2021年07月16日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12


 2021年7月15日に配信された「FT新聞 No.3095」に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12」が掲載されています。今回は「ライクランドの建築」発売記念! 同作に取り上げられたロケーションについて、またRPGの電子書籍と紙媒体との幸福な関係について、考察を提示しています。

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12 FT新聞 No.3095
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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.12

 岡和田晃
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 肉だけでは足りない。わたしはヘルベルト・ハルツァートの"ひと味違う"チーズの店へと出向いた。
 ここは「ユーベルスライク最高」を謳ってはいるものの、ライバルになるチーズ店が街のなかに、それほどあるわけではない。
 ただ、客への目配りはきいていて、エンパイア産の硬質なチーズと、ブレトニアの"お上品な"チーズの両方が売られている。
 フレイザーはくんくんと臭いを嗅ぎ、店主のヘルベルト・ハルツァートに、間口に見合った税はきちんと収めているか、混沌に汚染された商品を扱ってはいないか、と、魔狩人らしい執拗さで根掘り葉掘り聞き出そうとしている。
 しかし、ブレトニアのにおいは懐かしい。
 −−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●「ライクランドの建築」が出たぞ〜!

 2020年9月末に『ウォーハンマーRPG 基本ルールブック』(第4版、ホビージャパン)が発売されてから9ヶ月ほどが経過しました。
 『ウォーハンマーRPG スターターセット』に先駆けたサプリメントの第1弾として、7月頭、皆さんのお手元に「ライクランドの建築」をお届けすることができました。おかげさまで、あちこちで話題になり、大変な好評を集めています。
 「ライクランドの建築」はPDFオンリーのサプリメントで、第4版のホーム地域であるライクランドに存在する各種の建築物について、解説するものです。
 こういうコンセプトの資料は、それこそ初版の頃からありました。お持ちの方は、初版ルールブック日本語版の分冊3の付録1に、「オールド・ワールドの建築物」として、よくある建物の設定と地図が紹介されているのを確認することができるでしょう。
 今回邦訳されたのは、その第4版バージョンとなります。PDFファイルで15ページのハンディなサプリメントですが、フルカラーで見栄えがよく、またオンラインセッションにも使いやすいスグレモノだと思います。
 それこそT&Tや『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー』など、別のシステムにも応用することも簡単です。

●「ライクランドの建築」内容紹介

 内容は、商業建築、住宅、宿屋と酒場、公共建築、宗教建築と大別されます。目次にまとめれば、以下の通りとなっています。ひとこと解説を加えて紹介してみましょう。
 これらの設定は、西洋史の専門文献を渉猟しても、なかなか実運用可能なまでに洗練を見せているものは少ないため、手間暇を考えれば、このサプリメントを買ったほうが早いといえます。

・商業建築
 商店
  ヘルベルト・ハルツァートの"ひと味違う" チーズの店
 →ユーベルスライクの街で最高を謳うチーズ店。地上3階、地下1階。お家騒動や、"婚活"にまつわるシナリオソース付き。

 倉庫
  オルデンハラー倉庫
 →初版の付属シナリオ「オールデンハラーの契約」の舞台はナルンの街でしたが、こちらはアルトドルフのライクフォード地区の埠頭にある、2階建ての倉庫について。見張りについてのシナリオソース付き。

・住宅
 農場
  リンブルク農場
 →農場の広大な敷地がまるごとマップに。GMにとっては、ビーストマンやグリーンスキンに襲撃させるのに最適です。シナリオソースにはそれ以外の、ミステリ小説風のものもあります。

 都市住宅
  "後家女将" ハークルの下宿屋
 →アルトドルフの富裕層の地区、ゲルナー丘地区に建つ下宿屋。地上4階、地下1階。定番(?)の、地上げにまつわるシナリオソースも! オールド・ワールドで『めぞん一刻』をやってみたらどうなるのでしょうか……!?

・宿屋と酒場
 馬車宿
  〈飛びかかるペガサス〉亭
→アルトドルフからベーゲンハーフェン沿いにある馬車宿。街道巡視員も駐在しています。第4版日本語版の公式サイトから無料ダウンロードできるシナリオ「流血の夜」もそうでしたが、馬車宿というのは定番中の定番なのです!

 酒場
  〈太鼓と帽子〉亭
 →こちらはシグマー広場のそばにある、市中のタイプの酒場ですね。自前のエールを売り物にするのではなく、他の醸造所の造ったエールを売りにする、ソムリエ・タイプのお店なのが面白い。

・公共建築
 閘門式運河
  ハーツクライン閘門と閘門管理人住宅
 →閘門は「こうもん」と読みます。運河の水位を調整するための施設です。河川巡視員の出番ですよ〜! 他のファンタジーRPGにはあまり出てこない設定かもしれませんが、ぐっと中近世らしくなります。

 信号塔
  信号塔 NG-163-HY
 →古代から近世にかけて、いわばインターネットの代わりになるのが、この信号塔です。円形の4階建て。難解な暗号を送り合って必要な通信を行う施設です。

 料金所
  プフィーファー料金所
 →通行税を徴収するための施設です。GMにとっては、街道のあちこちに設置させたくなること請け合い!

・宗教建築
 シグマ−神殿
  ヴァーレン神殿
 →シグマー神殿は専用のサプリメントが、『ウォーハンマーRPG』第4版対応のPDFサプリメントとして発売(未邦訳)されているのですが、典型的な神殿の例が収められています。魔狩人の拠点として便利ですね。

 辻の祠
  ディースドルフの石舞台
 →シグマーはエンパイアの主神のために一神教的なイメージですが、こちらは地母神リアの祠。より異教的なイメージですね。それこそ『ドラゴンクエスト3』に出てくるような「ほこら」として運用できそうです。

●PDF販売という画期的な試み

 「ライクランドの建築」は原書で5ドルだったもので、日本語版は700円にて、コノスからダウンロード購入ができるようになっています。ライセンス料、翻訳料等のもろもろを加味すれば、ほぼ世界標準の価格で購入ができるという流れですね。
 また同時に、基本ルールブックもダウンロード販売が開始されました。
 画期的だったのは、これらが特定の電子ブックリーダーに依拠しない、PDF形式の販売になっていること。
 また、画像取り込み形式ではないため、検索も可能です。ふだん読む時は印刷版のルールブックを参照し、キーワードで調べたい場合にはPDF版を使う……という併用も可能でしょう。妖怪帽子さんがTwitterで示しておられたのですが、ルビについても、"禍つ神々(ルイナス・パワーズ)"は、「禍ルイナス・パワーズつ神々」で検索すれば引っかかり、「ルイナス・パワーズ」で検索すればルビ単体もヒットします。

●日本における海外RPG電子版の流れ

 海外RPGの電子版は発売までのハードルが高く、また紙の本に比べて、まだまだ売上が伸びづらいため、また海賊版への対応が難しいことから、日本でもあまり普及はしてきませんでした。
 もちろん、10余年前には、『ロールマスター』日本語版のPDF版(ICE JAPAN、2008〜09年)や、汎用ワールドセッティング『ハーンワールド』(日本語版はサンセットゲームズ、2006年)を『ロールマスター』の簡易版たる『HARP(ハープ)』(日本語版の『HARP LIGHT』は、2008年)でプレイできるようにしたガイドブック『HARP HARN GUIDE』が、コロンビア・ゲームズのサイトからダウンロードできるようになっていました(いずれもICE JAPAN、現在は終了)。
 また、『パラノイア』シリーズの日本語版(ニューゲームズオーダー、2014年〜)は、当初から電子版に力を入れ、関連作品は電子版も売られています。『スケルトンズ』(ハロウ・ヒル、2018年〜)等のハロウ・ヒル作品も電子書籍と紙媒体を連動させる試みをなしています。クラシックD&Dベースのミニマムながらも整理のよいシステム『ザ・ブラック・ハック』は著者のサイトで日本語版が無料公開されていますし(2016年)、近年ではDrive Thru RPGのようなRPG関係のPDF販売サイトで購入可能なインディ・ゲームも散見されますが、それでも歴史と伝統のあるビッグゲームのPDF版が日本で大々的に展開されるというのは珍しいことだというほかありません。

●電子書籍のデメリット

 製作サイドにいる皮膚感覚としては、電子書籍と紙媒体での書籍は、モノとしての「所有している」という感覚に大きな違いが出るためか、そもそもの市場規模として比較にならないというのが現状です。
 また、紙媒体であれば、絶版になっても古書店や図書館を丹念にあたれば、現物にアクセスすることが可能になっていますが、電子版はいったん供給が止まると、現物にまったく当たれなくなるというデメリットもあります。
 これはゲームに限った話でもないのですが、紙媒体の耐用年数は一般に50年ほどと言われます。100年前の資料でも、さほどの問題なく現物を読むことができるものも少なくありません。
 また、電子書籍版は紙媒体よりも、ずっと非公認の海賊版を作成するのが容易です。なにせ、印刷の手間が省けるわけですから。
 海賊版対策については、英語圏でも古くから悩みの種となっているところで、実際にD&D第4版は海賊版対策として、長年、電子版の販売が停止されていました。
 コノスから販売されているPDFは、特定の電子ブックリーダーのサービスが停止したら読めなくなる、といった類のものではなく、PDFなので普通に読むことができるわけですが、購入時に電子透かしを入れることで、海賊版対策はなされている、とのことでした。売り方によって、できるだけ、モノとしての所有に近い感覚を出そうとしているわけです。
 
●電子版RPGは共有できてナンボ!?
 
 他方、電子書籍は便利だからと、プレイグループの間では共有できてしかるべき、という考え方があるのも確かです。
 私が画期的だと思ったのは、東南アジア風のオリエンタル・ファンタジーRPGの泰斗である『ブルーフォレスト物語』がグランペールから復刻したとき(2008年)、本文の内容をすべて収めたCD-Rが付属していたことです。これはGMのセッションを円滑に進めるために、一部のデータをプレイグループで共有することが、デザイナーの伏見健二氏によって正式に許可されていました。
 ただし、著作権を放棄しているわけではありませんので、データをそのままネットにアップしたり、勝手に製本して販売したりするのはNGなわけですが、それでも電子版のRPGがほとんどなかった時期には、なんとも大胆で、かつ先駆的な試みでした。
 ここでもう一つ着目してほしいのが、ポストヒューマンSFホラーRPG『エクリプス・フェイズ』(新紀元社、2016年〜)です。これはCreative Commonsの「BY(表示)−NC(Noncommercial、非営利)−Share Alike(継承)」が付いています。つまり、『エクリプス・フェイズ』関連のクレジットを添えたうえで、非営利であれば、作品を改変・変形・加工してできた作品についても、元になった作品と同じライセンスを継承させた上で頒布を認める。
 極端な話、非営利であれば、ルールブックを全文印刷して配布してもかまいません(印刷代はかさみますが)。これはオリジナル・デザイナーの意向により、「Role&Roll」に連載されている日本語でのサポート記事も、すべてそうなっています。
 また、ネットマガジン「SF Prologue Wave」上での何十もの『エクリプス・フェイズ』シェアード・ワールド小説も、Creative Commonsを利用して行われています。
 
●ルールブック未所持問題の解決
 
 ネット上のRPG関係の議論は、過去の議論の蓄積が共有されないためか、しばしば堂々めぐりの様相を呈します。思い返せば、今ほどネットが普及していない頃から、自前でルールブックを買わないプレイヤーはしばしば散見されました。それで自前でシステムを作ってしまう人もいましたので、一概に悪いと言い切れない部分もありますし。そもそも同調圧力でルールブックを買うように仕向けるのも、どこか間違っている気がします。

 私の信条は、RPGは「文学」である、というものです。その作品世界を自分のクリエイティヴィティの一部とするため、つまりルールや背景を読み込むためにルールブックを購入する必要があるので、ルール未所持のゲームをプレイする気持ちにすらなれないタイプのゲーマーなのですが……人によってゲームをどこに位置づけるかは異なってきます。
 こうした状況のエレガントな解決方法として、『エクリプス・フェイズ』の大胆な挑戦は、もっと着目されてよいでしょう。ルールブック未所持問題がいやなら、『エクリプス・フェイズ』をプレイすればいいのです。これは冗談ではありません。

●うまく併用していこう

 さて、『ウォーハンマーRPG』に立ち返ってみれば、PDFで発売されていた作品をまとめてハードカバーで書籍化する、連作シナリオの1話目のみを無料にする、追加魔法(カード含む)をPDFによる薄い追加サプリメントとして発売するなどの試みをしており……それ自体として新規性があるわけでは必ずしもないのですが、「内なる敵」キャンペーンのリヴァイヴァルを含む、大型サプリメント群の刊行ペースがきわめて早く−−あるいは旧版とクリエイターが重複しているために、さほど大きなイメージ変更もないゆえにか−−かなり柔軟な印象を与えるのに成功しているように思えます。
 いずれにせよ、ウイルス禍のなか、それまでオフライン・セッションが専門だった層も、オンラインに進出せざるをえなくなった状況において、電子版の必要性は、かつてよりもいっそう増しているのが現状です。
 つまり、うまく紙媒体と電子媒体を使い分け、共存させていくことができるのかが、今後のRPGシーンを占うのは間違いないわけで、『ウォーハンマーRPG』第4版日本語版は、そのための試金石になるのかもしれません。

2021年07月15日

児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる「ヴァンパイアの地下堂」小説リプレイ


 本日2021年7月11日配信の「FT新聞」No.3091に、齊藤(羽生)飛鳥さんによる、『トンネルズ&トロールズ』完全版の小説リプレイ、「ヴァンパイアの地下堂」(拙訳、『コッロールの恐怖』所収)編が掲載されています。高レベル用ホラー・アドベンチャーをご堪能あれ!

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児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.8
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『ヴァンパイアの地下堂』は、個人記録過去最高で、プレイヤーキャラが死んだソロアドベンチャーです。
何人ものプレイヤーキャラが、様々な最期を遂げていきました。
そんな中、唯一生き残ったのが、今回の主役のディーバです。
その喜びにより、テンションが上がったため、終盤から私の好きな漫画の引用ネタが増えます。
それでは、BGMに『VOODOO KINGDOM』をイメージしつつ、ご笑覧くださいませ^^

※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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『怜悧なるディーバのヴァンパイアの地下堂』
〜『ヴァンパイアの地下堂』リプレイ〜

著:齊藤飛鳥
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0:怜悧なる自己紹介

ボクの名前は、〈怜悧なる〉ディーバ。
『ボク』と言っているけど、本当は18歳の金髪碧眼の人間の乙女だからね。
身長158cm、体重はヒ・ミ・ツ!!
職業は、魔術師。レベルは12。
この年齢で、レベル12の魔術師になったのと、知性度68から、つけられた二つ名は〈怜悧なる〉だ。
魔術師組合の同期で、風の噂では奴隷になった落ちこぼれ……失礼、変わり種のエルフの魔術師の幸薄きジークリットが、いまだにレベル一桁代をさまよっているのとは、大違いだ。
さて、そんな優秀な魔術師のボクだから、カザンの魔術師組合からの危険極まりない依頼を受けたのも、当たり前と言えば当たり前なことだった。
「高貴なる者の務め」ならぬ「優秀なる者の務め」は果たさないと、ボクに才能をくれた神様から天罰を食らってしまうからね!


1:怜悧なる旅立ち

主任魔術師のメンスラー様から、これから行くコッロールのヴァクシュミの地下堂の説明と、案内人となる召使いの岩トロールを紹介された。
岩トロールは、岩悪魔みたいなものだろうとたかをくくっていたら、6メートルだって!?
想像していたよりも3倍大きくて、びっくりだよ!
名前は、トラン=トール=ホム。
石のクリーチャーだから、対ヴァンパイアやアンデッドの仲間として、最適だ。
ラバ呼ばわりも護衛呼ばわりも嫌うことを、メンスラー様はさも悪いことのように言ったが、トランは単に自分を正しく評価されたがっているだけじゃないのかな?
異種族差別発言を平然とするとは、メンスラー様は意地が悪いお人だ。
だから、怜悧なるディーバちゃんとしては、差別などせず、岩トロールは酒場でくだをまいている冒険者くずれのおっさんを相手にするように、おだてて利用するのが一番だと思うんだよね。
「君のようなたくましい戦士を旅の相棒にできるとは、ボクはついているよ! 魔法攻撃はボクにまかせて、君は思う存分実力を発揮するといいよ!」
と、挨拶の後に、軽くリップサービスしたら、トランはため口から敬語に早変わり!
ボクのことを「ディーバ様」と呼ぶまでになった!
おかげで、旅の打ち合わせはスムーズに進んだ。
さあ、いよいよ廃都コッロールの冒険が始まるぞ!
ボクとトランは、カザンの魔術師組合事務所を後にした。


2:怜悧なる市内探索

廃都コッロール。
そこは、カザン帝国の地下一帯に広がるヴァンパイアとアンデッド達の都。
その郊外に、ボクとトランがたどり着いたのは、カザン帝国魔術師組合事務所を後にして10日後のことだった。
生者の時が終わりに近づき、アンデッド達死者の時が始まりつつある午後の日差しが、やがて訪れる夜の闇の危険をボクらに告げていた。
「これからどうしますだ? 日のあるうちにヴァンパイアの地下堂へ入りますだか? それとも、日没になってから入りますだか?」
トランは、もっともな質問をする。
ボクの答えは、最初から決まっていた。
「無駄な戦闘を避けて目的を達成したいから、アンデッド達が出て来ない日のあるうちに地下堂の入り口を目指すよ」
トランは、ボクの決定に賛成したので、ボクらはコッロール市内を歩いた。
1000体ものスケルトン・マンが暮らしているので、いつ奴らに襲われるかもしれない。
しかし、今は日中だし、ボクの傍らには6メートルもあるトランがいるから、襲いかかって来る心配はない。
ボクは、姿隠しや幻覚の呪文を使わず、市内を歩いた。
怜悧なるボクの読みは当たり、スケルトン達はただの1人として、襲いかかって来なかった。
おかげで、ボクらは地下堂への秘密の入口にまで無事にやって来ることができた。


3:怜悧なる決断

地下堂の入口である廃墟の壁に近づくと、邪悪なオーラが強烈に放たれていた。
この中に入れば、さらにこのオーラが増すのは容易に見当がついた。
それはつまり、ボクの生命や存在の危機を意味している。
メンスラー様が、トランを紹介してくれて、本当によかった。
こんなに便利な召使いはめったにいない。
……と、感心をしたそばから、トランがとんでもない告白をしてきた。
なんと、彼には入口が小さすぎるため、地下堂には入れないと言うのだ!
魔法で小さくすれば入れると言うあたり、冒険を続ける意思があるのがわかって安心だが、さてどうしたものか。
ちょっと考えてから、ボクは《小さいことはいいことだ》の呪文を思い出した。
この呪文を習得した時、何の役に立つのか、首をかしげたものだが、こういう場合に役立つものなんだね。ちゃんと修行しておいてよかったよ。
「ダトコイイハトコイサイチ……」
呪文を唱え終えると、たちまちトランは元のサイズから4分の1サイズに小さくなる。
「これでよし! さあ、出発だよ、トラン!」
ボクは、先にトランを地下堂の中に行かせると、サンストーンを起動させてから、地下堂のダンジョンへと入った。


4:怜悧なる探索開始

幻の扉を通過した途端、ボクは胸に破壊的な魔力の一撃を食らった!
しまった、怜悧なるボクともあろうレベル12の魔術師が油断していた!
耐久度が10%減るのを感じたけど、魔力度の消費は極力避けたいから、我慢してこのまま探索は継続だ。
ボクは、気を取り直すと、曲がりくねった階段を下り始める。
曲がりくねって歪んだデザインのせいで、見通しがきかない。
こういう場所は、モンスターに遭遇しやすい。
ボクが予想したそばから、階段を上がってきたレッサー・ヴァンパイアと、ばったり鉢合わせしてしまった。
「ギャー……と思ったら、新鮮な血だ! やったー!」
驚いたそばから喜ぶとは、なかなか忙しい奴だ。
出現を予想していた怜悧なるボクは、勇ましく先陣を切るトランの邪魔にならないよう、落ち着いて場所を譲った。
たちまち、トランとレッサー・ヴァンパイアとの戦闘が始まる。
曲がりくねった階段は、身動きが取りにくい。
援護の呪文を放つ時は、トランに当てないように気をつけないとね。
トランは、レッサー・ヴァンパイアをいい具合に打ちのめしてくれた。
おかげで、ボクのしたことと言えば、とどめの魔法を食らわせたのと、動かなくなったこいつの体をあさったことだけ。
ボクの冒険の目的は、この地下堂で少しでも魔術師組合の研究に役立つアイテムを手に入れることだから、罪悪感はない。
レッサー・ヴァンパイアの体をあさると、アミュレットが出てきた。
正直、安物っぽいけど、メンスラー様なら、魔術的価値を見出すかもしれないから、念のため回収だ。
ボクは、レッサー・ヴァンパイアをあんなに打ちのめすとは素晴らしい戦士だと、トランをほめちぎりながら、階段を下り続けた。


5:怜悧なる分かれ道

階段を下りきると、堅い岩を削ってできた狭い回廊に出た。
その先にはトンネルがあり、道が左右に分かれていた。
危なっかしい足元の道で、呪文《そこにあり》で調べてみようかという考えが浮かんだけど、さっきの戦いで魔法を使ったばかりだから、魔力の消耗はできるだけ避けたい。
せっかくトランがいることだし、先に歩かせて危険かどうか様子見をすればいい。
「どちらの道へ行きますだ?」
「左へ進むよ。さあ、行った行った」
ボクは、トランを先頭に左の道を進む。
道は、ちょっと歩いてすぐに右に曲がり、また左右分かれ道になっていた。
迷った時には、左へ進むのがいいと、昔読んだ本に書いてあったことを覚えている怜悧なるボクは、また左の道を選んだ。
今度は6メートルほど歩いたところで、右に曲がる。
左の道を選ぶたびに、必ず道が右に曲がっている法則でもあるのかな?
そんなことを考えながら、曲がり角にさしかかった時だ。
ボクは左手に古い扉を、曲がり角の先に大きな部屋があるのを見つけた。
今まで左の法則で進んできたボクだけど、扉は鍵がかかっている可能性がある。
だけど、これまでの探索でボクらは鍵を入手してない。だから、扉に入ろうとしても開けられないかもしれない。
それよりも、扉がない大きな部屋を探索しに行った方が効率がいい。
怜悧なるディーバちゃんの辞書には『バカの一つ覚え』はないのだ!
ボクとトランは、扉の前を通りすぎて、大きな部屋へと向かった。


6:怜悧なる選択

大きな部屋は、一言で言うと、まがまがしい部屋だった。
天井は蜘蛛の巣で覆われているし、壁には背筋が凍りつくような、おぞましいデス・マスクがたくさんかけられている。
ボクの《魔力感知》と本能が、ここにある物も、この場所も、とてつもなく危険だと告げている。
はっきり言って、このデス・マスクはすべて呪われているよ!
部屋の中を見渡すと、ボクらが入って来たのとは違う扉が遠くの角にひっそりとあるのを見つけた。
扉には、【死せる者のみがこの扉を通るべし】と書いてあった。
扉を開ける前から、強烈なまでにまがまがしくも強大な魔力を感じた。
でも、それだけ、ここには魔術師組合の研究に役立つほど貴重な物があるとも言える。
ボクは、迷わず部屋に入った。
やっぱり、すさまじい魔力だ!
それに、思ったとおり、たくさんデス・マスクがある!
なんて、呪いに満ち満ちた部屋なんだろう。
トランに至っては、部屋に入ってすぐにダッシュで部屋の外に出たよ!
「ディーバ様。自分は、廊下に避難……でねえ、見張りをしていますだ。あの……頼むから、その部屋のマスクには何もしねえで……」
「お言葉だが、トラン。ボクの任務は、こういう物を持ち帰ることなんだよ」
ボクは、トランの助言を受け流し、部屋の壁にかけられたたくさんのデス・マスクの中から、金とトルコ石のルーンで彩られたマスクを見た。
これこそ、メンスラー様が持ち帰ってきてほしいと頼んだものだ。
魔力の弱いマスクと、強いマスクがあるけど、どちらにしようかな?
「そんなガラクタはうっちゃっておいて、外に出ておいでなせえ!」
考えるボクの背中に、トランの必死の叫びが聞こえてくる。
トランには悪いが、ボクにとって大事なのは、メンスラー様からの依頼であり、ボクの使命感だ。
二度とここへ来るつもりはないから、思いきって魔力の強いマスクを持ち帰ろう。
ボクは、魔力の強いマスクを手に取った。


7:怜悧なる衝動

魔力の強いマスクを、こうして手に取ってつくづくながめるに、気味の悪いマスクだ。
ヴァンパイア……仮面……うっ、頭痛が……!
なぜだろう?
人間をやめると、声高らかに宣言しながらマスクをかぶりたい衝動に猛烈に駆られる!
こんな見るからに呪いがかかっているマスクなんてかぶったら、命を落としかねないと、怜悧なるボクの頭は理解しているのに、猛烈にマスクをかぶりたい!
仮面なしじゃNO LIFEな気分だ!
部屋の外で、トランがおびえて早く出て来いと言っているのが聞こえるけど、今はそれどころではない。
「俺は人間をやめるぞー!」
気がつけば、ボクは声高らかにそう宣言して、マスクをかぶっていた。
でも、かぶったそばから、早く脱がなくてはという思いにかられた。
ボクは、必死になってマスクをかぶり続けたい衝動に打ち勝ち、やっとの思いでマスクを顔から引っぺがした。
危なかった……あともう少しマスクをはずすのが遅かったら、どうなっていたことやら。
ボクが額の冷や汗をぬぐったところへ、部屋の中のまがまがしくも邪悪なオーラがいっそう強まるのを感じた。
死そのものが、ボクの背後にたたずんだら、こんな気分かな……。
トランは、恐怖のあまり、全速力で逃げていく。
怜悧なるディーバちゃんよりも、怜悧なる判断だ。
名ばかりの怜悧なるディーバちゃんは、逃げられず、背後を振り向くほかない状況に陥っている。
ボクが振り向くと、そこには濃い霧が立ちこめていた。
霧はやがて濃度を増して、具象化していく。
具象化した先に待っていたのは、太古のヴァンパイアだった!
一目見ただけで、背筋が凍りつく恐ろしい姿をした彼こそ、この地下堂のあるじ、ソーサラー・ヴァンパイア・キングのヴァクシュミだった。
要約すると、ボクの血を吸いに来たと語るヴァクシュミに対して、ボクができることは、ただ一つ。
《わたしをどこかへ……》の呪文を唱えるだけなのだが、魔力がたりない!
終わった……。
Tamam Shudだよ……。
「言い残すことはないか、ちっぽけな魔術師よ?」
ヴァクシュミは、いたぶるように微笑を浮かべながら、弱者の最期のあがきを嬉々として待ちかまえる。
「血を吸われてヴァンパイアの下僕となるなら、男とは思えない妖しい色気と透き通るような白い肌と輝く金髪を持つ魅力度カリスマ級の吸血鬼の下僕がよかっ……」
「もうええわ」
世にも珍しいヴァクシュミのイラッとした声を最期に、ボクは血を吸われ、意識は闇の底へと沈んでいった……。


8:怜悧なる目覚め

目が覚めると、地下堂の一室の石棺の中にいた。
新入りの下僕風情のために、わざわざ部屋と石棺をお与えくださるとは、ヴァクシュミ様は、マジ王様。キングの中のキングだよ!
しかも、ヴァンパイアになったおかげで、魅力度も上がり、ボンキュッボンのナイスバディになった!
ヴァクシュミ様、最高!
ヴァクシュミ様、万歳!
さらには、召集をかける以外は好きなことをしてもいいとは、なんて寛大なんだろう!
カザンの魔術師組合よりも、ずっと労働条件がいいや!
ボクは、すがすがしい気分で、地下堂を出た。
夜空には、赤い三日月がのぼり、吸血コウモリ達が群れをなしてはばたく音が聞こえる。
こんな美しい夜は生まれて初めてだ。
おや、新鮮な血のつまった皮袋がパーティーを組んでやってきたぞ。
さっそく襲撃だ!
皮袋達は、ボクを見るなり、いっせいに攻撃をしかけてきた。
「無駄無駄無駄ァーッ!!」
ボクは、すかさず反撃する。
呪文は覚えているし、魔法の力は上がっているから、あっという間に皮袋どもを戦闘不能にできた。
「頼む……命だけはお助けを……」
何か言っているけど、関係なし!
いっただきま〜す!

(完)


∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。

出典元:
Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイト(新)
2020-04-16 児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる「ヴァンパイアの地下堂」(『コッロールの恐怖』所収)リプレイ
https://akiraokawada.hatenablog.com/entry/2020/04/16/213228

posted by AGS at 04:34| 小説・リプレイ小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月04日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.11


 第4版ルールブックのPDF版、新作の発売と話題沸騰中ですが、2021年7月1日配信の「FT新聞」No.3081に「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.11」が掲載。オウガの解説です。新作「ライクランドの建築」に出てくる建物をオウガに守らせ、あるいは襲撃させましょう!

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.11

 岡和田晃
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 わたしはユングフロイト家の周辺を探ることにした。
 魔力の風を感知されたら困るので、なるべく魔法を使わずに、あの手この手を使うのだ。
 わたしはフレイザーを連れて、うらぶれた肉屋へ赴いた。そこで、たたき売りされているクズ肉を能う限り買い漁る。
 そして、“くしゃみだらけでぶっ飛んだ”亭と看板が出ているスパイス店に行く。ここのオーナーはハーフリングで、オウガたちの好みを知り尽くしている。
 買った肉を味付けしてもらうわけだ。肉から向こうに任せることもできるが、ここぞとばかりにふっかけられてしまうので、食材はこちらで用意するに越したことはない。
「なあ、この肉は何に使うんだ?」
 フレイザーが勘の鈍い質問をしてくる。
「決まっているでしょ。オウガの衛兵たちに食べさせてやるのよ」
 ――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

●オウガ! オウガ! オウガ!

 オールド・ワールドのクリーチャーについて、これまでスケイヴン、グリーンスキンと解説してきましたが……それ以外にも他のファンタジーRPGお馴染みのクリーチャーが、『ウォーハンマーRPG』では登場します。
 ――ずばり、オウガやトロールです!
 オウガ(Ogre)は、ゲームによっては「オーガ」、「オグル」などと訳されてきました。日本におけるRPG黎明期の代表的な解説書である早川浩『RPG幻想事典』(ソフトバンククリエイティブ、1986年)では、「オグレ」というユニークな訳語が当てられていたのが印象深いところでした。
 D&D系列のゲームでは、ゴブリンやオークよりは強いもののトロールやジャイアントには劣る、いわば中級レベル帯の代表的な敵役として登場します。
 クラシックD&Dは、モンスターを狩っても獲得できる経験点はそう大したものではなく、頭を使って宝を得て初めて、充分な成長ができるだけの経験点が得られるというシステムでした。大抵のクリーチャーは、ねぐらにお金を溜め込んでいるわけで、ワンダリング・モンスターとして出逢うような連中はろくな宝を持っていないものが常なのですが……オーガの場合は、大金をもってウロウロしているので、恰好のターゲットでした。昔話や伝承の「人食い鬼」がオーガの起源と思われますが、これでは、どちらが悪どいかわからない。
 そんなオウガは、『ウォーハンマーRPG』では独特の立ち位置を与えられています。独自の思想をもっていて癖があるものの、頼りになる用心棒、何よりもグルメなのです!
 第4版のルールブックでは、オウガは以下のように説明されています。筋骨隆々ですが暴力的で、常に腹を減らしている。基本的には力こそ正義。そして……。

 はるか東の土地からわらわらとやって来たオウガたちは、常に地平線の果ての新たな肉を狩るべく放浪を好むことから、オールド・ワールドでごく普通に見られる。数十年に渡る食料探しの旅を経て、彼らは次の肉にありつく可能性がより高そうな方法として、地元の服を着て、彼らが理解する地元の風習に従い、その地に融け込もうと熱心に働くようになる。

 そう、意外なことに、人間(やデミヒューマン)の社会に溶け込んでいるんですね。扱いやすいとは到底いえませんが、それでも美味しい食べ物を与えていれば文句は言わない。領邦軍における壁役、いかついので用心棒としてもピッタリです。

●オウガとハーフリングは仲良し

 オウガはとりわけハーフリングとは――意外に思われるかもしれませんが――大の仲良しだったりするのです。第4版のルールブックでも、特段にコラムを設けて、両者の関係は解説されています。オウガはハーフリングのために、安価で頑丈な労働力を提供する。逆にハーフリングは料理の腕前を生かした料理人として、とびきりのごちそうを振る舞う。そういったWin-Winな関係が成り立っている、というわけです。しかし残念なことに、しばしばハーフリングの料理よりもハーフリング自身のほうが美味しい、という展開にもなってしまうこともあるようですが……。
 ハーフリングが料理好きというのは、『指輪物語』や『ホビットの冒険』のイメージが応用されていますね。ただ、『ホビットの冒険』に出てくるトロールのイメージは、『ウォーハンマーRPG』や他のファンタジーRPGではオウガとトロールへ、区分される形で踏襲されているのではないかと思えてなりません。それどころかオウガとトロールはしばしば対立し、第4版のシナリオソースとして英語で公開されている無料PDF「ライクランドに冒険あり!(Adventure Afoot in the Reikland )」では、オウガの料理人がリバー・トロールの肉を求めるという、奇妙なシチュエーションのシナリオソースが収録されています。


●奇書「エンパイアのオウガ」

 『ウォーハンマーRPG』第2版では、「エンパイアのオウガ」というウェブエンハンスメントがありました(訳:鈴木康次郎、チェック:阿利浜秀明、岡和田晃)。これはもともと、英語ではBlack Industriesから『ウォーハンマーRPG』第2版が出ていた時分にダウンロードが可能だったものです。ちなみにBlack Librariesというのが、〈ウォーハンマー・ノベル〉を専門で出版している版元のことですね。第2版の日本語公式サイトは閉鎖されていますが、Web Archiveには残っているため(https://web.archive.org/web/20170623035746/http://hobbyjapan.co.jp/wh/dlfiles/empire_ogre.pdf)、そちらで読むことが可能です。
 「エンパイアのオウガ」は純正品というよりも、かつて第2版の公式サイトで私の翻訳で公開されていた「ライク川にかかる橋」のように、ファン・マテリアルだったものです。とはいえ、筆頭製作スタッフは『ウォーハンマーRPG』第4版のメイン・デザイナーの一人、アンディ・ロー氏であり、雑誌で言えばファンジンというよりはセミプロジンに近いものでしょう。
 なのに、必ずしも公式だと銘打たれていないのは、まずはオウガをパーティに入れると、バランスが大きく崩れかねないから。『ウォーハンマーRPG』が面白いのは、バランスが崩れる、というのに2つの意味があることです。1つは戦闘バランス。一般的にオウガは、ドワーフよりも打たれ強いですからね。もう1つは社会的地位ですね。オウガはドワーフよりも、社会的地位が低い、つまりエンパイア社会において、充分に受け入れられてはいない、ということなのです。
 かように癖があることを前提とすれば、オウガをPCとすることは、なかなかユニークです。オウガ・キャンペーンすら可能であり、私自身。スケイヴン・セッションにオウガPCを織り交ぜるという離れ業を試してみたことすらあります。


●オウガの奇妙な背景

 「エンパイアのオウガ」の基本設定は、『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』のアーミーブック「オウガ・キングダム」の設定を拡充させたものとなっています。オウガは“大アゴ様”という神を崇めていますが、これはワープストーンの彗星(!)によってあけられたクレーターのこと。複雑な哲学や芸術は理解できませんが、それを補って余りあるほどにパワフル。内面の懊悩とは無縁。しかし、混沌の生き物ではない(混沌への特別な耐性はない)。それがモブではなくプレイヤー・キャラクターにできるのですから、最高ですね。ロールプレイの腕前も試されるというものです。
 「エンパイアのオウガ」のQ&Aでは、オウガとハーフリングが、同じ遺伝材料で“旧き者”から創造されたと、衝撃の事実がさらっと明かされています。この“旧き者”というのは、初版では“オールド・スラン”と訳されていた太古の存在ですね。
 そして、オウガとハーフリングの関係は、『指輪物語』や『シルマリルの物語』におけるオークが、堕落したエルフとして位置づけられていた(もともとは同じ種族である)という設定を彷彿させます。
 こうした背景を、実際にセッションに取り入れるのかはGM次第でしょうが、キャンペーンの合間に仄めかしておいたりすると、ぐっと奥行きが増すだろうと思います。第4版では、アルトドルフの警護など、NPCとしてオウガは使われることが奨励されているようですが、クリーチャー・データのテンプレートは、数値的にアレンジすることもできるとコラムで解説されています。「エンパイアのオウガ」のデータは第2版ですが、身体的特徴の決定表や命名表は、そのまま第4版にも使えてしまうでしょう。