2022年06月29日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.23

 2022年6月16日配信の「FT新聞」No.3431に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.23が掲載されています。複数プロットの話題の続き。ケイパー・コメディとゲームブック、シナリオ「オペラ座の夜」にも触れております。バロック悲哀劇に関してはベンヤミンがソース。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.23

 岡和田晃
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 ぐるぐると渦を巻いてきた死者たちの感情は、懸命に何かを訴えかけている。
 無実の罪で焼き殺された人々の霊だ……。
 いや、こちらはチーズを食べただけで身体が爆発してしまった人も……。
 やり場のない感情に共鳴し、胃の調子がおかしくなってきた。
 呪いは、なぜ呪われるのかを問わない者にはほとんど効かない。そのように教えられたことを、思い出した。
 霊の感情を解きほぐすことはできない。ただ、チーズと爆発に因果関係があると思えなかった不条理さについては、感情ではなく論理で受け止めるべきものだ。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●RPGにおける二重の視点

 「複数プロット」をテーマに据えた本連載の前回は、思いのほか広い層の方々から反響を頂戴しました。
 普通に楽しく遊ぶうえではあまり意識されることはありませんが、RPGは明らかに、既存の物語構造を解体し、再構築するという側面があるからでしょう。
 だからこそ私も、文芸評論の仕事をしながら、不惑に至るまでRPGを続けてこられたのですが、RPGにおいては、ゲームへ「没入」し体験するという視点と、物語構造を超越的かつ俯瞰的に捉えるという視点が、自然に同居します。
 こうした経験を解きほぐして説明するのは意外に難しく、かつゲーム中はフォーマルな書き言葉ではなく話し言葉で進行するので(あるいは、書き言葉で記されたシナリオを話し言葉に「翻訳」しつつ進めるため)、既存の理論にまるごとすっぽり収めるような形での論述は難しいわけですが……。にもかかわらず実際にプレイすると、このことは身体レベルですんなりと飲み込めてくるはずです。
 ごく単純な、ダンジョンへ潜ってオークを退治するだけの仕事でも、いかなるプレイヤーが参加し、どのようなキャラクターがどう行動するかで、展開は千変万化します。とすると、「複数プロット」のシナリオについては、まさしく天文学的な進行パターンが予測されうるわけです。しかも、たいていのセッションは1 on 1形式ではなく、4〜6人のプレイヤー・キャラクターが参加するもの。
 となれば、余計に起こりうるセッションはカオスに近づいてきます−−「混沌」はレルム・オヴ・ケイオスから訪れるだけではなく、すぐそこに潜んでいるということなのかもしれません(笑)。

●ケイパー・コメディ

 『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、1960〜70年代のケイパー・コメディを一つのモデルと意識して組み立てられているのだと断られています。ケイパー・コメディとは、犯罪者視点で事件を描いたコメディで、名作とされる映画が多数あります。
 私が一点オススメするとしたら、サム・ペキンパー監督の『ゲッタウェイ』(1972年)でしょうか。ジム・トンプソンのノワールを原作とする、銀行強盗夫婦の逃避行を描いた作品で、アクションが見事なのはむろんのこと、一癖も二癖もある奴らしか出てこない残酷な世界の描き方が、実にオールド・ワールド的です。
 ちなみに1960〜70年代縛りを外せば、コーエン兄弟の映画なんかもケイパー・コメディに入れてかまわないと思うのですけど、これについてはナラティヴ・RPGの代表作の一つといってよいだろう『フィアスコ』(ハロウ・ヒル、2018年)が、そのドタバタぶりを遺憾なく表現しておりますね。

●例としての『ルパン三世』

 が、おそらく日本人ゲーマーにとって、いちばんわかりやすいケイパー・コメディの例は『ルパン三世』なのではないかと思われます。
 飄々としてすばしっこいルパン、ガンマニアのええかっこしいである次元、義理堅い斬鉄剣使いの五右衛門、憎めないファム・ファタルの峰不二子、そして、どこまでもルパンを追いかけてくる銭形警部。
 個性の塊のような悪人たちが織りなす珍道中の数々は、『ルパン三世』ゲームブックの第一巻『さらば愛しきハリウッド』(吉岡平著、塩田信之編、双葉社、2021年)が復刻されて話題を呼びました。この作品など、ルパンと次元が砂漠を放浪するところから始まり、途中で合流する五右衛門や不二子らにも独自の目的があります。
 ゲームブックなので当然、展開は分岐していきますが、同書の巻末で塩田さんが解説しているように、分岐先は無限に枝分かれして細分化されていくのではなく、合流パラグラフというものが設定されています。
 要するに、この合流パラグラフが、「複数プロット」のシナリオにおけるタイムラインに相当するものなのでしょう。

●『さらば愛しきハリウッド』と「バディもの」

 『さらば愛しきハリウッド』では、砂漠を超えると映画撮影の場面、それが終わるとさらに別の場所へと、展開は目まぐるしく変わっていきます。数値は最小限のものしか使わないため、読者が注意を集中するのは、やはり展開の分岐でしょう。
 ところがゲームブックにおいては、基本は『ファイティング・ファンタジー』のように、「君」の二人称をベースに進んでいくため、視点人物を多極化させることはかなり難しい。
 私の場合は、T&Tソロアドベンチャーとして、無敵の万太郎と岩悪魔シックス・パックの凸凹コンビが織りなすソロアドベンチャーを8作書いているのですが、基本は万太郎視点を取りながらも、冒頭はまるまる岩悪魔視点による「別の物語」を提示し、ある場面ではツッコミ役、別の場面はでボケ役、別のところでは解説役など、シックス・パックの視点を自然に書き込むことで、複数的な視座が生まれるように気を配っています。
 最近では「バディもの」とも言われる、ホームズ役とワトスン役のコンビで進める物語形式は、ゲームブックにはよく見合っており、まだそこまで多くの作例がない鉱脈だと思います。
 『さらば愛しきハリウッド』では、ルパンと次元の「バディもの」として進んでいく部分があり、シリーズ第1作とは思えないほど、うまく処理されています。ただ、合流パラグラフを頻繁に設けるなどして、うまく手綱を締めてやらないと、ゲームブックで複数プロットはやりづらい部分がないでもありません。

●「大人の事情」も意識せよ

 「ホワイト・ドワーフ」誌でサポートされていたRPGのうち、『ウォーハンマーRPG』は−−管見の限り−−まるでゲームブック形式の公式ソロアドベンチャーが書かれていないRPGなのです。
 英語版の発売元であるゲームズ・ワークショップ社としては、ゲームブックのラインは『ファイティング・ファンタジー』、ミニチュアゲームのラインは『ウォーハンマー』という「棲み分け」を意識していたのかもしれません。
 あるいは、特に日本においては、1980年代のゲームブック・ブームが一段落してから、"次の弾"として『ウォーハンマーRPG』の展開が始まった部分があります。
 「ウォーロック」の最終63号(1992年)の編集後記には、最近の号では紙幅のほとんどを費して『ウォーハンマーRPG』にサポートを集中させた旨が書かれていました。
 つまり、ブームの対象が変遷をしているのにすぎない、とも言えると思います。そうした視点を保持しておきながら、なおかつ「複数プロットのゲームブックは可能か?」「可能だとしたら、どのような形に新規性があるか?」ということを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

●ゲームブックから考える

 推理ゲームブック『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(二見書房、1985年)は、いま「GMウォーロック」誌等でフィーチャーされているボードの謎解きゲームの先駆とみなすことができます。このゲームブックは複数でプレイしたほうがずっと面白いのですが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』のように、各シナリオで7本ものプロットが同時進行ということはありません。
 模範プレイヤーとして提示されるホームズは数手で敵の真相を暴くという、ほとんどチート級の頭脳を誇りますが、多くのプレイヤーは真相について、「ああでもない、こうでもない」と起こっている状況を合理的に説明する(ものと思われる)プロットを複数パターン考えるものです。
 仮説はすべて当たっているとは限らず、あるいは全部が間違いなのかもしれません。ただ、事件の真相がマーダーミステリーのタイムラインに当たるものだとたら、謎解きを介してあれこれ真相とは別の物語を想定する行為は、本筋としての真相以外の複数プロットを生み出すことに近いのかもしれません。
 RPGのシナリオ・デザイン作法の記事や本は多々ありますが、複数プロットのシナリオに絞った指南書は−−当のシナリオ内での解説を除けば−−ありません。
 逆に言うと、このスタイルには可能性があります。『ウォーハンマーRPG』を介して、複数プロットの面白さを体感してみてください。

●「オペラ座の夜」

 前回予告した『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の第3話「オペラ座の夜」についても、簡単に紹介しましょう。ネタバレはしませんが、何一つ予備知識を入れたくないという方はご注意いただければと存じます。
 本作はまず、オペラの概観のヴィジュアルと、舞台の具体的な地図が壮観で、そこにナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツや、ウォーハンマー小説でお馴染み天才劇作家のデトレフ・ジールックまで出てくる豪華な作りの作品です。
 批評家のフランセス・イエイツはシェイクスピアのグローブ座を「世界劇場」と呼びましたが、以降の時代にオペラが上演されてきた劇場もまた、さながら自律した別世界そのものでした。
 あるいは、ガストン・ルルーの怪奇小説『オペラ座の怪人』は、ジャック・ヨーヴィルのウォーハンマー小説にも取り入れられています。華やかな舞台とみすぼらしい怪人という「陽」と「陰」の対比が印象的だからでしょう。
 いずれにせよ、自然とドラマティックな展開やメタ構造への仕込みが行いやすいため、オペラや劇場は、しばしばシナリオの舞台とされてきました。
 実際、私自身、ガンアクションRPG『ガンドッグゼロ』のリプレイ『アゲインスト・ジェノサイド』(新紀元社、2009年)を書いたときには、プーシキン原作・チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』を取り入れています。
 わかりやすさを重視し、幕ごとの切れ目を実際のオペラとは変えているのですが、とはいえシナリオ執筆にあたっては、2008年の二期会公演、コンヴィチュニー演出の『エフゲニー・オネーギン』を鑑賞し、その雰囲気を取り入れられるように工夫しました。
 ちなみに、私が編集長をしている「ナイトランド・クォータリー」Vol.29(6月29日頃発売予定、アトリエサード)では、二期会会員のバス・バリトン歌手、畠山茂さんによるコンヴィチュニー演出『サロメ』に出演した経験についてエッセイを書いていただきました。こちらも参考になると思います。

●「オペラ座の夜」をより愉しむために

 「オペラ座の夜」で上演されるのは、あくまでもオールド・ワールドでの劇であり、我々の世界のオペラ、それそのものではありません。オールド・ワールドは主に、三十年戦争期の神聖ローマ帝国(ドイツ)をモチーフとしていますが、文化芸術の一部は、ヴィクトリア朝イングランドあたりを模倣しているところがあります。
 ただ、近代文学の特徴たる単線的で明確な時間軸・筋の通った物語・内面を有した登場人物をしっかり揃えた作品は、17世紀フランスの古典劇ですでにありました。
 他方、17世紀のドイツ・バロック悲哀劇は、現代から見るとしばしば支離滅裂で残虐。それをそのまま提示すると、リアルなはずなのにかえってリアルでなくなってしまう、ということに繋がりかねません。
 逆に言うと、シナリオのタイムラインをしっかり押さえつつ、理解の枠組みを超えない範囲で支離滅裂で残虐にすれば、自然とそれらしくなるわけです。そのためには、回り道のようで、しっかり資料を読んでいただくのがよいでしょう。
 本シナリオをプレイするにあたっては、GMはぜひ、ウォーハンマー小説『ドラッケンフェルズ』(ジャック・ヨーヴィル、待兼音二郎他訳、ホビージャパンHJ文庫G、2007年)は読んでいただきたい(あるいは、再読いただきたい)。欲を言えば、プレイヤーの方にも、読んでいただきたいと思います。盛り上がり方が段違いだからです。
 『クトゥルフの呼び声』(『クトゥルフ神話TRPG』)の名作キャンペーン『黄昏の天使』(1988年)には、プレイにあたって事前に『遠野物語』を読むのが推奨されるシナリオが含まれますが、それと同じこと。いきなり言われると面食らうかもしれませんが、これが、プレイしてみると自明なのです。
 マストではありませんが、ぜひ『ドラッケンフェルズ』にチャレンジいただきたい。そうすれば、「オペラ座の夜」は何倍も面白くなるでしょう。そうそう、「オペラ座の夜」というタイトルは、著名な「ボヘミアン・ラプソディ」を収めたクイーンのアルバム『オペラ座の夜』(1975年)を意識していますね……。

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.6


 2022年6月2日配信の「FT新聞」No.3417に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のリプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.6が掲載されました。冒険者たちは、山岳に待つ女王の城塞へと進軍し、死の収穫を食い止めることができるでしょうか?

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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.6

 岡和田晃

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●はじめに

 本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料ほか各種の情報を参照しています。
 前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/488175480.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第7話「収穫」の内容となります。冒険者たちは山岳の城塞に攻め入ります。

●登場人物紹介

タモト/詩人ドワーフ、5レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、5レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、5レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、4レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、6レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、5レベル。
プロスペル/ペンハリゴンに派遣中の騎士、5レベル。

アルテリス・ペンハリゴン/ペンハリゴンの女男爵。
イリアナ・ペンハリゴン/アルテリスの異母姉。ペンハリゴン家の領土と爵位を要求している。
オーガン将軍/イリアナに協力している熟練の戦士。「常勝将軍」と言われる。
モルドレイク侯/ペンハリゴンの貴族。その正体は……!?
バーグル・ジ・インファマス/ブラック・イーグル男爵の片腕たる魔術師。
ヴァーディリス/ヒュージ・グリーン・ドラゴン。

●出発準備

 レディ・アルテリス・ペンハリゴンの依頼を受け、「危険な任務なので」と、いくつかの支援アイテムを受け取った一行。
 「ヒーリングスタッフ」(治癒の杖)、「キャンセレーションロッド」(魔法を打ち消すことのできるロッド)や、「ソロモンポーション」(動物と話ができるポーション)、3本のスクロール(巻物)などを手に入れたのだ。他にも、食糧を買い込んだり、旅のためのさまざまな準備を整えたりする。
 合間をぬって、グレイはひそかに真鍮の火鉢を用意し、怪しげな儀式を始めた。新しく覚えた魔法、「ファインド・ファミリアー」を使おうというのだ。1度は失敗したものの、2回目でようやくファミリアー(使い魔)が現れた。黒猫である。初めての使い魔の登場に喜びいさんだグレイは、「ルー」という名前をつけた。
 一方で、ヨブとプロスペルは険悪な空気に包まれていた。同じ戦士といっても、性格は対極であり、気が合うはずがないのである。残りの面々は必死で彼らをとりなし、ようやっと旅路につくことができた。

●ノールの襲撃

 時はフラーモント(4月)の5日。イリアナの城砦への行軍が始まった。
 ペンハリゴン出発1日目。ウルフホルド丘陵をさまよっていた彼らは、にわか雨にさらされたため、ゆっくりと休める場所を探すことにした。
 すると、北西の方に洞窟らしきものが見えてくる。
 近づいていくにつれ、様子がはっきりとしてきた。
 洞窟の前にはノールが2体、見張りらしき様子で構えている。
 ノールとは、ハイエナの頭をもった、人間のような生き物である。一説によれば、邪悪な魔法使いの力によって、ノームとトロールが合体させられたものだと言われている。
 ノール語を解するシャーヴィリーが話しかけるが、ただちに追いたてられる羽目になってしまった。
 しかも、ノールの射手は腕前に長けていた。そのうえ、見張りのノールが仲間を呼び、洞窟の奥からさらなるハイエナ頭が駆けつけてくる始末。
 ドラフトホース(駄馬)に乗っている一行は、なんとか追手をまくことに成功したものの、気がつくとプロスペルの姿がない。
 どうやら、慣れない荒野での乗馬のため、うまく手綱をさばくことができず、振り落とされてしまったらしい。
 すかさずタモトらが手助けに入り、プロスペルを連れ戻すことに成功した。が、プロスペルはノールどもの攻撃を受けて、瀕死の状態にあった。

●2日目

 翌日。荒野での劣悪な寝処のためか、何人かが風邪をひいてしまった。それでも先を目指さねばならない。
 厄介なことに、イリアナの城砦の詳しい場所は知られていない。あるのは、ペンハリゴンの遥か北にあるという噂のみだ。
 正確な場所を知ろうと、グレイは「ソロモンポーション」を飲んで渡り鳥に話しかけたが、失敗に終わってしまった。
 夕方頃、丘陵の一番高い地点にたどり着いた。辺りを見回してみる。
 北には山々が、はるか東には奇妙な塔のような建物が、そしてそのそばには、人方の生き物の集団が、それぞれ窺える。
 一方、南東の方角には、うっそうとした森が茂っている。パーティはリアを偵察に出した。どうやらオークどもらしい。その数、およそ30体ほど。
 危険を察知したパーティは、夜中にもかかわらずキャンプの場所を変え、北の山のふもとにある、手ごろな茂みを寝処にすることとした。
 ノールが何体か追跡してきたようだが、一行が隠れている場所には気づかなかった。

●3日目

 3日目。昨日見えた塔のようなものの方角に進んでみた。
 丘陵だと時間を食うので、なるべく道の良いところを選ぶことにする。
 途中、昨日のオークどもの野営地を通った。が、彼らはすでに、いずこかへ姿を消してしまっていた。
 塔が近づいてきた。どうやら、イリアナの要塞とは様子が異なるようだ。グレイが言うには、魔法使いはよくあのような感じの塔に住んでいるという。
 塔に出向いて要塞の位置を聞き出そうとするパーティ。しかし、長い河が横切っており、近づくのは困難である。
 その時だった。一行は、何者かに見られていることに気がついた。
 振り返った時には、もう遅い。巨大な目玉が薄れていく。魔術師が使った「ウィザード・アイ」の呪文のようである。
 危険な空気を感じ取ったパーティは、可能な限りの速度で、その場を後にした。

●4日目

 4日目。オークの野営地へ戻ってきた一行は、先日の塔とオークたち、それにイリアナとは何らかの関係がありそうだ、と推測して、オークたちの目指した方向へ行ってみることにした。
 幸い、彼らは足跡を多く残していたので、後をつけるのは実に簡単だった。
 山に分け入り、道はだんだんと険しくなってくる。
 休息のために足を止めた瞬間、物陰から、一頭のヒポグリフ(グリフォンと雌馬のあいの子)が飛び出してきた。傷を負っており、ずいぶんと気が立っているようだ。
 不意を突かれたグレイが瀕死の重傷を負ったものの、タモトのバトルアックスの一閃で、敵は昇天してしまう。
 聞いた話では、グリフォンは光り物を集める習性があるという。ヒポグリフはどうだろう。好奇心にかられたパーティは、彼女が現れた洞窟を調べてみることにした。
 無駄な時間だ、とタモトやヨブは苛立ちを隠さないが、いったん火がついたリアやグレイの好奇心は止められない。
 そこは、ヒポグリフの巣穴だった。そしてその中では、まだ生後1〜2週間ほどの、ヒポグリフの子供が眠っていた。
 リアやタモトは、ペットとしてヒポグリフの子どもを連れていくことにする。

●城塞潜入

 山頂付近に到達した。怪しげな城塞が建っている。まさに天然の要蓋だ。
 接近しつつ、一行は中にはいるための策を練った。
 協議した結果、リアが単身、「エルブン・ブーツ」(足音を消す靴)と「インビジビリティ・ポーション」(透明化のポーション)を用いて、内部に潜入することになった。
 目的は、イリアナがモルドレイクらと繋がっている証拠を突き止めることである。
 「クライムウォール」や「ムーブサイレントリー」のシーフ能力を駆使し、素早く内部に忍び込む。
 なかには、数人の衛兵がうろついている。
 ほとんどはオークで、一部にホブゴブリンが混じっているだけだ。
 砦自体は、外囲いと内囲いの二重構造になっている。
 見張り塔の一つに司令官がいることを察したリアは、騒動を起こした隙に、イリアナが悪の手先であるという証拠を奪取しようと企む。
 砦の内部にある厩やオークの寝床が密集している場所に火を放つことに決めたのだ。

●司令官登場

 火は瞬く間に燃え広がり、辺りは大騒ぎになった。
 ホブゴブリンたちはあわてふためき、ボスのもとへと走っていく。
 すぐさま現れたのが、全身をプレートメイルで包み、青白く輝くメイスを持った黒髪の女と、鋭い刀傷をいくつも顔にこしらえた男だった。
 どちらも、熟練の戦士のみがもつ威厳を全身にみなぎらせている。
「これはどういうことだ」と、女が冷たい口調で問いただした。
「バーグルのやつの仕業ではなかろうか。これだから、魔法使いは信用ならぬ」
 男が口を挟む。
「めったなことを口にされぬよう、オーガン将軍。バーグルは色々と私によくしてくれた。そんな彼が裏切るとは信じがたい。何者か外部の者のしわざやもしれぬ。おそらく、アルテリスめの……。ヴァーディ、いやモルドレイクの奴は、つつがなく仕事をしているというのに」
 オーガン将軍と呼ばれた男の胸にはブラック・イーグル男爵領の紋章が刻まれていた。
 会話の内容から察するに、彼らは明らかに悪しきものどもと繋がってもいるようだ。
 証拠をつかんだリアは、とりあえずパーティのもとへと戻ろうと走り出した。
 その瞬間、彼女の透明化が破れてしまった。
 二人の傍らにたたずんでいたローブの男が放った呪文のためらしい。
 絶体絶命の危機である。命からがら、全速力で逃げに逃げた。
 装備が軽いのと、足が速かったのが幸いして、どうにか追手を引き離すことができた。
 しかし、眼前には、オークが5体ほど立ちふさがっていた。彼女は絶望に包まれた。

●「反逆者」

 リアの帰りを待ちながら砦の様子を窺っていたパーティの残りの面々は、すぐさま騒ぎに気づいた。勢いよく燃え上がる炎が見えたのだ。
 城門の方へ駆けつけると、悲鳴が聞こえてきた。これはまずい。
 一行は武器をとって城門を破ると、中に突入し、気絶しかけていた仲間を拾い上げて馬に乗せ、一路逃亡を図った。
 馬に乗ってしまえばこっちのものである。
 ――と思ったのも束の間、一瞬周囲の空気がざわついたかと思うと、彼らの前に、先ほどの女、「反逆者」イリアナ・ペンハリゴンが立ちはだかった。
「よくも、『死の収穫』の邪魔をしおって、虫けらどもめが! 目にものみせてくれるわ!」
 そう叫ぶと、イリアナは手にしていた巨大なメイスで馬上のヨブを殴りつけた。
 ヨブは吹き飛ばされながらも、必死で気力を振り絞り、悪態をつき、体勢を立て直して斬りかかる。
 ジーンにタモトも加勢する。
 その間、グレイ、リア、シャーヴィリー、プロスペルらは先を急いだ。

●「強力な魔法使い」

 城門からも1ダースほどのオークが現れ、こちらに向かってきた。中心にいるのは、オーガン将軍で、巨大な馬に乗って疾駆してくる。
 ヨブやタモト、それにジーンは、イリアナの放つメイスによって、相当の痛手を被っている。
 再度、イリアナがメイスでタモトに殴りかかった。
 とっさにドワーフは斧で攻撃を受け流そうと試みる。
 二つの武器が打ち合わされた瞬間、火花が迸ったかと思うと、巨大なエネルギーの奔流が溢れ、立っていられないほど巨大な地響きが発生した。
 オークどもは総毛立ち、「敵の中には強力な魔法使いがいるらしい」と騒いでいる。

●「常勝将軍」

 グレイは一瞬の隙をついて、イリアナに「チャーム・パーソン」(魅了)の呪文を唱えた。
 イリアナは抵抗できず、放心状態になってしまった。
 うつろな目をした彼女を、ヨブは拾い上げて馬に乗せ、人質として連行する。
 なお、彼女が取り落としたメイスは、抜け目ないジーンがちゃんと回収していた。
 しかし、その隙を逃さず、黒馬を駆って近づいてきたのはオーガン将軍。
 ヨブと目が合うと、にやりと笑った。
 そう、ヨブはブラック・イーグル男爵領出身。しかも、オーガン将軍とはただならぬ因縁があったのである。
 オーガン将軍は楽しげに笑う。
「よもや、お前がこやつらに加勢していたとはな。驚いたぞ。ここでお前を殺すのは惜しい。イリアナをこちらに渡せ。そうすれば今日のところは見逃しておいてやる」
 ヨブは頷き、イリアナを馬から下ろす。そうして、グレイの方を見て、顎をしゃくる。
 グレイはことを理解した。
 魂の抜けた顔をしているイリアナを指して、帰るように命令する。
 その様子を見て、オーガンは瞠目した。大きな笑い声を上げる。
「まさか、偶然は続くものだな。こんなところで放蕩息子と出会うことになろうとは。まさしく、青天の霹靂だ」
 オーガンは笑い続ける。
「よかろう、今回はお前らの勝ちだ。アルテリスにはそのように報告しておくんだな。だが、次に相まみえたときには容赦はせぬ。たとえ、我が息子が相手だろうともだ。それから、こいつの持っていたメイスも返してくれ。『ペトラの嘆きのメイス』を持つ者と、『ジルチェフの欺きの斧』を持つ者とが一緒にいては危険だからな」
 ジーンがうやうやしく差し出したメイスを受け取ってイルミナを後ろに乗せると、オーガンはきびすを返して馬に乗り、たちまち姿を消した。

●ペンハリゴンの惨劇

 かくして事態は素直に収拾したかのように思えた。
 彼らは無事に使命を果たし、砦を後にし山を越えて、無事、ペンハリゴンの街に舞い戻った。
 しかし、どうも街の様子がおかしい。ひどく荒廃しているのだ。
 行きつけの店の店主に様子を聞いた一行は、そこで衝撃の事実を知った。
 パーティが街を出てしばらく立ったあたりで、突然ノールやオークどもの群れが、街に攻撃をしかけてきたというのだ。
 ペンハリゴンの騎士団や、アリーナ率いるグリフォン聖騎士団の活躍もあって、勝利は目前に思えた。
 何よりも、思ったほど敵の数が多くないのが救いだった。
 その時である。
 騎士の一隊を任されていたモルドレイク公が変身し、巨大な緑竜となったのだ。
 緑竜は空を飛んで騎士たちに酸のブレスを吐きかけた。
 それに呼応するかのように、押され気味だったオークやノールも、体勢を立て直した。
 けれども、騎士たちの奮闘が功を奏したのと、オークどもが頼りにしていた補給部隊がなかなか到着しなかったためもあって、間一髪で竜やモンスターどもを追い払うことができたのだという。
 事の次第に驚いた冒険者たちは「三つの太陽」城に出向き、アルテリスに面会を申し入れた。

●名誉回復

 女領主は幾分やつれた顔つきで一行を出迎えた。
 そして、街に流れている噂は真実であると請け合った。
 そのうえで敵の援護部隊が到着しなかったのは、パーティのおかげだったということを知って、アルテリスは深く感謝した。
 彼女は冒険者たちにねぎらいの言葉をかけると、いくばくかの報酬と、「コート・ロード(名誉貴族)」の称号を与えた。
 そして、プロスペルの手をとり、犯罪者の濡れ衣が晴らされ、無事に名誉が回復されたことを告げたのだった。

posted by AGS at 05:00| 【連載】カラメイコス放浪記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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