2022年02月10日
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」Vol.1
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説「カラメイコス放浪記」が、本日2022年2月10の「FT新聞」No.3305より、不定期連載としてスタートします。ミスタラ世界を扱うクラシックD&Dのキャンペーンゲームのプレイリポートとなります。
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』リプレイ小説 「カラメイコス放浪記」Vol.1
岡和田晃
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●はじめに
本作は岡和田晃がダンジョンマスターをつとめ、2001年11月27日から2003年7月27日まで、およそ1年半、14回にわたってプレイしたクラシックD&Dのキャンペーン・シナリオを、小説風にまとめ直したものです。
『GAZ1 カラメイコス大公国』(新和)をはじめとした新和版、『キングズ・フェスティバル 王の祭り』、『クイーンズ・ハーベスト 女王の収穫』、『ナイツ・ダーク・テラー 黒い夜の恐怖』、『竜剣物語』&『ミスタラ黙示録』の各シリーズほかメディアワークス版を中心に、各種資料を参照しています。
なにぶんデビュー前、学生時代の若書きのため、拙い部分も多々ありますが、昨今、クラシックD&Dのミスタラ世界を扱ったレポート記事は珍しいと思い、公開するものです。お含みおきのうえ、ご笑覧ください。
第1回は、キャンペーン第1話「Return to Basic」、第2話「Dungeonland!」をまとめてお届けします。
●王都スペキュラルム
“鏡の都市”と謳われる、カラメイコス大公国の首都スペキュラルム。公爵ステファン・カラメイコス3世の統治のもとで、人口5万人の一大都市は、今日も眠らず活動を続けている。そして、暦の上では春となり、厳しかった冬の気候も少しずつ和らいできたトーモント月(3月)の第11日のこと。
近くの街、ハイフォージからのノームの商隊が到着し、街は一段と活気付いていた。珍しい物品が人々の目を奪い、さながら新年祭の再来のような賑わいを見せている。
ノース・エンド区に位置する、どちらかといえば上品な酒場、「ブラック・ハート・リリィ」。初代の主ルシアー・スフォルザの恋人の名前を冠したこの場所は、いかがわしい空気に満ちている。一攫千金を夢見るならずものたちの格好の溜まり場だ。そして今またここに、冒険者らしき一団が、昼間から酒を酌み交わし、気息を上げている。
彼らの瞳は希望に満ちているが、いまだ駆け出しという感は拭えない。
ノームの町ハイフォージ出身の詩人ドワーフ、タモト・ロックフリンガー。
無法地帯ブラック・イーグル男爵領の避難民であるマジックユーザー、グレイ。
カラーリー・エルフの令嬢、シャーヴィリー。
カラメイコス教会に所属するクレリック、ジーン。
そして、ギルド〈盗賊の王国(キングダム・オブ・シーフ)〉の一員であるシーフ、ティシュ・リア。
この5人はスペキュラルムで偶然出会い、パーティを組んで、何度か冒険に出かけていた。だが、依然として大きな成果は得られてはいなかった。暇を持て余した彼らは、にわかに持ち上がった「商隊歓迎」のお祭り騒ぎに便乗することにしたのだった。
一行は、出店で開かれていた腕相撲や、射的でそれぞれ好成績を収めた。賞金も手に入れ、言うこと無しである。するとどうやら。それを見ていた傭兵らしき男、グリムバルドが話しかけてきた。見たところ、パーティの腕を見込んで、仕事を依頼するつもりのようだ。
●冒険の開始
彼の話によれば、ノームの商隊の一部の行方が知れなくなってしまったらしい。その安否が危ぶまれているとのこと。直ちに、精鋭を派遣し、彼らの行き先を調べねばならない。グリムバルドの提示した条件はなかなかのものだった。彼の提案を二つ返事で受け入れた一行は、いざ商隊を探しに出発した。
そして捜索の結果、スペキュラルムから半日ほど北東に行ったところにある遺跡群、クラカトス付近の林の中で、ノームが使っていたと思われる、馬車の残骸が見つかった。
警戒しながら連綿と続く血痕を辿って行く。
目の前には、薄暗い洞穴が暗黒の口を晧々と開いていた。そして、入り口の横には2体の、ショート・ソードを手にしたコボルドが陣取っていた。
慎重派の一行は作戦を練ろうとしたが、純真なドワーフ、タモトは別だった。なんと、気軽にコボルドに話しかけてしまったのである。
みなまで言い終わらないうちに、コボルドは激昂して斬りかかってきた。当然である。慌てて一行も迎撃体制に入った。
見張りのコボルドは難なく撃退したものの、戦いの喧騒を聞きつけて、さらなる敵勢が洞窟の中から現れた。しかも、その中の一体は鎧を着ていない。マジックユーザー呪文を使える、「コボルド・ウォーカン」だ。
犬頭の擬似人間(デミヒューマン)が怪しげな呪文を唱えると、エルフの目の前に巨大な暗黒の球が現れた。「ダークネス」の魔法である。しかしシャーヴィリーは辛くも抵抗のセーヴィング・スローに成功した。
勢いづいた一行は、ウォーカンもろともコボルド一行を蹴散らして、洞窟内部に足を踏み入れた。無論、パーティは抜け目なく、ウォーカンの持っていたポーションと、呪文書(スペルブック)はちゃんと回収し、バックパックのなかへ格納しておいた。
●ブラック・ベアーとの戦い
そこで彼らを待ち受けていたのは、さらなるコボルド2体と、巨大な黒熊(ブラック・ベアー)であった。熊の巨大な体躯に恐れをなしたグレイはすぐさま、「スリープ」の呪文を敵に浴びせかけた。
するとどうだろう、目の前の敵はすべて、昏々とした眠りに落ちてしまった。
寝ている敵にとどめを刺した一行は、洞窟の中に歩を進める。
しばらくまっすぐ奥に進むと、やがて道幅が広くなり、三方向に分岐している。
真ん中を進んだ一行は、樫でできた簡素な扉にぶつかった。扉にはワナが仕掛けてあるようだ。解除を試みる盗賊リア。だが、駆け出しの悲しさか、失敗に終わってしまった。そのうえ、扉に仕掛けてあった毒針のせいで、彼女の体力のほとんどは削られてしまった。
●クリスタル・ボール
扉の奥には3つの木箱が並べて置いてあった。左から、おそるおそる開けていく。
左と真ん中には、ノームのものと思われる細工物が入っていた。そして一番右には、ポーションとスタッフ、そして水晶球(クリスタル・ボール)が入っていた。
マジックユーザーのグレイは珍しく思い、クリスタル・ボールを覗き込んだ。すると、そこにはジャッカルを思わせる頭部をもった人間型生物の姿が映し出された。
見られていることに気づいたのか、その生き物は顔を上げた。瞬間、二人の視線が衝突した。驚きと恐怖の入り混じった思念が、マジックユーザーの頭の中に響き渡った。
「お、お前は……トラルダーなのか!」
●パーティ半壊
クリスタル・ボールを目にして呆然とたたずむグレイ。
映像が途切れた。
我に返った彼らは、とりあえずダンジョンの別の部屋を探ってみることにした。
三叉路を右に曲がってしばらく進んでいくと、そこに待ち構えていたのは6体のスタージ(長い鼻と嘴を持った、鳥に似た生物)だった。慌てて逃げ出そうとする一行。だが振り切れず、やむなく戦う羽目に。
スタージの急降下攻撃に加え、その吸血能力によって、パーティは大打撃を被ることになった。からくも敵を全滅させることはできたが、3人が半死半生の状態に陥ってしまった。危機感を抱いたパーティは体勢を立て直そうと、通路の奥にある扉を開けることを断念し、後退することにした。
●待つ間に
迷宮を離れ、近くの林で休息を取る。とりあえず、ノームの商隊の商品らしきものは発見したので、グリムバルド(依頼人)から受け取った「伝達の太矢(クォーレル)」を使い、連絡しておくことにした。その間、シャーヴィリーはコボルド・ウォーカンの持っていた呪文書を調べてみた。すると、どうだろう。彼女が本を開いた途端、虹色の閃光がほとばしり、シャーヴィリーを包み込んだのだ!
次の瞬間、シャーヴィリーがいた場所に座っていたのは、一匹の、大きなアオガエルであった。あわれカラーリー・エルフは、呪文書にかけられていたプロテクション・スペルを発動させてしまったのだ。
●再度ダンジョンへ
思わぬ出来事に愕然とする一行だが、どうすることもできない。待つしかないのだ。だが次の日になると、二人の部下を引き連れたグリムバルドが駆けつけてくれた。彼が持参してきたヒーリング・ポーションの効果で傷もあらかた癒えた。再度、遠征に出かける準備は整ったのだ。
ダンジョンへ再突入した一行。途中までは前回と同じルートをたどることになった。しかし、敵とて馬鹿ではない。当然、罠は仕掛け直されている。奥へと進んでいく途中、突然、天井から網が降ってきた。
一行がもがいているうちに近づいてきたのは、なんと10立方フィート(約3立方メートル)もの巨大な半透明のゼリー状の生物であった。スライム状の体内には金貨や生き物の骨などが見え隠れしている。そう、迷宮の掃除屋こと、ジェラティナス・キューブがやってきたのだ。
慌てて網を切り始めるが、埒があかない。おまけにキューブの体内に見え隠れする巨額の財宝に目がくらんだグリムバルドは、斧を抱え、我を忘れてキューブに挑みかかる始末。
しかも、彼の援護に向かった護衛の一人は、逆にキューブの攻撃を受け、重傷を負ってしまった。困り果てたパーティは、キューブの注意を逸らそうと試行錯誤を重ね、松明に火を点して投げつけてみるなど、必死の抵抗を試みた。
●泣きっ面に蜂
からくも危機を回避した一行だったが、不幸は重なるもの。前回発見したノームの細工物が、すっかりその形を消していたのだ。かさばるだろうと判断して、洞窟の外に持ち出さなかったことが裏目に出てしまったようだ。パーティは、スタージと戦ったときに通った通路の奥も調べてみた。
そこにあったのは、かろうじてノームの商人チャップ・コリンと判別できる、無惨な死体のみ。
意気消沈して部屋を出た一行の前に、別ルートを辿って追いついてきた、ジェラティナス・キューブが立ちふさがった。キューブ回避に色々と苦心するパーティ。
一方、タモトは隠し通路を発見した。その奥に進むと、ホタルのような発光体を抱いた巨大な昆虫、ファイアー・ビートルが待ち受けていた。苦労して敵を掃討したはいいものの、さらに通路は続いている。
薄明かりに包まれた空洞の中に、様々な白骨が散乱している。そして、その中央には巨大な台座があり、人間大のスケルトンが戦斧を手に座っていた。
――もしや、アンデッドか!?
今までの戦いで傷ついた一行は、しばし奥へ進むことを躊躇した。しかし、破戒僧ジーンは欲望に屈しきれず、部屋の中に突入した。パーティはあわてて後を追う。
●奇妙な宝
彼らが近づくと、案の定、骸骨は動き始めた。恐怖におののく一行だったが、スケルトンは高らかに斧を振り上げると、そのまま崩れ落ちてしまった。どうしたのだろう。恐る恐るタモトは斧を手にした。
柄には、古い言葉で何やら銘が刻み込まれている。シャーヴィリーの二の舞になってはたまらないので、彼は斧を袋に入れ、直接の使用を避けることにした。
何やら難事に巻き込まれつつあることをうっすらと感じたパーティは、これ以上の深追いをためらった。
しかし、「どうせならば隅々まで探検してしまおう」と主張するグリムバルドの鶴の一声で、いまだ未踏破の領域へ足を踏み入れることになった。
●ゴルサーと予言
待ち受けていたコボルドどもを難なく倒し、残った一匹を降伏させて情報を聞き出すと、驚くべき計画が明らかになった。どうやら、コボルドの裏には、邪悪な魔術師「ゴルサー」がついているらしい。
だが幸いゴルサーは今、この洞窟を離れているようだ。戻ってきて鉢合わせしてはまずい。
彼らは早々にこの場を立ち去ることに決め、グレイの「スリープ」の魔法でコボルドの住居区画の戦闘員たちを無力化し、ノームの財宝を取り返すことに成功したのだった。
なお、この決断を下すことができたのは、コボルドたちが持ち歩いている「キューブ避け」も手に入れ、キューブに惑わされることなく洞窟を後にすることが可能になったため、という理由によるものが大きい。
スペキュラルムに戻ったパーティは、約束の報酬を手にし、しばしの休息に入った。各々、手に入れた金で意気揚々と過ごす。タモトが持つ斧が、「バトル・アックス+1対ドラゴン+3、フレームオンコマンド」(コマンドワードを唱えれば斧が炎に包まれる)だということも明らかになった。教会で購入した「リムーブ・カース」の巻物で、無事、シャーヴィリーの呪いを解くこともできた。
だが、ドリーム通り(歓楽街)をうろついていた際、不吉な予言が投げかけられた。アルヤと名乗る怪しげな占い師によるものだ。
彼女は告げる。「あなた方の行く手に暗雲が見えます。無数の、凶兆が……」
2022年02月01日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19
2022年1月27日配信の「FT新聞」No.3291に、『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19が掲載されています。環境の変容、シナリオをどこまで深く記述すべきか、『クトゥルフの呼び声』と比較しつつ考察。複数プロットのシナリオ、オンライン・ツールまで話は進みます。
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.19
岡和田晃
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くだんのチーズ店の主は、店じまいをしたあと、エプレヒノンプラッツ(勘定広場)からほど近くにある〈爆発する豚〉亭で一杯やるのが日課らしい。
小売人や商店主、あるいは市が目当ての農民が集まり、社交というか格好の情報収集の場にもなっている。
中産階級の根城と呼ぶに相応しい。
いったん酒場に寄って探りを入れるか、それとも、閉まっているはずのチーズ店に、そのまま潜入したほうがよいのだろうか?
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●ある「若気の至り」の告白
RPGを遊ぶためにはシナリオが必要です。
コンピュータに準えるのであれば、ルールブックやサプリメントはハードウェア、シナリオがソフトウェアに相当する、というのがわかりやすい話でしょう。
かつてRPGにおいてシナリオを自作するというのは当たり前の話でした。今でも、シナリオを自作するのは最高の喜びの一つだと言えます。
自分で読むだけであれば、また気心の知れた仲間と内輪で楽しむだけであれば、どんなシナリオであろうとも問題ないとすらいえます。
私自身、今でこそきっちりと三幕構成を意識したシナリオを、広い層の読者が想定される商業媒体では書きますが、とりわけ十代の頃は決まったプロットに落とし込むのが苦手で、ほとんど完全アドリブに近いセッションをしていたものでした。
何が苦手だったかというと、自分の頭のなかにある、茫漠としながらもダイナミックなイメージが、形に落とし込むと消え去ってしまいかねないと危惧したんですよね。
私の場合、自分がGMしたセッションをプレイヤーがリプレイに起こしてくれることがままあったのですが、「あの時のセッション、完全にアドリブだったんでしょ?」と見抜かれたのは一度や二度ではありません。正確に言えば、完全アドリブではなく、キーワード・レベルではメモを作ってあったんですが……。
●下から二番目に酷いセッション
今回はそのなかでも、私がやらかしてしまった、下から二番目に酷いセッションをご紹介しましょう。
『クトゥルフの呼び声』(『クトゥルフ神話TRPG』、以下CoC)。ホビージャパンから出ていたブックタイプの5版が、まだギリギリ手に入った1996年のこと。北海道の片田舎の書店で、清水の舞台から飛び降りる思いで版元に注文、入手できたのはいいものの、単体ではどうやってプレイしたらよいかわからず、途方に暮れたものでした。
CoC第5版のルールブックには4本のシナリオが収録されていました。最初のシナリオは「屋根裏部屋の怪物」。老人が若かりし頃の過ちを告白するというシチュエーションや、学生がオカルト・サークルで怪しげな儀式を行うという状況設定にピンと来ず、実際にプレイしたのはいいものの、ほとんどキーパー(GM)のひとり語りのような内容になってしまいました。プレイヤーたちが1920年代アメリカの雰囲気を知らず、どう動いてよいものか想像できなかったようなのですね。
当時、私は中学三年生。『ラヴクラフト全集2』(「クトゥルフの呼び声」が入っていた巻)は読んでいましたが、これをどうやってシナリオ化すべきか、想像もつかなかったというのが正直なところです。むろん、プレイヤーは誰もラヴクラフトもクトゥルフ神話も知りません。ルールブックに収録されているクリーチャーは、探索者(PC)に比してあまりにも強大で、迂闊に登場させられないように思われました。
仕方がないので、第2回目のセッションは、小説「クトゥルフの呼び声」をそのまま再現することにしました。とはいっても、シナリオノートには、「南太平洋」、「ルルイエ」としか書かれていません。あとは完全アドリブ。乗っている船が遭難して気づいたら南太平洋に漂流して、そこでクトゥルフ御大に出逢うというだけの内容。今思えば、キーパーの私が1d100のSANチェック(正式表記はSANロール)をプレイヤーに振らせたい、というのがミエミエでした。
このセッションは(ゲーム外で)思わぬ展開を見せます。1d100のSANの喪失を振った直後、中学校で立ち上げたTRPG同好会の面々で、図書館をジャックしてプレイしていたのが運の尽き。図書館に来た別の生徒に、「岡和田君が図書館で黒魔術をやってます!」と通報されてしまったのです……。
●無料のシナリオがいくらでもある時代
私は受け持ちの大学でゲームデザインを教えており、実際に講義内でRPGのセッションを行い、その成果をソロアドベンチャーや多人数シナリオとしてブラッシュアップしていき、期末レポートとしての完成を目指す、ということをやってもらっています。優秀作は、「FT新聞」でもしばしば掲載いただいているのでご存知の方も多いでしょう。
昨今のCoCブームも相まって、ネットではいくらでも、無料でCoCのシナリオが転がっています。必ずしも優れた作品ばかりが揃っているわけではありませんが、CoCが採用している基本的なベーシック・ロールプレイングのルール(技能値ベースのd100下方ロール)を呑み込んでしまえば、無料で遊び続けることもできてしまうわけです。
現役の学生と接していると、つくづく思うのですが、こうした新しい層のゲーマーは、過去に想定されてきたような層とは異なる部分が少なからずあります。
例えば、今期のゲームデザイン論(や幻想文学論)の受講生は、8割が女性で、全員がCoCのことを知っており、キーパー歴五年という人もいました。私が学生の頃には、考えられなかった状況です。けれども、そうした新しいタイプのゲーマーが、必ずしも他のシステムや、ケイオシアム社が作ってきたオフィシャルのCoCのシナリオを知っているかといえば、そうではない、という現実があります。
優れた小説を書くためには先達の名作に数多く触れるのが大事なのと同じで、優れたRPGシナリオを書くためにはRPGシナリオをたくさん読み、運用していくのが近道です。そこでは、手近な無料のシナリオだけでは見えてこない世界を提示することが、飽きられないためにも必要不可欠になってきます。
出版されている公式シナリオは、単にソフトを提供するだけではなく、一定の水準を超えた品質、何よりありうべき世界観の像を提示するという意味で、重要なのです。
●CoCと『ウォーハンマーRPG』のシナリオ構造
CoCの話を長々と続けてしまったので、『ウォーハンマーRPG』の話に軸足を移しましょう。CoCのシナリオと『ウォーハンマーRPG』のシナリオには共通点が多く、とりわけ、シティ・アドベンチャーとホラーという特徴を活かせば、そのまま『ウォーハンマーRPG』にコンバート可能なCoCのシナリオすら珍しくありません。
ただ、CoCにおいては、SAN値が減って、やがて0にまで下がると永久的な狂気に陥ってしまうのに比べ、『ウォーハンマーRPG』においては、堕落ポイントが溜まっていくと、混沌へ徐々に変異していき、人ならざる存在へと変化していきます。
同じd100下方ロールが軸なのに、この違いは意外と重要で、つまりCoCにおいては、人間性への期待が基本にあり、それが失われていくことへの葛藤がドラマを構成しています。
反面、『ウォーハンマーRPG』においては、始めから人間性は期待されておらず、堕落を積み重ね狂気を上乗せしていけば、人間を超えた上位の存在(ケイオス・チャンピオンなど)になることすら不可能ではなくなっているのです。
シティ・アドベンチャーについても、CoC(特に、基本となる舞台である1920年代アメリカ)の場合には、奇怪な事件の背後には、必ずといってよいほど人智の及ばぬ宇宙的な邪悪が関与しており、放っておくと、その邪悪な存在によって、日常の平穏は壊滅させられてしまいます。つまり、出発点が日常にあり、それを非日常の侵食から食い止めることが主眼にあるわけです。
対して『ウォーハンマーRPG』においては、奇怪な事件が起きても、冒険者は必ずしもそれを解決せずともかまいません。極端な話、真相解明よりも、危険に満ちた世界で生き延びること、そのものの方に重きを置かれることすら珍しくないのです(もちろん、解明できれば、それは経験点という形でフィードバックされますが)。言い換えれば、出発点からしてすでに非日常となってしまっていると申しましょうか。
●複数プロットのアドベンチャー
このような特徴があるゆえに、『ウォーハンマーRPG』においては、他のRPGでは危険すぎて、なかなか試みられてこなかった、ある特殊なスタイルのシナリオが商業出版されています。
それは、複数プロットのシナリオです。小説や演劇、あるいは映画においては、視点人物を複数置いてそれらの思惑が複雑に絡み合う、そんなタイプの作品がしばしば発表されてきました。
章ごとに語り手が変わり、個別の事件がそれぞれに扱われるが、物語が進むうちに、パズルのピースが嵌まるがごとく、それらがより大きな構造のなかに収斂されていく……そんな小説を、読んだことのある方も少なくないでしょう。
最近ではRPGにおいても、それこそ『汝は人狼なりや?』のような正体隠匿型ゲームの要素を盛り込んだ作品が少なからず出ていますし(『パラノイア』シリーズ等)、マーダーミステリーでは、こうした発想が当たり前になってきています。
ただ、『ウォーハンマーRPG』においては、プレイヤーたちには個別の動機や目的、あるいは秘密があっても、パーティを組んで協力して冒険をこなしていくのが基本のスタイルになっています。そうした基本から逸脱せず、複数プロットをシナリオへ落とし込むことはできるのでしょうか?
−−できます。『ウォーハンマーRPG』のベテラン・ライター、グレアム・デイビス(デイヴィス)が、初版から存在する、ある有名シナリオ(アドベンチャー)において、複数プロットに挑戦しています。なんと、一つのシナリオにおいて七本のプロットが同時進行する、とんでもない話なのです。それらのプロットが、限られた時間軸のなか、ほぼ同一の舞台に詰め込まれるので、引き起こされる事件はドタバタの極み、プレイヤーの介入の仕方も実に様々、展開はさらに千変万化していきます。
ネタバレを防ぐためにタイトルは伏せますが、このシナリオは初版の時点から存在し、二冊のシナリオ集に収められ、改訂のうえ第二版のシナリオ集にも収められました。第三版においても、一部設定を踏襲した別のシナリオが書かれるほどの人気で、第四版においても、ブラッシュアップのうえでシナリオ集に収録。個別の単発シナリオとしても、キャンペーン・シナリオとしてもプレイできるように工夫されています。
あまりにもユニークなので、私自身、『混沌の渦』(佐脇洋平・清松みゆき訳、現代教養文庫、邦訳一九八八年)にコンバートして、このシナリオをGMしたこともあるくらいです。
さらに、グレアム・デイビスは、複数プロットのシナリオについて世界最大規模のRPGコンベンションGENCONで講演を行い、聴衆の反応をもとに『ウォーハンマーRPG』第4版用の単発のシナリオに仕上げています。
こちらもまた、七本のプロットが同時進行する作品です。初版からの有名シナリオが一晩の事件を扱うのに比べ、新しく書かれたこちらは、昼から夕方にかけての事件を扱っています。
●A4用紙1枚でシナリオはOK!?
もっとも、隅々まで作り込んだシナリオの方がいつも優れているわけではなく、往々にしてプレイヤーの自由度を束縛し、アドリブのきかない小さくまとまったセッションをもたらしてしまうこともままあります。
原作:山本弘・作画:こいでたく『RPGなんてこわくない!』(ホビージャパン、1992年)では、大艦巨砲主義の「究極のRPG」に比べ、A4用紙1枚程度のメモでGMをするやり方が紹介されていました。ただ、事前に準備するシナリオ記述を軽くするということは、それだけGMの側が、世界観を読み込んでおく必要を意味します。単に読み込むのではなく、実際の運用経験が、2桁回数から3桁回数はほしいところです。
私の場合も、自分が仕事で関わってきたタイトル−−T&T、『エクリプス・フェイズ』、『ウォーハンマーRPG』等は、それなりに世界観に通暁しているため、A4用紙1枚程度のメモでも、ほとんど問題なくGMすることが可能ですが、そうなるまでには、少なからず試行錯誤が必要でした。
●オンライン・セッション支援ツール
オンライン・セッションでは画像素材を用意するのがオフよりも大事な場合が少なくありません。その反面、システム特有のダイスロールの仕方などは、ダイスボットに落とし込まれ、オフラインよりも素早く処理ができる場合もあるので、オンライン・オフライン、それぞれの特性に見合う形で省力化のコツを把握するのが大事になってきています。
オンライン・セッションのツールは、ユドナリウムやココフォリアといったものが有名で、ユドナリウムは立体でのグリッド戦闘が行いやすいのが売りですが、ココフォリアには『ウォーハンマーRPG』第4版用のダイスボットが搭載されています。
それらを覚えるのが面倒ならば、Zoomを使って、ダイスも手振り、画像素材もほとんど使わない形でセッションを進めてもかまわないでしょう。掲示板スタイルのテキスト・セッションも面白いです。プレイ期間が長期に及びがちな反面、プレイヤーは1日数分から参加できるという意味でハードルは低いです。
新しいオンライン・セッション・ツールとしては、買い切りで高機能なFoundry VTTが注目されており、こちらは有志が「オンセ工房」として日本語化しています(https://foundryvtt.wiki/ja/home)。関連するMODを追加していくことで、機能を拡張していくのがウリということで、CoCはむろんのこと、英語では『ウォーハンマーRPG』第4版の公式MODが販売されています。