2011年02月11日

ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』

【レビュー】ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』(J. F.Dunnigan, Wargames Handbook, 2000)
 蔵原大

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 本書は、ジョージア州立工科大学歴史学教授(2011年現在)のJ・F・ダニガン(James F. Dunnigan)がウォーゲームの概念、歴史、製作・実演の方法論をまとめたウォーゲーミングの概説書である。本書の第一版は過去にホビージャパンから訳出済みだが、ここで紹介するのはその第三版にあたる。


Wargames Handbook Third Edition

Wargames Handbook: How to Play and Design Commercial and Professional Wargames

  • 作者: James F.Dunnigan
  • 出版社/メーカー: Iuniverse Inc
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: Paperback



 元アメリカ陸軍砲兵である著者は、1960年代より市販用ウォーゲーム(commercial wargame)の製作者として活躍すると同時に、軍事演習に関する顧問としてアメリカ国防総省に助言を与えてきた。本書『ウォーゲームズ・ハンドブック』は、アメリカ海軍分析本部(Center for Naval Analyses)研究官のピーター・P・パーラ(Peter P. Perla)が記した『無血戦争』(The Art of Wargaming, 1990)と共にウォーゲーミング概説書として知られている(*1)。ただしパーラが軍隊向けの「専門職用ウォーゲーム」(professional wargame)を主に取り上げるのに対して、ダニガンが卓上・コンピュータゲームを網羅して「市販用」「専門職用」の別なく普遍的概念と具体例(著者製作によるWW2を対象としたミニゲーム)を提示し、ゲーム研究・歴史教育の実務者(ひいてはゲームの開発者)に対して即効的示唆を示している点はより注目すべきだろう。

 以下に本書全体の構成を示し、また本文を一部引用してウォーゲームの思想的骨格を紹介したい。なお本書中の引用・参照箇所はカッコ書きにして頁を示した。

 序論
 第1章 ウォーゲームとは何か?
 第2章 どのように実演するか
 第3章 なぜゲームを実演するのか(かつどのように教訓を引き出すのか)
 第4章 卓上ゲームの製作
 第5章 ウォーゲームの歴史
 第6章 コンピュータ用ウォーゲーム
 第7章 コンピュータ用ウォーゲームの製作
 第8章 誰がウォーゲームを実演するのか
 第9章 戦時におけるウォーゲーム
 結語
 補論

 ウォーゲームとは何か。ダニガンはそれは「過去に対する深い理解を得る事で未来に向かう一歩を踏み出す試み」「競技(game)、歴史、科学の混成物」と定める。その代表格として挙げられるチェスの場合、それを構成する「ルール(社会システム)」「コマ(軍隊ユニット)」「棋盤(地理的環境)」の三点はどれもウォーゲームに必須であると共に悉く実世界の模写であって、言い換えれば「ウォーゲームは現実的(realistic)でなければならない」。これが本書の基本的主張だ(p.1)。

 ダニガンのウォーゲームは何を目的とするのだろうか。「第三章 なぜゲームを実演(Play)するのか」はこう説明する。単なる遊びを欲するならウォーゲームは必要ではないが、ウォーゲームを求める人々の多くは大合戦のような歴史的事象の検証、中でも「歴史のイフ」(what if)の概観を望む(p.107)。従ってウォーゲームの製作者は、史実では起きなかったとはいえ、起こりえたかもしれない歴史の別の流れをゲームとして表現しなければならない。これが著者の「非線形情報」(Non-Linear Information、pp.219-220)に基づく理念だ(*2)。

 この見解を踏まえてダニガンは、ウォーゲーミングとは歴史の分岐を明示するための「歴史シミュレーション(historical simulation)」(p.316)の手法だと認識して四つの必要条件を設けた。

○ 地形描写(Geography)
○ 戦闘序列(Order of Battle)
○ 状況的現実(Situational Realism)
○ 改変可能性(Dynamic Potential)

 上記の前者二つは空間的・物理的制約(戦場や人的・物的資源など)の模擬を指すのに対して、後者二つが扱うのは状況的・歴史的制約の問題だ(pp.108-116)。具体的には「状況的現実」とは既存の情報源を参照しながらウォーゲームが扱う事件をゲーム内の状況として提示することを、また「改変可能性」とはゲームが扱う事件の当事者が選択した、ないしは当事者にとって選択可能だったと思しき自発的行為に限ってゲーム中で再演するという条件を指す。それは、例えば1876年の「インディアン」戦争における「リトルビックホーンの戦い」をゲーム化する場合、ガトリング銃等の史実における装備が登場・行使されるのは許されるとしても、「殺人光線銃(death ray gun)」等の非現実的存在を登場させたり行使するのはウォーゲームではなく「ファンタジーゲーム(fantasy game)」にすぎないという意味である(p.107)。

 ところでダニガンは「ファンタジーとは往々にして私達がこうあってほしかったと望んだ過去の有様にすぎない。またサイエンス・フィクションとは私達がこうあってほしいと望む未来の有様である」(p.142)と述べている。なお彼とは別にインテリジェンス研究の分野では、政策決定者が自らが好ましいとする主観に沿って情報を取捨曲解する振る舞いを「情報の政治化」と呼称するが(*3)、ダニガンによる一連の指摘がゲームを始めとする文化的コンテンツの「政治化」に対する警鐘にも通じる点には注意を払ってしかるべきだろう。

 ちなみに「歴史のイフ」については現代の歴史学もまたその重要性を認める方向に転換しているが、第一級の歴史学者が認める「歴史のイフ」性については下記の記事を参照されたい。

○ 秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]』(2010)

 本書『ウォーゲームズ・ハンドブック』を読了すれば、その骨子はウォーゲームに代表される「シミュレーションゲームの本質は、細かく定義された制限下で、何らかの方法で厳格に選定された歴史的事象(strictly predetermined historical event)の広範囲な多様性(variety)を許容する点にある」事の強調にあることがわかるはずだ(p.107)。

 なお本書やウォーゲームが生まれた社会的文脈については、下記の記事を参照してほしい。ウォーゲームがどのような背景の上に成立しているのか、政治や経済を踏まえたうえで捉えなおすと「ゲーム」というメディアの持つ「面白さ」(=政治性、いかがわしさ)というものにいっそう魅せられること請け合いだ。

○ SF乱学講座「ウォーゲームの歴史:クラウゼヴィッツ,H.G.ウェルズ、オバマ大統領まで」
○ SF乱学講座2011年2月(参考資料付き)
○ 『ルールズ・オブ・プレイ』(山本貴光訳、ソフトバンククリエイティブ)が刊行されます
○ 和久尊. "第1回 ウォーゲーム前史." ゲーム千一夜.
○ James F. Dunnigan provides commentary on wargames, history, military strategy and his books.

 さぁ皆さんも「ゲーム」の歴史を研究してみませんか?


戦争論〈下〉 (中公文庫)
 各時代の出来事は常にその独自性を顧慮しつつ判断されねばならず、一切の小事情の綿密な研究による者よりも、大事情の適切な洞察を通じて時代を把握する者にして初めて、その時代の最高司令官を理解し評価することができるのである。

  ―クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論(下)』中央公論新社、2001年―


指輪物語〈1〉旅の仲間
 トールキンによれば、ファンタジーは、現実の世界ではなく、そのうつしであって、その作者は、その造物主の業を習い手伝う立場に立ちます。現実の世界には一般に真美は顕在せず、暗示的で隠れてみえませんが、想像力のある目で見れば偉大で純粋で訴えかける驚異にみちていますから、そういう第一世界から、造物主の錯綜しつつ均衡のとれた生きた度合を破らずに、その象徴として第二世界をつくることがファンタジーとなり、そういう神話的な神秘の密度ある真美をあらわそうとするファンタジーというものは、「エルフの技」だというのです。「馬や犬や羊に目をひらくためには、セントールや竜にであう必要がある」とも端的にトールキンはいっています。

  ―瀬田貞二「訳者あとがき」J・R・R・トールキン著、瀬田貞二訳『指輪物語1 旅の仲間(上)』評論社、1974年―


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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
【レビュー】ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』(J. F.Dunnigan, Wargames Handbook, 2000) by 蔵原大(Dai Kurahara) is licensed under a Creative Commons 表示 - 改変禁止 3.0 Unported License.

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【脚 注】
(*1)パーラの邦訳はピータ・P・パーラ、井川宏訳『無血戦争 The Art of Wargaming』ホビージャパン、1993年。
(*2)「非線形」とは、原因と結果の直線的関係を想定した「線形」モデルに対して、単一の原因が単一の結果をかならずしも生むわけではなく、単純な条件下でも複雑な状況が形成されることを称して非直線的因果関係=「非線形」という意味で用いられる。猪口孝・田中明彦・恒川惠市・薬師寺泰蔵・山内昌之共編『国際政治事典』弘文堂、2005年、856頁。
(*3)小谷賢『日本軍のインテリジェンス なぜ情報は活かされないのか』講談社、2007年、188頁。
posted by AGS at 05:29| レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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