2022年05月19日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.22

 2022年5月19日配信の「FT新聞」No.3403に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.22が掲載されました。今回はマーダーミステリーとの比較から、複数プロットのシナリオとタイムラインのあり方を考察しています。好評の新作『眠れぬ夜と息つけぬ昼』についても言及。


●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.22

 岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

 チーズ店は不自然なほど奇妙に静まり返っている。
 そして、"風"が乱れている。
 −−あれは、黒のダハール。
 第二の目がはっきりと捉えた。霊魂が集まり、何かを訴えている。
 悔しさ、悲しさ、形にならない無名の感情……。
 それらが入り混じり、わたしたちに何かを伝えようとしているのだ。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●タイムラインの重要性

 複数プロットのシナリオの話の続きとなります。
 『眠れぬ夜と息つけぬ昼』に収められたシナリオ群は、すべてが複数プロットの形式をとっています。冒険の舞台となる街や建物に、それぞれ異なる事情や思惑を抱えた人たちが居心地悪く同居しているわけで、そうした関係性を軸に起きる事件を1つのプロットだと考えれば、7つほどのプロットが用意されているということになります。
 もちろん、実際にプレイするにあたって、すべてのプロットがどのようなものかをプレイヤーの立場から完璧に解き明かすのは困難……ほとんど不可能でありましょう。
 −−とはいえ、登場する連中がどのような思惑で動いているのかをある程度は推測できなければ、怒涛のごとく巻き起こる事件の数々に翻弄されるだけに終わってしまいます(それもまた一興ですが)。
 本連載の前回の反響として、「鋼の旅団」さんからは、「複数プロットのシナリオを回すには、GMの事前準備が不可欠」というご意見をいただきました。
 まったくもってその通りです。具体的な準備としましては、「建築関係の人が使うような工程表めいた表をエクセルで自作しています」ということですが、このやり方は、シナリオを一読してもなかなか頭に入らないという方にはうってつけでしょう。
 手を動かすことで、シナリオの構造が自然に把握できるとともに、「このNPC、いまどこにいたっけ」という事態に陥らずに済むというわけですから。
 加えてこのご意見は、複数プロットのシナリオにおけるタイムラインの重要性ということを、さりげなく指摘してくださっている点が重要です。

●複数プロットとマーダーミステリー

 タイムラインという言葉は、最近はアナログゲームにおいては、マーダーミステリーがらみでよく聞くようになりました。
 マーダーミステリーとは、いわば「参加する推理小説」。複数のプレイヤーが正体や真の目的を秘匿しつつ、実際に推理することで他人の行動の動機を当てることが目されるタイプのデザインになっています。
 が、すべての行動が単一のプロットに還元されることは稀であり、多くの場合は、ある大目的(殺人事件)に関連して様々な思惑が複合的に交錯していく形を取ります。
 こうしたデザイン形式により、推理小説がまま陥りがちな、「探偵役と犯人についての記述は厚いものの、それ以外の描写は薄っぺらい」という状態を回避することができます。
 それゆえ、どこかで聞いたような大枠であっても、驚くほど多角的な物語を生むことが可能になりうるのでしょう。

●マーダーミステリーの不得手とするもの

 ただ余談ですが、マーダーミステリーは推理小説の古典がしばしば微に入り細を穿つように描写してきた、物理トリックの扱いが弱いように思われます。
 最近、ある優れたマーダーミステリーをプレイする機会がありました。綾辻行人〈館シリーズ〉ばりの館の地図が提供され、期待は高まったのですが、重要キャラクターにまつわる設定の作り込みは充実していたものの、館そのもののトリックは小さくまとまってしまっており、そこが難点といえば難点でした。
 それこそ島田荘司の小説のような大掛かりなトリックに限らず、ミステリの王道である複雑な密室トリックも(ゲームとしての再現が難しいため)どちらかといえばマーダーミステリーは不得手のように思われます。
 これはマーダーミステリーと推理小説のどちらが優れている、という話ではなく、それぞれの表現形式の特性を把握したうえで、なおかつ、そちらを乗り越えるようなデザインを模索すべきということなのだろうと思います。

●RPGとマーダーミステリー

 タイムラインについての話に戻りましょう。『眠れぬ夜と息つけぬ昼』でも、起こる出来事にはきちんとタイムラインが明示されています。
 構造だけを取れば、複雑プロットのシナリオは『ウォーハンマーRPG』に限らず、それこそ『T&T』や『混沌の渦』など、他のシステムでも充分に再現可能で、『クトゥルフの呼び声』(クトゥルフ神話TRPG)でも、それに近い内容のものも見たことがあります。
 こうしたRPGにおけるタイムラインのあり方は、マーダーミステリーにおけるタイムラインと重なる部分もありますが、異なる要素も散見されます。
 マーダーミステリーのタイムラインは、物語の基盤となる事件(殺人事件など)が「すでに起こったもの」として示されていることが多く、そのタイムラインの隙間を−−調査と推理によって−−埋めていく作業がメインとなります。
 PCが関わるタイムラインも、与えられたキャラクターの設定書に書き込まれているのが基本です(設定が進行とともに開示されてゆくケースもありますが)。
 対してRPGの場合、設定は所与のものだけではなく、キャンペーンのなかで自ら獲得し、作り上げていくものの比重の方が大きいように設計されています。
 各々のキャラクターがてんでバラバラに別々のプロットに絡むよりは、相談をしながら、ある程度の方向性をもってプロットに関与していくことの方が多くなります。
 それはRPGにおいては協力型のシステム・デザインが大半だからでしょう。
 近年は正体隠匿型のデザインも目立つようになってきており、マーダーミステリーとの差異は少しずつ解消されていく部分もあろうかと思います。
 ただ、正体を隠匿しているPCが多いなかでキャンペーンを持続させるのは、GMにとってかなりの熟練を要することは疑いありません。

●オールド・ワールドが舞台ということ

 さて、『ウォーハンマーRPG』で複数プロットの冒険を行う場合、まずもって、オールド・ワールドでの冒険だということが重要になってきます。
 嶮難なるオールド・ワールドは、中世後期から近世ヨーロッパがモデルになっているため、現実っぽく、泥臭くてパンクな価値観が共有されています。
 闇雲に裏切ることが推奨されているという意味ではありません。
 RPGのシナリオにまま見受けられる、シナリオの最後にはボスとの戦いを設定して半ば強制的にドラマを演出する……といった構造を、必ずしもそのまま踏襲する必要はないというわけですね。
 キャラクターにとり納得がいくのであれば、別にボスを放置して逃げ帰り、それで物語を閉じてしまってもよいわけです。
 取ってつけたような「イイ話」へ無理やり落とし込むよりは、キャラクターの生き様そのものを、ルールが強制するのではなく後押しするような設計、『ウォーハンマーRPG』は、それがやりやすい設計になっているというわけなのです。

●タイムラインを整理する

 そこでタイムラインの問題です。
 GMはこれをある程度、しっかり把握していくことが重要です。
 「鋼の旅団」さんのように工程表を自作するのもよいでしょうし、そこまで手間をかけられないという場合は、マーカーペンを使って、どれがどのプロットに関係しているのかを、視覚的に見分けられるようにしておくのもよいかもしれません。
 複数プロットのなかには、本筋に近い重要なものもあれば、PCたちが絡むべくもないような間柄のNPCたちが織りなすプロットも散見されます。
 それを逆手に取り、プロット間の重要度にランク付けをしておくのも有用でしょう。要するに、把握しやすいのが一番だということですね。

●巻き戻しはNG

 また、実際のセッションにおいては、PCたちはとかく好き勝手に動きたがります。
 PCたちの行動に合わせてGMがシナリオを柔軟に変化させていた結果、場合によっては辻褄が合わなくなってしまったり、あるいは間違った運用をしていたことに後から気づいたりする……というケースもあるでしょう。
 ただ、その場合、よほど致命的なものではない限り、GMは闇雲にタイムラインを巻き戻して提示するべきではありません。
 どうにも収拾が付かなかったプロットは、そのまま放置するというのも一つの手です。
 というのも、PCはあくまでもPCたちの視点でしか状況を把握しておりません。
 そのようなPC側から見えている景色に一貫性を与えることはGMのつとめであります。GMしか知らない部分の処理に汲々するよりは、PCたちが主体となって行動することに、意味を与えることが大事なのです。
 複数プロットというオールド・ワールドと相性がよい方式を選んでいる時点で、セッションにおいてプレイヤーが感じる「その世界で生きている」という想いは充分に充たされます。
 そのうえで、PCたちを自由に泳がせながら、各プロットの枠から逸脱しすぎないよう、自然にコントロールすることが大事になってくるわけです。
 プレイヤーからするとそれは、自分たちのコミットメントに意味を与えてほしい、ということになるでしょう。
 −−もう一度言います。
 プレイヤーの行動に意味を与えよ。
 裏設定がこんがらがったら捨て置き、その労力で表面化した矛盾を削り取れ。
 そうすれば、自然とオールド・ワールドらしさは出てくる。
 −−以上を念頭に起きつつ、的確に「プレイヤーを楽しませること」を目指してください。

●決闘裁判

 それでは本連載の前回で予告した、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の解説をやっていきましょう。ここに書いたことくらいで崩壊するようなものでこそありませんが、気になる方はご注意ください。
 第2話は、「裁判の長い一日」。これはロープと滑車を駆使したユニークな移動方法で入ることになる街、ケンペルバートが舞台となっており、裁判所の詳細な地図も添えられています。
 『ウォーハンマーRPG』は、2版の『ウォーハンマー・コンパニオン』の頃から裁判のルールが追加されており、4版でも法廷闘争や冤罪に題材をとったシナリオも存在します。
 ただし、「裁判の長い一日」は、裁判は裁判でも、なんと決闘裁判を扱う内容になっています。原告や被告のやとった代理戦士に決闘をしてもらい、その勝敗にすべてを委ねるといったタイプの裁判です。
 ゆえに裁判所だけではなく、このシナリオ集には闘技場のマップも添えられているというわけです。
 初版の頃からPCが就けるキャリアに代理戦士が用意されていたことに鑑みると、いわば当然でありましょう。そこに、「"三枚羽根"亭での眠れない夜」から継続したプロットや、まるで新規のプロットが入り乱れるというわけです。
 決闘裁判についてより詳しく知りたい方は、「Role&Roll」で連載中の「戦鎚傭兵団の中世"非"幻想事典」もご覧ください。連載第35回(「Role&Roll」Vol.145所収)、第66回(「Role&Roll」Vol.207所収)で、この制度を多角的に捉えようとしています。
 次回は第3話「オペラ座の夜」や、それ以降のさらなるシナリオについて紹介していきます。

∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
 発売日:2022年3月
 価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定

『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
 https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.5

 2022年5月5日配信の「FT新聞」No.3389で、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のリプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.5が配信されました。ペンハリゴン市内で起きた殺人事件についての話ですが、思わぬ大物も絡んできます。D&Dらしく、死者との対話の呪文も登場!

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.5

 岡和田晃

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●

●はじめに

 本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料等の各種を参照しています。前回T&Tからみの資料も使ったように、他のオールドスクール・ファンタジー作品への参照をしている場合もあります。
 前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/486402222.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第6話「鉄鎖」の内容となります。

●登場人物紹介

タモト/詩人ドワーフ、4レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、5レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、4レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、3レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、5レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、4レベル。

バーリン/一行に同行していたドワーフ。
プロスペル/ケルヴィン出身の騎士、4レベル。ペンハリゴンに派遣中。
アストラッド夫人/ペンハリゴン在住の貴族。プロスペルの親族。
「ルルンの」ヨランダ/絶世の美女にして評判の踊り子。ブラック・イーグル男爵領からの避難民にして、ヨブへの依頼主。
モルドレイク侯/ペンハリゴンの貴族。美男子だが、悪い噂が絶えない。
アリーナ・ハララン/グリフォン騎士団員。スレッショールドの街を治めるシャーレーン大司教の姪。
アルテリス・ペンハリゴン/男爵。ペンハリゴンの女領主。「氷の心」と噂される。
バーグル・ザ・インファマス/盗賊ギルド「アイアン・リング」の首領にして、ブラック・イーグル男爵の片腕。

●城塞都市ペンハリゴン

 ようやくペンハリゴンの街に到着した冒険者一行。
 単なる街というよりは、城砦都市だ。空気が、どこかピリピリしている。
 隣国ダロキン共和国やイラルアム首長国連邦との交易に沸くケルヴィンや、厳格なシャーレーン・ハララン大司教が治めるスレッショールドとは全く異なるのだ。
 おそらく、長年、丘陵を蹂躙するオークやオーガーどもと戦いを続けてきたためだろう。
 不安を抱きながらも、一行は長旅の疲れを癒そうと宿へと直行した。
 看板が目に入る。「真鍮製の王女様」亭。変わった屋号だ。
 「氷の心」と陰口を叩かれている、この地の女領主アルテリス・ペンハリゴン男爵を揶揄しているのだろうか。
 ここでパーティは、グリフォン聖騎士団の面々、そしてバーリンに別れを告げた。
 そして、この地で必要な補給を試みる。
 しかし、マジックアイテムはやはり高嶺の花。ポーション・オヴ・ヒーリングのような低レベルのアイテムしか手が出ない。

●騒動

 一行は観光がてら、様々な店を見物することにする。
 −−その時だった。
 玩具屋に向かうハーフリングのように目を輝かせて駆け出したグレイと、反対側から歩いてきた騎士装束の男がぶつかったのだ。
 男は丁寧に侘びた。高貴な身なりで、いかにも育ちがよさそうだ。
 グレイはにやりとする。カモ発見だ。
 仲間に目配せすると、彼はただちに「因縁」をつけにかかった。
 とは言っても、どこぞのチンピラのように脅しにかかるわけではない。
 童顔のグレイらしく、純真無垢な子供を装ってタカリにかかるのだ。魔法にはカネがかかると、身にしみたがゆえの処世術である。
 けれども、相手の男がその意図に気づかないはずはない。
 実直な騎士は烈火の如く怒った。
 案の定、辺りは大騒ぎとなり、衛兵まで駆けつけてくる始末。
 おまけにグレイは隣のリアを「お姉ちゃん」と呼び、あくまで責任を逃れようとする……。
 リアの取りなしで事態は収拾したものの、「プロスペル」と名乗る騎士は怒り収まらぬ様子であった。
 −−が、衛兵の顔を見るやいなや、なぜか彼は、慌てて去っていった。

●放蕩貴族の身の上

 プロスペルはケルヴィン伯デスモント・ケルヴィン卿の寵臣を父に持つ貴族である。
 いずれは、父の後を継がねばならない身の上だ。
 ゆえに後学のために、彼はペンハリゴンに派遣された。
 そして、父方の従姉妹であるアストラッド夫人に仕え、貴族に相応しいだけの教養を積み、礼儀作法を学ぶよう命じられたのである。
 けれども夫人は大変気難しく、プロスペルのちょっとしたミスも容赦しなかった。
 すっかり嫌気がさした彼は、そのまま街に飛び出したのだ。

●再会

 グレイとのいざこざを逃れ、プロスペルは宿で一息つくことにした。
 「真鍮製の王女様」亭。幸い、幾日か滞在できるくらいの金子はある。
 しかし、彼はそこで、再び先ほどの冒険者連中と出会ってしまった。
 もちろん、プロスペルとヨブは戦士としての見栄を張り合う。
 怪我の功名。雨降って地固まる。なんとかお互い打ち解けることができた。
 けれども、災難は続くもの。
 彼らは、隣の席で商人風の男たちが交わしていた噂話を小耳に挟んでしまった。
 なんと、ペンハリゴンの宮廷内で、アストラッド夫人という女性が殺害されたという。
 しかも、驚くべきことに、犯人と目されているのは、どうやらプロスペル自身らしい!
 だが、パーティにしてみれば、どうしてもプロスペルがそのようなことをするようには思えない。それはグレイもリアも同意するところだ。
 一行は事情を探ってみることに決めた。
 一刻も早く「ルルンの」ヨランダに頼まれたロスト・ドリームの湖を目指したいヨブだけは、一人反対したが……。

●調査開始

 情報が早いのは、なんといっても盗賊ギルドだ。
 そこで早速、リアは「盗賊の王国」ペンハリゴン支部へと向かった。
 彼女を待ち受けていたのは、彼女の父の友人というゲオルグという名の男だった。
 ひょうきんな男だが、くだんの殺人事件の話を持ち出すと表情が険しくなった。
 どうやら、この件には「アイアン・リング」が関わっているようだからである。
 噂では、アストラッド夫人は殺された後、城門付近に逆さ吊りにされていたと噂されている。
 それは、「アイアン・リング」が犠牲者を見せしめにする常套手段なのだ。

●モルドレイク

 残りの面々は、手分けして情報収集に向かった。
 判明したのは、どうやら公爵夫人はモルドレイク候という新興の貴族と深い関係にあったらしい、ということだった。
 モルドレイクはハンサムで有能だが、腹黒い噂が絶えない男である。
 進退に悩むが、ジーンが再びカラメイコス教会に話を聞きに行くことになった。
 だが、ジーンはその途中で衛兵に捕まってしまった。
 昼間、プロスペルと一緒に行動していたところを見られたからである。
 衛兵の詰所に連れて行かれた彼を尋問したのは、張本人のモルドレイク自身。
 モルドレイクは血相を変えて、ジーンからプロスペルの居場所を聞きだそうとする。
 当局は彼を犯人と断定したわけではないが、限りなくそれに近い存在であると考えているらしい。
 しかしジーンはモルドレイクの詰問をのらりくらりと受け流した。
 結果、プロスペルを見かけたらすぐさま連絡するようにと釘を刺されはしたが、無事に釈放されたのだった。

●アリーナに会うべきか?

 ようやく教会を訪ねたジーンは、新たな情報を得た。
 グリフォン聖騎士団の隊長アリーナ・ハラランが、当局に招聘されたというのである。
 どうやら、彼女に公爵夫人の死体に「スピーク・ウィズ・ザ・デッド」(死者との会話)の魔法をかけさせ、真相を探るためらしい。
 ペンハリゴンに高レベルのクレリックは少ないため、アリーナはまさしく格好の人材なのだ。
 冒険者たちは相談する。
 元グリフォン聖騎士団員であるシャーヴィリーのコネを使えば、アリーナに会うことはたやすい。
 −−だが、プロスペルが犯人扱いされているなら、その計画はあまりにも危険ではないか? と。
 結論が出ないまま、その日はもう遅いので、パーティは休むことにした。

●真夜中の襲撃

 真夜中。
 突然の物音にプロスペルは目を覚ました。
 目の前には、ボーイらしき少年が立っている。
 たしか、鍵はかけたはずだが。
 警戒したプロスペルは、少年にいくつか質問を投げかけた。
 案の定、帰ってくる答えはまったく支離滅裂である。
 プロスペルが剣を抜くと、観念したのか、相手は襲いかかってきた。
 小柄な体が盛り上がり、剛毛が生え、牙が伸びる。
 そう、敵はワーウルフだったのだ! 
 驚くプロスペル。しかも、今まで眠っていた彼は、鎧を着ていない(クラシックD&Dでは、しばしば致命的である)。
 かろうじて応戦するものの、狼はなかなかの手だれだった。
 事態に気づいたパーティの他の面々も戦いに加わるが、思うように攻撃が当たらない。
 ようやく敵が倒れた頃には、プロスペルはかなりの深手を負っていた。
 それを見たグレイは、ワーウルフなどの獣人(ライカンスロープ)に重傷を負わされたものはライカンスロピィという病気に感染してしまい、近くワーウルフになってしまうことを思い出した。
 高位のクレリックに治療してもらわねば、やがてプロスペルもワーウルフと化してしまうだろう。
 しかも、獣人の腕には、「アイアン・リング」の刺青があった。もはや手段を選んではいられない。
 やむをえず、彼らはアリーナのもとに向かった。

●女領主アルテリス・ペンハリゴン

 アリーナの部屋に通された一行は、彼女の隣にペンハリゴン領主アルテリスがいるのを見て驚いた。
 どうやら、何かを相談していたらしい。
 シャーヴィリーが殺人事件について尋ねると、アルテリスは顔を曇らせた。
「わらわはプロスペルが犯人だとは思っておりませぬ。
 確かに、アリーナの魔法の結果、公爵夫人が死に際に見た光景は、プロスペルが殺人者であることを示しておりました。
 けれども、何か腑に落ちないものが残りました。見えているもの全てが真実であるとは限らない、という直観が働いたのです」
 彼女は今までに何度か同じ事態に遭遇したことがあるという。
 この世の中にはドッペルゲンガーやドレイクなどといった、人の姿に化けることのできる怪物や、「ポリモーフ」などの変身の魔法を覚えた魔法使いも存在する。
 ゆえに犯人がプロスペルの姿をしていたからといって、必ずしも本人である保証はないというのだ。
 そこでアルテリスは独自の調査を行った。
 それによれば、アストラッド夫人は、かねてよりモルドレイク候と親しい中であったらしい。
 リアは「盗賊の王国」経由で得た情報と一致すると、強く頷く。
 そのうえ、モルドレイクには、イリアナ・ペンハリゴンという名の新興貴族を熱心に支援していた記録もある。
 イリアナ・ペンハリゴンは、アルテリスの「姉」と自称している。
 自分は前ペンハリゴン領主アルトゥラス・ペンハリゴンの隠し子であると主張し、ペンハリゴン家の領土と爵位の譲渡を要求しているのだ。
 はじめは単なる山師かと思われていたが、彼女は年々その勢力を増している。
 しかも、その背後には、かのルートヴィヒ「ブラックイーグル」フォン・ヘンドリックス男爵の片腕にして「アイアン・リング」の首領、バーグル・ザ・インファマスという邪悪な魔法使いがついているらしい。
 つまりアルテリスは、モルドレイクがイリアナと手を組んで、クーデターを起こそうとしているのではないかと疑っているのだ。

●提案

 アルテリス・ペンハリゴンは提案した。
 彼らを無事ペンハリゴンから脱出させるかわりに、イリアナの城に向かい、情勢を探ってくるように、と。
 冒険者たちが頷くと、アルテリスは微笑んだ。
 それは、噂に聞くような氷の微笑ではなかった……。
 そう、蜘蛛の巣のように複雑に絡み合う陰謀の鉄鎖を断ち切ろうとする力に僅かな光明を見た、一人の女性のものだった。
posted by AGS at 11:43| 【連載】カラメイコス放浪記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。