2010年12月11日

秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]』(2010):歴史学者の秦郁彦と戸高一成、ウォーゲームにて激突す!

【レビュー】秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]』(2010):歴史学者の秦郁彦と戸高一成、ウォーゲームにて激突す!
 蔵原大
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 本書は日本近現代史家の秦郁彦を編者として、第二次世界大戦における日本の戦略を分析した諸記事をまとめた文庫本ですが(中公文庫)、その中には共著者が体験した「図上演習」のレポートが収められています。戦争を研究してきた歴史学者の「用兵術」とはいかなるものか、プロvsプロの知略戦が赤裸々に明かされているのです。

太平洋戦争のif(イフ)―絶対不敗は可能だったか? (中公文庫) [文庫] / 秦 郁彦 (編集); 中央公論新社 (刊)

 表題からもお分かりのように「太平洋戦争」の歴史の「イフ」つまり別の歴史の可能性を論考するというのがその趣旨ですが、何しろ共著者が秦郁彦の他、大木毅(ドイツ史研究者)、関寛治(平和学者)、戸高一成(現大和ミュージアム館長)、野村実(元軍事史学会会長)といった一級の歴史研究者というのだから並大抵の内容ではありません。加えて文学畑からも負けじと土門周平、半藤一利、檜山良昭、横山恵一が、そしてゲーム業界からは鈴木銀一郎が顔をつらねています。

 そうして本書では、以上の面々が旧日本海軍の「図上演習」=「ウォーゲーム」こと「紛争シミュレーション」で対決し(*1)、歴史学の研究成果を駆使して戦略・戦術を競い争ったその経緯が二本の記事として掲載されています。

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【プロの歴史研究者の手による「紛争シミュレーション」の記事】


 もともと本書は「あとがき」にもあるように、1980〜90年代にかけて『歴史と人物』誌等で発表された記事を再録したものです。全339頁の内訳は以下の通り。

 ○ 序(半藤一利)
 ○ 1 絶対不敗態勢は可能だったか(秦郁彦)
 ○ 2 日ソもし戦わば(土門周平)
 ○ 3 真珠湾攻撃 三つの想定(野村実)
 ○ 海大方式によるハワイ作戦図上演習(大木毅)
 ○ 4 幻の北アフリカ進攻作戦(秦郁彦)
 ○ 5 ミッドウェー海戦のイフ(野村実)
 ○ 海大方式によるミッドウェー作戦図上演習(大木毅)
 ○ 6 重慶進攻作戦(土門周平)
 ○ 7 ガダルカナル戦に勝機はあったか(横山恵一)
 ○ 8 栗田艦隊、レイテ湾に突入す(横山恵一)
 ○ 9 日本本土決戦となれば(檜山良昭)
 ○ 10 米本土上陸作戦の幻(戸高一成)

 上記の記事の中でゲームに直接関係するのは、やはり「海大方式によるハワイ作戦図上演習」「海大方式によるミッドウェー作戦図上演習」の二つでしょう。いずれも旧海軍の「海軍兵棋演習」を参考にし、1986年の「中央公論社」中で行なわれた「紛争シミュレーション」のプレイ経過に関する話ですが、さて記事に登場する対戦者の氏名は次の通り(*2)。

[ハワイ作戦図上演習](日本軍の辛勝と判定された)

 ◇ 統監部(アンパイアのこと):野村実ほか4名。
 ◇ 日本軍:秦郁彦(司令長官)、戸高一成(参謀長)ほか2名。
 ◇ アメリカ軍:関寛治(司令長官)、鈴木銀一郎(参謀長)ほか2名。

[ミッドウェー作戦図上演習](引き分けと判定された)

 ◇ 統監部:野村実ほか7名。
 ◇ 日本軍:半藤一利(連合艦隊司令長官)、戸高一成(機動部隊司令長官)ほか4名。
 ◇ アメリカ軍:関寛治(太平洋艦隊司令長官)、鈴木銀一郎(参謀長)、秦郁彦(機動部隊司令長官)ほか3名。


 実際の「戦い」の行方はどうなったのか?、それは何といっても本書『太平洋戦争のif[イフ]』等をお買い求めいただくとして、こうした類のゲームについて参加者が付けている諸々のコメントは注目に値しましょう(*3)。

太平洋戦争のif(イフ)―絶対不敗は可能だったか? (中公文庫) [文庫] / 秦 郁彦 (編集); 中央公論新社 (刊)
At Dawn We Slept: The Untold Story of Pearl Harbor [ペーパーバック] / Gordon W. Prange (著); Penguin (Non-Classics) (刊)

ミッドウェーの奇跡〈上〉 [単行本] / ゴードン・W. プランゲ (著); ドナルド・M. ゴールドスタイン, キャサリン・V. ディロン (編集); Gordon W. Prange, Donald M. Goldstein, Katherine V. Dillon (原著); 千早 正隆 (翻訳); 原書房 (刊)

[ハワイ作戦「終了」後の感想]

 ▼秦郁彦司令長官(日本軍):
「結果的には、強襲という厳しい条件下で史実に近い戦果をあげたわけで、八分通りこちらの作戦は成功したと思う。…全体として敵情がわからないことによる精神的圧迫感は極めて大きいと思った。幸い日本側はチームワークが良く、団結して事に当たれたが、これで司令部内の統制が悪かったらどんな結果を招いたかは想像に難くない。指揮官の迷いや悩みがよく分かった」
「また、実際に図演を実行してみて分かったことだが、海軍の『図演規則』は当時すでに航空機の進歩などで不合理な側面が出ていたはずで、半年後のミッドウェー図演で宇垣纏(まとめ)がやり直しを号令したのも理解できるような気がする」

(△なお史実におけるミッドウェー作戦直前の図上演習では、実際の連合艦隊参謀長だった宇垣纏が不利なダイス目の振りなおし、沈んだはずの軍艦の再登場などの露骨な干渉を強行して日本軍「勝利」を演出したことで悪評を買っている:引用者注)

 ▼関寛治司令長官(アメリカ軍):
「とにかく我々は見敵必戦の精神でやった。太平洋艦隊を出撃させたのもその表われである。しかし、前衛部隊を二隊も出したのに、潜水艦の攻撃で『オクラホマ』がやられたのはいささかショックであった。重ねて駆逐艦の前衛を出すべきだったかもしれない」
「勝敗については、戦艦部隊が撃破されたとしても、日本艦隊の背後にはわが『レキシントン』と『エンタープライズ』が健在である。演習終了の命がなければ、必ずや日本機動部隊に致命傷を負わせ得たものと確信する」

(△史実でも日本艦隊に対して偶然ながらアメリカ空母が接近しつつあり、ハワイ沖で空母戦が起こる可能性はゼロではなかった:引用者注)


[ミッドウェー作戦「終了」後の感想]

 ▼戸高一成司令長官(日本軍):
「昔から、艦隊で陸地を攻撃するのは下策とされているが、やってみてそれを実感した。敵空母との決戦に専念したいのはやまやまなのにミッドウェー島への顧慮もあり、命令との板ばさみになった。空母の本領は洋上機動戦にあるはずで、基地航空隊の勢力圏内で行動するのは避けるべきである。とくにB―17の威力はおそるべきものがあり、機動部隊の隠密性など薬にしたくとも無く、戦力が半減した思いであった」

(△このシミュレーションでのアメリカ軍は、長距離爆撃機B―17を積極的に出撃させ日本艦隊の全貌を意のままに偵察させた:引用者注)

 ▼関寛治司令長官(アメリカ軍):
「史実での米軍の大勝はおおいに幸運が手伝っていたように思う。今回の図演では幸運はあまり期待できないので、日本側に勝利の可能性が高いと予想していた。そのため、米軍としては細心の注意を払い、途中までは戦略的にベストの作戦をとれたと思うが、勝利に結びつけられなかったのは残念である」

(△このシミュレーションでは、アメリカ軍は空母1隻の喪失、空母1隻の大破という損害と引き換えに、日本軍の空母2隻を大破させてミッドウェー攻略を断念させた。結果から判断すればアメリカ側の防御作戦が成功したといえる:引用者注)。

 ▼秦郁彦司令長官(アメリカ軍):
「日本側は優勢兵力でやってくると予想し、それに対抗する準備をしていたが、図演終了後その兵力を知らされて戦慄した。これだけの大兵力が有機的に連繋して活用されていたら大変なことになるところだった。実際には日本側には多数の遊兵が生じ、短期的、局地的には対等に戦えたのは幸いだった。米軍としては、日本空母の全滅を狙っていたが、この目標が達成できなかったのは残念である」

(△このシミュレーションでの日本軍は、史実では実戦参加しなかった戦艦部隊および追加の空母をも投入していた:引用者注)。


 ところで野村実は「ハワイ作戦」の紛争シミュレーションに関し、一つの興味深い付言を提示しています。「このような図演を組織的に実施したのは戦後初めてであり、ハワイ作戦の研究に資するところ大であったと思う。今後ともこうした研究は発展するだろうし、私も有益だと考える。将来戦の研究においても有効ではなかろうか」と(*4)。

 なお今回ご紹介したような「図上演習」は現在、大阪の「サンセットゲームズ」( http://www.sunsetgames.co.jp/ )様から通信販売でご提供されています。

 しかし、いったい日本のどこに「紛争シミュレーション」の史学研究をされている方がいるんでしょうかねぇ?(*5)

「20世紀のウォーゲーミング(図上演習の方法論)に関する歴史」戦略研究学会編『戦略研究』(第6号、2009)芙蓉書房
年報戦略研究 第6号(2008)

・芙蓉書房
 http://www.fuyoshobo.co.jp/b-sen-4-8295-0441-3.html

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【歴史研究と紛争シミュレーションとの親和性】


 さて本書の主要テーマとなっている「歴史のイフ」という概念、以前ならば史学的には邪道とされていたそうです。しかし今やそのイフ性を考慮しなければ歴史研究ができない、というのが史学的な常識となりつつあります。日本外交史家の三宅正樹曰く、「歴史の各瞬間がつねに実際に選択されたものとは異なる可能性を孕んでいたと考えねばならない。選択されなかった可能性が生んだであろう結果を想定することは、歴史への認識を深める。政治指導者は、自分が選択しようとしている可能性と、別の複数の可能性が生むであろうそれぞれの結果とを冷静に比較検討しなければならない」と(*6)。

 さらに幕末維新史を研究した三谷博は自書『明治維新を考える』の中で、シミュレーションとしての「複雑系」の活用を紹介しながらこう示唆しています(*7)。すなわち歴史のイフを排除して「原因」と「結果」の追究に固執してきた「進歩」思想的な近代歴史学は、シミュレーション研究を通じて宜しく是正されねばならない、と。

明治維新を考える [単行本] / 三谷 博 (著); 有志舎 (刊)

 複雑系の基本洞察は第一に、歴史から「原因」追究の重荷を取り去ってくれた。一九世紀以来の歴史学は、常に、ことの「原因」を求め続け、それが見あたらないことにイライラしてきた。ニュートン的自然科学に近づこうとして、それが実現できないことに劣等感を感じてきた。望む「結果」を得るため、その「原因」となる要素を見つけようとして、常に挫折してきた。もう、そんな気後れや疚しさは感じないでよい。原理的にできっこないのだから(*8)。

 ……「近代」初期の人々は、未来に理想社会を望み、人類はその意志によってこれを実現しうると考えて「変化」を肯定したのである。仮にモダニティらしいモダニティがあるとしたら、この変化への信頼こそ、それに当るのではないだろうか。しかし、今から二〇世紀の経験を振返ると、理想社会への夢は空虚であったように見える。確かに一部の社会では、庶民ですら飢寒の患いがなくなり、天寿を全うできるようになっている。しかし、その過程では夥しい暴力と破壊という代償を払わねばならなかった。しかも現在では全人類がそのような境遇に立至るのはまず無理なのではないかという予測も出はじめている。何よりも、いくら物的条件が改善されても幸福が得られる保証がないことは、明々白々となった。いま「進歩」思想は明らかに輝きを失っている(*9)。


 この点に関連して、秦郁彦もまた一つの見識を『太平洋戦争のif[イフ]』の冒頭で披露しています。

 とくにその時代に居合わせなかった人が、歴史を追体験することによって、何かの教訓を引き出そうとするとき、"イフ"の発想なしには正当な評価はくだせないともいえる。一例をあげると、満州事変から日中戦争への発展を論じるに際し、日本が長城線(万里の長城のライン)にとどまっていれば、より有利な条件で第二次大戦に臨めたであろうし、日米戦争を回避できたかも知れない、と判断するかしないかで、満州事変の意義が大幅に変ってくるようなものである(*10)。


 以上のように歴史学における第一級の専門家が「歴史のイフ」を重んじている今日、その「イフ」を扱うのに適したシミュレーションには社会的にも大いに有用性が期待できるわけです。

 とはいえ無論、チェスや将棋に代表される紛争シミュレーションは、それ単体で歴史研究や既存の教育に取って代わるものでは決してありません。

 かつてクラウゼヴィッツは知性の「三位一体」こと「肉眼」「理性」「想像力」の三要素の連携を指摘しましたが(*11)、また別にウォーゲーミング研究者のピータ・パーラらは社会シミュレーション構築の三条件として「蒸留化;理論」(Distillations (theories))、「抽象化:変数」(Abstruction (variables))、「模擬化:システム」(Simulations (systems))を提唱し、実世界・社会理論・シミュレーションの実施結果、それぞれを対比しながらの絶えざる研究の継続を訴えています(*12)。言い換えれば、実体験=史学研究=シミュレーションの「三位一体」を踏まえてようやく社会全体のメカニズムという大きな枠組みが理解できる、というわけです。あくまで補助手段としての紛争シミュレーションは、それでも今後の歴史教育で欠くべからざる一角を占めるかもしれません。いいえ、イギリスや日本経団連の動きを拝見するに、占めつつあると言うべきでしょうか(*13)。

Rules of Play: Game Design Fundamentals [ハードカバー] / Katie Salen, Eric Zimmerman (著); The MIT Press (刊)
Wargames Handbook: How to Play and Design Commercial and Professional Wargames [ペーパーバック] / James Dunnigan (著); Iuniverse Inc (刊)

 ところで本記事のようなゲームに関する講評はなぜ必要なのでしょうか。それはゲームとは原則として単なる嗜好品ではなく「プレイヤーが人工的な闘争を実施する世界であり、その世界は規則によって定義され、その闘争は数量的出力結果を導き出すものである」以上(*14)、そこには何らかの規範や方法論が必要とされるからです。

 長々となりましたが、どうですか平和や歴史を愛する皆様、そろそろ「紛争シミュレーション」こと「ウォーゲーム」を研究してみたいとは思いませんか。ぜひ、本記事や「紛争シミュレーション」に関する皆さまのご意見を、analoggamestudies1★gmail.comにまでお寄せ下さい!(★→@)


「歴史上の紛争を表現するシミュレーション手法」戦略研究学会編『戦略研究』(第8号、2010)
年報・戦略研究 第8号 [単行本] / 戦略研究学会 (編さん); 芙蓉書房出版 (刊)

・芙蓉書房
 http://www.fuyoshobo.co.jp/b-sen-4-8295-0487-1.html

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 作戦計画を開戦に先立ち完璧に仕上げておこう、と思い上がるのを妄想という。彼我が最初に交戦する時点で、その結果に影響されて新たな状況が生まれるからだ。かくて計画の一部は実行不可能となり、その他の、従来は不可能と思われていた計画が実行可能となる。軍の指揮官にできるのはせいぜい、戦況の正確な見積もりを立て、その場しのぎに最善の決断を下し、目的を達成しようと果敢に励むだけだ。

    ―Helmuth Graf Von Moltke, with a new Introduction of Michael Howard, The Franco-German War of 1870-71 (Lionel Leventhal Limited, London, 1992), p.8―

戦争論〈上〉 (中公文庫)

戦争論〈上〉 (中公文庫)

  • 作者: カール・フォン クラウゼヴィッツ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 文庫



 ……すなわち元来絶対的なものとして扱われているいわゆる数学的なものは兵学上さして重要な根拠となるものではなく、戦争には初めから可能性、蓋然性、幸不幸、といった賭的要素が混入しているものであるということである。まさにこの賭的性質は戦争の隅々までも貫いているのであって、それゆえにこそ人間行為のうち、戦争が最もカルタ遊びに似ているといわれる所以もここにある。

            ―クラウゼヴィッツ『戦争論』「第一部第一章」―

戦争文化論 下 [単行本] / マーチン・ファン・クレフェルト (著); 石津朋之監訳 (翻訳); 原書房 (刊)

 リデルハートは「平和を欲すれば、戦争を理解せよ」と言っている。大学において、教員あるいは学生として戦争を研究している人の多くが、本当にその言葉を理解しているのかどうかは議論のあるところだ。戦争を根絶するという目的に向かって彼らがなし得る寄与はあるとしても微々たるものである。これに疑いの余地はない。彼らは論文だけはよく書いて世界中にばらまいている。その数があまりにも多いので、一発の弾丸が発射されるたびに一〇語が印刷されると言われているほどだ。この現象は、何世紀ものあいだ戦争をとにかく無視し、それができない場合には軽蔑しようとしていた人々や組織にとっても戦争がいかに魅力的なものになってきたかを示している。

    ―マーチン・ファン・クレフェルト著、石津朋之監訳『戦争文化論(下)』原書房、2010、pp.108-109―

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【参考リンク】


○ サンセットゲームズ : http://www.sunsetgames.co.jp/
○ 国際関係シミュレーション 金融危機後の世界を検証: http://www.keidanren.or.jp/21ppi/activity/symposium/091121_01.html
○ Conflict Simulation :Philip Sabin :King's College London: http://www.kcl.ac.uk/schools/sspp/ws/people/academic/professors/sabin/conflictsimulation.html


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【脚 注】

(*1)なお「図上演習」は「ウォーゲーム」(wargame)に非ずというご意見もあるかもしれないが、現自衛隊及びアメリカ軍、NATO等の公文書は「図上演習」(Map Exercise)=「War Game」とし、ないしは「ウォーゲーミング」(もしくは「モデリング&シミュレーション」とも言う)という大分類の中に「実動演習」「図上演習」等の小分類があると規定している。または学術的には「紛争シミュレーション」とも呼称する。参考としては防衛庁統合幕僚会議「統合幕僚会議訓練資料1―2 統合用語集(試行案)」2001 年、pp.4、50; 蔵原大「20世紀のウォーゲーミング(図上演習の方法論)に関する歴史」戦略研究学会編『戦略研究』(第6号、2009)芙蓉書房。 ちなみに誤解のないよう指摘しておくと、学術的には「図上演習」「ウォーゲーム」「シミュレーション」という対象は共通して「現実のエッセンスを抜き出し、単純化する」「実物の持つ本質的な部分のみを抽出して、何らかの形の情報圧縮を行うことによって、実物よりは取り扱いやすく、安価な対象を作り上げる」「実際の部隊を動かすことなく図上または盤上で実施する研究・訓練の手法」といった概念ないしはその作品に相当する。廣瀬通孝・小木哲郎・田村喜昭『シミュレーションの思想』東京大学出版会、2002年、pp.12-13; 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典 第2版』東京大学出版会、2005年、p.745. 加えて「ウォーゲーム」を史学研究上「紛争シミュレーション」と言い換えることを提案するのはJames F. Dunnigan, The Complete Wargames Handbook Third Edition (iUniverse.com, Inc., Lincoln, NE, 2000), pp.319-320.
(*2)ここに挙げられた歴史学者、平和学者、ウォーゲーム製作者の方々が参加した経緯については、大木毅のご好意により2010年12月にお伺いすることができた。秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]―絶対不敗は可能だったか?』中央公論新社、2010年、pp.113、175.
(*3)引用コメントは同上秦『太平洋戦争のif[イフ]』pp.125-126, 190-191.
(*4)同上秦『太平洋戦争のif[イフ]』p.126.
(*5)むろん防衛大学校の鎌田伸一の存在は無視できない。「観念の世界」と「現実の世界」との乖離を埋めるのに有用な「知の方法としてのウォーゲーム」という考えは一つの史学的立脚点となろう。鎌田伸一「ウォーゲームの方法論的基礎」防衛大学校編『防衛大学校紀要』(第98号、平成21年3月)pp.27-28.
(*6)三宅正樹「巻頭言 歴史における可能性」軍事史学会編『軍事史学』(第43巻第1号(通巻第169号))、2007年6月)錦正社。
(*7)なお一般的には「複雑系」とは「非線形」(non-linear)的因果関係モデルということでもある。その定義としては、原因と結果の直線的関係を想定した「線形」的因果関係モデルに対して、「非線形」とは単一の原因が単一の結果をかならずしも生むわけではなく、シミュレーション研究からも明らかであるように、単純な条件下でも複雑な状況が形成されることを称して非直線的因果関係=「非線形」という含意で用いられる。Dunnigan, The Complete Wargames Handbook, pp.219-220; 猪口孝・田中明彦・恒川惠市・薬師寺泰蔵・山内昌之共編『国際政治事典』弘文堂、2005年、p.856. 三谷自身の複雑系に関する言及である「複雑系は単に複雑なシステムを扱うだけではない。変化の研究がその本質であって、これを扱ってきたダイナミカル・システム理論の中で最も期待できる分野なのである」等は三谷博『明治維新を考える』有志舎、2006年、pp.8-11を参照。
(*8)三谷『明治維新を考える』p.47.
(*9)同上三谷『明治維新を考える』p.240.
(*10)秦『太平洋戦争のif[イフ]』p.17.
(*11)ここで取り上げたのは「地理感覚」と題された才能に関する話である。クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論(上)』中央公論新社、2001年、pp.117-118.
(*12)Peter P. Perla, Markowitz Michael, Christopher Weuve, Game-Based Experimentation for Research in Command and Controland Shared Situational Awareness (The CNA Corporation, 2005), pp.11-17.
(*13)その一例としてはConflict Simulation :Philip Sabin :King's College London: Retrieved Jan.01, 2010 ( http://www.kcl.ac.uk/schools/sspp/ws/people/academic/professors/sabin/conflictsimulation.html ); "国際関係シミュレーション 金融危機後の世界を検証." 日本経団連21世紀政策研究所. Retrieved April 24, 2010 ( http://www.keidanren.or.jp/21ppi/activity/symposium/091121_01.html )を参照。
(*14)Katie Salen and Eric Zimmerman, Rules of Play: Game Design Fundamentals, (Massachusetts Institute of Technology Press, 2004), p.81.
posted by AGS at 22:04| レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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