2012年01月15日

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険


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【Analog Game Studies1周年企画】

ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)、岡和田晃

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 遅くなりまして申し訳ございません。予告していたAnalog Game Studies1周年企画をお贈りいたします。

 昨年の今頃は、門倉直人さまの「グンドの物語」をAGS上で再掲させていただきましたが、今回はフーゴ・ハルさまとのコラボレーションです!



 皆さまはAnalog Game Studiesに掲載された「ゲームブックとの邂逅」をお読みになりましたか?

 「ゲームブックとの邂逅」では、親子二代に渡るゲームブック体験が綴られました。従来は一過性のブームに終わったとみなされることもあったゲームブックは、熱心なファンによって読み継がれ、新たな世代の読者を獲得しつつあります。

 そこでAnalog Game Studiesでは、日本のアナログゲーム・シーンにおける重要なパイオニアであり、現在もゲームブック作家やボードゲーム・デザイナーとして活躍なさっている、HUGO HALLさまとコラボレートした特別企画をお届けいたします。

 題して「ゲームブック温故知新――「ブックゲーム」という冒険」。
 古き時代を振り返ることで新たな表現のあり方を考えるとともに、創作と批評のよりよい可能性を模索する企画になればと考えます。

 第1部として、ゲームブックの歴史を示す貴重な記事を再掲し、第2部では、新たな試み「ブックゲーム」を紹介いたします。

 さあ、読み進めたまえ。

 (岡和田晃)

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■第1部:【再掲】「アルバイトニュース」のゲームブック記事

 まず紹介するのは、「アルバイトニュース」誌(現「An」、学生援護会)のゲームブック特集に1週間だけ掲載された幻の記事、「こんなに楽しいゲーム・ブックの世界」の再掲です。フーゴ・ハルさまの許可をいただき、Analog Game Studiesのウェブログ上で公開させていただきます。
 1986年当時、ゲームブックはどのように受け止められていたのでしょうか。当時の事情を知ることでゲームブックの面白さを再確認するために、本稿をご活用いただけましたら幸いです。

(岡和田晃)

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こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

 フーゴ・ハル(HUGO HALL)(初出:「アルバイトニュース」1986年4月14日号、学生援護会)

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(編注:「○」は見出しサイズを表します。「○」が多いほど大きな文字になっております)


○○○○○こんなに楽しいゲーム・ブックの世界

○○○ひとりで出来る探検隊、ゲーム・ブックの傾向と対策

 ここ数年よく目につくようになったゲーム・ブック。一見するとフツーの小説本と変わらないよーなシロモノが、本屋さんで飛ぶように売れているという。ゲーム・ブックのどこがそんなに面白いのか!? じっくり探ってみよう。

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[トップ絵]ホンノキュビズム


○○迷うことの快楽

 近頃、道に迷う機会が少なくなったと思う。少し前まではこうじゃなかった。雑誌の中でもちょっと気をゆるめれば迷うことができた。しかし最近の道の丁寧な表示はそう簡単に私たちを迷わせてはくれない。まったくわかりやすくなったものだと思う。だが、私達には迷う快楽への憧憬があるはずだ。それは小学校の頃通学路に交差する沢山のわき道に魅惑されたあの感情でもある。わき道は夕方になると影を帯びて不可思議な魅力を倍増した。この道には怪人や魑魅魍魎がひそんでいると言って誰かが探検隊を編成すれば、翌日はたしかに怪人があらわれた!という報告が全校を震撼させたものだった。血湧き肉踊る、あのわき道。そこでは誰でも川口浩探検隊だった。やがて義務教育が終わり神秘のわき道も消え失せる。しかしわき道から消え失せたのはこちらのほうだったのかもしれない。

 ノスタルジーとしてではなく、いいものは取り返してやりたい。そして久しぶりにわき道でゆっくり迷ってみたい。そんな意見に賛成ならばゲーム・ブックをやってみるべきだ。

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 このゲーム・ブック作品はあなたの好みに併せて読めるようになっています。つまり全体がひとつの大きなゲーム・ブックになっているのです。文中に選択肢がでてきたらその中から一つを選び指示に従ってください。別に指示どうり読まず、自由に飛ばし読みしてもかまいません。それではAからスタート。


○○○○A 最近密かに大流行 一人遊びの決定版 ゲームブックとは何か

 本屋に行くと「……ゲーム・ブック」と称す本の一群が目につくようになりました。このテの本では読者が主人公となって本の世界へ冒険に旅立ち、ストーリーは読者の選択によって変更ができるように仕組まれています。ある時は怪人と戦い、ある時は友と語りあう。最後に財宝を手に入れることができるであろうか。そうして読み終わり本を閉じるもその余韻は覚めやらず、また次の冒険の旅へと本を渡り歩いていくことになるに違いありません。ゲーム・ブックとは、ゲームと本がひとつになった今までの本になかった楽しみ方のできる、一人あそびの決定版です。なんていうところがこのテの本の売り口上でしょうか。確かに小中学生のみなさんは目の色変えてやっておりますし、密かにオトーサンがやってみても楽しいものは楽しい。しかし小中学生オトーサンにはそのとおりでも、アルバイトニュースを愛読するお兄さんお姉さんにはちと、浮いて見えるのではないか? そこで今回は青少年のためのゲーム・ブックの概要とその遊び方の紹介であります。

 さてゲーム・ブックは2年前の年末こつ然と姿を現わし、この1年間で約140冊を数えるにいたりました。ところが発展途上、玉石混交、状況混乱、どれをどう選べばいいのか分からない状態です。

 ゲーム・ブックがどういうものかよく知らないならBへ。

 それなりに知っているならCへ。


○○○○B 読者自身が主人公になって、自分だけの『物語』が味わえるのである

 ゲーム・ブックは早い話がYES-NOクイズ(よく雑誌についていて、あなたはどのタイプ? なんて質問とYES-N0の矢印にしたがって進んでいくと、おっとりタイプとか、ぽっちゃりタイプとか書いてあってむっとするやつ)を複雑かつ大長編に仕上げたようなものです。本のなかに複数のストーリー展開が用意してあって、それを読者が随所で選択できる仕掛けになっています。主人公になりきった読者が冒険に旅立ち、やがて二叉路にさしかかると、「二つの道のどちらかに行くか? 右なら×ページへ、左なら××ページにその先の展開が用意してあるからお好きな方を」という感じ。こうなると、普通の小説と違って最初から順を追っては読めません。それに先のストーリーが分からないように内容が意識的にバラバラにしてあるわけです。

 ストーリー展開が、本だけではなく読者の好みによって変わっていく。同じ本であり永人によって全く違ったストーリーを楽しめる。天下の大発明だ。とはいっても、そう複雑多岐なストーリー展開をしているわけでなく(大変な量になってしまうし、うんざりものでついていけなくなる)ほとんどの物語が、財宝を手に入れろ、悪を倒せのパターンです。まあ、今までになかった新鮮で奇妙な読書を楽しめるのは間違いありません。

 しかしこんなゲームの説明だけでは食べもののガイドブックみたいで、どうもむなしい。やはり実際にやってみるのが一番です。そんなわけで、ちょっとしたゲームを用意してみました。

 やってみるなら、Cへ。

 その気がないのなら、退屈な日常へ。


○○ゲーム・ブックの特徴

●本だからもちろん一人であそべてしまう。又、ストーリーが一本でないから数段楽しめる(かもしれない)。

●乱丁本である。たとえば下図(編注:J・H・ブレナン『暗黒城の魔術師』)の78と79の文章を小さいでしょうが無理して読むと繋がっていない。78なら文の最後にある63に続きの文章があるということになります。63の文章をどうしても読みたい場合はこの本を買ってください。

●挿絵がかならずある。何故か必ずはいっています。たいがいはペン画ですが、左図の本(編注:『暗黒城の魔術師』)のように鉛筆画や、マンガなどもあります。だからどうだといった意味はありません。

●やたらに指示が多い。左図の一ページだけでも選択せよ、サイコロを振れと注文が多い。サイコロ代わりに本にサイコロの目を印刷してしまっているものも多い。左図(編注:『暗黒城の魔術師』)だと本の左右上隅にある6、3がそれで、こういった数字が全ページに降ってあり、ぱらぱらめくって止ったページの数を使います。


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C ミニミニ・アドベンチャー・ゲーム劇場「KIOSKの謎」

 やってみるなら1へ行ってさあスタート。そういう気がないのならDへとぶ。

【1】
 北へ向かう一本道を歩いていくと、前方に浮浪者のような老人が倒れている。

 介抱するなら、13へ。
 無視して先を急ぐなら、9へ。


【2】
 やがて二叉路になった。今きた道を含めて三方向に道がのびている。

 東へのびる道を行くなら、6へ。
 西へのびる道を行くなら、23へ。
 南へのびる道を行くなら、5へ。


【3】
 広場にでた。西と北に道がある。はずれの方で紙芝居屋に子供がむらがっている。

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。
 珍しいから紙芝居をみるなら、24へ。


【4】
 いわくありげな薄暗い肉屋の前にでた。のぞきこむと、奥から気味の悪い男がでてきて、「合い言葉は?」と聞いてくる。

 「下さいな」と答えるなら16。
 「天上天下唯我独尊」と答えるなら、21へ。
 「知りません」と正直に答えるなら、26へ。


【5】
 老人の死体が転がっていて地面にスタートと書かれてある場所にきた。つまり、振り出しである。

 死体を揺さぶってみるなら、31。
 引き返すなら、2へ。


【6】
 また二叉路である。今きた道をいれ三方向に道がある。

 東の方の道を行くなら、4へ。
 北の方の道を行くなら、11へ。
 西の方の道を行くなら、2へ。


【7】
 「国鉄甘木駅」と看板がある駅らしい所についた。しかし改札口はシャッターで閉ざされており貼り紙がしてあるのだった。

 貼り紙を読むなら、15へ。
 引き返すなら、14へ。


【8】
 「ほほう、難問をよく解いたねえ。おりこうにはごほうびだ」
 紙芝居屋のおじさんはそういってミルクせんべいをくれるのだった。
 「今日はこれでおしまいだよ」

 東の方の道を行くなら、6へ。
 北の方の道を行くなら、22へ。


【9】
 老人には優しくするものである。1に戻って選び直す。


【10】
 魚肉ソーセージを与えると犬はよろこんでふはふは食べ、前足で口をぬぐり終えると「ここ行けワンワン」とマンホールに吠えるのだった。
 マンホールの蓋を開けて17へ。

【11】
 三つの道の交差点。

 西の道を行くなら、14へ。
 南の曲り道を行くなら、22。
 東の曲り道を行くなら、6へ。


【12】
 三つの道の交差点。黒いマスクをかけた男が背を向けてこれ見よがしに立っている。

 男に声をかけてみるなら、28。
 北の道を行くなら、27へ。
 南の道を行くなら、23へ。
 東の道を行くなら、22へ。

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【13】
 老人は紙を押しつけ「わしはもうだめだ。宝はここにある。あとはたのむ。がくっ」と、ことわるまでもなく死んでしまった。紙には「KIOSK」とだけ書かれてある。2へ。


【14】
 三つの道の交差点。

 北の道を行くなら、7へ。
 南の道を行くなら、22へ。
 東の道を行くなら、11へ。


【15】
 「定休日」。7へ戻る。


【16】
 肉屋のおやじがにやりとした。「ここんとこ、取締りがきつくてね」奥の棚をごそごそしていたが「ほーれ、こんな上物めったに手に入るもんじゃねえんだ」と目の前に魚肉ソーセージをぶらさげてみせるのだった。「ところでミルクせんべいは持ってるんだろうな?」

 持っていたら、19へ。
 持っていなければ、6へもどる。


【17】
 薄暗い下水道が北の方にまっすぐにのびている。しばらく行くと、二又に分かれた。
 北に行くなら、20へ。
 西に行くなら、18へ。


【18】
 行きどまりに骸骨化した死体がある。壁に「食料も底をついた。もうだめだ。KIOSKはいずこ−−昭和9年吉日、山田太郎」とある。

 ぞっとして17へ引きかえす。


【19】
 「よしよし」ソーセージを受け取って、6へ引きかえす。


【20】
 なにか臭い匂いがするぞ。梯子があって上に登れそうだ。

 25へ。


【21】
「お前、サツのまわし者だな? 帰ってくれ!」

 6へもどる。


【22】
 四つ角。中央のマンホールの上に犬が座っている。

 肉の類いを持っているなら10。
 東の曲り道を行くなら、11。
 西の道を行くなら、12へ。
 南の道を行くなら、3へ。
 北の道を行くなら、14へ。


【23】
 道はカーブして北から南を向くようになり、やがて小高い丘にでた。危なげな物見櫓がある。

 のぼってみるなら、29へ。
 北に行くなら、13へ。
 南に行くなら、2へ。


【24】
 クイズの時間らしく、紙芝居には数字が書かれているのだった。
 「この問題が解けるかね」
 11−3+1−9+8=?

 答えの数のセクションへ。


【25】
 出た所は公衆便所のマンホールであった。外にでると、どうやら駅の構内らしい。トイレをでると二又だ。

 西に行くなら、30へ。
 東に行くなら、32へ。


【26】
 「うちは会員制なんだ」と追い出されてしまった。

 6へ引き返す。


【27】
 行きどまり。つきあたりの壁に「皆様のKIOSKは駅の中」と訳のわからない広告看板がかかっている。12へもどれ。


【28】
 声をかけると男は「いいもんがあるんですがねえ、イッヒッヒ」と卑屈に笑いながら、「犬を東、それから南、ついでに東へ折れた所に家がありやすからそこで“くださいな"と言うんですぜ」別に従うこともないが覚えとこう。

 12へもどる。


【29】
 下の道には仔犬、紙芝居、駅などが見える。

 おりて、23へもどる。


【30】
 シャッターの降りている改札口に出た、ひきかえせ。25へ。


【31】
 がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがく。気が済んだら2へひきかえせ。


【32】
 プラットホームの上にでた。中央にさびれた売店があり、KIOSKの看板。やったぞ、宝はこの中だ。33へ。

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【33】
 KIOSKの売店の中には一冊の雑誌があった。雑誌には『アルバイトニュース』とかいてある。ええと……ゲーム・ブック特集だって? ちょっと読んでみよう。Aにもどる。

○○○○D 失敗しないゲーム・ブックの選び方

●すでにゲームは本選びから始まっている。

○○第1チェック 上面を調べる

 ゲーム・ブックには必ずロールプレイング、シミュレーション、アドベンチャー、などの名称がついているものです。しかし目くそ鼻くそを笑うのたぐいで決定的な違いがあるわけじゃない。ロール・プレイングとついていたらサイコロを使い(偶然性を加えるために使うのです)ゲームのやり方がやや複雑です、しかしストーリーが複雑とは限りません。

 ゲーム的にはこれだけ知っていれば充分。世間的にはロールプレイングの方が本格的といわれているようです。ちょいとむずかしそうな奴にトライしたい方はどうぞ。


○○第2チェック ぱらぱらめくってみる

 めくってみて、END、完、終などの単語がやた目立つものは、本筋から外れた選択をするとすぐに終わり・やり直しになっていて、内容的にうすっぺらで、まだるっこしいだけ。またさし絵がチャチだったりしたらその内容も、ま、おして知るべしでしょうね。


○○第3チェック 冒頭を少し読んでみる

 例えば、遊び方の解説で「シューティングダイスに2ポイント、プラスした結果がLESS4ならドロップする」なんてことがでてきたら、これはつまり「サイコロを振って出た目に2足した数が4以下だったらダメ」ってことにすぎないのだけれど、こんな表現をしたら箔がつくとでも思ってるのか、この手のしちめんどうな言いまわしを、誇らしげに使ってる本がある。内容に自信がない証拠と思って間違いなさそうですね。


○○第4チェック ゲーム少年隊に注目する

 ときに、書店のゲーム・ブックのコーナーにたむろし、かたっぱしから「コレダメ、インチキ、ツマラナイヤ」と大声で品定めし、やがてさっさと消えてしまう少年の一団を見かけることがあります。彼らの意見は、連日のゲーム・ブックできたえてますから、なかなかシビア。本の巻末についている解説文(ゲームに解説文なんているんでしょうかね)などよりはるかに実践的でためになります。目撃する機会があったら聞き耳立てて、できればおうかがいをたててみるといい。


○○最終手段 困った時の神頼み

 それでも決められない場合は、神頼みです。平積みの本の上に10円玉を乗せ、「コックリさんコックリさん、一等おもしろい本を教えてください」ととなえながら、指の動くにまかせます。ぴたっと止まった本があればそれでよし。だめな場合は次のチャンスに期待します。

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■再掲にあたって

 諸事情により、再掲にあたっては一部をカットさせていただいたことをお断りいたします。

 また、本稿は初出時、奥谷春雨名義で発表がなされたことを書き添えておきます。

 加えまして、本稿末尾においては、既存のゲーム・ブックには物足りない読者へ向けて、「ゲーム・ブック的要素を持つ本」として、下記の3作品が紹介されましたことをお知らせいたします(カッコ内の説明文は、キャプションとして添えられたものの引用です)。

 ・L・ニーヴン&S・バーンズ『ドリーム・パーク』
 (ゲームブック的娯楽設備をテーマにしたSF)

 ・コルターサル『石蹴り遊び』
 (選択肢を使ったラテンアメリカ産の実験小説)

 ・ミシェル・ビュトール『時間割』

 なお現在、『時間割』は、河出文庫で復刊されております。『ドリーム・パーク』と『石蹴り遊び』は入手が難しくなっていますが、図書館や古書店等でアクセスしてみていただけましたら幸いです。(岡和田晃)
時間割 (河出文庫) [文庫] / ミシェル・ビュトール (著); 清水 徹 (翻訳); 河出書房新社 (刊)
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フーゴ・ハル(HUGO HALL)

 国籍は本人にも不明。ゲームブック制作に初期から従事、成り行きで様々な名前を用い、挿し絵、ゲームデザイン、執筆をこなす。主な作品としては『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(編集スタッフとして日本シャーロック・ホームズ大賞受賞)、『アドベンチャーゲームブック・グーニーズ』、『魔城の迷宮』(すべて二見書房)など。また『グレイルクエストシリーズ』、『ドラキュラ城の血闘』(共に創土社)などで挿し絵を担当している。会話型RPG『迷宮キングダム』にもしばしば挿絵で参加。「Role&Roll」Vol.79(アークライト/新紀元社)より、懸賞付きパズルエッセイ「ドナドナ鍋」を連載中。

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■第2部:【コラム】古くて新しい「ブックゲーム」の冒険

 続いて、岡和田晃によるフーゴ・ハルさまのゲームブック作品について論じたコラムをご紹介いたします。

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「ブックゲーム」の冒険――フーゴ・ハル論序説

 岡和田晃

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 かつてゲームブックは、1980年代を代表する新文化の一つとして広く認識されてきた。
 再録記事「こんなに楽しいゲームブックの世界」のように、アルバイト情報誌においてゲームブックに関する記事が掲載されたことからみても、当時はゲームブックという形式が社会に大きなインパクトを与えていたことがわかるだろう。

 ゲームブックには、今まであまりゲームに馴染んでこなかった方々へゲーム的な思考法の醍醐味を知ってもらえるという、「本」の形式を活かした独特の強みがあり、あるいは「本」という形式と「ゲーム」の持つ双方向性をハイブリッドすることで、まったく新たな表現が生まれるという楽しみもある。

 そもそもモダニズムを経由した20世紀文学は、さまざまな方法的な実験を為してきている。「こんなに楽しいゲームブックの世界」でフーゴ・ハルが取り上げた『時間割』は、「ヌーヴォー・ロマン」と呼ばれる革新的な文学作品群の代表作として知られている。また『石蹴り遊び』など、ラテンアメリカ文学の興隆は、「ヌーヴォー・ロマン」を始めとした実験文学の影響を強く受けたものであるといえよう。
 特に、モダニズムによって屋台骨が形づくられたミステリの分野では、殺人事件の現場に遺された手がかりを読者が実際に手にして捜査が可能なデニス・ホイートリーの『マイアミ沖殺人事件』に見られるように、ゲームブック的な方法論の可能性が模索されてきた。「こんなに楽しいゲームブックの世界」が発表されたまさにその年、日本推理作家協会の編纂になる『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』所収の「推理小説・一九八五」(二上洋一)内において、ゲームブックが評論の対象となっている。この場を借りて紹介してみたい。


 さて、1985年のミステリー界の状況である。
 推理小説のジャンルが拡がったことは、既にここ数年いわれ続けてきたことである。また、推理小説がブームの形で定着し、出版点数の増加と、大衆小説誌の柱として認められることになってからも久しい。この状況は、この年も続いた。
 しかし、読者の側には、気になる変化が生まれ始めた。
 まず、アドヴェンチャー・ゲームブックである。
 年少読者をターゲットにしたものは、冒険活劇や、ファンタジー風の物語が多く、問題にはならないかも知れないが、謎解きゲームブックの「シャーロックホームズ10の怪事件」となると、そう簡単なものではない。
 ロンドンの地図やら、住所録があり、実際に事件の現場に立ち合い、真相を推理していく過程は、ストーリー作りに読者も参加しているという満足感を味わわせてくれるものである。
 ついで、パソコン、ファミコンのアドヴェンチャー・ゲームである。「ポートピア連続殺人事件」などは、思考錯誤(原文ママ)をくり返しながら、意外な犯人に辿りつくという、ミステリーの本道に近い作品である。
 アドヴェンチャー・ゲームは、今のところ少年達の間の流行にとどまっているが、ファミコンのハードが六百万台を越えたといわれる現在、推理小説の市場に乱入してくる可能性が皆無とはいえない。
 質のよいアドヴェンチャー・ゲームが出ることによって、推理小説もまた、良質のものが生み出されれば、それに過ぎることはないのだが、変質を強いられたりすると、問題は小さくないと思われる。1986年の重大な課題であろう。

(『1986年版 推理小説年鑑 推理小説代表作品選集』(日本推理作家協会編、講談社、一九八六年、四〇二〜四〇三頁))

 お気づきの方もいるだろうが、本文で評価されている『シャーロック・ホームズ10の怪事件』は、フーゴ・ハル氏が編集スタッフとして大きく関わった作品だ。ドイツ・ゲーム大賞(Spiel des Jahres)およびオリジンズ・アワードを受賞したボックス入りの原作ゲームを書籍形式とし、日本シャーロック・ホームズ大賞を受賞したことで知られる本作は、ロンドンの地図・新聞・住所録などの情報を駆使して読者がホームズその人と知恵比べが可能なギミック、ヴィクトリア朝イングランドの文化風俗を雰囲気たっぷりに再現したこともあり、ミステリの伝統においては『マイアミ沖殺人事件』の系統に属する作品と見ることができる。

 2011年現在、ミステリ作家がプロットを手がけたり、あるいは読者に推理を行なわせたりするゲームは、もはや珍しいものではなくなった。その意味で、ゲームは確実に推理小説を変質させているともいえるかもしれない。ゲームブック的な双方向性の原理がミステリに与える影響はますます大きくなり、1980年代よりもミステリと「ゲーム」の関わりは深まっている。しかしながら、80年代に書かれたミステリ・ゲームブックの傑作群――山口雅也の『13人目の探偵士』、岡嶋二人の『ツァラトゥストラの翼』など――のように、「本」という形式のうえでミステリとゲームを高いレベルで融合させた作品は、2012年1月現在、ほとんど見ないのもまた現実である。

 門倉直人は、「アナログゲームは、その統合感覚的で曖昧模糊とした(現状のデジタルとは全く異質な)強みをもっています。その人の心における非言語な影響力は計り知れません。とっても深いメディアです。」と述べたが(http://analoggamestudies.seesaa.net/article/171968188.html)、紙の本よりもデジタル・メディアでのゲームが低コストで制作できてしまうとも言われる現状において、ゲームブックのあり方を考えるためには、「本」であることの「曖昧模糊とした」意味が、改めて重要性を帯びてくるだろう。

 ゲームブック界のパイオニアであるフーゴ・ハルは、この「本であること」の意義について、最も深い実践的考察を重ねてきたゲームデザイナーの一人だ。
 ゲームブックを語るうえで「本であるべきか、それともゲームであるべきか」という問いかけは、時として「卵が先か、鶏が先か」という虚しい問いにもつながりかねない危険なものである。
 しかしながら、World Wide Webが私たちの生活の隅々にまで浸透し、電子書籍の可能性が積極的に模索されるようになった昨今、ゲームブックの根幹である「本であること」の意義を、改めて考え直す好機でもあるのではないか。

 それゆえ、いまいちどフーゴ・ハルの作品に向き合う必要がある。むろん思いつく限りでも、フーゴ・ハルはさまざまな顔を有した書き手だ。日本のアナログゲーム界を、その草創期から支え続けてきたこの「巨人」の活躍は、とても一言で語れるようなものではない。しかしながら、ゲームブックを語るうえで、フーゴ・ハルの固有名を外せないのもまた事実である。あらゆるゲームブック作家のなかで、おそらくフーゴ・ハルこそが、最も「本」であることにこだわったデザインを続けてきたからだ。

 フーゴ・ハル。ダダイズムの芸術家フーゴ・バルに由来する名を持つ、「国籍不詳」の謎の作家。ハリー・リンド、奥谷春雨・奥谷晴彦・奥谷道草などの多様な名義を駆使し、日々「暗躍」を続けている。
 現在、フーゴ・ハルを知る者の多くは、J・H・ブレナンの人気ゲームブックシリーズ『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)シリーズを彩ったゴシック風の挿絵を通して彼の作品と出会ったのではないかと思う。その『グレイル・クエスト』シリーズや『ドラキュラ城の血闘』などのゲームブック作品は、近年創土社から復刊されている。フーゴ・ハルによる、美麗な表紙画も大きな魅力だ。
暗黒城の魔術師―グレイルクエスト〈01〉 (Adventure Game Novel) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 真崎 義博, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラゴンの洞窟―グレイルクエスト〈02〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); フーゴ ハル (監修); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅 (翻訳); 創土社 (刊)魔界の地下迷宮―グレイルクエスト〈03〉 (Adventure Game Novel―グレイルクエスト) [単行本] / ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan (原著); 日向 禅, フーゴハル (翻訳); 創土社 (刊)七つの奇怪群島―グレイルクエスト〈04〉 (Adventure Game Novel グレイルクエスト 4) [単行本] / J.ハービー ブレナン (著); J.H. Brennan, Hugo Hall (原著); 日向 禅, フーゴ ハル (翻訳); 創土社 (刊)ドラキュラ城の血闘 (ADVENTURE GAME NOVEL) [単行本] / ハービー・ブレナン (著); 高橋 聡, フーゴ・ハル (翻訳); 創土社 (刊)

 その他ゲームブック関連では、編集スタッフとして関わった『シャーロック・ホームズ10の怪事件』、『シャーロック・ホームズ 呪われた館』、『シャーロック・ホームズ 死者からの館』などのホームズ・シリーズ(二見書房)、映画とは一味違ったオリジナル・ストーリーでありながら、ゲームブックのあらゆる技巧を駆使し、巻末にはボードゲームまでつけてしまったという『グーニーズ』(二見書房)が知られているが、なんといっても奇書『魔城の迷宮』(二見文庫)は忘れがたい。
 パズル作家としては奥谷晴彦名義を用い、「テレビ・ブロス」誌(九州版、東京ニュース通信社)や「お絵かきパズルランド」誌(白夜書房)での連載、『マジカル3Dパズル――奇想天外150問』(奥谷道草名義、二見文庫)といった作品群を残している。また、パズルという領域にはとらわれないユニークな文業として、「R・P・G」誌(国際通信社)で連載していた、パラグラフ・ジャンプ式の小説ともいうべき「フーゴ・ハルの虚しい口」が印象深い。『迷宮キングダム』のサプリメント「迷宮クロニクル」Vol.7(イエローサブマリン)では(『魔城の迷宮』の後日譚にあたる)小説「ルドスの末裔」といった仕事をなしている。最近では、「Role&Roll」誌(アークライト/新紀元社)で連載中のパズル・エッセイ「ドナドナ鍋」が好評を集めているが、その設問の奇抜さは一見の価値ありだ。
 ボードゲーム作家としてはホビーベース・イエローサブマリンのレーベル「Yellow Hall Collection」にて『hydra』『たぶらか』『POTATOでチョ!』『ALL THE KING'S MEN』『バロンポテトの晩餐会』といった作品を発表。近年では、建築士と『大聖堂』を、金融ウーマンと『シャーク』をといったように、その道の専門家と関係したボードゲームをプレイする「等身大のゲーム」というコラムを「GAME LINK」誌(アークライト)で連載している。
 また、いわば「プロの散歩者」として各種コラムを寄稿。近年は「散歩の達人」誌(交通新聞社)に「グルメの迷宮」を連載している。

 このようにフーゴ・ハルの活動を概観してみたが(*)、やはり近年のフーゴ・ハルの仕事のうち、ゲームブック作家としての個性が最も意欲的な形で表出されているのは『モービィ・リップからの脱出』、『虹河の大冒険』の2冊(ともに新紀元社)に尽きるだろう。これらは、会話型RPG(TRPG)『迷宮キングダム』の世界観をベースにしているため、『迷宮キングダム』の入門用としても活用することが可能だ。しかし単にRPGをゲームブックに落としたものとは異なり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は新たな試みが多数、盛り込まれている。つまり「ゲームブック」ならぬ「ブックゲーム」として、通常のゲームブックよりも「本」であることに、より重きを置いたつくりになっているのだ。
 これらの作品は、それぞれ独立したアドベンチャーとして楽しむことができるものの、ある程度共通した設計思想、ひとつのシリーズとしてみてもかまわないような仕組みを持っている。そこで、『モービィ・リップからの脱出』や、刊行されたばかりの『虹河の大冒険』の特徴を詳しく見ていきたい。
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)


▼『モービィ・リップからの脱出』『虹河の大冒険』の特徴


●1:表紙から冒険は始まっている!

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』の表紙には……。


 ・どんな冒険が待ち受けているのか慎重に調べてみる→25ページの一四へ
 ・とりあえず大冒険しちゃった事にして済ませておく→254ページの二三〇へ


 という選択肢が示されている(引用は『虹河の大冒険』より)。思わぬ不意打ちに、読者はあっと驚くことだろうが、何よりも素晴しいのは、この本が間違いなく「ゲームブック」であると、表紙の段階から全力で主張していることだ。表紙の段階からすでに「ゲーム」になっていることは、「本を手にとって開く」というプロセスに、一種の魔力を付与している。仕掛け絵本のようなワクワク感も備わっている。また、主人公が「君であって君ではない」ギミックも秀逸。


●2:「本」とゲームシステムが一体化

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、サイコロやキャラクターシートを使用しない。ゲームシステムやツールと「本」そのものが一体化しているからだ。これまでのゲームブックの多くは、シートやサイコロを使って数値管理や判定を行なうものが大半だった。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、アイテムが手に入ったり仲間が増えたりすることによるステータスの変動は、該当のページに折り目を付けることで処理を行なう。
 もちろんゲームブックらしく戦闘も用意されているが、基本的に読者がある数字を思い浮かべ、それによって戦闘結果が変動するようになっているので、サイコロは使用せずに済む。さらに言えば、この戦闘法ならではの「コツ」も用意されている!
 肝心のヒット・ポイント管理は、該当する数値の箇所にしおりを差し挟むことで処理をするので参照も簡単、煩雑さはまったくない。何よりこのシステムには、仕掛け絵本とゲームが融合したような面白さがある。そのうえで、通勤電車などの移動中に『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』をプレイすることも可能なのだ! 筆者はこれまで、ゲームブックを遊ぶ際には机に方眼紙とパラグラフ経過をメモする紙とサイコロを用意し、「遊ぶぞ!」と念を入れてからプレイしていたが、これならより気軽にゲームブックに親しむことができる。
 

●3:パラグラフとマップの融合

 『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、パラグラフ数では『モービィ・リップからの脱出』が270、『虹河の大冒険』が230パラグラフとなっている。ゲームブックの代表的シリーズである『ファイティング・ファンタジー』シリーズが平均400パラグラフで構成されているところからみると、やや物足りなく思われる向きもあるかもしれない。しかしながら、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は縦長の新書サイズ(256ページ)という様式を活かし、紙面を上下に分割することで、パラグラフ数から考えると信じられないほどの奥行きをもたらすことに成功している。

 『モービィ・リップからの脱出』では白鯨の体内から脱出する過程が、『虹河の大冒険』では小鬼たちを襲った脅威の原因を探るため虹河を遡って源流へと向かう過程が、それぞれマップとして提示されている。ゲームブックにおけるダンジョン探索や野外探検は、読者が方眼紙などを片手にマッピングを行なうことが前提とされている作品が大半だ。しかし『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』では、本文上部に舞台のマップが迷路を描いた絵本のような形で提示され、それを辿ることで冒険を進めていくことで、マッピングの手間が省かれている。かといってただの迷路絵本のように地図を辿って終わりというわけではなく、イベントの発生する箇所が指定され、そこから特定のパラグラフへジャンプすることで、マップとパラグラフ選択がうまくドッキングされているのだ。さらに、迷路がページ単位で細分化されているのを利用して、時折前のページのマップに戻ろうとすると、別ページに戻されてしまい、道筋が変化するという仕掛けまでもが施されている。

 『モービィ・リップからの脱出』では、迷路が白鯨の体内であるため、身体の各部位に関係したイベントが設定されている。さらには、途中でワープゾーンを駆使したマップがすら用意されている。『虹河の大冒険』では、7色よりなる「虹河」が舞台となっているため、オレンジ・黄色・緑……。と、河の色が移り変わるごとに、雰囲気の異なる7種類の世界を冒険することが可能だ。こうした工夫によってマッピングの手間が省かれるとともに、迷路絵本とパラグラフ・ジャンプが合体した新感覚の読書体験を得ることができる。『虹色の大冒険』にいたっては、より手軽に冒険ができるようにと「休憩セクション」が設けられている。これも、単なるセーヴ・ポイントではわけではなく、きちんと物語世界に関係した仕掛けが施されている。


●4:洗練された贅沢なユーモア

 「ピップ、ピップ、ピップ!」という呼びかけでお馴染みの『グレイル・クエスト』(『ドラゴン・ファンタジー』)をお読みの方なら、そのモンティ・パイソン流ともいうべき、英国風ユーモアのセンスに脱帽したことだろう。このアイリッシュ・モルトのようなユーモアは、グレイル・クエストの作者であるJ・H・ブレナンのみならず、挿絵と翻訳作業にたずさわったフーゴ・ハルも多分に持ち合わせているものであり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』でも顕在だ。監修と解説を担当した河嶋陶一朗曰く「脱力系ギャグ」。だが、ボケのセンスは一級品で、読み手をやるせない気分へ誘ったり、煙に巻いたりするのはまだまだ序の口。ユーモアの中に、こっそり冒険のヒントを入れ込んだりもするのだから油断できない。

 まだフーゴ・ハルのユーモアへ触れたことがない方へ、私が好きなユーモアを一つ挙げるとしたら、やはり『モービィ・リップからの脱出』のパラグラフ「一」になるだろうか。なんとなく『不思議の国のアリス』の冒頭部を思わせるこの「超展開」、ゲームブックならではの「振り回されている感」が堪能できるのだ。単にユーモアが羅列されているのではなく、このユーモアは世界観やゲーム・システムとの関わりを持つことで、「本」のページを繰る喜びをいっそう増幅させてくれる仕掛けになっている。かつて刊行されたゲームブックの中には、「読み物」としての意識が低い作品も少なくなかったが、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』は、何よりもまず「読み物」としてのサービス性精神に溢れた書物となっているのだ。


●5:間テクスト性

 文芸批評の概念に「間テクスト性」というものがある。もともと批評家のジュリア・クリステヴァが提唱したこの概念には、さまざまな解釈が寄せられてきた。だが、ごく簡単に私見を述べれば「あるテクスト、すなわち『本』は、それ自体が単独で存在しているわけではない」というのがその要諦であろう。
 しかるべき文脈の内に置かれてはじめて、テクストは存在することを許される。あらゆるテクストは、何かしら別のテクストの影響下にあり、濃密な関連性を有している。その関連性を解きほぐし、読書の快楽を増幅させるために用いられるのが「間テクスト性」という用語だったのではないかと思うのだ。
 たとえば『アルテウスの復讐』『ミノス王の宮廷』『冒険者の帰還』の「ギリシア神話アドベンチャーゲーム三部作」は、ホメロスの『オデュッセイア』などの叙事詩や悲劇と密接な連関性を持ち、とりわけ『冒険者の帰還』においては、『オデュッセイア』の読み替えともいうべき、驚くべき離れ業を見せていた。これらの作品で描かれていた事象が、神話や叙事詩といかなる関係を有していたのかを踏み込んで考えるためには、「間テクスト性」にまつわる言説が役に立つだろう。

 そもそも背景世界として採用された『迷宮キングダム』自体が、映画やゲームなどのパロディやオマージュが豊富に盛り込まれた作品ということもあり、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』にも、いかなる「間テクスト性」があるのかと、読者の分析欲を誘発させるような小ネタがたっぷりと盛り込まれている。
 膨大な量になるので『虹河の大冒険』に限ってみれば……。

 ・〈バナナフィッシュ号〉→サリンジャーの短編小説「バナナフィッシュにうってつけの日々」より。
 ・デパート・デ・ニトロ王→『タクシードライバー』などで知られるアメリカの俳優ロバート・デ・ニーロより。
 ・「荷馬車に乗った」ガイラと「冬の海辺で岩投げる」サンダ→映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』より。
 ・青い河一帯に暮らすスキアポデス人→プリニウスの『博物誌』に登場する一本足人より。
 ・「人生は歩きまわる影法師、あわれな役者よ!」→シェイクスピアの戯曲『マクベス』第5幕5場の台詞より。


 ……などなど、盛りだくさんだ。よかったらどれだけのネタがあるか、探してみてほしい。
 もちろん、これらは単なるもじりであって、あまり鹿爪らしく分析するほど御大層なものではないかもしれない。しかし、仮にもじりに終わるものだとしても、単なるもじりのレベルに留まらない可能性は、常に残されているのではなかろうか。『モービィ・リップからの脱出』というタイトルは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』が下敷きになっている。『白鯨』は、近代文学最大の謎の一つとして、時代とともにさまざまな解釈を読む者に与えてきた。冒険の舞台たる白鯨からの脱出ルートはいくつか残されているが、そのことの意味を、少し考えてみてはいかがだろうか。『モービィ・リップからの脱出』のラスト付近で、読者はエイブルハム船長の秘密に直面した読者は、タイトルに絡められた「ひっかけ」の悲哀を感じとることだろう。
 また、『虹河の大冒険』のクライマックスでは、読者は狂気の画家「ヒューゴ・ヘル」と対峙することになる。「ヒューゴ・ヘル」は、パブロ・ピカソの『ゲルニカ』のモチーフにしたと思しき地獄絵『ヘルニカ』を、おぞましいやり方で描き上げていた。憎悪に満ちた『ヘルニカ』を退けるため、読者は通常の読書にあたっては、まず行なうことのない大掛かりな操作を「本」そのものに加えねばならないのだ……。その後、『ヘルニカ』が本来どのような絵画であったのかを知った時、読者は「サクーシャ神」の意図を知り、にっこりと微笑むことになるだろう。

 ところで、ここでいったん、フーゴ・ハルの代表作『魔城の迷宮』へ目を向けてみよう。
 『魔城の迷宮』は、14世紀アラブの商人ハーマン・オクトーネの旅行記『東方の神秘』に記されていたという、タクラマカン砂漠に聳え立つ壮大な都市「ルドス」の姿を――数百枚ものペン画を費やし――見事「本という形のゲーム」という様式にて現前させたものだった。
 なぜ、このような様式が必要だったのか。「信濃毎日新聞」1989年4月12日号に、『魔城の迷宮』についての書評が掲載されている。評者の近藤功司は『魔城の迷宮』を文芸的なストーリー・ゲームとしてとらえ、「魅力的なストーリーを用意し、それを表現・演出するためにゲームを使ったもの」と論じている。つまり近藤功司は「ブックゲーム」の狙いを、鋭く見抜いていたのだ。
 20世紀イタリアの作家イタロ・カルヴィーノに、マルコ・ポーロがフビライ・ハンに架空の都市について話して聞かせる『見えない都市』という小説作品がある。文芸的なストーリーゲームとしては、『魔城の迷宮』は、『見えない都市』のヴィジュアル化ともいうべき作品になるだろうが、それに留まらない魅力と遊び心を兼ね備えている。『魔城の迷宮』の舞台である架空都市「ルドス」は、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』に登場する遊びの分類(ルドゥース、努力や技倆によって目標へ到達する遊び)に由来しているが、これほど迷宮を彷徨う愉悦を端的に表した言葉もないだろう。カルヴィーノの達成を下敷きにしつつ、ゲームならではの眩惑的スタイルをもって「架空の都市」を描出すること。それが『魔城の迷宮』という「テクストの冒険」なのかもしれない。
 そして『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』もまた――『魔城の迷宮』の系譜に連なる――めくるめく書物(テクスト)の迷宮へ誘う「間テクスト性」に満ちた作品であるのは間違いない。冒険を楽しんだ後は、作中に出てきた別の本を紐解き、さらなる「テクストの冒険」に乗り出すというのはいかがだろう?
迷宮キングダム ブックゲーム モービィ・リップからの脱出 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)迷宮キングダム ブックゲーム 虹河の大冒険 (Role&Roll Books) [新書] / フーゴ・ハル (著); 河嶋 陶一朗, 冒険企画局 (監修); 新紀元社 (刊)

●終わりに

 以上、最新型のゲームブックとして『モービィ・リップからの脱出』および『虹河の大冒険』の特色、すなわち「ブックゲーム」の新しさを簡単ながら紹介してきた。
 アナログゲームは、デジタルゲームのように目に見えるインターフェースの進歩が見られないため、どのように進歩しているのかが見えづらい。ルドロジー(ゲーム学)的な考え方では、まず、パズルとゲームを区分するが、フーゴ・ハルの試みを「ゲーム」という双方向性を基軸とした観点で考えれば、彼が行なってきた試行錯誤は、「本」と読者の新鮮で幸福な関係を模索するものだったといえるのではないか。
 ぜひ、『モービィ・リップからの脱出』や『虹河の大冒険』に触れ、ゲームブックのニューウェーヴを体感していただきたい。それとともに「本」と「ゲーム」のよりよい関係について、いまいちど、考えを巡らせていただけたら幸甚だ。

 近年、ショーン・タンの『アライバル』や、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』などの“文字のない絵本”が注目を集めている。これらの“文字のない絵本”はもまた、フーゴ・ハルのいう「ブックゲーム」、すなわち古くて新しい「ゲームブック」の範疇に含まれるだろう。フーゴ・ハルには『羊とともに眠る本』(ブライアン・ログウッド名義、二見書房)という共同制作作品もあるのだが、日本におけるアナログゲームの黎明期から「ゲームブックとは何か」を一貫して実践的に考えぬいてきたフーゴ・ハルは、常に「ゲームブック」の原理を見つめ、その数歩先を幻視していたのではなかろうか。
 ミステリ作家の泡坂妻夫は記述内容と「本」そのものが同時に入れ子構造を為している『しあわせの書』、袋とじを閉じたままで読むと短編として読め、袋とじを開くと長篇が現前する『生者と死者』など、超絶技巧を駆使して「読書行為」そのものを思考実験とした。実際、国産ミステリの文脈においてフーゴ・ハルの仕事は、泡坂妻夫作品の流れで読み直すことも可能であろう。
 今後もAnalog Game Studiesでは、フーゴ・ハルの仕事を紹介していきながら、ゲームと文学のよりよい関係について、考えを深めていきたいと考えている。ご期待いただきたい。「本」があり、それを読む者がいる限り、ゲームブック作家・フーゴ・ハルの冒険は終わらないのだ。
 最後に、フーゴ・ハル氏から今回の特集にあたって、コメントをいただいたのでご紹介し、締めの言葉に替えさせていただこう。

 ささやかな実験読書的な快楽を忍ばせた自作ゲームブックの数々が、何らかの意義を持ち得るとすれば、それは、作者に帰因する以上に、フーゴ・ハルを再発見したAGSの諸氏、および我が国のゲーム文化の熟成に負う所が大きい。
 時代と、時代の招いた思慮深い遊び手たちに感謝する次第である。――HUGO HALL

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(*)むろんフーゴ・ハル氏の仕事の幅は、この範囲に留まらない。詳しくは氏のホームページの「プロフィール」を参照。その驚くべき経歴の一端を知ることができる。

※『マイアミ沖殺人事件』をご教示いただいたミステリ作家・評論家・翻訳家の小森健太朗さま、そして「推理小説・一九八五」についてご教示いただいた渡邊利道さま(第7回日本SF評論賞優秀賞)に、この場を借りて感謝します。

※2011/01/16 一部修正、および再修正(読者からのご指摘をいただきました、感謝します)。

posted by AGS at 02:56| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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