの持つ斧が、「エネルギー」を象徴していると示唆した。「エネルギー」が膨張を続けると同時に、斧そのものも成長していく。
そして、「エネルギー」が果てしなく膨張を続けていけば、「力の均衡」が崩れ、大いなる波乱が訪れ、世界に破滅がもたらされてしまう。
タモトは今ひとつ腑に落ちない様子で、どうして、それぞれの力の均衡が崩れてしまったのかをジターカに問いただした。
ジターカはしばらく黙っていたが、やがて答えた。
それは、「エントロピー」の力によるものだと。
「エントロピー」とは、すなわちすべてを無に帰す、「死」の力を意味する。
これが、すべての原因なのだ。
そう告げると、ジターカは長年の懊悩から解き放されたことを喜ぶかのようにうっすらと笑みを浮かべ、いずこかへ消え去った。
ジターカの部屋の奥には、量は少ないものの高価な装飾品が残されていた。その中には、魔法のアイテムも含まれていた。
特にグレイは、「ライトニング・ボルト」の書かれたスクロールを手に入れ、躍り上がらんばかりに喜んだ。
●馬がない!
さて、塚から無事地上に戻ると、タモトの斧が一回り大きくなっていた。ジターカと会ったことで、「エネルギー」の力が解き放たれてしまったのか。
とにかく、時間がない。一行はロスト・ドリームの島へと急ぐことにした。
しかし、肝心の馬がいない。怪物に襲われたのか、それとも逃げ出したのか。
原因はわからないが、いなくなったことだけは確かである。
としても、他に移動の手段があるわけもなく、パーティは湿原を歩いていくことにした。
●バーリンとの再会
その途中で、彼らは戦いが行われているのを目にした。1人のドワーフと2体のヒル・ジャイアントが争っているようだ。
しかも、ドワーフはどうやらバーリンらしい。
一行はさすがに知り合いを見殺しにはできないと、ヒル・ジャイアントに攻撃を仕掛けた。
戦闘が終わると、ドワーフは、また助けられたな、と苦笑いした。
パーティは、どうして単身こんな危険な地に来たのかを問いただしたが、彼はのらりくらりと質問を受け流すばかりである。
その言によれば、ここから東に進んだブラック・ピーク山脈のふもとにはドワーフの住む鉱山があって、そこに住む親族を訪ねていく途中らしい。
しかし、一行が聞いたところによれば、その辺りにそんな集落は存在しない。
もっとも、大昔にはあったらしいが……。
彼らがその点を問いただすと、ドワーフは平然と答えた。
ドワーフの慣用句では、「親族を訪ねる」ということは、すなわち「墓参りに行く」ことである、と。
つまり彼は、わざわざロックホームからやってきたついでに、かつて祖先が暮らしていた鉱山を拝みに行くと言いたいのだ。
パーティはどこか釈然としないものを感じたが、深くは詮索せずに、バーリンに別れを告げた。
●カラーリー・エルフの森で
それから何日も、一行は湿地を旅した。
そしてようやく、湿地の端が見えてきた。先には鬱蒼とした森が広がっている。
地図によれば、どうやらヘイヴン、そしてロスト・ドリームの島は、この森の中にあるようだ。
足を踏み入れると、どこからか、敵意に満ちた視線が注がれるのを感じられた。そして、野営中に、弓をつがえたエルフの一団に囲まれてしまった。
エルフの長らしき男は「ゴリーデル」と名乗り、許可なくこの森に立ち入る者はすべからく死すべきである、と告げた。
一行は、ただ目的地であるロスト・ドリームの島へと向かおうとしただけだと弁解するが、エルフたちは全く聞く耳を持たない。
しかも、ゴリーデルによれば、この先にあるのは湖だけで、どこにも島などないらしい。
●デビル・スワインとの戦い
しばらく緊張状態が続いたが、一人のエルフがあげた悲鳴で、緊張の糸が断ち切られた。
ライカンスロープが襲撃をかけてきたのだ!
エルフにとって、ライカンスロープはまさしく天敵である。
なにしろ、ライカンスロープの攻撃を受けてその毒が体に回ると死んでしまうのだ。
ジーンはこの隙に逃げ出そうとする。
が、それよりもこの場でエルフたちに恩を売っておいたほうが得策だろうと思い返し、応援に向かうことにした。
襲ってきたのは、デビル・スワイン(悪魔豚)。
ライカンスロープの中でも最強の部類に属するモンスターである。
一行は二体のデビル・スワイン相手に苦戦を強いられる。
おまけに、悪魔豚は「チャーム」の能力を有している。
そんななか、タモトは急に、斧の力が押さえがたく膨張してくるのをを感じた。
そして、斧はまるで意志を持ったかのように、手近にいたヨブに斬りかかったのだ。
だが、タモトの懸命の努力で、なんとか斧の暴走は止んだ。
一方、パーティが総力を結集したおかげで、なんとかデビル・スワインは葬られた。
●謎の小男
ゴリーデルは一行に謝意を伝えるとともに、どうしてこのようなモンスターが現れたのかを説明した。
そもそもの原因は、黒いローブを着た謎の小男のためらしい。
小男はエルフたちに、自分はロスト・ドリームの島の情報を求めてここに来たのだ、と釈明した。
だが、男の瞳に邪悪な色を感じ取ったゴリーデルは、情報の提供を拒否した。
男は苦々しげに、
「ならば、この森のエルフを根絶やしにしてからじっくりと湖を探検しよう」
と言い放ち、去っていった。
それからである。この森にライカンスロープどもが放たれたのは……。
●ロスト・ドリームの島にまつわる伝説
ここまで激しくライカンスロープが襲撃をかけてくるようになった以上、ゴリーデルは決心を固めた。
男が何を狙っているのか、それを知るためにも一行に力を貸すことにしたのである。
そして、彼はパーティをエルフの集落へと案内した。
道中で、ゴリーデルはロスト・ドリームの湖にまつわる伝説を話し始めた。
――かつて、湖の中心部には島があり、そこは神殿が建てられていた。
神殿は、この世界の均衡を保つという役割を果たしており、カラーリー・エルフたちはその番をしていたのである。
しかし、あるときその均衡が破れ、暴走した力によって島は水中に沈んでしまった。
かくして彼らは故郷を追われ、その周囲の森に住み着くことになったというのである。
●エルフたちの会合
あらかた話し終わると、ゴリーデルはパーティを木の上にある自らの住居に呼び寄せた。
エルフの会合に出席させるためである。
彼は一行の人数ぶんの指輪を取り出し、周りに集ったエルフたちに語りかけた。
「呪いによってかつての楽園に足を踏み入れることがかなわなくなった我々に代わり、これらの方々に、悪しき者たちからロスト・ドリームを守ってもらおう。
そのためには、太古の昔より伝わる指輪を貸与することが必要不可欠である」と。
指輪には「ウォーター・ブリージング」(水中呼吸)と「ワード・オブ・リコール」(帰還)の魔力が込められており、安全な探索には欠かせないからだ。
エルフたちの意見はまっ二つに割れた。なかでも反対派を代表するシングル・アイという名のエルフは、ゴリーデルを「誇りを忘れた背徳の輩」だと罵り、氏族に伝わる宝が一行の手に渡るのを断固として阻止しようとした。
しかし、ゴリーデルは族長としての権限を行使し、指輪をパーティに手渡すことを強引に決定してしまった。
シングル・アイは怒髪天を衝くばかりに怒り狂った。
そして、突如、彼は、黒いローブを着た小男へと姿を変えた。
なんと、彼の正体は悪名高い魔術師にして「アイアン・リング」の首領、バーグル・ザ・インファマスだったのである!
バーグルは彼らの不意をつくと、パーティとエルフたちの中心めがけ、「クラウドキル」(死の雲)の魔法を投げかけた。
猛毒が辺りを包み、エルフたちが苦痛に悶え、倒れてゆく。
一行はかろうじて雲をかわした。だが、グレイが逃げ遅れ、雲の中に飲まれてしまった。「アイアン・リング」の首領は高らかに笑い、続いて「テレポート」の呪文の詠唱を始めた。
その瞬間、黒い雲をかき分け、リアの矢と、ヨブの渾身の一撃がバーグルに到達した。
邪悪な魔術師は攻撃をかわしきれず、断末魔の悲鳴を上げると、そのまま倒れ、息絶えた。