2022年4月21日配信の「FT新聞」No.3375に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.21が掲載されています。新作『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の巻頭シナリオ「“三枚羽根”亭の眠れない夜」や、本日発売「墓穴掘るならご勝手に」が採用している複数プロットのシナリオについて。
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.21
岡和田晃
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いざ方向を決めると、魔狩人の目の色が変わった。
シグマーの加護というよりは、動物的な直感としかいえない気がする。
近くに、混沌がいる。
私には「魔力の風」が変化するのが見えた。どす黒い「風」だけではない。
無実の罪で殺された霊魂のようなものが、彼の回りを取り巻いているのだ。
けれども、魔狩人は悪びれる様子もなく、そのような「尊い犠牲」はやむをえないとでも言うかのように、髪をかきあげ、舌なめずりをした。
こいつは、自らの正義を確信している。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●「複数の思惑のぶつかり合い?」
2022年3月末に発売された『ウォーハンマーRPG』のシナリオ集、3冊。
そのうち『ライクランド綺譚』の概要は、本連載の前回で解説しました。
引き続いて『眠れぬ夜と息つけぬ昼』を紹介していきたいと思います。
前回もお話しましたが、このシナリオ集に収録されている作品は、すべてが複数プロットの作品となっています。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の序文では、ベテラン・デザイナーのグレアム(グリーム)・デイビス曰く、
「舞台においては古代ローマ時代から喜劇に必要不可欠であった複数の思惑のぶつかり合い、それによって生まれる狂騒をロールプレイで表現したいと思った」とあります。
古代ローマの喜劇というとセネカやプラントゥス、テレンティウスの名前を思い浮かべる人もいらっしゃるかもしれませんが……日本の落語なんかでもしばしば見受けられる、「複数の思惑のぶつかり合い」や「すれ違い」から生まれるおかしみが大きなテーマになっていると言えるでしょう。
単なる群像劇というわけではありません。小説における群像劇が、しばしば作者の考えをたくさんのキャラクターへ断片的に分散させているのに比べ、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、一つのシナリオに7本のプロットが存在したとして、それらのなかには交差する内容のものも一部含まれますが、基本的には個々のプロットは独立しており、相互に関わりはありません。
ゆえに、こう言い換えてもかまわないでしょう。そもそも7本のプロットがあるのであれば、シナリオに登場するNPCたちの思惑は、少なくとも7通りが考えられるということです。そして、それらのシナリオは結局のところ、互いに交わらないことがしばしばです。
そうした複数の思惑のぶつかり合いは、必然的に狂騒状態を招きます。
このドタバタが、スラップスティックな面白さを生むというのはもとより、先読みが利いてしまう類型的なシナリオとはまったく異なったストーリー体験をもたらします。
そう、複数プロットのシナリオは、どうしようもなく"リアル"なのです。
4月には、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』にも通じる複数プロット・アドベンチャー「墓穴掘るならご勝手に」もコノスから発売になったばかりです。
●個別の小冒険が拡散されていく構造
そうは言っても、複数プロットのシナリオにおける基本的な考え方に慣れていないプレイヤーは、ある事件の手がかりが、別の事件にどのように関わってくるのか。ともすれば、それが見えずに苦しむことになります。
そのため、基本的な考え方を押さえておくのは重要です。
例えば、シティ・アドベンチャーでは、しばしば陰謀劇が扱われます。
相互にまったく関係のないかに見える事件が、背後の黒幕によって操作されていた……などという話も、まるで珍しいものではないのです。
ところがマルチプロットのシナリオでも陰謀劇は扱われますが、事件Aと事件Bが、そのまま単線的に結びつく、ということはほとんどありません。
「事件Aの解決に乗り込んでいるさなか、事件Bが起きた。相互に舞台は同じだけれども、最後まで何の繋がりもなかった」ということもままあります。
このことがかえって、世界はPCたちだけで動いているとわけではないと、広がりやリアリズムをもたらしているかのように思うのです。
個々のプロットは、それぞれ別個に説明されたうえで、どのタイミングで関わってくるのかが時系列で整理されていますが、あるプロットの解決に関わるなか、別のプロットが発動するので、必然的に各々のプロットは個別の小冒険として処理せざるをえなくなります。
こうした個別の小冒険が有機的な繋がりを持つものの、それが単一のストーリーに収斂されるのではなく、逆に拡散される構造になっているのが複数プロット方式の面白いところです。
●『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定
あまりに抽象的すぎるとイメージが沸かないかもしれません。
そのためか、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の基本設定は、巻頭に収められている古典的なシナリオ「"三枚羽根"亭での眠れない夜」をベースにしています。
裏表紙の解説の現物は、こんな具合になっています。
アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯と、オットー・フォン・ダメンブラッツ男爵との酷烈な面罵合戦についてお話しよう。古今東西のいかなる物語にも似ていない、驚天動地の壮大きわまる劇(ドラマ)で、邪悪な魔女、冒涜的なディーモン、信用ならない暗殺者、悪辣極まりない殺人と、みどころ満載。むろん極めつけに耳目を集めるのは、ナルンの女候と一緒に過ごす、オペラの夕べ。エンパイアが誇る名優中の名優、デトレフ・ジールックが、舞台で我々を愉しませてくれる! 天井桟敷を唸らせる会心の作だ。さあさ寄ってらっしゃい、開幕だ……。
『眠れぬ夜と息つけぬ昼:ウォーハンマーRPG シナリオ集』には、『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ゲームデザイナーであるグレアム・デイビスの手になる5本の卓越したシナリオが収められている。これらの血湧き肉躍るアドベンチャーは個別にプレイすることも、組み合わせて5部構成の叙事詩的なキャンペーンとすることも可能である。そこでは、2つの貴族家門の諍いがライクランドをまたにかけた衝突にまで発展し、我らが大胆不敵な英雄たちが巻き込まれる。さらにこの『眠れぬ夜と息つけぬ昼』では、プレイヤーが選べるまったく新しい種族であるノームと、海千山千の冒険者さえも夢中にさせるバラエティに富んだ酒場でのゲーム(パブ・ゲーム)各種も紹介されている。
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」は、『ウォーハンマーRPG』初版(『さまよえる魂』所収、柘植恵訳)、第2版(『略奪品の貯蔵庫』所収、鶴田慶之訳)でも、それぞれ邦訳されましたので、ご存知の方も多いかもしれません。
これは一度プレイしたら忘れられない作品で、実はファンタジーRPGならば他のシナリオにコンバートさせることも可能。
実際、私が最初に「"三枚羽根"亭の眠れない夜」を初めて遊んだのは、『ウォーハンマーRPG』ではありませんでした。
ヒストリカルRPG『混沌の渦』のシナリオにコンバートしたものを、レフリー(=ゲームマスター)としてプレイしたのです。
運命点のルールはなかったので若干シビアで、プレイヤーからは「三十分ごとに人が死んでいく」(注:やや誇張気味ですが)、「複雑に絡み合ったと思われるプロットが、実は互いにさっぱり関係なかった」なとどいう感想をいただいたものでした(注:実際には関係あります)。
●中心キャラクター、マリア=ウルリケ女伯
「"三枚羽根"亭の眠れない夜」のプロットのもっとも基礎となるものは、アンボスシュタイン家のマリア=ウルリケ・フォン・リーベヴィッツ女伯です。
彼女はオールド・ワールドの有名人、ナルンの女侯エマニュエル・フォン・リーベヴィッツの姪。
彼女らはオットー・フォン・ダメンブラッツ男爵に深く恨まれています。男爵は自分の父親が、彼女らに殺されたと信じており、裁判沙汰になっているのです。
しかも、この裁判といっても、昔ながらの決闘裁判。戦いで勝った方に正当性があるというもの。
わざわざ代理戦士を連れて歩いており、その代理戦士が複数プロットの序盤から出ずっぱりで、否が応でもPCたちは関わらざるをえなくなります。
初版のシナリオにおいては、このマリア=ウルリケ女伯は、所持品に「多すぎて、書ききれない」と書かれていることからもわかるとおり、わかりやすい典型的な貴族として表象されていました。
実際、私がGMしたときも、貴族ならではの鼻持ちならない感じや、逆に世間知らずで細かいことを気にしない様子を強調してプレイしていました。
第4版では、マリア=ウルリケ女伯や、エマニュエル女侯には、それぞれ美麗なイラストが添えられ、一気に親しみが湧く仕掛けがもたらされているとともに、若干マイルドになった印象があります。
そのぶん、時系列で起こるイベントは4版がもっとも情報量が強化されており、追加ルール「パブ・ゲーム」をさっそく活かすことのできるようなイベントが強化されています。
単にキャラクターをコテコテなものとして扱うよりは、より外堀を埋める形で、存在感を増すような仕掛けになっていると申しましょうか。
●パブ・ゲームが充実
「パブ・ゲーム」とは、実際に中世や近世で遊ばれていたようなゲームが、オールド・ワールドではどう遊ばれていたのかをまとめて紹介するもの。
中世フランスに実際に存在したダイス遊び「アザール」をモデルとした「アル・ザフル」から、おなじみアーム・レスリングやダーツ、さらにはドミノといった馴染み深いもの、スキットル(蒸留酒を入れる携帯用容器)を倒す「仕立て屋に突っ込む獣(ビースト・アマング・ザ・テイラーズ)」から、「セレヴィス」や「緋色の皇后(スカーレット・エンプレス)」と呼ばれるカード・ゲームまで、15種類のゲームが紹介されているのです。
感心したのは、オールド・ワールドにおけるカード・デッキがきちんと別立てで紹介されていること。
実は、とりわけ英語圏において、トランプやタロット・カードの歴史は一代潮流をなしており、充実した先行研究があります。ここをリアルにするというのは、架空世界に説得力を与えるうえで、たいへん有効なのですね。
こうした「パブ・ゲーム」のほか、舞台となる宿屋の設定や登場人物、さらには続くシナリオにおける裁判所やオペラ座の様子が大変生き生きと描かれているのが、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』の特徴ですが……そちらは次回、じっくり確認してみるといたしましょう。
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『ウォーハンマーRPG 眠れぬ夜と息つけぬ昼』
発売日:2022年3月
価格:4,800円(+税) 書籍発売中/PDFデータ版発売予定
『墓穴掘るならご勝手に』(ウォーハンマーRPG 複数プロット・アドベンチャー)
発売日:2022年4月
価格:700円(+税) *PDFデータ版のみ
https://conos.jp/product/wh-its-your-funeral/
『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
2022年04月21日
2022年04月12日
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.4
2022年4月7日配信の「FT新聞」No.3361に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.4 が掲載されました。アザー・プレーンの冒険から、「三つの太陽」城があるペンハリゴンの街へ。ちなみに「ザ・ウゥープス・マン」はT&T関係より出張しております。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.4
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/486114465.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第5話「ヴォーテックス」の内容となります。
●登場人物紹介
タモト/詩人ドワーフ、3レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、4レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、3レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、2レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、4レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、死亡中。
フェドーネ/ヴァリア・エルフ。
「ルルンの」ヨランダ/絶世の美女にして評判の踊り子。ブラック・イーグル男爵領からの避難民にして、ヨブへの依頼主。
バリムーア/謎に満ちた、邪悪な存在。
ザ・ウゥープス・マン/正体不明の道化。
ジョン・セルター/元・グリフォン聖騎士団員。
アルフリック/カラメイコス大教会の高司祭。
ヘルムート/若きグリフォン聖騎士団員。
アリーナ・ハララン/グリフォン騎士団員。スレッショールドの街を治めるシャーレーン大司教の姪。
カラノス/ケルヴィンの街を拠点とする船頭。
ミーシャ/船着場の主。
ピョートル/サキスキンの農場主。
アルファナ/ピョートルの義理の妹。
クズマ/ピョートルの母。
ヴァーディリス/グリーン・ドラゴン。
●メダリオン発動
新たな冒険に打ち震えたのはいいものの、さて、どうするべきか。
ヨブの死体を目の前にして、またもや途方に暮れるパーティ。
ゴブリンは多少の財宝を所持しており、「魔法の10フィート棒」という特殊なアイテムをも隠し持っていた。
が、依然として死人は死んだままである。
……そうしていると、ヨブの首にかけていたメダリオンが徐々に光り始めた。
輝きは瞬く間に大きくなり、彼らをまるごと包み込んだ。
●ワーム・ホール
パーティは、灰色の霧の中にいるのに気がついた。
霧は、まるでダンジョンの通路のように縦に伸びている。
ヨブを含む(!)パーティは、まるで海の中を泳ぐように、上へ上へと進んでいった。
時間と空間が一体になったような、奇妙な感覚。
ところどころに渦が巻いており、その中から4色のエレメンタルが出入りしているような不思議な光景が広がる。
目の前が明るくなってきた。
吸い寄せられるように、一行はその出口らしきものへと向かっていく。
一瞬だった。目の前が真っ暗だ。
星ぼしが瞬いている……。
●フェドーネの島で
美しい女性が微笑んでいる。
伝説のエルフの女王を髣髴させる容貌。
彼女はフェドーネと名乗った。
そのときパーティは、まるで「フライ」の魔法をかけたときのように、自分たちが宙に浮かんでいることに気づいた。
フェドーネはパーティを星ぼしのうち、特定の一つへと導いた。
次の瞬間、目指す場所に到着していた。
そこは、小さな島だった。
全体が、ほのかな輝きを帯びている。
怪訝な顔をしているパーティに、フェドーネは説明する。
−−ここは、ヴァリア・エルフの島なのです−−
ヴァリア・エルフ!
現在、カラメイコスの地に住むエルフは、そのすべてがカラーリー・エルフという種である。
ヴァリア・エルフは伝説の中にしか登場しない存在なのだ。
フェドーネは、ヨブがかけていたメダリオン(Vol.3で「ルルンの」ヨランダからもらったもの)が、彼らをここへと導いたのだと説明した。
そして、口をはさむような間も与えず、奥に去ってしまった。
●生命の樹
慌てて後を追ったパーティが目にしたものは、天までとどかんばかりに聳え立つ巨大な樹木だった。
その周りには、数人のヴァリア・エルフが集まり、敬虔に、祈りを捧げていた。
−−これは、生命の樹(トゥリー・オブ・ライフ)です。そしてこの樹こそが、我々の魂なのです。同時に、あなたがたの魂の一部でもあります−−
フェドーネが、透き通るような声でそう告げる。
彼女によれば、この樹は、このプレーン(次元界)を支えているもの。
同時に、樹は他のプレーンにも存在し、それぞれが、各々の属する次元界を支えているのである。
ようやく一行にも、彼女の話が飲み込めてきた。
彼らが今いるのは、プライム・プレーン(物質界)とはかけ離れた別の次元界(アザー・プレーン)なのである。
ヨブのかけていたメダリオンの魔力が、着用者の死とともに解き放たれ、周囲をも巻き込み、フェドーネやヴァリア・エルフの住む領域まで導いたのだ。
それを聞いて、魔術師のグレイが叫んだ。
「わかったぞ、僕らは、ワーム・ホールを通ってきたんだ! でも、奇跡だ! ヴォーテックスに飲み込まれずに、アザー・プレーンに行くことができるなんて!」
グレイの説明によれば、別のプレーンに渡ることはとても難しいらしい。
たとえ高位の魔法使いであったとしても、ワーム・ホールと呼ばれる、プレーン同士を結びつける通路を永久に彷徨ったり、ヴォーテックスと呼ばれる渦の中に巻き込まれてしまうのが関の山なのだという。
おまけにワーム・ホールには、ブラック・ボールやプレーナー・スパイダーといった奇妙なモンスターはおろか、下位のイモータル(不死者、神)までもが跳梁跋扈しているのである!
●躊躇
グレイの言葉を肯うと、フェドーネは続ける。
−−プライム・プレーンにも、いくつかの生命の樹は存在し、文字通り世界の大黒柱となっています−−
そこでフェドーネは話を区切り、そばにいた別のエルフに声をかける。
エルフはうなずくと、すぐに透明な容器を持ってきた。
中には、ほのかに青く色づいた液体が入っている。
−−これは生命の樹の樹液です。ヨブ、あなたの肉体は現在、徐々にプライム・プレーンを離れつつあります。
他の皆さんはイセリアル体(幽体)となっても、戻るべき肉体がありますが、あなたは違います。
さあ、これをお飲みなさい。そうすれば、一度だけあなたの肉体は甦り、元通り生命を取り戻すことができるでしょう−−
ヨブは差し出された容器を受け取った。
エルフ流の、見事な細工がしてある。
「エルフたちにもこのような芸当ができるとはな」
ドワーフのタモトが毒づいた。
けれども、ヨブは躊躇している。
「なあ、俺がこれを飲むと、なんか面倒ごとに巻き込まれちまうんじゃないか? せっかく生き返っても、それじゃ、ちょっとなあ」
グレイが口をはさむ。
「あんた、ここまで来ていったい何を言ってるんだ」ほとほと呆れているようだ。
あらゆるものごとを損得勘定に換算する彼の性根に憤っていると言ってもいい。
「みんな、あんたが死んでどれだけ悲しんでいたと思うんだ」
リアが、グレイの頬を叩いた。
「何するんだ!」
激高するグレイに、リアが言い聞かせる。
「そうじゃないの。ヨブは、私たちのことを考えて言っているのよ。
生き返りたくない人なんていると思うの?
ヨブは自分が生き返ったおかげで、私たちがこれ以上面倒に巻き込まれたりするのを避けようとしているのよ」
ヨブは何も答えない。
フェドーネが静かに口を開く。
−−お答えしましょう。これを飲めば、あなたは、生命の樹の一部となるのです。
いや、この表現では正確でないかもしれませんね。つまり、あなたは、生命の樹の力を分け与えてもらうのです。
そしてそのために、あなたは樹に仕えるという義務を負うことになるのです。
義務と言っても、そこのエルフたちのように、樹の世話をするわけではありません。
あなたがたがすることは、樹が外敵によって汚されていくのを防ぐことなのです。
私が「クリスタル・ボール」を用いて得た情報によれば、あなたがたが住んでいるプレーンの生命の樹が、大いなる悪によって穢されようとしています。
あなたがたのプレーンでは、樹は、アルフハイムと呼ばれる森の中にあります。
他にもいくつかあるようですが、はっきりと見えるのはそこだけです。
『バリムーア』という名を除いては、詳しい情報すら得られません。
魔力に満ちた、邪悪な存在だということはわかるのですが−−
ここでヨブは振り返った。
皆は彼の意図を悟り、静かに首肯した。
「わかった。条件を呑もう。
しかしだ、俺が樹を守ろうとすれば、あいつらも危険に巻き込まれることになるのではないか?」
再び、間。フェドーネが、厳かに告げた。
−−わかりました。では、あなた方全員に、樹液を飲んでいただきましょう。
生命の樹の力は偉大です。生者には、新たなる活力を与えるのです−−
フェドーネは、厳かに告げた。
かくして一行は、生命の樹の恩恵をあずかることとなった。
ヨブは無事甦り、残りのメンバーは、ヒットポイントの上限が2ポイント上がるという、思わぬ成果を得る(クラシックD&Dでは、これはとても大きい)。
生命の樹の恩恵は、実に偉大であった。
●恐怖
しかし、行きはよくとも帰りは怖い。
忌まわしいとは、このような出来事を記す際に用いられる言葉だろう。
フェドーネが作ってくれた、特殊な「コンティニュアルライト(持続光)」の明かりに従って、パーティは、再びワーム・ホールの中をたゆたっていた。
すると突然、彼方のヴォーテックスから七色の煙が吹き出たかと思うと、こちらに近づいてきて、ゆっくりと人型を取った。
緑の仮面のようなものを身につけた、奇怪な格好の男だ。耳障りな声を響かせて、彼は言った。
「ハロー! いや、おはようというべきだったかな? それでは、おはよう、こんにちは、明日の分のおはよう!」
あっけにとられる一行。
「あれー? 聞こえないのかなあ? ま、とりあえず自己紹介しよう。
私の名前は、ザ・ウゥープス・マン。
ん? ウォォープス・マンだったかな?
ともかく、そういう名前だ。思い出した。
『悪魔も恐れぬ男』。もしくは『神にも道を譲らぬ者』とも呼ばれておるな。
イカす男は、いくつもの名前を巧みに使いわけるのだよ」
あまりにおかしな男の様子に、恐ろしい怪物との遭遇を予期していたパーティは拍子抜けしてしまった。
ひょっとしたら、こいつが「バリムーア」か? などと邪推する。
そんな一行の思惑を顧みることもせず、男は勝手に、つじつまの合わない言葉を喋り続ける。
男はとにかく、「同じ立方体でも、見る角度によって、全く別の図形に変わる」がごとく、ただひたすらに、奇怪な発言を続ける。
そして、彼がターゲットに選んだのはリアだった。
……。
永遠とも思われる時間が過ぎ去った。
男は、現れたときと全く同じような調子で、ヴォーテックスの向うに消えていった。
リアは憔悴して、発狂寸前だったものの、実質的な損害は全くない。
パーティは、男が何を意図していたのかが最後まで全くわからなかった。
●生還
ともかく、パーティは無事、プライム・プレーンに戻ってきた。
ピョートル一家が、一行の様子を心配そうに見守っている。
「よかった!」
パーティが意識を取り戻したのを見て、アルファナが叫んだ。
ピョートルや、クズマも同様に喜んでいる。
クズマなどは、ゴブリンどもを裏で操っていた邪悪な魔法使いどもが復讐を仕掛けたのではないかといぶかしんだりしていたほどだ。
が、サキスキン農場の面々も、パーティが次々と語る奇妙な体験を聞かされて、半信半疑ながらも事の真相を理解し始めた。
何より、死んだはずのヨブが実際に甦ったことが印象強かったようだ。
●シャーヴィリー、グリフォン聖騎士団に入団す
一方、シャーヴィリーは、「レイズ・デッド」の後遺症を引きずることもなく、ようやく部屋の中を歩き回ることが出来るほどにまで回復を遂げていた。
アルフリックから、パーティの面々が旅立つときに置いていった手紙を渡され、ことの成り行きも理解した。
そんな彼女の心を読んだかのように、アルフリックが問い掛けてくる。
「君は、これからどうするつもりだ?」
シャーヴィリーは答える。
「とりあえずウルフホルド丘陵に向かい、仲間と合流するつもりです」
「それならば、いい案がある」
アルフリックが提案する。
「グリフォン聖騎士団に入隊してはどうだ」
突然の一言に、シャーヴィリーは目を白黒させる。
それもそのはず、聖騎士団は、経験を積み、厚い信仰心を有した者でなければ入隊はかなわないのだ。
「大丈夫だ」アルフリックはウィンクをする。
「なにもおまえに、騎士になれ、と言っているわけではない。
どうせ他のメンバーと合流するならば、一人で出かけるのは心細いから、聖騎士団の連中と一緒に行ってはどうか? と言っているのだよ。
隊長のアリーナ・ハラランには私から事情を話しておこう。とりあえずは従者という身分での入隊となるのだけれども、それでよいかな?」
断る理由など、あるはずがなかった。
かくして、シャーヴィリーは、聖騎士団の従者として、ウルフホルド丘陵を越え、一路ペンハリゴンの街へと向かうことになったのである。
●船着き場の戦い
結局、ピョートル一家は、この地で暮らしていくことをあきらめ、一時ケルヴィンに住む親戚の方に身を寄せるという。
パーティも、とりあえず彼らに同行し、ミーシャの船着場まで戻ることにする。
特に迷うこともなく、すんなりと進むことができた。
船着場に近づいていくと、何やら騒がしい。
どうやら、戦いが起こっているらしい。慌てて近づいていくと、叫び声が上がった。
「助けてくれぇ!」カラノスの声である。
バグベアー(巨大で毛むくじゃらのゴブリンのような生き物)が4体、カラノス、それに船員2人と戦いを繰り広げていた。
周りには、切り刻まれたモンスターや人間の死体が散乱している。
カラノス側がどう見ても劣勢である。慌てて、パーティは救助に向かう。
クズマの「ブレス(祝福)」の魔法で勢いづいた一行は、カラノスを下がらせ、バグベアーどもに切りかかる。
グレイの「ライト」は抵抗されてしまったものの、戦士たちの活躍やリアの「バック・スタッブ(背後からの一撃)」の成功もあって、辛くも一行は勝利を収めることができた。
船員のうち、一人はバグベアーの手にかかって息絶えてしまったが……。
ジーンやクズマがカラノスを回復させ、事情を聞くと、この船着場も、農場と同様にモンスターの襲撃にあったらしい。
そして、今や生き残っているのは2人だけになってしまったのだ。
ジーンがミーシャの死を告げると、カラノスはいっそう意気消沈したようだった。
やむをえず、カラノスもとりあえず生き残りの船員とともに、ケルヴィンに引き上げることとなった。
皆には、そのための路銀として、モンスターどもが持っていた財宝と、ミーシャが溜めこんでいた金を山分けすることにした。カラノスが呟いた。
「ミーシャは天涯孤独の身の上だったからな。わしらが使わせてもらっても罰はあたらんはずじゃ。
特に、ミーシャの死を知らせてくれたおまえさんがたにはな」
●緑竜ヴァーディリス
カラノスがケルヴィンに戻ってしまい、河をさかのぼっていく手段がなくなってしまった。再びケルヴィンでこぎ手を捜してもいいのだけれども、盗賊ギルドの「アイアン・リング」が心配だ。
パーティは色々話し合った末、今度は、沼地を避けて、セレニカ(隣国、ダロキン共和国の都市)へと続く街道を使って、ペンハリゴンに向かうことにした。
けれども、途中でデュークス・ロードを離れ、ウルフホルド丘陵を越えていかなければならないことには変わりがない。
丘陵に差し掛かったとき、一行はとんでもないものを目にした。
遥か遠くに、ヘラジカの群れが草を食んでいたのだが、突然、巨大な緑色の生き物が飛来して、シカどもに攻撃を仕掛けたのである。
パーティにはピンと来た。カラメイコス大公国に住むものならば、誰しもが耳にしたことのある、緑竜ヴァーディリスの姿であった。
幸いにして、ドラゴンはこちらには気づいてないらしい。
シカを屠り、その肉を喰らうことに満足しているようである。
パーティは慌てて身を隠し、先を急ぐのであった。
●シャーヴィリーの道程
シャーヴィリーが仕えることになった騎士は、ヘルムートという名の、快活な若い男であった。
叙任を受けてからまだ間もなく、意気盛んな様子である。
騎士団の理想に燃え、輝かしい未来を作るために全力を投じる覚悟でいる。
ウルフホルドへと向かう道程で、二人はさまざまなことを話すようになった。
なかでも、ヘルムートのジョン・セルターへの傾倒ぶりは顕著であった。
「彼が神から与えられた武器、『オルトニットの槍』を持つにふさわしい人物でなかったとは、到底信じられない話だよ。
彼がヴァーディリスを前にして怖気づいたという話くらい、荒唐無稽だ。
私は幼い頃、よくセルターにお世話になったものだが、彼ほど偉大な騎士はこの世にいないよ」
また彼は、教義を純粋に信じていながらも、教会のありかたには一抹の不安を感じていた。
「最高司祭のオリバー・ジョズエット師はもう高齢だ。彼がもし亡くなるようなことがあれば、教会が二分してしまうことにもつながりかねない。
特にアルフリックは問題だ。確かに善人ではあるが、頭が固すぎる。
もし、彼が最高司祭になるようなことがあれば、別の教団と争うようなことにもなりかねない」
シャーヴィリーには思い当たる節があった。
一度、カラメイコス教会に向けて、何者かによって操られた羽虫の大群が放たれたことがあったのだ。
アルフリックによれば、それは、ステファン公爵をハラフ王の生まれ変わりだと信ずる狂信者の集団、「ハラフ教会」の仕業という。
しかし真相はわからず終いだった。
そして彼女は、そのとき、宗教の根深さに触れたように思った。
●パーティ再会
聖騎士団の快進撃は止まらなかった。
すさまじい機動力や魔力を生かして、次々と丘陵に巣食うルースター族のオークどもや、オーガー、ヒル・ジャイアントなどを駆逐していく。
ようやく騎士団の暮らしにも慣れてきた頃、シャーヴィリーは、丘陵の一帯で騎士団が休息しているときに、戦いの物音を聴きつけた。
その敏捷性を生かして、最近では、シャーヴィリーは騎士団の斥候という役割も与えられていたのだ。
近づいていくと、両手に光の球のようなものを携えた、ボロボロのローブを着たようなモンスターと、冒険者たちとが戦っていたのが目に入った。
知らず、声が出た。
そう、モンスターと戦っていたのは、シャーヴィリーの仲間たちだった
敵が単体ということもあって、すぐさま戦闘は終了したが、彼らがこちらに気づいた様子はない。
大声を出してシャーヴィリーが近づいていくと、エルフの姿に気づいた向こうも、にこやかに手を振った。
●謎のドワーフ
ようやく合流を果たした一行。
しきりに再会を祝う。
話しているうちに、シャーヴィリーとパーティとが出会えたのは、全くの偶然だということがわかってきた。
野外生活に詳しいジーンが道案内を買って出たものの、気がついたらコースから大きく外れてしまったためである。
シャーヴィリーの方は、タモトの隣にいるドワーフは誰かが気になった。
シャイなタモトが躊躇しているうちに、相手が快活な調子で話し掛けてきた。
彼はドワーフの国ロックホームの使節バーリンで、道に迷い、モンスターに襲われていたところをパーティに助けられたということだ。
バーリンを仲間に加えた一行は、グリフォン聖騎士団と合流し、大所帯ながらも移動を始めた。
ヨブがモンスターの手から、謎の指輪(正体は「トゥルース・リング」)を奪うなど、騒動は尽きなかったが……。
無論シャーヴィリーは、ヘルムートやアリーナに、「仲間と再会したため、これからは騎士団とではなく、仲間たちと行動をともにしていきたい」と話しておくのを忘れなかった。
二人は、快く彼女の退団を認め、今までの功績をねぎらった。
●「三つの太陽」城
とうとう、ペンハリゴンが見えてきた。
眼下に広がる広大な城下町。
要塞を思わせるほど堅固な城の外観。
ヘルムートが説明してくれる。
「城の向こう側に聳えているのが、腰抜け姉妹と名づけられている峰です。日の出の際には、山向こうからのぼってくる太陽が、城によって三つに分けられる様が見えることでしょう」
雄大な光景を前にして、パーティは自分たちの使命の大きさを痛感した。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.4
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/486114465.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第5話「ヴォーテックス」の内容となります。
●登場人物紹介
タモト/詩人ドワーフ、3レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、4レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、3レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、2レベル。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、4レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、死亡中。
フェドーネ/ヴァリア・エルフ。
「ルルンの」ヨランダ/絶世の美女にして評判の踊り子。ブラック・イーグル男爵領からの避難民にして、ヨブへの依頼主。
バリムーア/謎に満ちた、邪悪な存在。
ザ・ウゥープス・マン/正体不明の道化。
ジョン・セルター/元・グリフォン聖騎士団員。
アルフリック/カラメイコス大教会の高司祭。
ヘルムート/若きグリフォン聖騎士団員。
アリーナ・ハララン/グリフォン騎士団員。スレッショールドの街を治めるシャーレーン大司教の姪。
カラノス/ケルヴィンの街を拠点とする船頭。
ミーシャ/船着場の主。
ピョートル/サキスキンの農場主。
アルファナ/ピョートルの義理の妹。
クズマ/ピョートルの母。
ヴァーディリス/グリーン・ドラゴン。
●メダリオン発動
新たな冒険に打ち震えたのはいいものの、さて、どうするべきか。
ヨブの死体を目の前にして、またもや途方に暮れるパーティ。
ゴブリンは多少の財宝を所持しており、「魔法の10フィート棒」という特殊なアイテムをも隠し持っていた。
が、依然として死人は死んだままである。
……そうしていると、ヨブの首にかけていたメダリオンが徐々に光り始めた。
輝きは瞬く間に大きくなり、彼らをまるごと包み込んだ。
●ワーム・ホール
パーティは、灰色の霧の中にいるのに気がついた。
霧は、まるでダンジョンの通路のように縦に伸びている。
ヨブを含む(!)パーティは、まるで海の中を泳ぐように、上へ上へと進んでいった。
時間と空間が一体になったような、奇妙な感覚。
ところどころに渦が巻いており、その中から4色のエレメンタルが出入りしているような不思議な光景が広がる。
目の前が明るくなってきた。
吸い寄せられるように、一行はその出口らしきものへと向かっていく。
一瞬だった。目の前が真っ暗だ。
星ぼしが瞬いている……。
●フェドーネの島で
美しい女性が微笑んでいる。
伝説のエルフの女王を髣髴させる容貌。
彼女はフェドーネと名乗った。
そのときパーティは、まるで「フライ」の魔法をかけたときのように、自分たちが宙に浮かんでいることに気づいた。
フェドーネはパーティを星ぼしのうち、特定の一つへと導いた。
次の瞬間、目指す場所に到着していた。
そこは、小さな島だった。
全体が、ほのかな輝きを帯びている。
怪訝な顔をしているパーティに、フェドーネは説明する。
−−ここは、ヴァリア・エルフの島なのです−−
ヴァリア・エルフ!
現在、カラメイコスの地に住むエルフは、そのすべてがカラーリー・エルフという種である。
ヴァリア・エルフは伝説の中にしか登場しない存在なのだ。
フェドーネは、ヨブがかけていたメダリオン(Vol.3で「ルルンの」ヨランダからもらったもの)が、彼らをここへと導いたのだと説明した。
そして、口をはさむような間も与えず、奥に去ってしまった。
●生命の樹
慌てて後を追ったパーティが目にしたものは、天までとどかんばかりに聳え立つ巨大な樹木だった。
その周りには、数人のヴァリア・エルフが集まり、敬虔に、祈りを捧げていた。
−−これは、生命の樹(トゥリー・オブ・ライフ)です。そしてこの樹こそが、我々の魂なのです。同時に、あなたがたの魂の一部でもあります−−
フェドーネが、透き通るような声でそう告げる。
彼女によれば、この樹は、このプレーン(次元界)を支えているもの。
同時に、樹は他のプレーンにも存在し、それぞれが、各々の属する次元界を支えているのである。
ようやく一行にも、彼女の話が飲み込めてきた。
彼らが今いるのは、プライム・プレーン(物質界)とはかけ離れた別の次元界(アザー・プレーン)なのである。
ヨブのかけていたメダリオンの魔力が、着用者の死とともに解き放たれ、周囲をも巻き込み、フェドーネやヴァリア・エルフの住む領域まで導いたのだ。
それを聞いて、魔術師のグレイが叫んだ。
「わかったぞ、僕らは、ワーム・ホールを通ってきたんだ! でも、奇跡だ! ヴォーテックスに飲み込まれずに、アザー・プレーンに行くことができるなんて!」
グレイの説明によれば、別のプレーンに渡ることはとても難しいらしい。
たとえ高位の魔法使いであったとしても、ワーム・ホールと呼ばれる、プレーン同士を結びつける通路を永久に彷徨ったり、ヴォーテックスと呼ばれる渦の中に巻き込まれてしまうのが関の山なのだという。
おまけにワーム・ホールには、ブラック・ボールやプレーナー・スパイダーといった奇妙なモンスターはおろか、下位のイモータル(不死者、神)までもが跳梁跋扈しているのである!
●躊躇
グレイの言葉を肯うと、フェドーネは続ける。
−−プライム・プレーンにも、いくつかの生命の樹は存在し、文字通り世界の大黒柱となっています−−
そこでフェドーネは話を区切り、そばにいた別のエルフに声をかける。
エルフはうなずくと、すぐに透明な容器を持ってきた。
中には、ほのかに青く色づいた液体が入っている。
−−これは生命の樹の樹液です。ヨブ、あなたの肉体は現在、徐々にプライム・プレーンを離れつつあります。
他の皆さんはイセリアル体(幽体)となっても、戻るべき肉体がありますが、あなたは違います。
さあ、これをお飲みなさい。そうすれば、一度だけあなたの肉体は甦り、元通り生命を取り戻すことができるでしょう−−
ヨブは差し出された容器を受け取った。
エルフ流の、見事な細工がしてある。
「エルフたちにもこのような芸当ができるとはな」
ドワーフのタモトが毒づいた。
けれども、ヨブは躊躇している。
「なあ、俺がこれを飲むと、なんか面倒ごとに巻き込まれちまうんじゃないか? せっかく生き返っても、それじゃ、ちょっとなあ」
グレイが口をはさむ。
「あんた、ここまで来ていったい何を言ってるんだ」ほとほと呆れているようだ。
あらゆるものごとを損得勘定に換算する彼の性根に憤っていると言ってもいい。
「みんな、あんたが死んでどれだけ悲しんでいたと思うんだ」
リアが、グレイの頬を叩いた。
「何するんだ!」
激高するグレイに、リアが言い聞かせる。
「そうじゃないの。ヨブは、私たちのことを考えて言っているのよ。
生き返りたくない人なんていると思うの?
ヨブは自分が生き返ったおかげで、私たちがこれ以上面倒に巻き込まれたりするのを避けようとしているのよ」
ヨブは何も答えない。
フェドーネが静かに口を開く。
−−お答えしましょう。これを飲めば、あなたは、生命の樹の一部となるのです。
いや、この表現では正確でないかもしれませんね。つまり、あなたは、生命の樹の力を分け与えてもらうのです。
そしてそのために、あなたは樹に仕えるという義務を負うことになるのです。
義務と言っても、そこのエルフたちのように、樹の世話をするわけではありません。
あなたがたがすることは、樹が外敵によって汚されていくのを防ぐことなのです。
私が「クリスタル・ボール」を用いて得た情報によれば、あなたがたが住んでいるプレーンの生命の樹が、大いなる悪によって穢されようとしています。
あなたがたのプレーンでは、樹は、アルフハイムと呼ばれる森の中にあります。
他にもいくつかあるようですが、はっきりと見えるのはそこだけです。
『バリムーア』という名を除いては、詳しい情報すら得られません。
魔力に満ちた、邪悪な存在だということはわかるのですが−−
ここでヨブは振り返った。
皆は彼の意図を悟り、静かに首肯した。
「わかった。条件を呑もう。
しかしだ、俺が樹を守ろうとすれば、あいつらも危険に巻き込まれることになるのではないか?」
再び、間。フェドーネが、厳かに告げた。
−−わかりました。では、あなた方全員に、樹液を飲んでいただきましょう。
生命の樹の力は偉大です。生者には、新たなる活力を与えるのです−−
フェドーネは、厳かに告げた。
かくして一行は、生命の樹の恩恵をあずかることとなった。
ヨブは無事甦り、残りのメンバーは、ヒットポイントの上限が2ポイント上がるという、思わぬ成果を得る(クラシックD&Dでは、これはとても大きい)。
生命の樹の恩恵は、実に偉大であった。
●恐怖
しかし、行きはよくとも帰りは怖い。
忌まわしいとは、このような出来事を記す際に用いられる言葉だろう。
フェドーネが作ってくれた、特殊な「コンティニュアルライト(持続光)」の明かりに従って、パーティは、再びワーム・ホールの中をたゆたっていた。
すると突然、彼方のヴォーテックスから七色の煙が吹き出たかと思うと、こちらに近づいてきて、ゆっくりと人型を取った。
緑の仮面のようなものを身につけた、奇怪な格好の男だ。耳障りな声を響かせて、彼は言った。
「ハロー! いや、おはようというべきだったかな? それでは、おはよう、こんにちは、明日の分のおはよう!」
あっけにとられる一行。
「あれー? 聞こえないのかなあ? ま、とりあえず自己紹介しよう。
私の名前は、ザ・ウゥープス・マン。
ん? ウォォープス・マンだったかな?
ともかく、そういう名前だ。思い出した。
『悪魔も恐れぬ男』。もしくは『神にも道を譲らぬ者』とも呼ばれておるな。
イカす男は、いくつもの名前を巧みに使いわけるのだよ」
あまりにおかしな男の様子に、恐ろしい怪物との遭遇を予期していたパーティは拍子抜けしてしまった。
ひょっとしたら、こいつが「バリムーア」か? などと邪推する。
そんな一行の思惑を顧みることもせず、男は勝手に、つじつまの合わない言葉を喋り続ける。
男はとにかく、「同じ立方体でも、見る角度によって、全く別の図形に変わる」がごとく、ただひたすらに、奇怪な発言を続ける。
そして、彼がターゲットに選んだのはリアだった。
……。
永遠とも思われる時間が過ぎ去った。
男は、現れたときと全く同じような調子で、ヴォーテックスの向うに消えていった。
リアは憔悴して、発狂寸前だったものの、実質的な損害は全くない。
パーティは、男が何を意図していたのかが最後まで全くわからなかった。
●生還
ともかく、パーティは無事、プライム・プレーンに戻ってきた。
ピョートル一家が、一行の様子を心配そうに見守っている。
「よかった!」
パーティが意識を取り戻したのを見て、アルファナが叫んだ。
ピョートルや、クズマも同様に喜んでいる。
クズマなどは、ゴブリンどもを裏で操っていた邪悪な魔法使いどもが復讐を仕掛けたのではないかといぶかしんだりしていたほどだ。
が、サキスキン農場の面々も、パーティが次々と語る奇妙な体験を聞かされて、半信半疑ながらも事の真相を理解し始めた。
何より、死んだはずのヨブが実際に甦ったことが印象強かったようだ。
●シャーヴィリー、グリフォン聖騎士団に入団す
一方、シャーヴィリーは、「レイズ・デッド」の後遺症を引きずることもなく、ようやく部屋の中を歩き回ることが出来るほどにまで回復を遂げていた。
アルフリックから、パーティの面々が旅立つときに置いていった手紙を渡され、ことの成り行きも理解した。
そんな彼女の心を読んだかのように、アルフリックが問い掛けてくる。
「君は、これからどうするつもりだ?」
シャーヴィリーは答える。
「とりあえずウルフホルド丘陵に向かい、仲間と合流するつもりです」
「それならば、いい案がある」
アルフリックが提案する。
「グリフォン聖騎士団に入隊してはどうだ」
突然の一言に、シャーヴィリーは目を白黒させる。
それもそのはず、聖騎士団は、経験を積み、厚い信仰心を有した者でなければ入隊はかなわないのだ。
「大丈夫だ」アルフリックはウィンクをする。
「なにもおまえに、騎士になれ、と言っているわけではない。
どうせ他のメンバーと合流するならば、一人で出かけるのは心細いから、聖騎士団の連中と一緒に行ってはどうか? と言っているのだよ。
隊長のアリーナ・ハラランには私から事情を話しておこう。とりあえずは従者という身分での入隊となるのだけれども、それでよいかな?」
断る理由など、あるはずがなかった。
かくして、シャーヴィリーは、聖騎士団の従者として、ウルフホルド丘陵を越え、一路ペンハリゴンの街へと向かうことになったのである。
●船着き場の戦い
結局、ピョートル一家は、この地で暮らしていくことをあきらめ、一時ケルヴィンに住む親戚の方に身を寄せるという。
パーティも、とりあえず彼らに同行し、ミーシャの船着場まで戻ることにする。
特に迷うこともなく、すんなりと進むことができた。
船着場に近づいていくと、何やら騒がしい。
どうやら、戦いが起こっているらしい。慌てて近づいていくと、叫び声が上がった。
「助けてくれぇ!」カラノスの声である。
バグベアー(巨大で毛むくじゃらのゴブリンのような生き物)が4体、カラノス、それに船員2人と戦いを繰り広げていた。
周りには、切り刻まれたモンスターや人間の死体が散乱している。
カラノス側がどう見ても劣勢である。慌てて、パーティは救助に向かう。
クズマの「ブレス(祝福)」の魔法で勢いづいた一行は、カラノスを下がらせ、バグベアーどもに切りかかる。
グレイの「ライト」は抵抗されてしまったものの、戦士たちの活躍やリアの「バック・スタッブ(背後からの一撃)」の成功もあって、辛くも一行は勝利を収めることができた。
船員のうち、一人はバグベアーの手にかかって息絶えてしまったが……。
ジーンやクズマがカラノスを回復させ、事情を聞くと、この船着場も、農場と同様にモンスターの襲撃にあったらしい。
そして、今や生き残っているのは2人だけになってしまったのだ。
ジーンがミーシャの死を告げると、カラノスはいっそう意気消沈したようだった。
やむをえず、カラノスもとりあえず生き残りの船員とともに、ケルヴィンに引き上げることとなった。
皆には、そのための路銀として、モンスターどもが持っていた財宝と、ミーシャが溜めこんでいた金を山分けすることにした。カラノスが呟いた。
「ミーシャは天涯孤独の身の上だったからな。わしらが使わせてもらっても罰はあたらんはずじゃ。
特に、ミーシャの死を知らせてくれたおまえさんがたにはな」
●緑竜ヴァーディリス
カラノスがケルヴィンに戻ってしまい、河をさかのぼっていく手段がなくなってしまった。再びケルヴィンでこぎ手を捜してもいいのだけれども、盗賊ギルドの「アイアン・リング」が心配だ。
パーティは色々話し合った末、今度は、沼地を避けて、セレニカ(隣国、ダロキン共和国の都市)へと続く街道を使って、ペンハリゴンに向かうことにした。
けれども、途中でデュークス・ロードを離れ、ウルフホルド丘陵を越えていかなければならないことには変わりがない。
丘陵に差し掛かったとき、一行はとんでもないものを目にした。
遥か遠くに、ヘラジカの群れが草を食んでいたのだが、突然、巨大な緑色の生き物が飛来して、シカどもに攻撃を仕掛けたのである。
パーティにはピンと来た。カラメイコス大公国に住むものならば、誰しもが耳にしたことのある、緑竜ヴァーディリスの姿であった。
幸いにして、ドラゴンはこちらには気づいてないらしい。
シカを屠り、その肉を喰らうことに満足しているようである。
パーティは慌てて身を隠し、先を急ぐのであった。
●シャーヴィリーの道程
シャーヴィリーが仕えることになった騎士は、ヘルムートという名の、快活な若い男であった。
叙任を受けてからまだ間もなく、意気盛んな様子である。
騎士団の理想に燃え、輝かしい未来を作るために全力を投じる覚悟でいる。
ウルフホルドへと向かう道程で、二人はさまざまなことを話すようになった。
なかでも、ヘルムートのジョン・セルターへの傾倒ぶりは顕著であった。
「彼が神から与えられた武器、『オルトニットの槍』を持つにふさわしい人物でなかったとは、到底信じられない話だよ。
彼がヴァーディリスを前にして怖気づいたという話くらい、荒唐無稽だ。
私は幼い頃、よくセルターにお世話になったものだが、彼ほど偉大な騎士はこの世にいないよ」
また彼は、教義を純粋に信じていながらも、教会のありかたには一抹の不安を感じていた。
「最高司祭のオリバー・ジョズエット師はもう高齢だ。彼がもし亡くなるようなことがあれば、教会が二分してしまうことにもつながりかねない。
特にアルフリックは問題だ。確かに善人ではあるが、頭が固すぎる。
もし、彼が最高司祭になるようなことがあれば、別の教団と争うようなことにもなりかねない」
シャーヴィリーには思い当たる節があった。
一度、カラメイコス教会に向けて、何者かによって操られた羽虫の大群が放たれたことがあったのだ。
アルフリックによれば、それは、ステファン公爵をハラフ王の生まれ変わりだと信ずる狂信者の集団、「ハラフ教会」の仕業という。
しかし真相はわからず終いだった。
そして彼女は、そのとき、宗教の根深さに触れたように思った。
●パーティ再会
聖騎士団の快進撃は止まらなかった。
すさまじい機動力や魔力を生かして、次々と丘陵に巣食うルースター族のオークどもや、オーガー、ヒル・ジャイアントなどを駆逐していく。
ようやく騎士団の暮らしにも慣れてきた頃、シャーヴィリーは、丘陵の一帯で騎士団が休息しているときに、戦いの物音を聴きつけた。
その敏捷性を生かして、最近では、シャーヴィリーは騎士団の斥候という役割も与えられていたのだ。
近づいていくと、両手に光の球のようなものを携えた、ボロボロのローブを着たようなモンスターと、冒険者たちとが戦っていたのが目に入った。
知らず、声が出た。
そう、モンスターと戦っていたのは、シャーヴィリーの仲間たちだった
敵が単体ということもあって、すぐさま戦闘は終了したが、彼らがこちらに気づいた様子はない。
大声を出してシャーヴィリーが近づいていくと、エルフの姿に気づいた向こうも、にこやかに手を振った。
●謎のドワーフ
ようやく合流を果たした一行。
しきりに再会を祝う。
話しているうちに、シャーヴィリーとパーティとが出会えたのは、全くの偶然だということがわかってきた。
野外生活に詳しいジーンが道案内を買って出たものの、気がついたらコースから大きく外れてしまったためである。
シャーヴィリーの方は、タモトの隣にいるドワーフは誰かが気になった。
シャイなタモトが躊躇しているうちに、相手が快活な調子で話し掛けてきた。
彼はドワーフの国ロックホームの使節バーリンで、道に迷い、モンスターに襲われていたところをパーティに助けられたということだ。
バーリンを仲間に加えた一行は、グリフォン聖騎士団と合流し、大所帯ながらも移動を始めた。
ヨブがモンスターの手から、謎の指輪(正体は「トゥルース・リング」)を奪うなど、騒動は尽きなかったが……。
無論シャーヴィリーは、ヘルムートやアリーナに、「仲間と再会したため、これからは騎士団とではなく、仲間たちと行動をともにしていきたい」と話しておくのを忘れなかった。
二人は、快く彼女の退団を認め、今までの功績をねぎらった。
●「三つの太陽」城
とうとう、ペンハリゴンが見えてきた。
眼下に広がる広大な城下町。
要塞を思わせるほど堅固な城の外観。
ヘルムートが説明してくれる。
「城の向こう側に聳えているのが、腰抜け姉妹と名づけられている峰です。日の出の際には、山向こうからのぼってくる太陽が、城によって三つに分けられる様が見えることでしょう」
雄大な光景を前にして、パーティは自分たちの使命の大きさを痛感した。