2011年09月19日

SF乱学講座聴講記:蔵原 大「ウォーゲームの歴史――クラウゼヴィッツ,H.G.ウェルズ、オバマ大統領まで」

―――――――――――――――――――――――――

SF乱学講座聴講記:蔵原 大「ウォーゲームの歴史――クラウゼヴィッツ,H.G.ウェルズ、オバマ大統領まで」

 齋藤路恵

―――――――――――――――――――――――――


 2011(平成23)年2月6日、高井戸地域区民センターにてSF乱学講座が開かれました。

 SF乱学講座は、科学やその他の知識を学ぶための誰でも参加できる公開講座です。自然科学以外にも森羅万象あらゆるテーマを扱います。評論家・科学ライターの大宮信光さんや作家の石原藤夫さんらによる「SFファン科学勉強会」から数えると40年以上の歴史があるそうです。毎月発売される「SFマガジン」(早川書房)に、案内が掲載されています。

 こちらのSF乱学講座で、Analog Game Studies の会員である蔵原大さんが講演を行いました。

 テーマは「ウォーゲームの歴史――クラウゼヴィッツ,H.G.ウェルズ、オバマ大統領まで」。

lecture.jpg


 本稿は講演の内容と聴講した感想をまとめたものです。

 本稿は当日配布された資料の内容・順番・補足に基づき、内容を再構成しています。蔵原さんが実際に話した内容・順番・補足とは一致していない箇所があります。

☆講演の内容

@公共の世界にあふれるウォーゲーム(図上演習)


世の中には私的に楽しむことを目的としたゲームもありますが、公的な目的を持ったゲームもあります。例えば、以下の3つは公的な機関が提供・後援しているゲームです。

●国連WFP(国連世界食糧計画)「FOOD FORCE」
http://www.foodforce.konami.jp/
 国連WFPによる「6つのミッションで食糧支援を行い、世界を救おう!」というゲーム。コナミ株式会社から日本語版の提供が行われています。
lecture.jpg
lecture.jpg


●アメリカ陸軍「America's Army」
http://www.americasarmy.com/
 ブッシュ政権の時代に立ち上げられたゲームです。民間人に対して暴力的であると、平和団体から抗議されています。

●中国共産青年同盟(後援)「《抗战》官方网站 -- 中国最具特色的军事网游」
http://kz.zqgame.com/
 タイトルは「抗戦オンライン」という意味です。以前は「抗日戦オンライン」という名前でした。
 このゲームには中国国民党軍は登場しないそうです。これは現実の政治的な状況の現れです。ゲームが現実の政治と無関係でないことがうかがえます。
 上記3つはいずれも無料でプレイできます。


Aプロイセン(今のドイツ)から全世界へ、軍事の専門教育用から汎用へ

 戦いを模した最古のゲームの一つは「チャトランガ」と言われています。古代インドのボードゲームで、将棋やチェスの起源になったゲームです。

 今日のようなウォーゲームの原型ができたのは、19世紀の初め、ナポレオン戦争の時代です。プロイセンで軍事教育用に開発されました。

 1805年、ナポレオン率いるフランス軍とプロイセン貴族の率いるプロイセン軍が戦いました。フランス帝国はヨーロッパ中部の覇権をめぐってプロイセン王国と対立していました。
 そしてプロイセンは大敗し(イエナ=アウエルシュタットの戦い)、領土を奪われます。
 その後、プロイセンは1813年の「諸国民戦争」そして1815年のワーテルローの戦いで勝利をおさめ、ナポレオンの帝国を打ち破ります。

 最初は負けたプロイセンが、その次はどうして勝利できたのでしょうか?
 プロイセンでは一連の苦戦をきっかけとして軍事改革が起きたそうです。
貴族制の門閥主義に基づく軍隊ではダメで、敵国フランスのような身分が低くてもやる気のある国民による軍隊が必要だという気運が高まったのです。
 貧乏貴族の出身であるクラウゼヴィッツを始めとする急進派が「貴族の軍隊では今後の戦争に耐えられない」と主張したのが改革の始まりです。クラウゼヴィッツは後年『戦争論』という本で有名になります。この『戦争論』はこうした改革の延長に位置しています。
 そして、軍事改革の結果、ドイツ参謀本部が作られることになりました。

 こうした軍事改革の流れの中、軍事教育用の教材として「Kriegsspiel」(クリークシュピール=戦争競技という意味です)が開発されます(1824年)。このクリークシュピールが現在のウォーゲームの原型です。クリークシュピールのテストによって軍人の指揮能力を測ることができると考えられました。

 20世紀初めになると、遊びとしてのウォーゲームが広まっていきます。遊びとしてのウォーゲームの普及には、H・G・ウェルズの『Little Wars』(リトル・ウォーズ)(1913)という本が大きな役割を果たしました。H・G・ウェルズは「SFの父」と呼ばれ、社会活動でも多くの業績を残した人です。

Little-Wars.jpg
http://www.archive.org/details/littlewarsgamefo00well
http://www.metal-express.net/general-articles/sci-fi-wargamers

 『リトル・ウォーズ』には遊ぶためのルールとシナリオ(それぞれの軍がどのような状況にあるのかを示す設定)が付いていました。

 原文の写しは以下のサイトで見ることができます。

●The Project Gutenberg E-text of Little Wars, by H. G. Wells (英語)
http://www.gutenberg.org/files/3691/3691-h/3691-h.htm

 本には遊んでいる写真が掲載されています。(以下に原本から一部引用しました)

img-018a.jpg
http://www.archive.org/details/littlewarsgamefo00well

 ブリキのミニチュアを屋外にならべて遊んでいます。現在のウォーゲームは室内で遊ぶのが普通です。

 ウェルズは「(軍事教練用の)ウォーゲームはとても退屈で満足できない。現実味に欠けていて、その上しょっちゅう審判に邪魔される」という趣旨のことを述べています(Refer to “APPENDIX−LITTLE WARS AND KRIEGSPIEL,” Little Wars)。昔の軍隊のウォーゲームには野球のように審判がいたそうです。おもしろさと再現性の両方を追求していった結果、ウェルズのゲームは精巧で大がかりなものになったのでしょう。

 しかし、ここまで大がかりになると遊ぶ準備だけで大変です。そこでのちにミニチュアは小さな駒に置き換えられることも多くなります。小さな駒にすれば室内で遊ぶこともできるようになります。

 H・G・ウェルズの他には、後にイギリスの首相になるウィンストン・チャーチルのような人もウォーゲームをやっていたのだそうです。

 ウォーゲームの歴史については、ジェームズ・F・ダニガンの以下のサイトが参考になります。

●The Complete Wargames Handbook
http://www.hyw.com/books/wargameshandbook/contents.htm

 このサイトの第5章「History of Wargames」 (ウォーゲームの歴史)では、チェス、クリークシュピール、『リトル・ウォーズ』についての話の他、アメリカでホビーとしてのウォーゲームが広まったころの話などを読むことができます。

 それから話は変わりますが2009年、アメリカのバラク・オバマ大統領は就任直前に「ホワイトハウス ウォーゲーム」を行ったそうです。ただし政治的な事柄なので、その詳細までは公開されていません。

●White House holding war games
http://www.necn.com/Boston/Politics/2009/01/13/White-House-holding-war-games-/1231861526.html

 オバマ大統領以前の歴代の大統領もウォーゲームを通じて政治問題のシミュレーションを行っていたそうです。ホビーとしてのウォーゲームと公共的ウォーゲームは現在においても併存しています。

 ここではまた、知識編重主義から能力主義への移行を見て取ることができます。
 知識編重主義とはデータベース主義のことです。知識編重主義は原因と結果を対応させて画一的なデータベースを作っておくことを大切にします。問題が起きたときはデータベースを検索して解決方法を探ります。
 ここにはマルクスの唱えた唯物史観を始めとする近代思想の影響があります。
 マルクスは19世紀の思想家です。唯物史観では歴史にも自然科学と同様に法則があり、すべての社会は段階的に同じ方向に発展していくと考えます。歴史を直線的なもの、線形のモデルとして捉えたのです。これが近代ヨーロッパにおける支配的な考えでした。
 マルクスはまた、生産関係が人間の文化や政治を決定すると考えていました。生産関係という原因が文化や政治のあり方という結果をもたらすわけです。ここでは原因と結果が1対1で対応しています。
 しかし、原因と結果の因果関係はそう簡単なものではありません。複数の原因が1つの結果に影響することもあれば、1つの原因から複数の違った状況が生み出されることもあります。やがて、社会を「線形」(1対1の関係)でとらえない「非線形」モデルが主流になっていきます。@

 そこで、能力主義が注目されるようになりました。
 能力主義は、利用法主義とでもいうものです。データベースを作ってそれで満足しておくことではなく、データベースを活用する能力を大切にします。本をたくさん積んでいても、読んで内容を活用できないならば、意味がありません。
 線形の(原因と結果が1対1で対応する単純な)社会モデルから非線形の(原因と結果が複雑に絡み合う)社会モデルへ注目が移り変わりました。

 オバマ大統領の「ホワイトハウス ウォーゲーム」もこうした流れの中にあります。ウォーゲームを使って情報の活用能力を研ぎすまそうという狙いです。
 こうしたゲームは公的資金を利用しているため、完全に非公開というものではありません。しかし、実際の政治のシミュレーションと言う側面があるため全面的に公開しているわけでもありません。公務としてのウォーゲームは「視える部分/視えない部分」に分かれています。A

___________________________________________________________

@非線形モデルに関して興味のある方は、『国際政治事典』856頁を参照してください。
猪口孝ほか共編,2005,『国際政治事典』弘文堂
国際政治事典 [単行本] / 猪口 孝, 田中 明彦, 恒川 惠一, 薬師寺 泰蔵, 山内 昌之 (編集); 弘文堂 (刊)
http://www.amazon.co.jp/dp/4335460236

A日本でも旧陸海軍でウォーゲームが行われていました。旧海軍ではウォーゲームは「兵棋演習」(へいきえんしゅう、へいぎえんしゅう)と呼ばれていました。
この兵棋演習の目的は、
(1)過去の戦術を今後の戦略に活かすこと
(2)将校の管理能力、データ活用能力を高めること
(3)軍の持っている技術がどの程度有効か確かめること、
でした。
___________________________________________________________

B公共的ウォーゲーム(シリアスゲーム)の目的別分類

 蔵原さんは以上のようにウォーゲームの歴史を振り返った後、公共的ウォーゲームの機能を「訓練/教育」、「実験/分析」、「広報/世論操作」の3つの視点に分けて論じました。

■ 訓練/教育の視点
 例えば歴史を理解させるための教材としてウォーゲームを使うことがあります。
 ロンドン大学キングス・カレッジのフィリップ・セイビン教授は戦略学の講義でウォーゲームを利用しています。後付けの理屈で歴史を単純化して理解しないよう、できるだけ当時の人の視点を理解するためにウォーゲームを用いています。実務的問題の解決練習にウォーゲームが役に立つと言うわけです。
 セイビン教授は学生たちに論文代わりにウォーゲームを作らせ、提出させたりもしています。
学生たちの作ったゲームは実際に以下のサイトからダウンロードして遊べます。
http://www.kcl.ac.uk/schools//sspp/ws/people/academic/professors/sabin/conflictsimulation
 無料で電源不要です。

■ 実験/分析の視点
 例えば具体的な問題解決のためのシミュレーションとしてウォーゲームを利用することがあります。
 21世紀政策研究所では2009年に「金融危機後の国際関係の展開に関するロール・プレイ・ゲーム」を実施したそうです。
http://www.keidanren.or.jp/21ppi/activity/symposium/091121_01.html
 21世紀政策研究所は社団法人日本経済団体連合会(通称:経団連)のシンクタンクです。
 マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology 通称:MIT)でもこうしたシミュレーションが行われているそうです。
http://blogs.yahoo.co.jp/tomo_at_gsas/31627326.html
 こうした場では有名人が多く参加するため、ゲームのプレイスタイルからその人の現実での考え方や動き方を想像するような側面もあるそうです。

 日本の大学でも外交シミュレーションゲームを行っているところがあるようです。しかし、行っていることを公言しないか、公言しても婉曲表現にとどめることが多いようです。

■ 広報/世論操作の視点
 例えば財務省は「財務大臣になって予算を作ろう!」というゲームを公開しています。
http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1022127/www.mof.go.jp/zaisei/game.html
 このゲームでは各種予算を増やしたり減らしたりして、財政赤字の減少を目指します。

 例えば、年金の項目では増やす・減らす・増減なしの3つから選択をします。選択のときに国民の要望として相反する意見が紹介されます。

◇ 増やす派:「今の日本があるのは私たちが頑張ったから。高齢者が増えるからって年金を減らすのはよくないよ。」
◇ 減らす派:「少子高齢化が進んでいるんだよね。今のまま年金を高齢者に配り続けていったら、将来、僕らが高齢者になったときには、政府にはお金がなくなって年金を払えなくなっているんじゃないの?」

 各種予算につき相当な減額をしないと黒字にはなりません。日本の財政難を訴えるゲームと言えます。一方で予算の具体的な使われ方、つまり「予算の無駄遣い」のようなものは検証できないしくみになっています。予算の具体的使い道まで盛り込むと非常に大きなゲームになってしまうため仕方ないとも言えますが、人によっては「増税が必要」の結論に誘導するゲームに見えてしまうかもしれません。

 どのようなゲームにも作られる意図があります。それは経済的利益の追求のためであったり、世論操作のためであったりします。インターネット上の無料ゲームであっても、なんらかの見返りを期待して作られています。
 ゲームに関する研究は、私的な楽しみに関する研究は進んでいます。ところがゲームが「公的な論理」において使用されることについての言説はまだ少ない状態です。公的資金で作られるゲームはどのような理由づけにより正当化されるのか、そこに注意を払う必要があります。

 一般に楽しさは私的なもの、政治は公的なものとして捉えられがちです。ゲームは一般に楽しいものと思われているため、心理的な敷居を下げる効果があります。しかし、ゲームは公的なものとして利用されることもあります。
 しかも、それぞれのプレイヤーはゲーム中の自分の行動に責任を感じます。自分で選択肢を選んだことがはっきりしているからです。そのため、そのゲームを遊んだだけで、そのゲームの意図を肯定したい気持ちになるかもしれません。
 しかし、よく考えれば、そのゲームがどれだけ楽しくてもそのゲームの意図を必ずしも肯定する必要はありません。
 ウォーゲームはもともと遊びとしてではなく軍事教育用の教材として始まりました。それが20世紀以降、遊びとしての意義が見出され、ゲームのおもしろさが追求されるようになりました。
 ですが、だからといってウォーゲームに期待された当初の目的までもが歴史から完全に消えてなくなったわけではありません。むしろ本報告中でも示唆された通り、ゲームは楽しみを提供するだけでなく、企業や国家によって作られた「何らかの意図を発信する〈メディア〉」としても用いることができますし、また実際に用いられているのです。


【まとめ】

 メディア研究をされている山本武利氏は、著書で「ホワイト・プロパガンダ」/「ブラック・プロパガンダ」という言葉を使っています。

●山本武利,2002,『ブラック・プロパガンダ――策略のラジオ』岩波書店
ブラック・プロパガンダ―謀略のラジオ [単行本] / 山本 武利 (著); 岩波書店 (刊)
http://www.amazon.co.jp/dp/4000246119

 この本の23〜4頁に「ホワイト・プロパガンダ/ブラック・プロパガンダ」という言葉が出てきます。目的や意図、発信者、内容が第三者に検証可能な情報はホワイト・プロパガンダで、目的や意図などが検証できない・検証しづらい情報はブラック・プロパガンダです。ブラックに「悪」という意味はありません。
 ゲームはその制作意図を考えなければしばしばブラック・プロパガンダとして機能してしまうでしょう。
 クラウゼヴィッツは『戦争論』で「戦争は他の手段をもってする政治の継続に他ならない」と言っています。蔵原さんはそのクラウゼヴィッツの言を参照しつつ、公的な機関が提供するゲームもまた「他の手段をもってする政治の継続に他ならない」という見解を表明します。

●カール・フォン クラウゼヴィッツ (原著) Carl von Clausewitz,2001(原著1832),『戦争論〈上〉』,中央公論新社
戦争論〈上〉 (中公文庫) [文庫] / カール・フォン クラウゼヴィッツ (著); Carl von Clausewitz (原著); 清水 多吉 (翻訳); 中央公論新社 (刊)
http://www.amazon.co.jp/dp/4122039398/ref=sr_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1312039496&sr=1-6

 またクラウゼヴィッツは『戦争論』で〈理性〉・〈感情〉・〈偶然性〉の「奇妙な三位一体」を説いています。戦争は「奇妙な三位一体」であるというのです。
 例えば公的・政治的な判断には〈理性〉が重要ですが、会社や国民のような巨大な集団は〈感情〉に動かされることがあります。クラウゼヴィッツはこの2つに加えて、予測の難しい〈偶然性〉の存在を重視しました。ゲームを考えるときにも、この〈偶然性〉を忘れるわけにはいかないでしょう。

 ゲームは、要素こそ大きく単純化されつつも、実体験の代わりとしてかろうじて許される領域となりえています。倫理的な障壁はもちろんありますが、私たちが直面をしている社会的な文脈を、ゲームを通してより深く探求することができます。

 ところで、かつてSFで描かれたような状況が現実になりうるようなことが起きています。それは肯定的にも、批判的にも捉えられます。〈危機〉という単語はcrisis/chanceのどちらにも訳せます。ゲームメディアがどう活用されるのであれ、この両面を意識する必要があるでしょう。ゲームの背景についてより深く理解し、ゲームというメディアを読み解く能力=メディア・リテラシーを醸成する必要性があります。

 講演は以上です。この後、質疑応答がありました。すべては書ききれないので、そこから3点だけを拾って紹介します。


【問い@】
「ゲーム理論についてどう思われるか?」

【答え@】
 ゲーム理論にもウォーゲームに利用しやすい部分とそうでない部分があります。
 ゲーム理論に限らず、システムを開放系/閉鎖系に区分する考え方があります。社会システムをある閉じた内部でのみ説明可能な状態を閉鎖系、それだけでは説明できない状態を開放系と考えます。ゲーム理論の多くは閉鎖系を想定したときに有効な理論なので、開放系のシステムには適応しづらい。なお、歴史学は往々にして開放系のシステムを想定しています。1970年代に経済学から限定合理性という考え方が出てきました。ゲームのプレイヤーは合理的であろうとするが、すべての要素を知ったり予測したりすることはできないので、合理性の範囲が限定されるということです。これはクラウゼヴィッツの〈偶然性〉に通じるものがあるでしょう。

【問いA】
「以前『女帝エカチェリーナ』というマンガでエカチェリーナ(1729〜1796)が夫の人形による戦争ごっこをなげくシーンがあった。これはウォーゲームの起源と関係するか?」

【答えA】
 クリークシュピールとして整理される前の時代の遊びです。それが下地となって、新しい教育手法ができたのではないでしょうか。近代国家間で戦闘のスケールが上がったこととクリークシュピールの成立には関係があり、そこには複雑な背景があります。学術的には「社会の軍事化」(Social Militarization)というのですが、長くなるので今回はご勘弁を。ただウォーゲームは負の側面も持ち合わせた近代の落とし子であることは忘れないでください。

【問いB】
「ゲームの娯楽性が、人を惹きつけるという。それは美人のポスターが人を惹きつけるのとは何が違うのか?」

【答えB】
 ゲームと美人ポスターの違いはフィードバックにあります。ゲームは意志決定をさせることでプレイヤーの意思や感情をかきたてます。また、自己決定を明示することで社会への自己表現としての側面も持っています。そこが違いです。


【最後に感想です】

 最後に少しだけわたし齋藤の感想を書きます。

 ホワイト・プロパガンダ/ブラック・プロパガンダという言葉を聞いて、テレビのCMを思い出しました。
 テレビのCMは発信者もその意図も明確ですが、それでも商品の売れ行きに影響力を持ちます。
 軍事を扱ったゲームも、これはプロパガンダであるとわかったうえで遊んでいても影響を受けてしまうのではないかと思いました。

 ウォーゲームは歴史を模すというその点に大きな特徴があります。
 私は、歴史というのはある種の呪術的な力を持っているのではないかと思います。
 例えば、近未来、科学が発達してはるか古代の土器や中世の陶器と原子・分子レベルで全く寸分違わないものができるようになったとします。
 これは全く違わないものならば、実際に発掘されたものや受け継がれたものと同等の価値を持つでしょうか? 同じような価格で取引されるでしょうか?
 私はおそらくされないと思います。
 もう少し詳しく言えば、同じように扱える人もいるでしょうが、同じように扱うことに強い抵抗感を覚える人も少なからずいるのではないか、と思います。
 でも、何が違うのかを説明しろと言われると極めて難しく、私には説明できません。
 そのあたりの掴みがたい感覚を、私はさしあたり「歴史の呪術性」と呼んでいます。

 ウォーゲームは歴史を模すものである以上、そうした呪術性を持つものではないかと思います。

 だから、アメリカ軍のゲームをプレイすることで、そのゲームの遊び手はアメリカ軍の持つ歴史の呪術性へと巻き込まれていくのではないでしょうか。巻き込まれは、その遊び手がそのことを意識している/していないに関わらず起きることだと思います。
 呪術性に対する意識があるかないかで、何か違ってくることがあるのかはよくわかりません。しかし、知らないで巻き込まれるよりは知っていて巻き込まれるほうが、あとで自分の行動に納得できる部分が大きいのではないでしょうか。

 蔵原さんの講演内容はTogetterにもまとめられています。TogetterはTwitter上でさまざまな人がつぶやいた内容を拾い出して同一ページに編集することができるサービスです。
 興味のある方はそちらもご覧ください。

●SF乱学講座「ウォーゲームの歴史:クラウゼヴィッツ,HGウェエルズ、オバマ大統領まで」
http://togetter.com/li/97626

―――――――――――――――――――――――――

 来たる10月2日、Analog Game Studiesに何度となく協力いただいている門倉直人さまの講演会が、SF乱学講座にて、来る10月2日に東京・高井戸で開催されます(SF乱学講座10月の回)。もと遊演体代表、小泉雅也さまとの共同講演となります。

 Analog Game Studiesも今回の講演にささやかながらご協力させていただいております。以前の告知時より情報がアップデートされましたので、再度、お知らせいたします。

※SF乱学講座は、40年の伝統がある市民講座で、誰でも聴講が可能です。事前予約も不要ですので、直接会場へお越しください。



SF乱学講座10月の予定

10月2日(日)

タイトル:日本昔話「昔々、あるところでポストヒューマンが……」――その後の日本神話とデジタル物理学から

講師:門倉直人氏(遊戯創作/文筆業)、小泉雅也氏(元遊演体代表)

==============


◎門倉直人氏

[経歴]
 慶応義塾大学文学部社会学科人間科学卒業。
 学生時代より、魔法使いディノンシリーズ(早川書房)など種々の創作活動に励む。
 卒業後、出版社で編集者として勤務した後、コンピュータネット時代到来を想定した実験的プロジェクト、大規模ネットワークゲームを展開する「遊演体」を組織。
 “ナップルテール”(セガ)などコンピュータソフトのデザインも手がけ、現在は遊戯創作と執筆に専念。

[内容]
 拙著『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか〜言葉の魔法』の作業中に感じた不思議、日本という特異な土壌が現在進行形で進めている「神話のつづき」と、人が人から少し遊離していく現象を探ります。

==============

◎小泉雅也氏

[経歴]
 門倉直人氏らと「有限会社 遊演体」(のちに株式会社)を設立。同社最後の代表取締役として2004年に同社の活動を休止する。現在、北里大学看護学部に助手として勤務。日本看護学教育学会、日本医療情報学会に所属。

[内容]
 門倉直人氏講演へ補足的に、現代思想でも取り上げられる「ポストヒューマン」という概念の理解に寄与できるよう、量子力学における実証論が描くデジタル物理学的な自然像を踏まえて、そのゲーム的側面、情報学的側面について話題提供をさせていただきます。

==========

参考図書:門倉直人著『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか』(新紀元社)、竹内薫著『世界が変わる現代物理学』(ちくま新書)

シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか ~言葉の魔法~ [単行本] / 門倉 直人 (著); 緒方 剛志 (イラスト); 新紀元社 (刊)世界が変わる現代物理学 (ちくま新書) [新書] / 竹内 薫 (著); 筑摩書房 (刊)

開催日時:2011年10月2日 日曜日 午後6時15分〜8時15分
参加費 :千円
会場  :高井戸地域区民センター3F

http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5302/

posted by AGS at 01:05| レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。