2021年03月17日

『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.4


 2021年3月16日の「FT新聞」No.2974で、連載「『ウォーハンマーRPG』を愉しもう!」第4回が配信されています。キャンペーンシナリオ「内なる敵」の第1巻『ベーゲンハーフェンを蔽う影』の初版・第4版について。「パワープレイ」と「ストーリープレイ」をめぐる考察も。


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 記事で触れた「内なる敵」シリーズ(初版)を写真でお見せすると、このような具合です。以降も連載で触れていくかも……。

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『ウォーハンマーRPG』を愉しもう! Vol.4

岡和田晃
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 「大人」たちはとかく、子どもと女を軽んじる。
 子どもならば「大人」の難しい話は理解できないだろうと、路地裏で、酒場の片隅で、あるいは橋の上で、おおっぴらにすべきではない話題を聞かせてくれる。
 すでに働くような年齢だとしても、12〜3歳の少女など、無教養な石ころと同じというわけだ。
 フレイザーから聞かされた話は、わたしが小耳に挟んだことのある噂話と矛盾しない。
 このところ、ユーベルスライクを統治するユングフロイト家は、カール・フランツ皇帝率いるアルトドルフとうまく行っていない。
 言うまでもなく、シグマー神の狂信者であるフレイザーもまた、ユングフロイト家を背後では、混沌の信者が糸を引いていると信じ込んでいる者の一人だった。
 ――魔女レジーナが書き遺した手記「ありえざる遭遇」の章より

 『ウォーハンマーRPG』は単発セッションでも楽しい作品で、第4版も原著では『ライクランドが舞台の単発シナリオ集(One Shot in Reikland)』というサプリメントも発売されていますが、プレイヤー・キャラクターのキャリア成長による醍醐味を堪能できるのは、やはりキャンペーン(連続)シナリオでしょう。今回は初版と第4版で展開されている「内なる敵」キャンペーンの第1巻について解説し、RPGにおける「パワープレイ」と「ストーリープレイ」の意義についても語っていきます。

●「内なる敵」キャンペーン

 「内なる敵」としての人間こそが、『ウォーハンマーRPG』でもっとも頻繁に出くわす敵である……そんなことを、前回には書きました。
 この「内なる敵」について、もっとも正面から向き合ったキャンペーンが、初版の「内なる敵(Enemy Within)」キャンペーンではないでしょうか。第1部『ベーゲンハーフェンを蔽う影(Shadows Over Bogenhafen *最後のoはウムラウト付き)』(1991年)は、すでに第4版にコンバートされています。第2部『ライクの死(Death On the Reik)』も発売の予告が出ています。
 『ベーゲンハーフェンを蔽う影』については、社会思想社現代教養文庫にて、『エンパイアの興亡』と『死の街ベーゲンハーフェン』と二分冊される形で邦訳がなされており(1992〜93年)、お読みになった方も多くおられるものと存じます。

●初版の『エンパイアの興亡』と『死の街ベーゲンハーフェン』

 キャンペーン・シナリオ『ベーゲンハーフェンを蔽う影』で特筆すべきは、設定の細かさ。中近世のヨーロッパ社会史や、それを背景にした創作に関心のある方は、絶対に押さえておくべき逸品ではないかと思います。
 前半部にあたる『エンパイアの興亡』では、エンパイアの歴史・政治・宗教・地勢・軍備が緻密に解説されています。同じイギリス発のRPG『混沌の渦』を思わせる薬草ガイドなんてものもありました。
 首都アルトドルフに行く交通手段を見つけようとするシナリオ「人ちがい」から始まり、行く先々で陰謀や騒動に巻き込まれながら、アルトドルフ南西にあるベーゲンハーフェンへ赴きます。
 旅が中心となるウィルダネス・アドベンチャー(荒野の冒険)ですが、アルトドルフ、ヴァイスブルック、ベーゲンハーフェンと街から街へ移動する際の地図は、ちゃんとヘックス(六角)マップになっており、望むならばいくらでもリアルな旅が演出できる仕掛けになっていました。もちろん、後半の『死の街ベーゲンハーフェン』の主な舞台となるベーゲンハーフェンの街は、地上だけではなく、下水道のマップが用意されている凝りようです。
 『ウォーハンマーRPG』は、とかく地味でプレイヤーの達成感が薄いと、意地の悪い人たちから嫌味を言われることがありますけれども、それは誤解です。『死の街ベーゲンハーフェン』は壮大なシナリオで、冒険者たちが打つ手を間違えれば、街全体が滅びてしまいかねません。
 十二分にやりがいのある作品だと、太鼓判を押しておきましょう。ベーゲンハーフェンは人気があり、2版の『シグマーの継承者』でも、「ベーゲンハーフェンの災難」という、続編(後日譚?)めいたシナリオが発表されているくらいです。

●第4版の『影の内なる敵(Enemy in Shadows)』

 第4版では、このキャンペーン・シナリオは『影の内なる敵(Enemy in Shadows)』、『影の内なる敵コンパニオン(Enemy in Shadows Companion)』に二分冊されており、前者はシナリオ、後者はデータの追補が主な内容となっていますが、単なるベタ復刻ではありません。まったく新しい作品だとみなしてもかまわない、とすら言いたくなります。
 「内なる敵」は『ウォーハンマーRPG』で最も広く遊ばれたキャンペーン・シナリオの一つですから、新規プレイヤーが触れやすいようヴィジュアル・イメージを完全に刷新しながらも、ベテラン・プレイヤーのみにユーザーを絞った懐古趣味の産物に終わらない仕掛けが随所に見受けられます。つまり、ビギナーとベテランの出逢う場として設計されているわけです。
 前半の舞台となる〈馬車と馬〉亭など、お馴染みの場所はそのままに、アルトドルフの地図は手描きの絵画のような仕上がりとなっており、ウィルダネスの地図も雰囲気を活かしながらグリッド(四角)マップに整理されています。
 細かいルールは選択ルールとしてゲームマスターの裁量で選べるようになっているのですが、そのルールに目を通すだけで、シナリオの背景や世界観の理解が深まります。選択ルールは、「なぜそのような選択肢があるのか」を解説することで、一種のプレイ・ガイドになっているからですね。

●「パワープレイ」という求道

 『ウォーハンマーRPG』第2版は、「追加ルールを導入すればするほど、キャラクターが弱くなる」と、いう笑い話がプレイヤー間では囁かれました。
 これは、とりわけ『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』初版・2版から『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第3版系列までの(A)D&Dに代表されるRPGが、「サプリメント(追加設定資料集)を購入することで、キャラクターのとりうる選択肢が広がり、それだけ強力なキャラクターを作ることができる」というのが一つのウリであることをふまえた、一種の諧謔ですね。
 もちろん、D&Dの公式ルールが、ひたすらキャラクターを強化させる行為を推奨していたわけではありません。むしろ、「パワーだけを追い求める」行為を暗にたしなめ、キャラクターの多様な個性を広げるためのヒントにしてほしい」という意味のコメントを、盛んに発信していました。
 けれども、もっとも熱心にサプリメントを購入する層は、まずもって「パワー」を求める層だったというのも一つの現実ではありました。キャラクターのクラスや種族、技能や特技・信仰の組み合わせによって、もっとも最適解となる「強い」キャラクターを構築することを目指すわけです。
 もちろん、卓において他のプレイヤーをさしおいて自分のキャラクターのみを活躍させようとするような行為は問題外だと断ったうえで……スタイルとしての「パワープレイ」は、卓の合意がとれていれば一概に間違っているわけではありません。
 「パワー」を求める層は、すべての関連製品を買い、ルールを隅々まで読み込む層であり、またゲームマスター(D&Dではダンジョンマスター)の恣意的な裁定よりも、できるだけ客観的に公正な裁定が望めるというメリットもあったからです。
 何より、ルールの運用をきわめた高レベル帯のセッションでしか見えない風景があるのも事実です。強力なコンボをさらに上回るコンボの応酬によって、予想を超えた複雑なゲーム展開を見せることは珍しくなく、それは他の経験では替えが利かない、RPGの一つの醍醐味と言うべきものでしょう。「パワープレイヤー」と名乗ることは、自分がある種の求道者である、ということを、他人に示す意味合いもありました。
 それに実際のところ、パワープレイのコンボは、トレーディングカードゲーム(TCG)やオンラインRPG(MMORPG)へと輸入され、それがまた逆輸入……という往還関係により、相互に影響を与えあってきたという側面もあります。

●「パワープレイ」対「リアル・ストーリープレイ」の思い出

 私は「パワープレイヤー」を名乗ったことこそありませんが、それでも自前のD&Dのキャンペーンでは、ルールが提供する複雑さを「複雑だからこそ、面白い」ものとして紹介できるような運用を心がけていました。
 以前、「Lead&Read」(新紀元社)のVol.1、Vol.3、Vol.5(2008〜09年)に掲載されたD&D第3.5版の私の筆になるリプレイでは、そうした複雑さを世界観(エベロン世界というマジカルパンクな世界)に落とし込んで伝えるべく、あれこれ心を砕いた次第です。つまり、パワープレイ的な発想を「ストーリープレイ」に融合させる、という試みだったわけですね。
 ストーリープレイというのは、「オフィシャルD&Dマガジン」の常連ライターだった藤川俊一氏が提唱した「リアル・ストーリープレイ」の影響を受けています。氏はAD&Dを日本に普及させた功労者の一人ですが、土日のすべてを費やしてAD&Dのグレイホーク世界、あるいは自作のウォーレンメルド世界でのプレイを深めていました。
 しかし、藤川氏はある時から、いたずらに追加データを導入するのではなく――あくまでも私の理解では、能う限りメタ視点を廃し、キャラクター視点での「没入」を徹底するという――リアル・ストーリープレイというスタイルを提唱するようになりました。一九九〇年代後半のAD&Dファンコミュニティでは、パワープレイかリアル・ストーリープレイか、という議論が交わされたのをよく記憶しています。パワープレイヤーはAD&Dのオンリーイベントで、壇上に山のようにサプリメントを積み上げて「関連資料全解禁」のプレイをしており、圧倒されたものです。
 私が言うストーリープレイは、藤川氏のように徹底したものではありません。むしろ、私がこの議論を面白いと思ったのは、RPGにおいてパワープレイを論じると、理論的には対概念としてストーリープレイが浮上してくるという事例を確認できたことでした。
 藤川氏の言うリアル・ストーリープレイとイコールではありませんでしたが、AD&Dは十字軍、ケルト、ヴァイキング等ヒストリカルな背景のサプリメントが大量に出ていて、決してパワーだけではない世界観重視のスタイルがあったわけで、声は大きくないにしろストーリープレイヤーも少なからずいました。
 これがTCGの場合、ストーリープレイを前提としたプレイは、不可能ではないにしても、なかなか難しいと思われます(『指輪物語CCG』のように、ストーリーの表現を重視したTCGも少なからず存在してきましたが、その性質上、どうしても「勝ち負け」を重視せざるをえないからです。
 RPGの場合、目に見える「勝ち負け」は、そのままゲーム・セッションの出来不出来には結びつきません。極端な話、全滅しても、それで満足のいくストーリーが構築できたら、総合的には勝利した、とも言えるのですから。TCGはRPGほどに、重要なのは「プロセス」の堪能だと言い切ってはいないのです(もっとも、このことはRPGはTCGよりも優れている、もしくはその逆だということを意味しません)。

●D&D第4版の配慮

 多くのRPGではパワープレイに特化することは戒められています。ルールに習熟していない初心者がふるい落とされてしまいかねないからです。
 ところが、遊びこめば遊びこむほど、プレイヤーはひたすら「パワー」を求めがちとなる……このジレンマは、RPGを(とりわけ商業的かつ持続的に)展開していくうえでの悩みの種となっていました。
 D&Dも第4版からは、パワープレイな志向を取り入れつつも――D&D第4版は、それまでのRPGの中でも、飛び抜けてTCGやMMORPGと似たタイプのルールがあちこちに見受けられたシステムです――サプリメントの追加を「とりうるキャラクター・ビルドや戦術の広がり」であり、ただパワーを増やすわけではないという方向に舵をとってきました。
 もちろん、私も翻訳に参加したサプリメント『秘術の書』(ホビージャパン、2009年)で追加されたクラス「バード」(吟遊詩人)のように、d20(20面体サイコロ)を振り直させる特殊能力をたくさん有するような、相対的にバランスブレイキング(褒め言葉です、念の為)なオプションは存在しました。
 けれども、D&D第4版はアップデートでバランスが何度も見直され、その後も『エッセンシャルズ』という(既存のルールを整理した、互換性を持ちながら実質的な第4.5版ともいえる)仕切り直しが行われることで、初心者がふるい落とされないような配慮が常になされてきたのも事実です。
 こうした見直しには当然ながら、賛否両論が起きました。ただ、その是非は措くとして、D&D第4版は当初からチームプレイが前提とされており、「防御役」「撃破役」「指揮役」「制御役」と、さながらサッカーやアメフトの役割分担のように、キャラクターが配置されることを前提としたシステムでした。ゲームデザイナー層に、D&D第4版が高く評価されるという話も頷けます。それぞれに得手不得手があるため、必然的にバランスが保たれるというわけですからね。

●ストーリープレイへの再帰

 D&D第5版は、いったんクラシックD&Dに先祖返りしたと評されることが多い作品なのですが、それは思い切ってパワープレイとは別方向に舵を切ったからです。
 D&Dは第4版で抜本的なシステム変更を行なったため、新規プレイヤーを獲得した反面、第3.5 版までの(特に)パワープレイ志向なプレイヤーは、基幹ルールを同じくしD&D第3.75版とも言われる『パスファインダーRPG』へと流れていきました。
 『パスファインダーRPG』も、それ自体はパワープレイ的というよりは、背景世界ゴラリオンをじっくり堪能するようなスタイルが推奨されているのではありますが、それでも、多少の調整を加えれば、D&D第3版系列のサプリメントがそのまま活用できるため、パワープレイにも向いています。
 ゆえに、RPGのマーケットにおいては、『パスファインダーRPG』が、(シェアNo.1がデフォルトであった)D&D第4版を凌駕する光景さえ、珍しくありませんでした。
 そういった流れを承けて登場したD&D第5版においては、あまりルールを読み込んでいないプレイヤーがなんとなくキャラクターをデザインしても、それなりにベテラン・プレイヤーと肩を並べて活躍できるような設計思想が、意図して採られています。
 さらに、キャラクターの背景を演出するシステムや、「インスピレーション」というロールプレイ推奨ルールも加えられ、『魂を喰らう墓』、『バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス』ほか長大なキャンペーン・シナリオが、続々と出版されるようになりました。第4版までもキャンペーンはたくさん出ていましたが、「まずはキャンペーンで遊んでね」とでも言いたげな出版ラインナップになっているのです。
 D&Dは第3.5版の頃から、D&Dゲームデイという世界各地で共通したシナリオを遊ぶ、という試みがなされていました。加えて、D&D第4版からは、D&Dエンカウンターズという、各ゲームショップを拠点に、長大なキャンペーン・シナリオを毎週、少しずつ遊んでいくスタイルが採られるようになりました。
 私もD&Dエンカウンターズの模様を取材したことがありますが、キャラクターを強化するにしても、それはあくまでもパーティ全体の強化に溶け込ませる形でなされ、あくまでも抽象的な戦闘ゲームではなく、各遭遇がキャンペーン内に上手く落とし込まれる……そんな設計思想がよく伝わってきました。
 つまり、D&Dは第4版から第5版にかけて、パワープレイよりもストーリープレイ方面へ、少しずつスタイルを移行させてきたと言えるのかもしれません。もともとRPGはストーリーを遊ぶ表現スタイルとして広がったところがありますから、単なる回帰ではなく「再帰」と言うべきなのかもしれません。
 そして、こうした「再帰的なストーリー志向」は、ダークファンタジーを基軸にした雰囲気こそ異なれども、『ウォーハンマーRPG』第4版も有している特徴です。

●『ウォーハンマーRPG』第2版の曖昧さ

 以前も書きましたが、『ウォーハンマー第2版』をデザインしたグリーン・ローニン社は、もとはD&D第3版系列のサードパーティでした。そのため、『ウォーハンマーRPG』第2版のルールは、陰に陽にD&D第3版が意識されるようになっています。
 D&D第3版や第3.5版では、ゲーム世界で起こるすべての事象は、余すところなくゲームルールで説明できるようなデザイン思想が打ち出されていました。しかし、『ウォーハンマーRPG』はそうではありません。そのあたりが、『ウォーハンマーRPG』では、あえてゆるくデザインされていたというわけです。
 例えばグリッドマップで戦闘を行う際、D&D第3版では斜めに移動する場合、通常の移動力消費が1だとしたら、1.5を消費するものとして処理されていました。ですが、『ウォーハンマーRPG』第2版では、明確な記述がありません。そのため、GMは、斜め移動の際の移動力の消費を1とするか、1.5とするのかをあらかじめ選択する必要があります。
 要するにリアリティを重視するのであれば、D&D第3版のように1.5にすればよく、面倒だと思うのであれば、斜め移動も1として処理してしまえばいい、というわけなのです。ちなみに、D&Dも第4版からは、斜め移動の際の移動力の消費は1になりました。

●運命づけが示唆するもの

 サプリメントを導入するにしても、『ウォーハンマーRPG』第2版での宗教を解説する『救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション』を導入すると、確かに信仰系の呪文(「奇跡」)の選択肢も増えるのですが、教団独自の戒律などの「縛り」も増えます。きわめつけは、「運命づけ」の異能です。この異能を取得すると、「運命予言者」というモールの司祭に、キャラクターの死に様を予言されます。その予言通りに死亡すると、新たにキャラクターを作り直す際にボーナスが入る、というわけです。
 強くなるといえば強くなるのかもしれませんが、なんと迂遠なのでしょう(笑)。そして、この「運命付け」の異能は、『ウォーハンマーRPG』第4版では、基本ルールブックからデフォルトで収録されています。
 おそらく、「『ウォーハンマーRPG』は、サプリメントを導入すればするほど、キャラクターが弱くなる」というのは間違いです。無限に追加データを渉猟してキャラクターを強化しても、『ウォーハンマーRPG』は協力型ゲームであり、原則としてプレイヤー・キャラクター同士が始終やり合うわけではありません。
 ゲームマスターはゲーム内における絶対的な権力をもっており、いかに強力なキャラクターを用意しても、「きみは死んだ」の一言で、そのキャラクターを殺してしまうことができます。それならば、プレイヤーは何のためにサプリメントを購入するのでしょうか? 
 マゾヒスティックなゲーム経験のため?――そういう人もいるでしょうが、それだけならば、こんなに長い間、支持されるわけがありません。
 一つの答えとしては、参加する世界をより深く理解するため、世界の解像度を上げていくため。これに尽きるのではないかと思います。


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