2010年11月28日

傷だらけの偉大な負け組に捧ぐ:「役割演技式競技」における「ヒーロー」とは何者であろうか?

傷だらけの偉大な負け組に捧ぐ:「役割演技式競技」における「ヒーロー」とは何者であろうか?
 蔵原大

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【無様で愚かな負け組へ】

 世に言う「ヒーロー」「英雄」とは何者なんだろうか? この問題は「役割演技式競技」(別名ロールプレイングゲーム/RPG)にとって非常に重要だ。なぜならその種の競技の参加者(プレイヤー)は、大抵は悪人や卑劣漢よりも「ヒーロー」「英雄」を好んでいるようだし、そうした人々の事跡を追体験したいと望むみたいだからだ。しかし追体験する当の対象の内実を知らないなら、どうしてそれができるのだろうか。

 そう考えるとまず頭に浮かぶのは、昨今の映画やアニメで綺麗どころの若い男女が快刀乱麻に混迷をさばき、万能強力に難敵を打ちたおし、恋愛沙汰でも大きな成果を収めるその雄姿である。彼らの華々しい活躍は多くの視聴者を惹きつけているようだ。彼らはいわば勝ち組である。

 対してチスの司令官ミスローニュルオド(Mitth'raw'nuruodo)、別名スローン(Thrawn)という人物はまことに無様である。彼は戦うごとに敗北し、ささいな失態から無実の人々を虐殺し、やがては軍籍を剥奪されて反逆者の汚名をかぶされ追放される。そうして最後には身内に裏切られ、戦場で暗殺されてしまう。なさけない無能ぶりである。負け組の典型だ。

スター・ウォーズ 外宇宙航行計画〈上〉 (ソニー・マガジンズ文庫―LUCAS BOOKS)

スター・ウォーズ 外宇宙航行計画〈上〉 (ソニー・マガジンズ文庫―LUCAS BOOKS)

  • 作者: ティモシイ ザーン
  • 出版社/メーカー: ソニーマガジンズ
  • 発売日: 2006/07
  • メディア: 文庫



 しかしスローンはそれでも、いやむしろそれゆえに、彼の苦闘の物語を読んだ少なからぬ人々の心を揺り動かし、1991年に小説を通じて初登場以来、彼の言行に感動を覚える人口は増える一方のようだ。

 なぜだろうか、今回はこの点を深くではなく、浅く考えてみよう。

 スローンは私たち人類種族ではなく、銀河の辺境に位置するチス集合体(チス・アセンダンシー)に属し、小規模な戦隊を率いる軍人だ。彼の任務は祖国チスを守り、その脅威を撃退することにある。しかし厳格な専守防衛政策を戴くチスは軍人に対して敵に対する攻撃を許さない。ここから、あるジレンマが生起される。

 ある時スローンはチスの領域に近づく不審な船団を探知し、これに接近した。この船団の正体は無力な人々を掠奪して生活する武装遊牧民であり、その軍事力は被害者から奪った資源でどんどん強化されている。しかしこの侵略者ヴァガーリの真に忌まわしい所は、その防御戦術にある。ヴァガーリの戦艦の外壁には、彼らに侵略された捕虜を閉じ込めた透明な牢獄が随所に取り付けられている。したがってヴァガーリの侵略を阻止あるいは反撃しようとする者はこの「生きた盾」を射撃するはめになる。実に巧妙な戦法だ。

 アニメのヒーローたちなら何やら画期的な新兵器、あるいは斬新な作戦でもってヴァガーリの戦法を無効にし、哀れな捕虜を助けてなおかつ侵略を食い止めただろう。しかしスローンはそれほど聡明ではない。彼は言う、「彼らはすでに死んでいる」(*1)。そうしてミサイルを発射し、スローンの部隊はヴァガーリの戦艦を破壊した。「生きた盾」もろとも。そうして有益な装備を回収すると、無辜の民を襲うヴァガーリを放置してスローンは撤退した。要するに悪行の現場に居合わせながら被害者を見捨てて逃げ出したのだ。なんてヒドイ奴だろう。

 スローンの非道はこれだけではない。次に彼がした事は五万人の民間人が乗った宇宙船を待ち伏せし、その乗員に放射能を浴びせて虐殺したのだ。しかもその一件が上層部に知られるや否や、スローンはその宇宙船の残骸を遠くに追いやって証拠を隠滅しようと謀った。卑劣極まりない所業じゃないか。こんなヤツはアニメのヒーローに天誅されてしかるべきだ。

 しかし以上は一つの見方である。今度は別の角度から、スローンの行いを振り返ってみよう。

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【勝つためには負けなければならぬ】

 若き職業軍人スローンの任務は、祖国チスの外縁部を哨戒することだ。そして専守防衛の政策ゆえに、脅威に対して先制攻撃を仕掛けることは許されない。しかし彼は内心ではチスの国防方針に疑問を抱いていた。我らの銀河には悪事を働く連中がごまんといるのに、上層部といえば自国さえ安全であればよし、他者の事は放っておけとうそぶく。だが悪人どもを放置しておいてよいものか、銀河の他の種族の苦しみを見過ごしていいものか。この疑問ゆえにスローンは可能な限り外界の情報を集め、自国他国にとって危険な勢力を調べていた。

スター・ウォーズ 外宇宙航行計画〈下〉 (ソニー・マガジンズ文庫―LUCAS BOOKS)

スター・ウォーズ 外宇宙航行計画〈下〉 (ソニー・マガジンズ文庫―LUCAS BOOKS)

  • 作者: ティモシイ ザーン
  • 出版社/メーカー: ソニーマガジンズ
  • 発売日: 2006/07
  • メディア: 文庫




 ある日スローンの情報網は、前々から黒い噂が付きまとっていたヴァガーリの船団を探知する。そこでスローンは詳細な情報を得るべく、手持ちの全戦力(といっても巡視艇1隻と戦闘機6機だけ*2)を率いて出撃した。目的はあくまでも情報収集にある。攻撃は許されない、なにしろ専守防衛は国是だからだ。

 そこでスローンの部隊が見たものは何か。スローンの戦力では絶対に太刀打ちできない数百隻の大艦隊が、絶望的な防衛戦を行う弱者を蹂躙している光景だった。スローンは自艦を戦場に近づけ、さらに詳しい情報を得ようとする。そこで彼が目にしたのは、数隻のヴァガーリの戦艦が得体の知れない装置(じつは強い重力をつくりだして標的を吸引する兵器)をつかって、戦場から逃げようとする民間船を拘束している現場だった。スローンに与えられた時間はわずかだ。何もしなければヴァガーリの別働隊が駆けつけよう。

 スローンの決断は迅速かつ論理的だった。ヴァガーリは我が国チスの脅威だ、そして彼らの見慣れない装置もまた侮れない脅威だ、従って脅威の度合を分析するため兵器を鹵獲する必要がある、と。そうして前述の通り、スローンはヴァガーリの戦艦を人質もろとも破壊し、敵の増援が来る前に装置を奪って、わずかな犠牲と引き換えに戦場から離脱した。しかしスローンの心は鬱々として晴れない。彼は静かな怒りを胸に、ヴァガーリの戦艦にミサイルを発射する寸前、自分が殺すことになる人質を見すえてこう言い切る、「彼らはすでに死んでいる」「ヴァガーリは彼らを殺したのだ。彼らのすべてを。この戦いで殺さなければ、次の戦いで殺す。われわれには彼らを助ける術はない。ほかの種族が同じ目にあわずにすむように、ヴァガーリを滅ぼすことに最善を尽くす。われわれにできるのはそれだけだ」と(*3)。そして撤退は成功したが、彼は淡々と自己批判する、「不幸にして、あらゆる戦士がときにはむごい決断も下さねばならない」と(*4)。

 ついでスローンは諸事情の末に、銀河の別の領域を支配する「共和国」(なんでも「パルパティーン」という指導者を戴くそうだ)から来た未知の大型宇宙船と突然遭遇するはめになる。単身で表敬訪問するスローンに対し、この宇宙船「アウトバウンド・フライト」はどういう態度を取ったか。彼らはチスの領域に是が非でも進入する、宇宙は俺達のものだと口上し、かつ「われわれの飛ぶコースを押しつけるのはやめてもらおう」「行く手をはばむ者は破壊する」と宣告したのだ(*5)。スローンは説得に説得を重ね、どうか引き返してもらいたい、せめてチス領外に迂回してほしい、とにかく一時間与えるので考え直してくれないか、と譲歩したにもかかわらず。

 最終的にスローンは「アウトバウンド・フライト」と交戦する。しかし巧みな戦術によって彼らの武装(のみ)を破壊したスローンは、船の指揮官に対して最後の忠告をする、「きみの船は防衛手段を失った。最後にもう一度、降伏し、共和国へ戻るチャンスを与える」と(*6)。それに対して「アウトバウンド・フライト」の指揮官はどうしたか。彼は超能力を駆使して(なんとこの人物は「ジェダイ」と言われる超人だった)、いきなりスローンを絞殺しかけたのだ。瀕死のスローンを見た側近があわてて傍らのボタンを押す。するとスローンが準備していた秘密兵器が「アウトバウンド・フライト」に特攻し、その指揮官もろとも五万人の乗員を抹殺した。しかし、ようやく息を吹き返したスローンは悲しみに打ちひしがれてつぶやく、「あれはアウトバウンド・フライトに使うためではなかった」「ヴァガーリ艦隊の旗艦に使うつもりだったのだ」と(*7)。

 スローンの作戦、すなわち「アウトバウンド・フライト」を無傷で撤退させ、返す刀で自分を囮にしてヴァガーリ艦隊をおびき寄せた後に彼らを秘密兵器でもって無力化し、「生きた盾」にされていた捕囚を救出する、という計画はかくて水泡に帰した。スローンが二度までも「アウトバウンド・フライト」に撤退の機会を与えて時を費やした事が、かえって関係者一同に不幸をもたらしたのだ。

 しかしスローンの苦しみはなおも続く。チスの上層部は、専守防衛方針に違背したという理由から彼を逮捕し、あわせて「アウトバウンド・フライト」の残骸を接収しようとする。しかしその残骸にはチス国内の微妙な政治的バランスを、支配者階級の間にある力の均衡を打ち壊すかもしれない強力な最新機器が残されていた。上官の監視下にあったスローンは密かに仲間を集めて言う、「戦士の務めはチスの人々を守ることだ。戦士自身の経歴や命は二の次だ」と(*8)。彼は自らを囮として衆目を惹きつけつつ、弟に命じて「アウトバウンド・フライト」を誰の手も届かない遠方に追いやったのだ。

 スローンの弟スラス(Thrass)はその逃避行から帰還することはない。全壊寸前の「アウトバウンド・フライト」を動かすため、彼は身命を犠牲にしたからである。一方、スローンは弟の非命を知らぬまま、審問では弁護士を付けられずに反逆者として難詰され、かろうじて有罪は免れたものの上層部の怒りを買うはめになった。やがて彼は追放され、未開の世界に幽閉される(*9)。スローンが人々を守るために支払ったささいな代償、それは血を分けた弟との永遠の別れ、それに自らの名誉と人生だけだった。

 なぜスローンはかかる所業をしでかしたのか。実は彼は知っていたのだ、チスどころか銀河系全体を狙っている侵略者が、銀河系の外側から襲来しようとしていると。彼の上官はこの未知の敵と戦ったが、相手はホンの「小規模な偵察部隊だった。だが、われわれが撃退するまで驚くほど獰猛に戦った」(*10)。スローンはその脅威の潜在力を見誤らない。彼の頭に浮かんだ思いは、本格的な侵略軍が到来する前に自国のみならず銀河全体を対象とする防衛体制をつくる術はないものか、という事だった。やがてこの考えは、スローンをして「帝国軍」という組織に入隊させ、銀河を守る無敵の軍政を施行すべく「ルーク・スカイウォーカー」だの「レイア姫」やらが率いる「反乱軍」こと「新共和国」との熾烈な戦いに巻き込まれる事になる(*11)。そうして彼が戦死した遥か後日になっても、レイア姫は帝国を糾弾する。あなた方の最も恐ろしい「超兵器」それは「昔、わたしたちを滅ぼしかけた兵器。スローン大提督です」と(*12)。

 まったくスローンはみじめな敗残者ではないか。その生涯は失敗つづきである。けれど思い返してみよう。一部のヒーローは数々の失敗でその経歴を飾っている。名探偵シャーロック・ホームズは「オレンジの種五つ」事件では依頼人を死なせ、「バスカヴィル家の犬」事件では犯人を取り逃がし、「恐怖の谷」事件では悪の組織に勝利を許している。あのウルトラセブンことモロボシダン、宇宙の平和を守るため地球に飛来したはずの超人は、第7話「グレー・ゾーン」では救助を求める宇宙都市ペガッサが破壊されて多くの(非地球人の)市民を殺戮されるのを看過し、「超兵器R1号」では地球のウルトラ警備隊が何の悪さもしていないギエロン星を(ただ兵器実験のためだけに)粉砕するのを見過ごし、最終話の「史上最大の侵略(上)(下)」では体調不良でウッカリミスして侵略者の来襲を許した。そうして彼らは失敗の後にウジウジ悩む。どうすれば失敗を避けえたのか、自分は何をしていたのだ、他にいい選択肢はなかったのか、と。

 しかもはっきり言って彼らの風貌や性格は、アニメの壮麗たる主人公を至高とすれば恐ろしくダメダメだ。何しろスローンは赤い目をした無骨なオッさんだし、ホームズはワシ鼻のヤク中毒、モロボシダンは青臭くいかついニィちゃんにすぎない。

 だが彼らはその登場から既に十年以上を経過しているのに、その名声、その彼らを慕うファンの数は衰える気配がない。これは一体どうした事だろう。

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【再び、無様で愚かな負け組へ】

 19世紀の軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、ナポレオン1世の率いるフランス軍にくりかえし打ちのめされ、艱難辛苦を舐めた末、戦争の真実をこう悟った。「確実な情報でなければ信じてはならないとか、自分を信頼することなく濫りに情報だけを信じてはならないとかいうことは、その書物にも見られる言葉であるが、このようなことは所詮は貧弱な書物の上だけでの慰めであり、体系を樹て、概要を書くことを趣味としている輩が、自分の蒙昧を押し隠すために吐いた方便の言葉にすぎない」と(*13)。それはどういう意味か。

戦争論〈上〉 (中公文庫)

戦争論〈上〉 (中公文庫)

  • 作者: カール・フォン クラウゼヴィッツ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 文庫




 クラウゼヴィッツはさらに細かく述べる、「戦争中に得られた情報の大部分は相互に矛盾しており、誤報はそれ以上に多く、さらにその他のものといえど大部分何らかの意味で不確実ならざるを得ない」と(*14)。そうして、この不確実を乗越えて戦勝を得る天才とは「創造的頭脳の持主というよりはむしろ反省的頭脳の持主であり、一途にあるものを追い求めるよりは総括的にものを把握する人物であり、熱血漢というよりは冷静な理性の持主である」と推考する (*15)。実戦を知り尽くしたクラウゼヴィッツにとっての理想の戦士とは、猪突猛進する硬派ではなく思い煩う軟派的人物だった事は興味深いといえよう。
戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

  • 作者: カール・フォン クラウゼヴィッツ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/12
  • メディア: 文庫



 思うにスローンも、シャーロック・ホームズも、ウルトラセブンも、彼らが不意に直面する難題を解決するよう迫られた際には、情報なり資源なりに厳しい制約を強いられてきた。彼らは問題解決に足る権限も情報も与えられないまま、やみくもに任務を押し付けられ、それでもしり込みせずに大敵に立ち向かった。アニメのヒーローは勇猛果敢、万能兵器、美貌と幸運でもって事態を難なく切り抜ける。彼の三者は違う。彼らの主兵器は冷静な知性、鍛え抜かれた技量、堅牢な職業倫理でしかない。強い敵、未知なる困難に、彼らは地道に立ち向かう。一六勝負ではなく狙いすました戦略を立てて戦う。冷静に時に狡猾に、勝機が来るまで待って、待って、待つ。

 それでも彼らはしばしば敗れよう。だが決して戦いを放棄しない。なぜか。スローンはいうのだ、「わたしは救いを求める人々を守るためなら必要な事をなんでも行う。それ以上でも以下でもない」と(*16)。

 スローンに仕えたある副官は彼の事をこう語る、「スローンは真の戦士だ。その目は戦争の最終目標に向けられている。己の栄達なぞ眼中にはないのだ」と (*17)。最終目標とは何か。それは銀河の防衛、銀河に住まう無数の人々の保護である。スローンは矛盾的にも銀河の住民を守るため、彼らの一部を殺害してでも残りの人々を守るべく究極の戒厳を構築しようとした。壮大な矛盾といえよう。守るべき人々を守るため、その人々を殺して苦しめるのだから。

 チスの司令官ミスローニュルオドことスローンは、どうしようもない無能だ。スローンも、ホームズも、ウルトラセブンも、1968年のチェコ動乱に参加した市民も、1905年の「血の日曜日」事件で「プラウダ」(正義)を求めて行進したロシアの貧しい労働者も小母ちゃんも、連戦連勝のアニメのヒーローにはかなわない。スローンに連なる人々は、個々の戦闘には勝利するかもしれないが、社会をより良くしようとする戦争に勝利する事はない。最初から負けは決まっている。だがその人達は、社会に必ず存在する所のどうしようもない不条理には抗えないと分かっていても、それでも立ち上がって戦いを挑み、正義と共に敗北したのだ。愚かな負け組である。

 ともあれ最後に、愚将スローンの行いを評価する際の参考として彼の言葉を示して締めくくろう。彼は過ちを犯した部下に対して言う、「過失は誰にでもある。それを正すことを拒みさえしなければ、過失は失敗にはならないのだ」と(*18)。あるいは別の時にはこうもつぶやく、「いかなる戦士にも世の中を思い通りに動かす事はできない。だがせめて今度ばかりは思い通りになって欲しかった」(*19)と。心ならずも殺めてしまった「アウトバウンド・フライト」の乗員五万人の屍に頭を垂れつつ。

 だがそれがスローンの本性なのだろうか。晩年の彼はこう嘯く、自ら指揮を取る襲撃によって逃げ惑う民間人を見つめながら副官に対して笑みをこぼしつつ。「経済と心理学だよ、大佐。今は帝国軍の力を吹聴してくれる市民の生き残りが多ければ多いほどよい。彼らを滅ぼすのはその後のことだ」(*20)とも。

 世に言う「ヒーロー」「英雄」とは何者なんだろうか?

 …諸葛亮は「事業が成就しなければそれはそれでしかたがない。どうして彼らに屈服できようか」といった。この言はまことに壮烈であって、臆病者の心をもふるいたたせることができよう。古えの燕・斉・楚・越の敗北をみると、あるいは国家がくつがえったり君主が死んだり、あるいは捕らわれたり逃亡したりしている。それでも最後には功業を樹立し、社稷を復興することができた。天の助けといえようか。否、そもそもこれもまた人間のなしたはかりごとなのである。
              ―『三国志』「蜀書譙周伝」の孫盛注より引く―


 ある人々は自らの主義のためにその党派を変える。他の人々は党派のために自らの主義を変える。
                      ―ウィンストン・チャーチル―

正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)

正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: 陳 寿
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/04
  • メディア: 文庫




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【宿 題】

 第二次世界大戦に関してこんな話がある。それは「コベントリー・ジレンマ(Coventry Dilemma)」と呼ばれる(じつは架空の話だが戦略学や軍事史での模範問題となっている)エピソードだ。かいつまんで言うと、大戦中のイギリス首相ウィンストン・チャーチルはドイツ軍の暗号を解読した情報部から、イギリスの都市コベントリー(戦略上の価値は低いが、数万人の市民が住む町)がドイツ空軍に爆撃される予定にあると知らされた。ここからあるジレンマが生まれる。

 チャーチルには二つの選択肢があった。

 A)ドイツ軍の爆撃機を阻止して、コベントリーを守る。
 B)ドイツ軍の爆撃機を阻止せず、彼らがコベントリーを攻撃するのを許す。

 それぞれの選択のメリット、デメリットはこうだ。A)を採用すればコベントリーは防衛できようが、ドイツ軍は自分の暗号が解読されたと察知して暗号を変えるかもしれない。そうなればチャーチルは敵を打ち破る上で必要な情報を得られなくなり、結果として戦いは長引き数十数百万のイギリス国民が死傷する。しかしB)を選択すればコベントリーは爆撃されて数万人の市民が死傷する。最終的にドイツを打倒しても、コベントリーを見捨てたという事実はぬぐえない。

 いずれの選択を取ろうが、チャーチルが後世にこう非難されるのは免れない。「裏切り者め、国民を敵に売りわたした悪党め」と。ちなみに他の選択肢は(国内外の事情から)不可とする。

 さあ、今からあなたはチャーチルだ。ドイツの爆撃機は刻一刻と迫ってくる。大勢の部下があなたの命令を今か今かと待っている。決断をするのはあなたの、あなただけの義務であり裁量だ。イギリス市民の安全はあなたの指示一つに懸かっている。さあ、平和と未来のためにどちらの選択肢を選ぼうか。

 お断りしておくが、以上の話は誰のために誰に死んでもらおうかという日常的な政治ゲームの一幕をデフォルメしたに過ぎない。皆さんの食ってるエビとかカニとか、オレンジとかバナナとか、どこの国のどんな人達の犠牲の上で日本に運ばれ、私達の口の前に運ばれてくるのか、この機会にお考えになってみるというのはいかがでしょうか?


★「戦略研究学会」
http://www.j-sss.org/hakko.html


★"Churchill War Rooms Home"
http://cwr.iwm.org.uk/


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〔脚 注〕
(*1)ティモシイ・ザーン著、富永和子訳『スター・ウォーズ 外世界航行計画(上巻)』ソニー・マガジンズ、2006年、p.218.
(*2)同上、p.212.
(*3)同上、p.219.
(*4)同上、p.224.
(*5)ティモシイ・ザーン著、富永和子訳『スター・ウォーズ 外世界航行計画(下巻)』ソニー・マガジンズ、2006年、p.172.
(*6)同上、p.205.
(*7)同上、p.218.
(*8)同上、p.237.
(*9)この経緯についてはティモシイ・ザーン著、富永和子訳「ミスト・エンカウンター」『スター・ウォーズ 忠誠(下巻)』エフエックス、2008年、pp.259-264で概要が示されている。
(*10)ザーン『スター・ウォーズ 外世界航行計画(下巻)』、p.274. この敵はやがて「ユージャン・ウォング」として知られる侵略者の偵察部隊だと考えられている。
(*11)一連の話は「スローン三部作(Thrawn Trilogy)」とも言われる『帝国の後継者(Hier to the Empire)』『暗黒の艦隊(Dark Force)』『最後の指令(Last Command)』(日本ではいずれも竹書房から出版)の三作品に詳しい。
(*12)ティモシイ・ザーン著、富永和子訳『スター・ウォーズ 未来への展望(上巻)』ソニー・マガジンズ、1999年、p.425.
(*13)クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論(上)』中央公論新社、2001年、p.131.
(*14)同上、p.131.
(*15)同上、p.124.
(*16)Timothy Zahn, Star Wars: Outbound Flight (Ballantine Bools, NY. 2006), p.294. 邦訳ではザーン『スター・ウォーズ 外世界航行計画(下巻)』p.75に相当。
(*17)Timothy Zahn, Star Wars: Heir to the Empire (Bantam Books, 1992) p.399.邦訳ではティモシイ・ザーン著、和気永富訳『スター・ウォーズ 帝国の後継者(下)』竹書房、1992年、p.266に相当。
(*18)Zahn, Ibid., p.185. 邦訳では『スター・ウォーズ 帝国の後継者(下)』p.270に相当。
(*19)Zahn, Star Wars: Outbound Flight, p.403. これはザーン『スター・ウォーズ 外世界航行計画(下巻)』、p.218に相当。
(*20)Timothy Zahn, Dark Force Rising (Bantam Books, 1993), p.90. 邦訳では『スター・ウォーズ 暗黒の艦隊(上)』竹書房、1993年、p.134に相当。

2010/12/17:スローン記事本文の末尾「ともあれ最後に、愚将スローンの行いを」の段落と「世に言う「ヒーロー」「英雄」とは何者なんだろうか?」のあいだに新規段落を補足挿入し、注釈20を加えた。
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