2010年12月23日

桃木至朗『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』(蔵原大)

【レビュー】桃木至朗『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』
 蔵原大

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 本書は、大阪大学教員である桃木氏が、日本歴史学の閉鎖的現状とその打開策について、とくに東南アジア(著者の専攻)の視点から綴ったものです。この数年来、著者を含めた数々の論者が『史学雑誌』上で歴史教育のタコツボ化に対する批判を行なってきました。本書はその集大成的存在であり、21世紀初めの日本社会を研究しようと望む後世の人々、あるいは「今」の日本社会をモチーフにしたゲームを作りたい方々がいずれ手にする参考書になることでしょう。


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【日本列島ガダルカナル化?―歴史学の危機は社会の危機】


 なお、この本の題材が歴史学であるからといって、他分野の専門家が一読を怠る口実にならないのは少し考えれば明らかでしょう。理系であれ、ゲームであれ、文学の空想世界であれ、実社会の政治や歴史から離れて独立した活動を行なうなど不可能だからです。

 文学者の石原慎太郎曰く、「作家はあくまで社会に生息する個体である限り、いかなる作品もその時代の時代粧をまとわぬことはあり得ない。ただそれが意識されたものであるかどうかは別にしても」(*1)。もちろん、それは研究者にもビジネスマンにも、もちろんゲームの愛好家にも当てはまります。本書が問題としているのは、今の私達がこの「時代粧」の意識を可能とする術、つまり自らの本質を知る方法を棄却しつつある、という点なのです。

 さて本書『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』の構成は以下の通り。

 ○ まえがき

 ○ 第一部 歴史学の危機と挑戦
   ● 第一章 現代社会の歴史離れと歴史教育の混乱
   ● 第二章 歴史学の限界と動脈硬化
   ● 第三章 そもそも歴史学とはどんな学問か
   ● 第四章 歴史学の論理展開
   ● 第五章 新しい歴史学の躍動
   ● 第六章 阪大史学の挑戦

 ○ 第二部 東南アジア史の可能性
   ● 第一章 東南アジアとその研究視角
   ● 第二章 役に立つ東南アジア
   ● 第三章 面白い東南アジア
   ● 第四章 わかる東南アジア

 この本の概要については著者曰く、

 いまや危機に陥っている歴史学(以下では、アカデミズムの一環としての歴史研究を歴史学と呼び、その専門家は特別な場合を除き歴史研究者と呼ぶという仮の原則を立てる)と歴史教育(高校を中心とした学校教育にほぼ限定する)の再生の道を考えようとする「評論」「解説」の試みである。第一部では歴史学と歴史教育の全体について、危機の実態と原因、近年おこなわれている新しい挑戦などについて紹介する。第二部では、筆者が専攻する東南アジアの例を取り上げて、歴史学・歴史教育の新しい可能性を探る。全体を論じる第一部でも筆者の専門上アジア史(高校科目では世界史)に力点がおかれるが、西洋史や日本史に無関係な本ではない。筆者は日本史・アジア史・世界史のシームレスな統合を主張しており、アジア史と日本史の統合については、本書でも多くを論じている(本書pp.4-5)。


 ちなみにここで言われている「危機」とは、簡単にいえば日本の歴史教育そのものが近い内に無くなるかもしれない、という意味です。著者によれば、今の公共教育はエリートや成功者の業績を語ることに焦点を当てすぎ、弱肉強食的な競争原理を煽っているとして曰く「歴史教育は拒否されて当然である」「大学側の無知・無責任もかなりひどい」「歴史学の人文・社会学界や思想界、社会に対する発言力は明らかに弱まりつつあるし、歴史学の学生や研究者志望の大学院生数は、おそらく世界的に長期低落傾向にあると思われる」と論じ(本書p.20,31,39)、いずれ日本の史学全般が「ガダルカナル型の敗北」(1942〜43年にかけての日本陸海軍の惨敗に似た崩壊)で締めくくられるおそれがある、とまで評しているのです(本書p.63)。

 高校・大学の教育改革を訴え、しかも自らその先鋒として活動内容を報告している『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』には、現役の歴史研究者には珍しく明確な政策を主張しようという著者の強い意欲が感じられます。具体的な提案、方策については「第六章 阪大史学の挑戦」に集約されているのでここでは省きますが、高校や大学の教員との長日月の討議、講義の現場での試行錯誤を重ねた上で編まれた本書は、ありきたりの現状分析や批判に留まるのではなく、はっきりと改革の意義や道筋まで盛り込んだ上で学界・教育界に物申す骨太の姿勢をうかがわせます。そうした政治色の強い書籍を出したというだけでも、教職員としては相当に踏み込んだ勇敢な行為と言えましょう。賛否両論ありましょうが、わけても末尾の注として付された締めくくりの下記一文には、桃木氏の真摯な態度が(多少きどっているようですけれども)充分に表れています。

 いずれにせよ、筆者や佐々木氏が訴えることを「自分には関係ない他人事だ」と考える者は、満員電車のなかで座っている自分の近くにお年寄りが立っているのに気づいた場合に、「だれかが立って席を譲るだろう」と考えて座りつづける人間である。なにも座っている乗客全員が立つ必要はない。しかしだれも立たないのは正しくない。そういう場合にどうするか、本書の読者ひとりひとりが問われている(本書p.258)。



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【日本歴史学は世界でもトップレベルなのに...】




 とはいえ、こうも桃木氏にズバズバやられては、大抵の教職員の方々はあまり愉快ではないでしょう。しかし著者は日本の歴史学・教育に単なるダメ出しをしているのではありません。なぜなら日本歴史学について『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』は次のように評価しているのですから。

 日本の歴史学はもともと緻密な実証研究を得意とする。自国史(日本史)だけでなく、日本の中国史研究の高水準は早くから世界に知られていた。また近年では、「西洋史」ではもはや単なる「翻訳の学問」ではないし、東アジアに偏っていた非西洋地位の研究は急速に広がりを増している。第一部の冒頭でも述べたとおり、世界のほとんどの国・地域の専門家をそろえている―英語や旧宗主国の言語、漢文だけでなく、さまざまな「現地語」を駆使した研究も常識となった―点で、日本の歴史研究の水準と幅広さは世界一と称してまちがいなかろう(本書p.48)。


 ただし直後に筆者が以下の指摘をしていることにも注目すべきです。

 だが、強い光には深い影がともなう。歴史学に限らない縦割り学問やタコツボ型研究、徒弟奉公的な研究者養成システムなどの弊害は言い古されているが、それを支える日本的な「視野の狭い生真面目さ」と「横並びの発想」自体の問題点は、あまり認識されていないように思われる(本書同じくp.48)。


 どういうことでしょうか。それは、戦前以来の教育現場や学問領域で行なわれていた「正しい」手法それ自体が、多極化の時代にあってマイナスの方向に働いているというジレンマのことです。例えば中高校の「君が代斉唱」問題、又はいわゆる「推薦図書」の平板さを思い浮かべていただけると得心できる所もあろうと思います。

 〔引用者注:学術の〕評価の基準は常に、単一の直線上ないし平面上でどちらが正しいかだけであり、そこで「正しい」とされた課題・方法に従わない者は口汚く罵倒された。小さいときから狭い範囲の反復練習を徹底的に課せられ、それを完璧にこなした者だけがより広い世界を見ることを許されるという教育システムや、生涯一つの仕事をやり抜くことが尊い―「全体」は一つのことを究めた末にのみ見える―という価値観に支えられたこの愚直さは、世界に冠たる工業製品と国際感覚のない日本人を同時に生み出してきたように、世界最高水準の実証研究と極度に保守的で視野が狭い歴史学界の両方を支えてきたのだ。ところが、科学のパラダイムそのものが単一の枠組みですべてを理解する方法に懐疑的になっている現在、日本社会の「単一の枠組みにしがみつくきまじめさと横並びの発想」は不利に働くことが増えている。「マルクス主義なきあと」の歴史学の多元化・多様化を「グランドセオリーの消失、焦点の拡散」というマイナス方向でしかとらえられない研究者がいるすれば、そこにこうした日本社会の「病根」が表現されている(本書p.49)。


 そこで著者は、歴史学・教育の存在意義そのものを再編成すべきだとして、活力をもたらしえる新目的をこう設定しています。

★A)「事実は小説より奇なり」。歴史は上質な娯楽・知的興奮を提供し、人格涵養にも役立ちうる。「トリビアの泉」の面白さも捨てがたい。このことを否定する歴史学はやせ細る。

★B)人間存在や社会のありかたを抽象的・一般的に思弁するのでなく、具体的な条件のもとで、しかも総合的に考える習慣が身につく。

★C)そこから現在を理解し未来を見通す力が養われる。


 加えて「こうした点こそが核心であろう。「研究者」や「専門家」でなくとも、演習問題などを通じて、これらに関する一定の経験を積むことは不可能でないはずだ」と語っています(本書p.72)。

 以上の危機意識が、桃木氏の提唱する学界再編、教育改革の動機にあるようです。ごく簡単にまとめれば「細かい一字一句にこだわって一点二点を争うような教育や学習のしかたは砂上楼閣だと言わざるをえまい。現にそれを強いられている先生や生徒には気の毒だが、現実の入試は「交通違反の取り締まりに引っかかったら運が悪い」という同程度の運・不運に左右されているのだ」と批判し(本書p.253)、受験教育に代表される知識詰め込み手法から人間社会の有り様を提示する学問・教育へと転換を唱える決起文、それこそ『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』なのです。

 では著者の考える教育の理想モデルはどんなものなのでしょうか。本書では「アメリカの強み」としてその教育スタイルの特徴を以下のように列記しています(以下本書p.79)。

★a)小学校から一貫してたたき込まれる「自分で考えたり調べ、発表し、ディスカッションする」訓練。

★b)画一的教育をしないかわりに、学部と大学院で違う分野を学ぶことができたり、外国から来た難民が英語を学ぶ際に短期集中型で効果を上げるような、教育マニュアルの発達。

★c)「全体」や「世界」を考えよう(支配しよう?)というあくなき意志と、それにもとづいて他人と違った大きな論を立てる著作以外を「論文」とは認めない学界の不文律。

★d)実用主義や市場原理主義になじまない要素を含めて多様性を認める文化と、他国の仕組みや他人の業績を評価する方法の高度な発達。

★e)社会人入学など再チャレンジや方向転換が容易な社会のしくみと、アメリカで評価が悪くてクビになっても英語圏のどこかで拾ってもらえるような、英米の覇権の歴史が残した広大な知のネットワーク。


 もっとも日本の学界や教育環境にこんな素晴らしい条件(とりわけ"e")が整備されているかどうか、非常勤の研究者や多忙な高校の先生方にはよくお分かりのはずでしょう。桃木氏の主張の是非はともかく、一時は経済大国ともアニメ大国とも呼ばれた日本ですが、その「ソフトパワー」の凋落の原因についてそろそろ冷徹に見直す時期ではないでしょうか。どんな大国にもいずれは陰りがやって来ますし、力が衰える時には盛んな時とは別の生き方があるものなのですから。


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【歴史が退けば「虚像」がはびこる、WW2前も戦後も同じ】


 しかし桃木氏の提言は的外れの妄言でしょうか。日本東洋史学における重鎮といってよい谷川道雄は「戦後歴史学」の過去と現状とを社会全体の動きに対比させてこう憂いています。つまり1960年代の安保闘争が保守層の勝利に終り、その後の社会主流の言説は政治イデオロギーと一線を画する方向にすすんだというのですが...、

 この傾向はその後今日までの半世紀の間、基本的には変りがないように思える。それどころか、これまで学問を外から動機づけていた一切のものが脱落して、いわゆる脱イデオロギー時代となり、歴史研究もその風潮を受けて歴史の意味よりも事実に固執する個別実証が本流を占めるようになる。

 五〇年代、あまりにイデオロギーが巾をきかせ、それを史実の上に置くような傾向があったことを考えれば、これはよい変化である。しかし個別実証主義には、避けがたい弱点がある。学問外の動機を削り取ってゆくために、研究そのものが細ってゆくのである。よく指摘される研究の細分化がその一つであるが、さらにはその研究が歴史そのものから離れてゆくことになる。脱イデオロギー的傾向は史料の選択そのものにまでも影響を及ぼし、史料考証だけが唯一の確実な歴史研究であると思いこみ、脱歴史的歴史研究に専念する研究者さえ少くない。つまり戦後歴史学の弊害を除去したとたんに、歴史そのものからさえ離脱するような歴史研究が発生し始めたのである(*2)。


 谷川は、こうして史学が社会に背を向けて没我の境地に退避したことが一つのきっかけとなり、若年層に見られる「葉書一枚書くことさえできない」コミュニケーション能力の欠落、国内外の情勢に関する理解の不足、排外主義の台頭という事態が起こっていると分析した上で、こう続けています。こうした「国民文化の低下」をさらに助長しているのは、目先の利潤を第一に追求する「現代資本主義」に取り付かれた社会の指導層なのだ、と。

 国民の文化水準の果てしない低落を防ぐには、現代資本主義社会への反省が必要条件とされなければならない。今日の経営者たちにこの自覚があるであろうか。彼らは危機に瀕したわが国の国民文化の低下が国力そのものの低下につながり、ひいては企業の衰退を招くことを十分に認識する必要がある(*3)。


 さて先ほどまでは「戦後歴史学」の話でしたが、戦前の「歴史学」はどうだったのでしょうか。日本近現代史家の千葉功は日露戦争の研究史に仮託し、日本帝国における史学の環境が基本的に「史料の公開がほとんど進んでおらず、かつ学問の自由が完全とはいいがたい状況下に置かれていた」(*4)と説明しています。

 戦前において日露戦争研究は、まず戦史研究として現われた。一九一二〜四年にかけて東京偕行社から『明治丗七八年日露戦史』(全一〇巻・付図一〇巻)が公刊されたが、これは、いったん「精確ニ事実ノ真相ヲ叙述シ」た原稿に修訂を加え、「機密事項ヲ削除シ」たものである。その際、日本軍の欠点を暴露し、価値を減じさせるような、日本軍の前進・追撃が迅速でなかった理由とか、軍隊・個人の怯懦・失策、弾薬不足の事実などは削除の対象とされた。他方、海軍の戦史においても、〔中略〕公刊された戦史(『明治三十七八年海戦史』全三巻)は機密部分を削除した、単なる作戦・戦闘史であった。よって、国民には日露戦争の実像とは違った「虚像」がひろがり、ひとり歩きをしていく結果を生み出すことになる(*5)。


 誠実な研究のない社会には「虚像」がはびこるわけですが、この「虚像」がやがてどんな結末へと日本帝国を駆り立てたのか、その点は皆さんもよくご承知だと思います。桃木氏のいう歴史学の「危機」、または表現や言論の自由が制限されるのを礼賛する状況は、未来の私達の「危機」につながっていくのかもしれません。

 「現在を理解し未来を見通す力」を育てるはずの歴史学を切り捨てたら、日本社会はどこへ進むのでしょうか?


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【ネット時代にこそ必要な史学の導き】


 でも別の考えの方もいるでしょう。歴史学なんてホントに必要なのか、今は民主主義とネットの時代だぜ、政治家の人たちは色んな話をしてくれるし、ネット配信のニュースは読みやすいし、そういうのを見れば事実はだいたい分かるし、特に歴史学なんて無くて良いんじゃないの、と。

 それは確かに一面では正しいのかもしれません。かもしれませんが、しかし一応付け加えておきますと、千葉の言う「虚像」は日本だけでなくアメリカ民主政体でもちょくちょく見られる社会現象のようです。ベトナム戦争におけるアメリカの戦略指導を論考した歴史家バーバラ・タックマンは、民主主義社会における政治家・官僚の一般的姿勢をこう解説しています。



 構成員が黙って去っていくのが、政府機関の重要な特性である。職を離れたあとでさえ率直な意見を述べるのは、荒野にさまよい出るのに等しい。不信を明らかにすることによって、その世界の内部に帰る道を閉ざすからだ。辞任をしたがらないのも同じ理由からである。役人はつねに、阻止するには内部にいるほうがより大きな影響力を発揮できるからと自分で自分を納得させ、それから今度は、権力との繋がりが切れてしまうと困るからと、黙従してしまう(*6)。

 政府の戦争報告は国内での信頼性を損なったが、責任の大半は軍部にあった。敵を惑わせる目的で詐術の訓練を受けているため、軍部は人をあざむくのが習慣になっている。軍部のそれぞれの部門と主な司令部が、「国家の安全保障」のために、あるいは報告自体を立派に見せるため、または将来の部門間の競争で一勝負勝ち越しておくために、またはミスを糊塗したり司令部を魅力的に見せたりするために、ニュースを操作した。怒った新聞界が熱心に暴露につとめたので、国民はコミュニケのごまかしの下にひそむ往々にしてけちくさい欺瞞をこれまでのように知らないではいなかった(*7)。


 言い方を換えれば、権力のトップはまさにトップにいる/いたからこそ「率直な意見を述べる」ことがない、という事になります。これはアメリカの1960〜70年代の話ですが、日本の政財界はもっと正直かつ廉潔であると信ずべき根拠はどこにあるのでしょうか。またタックマンは軍部を「詐術」の達人と皮肉りましたが、はたして軍部以外の官公庁はどうなのでしょうか。新聞業界が元気を失っているようにも思える今、一考の余地ありなのかもしれませんね。

 それから、インターネットの情報氾濫が皮肉にもニュースの内容を規格化し貧弱にしてしまう逆説については、精神分析医の斉藤環が述べていた通りです。

 大量の情報がゆきかうほど、重複部分も多くなり単色化が進むということ、例えばパソコン通信が日常化した現在、多くの人が毎日のように、大量の文書を読み、あるいは大量の文書を書く。パソコン文体とでもいうべきもの―あの伝達性には優れるが、描写性と記述性においては著しく単調なスタイル―が共有されることになる。そして、画像情報の貧困化は、まさに「アニメ絵」の普及という形式において、もっとも顕著なものとなる(*8)。


 蛇足になりますが、インターネットを始めとする明朗なニュースサイトこそ現代の世論操作、あるいは列強や巨大企業が展開する情報戦争の闘技場になっている、という事にはご注意されるとよろしいかと思います。元公安調査庁職員の野田敬生曰く、



 メディアは非常に影響力の強い集団である。メディアは大量の情報を提供するが、それらは、しばしばサウンド・バイト(テレビのニュース番組などで短く引用して放送される政治家等の発言(のビデオ映像))の形で、非常に限られた枠組の中で伝達される。この加工された情報が世論に形を変えると、ほとんど実際の事実に基づかない態度が生まれる。こうした無知な態度は誤った前提に傾斜する可能性がある点で危険である。

 たしかに、簡単なことをわざわざ難しく語る必要はない。しかし、あらゆる物事が必ず簡単に語られるべきであり、簡単に語るべきであると考えるのは、それ自体一つの世界観に他ならない。簡単に語ることができるのは本来、簡単な内容だけである。常に簡単に語ろうとするのは、常に簡単に考えられると思っているということである。つまり、単純に世界を解釈しているということである。そういう態度は認知操作に対しても脆弱である(*9)。

 余りに現実と乖離したストーリーは誰にも相手にされないだろうが、それなりに現実を反映した説得力あるストーリーは、逆に現実に働き掛けるようになる。いや、むしろストーリーが現実を規定し、現実そのものに転化すると言うべきであろう。〔中略〕ストーリーに矛盾する事実は一般的に、そもそも現実として顧慮されず、甚だしくは知覚さえされないからである。あたかもストーリーが現実を包含する。

 存在しないものを存在させたり、過去に舞い戻って歴史を変更したり、現実を自由自在に改造することなどヒトにはできない。しかし、ストーリーに働きかけ、影響を及ぼすこと、つまり、個人・集団がストーリーの形で抱いている「現実」を歪曲し、改変し、操作することは可能である。いわば意識に存在を規定させるのである。

 自己に有利なストーリーを呈示することで、自己に有利な「現実」を現出せしめること、これこそが認知操作に他ならない(*10)。


 自国の歴史も世界史も知らない、知りたくない、そういう人が情報戦争ではターゲットとして狙われています。熾烈なグローバリゼーション戦国時代にようこそ。勝てば官軍、負ければ賊軍、無知は罪なり餌食なり。それでも知性を養う歴史研究は無用なのでしょうか。

 とまぁ此処までくると、歴史学批判なのか、社会批判なのか、なんだか分からなくなってきましたね。本来の歴史学はこういう風に社会と結びついているわけです。その点、皆様のご理解を得られますと嬉しい限りですが。


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【お隣の韓国は、もうすぐアメリカの「教育」植民地に?】


 ここまでは日本の話が概ねでしたが、お隣りの韓国での教育事情はもっと深刻なようです。

 2010年6月、東大の「コリア・コロキュアム」で講演された具海根(ク・ヘグン/ハワイ大学教授)は、韓国の賭博的な「グローバル教育戦略」とグローバリゼーションとの関係をこう論じています(*11)。

 日本と同じく、いや、日本よりも甚だしい程度で韓国の教育競争は激しさの極みに達しています。韓国中産層の親たちの高い教育熱は、学校公教育に満足せず課外教育を通じて子どもたちに教育競争で勝ち得る武器を提供しようと努力したため韓国の教育政策は、行きつくところ学校外の私教育との競争でした。

 1997年の外貨危機以後、国境のない世界競争で生き残るための資質のうち最重要事項が英語の実力であるかのように認識され、実際に大企業に就職するためには必須要件となりました。三星(サムソン)、現代などの財閥企業では英語で就業インタビューを施行し始め、英語ができない人は初めから資格のない人として扱われました。

 この現象を別の角度から見ると、グローバル化に向かう韓国の教育市場は、各階層集団にシフトした教育機会を提供しました。つまり、資源が充分な家庭は国内の教育制度だけではなく、グローバル市場に存在する教育機会を活用し得る自由を享受するようになったためです。例えば富裕層で子どもの学業成績が振るわず国内一流大学に入学する確率が低い場合、親たちは早くから子どもをアメリカに留学させてより良い教育機会を追求する機会を準備してやることが出来ます。このような教育戦略を我われは、グローバルまたはコスモポリタン戦略と呼びます。

 途方もない財政的・精神的投資が要求されるグローバル教育戦略は、当事者である上流中産層にも多くの犠牲と不安感を抱かせるものです。なぜなら、外国に早期留学させた子どもたちが皆良い教育を受け、良い職場を得るという保障がどこにもないからです。時間の経過とともに韓国国内の大学教育が国際化し、英語教育の水準も高まるにつれ、外国で受けた学位が当たり前になり、優越なものとして受け入れられなくなる可能性もあります。それでも新自由主義的世界経済が不安を掻き立てるために、韓国の中産層はこんな度を越した投資をしなければならないと信じているのです。そしてこのようにグローバル化する韓国の上流中産層の教育戦略は中下層にも影響を与えるようになり、彼らをして自分たちの所得水準に見合わずとも、同じような教育戦略を駆使しようとする努力に向かわせるようになるのです。それにより教育のグローバル化は総じて韓国の各階層に不安感と挫折感を高める役割を果たしています。


 補足説明すれば、韓国の現状は歴史的には別に珍しくもなく、例えば中国、ベトナム、インド、そしてアフリカで類似例が報告されています、19〜20世紀に。そうした地域が帝国主義の流れを通じて植民地化されると、欧米帰りの逸材が植民地行政の現地エリートに変化していったのも、これまた歴史学の教える所です。そうそうベトナムのホーチミンもカンボジアのポルポトも、確か欧米帰りの知識人でしたよね。

 さて、先に桃木氏が述べていたあの"e"の「アメリカで評価が悪くてクビになっても英語圏のどこかで拾ってもらえるような、英米の覇権の歴史が残した広大な知のネットワーク」というのは、具教授のいうような途上国側の「グローバル教育戦略」から見れば、それは欧米出身の研究者が途上国の教育界にパラシュート就任してくる、という構造の常態化とも言えます。当然ながら欧米の学者には好都合のシステムでしょうが、でもそれって「英語圏のどこか」が教育に名を借りた一種の「植民地」に転落するという構図では?

 最近の日本では、何でも企業が社内公用語を英語にするという現象が起きているようですが、それはそれで見事なまでに時流に乗っているわけですね、英語大国の自発的「植民地」になりますと宣言したようなものでしょうか。歴史学の衰退は、こういう基本的かつ歴史的におなじみの繰り返しさえ認知する力を失わせるという点で、安全保障や民主主義の根幹を揺らがせるおそれがあります。しかしそれはそれで一部の人々にとっては都合がいいのかもしれません。

 もしくはそれに対して、そろそろ日本の朝野もロシア・韓国・北朝鮮・中国(台湾を含む)・フィリピン、さらに東南アジアの国々と提携して大東亜「教育」圏の構想でもブチ上げたらいかがでしょう。そんで「竹島/独島」辺りに総合大学もとい学術独立国「蓬莱学園」を創るとか?

 いえいえ皆さん、こういうのをファンタジーというんですよ。でも冷戦崩壊の話も、それが起こるまではファンタジーでしたけどね...。


☆p.s.
 とまぁ、上記のようなお話を齋藤路恵氏にお伝えした際、彼女の要約が中々鋭い。曰く、
「これまで想像したこともない感覚がかつて普通に存在していた、というのはおもしろかった」
「歴史は感情移入するための世界ではなく、他者と向き合う世界だとわかってきた」。

 言われて気付きましたが、なるほど前人未到の地は宇宙の彼方ばかりではなく、すぐそこにもあるようです。皆様も他者(=昨日の自分)に向き合ってみるというのはいかがでしょう。そして良くデザインされたゲームは(アナログ、デジタル、シリアス、エロゲーを問わず)時にそのためのツールになるのかもしれません。

 ホント、歴史って面白いですね。



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 人君であるかぎり、その智・愚と賢・不賢を問わず、忠臣を求めて我がためをはかり、賢人を用いて我が助けとしようと望まない者はないだろう。しかるに国を滅ぼし家を破る者はつぎつぎに後を絶たぬが、聖君の治まる御代が世をかさねて見られないのは、いわゆる忠なるものが実は不忠であり、いわゆる賢なるものが実は不賢であるからである。

  ―『史記』「屈原賈生列伝」―

 歴史研究にとって最も大事なものが、文書をはじめとする史料であることは言うまでもない。ただし、歴史を研究したことのある者なら誰でも経験することだが、歴史には史料だけでは明らかにできない部分が必ずある。歴史をジグソーパズルになぞらえれば、史料というピースがすべて揃っていることはありえない。そこで重要となってくるのがイマジネーション、想像力である。想像力は、史料の足りない部分、欠落した部分を補うだけではない。史料が語りかけてくる意味、史料が置かれている文脈も明らかにする。言い方を換えれば、史料の羅列では歴史研究にはならない。すぐれた歴史家は、豊かな想像力を持ち、それを存分に働かせ、史料に語るべきところを語らせている。たとえピースが欠けていても、想像力を飛躍させて画を描きパズルを解くことができる。どうすれば想像力を豊かにすることができるのか。その時代の、あるいはその時代を描いた、図像やフィルムでイメージをつくることが手っ取り早いだろう。当事者や関係者のインタヴューも想像力を豊かにしてくれるだろう。オーラル・ヒストリーの効用はこうした点にもある。それに加えて、想像力を豊かにする上できわめて重要なのは、研究者個人の体験や経験ではないだろうか。

  ―戸部良一「巻頭言 歴史研究と想像力」、軍事史学会編『軍事史学』(第38巻第3号(通巻151号)、2002年12月)錦正社―

 トールキンによれば、ファンタジーは、現実の世界ではなく、そのうつしであって、その作者は、その造物主の業を習い手伝う立場に立ちます。現実の世界には一般に真美は顕在せず、暗示的で隠れてみえませんが、想像力のある目で見れば偉大で純粋で訴えかける驚異にみちていますから、そういう第一世界から、造物主の錯綜しつつ均衡のとれた生きた度合を破らずに、その象徴として第二世界をつくることがファンタジーとなり、そういう神話的な神秘の密度ある真美をあらわそうとするファンタジーというものは、「エルフの技」だというのです。「馬や犬や羊に目をひらくためには、セントールや竜にであう必要がある」とも端的にトールキンはいっています。

  ―瀬田貞二「訳者あとがき」J・R・R・トールキン著、瀬田貞二訳『指輪物語1 旅の仲間(上)』評論社、1974年、p.414.―



 シミュレーションとゲームは、より伝統的な教育や学術研究の手法を主に三つの点で補完する。第一に、書面、口頭あるいはビデオ映像の利用者は知識を受動的に吸収するのでしかないのに対して、シミュレーションやゲームの利用者はもっと意欲的に取り組むことができる。第二に、シミュレーションやゲームは「直線的(linear)」因果律に立脚した歴史研究の後知恵論的問題を緩和し、歴史上の事件が有する偶発性・不確実性を否応なく考慮させることができる。第三に、シミュレーションやゲームを製作する人物は史実で起きた事柄と原因とを論理的・包括的・多角的に理解することが求められるため、その過程で以前は見落とされていた事柄を問い直すことができ、比較分析のための強固な基盤を提供できる。

  ―フィリップ・セイビン(Philip Sabin)著、蔵原大訳「歴史上の紛争を表現するシミュレーション手法」―


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【脚 注】
(*1)石原慎太郎「「無意識」の系譜」石原慎太郎『石原愼太郎の文学9/短篇集T 太陽の季節/完全な遊戯』文藝春秋、2007年、p.580.
(*2)谷川道雄「戦後歴史学と「国民」」歴史科学協議会編『歴史評論』(2010年7月号、第723号)校倉書房、p.52.
(*3)同上谷川「戦後歴史学と「国民」」p.54.
(*4)千葉功「歴史のひろば 日露戦争研究の現状と課題」歴史科学協議会編『歴史評論 特集/長崎の近代と対外関係』(2006年1月号、第669号)校倉書房、p.87.
(*5)同上千葉「歴史のひろば 日露戦争研究の現状と課題」pp.86-7.
(*6)バーバラ・W・タックマン著、大社淑子訳『愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで』朝日新聞社、1987年、p.375.
(*7)同上タックマン『愚行の世界史』p.378.
(*8)斉藤環『戦闘美少女の精神分析』太田出版、2000年、p.246.
(*9)野田敬生『心理操作戦』筑摩書房、2008年、p.65.
(*10)同上野田『心理操作戦』p.51.
(*11)ここで引用するのは、2010年6月25日に本郷の東京大学で行なわれた「コリア・コロキュアム」での具海根講演レジュメ「韓国の世界化と社会変化:中産層変化を中心として」のpp.9-11に相当する。
posted by AGS at 06:23| レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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