2011年11月18日

【活動報告】Analog Game Studies 第2.5回読書会報告

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【活動報告】Analog Game Studies 第2.5回読書会報告

 岡和田晃

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 去る10月某日、Analog Game Studies有志による臨時読書会として、中山元編訳『メルロ=ポンティ・コレクション』(ちくま学芸文庫)の研究が行なわれました。今回はゲストとして、第47回文藝賞最終候補となった安藤魚晴さまにお越しいただき、議論にご参加いただきました。

 本読書会が開催されたきっかけは、看護教育におけるWeb記述の活用や、Webコンテンツの看護教育への導入を研究されている、元遊演体代表の小泉雅也さまよりご教示いただいた、パトリシア・ベナーの論文「看護実践の合理性と働きに果たす身体化、感情、生活世界の役割」(「現代思想」2010年5月号所収)からの派生議論に依拠しています。

 ベナーの論文では、看護実践の現場における「実践知」という提起がなされています。その際に援用されるのが、哲学者メルロ=ポンティの思想です。
 メルロ=ポンティは、社会的に形作られ、身体化された行為を捉える「働き(エージェンシー)」という視点を持っていました。メルロ=ポンティ以前にはデカルト−カントが「働き(エージェンシー)」についての議論を提示していました。ただしベナーの言うところでは、デカルト−カントの考え方は機会論的決定主義であり、メルロ=ポンティの視点とは異なるものとされました。

 メルロ=ポンティの「働き(エージェンシー)」という視点は「実践知」についてより深い考察を導くものとなっています。また、メルロ=ポンティの「働き(エージェンシー)」という視点は、身体そのものを論じる視点も開くものです。
 つまり「働き(エージェンシー)」の視点は身体論の一部であるとも言えるでしょう。

 ライブアクション・ロールプレイングゲーム(LARP)や代替現実ゲーム(Alternative Reality Game、ARG)、伝統ゲームの「東八拳」など、身体を用いるゲームは、アナログゲームの新たな可能性を示すものとして重要です。身体論に関する知見は、それらのゲームを考える際に威力を発揮するでしょう。

 ただし本読書会では、その文脈のみに囚われず、『メルロ=ポンティ・コレクション』で一章が割かれているセザンヌの絵画や、ドイツ観念論哲学(とりわけ、シェリングの「知的直観」)、あるいは藤枝静男のエッセイ「妻の遺骨」や、アラン・ロブ=グリエの映画『グラディーヴァ マラケシュの裸婦』についてなど、多様な話題について意見交換がなされました。

 Analog Game Studiesでは、本ウェブログや各種メディアを通じたアウトプットのほかにも、こうした研究活動をも継続していきたいと考えております。
現代思想2010年5月号 特集=現象学の最前線 間文化性という視座 [ムック] / パトリシア・ベナー, 田口 茂 (著); 谷 徹, 松葉 祥一, 熊野 純彦 (その他); 青土社 (刊)メルロ=ポンティ・コレクション (ちくま学芸文庫) [文庫] / モーリス メルロ=ポンティ (著); Maurice Merleau‐Ponty (原著); 中山 元 (翻訳); 筑摩書房 (刊)
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