2021年6月17日配信の「FT新聞」No.3067に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.10が掲載されています。スケイヴンの話題の続きから、グリーンスキンへ。『ヒーロークエスト』、ハーミットインについても触れています。きみはスノットリングを知っているか?!
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.10
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
わかった。ユングフロイト家は、悪魔術の使い手のために「愚者の石」ことワープストーンを探し求めている。
魔法の触媒に使えるし、それを使って鼠人間どもとも取引ができる、という寸法だ。どちらに転んでも損はしない。しかし、混沌は着実に世を穢しゆくことになるが……。
精鋭の下水道調査隊長に率いられた調査隊員でもない限り、ここユーベルスライクの下水道を隅から隅まで探索し、奴らを根絶することなどできはしない。
それどころか、見たこともない精度のワープストーン・マスケット銃で撃ち抜かれるのが関の山だろう。
――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●ワープストーン兵器!?
スケイヴンについては、いくらでも語れる!
これ、『ウォーハンマーRPG』のみならず、オールド・ワールドに“生きる”人であれば、誰しもの同意を得られるのではないかと思います。
とはいえ、実際のセッションでどうスケイヴンを運用するのかは、GMのセンスが問われるところなんですよね。
連載の前回をお読みになった「鋼の旅団」さんからは、「今回は、鼠とワープストーンでしたね。私も以前、どうしても敵のボスにチェーンソーを持たせてPLに恐怖を植え付けたかったので、考えた末に動力をワープストーンにしたことがあります。鼠は、ミ〇キーやマイティマ〇スに走ってしまうので、自制の意味でほとんど使わなかったんですよね〜。」というコメントを頂戴しました。
確かに、私も『ウォーハンマーRPG』第2版の『スケイブンの書』を作って、「暗黒ガンバの冒険」と銘打った酷いシナリオをGMしたことがあります(笑)。
チェーンソーの動力をワープストーンというのは、トビー・フーパー監督の名作ホラー映画『悪魔のいけにえ』(1974年)を彷彿させますね。
ワープストーンを動力というと、知らない人には突飛に見えるかもしれませんが、『スケイブンの書』には、ワープロック・ピストル、ワープロック・ジャザイル、ワープファイアー・スロワー、ワープパワー・アキュムレーター急速充填型、ワープ・エネルギー・コンデンサー改といった、ワープストーンを使ったアイテムも紹介されており、それらを扱うのが得意なスクリール氏族やウォーロック・エンジニアというキャリアも設定されているほどなのです!
出版されたばかりの第4版のシナリオ『角ありし鼠(Horned Rat)』(未訳)でも、鼠大隊長(クラン・チーフテン)、魔道技術鼠(ウォーロック・エンジニア)等のデータが追加されており、前述のものに加えて、さらにはワープロック・マスケット銃(!)なんて2版になかった武器までデータ化がなされています。
●スケイヴンか、グリーンスキンか?!
また、あーるじぇい@owljeyさんからは、「知恵あるネズミ人スケイヴンの特集。自分もAFFでスケイヴンのテロリストから街を守るシナリオを作ったことがあったけど、使い勝手のよい連中!オーバーテクノロジも変異体も許容しちゃう。「スケイヴンの書」欲しいなあ。」というコメントをいただきました。
『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー』(AFF)で、スケイヴンを出したという興味深い証言でした。
そう、スケイヴンみたいな悪役は、意外にも詳細に設定されていないので、他のシステムへの導入も楽なのですね。
ただ、ワンダリング・モンスターとして登場させ、プレイヤー・キャラクターたちを襲わせるのなら、別にクリーチャーではなく、ならずものたちに襲撃させればいいわけで、そのほうがよっぽどオールド・ワールドらしくなります。あーるじぇいさんはそこのところをよくおわかりで運用されたことがわかりますね。
あるいはグリーンスキン。スケイヴンと人気を二分するクリーチャーですが(異論は認めます)、『ウォーハンマーRPG』第4版では、オーク、ゴブリン、スノットリングの3種類が紹介されています。
ゴブリンについては説明不要でしょう。単体では脆弱ですが、徒党を組むと勢いを増すところは、スケイヴンに似ています。
地上や野外での戦闘はゴブリン、地下での戦闘はスケイヴン……などと使い分けるとよいでしょう。
『ウォーハンマー オンライン』日本語版が稼働していた時には、待兼音二郎氏の訳で、「チョッパの物語: ひとつかみほどのチョッパども 第一章「棒と石と」、第二章「モルクさまのお言葉」が公開されていたのですが、サービス終了とともに読めなくなっているのが残念です。グリーンスキン側に視点を当てたのがユニークな小説で、それこそT&Tのヴァリアント『モンスター! モンスター!』(グループSNE、2019年)にも通じる、「逆転の発想」で書かれているものと思います。
ただ、同じく待兼音二郎氏が翻訳に参加しているウォーハンマー・ノベル『渾沌のエンパイア』(ホビージャパン、2008年)でも、グリーンスキンとの戦闘は描写されておりますので、ぜひ入手できるうちにゲットしておくのがよいでしょう。
●「嫌悪」と「憎悪」
それでは、『ウォーハンマーRPG』におけるオークやゴブリンは、他のファンタジーRPGとどう違うのでしょうか?
まず、ドワーフはゴブリンと犬猿の仲で、灰色山脈の洞窟で終わることなき抗争を繰り広げています。
これはルール的には「嫌悪」や「憎悪」という形で表現されています。
「嫌悪」というのは心理特徴の一つで、「嫌悪」の対象となるクリーチャーを目撃すると、〈冷静さ〉でテストをせねばならず、失敗するとそいつらを攻撃してしまうんですね。ただ、この時の攻撃というのは物理的な攻撃に限らず、罵声を浴びせるとか嫌がらせをするとか、そういったものでかまわないわけです。
そして、「憎悪」という心理特徴は、いわば「嫌悪」の上位互換。「憎悪」している対象を見て〈冷静さ〉のテストに失敗すると、やむにやまれず皆殺しにしたくてたまらなくなるわけです。
ゴブリンは「嫌悪(グリーンスキン)」の特徴を持っており、かつ、選択次第で「憎悪(ドワーフ)」を持つことになります。
グリーンスキンとは同族なので、同族同士は絶えずいがみあい、しかしドワーフを見かけたらやむにやまれず襲いかかる……といった特性が、うまくルール的に表現されているというわけですね。
●オークの方がゴブリンよりも強い!?
ところで、わりと見過ごされやすいところでは、オールド・ワールドでは、ゴブリンよりもオークの方が体格は大きく、データ的にも強力です。
数はゴブリンよりも少ないのですが、そのぶんボアー(猪)に乗って突撃を仕掛けてくるなど、多彩な攻撃手段をもっています。
また、『ウォーハンマーRPG』第4版では特に表現されていませんが、とりわけ『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』においては、オークはチョッパと呼ばれる、鉈のような武器を好んで使うことでも知られています。
このあたりはゲームズ・ワークショップの自社ブランドであるシタデル・ミニチュアでうまく表現されていますね。あるいは、ミニチュア映えがするということで、生まれた設定なのかもしれません。
●ハーミットインの挑戦
『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』は1990年代中盤〜後半から日本に本格紹介されました。ゲームズ・ワークショップ・ジャパン初代代表の籾山庸爾氏で、ブックレット『趣味人への道』は、とても優れた入門書でした。
現在、籾山氏はオールドスクール・ファンタジー・ミニチュアのブランドである「ハーミットイン」(https://hermitinn.theshop.jp/)を経営しておられます。
私もよく利用しますが、アザーワールド・ミニチュア、ラルパーサ・ヨーロッパ、リーパー・ミニチュアを、独自のセレクトによって輸入・販売しておられ、籾山氏の「哲学」がにじみ出た運営スタイルを含めてお勧めできます。
私がお気に入りのブランドは、アザーワールド・ミニチュア。AD&DやクラシックD&Dをリスペクトしたクリーチャー造形が素晴らしく(蜘蛛の女王ロルスにそっくりのミニチュアもあります!)、AD&Dの『プレイヤーズ・ハンドブック』の表紙すら再現されているほどで、この泥臭さこそがファンタジーの淵源だと思う身にはピッタリで、眺めているだけで創作のイマジネーションが湧いてくるほどです。
ハーミットインでは、これらのミニチュアをコレクションし、あるいはペイントするだけではなく、実際にそれを使ってソロプレイのミニチュア・ゲームが愉しめるよう、『デス・オア・グローリー』というオリジナル・ゲームも製作・販売されています。基本ルールとクエストモジュールが2つ、すでに出版されていますよ。
●『ヒーロークエスト』と『バトルマスター』
ゲームズ・ワークショップ・ジャパンの設立前には、新和版D&Dの翻訳監修者だった故・大貫昌幸氏らのORGが、シタデル・ミニチュアを輸入・販売していました。「ウォーロック」や「オフィシャルD&Dマガジン」誌等に広告が出ていたので、ご存知の方も多いだろうと思います。
ただ、実は誰もが知っている大手の玩具メーカーから、シタデル・ミニチュアが出ていたことはありました。それは『ヒーロークエスト』。1991〜92年頃にタカラから日本語版が発売された「立体迷宮RPGボードゲーム」で、ダンジョン・タイル、マスター・スクリーンに、35体のフィギュア、15個の家具・宝箱等のミニチュアに、シナリオが入っていて、そのまま入門用RPGとして愉してしまうお得なものでした。
私は中学生の時、地元のおもちゃ屋に、『ヒーロークエスト』がひっそりと残っていたのを発見し、友人と地元でしか使えない商品券を出し合って共同購入、使い倒したのを記憶しています。
「ウォーロック」のVol.63(1992年3月)では、『ヒーロークエスト』のリプレイを読むことができますが、近年の英語圏でのゲーム研究においては、それこそ『ヒーロークエスト』のようなボードゲームとRPGの両方の要素を持つ作品群が注目されており、専門の研究書も出ています(Marco Arnaudo, Storytelling in the Modern Board Game: Narrative Trends from 1960s to Today. Jefferson, NC: McFarland, 2018)。
こちらは未訳ですが、私の参画しているボードゲーム読書会@高田馬場のサイトで、レジュメと討議の音源が公開されていますので、ご興味のある方はご覧ください(https://www.boardgamereaders.com/books/storytelling)。
ちなみに、1992年には『バトルマスター 伝説の騎士団』という、それこそ『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』の入門セットのようなゲームが、野村トーイから日本語版が発売されています。ミニチュア105体を駆使し、野外でのインペリアル軍とカオス軍の戦いを表現するというのですから、そのものずばりですね。こちらについては、私は未プレイなのですが、Rman氏のサイトにプレイレポートがありますので、ぜひチェックしてみてください(http://ror.main.jp/kikaku_battlemaster.htm)。
●スノットリングを忘れずに!
ところで、オークやゴブリンはいいとして、『ウォーハンマーRPG』第4版には、スノットリングというクリーチャーのデータが収められているのも、見逃せません。これはゴブリンよりもさらに小柄な連中で、ゴブリンよりも数が多く、毒キノコや排泄物などを敵に投げつけるのが大好きな連中です。
これまた人気クリーチャーで、ウォーハンマー版アメフトともいうべき『ブラッドボウル』シリーズでは、スノットリングの専門チームがあるほどに、可愛らしい奴らなのです。
友野詳氏の『ウォーハンマーRPG』初版のリプレイシリーズにも、スノットリングは出てくる話がありますから、RPG派の方はそちらを読んでみるのも面白いでしょう。
2021年06月25日
2021年06月15日
児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる「怪奇の国!」小説リプレイ
2021年6月13日配信の「FT新聞」No.3063に、作家の齊藤(羽生)飛鳥さんによる「怪奇の国!」(『怪奇の国のアリス』所収)のリプレイ小説が掲載されました。1977年の古典シナリオを「徹夜本」として楽しんでいただいた、そのプロセスが追体験できます。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.7
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
徹夜本という表現があります。
徹夜せずにはいられないほど面白い本という意味です。
私は子どもの頃から早く眠る習慣があり、今も12時くらいには寝るように心がけています。
そのため、人生で一度も徹夜したことがありません。
東日本大震災で帰宅難民となり、都庁舎に泊まらせてもらった時でさえ、パイプ椅子の上で眠り、縦と横が同じ厚さの巨大なマグロの刺身を夢見るくらい、しっかりと熟睡していたほどです。
しかし、『怪奇の国!』では二日にわたり深夜1時すぎまでプレイしてしまいました。
私には、徹夜に等しいです。
ですから、『怪奇の国!』は、私の中では徹夜本認定です!
先に冒険した『怪奇の国のアリス』よりもページ数が少ないので、軽い冒険かと思っていたら、これが意外にも大冒険となってしまったからです。
あともう少しでクリアできる……と、常に思わせる絶妙な匙加減の展開のため、ついついのめりこんでしまったのが原因です。
絶妙と言えば、『怪奇の国!』のキャラクター達も絶妙かつ秀逸でした。
個人的には、ガンファイターがお気に入りです。まさか剣と魔法の世界で彼のようなキャラに出会えるとは思わなかったので、インパクト大賞一等賞でした^^
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『幸運のジークリットの幸薄き冒険』
〜『怪奇の国!』リプレイ〜
著:齊藤飛鳥
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
0:幸運なる幕開け
私の名は、ジークリット。
エルフの女性。303歳。銀髪金眼褐色肌の160cm/体重55kg。
装備は、おなじみの冒険者の基本セット。
いっそ全裸の方がいかがわしくないと思えるデザインだけど防御力に優れたレザーアーマーの魔法の胴着。
速度2倍にしてくれる魔法のブーツ。
武器は、魅力度48の美貌……じゃなくて、魔法の剣(6d6+5)の女戦士だ。
前の冒険で知り合った、ザンダーという魔法使いの新しいガールフレンドと海賊達に勘違いされたのをいいことに、優雅な船旅を続けていた私は、「壮麗なる」マクシミリアンのマッドハウス、通称〈怪奇の国〉の噂を聞き、冒険者魂をくすぐられて下船。
今まさに、その御影石の館にたどり着いたところだ。
「入館料は、持ち帰る宝が何であれ、その10%または魔法のアイテム一つでかまわんよ……イーヒッヒッヒッ! 」
「壮麗なる」マクシミリアンこと、マクシミリアン・ザ・マグニフィセントは、私の脚を凝視しながら入館の説明をする。
脚フェチか、こいつ!
そんな異世界の知識が脳内に流入してきたけれど、怪奇の国は〈幸薄き〉ジークリットから〈幸運の〉ジークリットになった最初の冒険にふさわしい。
私は、太腿を凝視するマクシミリアンの粘っこい視線を感じながら、怪奇の国に入った。
1:幸運なる入り口
私が部屋に入った途端、巨大な岩が入り口のドアをふさぐ。
外から見て、館の出入り口らしいものは、このドアだけだったのに!
いきなりのアクシデント、やっぱり私は〈幸薄き〉ジークリットだと思いたくなる!
……と、嘆いていたら、どこからともなく声が聞こえてきた。私の脳内に唐突に流れこんでくる異世界の知識によれば、館内放送というものだろう。
私の目の前にあるアイテムをどれか一つ持って行ってもいいと言っている。
だったら、盾を持ってないから、盾にしようかしら。
私が盾を手に取ると、瞬く間に塵になってしまった!
盾だけじゃない。他のアイテムも何もかも塵になって消えてしまった!
ひとえに、風の前の塵に同じ……と、異世界から流入してきた知識を振り切り、私は気を取り直して西の廊下へ向かった。
2:幸運なる実験室
西の廊下をひたすら進むうちにろくにできずは途切れ、突き当たりの部屋に入ってみた。
またも、背後で扉が閉まる。心臓に悪い。
部屋は、絵に描いたような実験室で、ブンゼンバーナーにかけられたビーカーが目についた。
中に液体が入っているけれど、うかつに飲んでまたガレー船の奴隷送りにされたら困るので、部屋の北の通廊から外へ出た。
3:幸運なるレプラコーン
通廊に出ると、身長30cmほどのレプラコーンが、自分と同じサイズの鉛筆を一本抱えている。
道をふさいで、自分が鉛筆で書いた線をまたがらないと私が前進できないようにしている。
ハッキリ言って関わりたくない。
そこで、私はレプラコーンを無視して、北の扉を抜けてすることにした。
4:幸運なる通廊
北の扉を抜けると、東西に延びる通廊に出た。南の壁には、扉がある。
こういう時は、行きやすそうな方へ行ってみよう。
私は西へ歩き出した。
しばらくして、通廊の曲がり角に出くわす。
東へ行くと来た道を戻るだけだから、ここは前進あるのみ!
私は北へ向かった。
こうして歩いていると思い出すわ。モンゴーの塔の地下迷宮を冒険した日のことを。
シックスパックという岩悪魔を相棒に、様々な危険をくぐり抜けてきたっけ。
あいつ、今頃何をしているのかしら……と、思い出に浸るうちに、南北へ続く廊下に出た。
さっきから部屋にも人にも全然出くわさない。
それが幸運なのか不運なのかはわからないけど、永遠にさ迷い続けるのではないかという一抹の不安がわいてくる。
東の壁の扉には「立ち入り禁止」と書かれている。
ご親切にも警告してくれているから、行くのはなしにしよう。
さっきから、私は北へ進んでいる。
ここは、迷子にならないように、また北へ進もう。
私は北へ行った。
今度こそ、どこか、または誰かに出くわせると思ったら、出会えたのはT字路さんでした。
……て、また道なの!?
もう考えるのが面倒くさくなってきたわ。
西へ行ってみよう。
……て、今度は通廊の端!?
もういい加減どこかにたどり着きたい!
東へ進んだら、ただ元来た道を戻るだけで、またもさ迷える冒険者になるのは目に見えている。
こうなったら、北側の壁の扉を開けよう!
私は、ドアノブを回した。
5:幸運なるボート
部屋に入ると、そこは一面霧が広がっていた。
何でかしら、霧の中を歩くうちに、意識が遠のいていく……。
……気づくと、私は水に浮くボートに乗っている。
霧が深いから、このボートが浮いているところが、運河なのか地下水路なのかもわからない。
わからないのは、それだけではない。
どうして、私の手には紐が握らされているの?
あからさまに罠くさいから、引っ張らないでおこう。
それより、紐をよく観察だ。
え!? 紐はボートの底にある排水用コルクに繋げられている!?
危ない危ない!危うく抜いて沈没するところだった!
『かいけつゾロリ』に出てきた「おふねのせん」を自分が体験する日が来るとは、思いもしなかったわ!
脳内に流れこんできた異世界からの知識を引用しながら、私は慌てて紐から手を離す。
やがて霧が晴れ、ボートの中にある壷に奇妙な液体がためられているのに気づいた。
ボート……飲み物……うっ、奴隷船送りとなったトラウマが……。
でも、味は見ておこう。
ペロリ。これは、霊薬!?
私の体力度と耐久度が永久的に5も上がった!
何だかいい気分になってきたから、ボートを漕ぐわよ!
へぇ、東と南に扉があるのね。
では、東の扉にこぎ着けてみよう。
私は東岸にボートを着岸させると、扉の前に立つ。
扉には、「動物に餌をやらないこと」と書かれていた。
そうそう。世話係以外が餌をやると、厄介なことになるのよね。
奴隷船で、船長のペットだった毒蜘蛛のベティちゃんの世話係をやっていたから、よくわかる。
私は扉の中に入った。
そこは、猿小屋だった。
20匹ほどいる猿達が、イタズラを仕掛けてくるは、物欲しげに食糧を見つめてくる。
だめだめ。君達のご飯は世話係さんからもらいなさい!
私は、南の扉を通って、この場を離れた。
6:幸運なるサイケデリック部屋
猿小屋の隣は、サイケデリックで霊妙不可思議なシンボルや物品が無数にある、それはもうこの上なくうさんくさい部屋だった。
ここで、幸運度で1レベルのSR発生!
〈幸薄き〉ジークリットから、〈幸運の〉ジークリットになって初めての幸運度SR!
はい、挑戦!
はい、失敗!
器用度が4、知性度が3下がった!
それなのに、また幸運度でSR!
はい、挑戦!
はい、成功!
……よかった、どうにか助かった。
やっぱり、私は〈幸運の〉ジークリットになっていたわね。
さもなければ、ここで冒険終了だったわ。
さっさとこんな部屋から離れよう……。
ふぅん、この部屋には、北と南と東に扉があるのね。
ここは、何となくで南に行くとしよう。
……で、扉を開けたら、同じように三ヶ所に扉がついた小部屋?
こうなったら、また南の扉を開けてみよう。
7:幸運なるファンハウス
扉を開けて入った先は、マックスのファンハウスだった!
何、ここ!?
あぁ……いるだけて器用度が4減っていくゥゥ……。
早いところ、こんな部屋から出て行かなくちゃ!
出口となる扉は三つ、そのうちの南の扉を目指して、私はマックスのファンハウスを後にした。
8:幸運なる自動販売機
隣の部屋に入ると、武器の自動販売機があった。
面白そうだから、使ってみよう!
無料のダガーがあるから、これに決めた!
あ、ポチッとな。
スイッチを押す時の定番台詞を決めながらスイッチを押すと、ホイルに包まれたチョコレート・ダガーが出てきた!
しかも、ネスレ製!
私、明治派なのよ!
仕方ない。今度はちゃんとお金を入れ……て、嘘でしょう?
バトル・アックスを買うために20gpを入れたのに、商品が出て来ない!
この自動販売機を使えたのは、最初の1回だけだったということ!?
ただより高い物はないとは、このことね……。
仕方なく、私は自動販売機の部屋を後にした。
せめてもの救いは、ネスレ製のチョコレート・ダガーも案外イケたことだけだった。ごちそうさま。
9:幸運なる円形闘技場
東の通廊から出ると、左右に延びる通廊にいて、北の壁には扉があった。
ちょっと開けて入ってみよう。
うっ……目がくらんだ……しかも、数秒後には暗くなるなんて、もしやこれが噂の眼前暗黒感?
自分の問いに答えを返す暇なく、次の瞬間私は大きな円形闘技場めいた部屋にいることに気づいた。
私の周りには奇妙です服装の人が100人座っているし、私の背後には600人もの人達が座っている。
これ、今、どういう状況?
「はーい、お嬢さん。あなたは、ステージの上にある箱の中の物と、カーテンの後ろにある物とどちらが欲しいですか? 」
こっちがわけがわからなくてキョトンとしているのに、何の説明なしに強引に話を推し進めてこようとするのは怖い!
どんな裏があるか、わかったもんじゃない!
ここは外に駆け出すに限るわ!
私は1ダースもの人達をなぎ倒し、当たるも幸い、ちぎっては投げちぎっては投げちぎって鼻毛ちぎっては投げ……ん? 今、変な言葉が混ざった……?
とにかく、やっとの思いで出口にたどり着いた。
途端に、目の前が暗くなり、私は扉の外にいた。
つまり、元いた左右に延びる通廊の北の扉の前に戻って来たということ。
今度は、東へ行ってみようかしら。
東に行くと、小さな部屋に出た。
南の壁には扉。西の壁沿いには通廊。東の壁沿いにはアーチ型の道がある。アーチの上には「近寄るな」と警告文が書かれている。
ここは、扉を通ってみようかしらね。
私は扉を開き、そして盛大に後悔するのだった……。
10:幸運なるガンファイター
「抜け」
扉を開いてホールみたいな場所に入るなり、ガンファイターが私に銃口を突きつけながら言ってきた。
初対面で、いきなり何なの!?
「虫けらめ、銃を抜きやがれ。さもなきゃ、てめぇはチキン野郎だ……」
あきらかに関わり合いになりたくないタイプだ。
あぁ、扉を開けなければよかったわ……。
「虫けらでも、チキン野郎でもかまいませーん。抜けと言われても、私、銃を持ってないんですけどー? 」
関わり合いになりたくないので、私はできるだけ相手を刺激しないようにする。
「ん? それもそうだな」
よかった。
これで、あきらめてもら……。
「だったら、俺の銃を貸そう。コルトシングルアクションアーミー、別名イクォライザーだ」
……えなかった!
しかも、さも親切ぶって銃を貸そうとしてきているし!
「どちらが早撃ちで殺られても恨みっこなしだぜ」
「それ、あなたが一方的に決めたことで、私が従う理由はないと思うんですけどー? 」
「理由はあるぜ」
ガンファイターは、しぶく笑って見せた。
「俺は銃を持っていて、おまえさんは剣しか持ってねえ」
あ……これ、断ったら即座に蜂の巣にする気満々の目だわ。
「理解したわ……」
私は、しぶしぶ銃を受け取ると、ガンファイターと早撃ちの決闘をすることにした。
器用度は、何だかんだで15に減っているんで、大丈夫かしら?
えぇい、こうなったらヤケよ!
おぉ、まさかの成功!
「いい勝負だった……ぜ……」
ガンファイターが倒れると、彼も銃も消えてしまった。
そして、彼が押しつけるように貸した銃は、500gp相当の金塊に変わった!
これは嬉しい予想外!
やっぱり私は〈幸運な〉ジークリットなのね!
私は、部屋を出て元いた場所に引き返した。
11:幸運なる長虫
今度はアーチ型の道を通ってみよう。
えっ、いきなり幸運度3レベルのSR!?
だ、大丈夫よ、私!
もう〈幸薄き〉ではなくて〈幸運な〉ジークリットなんだから、大丈夫!
はい、挑戦!
はい、ぎりぎり成功!
紙一重とは、まさにこのことだわ。
安心したところで、私のすぐ横を長虫(ワーム)が通りすぎていった。
あともう少し右に立っていたら、飛びかかってきた長虫に呑みこまれていたかも……。
背筋に悪寒が走ったけれど、おびえている場合じゃない!
また長虫が襲いかかってきたから、戦闘開始!
……それが長い戦いの始まりだった。
魔法の剣の攻撃力が高いのはいいとして、器用度は毎回きわどい結果で、何度も紙一重で長虫をかわす羽目になった。
もうこっちがいい加減疲れてきたところで、ありがたいことに長虫が力尽きてくれた。
しかも、長虫の中から、10000gp相当のダイヤモンドが出てきた!
しかも、耐久度が+10になる魔力を秘めている!
これは嬉しい!
私は、意気揚々と部屋を出た。
12:幸運なる信号待ち
また元の場所に戻った私は、まだ行ってない通廊に向かう。
今度こそ、ここ以外の場所へ行きたい。
そう思ったのに、出たのは前にも来たことのある扉の前だった。
開けようとしても、開かない。
仕方なく私は西の通廊に行くことにした。
やっぱり、着いた先は武器の自動販売機のある部屋だ。
使わないから、西の通廊へ行こう。
もうこうなったら、次も西へ進もう。
曲がり角になったから、方向を変えて北へ行く。
すると、「立ち入り禁止」と書かれた扉がある、見覚えのある場所に出た。
立ち入り禁止の場所に入ったらどんな目に遭うかわかったものではないから、北へ。
そして、T字路に出たら、東へ……て、ようやく今まで来たことのない場所に出られた!
3つの明かりが上下に並んでいて、真ん中の黄色い光だけが今は光っている。
何なのかしら、これ?
私がその場に立ち止まって光をながめていると、地響きがしてきた。
何? 何なの、この地響き?
私が戸惑ううちに、真ん中の黄色い明かりが消えて、代わりに一番上の赤い明かりがつく。
直後、私の目の前からほんの1メートル先の壁が破れ、中から大量の巨大クリーチャー達が現れた!
彼らは、私の前を左から右へ横切り、ひたすら突き進んでいく!
地響きの正体がわかったのはいいけど、途惑いは増す一方だ!
私が呆然と立ちすくむうちに、一分が経過。
明かりが一番下の緑色に変わる。
とたんに、これまで駆け回っていたクリーチャー達がピタリといい子に停止する。
今のうちに、東へ進もう。
私は、また彼らが動き出す前に、駆け足で進んだ。
13:幸運なるイーゼルの部屋
駆け足でクリーチャー達の群れを抜けても、私はしばらく通廊を走り続けた。
すると、突如私の背後に壁がスライドしてきた!
これで、二度と元来た道には戻れなくなってしまった。
まさか、閉じこめられてないわよね?
私は、自分が今いる場所を観察する。
壁がスライドしてきたことで、私は東、南、北に扉のある小部屋に閉じこめられている形となっていた。
ここは、自分が今どう移動しているかわかりやすいように、東の扉を開けてみよう。
扉を開けた途端、1レベルの器用度のSRが発生!
大丈夫? 大丈夫かな、私?
はい、挑戦!
はい、成功……て、怖っ! 深さ6メートルの落とし穴に危うく落ちるところだったわ!
見たところ、出口がたくさんある。
東に進んできてろくなことがなかったから、今度は北の扉へ行ってみよう。
扉を開けると、絵画用の刷毛がひとりでにイーゼルのところで絵を描いていた。
透明なクリーチャー?
これだけでも怪しいけど、何の断りもなく私の肖像画を描いているのは、さらに怪しい!
ここはかかわり合いにならないうちに、西の扉から出……られない!
何か、あの刷毛を持っている透明クリーチャーの害意を感じてきた。
ここは、やられる前にやるべし!
私が刷毛を攻撃する決意を固めたところで、2レベルの幸運度のSR発生!
はい、挑戦!
おう、失敗!
たちまち、刷毛は空中に剣の絵を描く。剣は私に襲いかかってくる!
「あっしの名は、アニメイテッド・ブラシ。自分の描いた絵を操る能力を持つ。何たる才能! 何たる奇才! 思うに、あっしはこれでデ〇ズニーで働くのを諦めたんだ……。才能が高すぎるのも考えものだ」
刷毛は、一人で悦に入って語る。
まさか、刷毛そのものがクリーチャーだったとは予想外だったわ!
でも、こっちには魔法の剣がある!
「アブ・アイワークスの足元にも及ばない刷毛ごときが、一人前の口をきいているんじゃないわよ! 」
「何を! 」
どうしたわけか、刷毛ことアニメイテッド・ブラシとは異世界の知識が通じ合った。
「ディズニーの最高傑作は『わんわん物語』! 」
「いいや、『アナと雪の女王』だ! 」
けれど、心まで通じ合うことはなかった。
「ディズニーのベストキャラは、『美女と野獣』のコグスワース! 」
「『リトルマーメイド』のヴァネッサだろ! 」
こんな感じで口論もしつつ、戦いを続けた結果、私はアニメイテッド・ブラシの描いた剣も、アニメイテッド・ブラシとイーゼルも撃破した。
さてと、さっさとこんな所から出ますかね。
西の扉はさっき開かなかったから、南の扉を開けてみよう。
14:幸運なるクリーチャー
南の扉を開けた途端、器用度で1レベルのSR発生!
地味に多くない、器用度のSR?
それはともかく、はい挑戦!
はい、成功……て、また落とし穴に落ちるところだった!
危ない危ない……。
またこの落とし穴の部屋に来てしまったわけか。
こうなったら、次は東の扉を開けてみよう。
扉を開けると、そこには小さなドーム状の頭を持ち、1本だけ触手がはえている、形容しがたいクリーチャーがいた。
何か触手の先に持っていると思ったら、宝石を持っている!
でも、宝石を手に入れるために、何も仕掛けてきてないクリーチャーを襲うのは、ただの強盗くさいからやめよう。
そうして、私とクリーチャーの気まずい二人きりの沈黙が始まった。
いっそ何か言うか、仕掛けてこいよと言いたくなるくらい、クリーチャーはノーリアクション!
もう我慢できない!
何でもいいから話しかけよう。
ここは、見習い魔術師時代に読んだ冒険者ジョーク集で読んだ小ネタを使おう。
「ねえ。あなたの持っている宝石がほしいんだけど、ちょうだい! 」
このジョークを使うと、クリーチャーは「誰がくれてやるか! 」「冗談じゃねえ! 」と何らかのリアクションを見せてくれる。
私にとって決して安全なリアクションではないかもしれないけど、この無に等しい時間を終わらせられるなら、何だっていい。
「宝石ほしいの? だったら、早く言ってよ。はい、どうぞ」
めちゃめちゃ流暢にしゃべってきた!
しかも、触手で宝石を手渡ししてくれた。よく見たら、宝石は1000gpの値打ちものだわ!
それをあっさりとくれるとは、なんて寛大なの!
正直、このリアクションは予想外だったけど、気詰まりな時間から解放された上に、宝石を手に入れられたから、結果オーライだ。
これも〈幸薄き〉から〈幸運の〉ジークリットになった効果かしら!
私は部屋を出るため、西と東と南の扉の中から、選ぶことにした。
ここは、南の扉を選びますかね!
私は、南の扉を開けた。
15:幸運なる天国と地獄
扉を開けると、そこは南の壁に面してテーブルが設置されている部屋だった。
テーブルの上には、2本のボトルが置いてある。
ボトルには「やれ」「やるな」と、命令形のラベルがそれぞれ貼られていた。
何か男らしくてキュンと来た!
そんな薄い根拠で、私は「やれ」のラベルが貼られたボトルの中身を飲み干した。
おいしい!
これ、ヒーリング・ポーションだわ!
おかげで、私の耐久度が全回復する。
きっと、これ以上いいことなんてなさそうだから、いい気分のうちに部屋を出ましょっと!
私は部屋の北側の左手のドアを開けた。
そこには、数多くの黒くて円形で平べったい物体が飛び回っている部屋だった。
あからさまに、危なそう!
その予感は的中し、ダイヤモンドが黒い物体にやられて半分になってしまった!
こんな所に長くはいられない!
私は、南にある左手の扉を開けた。
16:幸運なる大目玉
左手の扉を開けると、床から1.5メートルの高さで浮いている大きな目と目があった。
今まで、この〈怪奇の国〉で色々と変なのに出くわしてきたけど、まさかこんなわけのわからないのと遭遇するとは思わなかったわ……。
この場合、こいつに対してどう対処するのが正解なの?
宝石をくれたクリーチャーみたいに友好的ならいいけど、巨大な目玉なんて私の脳内に流入してきた異世界の知識によれば、西洋妖怪の親玉、すなわちラスボスだ!
だったら、やられる前にやるべし!
私は、巨大な目に斬りかかった。
すると、巨大な目の力でテレポートさせられてしまった!
テレポート中の謎の異空間で、私は2d6でダイスを振れば、12種類別ある行き先のどこかへ出られることを知った。
よーし!
賽は投げるもの!
はい、挑戦!
はい、今回初めてのゾロ目!
それも、6のゾロ目だわ!
合計12となるから、行き先はどこかしら……。
行き先をチェックする暇もなく、私はいきなり外へ投げ出された。
久しぶりの大地、久しぶりの青空。
そして、久しぶりの脚フェチ親父…じゃなくて、マクシミリアン・ザ・マグニフィセント!
「〈怪奇の国〉をご堪能したようで、何より何より。それでは、約束の入館料を払ってもらうぞ」
「入館料……」
私は、これまで自分が手に入れた物を思い出した。
ネスレ製のチョコレートダガー→おいしくいただいた
500gp相当の金塊
耐久度が+10になる効果を持つ10000gp相当のダイヤモンド→黒い物体にやられて半分になったから、5000gp相当の値打ちに半減
クリーチャーからもらった宝石→1000gp相当
……冒険したわりに、ゲットできたアイテムが少ない!
でも、とりあえず入館料は支払えるだけの金額はあるわね。
合計金額6500gpだから、その10%は650gpか入館料か。
「お釣り、出ます? 」
「もちろんだ」
私は、1000gpの宝石をマクシミリアンに渡す。
マクシミリアンは、350gpのお釣りと領収書、それに「冒険済み」という赤いスタンプが押された入館チケットをくれた。意外と芸が細かいな!
「この冒険済みのスタンプは、毎回デザインが違うんだぞ。イーッヒッヒッヒ! 」
「それは、気になるわね……」
「どうだ? また〈怪奇の国〉に挑戦してみたくないかね? 」
「する! してみる! やってみます! 」
こうして、私は再び〈怪奇の国〉に挑戦することになった。
17:幸運なる〈怪奇の国〉
「……そんなやりとりをしたのが、何ヶ月前のことかしら。そして、あなたと勝負するのは、これで何度目になるのかしらね。こんなことになるなら、〈怪奇の国〉に再挑戦するんじゃなかった。知性度が下がった後で重要な決断をするもんじゃなかったうわぁ〜ん! 」
私は、すっかりおなじみになったガンファイターに向かって泣きわめく。
「何を訳の分からねえ泣き言をわめいているんだ? いいから、拳銃を抜きな」
「わかった」
私は、熟練してしまった手つきで引き金を引く。
ガンファイターは倒れ、拳銃は黄金の塊になる。
このやりとり、本当に何度目なの?
そして、私はいつになったら、この〈怪奇の国〉を出られるの?
まさか、死ぬまでここから出られない……?
自分で考えたくせに、あまりの恐ろしさに思わず身震いする。
〈怪奇の国〉難民になるなんて、私はやっぱり〈幸運の〉ジークリットじゃなくて〈幸薄き〉ジークリットなのかしら?
それとも、こんなに長く〈怪奇の国〉をさ迷い続けられるのは、〈幸薄き〉ジークリットではなくて〈幸運の〉ジークリットだからなのかしら?
アイデンティティクライシスに苦しみながら、私は今日も〈怪奇の国〉をさ迷う。
明るい未来という名の出口を求めて……。
(完)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。
出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
(T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
訳:岡和田晃
発行 : グループSNE/書苑新社
2021/2/26 - ¥1,980
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.7
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
徹夜本という表現があります。
徹夜せずにはいられないほど面白い本という意味です。
私は子どもの頃から早く眠る習慣があり、今も12時くらいには寝るように心がけています。
そのため、人生で一度も徹夜したことがありません。
東日本大震災で帰宅難民となり、都庁舎に泊まらせてもらった時でさえ、パイプ椅子の上で眠り、縦と横が同じ厚さの巨大なマグロの刺身を夢見るくらい、しっかりと熟睡していたほどです。
しかし、『怪奇の国!』では二日にわたり深夜1時すぎまでプレイしてしまいました。
私には、徹夜に等しいです。
ですから、『怪奇の国!』は、私の中では徹夜本認定です!
先に冒険した『怪奇の国のアリス』よりもページ数が少ないので、軽い冒険かと思っていたら、これが意外にも大冒険となってしまったからです。
あともう少しでクリアできる……と、常に思わせる絶妙な匙加減の展開のため、ついついのめりこんでしまったのが原因です。
絶妙と言えば、『怪奇の国!』のキャラクター達も絶妙かつ秀逸でした。
個人的には、ガンファイターがお気に入りです。まさか剣と魔法の世界で彼のようなキャラに出会えるとは思わなかったので、インパクト大賞一等賞でした^^
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『幸運のジークリットの幸薄き冒険』
〜『怪奇の国!』リプレイ〜
著:齊藤飛鳥
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
0:幸運なる幕開け
私の名は、ジークリット。
エルフの女性。303歳。銀髪金眼褐色肌の160cm/体重55kg。
装備は、おなじみの冒険者の基本セット。
いっそ全裸の方がいかがわしくないと思えるデザインだけど防御力に優れたレザーアーマーの魔法の胴着。
速度2倍にしてくれる魔法のブーツ。
武器は、魅力度48の美貌……じゃなくて、魔法の剣(6d6+5)の女戦士だ。
前の冒険で知り合った、ザンダーという魔法使いの新しいガールフレンドと海賊達に勘違いされたのをいいことに、優雅な船旅を続けていた私は、「壮麗なる」マクシミリアンのマッドハウス、通称〈怪奇の国〉の噂を聞き、冒険者魂をくすぐられて下船。
今まさに、その御影石の館にたどり着いたところだ。
「入館料は、持ち帰る宝が何であれ、その10%または魔法のアイテム一つでかまわんよ……イーヒッヒッヒッ! 」
「壮麗なる」マクシミリアンこと、マクシミリアン・ザ・マグニフィセントは、私の脚を凝視しながら入館の説明をする。
脚フェチか、こいつ!
そんな異世界の知識が脳内に流入してきたけれど、怪奇の国は〈幸薄き〉ジークリットから〈幸運の〉ジークリットになった最初の冒険にふさわしい。
私は、太腿を凝視するマクシミリアンの粘っこい視線を感じながら、怪奇の国に入った。
1:幸運なる入り口
私が部屋に入った途端、巨大な岩が入り口のドアをふさぐ。
外から見て、館の出入り口らしいものは、このドアだけだったのに!
いきなりのアクシデント、やっぱり私は〈幸薄き〉ジークリットだと思いたくなる!
……と、嘆いていたら、どこからともなく声が聞こえてきた。私の脳内に唐突に流れこんでくる異世界の知識によれば、館内放送というものだろう。
私の目の前にあるアイテムをどれか一つ持って行ってもいいと言っている。
だったら、盾を持ってないから、盾にしようかしら。
私が盾を手に取ると、瞬く間に塵になってしまった!
盾だけじゃない。他のアイテムも何もかも塵になって消えてしまった!
ひとえに、風の前の塵に同じ……と、異世界から流入してきた知識を振り切り、私は気を取り直して西の廊下へ向かった。
2:幸運なる実験室
西の廊下をひたすら進むうちにろくにできずは途切れ、突き当たりの部屋に入ってみた。
またも、背後で扉が閉まる。心臓に悪い。
部屋は、絵に描いたような実験室で、ブンゼンバーナーにかけられたビーカーが目についた。
中に液体が入っているけれど、うかつに飲んでまたガレー船の奴隷送りにされたら困るので、部屋の北の通廊から外へ出た。
3:幸運なるレプラコーン
通廊に出ると、身長30cmほどのレプラコーンが、自分と同じサイズの鉛筆を一本抱えている。
道をふさいで、自分が鉛筆で書いた線をまたがらないと私が前進できないようにしている。
ハッキリ言って関わりたくない。
そこで、私はレプラコーンを無視して、北の扉を抜けてすることにした。
4:幸運なる通廊
北の扉を抜けると、東西に延びる通廊に出た。南の壁には、扉がある。
こういう時は、行きやすそうな方へ行ってみよう。
私は西へ歩き出した。
しばらくして、通廊の曲がり角に出くわす。
東へ行くと来た道を戻るだけだから、ここは前進あるのみ!
私は北へ向かった。
こうして歩いていると思い出すわ。モンゴーの塔の地下迷宮を冒険した日のことを。
シックスパックという岩悪魔を相棒に、様々な危険をくぐり抜けてきたっけ。
あいつ、今頃何をしているのかしら……と、思い出に浸るうちに、南北へ続く廊下に出た。
さっきから部屋にも人にも全然出くわさない。
それが幸運なのか不運なのかはわからないけど、永遠にさ迷い続けるのではないかという一抹の不安がわいてくる。
東の壁の扉には「立ち入り禁止」と書かれている。
ご親切にも警告してくれているから、行くのはなしにしよう。
さっきから、私は北へ進んでいる。
ここは、迷子にならないように、また北へ進もう。
私は北へ行った。
今度こそ、どこか、または誰かに出くわせると思ったら、出会えたのはT字路さんでした。
……て、また道なの!?
もう考えるのが面倒くさくなってきたわ。
西へ行ってみよう。
……て、今度は通廊の端!?
もういい加減どこかにたどり着きたい!
東へ進んだら、ただ元来た道を戻るだけで、またもさ迷える冒険者になるのは目に見えている。
こうなったら、北側の壁の扉を開けよう!
私は、ドアノブを回した。
5:幸運なるボート
部屋に入ると、そこは一面霧が広がっていた。
何でかしら、霧の中を歩くうちに、意識が遠のいていく……。
……気づくと、私は水に浮くボートに乗っている。
霧が深いから、このボートが浮いているところが、運河なのか地下水路なのかもわからない。
わからないのは、それだけではない。
どうして、私の手には紐が握らされているの?
あからさまに罠くさいから、引っ張らないでおこう。
それより、紐をよく観察だ。
え!? 紐はボートの底にある排水用コルクに繋げられている!?
危ない危ない!危うく抜いて沈没するところだった!
『かいけつゾロリ』に出てきた「おふねのせん」を自分が体験する日が来るとは、思いもしなかったわ!
脳内に流れこんできた異世界からの知識を引用しながら、私は慌てて紐から手を離す。
やがて霧が晴れ、ボートの中にある壷に奇妙な液体がためられているのに気づいた。
ボート……飲み物……うっ、奴隷船送りとなったトラウマが……。
でも、味は見ておこう。
ペロリ。これは、霊薬!?
私の体力度と耐久度が永久的に5も上がった!
何だかいい気分になってきたから、ボートを漕ぐわよ!
へぇ、東と南に扉があるのね。
では、東の扉にこぎ着けてみよう。
私は東岸にボートを着岸させると、扉の前に立つ。
扉には、「動物に餌をやらないこと」と書かれていた。
そうそう。世話係以外が餌をやると、厄介なことになるのよね。
奴隷船で、船長のペットだった毒蜘蛛のベティちゃんの世話係をやっていたから、よくわかる。
私は扉の中に入った。
そこは、猿小屋だった。
20匹ほどいる猿達が、イタズラを仕掛けてくるは、物欲しげに食糧を見つめてくる。
だめだめ。君達のご飯は世話係さんからもらいなさい!
私は、南の扉を通って、この場を離れた。
6:幸運なるサイケデリック部屋
猿小屋の隣は、サイケデリックで霊妙不可思議なシンボルや物品が無数にある、それはもうこの上なくうさんくさい部屋だった。
ここで、幸運度で1レベルのSR発生!
〈幸薄き〉ジークリットから、〈幸運の〉ジークリットになって初めての幸運度SR!
はい、挑戦!
はい、失敗!
器用度が4、知性度が3下がった!
それなのに、また幸運度でSR!
はい、挑戦!
はい、成功!
……よかった、どうにか助かった。
やっぱり、私は〈幸運の〉ジークリットになっていたわね。
さもなければ、ここで冒険終了だったわ。
さっさとこんな部屋から離れよう……。
ふぅん、この部屋には、北と南と東に扉があるのね。
ここは、何となくで南に行くとしよう。
……で、扉を開けたら、同じように三ヶ所に扉がついた小部屋?
こうなったら、また南の扉を開けてみよう。
7:幸運なるファンハウス
扉を開けて入った先は、マックスのファンハウスだった!
何、ここ!?
あぁ……いるだけて器用度が4減っていくゥゥ……。
早いところ、こんな部屋から出て行かなくちゃ!
出口となる扉は三つ、そのうちの南の扉を目指して、私はマックスのファンハウスを後にした。
8:幸運なる自動販売機
隣の部屋に入ると、武器の自動販売機があった。
面白そうだから、使ってみよう!
無料のダガーがあるから、これに決めた!
あ、ポチッとな。
スイッチを押す時の定番台詞を決めながらスイッチを押すと、ホイルに包まれたチョコレート・ダガーが出てきた!
しかも、ネスレ製!
私、明治派なのよ!
仕方ない。今度はちゃんとお金を入れ……て、嘘でしょう?
バトル・アックスを買うために20gpを入れたのに、商品が出て来ない!
この自動販売機を使えたのは、最初の1回だけだったということ!?
ただより高い物はないとは、このことね……。
仕方なく、私は自動販売機の部屋を後にした。
せめてもの救いは、ネスレ製のチョコレート・ダガーも案外イケたことだけだった。ごちそうさま。
9:幸運なる円形闘技場
東の通廊から出ると、左右に延びる通廊にいて、北の壁には扉があった。
ちょっと開けて入ってみよう。
うっ……目がくらんだ……しかも、数秒後には暗くなるなんて、もしやこれが噂の眼前暗黒感?
自分の問いに答えを返す暇なく、次の瞬間私は大きな円形闘技場めいた部屋にいることに気づいた。
私の周りには奇妙です服装の人が100人座っているし、私の背後には600人もの人達が座っている。
これ、今、どういう状況?
「はーい、お嬢さん。あなたは、ステージの上にある箱の中の物と、カーテンの後ろにある物とどちらが欲しいですか? 」
こっちがわけがわからなくてキョトンとしているのに、何の説明なしに強引に話を推し進めてこようとするのは怖い!
どんな裏があるか、わかったもんじゃない!
ここは外に駆け出すに限るわ!
私は1ダースもの人達をなぎ倒し、当たるも幸い、ちぎっては投げちぎっては投げちぎって鼻毛ちぎっては投げ……ん? 今、変な言葉が混ざった……?
とにかく、やっとの思いで出口にたどり着いた。
途端に、目の前が暗くなり、私は扉の外にいた。
つまり、元いた左右に延びる通廊の北の扉の前に戻って来たということ。
今度は、東へ行ってみようかしら。
東に行くと、小さな部屋に出た。
南の壁には扉。西の壁沿いには通廊。東の壁沿いにはアーチ型の道がある。アーチの上には「近寄るな」と警告文が書かれている。
ここは、扉を通ってみようかしらね。
私は扉を開き、そして盛大に後悔するのだった……。
10:幸運なるガンファイター
「抜け」
扉を開いてホールみたいな場所に入るなり、ガンファイターが私に銃口を突きつけながら言ってきた。
初対面で、いきなり何なの!?
「虫けらめ、銃を抜きやがれ。さもなきゃ、てめぇはチキン野郎だ……」
あきらかに関わり合いになりたくないタイプだ。
あぁ、扉を開けなければよかったわ……。
「虫けらでも、チキン野郎でもかまいませーん。抜けと言われても、私、銃を持ってないんですけどー? 」
関わり合いになりたくないので、私はできるだけ相手を刺激しないようにする。
「ん? それもそうだな」
よかった。
これで、あきらめてもら……。
「だったら、俺の銃を貸そう。コルトシングルアクションアーミー、別名イクォライザーだ」
……えなかった!
しかも、さも親切ぶって銃を貸そうとしてきているし!
「どちらが早撃ちで殺られても恨みっこなしだぜ」
「それ、あなたが一方的に決めたことで、私が従う理由はないと思うんですけどー? 」
「理由はあるぜ」
ガンファイターは、しぶく笑って見せた。
「俺は銃を持っていて、おまえさんは剣しか持ってねえ」
あ……これ、断ったら即座に蜂の巣にする気満々の目だわ。
「理解したわ……」
私は、しぶしぶ銃を受け取ると、ガンファイターと早撃ちの決闘をすることにした。
器用度は、何だかんだで15に減っているんで、大丈夫かしら?
えぇい、こうなったらヤケよ!
おぉ、まさかの成功!
「いい勝負だった……ぜ……」
ガンファイターが倒れると、彼も銃も消えてしまった。
そして、彼が押しつけるように貸した銃は、500gp相当の金塊に変わった!
これは嬉しい予想外!
やっぱり私は〈幸運な〉ジークリットなのね!
私は、部屋を出て元いた場所に引き返した。
11:幸運なる長虫
今度はアーチ型の道を通ってみよう。
えっ、いきなり幸運度3レベルのSR!?
だ、大丈夫よ、私!
もう〈幸薄き〉ではなくて〈幸運な〉ジークリットなんだから、大丈夫!
はい、挑戦!
はい、ぎりぎり成功!
紙一重とは、まさにこのことだわ。
安心したところで、私のすぐ横を長虫(ワーム)が通りすぎていった。
あともう少し右に立っていたら、飛びかかってきた長虫に呑みこまれていたかも……。
背筋に悪寒が走ったけれど、おびえている場合じゃない!
また長虫が襲いかかってきたから、戦闘開始!
……それが長い戦いの始まりだった。
魔法の剣の攻撃力が高いのはいいとして、器用度は毎回きわどい結果で、何度も紙一重で長虫をかわす羽目になった。
もうこっちがいい加減疲れてきたところで、ありがたいことに長虫が力尽きてくれた。
しかも、長虫の中から、10000gp相当のダイヤモンドが出てきた!
しかも、耐久度が+10になる魔力を秘めている!
これは嬉しい!
私は、意気揚々と部屋を出た。
12:幸運なる信号待ち
また元の場所に戻った私は、まだ行ってない通廊に向かう。
今度こそ、ここ以外の場所へ行きたい。
そう思ったのに、出たのは前にも来たことのある扉の前だった。
開けようとしても、開かない。
仕方なく私は西の通廊に行くことにした。
やっぱり、着いた先は武器の自動販売機のある部屋だ。
使わないから、西の通廊へ行こう。
もうこうなったら、次も西へ進もう。
曲がり角になったから、方向を変えて北へ行く。
すると、「立ち入り禁止」と書かれた扉がある、見覚えのある場所に出た。
立ち入り禁止の場所に入ったらどんな目に遭うかわかったものではないから、北へ。
そして、T字路に出たら、東へ……て、ようやく今まで来たことのない場所に出られた!
3つの明かりが上下に並んでいて、真ん中の黄色い光だけが今は光っている。
何なのかしら、これ?
私がその場に立ち止まって光をながめていると、地響きがしてきた。
何? 何なの、この地響き?
私が戸惑ううちに、真ん中の黄色い明かりが消えて、代わりに一番上の赤い明かりがつく。
直後、私の目の前からほんの1メートル先の壁が破れ、中から大量の巨大クリーチャー達が現れた!
彼らは、私の前を左から右へ横切り、ひたすら突き進んでいく!
地響きの正体がわかったのはいいけど、途惑いは増す一方だ!
私が呆然と立ちすくむうちに、一分が経過。
明かりが一番下の緑色に変わる。
とたんに、これまで駆け回っていたクリーチャー達がピタリといい子に停止する。
今のうちに、東へ進もう。
私は、また彼らが動き出す前に、駆け足で進んだ。
13:幸運なるイーゼルの部屋
駆け足でクリーチャー達の群れを抜けても、私はしばらく通廊を走り続けた。
すると、突如私の背後に壁がスライドしてきた!
これで、二度と元来た道には戻れなくなってしまった。
まさか、閉じこめられてないわよね?
私は、自分が今いる場所を観察する。
壁がスライドしてきたことで、私は東、南、北に扉のある小部屋に閉じこめられている形となっていた。
ここは、自分が今どう移動しているかわかりやすいように、東の扉を開けてみよう。
扉を開けた途端、1レベルの器用度のSRが発生!
大丈夫? 大丈夫かな、私?
はい、挑戦!
はい、成功……て、怖っ! 深さ6メートルの落とし穴に危うく落ちるところだったわ!
見たところ、出口がたくさんある。
東に進んできてろくなことがなかったから、今度は北の扉へ行ってみよう。
扉を開けると、絵画用の刷毛がひとりでにイーゼルのところで絵を描いていた。
透明なクリーチャー?
これだけでも怪しいけど、何の断りもなく私の肖像画を描いているのは、さらに怪しい!
ここはかかわり合いにならないうちに、西の扉から出……られない!
何か、あの刷毛を持っている透明クリーチャーの害意を感じてきた。
ここは、やられる前にやるべし!
私が刷毛を攻撃する決意を固めたところで、2レベルの幸運度のSR発生!
はい、挑戦!
おう、失敗!
たちまち、刷毛は空中に剣の絵を描く。剣は私に襲いかかってくる!
「あっしの名は、アニメイテッド・ブラシ。自分の描いた絵を操る能力を持つ。何たる才能! 何たる奇才! 思うに、あっしはこれでデ〇ズニーで働くのを諦めたんだ……。才能が高すぎるのも考えものだ」
刷毛は、一人で悦に入って語る。
まさか、刷毛そのものがクリーチャーだったとは予想外だったわ!
でも、こっちには魔法の剣がある!
「アブ・アイワークスの足元にも及ばない刷毛ごときが、一人前の口をきいているんじゃないわよ! 」
「何を! 」
どうしたわけか、刷毛ことアニメイテッド・ブラシとは異世界の知識が通じ合った。
「ディズニーの最高傑作は『わんわん物語』! 」
「いいや、『アナと雪の女王』だ! 」
けれど、心まで通じ合うことはなかった。
「ディズニーのベストキャラは、『美女と野獣』のコグスワース! 」
「『リトルマーメイド』のヴァネッサだろ! 」
こんな感じで口論もしつつ、戦いを続けた結果、私はアニメイテッド・ブラシの描いた剣も、アニメイテッド・ブラシとイーゼルも撃破した。
さてと、さっさとこんな所から出ますかね。
西の扉はさっき開かなかったから、南の扉を開けてみよう。
14:幸運なるクリーチャー
南の扉を開けた途端、器用度で1レベルのSR発生!
地味に多くない、器用度のSR?
それはともかく、はい挑戦!
はい、成功……て、また落とし穴に落ちるところだった!
危ない危ない……。
またこの落とし穴の部屋に来てしまったわけか。
こうなったら、次は東の扉を開けてみよう。
扉を開けると、そこには小さなドーム状の頭を持ち、1本だけ触手がはえている、形容しがたいクリーチャーがいた。
何か触手の先に持っていると思ったら、宝石を持っている!
でも、宝石を手に入れるために、何も仕掛けてきてないクリーチャーを襲うのは、ただの強盗くさいからやめよう。
そうして、私とクリーチャーの気まずい二人きりの沈黙が始まった。
いっそ何か言うか、仕掛けてこいよと言いたくなるくらい、クリーチャーはノーリアクション!
もう我慢できない!
何でもいいから話しかけよう。
ここは、見習い魔術師時代に読んだ冒険者ジョーク集で読んだ小ネタを使おう。
「ねえ。あなたの持っている宝石がほしいんだけど、ちょうだい! 」
このジョークを使うと、クリーチャーは「誰がくれてやるか! 」「冗談じゃねえ! 」と何らかのリアクションを見せてくれる。
私にとって決して安全なリアクションではないかもしれないけど、この無に等しい時間を終わらせられるなら、何だっていい。
「宝石ほしいの? だったら、早く言ってよ。はい、どうぞ」
めちゃめちゃ流暢にしゃべってきた!
しかも、触手で宝石を手渡ししてくれた。よく見たら、宝石は1000gpの値打ちものだわ!
それをあっさりとくれるとは、なんて寛大なの!
正直、このリアクションは予想外だったけど、気詰まりな時間から解放された上に、宝石を手に入れられたから、結果オーライだ。
これも〈幸薄き〉から〈幸運の〉ジークリットになった効果かしら!
私は部屋を出るため、西と東と南の扉の中から、選ぶことにした。
ここは、南の扉を選びますかね!
私は、南の扉を開けた。
15:幸運なる天国と地獄
扉を開けると、そこは南の壁に面してテーブルが設置されている部屋だった。
テーブルの上には、2本のボトルが置いてある。
ボトルには「やれ」「やるな」と、命令形のラベルがそれぞれ貼られていた。
何か男らしくてキュンと来た!
そんな薄い根拠で、私は「やれ」のラベルが貼られたボトルの中身を飲み干した。
おいしい!
これ、ヒーリング・ポーションだわ!
おかげで、私の耐久度が全回復する。
きっと、これ以上いいことなんてなさそうだから、いい気分のうちに部屋を出ましょっと!
私は部屋の北側の左手のドアを開けた。
そこには、数多くの黒くて円形で平べったい物体が飛び回っている部屋だった。
あからさまに、危なそう!
その予感は的中し、ダイヤモンドが黒い物体にやられて半分になってしまった!
こんな所に長くはいられない!
私は、南にある左手の扉を開けた。
16:幸運なる大目玉
左手の扉を開けると、床から1.5メートルの高さで浮いている大きな目と目があった。
今まで、この〈怪奇の国〉で色々と変なのに出くわしてきたけど、まさかこんなわけのわからないのと遭遇するとは思わなかったわ……。
この場合、こいつに対してどう対処するのが正解なの?
宝石をくれたクリーチャーみたいに友好的ならいいけど、巨大な目玉なんて私の脳内に流入してきた異世界の知識によれば、西洋妖怪の親玉、すなわちラスボスだ!
だったら、やられる前にやるべし!
私は、巨大な目に斬りかかった。
すると、巨大な目の力でテレポートさせられてしまった!
テレポート中の謎の異空間で、私は2d6でダイスを振れば、12種類別ある行き先のどこかへ出られることを知った。
よーし!
賽は投げるもの!
はい、挑戦!
はい、今回初めてのゾロ目!
それも、6のゾロ目だわ!
合計12となるから、行き先はどこかしら……。
行き先をチェックする暇もなく、私はいきなり外へ投げ出された。
久しぶりの大地、久しぶりの青空。
そして、久しぶりの脚フェチ親父…じゃなくて、マクシミリアン・ザ・マグニフィセント!
「〈怪奇の国〉をご堪能したようで、何より何より。それでは、約束の入館料を払ってもらうぞ」
「入館料……」
私は、これまで自分が手に入れた物を思い出した。
ネスレ製のチョコレートダガー→おいしくいただいた
500gp相当の金塊
耐久度が+10になる効果を持つ10000gp相当のダイヤモンド→黒い物体にやられて半分になったから、5000gp相当の値打ちに半減
クリーチャーからもらった宝石→1000gp相当
……冒険したわりに、ゲットできたアイテムが少ない!
でも、とりあえず入館料は支払えるだけの金額はあるわね。
合計金額6500gpだから、その10%は650gpか入館料か。
「お釣り、出ます? 」
「もちろんだ」
私は、1000gpの宝石をマクシミリアンに渡す。
マクシミリアンは、350gpのお釣りと領収書、それに「冒険済み」という赤いスタンプが押された入館チケットをくれた。意外と芸が細かいな!
「この冒険済みのスタンプは、毎回デザインが違うんだぞ。イーッヒッヒッヒ! 」
「それは、気になるわね……」
「どうだ? また〈怪奇の国〉に挑戦してみたくないかね? 」
「する! してみる! やってみます! 」
こうして、私は再び〈怪奇の国〉に挑戦することになった。
17:幸運なる〈怪奇の国〉
「……そんなやりとりをしたのが、何ヶ月前のことかしら。そして、あなたと勝負するのは、これで何度目になるのかしらね。こんなことになるなら、〈怪奇の国〉に再挑戦するんじゃなかった。知性度が下がった後で重要な決断をするもんじゃなかったうわぁ〜ん! 」
私は、すっかりおなじみになったガンファイターに向かって泣きわめく。
「何を訳の分からねえ泣き言をわめいているんだ? いいから、拳銃を抜きな」
「わかった」
私は、熟練してしまった手つきで引き金を引く。
ガンファイターは倒れ、拳銃は黄金の塊になる。
このやりとり、本当に何度目なの?
そして、私はいつになったら、この〈怪奇の国〉を出られるの?
まさか、死ぬまでここから出られない……?
自分で考えたくせに、あまりの恐ろしさに思わず身震いする。
〈怪奇の国〉難民になるなんて、私はやっぱり〈幸運の〉ジークリットじゃなくて〈幸薄き〉ジークリットなのかしら?
それとも、こんなに長く〈怪奇の国〉をさ迷い続けられるのは、〈幸薄き〉ジークリットではなくて〈幸運の〉ジークリットだからなのかしら?
アイデンティティクライシスに苦しみながら、私は今日も〈怪奇の国〉をさ迷う。
明るい未来という名の出口を求めて……。
(完)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。
出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
(T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
訳:岡和田晃
発行 : グループSNE/書苑新社
2021/2/26 - ¥1,980
2021年06月10日
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.9
2021年6月8日の配信の「FT新聞」No.3058に、「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」Vol.9が掲載されました。今回は『ウォーハンマーRPG』第4版におけるワープストーンの扱いから、第2版の『スケイブンの書』やクラストパンク・バンドSkavenの紹介までを扱っています。『ルーンクエスト』の『トロウルパック』の話も出てきますよ!
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.9
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
「スケイヴンだと? そんなものは実在するわけがない」
魔狩人フレイザーは、そう胸を張る。
「確かに、ちょっと大きな鼠をいくつも狩ったことがある。あるいはミュータントだったかもしれぬが、ラットマンの大帝国など、子ども騙しの絵空事だろう」
……これだから、この魔狩人は成績がよくないんだ。
わたしは適当に相槌を打ち、ちょっと安堵した。そう遠くない将来、暗殺鼠(マスター・アサシン)が、こいつを闇から闇へ葬るかもしれない。あるいは、鼠奴隷にされるか。いずれにせよ、最期の瞬間まで、目の前の異形をスケイブンなのだと、彼は認めやしないだろう。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●ワープストーンの驚異
『ウォーハンマーRPG』に存在する「賢者の石」。それがワープストーン(Warpstone、"歪みの石"ほどの意)です。『ウォーハンマーRPG』第4版においては、触るのはむろんのこと、近くに身を置くだけでも、堕落ポイント獲得の基準になってしまいます。
それでは、ルールブックではどのように解説されているのか、具体的に確認してみましょう。p.233では、以下のように記述されています。
「ワープストーンとは物質界における純粋な魔法の塊である。その不自然な起源は誰が見てもすぐはっきりと分かる。それは目に痛みをもたらし、長い間近づいていたものをなんでも突然変異させてしまうからだ。その形は様々だが、それはしばしば火打ち石のような硬い切子面を持ち、不気味な緑色の光を放っている。」
……というのが、ワープストーンに関する描写です。では、結局のところ、どんな成分によって形作られ、それに触れると、具体的にどのような効果が起きるのでしょうか。ルールブックの同じページでは、次のように説明されています。
「この物質を徹底的に調べてもはっきりとしたことは分からない。ワープストーンは混沌の要素が顕現したものであり、その存在は深く穢れているのだ。ワープストーンに直に触れた者たちは病気や狂気、突然変異を引き起こす危険があり、この物質を一欠片でも摂取した者は自分の肉体や精神が破滅的に歪んでしまう定めとなる。それにもかかわらず、この不安定で危険な物質が呪文や儀式にとってすさまじいエネルギー源だと考えている無謀で野心的な愚か者たちが世界に溢れている。」
そう、人型生物にとっては危険極まりない、いわば核物質のようなものであり、エンパイアではワープストーンの使用は禁止されています。
けれども、ワープストーンは呪文の触媒として、非常に有効なのです。しかも手っ取り早く、強力な効果をもたらすことができます。
第4版のルールでは、呪文発動および〈魔風交信〉の際にワープストーンを用いる魔術師は適切なテストにおいて成功レベル(SL)が2倍になるのです!
これは桁外れに強力です。もちろん、ワープストーンの影響を撒き散らすことにもなりますから、広範囲に堕落を与えることになります。
ゲームマスター裁量で、呪文そのものをワープストーンで強化する事例、あるいは劇物としてワープストーンを携帯するということが、認められるケースもあるでしょう。
そう、混沌の信者たちは、ワープストーンを使うことに、何ら躊躇いを見せません。そして、それ以上にワープストーンの虜となっている存在がいます。混沌の鼠人間スケイヴン(スケイブン)なのです。
スケイヴンはワープストーンを用いた超テクノロジーを開発しており、彼らにとっては、ワープストーンは燃料であると同時に通貨のようなものとしても使われるのです。
●スケイブン? スケイヴン?
勘の鋭い方は、第2版の『ウォーハンマーRPG』では、「スケイブン」表記が採られ、第4版では「スケイヴン」表記になっていることにお気づきではないかと思います。
実は第2版の時には、訳語はできるだけ既訳に合わせるという方針で、当時の『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』が「スケイブン」表記になっていたことから、そちらに合わせて「ブ」を使いました。
ただ、第4版の翻訳の際には、スケイヴンが出てくる『Total War: Warhammer II』(2017)のようなコンピュータゲームが広がりを見せており、また、できるだけ原音に近い表記を心がけるという意味で、「スケイヴン」と「ヴ」を使うものと、訳語を変更しています。
その他、改めて見直しをかけ、微妙に表記を変えている訳語もいくつかありますから、ご興味のある方は、確認をしてみるのも一興かと存じます。
●スケイヴンなぞ絵空事だ!
混沌の鼠人間スケイヴン……と書きましたが、エンパイアにそんなものは存在しません。「ただちにその存在を忘れてください」。
せいぜい、悪戯っ子を躾ける際の脅し文句として使われるくらいで、実在するとは公的に認められておらず、「スケイヴンを見た」などと言ってしまえば、正気を失ったと思われるのが関の山でしょう。
そうした隙を突く存在として、スケイヴンはながらえてきたのです。
スケイヴンは『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』でも人気のクリーチャーですが、ふだん人間が見て見ぬ振りをするような、いわば人間の粗悪なパロディといった色彩が濃厚です。
噛み砕いて言えば、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男のような、"強きを助け、弱きをくじく"メンタリティ。それがスケイヴンなのです。
しかも、ねずみ男は基本的には一匹狼ならぬ一匹鼠ですが、スケイヴンは徒党を組むのが常套手段。あるいは物陰から暗殺をしたり、罠を仕掛けたりするのも大好きです。
しかし、スケイヴンは存在しないことになっているクリーチャーなので、たとえ襲われても、信じてもらえないこともザラにあるというわけです。あまりに強調すると、頭がおかしくなったと思われてしまうでしょう。
ゲームマスターはそうした特徴を生かしてシナリオをデザインすれば、グッと雰囲気が出ること請け合いです。
『ウォーハンマーRPG』第4版には、クランラット(鼠雑兵)、ストームヴァーミン(鼠強兵)、ラット・オウガ(鼠強兵)の3タイプのラットマンたちのデータが掲載されています。
精鋭戦士のストームヴァーミン、パックマスター(鼠調教師)にしつけられるラット・オウガは強力ですが、冒険で出くわす可能性は低いでしょう。
どこにでもいるのが、クランラットなのです。スケイヴンは、都市の下水道網を利用し、しばしば網の目のような大帝国を建設しています。
子どもが不意に神隠しにあったり、下水道調査隊員が行方不明になったりした場合、スケイヴンの仕業であることも珍しくありません。
第2版の『ミドンへイムの灰燼』は、まさしくミドンヘイムの下水道に潜って、スケイヴンたちと戦うところから幕を開けるシナリオなのでした。
●スケイヴン版『トロウルパック』
『ウォーハンマーRPG』の凄まじいところは、こうしたスケイヴンに関しての設定を集成し、まるまる一冊本を作ってしまうところです。
『ウォーハンマーRPG』第2版のサプリメント『スケイブンの書−−角ありし鼠の子ら』(ホビージャパン、2010年)が、まさにそうした本なのでした。私も微力ながら翻訳に参加しております。
このサプリメントは、結果として、書籍として刊行された第2版の最後のサプリメントとなってしまいましたが、そのあまりの異様さに、私としては早くから惚れ込んでいた作品でした。
「これは『ウォーハンマーRPG』版『トロウルパック』だ!」と思ったからです。
『トロウルパック』とは、会話型RPG(テーブルトークRPG、TRPG)『ルーンクエスト』のサプリメント、第2版対応(1982)、第3版対応(1988)等があり、後者は1993年に日本語化されました。
ボックスの中に、まるまるトロウル(『ルーンクエスト』日本語版ではこう表記している)に、トロウルの歴史や生態系を事細かに記した冊子や、トロウルをプレイヤー・キャラクターにして冒険ができるシナリオも同梱されていたのです。
なかでも驚くべきは、「サンダーブレス・ガブリガッツ・レストラン」。トロウル用のレストランのことですが、『トロウルパック』には、厚紙で印刷されたそのメニューが、挿絵入りで同梱されていたわけですが、「ピクシーのてんぷら、ドワーフの尻肉、エルフの胴体」など、強烈の一言。決して検索してはいけません!
ただ、『ルーンクエスト』の主要な背景世界であるグローランサにおいて、トロウルは単なる悪食のやられ役ではありません。高度な知性と独自の哲学をもった誇り高い種族で、とても強力なのですが、唯一の弱点が生殖能力。
神話時代の第一期、「夜と昼の戦い」にて、トロウルが崇める母神カイガー・リートールが裏切りの神グバージに破れ、トロウルには呪いがかけられました。
以来、生まれてくる子どもの大半がトロウルキンという、不完全な「鬼っ子」になってしまったのです。この呪いのせいで、トロウルは強力にもかかわらず、いまだグローランサ世界を支配することができていない、というわけです。
トロウルはトロウルキンをトロウルだとみなしておらず、兵士・奴隷・食料のいずれかに区分してしまいます。
しかし、実は『トロウルパック』を使えば、トロウルキンをプレイすることもでき、強力なトロウルの顔色をうかがいご機嫌を取りながら、少しでも長生きすべく権謀術数をめぐらす……なんてプレイもできてしまいます。
こうしたトロウルキンのプレイングは、『ウォーハンマーRPG』におけるスケイヴンのプレイングにも似ているかもしれません……『スケイブンの書』を用いれば、スケイヴンをプレヤー・キャラクターにすることもできるのですから。
その他、『トロウルパック』には、トロウルの解剖図も載っており、当然『スケイブンの書』では、これをリスペクトしたとおぼしきスケイヴンの解剖図も観ることができます。
●『スケイブンの書』の裏話
少し裏話をしますと、『スケイブンの書』は、なかなかアクの強い一冊なので、翻訳出版するまでには、だいぶ苦労しました。私なぞは、当時、ゲームマスターの仕事をしていたホビージャパンの『ウォーハンマーRPG』コンベンションはむろんのこと、あちこちのコンベンションで『スケイブンの書』のインパクトを吹聴して周り、編集者を説得し、何度も企画書を出して、ようやく通ったことをよくおぼえています……だって、22種類ものスケイヴンがらみの新キャリアが追加されているんですよ!?
第4版でも、新作『角ありし鼠(Horned Rat)』のPDF版が発売されたばかりですが、これは第4版対応の〈内なる敵〉キャンペーン・ディレクターズカット版の第4巻という位置づけになっています。スケイヴンについての解説もありますが、あくまでも中心はシナリオなのです。
ただ、第2版の『スケイブンの書』は現在、Amazonマーケットプレイスでも2万円超えと、相当なプレミア価格になっており、なまなかな入手は難しい状況になっています。
しかし、『ウォーハンマーRPG』第2版公式サイトに掲載されていたプレビューは、Web Archiveに残っているので、参照は可能です(https://web.archive.org/web/20170622233841/http://hobbyjapan.co.jp/wh/dlfiles/chr.pdf)。
こちらを読んで、シナリオソースに活用することは充分に可能でしょう。
●スケイヴンと黒死病
小説『ドラッケンフェルズ』に登場する劇作家・俳優のデトレフ・ジールックは、『ハムスタットの鼠』という戯曲も書いているらしく、その冒頭は、次のような合唱から始まってるといいます。
「全員:鼠! 鼠! おぞましい鼠!
警備兵:通りに鼠が!
ギュッサー氏:家に鼠が!
ギュッサー夫人 :わたくしの髪に鼠が!
ギュッサー少年:ぼくのズボンに鼠が!
メイド:ベッドに鼠が!
女家庭教師(ガヴァナス) :ゆりかごに鼠が!
プフェラー師:スープに鼠が!
居酒屋亭主:柄杓(ひしゃく)に鼠が!
全員:鼠! 鼠! おぞましい、おぞましい鼠!」(『スケイブンの書』より)
こうした、あちこちが鼠であふれかえるというイメージは、ヨーロッパの14〜15世紀頃に猖獗(しょうけつ)を極めた、黒死病(ペスト)の記憶を想起させるものがあります。黒死病は、当時のヨーロッパの人口を3分の1にまで激減させたといいますが、当然『ウォーハンマーRPG』においても、黒死病はそのままの名前で登場します。
なにせ、帝国暦1111〜1115年の間に、ライクランドの人口を10分の1にまで激減させ、時の皇帝ボリス一世の生命までをも奪ってしまったのですから。その脅威は根本的に克服されたわけではなく、『ウォーハンマーRPG』第4版に出てくるジャイアント・ラットは、黒死病を媒介する可能性があります。
ただ、救済策もないではなく、アース・ルートという薬草を使えば、黒死病がらみのすべてのテストに+10され、エルフは夜顔という麻酔用の薬草を使って黒死病を治療する手段も有しているといいます。
●伝説のクラストパンク・バンド
スケイヴンはロック・バンドにもなっています。カリフォルニア州オークランドで活動していた、そのものずばりSkavenという名前のクラストパンク・バンドです。
クラストパンクとは第一義に、「その原基と言うべき七〇年代後期〜八〇年代初頭に興った「アナーコパンク」の無政府主義的な思想/哲学を継承しつつ、メタルを始めとした周縁的な多様な文化と混交を果たし、それ自体がある種の「鵺(ぬえ)性」を孕んだ異形の存在として発展を遂げたもの」だと、自身がクラストパンク・バンドのDeformed Existenceに参加している黒杉研而氏が、「ナイトランド・クォータリー」vol.24(アトリエサード、2021年)に書いています。
クラストパンクは、SFやファンタジーと相性がよいのですが、『ウォーハンマーRPG』も、その枠に入っていたようです。YouTubeでアップされている同名のEPの音源(https://www.youtube.com/watch?v=R9mOw31cqAs)には、ヴォーカルのZebediah Gammackのコメントが付いています。
このバンドについては、「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.70(アトリエサード、2017年)に私が寄せた「ロック・ミュージックとRPG文化(その5)伝説のクラストパンク・バンド、スケイブン」に詳しいのですが、「Debacle Path vol.2」(Gray Window Press、2020年)には、Skavenのギターだったジェフ・エヴァンスのインタビューも掲載されており、同記事についての言及もあります。ぜひチェックしてみてください。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
■今日の新聞に対するお便りはコチラ!
ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m
↓
https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report
【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。
https://ftnews-archive.blogspot.com/
■FT新聞をお友達にご紹介ください!
↓
https://ftbooks.xyz/ftshinbun
----------------------------------------------------------------
メールマガジン【FT新聞】
発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房)
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.9
岡和田晃
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
「スケイヴンだと? そんなものは実在するわけがない」
魔狩人フレイザーは、そう胸を張る。
「確かに、ちょっと大きな鼠をいくつも狩ったことがある。あるいはミュータントだったかもしれぬが、ラットマンの大帝国など、子ども騙しの絵空事だろう」
……これだから、この魔狩人は成績がよくないんだ。
わたしは適当に相槌を打ち、ちょっと安堵した。そう遠くない将来、暗殺鼠(マスター・アサシン)が、こいつを闇から闇へ葬るかもしれない。あるいは、鼠奴隷にされるか。いずれにせよ、最期の瞬間まで、目の前の異形をスケイブンなのだと、彼は認めやしないだろう。
−−魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より
●ワープストーンの驚異
『ウォーハンマーRPG』に存在する「賢者の石」。それがワープストーン(Warpstone、"歪みの石"ほどの意)です。『ウォーハンマーRPG』第4版においては、触るのはむろんのこと、近くに身を置くだけでも、堕落ポイント獲得の基準になってしまいます。
それでは、ルールブックではどのように解説されているのか、具体的に確認してみましょう。p.233では、以下のように記述されています。
「ワープストーンとは物質界における純粋な魔法の塊である。その不自然な起源は誰が見てもすぐはっきりと分かる。それは目に痛みをもたらし、長い間近づいていたものをなんでも突然変異させてしまうからだ。その形は様々だが、それはしばしば火打ち石のような硬い切子面を持ち、不気味な緑色の光を放っている。」
……というのが、ワープストーンに関する描写です。では、結局のところ、どんな成分によって形作られ、それに触れると、具体的にどのような効果が起きるのでしょうか。ルールブックの同じページでは、次のように説明されています。
「この物質を徹底的に調べてもはっきりとしたことは分からない。ワープストーンは混沌の要素が顕現したものであり、その存在は深く穢れているのだ。ワープストーンに直に触れた者たちは病気や狂気、突然変異を引き起こす危険があり、この物質を一欠片でも摂取した者は自分の肉体や精神が破滅的に歪んでしまう定めとなる。それにもかかわらず、この不安定で危険な物質が呪文や儀式にとってすさまじいエネルギー源だと考えている無謀で野心的な愚か者たちが世界に溢れている。」
そう、人型生物にとっては危険極まりない、いわば核物質のようなものであり、エンパイアではワープストーンの使用は禁止されています。
けれども、ワープストーンは呪文の触媒として、非常に有効なのです。しかも手っ取り早く、強力な効果をもたらすことができます。
第4版のルールでは、呪文発動および〈魔風交信〉の際にワープストーンを用いる魔術師は適切なテストにおいて成功レベル(SL)が2倍になるのです!
これは桁外れに強力です。もちろん、ワープストーンの影響を撒き散らすことにもなりますから、広範囲に堕落を与えることになります。
ゲームマスター裁量で、呪文そのものをワープストーンで強化する事例、あるいは劇物としてワープストーンを携帯するということが、認められるケースもあるでしょう。
そう、混沌の信者たちは、ワープストーンを使うことに、何ら躊躇いを見せません。そして、それ以上にワープストーンの虜となっている存在がいます。混沌の鼠人間スケイヴン(スケイブン)なのです。
スケイヴンはワープストーンを用いた超テクノロジーを開発しており、彼らにとっては、ワープストーンは燃料であると同時に通貨のようなものとしても使われるのです。
●スケイブン? スケイヴン?
勘の鋭い方は、第2版の『ウォーハンマーRPG』では、「スケイブン」表記が採られ、第4版では「スケイヴン」表記になっていることにお気づきではないかと思います。
実は第2版の時には、訳語はできるだけ既訳に合わせるという方針で、当時の『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』が「スケイブン」表記になっていたことから、そちらに合わせて「ブ」を使いました。
ただ、第4版の翻訳の際には、スケイヴンが出てくる『Total War: Warhammer II』(2017)のようなコンピュータゲームが広がりを見せており、また、できるだけ原音に近い表記を心がけるという意味で、「スケイヴン」と「ヴ」を使うものと、訳語を変更しています。
その他、改めて見直しをかけ、微妙に表記を変えている訳語もいくつかありますから、ご興味のある方は、確認をしてみるのも一興かと存じます。
●スケイヴンなぞ絵空事だ!
混沌の鼠人間スケイヴン……と書きましたが、エンパイアにそんなものは存在しません。「ただちにその存在を忘れてください」。
せいぜい、悪戯っ子を躾ける際の脅し文句として使われるくらいで、実在するとは公的に認められておらず、「スケイヴンを見た」などと言ってしまえば、正気を失ったと思われるのが関の山でしょう。
そうした隙を突く存在として、スケイヴンはながらえてきたのです。
スケイヴンは『ウォーハンマー・ファンタジー・バトル』でも人気のクリーチャーですが、ふだん人間が見て見ぬ振りをするような、いわば人間の粗悪なパロディといった色彩が濃厚です。
噛み砕いて言えば、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男のような、"強きを助け、弱きをくじく"メンタリティ。それがスケイヴンなのです。
しかも、ねずみ男は基本的には一匹狼ならぬ一匹鼠ですが、スケイヴンは徒党を組むのが常套手段。あるいは物陰から暗殺をしたり、罠を仕掛けたりするのも大好きです。
しかし、スケイヴンは存在しないことになっているクリーチャーなので、たとえ襲われても、信じてもらえないこともザラにあるというわけです。あまりに強調すると、頭がおかしくなったと思われてしまうでしょう。
ゲームマスターはそうした特徴を生かしてシナリオをデザインすれば、グッと雰囲気が出ること請け合いです。
『ウォーハンマーRPG』第4版には、クランラット(鼠雑兵)、ストームヴァーミン(鼠強兵)、ラット・オウガ(鼠強兵)の3タイプのラットマンたちのデータが掲載されています。
精鋭戦士のストームヴァーミン、パックマスター(鼠調教師)にしつけられるラット・オウガは強力ですが、冒険で出くわす可能性は低いでしょう。
どこにでもいるのが、クランラットなのです。スケイヴンは、都市の下水道網を利用し、しばしば網の目のような大帝国を建設しています。
子どもが不意に神隠しにあったり、下水道調査隊員が行方不明になったりした場合、スケイヴンの仕業であることも珍しくありません。
第2版の『ミドンへイムの灰燼』は、まさしくミドンヘイムの下水道に潜って、スケイヴンたちと戦うところから幕を開けるシナリオなのでした。
●スケイヴン版『トロウルパック』
『ウォーハンマーRPG』の凄まじいところは、こうしたスケイヴンに関しての設定を集成し、まるまる一冊本を作ってしまうところです。
『ウォーハンマーRPG』第2版のサプリメント『スケイブンの書−−角ありし鼠の子ら』(ホビージャパン、2010年)が、まさにそうした本なのでした。私も微力ながら翻訳に参加しております。
このサプリメントは、結果として、書籍として刊行された第2版の最後のサプリメントとなってしまいましたが、そのあまりの異様さに、私としては早くから惚れ込んでいた作品でした。
「これは『ウォーハンマーRPG』版『トロウルパック』だ!」と思ったからです。
『トロウルパック』とは、会話型RPG(テーブルトークRPG、TRPG)『ルーンクエスト』のサプリメント、第2版対応(1982)、第3版対応(1988)等があり、後者は1993年に日本語化されました。
ボックスの中に、まるまるトロウル(『ルーンクエスト』日本語版ではこう表記している)に、トロウルの歴史や生態系を事細かに記した冊子や、トロウルをプレイヤー・キャラクターにして冒険ができるシナリオも同梱されていたのです。
なかでも驚くべきは、「サンダーブレス・ガブリガッツ・レストラン」。トロウル用のレストランのことですが、『トロウルパック』には、厚紙で印刷されたそのメニューが、挿絵入りで同梱されていたわけですが、「ピクシーのてんぷら、ドワーフの尻肉、エルフの胴体」など、強烈の一言。決して検索してはいけません!
ただ、『ルーンクエスト』の主要な背景世界であるグローランサにおいて、トロウルは単なる悪食のやられ役ではありません。高度な知性と独自の哲学をもった誇り高い種族で、とても強力なのですが、唯一の弱点が生殖能力。
神話時代の第一期、「夜と昼の戦い」にて、トロウルが崇める母神カイガー・リートールが裏切りの神グバージに破れ、トロウルには呪いがかけられました。
以来、生まれてくる子どもの大半がトロウルキンという、不完全な「鬼っ子」になってしまったのです。この呪いのせいで、トロウルは強力にもかかわらず、いまだグローランサ世界を支配することができていない、というわけです。
トロウルはトロウルキンをトロウルだとみなしておらず、兵士・奴隷・食料のいずれかに区分してしまいます。
しかし、実は『トロウルパック』を使えば、トロウルキンをプレイすることもでき、強力なトロウルの顔色をうかがいご機嫌を取りながら、少しでも長生きすべく権謀術数をめぐらす……なんてプレイもできてしまいます。
こうしたトロウルキンのプレイングは、『ウォーハンマーRPG』におけるスケイヴンのプレイングにも似ているかもしれません……『スケイブンの書』を用いれば、スケイヴンをプレヤー・キャラクターにすることもできるのですから。
その他、『トロウルパック』には、トロウルの解剖図も載っており、当然『スケイブンの書』では、これをリスペクトしたとおぼしきスケイヴンの解剖図も観ることができます。
●『スケイブンの書』の裏話
少し裏話をしますと、『スケイブンの書』は、なかなかアクの強い一冊なので、翻訳出版するまでには、だいぶ苦労しました。私なぞは、当時、ゲームマスターの仕事をしていたホビージャパンの『ウォーハンマーRPG』コンベンションはむろんのこと、あちこちのコンベンションで『スケイブンの書』のインパクトを吹聴して周り、編集者を説得し、何度も企画書を出して、ようやく通ったことをよくおぼえています……だって、22種類ものスケイヴンがらみの新キャリアが追加されているんですよ!?
第4版でも、新作『角ありし鼠(Horned Rat)』のPDF版が発売されたばかりですが、これは第4版対応の〈内なる敵〉キャンペーン・ディレクターズカット版の第4巻という位置づけになっています。スケイヴンについての解説もありますが、あくまでも中心はシナリオなのです。
ただ、第2版の『スケイブンの書』は現在、Amazonマーケットプレイスでも2万円超えと、相当なプレミア価格になっており、なまなかな入手は難しい状況になっています。
しかし、『ウォーハンマーRPG』第2版公式サイトに掲載されていたプレビューは、Web Archiveに残っているので、参照は可能です(https://web.archive.org/web/20170622233841/http://hobbyjapan.co.jp/wh/dlfiles/chr.pdf)。
こちらを読んで、シナリオソースに活用することは充分に可能でしょう。
●スケイヴンと黒死病
小説『ドラッケンフェルズ』に登場する劇作家・俳優のデトレフ・ジールックは、『ハムスタットの鼠』という戯曲も書いているらしく、その冒頭は、次のような合唱から始まってるといいます。
「全員:鼠! 鼠! おぞましい鼠!
警備兵:通りに鼠が!
ギュッサー氏:家に鼠が!
ギュッサー夫人 :わたくしの髪に鼠が!
ギュッサー少年:ぼくのズボンに鼠が!
メイド:ベッドに鼠が!
女家庭教師(ガヴァナス) :ゆりかごに鼠が!
プフェラー師:スープに鼠が!
居酒屋亭主:柄杓(ひしゃく)に鼠が!
全員:鼠! 鼠! おぞましい、おぞましい鼠!」(『スケイブンの書』より)
こうした、あちこちが鼠であふれかえるというイメージは、ヨーロッパの14〜15世紀頃に猖獗(しょうけつ)を極めた、黒死病(ペスト)の記憶を想起させるものがあります。黒死病は、当時のヨーロッパの人口を3分の1にまで激減させたといいますが、当然『ウォーハンマーRPG』においても、黒死病はそのままの名前で登場します。
なにせ、帝国暦1111〜1115年の間に、ライクランドの人口を10分の1にまで激減させ、時の皇帝ボリス一世の生命までをも奪ってしまったのですから。その脅威は根本的に克服されたわけではなく、『ウォーハンマーRPG』第4版に出てくるジャイアント・ラットは、黒死病を媒介する可能性があります。
ただ、救済策もないではなく、アース・ルートという薬草を使えば、黒死病がらみのすべてのテストに+10され、エルフは夜顔という麻酔用の薬草を使って黒死病を治療する手段も有しているといいます。
●伝説のクラストパンク・バンド
スケイヴンはロック・バンドにもなっています。カリフォルニア州オークランドで活動していた、そのものずばりSkavenという名前のクラストパンク・バンドです。
クラストパンクとは第一義に、「その原基と言うべき七〇年代後期〜八〇年代初頭に興った「アナーコパンク」の無政府主義的な思想/哲学を継承しつつ、メタルを始めとした周縁的な多様な文化と混交を果たし、それ自体がある種の「鵺(ぬえ)性」を孕んだ異形の存在として発展を遂げたもの」だと、自身がクラストパンク・バンドのDeformed Existenceに参加している黒杉研而氏が、「ナイトランド・クォータリー」vol.24(アトリエサード、2021年)に書いています。
クラストパンクは、SFやファンタジーと相性がよいのですが、『ウォーハンマーRPG』も、その枠に入っていたようです。YouTubeでアップされている同名のEPの音源(https://www.youtube.com/watch?v=R9mOw31cqAs)には、ヴォーカルのZebediah Gammackのコメントが付いています。
このバンドについては、「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.70(アトリエサード、2017年)に私が寄せた「ロック・ミュージックとRPG文化(その5)伝説のクラストパンク・バンド、スケイブン」に詳しいのですが、「Debacle Path vol.2」(Gray Window Press、2020年)には、Skavenのギターだったジェフ・エヴァンスのインタビューも掲載されており、同記事についての言及もあります。ぜひチェックしてみてください。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
■今日の新聞に対するお便りはコチラ!
ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m
↓
https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report
【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。
https://ftnews-archive.blogspot.com/
■FT新聞をお友達にご紹介ください!
↓
https://ftbooks.xyz/ftshinbun
----------------------------------------------------------------
メールマガジン【FT新聞】
発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房)
2021年06月09日
児童文学・ミステリ作家、齊藤(羽生)飛鳥さんによる「怪奇の国のアリス」小説リプレイ
2021年6月3日の「FT新聞」に、新刊『蝶として死す』が絶好調の児童文学・ミステリ作家の齊藤(羽生)飛鳥さんによる『怪奇の国のアリス』(T&T完全版)の小説リプレイが掲載されております。
これまでは、Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイトに掲載されたものを「FT新聞」に採録していく形をとっていましたが、今回は「FT新聞」が初出で、Analog Game Studiesに採録していくという形をとっております。許諾をいただいた「FT新聞」の水波流編集長、および齊藤(羽生)飛鳥さんに感謝します。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.6
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『不思議の国のアリス』をベースにしたソロアドベンチャーとは、すなわち、自分もアリスのように不思議な冒険をできるということ!
なんて素敵なんでしょう!
ということで、『怪奇の国のアリス』はすぐにでもプレイしたかったのですが、ちょうど拙作『蝶として死す 平家物語抄』(4月刊行/東京創元社)の校正の時期等と重なってしまい、涙を飲んで一心地つくまで冒険を我慢しました。
そして、迎えた大型連休。
思いきりプレイしました。
そして、エルシー、アリスン、アトリの三人のキャラクターを見送ってから、おなじみの女戦士・翠蓮で挑み、ようやく生還できました。
合計四人のキャラクターで冒険したのに、すべて違う物語となっていて、しかも、まだ他のルートがあるようなので、『怪奇の国のアリス』の手厚さと奥深さにはただただ驚くばかりです!
おかげさまで、大型連休が本当の意味でゴールデンなウィークとなりました^^
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『怪奇の国の屈強なる翠蓮』
〜『怪奇の国のアリス』リプレイ〜
著:齊藤飛鳥
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
0:屈強なる入眠
ふぁ〜あ……。
あたしの名前は〈屈強なる〉翠蓮。
黒髪色白ロリ体型が卑怯なまでにキュートな18歳の女戦士ネ。
このたび、相棒のシックスパックと別行動して、久しぶりに里帰りをしたから、えらく疲れたヨ。
何せ、ついでに世界各地にある兄ちゃんの5人の花嫁達の実家への里帰りにまで付き合わされたものだから、ちょっとした英雄叙事詩も真っ青の大冒険だったサ……。
こうして、シックスパックの兄のクォーツが経営している〈青蛙亭〉にまで、無事に戻って来られてよかったヨ。
小汚くてみすぼらしい部屋でも、今は豪邸にいる気分ネ。
花嫁達の実家から実家に移動する間に、モンスターとの戦闘が数え切れないほどあって、何度おととし死んだ愛犬の黒旋風の幻を見かけたことカ……。
さあ、久しぶりにぐっすり眠……て、ランプの下に本が置いてあるネ。
何なに『怪奇の国のアリス』……?
何だか、面白そうヨ!
「それでは、憑かせていただいているお礼に、私めが朗読して差し上げましょう」
「宇宙一いらねえお節介はやめて、とっとと地獄へ行きやがれ」
前の冒険で行ったコッロールにて取り憑いてきたゴーストに優しく遠慮してから、あたしは『怪奇の国のアリス』を読み始めたネ。
1:屈強なる覚醒
目が覚めたら、大きな樫の木にもたれて川の岸辺にいるのは、百歩譲っていいとするヨ。
でも、白いエプロンドレスでボーダーの靴下姿になっているのはどういうことネ?
しかも、川には猫くらいの大きさのウサギが泳いでいるし、ちっともわけがわからないヨ!
あたしは、腹立ち紛れにウサギ目がけて小石を投げる。
狙いがはずれるとは、おかしいネ。
もしや、あたしの能力値が変わっているのかも。
「当たりです。レベル3の戦士であるはずのあなたのレベルが1になっているし、職業も盗賊に変わっています」
「いたのカ、ゴースト」
「あと1回、あなたの行動を邪魔したら昇天する約束ですから、まだいますよ。ちなみに、あなたの今の詳しい能力値は、こちらです」
ゴーストは、手のひらに今のあたしの能力値を書いてくれたヨ。
体力度13。耐久度11。器用度11。速度13。幸運度13。知性度11。魔力度14。魅力度14。
ふむふむ、知性度に関しては、今までよりも上がっているネ。
「そして、所持金は10gp。武器はポケットナイフで、装備はクロースです」
「ポケットナイフとクロース!? そんな薄い装備だけじゃ、すぐに死にそうネ! 」
「その時は、私めが先輩ゴーストとして、エスコートするので、ご安心を」
「宇宙一いらねえお節介第二弾を早くも提供しようとするなヨ」
あたしがゴーストへやんわりとお断りしたところで、ウサギがやって来たヨ。
「なんてことをするんですか、お嬢さん! 」
「ウサギがしゃべったネ! 」
驚くあたしに、ウサギはまるきり無頓着で、マイペースにポケットから銀の時計を出して時間を見ると、遅刻するとか言ってウサギ穴へ走っていったヨ。
フリルの服を着たしゃべれるウサギなんて、最高にかわいいネ!
「ウサギ紳士さん、ちょっとあたしと話していこうヨ」
「すみませんが、私は女だし、遅刻しそうなんです! さよなら! 」
「そう言わず待つネ、ウサギ淑女さん! 」
あたしは、急いで四つん這いになってウサギ穴中に入ると、ウサギを追いかける。
穴の中はすぐに二手に分かれていて、左のトンネルには鍵のかかった木の扉、右にはただのトンネルがあったヨ。
「魔法の《開け》を使えば、扉を開けることができますよ」
「寝る前まで戦士だったのに、いきなり魔法なんてよくわからないから、無難に右を進むヨ」
ゴーストのアドバイスを聞きつつ、あたしは右のトンネルを進んでいった。
2:屈強なる庭園
右のトンネルを抜けると、シャクナゲのお花畑がきれいな庭園に出たネ。
そこには、桃の木と野リンゴの木と、淀んだ水をたたえた願いの井戸もあったヨ。
そして、ウサギがいたネ。
「おーい、ウサギ淑女さん! お話ししようヨ」
「またお嬢さんですか? 」
ウサギは、かわいい顔を心底うんざりさせて、自分はウルクの女王と正午に会う約束に遅刻しそうだと説明。
それが終わると、すみやかにアザレアの合間にあいた小さな穴へ走っていってしまったヨ。
「ウサギ淑女さ〜ん」
呼びかけたけど、返事は無し。
追いかけるしかないけど、この穴はあたしには小さすぎるネ。
願いの井戸とかいう、思わせぶりな名前の井戸があるから、幸運を祈ってコインを3枚入れるヨ。
「はい。では、お約束どおり、あなたの邪魔をさせていただきますよ」
ゴーストの囁きが聞こえたのと、井戸へのコイン投げを失敗したのは同時だったネ。
ここ最近ずっとおなじみだった左肩の湿った重みがなくなったのはよかったけど、コインも3枚なくなってしまったヨ……。
何か腹が立ったから、野リンゴを八つ当たりでかじってやるネ!
おぉ、うまい具合に体が小さくなったヨ!
これなら、ウサギの通った穴に入れるネ!
あたしは、思いきって穴を飛び降りる。
ゆっくりとしたペースで落ちていくと、何やら面白い物が置かれた棚が前を通過したヨ。
冒険者のさがで、あたしは迷わずお宝を手に入れようと手をのばす。
おもちゃのスリング、ゲット!!
……と、喜んだのも束の間。
あたしは、砂丘の端に着地という名の落下をしたヨ……。
3:屈強なる砂丘
ここは痛みを紛らわすためにも、ウサギの姿を砂丘に探し求めるネ。
あ、いたヨ!
「お〜い、ウサギ淑女さ〜ん」
あたしが呼びかけたところで、ウサギは立ち止まる。
少なくとも、最初はそう思ったネ。
でも、実際は、足を取られて砂地に潜む怪物に引きずりこまれていただけだったヨ!
「こいつは、バンダースナッチ! 危険な相手だから、逃げて! 」
「かわいいウサギを見捨てて誰が逃げるヨ! 」
ちょうど、あたしにはさっき手に入れたばかりのおもちゃのスリングがあるネ。
あたしは、バンダースナッチに、おもちゃのスリングについていた魔法の小石をぶつけた。
やった!
一撃で倒せたヨ!
あたしは、ウサギに駆け寄った。
でも、ウサギはすでに致命傷を負わされていたネ!
「逝かないと……」
「台詞の漢字が違っているヨ! 大丈夫、すぐに医者を探せば助かるネ! 」
「助からない傷なのは、わかってます……。私の懐中時計を持って行って。ブレードを呼び出せます。3回ボタンを押すように……」
「最期の言葉が取説でいいのカ、あなたの一生!? 」
「女王に伝えて……私は待ち合わせの時間に間に合わないと……」
「約束するけど、最期の言葉が伝言板じみたのでもいいネ!? 」
……ウサギは、それきり息を引き取ったヨ。
あたしの手に残ったのは、ウサギが愛用していた懐中時計だった。
出会いも突然なら、別れも突然なんて、まさに怪奇の国ネ。
くやしいから、怪奇の国らしくなく、しんみりとお墓を作ってやるサ!
あたしは、ウサギの墓を掘り始めた。
ん?
やたらと何度も影が落ちてくるヨ。
空に何かいるネ?
見上げてみると、そこにはジャブジャブバードがいたヨ!
しかも、露骨にウサギの遺体を狙ってきたサ!
あたしは、すぐにおもちゃのスリングでジャブジャブバードへ魔法の小石をぶつけた。
ジャブジャブバードは、一撃で倒れたネ。
あたしは、ウサギの墓を掘り終えると、コースト式の埋葬法でお弔いを始めたヨ。
副葬品に、ウサギ愛用の懐中時計……と思ったけど、彼女はあたしに『持って行って』と言っていたから、一緒に埋めたら悪いネ。
ここは、あたしの持っているお金から6gp分のコインを、冥土の川の渡り賃として副葬品にしよう。
あたしは、ウサギとコイン6枚を一緒に埋めて、この悲しみの砂丘を後にしたヨ。
4:屈強なるオアシス
砂丘を歩き続けるうちに、あたしはオアシスにたどり着いた。
久しぶりの水を、あたしがたっぷり飲んでいると、背後に嫌な気配を感じたネ!
ここは、本業のレベル3の戦士らしく、振り返って攻撃するヨ!
あたしは、おもちゃのスリングで魔法の小石を放った。
でも、背後にいた黒檀の魔術師は、パチンと手をたたいただけで、あたしのおもちゃのスリングをバラバラの破片にしてしまったネ!
何つー奴サ!
こんなことなら、ポケットナイフをかまえておけばよかったネ!
あたしがうろたえている間、魔術師のおっさんは、あたしに手を借りたいことがあるだの、開けゴマだの言って、近くの崖面に小さな裂け目を出現させたヨ。
そして、自分には小さすぎるから、あたしに中へ入ってランプを持って来いと命令し始めた。
断れば、次にバラバラにされるのは、あたし自身。
そんな気がして、あたしはしぶしぶ引き受けた。
裂け目の中は洞窟になっていて、あたしは魔術師のおっさんに言われたとおり、ランプを見つけてきたネ。
でも、裂け目が小さくなっていて、あたしは出られなくなってしまったヨ!
「ランプを渡したら、そなたを脱出させてやろう! 」
いちいち偉そうで頭にくるおっさんネ。
だけど、今は言うことをきくしかないヨ。
あたしは、魔術師のおっさんにランプを渡した。
すると、おっさんは高笑いと共に裂け目を閉じて、あたしを閉じこめやがったネ!
性格ねじ曲がったおっさんめ!
鼻毛がはえすぎて息がつまってくたばりやがれヨ!
もっとおっさんの悪口を言いたいけど、このままいつまでも怒っているだけでは、外へ出られない。
あたしは、魔術師のおっさんへの怒りを力に変えて、洞窟の奥深くにある、瓦礫に覆われたトンネルを片づけ、脱出作業に取りかかったヨ。
この手の体力勝負なら、得意ネ。
あたしは、見事に瓦礫を片づけると、トンネルを慎重に進んでいった。
5:屈強なる森
トンネルを抜けると、そこは緑にあふれた森だったヨ。
何だか、まっすぐ行ったところで、煙の臭いがするので、山火事かも知れない。
様子を見に行くネ。
山火事だとわかったら、さっさと来た道を走って逃げよう。
臭いからして、煙はこっちから来ているヨ。
あたしが歩いて行った先には、火はどこにも見当たらず、水煙管を咥えた恰幅のいい大柄のレプラコーンか木の枝に腰かけていたネ。
そして、無遠慮にあたしへ煙を吹きかけてきたヨ!
「てめえの母ちゃんは、煙草の吸い方もろくに教えなかったのカ」
水煙管をたたき壊してやる前にあたしが淑女的に呼びかけると、レプラコーンはきつい眼差しを向けてきたネ。
どうやら、彼の母親はジャブジャブバードにさらわれて餌にされるという、非業の死を遂げたため、母親の話題はきついらしい。
「俺は、それを忘れるために煙草を吸っているんだ」
レプラコーンは偉そうに言ってから、水煙管から煙が出ないことに気がつき、罌粟を欲しがりだす。
「おまえが吸っていたのは、煙草じゃなくて、ヤバいクスリじゃないのサ! 」
あたしのもっともな指摘も耳に入らない様子で、レプラコーンは枝から飛び降り、地面に罌粟がはえていないか探し始める。
どう考えても、このままだとこいつはヤク中に成り下がるヨ。
あたしは、レプラコーンの話し相手になることにした。
レプラコーンの人生は、予想通りにひどいものだったネ。
父親失踪で苦労していたとどめに、母親が惨殺されたから、彼の中でヤバいクスリへ手を出すハードルが低くなったのだろう。
でも、今は細かいことはさておき、レプラコーンが母親を失った悲しみを乗り越えさせてヤバいクスリとバイバイさせるのが大事ヨ。
「母ちゃんを失った悲しみを忘れるために罌粟を吸っているみたいだけどサ。罌粟を吸っていたら、かえって母ちゃんを思い出してしんどくなるヨ」
「言われてみれば……。よし、今日から罌粟を水煙管で吸うのはやめた! これは、ほんのお礼だ」
レプラコーンは、銅の卵をくれた。
何に使うのか、さっぱりわからないけど、もらえる物はもらっておくのが冒険者の流儀ネ。
「何かあんたにもっと感謝の念を示したいな。何かしてほしいことはあるかい? 」
「だったら、ウルクの女王とは、どこに行けば会えるから教えてもらえたら助かるヨ」
すると、レプラコーンはハート型の蔓をたどっていけば会えると教えてくれたネ。
あたしは、教わったとおりにハートの蔓をたどって歩き出した。
6:屈強なる迷路
ハートの蔓をたどっていくうちに、丘の斜面にある迷路のような生け垣に足を踏み入れたヨ。
むせ返るような花の匂いで、花粉症になりそうネ。
魔力度がどんどん下がるのを感じるヨ。
早いところ、この迷路から出るに限るサ。
あたしは、入り口から三叉路に分かれている道に目を向ける。
わからない時は、直進あるのみヨ。
あたしが直進すると、そこには薔薇庭園の鉄柵があった。
中では3匹のスライシー・トーヴが白薔薇を赤薔薇にペイントする作業をしている真っ最中だったネ。
それを横目に右手に曲がると、道はしばらくしていきなり左手に折れたヨ。
道なりに進んでいくと、キノコの半かけらを拾ったネ。隣の苔で書かれた文字には『私をかじって』とあるから、何かに役立ちそうサ。
やがて、道は行き止まりになってしまったヨ。
そこには、巣とツリーハウスがあったネ。
あたしは、まず巣の中を調べてみることにした。
巣の中には、金貨50枚相当はするエキゾチックな卵があったヨ!
これはいいネ!
さっきレプラコーンからもらった銅の卵と取り替えて、卵をゲットするヨ!
母鳥が帰ってくる気配がしたので、あたしは卵と銅の卵を取り替えると、素早く物陰に隠れた。
母鳥は、何も気づかず卵を温め始める。
すると、卵が割れる音がして、割れた卵の合間から色とりどりの煙が漂いだしたネ!
出てきたのは、願い事を何でも叶えてくれるジニーだった。
たまげる母鳥には悪いけど、これはチャンス!
あたしは、ジニーに駆け寄った。
願いを叶えてくれるというジニーに、あたしはこう願った。
「ウサギ淑女さんを生き返らせてほしいネ! 」
ジニーは目を閉じ、精神を集中して、足元の地面に入ったヨ。
一瞬の後、あたしの足元の地面が振動してきたネ!
びっくりして飛びのくと、穴から血まみれで腐った体のウサギがはい出してきたヨ!
「ごごごごご主人さまああああ……バンダースナッチから助けようとして下さりぃぃぃ、永遠の感謝を捧げますぅぅぅぅぅ……」
「キャラ変わってるゥゥーッ! 」
あたしのショックをよそに、ズタボロなウサギの中からジニーの声が聞こえてきたヨ。
「こいつはゾンビ・ラビット。汝の腹心の友になってくれるに相違ない」
「完璧な蘇生ができないならできないと正直に言っても、あたしは怒らなかったヨ? 何で無茶な蘇生をしたネ!? 」
ジニーに一言言ってから、あたしはゾンビ・ラビットについてくるよう命令して、再び歩き出したネ。
……目の前で死なれたことと言い、ゾンビとして蘇ってきたことと言い、今日はウサギ好きの心をえぐる一日サ。
また薔薇庭園の前に戻ると、あたしらは来た道を戻り始めた。
それから、右の通廊に行くと、ネズミが子ども達にびっくりするほど退屈な歴史の講義をしているところに出くわしたヨ。
こんなに退屈だと、かえってどこまで退屈か気になるネ。
「ごごごごごご主人様がきくならぁぁぁぁぁ……私も聞きますぅぅぅぅぅ」
あたしとゾンビ・ラビットは、眠気と戦いながら、歴史の講義を聴いたネ。
そのおかげか、+3の[歴史]タレントを獲得したヨ。
「源頼義、義家、義親、為義、義朝、頼朝、頼家、実朝……よし、これで河内源氏の流れが頭に入ったから、歴史力アップしたネ! 」
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。いったい、どこの国の歴史ですかぁぁぁぁぁ」
「細かいことは気にしないヨ。では、前進サ! 」
あたしは、ゾンビ・ラビットと連れ立って歩き出した。
7:屈強なるツリーハウス
あたしらは、元来た道を引き返し、巣の近くにあったツリーハウスにやって来た。
ゾンビ・ラビットの衝撃で、ツリーハウスを調べるのをすっかり忘れていたので、今度こそ調べてやるサ!
気合いを入れてツリーハウスによじ登ると、太った男が牡蠣の貝殻でできたベッドに横たわって苦しんでいるネ。
「何を苦しんでいるヨ? 」
「牡蠣を7000個食ったら、このざまよ……。おかげで太りすぎて扉から外へ出られないんだ! 」
酒を飲みすぎるどこぞのアル中岩悪魔と言い、さっき出会ったヤク中レプラコーンと言い、あたしの出会う男どもは、自制心ってヤツを生まれてすぐにどこかへ落としてきたようネ。
「ごごごごご主人様、困っているみたいだからぁぁぁぁぁ、助けてあげましょうよぉぉぉぉぉ」
「助けると言っても、どうやるネ……あ、そうだ! 」
あたしは、前に拾ったキノコの半かけらを思い出したヨ。
怪奇の国の食べ物は、巨大化する効果があったりするから、もしかしたらキノコの半かけらを食べさせたら小さくなるかも!
あたしは、さっそく男にキノコの半かけらをあげたネ。
効果はすぐに出て、男はあっという間に小さくなったヨ。
「おかげで家から出られるようになったよ。こいつは俺からのお礼だ! 」
そう言って、男がくれたのはノミだったネ。
武器としては使えないけど、あたしは冒険者。
もらえる物は遠慮なくもらっておくヨ。
こうして、あたしらはツリーハウスを後にして、ウルクの女王を探しに再び歩き出したネ。
8:屈強なる果樹園
やがて、おいしそうな果実が実った果樹園の前にたどり着いた。
果樹園には、かつらをかぶったスズメバチという、強烈すぎる見た目のクリーチャーがいたけど、腹ぺこな今は関係なし!
あたしは、果実を食べに果樹園に入ったヨ。
「ごごごごご主人様、スズメバチが襲いかかってきましたぁぁぁぁぁ! 」
「だったら、戦うまでネ! 」
あたしは、ポケットナイフを取り出し、スズメバチと戦い始めた。
そして、気がついたヨ。
ゾンビ・ラビットが一緒だと、1ラウンド目に勝つたびに体力度が1上がるネ!
思いがけず、強くなれる理由を知ったヨ!
ゾンビ・ラビットを連れて進めーッ!
おかげで、あたしは、泥だらけの走馬灯に酔いながら、からくもスズメバチを倒すことができたネ。
「ごごごごご主人様、スズメバチがこんな物を落としていきましたぁぁぁぁぁ」
ゾンビ・ラビットがそう言って拾ってきたのは、スズメバチのかつらだったヨ。
「それ、男にとってパンツよりも気まずい落とし物サ! 」
あたしの指摘に、ゾンビ・ラビットは首をかしげるばかりだった。
う〜ん……何とも微妙な戦利品を手に入れてしまったネ……。
9:屈強なる移動式商店
微妙な戦利品を手に入れたあたしらは、またもスライシー・トーブ達が白薔薇に赤いペイントをしている薔薇庭園の前に迷いこんだ。
何だか、同じ所をぐるぐる回っているネ。
今度は、左手の道に行ってみるヨ。
すると、しばらくして、移動式商店が見えてきた。
「ごごごごご主人さま、お買い物していきましょうよぉぉぉぉぉ」
「それ、名案ネ」
あたしらは、こうして移動式商店に入った。
すると、店長はナイトキャップをかぶったかわいいヒツジさんだったヨ!
しかも、便利なアイテムが色々と売られているのが嬉しいネ!
「あ。でも、あたし、お金は残り1gpしか持ってなかったから買い物できないヨ! 」
何せ、所持金10gpのうち、井戸で3gp、ウサギ淑女の副葬品として6gp使ったせいネ。
「大丈夫ですよ、お客さん。所持品を半額で下取りいたしますから、そのお金で買い物して行って下さいな」
「気に入ったヨ、その提案! 」
あたしは、所持品をカウンターに出した。
ノミとスズメバチのかつらは2つ合わせて1gpと見事なまでに二束三文だったけど、エキゾチックな卵は25gpで買い取ってもらえたネ。
これに、今持っている所持金をたすと、合計27gp。
買えるのは……一つしかないヨ。しかも、使い道が微妙にわからない代物だ。
買うべきカ。買わないべきカ。
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。まだ決まらないんですかぁぁぁぁぁ? 」
「ちょっと時間かかりそうだから、そこで休んで待っていてネ」
ゾンビ・ラビットは、あたしに言われたとおり、店内の片隅へ休みに行った。
あたしは、それからさんざん迷った結果、換金するだけにしたヨ。
「ゾンビ・ラビット、用が済んだから出発ネ」
しかし、返事はなかったヨ。
ゾンビ・ラビットは、休んでいた場所から、忽然と姿を消していたネ!
突然の出会いと別れは、怪奇の国だからではなく、白ウサギのライフワークな気がしてきたヨ。
あたしは、ちょっぴり悟りながら、移動式商店を後にした。
10:屈強なる薔薇園
移動式商店を左に曲がって進んでいくと、屋敷にたどり着いたネ。
屋敷の玄関には、かつらをかぶった魚顔をした使者がいたヨ。
ハチと言い、この世界のクリーチャー達はかつら愛好家が多いネ。
魚顔をした使者達は、女王から公爵夫人へのクローケーの招待状を届けに来たと言っているところだった。
あたしが公爵夫人と嘘の名乗りを上げてもいいけど、「こんなにロリかわいい公爵夫人がいるか」とすぐに見抜かれそうだから、ここは正直に女王がどこにいるか尋ねるのが無難ヨ。
「おまえたち、女王陛下はどこにいらっしゃるか、知っているネ? 」
魚顔の使者は、薔薇園でクローケーをすると教えてくれただけでなく、薔薇園までの行き方まで教えてくれたヨ。
何だか移動式商店の店長と言い、使者達と言い、ようやっとまともな住民に出会えた気がするネ。
今まで出会った住民は、本当にひどかった。特にあの魔術師のおっさん。水虫になって死んで欲しいサ。
あたしは、使者達に教えてもらったお礼を言うと、薔薇園目指して歩き出す。
しばらくして、三叉路になっている道に出たヨ。
すると、あのヤク中になりかけていたレプラコーンがやって来た。
何種類もの毛皮を合わせて作った服と杖というコーデになっているのは、罌粟を吸いすぎた後遺症カ?
レプラコーンは、罌粟をやめて女王の出納係に職場復帰したと言い、それもこれもあたしのおかげだと感謝してきた。何だ、こいつ。ちゃんとわかっているネ。
それから、あたしに薔薇園までの道のりと、《幸運に勝るものなし》の呪文をかけてくれたヨ。
出納係であることと言い、魔法を使えることと言い、意外とこいつは優秀カッ!?
レプラコーンが去った後、あたしはまた分かれ道に出た。
確か魚顔の使者は、左に行ったら右に行くよう行っていたネ。
そこで、右の道に進むと、右手に錠のかかった柵があって、あの白薔薇に赤いペンキを塗っていたスライシー・トーヴ達がいたヨ。
ここから薔薇園に入れるので、スライシー・トーヴに呼びかけたけど、怒鳴って断るだけネ。
これじゃ、いつまで経っても、らちが明かないヨ。
そう言えば、今のあたしは盗賊で魔法が使えたネ。
あたしは、薔薇園の扉に〈開け〉の呪文を使った。
本来戦士のあたしが魔法を使うなんて、うまくいくのか正直かなり心配だったけど、扉がひとりでに開いたヨ!
これは、面白いネ!
あたしは、意気揚々と薔薇園に入ったヨ。
すると、スライシー・トーヴ達が怒ってあたしを追い出しにかかってきたネ。
ここは、あたしの故郷に古くから伝わる伝統の危機回避法を使うサ。
「まあまあ。少ないけれども、これでも受け取ってヨ」
あたしは、スライシー・トーヴ達に賄賂として20gpを握らせたネ。
「なあ、ぶっちゃけ言って俺は何も見てない」
「奇遇だな。俺もだ」
「さあ、休憩がてら紅茶でも飲みに行こうぜ」
話がわかるスライシー・トーヴ達は、そう言って薔薇園から出て行ったヨ。
あたしは、薔薇を見物しながら、女王がやって来るのを待ったネ。
う〜ん、薔薇のいい香りヨ!
11:屈強なるクローケー
薔薇園で待つこと数分後、ウサギ淑女の最期の伝言を伝える相手、ようするにウルクの女王が、お付きの者達を率いてやって来たネ。
その手には打球杖が握られている。
女王は、あたしに気づくと詰問してきたヨ。
「そなたは、クローケーに招かれているのか? 」
「招かれてないけど、バンダースナッチに襲われて亡くなった白ウサギさんからの伝言を届けに来たネ。『地獄で待つ』とのことヨ」
……あれ? 何か若干ウサギ淑女の伝言を間違えた気がしたけど、約束の時間に来られなくなったと女王に伝わったからよしとするヨ。
「白ウサギめ、命を落としていて幸運だったわ。さもなくば、首を斬ってやったところよ」
「あと、クローケーは面白そうだからやってみたいネ」
女王が怒りにまかせ、白ウサギじゃなくて、あたしの首をはねたげに見てきたので、あたしは急いで話題を変えたヨ。
これは正解だったようで、女王は表情をやわらげたネ。
「わらわは、平民の誰も、わらわと一緒にクローケーをやらせるつもりはないわ。まずは自分の価値を証しだてねばならぬ」
なに、この女王。面倒くさいヨ。
「兵士たちよ、わらわの娘を連れて参れ! 」
女王はそう言って、兵士に棺桶を持ってこさせたネ!
なに、この急展開!?
とりあえず、あたしは棺の蓋を開ける。
中にはウルクの女の子が横たわっていたヨ。
あたしは、女の子の脈を確認した。
「柳翠蓮、死亡確認!! 」
「勝手に我が姫を殺すでない、愚か者めが! ただ、眠っているだけじゃ」
「あー、宗教的な解釈の違いネ。あたしは、よその宗教には寛容だから安心するヨ、狂信女王様」
「誤解したまま偉そうな口をきくでない! ある魔女が、ハンサムな王子が彼女の唇にキスをするまで眠る魔法を我が姫にかけたのじゃ。だが、あいにくハンサムな王子など、わらわの求婚を拒むたびに殺していったため、この国には一人もおらぬのだ! 」
何かさらりと大量殺戮を告白したネ、ウルクの女王。
「で、この国には残りカスしかいないってことカ。理解したヨ、残りカスの女王様」
「理解したのはよいが、何やら腹立たしい物言いをするのう。とにかく、平民よ。わらわとクローケーをしたいならば、我が姫を目覚めさせてみよ」
「承知したネ」
女王は、無理難題をあたしにふっかけてやった顔をしている。
でも、あたしには、活路が見えていたので、失敗したら首をちょん切られる恐怖なんて、これっぽっちもなかったヨ。
「ハンサムな王子がいないなら、ハンサムなロリがキスをすればいいネ! 」
あたしは、兄ちゃんの花嫁達が兄ちゃんへしていたやり方で棺に横たわる姫にキスをしたヨ。
効果抜群、姫はすぐに目を覚ましたネ!
「大成功ヨ! 」
「見事! しかし、言い忘れていたが、そうすると眠りの呪文が我が姫からそなたへ移るのじゃ」
「大事な情報を伝え忘れているんじゃないネ、この鬼畜婆……」
女王に悪態をついているそばから、あたしの意識はスーッと遠のいていったヨ……。
あたしは、青蛙亭で目を覚ました……。
「おきなさい。おきなさい わたしの かわいい すいれんや。おはよう すいれん。もう 朝ですよ」
ちがった。
まだ夢の中だったネ。
誰サ、この優しそうなおばさんは?
さっさと目を覚ますに限るヨ……。
「チェックアウトは朝の9時だぞ! 弟の相棒だからと言って、無銭飲食娘は甘やかさねえからなッ! 」
ドアをたたく汚いだみ声が聞こえてくる。
よかった。
ここは間違いなく青蛙亭ネ!
あたしは、今度こそ間違いなく目を覚ました。
まだやかましいクォーツの声を無視して、あたしは荷作りしながら、背負い袋の中身を確認する。
そこには、レベル3の戦士の装備にしてはしょぼすぎるポケットナイフと布の服が入っていた。
そして、レベル3の戦士には上等すぎるほど立派な銀の懐中時計も入っていたヨ!
「夢だけど、夢じゃなかったネ! 」
あたしは、ウサギ淑女の形見を背負い袋にしまい直すと、袋を背負った。
左肩に憑いていたゴーストが成仏したおかげで、かんたんに背負えたヨ。
さあ、酔いどれ岩悪魔の小汚い面と、ファビュラスなジーナのきれいな笑顔を見に帰るとするネ!
(完)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。
出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
(T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
訳:岡和田晃
発行 : グループSNE/書苑新社
2021/2/26 - ¥1,980
これまでは、Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイトに掲載されたものを「FT新聞」に採録していく形をとっていましたが、今回は「FT新聞」が初出で、Analog Game Studiesに採録していくという形をとっております。許諾をいただいた「FT新聞」の水波流編集長、および齊藤(羽生)飛鳥さんに感謝します。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
『トンネルズ&トロールズ』完全版・小説リプレイ
Vol.6
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『不思議の国のアリス』をベースにしたソロアドベンチャーとは、すなわち、自分もアリスのように不思議な冒険をできるということ!
なんて素敵なんでしょう!
ということで、『怪奇の国のアリス』はすぐにでもプレイしたかったのですが、ちょうど拙作『蝶として死す 平家物語抄』(4月刊行/東京創元社)の校正の時期等と重なってしまい、涙を飲んで一心地つくまで冒険を我慢しました。
そして、迎えた大型連休。
思いきりプレイしました。
そして、エルシー、アリスン、アトリの三人のキャラクターを見送ってから、おなじみの女戦士・翠蓮で挑み、ようやく生還できました。
合計四人のキャラクターで冒険したのに、すべて違う物語となっていて、しかも、まだ他のルートがあるようなので、『怪奇の国のアリス』の手厚さと奥深さにはただただ驚くばかりです!
おかげさまで、大型連休が本当の意味でゴールデンなウィークとなりました^^
※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
『怪奇の国の屈強なる翠蓮』
〜『怪奇の国のアリス』リプレイ〜
著:齊藤飛鳥
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
0:屈強なる入眠
ふぁ〜あ……。
あたしの名前は〈屈強なる〉翠蓮。
黒髪色白ロリ体型が卑怯なまでにキュートな18歳の女戦士ネ。
このたび、相棒のシックスパックと別行動して、久しぶりに里帰りをしたから、えらく疲れたヨ。
何せ、ついでに世界各地にある兄ちゃんの5人の花嫁達の実家への里帰りにまで付き合わされたものだから、ちょっとした英雄叙事詩も真っ青の大冒険だったサ……。
こうして、シックスパックの兄のクォーツが経営している〈青蛙亭〉にまで、無事に戻って来られてよかったヨ。
小汚くてみすぼらしい部屋でも、今は豪邸にいる気分ネ。
花嫁達の実家から実家に移動する間に、モンスターとの戦闘が数え切れないほどあって、何度おととし死んだ愛犬の黒旋風の幻を見かけたことカ……。
さあ、久しぶりにぐっすり眠……て、ランプの下に本が置いてあるネ。
何なに『怪奇の国のアリス』……?
何だか、面白そうヨ!
「それでは、憑かせていただいているお礼に、私めが朗読して差し上げましょう」
「宇宙一いらねえお節介はやめて、とっとと地獄へ行きやがれ」
前の冒険で行ったコッロールにて取り憑いてきたゴーストに優しく遠慮してから、あたしは『怪奇の国のアリス』を読み始めたネ。
1:屈強なる覚醒
目が覚めたら、大きな樫の木にもたれて川の岸辺にいるのは、百歩譲っていいとするヨ。
でも、白いエプロンドレスでボーダーの靴下姿になっているのはどういうことネ?
しかも、川には猫くらいの大きさのウサギが泳いでいるし、ちっともわけがわからないヨ!
あたしは、腹立ち紛れにウサギ目がけて小石を投げる。
狙いがはずれるとは、おかしいネ。
もしや、あたしの能力値が変わっているのかも。
「当たりです。レベル3の戦士であるはずのあなたのレベルが1になっているし、職業も盗賊に変わっています」
「いたのカ、ゴースト」
「あと1回、あなたの行動を邪魔したら昇天する約束ですから、まだいますよ。ちなみに、あなたの今の詳しい能力値は、こちらです」
ゴーストは、手のひらに今のあたしの能力値を書いてくれたヨ。
体力度13。耐久度11。器用度11。速度13。幸運度13。知性度11。魔力度14。魅力度14。
ふむふむ、知性度に関しては、今までよりも上がっているネ。
「そして、所持金は10gp。武器はポケットナイフで、装備はクロースです」
「ポケットナイフとクロース!? そんな薄い装備だけじゃ、すぐに死にそうネ! 」
「その時は、私めが先輩ゴーストとして、エスコートするので、ご安心を」
「宇宙一いらねえお節介第二弾を早くも提供しようとするなヨ」
あたしがゴーストへやんわりとお断りしたところで、ウサギがやって来たヨ。
「なんてことをするんですか、お嬢さん! 」
「ウサギがしゃべったネ! 」
驚くあたしに、ウサギはまるきり無頓着で、マイペースにポケットから銀の時計を出して時間を見ると、遅刻するとか言ってウサギ穴へ走っていったヨ。
フリルの服を着たしゃべれるウサギなんて、最高にかわいいネ!
「ウサギ紳士さん、ちょっとあたしと話していこうヨ」
「すみませんが、私は女だし、遅刻しそうなんです! さよなら! 」
「そう言わず待つネ、ウサギ淑女さん! 」
あたしは、急いで四つん這いになってウサギ穴中に入ると、ウサギを追いかける。
穴の中はすぐに二手に分かれていて、左のトンネルには鍵のかかった木の扉、右にはただのトンネルがあったヨ。
「魔法の《開け》を使えば、扉を開けることができますよ」
「寝る前まで戦士だったのに、いきなり魔法なんてよくわからないから、無難に右を進むヨ」
ゴーストのアドバイスを聞きつつ、あたしは右のトンネルを進んでいった。
2:屈強なる庭園
右のトンネルを抜けると、シャクナゲのお花畑がきれいな庭園に出たネ。
そこには、桃の木と野リンゴの木と、淀んだ水をたたえた願いの井戸もあったヨ。
そして、ウサギがいたネ。
「おーい、ウサギ淑女さん! お話ししようヨ」
「またお嬢さんですか? 」
ウサギは、かわいい顔を心底うんざりさせて、自分はウルクの女王と正午に会う約束に遅刻しそうだと説明。
それが終わると、すみやかにアザレアの合間にあいた小さな穴へ走っていってしまったヨ。
「ウサギ淑女さ〜ん」
呼びかけたけど、返事は無し。
追いかけるしかないけど、この穴はあたしには小さすぎるネ。
願いの井戸とかいう、思わせぶりな名前の井戸があるから、幸運を祈ってコインを3枚入れるヨ。
「はい。では、お約束どおり、あなたの邪魔をさせていただきますよ」
ゴーストの囁きが聞こえたのと、井戸へのコイン投げを失敗したのは同時だったネ。
ここ最近ずっとおなじみだった左肩の湿った重みがなくなったのはよかったけど、コインも3枚なくなってしまったヨ……。
何か腹が立ったから、野リンゴを八つ当たりでかじってやるネ!
おぉ、うまい具合に体が小さくなったヨ!
これなら、ウサギの通った穴に入れるネ!
あたしは、思いきって穴を飛び降りる。
ゆっくりとしたペースで落ちていくと、何やら面白い物が置かれた棚が前を通過したヨ。
冒険者のさがで、あたしは迷わずお宝を手に入れようと手をのばす。
おもちゃのスリング、ゲット!!
……と、喜んだのも束の間。
あたしは、砂丘の端に着地という名の落下をしたヨ……。
3:屈強なる砂丘
ここは痛みを紛らわすためにも、ウサギの姿を砂丘に探し求めるネ。
あ、いたヨ!
「お〜い、ウサギ淑女さ〜ん」
あたしが呼びかけたところで、ウサギは立ち止まる。
少なくとも、最初はそう思ったネ。
でも、実際は、足を取られて砂地に潜む怪物に引きずりこまれていただけだったヨ!
「こいつは、バンダースナッチ! 危険な相手だから、逃げて! 」
「かわいいウサギを見捨てて誰が逃げるヨ! 」
ちょうど、あたしにはさっき手に入れたばかりのおもちゃのスリングがあるネ。
あたしは、バンダースナッチに、おもちゃのスリングについていた魔法の小石をぶつけた。
やった!
一撃で倒せたヨ!
あたしは、ウサギに駆け寄った。
でも、ウサギはすでに致命傷を負わされていたネ!
「逝かないと……」
「台詞の漢字が違っているヨ! 大丈夫、すぐに医者を探せば助かるネ! 」
「助からない傷なのは、わかってます……。私の懐中時計を持って行って。ブレードを呼び出せます。3回ボタンを押すように……」
「最期の言葉が取説でいいのカ、あなたの一生!? 」
「女王に伝えて……私は待ち合わせの時間に間に合わないと……」
「約束するけど、最期の言葉が伝言板じみたのでもいいネ!? 」
……ウサギは、それきり息を引き取ったヨ。
あたしの手に残ったのは、ウサギが愛用していた懐中時計だった。
出会いも突然なら、別れも突然なんて、まさに怪奇の国ネ。
くやしいから、怪奇の国らしくなく、しんみりとお墓を作ってやるサ!
あたしは、ウサギの墓を掘り始めた。
ん?
やたらと何度も影が落ちてくるヨ。
空に何かいるネ?
見上げてみると、そこにはジャブジャブバードがいたヨ!
しかも、露骨にウサギの遺体を狙ってきたサ!
あたしは、すぐにおもちゃのスリングでジャブジャブバードへ魔法の小石をぶつけた。
ジャブジャブバードは、一撃で倒れたネ。
あたしは、ウサギの墓を掘り終えると、コースト式の埋葬法でお弔いを始めたヨ。
副葬品に、ウサギ愛用の懐中時計……と思ったけど、彼女はあたしに『持って行って』と言っていたから、一緒に埋めたら悪いネ。
ここは、あたしの持っているお金から6gp分のコインを、冥土の川の渡り賃として副葬品にしよう。
あたしは、ウサギとコイン6枚を一緒に埋めて、この悲しみの砂丘を後にしたヨ。
4:屈強なるオアシス
砂丘を歩き続けるうちに、あたしはオアシスにたどり着いた。
久しぶりの水を、あたしがたっぷり飲んでいると、背後に嫌な気配を感じたネ!
ここは、本業のレベル3の戦士らしく、振り返って攻撃するヨ!
あたしは、おもちゃのスリングで魔法の小石を放った。
でも、背後にいた黒檀の魔術師は、パチンと手をたたいただけで、あたしのおもちゃのスリングをバラバラの破片にしてしまったネ!
何つー奴サ!
こんなことなら、ポケットナイフをかまえておけばよかったネ!
あたしがうろたえている間、魔術師のおっさんは、あたしに手を借りたいことがあるだの、開けゴマだの言って、近くの崖面に小さな裂け目を出現させたヨ。
そして、自分には小さすぎるから、あたしに中へ入ってランプを持って来いと命令し始めた。
断れば、次にバラバラにされるのは、あたし自身。
そんな気がして、あたしはしぶしぶ引き受けた。
裂け目の中は洞窟になっていて、あたしは魔術師のおっさんに言われたとおり、ランプを見つけてきたネ。
でも、裂け目が小さくなっていて、あたしは出られなくなってしまったヨ!
「ランプを渡したら、そなたを脱出させてやろう! 」
いちいち偉そうで頭にくるおっさんネ。
だけど、今は言うことをきくしかないヨ。
あたしは、魔術師のおっさんにランプを渡した。
すると、おっさんは高笑いと共に裂け目を閉じて、あたしを閉じこめやがったネ!
性格ねじ曲がったおっさんめ!
鼻毛がはえすぎて息がつまってくたばりやがれヨ!
もっとおっさんの悪口を言いたいけど、このままいつまでも怒っているだけでは、外へ出られない。
あたしは、魔術師のおっさんへの怒りを力に変えて、洞窟の奥深くにある、瓦礫に覆われたトンネルを片づけ、脱出作業に取りかかったヨ。
この手の体力勝負なら、得意ネ。
あたしは、見事に瓦礫を片づけると、トンネルを慎重に進んでいった。
5:屈強なる森
トンネルを抜けると、そこは緑にあふれた森だったヨ。
何だか、まっすぐ行ったところで、煙の臭いがするので、山火事かも知れない。
様子を見に行くネ。
山火事だとわかったら、さっさと来た道を走って逃げよう。
臭いからして、煙はこっちから来ているヨ。
あたしが歩いて行った先には、火はどこにも見当たらず、水煙管を咥えた恰幅のいい大柄のレプラコーンか木の枝に腰かけていたネ。
そして、無遠慮にあたしへ煙を吹きかけてきたヨ!
「てめえの母ちゃんは、煙草の吸い方もろくに教えなかったのカ」
水煙管をたたき壊してやる前にあたしが淑女的に呼びかけると、レプラコーンはきつい眼差しを向けてきたネ。
どうやら、彼の母親はジャブジャブバードにさらわれて餌にされるという、非業の死を遂げたため、母親の話題はきついらしい。
「俺は、それを忘れるために煙草を吸っているんだ」
レプラコーンは偉そうに言ってから、水煙管から煙が出ないことに気がつき、罌粟を欲しがりだす。
「おまえが吸っていたのは、煙草じゃなくて、ヤバいクスリじゃないのサ! 」
あたしのもっともな指摘も耳に入らない様子で、レプラコーンは枝から飛び降り、地面に罌粟がはえていないか探し始める。
どう考えても、このままだとこいつはヤク中に成り下がるヨ。
あたしは、レプラコーンの話し相手になることにした。
レプラコーンの人生は、予想通りにひどいものだったネ。
父親失踪で苦労していたとどめに、母親が惨殺されたから、彼の中でヤバいクスリへ手を出すハードルが低くなったのだろう。
でも、今は細かいことはさておき、レプラコーンが母親を失った悲しみを乗り越えさせてヤバいクスリとバイバイさせるのが大事ヨ。
「母ちゃんを失った悲しみを忘れるために罌粟を吸っているみたいだけどサ。罌粟を吸っていたら、かえって母ちゃんを思い出してしんどくなるヨ」
「言われてみれば……。よし、今日から罌粟を水煙管で吸うのはやめた! これは、ほんのお礼だ」
レプラコーンは、銅の卵をくれた。
何に使うのか、さっぱりわからないけど、もらえる物はもらっておくのが冒険者の流儀ネ。
「何かあんたにもっと感謝の念を示したいな。何かしてほしいことはあるかい? 」
「だったら、ウルクの女王とは、どこに行けば会えるから教えてもらえたら助かるヨ」
すると、レプラコーンはハート型の蔓をたどっていけば会えると教えてくれたネ。
あたしは、教わったとおりにハートの蔓をたどって歩き出した。
6:屈強なる迷路
ハートの蔓をたどっていくうちに、丘の斜面にある迷路のような生け垣に足を踏み入れたヨ。
むせ返るような花の匂いで、花粉症になりそうネ。
魔力度がどんどん下がるのを感じるヨ。
早いところ、この迷路から出るに限るサ。
あたしは、入り口から三叉路に分かれている道に目を向ける。
わからない時は、直進あるのみヨ。
あたしが直進すると、そこには薔薇庭園の鉄柵があった。
中では3匹のスライシー・トーヴが白薔薇を赤薔薇にペイントする作業をしている真っ最中だったネ。
それを横目に右手に曲がると、道はしばらくしていきなり左手に折れたヨ。
道なりに進んでいくと、キノコの半かけらを拾ったネ。隣の苔で書かれた文字には『私をかじって』とあるから、何かに役立ちそうサ。
やがて、道は行き止まりになってしまったヨ。
そこには、巣とツリーハウスがあったネ。
あたしは、まず巣の中を調べてみることにした。
巣の中には、金貨50枚相当はするエキゾチックな卵があったヨ!
これはいいネ!
さっきレプラコーンからもらった銅の卵と取り替えて、卵をゲットするヨ!
母鳥が帰ってくる気配がしたので、あたしは卵と銅の卵を取り替えると、素早く物陰に隠れた。
母鳥は、何も気づかず卵を温め始める。
すると、卵が割れる音がして、割れた卵の合間から色とりどりの煙が漂いだしたネ!
出てきたのは、願い事を何でも叶えてくれるジニーだった。
たまげる母鳥には悪いけど、これはチャンス!
あたしは、ジニーに駆け寄った。
願いを叶えてくれるというジニーに、あたしはこう願った。
「ウサギ淑女さんを生き返らせてほしいネ! 」
ジニーは目を閉じ、精神を集中して、足元の地面に入ったヨ。
一瞬の後、あたしの足元の地面が振動してきたネ!
びっくりして飛びのくと、穴から血まみれで腐った体のウサギがはい出してきたヨ!
「ごごごごご主人さまああああ……バンダースナッチから助けようとして下さりぃぃぃ、永遠の感謝を捧げますぅぅぅぅぅ……」
「キャラ変わってるゥゥーッ! 」
あたしのショックをよそに、ズタボロなウサギの中からジニーの声が聞こえてきたヨ。
「こいつはゾンビ・ラビット。汝の腹心の友になってくれるに相違ない」
「完璧な蘇生ができないならできないと正直に言っても、あたしは怒らなかったヨ? 何で無茶な蘇生をしたネ!? 」
ジニーに一言言ってから、あたしはゾンビ・ラビットについてくるよう命令して、再び歩き出したネ。
……目の前で死なれたことと言い、ゾンビとして蘇ってきたことと言い、今日はウサギ好きの心をえぐる一日サ。
また薔薇庭園の前に戻ると、あたしらは来た道を戻り始めた。
それから、右の通廊に行くと、ネズミが子ども達にびっくりするほど退屈な歴史の講義をしているところに出くわしたヨ。
こんなに退屈だと、かえってどこまで退屈か気になるネ。
「ごごごごごご主人様がきくならぁぁぁぁぁ……私も聞きますぅぅぅぅぅ」
あたしとゾンビ・ラビットは、眠気と戦いながら、歴史の講義を聴いたネ。
そのおかげか、+3の[歴史]タレントを獲得したヨ。
「源頼義、義家、義親、為義、義朝、頼朝、頼家、実朝……よし、これで河内源氏の流れが頭に入ったから、歴史力アップしたネ! 」
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。いったい、どこの国の歴史ですかぁぁぁぁぁ」
「細かいことは気にしないヨ。では、前進サ! 」
あたしは、ゾンビ・ラビットと連れ立って歩き出した。
7:屈強なるツリーハウス
あたしらは、元来た道を引き返し、巣の近くにあったツリーハウスにやって来た。
ゾンビ・ラビットの衝撃で、ツリーハウスを調べるのをすっかり忘れていたので、今度こそ調べてやるサ!
気合いを入れてツリーハウスによじ登ると、太った男が牡蠣の貝殻でできたベッドに横たわって苦しんでいるネ。
「何を苦しんでいるヨ? 」
「牡蠣を7000個食ったら、このざまよ……。おかげで太りすぎて扉から外へ出られないんだ! 」
酒を飲みすぎるどこぞのアル中岩悪魔と言い、さっき出会ったヤク中レプラコーンと言い、あたしの出会う男どもは、自制心ってヤツを生まれてすぐにどこかへ落としてきたようネ。
「ごごごごご主人様、困っているみたいだからぁぁぁぁぁ、助けてあげましょうよぉぉぉぉぉ」
「助けると言っても、どうやるネ……あ、そうだ! 」
あたしは、前に拾ったキノコの半かけらを思い出したヨ。
怪奇の国の食べ物は、巨大化する効果があったりするから、もしかしたらキノコの半かけらを食べさせたら小さくなるかも!
あたしは、さっそく男にキノコの半かけらをあげたネ。
効果はすぐに出て、男はあっという間に小さくなったヨ。
「おかげで家から出られるようになったよ。こいつは俺からのお礼だ! 」
そう言って、男がくれたのはノミだったネ。
武器としては使えないけど、あたしは冒険者。
もらえる物は遠慮なくもらっておくヨ。
こうして、あたしらはツリーハウスを後にして、ウルクの女王を探しに再び歩き出したネ。
8:屈強なる果樹園
やがて、おいしそうな果実が実った果樹園の前にたどり着いた。
果樹園には、かつらをかぶったスズメバチという、強烈すぎる見た目のクリーチャーがいたけど、腹ぺこな今は関係なし!
あたしは、果実を食べに果樹園に入ったヨ。
「ごごごごご主人様、スズメバチが襲いかかってきましたぁぁぁぁぁ! 」
「だったら、戦うまでネ! 」
あたしは、ポケットナイフを取り出し、スズメバチと戦い始めた。
そして、気がついたヨ。
ゾンビ・ラビットが一緒だと、1ラウンド目に勝つたびに体力度が1上がるネ!
思いがけず、強くなれる理由を知ったヨ!
ゾンビ・ラビットを連れて進めーッ!
おかげで、あたしは、泥だらけの走馬灯に酔いながら、からくもスズメバチを倒すことができたネ。
「ごごごごご主人様、スズメバチがこんな物を落としていきましたぁぁぁぁぁ」
ゾンビ・ラビットがそう言って拾ってきたのは、スズメバチのかつらだったヨ。
「それ、男にとってパンツよりも気まずい落とし物サ! 」
あたしの指摘に、ゾンビ・ラビットは首をかしげるばかりだった。
う〜ん……何とも微妙な戦利品を手に入れてしまったネ……。
9:屈強なる移動式商店
微妙な戦利品を手に入れたあたしらは、またもスライシー・トーブ達が白薔薇に赤いペイントをしている薔薇庭園の前に迷いこんだ。
何だか、同じ所をぐるぐる回っているネ。
今度は、左手の道に行ってみるヨ。
すると、しばらくして、移動式商店が見えてきた。
「ごごごごご主人さま、お買い物していきましょうよぉぉぉぉぉ」
「それ、名案ネ」
あたしらは、こうして移動式商店に入った。
すると、店長はナイトキャップをかぶったかわいいヒツジさんだったヨ!
しかも、便利なアイテムが色々と売られているのが嬉しいネ!
「あ。でも、あたし、お金は残り1gpしか持ってなかったから買い物できないヨ! 」
何せ、所持金10gpのうち、井戸で3gp、ウサギ淑女の副葬品として6gp使ったせいネ。
「大丈夫ですよ、お客さん。所持品を半額で下取りいたしますから、そのお金で買い物して行って下さいな」
「気に入ったヨ、その提案! 」
あたしは、所持品をカウンターに出した。
ノミとスズメバチのかつらは2つ合わせて1gpと見事なまでに二束三文だったけど、エキゾチックな卵は25gpで買い取ってもらえたネ。
これに、今持っている所持金をたすと、合計27gp。
買えるのは……一つしかないヨ。しかも、使い道が微妙にわからない代物だ。
買うべきカ。買わないべきカ。
「ごごごごご主人様ぁぁぁぁぁ。まだ決まらないんですかぁぁぁぁぁ? 」
「ちょっと時間かかりそうだから、そこで休んで待っていてネ」
ゾンビ・ラビットは、あたしに言われたとおり、店内の片隅へ休みに行った。
あたしは、それからさんざん迷った結果、換金するだけにしたヨ。
「ゾンビ・ラビット、用が済んだから出発ネ」
しかし、返事はなかったヨ。
ゾンビ・ラビットは、休んでいた場所から、忽然と姿を消していたネ!
突然の出会いと別れは、怪奇の国だからではなく、白ウサギのライフワークな気がしてきたヨ。
あたしは、ちょっぴり悟りながら、移動式商店を後にした。
10:屈強なる薔薇園
移動式商店を左に曲がって進んでいくと、屋敷にたどり着いたネ。
屋敷の玄関には、かつらをかぶった魚顔をした使者がいたヨ。
ハチと言い、この世界のクリーチャー達はかつら愛好家が多いネ。
魚顔をした使者達は、女王から公爵夫人へのクローケーの招待状を届けに来たと言っているところだった。
あたしが公爵夫人と嘘の名乗りを上げてもいいけど、「こんなにロリかわいい公爵夫人がいるか」とすぐに見抜かれそうだから、ここは正直に女王がどこにいるか尋ねるのが無難ヨ。
「おまえたち、女王陛下はどこにいらっしゃるか、知っているネ? 」
魚顔の使者は、薔薇園でクローケーをすると教えてくれただけでなく、薔薇園までの行き方まで教えてくれたヨ。
何だか移動式商店の店長と言い、使者達と言い、ようやっとまともな住民に出会えた気がするネ。
今まで出会った住民は、本当にひどかった。特にあの魔術師のおっさん。水虫になって死んで欲しいサ。
あたしは、使者達に教えてもらったお礼を言うと、薔薇園目指して歩き出す。
しばらくして、三叉路になっている道に出たヨ。
すると、あのヤク中になりかけていたレプラコーンがやって来た。
何種類もの毛皮を合わせて作った服と杖というコーデになっているのは、罌粟を吸いすぎた後遺症カ?
レプラコーンは、罌粟をやめて女王の出納係に職場復帰したと言い、それもこれもあたしのおかげだと感謝してきた。何だ、こいつ。ちゃんとわかっているネ。
それから、あたしに薔薇園までの道のりと、《幸運に勝るものなし》の呪文をかけてくれたヨ。
出納係であることと言い、魔法を使えることと言い、意外とこいつは優秀カッ!?
レプラコーンが去った後、あたしはまた分かれ道に出た。
確か魚顔の使者は、左に行ったら右に行くよう行っていたネ。
そこで、右の道に進むと、右手に錠のかかった柵があって、あの白薔薇に赤いペンキを塗っていたスライシー・トーヴ達がいたヨ。
ここから薔薇園に入れるので、スライシー・トーヴに呼びかけたけど、怒鳴って断るだけネ。
これじゃ、いつまで経っても、らちが明かないヨ。
そう言えば、今のあたしは盗賊で魔法が使えたネ。
あたしは、薔薇園の扉に〈開け〉の呪文を使った。
本来戦士のあたしが魔法を使うなんて、うまくいくのか正直かなり心配だったけど、扉がひとりでに開いたヨ!
これは、面白いネ!
あたしは、意気揚々と薔薇園に入ったヨ。
すると、スライシー・トーヴ達が怒ってあたしを追い出しにかかってきたネ。
ここは、あたしの故郷に古くから伝わる伝統の危機回避法を使うサ。
「まあまあ。少ないけれども、これでも受け取ってヨ」
あたしは、スライシー・トーヴ達に賄賂として20gpを握らせたネ。
「なあ、ぶっちゃけ言って俺は何も見てない」
「奇遇だな。俺もだ」
「さあ、休憩がてら紅茶でも飲みに行こうぜ」
話がわかるスライシー・トーヴ達は、そう言って薔薇園から出て行ったヨ。
あたしは、薔薇を見物しながら、女王がやって来るのを待ったネ。
う〜ん、薔薇のいい香りヨ!
11:屈強なるクローケー
薔薇園で待つこと数分後、ウサギ淑女の最期の伝言を伝える相手、ようするにウルクの女王が、お付きの者達を率いてやって来たネ。
その手には打球杖が握られている。
女王は、あたしに気づくと詰問してきたヨ。
「そなたは、クローケーに招かれているのか? 」
「招かれてないけど、バンダースナッチに襲われて亡くなった白ウサギさんからの伝言を届けに来たネ。『地獄で待つ』とのことヨ」
……あれ? 何か若干ウサギ淑女の伝言を間違えた気がしたけど、約束の時間に来られなくなったと女王に伝わったからよしとするヨ。
「白ウサギめ、命を落としていて幸運だったわ。さもなくば、首を斬ってやったところよ」
「あと、クローケーは面白そうだからやってみたいネ」
女王が怒りにまかせ、白ウサギじゃなくて、あたしの首をはねたげに見てきたので、あたしは急いで話題を変えたヨ。
これは正解だったようで、女王は表情をやわらげたネ。
「わらわは、平民の誰も、わらわと一緒にクローケーをやらせるつもりはないわ。まずは自分の価値を証しだてねばならぬ」
なに、この女王。面倒くさいヨ。
「兵士たちよ、わらわの娘を連れて参れ! 」
女王はそう言って、兵士に棺桶を持ってこさせたネ!
なに、この急展開!?
とりあえず、あたしは棺の蓋を開ける。
中にはウルクの女の子が横たわっていたヨ。
あたしは、女の子の脈を確認した。
「柳翠蓮、死亡確認!! 」
「勝手に我が姫を殺すでない、愚か者めが! ただ、眠っているだけじゃ」
「あー、宗教的な解釈の違いネ。あたしは、よその宗教には寛容だから安心するヨ、狂信女王様」
「誤解したまま偉そうな口をきくでない! ある魔女が、ハンサムな王子が彼女の唇にキスをするまで眠る魔法を我が姫にかけたのじゃ。だが、あいにくハンサムな王子など、わらわの求婚を拒むたびに殺していったため、この国には一人もおらぬのだ! 」
何かさらりと大量殺戮を告白したネ、ウルクの女王。
「で、この国には残りカスしかいないってことカ。理解したヨ、残りカスの女王様」
「理解したのはよいが、何やら腹立たしい物言いをするのう。とにかく、平民よ。わらわとクローケーをしたいならば、我が姫を目覚めさせてみよ」
「承知したネ」
女王は、無理難題をあたしにふっかけてやった顔をしている。
でも、あたしには、活路が見えていたので、失敗したら首をちょん切られる恐怖なんて、これっぽっちもなかったヨ。
「ハンサムな王子がいないなら、ハンサムなロリがキスをすればいいネ! 」
あたしは、兄ちゃんの花嫁達が兄ちゃんへしていたやり方で棺に横たわる姫にキスをしたヨ。
効果抜群、姫はすぐに目を覚ましたネ!
「大成功ヨ! 」
「見事! しかし、言い忘れていたが、そうすると眠りの呪文が我が姫からそなたへ移るのじゃ」
「大事な情報を伝え忘れているんじゃないネ、この鬼畜婆……」
女王に悪態をついているそばから、あたしの意識はスーッと遠のいていったヨ……。
あたしは、青蛙亭で目を覚ました……。
「おきなさい。おきなさい わたしの かわいい すいれんや。おはよう すいれん。もう 朝ですよ」
ちがった。
まだ夢の中だったネ。
誰サ、この優しそうなおばさんは?
さっさと目を覚ますに限るヨ……。
「チェックアウトは朝の9時だぞ! 弟の相棒だからと言って、無銭飲食娘は甘やかさねえからなッ! 」
ドアをたたく汚いだみ声が聞こえてくる。
よかった。
ここは間違いなく青蛙亭ネ!
あたしは、今度こそ間違いなく目を覚ました。
まだやかましいクォーツの声を無視して、あたしは荷作りしながら、背負い袋の中身を確認する。
そこには、レベル3の戦士の装備にしてはしょぼすぎるポケットナイフと布の服が入っていた。
そして、レベル3の戦士には上等すぎるほど立派な銀の懐中時計も入っていたヨ!
「夢だけど、夢じゃなかったネ! 」
あたしは、ウサギ淑女の形見を背負い袋にしまい直すと、袋を背負った。
左肩に憑いていたゴーストが成仏したおかげで、かんたんに背負えたヨ。
さあ、酔いどれ岩悪魔の小汚い面と、ファビュラスなジーナのきれいな笑顔を見に帰るとするネ!
(完)
∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴
齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙されたて。
2021年4月に連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)を刊行。
平安時代末期を舞台に、平清盛の異母弟・平頼盛(よりもり)が探偵役として、犯人当てあり、トリック当てあり、被害者当てあり、動機当てあり……と、各種の謎に挑む本格ミステリでもある。
6月刊行予定のアンソロジー『本格王2021』(講談社)に、『蝶として死す』所収の「弔千手(とむらいせんじゅ)」が収録。
上記のような大人向け推理小説の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表している。
出典元:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。
■書誌情報
『怪奇の国のアリス+怪奇の国!』
(T&Tアドベンチャー・シリーズ9)
著:ジョエル・マーラー、キース・A・アボット
訳:岡和田晃
発行 : グループSNE/書苑新社
2021/2/26 - ¥1,980