2021年01月20日

『史学研究とゲーム研究の徒・蔵原大―遺稿と追悼―』(蔵原大遺稿集刊行会)が発刊


 Analog Game Studiesのメンバー・蔵原大氏は、大変遺憾ながら、2020年2月に急逝しました。このたび、その遺稿追悼文集が完成いたしました。単体の論集としての強度がある一冊になったと自負しておりますし、Analog Game Studiesからの再録も多数、盛り込んでございます。
 正直なところ、2017年5月の『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷 SF・幻想文学・ゲーム論集』に続く、Analog Game Studiesメンバーが発刊した第2の論集がこういった形にならざるをえなかったことには複雑な思いもありますが(また、AGSが合流しているボードゲーム読書会@高田馬場では、〈日本現代卓上遊戯史紀聞〉シリーズを発刊していますが)、Analog Game Studies開設後の想いのようなものがわずかでも伝われば幸いです。(岡和田晃)

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《以下、BOOTHにある紹介文の転載です》

 2020年2月に急逝した、蔵原大氏の遺稿を精選・集成し、関係者30名の追悼文を添えた本文540頁の大著です。戦略学研究から出発し、ウォーゲーム史・シリアスゲームを通じた産官学の連携の研究といった分野で重要な仕事をなした故人の業績、および人柄を偲ぶよすがとして、次のリンク先にて、電子書籍版を非営利で無償頒布いたします。

【[編]石塚正英・岡和田晃、[発行]蔵原大遺稿集刊行会、2020年12月31日刊】

※なにぶん大部の本ということもあり、紙媒体で読みたい人もおられると思いますが、そうした方には、印刷・製本・発送に伴う実費のカンパをお願いしております(2021年2月末、印刷版を限定刊行予定)。詳しくはakiraokawada@gmail.comにまでご連絡下さい。

●目次

・刊行のあいさつ(石塚正英)
・『史学研究とゲーム研究の徒・蔵原大―遺稿と追悼―』解題(岡和田晃)

・第一部「単著論文」
 文民統制こそ国家生き残りのための戦略− 旧西ドイツ政軍関係の精神に学ぶ−
 二十世紀のウォーゲーミング(図上演習の方法論)に関する歴史
 戦略学「教育」の新潮流:紛争シミュレーション教育の理論・実践・政治的利用に関する考察
 近現代ウォーゲーム(兵棋演習)の概史――二百年の変遷

・第二部「共著論文」
 ネット時代における「政府広報ゲーム」の将来性:防衛省シリアスゲーム「自衛隊コレクション」はいかにして企画・制作されたか?

・第三部「翻訳」
 サクセサーズ(AH)ヒストリカルノート
 研究ノート 歴史上の紛争を表現するシミュレーション手法

・第四部「コラム・書評・レポート」
 ハウス=デバイテッド(GDW)リプレイ南北戦争
 −教訓は忘れ去られた−:戦艦大和のミッドウェー海戦
 【書評】石津朋之『リデルハートとリベラルな戦争観』
 米国立公文書館「第二次世界大戦関連デジタルアーカイブ」利用の手引き
 【書評】桃木至朗『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』
 陸自シミュレーション演習はどこまで進んでいるのか――陸自幹部学校主催「総合安全保障セミナー」体験記――
 傷だらけの偉大な負け組に捧ぐ:「役割演技式競技」における「ヒーロー」とは何者であろうか?」
 戦略の迷走:『空の境界』と『キラーエンジェルズ』の場合
 【レビュー】秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]』(2010)
 歴史学者の秦郁彦と戸高一成、ウォーゲームにて激突す!
 【レポート】DBA(De Bellis Antiquitatis):上古の戦場にようこそ!
 【レビュー】ベアトリス・ホイザー『クラウゼヴィッツ早分かり』(Beatrice Heuser, Reading Clausewitz,2002)
 【レビュー】『エクリプス・フェイズ』(Eclipse Phase)さぁ黄昏の未来世界にようこそ!
 【レビュー】ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』(J. F.Dunnigan, Wargames Handbook, 2000)
 【レビュー】ジェフリー・パーカー『フェリペ二世の大戦略』(Geoffrey Parker, The Grand Strategy of Philip II, 2000)"
 【レビュー】ジョン・キーガン『戦闘の顔』(John Keegan, The Face of Battle)
 『エクリプス・フェイズ』キャラクター作成術:「軍艦」と「パズル」と「古典」
 世界史プレゼンテーション「ポストナポレオン戦争」「武器」「移民」「将棋=チェスの世界史」「科学革命」
 ゲームと政治のつきあい方――行政広報ゲーム
 ウォーゲーム研究大会・参加談―イギリスで戦略をプレイするということ
 【ちょっと戦略研究】「狂犬」マティス将軍ってどんな人? (1)
 【ちょっと戦略研究】「狂犬」マティス将軍ってどんな人? (2)
 【ちょっと戦略研究】「狂犬」マティス将軍ってどんな人? (3―まとめ)
 【ちょっと戦略研究】「狂犬」マティス将軍ってどんな人? ( 補論) &「狂犬」トランプ
 ボードゲーム読書会『Lost Battles』レジュメ2018 年1 月
 ボードゲーム読書会『Lost Battles』レジュメ2018 年2 月
 ボードゲーム読書会『Lost Battles』レジュメ2018 年3 月
 ボードゲーム読書会『Zones of Control』レジュメ
 宗教とゲーム―頸城野から電脳空間へ―

・第五部「小説・戯曲」
 衛星タイタンのある朝
 「戦うショートショート」又はボーイ・ミーツ・ガール
 「真夏の夜の夢」作戦
 前夜
 女博士イオネスコの受難 リプレイ・忍殺バージョン

・第六部「関係者追悼文」
 蔵原大氏の急逝を悼む(石塚正英)
 蔵原追悼文(市川大河)
 蔵原大さんへ(大沢武彦)
 「戦友」を亡くして(岡和田晃)
 蔵原大氏を悼む(尾ア綱賀)
 追悼文(小野憲史)
 蔵原追悼文(金澤尚子)
 畏友蔵原大君を悼む(岸田伸幸)
 蔵原大氏追悼(草場純)
 ゲームの人、蔵原さん(黒木朋興)
 さようなら、蔵原さん(齋藤路恵)
 蔵原さんとデジタルコンテンツ(佐久間健)
 友になるまえに逝ってしまった友へ(佐藤修)
 蔵原さんのこと(沢田大樹)
 分類を拒むひと(助川幸逸郎)
 追悼文(鈴木香織)
 蔵原さんのこと(瀬戸利春)
 追悼文(高橋志行)
 蔵原大先輩の思い出(谷田雄一)
 蔵原大先生を追悼いたします(張永嬌)
 蔵原さんを偲んで(通堂あゆみ)
 蔵原大さんへ(仲知喜)
 平らな勾玉(西原志保)
 蔵原大氏追悼(伏見健二)
 「遊戯」とは何かを教えてくれた人 蔵原大さん(米田祐介)
 蔵原さん..心優しき善意の人(牧野元紀)
 美女剣士“ 無鉄砲” のダン・ワン( 弾丸) のキャラクターシートをあなたの分身とみて(待兼音二郎)
 「ゲームデザイン討論会」と蔵原さんの思い出(三宅陽一郎)
 蔵原大氏追悼(茂木謙之介)
 蔵原追悼文(八重樫尚史)
 世界の起源の泉(岡和田晃)

・あとがき(岡和田晃)
・蔵原大氏・フォトギャラリー
・著者編者プロフィール

 

【著者】
蔵原 大(くらはら・だい)
1972年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科後期博士課程単位取得退学。修士(人口学)。独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター、東京大学大気海洋研究所学術支援専門職員、株式会社ジェイブレイン顧問、株式会社分析広報研究所嘱託職員、東京電機大学理工学部情報システムデザイン学系非常勤講師等を歴任する。戦略学研究から出発し、ウォーゲーム史・シリアスゲームを通じた産官学の連携の研究といった分野で重要な業績を遺した。
 主論文に「近現代ウォーゲーム( 兵棋演習) の概史 : 二百年の変遷」(「遊戯史学研究」25号、2013年)、「戦略学「教育」の新潮流:紛争シミュレーション教育の理論・実践・政治的利用に関する考察」(「戦略研究」第9号、2011年)、共著に『世界史プレゼンテーション』社会評論社, 2013年)、『ゲームクリエイターが知るべき97のこと(2)』(オライリー・ジャパン、2013年)ほか、また自身の思想を小説や戯曲としても表現し、代表作に「前夜」(「SF Prologue Wave」、2017年)がある。翻訳書にウィリアムソン・マーレー&リチャード・ハート・シンレイチ『歴史と戦略の本質 歴史の英知に学ぶ軍事文化』(上下巻、共訳、原書房、2011年)など。軍事問題研究会、日本アーカイブズ学会、戦略研究学会、日本デジタルゲーム学会、Analog Game Studies、遊戯史学会、ボードゲーム読書会@高田馬場、ゲームデザイン討論会、アルテス=リベラレス開発研究所、その他に参画。2020年2月急逝。

 

【編者】
石塚 正英(いしづか・まさひで)
1949年新潟県上越市生まれ。立正大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程満期退学、同研究科哲学専攻論文博士(文学)。1982年より、立正大学、専修大学、明治大学、中央大学、東京電機大学(専任、2020年3月退職)歴任。東京電機大学名誉教授。2008年〜、NPO 法人頸城野郷土資料室(新潟県知事認証)理事長(現在に至る)。著書に、『革命職人ヴァイトリング――コミューンからアソシエーションへ』『地域文化の沃土――頸城野往還』『マルクスの「フェティシズム・ノート」を読む――偉大なる、聖なる人間の発見』『ヘーゲル左派という時代思潮――A・ルーゲ/ L・フォイエルバッハ/ M・シュティルナー』『学問の使命と知の行動圏域』(以上、社会評論社)、『アミルカル・カブラル―アフリカ革命のアウラ』(柘植書房新社)、J・G・フレイザー『金枝篇』(監修、既刊7巻、国書刊行会)ほか。蔵原大氏を東京電機大学非常勤講師に招聘し、アルテス=リベラレス研究所を立ち上げ、また研究生活50周年記念誌『感性文化のフィールドワーク』(社会評論社)は、蔵原大氏生前最後の文業発表の場となった。

岡和田 晃(おかわだ・あきら)
1981年北海道上富良野町生まれ。筑波大学大学院人文社会科学研究科で修士(文学)を取得。2007年より、ゲーム作家・研究家、文芸評論家として活動。2011年より、商業媒体で歴史コラム執筆。2015年より、共愛学園前橋国際大学、法政大学経済学部、東海大学文化社会学部等の非常勤講師を務める。2019年より、商業文芸雑誌の編集長、現代詩創作の仕事も開始。「ナイトランド・クォータリー」編集長。著書に、『「世界内戦」とわずかな希望―伊藤計劃・SF・現代文学』(第5回日本SF評論賞優秀賞を含む)『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷 SF・幻想文学・ゲーム論集』(以上、アトリエサード)、『反ヘイト・反新自由主義の批評精神――いま読まれるべき〈文学〉とは何か』(第50回北海道新聞文学賞佳作の改題、寿郎社)、『掠れた曙光』(茨城文学賞詩部門受賞、書苑新社)、『現代北海道文学論 来るべき「惑星思考(プラネタリティ)」に向けて』(編著、藤田印刷エクセレントブックス)、『幻想と怪奇の英文学W――変幻自在編』(共著、春風社)ほか、RPG『エクリプス・フェイズ』『トンネルズ&トロールズ』『ウォーハンマーRPG』『ダンジョンズ&ドラゴンズ』等関連の翻訳・創作も多数。Analog Game Studiesを立ち上げ、蔵原大氏と共闘した。

 

装丁・製作:松島梨恵
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2011年03月20日

デヴィッド・ヌーナン/ビル・スラヴィクシェクほか『ダンジョン・デルヴ』:「詰めD&D」集。DM指南に、そして新しい遊び方のために!

【新作紹介】デヴィッド・ヌーナン/ビル・スラヴィクシェクほか『ダンジョン・デルヴ』:「詰めD&D」集。DM指南に、そして新しい遊び方のために!
 岡和田晃

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 世界最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(以下、D&D)。その最新版であるD&D第4版は、現在でも精力的に日本語展開がなされていますが、展開の当初から、未訳のサプリメント(追加の設定資料集)に親しんでいるゲーマーたちの間で、ひそかに評価の高いサプリメントが存在しました。それが今回邦訳された『ダンジョン・デルヴ』Dungeon Delve,2009です。初出から2年あまり。待望のサプリメントがついに日本語でお目見えしたという次第です。
ダンジョン・デルヴ (ダンジョンズ&ドラゴンズ 第4版サプリメント) [大型本] / デヴィッド ヌーナン, ビル スラヴィクシェク (著); 待兼 音二郎, 鈴木 康次郎, 阿利浜 秀明, 見田 航介, 岡和田 晃 (翻訳); ホビージャパン (刊)
 なぜ、人気があるのでしょうか? それはおそらく、この『ダンジョン・デルヴ』が、ダンジョンマスター用の指南の書として機能しながら、D&Dの新しい遊び方を提示してくれるサプリメントでもあるためでしょう。その点、もう少し詳しく説明していこうと思います。


●ダンジョンマスター用の指南の書として

 D&Dは数ある会話型RPGの中でも、血沸き肉踊る戦闘の楽しみに重点を置いたシステムとなっています。そして、第4版になってからのD&Dは、戦闘システムに大胆な単純化と抽象化が施されたため、容易にルールを習得でき、手軽にダイナミックな戦闘が楽しめるようにもなりました。

 D&D第4版においてキャラクターは「パワー」という特殊能力を用いますが、このパワーはダメージを与えたりキャラクターを強制的に移動させたりする要素と、朦朧状態や支配状態などの「状態異常」を与える要素に大別されます。また「遭遇」という単位でゲーム内時間を抽象化することにより、戦闘やイベントの管理が手軽に行なえるようにもなっています。

 こうした諸々の刷新事項の中でも特筆すべきは、D&D第4版がチームワークを重視している点でしょう。PC一人ではとても敵わない強力な敵であっても、パーティ内の連携次第で、十分に打ち勝つことが可能であること。この楽しさといったら! 言い換えれば、D&D第4版での戦闘の醍醐味は、チームワークによって「遭遇」という名の苦難を乗り越える過程にほかならないのです。

 この「遭遇」は、白紙のマップに敵と味方を配置し、殴り合うだけの単純なものから、複雑なストーリー的ギミックや、地形効果などと組み合わせたものなど、さまざまなものが考えられますが、プレイヤーたちに嬉しい驚きを与えるためには、やはり「遭遇」の質にはこだわりたいもの。しかし慣れないうちには、なかなか面白い「遭遇」が思いつかないのもまた事実です。

 会話型RPG、特にD&Dを深く楽しむためには、優れたダンジョンマスター(略称DM、D&Dにおけるゲームマスター)の存在が大事になってきますが、D&D第4版において優れたDMたるには面白い「遭遇」を作成し、鮮やかに運用する技術がやはり、必要不可欠です。『ダンジョン・デルヴ』は、そうした技術を身につけるための指南の書として活用することができます。

 『ダンジョン・デルヴ』には、すぐに使える「遭遇」が、各レベル帯ごとに3つ、合計90(!)も収められているのですが、これらの「遭遇」には、それぞれストーリー的な背景設定や、運用のコツ、描写の仕方、拡張案が記されています。こうした情報を参考に運用を行なえば、自然とD&Dのダンジョンマスターとしての技術を上達させることが可能になります。


●手軽な遊び方の提示として

 また『ダンジョン・デルヴ』は、D&Dのより手軽な遊び方を提示するサプリメントともなっています。遠慮せず、『ダンジョン・デルヴ』に掲載されている「遭遇」を使って、D&Dをボードゲーム的な(プレイヤーとDMの)対戦ゲームとして遊んでしまいましょう! 1998年のGencon Game Fair(北米最大のゲーム・コンベンションの一つ)でお披露目された遊び方に由来するということからもわかるとおり、『ダンジョン・デルヴ』は、お祭りで行なわれるような――明快でダイナミックなスタイルに――めっぽう相性がよいのです。

 『ダンジョン・デルヴ』には、レベルごとに3つの遭遇が収められています。手持ちのリソースを考えながら、この3つの遭遇を生き延び、所与の目的を達成しましょう! 『ダンジョン・デルヴ』の遭遇は、決してやさしいものではありません。特に「デルヴ3」は、多くの冒険者を闇に葬った悪名高いデルヴです。不敵に笑うDMの鼻を明かしてやるか、無残にもダンジョンの果てで朽ちるのか。すべては、あなたの勇気と機知にかかっているのです!
 いわば本書は「詰めD&D」の問題集。もっとも、詰将棋のように一人で解法を模索するのではなく、仲間たちとワイワイ楽しむ類のものですが。

 練りに練った重厚長大なストーリーも面白いものですけれども、一方で手軽な戦闘ゲームとしてD&Dに親しむことにも、独特の面白さが存在します。いや、手軽な戦闘ゲームとして遊んでいたつもりが、その経過を振り返ってみると、ひとつの壮大な物語となっていたという、意外な驚きに出遭えるかもしれません。ひとつのゲーム経験が、かけがえのない「体験」へと昇華されること。それがD&Dを「遊んだ」ことだと、筆者は考えています。Analog Game Studiesはアナログゲームとその他の社会的要素を繋げることを目標としていますが、そのためにはまず、対象となるアナログゲームについてよく知らなければなりません。D&Dについて言えば、『ダンジョン・デルヴ』は、D&Dにに親しむ格好の機会を提供してくれるものと思います。

 いま、私は放課後『バーコード・バトラー』やカードダスに熱中していた小学生の時の自分に、「小難しいこと抜きで、もっともっと戦闘をしたい!」と戦闘に飢えていた中学生の時の自分に、『ダンジョン・デルヴ』をプレゼントしたいと切に思っています。当時有していた――今も静かに持続していますが――狂おしいまでの飢餓感に、このサプリメントは十分、答えてくれたに違いないからです。いや、社会人になった今でも、心ゆくまで戦闘を楽しみたいという機会は多いですし、「D&D Encounters」(後述)のような遊び方にも、『ダンジョン・デルヴ』は相性がよいとも思います。

 また、『ダンジョン・デルヴ』で導入された「遭遇3セット」という考え方は、「デルヴ形式」という名のもとに、公式アドベンチャーにおいても採用されています。どうもセッションにメリハリがないとお悩みのDMは、「遭遇3セット」というデルヴ形式の考え方を採用してみて下さい。長くもなく、かといって物足りなさもなく、この「遭遇3セット=デルヴ形式」が、D&D第4版のアドベンチャーを設計するにあたり、理想的なモデルとして機能するとわかるはずです。イベントでも応用することはできるでしょう。


●42種類の新モンスター!

 『ダンジョン・デルヴ』に登場するモンスターは、『モンスター・マニュアル』のほかにも、『Open Grave』、『次元界の書』、『ドラコノミコン:クロマティック・ドラゴン』に収録されたものが登場しています。

 しかし、それだけではなく、『ダンジョン・デルヴ』では、新しいモンスターが42種類も、お目見えします。モンスター好きには、見過ごすことはできないでしょう。


●調整してみましょう!

 『ダンジョン・デルヴ』の原書は2009年の2月に発売されたサプリメントであるため、『ダンジョン・マスターズ・ガイドII』等に掲載された、モンスターの調整や罠のアップデート等は反映されていません。最新の適正難易度で挑みたいDMは、適宜調整を加える必要があります。

 また、それ以外にも『ダンジョン・デルヴ』には、モンスターのカスタマイズ案やプレイヤーの人数に合わせた調整案が掲載されております。こちらも参考にしてみて下さい。

 なお、『ダンジョン・デルヴ』で紹介されているダンジョン・タイルには絶版のものもあるようですが、他のタイルでも代用が利くものも多いですし、手書きのマップ等でも比較的楽に再現することが可能です。
ダンジョン・デルヴ (ダンジョンズ&ドラゴンズ 第4版サプリメント) [大型本] / デヴィッド ヌーナン, ビル スラヴィクシェク (著); 待兼 音二郎, 鈴木 康次郎, 阿利浜 秀明, 見田 航介, 岡和田 晃 (翻訳); ホビージャパン (刊)

●関連リンク集

・『ダンジョン・デルヴ』に、さらに興味が出てきた人は、ホビージャパンのD&D日本語版公式サイトにプレビューが掲載されていますので、ぜひご覧ください。http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/delve/index.html

・また、吉井徹さまによる「ゆるゆるSpeak Easy」第42回では、コミック形式で『ダンジョン・デルヴ』の踏み込んだ説明が描かれています。
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/article/speak_easy/speak_easy42.htm

・現在、全世界でD&D Encountersというイベントが実施されています。これは、D&Dの発売元であるWizards of the Coast社が主催する世界的なイベントで、毎週水曜日に1セッション=1遭遇という形でアドベンチャーをこなすという形でD&Dのキャンペーン・ゲーム(続きもののドラマのように連続したストーリーの冒険)を行なうというものです。詳しくは、会話型RPGを中心としたアナログゲーム総合情報誌「Role&Roll」Vol.78にレポートが寄せられていますが、D&D Encountersのように、「1遭遇=1セッション」という形で、『ダンジョン・デルヴ』を遊んでみるのも面白いかもしれません。また、オンライン・セッションとの相性も抜群のようです。
Role&Roll Vol.78 [大型本] / アークライト (編集); 新紀元社 (刊)

・アドベンチャーにおけるキャラクター表現に、より深みを与えたい人には、P・ローランさまの「もう一人の自分 ―ANOTHER SELF― 〜AD&D(R)におけるキャラクター・ジェネレーションへの一考察〜」が役に立ちます。
http://analoggamestudies.seesaa.net/article/187513308.html
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2011年03月14日

ウォーゲーム講義のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011)

【新作紹介】ウォーゲーム講義のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011)
 蔵原大
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 今回は、首都大学で行われているウォーゲーム講義のテキストを紹介します。

ハンニバルに学ぶ戦略思考

ハンニバルに学ぶ戦略思考

  • 作者: 奥出阜義
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2011.02
  • メディア: ソフトカバー



 首都大学オープンカレッジでは、元自衛官の奥出阜義講師による「MM講義」が連年行われています。MM=Map Maneuver(図上演習)ですが、簡単に言えばウォーゲーム(戦争を模擬した競技)のことです。評者も2009年に参加したこの講義、毎年20名ほどの受講生を集めてきました。2011年始めに出された上記の『ハンニバルに学ぶ戦略思考』はその講義内容をまとめたものです。

「戦略の父ハンニバルに学ぶ戦略決断力 ビジネスを勝利に導く体験型MMゲーム」

 しかしなぜ「ハンニバル」なのかって? それについては本をお読みになればお分かりになるかと思いますが、少し種明かしをしますと、講義では古代地中海世界の将軍「ハンニバル・バルカ」の「ロールプレイング」をしていることに関係しています(むろん遊びではなく経営戦略等に類する話です)。

 ちなみにウォーゲームを活用した大学講義については以前にも「ウォーゲームを製作する歴史学の講義:フィリップ・セイビンの革新的試み」で取り上げましたが、日本ではまだまだ珍しい。まして一般参加可能となると中々ないですね。皆さんもこの機に聴講をお考えになられてはいかがでしょう。

 ところでこうした教育の事例については、学術雑誌『戦略研究9』に掲載された「戦略学「教育」の新潮流――「紛争シミュレーション教育」の理論・実践・政治的利用に関する考察――」という論文で国内外の様々な話が分析されています。

 ある種のゲームはこんな風に実践的価値を見出されているわけです。「ゲーム」=「遊び」という固定観念に囚われる時代はもう終わりですよ、皆さん。

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
【レビュー】ウォーゲーム授業のテキスト:奥出阜義『ハンニバルに学ぶ戦略思考』(2011) by 蔵原大(Dai Kurahara) is licensed under a Creative Commons 表示 - 改変禁止 3.0 Unported License.
    
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2011年02月26日

ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(都甲幸治、久保尚美訳)、新潮社

【新作紹介】ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(都甲幸治/久保尚美訳、新潮社):SFとRPGと魔術的リアリズムのハイブリッドが生んだ新しい文学!
 岡和田晃

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オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (Shinchosha CREST BOOKS) [単行本] / ジュノ・ディアス (著); 都甲 幸治, 久保 尚美 (翻訳); 新潮社 (刊)


 SFとRPGと魔術的リアリズムが衝突し、未曾有の大爆発を遂げた!
 英語とスペイン語、英米文学の伝統とラテンアメリカ文学の壮大な構造のまさにハイブリッド!
 『オスカー・ワオの短く凄まじい生涯』The Brief Wondrous Life of Oscar Wao,2007.
 21世紀文学に新たな1ページを刻む傑作の登場である。
 さあ叫べ、「シャザム」と! 君もキャプテン・マーベルに変身するんだ!

 オスカー・デ・レオン。ドミニカにルーツを持つ青年。女の子が大好き。だけど体重は140キロ。スポーツはからきしダメ。それでも彼は愛を求め、出逢う女の子に恋をしては撃沈を続けます。思い返せば幼稚園時代はモテモテでした。でも今は姉から「変わらなきゃ童貞のまま死ぬことになる」、「エロ本を捨てなさい」と説教される状態で、大学を出て教鞭をとるようになっても生徒から『スター・ウォーズ』のジャバ・ザ・ハットに引っ掛けて笑いものにされる始末。

 しかし彼は単なるボンクラではありません。彼には確たる目標があったのです。それは素晴らしい小説を書いて「ドミニカのJ・R・R・トールキン」になること。9歳で『指輪物語』に触れ、高じてトールキンが発明したエルフ語を書けさえした(!)オスカーは、黄金期のSF作家のみならず、グレート・オールド・ワン、すなわち「もうみんなが忘れかけた」E・E・「ドク」・スミスやオラフ・ステープルドン(『最後にして最初の人類』や『スター・メイカー』で有名ですね)をさえ、むさぼり読むのです。そして彼のお気に入りの映画は、小松左京原作の『復活の日』。

 また彼は熱狂的なRPG者でもあり、家族に「一生をロールプレイング・ゲームの製作に捧げる」と宣言します。D&Dサポート雑誌「ドラゴン・マガジン」を購読し、メタル・フィギュアにせっせと色を塗り、「次のゲイリー・ガイギャックス」になることを夢見て、ファンタジー・ゲームズ・アンリミテッド社に超能力ものRPG『サイ・ワールド』の一部として自作モジュールの採用を検討されるところにまでこぎつけます。

 そして、デブのオスカーでも、ひょっとしていい関係になれそうな女の子たちも現れます(ヒント:オスカーはオルタナティヴ・ロックも大好きなのです)。

 しかし、なぜか決まって彼には不幸が訪れます。現に80年代が進むにつれて彼の心は荒んでいき、世界の終末を待ち望むようになるのです(オスカーは『ドラゴンランス』のレイストリンがお気に入り!)。

 オスカーは、アラン・ムーアのグラフィック・ノベル『ウォッチメン』を貪り読み、破滅もののRPG『アフターマス!』を遊びたがる粋な奴。そんなオスカーが他人とは思えない人は、おそらく筆者のほかにも多いでしょう(*1)。そして話が進み、オスカーとその家族の様子を追ううちに、読者は冒頭で説明される「フク」の実際を目の当たりにすることとなるのです。

 「フク」。正式には「フク・アメリカヌス」。

 小説の冒頭で説明されるそれは、広義には何らかの呪いや凶運を、狭義には新世界の呪いや凶運を意味する言葉です。『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』において、この「フク」はラテンアメリカ史上最悪の独裁者ラファエル・トルヒーヨと、オスカーの家系との呪われた関係性を象徴する言葉として描き出されます。

 さて、手前味噌で恐縮ですが、筆者はボード/カードゲームの雑誌「GAME LINK」Vol.3(Shoot the Moon)の連載「戦鎚傭兵団の手柄話」において、政治を題材にしたゲームについての四方山話を書いたことがあります。

 ここでトルヒーヨについても簡単に触れましたので、その部分を紹介しましょう(*2)。

 まずは(注:ボードゲーム)『フンタ』だ。南米の貧しい小国バナナ共和国を牛耳る軍事独裁政権の閣僚となって、先進国から施されたODA(政府開発援助)をかすめとってスイス銀行の秘密口座に入金できた額を競う最低なゲームだ。うまく大統領に当選すれば、好き勝手に援助金を分配できるが、根回しのさじ加減を間違うと、反対派にクーデターを起こされちまう!

 つい最近まで南米は、このゲームに出てくる政治家がヌルく思えるような連中でごった返してたんだぜ。例えばドミニカで30年以上も独裁を敷いていたラファエル・トルヒーヨ。クーデターを起こして将軍から大統領へ成り上がったトルヒーヨは、年金や都市計画に着手しつつ、国土の約3分の1を速やかに私物化し、首都の名前をトルヒーヨと改めるわ、市内に自分の銅像を1,200体あまりも立てるわ、新聞の第一面に大きく「ビバ、トルヒーヨ!」と書かせるわ、国内最高峰の山をトルヒーヨ山と改名するわ、やりたい放題。砂糖やコーヒーなど国内の主要産業は一族で独占。国内のハイチ人を1日に2〜3万人も虐殺。あげくの果てには、支援者に自らをノーベル平和賞へ推挙させすらした(さすがに却下されたが……)。

 とまァ何もかも桁外れ。まさに神話的人物だ。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などのファンタジーRPGでは、極限まで成長したキャラクターは神に近い存在となるが「混沌にして悪(ケイオティック・イーヴィル)」のキャラクターの成れの果てを見た気分だぜ。

(「戦鎚傭兵団の手柄話」第2回「同志(タワーリヒチ)、次回オリンピックはシベリアでいかが?」、「GAME LINK」Vol3)


 誇張ではないかと思われる方もおられるでしょうが、この独裁者が(諸説分かれる部分も含まれますし、無数の伝説を残してもいますけれども)南米において史上最悪とも言われる圧政を敷いてきたのは歴史的な事実なのです。彼はコロンビアの作家ガルシア=マルケスの長編小説『族長の秋』に登場する独裁者のモデルになったとも言われていますが、ガルシア=マルケスは、この独裁者を荒唐無稽なまでに神話的な人物として描き出します。

 その際に彼の筆は、いわゆる近代小説のお約束――ストーリーラインの一貫性、登場人物や時間軸の同一性――といった規範をやすやすと飛び越えるのです。近代小説の基盤が形成されたのは、バルザックやドストエフスキーが活躍した19世紀であると言われていまが、ここからわかるのは、トルヒーヨのような神話的人物は、19世紀的な方法論では到底、描き尽くせないということでしょう。

 しかし『族長の秋』以降の世代を生きるジュノ・ディアスが新しいのは、神話的人物としてのトルヒーヨと、トルヒーヨの治下で不当な弾圧を受けた人たちの生々しい「その後」を、きちんと切り結ぼうとしていることです。

 その際に必要不可欠だったのが、ほかならぬSFの、そしてRPGの想像力でした。

 SFとRPGの想像力を小説でハイブリッドさせた作品というと、古川日出男の『アラビアの夜の種族』を思い浮かべる方も多いでしょう。『アラビアの夜の種族』はコンピュータRPG『ウィザードリィ外伝2 古代皇帝の呪い』(と、同作のノベライズ『砂の王』)を母体とすることで、『千夜一夜物語』やガルシア=マルケスの『百年の孤独』が体現したような物語の複数性と、「始原の記憶の結晶」を追求する「迷宮志向」(それぞれ紀田順一郎)を文学の形で発展させました。

 一方の『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、『アラビアの夜の種族』とはまた異なるアプローチをもって、SFとRPGの方法を、新たな文学技法として積極的に取り入れる作品だと言えるでしょう(*3)。

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の原書には随所にスペイン語が挿入されていますが、SFやRPGの専門用語が、同じくらい大量に盛り込まれてもいます(*4)。そして、これらの固有名詞は実に効果的な配置がなされています。例えば『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』において、トールキンの『指輪物語』や『シルマリルの物語』に登場するサウロンやモルゴスといった強大な悪役の比喩をもって、トルヒーヨは語られますし、その暗殺の模様はRPGの戦闘のように「ヒットポイント四〇〇点ぶんのダメージを受けた」と説明されます(いや、本当に)。

 あまりにも馬鹿馬鹿しいって?

 しかしトルヒーヨがもたらした「フク」は、そして「フク」がもたらした歴史の総体はかように馬鹿馬鹿しくも大仰なもので、古典的なリアリズムの枠組みには収まりきらないもの。それゆえこの表現には確かな意味があるのです。

 高橋志行氏は「ロールプレイング・ゲームの批評用語」において、RPGにおける〈システムデザイン〉〈マスタリング〉〈プレイング〉をそれぞれ融合させた「共同ゲームデザイン」という考え方を提示しました。

 増田まもる氏が述べたように、この「共同ゲームデザイン」という考え方は、物語論(ナラトロジー)の立場から見れば、いわば既存の物語像の再解釈と理解することが可能です。

 つまり『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』はいわば「共同ゲームデザイン」の方法論で、トルヒーヨの独裁が生み出した惨劇と、惨劇の後に続く歴史を徹底して読み替えようとする試みにほかならないと筆者は考えています。

 「共同ゲームデザイン」を物語の中に取り入れる際には、例えばゲームブックのようなパラグラフ選択形式を持ち込むなどといった方法がありますが、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』とはそうした方法とはひとあじ異なるアプローチをとっています。それはつまり、「共同ゲームデザイン」の構造を、小説という一つの大きな箱の中に埋め込みつつ、プレイヤー×ゲームマスター間の「作者-読者」という関係性を、登場する各々の固有名詞のレベルにまで敷衍させている点にあります。

 そしてこの点は、RPGを生ぜしめた諸々の条件とも密接に連関するもので、RPGと、モダニズムを基体とした文学様式(例えばニューウェーヴSFやラテンアメリカ文学)の交点はここにこそあると筆者は考えていますが、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、その交点を体現した重要な作品だと言えるでしょう。

 お手に取ってそのことを確認してみて下さい。

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の第1章は1974年から始まりますが、これが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の発売と同じ年に設定されているのは、おそらく偶然ではないというのが筆者の見解です。いや、本書は立派なD&D小説です。作中では『アドバンスド・ダンジョンズ&ドラゴンズ』のとある著名モジュールがプレイされる光景が語られますし、そのモジュールに登場する敵役にも、形象としての意味を見出すことは難しいことではありませんから。

 ところで、メキシコの作家・批評家であるカルロス・フエンテスは、著名な批評書『セルバンテスまたは読みの批判』の末尾において、次のように記しています。

 しかし事象は万人のものではなく言葉は万人のものである。そして言葉は共有財産のうちまず第一に、そして本然的に希求されるものである。したがってミゲル・デ・セルバンテスもジェイムズ・ジョイスも、彼らがセルバンテスやジョイスではなく、万人である限りにおいて言葉の所有者――詩人――になれるのである。詩人はその行為――〈詩〉――の後に生まれる。〈詩〉がその作者を創造する、ちょうどその読者を創造するように。セルバンテス、万人の読み。ジョイス、万人の記述。

(『セルバンテスまたは読みの批判』、牛島信明訳、水声社)


 万人の読みと、万人の記述。フエンテスのこの言葉は、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』にも当てはまるのではないでしょうか。

 そのうえで『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、語りの「ポリフォニー」(ミハイル・バフチン)を意図的に組み入れた作品でもあり、スージー&バンシーズを愛聴するパンク娘ロラのエピソードもあれば、ロラと激しく対立する母親のべリシア・カブラルの悲劇(*5)、さらにはジュノ・ディアスの過去作『ハイウェイとゴミ溜め』にも登場したユニオールなどが、さまざまな「声」をもって語り、あるいは語られる対象となります。

 こうした多声性は、SFやRPGの様式を用いて再解釈された「万人の読み」「万人の記述」と立体的に重ね合わされることになるのです。

 ですから……。

 オスカーは千回目の『復活の日』を見て、日本人の科学者がティエラ・デル・フエゴについにたどり着き、最愛の人と再会するシーンで千回目に泣いた。オスカーは、おれの推測では百万回目の『指輪物語』を読んでいた。それは彼が初めて見つけたときから、最愛の書物であり最高の安らぎだった。オスカーと『指輪物語』の出会いは九歳のときで、途方に暮れ孤独だった彼に、仲の良かった図書館員が言ったのだった。ほら、これを読んでみたら。そしてこの一言が彼の人生を変えた。三部作をほぼ最後まで読み通し、「そして遠いハラドから……半分トロルのような黒い人間たちがいました」という文章まで来てオスカーは中断しなければならなくなった。彼の頭と心があまりにも痛んだのだ。

(『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』、都甲幸治/久保尚美訳、新潮社)


 ここで『復活の日』を観て涙するオスカーは、あなたの姿であり、私たちの姿でもあるのでしょう。

 まだの方は、ぜひ『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を読んで下さい。惹句に騙されてはいけません。この小説は、単なる「オタク文学」などではまったくないのです。

 小説の終盤で告げられる「私たちは一千万人のトルヒーヨなのよ」という言葉に、あなたはどう向き合いますか?

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (Shinchosha CREST BOOKS) [単行本] / ジュノ・ディアス (著); 都甲 幸治, 久保 尚美 (翻訳); 新潮社 (刊)

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』はThe John Sargent Senior First Novel Prize、The Dayton Peace Prize in Fiction、全米批評家協会賞、ピューリッツァー賞をそれぞれ受賞(2008年)。35もの“本年最高の本”リストに掲載、Lev Grossmanによって、「タイム」誌の2007年のベスト小説10のうち第1位に選出されました。

 Analog Game Studiesでは、今後とも『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』についての記事を掲載する予定です。

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【脚注】

(*1)友人のアメリカ人ゲーマー/SFファンに尋ねたところ、「この主人公は私だ」との返事が! 彼はジュノ・ディアスとほぼ同世代です。
(*2)「戦鎚傭兵団の手柄話」はライター/翻訳家集団・戦鎚傭兵団の面々をデフォルメしたアイコンを傍らに配し、アナログゲームの題材となった背景をなるべく泥臭い形で紹介するのが趣旨の連載です。筆者は「頭の悪そうなトロール」風の似顔絵を描いてもらっていたので、ここではキャラクターに合わせた乱暴な文体を採用しています。
(*3)『百年の孤独』は寒村マコンドとブエンディア一族の運命を魔術的な文体で濃縮させた作品です。あらゆる神話的な状況が巨大な器の中に放りこまれ、撹乱され、放り出されます。人間は哀しいまでに愚かで儚く、死者は蘇り、やがて禁じられた相姦の果てと「豚のしっぽ」を最後に、マコンドもまた塵に掻き消えてしまうのです。
 テクストを通してその一部始終を目撃した私たちは、小説に刻まれる出来事を、歴史の、または人間の縮図であるように受け止めざるをえませんが、仮に『百年の孤独』で描かれる人間が卑小な「個」に過ぎないとすれば、一方の『族長の秋』に登場する独裁者はそうした「個」としての人間を飲み込み、蹂躙しながら際限なく膨れ上がり、傍目には神にも見紛う巨大な存在として描出されるに至ります。
 しかしガルシア=マルケスの筆は冷酷にも独裁者が抱える孤独を、すなわち無限の権力を持つ存在すら「個」にほかならないということを、容赦なく浮き彫りにしていきます。『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』においても、この「個」の問題は、繰り返し問い直されていると言えるでしょう。
(*4)日本語版では、それらの専門用語にはすべて詳細な割注が添えられています。また、邦訳のある作品の表記は原則的に邦訳に準じたものになっています(E・E・「ドク」・スミスと「ドック」サヴェッジ)。割注は、文脈をご存知ない方でも小説を楽しんでいただけるように整備したものですが、おなじみだと思っていた固有名であってもびっくりするような使われ方をなされていることが、割注をご覧になればわかるでしょう(『マトリックス』とかね)。
(*5)母親について語れられる章は「べリシア・カブラルの三つの悲嘆」という章題がついていますが、ひょっとするとこれはフィリップ・K・ディックの『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』にかけているのかもしれません。
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2011年02月20日

ウイリアムソン・マーレー/リチャード・ハート・シンレイチ編集『歴史と戦略の本質 上―歴史の英知に学ぶ軍事文化』

【新作紹介】ウイリアムソン・マーレー/リチャード・ハート・シンレイチ編集『歴史と戦略の本質 上―歴史の英知に学ぶ軍事文化』(原書房、2011)が刊行されます
 蔵原大

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 人間の歴史は文字が発明された時点を起点としても既に五千年以上を経過するそうです。時が積み重なれば知恵が増す、と考えるのは当然かもしれないのですが、しかし今の事情は知識の量だけふえる反面、では知恵者の数はというと何故だかそんなに増えていないように思えます。なぜなんでしょうか?

歴史と戦略の本質 上―歴史の英知に学ぶ軍事文化 [単行本] / ウイリアムソン・マーレー, リチャード・ハート・シンレイチ (編集); 今村伸哉, 小堤 盾, 蔵原大 (翻訳); 原書房 (刊)
 
 http://www.harashobo.co.jp/new/shinkan.cgi?mode=2&isbn=04649-2

 今回ご紹介の本『歴史と戦略の本質 上―歴史の英知に学ぶ軍事文化』(原書房、2011)(原題:The Past as Prologue)では、人間はなぜ歴史を「学び損ねる」ことで失敗に突き進むのか、これまでの無学と敗北の歴史的悪循環(ベトナム戦争、イラク戦争、対テロ戦争......)がその回避のための提言を含めて網羅されています。欧米戦略学の有名人ウィリアムソン・マーレー(Williamson Murray)、マイケル・ハワード(Michael Howard)、アメリカ海兵隊の将軍ポール・ヴァン・ライパー(Paul K. Van Riper)を始めとする共著者が挑むのは、どうすれば人はもっと賢く生きられるのかという古来普遍の課題です。

 内容は以下の通り。

 1 序論……ウイリアムソン・マーレー、リチャード・ハート・シンレイチ

 2 軍事史と戦争史……マイケル・ハワード

 第1部 軍事専門職に及ぼす歴史の影響
 3 歴史と軍事専門職との関連性〜あるイギリス人の見解……ジョン・P・キズレー
 4 歴史と軍事専門職との関連性〜あるアメリカ人の見解……ポール・ヴァン・ライパー
 5 仲の悪い相棒――軍事史とアメリカ軍の教育制度……リチャード・ハート・シンレイチ
 6 軍事史と軍事専門職についての考察……ウイリアムソン・マーレー

 第2部 歴史の英知に学ぶ軍事文化
 7 教育者トゥキディデス……ポール・A・ラーエ
 8 クラウゼヴィッツと歴史、そして将来の戦略的世界……コリン・S・グレイ
 9 歴史と戦略の本質……ジョン・グーチ


 ゲーム関係という点で注目すると、面白いのはジョン・P・キズレー(John P.Kiszely)、ポール・ヴァン・ライパーという二人の実戦叩き上げ将軍の目から見た、プロの軍人から見た真の「軍人魂」とは何なのかという解説でしょうか。小説、RPG、ウォーゲームのいずれにせよ「軍事専門職」(military profession、高度な教育を受けた軍人という意味です)とは無縁ではいられない以上、パットンやロンメルの博識ぶりを追憶しながら戦闘力と歴史的洞察との相関を語る両将軍の論調は(お二人とも教育畑で改革の辣腕をふるったこともあって)なかなかに刺激的かと思われます。「頭脳は兵器、書籍は弾薬」と力説するヴァン・ライパーが兵法書を片手にベトコンと戦った経緯については紹介本の第4章をご参照ください。その内容は明らかにRPG(『ガンドッグゼロ』や『エクリプス・フェイズ』など)のキャラ設定に転用可能ですよ。

 さてゲーム以外の文脈にも目を向けると、例えばこんなのがありますよ。

 ◇ 教育畑の人には、第7章「教育者トゥキディデス」:古代ギリシャ人の振る舞いと現代人のそれとの相似を取り上げています。
 ◇ 戦略研究ですと、第8章「クラウゼヴィッツと歴史」:あの『戦争論』に関する思い切った批評が驚かされます。
 ◇ 歴史畑の人に一押しなのが、第2章「軍事史と戦争史」:歴史学者はこうして出来るという自叙伝的内容です。
 ◇ アメリカ贔屓の人にご参考となるのが、第5章「仲の悪い相棒――軍事史とアメリカ軍の教育制度」と第9章「歴史と戦略の本質」:アメリカ流教育に内包されている知的問題をその教育の実務者が批判しています。


 なお今回刊行されるのは原書のうちの半分、残りの半分は下巻として三月に予定されています。もう騙されたくない? プロの軍人の真髄を知りたい? それなら読みましょう。『歴史と戦略の本質』を。

 そういえば、「Role&Roll」というRPGやボードゲームを扱った雑誌では「戦鎚傭兵団の中世“非”幻想事典」という、フィクションと実際の歴史の橋渡しになるような連載が始まったようですね。

posted by AGS at 12:03| 新作紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする