2021年07月16日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12
2021年7月15日に配信された「FT新聞 No.3095」に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12」が掲載されています。今回は「ライクランドの建築」発売記念! 同作に取り上げられたロケーションについて、またRPGの電子書籍と紙媒体との幸福な関係について、考察を提示しています。
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12 FT新聞 No.3095
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12
岡和田晃
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肉だけでは足りない。わたしはヘルベルト・ハルツァートの"ひと味違う"チーズの店へと出向いた。
ここは「ユーベルスライク最高」を謳ってはいるものの、ライバルになるチーズ店が街のなかに、それほどあるわけではない。
ただ、客への目配りはきいていて、エンパイア産の硬質なチーズと、ブレトニアの"お上品な"チーズの両方が売られている。
フレイザーはくんくんと臭いを嗅ぎ、店主のヘルベルト・ハルツァートに、間口に見合った税はきちんと収めているか、混沌に汚染された商品を扱ってはいないか、と、魔狩人らしい執拗さで根掘り葉掘り聞き出そうとしている。
しかし、ブレトニアのにおいは懐かしい。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●「ライクランドの建築」が出たぞ〜!
2020年9月末に『ウォーハンマーRPG 基本ルールブック』(第4版、ホビージャパン)が発売されてから9ヶ月ほどが経過しました。
『ウォーハンマーRPG スターターセット』に先駆けたサプリメントの第1弾として、7月頭、皆さんのお手元に「ライクランドの建築」をお届けすることができました。おかげさまで、あちこちで話題になり、大変な好評を集めています。
「ライクランドの建築」はPDFオンリーのサプリメントで、第4版のホーム地域であるライクランドに存在する各種の建築物について、解説するものです。
こういうコンセプトの資料は、それこそ初版の頃からありました。お持ちの方は、初版ルールブック日本語版の分冊3の付録1に、「オールド・ワールドの建築物」として、よくある建物の設定と地図が紹介されているのを確認することができるでしょう。
今回邦訳されたのは、その第4版バージョンとなります。PDFファイルで15ページのハンディなサプリメントですが、フルカラーで見栄えがよく、またオンラインセッションにも使いやすいスグレモノだと思います。
それこそT&Tや『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー』など、別のシステムにも応用することも簡単です。
●「ライクランドの建築」内容紹介
内容は、商業建築、住宅、宿屋と酒場、公共建築、宗教建築と大別されます。目次にまとめれば、以下の通りとなっています。ひとこと解説を加えて紹介してみましょう。
これらの設定は、西洋史の専門文献を渉猟しても、なかなか実運用可能なまでに洗練を見せているものは少ないため、手間暇を考えれば、このサプリメントを買ったほうが早いといえます。
・商業建築
商店
ヘルベルト・ハルツァートの"ひと味違う" チーズの店
→ユーベルスライクの街で最高を謳うチーズ店。地上3階、地下1階。お家騒動や、"婚活"にまつわるシナリオソース付き。
倉庫
オルデンハラー倉庫
→初版の付属シナリオ「オールデンハラーの契約」の舞台はナルンの街でしたが、こちらはアルトドルフのライクフォード地区の埠頭にある、2階建ての倉庫について。見張りについてのシナリオソース付き。
・住宅
農場
リンブルク農場
→農場の広大な敷地がまるごとマップに。GMにとっては、ビーストマンやグリーンスキンに襲撃させるのに最適です。シナリオソースにはそれ以外の、ミステリ小説風のものもあります。
都市住宅
"後家女将" ハークルの下宿屋
→アルトドルフの富裕層の地区、ゲルナー丘地区に建つ下宿屋。地上4階、地下1階。定番(?)の、地上げにまつわるシナリオソースも! オールド・ワールドで『めぞん一刻』をやってみたらどうなるのでしょうか……!?
・宿屋と酒場
馬車宿
〈飛びかかるペガサス〉亭
→アルトドルフからベーゲンハーフェン沿いにある馬車宿。街道巡視員も駐在しています。第4版日本語版の公式サイトから無料ダウンロードできるシナリオ「流血の夜」もそうでしたが、馬車宿というのは定番中の定番なのです!
酒場
〈太鼓と帽子〉亭
→こちらはシグマー広場のそばにある、市中のタイプの酒場ですね。自前のエールを売り物にするのではなく、他の醸造所の造ったエールを売りにする、ソムリエ・タイプのお店なのが面白い。
・公共建築
閘門式運河
ハーツクライン閘門と閘門管理人住宅
→閘門は「こうもん」と読みます。運河の水位を調整するための施設です。河川巡視員の出番ですよ〜! 他のファンタジーRPGにはあまり出てこない設定かもしれませんが、ぐっと中近世らしくなります。
信号塔
信号塔 NG-163-HY
→古代から近世にかけて、いわばインターネットの代わりになるのが、この信号塔です。円形の4階建て。難解な暗号を送り合って必要な通信を行う施設です。
料金所
プフィーファー料金所
→通行税を徴収するための施設です。GMにとっては、街道のあちこちに設置させたくなること請け合い!
・宗教建築
シグマ−神殿
ヴァーレン神殿
→シグマー神殿は専用のサプリメントが、『ウォーハンマーRPG』第4版対応のPDFサプリメントとして発売(未邦訳)されているのですが、典型的な神殿の例が収められています。魔狩人の拠点として便利ですね。
辻の祠
ディースドルフの石舞台
→シグマーはエンパイアの主神のために一神教的なイメージですが、こちらは地母神リアの祠。より異教的なイメージですね。それこそ『ドラゴンクエスト3』に出てくるような「ほこら」として運用できそうです。
●PDF販売という画期的な試み
「ライクランドの建築」は原書で5ドルだったもので、日本語版は700円にて、コノスからダウンロード購入ができるようになっています。ライセンス料、翻訳料等のもろもろを加味すれば、ほぼ世界標準の価格で購入ができるという流れですね。
また同時に、基本ルールブックもダウンロード販売が開始されました。
画期的だったのは、これらが特定の電子ブックリーダーに依拠しない、PDF形式の販売になっていること。
また、画像取り込み形式ではないため、検索も可能です。ふだん読む時は印刷版のルールブックを参照し、キーワードで調べたい場合にはPDF版を使う……という併用も可能でしょう。妖怪帽子さんがTwitterで示しておられたのですが、ルビについても、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"は、「禍ルイナス・パワーズつ神々」で検索すれば引っかかり、「ルイナス・パワーズ」で検索すればルビ単体もヒットします。
●日本における海外RPG電子版の流れ
海外RPGの電子版は発売までのハードルが高く、また紙の本に比べて、まだまだ売上が伸びづらいため、また海賊版への対応が難しいことから、日本でもあまり普及はしてきませんでした。
もちろん、10余年前には、『ロールマスター』日本語版のPDF版(ICE JAPAN、2008〜09年)や、汎用ワールドセッティング『ハーンワールド』(日本語版はサンセットゲームズ、2006年)を『ロールマスター』の簡易版たる『HARP(ハープ)』(日本語版の『HARP LIGHT』は、2008年)でプレイできるようにしたガイドブック『HARP HARN GUIDE』が、コロンビア・ゲームズのサイトからダウンロードできるようになっていました(いずれもICE JAPAN、現在は終了)。
また、『パラノイア』シリーズの日本語版(ニューゲームズオーダー、2014年〜)は、当初から電子版に力を入れ、関連作品は電子版も売られています。『スケルトンズ』(ハロウ・ヒル、2018年〜)等のハロウ・ヒル作品も電子書籍と紙媒体を連動させる試みをなしています。クラシックD&Dベースのミニマムながらも整理のよいシステム『ザ・ブラック・ハック』は著者のサイトで日本語版が無料公開されていますし(2016年)、近年ではDrive Thru RPGのようなRPG関係のPDF販売サイトで購入可能なインディ・ゲームも散見されますが、それでも歴史と伝統のあるビッグゲームのPDF版が日本で大々的に展開されるというのは珍しいことだというほかありません。
●電子書籍のデメリット
製作サイドにいる皮膚感覚としては、電子書籍と紙媒体での書籍は、モノとしての「所有している」という感覚に大きな違いが出るためか、そもそもの市場規模として比較にならないというのが現状です。
また、紙媒体であれば、絶版になっても古書店や図書館を丹念にあたれば、現物にアクセスすることが可能になっていますが、電子版はいったん供給が止まると、現物にまったく当たれなくなるというデメリットもあります。
これはゲームに限った話でもないのですが、紙媒体の耐用年数は一般に50年ほどと言われます。100年前の資料でも、さほどの問題なく現物を読むことができるものも少なくありません。
また、電子書籍版は紙媒体よりも、ずっと非公認の海賊版を作成するのが容易です。なにせ、印刷の手間が省けるわけですから。
海賊版対策については、英語圏でも古くから悩みの種となっているところで、実際にD&D第4版は海賊版対策として、長年、電子版の販売が停止されていました。
コノスから販売されているPDFは、特定の電子ブックリーダーのサービスが停止したら読めなくなる、といった類のものではなく、PDFなので普通に読むことができるわけですが、購入時に電子透かしを入れることで、海賊版対策はなされている、とのことでした。売り方によって、できるだけ、モノとしての所有に近い感覚を出そうとしているわけです。
●電子版RPGは共有できてナンボ!?
他方、電子書籍は便利だからと、プレイグループの間では共有できてしかるべき、という考え方があるのも確かです。
私が画期的だと思ったのは、東南アジア風のオリエンタル・ファンタジーRPGの泰斗である『ブルーフォレスト物語』がグランペールから復刻したとき(2008年)、本文の内容をすべて収めたCD-Rが付属していたことです。これはGMのセッションを円滑に進めるために、一部のデータをプレイグループで共有することが、デザイナーの伏見健二氏によって正式に許可されていました。
ただし、著作権を放棄しているわけではありませんので、データをそのままネットにアップしたり、勝手に製本して販売したりするのはNGなわけですが、それでも電子版のRPGがほとんどなかった時期には、なんとも大胆で、かつ先駆的な試みでした。
ここでもう一つ着目してほしいのが、ポストヒューマンSFホラーRPG『エクリプス・フェイズ』(新紀元社、2016年〜)です。これはCreative Commonsの「BY(表示)−NC(Noncommercial、非営利)−Share Alike(継承)」が付いています。つまり、『エクリプス・フェイズ』関連のクレジットを添えたうえで、非営利であれば、作品を改変・変形・加工してできた作品についても、元になった作品と同じライセンスを継承させた上で頒布を認める。
極端な話、非営利であれば、ルールブックを全文印刷して配布してもかまいません(印刷代はかさみますが)。これはオリジナル・デザイナーの意向により、「Role&Roll」に連載されている日本語でのサポート記事も、すべてそうなっています。
また、ネットマガジン「SF Prologue Wave」上での何十もの『エクリプス・フェイズ』シェアード・ワールド小説も、Creative Commonsを利用して行われています。
●ルールブック未所持問題の解決
ネット上のRPG関係の議論は、過去の議論の蓄積が共有されないためか、しばしば堂々めぐりの様相を呈します。思い返せば、今ほどネットが普及していない頃から、自前でルールブックを買わないプレイヤーはしばしば散見されました。それで自前でシステムを作ってしまう人もいましたので、一概に悪いと言い切れない部分もありますし。そもそも同調圧力でルールブックを買うように仕向けるのも、どこか間違っている気がします。
私の信条は、RPGは「文学」である、というものです。その作品世界を自分のクリエイティヴィティの一部とするため、つまりルールや背景を読み込むためにルールブックを購入する必要があるので、ルール未所持のゲームをプレイする気持ちにすらなれないタイプのゲーマーなのですが……人によってゲームをどこに位置づけるかは異なってきます。
こうした状況のエレガントな解決方法として、『エクリプス・フェイズ』の大胆な挑戦は、もっと着目されてよいでしょう。ルールブック未所持問題がいやなら、『エクリプス・フェイズ』をプレイすればいいのです。これは冗談ではありません。
●うまく併用していこう
さて、『ウォーハンマーRPG』に立ち返ってみれば、PDFで発売されていた作品をまとめてハードカバーで書籍化する、連作シナリオの1話目のみを無料にする、追加魔法(カード含む)をPDFによる薄い追加サプリメントとして発売するなどの試みをしており……それ自体として新規性があるわけでは必ずしもないのですが、「内なる敵」キャンペーンのリヴァイヴァルを含む、大型サプリメント群の刊行ペースがきわめて早く−−あるいは旧版とクリエイターが重複しているために、さほど大きなイメージ変更もないゆえにか−−かなり柔軟な印象を与えるのに成功しているように思えます。
いずれにせよ、ウイルス禍のなか、それまでオフライン・セッションが専門だった層も、オンラインに進出せざるをえなくなった状況において、電子版の必要性は、かつてよりもいっそう増しているのが現状です。
つまり、うまく紙媒体と電子媒体を使い分け、共存させていくことができるのかが、今後のRPGシーンを占うのは間違いないわけで、『ウォーハンマーRPG』第4版日本語版は、そのための試金石になるのかもしれません。