2010年12月10日

戦略の迷走:『空の境界』と『キラーエンジェルズ』の場合

戦略の迷走:『空の境界』と『キラーエンジェルズ』の場合
 蔵原大

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 生きるという事はそれ自体にリスクを伴う。人生の目的は個人によって違うかもしれないが、そのリスクを軽減したいという思いは概ね古今東西共通のようだ。この思いが観察⇒確認⇒決断⇒行動とその結果⇒観察…という作業のループを形成するようになった時、人は往々にしてそれを「戦略」と呼ぶ(*1)。本記事が扱うのは、実生活であれゲーム上の仮想生活であれ、この「戦略」がどう機能し、またどう機能不全に陥るのかという問題である。

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【戦略という概念の体系: 筋道は一本道かどうか】


 まずは、ある物の考え方をご紹介したい。

 アメリカ海軍のJ・C・ワイリー提督(J. C. Wylie)は第二次世界大戦で日本軍と戦った後、その著書『戦略論の原点』で戦略はなにかと人に問うた。彼曰く、戦略の定義とは「何かしらの目標を達成するための1つの『行動計画』であり、その目標を達成するために手段が組み合わさったシステムと一体となった、1つの『ねらい』である」(*2)。そして戦略の様式は大きく二分できる、と語る。

戦略論の原点 ――軍事戦略入門――

 ワイリーによると戦略の様式は「順次戦略」と「累積戦略」に分かれる。


 まず「順次戦略」の定義は以下の通りだ。

◎行動はそれぞれ別個の行動から形成された、ある一定の段階を踏んでおり、しかも各段階は戦略家によってあらかじめ起こることがそれぞれハッキリと予想されており、それがどのような結果につながるのかも予測されるものだ(*3)。


 他方で「累積戦略」は全く異なる。

●すべてのパターンが小規模の行動の集合によって成り立っており、しかもこの小規模の行動がそれぞれ前後の順序を踏んで起こるわけではないようなタイプのものである(*4)。


 これを図式化すると以下のようになるだろう。


◎順次戦略: A(行動開始)→B→C→D→E(行動の結果)

●累積戦略: A(行動開始)
        ↓ ↓ ↓
       B+C+D=E(行動の結果)



 まずはこの点を踏まえた上で手近な事例について考えたい。なぜなら戦略とはなべて実務の問題であり、ゆえに戦略の理論とは観念の世界に逃避するのではなく、たえず卑近な実践的事例との比較を通じて研ぎ澄まされる必要があるからだ(*5)。理論とは精緻であっても非現実的では価値はない。理論の妥当性は「論理的な優雅さやみごとに織りなされた美しさなどというものは無関係なのだ」(*6)。これが戦略学の要諦である(なお、理論は非現実的で結構じゃないかと思われる方には、PS様があるコメントを付けていますので、スクロールして記事末尾にお飛びください)。

 そこで本記事では、ある二つの事例を参考にして「順次戦略」という物の本質とその有効性を考えていこう。一つは日本の伝奇小説『空の境界』、もう一つはアメリカの歴史小説『キラーエンジェルズ』(The Killer Angels)。前者は日常と非日常の「境界」という切り口から現実社会の矛盾を考察し、後者は内戦における軍人の義務という切り口から人間社会の矛盾を明らかにしている。


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【『空の境界』の場合: 努力すればするほど物事の本質から遠ざかる?】

〔▼ 引用者解説:時は1999年、現代日本。荒耶宗蓮(アラヤ・ソウレン)という魔術師は「根源の渦」と呼ばれる世界の本質を探求し、完璧な人間を創造して世界を理想郷に変えようと策謀をめぐらす。しかし彼と同じ学び舎で魔術を会得した蒼崎橙子(アオザキ・トウコ)は、ある理由からそうした生き方を放棄して隠遁生活を送る。やがて二人はあるビルの中で、互いの生死を賭けて対決する…〕

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 かつん、と足音を立てて荒耶は前に進む。
 一階に続く階段に近寄るように。

「あの学院で、おまえだけは群体ではなかった。私は魂の原型を、おまえは肉体の原型を目指した。私は、先に到達するのはおまえだと確信していた。だが――――おまえは諦めた。なぜだ。今のおまえは、自身が魔術師だという事さえも捨てている。
 何の為に学び、何の為に力をつけた。
 何を救う為に、何を成しえる為の遍歴だ」

 黒い魔術師が吼える。
 静かに、不断となんら変わりのない口調で、双眸だけが憤怒に燃えている。

 それを受けとめて、橙子は答えた。
「別にたいした理由じゃないさ。理を重ねれば重ねるほど逆説を生み出す事に疲れただけだ。私達は学べば学ぶほど遠ざかっていく。根源の渦とて同じだ。無知という素でなければ近付けないのに、無知のままでは認識できないが故に意味がない。―─おまえと同じだよ。私は認め、おまえは認めなかった。ただそれだけの、けれど決定的な違いなんだ」

 哀しい韻を含んだ告白を、荒耶は眉一つ動かさずに受けとめた。
 両者の視線が衝突する。
 
 橙子は荒耶に言う。魔術師の本性、賢くなればなるほど愚かになっていく背理を。
 荒耶は橙子に言う。魔術師の本質、学べばまなぶほど高みに達していく道理を。

「おまえは、堕落した」
 短く、あらゆる感情を込めて、彼は告げた。


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(参照:奈須きのこ『空の境界 the Garden of sinner 下』講談社、2004年中の「5/矛盾螺旋」pp.23-24.)

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【『キラーエンジェルズ』の場合: 全力投球には大いなる落とし穴がある?】


〔▼ 引用者解説:時は1863年、内戦中のアメリカ。アメリカは南北に分かれていた。南部連合の軍司令官ロバート・エドワード・リー(Robert Edward Lee)は合衆国に反逆する郷里ヴァージニア州のため、ゲティスバーグに集結した合衆国軍こと「北軍」を叩くべく進撃する。北軍を撃滅すれば戦争は終りだ。しかしその進軍中、彼の副将ロングストリート(Longstreet)はどうしても解けない問いを秘めていた。どうして危険な攻勢に打って出る? 部下を無駄死にさせるだけではないか? いやそもそも何故戦わなければならぬ? 上官にして戦前は良き教育者でもあった名将リーに対し、彼はあえて禁忌的問いをぶつけ……〕

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The Killer Angels [ペーパーバック] / Michael Shaara (著); Ballantine Books (刊) 

「妙に気になる事がありまして、たまにですが、その」とロングストリートは切り出した。頭ではこんな事を言ってはいかんと分かっていても、しゃにむに言葉を紡いでいった。まるで岩山を踏破する苦行のように、「あの青い服を着る北軍の若い連中、彼らをどうしても敵だとは思えなくなるのです」

「わかるよ」とリーは答える。

「本官はかつてあの連中を率いていました」とロングストリートは言う、「昔の部下を敵にして戦うのは嫌なものです」

 リーは口を閉ざしたままだった。

「それに祖国への忠節という点でも、その 」とロングストリートは続けながら、激しく首を振る。急にどうしようもない思いが取り付いたのだ、「あえて申し上げますが、本官が苦戦を舐めたのは一度や二度ではありません。ですが、その、祖国に背いて戦うというのは、家族に背いて戦うというのは、とても耐えられない戦いです。何といいますか、そう、我々は裏切り者になってしまったんですよ」

 リーは口を開いた、「本日ばかりは、そういう事を考えるのはやめにしようではないか」

「ええ」と答えるロングストリート。気まずい沈黙の時がしばらく続く中、彼は思いを巡らしていた。なんだってこんな話をしたんだ、次に何を言ったらいいんだ、俺は本当に馬鹿だな。

 リーはとうとう口を開いた、「ヴァージニア州への忠節を最優先とすべきだ。それこそ第一の義務だ。その点に疑念を差し挟む事は許されんぞ」

「もちろんであります」とロングストリートは答えながら思う。だが俺達が裏切り者である事に変わりはない。

 リーはさらに言う、「この件は神の御手に委ねよう。人は主の思し召しに従って生きる。戦争がどういう決着を迎えようとも」

 ロングストリートがリーの薄汚れた顔を見つめ、まるで鳥が目の前を通りすぎでもしたかのように己の瞳に影がよぎるのを感じる中で、リーは話し続けた、「願わくば戦争など一刻も早く終わってもらいたいものだ」

「アーメン」とロングストリート。

 二人は無言のまま、しばらく馬を並べて進んでいた。二人の姿は行進する将兵の群れ集う流れの中で、まるで川に浮かぶ小島のように目立っている。ようやくリーがゆっくりと口を開いた時、そこから出る言葉は今まで聞いたことのない、穏やかで、何ともじれったく感じるものだった。

「軍人の職務には大きな落とし穴がある」

 ロングストリートは、振り向いてリーの顔を見つめた。

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 ゆっくりと馬を進めるリーの顔からは感情はまったく読み取れない中、彼は先程と同じ口調で話し続ける、「 良き軍人であろうとする者は、軍を愛さねばならぬ。だが良き指揮官であろうとする者は、その愛する者に死ねと命じる覚悟を持たねばならぬ。だが言うは易く、行うは難し。それは他の職業では決して必要とされない。だから良き指揮官はまことに少ない、その訳は一つにはそういう理由からだ。良き軍人ならば大勢いるのだがな」

 リーが他人に教えを垂れる事はめったにない。ロングストリートがそこに彼の謂わんとする何かを感じ取ったような気がする中、教えはさらに続いた。

「我々は自らの死を怖れぬ。君も、私もな」とかすかに微笑んだリーが急に視線をそらした、「だが我々は自愛という事に務めねばならぬ。死への恐怖からではなく軍務がそう求めるがゆえに。君は本当に一身を顧みず働くが、どうか自愛する事を顧みてくれたまえ。私には君が必要なのだ。だがより重要な点は、我々は死を怖れなければならぬ、という事だ。我々は自らの死ならば、戦友の死ならば、受け入れられる。そういう事を士官学校で聞き習ったからな。だが聞くと見るとは大違いだ。人は、大勢の人の死を受け入れる事はできない。しかし戦争が始まれば大勢の人が必ず死んでゆく。今はそういう時代だ」

 リーは馬を止め、ロングストリートの方は一顧だにせず、はるか前の方を見やっている。やがてリーがくるりと振り返ると、その黒々とした瞳はロングストリートの目を真っ向から覗き込む格好になったが、すぐに瞳は別の方向を見やった、「 我々は大勢の人が死んでいくのを受け入れてはならぬ。何故だろう、君には分かるかね。それは誰にも許されない。我々は神に選ばれた少数の者が死んでいくのなら、受け入れられる。あちこちに誰もいない席を目にした時、逝ってしまった友を悼んで酒を酌み交わす、そういう事なら受け入れられる。それが戦勝記念祝賀会という物だ。少数が死んで、その分が空席となる。しかし戦争が続けば続くほど人は次々に死んでいく。勝利の値段はどんどん高騰してゆく。いずれ中には、そう、支払いのできない士官が出てくる。そうやって人がまた死んでいくのを受け入れねばならぬ 」とそこで、いったん口を閉ざしてから、話は続いた。

「だが人類が死に絶えるわけではない。人類が死に絶えるなどあってはならぬ。あぁ、だがここに落とし穴がある。攻撃の際には後退の事など考えず、全力を尽くして戦わねばならぬ。だがもしそれで人類が絶滅するならば、人はこう問い直なければならぬ。戦いにはそれだけの価値があるのか、とな」

 ロングストリートは背筋がゾクゾクするのを感じた。今の今までリーがこんな話をした事など、ただの一度もない。リーがそんな事に思いを馳せているとは、ついぞ気がつかなかったのだ。ロングストリートは口を挟む、「本官は部下を愛しすぎる、閣下はそう仰りたいのですか」

「いやいや」とリーは軽く首を振った、愛しすぎるのではない。『愛しすぎる』といった憶えはない。ただ私は、いや、ほんの世間話だ」

 ロングストリートは一人考えていた。なるほど世間話なのかもしれない、が、リー閣下の本心はやはり『愛しすぎる』というのだろう。そんな事はない。確かに落とし穴があるにはあろうが、俺にはそんな落とし穴はない。今はまだ。だが閣下は、俺が部下を愛しすぎると思っている。だから閣下は、俺がやいのやいのと防御重視を主張するのだと思っているのだ。やれやれ、しかしどうしようもない。

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〔▼ 引用者注:二人が話し合った翌日、南北両軍はゲティスバーグにて激突した。南軍は二日間に渡り、丘に陣取る北軍に繰り返し攻撃をかけては撃退された。ロングストリートは綿密な偵察を行い、敵戦線を回りこんでその後背を奇襲できそうな小道を発見する。しかしリーはあくまで正面攻撃にこだわり、反対するロングストリートに対して、敵軍のど真ん中に彼の軍団を突撃させよと命ずる。リーとロングストリートは一刻を争う戦況の中で論争を始め……〕

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397px-Gettysburg_Battle_Map_Day3.png

 (This image is quoted from "Overview map of the third day of the Battle of Gettysburg, July 3, 1863." http://en.wikipedia.org/wiki/File:Gettysburg_Battle_Map_Day3.png)

 ロングストリートはまたも申し立てた、「閣下、本官は南に通じる道を発見しました。これは神の与えたもうた好機です。この道に沿って迂回すれば」

「ロングストリート将軍、敵はそこにおる」とリーは手を振り上げて話をさえぎると、大げさなまでに腕を挙げて丘に陣取る敵を指した、「あそこで、私は敵を叩く」

 リーは振り返るとロングストリートをしばらくジッと見つめた。真っ直ぐににらみつけ、いや、ねめつけるその大きく開かれた目は、まさに将軍たる者にふさわしい眼光を放つ。とそこでリーがそっぽを向いた。ロングストリートは亀のように頭を引っ込めていた。

 リーは淡々と、敵の見える東の方に向き直って言った、「戦況はおおむね膠着しておる。だが君にはピケットの師団がある。戦線に未投入のな。君は指揮下の軍団を前進させ、正面のあの丘陵を獲り、北軍の戦列を分断せよ」

 ロングストリートが深く息を吸い込む中、リーは続けて言った、「私は既にエーウェルに命令を書き送った。君が攻撃する時に合わせて攻撃を行い、彼の軍団の真向かいにいる敵を釘付けにせよ、とな。君の軍団は攻撃の主力となる。ヒルの軍団は予備に回る。君の攻撃に先立って我が軍の全砲兵を投入し一点を叩く。一点突破だ」

 と言いつつリーはロングストリートをにらみつける。リーの顔からは感情はまったく読み取れない。早朝の淡い光に照らされたその顔は、蒼白で、陰鬱で、そうして視線といえば遥か未来を見定めているかのようだ。

「閣下」とロングストリートは口を開き、頭を小刻みに動かした、まるで言葉をふるいにかけているかのごとく。リーは発言を待った。「閣下、申し上げたい事がございます」とロングストリート。

 リーは頷き、無表情で不動のまま立ち続ける。

 周りの参謀連が身を引く中、二人の将星のみが向かい合う。ロングストリートは言葉を発した、 「閣下、本官の二個師団、フッドとマックロウズの師団は昨日、兵員のほぼ半数を喪失いたしました。昨日に全戦力を以ってしても奪取できなかったその同じ丘に対して攻撃を再開し、いったい何が得られましょうか。損害は甚大であります。師団長のサム・フッドさえ失ったではありませんか」

 リーは無表情のまま、黒々とした瞳を見開いて睨み付ける。

 ロングストリートは言葉を続ける、「閣下、我が軍の側面に当たる、あちらの岩だらけの丘には北軍の三個軍団が控えております。仮に本官が部隊を前進させれば、軍の側面はがら空きであります。敵軍は単に側面に回りこむだけで、我が方を撃滅できましょう。我が方の右手にある、あの丘陵には三万の敵兵がいるのですぞ。敵の騎兵もまた我らの側面に展開しつつあります。ここでフッドとマックロウズの師団を進めたら最後、全軍の後方までがら空きになってしまいます」

 リーの顔が、ほんの、ほんのかすかだが曇った。彼の視線は泳ぎだし、そこかしこを見たかと思えばまたあらぬ方向を見据え、俯いたその次には再び東を見やった。

 沈黙の末にリーは言う、「敵の騎兵が右翼に進出しつつあるといったな。兵力はいかほどだ?」

「二個旅団であります、少なくとも」

「ゴーリーからの報告だな」

「はい、閣下」

 リーは頷き、「ゴーリーは正確さを重んじる男だ 」と腰を下ろして考え込んだ。

「閣下」とロングストリートは慎重に言葉を紡ぎだす、「本官の結論を申し上げますが、ここで正面攻撃をすれば壊滅であります」

 リーは顔を上げてしかめっ面をしたが、その黒々とした瞳はギラリと光った。だが何も言わない。

 ロングストリートは、閣下のご機嫌を損ねたくはないのだが、と思いつつも慎重に話を進める、「敵は強固な塹壕にこもっております。敵には戦意があります。敵には強力な砲兵があり、弾薬も豊富であります。我が方の攻撃は平坦な土地を突っ切って坂を上ることになりましょう。閣下、この状況は良いとは言いかねます。これほど悪条件の攻撃を御覧になった事がございますか。我が軍の戦線は延びきり、兵力は敵を前にして分散しております。戦線の長さは7キロにも及ぼうというのに、どうやって共同攻撃をなさるおつもりですか。敵は集結しており、ほぼ円形の布陣となっております。我が軍がどこを攻めようとも、敵はたちどころに援軍を差し向けてきましょう。敵は丘陵の背後に、我が方の大砲の射程外に、増援を配置することもできるのです。対して我が方は、たとえ砲兵の掩護下に前進しようとも、数キロに渡って進まなければならず、その間の移動は敵の砲兵に丸見えであります。まずいやり方です。敵の砲兵は我が方を見下ろす格好になるのです。閣下、この状況はよろしくありません」

 リーは呟いた、「敵は必ずや撃滅されよう」

 その声があんまりにも小さかったので、ロングストリートは彼が何を言ったのか聞きそびれた、「 あの、閣下?」

「敵は必ずや撃滅されよう」とリーは繰り返す、「よもや我が軍に敗北などありえぬ」

「閣下、本官はそうは思いません」と言いつつ、俺は閣下の機嫌を損ねてしまったな、と思うロングストリート。その彼にリーは向き直って目を据える。しかしその表情には先程とは違う何かが、思いがけず見え隠れした。疲労の色だ。

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〔Ref: Michael Shaara, The Killer Angels (The Random house Publishing Group, 2003) pp.191-192, 285-288.〕

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【筆者評にいう: 過ぎたるはなお及ばざるが如し】


 いったいこれはどうした事だろうか。

 荒耶宗蓮は魔術師として理想郷を創造したいという渇望から、リーとロングストリートは軍人としての良心と義務感から、不毛な「順次戦略」の罠から逃れられないでいる。

 荒耶は究極の世界支配という、到達できない目標に向かって進もうと試み、リーとロングストリートは祖国に勝利と平和をもたらすために、祖国の人々を敵味方ともども殺戮する。彼らには良心がないのではなく、彼らは良心よりも大切な物に捕らわれている。彼らは愚かなのではなく、彼らは背負っている物があるから、不毛だと気づいても引き返せない。真摯で聡明であっても「不毛」という穴に向かって流れていくベルトコンベアーに自発的に乗っている彼らには、勝っても負けても充足感はない。ここにリーのいう「落とし穴」がある。

 とどのつまり「順次戦略」には欠陥があるのではないか。途中のどこか一点に破綻しかねない弱い箇所があるだけで、それまでの努力の積み重ねが無益となりかねない。言い換えれば「順次戦略」という鎖の強度は、その最も脆い箇所によって規定されるということになろう。

 それがいやなら、もちろん、蒼崎橙子がそうしたようにベルトコンベアーから降りるのも一案。しかしそれは「私達は学べば学ぶほど遠ざかっていく」という無力を認めることでもある。数年、数十年、目的完遂のために努力し学んできた人々にとって、それは自己否定に等しい。なるほど古代ギリシャの賢人ソクラテスは「無知の知」という真理を見出したが故に讃えられる。「無知の知」とは何か、それは「人は自分が物事を知らないという事を知る事で賢くなる」という意味である。しかしそれは、リーが認めるように「言うは易く、行うは難し」だ。

 私達の多くは、ソクラテスの言葉こそ聞き知っているが、それをどう実行するのかはまだ知らない。知るのは難しい。なぜならソクラテス的発想の否定が、多くの人々が信奉しているであろう「順次戦略」の本質だからである。「順次戦略」はそもそも、その終着点は成功であり勝利であるという前提を当然視した物の考え方であるがゆえに、失敗という結末をはなから否定する。「学べばまなぶほど高みに達していく」、これが「順次戦略」の大前提である。けれども一面では純朴で無邪気なこの戦略は、学びの途中に、あるいはもしかしたらその終着点に特大の地雷が仕掛けられている危険性を否定する。だから「順次戦略」の信奉者である荒耶は、背教者となった蒼崎に対して「おまえは、堕落した」というのだ。

 とはいえ、中には荒耶宗蓮の路線に支持を寄せる方もおいでだろう。そこでここに短文を示したい。引用元はジョン・エリス『機関銃の社会史』だ。同書は、19世紀に人類によって開発された機関銃という兵器が、20世紀に兵器を開発した人類を殺戮するという皮肉を追跡調査した力作であり、その末尾はこう締めくくられている。

機関銃の社会史 (平凡社ライブラリー) [単行本] / ジョン エリス (著); John Ellis (原著); 越智 道雄 (翻訳); 平凡社 (刊)

 今日われわれは、核による全滅の影だけでなく、環境汚染や地球資源の枯渇の影にも脅えながら、暮らしている。生活を楽にするため、安心して暮らすために開発した技術が、今やあらゆる側面からわれわれを脅かしている。いまだに技術は人類を救うと信じている者もいるが、こういう楽観主義者たちは、いずれ日没までもがネオン製になっても、それに向かって意気揚々と進んでいくつもりで、実は科学技術によってその日没へと運ばれていく自らを予想するようなものだ。機関銃の歴史をもう一度見直してみるべきだろう。本書の手短な記述だけでも、人間の貪欲、偽善、無知、無神経の、おびただしい実例が明らかにされている。今後たぶんわれわれは、今日直面している問題にもっときちんと、まじめな気持ちで取り組むことができるだろう。だが、機関銃の歴史は、少なくとも人類が自滅の可能性をもっていることを教えてくれる。ここで述べた話のすべてが、ハルマゲドンに至る歴史の単なる脚注になってしまわないことを、願いたいものだ(*7)。


 つまり世の中には時としてこういう事もある。賢くなればなるほど愚かになっていく時が。努力すればするほどに努力をフイにしてしまう時が。その事実に気づいた時こそ、人は始めて自らを縛る「境界」を越えて上に進む自由を得るのではないだろうか。しかしその「境界」は目には見えず音には聴こえないことが、しかも越えた所で良い未来が開けているかどうか分からないことが、実にやっかいだ。ここにいわゆる「パラダイムシフト」の玄妙さがある。自分を創り育てた導き手でもある「境界」を越える、とはどういう事か、を考えさせられるという意味で。

 こういう矛盾に応えるために歴史学が、戦略学が、人文科学というものがある。学問は知識を単に積み増やすためのものではなく、知識を読み解く目や耳の力を学び、知識を活用する術を学ぶための道具なのだ。だが、では道具をどう使う? という問題については、それは読者各位の問題になる。皆さん、ご自分でお考えください。道具は既に提示されているのだから。

 ところで日本における戦略研究の第一人者である石津朋之は、そうした矛盾や限界の歴史的事象を扱った『戦略の形成』への解題中で、戦略の概念を次のようにまとめている。

 軍事戦略および国家戦略の領域に限っても、戦略という用語は、今日では戦争を回避するための方策、抑止、さらには戦後のより良い平和を構築する方策などを含めて語られるのが常である(*8)。


戦略の形成 支配者、国家、戦争 下

 もしも戦略というものが単なる闘争の道具ではなく良き平和、良き社会を構築する礎たりえるなら、良き人生を(実生活であれゲームの仮想空間内であれ)築こうと思う場合にはまずは良き戦略を築く事が求められるのかもしれない。しかし、はたして完璧に良い戦略、完璧に良い平和というものは世の中に存在するのだろうか。それは筆者には分からない。これもまた読者皆さんの研究課題という事になるのでしょうね。

 では結論しよう。いずれにせよ人間は複数の道を選ぶ自由を持っている。


 ◇ 蒼崎橙子の道:「順次戦略」の罠を拒否して、それまで得た大切な何かを棄てる代わりに罠から脱するか。
 ◇ ロバート・リーの道:「順次戦略」の罠に気づきながらも、何らかの理由によってあえて罠に突き進むか。
 ◇ あるいは「我々には第三の方法がある」(by スローン大提督)があるのか(*9)。


 そのいずれを採るかどうかは人それぞれだ。人によって「良き戦略」の意味は異なる。だからこそ「順次戦略」と「累積戦略」の違い、戦略学や歴史学を探究するのは面白い。人の選択自体に優劣善悪はない、たぶん。おそらくは結果に対する観察と認知が善悪を生むのだ。

 さて本記事はそろそろ〆にし、辛抱強く付き合ってくれた読者のためにもう一度、ゲティスバーグの戦場に戻って終わりとしよう。

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【再び『キラーエンジェルズ』の場合 ― 君は正しかった。私は間違っておった】


〔▼ 引用者解説:3日間のゲティスバーグの戦いは、リー将軍率いる南軍の敗北で締めくくられた。南軍の総攻撃は行われたが、北軍の防御にくじかれ撃退され、名将と謳われたリーは敗北を目にして意気消沈した。ついに夜が迫って軍が壊滅の危機に瀕する中、ロングストリートは撤退を具申すべきかどうか思い悩む……〕

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 ロングストリートの心の声はこう告げる、閣下をそっとしてあげられたらいいのに、と。だがもうあまりにも大勢の将兵が死んでいった。いや、今は現実に向き直らねば。彼はゆっくりと口を開いた、「現時点の我が軍に、勝ち目があるとは考えられません」

 少し間をおいてリーはうなずき、まるで勝敗なぞ細事だとでも見なすかのように言う、「そうか」

「本官の見解では」とロングストリートはこぶしを握り締めて言葉を続ける、「思いますに、本官が将兵の先頭に立ったとしても、攻撃を続行できるかどうか分かりません。全滅すれば無駄死です」

 リーはうなずいた。彼は腰を下ろし、しばらくの間、両の手のひらで膝をつかみながら燃える炎を見つめた。その炎の輝きがリーの顔をかすかに照らし暖める。ようやく彼はのろのろと物を言い出した、「将兵は我々のために死んだのではない。我々のために、ではない。少なくともこの点だけはありがたい」

 炎を見つめたままさらに言い続ける、「 人はみな己の思いのゆえに死んでゆく。だが将兵が生きるというなら私も生きることにしよう 」とそこで言いよどんでから付け加える、「 またもや負けたか。だがそれだけのことだ 」。リーは顔を上げてロングストリートを見据えると、肘をあげて合掌した。

「戦争が続くというなら、ああ、続くのだろうな、我々は戦い続けよう。他にどんな道があるというのだ。この問い、永遠に続くのだろうな。他にどんな道があるというのだ。敵が戦うというなら我々も戦うまで。だが敵味方が共に勝者となっていれば、この問い、問いにはならなかった。これは本当に問い足りえるのだろうか。神はその問いの答えをご存知だろうか。それが分かる日は来るのだろうか」リーはももを叩くと苦痛をこらえて立ち上がった。

 リーが難儀そうに立ち上がるのを見ると、ロングストリートは思わず身を乗り出して手を差し伸べずにはいられなかった。リーは複雑な顔をして「ありがとう」と言う。それから自分の腕を支えるロングストリートに向き直るとその手を握り、目を合わせてこう言った、「君は正しかった。私は間違っておった。さあ、今後は君が私に、何をどうしなければいかんのか教えてくれたまえ。何も見えない私を助けてくれ。私はとにかく、とても疲れた」

「はい、閣下」とロングストリートは答えた。


〔▼ 引用者解説:リー将軍はゲティスバーグ戦の直後、敗北を理由に自らの解任を上層部に要請したが、その訴えは却下された。かくて彼とその将兵はさらに2年間戦い続けた。1865年、兵員も弾薬も枯渇したリーとその部下は、追尾してきた北軍に対して名誉の降伏を行なう。これが南部連合の事実上の終焉であった。戦後、ロングストリート将軍はかつての敵と協力して祖国復興に尽力したが、その行いは売国行為として同郷人の非難の的となった。リーは1870年に、ロングストリートは1904年に永眠する。ロングストリートの死から10年の後、ついに人類社会を揺るがす世界大戦が勃発した。そうして広島長崎に原爆が投下されるのは、南北戦争の終りから数えて80年目のことであった。21世紀の今日、人類はなおもハルマゲドンの準備を続けている……〕

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〔Ref: Michael Shaara, The Killer Angels (The Random house Publishing Group, 2003) p.339.〕
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空の境界 下 (講談社ノベルス) [新書] / 奈須 きのこ (著); 講談社 (刊)
劇場版 「空の境界」 矛盾螺旋【通常版】 [DVD] / 鈴村健一, 坂本真綾 (出演); 平尾隆之 (監督)

 最後に――彼女は、蒼崎橙子という魔術師として荒耶宗蓮に問いかけた。
「アラヤ、何を求める」
「――――真の叡智を」
 黒い魔術師の腕が、崩れる。
「アラヤ、何処に求める」
「――――ただ、己が内にのみ」
 外套は散り、半身が風に舞っていく。
 それをずっと、蒼崎橙子は見届けていた。
「アラヤ、何処を目指す」
 崩れていく荒耶。口だけになって、言葉は声にならず消えた。

                  ―「5/矛盾螺旋」『空の境界』―

 作戦計画には二種類ある。良い物と悪い物だ。良い物も時には失敗し、悪い物も時には成功する。

                     ―ナポレオン・ボナパルト―

 ボスニア内戦 [国際社会と現代史] (国際社会と現代史) [単行本] / 佐原 徹哉 (著); 有志舎 (刊)

 家族や友人を守るといった具体的な対象があるならまだしも、『国』のためなり、『民族』のためなりに命を捧げるという曖昧な『正義感』はとてつもなく危険なものである。自分の命を大切にしない者は、他人の命など虫けらほどにも思わないからだ。民兵集団に共通する残忍さの根源はこの辺りに求めることができよう。

 ――佐原徹哉『国際社会と現代史 ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化』―

サムエルソン 経済学〈上〉 [単行本] / P.A. サムエルソン, W.D. ノードハウス (著); Paul A. Samuelson, William D. Nordhaus (原著); 都留 重人 (翻訳); 岩波書店 (刊)

 たとえわれわれの手中にある資料がもっと豊富でかつ正確であったとしても、なおかつ、いずれの科学においても同様だが、限りないほどの細目的な素材を単純化し、かつそれを抽象化することが必要であろう。いかなる頭脳も相互に関係のない事実の寄せ集めを理解することはできない。すべての分析は抽象を伴うのだ。どのような場合でも、理念化し、こまかいことを省略し、事実が相互に関連づけられるような単純な仮説やモデルを打ち立て、また、現にあるがままの世界を観察しようとする前に正しい問いを発するということが必要である。
 物理学、生物学、社会科学いずれの分野であれ、すべての理論は、それが単純化しすぎるという意味では、現実をまげることになる。しかしそれが真正の理論であるならば、多様な現実にたいして投げかけられる解明と理解の光とが、省略された部分を償ってあまりあるのである。
 したがって、正しく理解されるかぎり、理論と観測、演繹と帰納の両者は相互に衝突するはずのものではない。ある理論が正しいかどうかのテストは、観測された現実を解明するうえでのその有用さにある。その論理的な優雅さやみごとに織りなされた美しさなどというものは無関係なのだ。
 したがって、学生が「それは理論的には正しいが、実際問題としてはそうではない」なとと言うとき、彼がほんとうに言わんとしているのは「それは、問題に関連ある理論としては正しくない」ということであって、そうでなければ彼はナンセンスを語っているのでしかないだろう。

 ―ポール・サミュエルソン『新版 サムエルソン経済学 上〔原書第11版〕』―

 ノーベル受賞者のPS様、コメントありがとうございます。


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【参考リンク】

○ 地政学を英国で学ぶ : いよいよ店頭で発売開始:「戦略論の原点」: http://geopoli.exblog.jp/6779527/
○ JST失敗知識データベース: http://shippai.jst.go.jp/fkd/Search
○ Gettysburg Museum, American Civil War Museum, PA: http://www.gettysburgmuseum.com/
○ Robert Edward Lee Biography: http://www.civilwarhome.com/leebio.htm
○ James Longstreet Biography: http://www.civilwarhome.com/longbio.htm


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【脚 注】

 なお特に注記のない限り、南北戦争についてはBruce Canton, The Civil War (Houghton Mifflin Company, Boston, 1988)を参照しています。

(*1)ここで挙げたループはアメリカ空軍教官のジョン・ボイドが提唱した「OODA loop」モデルを簡略化したものである。Refer to Daniel H. Abbott, "A History of the OODA Loop", Mark Safranski(ed.), The John Boyd Roundtable: Debating Science, Strategy, and War (Nimble Books LLC, 2008), pp.1-5.
(*2)J・C・ワイリー著、奥山真司訳『戦略論の原点―軍事戦略入門―』芙蓉書房、2007年、p.15.
(*3)同上ワイリー『戦略論の原点』p.26.
(*4)同上ワイリー『戦略論の原点』pp.26-27.
(*5)本記事と同様に「戦略という用語は民間企業でも多く用いられ、その意味するところは「巧妙かつ長期的な計画」である」「戦略とは、優れて「生き残り」をめぐる問題である」と評するのは石津朋之「解題―戦略の多義性と曖昧性について」ウィリアムソン・マーレ他編著、歴史と戦争研究会訳、石津朋之・永末聡監訳『戦略の形成(下)』中央公論新社、2007年、pp.535-536.
(*6)本記事の立ち位置はポール・サミュエルソンのそれに近い。ポール・サミュエルソン著、都留重人訳『新版 サムエルソン経済学 上〔原書第11版〕』岩波書店、1981年、p.12.
(*7)ジョン・エリス著、越智道雄訳『機関銃の社会史』平凡社、2008年、pp.304-305.
(*8)この概念については石津「解題―戦略の多義性と曖昧性について」pp.535-536.
(*9)Timothy Zahn, Star Wars: The Last Command (Bantam Book, 1994), p.231. 邦訳では冨永和子訳『最後の指令(上)』竹書房文庫、1994年、p.325に相当。
posted by AGS at 12:37| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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