2022年3月24日配信の「FT新聞」No.3347に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.20が掲載されました。話題の公式シナリオ集3冊刊行、中でも『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』の概要、ユーザーの方々から私に寄せられた声を紹介しています。
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.20
岡和田晃
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−−ここはチーズ店に潜入するのが良さそうだ。
そう決めたのは、魔狩人の嗅覚に由来する。
「味がよいことで評判のチーズ店だそうだが、混沌の臭いがするんだ」
と、フレイザーは鼻をひくつかせる。
まさに動物的な勘というほかなく、わたしは呆れた。
けれども、すぐに考え直した。魔狩人の経験に信頼を置くのも悪くなさそうだ。
彼らははた迷惑だけれども、常に前線で混沌と戦っているのは事実だから……。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●えっ、3冊もシナリオが出版!?
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
−−ええと、にわかには信じられないかもしれませんね。
大事なことなので、もう一度言います。
2022年3月、『ウォーハンマーRPG』第4版のシナリオ集が、3冊発売になります!
かつて本連載で、RPGのシナリオというものは、ゲームマスターしか買わないものとみなされがちで、それゆえに商品としては苦戦しがちだということを書きました。
けれども、シナリオが充実しなければ、そのRPGの普及は難しいものがあります。
卵が先か、ニワトリが先か。
こうしたダブル・バインドに、送り手側であるプロのクリエイターはもとより、受け手側であるユーザーも、しばしば泣かされてきたのが現状です。
RPGの王道はDIY精神でシナリオを自作していくことなのですが、さりとて無から有を生み出すことはできません。
そこには素材やお手本が必要です。
優れたシナリオは、ユーザーがその世界設定で思いつく数歩先の風景を見せてくれ、「このシナリオを実際に回して(運用して)、どのような展開が起きるかを体験してみたい」という希望を惹起するものです。
読むだけでも愉しいのですが、実際に回してみたくなる。それがRPGシナリオの1つの理想なのではないでしょうか。
そして、今回発売される3冊は、いずれも「読んで面白く、回して2度愉しい」条件を満たした作品になっていると、太鼓判を押しておきます。
●各シナリオ集の概要
3月に発売されるのは、以下の3冊となります
・『眠れぬ夜と息つけぬ昼 ウォーハンマーRPG キャンペーン・シナリオ』(待兼音二郎・見田航介・阿利浜秀明・岡和田晃・田井陽平訳)
・『ユーベルスライク冒険集 ウォーハンマーRPG』(白石瑞穂・傭兵ペンギン・吉川悠訳、岡和田晃・待兼音二郎翻訳協力)
・『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』(岡和田晃・田井陽平・見田航介・阿利浜秀明・待兼音二郎訳)
このうち、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』は、本連載の前回でも言及した、初版時代から『ウォーハンマーRPG』に関わる名匠グレアム・デイビスの手になる作品集(シナリオ5本)で、タイムテーブルやマルチプロットが駆使された複雑で、オペラ座などスケールの大きな冒険を楽しめます。
新しい種族であるノームに、酒場でのゲームについての追加ルールもあり。著名な『ウォーハンマー・ノベル』でおなじみのあの人も、出てくるかもしれません。全96ページ。
『ユーベルスライク冒険集』は『ウォーハンマーRPG スターターセット』で紹介されていた街ユーベルスライクとその近郊を舞台にしたシナリオ6本を集成したもの。
うち5本は英語では独立にPDF販売されていたもので、好評のため、新しいシナリオ1本を加え、単行本として印刷されたもの。キャンペーンや既存の設定に、どううまく噛ませるかという調整案もついています。全128ページ。
これらは両方とも、印刷版と電子書籍版の双方の刊行が予定されています。
印刷版は3月28日頃に刊行される手筈で、ホビージャパンの公式サイトやAmazon.co.jpなどの通販サイト、アナログゲーム専門店での予約も、すでに開始されています。
形態としては書籍ですが、流通は玩具流通なので、書店ではなくゲームショップにアクセスすることを忘れないでくださいね。
●『ライクランド綺譚』詳細
対して3冊目の『ライクランド綺譚』は電子書籍(PDF形式)のみが刊行され、すでにコノスからダウンロード購入することができます。
基本、今回出る3冊に収められたシナリオは、内容面ではいずれも甲乙つけ難く、どの作品からプレイしていただいてもかまわないのですが……。
−−いきなり3冊出て面食らったという人は、『ライクランド綺譚』から入っていただくのがいいかなと私は思います。
まず、値段が廉価。シナリオ5本で1200円+税ですから、なんと1本264円ポッキリ。
次に、分量も全36ページと、さほど負担になるほどではありません。シナリオの長さとしても、1回のセッションで終わる短めの話が収められています。
本作は、同じPDFサプリメントとしてすでに刊行されている『ライクランドの建築』ともリンクする内容で、収録されたロケーションがシナリオとして肉付けが施されています。
『ライクランド綺譚』単体でも十分にプレイは可能ですが、『ライクランドの建築』があれば、いっそう興趣が増すことでしょう。
●収録シナリオの舞台
それでは、核心に触れない程度に、『ライクランド綺譚』の収録作を見ていきましょう。収録タイトルの次にあるのは、『ライクランドの建築』で言及された箇所のことを指しております。
・「溺れるなら共に」;ハーツクライン閘門と、閘門管理人住宅を使用;ヴァイスブルック運河を航行するパーティが奇怪な現象に遭遇し、その謎を解く羽目になる。
・「包囲されし宿」;〈飛びかかるペガサス〉亭の地図を使用;魔狩人とその弁舌に熱狂する者らが、混沌がいるのだとパーティの泊まっている宿屋を包囲する。
・「ヴァーレン神殿包囲戦」;ヴァーレン神殿の地図を使用;ビーストマンの襲撃を受けた村。ビーストマンのリーダーと村の要人には思わぬ関係があるらしい。
・「執着は身を滅ぼす」;ヘルベート・ハルツァートの"ひと味違う"チーズ店;謎のチーズを食べてしまった者らが、次々と奇怪な現象に見舞われる。背後には思わぬ輩が!
・「狼の皮を被った羊」;リンブルク農場;農場に長く留まり続け、もてなしを要求するお客をなんとかしてほしいと、冒険者たちが依頼されるが……。
各シナリオは6〜7ページほどの分量で無駄なく書かれており、シナリオ自作にあたっても、書式の参考になるでしょう。
必要なデータはNPCや敵のものを含め、すべて完備されていますので、コンパクトながらも、そのまま問題なくプレイできるようになっていますから安心です。
●どういうシチュエーション?
テストプレイの際には、『ウォーハンマーRPG スターターセット』収録のサンプル・キャラクターでプレイしましたが、バランス面も含め、快適にプレイすることができました。
『スターターセット』所収のシナリオ「巡回奇譚」は、あくまでもキャンペーンゲームなので、単発のシナリオをプレイしてみたい場合、そちらではなく、『ライクランド綺譚』収録のものを利用するのも一興でしょう。
コンベンションにはちょうどよい分量ですし、PDFなので、オンライン対応もばっちりです。
1本は2〜3時間ほどでプレイできるため、時間に余裕のある集まりならば、2本連続のゲーム・セッションというのも可能です。
ただ、頭からプレイしていく必要はないので、シチュエーションが気に入ったものを運用してみるといいでしょう。
河川民がプレイヤー側にいるならば、「溺れるなら共に」。
コテコテの魔狩人を出したいのであれば、「包囲されし宿」。
ビーストマンをめぐる葛藤を演出したいのなら、「ヴァーレン神殿包囲戦」。
食べ物をめぐるドタバタ悲喜劇を体感してもらいたいなら、「執着は身を滅ぼす」。
農場での居候と丁々発止のロールプレイをさせたいのなら、「狼の皮を被った羊」。
シナリオの傾向としては、ただ単に力押しをしても駄目で、知恵を駆使して状況を切り抜けることが求められます。
●ユーザーの声
前回でも触れましたが、このあたりのプレイ感覚は、『クトゥルフ神話TRPG』にも通じるところがあるでしょう。
実際に購入されたユーザーからも、そのような声をいただいております。
私のもとへ直に届いた感想を、いくつか紹介いたしましょう。
・丹澤悠一さん
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』ざっと目を通す。これいいな。WFRPはキャンペーンやってるけど、コンベンションで回せるような単発シナリオは書いたことないので参考になる! 単発で遊んで盛り上がったらそのままキャンペーンにしちゃうのもアリよね。
『ライクランド綺譚 ウォーハンマーRPG 単発シナリオ集』読んで改めて思うのは、WFRPってホラーやミステリー風のシナリオがめっちゃ遊びやすいシステムなんだなぁ。特に単発セッションでは、無理にバトルのバランス取るより、CoCライクなシナリオ作るほうが向いているのかもしれないと思った。
・鋼の旅団さん
シナリオ→スターター→キャンペーンシナリオ→他、多数のシナリオという完璧な順序!
当然、これから期待を寄せるサプリはたくさんあるけれど、まずユーザーが遊ばないと、そもそも始まらないですからね。
できるだけたくさんセッションをする中で少しでも初心者を巻き込むことが、狂信者の使命だな。
・唐島米津さん
「墓穴掘るならご勝手に」いい訳だなぁ(*´ω`*)
(私家訳で「これがお前の葬式よ!」ってしてた)
(なおレイクランド奇譚収録の「執着は身を滅ぼす」の私家訳タイトルは「激ヤバ☆チーズ」でした。センスないなぁ(><))
岡和田的には「激ヤバ☆チーズ」は大ヒットです!(笑)
ちなみに、ここで唐島さんが言われた『墓穴掘るならご勝手に』とは、『ウォーハンマーRPG』日本語版公式サイトでPDFオンリーの刊行が予告されたシナリオのことを指します。
シナリオ構造としては、『眠れぬ夜と息つけぬ昼』と同じグレアム・デイビスの手になるマルチプロット、タイムテーブルが導入された作品となります。
『ライクランドの記念碑』は、設定+シナリオソース集で、いずれも着想がぶっ飛んでいて、読んで損はありません。これらは編集の伏見義行さんが訳し、私と待兼音二郎さんが、監修で入りました。詳しい内容は、刊行後にまた紹介していければと考えています。
『ウォーハンマーRPG』には、勢いがあります!
この春は、まずもって『ライクランド綺譚』で、オールド・ワールドの息吹に、ぜひ触れてみてください。
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『ウォーハンマーRPG』ホビージャパン公式サイト
https://hobbyjapan.co.jp/whrpg/
2022年03月30日
2022年03月22日
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.3
2022年3月10日配信の「FT新聞」、記念すべきNo.3333に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.3が掲載されました。ウィルダーネス・アドベンチャーに乗り出し、『ナイツ・ダーク・テラー』で語られたサキスキン攻囲戦に巻き込まれます。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.3
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/485917607.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第4話「ウィルダーネス、ウィルダーネス!」の内容となります。
●登場人物紹介
タモト/詩人ドワーフ、2レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、3レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、2レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、死亡中。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、4レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、3レベル。
ジョン・セルター/元・グリフォン聖騎士団員。
アルフリック/カラメイコス大教会の高司祭。
「盗賊王」フレームフリッカー/ギルド「盗賊の王国」の長。
「青い鷹」/スレッショールドの街から来たライバル・パーティ。
カラノス/ケルヴィンの街を拠点とする船頭。
ミーシャ/船着場の主。
ピョートル/サキスキンの農場主。
アルファナ/ピョートルの義理の妹。
マーシャ/サキスキン農場の召使い。
クズマ/ピョートルの母。
クロス/狼髑髏族ゴブリンの王。
●新たなるクエスト
ヨブは事情をグレイにかいつまんで説明する。謎の追っ手から身を隠しつつ、ロスト・ドリームの島を目指さねばならないわけを。
パーティに選択の余地はなかった。
他方、カラメイコス教会に運ばれていったシャーヴィリーは、ジョン・セルターの言ったとおり、高司祭のアルフリックに「レイズ・デッド」の呪文をかけてもらうことができた。
しかし、蘇生できたのはいいもののいまだ体力がもどらない彼女は、その後2週間ほどベッドで休養を余儀なくされた。
すでにジョン・セルターは姿をくらましていたが、アルフリックとは因縁浅からぬ関係のようで、パーティにセルターの身上を教えてくれた。
●ジョン・セルターとは何者か
現在スペキュラルムには、カラメイコス教会の宗教騎士団「グリフォン聖騎士団」が逗留している。
指揮しているのは、アリーナ・ハララン。
大公国の北に位置する街、スレッショールドの大司教の娘である。
ウルフホルド丘陵に巣食うオークやオーガーたちを掃討する許可を得るため、ステファン・カラメイコス公爵に謁見に来たのだ。
そしてジョン・セルターは、その「グリフォン聖騎士団」の名誉ある一員だった。そう、かつては……。
−−アルフリックは言葉を詰まらせる。
いまや彼の名声は地に落ち、栄えある騎士としての栄光を身に纏うことはかなわなくなってしまっている。
その罪状は、とある探索を通して得た、「神より与えられし武器」を手放してしまったことにある。
彼はそのことで、武器に付随する大いなる試練をも拒否してしまったのだ。
幼い頃よりセルターを知るアルフリックや最高司祭のオリバーらは、事情を聞く必要があると考え、行方を調査していたのであった……。
そして今後、セルターの情報が手に入り次第教会へと届けることを、パーティは治癒の代償として約束させられた。
●スペキュラルムの街を離れて
ロスト・ドリームの島へのクエストは、大至急というわけではない。
それでもシャーヴィリーの回復を待つほどのゆとりはなかった。
パーティは悩みぬいた末、彼女を教会に残したまま、スペキュラルムを後にした。戦力ダウンになるが、いたしかたがない。
街道(デュークス・ロード)をさかのぼっていくパーティ。
途中、クラカトス(古代からの遺跡のある小さな集落)で休息を取ることにした。
これまで、敵らしき者には遭遇していない。
けれども、彼らはそこで、遺跡に寝泊りする奇妙な一団と鉢合わせした。
傍目にはごろつきと見まがうほどであるが、やはり仲間の冒険者であろう。
彼らは「青い鷲」と名乗り、これからスペキュラルムへ向かう途中と告げた。
それまではスレッショールドに滞在していたが、最近スペキュラルムに出没する「盗賊王」フレームフリッカーを捕まえるためにやってきたらしい……。
−−それを聞くと、リアにはピンと来た。
彼女の所属している盗賊ギルド「盗賊の王国」のギルドマスターこそが、フレームフリッカーその人なのだ。
しかし、「盗賊王」が最近スペキュラルムで熱心に活動しているなどという噂は聞いたことがない。
リアのような下っ端からすれば、「盗賊王」はまさしく雲の上の存在、たとえ活動していたとしても、それを知る術はないのである。
満足のいく情報を与えられないまま、一行と「青い鷹」とは別ルートを辿ることとなった。
●ケルヴィンから
クラカトスを後にし、引き続き街道を旅していくと、彼らがたどり着いたのはケルヴィンの街だった。
大公国における中継都市的な役割を果たしている大都市である。
デスモント・ケルヴィン2世男爵の下、街は人口2万を数えるほどにまで繁栄を遂げている。
シャッタルガ川・ウィンドラッシュ川・ハイリーチ川と、3つの川に囲まれているこの街は、大公国の交通の要にもなっている。
街に入り、「黄金の船」亭に腰を落ちつけた一行は、相席したペンハリゴン(大公国の北東にある大都市)からやってきた商人たちから情報を得ようとするが……これまた警戒されてうまくいかない。
仕方なくパーティは川を船で上り、ペンハリゴンその地へと直接向かうことに決めた。
そこから南下し、目的地を目指そうというのである。
けれども陸路では時間がかかるので、ハイリーチ川をさかのぼって行くルートをとることにした。
●ハイリーチ川紀行
なけなしの金をはたいてリバーボートを借り、ケルヴィンで出会ったカラノスという船頭と幾名かの船員とともに、パーティは出航した。
背後を見ると、街がどんどんと遠ざかっていく。
向うの空に、何かが浮かんでいるのが見えた。
どうやら「フライング・カーペット」(空飛ぶ絨毯)に乗っているらしい。
親切にもカラノスが教えてくれる。あれは、ケルヴィンの西に位置するエルフの街リフリアンに住む、カルディアという名の女エルフが提供している交通サービスなのだ。
しかるべき金さえ払えば、リフリアンからスレッショールドまで、悠悠自適の空の旅が楽しめるということらしい……。
しまった、そちらを使えばよかったと後悔しつつ進んでいくと、船の両側にうねるように広がっていた川が、だんだんと狭くなり、流れも速くなってきた。
南側の岸にある森が迫ってくる。
ドスンという音がして、船が急に傾いて止まった。よくよく目をこらしてみると、川を横切って張られた鎖に衝突したようだ。
間髪入れず、川の両岸から、無数の矢が飛んできたではないか!
おまけに、水夫の一人が、手にダガーを持って、切りかかってくる。
パーティは必死で矢をかわしつつ、水中の鎖を断ち切る。裏切り者も無事しとめることができ、伏兵たちの攻撃も切り抜けることができた。
その死体を調べてみると、驚くべきことに、焼印と手枷のあとがありありとうかがえた。
「アイアン・リング」の手先だ。間違いない。
●「アイアン・リング」のスパイ
「アイアン・リング」とは、ルートヴィヒ・フォン・ヘンドリックス男爵直属の、悪名高い狂信的な盗賊ギルドである。
信頼していた部下が「アイアン・リング」の一員だったとは……。カラノスは喉を詰まらせる。
午後遅くになって、船はハイリーチ川とヴォルガ川との境目にある船着場に着いた。
もうトーモントの24日。スペキュラルムを出発してから8日が経過している。
一行は先を急ごうとするが、まもなく日も暮れるというのに、川の先にまで歩を延ばすのは危険なため、ここで宿をとることにした。
カラノスは船着場の主であるミーシャを呼ぶが、返事はない。
「大丈夫だ。ミーシャはよくノミだらけの年寄り熊と狩りに行くが、いつも夜までには戻ってくるから、余計な心配は無用」とはカラノスの弁。
●またもや襲撃
−−ミーシャは戻ってこなかった。
代わりに船着場に現れたのは、全身に傷を負った一頭の熊だった。
熊はしばらく周りをうろついていたものの、やがて森の奥へと消えていった。
パーティが後を追っていくと、かすかな叫び声が夜風に乗って響いてきた。
木が燃える臭いもする。前方の木々の向うに、ひらめく炎が見えた。声はさらに大きくなってくる。
叫び声に混じって、武器がぶつかりあう音も聞こえてくる。
炎はますます激しくなり、紅の輝きが森を包んだ。
ただならぬ空気を感じた冒険者たちは、歩を速める。
森は、木の橋がかかっている流れの速い川の土手のところにまで続いている。
それを越えると、柵で囲った農場の門が見える。
建物そのものはほとんど被害を受けていないが、橋の左側にある納屋から、こうこうと炎が舞い上がっている。
橋の向こうにある楼門から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「道をふさがれる前に急いで!」
大きな狼の背に乗ったゴブリンの一団が、背後から岸に沿って荒々しく突進してくる。
門に駆け込む冒険者たち。
傍らに目をやると、先ほどの熊が倒れていた。
●サキスキンにて
パーティの全員が門に入ったのを確認すると、女は素早く門を閉め、閂を下ろした。
彼女は一行を農場の母屋に案内する。
通された広間には、どうやら家族らしい一団がいた。
熊を倒したのは、彼らのようだ。
ひときわ屈強な男が自己紹介をする。
彼はピョートルといい、このサキスキンという名の農場の主だという。
先ほど一行を案内してくれたのは、ピョートルの弟であるタラスの妻、アルファナであった。
ピョートルが状況を説明し、アルファナがそれを補足する。
農場を襲撃しているのは、狼髑髏族と赤刃族、それに毒蛇族という名のゴブリンの一団であった。
サキスキンの他にもこの辺りにはいくつかの農場が存在するが、それらも同様にゴブリンどもの襲撃を受けているのだという。
ミーシャはどこにいるのかについて尋ねた一行に対して、彼は顔をしかめた。
「彼はケルヴィンに事態を告げに行こうとして、殺されてしまった」
一行はまた、なぜゴブリンどもがここを襲撃しているのかを問いただすが、ピョートルは険しい顔をして首を振るだけだった。
●計略
窓の外から、女の悲鳴が聞こえた。
アルファナが叫ぶ。
「あれはきっと召使いのマーシャだわ! ゴブリンどもに捕まったのよ! あいつらはマーシャをなぶり殺しにするつもりに違いない!」
慌ててヨブは窓を開け、外へと踊り出る。
しかし、罠だった。
それはなんと、扮装したゴブリンのメスだったのである。
気づいた時には手遅れで、ヨブはゴブリンの一団に囲まれることになってしまった。
あわてて残りのパーティのメンバーが救援に向かうものの、窓から母屋の中に侵入してきたジャイアント・ヴァンパイア・バットに阻まれ、思うように動けない。
その間、狼髑髏族ゴブリンの王クロスに率いられた8匹のゴブリンが、ラム(破城槌)を抱え、母屋へと突撃してきた。
必死で食い止める一行。グレイの放った「スリープ」でヴァンパイア・バットたちを無力化し、ようやく皆、母屋の外に出ることができた。
思わぬ援軍に手下が倒される様子を見て、クロスは引き上げの指令を出した。
●「死の歌」
満身創痍ながらも、とりあえず休息をとろうと、パーティも引き上げた。
ピョートルの母クズマによる治療を受けて体制を立て直すが、今度は、反対側からゴブリンどもが攻め寄せてきた。
農場の西側の橋はゴブリンどもの侵入を防ぐために焼き落としてしまったから、当分の間は安心だと一行はふんでいた。
しかし、状況判断が甘かった。
驚くべきことに、ゴブリンたちはベオフリー(攻城用移動塔)のようなものを運んできて、一気に攻め込もうとしているのである。
パーティは非常な苦労をして、彼らを撃退した。
−−夜明け前、最後の襲撃が行われようとしていた。
ゴブリンたちが歌う「死の歌」が、夜風に乗って轟き渡る。
ゴブリン王クロスと、ラムを構えたゴブリンたちが、今や総攻撃を仕掛けようとしているのだ。
●またもや犠牲者が
サキスキンの住民たちと一行は協力して、ゴブリンたちに立ち向かった。
血で血を洗う熾烈な戦い。
結果、無事ゴブリンたちを敗走させることに成功した。
が、気づくと、クロスが騎乗していたアイス・ウルフが吐いたブレスの直撃を二度に渡って受けたヨブが息をしていない。
ヨブの遺体を母屋に運び入れ、悲しみに暮れる一行。
絶望感。
その体を包もうとして、アルファナが広間に飾ってあった二枚のタペストリのうち一枚を外した。
そのとき、朝の光を浴びたタペストリがきらきらとまばゆく輝きだした。
刺繍の一部が金色に光り、地図のようなものを形作り始める。
驚くべき魔法を目にして、彼らは、新たなる冒険の予感に打ち震えたのであった。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.3
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が過去にプレイした、クラシックD&Dキャンペーンの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/485917607.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第4話「ウィルダーネス、ウィルダーネス!」の内容となります。
●登場人物紹介
タモト/詩人ドワーフ、2レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、3レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、2レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、死亡中。
リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、4レベル。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、3レベル。
ジョン・セルター/元・グリフォン聖騎士団員。
アルフリック/カラメイコス大教会の高司祭。
「盗賊王」フレームフリッカー/ギルド「盗賊の王国」の長。
「青い鷹」/スレッショールドの街から来たライバル・パーティ。
カラノス/ケルヴィンの街を拠点とする船頭。
ミーシャ/船着場の主。
ピョートル/サキスキンの農場主。
アルファナ/ピョートルの義理の妹。
マーシャ/サキスキン農場の召使い。
クズマ/ピョートルの母。
クロス/狼髑髏族ゴブリンの王。
●新たなるクエスト
ヨブは事情をグレイにかいつまんで説明する。謎の追っ手から身を隠しつつ、ロスト・ドリームの島を目指さねばならないわけを。
パーティに選択の余地はなかった。
他方、カラメイコス教会に運ばれていったシャーヴィリーは、ジョン・セルターの言ったとおり、高司祭のアルフリックに「レイズ・デッド」の呪文をかけてもらうことができた。
しかし、蘇生できたのはいいもののいまだ体力がもどらない彼女は、その後2週間ほどベッドで休養を余儀なくされた。
すでにジョン・セルターは姿をくらましていたが、アルフリックとは因縁浅からぬ関係のようで、パーティにセルターの身上を教えてくれた。
●ジョン・セルターとは何者か
現在スペキュラルムには、カラメイコス教会の宗教騎士団「グリフォン聖騎士団」が逗留している。
指揮しているのは、アリーナ・ハララン。
大公国の北に位置する街、スレッショールドの大司教の娘である。
ウルフホルド丘陵に巣食うオークやオーガーたちを掃討する許可を得るため、ステファン・カラメイコス公爵に謁見に来たのだ。
そしてジョン・セルターは、その「グリフォン聖騎士団」の名誉ある一員だった。そう、かつては……。
−−アルフリックは言葉を詰まらせる。
いまや彼の名声は地に落ち、栄えある騎士としての栄光を身に纏うことはかなわなくなってしまっている。
その罪状は、とある探索を通して得た、「神より与えられし武器」を手放してしまったことにある。
彼はそのことで、武器に付随する大いなる試練をも拒否してしまったのだ。
幼い頃よりセルターを知るアルフリックや最高司祭のオリバーらは、事情を聞く必要があると考え、行方を調査していたのであった……。
そして今後、セルターの情報が手に入り次第教会へと届けることを、パーティは治癒の代償として約束させられた。
●スペキュラルムの街を離れて
ロスト・ドリームの島へのクエストは、大至急というわけではない。
それでもシャーヴィリーの回復を待つほどのゆとりはなかった。
パーティは悩みぬいた末、彼女を教会に残したまま、スペキュラルムを後にした。戦力ダウンになるが、いたしかたがない。
街道(デュークス・ロード)をさかのぼっていくパーティ。
途中、クラカトス(古代からの遺跡のある小さな集落)で休息を取ることにした。
これまで、敵らしき者には遭遇していない。
けれども、彼らはそこで、遺跡に寝泊りする奇妙な一団と鉢合わせした。
傍目にはごろつきと見まがうほどであるが、やはり仲間の冒険者であろう。
彼らは「青い鷲」と名乗り、これからスペキュラルムへ向かう途中と告げた。
それまではスレッショールドに滞在していたが、最近スペキュラルムに出没する「盗賊王」フレームフリッカーを捕まえるためにやってきたらしい……。
−−それを聞くと、リアにはピンと来た。
彼女の所属している盗賊ギルド「盗賊の王国」のギルドマスターこそが、フレームフリッカーその人なのだ。
しかし、「盗賊王」が最近スペキュラルムで熱心に活動しているなどという噂は聞いたことがない。
リアのような下っ端からすれば、「盗賊王」はまさしく雲の上の存在、たとえ活動していたとしても、それを知る術はないのである。
満足のいく情報を与えられないまま、一行と「青い鷹」とは別ルートを辿ることとなった。
●ケルヴィンから
クラカトスを後にし、引き続き街道を旅していくと、彼らがたどり着いたのはケルヴィンの街だった。
大公国における中継都市的な役割を果たしている大都市である。
デスモント・ケルヴィン2世男爵の下、街は人口2万を数えるほどにまで繁栄を遂げている。
シャッタルガ川・ウィンドラッシュ川・ハイリーチ川と、3つの川に囲まれているこの街は、大公国の交通の要にもなっている。
街に入り、「黄金の船」亭に腰を落ちつけた一行は、相席したペンハリゴン(大公国の北東にある大都市)からやってきた商人たちから情報を得ようとするが……これまた警戒されてうまくいかない。
仕方なくパーティは川を船で上り、ペンハリゴンその地へと直接向かうことに決めた。
そこから南下し、目的地を目指そうというのである。
けれども陸路では時間がかかるので、ハイリーチ川をさかのぼって行くルートをとることにした。
●ハイリーチ川紀行
なけなしの金をはたいてリバーボートを借り、ケルヴィンで出会ったカラノスという船頭と幾名かの船員とともに、パーティは出航した。
背後を見ると、街がどんどんと遠ざかっていく。
向うの空に、何かが浮かんでいるのが見えた。
どうやら「フライング・カーペット」(空飛ぶ絨毯)に乗っているらしい。
親切にもカラノスが教えてくれる。あれは、ケルヴィンの西に位置するエルフの街リフリアンに住む、カルディアという名の女エルフが提供している交通サービスなのだ。
しかるべき金さえ払えば、リフリアンからスレッショールドまで、悠悠自適の空の旅が楽しめるということらしい……。
しまった、そちらを使えばよかったと後悔しつつ進んでいくと、船の両側にうねるように広がっていた川が、だんだんと狭くなり、流れも速くなってきた。
南側の岸にある森が迫ってくる。
ドスンという音がして、船が急に傾いて止まった。よくよく目をこらしてみると、川を横切って張られた鎖に衝突したようだ。
間髪入れず、川の両岸から、無数の矢が飛んできたではないか!
おまけに、水夫の一人が、手にダガーを持って、切りかかってくる。
パーティは必死で矢をかわしつつ、水中の鎖を断ち切る。裏切り者も無事しとめることができ、伏兵たちの攻撃も切り抜けることができた。
その死体を調べてみると、驚くべきことに、焼印と手枷のあとがありありとうかがえた。
「アイアン・リング」の手先だ。間違いない。
●「アイアン・リング」のスパイ
「アイアン・リング」とは、ルートヴィヒ・フォン・ヘンドリックス男爵直属の、悪名高い狂信的な盗賊ギルドである。
信頼していた部下が「アイアン・リング」の一員だったとは……。カラノスは喉を詰まらせる。
午後遅くになって、船はハイリーチ川とヴォルガ川との境目にある船着場に着いた。
もうトーモントの24日。スペキュラルムを出発してから8日が経過している。
一行は先を急ごうとするが、まもなく日も暮れるというのに、川の先にまで歩を延ばすのは危険なため、ここで宿をとることにした。
カラノスは船着場の主であるミーシャを呼ぶが、返事はない。
「大丈夫だ。ミーシャはよくノミだらけの年寄り熊と狩りに行くが、いつも夜までには戻ってくるから、余計な心配は無用」とはカラノスの弁。
●またもや襲撃
−−ミーシャは戻ってこなかった。
代わりに船着場に現れたのは、全身に傷を負った一頭の熊だった。
熊はしばらく周りをうろついていたものの、やがて森の奥へと消えていった。
パーティが後を追っていくと、かすかな叫び声が夜風に乗って響いてきた。
木が燃える臭いもする。前方の木々の向うに、ひらめく炎が見えた。声はさらに大きくなってくる。
叫び声に混じって、武器がぶつかりあう音も聞こえてくる。
炎はますます激しくなり、紅の輝きが森を包んだ。
ただならぬ空気を感じた冒険者たちは、歩を速める。
森は、木の橋がかかっている流れの速い川の土手のところにまで続いている。
それを越えると、柵で囲った農場の門が見える。
建物そのものはほとんど被害を受けていないが、橋の左側にある納屋から、こうこうと炎が舞い上がっている。
橋の向こうにある楼門から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「道をふさがれる前に急いで!」
大きな狼の背に乗ったゴブリンの一団が、背後から岸に沿って荒々しく突進してくる。
門に駆け込む冒険者たち。
傍らに目をやると、先ほどの熊が倒れていた。
●サキスキンにて
パーティの全員が門に入ったのを確認すると、女は素早く門を閉め、閂を下ろした。
彼女は一行を農場の母屋に案内する。
通された広間には、どうやら家族らしい一団がいた。
熊を倒したのは、彼らのようだ。
ひときわ屈強な男が自己紹介をする。
彼はピョートルといい、このサキスキンという名の農場の主だという。
先ほど一行を案内してくれたのは、ピョートルの弟であるタラスの妻、アルファナであった。
ピョートルが状況を説明し、アルファナがそれを補足する。
農場を襲撃しているのは、狼髑髏族と赤刃族、それに毒蛇族という名のゴブリンの一団であった。
サキスキンの他にもこの辺りにはいくつかの農場が存在するが、それらも同様にゴブリンどもの襲撃を受けているのだという。
ミーシャはどこにいるのかについて尋ねた一行に対して、彼は顔をしかめた。
「彼はケルヴィンに事態を告げに行こうとして、殺されてしまった」
一行はまた、なぜゴブリンどもがここを襲撃しているのかを問いただすが、ピョートルは険しい顔をして首を振るだけだった。
●計略
窓の外から、女の悲鳴が聞こえた。
アルファナが叫ぶ。
「あれはきっと召使いのマーシャだわ! ゴブリンどもに捕まったのよ! あいつらはマーシャをなぶり殺しにするつもりに違いない!」
慌ててヨブは窓を開け、外へと踊り出る。
しかし、罠だった。
それはなんと、扮装したゴブリンのメスだったのである。
気づいた時には手遅れで、ヨブはゴブリンの一団に囲まれることになってしまった。
あわてて残りのパーティのメンバーが救援に向かうものの、窓から母屋の中に侵入してきたジャイアント・ヴァンパイア・バットに阻まれ、思うように動けない。
その間、狼髑髏族ゴブリンの王クロスに率いられた8匹のゴブリンが、ラム(破城槌)を抱え、母屋へと突撃してきた。
必死で食い止める一行。グレイの放った「スリープ」でヴァンパイア・バットたちを無力化し、ようやく皆、母屋の外に出ることができた。
思わぬ援軍に手下が倒される様子を見て、クロスは引き上げの指令を出した。
●「死の歌」
満身創痍ながらも、とりあえず休息をとろうと、パーティも引き上げた。
ピョートルの母クズマによる治療を受けて体制を立て直すが、今度は、反対側からゴブリンどもが攻め寄せてきた。
農場の西側の橋はゴブリンどもの侵入を防ぐために焼き落としてしまったから、当分の間は安心だと一行はふんでいた。
しかし、状況判断が甘かった。
驚くべきことに、ゴブリンたちはベオフリー(攻城用移動塔)のようなものを運んできて、一気に攻め込もうとしているのである。
パーティは非常な苦労をして、彼らを撃退した。
−−夜明け前、最後の襲撃が行われようとしていた。
ゴブリンたちが歌う「死の歌」が、夜風に乗って轟き渡る。
ゴブリン王クロスと、ラムを構えたゴブリンたちが、今や総攻撃を仕掛けようとしているのだ。
●またもや犠牲者が
サキスキンの住民たちと一行は協力して、ゴブリンたちに立ち向かった。
血で血を洗う熾烈な戦い。
結果、無事ゴブリンたちを敗走させることに成功した。
が、気づくと、クロスが騎乗していたアイス・ウルフが吐いたブレスの直撃を二度に渡って受けたヨブが息をしていない。
ヨブの遺体を母屋に運び入れ、悲しみに暮れる一行。
絶望感。
その体を包もうとして、アルファナが広間に飾ってあった二枚のタペストリのうち一枚を外した。
そのとき、朝の光を浴びたタペストリがきらきらとまばゆく輝きだした。
刺繍の一部が金色に光り、地図のようなものを形作り始める。
驚くべき魔法を目にして、彼らは、新たなる冒険の予感に打ち震えたのであった。
2022年03月09日
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.2
2022年2月24日配信の「FT新聞」No.3319に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のリプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.2が掲載。鏡の都スペキュラルムの酒場ブラック・ハート・リリィを舞台とするシティアドベンチャーで、著名NPC「ルルンの」ヨランダも登場します。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.2
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が学生時代にプレイした、クラシックD&Dのキャンペーンゲームの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
なにぶんデビュー前の(20年以上前!)の原稿を整理しているため、拙い部分が多々ありますが、ご承知のうえお読みください。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/485557276.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第3話「忍び寄る暗黒」の内容となります。前回はダンジョン探検でしたが、今回はシティーアドベンチャーです。パーティ分割が発生したため視点が次々に切り替わることを念頭に置いていただければ幸いです。
●登場人物紹介
タモト・ロックフリンガー/詩人ドワーフ、2レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、2レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、2レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、1レベル。
ティシェ・リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、3レベル。
エミーリオ/酒場「ブラック・ハート・リリイ」の亭主。
「ルルンの」ヨランダ/絶世の美女にして評判の踊り子。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、3レベル。
●大喧嘩
恐怖のダンジョンからカラメイコス大公国の王都スペキュラルムへと帰還を果たした、我らが冒険者一行。
はたして「ゴルサー」とは何者なのか。そして、占い師の予言の真偽はいかに……。
だが悩んでいてもしかたがないとばかりに、報酬を得た一行は、久方ぶりに根城としている宿屋、「ブラック・ハート・リリィ」で冒険の間に溜まったストレスを発散すべく、狂騒の限りを尽くしていた。
そんな彼らを冷ややかな目で見ている一人の男。
酒場の隅のストゥールに腰かけ、静かに酒をあおっている。
筋骨隆々とした姿、あちこちに見られる生々しい傷跡が、明らかに彼が歴戦のつわものであることを、何よりも雄弁に物語っている。
久しぶりの冒険の成功に酔ったのか、一行はあまりにもはしゃぎすぎた。
そして、男はその日、あまりにも機嫌が悪かった。
ドスを利かせてパーティにすごみかかる男。負けずに言い返す熱血少年グレイ。
周囲は険悪な雰囲気に包まれる。
見るに見かねてジーンがとりなそうとするが、かえって逆効果。
頭に血がのぼった男は、手にしていたビールをジーンの頭にぶっかけ、かくして両者の諍いは殴り合いにまで発展し、酒場は大混乱となった
●いざ祭りへ
翌日、トーモントの14日。ノームの商隊が到着してから起こった、ちょっとしたお祭り騒ぎも、今や最高潮に達していた。
外の賑わいに惹かれて出て行くタモトとシャーヴィリー、そしてジーン。
いまだ体の節々から疲れが取れないうえに、昨日の喧嘩に巻き込まれて生傷が絶えないにもかかわらず、この元気はどこから来るのだろうか。
しかしまた、リアの部屋をノックする者がいた。
入ってきたのは、宿の主、エミーリオである。困りぬいた様子でリアに相談を持ちかける。同情したリアは、とりあえず話だけでも聞いてみることにする。
曰く、ここ「ブラック・ハート・リリィ」では、通常の酒場や宿屋としての業務のほかに、ちょっとした舞台もとり行っている。
中でも人気があるのが、最近舞台に立つようになった、エキゾチックな雰囲気を漂わせた妙齢の美女、「ルルンの」ヨランダだ。
しかし、そのヨランダが、急病で舞台に立てなくなったというのである。
困りぬいたエミーリオは、まずは質より量を確保するのが肝心と、つてを頼って代役を探し回ったのだったが、その一人として、こともあろうにリアに白羽の矢が立った。
エミーリオの強引な説得に負けたリアは、いつもの盗賊稼業から一転し、「ブラック・ハート・リリィ」の踊り子として、酒場の舞台に立つこととなってしまった。
●競技大会
祭りに向かったリア以外のパーティは、射的やレスリングなどの競技を、色々と回っていた。
ノームの商隊が帰途に就くのはトーモントの15日目である。今日はその前日ということもあるのか、今までで一番の賑わいをみせているようだ。それもそのはず、今日は各地から猛者が集う一大イベントがとり行われるのだ。
その名も、「比類なく奇妙な競技大会」。
ノームの街ハイフォージは、町全体が奇抜な発明に狂っていることで悪名高い。
彼らはまた、その独特のセンスで新たな競技(一応、彼らは「スポーツ」だと銘打っている)を開発し、もしくは探し出し、無辜の犠牲者にそれを行わせるのも大好きなのである。
しかも困ったことに、その競技は、端から見ているぶんに限っては愉快なのだ。
この大会では、彼らが一年かけて集めてきた粒よりの競技が披露される。
成り行きに身を任せたシャーヴィリーは、「比類なく奇妙な競技大会」の種目「足指相撲」に、タモトは、目玉競技「タルベルトンジャク」に参加することとなってしまった……。
結果、シャーヴィリーはいいところまで行ったのだけれども、相手の足のあまりの臭さに耐え切れず、準決勝で惜しくも敗退を喫してしまった。
●奇妙な競技
タモトは、競技のルールのあまりの難しさに、そのもじゃもじゃ頭を痛めていた。
ステージの上の年老いた賢者が、何度も、噛んで含むようにルールの説明を繰り返している。
−−この競技は、遥か東方「Kozakura」の国から伝わったものであり、非常に厳密かつ明確な規則に沿って行われる。競技者は、まず自分が相手をどのような方法で打ち破るかをイメージする。
そして、そのイメージを「ルーン」という形として示すことで具現化し、相手にぶつけるのである。
「ルーン」の作り方、すなわちどのような形でイメージが具現化されるかには三つのパターンがあり、それは、各々の競技者が、どのように手を握るかによって決定される。
手を開いた状態は、「防具」を意味し、人差し指と中指を突き出したまま残りを握ったままにした状態は「武器」を意味する。すべての指を握った状態は、「魔法」を指す。
そして、「防具」は「魔法」には強いが「武器」には弱い。「武器」は「防具」には強いが「魔法」には弱い。「魔法」は、「武器」には強いが「防具」には弱い。
相手に自分の力をぶつけるためには、この三すくみを理解しつつ、相手を打ち負かすことのできるような「ルーン」を示さねばならないのである。
だがしかし、それだけでは不十分だ。
「ルーン」の力を最大限に発揮するためには、三すくみを利用して相手を打ち負かした上で、そのルーンがどの方向を向いているのかを指を指して示し、その場所に相手の顔を導かねばならないのである。云々−−
だが、この難しいルールをなんとかのみこんだタモトは、偶然か僥倖か、はたまたハラフの天啓か、輝かしい優勝という名の栄光を手にしてしまったのである!
1000GPという大金と、副賞として魔法のアイテム「エルブン・ブーツ」と「フライング・ポーション」を手にしたタモトは、王者にふさわしい威厳を込めて、一大パフォーマンスを行った。
観客を前にしたタモトは、おもむろにポーションを飲み干した。
そして、何を思ったのか、「みなさんさようなら」と大声を上げて宙に浮かび、そのまま会場を後にしてしまったのだ!
たちまち会場は大喝采に包まれる。
観衆の中にはシャーヴィリーも含まれていた。
あっけにとられて見送ったのも束の間、慌てて後を追いかけて走っていった。
●楽屋にて
リアは舞台の楽屋に足を踏み入れた瞬間、自分がまるで別世界の住人になったような心持になった。
妖艶と言うのかはたまた淫靡と言うべきか、とにかくはじめて見る世界である。
ほとんど衣装の役目を果たさないほどわずかな薄絹を身に付けリハーサルに勤しむ一団を目にして、純情なリアは、ほとほと当惑したというほかはなかった。
尻ごむリアに対して、誰かが後ろから声をかけてきた。
振り返ると、「ルルンの」ヨランダその人が、微笑みながら立っているではないか!
心なしか顔色は悪いけれども、その美貌は少しも衰えることを知らない。
落ち着いたアルトの声で、彼女は口を開いた
「あなたが、私の代役を引き受けてくれた娘ね」
ヨランダはくすくす笑っている。
●ヨブの場合
気がつくと自分の部屋だった。
二日酔いでがんがんする頭を押さえながら、ヨブは昨晩の出来事を思い起こそうとしていた。
……だめだ、あのくそ坊主にビールをぶっかけてから、何がどうなったのか。酒場に下り、遅い昼食をとることにした。
その時、若い魔法使い風の男が、目の前を悠々と通り過ぎていった。
たちまち記憶が甦る。昨日やり合った連中の一人だ。
借りを返してやろうと、ヨブは男の後をつけることにした。
ヨブは剣匠(ソードマスター)で、ブラック・イーグル男爵領の避難民である。
いまや酒場の看板スターとなった、「ルルンの」ヨランダらといっしょにここスペキュラルムにやってきて、今日でちょうど三ヶ月目。
常に極度の緊張を強いられてきた以前に比べ、確かにすべてが楽になった。
だが、この巨大な都スペキュラルムは、あまりにも退屈なのも確かだ。
魔法使いが入っていったのは、舞台の裏の楽屋であった。
覗いてみると、いつもどおりに半裸の女たちが、夜の舞台のリハーサルをしている。
傍らには、ヨランダが立っていた。
ヨブの視線に気がつくと、ヨランダは表情を崩し、こちらに来るよう手招きする。
●暗殺者
タモトが降り立ったのは、競技の場所からだいぶ離れた、さびれた路地裏で。
息を切らせて追いつくシャーヴィリー。
が、ほっとしたのも束の間だった。
タモトを追いかけてきたのはシャーヴィリーだけではなかったのである。
黒い覆面をした男が二人彼らのそばに立っていた。
薄暗い裏通りで、ショート・ソードの刃が不気味に光っている。
一方のタモトとシャーヴィリーは、武器防具の類はほとんど宿に置いてきてしまっていて、ほとんど丸腰に近い状態だ。
なんとか応戦しようとするものの、覆面男の凶刃を胸に受け、あわれシャーヴィリーは倒れてしまった。
それを見たタモトは戦意を失い、降伏を申し出ることに。「待ってくれ、お前たちは一体何が望みなんだ」
くぐもった声で男は答える。
「斧を渡せ。知らないとは言わさん」
タモトはすぐさま悟る。あの洞窟から取ってきた斧のことか。
半ばやけになって、彼は事情を説明する。
「あれは宿に置いてきてしまったんだ。ここにはない。わしらを殺してもそれは手に入らんぞ」
その時だった。
物陰から、無精髭にレザーアーマーといういでたちの精悍な男が現れ、覆面男に切りかかった。
予期せぬ襲撃者の到来に、覆面男たちはものも言わず倒される。
すかさず男はシャーヴィリーのもとに駆け寄り、持っていた薬草を傷口にすりこむ。
しかし、シャーヴィリーが再び目を開くことはなかった。
顔からはどんどん生気が失われ、とうとうカラーリー・エルフは冷たい骸と化した。
つまり、死んだのである。
●明かされる策謀
ヨランダの指示に従って、ヨブは「孔雀の尻尾」亭のドアを開いた。
一見、中産から上流階級向けの普通の宿屋だが、ここはあのラデュ家の当主、アントン・ラデュが経営する直属の店。
アントン・ラデュが率いる盗賊ギルド〈ヴェールド・ソサイエティー〉とは因縁浅からぬに違いない。
警戒しながら中に入ると、ヨランダの席へと案内された。
低い声で、やにわに彼女が言う。
「ブラック・イーグル男爵が、配下の騎士団を連れてスペキュラルムにやってきているのよ」
青天の霹靂である。
逃亡が感づかれてしまったのだろうか。
ヨランダは首を振る。
「何のために彼がやってきたのかはわからない。けれども、わたしたちの知らないところで、とてつもなく大きな陰謀が形を成しつつあるのは確かなの」
彼女は舞台に立つ傍ら、いまだブラック・イーグル男爵領に残る同胞たちを救い出すために、ひそかにスペキュラルムにいる仲間を集め、レジスタンスを結成していたのだ。
そして、彼女は後ろ盾を得るために、あえて、危険を承知でラデュ家に近寄った。
「昨日の晩あなたと一緒にやりあっていた連中、あの中にドワーフがいたでしょう。彼が持っていた斧、あれはハラフ王の仲間だった狩人ジルチェフの一番の部下、ソールジェイニー・オーケンシールドのものなのよ。エミーリオが教えてくれたわ。
そこであなたに頼みがあるの。あの斧をロスト・ドリームの湖に住むカラーリー・エルフに届けてちょうだい。本来ならばわたしが行くべきだろうけど……。斧の力を引き出すにはそれしかないの。いや、少なくとも、ブラック・イーグルだけには渡さないで。わたしが彼らを牽制しておくから、その間に」
ヨランダの必死の願いと、提示された15000GPにも及ぶ高額の報酬、そして事の重大さを認識したヨブは、彼女の依頼を引き受けることに決めた。
そして、万一の場合に備えて、力づくでも依頼を成功させるために、いくつかの物品を受け取った。
●大不評
そのころ、「ブラック・ハート・リリィ」ではいつもと違った騒ぎが起きていた。
「ルルンの」ヨランダが参加しなかったために、観客は露骨に不満を示し、腐った野菜や卵をそこら中に投げつけて回ったのだ。
おまけに公演の最中に、突然黒づくめの男たちが乱入し、「ヨランダに会わせろ」と言ってくる始末。
しばらくの間エミーリオと男たちの間で押し問答が続いていたが、らちがあかないとみるや、いきり立った凶漢どもは剣を抜き、楽屋へなだれこんできた。
−−その行く手に、グレイが立ちふさがった。
●逃げたはいいが
グレイの「スリープ」の呪文で、男たちは次々と眠りについていった。
エミーリオは男たちを柱に縛りつけると、遅れていた公演の第二部の幕を上げた。
しかし、まずいことに、公演の途中で呪文の効果が切れてしまった。
男たちは縛られたロープを力任せに断ち切ると、舞台へと乱入してきた。
ダンスの進行はストップする。
いいかげん酔いが回った観客たちは度重なる中断に烈火のごとく怒り、たちまち酒場は幾度目かの混乱の渦に巻き込まれた。
黒服の男たちがしきりにヨランダを探していることから、斧の事情を知っていたエミーリオは、グレイたちがこの件に一枚噛んでいるとの察しをつけた。
混乱に乗じてグレイとリアとジーンを裏口から逃がしてくれる。
通りに出た彼らは、他のメンバーと合流しようと走り出した。
その途端、グレイは誰かとぶつかった。顔を上げると、そこに立っていたのは、「孔雀の尻尾」亭から戻る途中のヨブであった……。
●わずかな可能性
助けてくれたことに対して礼を言うと、精悍な男はだまって頷き、ジョン・セルターだと名乗った。
彼は倒れたままのシャーヴィリーを背にかつぐと、黙って路地を歩き始める。あわてて後を追うドワーフ・タモト。
路地を出ると、そこはカラメイコス教会だった。
おもむろにセルターは告げた。
「……俺の名前を出して、高司祭のアルフリックに頼むんだ。蘇生の術をかけてくれるやもしれん……」
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.2
岡和田晃
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●はじめに
本不定期連載は、岡和田晃が学生時代にプレイした、クラシックD&Dのキャンペーンゲームの小説風プレイリポート(リプレイ小説)で、新和版・メディアワークス版・未訳資料の各種を参照しています。
なにぶんデビュー前の(20年以上前!)の原稿を整理しているため、拙い部分が多々ありますが、ご承知のうえお読みください。
前回の内容はこちら(https://analoggamestudies.seesaa.net/article/485557276.html)をどうぞ。今回はキャンペーン第3話「忍び寄る暗黒」の内容となります。前回はダンジョン探検でしたが、今回はシティーアドベンチャーです。パーティ分割が発生したため視点が次々に切り替わることを念頭に置いていただければ幸いです。
●登場人物紹介
タモト・ロックフリンガー/詩人ドワーフ、2レベル。
ジーン/カラメイコス国教会所属のクレリック、2レベル。
グレイ/ブラック・イーグル男爵領出身のマジックユーザー、2レベル。
シャーヴィリー/カラーリー・エルフ、1レベル。
ティシェ・リア/ギルド「盗賊の王国」に所属するシーフ、3レベル。
エミーリオ/酒場「ブラック・ハート・リリイ」の亭主。
「ルルンの」ヨランダ/絶世の美女にして評判の踊り子。
ヨブ/ブラック・イーグル男爵領の避難民の戦士、3レベル。
●大喧嘩
恐怖のダンジョンからカラメイコス大公国の王都スペキュラルムへと帰還を果たした、我らが冒険者一行。
はたして「ゴルサー」とは何者なのか。そして、占い師の予言の真偽はいかに……。
だが悩んでいてもしかたがないとばかりに、報酬を得た一行は、久方ぶりに根城としている宿屋、「ブラック・ハート・リリィ」で冒険の間に溜まったストレスを発散すべく、狂騒の限りを尽くしていた。
そんな彼らを冷ややかな目で見ている一人の男。
酒場の隅のストゥールに腰かけ、静かに酒をあおっている。
筋骨隆々とした姿、あちこちに見られる生々しい傷跡が、明らかに彼が歴戦のつわものであることを、何よりも雄弁に物語っている。
久しぶりの冒険の成功に酔ったのか、一行はあまりにもはしゃぎすぎた。
そして、男はその日、あまりにも機嫌が悪かった。
ドスを利かせてパーティにすごみかかる男。負けずに言い返す熱血少年グレイ。
周囲は険悪な雰囲気に包まれる。
見るに見かねてジーンがとりなそうとするが、かえって逆効果。
頭に血がのぼった男は、手にしていたビールをジーンの頭にぶっかけ、かくして両者の諍いは殴り合いにまで発展し、酒場は大混乱となった
●いざ祭りへ
翌日、トーモントの14日。ノームの商隊が到着してから起こった、ちょっとしたお祭り騒ぎも、今や最高潮に達していた。
外の賑わいに惹かれて出て行くタモトとシャーヴィリー、そしてジーン。
いまだ体の節々から疲れが取れないうえに、昨日の喧嘩に巻き込まれて生傷が絶えないにもかかわらず、この元気はどこから来るのだろうか。
しかしまた、リアの部屋をノックする者がいた。
入ってきたのは、宿の主、エミーリオである。困りぬいた様子でリアに相談を持ちかける。同情したリアは、とりあえず話だけでも聞いてみることにする。
曰く、ここ「ブラック・ハート・リリィ」では、通常の酒場や宿屋としての業務のほかに、ちょっとした舞台もとり行っている。
中でも人気があるのが、最近舞台に立つようになった、エキゾチックな雰囲気を漂わせた妙齢の美女、「ルルンの」ヨランダだ。
しかし、そのヨランダが、急病で舞台に立てなくなったというのである。
困りぬいたエミーリオは、まずは質より量を確保するのが肝心と、つてを頼って代役を探し回ったのだったが、その一人として、こともあろうにリアに白羽の矢が立った。
エミーリオの強引な説得に負けたリアは、いつもの盗賊稼業から一転し、「ブラック・ハート・リリィ」の踊り子として、酒場の舞台に立つこととなってしまった。
●競技大会
祭りに向かったリア以外のパーティは、射的やレスリングなどの競技を、色々と回っていた。
ノームの商隊が帰途に就くのはトーモントの15日目である。今日はその前日ということもあるのか、今までで一番の賑わいをみせているようだ。それもそのはず、今日は各地から猛者が集う一大イベントがとり行われるのだ。
その名も、「比類なく奇妙な競技大会」。
ノームの街ハイフォージは、町全体が奇抜な発明に狂っていることで悪名高い。
彼らはまた、その独特のセンスで新たな競技(一応、彼らは「スポーツ」だと銘打っている)を開発し、もしくは探し出し、無辜の犠牲者にそれを行わせるのも大好きなのである。
しかも困ったことに、その競技は、端から見ているぶんに限っては愉快なのだ。
この大会では、彼らが一年かけて集めてきた粒よりの競技が披露される。
成り行きに身を任せたシャーヴィリーは、「比類なく奇妙な競技大会」の種目「足指相撲」に、タモトは、目玉競技「タルベルトンジャク」に参加することとなってしまった……。
結果、シャーヴィリーはいいところまで行ったのだけれども、相手の足のあまりの臭さに耐え切れず、準決勝で惜しくも敗退を喫してしまった。
●奇妙な競技
タモトは、競技のルールのあまりの難しさに、そのもじゃもじゃ頭を痛めていた。
ステージの上の年老いた賢者が、何度も、噛んで含むようにルールの説明を繰り返している。
−−この競技は、遥か東方「Kozakura」の国から伝わったものであり、非常に厳密かつ明確な規則に沿って行われる。競技者は、まず自分が相手をどのような方法で打ち破るかをイメージする。
そして、そのイメージを「ルーン」という形として示すことで具現化し、相手にぶつけるのである。
「ルーン」の作り方、すなわちどのような形でイメージが具現化されるかには三つのパターンがあり、それは、各々の競技者が、どのように手を握るかによって決定される。
手を開いた状態は、「防具」を意味し、人差し指と中指を突き出したまま残りを握ったままにした状態は「武器」を意味する。すべての指を握った状態は、「魔法」を指す。
そして、「防具」は「魔法」には強いが「武器」には弱い。「武器」は「防具」には強いが「魔法」には弱い。「魔法」は、「武器」には強いが「防具」には弱い。
相手に自分の力をぶつけるためには、この三すくみを理解しつつ、相手を打ち負かすことのできるような「ルーン」を示さねばならないのである。
だがしかし、それだけでは不十分だ。
「ルーン」の力を最大限に発揮するためには、三すくみを利用して相手を打ち負かした上で、そのルーンがどの方向を向いているのかを指を指して示し、その場所に相手の顔を導かねばならないのである。云々−−
だが、この難しいルールをなんとかのみこんだタモトは、偶然か僥倖か、はたまたハラフの天啓か、輝かしい優勝という名の栄光を手にしてしまったのである!
1000GPという大金と、副賞として魔法のアイテム「エルブン・ブーツ」と「フライング・ポーション」を手にしたタモトは、王者にふさわしい威厳を込めて、一大パフォーマンスを行った。
観客を前にしたタモトは、おもむろにポーションを飲み干した。
そして、何を思ったのか、「みなさんさようなら」と大声を上げて宙に浮かび、そのまま会場を後にしてしまったのだ!
たちまち会場は大喝采に包まれる。
観衆の中にはシャーヴィリーも含まれていた。
あっけにとられて見送ったのも束の間、慌てて後を追いかけて走っていった。
●楽屋にて
リアは舞台の楽屋に足を踏み入れた瞬間、自分がまるで別世界の住人になったような心持になった。
妖艶と言うのかはたまた淫靡と言うべきか、とにかくはじめて見る世界である。
ほとんど衣装の役目を果たさないほどわずかな薄絹を身に付けリハーサルに勤しむ一団を目にして、純情なリアは、ほとほと当惑したというほかはなかった。
尻ごむリアに対して、誰かが後ろから声をかけてきた。
振り返ると、「ルルンの」ヨランダその人が、微笑みながら立っているではないか!
心なしか顔色は悪いけれども、その美貌は少しも衰えることを知らない。
落ち着いたアルトの声で、彼女は口を開いた
「あなたが、私の代役を引き受けてくれた娘ね」
ヨランダはくすくす笑っている。
●ヨブの場合
気がつくと自分の部屋だった。
二日酔いでがんがんする頭を押さえながら、ヨブは昨晩の出来事を思い起こそうとしていた。
……だめだ、あのくそ坊主にビールをぶっかけてから、何がどうなったのか。酒場に下り、遅い昼食をとることにした。
その時、若い魔法使い風の男が、目の前を悠々と通り過ぎていった。
たちまち記憶が甦る。昨日やり合った連中の一人だ。
借りを返してやろうと、ヨブは男の後をつけることにした。
ヨブは剣匠(ソードマスター)で、ブラック・イーグル男爵領の避難民である。
いまや酒場の看板スターとなった、「ルルンの」ヨランダらといっしょにここスペキュラルムにやってきて、今日でちょうど三ヶ月目。
常に極度の緊張を強いられてきた以前に比べ、確かにすべてが楽になった。
だが、この巨大な都スペキュラルムは、あまりにも退屈なのも確かだ。
魔法使いが入っていったのは、舞台の裏の楽屋であった。
覗いてみると、いつもどおりに半裸の女たちが、夜の舞台のリハーサルをしている。
傍らには、ヨランダが立っていた。
ヨブの視線に気がつくと、ヨランダは表情を崩し、こちらに来るよう手招きする。
●暗殺者
タモトが降り立ったのは、競技の場所からだいぶ離れた、さびれた路地裏で。
息を切らせて追いつくシャーヴィリー。
が、ほっとしたのも束の間だった。
タモトを追いかけてきたのはシャーヴィリーだけではなかったのである。
黒い覆面をした男が二人彼らのそばに立っていた。
薄暗い裏通りで、ショート・ソードの刃が不気味に光っている。
一方のタモトとシャーヴィリーは、武器防具の類はほとんど宿に置いてきてしまっていて、ほとんど丸腰に近い状態だ。
なんとか応戦しようとするものの、覆面男の凶刃を胸に受け、あわれシャーヴィリーは倒れてしまった。
それを見たタモトは戦意を失い、降伏を申し出ることに。「待ってくれ、お前たちは一体何が望みなんだ」
くぐもった声で男は答える。
「斧を渡せ。知らないとは言わさん」
タモトはすぐさま悟る。あの洞窟から取ってきた斧のことか。
半ばやけになって、彼は事情を説明する。
「あれは宿に置いてきてしまったんだ。ここにはない。わしらを殺してもそれは手に入らんぞ」
その時だった。
物陰から、無精髭にレザーアーマーといういでたちの精悍な男が現れ、覆面男に切りかかった。
予期せぬ襲撃者の到来に、覆面男たちはものも言わず倒される。
すかさず男はシャーヴィリーのもとに駆け寄り、持っていた薬草を傷口にすりこむ。
しかし、シャーヴィリーが再び目を開くことはなかった。
顔からはどんどん生気が失われ、とうとうカラーリー・エルフは冷たい骸と化した。
つまり、死んだのである。
●明かされる策謀
ヨランダの指示に従って、ヨブは「孔雀の尻尾」亭のドアを開いた。
一見、中産から上流階級向けの普通の宿屋だが、ここはあのラデュ家の当主、アントン・ラデュが経営する直属の店。
アントン・ラデュが率いる盗賊ギルド〈ヴェールド・ソサイエティー〉とは因縁浅からぬに違いない。
警戒しながら中に入ると、ヨランダの席へと案内された。
低い声で、やにわに彼女が言う。
「ブラック・イーグル男爵が、配下の騎士団を連れてスペキュラルムにやってきているのよ」
青天の霹靂である。
逃亡が感づかれてしまったのだろうか。
ヨランダは首を振る。
「何のために彼がやってきたのかはわからない。けれども、わたしたちの知らないところで、とてつもなく大きな陰謀が形を成しつつあるのは確かなの」
彼女は舞台に立つ傍ら、いまだブラック・イーグル男爵領に残る同胞たちを救い出すために、ひそかにスペキュラルムにいる仲間を集め、レジスタンスを結成していたのだ。
そして、彼女は後ろ盾を得るために、あえて、危険を承知でラデュ家に近寄った。
「昨日の晩あなたと一緒にやりあっていた連中、あの中にドワーフがいたでしょう。彼が持っていた斧、あれはハラフ王の仲間だった狩人ジルチェフの一番の部下、ソールジェイニー・オーケンシールドのものなのよ。エミーリオが教えてくれたわ。
そこであなたに頼みがあるの。あの斧をロスト・ドリームの湖に住むカラーリー・エルフに届けてちょうだい。本来ならばわたしが行くべきだろうけど……。斧の力を引き出すにはそれしかないの。いや、少なくとも、ブラック・イーグルだけには渡さないで。わたしが彼らを牽制しておくから、その間に」
ヨランダの必死の願いと、提示された15000GPにも及ぶ高額の報酬、そして事の重大さを認識したヨブは、彼女の依頼を引き受けることに決めた。
そして、万一の場合に備えて、力づくでも依頼を成功させるために、いくつかの物品を受け取った。
●大不評
そのころ、「ブラック・ハート・リリィ」ではいつもと違った騒ぎが起きていた。
「ルルンの」ヨランダが参加しなかったために、観客は露骨に不満を示し、腐った野菜や卵をそこら中に投げつけて回ったのだ。
おまけに公演の最中に、突然黒づくめの男たちが乱入し、「ヨランダに会わせろ」と言ってくる始末。
しばらくの間エミーリオと男たちの間で押し問答が続いていたが、らちがあかないとみるや、いきり立った凶漢どもは剣を抜き、楽屋へなだれこんできた。
−−その行く手に、グレイが立ちふさがった。
●逃げたはいいが
グレイの「スリープ」の呪文で、男たちは次々と眠りについていった。
エミーリオは男たちを柱に縛りつけると、遅れていた公演の第二部の幕を上げた。
しかし、まずいことに、公演の途中で呪文の効果が切れてしまった。
男たちは縛られたロープを力任せに断ち切ると、舞台へと乱入してきた。
ダンスの進行はストップする。
いいかげん酔いが回った観客たちは度重なる中断に烈火のごとく怒り、たちまち酒場は幾度目かの混乱の渦に巻き込まれた。
黒服の男たちがしきりにヨランダを探していることから、斧の事情を知っていたエミーリオは、グレイたちがこの件に一枚噛んでいるとの察しをつけた。
混乱に乗じてグレイとリアとジーンを裏口から逃がしてくれる。
通りに出た彼らは、他のメンバーと合流しようと走り出した。
その途端、グレイは誰かとぶつかった。顔を上げると、そこに立っていたのは、「孔雀の尻尾」亭から戻る途中のヨブであった……。
●わずかな可能性
助けてくれたことに対して礼を言うと、精悍な男はだまって頷き、ジョン・セルターだと名乗った。
彼は倒れたままのシャーヴィリーを背にかつぐと、黙って路地を歩き始める。あわてて後を追うドワーフ・タモト。
路地を出ると、そこはカラメイコス教会だった。
おもむろにセルターは告げた。
「……俺の名前を出して、高司祭のアルフリックに頼むんだ。蘇生の術をかけてくれるやもしれん……」